同人PBM『隔離戦区・獣心神都』第3回 〜 北海道東部:南亜米利加


SA3『 我らを生かしている者 』

 離れ行く戦闘捜索救難機MH-47Gチヌークに、地之宮・続(ちのみや・つづく)二等陸士と神州結界維持部隊北部方面調査隊員の2名は敬礼を送る。覆われた霧によって、すぐに機影は隠され、サーチライトの灯りも白い闇に消えていく。
「……旦那も、俺に付き合って襟裳の決死行に参加しなくてもいいだろうに」
 地之宮の苦笑に、調査隊員は頭を掻くと、
「毒喰らわば皿までという奴ですよ。これでも隠密行動には長けているつもりです。何かと役に立ってみますよ。このまま札幌に帰っても、子供の遣いとして叱られるだけです」
「――そうか。では、改めて宜しく」
 握手を交わして、背嚢を担ぐ。肩に提げるは武器科に陳情した対物狙撃銃バレットM95が収納されたケース。M82A1を運搬し易いようにブルパップ式を採用して全長を短縮、小型軽量化を実現したモデル。だが銃身が短い為セミオートでなく、作動機構がボルトアクションとなっている。いずれにしても狙撃観測手並びに狙撃体勢中の警戒を助けてくれる存在はありがたい。
 ……別海から釧路へ異動した地之宮は襟裳岬に座する高位上級超常体 チャルチウィトリクエ[――]狙撃任務に志願。十勝平野において絶え間ない地震や、帯広へと押し寄せる超常体の群れという最悪の状況を鑑みて、元凶の1つと見られるチャルチウィトリクエの対処は緊急性を要していた。
『――最悪、敵を把握するに止まるだけでも構わん。何か一矢を報いてくれ』
 釧路の第27普通科連隊長直々の言葉だ。4月頭の襟裳攻略の失敗により第27普通科連隊は再編を余儀なくされ、また釧路駐屯地は帯広から避難してきた者の受け入れにおおわらわだ。地之宮を支援する部隊を抽出する事自体が難しい。幸い、負傷者や物資の搬送に飛び回っていた第5後方支援連隊・救急飛行小隊長の 白岩・礼手[しろいわ・れいて]准陸尉が移動を助けてくれた。浦幌までだが充分にありがたい。
「――国道38号線を北上すれば帯広ですが、現在は激戦区です。礼内川以南は敵地と考えて間違いなく、超常体の群れの真ん中に迷い込む恐れが高いでしょう。超常体のデータは端末に送っておきましたので、そちらを確認して下さい」
「……チュパカブラやチョンチョンはさておき、イプピアーラが厄介だな」
 異形系完全侵蝕魔人。その形態は大アマゾンの半魚人。南西諸島に現れる超常体ディープワンに酷似しているが別物だ。知性は高く、人間時代の武装を利用するだけでなく、救難信号や無線を使って罠を張る。霧で視界が悪い中で多くの者が命を落とした。
「――無線は出来る限り控えた方が懸命だな。まぁ元々、襟裳に向かうには国道336号線沿いに南下するしかないのだが」
 霧が濃いだけでなく、沼が多くて足場に注意しなくてはならない。また時折、押し寄せてくる津波が根こそぎ洗おうと待ち構えている。
「――静内からの方がルート的には安全だったか」
 ぼやく地之宮に、調査隊員は苦笑すると、
「そうすると旭川まで大きく迂回しないといけなくなりますよ」
「……急がば回れというが、どちらが正解かは誰にも解りはしないって事だな」
 溜息を吐く。それでも互いの身をロープで結びつけると、白い闇の奥へと足を踏み入れるのだった。

*        *        *

 先日までの賑わいは何処吹く風か、恐竜騒ぎが終息しつつある別海駐屯地は再び僻地の様相を醸し出していた。第2師団第25普通科連隊・第274班長の縣・氷魚(あがた・ひうお)三等陸曹は窓から外を眺めつつ、
「――翼竜を撃墜したストライクイーグルに、ティラノサウルス・レックスを倒したキュウマル……いなくなったら、寂しくなりましたね」
「帯広の撤退支援に向かったみたいらしいですね」
 第5後方支援連隊・治療中隊第2班乙組長の 森・緑(もり・みどり)二等陸曹が力なく笑う。
「正直、アタシも5月まで引っ張るとは思いませんでしたし。そろそろ異動しないといけないかなぁと」
「おや? クッシーは、もう良いのですか?」
 怪訝な表情を浮かべる縣に、緑は頬を掻くと、
「もう、データも取ったし、捕獲は無理そうだし、いい加減ゆっくり出来そうにないので」
 だからと三つ編みを揺らしながら顔を上げ、縣の視線を真っ直ぐ見詰め返すと、
「――首長竜を撃破します」
 緑の決意を秘めた瞳に応えて、縣は頷くと、
「僕も出来る限り協力は致しますよ。翼竜、恐竜と続いて首長竜型の超常体を倒した後に何が起きるか些か興味もありますし」
 手に取ったペンを弄りながら、
「……現れるのはシバルバーの住人か、双子の英雄神か。どちらにせよ、首長竜型超常体を排除しない事には、事態が進展しないようですから」
 まぁ何も起きない可能性もある訳ですがと肩をすくめて見せる。
「シバルバー? 双子の英雄神……ですか?」
「ええ、マヤ神話です。『ホポル・ウブ』によれば双子の英雄神フンアフプとイシュバランケは、冥府シバルバー攻略と巨人退治という功績があります。巨人の親子は3体。父ヴクブ・カキシュ、長男シパクナー、そして次男カブラカン。まぁ退治といっても勇猛果敢な正攻法ではなく、よくある智恵を使った騙まし討ちなのですが」
 神話伝承にある英雄や主神の功績を書き連ねていけば、大半を占めるのは騙まし討ちだ。それを知性(文明)による野生(自然)の克服と看做すかは、人それぞれであろう。
「ヴクブ・カキシュは巨人とありますが、名は『七の鸚鵡』を意味し、エメラルドの歯と、金と銀で出来た輝く体を持つ怪鳥として描かれる事が多い。こうした神々に匹敵する巨鳥の伝承は古く、そして広く世界各地に見られ、天命の書板を盗み出したアンズーや、アムリタを手に入れたガルーダが有名です」
「ではヴクブ・カキシュに相当していた超常体が翼竜だったのでしょうか?」
「北海道東部や樺太が中南米に対応するのでしたら、該当します神話上の存在はそれぐらいでしょう」
 ならば首長竜型超常体はカブラカンか、それともシパクナーか? だが緑には答はどうでもよかった。
「とにかく巨人に対応する大型超常体を倒す事で現れるのがシバルバーの死神共なら、その主神級――アフ・プチを倒す事により、北海道からマヤの死神共の影響を排除する事が出来るはず。また英雄神が現れるなら、敵対神と戦うよう誘導するも良し。倒した者が『英雄』とみなされて何らかの力を得るのなら、それはそれで悪くないですし」
「――尤も沼部陸将の言では、縣の目算は獲らぬ狸の皮算用に近い考えだそうでありますが」
 いつの間に入室していたのか、WAC(Woman's Army Corps:女性陸上自衛官)が片方だけの口角を吊り上げて笑っていた。セミロングの髪を、ゴムで縛った地味眼鏡。襟章が示す所属と階級は、第2師団の陸士長。
「――縣三曹殿の目付け役として、左遷されてきました猪瀬であります」
 猪瀬・ちより[いのせ・―]陸士長は慇懃に敬礼すると、無感情な視線で室内を舐め回した。
「……陸将に操氣系の派遣を要請しましたら、出向してきたのはあなたですか」
「――御不満なのは解りますし、本官としても同意するところであります」
 嫌な緊張感が漂う室内に、緑は脂汗が頬を伝うのを感じながら、
「……ええと。宜しくお願いしますね?」

