同人PBM『隔離戦区・人魔神裁』最終回 〜 神州中部


MJ6『 都には神の栄光があった 』

 足を一歩踏み出す度に、肌を刺激する痛みが一層増していく。身体が鉛にまとわりつかれたかの様に鈍く、また負った荷物が重く圧し掛かってくる。呼吸するだけで脂汗が滲んだ。
 迷彩柄を施した山岳装備は其れだけで分厚くて重い。山中で体温を奪われない様に保温が施されているからだが、其れが裏目に出ている気がした。
「……此れが大阪。魔群が支配する地」
 荒い息を吐く。其れでも 桃山・城(ももやま・しろ)二等陸士は歩みを進めた。退くにしても活力を奪われる。ならば少しでも前に進んだ方が目的を達する為にはマシだろう。北に見える、虹色の“光の柱”を睨む。
 不思議な事に大阪の何処からでも観測出来る、魔群(ヘブライ堕天使群)の“光の柱”――通称“地獄門”。“地獄門”を通じて顕現するのは高位上級の超常体だけでなく、敵対勢力へと悪影響を及ぼす波動も発している。桃山の身を襲う変調はまさしく“地獄門”の影響だった。全身を苛む痛みに、怖気を覚える悪寒。身体能力は著しく劣化し、精神も不安定であり、心配を常に抱えてしまっている。
「――其れでも魔群を敗北させる為には」
 先日に奈良で行われた、魔群とデーヴァ神群による『遊戯』の決戦。『黙示録の戦い』のハルマゲドン(メギドの丘)に対応する信貴山を中心にぶつかり合った戦いの末、デーヴァ神群の主神格だったヴィシュヌが死亡。対して盟主である七つの大罪が1つ『傲慢』を掌る大魔王 ルキフェル[――]が生き残った事で、魔群が『遊戯』の暫定的に勝者となった。――そして太陽が秋分点を通過する時刻を以って、魔群の勝利が確定するのである。
 だが其れ迄の間に、魔群の盟主であるルキフェルを“此の世界”の人類側が倒せば、『遊戯』の勝敗は流れる事になるらしい。そして『遊戯』は“此の世界”と異なる世界で続行されるとか、されないとか。
(……兎に角、ルキフェルを倒せば)
 尤もルキフェルを倒しても、盟主の座を代わる存在として サタン[――]がいる。七つの大罪が1つ『憤怒』を掌る大魔王は、憎々しい“地獄門”を護っているらしい。サタンを倒せば“地獄門”を打ち崩す事が出来るかも知れない、が……。
(――其れ等は、彼女に任せますわ)
 桃山が一旦身を寄せようとする場所に彼女達が居ると聞いている。疲労感と痛みに堪えながらも、桃山は目的地に辿り着いた。神州結界維持部隊の信太山駐屯地の一室に、彼女達―― 田中・国恵(たなか・くにえ)二等陸士達が居た。
 同じく激痛や疲労と戦っている国恵は力無く笑って、戦友を出迎える。其れでも戦う為に食事を摂って、栄養や活力に変える。
「ビーフカレーですか」
「……他にも在りますわよ?」
 戦闘糧食II型番号3――通称『ビーフカレー』を食べ終えた国恵が口を拭きながら、部屋の隅を指し示す。山積みされた食糧といった生活物資に、弾薬。流石に燃料は残り少ないが、其れでも信太山に集まった5人が隠れ潜むには充分と言えた。
 信太山駐屯地司令を兼任する第37普通科連隊長は“地獄門”の影響や魔群の超常体の襲撃を考慮し、先日に放棄を決定。人員の多くは和歌山に撤退していた。残っていたのは国恵の他、リリア・エイミス[―・―]に、橘・柑奈[たちばな・かんな]二等陸士、そしてマリーこと 江井・茉莉亜[えい・まりあ]二等陸士だ。軽く自己紹介をし合った。
「――そういえばマリーは完全に日本国籍を取得したのね」
「戦争が終わっても、リリアと違ってアタシはステイツに戻れないからね」
 苦笑するマリー。魔人兵であるリリアは『遊戯』が終われば、憑魔の力が無くなって一般人に戻れるという希望がある。だがマリーは犯罪者の刑の一環として神州へと送り込まれた。奇縁で伊勢の神宮で殿下と呼ばれている人物と知合ってKIA(Killed In Action:戦死)に偽装、別人として日本国籍を得る事が出来た。其れでも亜米利加合衆国の土を踏むのには躊躇いがあるらしい。
「戦いが終わってジャパンが落ち着いたら、逢いに行くわ。イセのプリンセスの世話になるのよね?」
「堅苦しいのは苦手なんだけどなー」
 笑顔を見せる。リリアとマリーの遣り取りに釣られて、桃山達も表情を取り戻せた気がした。しかし、直ぐに此処に居ない戦友の事を思い出して陰る。
「――山口で、薫が戦死したのですってね」
「ええ。此れで『魔法少女マジカル・ばある』の再開は無理ですわ」
 故人を偲ぶ。だからこそ、
「あなたは無理なされない様に。“地獄門”の破壊を目指すと聞いてきたけれども」
 桃山の言葉に、国恵は上品な仕草で肩をすくめ、
「攻略方法は考えても思い付かないですけれどもね。戦力が少ないというのは厳しいですわ」
「其れでもリリアさん達3人も支援してくれるだけ贅沢というモノですわ。私なんてキティホークよ」
 苦笑する桃山。大阪湾に浮かぶ艦船を想像しながら、
「氷水系魔人なら、海中から潜って船を沈めてとか出来るかも知れないけれども、私は水が苦手ですので」
「……そうだとしたら戦う相手を取り換えっこしたら良いのでない?」
 マリーの素朴なツッコミに、暫く沈黙が訪れる。何か言い返そうとしたが……諦めて咳払い。
「計画を練り直すには時間が足りませんわ。――兎に角、此処まで来た以上、後は全力で挑むだけですよ」
 そして準備を整えると互いに敬礼を送り合う。
「健闘を祈りますわ」
「はい。絶対に生き残りましょうね」

