同人PBM『隔離戦区・人魔神裁』第4回 〜 神州東部


EJ4『 耳のある者は聞きなさい 』

 神州結界維持部隊東北方面隊・第6師団第44普通科連隊長を兼任している関村一佐は、会議室を占領する一行の姿を見渡しながら、何とも言えない溜め息を吐いた。
「……何だかんだで、寄合所みたいになったな、うちの駐屯地」
 第44普通科連隊が堅守する福島駐屯地。警務科の素早い動きも有って、日本国政府に叛旗を翻した(元)東北方面総監の 吉塚・明治[よしづか・あきはる]に味方していないと断言出来る駐屯地だ。其の為か、太古の地母神である 荒吐[あらはばき]を神輿に担ぐ吉塚派の動静を図り、また妨害工作を担う際の拠点として大いに活用されていた。
「其れでも、噂の『落日』機関員と顔を合わせるとは思ったが」
 関村一佐の苦笑に、桃山・城(ももやま・しろ)二等陸士は曖昧ながらも微笑で頷いた。安全な駐屯地だから久し振りに白色ベースのクラシックドレスを着て、幼くも妖しく艶のある雰囲気を醸し出している。
 対して『落日』隊員と改めて自己紹介した 結野・静花[むすひの・しずか]准陸尉は、落ち着いた印象のWAC(Woman's Army Corps:女性陸上自衛官)だった。
「まさか“武器科のお姉さん”が『落日』の副長だったとは……。でも考えてみれば私をはじめとする色々と無茶な要望や陳情に即応出来たのも納得ですわね」
“武器科のお姉さん”である静花が目を細めて頬を?く。桃山だけでない。神州各地から寄せられる武器や装備に関する要望や陳情。幾ら国際連合から立場や権限を与えられているとはいえ、日本国自衛隊が前身に過ぎない神州結界維持部隊が、世界各地の軍隊から多種多様で最新の武器や装備を調達し、個人レベルで手配出来るはずがない。其れこそ神州隔離政策どころか、其れ以前から超常体に関しての闇や深奥を担っている秘密機関が暗躍していなければ困難極めるだろう。
「……其れでも旧共産圏の武器や装備の手配は骨を折りましたけれどもね。米軍と違って、戦場経験の無い日本国自衛隊が敵兵の武器を鹵獲するなんて機会ありませんから、しかも最新モデル」
 神州各地に駐留する外国軍から鹵獲するのも難しい話だ。――そう、誰に説明しているのか、静花は目を逸らしながら呟く。
 兎も角、静花は先ず“武器科のお姉さん”として、桃山が発注しておいた40mm対人対戦装甲擲弾の箱を引き渡す。
「要請のあった96式40mm自動擲弾銃も強化も直ぐに調整を終えて、お引き渡ししますね」
 静花の言葉。桃山は礼を述べると、続いて『落日』副長としての静花に話し掛ける。
「噂の『落日』が出てきたという事は、荒吐様の対策に案があるという事ですか?」
 ――『落日』は神州結界維持部隊の闇にして、深奥だ。都市伝説として一般では流布していたモノだが、永い年月を経て経験から、桃山は実在を識っていた。とはいえ福島駐屯地で直接会う事が出来ると思っていなかったが。
 訝しむ桃山に、静花は溜息を交えながら、
「当初の目算では、茨城の大甕倭文神社でアラハバキ連隊に取り込まれるだろう天津甕星香香背男を対処する為に、練馬で待機していたのですが……」
 同じく、アラハバキ連隊を抑えるべく勝田駐屯地にはEAiR(Eastern Army infantry Regiment:東部方面普通科連隊)が布陣しているが、桃山達の工作活動で状況が変わったらしい。茨城を突破すると思われていたアラハバキ連隊だが、補給線を破壊した桃山達の活動で、大きく遅延。項・充[シィァン・チョン]少尉が率いる駐日人民解放軍(※駐日中共軍)を突破する事叶わず、戦線は小康状態に陥っている。
