荒廃の傷痕が痛々しい大善寺。特に天使共(ヘブライ神群)によって破壊されたのだろう、本堂は誰もが見ても憤りを感じて唸る程であった。
隔離前からの資料によると、安置されていた薬師如来坐像は、明治時代の廃仏毀釈の際に、宇佐八幡宮の神宮寺であった弥勒寺金堂から脇侍の日光・月光菩薩立像、不動・愛染明王像と供に移されたと書かれていた。しかし今では天使共によって完膚なきまで破壊されており、姿形を偲ぶ事すら難しかった。
「……廃仏毀釈の折にも破壊を免れた重要文化財だったそうでしたのにねぇ。超常体――特に敵対勢力を全く認めない天使共には価値が解りませんか」
田中・国恵(たなか・くにえ)二等陸士が嘆息を漏らした。可愛らしい顔が悲しみに曇る。――価値とは金銭的なモノに限らない。其れは信仰による心の安らぎである精神的なモノであり、歴史を思い巡らす文化的なモノも表す。
「天使共――基督教だけでなく猶太教やイスラームも含めた『セム族の啓示宗教』だと偶像崇拝を禁止しているからねぇ」
雪村・聡(ゆきむら・さとる)二等陸士の言葉に、国恵は口を尖らせると、
「そうは仰っても、あんまりですわ。“人斬り妖忌”もお怒りを覚えますでしょう?」
国恵に話を向けられた 西行寺・ようき(さいぎょうじ・―)准陸尉だったが、眉間に皺を寄せて瞑目していた。額に出た脂汗が、頬を伝って、顎から床に滴り落ちる。訝しげに西行寺の顔を見詰めた雪村と国恵は目を見張らせた。西行寺の表情は苦悶で強張っており、鬼気迫るものを感じたからだ。
実際、西行寺の精神は穏やかでなかった。天使共の傲岸不遜な振舞いもそうだが、最大の問題は身を蝕む憑魔だった。憑魔核が蠢き、血肉や神経に細胞組織が這い回るような幻痛。憑魔核の表面が縦に割け、暗い眼孔が開く。眼球が生まれ、雷鳴の様な痛みを覚えた。
『――汝、力を望むか? 我に全てを委ねよ』
声は憑魔核から――否、西行寺の心身の内、奥底から聞こえてきた。聴きたくもないのに心身を縛る。
『――我はアグニのように輝き、インドラのように勝利をもたらす軍神なり。またヴァルナと共に財宝を与えよう。我はマニウ。雷撃(ヴァジュラ)と呼び掛けられ、嵐を伴う戦神なり!』
戦場の激情を奮い立たせる様な轟きに、西行寺の心身が打たれたような衝撃を覚える。其のままヒトとしての意識を捨ててでも、果てるまで戦い続けたいという我欲。其れは武人の誉れか、其れとも狂人の妄執か。そして蠢く肉片組織が、脳まで侵そうと……。
「――西行寺准尉っ!」
意識を失い掛けるところを、怒りに似た大声と揺さ振りに、我に帰る事が出来た。心配する雪村と国恵に、西行寺は荒い息を吐きながら片目を瞑る。そして、
「……ありがとう。助かりましたわい」
「……はっ? 何ですの?」
西行寺の呟きを聞きとがめて、国恵が薄気味悪いモノを見るような表情を浮かべた。西行寺は何とか不敵な笑みを形作ると、
「イオエル共を斬り倒さんとイメージトレーニングをしておったのじゃが、一手を誤りましてのぅ。危うく倒されるところでしたわ」
惚けてみせる。国恵が呆れて溜息を吐いた。
「……戦闘狂ですのね。本当に倒されてしまっても知りませんわよ?」
だが西行寺は豪快に笑い返すと、
「なぁに倒されたとしてもイオエルであれば、人生最後の敵に相応しいでしょうな。もう十分生きたでな、そろそろ終わりの準備をする必要がありますのじゃ」
「……冗談でも、そんな事を言わないで欲しいなぁと」
冷や汗を掻きながら雪村は苦笑。西行寺は鼻を鳴らすと、
「冗談かどうか。世の全ては斬ってみれば解る事。何も難しい事はないですわい。出来なければ、すぱっと死ぬだけじゃから」
そして愛刀を握ると、雪村へと意地悪そうな声で、
「……そうじゃな。私の首を取れたら、この刀はくれてやりますぞ。戦で使い潰すのが良かろうて」
冗談が過ぎると咎めようと思ったが、西行寺の瞳が真剣なモノに気付いて、雪村は押し黙った。そして首肯して見せると、西行寺の笑みが増す。
「……そういえば風守さん達は?」
同じく西行寺の振舞いから何かを感じ取った国恵が、空気を換える様に、別の話題を持ち出した。
「風守達ならば、オシリスさん達を迎えに行っているよ。時間を考えたら、そろそろ合流しているんじゃないかな?」
大分の宇佐にある小倉池は、豊前国小倉初代藩主(のち肥後国細川初代藩主)の細川忠興が造築した豊前の第一の湖水である。隔離前、周囲はミカン園で眺めが良かったとされるが、超常体が現れてからの戦禍で面影はない。其の小倉池より東に約1.2kmのところに響山地区公園跡地がある。此れも隔離前、公園内のライオンズガーデンでは、春には桜の花が一面に広がり、ピンク色に染まった景色が楽しめたという。
「……そして6月頃は約3,000本もあった紫陽花が出迎えてくれたって。一ヶ月前に来ていたら、手入れされていなくても、赤や白、紫色の色鮮やかな紫陽花が私と和也を和ませてくれていたかも」
押し掛け女房の 風森・月子[かざもり・つきこ]二等陸士が頬を赤く染めて、風守・和也(かざもり・かずや)二等陸士へと解説してくれる。適当に相槌を打ちながら、風守はいつもの気だるげな目付きで空を眺めていた。
(……時々思うんだが――何で、こうなった?)