*        *        *

 神州中部の白山連邦。其の主峰である御前峰に、菊理媛[くくりひめ]を祀る白山比盗_社の奥宮がある。其処へと足繁く通うのは維持部隊員だけでなく、むしろ彼等よりも馴染みになった顔が居る。
 駐日露軍――駐日露西亜連邦軍・露西亜空挺軍の第819独立親衛特殊任務連隊(スペツナズ)のヨシップ・グリゴロフ少尉こと東欧羅巴スラヴ地方における獣神 ヴェーレス[――]だ。
 露西亜空挺軍の特徴たるブルー・ベレー帽を被る駐日露軍の将校に、社主である菊理媛は不愉快な表情を諦め、溜め息で出迎えた。
「また、来たのですか」
「相談出来る様な目上が、間近には菊理媛様以外、居らっしゃらないので」
 野趣溢れる面差しで笑うと、比例して菊理媛は増々顔を苦くする。其れでも力尽くで追い返そうとしないのは、ヴェーレスが少なからぬ縁を神州日本に持ち始めたという事になるだろうか?
 ……さておき、ヴェーレスは頭を掻くと、
「スラヴ神群の残りも色々と複雑な状況に置かれていてねぇ。主神格だったペルーンが倒された事で、デーヴァ神群に降ったけれども……結局、奈良の決戦で魔群が勝っちゃったからね。どうしたものかと」
「……外津神々の事情等、妾の及ぶ処ではありません。とりあえず魔群とやらは其方達に何か要求でも?」
 菊理媛の問いに、何故かヴェーレスは首を傾げ、
「其れがサッパリ……。聞き齧った程度だが、むしろ神州各地の魔群の動向はおとなしい方とか。勝ちを固めるべく護りに徹しているのではないかと思う」
 どちらかというと天使(ヘブライ神群)の残党の方が迷惑らしい。デーヴァ神群の残党も、静岡の富士山本宮天神社や青森の恐山に集合しているが、悪足掻きはしていない。尤も浅間神社の方では、デーヴァ神群が“光の柱”としている世界蛇アナンタを巡っての騒ぎが起きているとか何とか。
 ヴェーレスの説明に、菊理媛は半ば呆れた表情を浮かべ、
「外津神々の考えはよく解りません。妾としては『遊戯』によって乱された瑞穂の地の時空の綻びを括り直すのを邪魔されなければ……」
 恐山に開いた“地獄”に通じる“門”はデーヴァ神群の将 クベーラ[――]が率いる軍隊の撤退に合わせて〈括る〉つもりらしい。山口の秋芳洞に開いている“門”――“奈落(タルタロス)”は、オリンポス神群の冥王 ハーデス[――]が協力的であり、9月中には〈括る〉事が可能と、菊理媛は告げた。
「しかし……『遊戯』の勝者の判断で、此の作業もどうなります事やら。最悪、また妾達――天神地祇は再封印される懼れがありますので」