*        *        *

 たんちょう釧路空港――帯広より釧路駐屯地に搬送される負傷者や非戦闘員の空の窓口。第5師団撤退支援に、別海より異動して来た第2航空団第201飛行隊・第2013組長、山田・映姫(やまだ・えいき)准空尉は眉間に皺を寄せると、愛機を整備する部下に尋ね返した。
「――ナパームの使用許可が下りないですって?」
「はい。ナパームに限らず、広域攻撃系武器は全面禁止と通達が出ています」
 撤退支援として航空優勢を確保。敵後方に空爆を敢行する――航空部隊の存在意義を勝ち取る為にも、
「好みに合わない対地攻撃任務ですけれども、味方支援の為と割り切っておりましたのに……上層部の判断理由は? 私が直に連絡を取り合いますわ」
 管制塔に赴くと、第5航空隊ではなく更に上層部――札幌の北部方面航空隊の知己に連絡を繋げてもらう。だが返ってきたのは怒気を含んだ注意だった。
『……千歳を離れて何処まで行ったかと思いきや、また勝手なところに。――ああ、良い。別海の翼竜が脅威と感じたのは不問にしよう。差し当たって脅威度が低くてもだ。だが今度は帯広の撤退支援? 支援の意義も認めよう。しかし――広域爆弾の使用許可申請だと? お前、味方殺しをしたいのか?』
 濃霧により陸上の視界は悪く、敵味方の判別は難しい。そして絶え間ない地震により、後退の歩みは遅い。十勝駐屯地内の飛行場は地震により離着陸は難しい。そして、とかち帯広空港が敵の支配下に置かれている以上、固定翼機が離着出来る最寄りの航空基地は、ここ、たんちょう釧路だ。巡航速度マッハ0.9とはいえ、緊急発進しても間に合うかどうか。
「航法ないし濃霧における飛行に関しては、ストライクイーグルのLANTIRN(Low Altitude Navigation and Targeting Infrared for Night:夜間低高度赤外線航法および目標指示システム)なら問題ありませんわよ」
 戦闘爆撃機F-15Eストライクイーグルは、暗視装置・レーザー照射装置・地形追従レーダーといったLANTIRNポッドを常時搭載しており、また対地・対空レーダーに合成開口能力を備えたAN/APG-70を採用、組み合わせて目標の地図を瞬時に作成する。夜間での山間部飛行も可能しており、濃霧における戦闘行動にも支障が出ないと英姫は主張する。だが、
『……敵は救難信号をも利用するんだぞ? どうやって敵味方を区別するっていうんだ?』
 チュパカブラやチョンチョンはともかく、イプピアーラは元・維持部隊員である。識別信号から敵味方を判別する手段はない。
「……すると敵後方集団への広域空爆が許可されないのは」
『逃げ遅れて、取り残されているかも知れない味方殺しに繋がる為だ。そうなれば……幾ら何でも、二度とお前を空に飛び立たせてやれん。戦略価値の少ない別海に態々赴いた挙句、貴重な航空機を撃墜された事実もあるんだぞ?』
 空自時代からの戦友は無線の向こう側で大きく溜め息を吐いたようだった。如何に超常体相手に無用の長物の感がある航空機といえども、撃墜されたのは大問題。帯広の緊急時でもなければ、査問会への出頭も上では考えられていると暗に匂わせてくる。
『そもそも、お前が主張している航空優勢の確保をする必要がないんだ。輸送ヘリが何機、そして何回往復していると思っているんだ?』
 敵戦力は、主に地上。チョンチョンは飛行能力を有しているが、空戦という程ではない。
「――それでも敵後方への空爆は有効ですわよ」
 だが英姫は強気で意見を再度口に出した。英姫との長年の付き合いからか
『……了解した。頼むから狙い済ませろよ?』
「誰に向かって仰っているつもりですの?」
 飽くまでも強い自負を崩さない英姫の態度に、ようやく向こう側から笑みが漏れた。やや苦味のあるものだったが、
『実を言うと第5師団でも第1対戦車ヘリコプター隊が上がっている。航空管制の周波数合わせと、識別信号を送るのを忘れるなよ? 敵と間違えて撃墜し合うのだけは勘弁。協力して事に励め――健闘を祈る』

 空の傑物と同様に、陸の大物もまた厄介者の目で見られていた。地震で寸断された道路状況に悪戦苦闘しながら、別海からようやく辿り着いた第7師団第73戦車連隊・第5中隊第9組長、国木田・由加里(くにきだ・ゆかり)三等陸曹と御一行様を自ら出迎えた形となった、第5師団長の 菅家・輝生[すがや・てるお]陸将の表情を彩るのは、感謝を通り越しての呆れ顔。
「……由加里。やっぱり歓迎されてないみたいよ」
「そんな事はない! そんな事はないぞー」
 部下にして友人たる 加藤・佳子[かとう・かこ]一等陸士の呟きに、由加里は必死に抗弁。
「……というか、道路状況が、ここまで悪化していたなんて。撤退まで間に合わないかと思いました」
「支援に駆け付けてみたら、既に皆さん、脱出済み。気が付けば敵地のど真ん中って、それは痛いねー」
 同じく部下にして友人たる 鈴木・まゆみ[すずき・―]一等陸士の嘆きに、佳子も同調。
「佳子もまゆみも、志が低いぞ!」
 悪態を吐く友人を泣きながら叱咤する由加里に、ようやく我に帰った菅家陸将が溜め息混じりに声を掛けてきた。
「あー。あー? ……よく来てくれた。歓迎したいと思う。仲良くやってくれ」
 何とも歯切れの悪い言葉だが、師団長直々の言葉に由加里は満面の喜色を露わにすると、
「聞いたか、まゆみ、佳子! ――今度こそ大演習場に突撃しようと思ったのに、帯広駐屯地の惨状を見て後ろ髪を引かれたというか、放置して大演習場で90式魔王戦車に120mmAPFSDSの鉄槌を下しても寝覚めが悪くなりそうというか、義理によってお助けいたす状態。2週間とはいえお世話になった事だし!」
「まぁお世話したというか、あの時はこちらがお世話になったというか……。しかし俺がこう言うのも何だが、異形戦車の方は良いのか?」
 心配する菅家陸将に、由加里は人差し指と中指を立ててのVサイン。
「もし90式魔王戦車があっさりやられたとしたら、仰天号が出るまでもない相手だったという事よ!」
「……自己暗示だね」「ですね」
 砲塔に立ち上がりキメてみせる由加里の足下で、佳子とまゆみが声を細めて頷き合う。
「――お前達がそれで良いなら、俺としては構わんのだがな。ただ……久保川の姐御からまた小言を頂戴するか思うと……」
 由加里が所属する第7師団の長、久保川・克美[くぼかわ・かつみ]陸将から何を言われたんだか。
「……先月半ばから、うちのマルチが千歳に出向いているんだが。姐御から『十勝も大変だというのに、随分とありがたい応援だな?』とたっぷり皮肉を頂戴してな。で、先月からずっとお前等キュウマルは道東だろう? ……お前等、俺を虐める為にお互い示し合わせて入れ替わっているんじゃないだろうな?」
 ただでさえ十勝平野の状況に頭を悩ませているというのに。キレて暴れないのが不思議なぐらいの精神状態の菅家陸将だった。
「そんな事はない! そんな事はないぞー?」
 由加里は明後日の方向を向きながら必死に抗弁。こら、視線を合わせろ。
「……まぁ適材適所って言うし! 第4普科連の安全にして迅速な移転と、攻勢を目論む敵戦力の消耗。撤退を粛々と完遂し、敵戦力に痛撃を与えれば勝利。普通科には出来ない事が、戦車には出来るんだぜ!」
 由加里の発言に、第4普通科連隊長の額に青筋が浮かんだが、佳子とまゆみは見なかった事にした。
「冗談はさておき、仰天のお仕事は敵戦力を食い止め、逆に蹂躙し返す事で衝撃力を失わせ、防衛戦の要点にでんと居座って火力をぶちまける移動トーチカ、前時代的な歩兵戦車の役割を頑張ります。今回は完全に普通科支援に徹するという事で」
 由加里の上申意見に、第4普通科連隊長とNAiR(Northern Army infantry Regiment:北部方面普通科連隊)隊長は頭を掻くと、
「地割れが大きく、装輪車は満足に動けないしな」
「……え?」
 ここに至って由加里の状況把握が甘過ぎたのが露呈した。敵中に孤立した部隊の救援は96式装輪装甲車、89式装甲戦闘車、73式装甲車、あるいは高機動車辺りにお任せするつもりだったのだが、
「残った装軌で頼りになるのは鹿追の第5戦車隊ぐらいか。……展開状況は?」
「各輌、配置に付きました。マルチも同様です」
「第5特科、ギリギリまで粘ります」
「この濃霧だ。当てるのは期待するな。――高射特科は鹿追に下がらせたな?」
「はい。悔しがっていましたが……下手すると味方の対戦車ヘリを撃墜してしまいますものね」
「第4普連、覚悟完了しています」
「北方普連、聞くまでもなし!」
 点呼も兼ねた状況確認。疲労が見えているものの、菅家陸将は満足げに頷いた。
「……そういう事だ。くれぐれも敵の過小評価はするなよ。一瞬の油断や驕りが命取りになるからな」

*        *        *

 ――姉さん、お元気ですか。先月は道東端もいえる別海から、道南端の函館まで踏破した僕ですが、今は噴火活動で騒がれている十勝岳の麓にいます。
「……もうすぐ合流地点である十勝温泉に到着します。腕は確かと自負していますが、念の為に体勢を構えていて下さいね」
 北部方面航空隊・第1対戦車ヘリコプター隊試験伊組長の 糸工・美鈴(いこ・みすず)准陸尉に声を掛けられて、便乗している 佐伯・正巳(さえき・まさみ)二等陸士はメールを打つ手を止めた。噴煙を吹き上げる十勝岳の頂を横目に、特殊作戦用輸送回転翼機MH-47Gが降下を開始した。出迎えるのは、第05特務小隊(※零伍特務)と第5i教練班。MH-47Gから降りた美鈴へと零伍特務隊長の 寺岡・久菜[てらおか・ひさな]准陸尉が敬礼を送る。
「増援に感謝します。――菅家陸将は痺れを切らしたみたいですね?」
「十勝平野が壊滅的状況に陥ってしまっているのは事実ですから。あの性格ですが事態の進展に痺れを切らしつつあるのは間違いないかと。他にも差し出がましいとは思いましたが、私の方からも航空優勢確保及び近接航空支援を要請しておきました」
 折り目正しく答礼を返す美鈴へと、久菜は重ねて感謝を述べてくる。だが多少戸惑い気味だ。
「……来ますか? カマソッソの群れは、確かに厄介ですが航空機を出動させる程とは……旭川ではテスカトリポカ、千歳では異形戦車、そして十勝平野ではあの通りですから、こちらへ回す航空戦力は期待していませんでしたが……」
 陰のある性格ではあるが、元警務科隊員だった所為だろうか、根は正直のようだ。素直な久菜の意見に対して、美鈴は笑みを浮かべる。
「そこはそれ。蛇の道は蛇と申し上げましょうか。それに各戦線が逼迫しているからこそ、早期決着させて余剰戦力を回収したいという考えもあります。それから捨て駒の印象は拭い切れずとも、師団長直属の零部隊はある意味、虎の子みたいなものですからね」
「……油断すると主の手を噛み千切る虎ではありますけれどもね」
 久菜は困った我が子を見る目付きを送る。視線の先は、陳情していた5.56mm機関銃MINIMIを組み立てて喜び勇んで手触りや重みを確かめる零伍特務隊員達。そこに難しい顔をして 山之尾・流(やまのお・ながれ)二等陸士が問い掛けていた。
「――それ、俺らのじゃないよな?」
「うちの隊長が要請してくれたのに間違いないぞ? そう言えば、もう1つMINIMIがあったようだが、アレは坊主達のじゃなかったのか?」
「あちらも5.56mmNATO仕様で……って、しまった!」
 頭を抱える山之尾。悔しそうな顔で歯噛みした後、すぐに気落ちしてうなだれる。
「……7.62mmNATO仕様モデルと注文時に断っておくのを忘れていた」
 まぁ強く生きろと肩を叩いて慰められる山之尾。物資輸送してきた美鈴としても何とも言えない複雑な表情を浮かべてしまう。しかし咳払いをすると、
「……で、誰がどれを担当しましょうか?」

