同人PBM『隔離戦区・人魔神裁』第3回 〜 神州東部


EJ3『 死が彼等から逃げていく 』

 市ヶ谷駐屯地は統合幕僚監部等がある神州結界維持部隊の中枢だ。防衛庁舎※註1の一室に通された、荒金・燕(あらがね・つばめ)二等陸士達を出迎えたのは 長船・慎一郎[おさふね・しんいちろう]維持部隊長官其の人だった。長船は開口一番、
「長さんと呼んでくれたまえ」
 敬礼する一行を前に、茶目っ気たっぷりに応えてきた。傍らに控えていた秘書官の 八木原・斎呼[やぎはら・さいこ]一等陸尉が頬を赤くして咳払いをする。
 現在の長官である長船は7代目に当たる。任期数は15年を越えているが、腐らないのは本人の性格と周りの支援があってのものだろう。出オチした通り、かなりの気さくな性格でノリも軽く、分け隔てしない。維持部隊員の中には年齢や階級、役職に関係なく、長船と宴席を囲んだという者も少なからず居た。尤も維持部隊の暴論な迄の実力主義は長船の代からである為、神州以外では善し悪しについて批判や意見が出ているが、困った事に長船に代わる人物がいないのも、また事実であった。
 そして秘書官の斎呼。人類側に於いて最強無比の操氣系第2世代魔人(デビル・チルドレン)。神州の龍脈、そして逆鱗を鎮める巫女だ。現在、目に映っている女性としての姿は、実は思念体だ。本来の肉体は繭とも蛹とも見える、不気味な球状のナニカ。現在は伊勢の神宮に座する、やんごとなき御方――通称『殿下』の許しを得て、東京城地下に身を隠している。
 長船をたしなめた斎呼は、部屋に通された一同の中で、特に荒金へと向き直って頭を下げてきた。
「特戦群時代では、妹がお世話になったようで……」
「妹――? もしかして八木原祭亜二士の」
 荒金の言葉に、斎呼は首肯する。荒金もまた特殊作戦群※註2時代を経験した猛者だ。変わり者が多い特戦群出身者の中でも、年若いWAC(Woman's Army Corps:女性陸上自衛官)でありながらもガンカタ使いの操氣系魔人だった祭亜の事は、よく覚えている。尤も性格に難があったのも確かで、重度の同性愛者にしてシスターコンプレックスだったような……。
 とはいえ祭亜に限らず、特戦群出身者が変人ばかりと揶揄されるのも仕方なく、当の荒金も初対面の相手からはドン引きされる事が多い。事実、同じく執務室に通された 風守・和也(かざもり・かずや)二等陸士達3人と自己紹介をし合っている間も、どことなく視線が泳いでいるようだった。
 タキシード風のインターセプターボディアーマーに、マント、そして仮面舞踏会で着用するようなマスク。まるで隔離前に大流行を巻き起こした、水兵服美少女戦士アニメのお助けキャラの様な荒金の格好。荒金自身は、憑魔武器を優先したら現状の外見に落ち着いただけで特に趣味に走った訳ではないと何度も断っている。……しかし、其れでも「特戦群出身」に対する偏見を助長しているのであれば――知合いや戦友に殴られそうな気がしてきた。
「――どうして、こうなった……?」
 遠い空を見る様に、天井を仰ぎながら荒金は嘆息を吐いた。さておき我に帰ると、
「八木原二士の最期はお聞きしました。お悔やみ申し上げます。彼女は良い戦友でした」
「……ありがとうございます。そう言って頂けると、祭亜も喜ぶでしょう。――私には過ぎた妹でした」
 此の世界に『魂』は無い。皮肉な事に、憑魔能力存在と、超常体の出現が、魂の存在を否定してしまった。此の世界では、死ねば其れっ切りだ。何も無いのだ。其れでも故人を偲ぶ心は大切である。
 暫く沈黙が室内を支配していた。しかし斎呼は我に帰ると、私事で失礼したと頭を下げる事で、場の雰囲気を戻した。一同、誰ともなく頷き合う。
「――さて。長官の下をお邪魔したのは幾つかありますが、先ずは国連の決定の件です。……虎森兄妹から聞きました。神州全土に核弾頭を降り注ぐとか」
 風守が切り出すと、隣に座っていた荒金は仮面の下で目を丸くした。長船は真剣な顔で首肯すると、
「……とりあえず敬語とか『ですます』調は必要ないからね♪」
 ――全員からの冷たい視線が注がれたが、長船は口笛を吹いて動じず。此のオッサンは……と心中で怒りとも呆れとも何とも言えぬ共感が全員に沸き起こった。兎も角、風守は 虎森・鐘起[とらもり・しょうき]陸士長、虎森・鈴芽[とらもり・すずめ]一等陸士の兄妹から、『落日』として事前に知らされていた情報の確認を取る。斎呼は咳払いをすると、
「――事実です。亜米利加合衆国のゲイズハウンド国務長官より、国際連合の安全保障理事会ひいては総会にて核攻撃が決定されたと報告がありました。此の情報は混乱を避ける為、現時点では『落日』にしか伝えていません。『落日』以外では荒金さんが初めてですね」
「確かに……余り嬉しくない話だなぁ」
 地の口調で、荒金が苦笑した。風守も普段の口調に戻させてもらって、
「――回避する手段は無いのか?」
「決定事項とだけ告げられましたので。但し……」
 斎呼は言い淀んだ後、
「――決定を告げる際にノイズが走りました」
 斎呼の証言に、風守のコメカミを針の様な痛みが打たれる。幾度となく風守を救ってきた警告だ。
「……神州における情報統制、通信状況の管理は、どうなっているんだ? 6月上旬にはフトリエル――天使共によって電波ジャックもされた事が」
 問い掛けに、長船が腕を組みながら答える。
「6月の電波ジャックの際は、相当の攻撃がされたと聞いている。だが現在はセスナ君によって完全に通信は管理されている……はずだ」
 何とも煮え切らない答。荒金もまた腕を組むと、
「其のセスナ――ゲリラ放送の主だが最近オカシイと感じるのだが」
 自らを電波妖精と称する、セスナ[――]は非公式放送『神州の夜明け』のパーソナリティだ。ヤンキー嫌いで有名で、語尾というか迷走するキャラクター造りでも知られる。
「『元からオカシイんです』と反論されそうな相手だが。とはいえ、最近は特にオカシイ」