*        *        *

 伊丹駐屯地から立ち上る“地獄門”を遠目から見遣る。近付けば近付く程に、増す疲労感。異形系なので環境に合わせて身体を整える事は可能だ。だが其の異形系能力自体が低減していたら、どうなるか? 変形も脳裏に描く程に上手く行かず、また速度も鈍化している。異形系は核を滅ぼさなければ、細胞組織1片からでも復活と謂われ、半不老不死ともされる能力だが、今の状況では一般的な致命傷が其のまま命取りに成りかねない。其れ程の能力低減。そして能力の著しい低減よりも恐ろしいのが精神的な衰弱であり、至高の低下だった。
(まぁ……幾ら考えても何も思い付かないから一緒なのですけれどもね。ナントカの考え、休むに似たり)
 心の中で愚痴りながら、国恵は敵の警戒網を潜り抜けながら進む。前回突入した時の反省から聴覚は塞いでおり、音色に惑わされる事は無くなった。聴覚の代わりに視覚や嗅覚をヒトより向上させているが、其れでも“地獄門”の影響下で不安は残る。慎重に進むしかない。
 魔群の方針だろうか。天使の開いた“天獄の扉”と違って、伊丹の“地獄門”から顕現する超常体は数少ない。量より質を優先した為だろうが、其の顕現した高位超常体のほぼ全ては奈良で戦死している。尤も、デーヴァ神群の将校級との相討ちだか充分な戦果なのだろう。此の点、貴重ともいえる程の人材を惜しみなく戦力として投入出来るのが羨ましい。
(……戦力が少ないというのは本当に厳しいですわ)
 高位上級の魔王クラスが奈良の決戦で失われたとはいえ、サタンを護衛している元維持部隊第309中隊や一角公 アムドゥシアス[――]は健在だ。サタン自身も大魔王を冠する実力を有している……らしい。
 ――どうやって攻略するか? “地獄門”を目指す過程で幾度も作戦を立案しては、白紙に戻してきた。結局……
(考えても無駄なら、全部倒しましょう。駄目でも足止めになりますわ)
 力の限り、強襲と撤退を繰り返しながら敵戦力を減らす方向で対処する事にした。隙があればアムドゥシアスといった魔王クラスを倒す事も出来るだろう。
「――作戦開始!」
 言葉を吐くだけでも疲れを覚える。其れでも口にする事で、自身に喝を入れた。
 陽動役として遠くでリリアや柑奈が交戦している音が聞こえてくる。誘われた敵兵が構えを乱して隙を見せた瞬間に、国恵は踊り掛かる。跳び込んで蟹挟み。崩して地面に上体を引き摺り落とし、関節を極めて、折る。そして相棒の異変に気付いた別の敵兵が国恵を捉えるより早く、捌いて肉薄。足を払って同じく地面に打ち付け、そして砕く。同じ異形系ならば呪言の力を加えて憑魔核を腐食しておくのを忘れない。或る程度の数を片付けたら、多勢の敵に囲まれる前に物陰に隠れ潜んで、やり過ごす。
 疲労感が酷い。雑嚢から取り出した水筒に口を付けて、咽喉を潤す。“地獄門”に辿り着くのは何時になるか? 刻限が訪れるのが先か? 其れ等よりも先に自身の命が尽きるのが先かも知れない。
 厭な考えを、頭を振る事で払うと、再び強襲を挑むべく慎重に周辺を窺う。そして大物を見出した。
(――アムドゥシアス!)
 米海兵隊戦闘用制服(Marine Corps Combat Utility Uniform)を着込んではいるが、M16A4アサルトライフルに代わって場違いなヴァイオリンを手にしていた。瞳を閉じて優雅に演奏するアムドゥシアス。聴覚を遮断している為、音は届いてこないが、微かに肌を空気震動が叩いていた。
 心身の限界が間近だと解っていたが、此の好機を逃さぬ様に、国恵は力を溜めた。そして張り詰めた弓から解き放たれた矢の様に、一直線にアムドゥシアスへと跳び出した。異変に気付いてアムドゥシアスが幻惑の音色を衝撃波に変える前に、接近を果たした国恵はヴァイオリンを叩き落とすと同時に、身を捩って回し蹴りを喰らわす。蹴りの打撃にアムドゥシアスの身が浮いた。だが吹き飛ばされる事は許されず、更に身を捩った国恵がもう片方の足で首を絡め取る。そして地面に叩き落とした。頸椎が折れたような感触。だが動きは止めず、肘鉄を後頭部へと突き落とす。聴覚は遮断していたが、アムドゥシアスが最期に何かを呟いた様な気がした。其れは遠くに残して来た恋人への謝罪と別離の言葉……だったかも知れない。だが国恵にはアムドゥシアスを弔いの言葉を掛けなかった。
 正確には弔いの言葉を吐く余裕すら残っていなかったのだ。アムドゥシアスへの攻撃で、心身の限界を超えてしまった。視界が急速に暗くなり、足下が覚束無い。厭な汗が全身の毛穴から吹き出して行く様な感覚。そして体勢を崩した。全身の触感も麻痺しており、地面に倒れ込んだのにも気付けない。復活させた聴覚だけが遠くからの喧騒を耳にする。爆発音に、国恵を心配する女声。車輛の急制動する音が響く。……そして国恵は意識を失った。

 ――覚めた目に映ったものは見知らぬ天井だった。何処かの病室。付き添っていたのは柑奈。国恵が目を覚ました事に気付いて、声を掛けてくる。
「――私は、あの後、どうなりましたの?」
 国恵の問い掛けに、柑奈は寂しそうに、悔しそうに答えた。此処は京都の大山崎に設営された分屯地。アムドゥシアスとの戦いで心身の限界を超えてしまい、意識を失った国恵を、柑奈が救出。リリアとマリーが強奪してきた高機動車『疾風』に乗せて、大阪からの脱出を図ったという。
「……結局、サタンの排除も“地獄門”の破壊も果たせませんでしたわね」
 身体を起こそうとする国恵を気遣って、柑奈が押し止めた。幾ら異形系で回復力が強く、並みの人より遥かに速いとはいえ、此れ迄の疲労の蓄積が大きかった。診察に訪れた衛生科のWAC(Woman's Army Corps:女性陸上自衛官)からも暫くの安静が言い渡される。
 ……このまま秋分の日を迎え、国恵の戦いは終わったのだった。