 隙間風が入らないように艶消しのブラックテープで目張りされた廃屋の一室にて、意見ある者達が集まっての作戦会議。他は休憩やら警戒待機やら戦闘に備えて銃器の入念な分解洗浄やら。
「……御蔭で、教練班の全員、武器の手入れが上手になったよ」
「懲罰部隊の数少ない良いところですね。隊長にもよりますが、大抵、装備数は最低限で、しかも使い古した装備しか支給されませんから。だからこそ命を預ける最後の頼みを手荒には扱いません」
 山之尾の呟きに、佐伯が同意する。2人とも歳は10代前半と、隔離前の義務教育課程ならば小学校高学年から中学生といったところ。美鈴や久菜といった美女2人を近くに、内心上擦ってしまう。純朴な少年2人の内心を知ってか知らずか、いつもの表情のまま、先ず美鈴が意見を述べる。
「――こちらの対応優先順位としては、カマソッソ、ウェウェテオトル、トラロックを。航空優勢を確保した後、近接航空支援に入ります。要請しています増援にも、その達しを徹底したいと思いますが」
 美鈴の視線を受けて、唾を飲み込んでから佐伯が挙手。注目が集まる中、胸を張って、
「自身が氷水系魔人であり、雷電系憑魔武装を有する事から、ウェウェテオトルを抑える役に志願します」
 自信満々の佐伯の発言に、久菜だけが首を傾げる。
「――雷電系憑魔武装では、ウェウェテオトルの御老体と相性が……」
 だが疑問の声を遮り、
「じゃあ、佐伯二士が抑えてくれている間に集中攻撃でトラロック各個撃破。然る後にウェウェテオトルを排除――という流れで。前回の反省を活かして、今度は現場で慌てるようなミスは犯さない」
 山之尾が拳を打ち鳴らす。久菜は苦笑すると、
「――第伍特務の第1班が、教練班の支援。第2班と第3班はウェウェテオトルの御老体の抑えに回します。小隊付きは周囲の警戒と、いざという時の為の退路の確保。――そして撤退時の援護射撃を担当させます」
 久菜の言葉を受けて、一同が頷く。だが佐伯は久菜が口に出そうとした内容が気に掛かった。
「何か問題でも……?」
「――貴男の憑魔武装では、ウェウェテオトルの御老体を抑える事は出来ません。とはいえ若者達のやる気の出鼻をくじくつもりも……」
 何とも歯切れの悪い。それでも細かい作戦の調整に入り、検討を重ねる。解散の合図が発せられたのは深夜遅くだった。
「……私の正体について詮索はしないのですね」
 第5i教練班の仲間達へと戻ろうとする山之尾に、久菜の声が掛かる。何故か困ったような声色だったが、
「――忘れていた。それだけ」
 山之尾が答えると、久菜は苦笑を浮かべて「おやすみなさい」と告げる。そして通路の陰に消えていくのだった……。

*        *        *

 第2施設大隊が駆る施設作業車や、75式ドーザ『ビッグブル』が倒壊した建物の瓦礫を掻き集める。柳沢・健吾(やなぎさわ・けんご)一等陸士の上申に従い、残存の第9普通科連隊と協調し、敷地内の遮蔽物を減らして射界を広く取ると共に、集めた瓦礫は防壁として利用するのだ。
「――テスカトリポカは縦横無尽の機動力を有します。物陰に隠れ潜まれる事なく、少しでも射撃を加える機会を多くする必要があります」
 無尽蔵とも疑われる程の再生力を有する最高位最上級超常体 テスカトリポカ[――]だが、核が、胴体胸部――人体における心臓の位置にある事は判明しており、待ち伏せた狙撃手達が狙撃を敢行。外れたとしても、普通科班総員、横列による一斉射撃。異形系とはいえ不死身ではない以上、打撃を与え続けるのは無駄にならない。絶え間なく弾雨を降り注げば、いずれは力尽きるのだ。
「確実さを追求する為に、私も接近戦を挑みますが、異形系であるから誤射は気にせず、撃って、撃って、撃ちまくって下さい。――こちらが唯一敵に対して上回っているのは、瞬間火力と追い詰められた人間の意地とクソ度胸だけですから。……以上!」
 柳沢の言葉に、連隊長は力強く頷いた。勿論、策はそれだけではない。プラスチック爆弾や指向性対人用地雷M18クレイモアを仕掛ける。
「……さて。テスカトリポカを上手く引き付けられれば良いのですが」
 目下、旭川駐屯地を取り巻く状況を好転させる手段は、神居岩に向かう部隊のみである。柳沢が駐屯地に大駒であるテスカトリポカを引き付けておけば、より容易に封じられているカムイの解放を果たせる。
「……身を投げてこそ浮かぶ瀬もあれ、ですか」
 今の心境を吐露すると、柳沢は微笑みを浮かべた。

 上川地方の開拓守護並びに旭川鎮守として、天照坐皇大御神を奉祀したのが創立とする上川神社。
「内藤さん、畠山さんの話から、あたしはアペカムイノミを思い出しましたわ」
 旭川で行われていた神火をフクロウに捧げる峡谷火祭り。第2師団第2後方支援連隊・治療中隊第9班長の 内藤・和華(ないとう・わか)三等陸曹は「アペ」とはアぺフチカムイ(カムイフチ)の力の宿った火と解釈したが、潮野・信代(しおの・のぶよ)一等陸士は発想を進めて、「アペ=上川神社にて得られる火」だと推測した。
「……上川神社は確かに開拓者達が建立した神社ではありますけどね」
 上川神社には、古神札焼納祭――通称どんど焼きに使用する清らかな火を、伊勢神宮に古くから伝わる採火の方法、火きり杵と火きり臼によってきり出す火鑽神事がある。
「……でも、アイヌの神事と内地の神事を併せて、双方の神を尊重しようとした人がいたことも確かだと思うのよ」
 呟きながら、信代は偵察用オートバイ『カワサキKLX250』を停車して、鉄帽を脱ぐ。押さえられていた髪が広がり、パーマを形作った。
「結果として、土着の神は忘れ去られる事なく、生き永らえる事が出来たのではないかしら」
 だからこそ信代は宮内を探索し、「火きり杵と火きり臼」を探すに来た。見付けたら、火を切り出し、たい松に移し、そして神居岩を清める為に。信代は上川神社本宮――ではなく、常磐公園内にある頓宮の境内を見渡すと、腕まくりをするような仕草をしてから、捜索に乗り出したのだった……。

 今なお超常体による戦禍を免れて、形を留めているアイヌ住居で、内藤は囲炉裏にイナウを捧げる。
「――モシリ、コロ、フチ、パセカムイ。チランケ、ピト、チランケ、カムイ。カムイ、カツケマツ(大地を掌握する、媼位の重い神。降臨されたお方。神々しい淑女よ)……」
 アペフチカムイの「アペ」とは火を意味し、その名の通り、火の神で、老女の姿をしているとされる。別称の「カムイフチ」とは「神の老女」という意味だ。6枚の衣を身に纏い、手には黄金の杖を持っていると謡われる。内藤は祈りを捧げ終わると、囲炉裏の火にイナウを納めた。そして囲炉裏の火で沸かした鍋の湯にヒエを入れて、ゆっくりかき混ぜる。
「……内藤さんは真摯な方ですねぇ。だからこそアイヌの魂の声を聞くことができたのでしょうねぇ」
 見守っていた 畠山・政五郎(はたけやま・まさごろう)一等陸士が思わず口を挟んだ。
「……おっとぉ邪魔をしましたか」
 鍋に蓋をした内藤は振り返る事無く、だが、
「いえ――気になさらないで」
 と、微笑を浮かべながら答える。
「しかし、材料の提供と所持許可が、よく下りましたねぇ。やはり内藤さんの真摯な態度が認められてですねぇ」
 朗らかに笑う畠山だったが、内藤は困った顔をすると頬を掻いた。
「いいえ――『嵐山公園防衛に付き合わせてしまった部下達をアイヌの伝統料理で慰安したい』という大義名分では許可されなかったよ。伝統料理で慰安……お神酒とはいえ振舞われると取られる事が問題になったみたいで……それで、正直に『コタンカラカムイの解放』の為の祭儀にと申し直したら、ようやく提供と許可が下りたんだ」
 だが、それでも申し出た最初の大義名分が拙かったペナルティとして査問会への出頭命令が下りた。どう弁明しようかと今からでも内藤を悩ませる。
「……と、炊き上がったみたいだ」
 固めの粥を移し変えると、広げて人肌まで冷ますと麹と混ぜ合わせた。そして予め清めていたトノトカラシントコと呼ばれる樽に仕込む。内藤はまた囲炉裏に向かい合うと、
「――火の神よ。今日の仕込みの為、お移し致しますのをどうぞお許し下さい」
 祈りと共に真っ赤になったオキを2つ取り、ヒエの上に乗せた。
「火の神よ。あなたの力で、このヒエが、よいお酒になりますよう、どうぞお守り下さい」
 祈りを捧げ終わると、幼馴染でもある副長の 皆縫・拓[みなぬい・たく]陸士長と共に樽にゴザを巻き付け縛る。魔除けの守りを施しておくのも忘れない。
「……発酵には一週間から10日間は掛かる。材料の提供が遅れちゃったから、作戦に間に合うかどうか怪しいけれども、何とかしてみせるよ」
 代わりと言っては何だけれどもと断ると、囲炉裏からオキを持って行くよう、畠山に頼んだ。
「火種にしてよ。これにイナウを捧げて起こした火で神居岩を浄化すれば、おそらく条件は達成されるだろうから」
「解りましたぁ。……内藤さんは?」
「僕はトノトの発酵とシト(※米や稲黍等で造る団子)の用意を……本味醂や酒粕は提供されなかったから。――許可を得る時、失敗したツケだよね。御蔭で嵐山の防衛も満足に出来なくなっちゃったよ」
 うなだれる内藤。畠山は慰めの言葉を思い付けず、だが頭を撫でてやった。
「ではぁ、間違いなく届けますよぉ」
「トナトも出来上がり次第、何とかして届けたいと思うから。それまで神居岩を護り切ってね」