 だが、荒金はセスナに何故か疑念を拭えない。東京に出張って調査に来たのは、其の拭えない点と、警戒対象としている敵との関係性が疑われた点だ。
「元からオカシイという相手を調べるのも、大変なんだがなぁ。敢えて言うなら、キャラが固定出来ているのが異常だ、程度の理由でしかないし」
「其れで『殿下』は何と?」
「――此方を持たせて頂きました。充分に調査してきて欲しいと」
 荒金は懐中から紹介状を出して見せると、風守の眉が微かに動いた。
 先日迄、荒金が勤務していた伊勢の神宮―― 天照坐皇大御神[あまてらしますすめおおみかみ]を祀る皇大神宮におわす、やんごとなき御方――通称「殿下」は、疑念と警戒に理解を示して下さると、斎呼への紹介状を持たせたのだった。……ちなみに其の紹介状は、風守が持っていた「謎の召喚状」と同じ効力を持ち、以後、荒金は『落日』の一員として行動する自由と支援が与えられる――らしい。
 さておき荒金へと、風守は念の為に確認を取る。
「荒金二士が懸念する敵は、もしかして――“這い寄る混沌”か?」
這い寄る混沌ニャルラトホテプ[――])”は4月に入ってからの騒ぎに、彼方此方で名が出ている。風守は福岡で、荒金は伊勢で、“這い寄る混沌”の化身と相対した。何とか撃退に成功したが“這い寄る混沌”本体の所在は不明、そして倒す手段も探し出さなければならないという。
「……セスナが“這い寄る混沌”の介入――乗っ取られている可能性も吟味して調査したいのだが」
「俺も荒金二士に同意だ。セスナの現状と接触手段に付いての手段等について支援協力をお願いしたい」
 荒金と風守の視線。だが斎呼も長船も何故か厳しい顔で沈黙していた。そして異様なばかりの緊張が張り詰めていく……。
 ――だが其の緊張を破ったのは甲高い電子音。
 荒金と風守が持つ携帯情報端末がけたたましく鳴り響く。要人との対話中だ。当然ながらマナーモードにしており、そうでなくとも此れ程の大音量に設定していない。同時に、風守の背を怖気が走り、込み上げてくる嘔吐感に口元を押さえた。隣にいた押し掛け女房の 風守・月子[かざもり・つきこ]二等陸士が、愛しい人を護るべく肩を抱く。月子の温もりに安心感を覚えると、風守は怖気を払って携帯情報端末を睨み付けた。荒金だけでなく、風守の戦友である狙撃手の狙撃手―― 正岡・勝義[まさおか・かつよし]二等陸士、そして斎呼も厳しい表情をしていた。長船だけが無愛想に鼻を鳴らす。其れは、長船を知る者にとっては珍しい表情だった。
 異常な音の爆撃は、突如として収まった。
 だが代わって携帯情報端末に姿を顕したのは、虹色の闇を伴う少女の像。時折、立像にノイズが走るが、姿形は明確だ。
『私ヲお呼び下さいまシたから、参りマした』
「――どうせ、呼ばれずとも聞き耳を立てていたのだろう。此の神州日本でセスナ君の手が届かない処はありえない」
 溜め息混じりの長船の言葉の意味を理解して、荒金と風守が緊張した。対してセスナは唇の端を歪めて笑う。ラジオで聞いた声だが、印象は全く違う。どう違うかと問われたら答えられないが、兎に角、気持ちが悪かった。自然と月子が握る手が強くなった。
 長船の言葉が呼び水となった訳ではないだろうが、荒金と風守が持っている携帯情報端末だけではない。執務室に置かれたモニターどころか、果ては荒金が着用している仮面に仕込まれた暗視装置迄が、セスナの像を結ぶ。執務室に在る情報媒体や電子機器全てにセスナの姿と声が顕れ、同時ながらも個別に喋り出す。同じ台詞、異なる台詞が、だが全て斉しく、等しく聞こえてくる。――何という“混沌”!
「此れが……日本中の通信を支配している存在か。そして其れを支配する。後は、好き放題出来るな」
 荒金の呟きに、風守も小さく頷いた。そして、
「初めましてかな? 其れとも久し振りかな?」
『――どチらでも。私は何処二でも居らず、何処にでモ居る。そンな存在ダから』
 風守の挨拶に、唇の端を歪めたまま答えるセスナ。風守は震える心を無理矢理にでも落ち着かせながら、
「――しかし、そうだとすると、君が存在する場所は謎々みたいに思えるんだが。直接会って色々と聞きたい事があるんだが……何処に行けばいい?」
『気軽に電子機器、情報媒体に話し掛けレバいいデスヨ。何故ナら、私は神州の何処にモ居らズ、そして何処にデも居るのでスから』
 埒があかない答。だが、セスナにとっては其れが正答なのだろう。此方をからかっているが、嘘は言っていないと荒金は思った。何処にでも居らず、何処にでも居る――電波の妖精。情報や電子機器を支配する存在。自称通りだとしたら?
「……未だサイエンス・フィクションの世界だけの話だと思っていたが。あなたが居るのは電脳空間とかいうオチか」
 荒金の指摘に、セスナの笑みが濃くなった。電脳空間――否、其れよりも「電波や情報が飛び交う全ての空間」が、セスナの領域だと考え直した方が良さそうだ。成程、何処にも居らず、何処にでも居る。セスナの正体は――。
「セスナ、任務に戻って下さい。挨拶はもう宜しいでしょう?」
 厳しい声色で斎呼がセスナを窘める。映像のセスナは舌を出すと、姿を掻き消した。だが姿や声が消えただけで、セスナは今も此の執務室に居る。厄介だと風守は舌打ち。すると脳内に声が聴こえ、画像が浮かんできた。理解したが誰も顔に出さず、だが視線だけで返答する。
『――此の場所にて、お待ちしています』
 暫くして荒金が気を取り直したように嘆息を吐く。
「……まぁ。ラジオの時より実物はハッチャケていた」
「あんなのがパーソナリティでいいのか、俺は頭を抱えるがね。さて、暫く市ヶ谷や、ちょっと足を延ばして習志野で情報収集に努めようと思う」
「習志野に行く時は、私に声を掛けてくれれば案内するぞ。古巣だからな」
 月子と正岡を連れて立ち上がる風守に、荒金が声を掛ける。言葉は軽く、表情も朗らかに。だが視線は厳しく周囲へと警戒を走らせていた。。