*        *        *

 ……もう1つの作戦の顛末を記録に残そう。
 隔離以来の戦闘と人の手が入られない事による荒廃、また超常体による生態系の侵蝕に伴って、かつて日本国第二の都市と謳われた面影は無い。其れでもサタンが“地獄門”を開く以前に比べれば、状況は落ち着いたと言えた。『憤怒』を掌るサタンに魅了された完全侵蝕魔人が伊丹を征圧、そして『傲慢』を掌るルキフェルが航空母艦キティホークを牙城にして現れてからの方が、維持部隊が奮戦していた20年間よりも、大阪の状態が穏やかになったというのは皮肉でしかない。
 維持部隊が大阪の地を放棄し、撤退した事もあるが、暫定的ながらも『遊戯』の勝者となった魔群は徒に襲撃を起こさなくなっている。大阪から京都や和歌山に侵攻する事に意味が無いのだ。むしろ藪を突いて蛇を出しかねない。特に、桃山達と言った“意思”あるモノは『遊戯』に於ける不確定要素であり、特異点なのだ。超常体としては此れ以上の状況変化は望まない。
 其れでも伊丹の“地獄門”や、大阪港に停泊しているキティホークを警備する超常体や完全侵蝕魔人の護りは分厚い。また大阪湾には第七艦隊の巡洋艦や駆逐艦が見受けられた。
 双眼鏡から目を離して溜息を漏らす。身体を蝕む痛みは麻痺したのか感じられなくなったが、神経を侵す憂鬱さは今尚増してきていっている。其れでも絶好の機会を狙って桃山はキティホークを睨み付けていた。
「……今更ながら薫には感服しますわ」
 亡くなった戦友は狙撃を得手としていた。出自がライフルの付喪神と言う事もあっただろうがスナイピング技術は頼りにしていた。だが銃の扱いよりも狙撃手に求められるのは忍耐だ。時には過酷な環境の中でも絶好の機会を唯待ち続ける。風雨に晒され、寒暖に悩まされ、飢餓に耐え、擬態し続ける。日本の擬装力は世界一と謳われており、其の恩恵を今、桃山も実感しているが、其れでもかつての戦友の強かさに思い知らされる。
 信太山で別れた桃山は、キティホークを臨む場所に潜伏して数日が経っていた。携帯食糧は余る程に持ち込んでおり、飢えに悩む事は無い。狙撃対策か、素人目にも理想的なポイントは既に完全侵蝕魔人によって封鎖、また定期的に警邏されている。結局、現在の潜伏場所に落ち着くのも時間が掛かった。ハリウッド映画のテーマパークが開園される予定だった土地。超常体の出現さえなければ楽しいアトラクションやエリアが開設され、大賑わいが期待できただろうに。だが今は中途で放棄された資材や廃墟が見るも無残に残されているだけだ。超常体が棲息している処もあり、幾ら上手に擬装出来ていても油断は出来ない。
 其れでも、桃山は絶好の機会を待ち続けた。
「――京都を占拠されていた頃に天使共が核ミサイルも相殺した実績がありますから。ミサイル系は期待出来ませんわね」
 ……正確には撃墜して弾頭を破壊したのであり、核爆発の威力を相殺した訳では無い。どうも間違った情報が桃山には伝わっているらしい。さておき、
「――空母なので機械的警備も厳しく、魔神的警備も狭い範囲で充実。……時間待ちの立て籠もりは性質が悪いです」
 其れでも待ち続けるしかない……。

 ――幾度、太陽が昇り、沈んだか。超常体の息遣いや完全侵蝕魔人の軍靴の音にも、辛抱を続ける。そして……
「――残念だったな。もうすぐ時間切れだ。其れでもお前は頑張ったと言えよう」
 突然、女声が掛けられたが、最早、感情すらも擦り切れていた桃山は生気を失った瞳で、ぎこちなく振り返るしか出来なかった。何処から現れたのか? 気配はまるで感じられなかったし、音も匂いもしなかった。一瞬にして、空間を〈跳んで〉、其の女は現れた。戦闘には場違いなスーツ姿。糸のような細い眼に、真紅の唇が印象的な白人女性。確か報告書によれば――札幌の亜米利加合衆国総領事パウラ・モードリッチ、其の正体は七十二柱の魔界王侯貴族の1柱である主天王 ペイモン[――]。
 ペイモンはベレッタM92Fの銃口を桃山の頭部に突き付けていた。また周りが騒がしくなり、乗り付けてきたLAV-25装輪装甲車から武装した完全侵蝕魔人兵が降りてきて周辺を完全制圧。1個小隊は下らない数だった。また頭上をグレムリンやインプといった飛行型超常体が列をなして周回している。――桃山は完全に包囲されていた。
「もうすぐ太陽が秋分点を通過する。『遊戯』は終わり、魔群の勝利は確定するだろう。――よくやってきた。しかし、お前の戦いも終わるのだ」
 ペイモンの言葉を受けて、久し振りに桃山の表情筋が動いた。唇の端が微かながらにも動いて笑みの形を成す。そして桃山は蓄積していた疲労から意識を失った……。こうして桃山は魔群に投降したのだった。