「……ですから、練馬での待機状態を解除して、積極攻勢に転じる事にしました。此の儘、補給線の破壊工作を続けるだけではアラハバキ連隊と決着しない気がしましたので」
 静花の弁では、茨城が突破されて、天津甕星香香背男[あまつみかほしかかせお]を取り込んだアラハバキ連隊が南下するのを望んでいた様にも感じ取れる。
「……何だか、あなたの言い分だと、私が福島で行っていた作戦が余計なお世話だったみたいに聞こえますわね」
 気分を害して、桃山は頬を膨らませた。慌てて静花は詫びを入れると、
「アラハバキ連隊の進攻が遅延したのに感謝しているのも事実なのです。ですが、貴女達の工作活動に決め手が欠けており、其れを焦れったく思えていたのも、また事実」
「――確かに、現場指揮官を暗殺していくだけでは、解決には程遠いとは思いますけれども。しかし肝心の荒吐様を倒すのは無理ですわ」
 荒吐を倒す手段が無いのならば、補給線を襲撃したり、指揮官を倒したりして、アラハバキ連隊の進軍を遅延させるしかない。先日迄の桃山の行動は正にソレだった。
「――荒吐様を倒す事が出来ないのならば、あなた達、『落日』だったら、どうなさるというのですの?」
 問い掛けておきながら、桃山は静花が先程に積極攻勢に出ると口にしていた事を思い出す。
「もしかして……直接交戦で倒せないのは仕方無いので、間接手段――荒吐様の力の源と考えられる施設や遺跡を破壊していくと?」
 桃山は広げられている地図を指し示しながら、
「……宮城ですと『アラハバキ神社』、岩手ですと『丹内山神社』の巨石でしょうか? 関連する寺社仏閣を破壊すれば弱体化する可能性は確かにありますわね」
 自分の推測が正しいかどうかを窺うように、桃山は言葉を続けながら静花を見遣る。
「聞く限りにおいては、工作が見受けられた胆沢城、また隠れ潜んでいた――そして光の柱を形成する元となった谷窟毘沙門堂、疑わしい場所は多いですけれども。……どうですの?」
 桃山の確認を問う言葉に、だが静花の反応は異なっていた。ようやく気付かされた様な驚きの表情を桃山に向けると、
「――ああ! 丹内山神社の巨石に付いては、私達も把握していませんでした! 荒吐が何処に封じられていたのか謎でしたが、確かに丹内山神社は可能性が高いですね! 調査及び場合によっては破壊しての弱体化も視野に入れられます。此れは盲点でした。ありがとうございます!」
 両手を掴まれて、喜びで大きく上下に振られる。桃山は目を丸くして、
「ちょっとお待ちになって!? 荒吐様の弱体化を計画していらっしゃったのでは?」
 だが静花頭を大きく横に振って否定すると、
「違います。『落日』が岩手に向かう理由は、“光の柱”の破壊だけのつもりでした。残しておくと、現在の高天原と豊葦原中國の体制とは別個のシステムが形成されかねないので」
 そして大きく溜息を吐く。
「――吉塚は荒吐を神輿に担いで叛乱を起こしただけではないのです。“光の柱”を立てる事で、日本伝来の天神地祇とは異なる、独立勢力として『遊戯』に参加しているのです」
 つまり荒吐が立てた“光の柱”が残ったままだと、『遊戯』が終了した時点で、吉塚が率いていた勢力は、高天原と豊葦原中國による天神地祇とは異なる“別の日本”を形作る事になる。
「日本が――分断されるということかしら」