 アイヌの神のお告げは夢を通して行われるらしい。伝え聞いた話に、神居岩を前にまどろんでいた第2師団第9普通科連隊・第249班長の 稲生・香子(いなお・かこ)准陸尉だったが、
「……駄目だ。何も呼び掛けて来なかった」
 武人たるもの、常時戦場。眠りから覚めて間もなく意識をはっきりさせると、小山内・幸恵[おさない・ゆきえ]二等陸士が持ってきてくれた手拭いを使う。
「――先の接触で小山内二士は、何かを視、そして聴いたのであったな? アイヌの出と聞いたが……違いを考えれば、もしやカムイは僕の様な異邦人を拒絶しているのだろうか?」
 赤毛が映える香子の本名は、アレクサンドラ・ヤポンスキー。現状を憂いていた祖父の遺志を継いで隔離された日本に渡り、帰化して隊を率いているが、ロシア人の血が色濃い。
「……どうでしょう? 内藤三曹と違って、私も純血のアイヌとは違いますから。正確な知識や伝統文化も学んでいないですし」
 和人(※シサム・シャモ。本州島の弥生系人種)との混血である幸恵は申し訳なさそうな顔をする。それでも神居岩に辿り着いた時に幸恵だけが幻――巨大なシマフクロウが岩に翼をはさまれて動けない姿を視、そして助け(?)を求める声を聴いたのだ。
「……血脈でなくて、血縁だと俺は睨んでいるがな。或いは地縁。つまりは『縁(えにし)』」
 盗み聞きしていたのか、第248班長の 古川・均[ふるかわ・ひとし]三等陸曹が持論を述べながら、顔を出した。
「――『縁』であるか。『袖振り合うも多生の縁』というが、これを機にアイヌやカムイとも縁が出来れば良いのだが……」
「……いや、それ、諺の意味とか使い方とか間違っているから」
 古川の突っ込み。アニメやコミックといい、雑学に強い。正しくは「見知らぬ人と袖が触れ合う程度の一寸した事も前世からの因縁により起こるもの」という意味で、今から縁が生じるという用法は誤っている。
「成る程……奥が深いな――と? んん?」
 寝ていた時も肌身離さず抱いていた愛刀を抜く。そして鋭い切っ先を古川へと突き付けた。
「――見ていたな? 僕の寝顔を!」
「眼福。アレほど『火狐』が可愛らしいとは……」
「――婦女子の寝姿を覗くとは痴れ者がっ!」
 上段に構えた刃を、裂帛の気合で振る。逃げる古川と、追う香子。
「おーい。古川さん達、クレイモアを仕掛け終わったぞっ!……と、何やってんだ。いつもの痴話喧嘩?」
 戦闘服を良い具合に泥で汚したアフロ髪が呆れた口調。幸恵は 大山・恒路(おおやま・こうじ)二等陸士にも手拭いを渡しながら、
「稲尾准尉と、古川班長はお似合いだと思いますが」
「――生憎っ! 僕はっ! 未熟者故っ! 恋愛にうつつを抜かしているつもりはっ! ないっ!」
「……うわ、力強い否定」
 最終的に峰打ちで叩きのめしてやった。大山は哀れみの目付きで、襤褸になった古川へと合掌。
「……成仏してくれよ」
「さておき! 仕掛けの方は?」
「上等。駐屯地の方では、火薬の臭いに勘付かれたって話だから気を使ったつもりだぜ。テスカトリポカだけでなくオセロメーにも配慮してな。後は、その時のお楽しみって訳だ」
 大山は不敵に笑う。ジャガー等野生動物は総じて感覚器官が鋭敏である。罠に人間の残り香を付けないように苦労したと共に、逆手に取って、大山なりに隠し玉も用意した。
「陳情していた火炎放射器も届いたぜ。古川サンだけでなく、稲尾サンも頼んでいたのかよ」
「備えあれば何とやら……という奴だ。テスカトリポカは氷水系能力をも行使するとはいえ、配下のオセロメーといった異形系に有効なのは相違無い」
 香子は神居岩を見上げると、
「サマイクル解放の時間を稼げれば御の字よ」
「単純に爆砕するのはやっぱり不味いよなぁ」
 大山は心残りのように左右の指を不規則に動かすと、大きく溜め息を吐いた。と、警戒していた部下が香子に声を掛ける。
「――畠山一士が儀礼道具を運んできました」
「よし……小山内二士、任せたぞ」
「がっ、がが、頑張りますっ!」
 畠山が丁重に運んできたオキを火種にし、イナウを捧げる。内藤が伝えた儀礼方法に従って、アペフチカムイに祈る。
「シノー、リ、カント、モシロル、オローワ、アランケ、キーロッア、カムイ。イレス、オイナ、フチ(天空高き天界より、お降りになられましたる神。育てはぐくむ祖母)……」
 炎が神居岩を撫でる。瞬間――暖かい波動が全身に染み渡る。今度は小山内だけでなく、全員に、だ。特に操氣系である畠山は我知らず涙をこぼす。笑みを浮かべながら、
「……清められてぇ、封印が弱まったとぉ、思えますねぇ」
「――後は『力を注ぐ』だけだ。内藤三曹の儀礼が終わるまで守り抜くぞ!」
 香子の号令に、一同が頷いた。

*        *        *

 伝承に謳われる巨人に相当するかも知れないとはいうものの、基本的に本能に忠実な野生動物という見方で、縣と緑の意見は一致していた。
「……という訳で、餌を用意しましたが。これで釣れなければ、食料の無駄遣いで叱られてしまいますね。――っと、王手飛車取りです」
「3四金でそうはさせませんよ、っと、叱られた際の責任はワリカンで」
 首長竜が餌に食い付きを見せるまで湖岸に陣取って2人は将棋指し。屈斜路湖の観測は治療中隊第2班乙組が、護衛や警戒は第274班が担当している。
「……霧が出てきましたね。超常体の能力による影響ではないと地之宮くんが証明してくれましたが、それでも不安は隠せません。これは――引き分けという事で」
「角が成っていたら勝てた気がしましたけれども時間切れですね。――観測された行動パターンから濃霧が立ち込める時間帯に首長竜は餌を求めて浮上してきます。……各員に通達。警戒態勢に」
 緑の合図に休憩していた隊員も起き出してきて、音響探知機や撮影機材を構える。夜間撮影用の赤外線カメラをセット。モニター画面に湖面が映る。探知機が拾った音で波形が働いた。緑の視線を受けて頷くと、縣と、そしてちよりが憑魔を覚醒させて、半身異化に移行。水中の振動を測ると共に、氣の探信を発した。憑魔能力の効果範囲は、最長200mの球形空間に及ぶ事が確認されている。屈斜路湖の最大水深は117m。潜るだけならば一度捉えてしまえば逃がしはしない。
「――湖底から浮上する大型物体を確認」
 縣の言葉に続いて、
「湖面に波形が生じたのを確認しました」
「敵、極大型異形系超常体……水深50m突破。30、20、一部が湖面を割りました」
 モニターに20m近くある巨大な首長竜が映し出された。鼻を鳴らしながら、餌の方へと移動を開始する。
「――各員、息を潜めて敵が罠に掛かるのを待ちなさい。敵に気取られて湖中に逃げられたら、またやり直しですからね」
「核の位置は――胴体上部。首の付け根よりちょっと低いところです」
 額に脂汗を浮き上がらせながら、ちゆりが核の正確な位置を割り出してくれる。無線を通して各員に伝わり、副官の強化系魔人が84mm無反動砲カール・グスタフを構えた。
「……僕の班より火力あるのではないかね?」
「第5後方支援連隊は武闘派なのです」
 怖い嘘を、当然のように口にする緑。第5師団は個性派だらけで菅家陸将も大変だ。
「――状況開始まで時間計ります。敵、罠に掛かるまで、およそ10秒、9、8……」
 濃霧に影を映し、地響きを立てながら首長竜が餌へと向かう。秒針と睨みながらも、ちゆりの精神集中が途切れる事はない。包囲網に入り込むまで、
「……3、2、1」「「――射てっ!」」
 緑と縣が同時に号令を下した。縣は気合を発すると強引にも霧を晴らして視界をクリア。副官が放ったHEAT弾が狙い違わずに命中する。更に5.56mmNATO弾が全周囲から惜しみなく注がれたが、
「――傷が未だ浅い! 次弾の装填を早く!」
「……予備弾無いんだけれども」
「ちょっと待って下さい、緑さん! もう1門! もう1門申請していたでしょ!」
 治療中隊第2班乙組総出の突っ込み。その間にも弾雨を浴びて、体液を流しながらも首長竜は屈斜路湖へと逃走を図る。だが、
「……生憎と逃がしはしませんよ」
 縣が不敵な笑みを浮かべると、首長竜の首やヒレに氷のリングが生じる。氷は水より比重が軽い。潜って逃げる事は困難極まる。そして氷結はまた傷口を固めて異形系の治癒速度を阻害していた。
「おや……意外なファインプレー」
 縣は自らの能力に目を丸くした。精神集中していなければ、ちよりから突っ込みが入った事だろう。
「――さよなら、クッシー!」
 そして華奢な体格という見掛けにもよらず、予備のカール・グスタフを構えると、緑はHEAT弾を叩き込んだ。先に開いた傷口に抉り込む追加弾は奥深くの核まで到達。炸薬が爆発すると首長竜に止めを刺した。
「――倒れるぞー!!」
 一同慌てて回避し、地面に伏せる。首長竜が倒れた衝撃で、一瞬、地面から体が浮いた気がした……。