*        *        *

 太陽が秋分点を通過した9月23日。『遊戯』に於ける勝者として、魔群が確定した。其の日の内に、伊勢にある倉田山公園野球場跡に多用途回転翼航空機MH-60Sナイトホークが降り立った。
 大阪湾に浮かぶ、魔群の居城――米海軍キティホーク級航空母艦1番艦から飛来したナイトホーク。維持部隊が包囲する中、キャビンから悠然と金髪碧眼の男が歩み出る。注がれる敵意を、だが涼風の様に受け止めると、
「――ダグラスがアツギに降り立った時も此の様な感じだったのかな? コーンパイプでも咥えておけば良かったよ」
 直ぐ後に控えているペイモンに声を掛けるが、ジョークに応えない様子に大仰に肩をすくめて見せた。
 随行者はペイモンと2体の完全侵蝕魔人兵。七十二柱の魔界王侯貴族ではないようだった。三重は殿下の影響にある事で、ペイモンも魔人兵も不具合を感じている様子だったが、ルキフェルは平然としており、迎えに来た第33普通科連隊の中隊長にジョークを飛ばす姿が確認された。
 疾風に搭乗したルキフェル達一行は、態々、豊受大御神を祀る豊受大神宮に寄ってから、皇大神宮へと向かった。神道に於いて、先ず神宮の外宮である豊受大神宮から参拝してから、内宮である皇大神宮に参拝するのが正しい礼法とされているので、此の行程がルキフェルなりの敬意の表れと取る事も出来る。
 さておき内宮に辿り着いたルキフェルを、殿下御自ら出迎えた。お辞儀をして迎える殿下に、ルキフェルは右手を差し出した。一瞬の逡巡。しかし国際儀礼として殿下は握手に応じて見せた。
「――早速だが、アマテラス。『バベル』を開いて欲しい。そして開き終わる迄の間、幾つか用件を述べていくが構わないだろうか?」
 殿下は首肯すると、祝詞を紡ぐ。呪文に合わせて、内宮奥の空気が変質を始めた。強大な圧力が“壁”一枚を隔てて押し寄せてくる。ルキフェルは満足気に頷くと、
「勝者が確定した事で『遊戯』は終了した。神州日本のみならず地球全土に於いて発生してきた超常体出現は此の時点を以って皆無となる。同じくして『憑魔』と呼称していた生体受信器への超常能力発信を停止する。――此れにより憑魔は、寄生先の人間及び動植物の器官組織に擬態。無機物に付着していた憑魔は死滅。従って憑魔に完全に侵蝕されたヒトを除き、能力は使用出来なくなる」
 ……憑魔に完全侵蝕されたヒトは細胞組織どころか遺伝子レベルで『ホモ・サピエンス』とは異なる生物になっているのだ。最早、『憑魔』という異界からの波動を受信する器官が無くとも、自前で能力を発動出来るらしい。
「……新たな超常体の出現が無いとはいえ、既に生態系を確立して棲息しているモノ達はどうするのです? 其れに完全侵蝕魔人の扱いは?」
「『遊戯』で兵卒として使用していた超常体は、神群其々で自然な形で数を減らしていって貰う。最早、『遊戯』は終わったのだ。兵卒は必要無い。要請に従わねば『遊戯』の約定に従わぬモノとして叩き潰す。“此の世界”だけでない。“元の世界”に迄、追求するだろう」
 ルキフェルの発言は、殿下や維持部隊員にだけに届いているのではない。『バベル』を通じて“全世界”に届いているのだ。
「……野生化してしまっている超常体のうち、人類社会を脅かすモノは害獣として処理していくしかないだろう。其の処理には維持部隊だけでなく米軍のみならず魔群もまた協力する。維持部隊と個別に共闘態勢を築いている神群にも可能であれば協力をお願いしたい」
 そして肝心の完全侵蝕魔人だが、
「倫理といった価値観が“此の世界”と合わない事に戸惑っているモノも居るだろう。人類社会に適応出来ないのも無理はない。そんな彼等を魔群は受け入れよう。勿論、原隊に復帰出来るのであれば最善だ。しかし……」
 言葉を切ると、口調を厳しくし、
「――社会適応出来ず、復帰も出来ず、また魔群にも恭順を示さぬモノは、ヒトの形をした害獣だ。問答無用で、生存権を剥奪して処理する。……以上、自身の判断で最適とする道を拓け」
 ルキフェルの警告に『バベル』が震えた。既に殿下の影響力は『バベル』の波動によって上書きされて消えており、抑圧からペイモンや魔群の完全侵蝕魔人は解放されていた。
 盟友の様子に思い出したルキフェルは、
「――神州日本の天神地祇を再封印は行わない。但し影響力……例えば三重に於けるアマテラスが他勢力の能力を封じていた加護といったものは認めない。尚、今も封印されている天神地祇を解放していくのは構わない。尤も解放した際に、恨み辛みで生じた衝撃は『バベル』の力で無効化させて貰うが」
「失礼ながら……魔群と異なる勢力は全て叩き潰すかと思っておりました」
「“ ”を盲信していた愚かな兄弟姉妹と一緒にしないでくれ。そもそも魔群自体が実際の処は“ ”に対して反抗心を持っていたモノの寄り合い。『盟約』で結ばれた不良の集まりだよ。喧嘩はしても、其れは互いを認め合う通過儀式のような物だと考えている。愚かな兄弟姉妹の様に『拒絶』ではない」
 両肩を大仰に竦めて見せる。
「私も盟主という立場だが、飽く迄も『盟約』の代表であり、『遊戯』をするのに必要な主神の代役に過ぎない。だから魔群が『遊戯』の勝者となったが、だからといって盟主である私が直ぐに次世界の創造者になるという訳ではないのだ」
 此れから魔群内部で次の世界の創造に関して色々と揉めるだろう。だがルキフェルは“此の世界”に波風は立たせないと約束した。『遊戯盤』として翻弄された“此の世界”は、今後は完全中立の不戦地帯になるだろうと。
「――先程、新たな超常体は出現しないと言っていたが、唯一の特例として魔群の高位上級――所謂、魔王クラスは伊丹の“地獄門”を通じて遊びに来るだろう。息抜き目的だから邪険にしないでくれ。尤も『遊戯』で魔群と明確に離別したアモンやアスモダイは、其の特例からも除外されるが」
 とりあえず、此の様なところか。ルキフェルは大きく息を吐く。
「神州日本の国際的立場も解放されていくだろう。“這い寄る混沌(ニャルラトホテプ)”の仕業だったが危うく核攻撃が行われそうになった問題は、常任理事国に対するカードになる。海外に逃亡して日本政府を自称していた老害共は、オサフネが何とかしていくのではないかな? 勿論、私個人としても日本の新生には協力するつもりだが……」
「――電波や情報を支配するセスナや、世界最強の操氣系魔人の斎呼がいますからね。日本政府を改革するのは簡単でしょう。長船氏が狂って独裁者にならない限りは、ね」
 其の時は電波妖精 セスナ[――]や 八木原・斎呼[やぎはら・さいこ]一等陸尉が敵になるだけだ。殿下の言葉に、ルキフェルが苦笑する。
「兎も角、『遊戯』の勝者が確定し、また“這い寄る混沌”も倒された。全てが終わったのだ――」
 ルキフェルの言葉が、本当の意味で『遊戯』の終了となった――。