*        *        *

 補給と情報の整理の為、桃山・城(ももやま・しろ)二等陸士は福島駐屯地へと一旦寄る事にした。
 東北地方の駐屯地の幾つかは、太古の地母神である 荒吐[あらはばき]を神輿に担いだ、(元)東北方面総監の 吉塚・明治[よしづか・あきはる]に呼応した叛乱部隊だ。日和見的な立場の駐屯地も存在する。其の中で、東北方面隊第6師団・第44普通科連隊が居る福島駐屯地は、警務科の素早い動きも有って、確実に味方と言える。
 桃山の再訪に、歓声を以って迎えられる。余り長居は出来ないが、其れでも愛嬌を振り撒いておこう。『黙示録の戦い』と駐屯地堅守令の中で芸能活動は休止中だが、ファンは大事だ。歓声に笑顔で応えると、桃山は大きく手を振り返す。
 揉みくちゃにされそうなところを警務科隊員に護衛して貰いながら、桃山は第44普通科連隊長兼福島駐屯地司令の執務室に足を踏み入れた。出迎えたのは司令の関村一佐だけでなく、
「――大山さん! 『魔法少女 マジカル・ばある』の桃ちゃんですよ!」
 小柄なWACが感激の余り、一瞬、呆気に取られた桃山の手を握ると、上下に振り回す。
「……落ち着け、コロポックル。気持ちは解るが、先ずは挨拶と自己紹介が先だぜ」
 苦笑しながら関村一佐の向かい席に座っていたアフロ髪の青年が、WACを窘める。我に帰ったWACは慌てて手を放すと、敬礼しながら、
「第9普通科連隊第248班所属の小山内幸恵です」
 笑顔につられて桃山も答礼。自己紹介をしながら自分とそう背の違わなさそうな 小山内・幸恵[おさない・ゆきえ]二等陸士を見詰めた。
 ……桃山の外見は10歳前後をキープしているが、幸恵は10代後半だろう。其れなのに、桃山と背丈や体格が大して違わないとは、どれだけ発育不良か? 其れとも、そういう家系なのか? アフロの青年からコロポックルと呼ばれたが、幸恵は妖怪でも精霊でもない。まさしく其の小柄さが由来の愛称なのだろう。
「――何でオマエ迄、北海道を離れて、オレに付いてきたのか、よく解んないんだが。沼部陸将は何か言っていたっけ?」
 アフロの青年が首を傾げる。福島駐屯地に来て、幸恵に尋ねるのも今更どうかしていると、桃山は思った。だが幸恵は気にする事無く、
「――私もよく解らないんですが、古川班長が。北海道を離れた大山さんが行く先々で迷惑を掛けないようにフォローとカバーをして来いって。其れとお土産宜しくと」
 幸恵から聞いた名前に、アフロ―― 大山・恒路(おおやま・こうじ)二等陸士は天井を仰いだ。第9普通科連隊第248班長の 古川・均[ふるかわ・ひとし]三等陸曹は、北海道にて対テスカトリポカ戦で遣り合った時に世話(?)になった人物だ。性格は破天荒極まりない。
「古川サンだったら仕方ないかー」
「……納得したところで、状況説明に戻って良いか? ああ、桃山二士も着席し給え」
 関村一佐に促され、桃山は幸恵の隣に着席した。幸恵がチラ視してくるが、隠そうとしない憧れの感情が桃山には少し面映ゆい。
「さて。何だか兇悪な超常体が出没して、アラハバキ連隊を襲撃しているらしいな」
 関村一佐の白々しい言葉に、桃山も「気を付けないといけませんね」と妖艶な笑みを浮かべて応える。大山が口笛を吹いて、
「――そう。其の『原因不明の爆発で半壊した、いわき市役所跡地』の噂とやらに興味を抱いて。爆発物には一寸ばかりオレも自信があるから」
「其れで、わざわざ北海道から?」
「ああ、そうとも! 其れに……」
 と、大山は口を真横に開いて笑顔を作る。健康そうな白い歯が輝いたように見えた。
「『魔法少女 マジカル☆ばある』のゴスロリから、桃山サンとは仲良くなれそうだと聞いてきて」
「ゴスロリ――ああ、薫から」
 今は別活動をしている同僚を思い出して、桃山は合点した。大山に染み付いた火薬の臭いを嗅ぎ分けると、
「……そうね、薫の言う通りですね。炎を上手に扱ってくれているみたいで嬉しいですわ」
 桃山は大山へと微笑を向ける。と、何故か幸恵が不機嫌そうに頬を膨らませていた。
「……兎も角、出張ってきた大山二士と小山内二士も歓迎しよう。しかし駐屯地堅守の絶対命令がある以上、直接的な支援は難しいと思ってくれ」
 空気を読まないのか、其れとも空気を読んだ上で敢えて無視したのか、関村一佐が地図を広げる。桃山は息を吐くと、いわき市でのアラハバキ連隊の動きを書き込んでいった。
「……ナニモノかの襲撃によって、いわき市役所跡地に築かれていた支援物資集積基地は壊滅状態ですわ。其の結果、茨城への侵攻も遅々として進んでいないと聞いていますけれども」
「いやぁ。超常体っていうのは恐ろしいぜ。壊滅状態は怖いなぁ」
 大山が大仰に驚いて見せる。桃山は苦笑するが、
「――但し荒吐様の姿をいわき市で目撃しましたわ。観測してきた感想として、残念ですけれども荒吐様には勝てません。荒吐様は超常体というより……何と申し上げましょうか……」
「俺が知っている日本古来の存在は、サマイクル――アイヌの神威(カムイ)なんだが、そういえばテスカトリポカやショフティエルみたいな最高位最上級超常体とはまた違ったような気がしたぜ。……もしかして荒吐もサマイクルに似た様なモノか?」
 桃山は首肯する。そう言えば、荒吐の御姿を確認したが、かつて恐山で遭遇したヤミーやクーベラといったデーヴァ神群――外来の超常体とは明らかに違う印象だった。
「うーん。オレも荒吐自体をどうにか出来る程の戦力も自信も無ぇな。……せいぜい吉塚の侵攻を留める為に、どっかの超常体みたいに補給線の破壊工作を行うぐらいか」
 大山は腕を組んで唸る。
「もしも前線で荒吐様が戦っているのであれば、少しは情報が手に入るでしょう。いえ、情報を手に入れてきますわ」
 桃山は引き続き福島で活動をすると伝えると、
「じゃあ、オレ達はもう少し南下して最前線の茨城迄、手を広げてくるぜ。勝田駐屯地には吉塚派の警戒として東方普連が来ているって聞くし。……アレ? 特戦群だったっけ?」
 首を傾げる大山。フォローを頼むとばかりに視線を巡らしたが、小山内も関村一佐も首を横に振るだけ。
「……茨城でしたら、無駄だと思いますが中共と防衛に関する限定的連携を申し込んでみたらどうです?」
 無駄だと思いますがと念押ししながらも、桃山は提案する。
「――了解。申し出が無駄かどうかは置いておいて、とりあえず駐日中共軍の様子は直で観測してくるぜ。巻き込まれない様に気を付けないとな」
 右拳を左掌に打ち付けて気合を入れると、大山は立ち上がる。鼻歌交じりに退室する大山の後を、小山内が付いていく。思い出したかの様に振り向くと、慌てて敬礼。そして2人は茨城へ向かう為、福島駐屯地を発った。桃山も起立して、関村一佐に敬礼を送ると、
「――其れでは、私も引っ掻き回してきますわ。荒吐様には勝てませんが……逆を言えば、其れ以外の方を倒してしまえば良いと言う事ですわよね?」。