 ……後日。携帯情報端末を駆使して、倒した首長竜等の検死報告や生態系の観測記録をサイトにアップしている緑に、縣が声を掛ける。
「結局、恐竜共を殲滅しても何の進展も見受けられなかった訳ですが……」
「ん〜。お疲れ様でございました」
 振り向いて緑は慰めの言葉を口にする。
「結局、何が目的だったのやら。冥府を再現する事が目的なのか? ……意思疎通が出来る超常体の出現を待たないと、次の行動を絞り込む事が難しいですな」
「単に迷い込んで来ただけかも知れませんよ? 超常体としてのランクは高位中級というのが最終的な上からの判断です。……沼部陸将は何と?」
「――『御苦労。こちらはケツァルコアトルやテスカトリポカに苦労している』とだけ。……僕は肉体労働が不向きなのですが」
 縣は苦笑いを浮かべる。そして敬礼すると、
「では縁がありましたら、また」
「意外と速く再会するかも知れませんね」
 緑も答礼を返し、戦友へと別れを告げるのだった。

*        *        *

 噴煙が昇る火口を見下ろし、MH-47Gが十勝岳の頂に接近する。
「――準備は宜しいですか?」
 美鈴の言葉に、山之尾達が唾を飲み込みながらも頷いた。後部扉が開放され、零伍特務隊員はMINIMIを構える。リペリング用のロープが垂れ下がる。若いながらも山岳訓練で叩き込まれた山之尾達、第5i教練班が降下準備に入るが、
「――カマソッソの群れが上がってきます!」
 警告が発せられたと同時に、強大な波動が襲ってくる。頂に座する トラロック[――]ないし ウェウェテオトル[――]が誘発させる憑魔強制侵蝕現象。MH-47Gの操縦席にいながらも、憑魔核が蠢いて、激痛が美鈴の身を走るが――久菜が事前に張っていた氣の防壁もあって人事不省に陥るまでは無い。更にはコパイロットがサポート。MH-47Gは危なげなく、機体を維持。
「――皆様、暴力を振るって良い時ですよ?」
 脂汗を流しながらも、微笑んで部下に声を掛ける。両舷のガンポートからM134ミニガンを構えて四方八方から襲ってくるカマソッソへと弾幕を張る他、M240D機関銃で蹴散らす。バラ撒かれた7.62mmNATO弾は、雲霞のようなカマソッソの群れを消滅させていった。更には騎兵隊宜しく帯広より北部方面隊のAH-1Sコブラのエレメントが駆け付けてきた。
「――遅いですわよ」
『無茶言うな。帯広もマッドヘンという異色が駆け付けてくれているとはいえ余剰戦力は限りがあるんだぜ――航空優勢をこのまま確保する。そちらは、お客さんを降ろせ』
 言われなくとも。美鈴は笑みを濃くすると機体を低くして第5i教練班を、続いて零伍特務を降ろしていく。勿論、その間も弾幕を張り続け、地上の敵を牽制するのを忘れない。
「――御武運を。帰りも宜しくお願い致します」
「かしこまりましたわ。そちらも神の御加護があります事を――エィメン」
 敬礼してから降りる久菜に、操縦桿を放せずとも言葉で返す。地上に降りて早々にウェウェテオトルが火球を放つが、佐伯が水球をぶつけて妨害した。純粋な威力では負けているものの、幻風系による増幅に加えて、相剋の強みで相殺に成功する。振り返る事無く、
「手筈通りに僕が抑えます! 山之尾さん達は、トラロックを」
 カマソッソによる上からの攻撃は、美鈴達が蹴散らしてくれている。数と機動性から殲滅には時間が掛かるようだが、雑魚を引き付けてもらっているだけでも充分に感謝を。だが――戦いを続けるに従い、次第に佐伯は追い詰められていくのを感じていた。
( ……もしかして、僕、相性が悪いんじゃ? 寺岡准尉が懸念していた事は、これか!)
 ウェウェテオトルは火炎系。幻風系憑魔が寄生したインバネスコートは炎に弱く、コンバットナイフの雷電は吸収される。ウェウェテオトルに通用するのは、操氣系のパルチザンと自身の氷水系のみ。幻風系で増幅しても、高位上級の超常体相手にはようやく威力は対等。そのコートも完全には相殺し切れなかった火勢により段々と焦げ目が見え始めている。
「それでも――抑え役をやると言った以上、頑張るしかないっ!」
 久菜や零伍特務の支援を受けて、佐伯は奮起する。
「――佐伯達が敵の連携を断ってくれているんだ! 今のうちに集中攻撃!」
「若造共が、片腹痛いわ!」
 牙剥くジャガー面のトラロックが怒りと共に大粒の水弾を放つ。水弾は山之尾達の直前で破裂。飛沫が散弾となって襲い掛かってきた。しかし仲間が雷の網を張って絡め取る。
「――小癪な真似を!」
「お前の相手は僕だ!!」
 仲間が大地を砕いて石礫を飛ばすと、トラロックは慌てて回避。その間にもトラロックの攻撃威力を吸収した雷電系魔人へと、幻風系から氷水系を経て、更に力を注いでいく。零伍特務の支援射撃を受けた地脈系がトラロックの動きを掻き乱している間に、力は第5i教練班のリーダー格である山之尾へと集中した。
「――行くぞ、受け取れ!」
 地脈系に呼び掛けると、察したトラロックが先に始末してしまえば良いとばかりに水の刃を繰り出した。だが呼び掛けはフェイント! 五大による神殺しのソレには足らずとも、また火は水に弱くとも、増幅した威力はトラロックを打ちのめすには充分。山之尾は集められた力を、そのままトラロックへと叩き込んだ。思わぬ直撃を受けて、トラロックが炎に包まれる。そして弱ったところへと地脈系が止めの一撃を放った。力を放出して使い果たした感のある山之尾達もH&K XM8小銃、FN7.62mm機関銃MK48 Mod0、MINIMI、89式5.56mm小銃BUDDYと、それぞれ思い思いの武器を構えて必死に撃ち放つ。集中攻撃を受けてトラロックは沈んだ。初めて味わう勝利に、歓喜が湧き上がりそうになる山之尾達だったが――爆音と衝撃、荒れ狂う風に我に帰ると、身を引き締めた。
「そうだ、佐伯は無事か!?」
 視線を移すと、巨大な火球を浴びて、死屍累々の零伍特務と久菜……そして佐伯。ウェウェテオトルは久菜が張った氣の防壁を上回る程の威力で以って強引に打ち倒して見せたのだった。最早佐伯が纏っていたインバネスコートは灰になり、久菜もまた火傷の痛みで息も絶え絶え。だがウェウェテオトルは興味を失ったかのように周囲を見渡すと、
「――トラロックが倒れたようじゃな。かつてチャックと呼ばれ、四方を護った程のモノが不甲斐無い。ナウイ・キアウィトル(4の雨)を司りし太陽が沈んだ以上、噴火活動もじきに終息しおるわ。儂が協力するのもここまでじゃ。負けじゃ、負け。汝等の勝ちよ」
 さばさばとした態度でウェウェテオトルは上空を仰ぐ。空でもカマソッソの群れを撃墜し終えた美鈴が、ガンシップのガトリング砲をウェウェテオトルへ向けさせると……すかさず炎を噴いた!
「――負けたとはいえ、ただで殺されてやる訳にはいかんのぅ?」
 しかし7.62mm弾を掠めた衝撃で翻弄されながらも致命傷を避けたウェウェテオトルは炎の輪を作り出す。そして輪の中に身を投げた。ウェウェテオトルの身を飲み込んだ炎の輪は、一瞬、巨大な火柱となったが、次第に小さくなり……そして、
「――これは一体?」
 炎が集束して生じたのは、空間の歪みだった。時折、極彩色の渦が巻いたかと思うと、虹色にも発光する。この世ならざる現象だった。
「――『ナウイ・オリン(4の地)』の終焉を諦めた代わりに、御老体はとんだ置き土産を残して行ったわ……」
 荒い息を吐きながら、久菜が這って来ようとする。慌てて抱え上げるが、視線は空間の歪みに釘付けだ。
「これは一体?」
 再び同じ言葉を発して、今度は久菜に尋ねる。
「……アステカにおいてミクトラン。マヤではシバルバーと呼ばれる冥府、その入り口……」
 そして久菜は気を失った。

 ……噴火活動の阻止という作戦は終了した。後日、第5i教練班には健闘と労苦を称えられて駐屯地への帰還命令が出される。しかし零伍特務は冥府の入り口の監視として、十勝岳での待機が命じられるのだった。