 ……西暦1999年、人智を超えた異形の怪物――超常体の出現により、人類社会は滅亡を迎えた。
 国際連合は、世界の雛型たる日本――神州を犠牲に差し出す事で、超常体を隔離閉鎖し、戦争を管理する事で人類社会の存続を図った。
 其れから20年。ようやく神州での超常体と戦いが終了した。
 未だに野生化した超常体や、社会を棄てた完全憑魔侵蝕魔人という脅威は残っている。だが長い夜は幕を閉じ、明るい日を迎えられた。
 生きていく為に、智慧を巡らし、仲間の手を握る。抗い、挑み、戦い続けたヒトが手にしたモノだった。

 ……此れは、人と、魔と、神の、裁き。
     黙され、示されぬ、戦いの記録である――。

〜 了 〜

 


■状況終了――作戦結果報告
 今回を以ちまして『隔離戦区・人魔神裁』ひいては個人運営PlayByMail『隔離戦区』シリーズは終了致します。長らくの御愛顧有難う御座いました。
“此方の世界”に於ける西暦1999年、人智を超えた異形の怪物――超常体の出現により始まった戦争。其れは“次の創世主”の座位を巡る高位の他次元存在同士の争いに巻き込まれた“此の世界”の人類が生存を訴えて挑んだものでした。
 結果として、人類は完全敗北を免れたものの、決して高位次元の存在に対して、自己を主張出来た=勝利したとは言えないものになりました。此の点に関しては調査や人手が不足した事による、情報や行動の制限があったからだと思われます。また作戦目標や優先順位の間違いがあったり、“光の柱”の影響に対する警戒の無さが最期の足枷となったり、と悪手も幾つかありました。そういった点を評価していきたいと思います。

1.封印された天神地祇の解放について。
 夏至の日を境にして、超常体同士の戦い――『黙示録の戦い』の段階に『遊戯』が移行した時点で、もう封印されている天神地祇を解放させるには時間と人手が足りないというのは決定事項でした。つまり前哨戦である『神州結界』『砂海神殿』『神人武舞』『獣心神都』『神邦迷処』『呪輪神華』『禁神忌霊』の春から夏至に掛けての間にしか、天神地祇を封印から解放する機会は無かったと言えます。
 此れは、封印を警護するモノを倒すのに半月、封印を解放する儀式にもう半月掛かるからです。封印から解放する儀式を行う時間が惜しいというのは、宇津保小波の口から語られている通りです。そして“意思”あるモノにしか出来ないというのも最低限度の前提条件でした。従って『人魔神裁』の期間中、新たに封印された天神地祇を解放する余裕があるぐらいならば、別の作戦地域へ赴かせるという意味がありました。
 但し封印を警護していた敵を倒すのは有効で、既に“光の柱”が立っているのならば破壊する事で敵戦力を減少させるだけでなく、影響力を消滅させる事が出来ました。此の点は熊本の天草に立った“天獄の扉”が解り易い例だと思います。また“光の柱”が立っていなければ、其れを妨害する為にも敵を倒すという作戦目的が生じていました。残念な事に大阪の伊丹に立ってしまった“地獄門”に関しては、儀式を行うのがナニモノだったのか=目標を見誤った結果です。
 天神地祇の封印からの解放に限らず、前哨戦に於ける結果が、『黙示録の戦い』で大きく影響を残した例は幾つもあります。特に挙げるとしたら“這い寄る混沌”対策だったでしょう。
 なおアンケートで「人魔神裁開始前に封印されていた神の総数と所在地等」が質問に上がっていました。各地に封じられていた天神地祇ですが、全て運営側で埋めていた訳ではありません。千葉の春日大社に経津主は確定でしたが。そして都道府県に必ず1柱しか封じられている訳でもないので、行動次第で新たに発見される可能性は大いにありました。敢えて言うと、富士山本宮浅間神社の木花之佐久夜といった様に、神社の総本宮に、主祭神が封じられている事が多いです。山口に封じられていた天神地祇に関しては残念な事になりましたが。此れは下関にある神社は人間が死後に神格されたモノが主祭神のモノが多く、また住吉三神に関しては大阪の住吉大社に封じられていると既述していた為、山口の住吉神社に封じる訳にはいかなかったのです。あとは既述の無い天神地祇はPCの行動次第で、其処に封印されていた可能性が高くなった事でしょう。……勿論、八幡神、造化三神や神代七代は封じられていません。