*        *        *

 ――夜陰に紛れて、教えられた目的地に向かう。どうせ此方の動きは筒抜けだろうが、其れでも心の平静さを保つ為に必要な儀式の様なモノだ。
 第1師団第1普通科連隊から選抜されてきた精鋭が護る東京城。其の地下に潜って歩く事、十数分後。分厚い扉の前で、携帯していた全ての電子機器を警衛に預ける。
「――荒金二士の素顔を見るなんて貴重な体験かも知れないな」
「慣れないモノだ。仮面が無いと恥ずかしい気持ちにさせられる」
 風守の言葉に、荒金が苦虫を潰した様な顔をする。月子と正岡が笑いを堪えようとしていた。軽口を叩き合う4人は、警衛の敬礼に送られて、扉の向こうへと潜る。灯りは樹脂を塗った松明だ。
「懐中電灯でも良い気がするが……仕方ないか」
「アレを体験したら電子機器だけでなく電化製品全てに警戒感を隠せなくなるからな。御蔭で時計も嵌めるのに躊躇する」
 肩をすくめる。なお松明の灯りで足りない分は、月子が能力を使って光を集めてくれた。そして広い空間に辿り着く。其処に在るのは、繭とも蛹とも取れる異様な肉の塊――斎呼の真の姿だ。
『此の空間では、全ての情報や電波が遮断されています。念波――氣による干渉は、此の空間を満たす私の能力で阻んでいますから御安心下さい』
 斎呼の声に、荒金が敬礼で応じる。
「しかし神州日本の何処に居ても、セスナ――否、“這い寄る混沌”の耳目が在るってのは怖いものだな」
「聞いているが、聞かない振りとかしていそうだが。其の方が『面白そうだから』とかいう理由で」
 風守の言葉に、荒金が苦笑しながら同意する。
「此処も危なくなった時は、和也が誰よりも早く反応してくれるわよ。だって和也の危険感知は操氣系に優れているのだから!」
「……最強の操氣系能力者を前にして、そんな自信は持てないんだが」
 持ち上げる月子に対して、だが風守は苦笑で返す。さて顔を引き締めると、
「此処でしか出来ない話をしようか。とはいっても此処で得た情報は直ぐに“這い寄る混沌”のモノになってしまうだろうがな」
「まぁ嫌がらせの仕返しぐらいにはなるだろう」
 市ヶ谷で出来なかった確認事項を、改めて斎呼に問い質す。
「セスナが“這い寄る混沌”の干渉を受けている――というか乗っ取られているか、或いは姿形や能力を奪われているみたいな感じなのは判った。だが、其れはいつからだ?」
『――恐らくは6月の末。間違いなく『夏至の日』を迎えて『黙示録の戦い』が始まった頃合いでしょう。セスナの発言記録から『クルーチャシュカ方程式』を受信したとあります』
「――クルーチャシュカ方程式?」
 聞き慣れない単語だ。専門用語ならば聞き慣れないのは無理もない。だが同時に何故か言葉の響きに悍ましさを感じる。
『詳しくは私も知らないのですが……量子数学の方程式らしいです。しかし此れは召喚の詔と同等のモノだと思います』
「召喚の詔――つまり方程式を解く事が“這い寄る混沌”を呼び寄せる儀式に成ると? つまり罠か。それもトロイの木馬みたいな。だが、どうしてセスナは方程式を解いてしまったのか?」
 荒金の問いも尤もだ。斎呼からの思念は困惑の色を濃くした。
『恐らくはセスナの生来の性みたいなものかと。其処に数式や難解な問いがあれば挑まざるを得ないという。与えられた情報を把握し、判断し、分析し、判断する……其れ等は、セスナにとって呼吸をするようなものなのです』
「――セスナとは何者だ。正体は? 『落日』の一員でありながら、セスナだけ情報が開示されていない」
 風守が調べた『落日』隊員記録には“バビロンの大淫婦”とされる最高位最上級超常体の受容体――憑魔完全侵蝕魔人のもあったというのに。
『セスナの正体――。彼女は人間ではありません。有機生命体でもありません。セスナは人工知性体。情報生命体であり、電脳精神体。元は軍事戦略用の試作プログラムです』
 セスナの生まれは、1970〜1980年代の冷戦末期、亜米利加合衆国のマサチューセッツ工科大学(MIT:Massachusetts Institute of Technology)だという。試作された軍事戦略用の人工知能が自我を確立させ、神州隔離政策の幕開け――超常体大規模出現時、『落日』に身(?)を寄せたという。以降、『落日』の一員として情報処理や管制、分析、整理を担当。掌握している領域は神州日本だけでなく、情報が行き来する全ての空間。ちなみに、ラジオで伺えた破天荒な性格は自己学習した結果であり、『落日』はノータッチである。
『掌握していたとはいえ……フトリエルの電波ジャックは、許してしまったのですけれどもね』
 但し、フトリエルによる電波ジャックに付いては、わざと見逃していたかも知れないと疑念があるらしい。当時、セスナが何を考えて、電波ジャックを見逃したのかは判っていない。
「……フトリエルの電波ジャックを見逃した事への追及も“這い寄る混沌”から取り戻してからか」
『兎も角セスナが何処に居るか?ですが、電脳空間と仮に呼ぶ空間に居るとしか……』
「まさに古典的なSF世界だな」
 荒金が呆れた顔をする。とはいえ、そうとしか呼べない空間に、セスナは居る……らしい。そして其処から現実世界の情報を掌握している。
「ちなみに――クルーシャチュ方程式が組み込まれた情報の出処は? 其処を伝っていけば電脳空間にも繋がるかも知れない。外部から働き掛けられないか?」