「北海道は天神地祇のシステムに残ったままですし、実際の勢力図から考えて、岩手と宮城だけになると思いますけれども。ちなみに遠野は岩手に在りますが、天神地祇のシステム下です。つまり飛び地ですね」
 遠野の早池峰山には 瀬織津姫[せおりつひめ]が居る。『倭姫命世記』において八十禍津日神の別名とされ、また祓神かつ水神で、穢を川や海に流す役目を持つ祓戸四神の1柱だ。荒吐が力を取り戻すのを手助けしたというが、瀬織津姫は吉塚派に与している訳では無い。
「兎も角“光の柱”を潰すのが、岩手に向かう目的でした。加えて桃山さんが提案した丹内山神社の調査にも赴きましょう。詳細な計画はお願いします」
 静花の促しに、承諾の首肯をし掛けた桃山だったが、ふと疑問を口にした。
「――岩手に向かうのは、荒吐様の弱体化は考慮に入れていなかったと仰っていましたわね? ならば『落日』の別働隊が宮城に向かうのは何故かしら?」
 桃山の問いに、静花は悲しい表情を浮かべると、
「……荒吐という神輿の担ぎ手であり、騒動の元凶たる、吉塚明治の暗殺です」

*        *        *

 山形の庄内地方にひろがる月山と羽黒山、そして湯殿山は出羽三山と称される。羽黒山にある出羽神社に、月山神社と湯殿山神社を併せたのが、出羽三山神社だ。
「――鶴岡側の見回り、終わりました」
 代々伝わってきた家宝の大業物『大通連』を片手に、大竹・鈴鹿[おおたけ・すずか]一等陸士が敬礼する。向けられた主は苦笑にも似た表情を形作ると、鈴鹿に労いの声を掛けた。女性とも男性とも取れるような美しい声色の持ち主――三貴子(みはしらのうずのみこ)が1柱、暦(※時)を司り、夜を統べる月神…… 月讀[つくよみ]だ。
「八幡の総社が解放された事で、戸来(ヘライ)のモノが出羽三山を侵す事が無くなったとはいえ、未だに外津神からの危機は絶えておりません。わたくしも加護の為に力を振るっていますが、依然、瑞穂の民達の安全は皆さんに掛かっております。……宜しく頼みましたよ」
 月讀の言に、鈴鹿だけでなく維持部隊員の多くが敬礼を以って応じた。確かに宇佐八幡宮が解放された事で、月讀の影響を無視して出羽三山へと侵入してきた天使共(※ヘブライ神群)は大きく減少した。だがアラハバキ連隊の完全侵蝕魔人の警戒監視は緩む事無く、油断すれば何が起こるか判ったものではない。
「――尤も超常体の襲撃もあって茨城方面への進攻が滞っており、山形をどうこうする戦力が無いという話ですが」
 鈴鹿は聞き及んだ情報を、同僚と語り合う。アラハバキ連隊の勢力が強いのは岩手や宮城だけで、他の東北方面の地域は、警務科の素早い動きも在って、吉塚派に与していない。月讀の加護もあって、駐屯地等の施設を堅守する事に務めていた。
 問題は、月讀の加護の届かぬ秋田や青森だ。非戦闘員の多くは月讀を頼って出羽三山に疎開してきたが、逆に秋田や青森に姿を隠す輩も出ている。天神である月讀にも、また荒吐を神輿に担ぎ、武力で勢いを広げようとする吉塚派にも、服わぬモノ――日本古来の伝承等で語り継がれてきた土着の超常体――妖怪の一部がソレだ。身を潜め、月讀にも吉塚にも、どちらにも付かぬ事で平穏を求める存在は、だが、
「風の噂では、恐山に陣を布いたデーヴァ神群に居場所を探り当てられて、否応なく投降する事になったモノもいるとか」