2.“這い寄る混沌”の規則違反等。
 高位中級以上の『名前を有する』超常体は、『遊戯』に於いて倒された場合、期間中に“此の世界”に再び訪れる事は許されていません。そうでないと『遊戯』の勝敗が成立しないからです。特例として熊本の阿蘇で敗れたバールゼブブが、『黙示録の戦い』に於いて大阪で活動していましたが、此れは『銀の鍵』で呼び出されたという特例です。デーヴァ神群のヴィシュヌには十の化身(アヴァタール)が有名ですが、『遊戯』に於いてはカルキとしてしか活動しませんでした。此れも『遊戯』に於ける絶対規範の1つです。
 ところが“這い寄る混沌”は本体を隠したまま、自らの化身を神州各地で暴れさせています。本来の『遊戯』の規範であれば、化身であっても倒されたら其の時点で敗北として舞台から降りなければなりません。しかし“這い寄る混沌”は博多で倒されようが、与那国島で倒されようが、ドリームランドで倒されようが、函館で倒されようが……『遊戯』で嘲弄し続けました。此れこそが他の超常体から“這い寄る混沌”が睨まれていた理由です。
 しかし其処迄、睨まれていながら“這い寄る混沌”を倒そうとする超常体は居ませんでした。此れは本編でもルキフェルの口からも語られていましたが、『遊戯』が御破算になって、次に流れる方が都合の良いと判断する勢力が、決着が近付くにつれ、多くなるのが理由の1つです。
 其れでも“這い寄る混沌”を懲らしめるべく『遊戯』に参戦する超常体でなく“ 唯一絶対主 ”が“此方の世界”の人類にと用意させたのが、レーヴァテインでした。結局、レーヴァテインの否定を“意思”あるモノ達は選択した為に“這い寄る混沌”を直接に倒す手段は失われました。隠しシナリオとして用意していたのが火之夜藝速男の封印からの解放でしたが、誰も選択しなかった為に“這い寄る混沌”が化身1体を犠牲にする事で消失に追い込んでしまいました。ちなみに天神地祇を本当の意味で消滅させる事は出来ませんので、此の場合は喩え封印から解放されても弱り切ってしまい、維持部隊の力になれない(=“這い寄る混沌”本体を倒す手助けは出来ない)という意味と捉えて下さい。
 さて前哨戦が終了し、『黙示録の戦い』に移行した時点で、運営側から“這い寄る混沌”を倒す手段は具体的に明示しないと決めていました。何故かというと『黙示録の戦い』の最中で運営側が御膳立てをするのは、前哨戦という意味がなくなるからです。なので厳しくPC自らが独力で手段を明記してこなければ、此のまま神州日本は核攻撃を受けて、『遊戯盤』である“此方の世界”は消滅するというワーストエンドは決定していました。
 結局は太陽神の存在をぶつける事で本体を倒す事に成功した訳ですが、一応、運営側が「此れなら“這い寄る混沌”を倒せる」と認定していた手段は他にも在ります。1つは“這い寄る混沌”の仇敵であるクトゥグァをフォーマルハウトから召喚する事。リスクは“這い寄る混沌”本体だけでなく電脳世界に潜っていた存在全てが焼失します。案内していた由良も、そして囚われていたセスナも巻き込まれてしまい、結果として核攻撃を阻止する事は出来なかった事でしょう。他には、サタンの『憤怒』で暴走した上で、集められた五大系魔人の相生関係による増幅作用での火炎攻撃。リスクとしてサタンと五大系魔人は力のオーバーロードによる廃人化です。サタンというよりもミーシャとしての記憶が有るので、ルキフェルよりも人類に対して友好的でした。交渉に成功すれば“地獄門”の護りを放棄してサイバースペースに同行してくれたでしょう。
 なお太陽神に関してですが、天照やホルスだけでなく、アポロンも交渉すれば力を貸す予定でした。ラー神群との諍いだけでなく、オリンポス神群からも“這い寄る混沌”は恨みを買っていました。オリンポス神群の主神ゼウスが生きたまま動けない状況に陥った事に“這い寄る混沌”が一枚噛んでいたからです。