 風守の提案に、しかし斎呼から返ってくる思念は期待に応えられ無いモノだった。
「やはりセスナにしか判らない情報が多過ぎるか。セスナを取り戻さないといけないのに、セスナを取り戻す為に必要な情報は彼女しか知らない」
「八方ふさがりだな。……いや、何処かに突破口はあるはずだ」
「たとえば思念波……。八木原一尉の操氣系能力でセスナの意識――というか意識や知性といったものと繋がる事は出来ないか?」
『出来なくもありません。思念だけでなく脳の働きも結局は神経線維を伝わる電気信号によるものです。其の電気信号でセスナの居る空間に同調する事は可能かと。但し――リスクが高過ぎます』
 斎呼の操氣系能力で、複数人の思念を電脳空間に繋げる事も出来るが、其の間、龍脈の逆鱗を抑え、鎮める力が弱まるかも知れないという事。また“這い寄る混沌”が、斎呼の同調を逆利用して、龍脈の逆鱗に刺激を与える危険性も高い。
「比較的安全に、かつ確実に電脳空間へと繋がる事が出来る手段を見付ける必要があるな……」
 荒金の呟きに、だが風守は首を傾げる。
「確か……『落日』の記録に、現実と異なる空間に渡る能力についてのモノがあった気が……? 其れとも気の所為、俺の記憶違いか?」
「風守が上手く記憶を思い出してくれるのを祈るばかりだが。……私も『落日』扱いになったようだから、自分でも調べるか。――兎も角、セスナが居る空間に、“這い寄る混沌”の本体へと到る手掛かりもあれば良いが。でも倒す手段が未だ見付かっていないか……」
「“這い寄る混沌”を倒すには『世界を焼き付くす程の炎と熱、そして光が必要』と報告に在るが――」
 荒金の言葉に思い出して、風守が問い質す。
「誰か、何か、心当たりがあるか?」
 月子へと視線を移すと、顔を横に振る。
「猊下――ルキフェル猊下の事ね。和也が言う手段かどうかはよく知らないけれども近いモノとして、猊下はレーヴァテインについて情報を集めていたわ。ベリアル公が任されていたわね」
『レーヴァテインに関しては『落日』に記録があります。山陰からの報告ですね』
 レーヴァテインは北欧神話に伝わる武器で、エッダ詩では明記されていないが、スルトがラグナロクの時に振るう炎の剣と同一視されている。『落日』の記録によると、或る少女の命と、結ばれるはずの胎児の存在と引き換えにして、“這い寄る混沌”本体を倒す武器としてレーヴァテインの顕現が計画されていたらしい。だが少女と胎児の命が失われないように、選択は回避され、結果としてレーヴァテインが『此方の世界』に顕現する結果は無くなったという。
「……ちなみに其の計画を立案していた女性(※メイド姿をしていたらしい)に関しての情報は、一切残っていない。『落日』ではなかった?」
『――少なくとも該当のスミホ・フェルヘンゲニスなる女性が『落日』に居たという記録はありません』
 兎も角、此の世界に無いのであれば、別の手立てを用意するしかない。風守は頭を掻きながら、
「……そういえば市ヶ谷に来る迄の道中、虎森兄妹が漏らしていたが――『夜藝速』とは何だ?」
『火之夜藝速男神。亦の名を火之R毘古神、火之迦具土神と称される、秋葉山本宮秋葉神社に封じられていたはずの天津神の御名です。確かに火之夜藝速男神様の御力を以てすれば“這い寄る混沌”も焼き払えたでしょう』
 だが 火之夜藝速男[ひのやぎはやお]を封じていたはずの秋葉山本宮秋葉神社は消失した。其処を密かに護っていた駐日印度共和国軍の特殊部隊は壊滅。“這い寄る混沌”は己の化身1つと引き換えにして、火之夜藝速男が解放出来ないようにしたのだ。
『ヴィシュヌ率いるデーヴァ神群の軍勢が愛知へと向かう途中、将のガルダが秋葉神社の跡地を探索したそうです。恐らくは火之夜藝速男神様の御力が残されていないかを調査したのでしょう。しかし……』
 報告によると、ガルダは落胆した様子で ヴィシュヌ[――]の下へと帰還している。考えられるに火之夜藝速男の御力は残っていなかったのだろう。
『虎森兄妹が漏らした『夜藝速』というのは神器というより御力そのものの具象化。火之夜藝速男神様が消失した現時点で、其れを手にする事は不可能です』
「……とすれば、もう“這い寄る混沌”を倒す手段は無いのか?!」
「いや……何かある。何か未だ手段があるはずだ。『世界を焼き付くす程の炎と熱、そして光』になるモノが」
 風守が唸る。心配する月子達を横目に、荒金もまた腕を組んで考え込んだ。そんな荒金に、
『――そういえば殿下は“這い寄る混沌”について何と?』
「ああ。……確か殿下は本体が隠されているだろう場所を、特に知りたがっていたようだった」
 斎呼の問いに、荒金は記憶を探りながら答える。
『……居場所を? 確かに“這い寄る混沌”を倒す為に必要な情報の1つですが……。――まさか!?』
 斎呼の思念に動揺の色が混ざった。訝しむ荒金に、斎呼は焦りの色を隠さず、告げる。
『決して殿下に“這い寄る混沌”の本体が居る場所を伝えないように!』
 何故の問いを返す。斎呼は言葉を濁しながら、
『殿下は“這い寄る混沌”を倒す手段をお持ちだからです。でも決して、其れが何かを殿下にお尋ねにならないように。其れは――諸刃の剣ですから』
 厳しい声で注意をしてきた。
『……尤も、私が東京から離れられないように、殿下も伊勢の神宮をお離れになる事は出来ないと思いますが――』。