 静岡の富士山本宮浅間神社に“光の柱”を置くだけでなく、主神の一角である ヴィシュヌ[――]が指揮して奈良の決戦へと向かうデーヴァ神群の本隊は、現在の処、維持部隊や天神地祇に友好的な態度を示しているが、東北は事情が複雑だ。夜叉鬼や羅刹鬼を指揮するデーヴァ神群の クベーラ[――]は、アラハバキ連隊にも維持部隊にも態度を保留したまま、静かに勢力図を広げている。駐屯地堅守が絶対命令である維持部隊には、デーヴァ神群から襲撃を掛けなければ、問題は生じないだろう。だがアラハバキ連隊は警戒心を強くしており、偶発的だとしても戦端が開かれる可能性もある。
「せめて出羽三山迄、火の粉が飛んで来ない様に用心するしかないですね。……秋田に隠れ潜んでいた妖怪達には申し訳無いですが」
 そもそも維持部隊やアラハバキ連隊の思惑に左右される事を拒んで、平穏を望む余り、月讀の庇護下から離れていったのは、彼等の選択だ。そしてデーヴァ神群に見付かった挙句、投降する事になったのは選択の結果だ。勿論デーヴァ神群も平穏だけを望む妖怪達を無碍にはしないだろうが……皮肉な結果とも思える。 「難しい話ですよねぇ……」
 鈴鹿の感想に、同僚は溜息を吐くと、
「兎に角、東北地方で戦闘が生じるとしたら、アラハバキ連隊絡みしかないだろう。繰り返しになるが、今となっては火の粉が飛んで来ない事を祈るだけだ」
 岩手や宮城のある方向を見遣り、何度目かになる溜息をまた漏らすのだった。

*        *        *

 南進して福島そして茨城へと大多数を送り込んでいるアラハバキ連隊と雖も、周辺に座する与しないモノへの警戒として各地に完全侵蝕魔人を配置している。其れでも前線の混乱と損耗が激しく、最低限度でしかない。其れでも基本的に維持部隊は駐屯地堅守が絶対命令だ。御蔭で、吉塚としても周囲への睨みは最小限でも充分だった。逆に言うと、吉塚の護りは「相手が攻めてこない」という暗黙の了解で成り立っていたという御粗末かつ皮肉な状態でしかなかったという事だ。
「――福島や茨城での破壊工作が順調だったのも、其の点に原因がありそうな気がしますわね」
 溜め息を漏らす。其れでも桃山が実際に妨害工作をしていなければ、今頃アラハバキ連隊は茨城の大甕倭文神社を征圧。天津甕星香香背男を組み入れて東京に進軍していたのは間違いなかったらしい。
「誰が立てたか知らない予定表は“意志あるモノ”によって狂わせられる。其れが『遊戯』の本質であり、超常体にとっては苦いながらも甘美でもある楽しみなのです」
 ――尤も、だからこそ『遊戯』は何時まで経っても終わりが見えないのだ。そう悲哀を混ぜると静花は口元を歪ませた。桃山も思う処はあったが、言葉に出さなかった。
 兎も角、アラハバキ連隊の警戒網を掻い潜り、岩手へと潜入する。岩手に入れば、何処からでも目標が見えてくる。目標――“光の柱”を目指し、北上川の一支流大田川を県道31号線に沿って西に遡る。
 そして平泉より南西約6km、谷を分岐する丘陵尾根の先端に、天台宗達谷西光寺の跡地が残っていた。境内西側には、東西は長さ約150m、最大標高差も約35mに及ぶ岸壁があり、其の下方の岩屋に達谷窟毘沙門堂があるらしい。延暦20年(801年)、坂上田村麻呂が、此処を拠点としていた蝦夷(えみし)を討伐した記念として建てたという。名の由来通りに108体の毘沙門像を祀られたというが……
「戦友達が強襲を掛けた時の騒ぎや“光の柱”を立てた時の荒吐様の力の余波でとんでもない事になっていますわね」