*        *        *

 十勝岳攻略のタイミングを合わせたかのように、十勝平野でも戦闘の幕が開いていた。だが維持部隊は帯広を死守――撤退完了を支援する事である。濃霧に紛れ、津波のように押し寄せてくる超常体の群れ。飛来するチョンチョンを先遣にし、札内川を越え、国道236号線をも突破してきた。迎え撃つ第4普通科連隊をはじめとする第5師団残存戦力とNAiRは、地震による足場の悪さと、濃霧による視界不良で苦戦を強いられていた。
「――僚機に告げる。第1対戦車ヘリ隊と協力し、対地攻撃を敢行せよ。札内川以南は全て敵だ」
『――Rojer!』
 たんちょう釧路空港から緊急発進した映姫のスクライクイーグルのエレメント・チームは、白い闇の中、空爆を行う。機首や翼が霧を貫き、切り裂いて、白い糸を描き出す。LANTIRNがあるとはいえ気楽に航行出来るという訳でもない。計器に示された数値や、ディスプレイに映し出された画像を頼みに、Mk.82無誘導爆弾を落していく。誘導爆弾は天候に左右される。濃霧の中、レーザー誘導は撹乱される。無線はパイロットの視力に左右されるだけでなく、また離脱不可能。TV誘導も難しい。GPS誘導は命中率が低く、また着弾の座標をセットしなければならない。最終的にバラ撒く無誘導爆弾が超常体相手には有効だ。
「クラスターが使えれば上出来でしたのに」
 そして濃霧における一番の問題点は戦果が判断し辛い事だった。空爆が有効かどうか。自ら落した爆弾による熱で、赤外線画像もまともに働かなくなってきている。
『――警告音を確認! 地対空ミサイルにロックされました!』
「……敵は携SAMを保有!? 迅速に離脱! 振り切りなさいっ!」
 91式携帯地対空誘導弾ハンドアローは通常の赤外線に加え、可視光誘導も出来る。濃霧の中で命中率はお互い様だが、万一の場合も考えられた。映姫は歯噛みをすると戦果の実感を得られないまま、帰投を命じる。置き土産に、抱え込んでいた残りの爆弾を全部投下して。
「――これぐらいは許されてもいいですわよね」

 空が悪戦苦闘している以上に陸もまた地獄絵図を展開していた。血の臭いを嗅ぎ分け、白い闇を突き進んでくるチュパカブラやチョンチョン。バリケード或いは塹壕に身を隠しながら維持部隊はBUDDYやMINIMIで薙ぎ払う。
「――第1次防衛ラインが突破されて、第2次に喰らい付かれた! イプピアーラを誰か止めろ!」
 振動が大きく揺れる大地を四足歩行で迫ってくる半魚人。5.56mmNATO弾を喰らっても、異形系の再生力で少しの傷ならば勢いは止まらない。特科の火力も接近を許してしまえば、味方に被害が生じるのを考えると期待出来ない。その状況の中、
「――仰天号の出番だよねっ! 轢殺アタック!」
 由加里の気合の入った号令が下されると否応なし。覚悟を決めて、まゆみはアクセルペダルを踏んだ。飛来するチョンチョンを引っ掛け、逃げ惑うチュパカブラを潰し、イプピアーラを跳ね飛ばす。
「全周回砲塔パンチ! アーンド、ファイアー!」
 佳子がハンドルを回すと主砲が薙ぎ払う。そして熱線映像モニターを頼りに、120mmHEAT弾をぶっ放した。戦場を蹂躙する鉄の獅子。イプピアーラが構えるBUDDYの一斉射撃も厚い装甲で弾く。だが――
「由加里。私達だけ孤立しています!」
 敵に突撃の気配が見えたら、逆にこちらから敵中に突貫して蹂躙、出鼻を挫くまでは良かった。だが本来後続するはずの普通科隊員が付いてこられない。濃霧の視界不良に、地震による足場の悪さ。調子に乗り過ぎないうちに、後退するよう注意するが――
「……大きな熱源反応! 対戦車武器だよ!」
 熱線モニターに映し出されたイプピアーラと思しき影が、肩に担いだモノを撃ち放つ。90式戦車の正面は、チタンのフレームとプレートで補強された複合装甲だ。金属とセラミックをサンドイッチした構造は、120mm滑腔砲弾を4発喰らっても行動が可能だ。それでも、
「前後左右、囲まれました!」
「――必殺、フレミングの左手の法則装甲!」
 由加里は身に寄生している憑魔を覚醒させると、表面装甲に瞬間的な大電圧を掛けた。生じた電磁場によるローレンツ力で弾き返すという切り札。……だが、
「机上の空論! 妄想に過ぎないよ!」
 怒声を張り上げると、佳子が氣の防護膜で車内を包み込んだ。幾ら電磁場で斥力を発生させたとしても、一定以上の攻撃を弾く事は不可能。ましてや集中力を奪う大技だ。立て続けに襲ってくる対戦車ミサイル全てを防ぐ事は難しい。斥力で弾いたとしても狙いを少し外した程度。また正面装甲は1、2発ぐらい被弾しても損害は軽微で、行動に支障がないかも知れないが、側面や履帯に命中すれば――90式戦車といえども大破は免れない。装甲で吸収し切れなかった衝撃は、佳子が咄嗟に張った氣の防護膜で減殺する。だが大破した仰天号はもう動けない。まだ生き残っている熱線モニターが、更に数発撃ち放とうとするイプピアーラの姿を映し出した。仰天号を捨てて車外に逃げ出そうにも、濃霧と地震の中、すぐに嬲り殺されるのがオチだ。このまま、仰天号と運命を共にするか、万に一つを賭けて脱出を図るか――
「あたしは仰天号と運命を共にする!」
「――動いて下さい、お願い、動いて!」
「氣の防護膜を張り続ける。少しでも耐え抜いてみせるよ!」
 悲鳴を上げる3人娘。覚悟を決めて、目を瞑った。そして……
「――あれ? 衝撃がこない。痛みを通り越して死んじゃったのかな?」
「いや――外の様子がおかしいよ」
 佳子の言葉に、由加里は車長用潜望鏡で、まゆみは窓から外を覗いた。
「……霧が薄まってきています」
「仰天号に乗っていたから気付かなかったけど、地震の揺れも小さくなっていない?」
 そして超常体は霧が晴れていくに従って、まさしく波が引くように撤退していく。
「――乗り切ったんですか?」
 呆然と呟く、まゆみ。だが由加里は、
「仰天号が死んじゃう前に、状況を好転させてよ!」
 激しく泣き出したのだった……。

*        *        *

 帯広攻防戦が佳境に入る丁度その時、襟裳に辿り着いた地之宮達は絶好の機会が訪れるまで耐え忍んでいた。えりも岬小学校跡地に潜り込むと、屋上で伏射姿勢で待機。唸るような風の音が轟いている。襟裳岬は速度10m以上吹く事が年間290日以上ある、神州日本屈指の強風地帯だ。十勝平野を蝕む濃霧がないとはいえ、異常な高波により生じた波飛沫が風に乗って、地之宮達を濡らす。
「……風は強いが、御蔭で視界が確保出来るのだけはありがたいな」
 バレットM95に装着した照準眼鏡を覗きながら地之宮は呟く。傍らには、観測手として調査隊員が計測器と双眼鏡を手にして、同じく見張っていた。視線の先にあるのは、襟裳岬「風の館」。周囲の景観や植生に考慮し、また、すぐ隣に灯台がある為、明かりを遮らないように地下に埋もれるような形で設計され、1997年にオープンした観光施設。今はチャルチウィトリクエが根城にしていた。
「――狙撃手泣かせの設計だな、全く」
 それでも時折、外に姿を現す。そして儀式めいた動きをしては津波を起こし、超常体を現出させる。津波は内陸奥深くに行くに従って濃霧なり、超常体と共に十勝平野を蝕み、帯広を脅かす。
「地震による揺れも微小。視界は良好。だが風は強く、また生じたカルマン渦の流れに注意して下さい」
「――了解した」
 津波と地震のダブルパンチで、既に崩れかかっているが、それでも未だ形を残している灯台。風下側に規則的な空気の渦――カルマン渦を生じさせる。目には見えないが、カルマン渦も考慮しなければ、命中率は大幅に下がる。えりも岬小から風の館まで、約1km。バレットの有効射程内だが油断は出来ない。
 こうしてチャルチウィトリクエが姿を外に出すまで、一昼夜、張り付いている。そして、ようやく苦労が結ばれる時が来た。
「……目標を確認。射ち方用意。指命、前方1,000、チャルチウィトリクエ」
 調査隊員は観測器で、風向、風速、湿度、温度を読み上げて行く。狙撃の修正材料として必要な情報。地之宮は照準の中に標的――深緑色をした半透明の硬玉で身を飾っている貴婦人を捉える。大きく息を吸い、ゆっくり吐いた後に息を止めた。身体を弛緩させ、だが意識は鋭く照門の先に結ぶ。目標との間に張り詰めた1本の線が見えた。
「――射てっ!」
 合図と同時に地之宮の指が引鉄を絞り――轟音が響き渡った。照準眼鏡の先で吹き飛ぶ女性の肢体。
「やりましたね!」
 調査員が歓声を上げる中、地之宮は冷静に遊底を操作し、薬莢を排出。次弾を装填し、狙いを付け直す。だが照準の中にチャルチウィトリクエを再び捉える事は出来なかった。舌打ち1つ。
「いや――断言は出来ない。距離と風の所為で少し狙いが外れた」
「でも対物ライフルの徹甲焼夷弾ですよ!? かすめただけでも人間ぐらいなら両断させるに充分な威力が……」
「相手は人間でないからな。初弾から焼夷弾を使用したが、効いたかどうか――それよりも直ぐに離れるぞ。追っ手が来る」
 狙撃地点は敵に割り出されていた。轟音を聞きつけたチョンチョンの群れが先遣隊として向かってきている。調査隊員がBUDDYで牽制に弾幕を張りながら、地之宮の後に続く。必死の逃走の末、撒く事に成功した。隠れ潜みながら地之宮は思う。
( 俺の一撃が状況の好転に、仲間達の助けになっていれば良いのだが…… )
 安全を確保した後、隊用携帯無線機で釧路駐屯地に連絡を入れる。地之宮が耳にしたのは、狙撃を敢行した時間帯から濃霧が薄まり始め、帯広防衛に成功したという吉報だった。
「――後は、実際にチャルチウィトリクエを討ち果たせたかどうかだな。もしも生き残っていたならば、元の木阿弥に成りかねない」
 狙撃成功の笑みを隠そうともせず、だが改めて地之宮は決意するのだった。