*        *        *

 茨城の大甕倭文神社を制圧しようとするアラハバキ連隊は、福島の中継地点を、先日迄のいわき市役所跡地より東北東に直線距離で約5km先の草野中学校跡地に移動した。そして度重なる襲撃に対しては、厳重な警戒を以って迎える事を選ぶ。
「――中々やりますわね!」
 桃山の得物――96式40mm自動擲弾銃・改が撃ち出したサーモバリック爆薬が広範囲を火の海に変える。
 サーモバリック爆薬は燃料気化爆弾の次世代型に当たり、厳密には爆薬と云うよりも気体爆薬を瞬間的に合成する反応物質の塊だ。従来の燃料気化爆弾が、液体燃料を瞬間的に気化させて使用しているのに対し、サーモバリック爆薬は固体の化合物を気化させる事で粉塵と強燃ガスの複合爆鳴気を作り出し、此れを爆発させる爆薬である。利点は燃料気化爆弾の様に一次爆薬の力で燃料を加圧沸騰させる必要が無く、固体の状態で弾頭に充填される為、体積当たりの威力が大きくなる事。また密度の高い固体の塊になっている為、体積が小さく、起爆に必要な装置も信管のみで足りる。つまれ比較的小型の武器に搭載する事が可能な点だ。
 こうして改造を施された自動擲弾銃から発射された40mmグレネードによって生じた大火。だが敵は身を焦がしながらも、桃山の潜む地点へと一気に押し寄せてくる。桃山も追いすがろうとする敵へと更なる火力を叩き込んで、近付けない様に努めた。
「……流石に半月以上も襲撃を掛けていたら、敵も学習しますわね」
 アラハバキ連隊の強化系完全侵蝕魔人――モムノフ(桃生)は、其の身体能力で炎の渦を撒き散らしながら接近してくる。指揮官のヤト(夜刀)は後方、しかも直接に桃山の攻撃を受けない位置に潜みながら、無線機でモムノフの動きを操っていた。桃山は擲弾銃だけでなく、自身の持つ能力で、猛火を生み出すと、休む事無く撃ち続けた。モムノフを撃ち払う為に生じた爆発と炎が、しかし新たな敵にとっての目印となり、続々と追手を呼び寄せる。
「……此れではゲリラ戦の意味がありませんわね」
 炎により赤く照らされながら、桃山は大きく溜め息。其れでも出来る限りの敵を減らすべく、退却しながら擲弾銃で40mmグレネードや火炎を撒き散らすのだった――。