 桃山は苦笑しながら愛用の96式40mm自動擲弾銃を構えた。通常よりパターンが複雑に施された迷彩服2型で敵の視覚を誤魔化すだけでなく、同行している 虎森・鐘起[とらもり・しょうき]陸士長が〈消氣〉で存在感を薄めてくれる。少なくとも“光の柱”の警備に着いている、額に角のような憑魔核を生やした操氣系のヤト(夜刀)の〈探氣〉に感知されている様子は無い。逆に、虎森・鈴芽[とらもり・すずめ]一等陸士の幻風系能力によって、敵の息遣いや呼吸音で大体の位置を把握。此方が発する火薬の臭いも風が消してくれる。
「――広域必殺!アルティメット・ボム!!」
 改良された96式40mm自動擲弾銃から40mmグレネードが撃ち出された。弾に仕込まれたサーモバリック爆薬が粉塵と強燃ガスの複合爆鳴気を作り出しただけでなく、加えて桃山の力が炎の勢いを倍増させる。モムノフ(桃生)数体を炎の渦に叩き込み、ヤトもまた突然の襲撃に戸惑いを隠せず、続く破裂した擲弾の雨霰に沈んだ。
 殲滅と掃討に時間は掛からなかった。だが周辺に配置されている敵増援が到着する前に、“光の柱”を崩すべく、桃山は静花へと視線を送る。
 首肯した静花が取り出したのは、頭垂れる程に実った黄金の稲穂。そして朱塗りの櫛。桃山は思わず驚嘆の息を飲んだ。
「アレらは……櫛名田比売神様の?!」
 櫛名田比売または奇稲田姫。“神妙”を意味するクシが稲田に掛かる事によって、稲穂が良く実った美田を表す。其れは豊穣に奉げられる犠牲でもある。荒ぶる八俣の水流(龍)を治める為の人柱。高天原の荒御魂たる須佐之男尊に見初められた末姫は、貴神に命を救われて契りを結んだ。其れは治水に成功して美田を得た証であり、支配者継承の証。――暴流(龍)への人柱にして、荒御魂を英雄神に転じさせた媛神。
 今、相対する“光の柱”は荒吐の威を示すものだ。荒吐の起源は今なお諸説が入り乱れている。
 近江雅和の説によれば荒吐から変容したとされる門客人神の像は、片目で祀られている事が多いという。片目は製鉄神の特徴とされており、また「アラ」は鉄の古語であるという事や、山砂鉄による製鉄や其の他の鉱物採取を実態としていた修験道は荒吐信仰を取り入れられ「ハバキ」は山伏が神聖視する「脛巾」に通じるとしている。
 他説として吉野裕子は「ハバキ」の「ハハ」は蛇の古語であり、「ハハキ」とは「蛇木(ははき)」あるいは「竜木(ははき)」であり、直立する樹木は蛇に見立てられ、古来祭りの中枢にあったと唱えている。
 製鉄と蛇――2つのキーワードから連想されるとして有名なのは、まさしく櫛名田比売が捧げられ、須佐之男尊によって討ち果たされた八俣遠呂智。八俣遠呂智は水流のみならず、製鉄の象徴ともされる。他にも荒吐と八俣遠呂智には様々な点で親和性が見られており、元は同一もしくは近しい存在だったというトンデモ説までもが在る次第だ。
「……兎も角、荒吐様の御力を鎮めるのに充分ですわね。そして――」
 祭器と舞、そして祝詞で静花が“光の柱”から漏れ出る荒吐の威勢を鎮め、弱めていく。そして桃山が火力を以って掃き清める。96式40mm自動擲弾銃から放たれた猛火の勢いを受けて“光の柱”は崩れ、そして消えて行くのだった……。

 ――達谷窟の“光の柱”が消失した事でアラハバキ連隊は大きく乱れていた。達谷窟へと敵魔人が集合してくるものの、桃山達は逸早く擦り抜けて、丹内山神社へと急ぐ。達谷窟から北北東に直線距離にして約40km。内山神社は晴山駅跡より南東に3km、田瀬ダムへと向かう途中の道路北側、谷内地区にある。混乱しているとはいえアラハバキ連隊の警戒網を潜り抜け、山道を進むのに数日を費やしたが、
「よ……ようやく着きましたわ」
 岩手が吉塚派の支配域でなければ、早池峰の瀬織津姫へ挨拶に赴く余裕もあっただろうが、流石に疲労が激しい。落ち着くように息を整えてから、