*        *        *

 ゴザを解いて蓋を取り、入れておいたオキを取り出す。炉の中に再び戻すと、アペフチへの祈りを捧げた。内藤達は樽から上げたもろみを、別に用意していた樽と置きザルに手で擦り込むように漉す。時折、ザルを揺すったり、底を擦ったりして、酒を漉した。ザルに残った酒粕――シラリもまた器に盛って、カムイへの祈りに使われる。
「……ようやく出来た」
 祈りを終えると、皆縫も 新谷・亜貴[しんたに・あき]二等陸士も安堵の息を漏らす。
「休んでいる暇は無いよ。神居岩の皆は、度重なる敵の襲撃に、極度の疲労を余儀なくされている。一刻も早く、神居古潭へと力を送らないと」
 内藤が執り行うコタンノミ(集落への祈り)は、イヨマンテ(熊の霊送り)やチセノミ(新築祝い)に匹敵するアイヌの大祭だ。集落への守護霊に対して、満足な生活へのお礼と続く祈願を行うもの。年に2回、春と秋に行われている。時節的にも申し分ない。内藤はチノミシリである嵐山にてコタンノミを行う事で、霊脈――ひいてはカムイ・モシリ(カムイの世界)を通じ、神居岩に封じられていると思われる サマイクル[――]へと力を送られないかと試みるつもりだった。
 文化英雄であり、「信託を言う神(サマン・イェ・カムイ)」の意のサマイクルには、別名としてコタンカラカムイ(村おこしの神)がある。だが、コタンの意は幅広く、「国」つまりは「大地」をも有する。従ってコタンカラカムイは『国造神』をも意味し、一説によれば、天地創造神とサマイクルは同一視される。
 そして内藤が幻視した、岩に翼をはさまれて動けないシマフクロウ。シマフクロウはコタンコロカムイ(村を護る神)と呼ばれ、コタンカラカムイによる天地創造時、動物神の中で最初に地上へ降ろされた神であり、高い木の上から国を見守る役割を負っているとされていた。
「しかし、嵐山で儀礼を行うとしても、神居岩はどうするんだよ? 連絡だと、神居岩へと繋がる山道――補給線はテスカトリポカが率いる超常体に押さえられているって」
 第9普通科連隊・第204中隊第3小隊長(准陸尉)からの連絡を繋げて、新谷が苦言を吐いた。
 神居岩からの報告では、オキによって生じた火でイナウを捧げた事で封印が緩み始めたが、決定的ではなかった。やはり力を注がないと駄目だろう。しかし内藤自身は嵐山を離れて現地に赴く訳には行かない。
「――どうにかして神居岩でもコタンノミを行ってもらわないと確実とはいえないよ。せめてトナトやシラリを運んでもらわないと……」
 思い悩む内藤。だが救いの手は意外な形で現れた。
「あ〜。おばさん、失敗しましたわ……」
 オートの排気を轟かせて、信代が顔を覗かせた。顔には疲れが見える。
「――潮野一士、どうしたの? 上川神社を探っていたんじゃ?」
「それがですね、聞いて頂戴。火鑽神事が行われていたのは神楽岡公園にある本宮。常磐公園の頓宮を幾ら探しても火きり杵と火きり臼が見付かるはずがないですわ。折角、神居岩へと運んで力になれると思っていましたのに……」
 意気消沈している信代。だが内藤は息を呑むと、
「潮野一士! 危険を承知で、頼みがあるんだ!」
「――良いですわよ。危険も何のその。喜んで引き受けますわ」

 ……時間は前後する。MINIMIへと給弾する箱を交換していた大山に、物欲しそうな顔で古川が声を掛けてきた。
「……アフロマン。弾、幾つ残っている?」
「生憎と、これが最後だぜ。古川サンもケチらないで予備弾倉を頼んでいれば良かったのに」
「……まさか兵糧攻めされるとは思っていなかったからなぁ」
 神居岩へと繋がる山道は、テスカトリポカが率いる超常体やオセロメーによって寸断されていた。空輸も一度、地対空ミサイルで狙われてから、安易に補給物資を投下出来なくなっている。また風に流され、困った事に、一足先に敵の手に落ちる事もあった。野生動物に近いオセロメーにとって山や森は狩場だ。逆に、古川や香子達、神居岩を守る第248班と第249班は、散発的ながらも襲ってくる敵によって、満身創痍、疲労困憊の状態に陥っていた。
「――もはや銃剣のみが頼りか」
「愛刀一本あれば、戦うに充分足りる! 男児たる者、弱音を吐くな!」
「……何で稲尾サンは元気なんだろう?」
 部下や同僚に、活を入れまくる香子を羨ましく見詰めた。だが畠山は残り少なくなった乾パンを大切に噛み締める事で空腹の訴えを紛らわさせながら、
「――いやぁ、ボクが見る限り〜、稲尾准尉も限界に近いですねぇ。あっ、そのキノコは食べられますよぉ」
 サバイバルの知識がある畠山が合流してくれた御蔭で、何とか命は繋ぎ止められている。
「――餓死は嫌だぜ、本当に」
 泣きたくなるが、流す涙も枯れ果てた。
「いっそテスカトリポカ自身が襲ってくれば、楽といえば楽なんだけどなぁ……」
「相手が弱り切ってから襲うのはぁ、狩りの基本ですからねぇ」
 畠山の言葉に、古川と大山は顔を見合わせる。聞いていたのか、香子が口を挟んだ。
「では――そろそろだな?」
「仕掛けを無駄にしないよう我慢してきた鬱憤を晴らせるってもんだぜ」
 大山達は不敵に笑い出す。傍から見れば、疲労が極限を超えて狂ったとも思いかれない。だが瞳の奥にあるのは、覚悟を決めた強き意思。
「畠山一士、無理はするな。侵蝕が心配だ」
「それでもぉボクの役割ですからねぇ」
 畠山は氣を張り巡らせて、敵の息遣いを探る。脳裏にイメージされた探知の網に浮かび上がるオセロメーの数と位置。息を潜めて身を隠しているが、操氣系で気配を消そうとしない限り、畠山が見逃すはずはない。だがオセロメーだけではなく、更に強大な意志の塊を掴み取る。先の旭川駐屯地の戦いで感じ取った、最高位最上級超常体の氣――テスカトリポカ!
「来ましたよぉ〜!」
 畠山が警告を発する同時に、戦いの烽火代わりか、獣声が1つ。そして畠山の憑魔核が悲鳴を上げて、激痛と共に暴走しかける。2度目となれば、奥歯を噛み締める事で畠山は耐え切った。そして脂汗を浮かばせながらも、皆の治療に務めようと振り返る。
「皆さぁん、大丈夫で……すねぇ?」
「ああ、魔人の隊員はいないんでな」
 テスカトリポカから発せられた氣の波動に当たって一瞬身体が恐怖で震えたが、激痛により前後不覚に陥る程ではない。大山は不敵に笑うとMINIMIを担いでみせた。
「――総員、着剣! まだ弾ある者は全弾吐き尽くせ! ここが勝負の分け目だ!」
 香子の叱咤を受けて、第248、第249の2個班全員が揃って「応!」と威勢良く返事する。
「畠山サン、敵の位置は!?」
 予め決めていた符牒を述べ上げていくと、大山は点火信号を送った。仕掛けていた爆薬が炸裂し、オセロメーを前後左右から吹き飛ばす!
「――スーパァァぁぁっ!ダイナマイッ!!」
 大笑いを上げながら、5.56mmNATO弾で異形系故に死に切れなかったオセロメーに止めを差していく。
「大山、上機嫌だな!」
「当たり前だぜっ! 俺の可愛い爆弾ちゃんのオンステージだっ! ヒャッホー!」
「かなり〜数は減りましたよぉ。とはいえテスカトリポカは健在ですがぁ」
「――チッ。勘の良い奴。そういえば畠山サン? 猫科は柑橘系も駄目だっけ?」
 ピンを弾くと、大山はM26A1破片手榴弾――通称レモンがオセロメーの鼻面へと放り投げた。炸裂した弾体が血塗れにする。弱ったところを畠山の指示に従い、古川が銃剣で憑魔核を貫いた。
「――それと、こっちはどうだ!」
 更に取り出したるは、M7A3対暴徒鎮圧用CS発煙手榴弾。オセロメーの鋭敏な感覚器官を逆手にとって無力化には効果的。大山の隠し玉はオセロメーを呼吸困難に陥れた。古川達が続いて刺突を繰り出し、止めを差していく。
「――畠山サン、こちら側は大丈夫だ。稲生サンの援護に向かってくれ」
「そうですねぇ〜。テスカトリポカも稲尾さん側に向かっていますしぃ。ではぁお言葉に甘えましてぇ」
 口調は緩やかだが、畠山は若い時代から鍛え上げた脚力とで、覚醒状態の憑魔によって強化された身体能力で、テスカトリポカと対峙する香子側へと駆ける。救援到来に、香子も口元に笑みを浮かべた。ジャガーの如く、しなやかでありながら強靭なテスカトリポカの攻撃を、小刻みで滑るような足捌きで避けていく。それでも紙一重。既に戦闘服は黒曜石のナイフのような鋭利な爪で切り刻まれている。内に着込んでいた抗刃インナーがなければ肉どころか骨まで達していただろう。一瞬でも間合いを違えれば心臓を抉り出される。だが怯える事なく、むしろ恐怖心を飼い慣らした香子は軽やかな動きでテスカトリポカを翻弄する。敵を誘い込むように打ち出した刃は、滑らかな足捌きで左右に転身すると、瞬く間に袈裟に斬り下ろす。と同時に味方の射線を通して、銃弾を叩き込ませる。だが、それでも尋常ならざる再生力を有するテスカトリポカにとって致命傷ではない。持久戦となれば、どちらが先に根を上げるか――。そこに畠山が加わった。
「まぁたお会いしましたねぇ」
 香子の動きを阻害しないように注意しながら、畠山も氣をまとっての打撃を加えていく。
「柳沢さんは、テスカポリトカさんは駐屯地に向かう方に賭けていらっしゃいましたが……賭けは私の勝ちのようですねぇ」
 話術を絡めながらも攻撃の手は休まない。
「……ま、あまり嬉しくはありませんが……ともあれ、賭け分の夕食一食分を勝ち取るまで、死ねなくなりましたよぉっ!」
 テスカトリポカも鼻で笑うと、
「汝が纏う氣には覚えがあるぞ。安い挑発をしていた小賢しい猿か。――今度は何を企んでいる?」
 興味津々な声色。余裕綽々な態度でテスカトリポカは言葉を続ける。
「この女は強いが……正直もう飽きた。さあ、汝は何をしてみせるか?!」
「――では、特と御照覧あれ!」
 興味が移った瞬間に、畠山は隠し持っていたM16A1閃光音響手榴弾で目晦まし! 氣を凝縮した貫き手でテスカトリポカの胸部を穿つ!
「――ッ!!」
 厚い鉄板をも貫く錬氣の手刀は、だがテスカトリポカの強靭な胸筋と、内臓を護る肋骨を通せなかった。氣の防護膜に包まれたテスカトリポカが、血を吐きながらも嘲笑う。
「――核の位置を狙うのは判り切っていた。急所を敵に晒す意味が解るか?」
「……敵の攻撃を誘導する為」
 香子が代わりに答える。敵の狙いが集まるという事は、逆に言えば動きも読み易くなるし、いざというときの備えをもしていれば、護りは完璧だ。
「急所の護りを備えるのは、汝等も同じだろう? 我がそうしていないと思ったか。それでも――衝撃は痛かったがな。そこだけは褒めてくれる!」
 笑い声を上げると、胸板は牙持つ顎と化し、畠山の右腕を喰い千切った。畠山の絶叫。だが、
「……未だですよぉ!」
 咀嚼されていく右腕へと、繋がっている氣を通して全力を注ぎ込む。そして右腕は氣を放出しながら爆発した。さすがのテスカトリポカも吹き飛ぶ。だが未だ致命傷に至ってはいない。荒い息を吐きながらテスカトリポカは怒りの形相を浮かべた。肉と骨が弾け跳んで臓器が剥き出しになっている。紅く脈打つ心臓――核が見え隠れしていた。それでもすぐに周辺の細胞組織が増殖して、傷口を埋めようと盛り上がり始める。
「――再生を止めなければ!」
 香子が愛刀を振るうが、テスカトリポカも先程までの余裕は何処へ行ったのか激しく抵抗する。俊敏な動きで迫ると、蹴りで香子を突き飛ばした。
「――火線集中!」
 地面を転がる事で衝撃を流しながら、香子は叫ぶ。言われるまでもなく圧倒的な火力をテスカトリポカへと撃ち放つが、素早い動きで直撃を避けられる。再生が終わってしまえば、最早手が付けられない。怒りに任せて防衛隊は全滅させられてしまうだろう。絶望的な焦りが、一同の心を支配しようとしていた――その時! 排気音を撒き散らし、オセロメーを引っ掛け倒しながら、オートが戦場に突入。
「――お待ちどう様! 儀礼に使う用具をお持ちしましたわよ」
 信代の明るい声が響き渡る。
「コロポックルに渡してくれー!」
 古川の叫びに、信代は神居岩の直前で火を守りながら待機していた幸恵へとトナトを渡す。恭しく受け取ってから幸恵は祈りを神居岩と火へと捧げた。
「……タパン、シロマイナウ。アシコロアシ。トウラカムイ、ウプソロオロケ、アコレ、キ、ナ、イヤイライケレ(この聖なるイナウ、この聖なる御神酒とともに、神の内懐へ託します。ありがとうございます)」
 祈りの念を通して、嵐山の儀礼で生じた力が神居岩へと注ぎ込まれていく。そして――シマフクロウの形をした氣の塊が飛び立った。
「――封じていた神が解放されただと!」
 テスカトリポカが戦慄の呻き声を上げた。シマフクロウの形をしていた氣は、人の姿を取る。復活したサマイクルが腕を振るうと、氣に当てられたオセロメーが吹き飛んだ。テスカトリポカも堪えるのが精一杯。悔しそうな表情で舌打ちしたが、すぐに笑みに変わった。高らかに宣言する。
「――ここは退く! 復活した神の心臓を抉り出すのが楽しみよ!」
「負け惜しみか! 逃げんな、戦え!」
 だが大山の挑発にも乗らずに、テスカトリポカは素早く姿を隠した。追撃しようにも、実はこちらも力は残っていない。負傷した畠山へと信代が近付いて素早く包帯を巻いて血止め。すぐに救助の手配をした。
【――解放してくれた事に感謝を。……だが、完全に私が力を振るうには、未だ力が足りない。あの異邦のニッネカムイ(※悪神)と正面から当って敵わないのが実情だ。アレは――強い。ましてやヌタップカウシペ(※大雪山)の頂に座する、キナシュッウンカムイ(※蛇神=ケツアルコァトル)の力を削ぐ事も出来ぬ】
「……どうすれば?」
 香子の問いに、サマイクルは難しい顔をした後、
【……チノミシリに赴き、直接に力を大地より分け戴いて、蓄えなければならない。――重ねて、宜しく頼めるか?】
「――任せとけ!」
 大山の返事に、皆も頷いて見せた。