 ……敵の追手を振り切って、荒い息を吐く。水筒の中身を含んで、身体の奥で燻っている熱気を落ち着かせた。
「……ふぅ。敵も何時までも案山子ではありませんものね。よりゲリラ的に、対多人数を極める方向で改造やら戦術を練ったつもりですけれども、やはり多勢に無勢。警戒心を増してきた相手に、何時までも同じ手は通用しませんわ」
 誰に言い訳するでもないのに独りごちる。或る程度、体力が回復したと判断すると、静かに慎重に場所を移動した。ヤトの〈探氣〉の範囲から逸脱する為だ。逃げ隠れする自身に対して、桃山は少し腹立たしく思う。
「まぁ、アラハバキ連隊の車輌や備蓄物資は焼却しましたし、モムノフ数体は撃ち倒しましたわ。茨城への補給線は壊滅状態でしょう」
 桃山の言葉通り、福島におけるアラハバキ連隊のライフラインは寸断されている。茨城の最前線で、駐日中共軍と交戦している部隊は、今頃、孤立無援状態だろう。軍隊というのは巨大な生物だ。生命線が保たれなければ、維持は不可能。士気にも影響する。
「――とはいえ、どうやら荒吐様は茨城の最前線に向かった御様子。士気だけならば万全でしょうね」
 唇を噛む。福島の輸送部隊や補給基地を襲撃したが、何処にも荒吐は見当たらなかった。敵の会話を盗み聞きしたところ、茨城の最前線に居るのは9割方間違いないだろう。
「結局のところ、荒吐様を撃破する手掛かりになりそうな情報は集まりませんでしたわ」
 桃山は溜息を吐く。自然に振る舞われた、幼少の身ながらも妖艶を含んだ仕草。だが桃山の周囲に味方は居ない。永い経験で自然と身に付いてしまったとはいえ、少しばかり莫迦らしく思えてきた。自嘲めいた苦笑を浮かべながら、
「さて。どうしましょうかしら? ――荒吐に相対した事のある同僚達にも相談したいところですわね」
 なびく髪を整えながら、桃山はまた溜め息を吐く。
「……何か見落としたり、聞き漏らしていたりする事があるかも知れませんし」
 桃山の呟きに、だが応えるモノは無かった。。