「――よく考えれば、あなた達も付き合わなくても宜しかったのに」
 振り向いて声を掛けると、同様に疲労を隠せない静花達は、だが無理にでも笑顔を作ると、
「“光の柱”破壊を手伝ってくれましたから、お返しするのは当然ですよ」
 返事に笑みが零れた。再び息を整える為に深呼吸をする。気配を再び消して、桃山達は社内に潜入する。
 丹内山神社の創建年代は、約1,200年前、上古地方開拓の祖神、多邇知比古神を祭神として祀っている。承和年間(834〜847)に空海の弟子である日弘が不動尊像を安置。「大聖寺不動丹内大権現」と称て以来、神仏混淆による尊崇を受けてきたと伝えられている。そして明治初めの廃仏毀釈により丹内山神社と称されて現在に至っている。
 だが特筆すべきは社殿が建立される以前――今より約1,300年前から当神社霊域の御神体として古から大切に祀られている巨石だ。胎内石と呼ばれ、隔離政策前は安産・受験・就職・家内安全・交通安全・商売繁盛の他、壁面に触れぬよう潜り抜けると大願成就がなされ、又触れた場合でも合格が叶えられると伝えられていたらしい。
「……話に聞くだけでもナンデモアリですわね」
 其れだけ霊験ある御神体なのだろう。そして荒吐に何等かの通じているとされているのであれば、尤もな話だ。しかし潜入した桃山達が辿り着いた巨石は、かつての姿は無く、既に割れ砕けて粉々になっていた。
「――荒吐様の力の源と思っていましたけれども。もしかして逆でしたの? 巨石が荒吐様の力の源でなく、荒吐様が巨石にとって力の源だったと?」
「……成程。荒吐が何処に封じられていたか『落日』でも把握してなかったのですが、間違いなく此処だったのでしょうね。そして吉塚が此の巨石に封じられていた荒吐を解放し、神輿に担いだ――」
 静花が語る封印とは、隔離政策によって施された天神地祇の封印の事では無いのは、桃山にも予測が付いた。恐らくは蝦夷征討に赴いた大和政権の手のモノによる太古の封印。封じられた荒吐は忘れられ、だが其れでも様々な形で遺されて霊脈を保ってきた。そして超常体が出現し、天神地祇が封じられた現在に、吉塚によって解放されたのだろう。
「通りで……丹内山神社の警備が薄い訳ですわ」
 呆れた調子に、力が抜けた。当てが外れて、口を尖らす。荒吐に対する手立てが見付かると思っていたというのに……
「――って、あら?」
 砕けた巨石の破片に埋もれていた中に、布の切れ端みたいなモノを見出す。何か感ずるものが在って、桃山は手探り、ソレを掘り出した。
「スカーフの切れ端? 否……此れは!?」
 比礼だ。女性が首に掛けて、結ばずに左右から同じ長さで前に垂らす装身具。桃山の声に注目が集まり、静花が息を飲む。
「まさか……蛇比礼(おろちのひれ)?!」
 十種神宝である蛇比礼は、物部氏の祖神である饒速日命が伝えたとされるモノの1つである。饒速日命は那賀須泥毘古が奉じていた神だったが、神武東征において裏切りとも取れる行いをしている。何とか蝦夷に逃げた那賀須泥毘古は、新たに荒吐を奉じるのであるが……。
「荒吐様の神性には蛇もありますわ。胎内石に封じるのに、此の神宝が使われていたとしたら……」
 荒吐に何らかの影響を与える事が出来るかも知れない。また荒吐だけに留まらず、古今東西の蛇の神性を有する存在にも――。
「充分な収穫ですわね、此れは」
 静花達は蛇比礼を回収する事は無かった。ただ、ソレの力が未だ残留している事を確かめると、使い道は桃山に任せると告げるのだった。