3.天使共と魔群。
 先ず、頂いた御質問の回答を。「天使側と悪魔側の人類への浸透ぶりが著しい(現実の社会より、明確に優先するレベルで傾倒する)のは、何か設定的な理由があったのでしょうか?」。……ちなみに「悪」魔というのは主観によるものなので正しい表現では無く、ノベル本文では使用していません。飽く迄も「魔群」です。
 さておき、此れは、神州世界対応論の影響があります。超常体の出現と隔離政策によって地相的なものだけでなく、実は精神的・文化なものも影響度が深くなっていました。オリンポスやデーヴァといった各神群が地域に根付いた影響度を深めていましたが、其の分、限定的なものでもありました。しかし対照的に、基督教もイスラームも、そして猶太教といった「セム族の啓示宗教(アブラハムの宗教)」は地球圏=神州全体に影響を与えています(※三大宗教に数えられる、残る1つ「仏教」も、詳細は省きますが「セム族の啓示宗教」と根源で繋がりがあるという説もあります)。従って天使共と魔群が『超常体』の象徴でもあった訳です。
 そしてフトリエルの煽動放送も決定的でした。神州日本に隔離されて戦争行為を強いられてきた事への不満が、フトリエルの告発を受けて爆発。また維持部隊全体に対して、超常体から「真実の告発。そして仲間になれ」と呼び掛けてきたのは、フトリエルの煽動放送が実は最初だったのです(※勿論、個人や部隊単位での対話はありました。なおデーヴァ神群は維持部隊に最も友好的でしたが、維持部隊に共闘は持ち掛けて来ても、デーヴァ神群にならないか?と呼び掛けて来た事はありません)。其の衝撃による呆然と、続く騒然。心理の隙を突いて浸透していったのが天使共であり、反抗心から離脱したモノを力で魅了して屈服していったモノが魔群だと考えていただければ間違い御座いません。
 さて『黙示録の戦い』が始まって早々に、PCによる天使共へと積極的に攻勢があったのが衝撃でした。御蔭で本来はラスボスに用意されていたイオエルが7月下旬に倒されてしまうだけでなく、各地に立っていた“天獄の扉”も『魔法少女マジカル・ばある』メンバーによって破壊されて消失していきました。実は“天獄の扉”が4本以上立った時点で“黙示録の四騎士”と呼ばれる最終兵器が『遊戯』に投入され、天使共に敵対する勢力の総計の3分の1が強制的に虐殺される予定でした。7月中旬に木曽三川公園センター跡地で発見された“門”の兆候がソレであり、ユーフラテス川の畔に対応していました。
 こうして『マジカル・ばある』の活躍により天使共の勢力が弱まっただけでなく、“黙示録の四騎士”も回避されたと言えるでしょう。また宇佐八幡宮戦でラー神群に協力を求めに接触しに行った事も大きく、PCの言及が無い場合、ラー神群は7月中旬に天使共に滅ぼされてしまうはずでした。ラー神群との共闘体制を築けたのが対“這い寄る混沌”戦へと活きていった事から、宇佐八幡宮戦を早期解決しに向かったのは正にファインプレーと言えるでしょう。
 但し前哨戦にて、天使共に賛同していた天使側PCが『黙示録の戦い』に参戦していなかった事も注意しておかなければなりません。天使側PCの扱いをどうするか悩みましたが、結局、遠征という形で“天獄の扉”防衛に不参加。もしも天使側PCが『黙示録の戦い』に参戦していたら、天使共が『遊戯』に勝利する可能性は極めて高かった事でしょう。
 ……続いて魔群との戦いになりますが、天使共と違い、敵が大阪という一点に集中していた事で難攻不落だったのを差し引いたとしても、情報分析の甘さにより、後手に回っていたばかりか、悪手もまた目立ちました。
 特に奈良の決戦で大阪から出てきたルキフェルでなく、デーヴァ神群のヴィシュヌを攻撃したのが最大の失敗でしょう。此の悪手により『遊戯』に於ける人類の敗北がほぼ確定してしまいました。というのも伊丹の“地獄門”と違い、デーヴァ神群が立てた“光の柱”――静岡の世界蛇アナンタから維持部隊へと与える影響は皆無だったのです。此れはヴィシュヌが維持部隊に友好的だった事もあり、奈良で共闘してルキフェルを倒す事に成功した後、改めてヴィシュヌへと挑戦状を投げ付けたとしても喜んで応じるつもりでした。結局の処、奈良の決戦でヴィシュヌへと騙し討ちに近い攻撃をした事が、人類を敗北へと歩ませたと言えます。
 また“地獄門”を考えれば、影響が薄い「魔人でない者」こそが、最終局面で逆転出来る可能性が高かった事も付け加えておきます。

4.荒吐と蛇比礼。
 此方も辛い評価になります。
 先ず、アラハバキ連隊の補給線を破壊したり、現場指揮官を暗殺したりで、進攻速度を遅滞させた事は大成功です。此の結果、駐日人民解放軍(駐日中共軍)の突破が失敗し、茨城の大甕倭文神社に封じられている天津甕星香香背男は解放される事は無くなりました。
 しかし其の後、執拗に中継地点の攻撃に終始していた事は「目的と手段の取り違い」と言えましょう。また荒吐は絶対的に倒せない事が序盤から示唆されていました。なので荒吐を直接狙ったり、また周りを削いだりする事よりも、担ぎ手であった吉塚(元)陸将の暗殺こそがアラハバキ連隊を潰すのに最も有効的だったのです。それから岩手の達谷窟に立っている“光の柱”を破壊する事にも意味があったのは本文の通りです。
 そして丹内山神社で発見された蛇比礼ですが、此れは荒吐が絶対に倒せない相手であり、封印するしかないという証明であると同時に、事前情報が無い状態の独力で丹内山神社に辿り着いた事による報償でした。実際、運営側は、荒吐の封印を堅持する為の使用を想定しておらず、ルキフェルやサタンといった蛇の神性を持つ超常体に使用し、弱体化させて倒す事を期待していました。
 結局、荒吐の動向に固執する余り、神州の行方や『遊戯』の勝敗といった大局を見失ってしまっていたと言えるでしょう。

5.日本政府は何処に?(笑)
 頂いた、最後の御質問に対する回答ですが、亜米利加合衆国華盛頓に在る日本大使館に、名目上の行政機関を設置しています。立法府である議会や、司法機関は存在していますが、意味を為していません。そして隔離政策前に脱出した日本国政府は、天使共や魔群の息の掛かった亜米利加合衆国政府の庇護という名前の飼い慣らしで形骸化しています。
 実際、ルーク・フェラー大統領補佐官やゲイズハウンド国務長官は、華盛頓の日本国政府を相手にしておらず、維持部隊長官である長船を“真の日本国政府代表”に見做している節がありました。『遊戯』が終わって隔離政策が解除されていく中で、電波妖精セスナや最強の操氣系魔人である斎呼がいる上にフェラーやゲイズハウンドも後押しての、長船を中心とした新しい政権が誕生するでしょう。

 

 其れでは、御愛顧ありがとうございました。
                  堀 志織

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