*        *        *

 茨城の日立市鹿島町の日立第二高・助川の小中学校、総合病院といった跡地を占拠して、橋頭保を築き上げたアラハバキ連隊だったが、戦略目標である大甕倭文神社の攻略及び 天津甕星香香背男[あまつみかほしかかせお]の封印から解放に関する進行状況は、8月に入っても尚停滞したままだった。
 主な原因として大甕倭文神社に駐留する駐日人民解放軍(※駐日中共軍)の茨城派遣部隊の抗戦は凄まじい。部隊を率いる 項・充[シィァン・チョン]少尉は駐日中共軍の3本指に数えられる強力な魔人兵という事もある。加えて規模や絶対数はアラハバキ連隊に劣るものの、駐日中共軍兵士の全員が魔人であり、宝貝(パオペイ)と呼称される憑魔武装を所持しているからだ。
 更に7月中旬から続く福島の補給線への襲撃といった後方攪乱だけでなく、8月に入ってからは進攻予定位置に仕掛けられた爆発物による罠が、アラハバキ連隊に混乱を巻き起こしていた。
 福島からの補給は途絶え、駐日中共軍茨城派遣部隊の抵抗激しく、戦略目標達成は困難を極め、遅々としている。本来ならば撤退や、最悪、離反もあってもオカシクない。だが――
「……其れでもアラハバキ連隊の士気は高い。さて、コロポックルは理由が解るか?」
 双眼鏡で遠方からの観察をしていた大山が、周囲へと警戒していた幸恵に問い掛ける。暫く幸恵は眉間に皺を寄せて考え込んでいたが、
「――あ。荒吐が姿を見せているからです」
 正解。そう呟くと大山は双眼鏡を下ろした。左の太腿に載せた折り畳みの地図に赤で×印を付けながら、
「……荒吐が茨城入りしたから士気は高い。とはいえ勢いのままゴリ押しするには戦力が不足しているってのが、連中のジレンマみたいなんだけど」
 本来ならば荒吐の到着を以って、数と勢いに任せて駐日中共軍の防衛線を突破。天津甕星香香背男の封印を解き、自陣に引き入れて、そのまま東京へと雪崩れ込む予定だったのだろう。だが福島の補給線への襲撃で、茨城の最前線が孤立しているのが大きい。また大山が仕掛けていく地雷や爆発物の罠が、アラハバキ連隊の進路を狭め、歩みを遅らせていた。思わぬ支援に駐日中共軍も戸惑いを隠せないらしい。密かに項少尉に接触して、大山は共闘を持ち掛けようと思ったが、
「――アラハバキ連隊の罠と誤解されて接近も許されなかったもんなぁ」
 思い出して肩を落とす。御蔭様で、今日も隠れてアラハバキ連隊への嫌がらせに務めるだけだ。
「……とはいえ荒吐の存在が底上げしているから、駐日中共軍としても完全撃退には程遠いんだよなぁ」
 現在の戦況は小康状態に陥っている。もしかしたら埒が明かないと考えたアラハバキ連隊は、大甕倭文神社の攻略――天津甕星香香背男の確保を諦めて、東京へと迂回し出すかも知れない。駐日中共軍としては大甕倭文神社を制圧さえされなければ良いのだから、アラハバキ連隊の東京行きを喜んで見送る事だろう。
「……そうなったらオレ達が幾ら爆薬を仕掛けても、進軍は止められないしなぁ」
 一応、アラハバキ連隊の南下に備えて、EAiR(Eastern Army infantry Regiment:東部方面普通科連隊)が勝田駐屯地に布陣しているらしいが、果たして荒吐を陣頭に置く魔人の群れを押し止められるか怪しいモノだ。
「――だから今の内に、此方も攻勢に出ようと思うんだよねぇ。桃山二士や大山二士の御蔭で状況が大きく変わったから。本当にアリガトさん」
 突然の男声に、大山はどういたしましてと答える。が、慌てて声の方向に振り返った。幸恵も目を丸くしている。大山と幸恵の視線の先には、火の点いていない煙草を咥えた男が立っていた。くたびれた様子であり、それでいて飄々としている。半目に開かれた目蓋の奥では、焦点の定まっていないかのような眼。両襟の略章は一等陸尉。軽く手を挙げて、おっす。
「――『落日』の滅日荒実だ。アフロマンとコロポックルの作戦行動に感謝する」
 名乗られたので、何となく大山と幸恵は、滅日・荒実[ほろび・すさみ]一等陸尉に敬礼を送る。滅日の後には鐘起が89式5.56mm小銃BUDDYを肩に担いで、呆れた表情を浮かべていた。
「『落日』って都市伝説じゃなかったんだ……」
 幸恵の呟きに、大山も目を瞬いて、
「え、えーと。噂に聞いた事はあるが『落日』中隊の隊長さんがオレ達に何の御用で?」
 何か間抜けな会話をしているな、と大山は第三者の視点で思った。だが滅日は笑顔を浮かべると、
「だから御礼を言っておこうと。先月からの福島の襲撃とかで、状況が大きく変わったからさ。御蔭で練馬でアラハバキ連隊が来るのをボケッと待機しているのも莫迦らしくなってきて……」
 咥えていた火の点いてない煙草を指で摘まむと、北の方角を示す。唇の端が歪んで見えた。
「明日から岩手と宮城に殴り込みに行く事にしたんだ。此のままだとアラハバキ連隊との決着が終わんない気もしたし。……ぶっちゃけ、桃山二士と大山二士の行動を見ていたら焦れったくてヤキモキもしてたんだ」
「はぁ……」
 そう、大山も幸恵も息を漏らすしかない。
「まぁ岩手の方は静香さんと虎森兄妹に任せるとして。俺は宮城に行こうかなぁ」
 宮城も岩手も、吉塚派の版図だ。思わず、
「――隊長さん独りで宮城に突っ込むつもりか?」
 大山がツッコむと、滅日は顎に手を遣り、
「……んー。小波を札幌から呼び寄せるか」
「『すすきの』の女王様ともお知り合いで?」
 樽前山で逢った 宇津保・小波[うつほ・さざなみ]准陸尉の名前を聞いて、少しばかり驚いた。
「まぁ、一応、部下の1人だから」
「あー。あの人も『落日』なんだ。何か納得」
 何故か溜め息を吐き出したくなった大山に、滅日は唇の端を歪めながら、
「――まぁ、美味しい処を最後に掻っ攫うなんて批難されたくないからさ。アフロマンとコロポックルも岩手や宮城へと行くかい? 俺としては君達が積極的に動いてくれたら楽が出来るし、都合も良い」
 そして笑う。妙な言葉掛けに、大山と幸恵は顔を見合わせてしまうのだった。

 


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 また過去作のノベルを参考にする場合、PCが当事者でない場合、然るべき理由が確認出来なければ、其の情報を用いたアクションの難易度は上がり、最悪、失敗どころか没になる事もあるので注意されたし。
 全体的に死亡率が高く、下手な行動は「即死」と考えて欲しい。加えて、常に強制侵蝕が発生する事態を念頭に置かれよ。
 基本的にPCのアクションは超法規的活動であり、組織的な支援は受けられない。

※註1)防衛庁……現実の世界では2007年に防衛省へ移行しているが、神州世界では日本国政府の総理府・内閣府の外局のままである。防衛庁長官は、神州世界に於ける維持部隊長官を兼任している。海外の日本国政府からの派遣という形をとっているが、実質的な神州における政策面の頂点。文民統制の建前上、一切の武装及び戦闘行為は許されていない。

※註2)特殊作戦群……現実世界においては2003年に発足した陸自初の本格的特殊部隊。国内でのテロ、それに類する不正規戦に備えて創設された。米国のデルタ・フォースを範としているらしいが、規模・武装の詳細は不明。精強無比。  神州世界において特殊部隊は幾つか在るが『魔人駆逐を主任務にした部隊』の代表は、実は此れ。

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