*        *        *

 ――其の頃、其の時、其の瞬間。戦いの趨勢を警戒監視し、隙あらば罠を発動させて、妨害を行っていた 大山・恒路[おおやま・こうじ]二等陸士は思わず唖然となった。
 大山だけでなく、支援に付いていた 小山内・幸恵[おさない・ゆきえ]二等陸士もまた目を疑う。戦いの空気は霧散し、呆然。或いは騒然。ソレを引き起こしたのは、荒吐の悲哀に満ちた慟哭だった。
 荒吐の慟哭が戦況を瞬く間に圧し潰す。“母”の哀しみに、アラハバキ連隊の完全侵蝕魔人が戦闘行為を放棄したのだ。中断ではなく、完全なる放棄だ。そして荒吐を護るべく集うと、其のまま戦場を捨てて、山中に消える。其の瞬間迄、アラハバキ連隊と攻防を繰り広げていた駐日中共軍もまたアラハバキ連隊を追撃する事無く、黙って見守っていた。
「……は!? 呆けている場合じゃねぇ。一応、アラハバキ連隊の逃走経路を追わねぇと」
 我に帰った大山は、アラハバキ連隊を追跡。戦闘行為を放棄したとはいえ、荒吐を護衛するアラハバキ連隊は周囲への警戒を怠らない。だが敵するのではなく、飽く迄も荒吐を護る為の警戒だ。アラハバキ連隊は茨城を退くと、数日後には後方待機していた福島の部隊と合流。そして宮城へと北上した。
「……深入りはしない方がイイみたいだな」
 数日間に渡って、追跡していた大山は息を吐く。
「――しかし一体どうしてこうなった? 『落日』中隊が何かやらかした所為か?」
 誰ともなく問うてみたが、大山は再び溜息を漏らす。
「――所為なんだろうなぁ」
 大山が推察した通り、荒吐が悲哀の慟哭を上げたのは吉塚が暗殺とほぼ同一時だった。宮城の仙台駐屯地で全体の指揮を執っていた吉塚は、潜入しにいった『落日』中隊長の 滅日・荒実[ほろび・すさみ]一等陸尉によって殺害されたという。
「……報告によれば岩手に立っていた“光の柱”も消滅したんだと。御旗と担ぎ手の首謀者を失ったんだ。荒吐神と完全侵蝕魔人は引き続き警戒の対象ではあるが、積極的に周囲へと攻勢してくる事は無ぇかな。少なくとも直ぐにどうこうしなければならない脅威で無くなったっぽい」
 福島駐屯地に寄って、関村一佐から話を聞いてきた大山は独りごちる。
「……何にしろ問題は解決したんですか?」
 幸恵の確認する言葉に、大山は暫く腕組みをしながら唸ると、
「アラハバキ連隊に関しては、な。神州各地でも幾つか問題が終息していっているらしいが、奈良ではデーヴァ神群と魔群が最終決戦の段階に入っているそうだからなぁ」
 北海道に戻って、のんびりする訳にはいかないようだが……。大山はアフロを掻くと、幸恵の不安そうな目を受けながら、再び考え込むのだった。

 


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 また過去作のノベルを参考にする場合、PCが当事者でない場合、然るべき理由が確認出来なければ、其の情報を用いたアクションの難易度は上がり、最悪、失敗どころか没になる事もあるので注意されたし。
 全体的に死亡率が高く、下手な行動は「即死」と考えて欲しい。加えて、常に強制侵蝕が発生する事態を念頭に置かれよ。
 基本的にPCのアクションは超法規的活動であり、組織的な支援は受けられない。  なお荒吐の行方を追跡するのであれば、「Ja-04)岩手にて行動」「Ja-05)宮城にて行動」のどちらかを選択する事。どちらを選択しても荒吐の追跡を続行出来たものとする。

Back