*        *        *

 前にも益して厳重に警戒網が敷かれるようになった旭川駐屯地だが、ヨナルデパズトーリが散発的に襲ってきたぐらいで、比較的平和であったと言わざるを得ない。それでも警戒が過ぎるに越した事はなく、柳沢は気を緩める事が出来なかった。
「――神居岩ではサマイクルが封印から解放され、テスカトリポカの撃退に成功したらしい」
 師団長直々に警衛を労う為に、顔を出したのだろう。沼部・俊弘[ぬまべ・としひろ]陸将が、柳沢に声を掛けてきた。慌てて敬礼をする。答礼を返しながら、
「知っているかね? アイヌの伝承ではフクロウはカムイ一番の遣いだが、中南米では不吉の象徴とされているらしい。時と所が変われば、随分と違うものだ」
 呟くと沼部陸将は彼方を見詰めた。
「……サマイクルに完全に力を取り戻させる為、嵐山に迎え入れたらしい」
「主戦場はそこに移ると?」
「……断言は出来ん。だがテスカトリポカがサマイクルの心臓を太陽――つまりトナティウ顕現の為に捧げる事で、ナウイ・オリンの終焉を招こうとする可能性は高い」
 足下の地面に図を描きながら、
「トラロックが倒れ、また、生死は定かではないがチャルチウィトリクエの傷を与えたのに成功したのは間違いない。ナウイ・オリンの終焉に、記された4の終焉を再現する必要があるというのならば、もはや危惧する事はないと思えるか?」
 問い掛けられて柳沢は逡巡する。悩んでから、
「……即断するには難しいと思います。4の終焉を再現させる事に匹敵する代用品があれば――それがサマイクルの心臓だと?」
「私でもそう考えてしまうのだ。テスカトリポカが狙わないとも限らん。神居古潭の封鎖は解いて、嵐山の防衛に第10や第26からも戦力を回す事にした」
 瓶底の様な眼鏡の奥に見られる沼部陸将の眼光は鋭く思えた。柳沢も眉間に皺を寄せて考慮する。最高位最上級――俗に主神や大魔王とも言い表される超常体テスカトリポカ。戦闘力だけを見ても、アステカのどの神よりも強く、ケツアルコァトルさえも上回る。
「一刻も早くサマイクルに完全な力を取り戻させる必要がある。テスカトリポカやケツアルコァトルの力を徹底的に削がなければ勝ち目は薄い。旭岳の攻略も遅々として進んでない状態だ」
 旭岳を覆う悪天候により、第3、第25普通科連隊の動きは鈍い。懲罰部隊と違って特攻はさせられないのだ。吹雪がケツアルコァトルの力によるものならば、せめて、それだけでもサマイクルに消失させなければ話は進まない。
「……しかし神といっても、人間から見れば超常体と変わらない。力を借りなければ、敵を倒せず、ひいては人類社会を保てないというのは――何とも口惜しいものだな」
 沼部陸将は溜め息を吐くと、護衛を引き連れて別の所へと歩き去っていった。

 

■選択肢
SA−01)襟裳岬の超常体に決着を
SA−02)十勝岳にある冥府を監視
SA−03)旭岳の羽毛ある蛇と接触
SA−04)嵐山公園に神威を迎える
SA−05)嵐山公園にて敵と攻防戦
SA−06)旭川駐屯地で厳重警戒を
SA−FA)北海道東部の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に、当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 また襟裳岬、十勝岳、旭岳、嵐山公園、旭川駐屯地では、強制的に憑魔の侵蝕率が上昇する事もあり、さらに死亡率も高いので注意されたし。
 なお十勝岳に生じたミクトラン(シバルバー)への門に突入した場合、問答無用で死亡処理とさせてもらうので、絶対にアクションを掛けない事。飽くまで任務は監視である。

アイヌの文化に関しては財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構の『アイヌ生活文化再現マニュアル』を参照にさせて頂きました。「リンクフリー」の記載が無いみたいなのでアドレスは割愛しますが、御興味のある方は是非にも検索してみて下さい。


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