冗談なのか本気なのか「運命の相手は居ると思うか?」と尋ねられた事がある。風守は毅然と「運命の相手は居ない」と答えたが、つまり月子との縁は運命とかじゃなく、風守自身の行動の結果と考えているからだ。……其の善し悪しはさておいて。
(……というか、婚姻届を偽造されて、籍入れられる運命とかあってたまるか!? いや、行動の結果、婚姻届を偽造されました、というのも大概なんだけど!)
知らず顔に出ていたのだろう。煩悶する和也を心配する月子が顔を覗き込む。
「――大丈夫? 未だ先日の戦闘の疲れが残っているの?」
「すまない、ありがとう。大丈夫だ。一寸、作戦について練っていただけだから」
風守の返事を受けて、月子は心配げな表情を少し和らげると、
「1人で余り恨を詰めないでね。私だけでなく聡や西行寺、国恵ちゃんも居るんだから」
「――オレの事も思い出してくれたら嬉しいんだが、月子さん」
周囲を警戒していた風守の友人である狙撃手が苦笑する。思えば彼とは6月――宗像大社辺津宮の封印を解放した時からの付き合いだが……。
「そろそろ名前を呼ばれても良いよな?」
「多分、8月になっても名前が付けられてなかったら、誰かさんが勝手に決めるんじゃない?」
「誰かさんって……誰だよ?」
そんなメタ発言を交わしていた月子が、不意に北の空へと目を凝らした。つられて狙撃手も双眼鏡を手に見遣るが、
「――何か? 天使共の斥候が接近してきたか?」
続けて双眼鏡を覗いた風守の視界にも、何も映っていない。操氣系以上とも噂される、風守の危険感知能力も働いていない。男2人が首を傾げる中、月子だけが北の空を凝視していた。
「――来たわ、ラー神群」
そして風に吹き付けられた。何かが羽ばたき、そして舞い降りてくる音。気配もなく、姿も見えず。何かが響山地区公園跡地に降り立った。
「……そうか。祝祷系によるステルスか」
「御明察です。遅くなりました、皆様」
姿を顕したのはラー神群の王 オシリス[――]と妃 イシス[――]の一行だった。黄金の隼である ホルス[――]は輝く巨体を隠したままで、代わりに ハトホル[――]と セルケト[――]が付き従っている。
「皆様の御蔭で傷も癒えました。充分に御力になれると思います」
「御言葉を有難く思う。事前に相互連絡していたとはいえ、作戦を更に詰めたい。場所を移動しよう」
風守の言葉に頷くと、オシリスとイシスは月子が運転するパジェロベースの73式小型トラックに搭乗する。残るホルス達は響山地区公園跡地に身を潜めて待機するのだった。
先日の奇襲で、宇佐八幡宮に残っている熾天使は3柱となったはずだ。燭台の灯を点し、“光の柱”を立てて“天獄の扉”を開こうとするヘブライ神群。主神格の最高位最上級超常体の“ 神の代理( イオエル[――])”は存在自体が厄介極まりない。ただ姿を顕すだけで発せられる威圧は、憑魔を刺激し、強制侵蝕現象を引き起こす。激痛で無力化されるだけでなく、魔人でなくとも気圧される。
「……出来れば前回同様、イオエルの参戦迄に他の戦力はなるべく減らしておきたい。……とはいえゲームや演劇でもあるまいし、ボスが遅れて登場というのを期待してはいけないだろうな」
風守のボヤキに、雪村も頷く。
「戦線が崩壊する原因となった強制侵蝕の波動に対して、オシリスさんやイシスさんの力を借りたいんだけれども」
提案にオシリス達は了解の意を伝える。
「操氣系による緩衝壁がある分、楽になるね。でも戦線立て直しのタイミングには、憑魔の無い人間が一時的に敵を引き留めておかなくてはならない」
超常体であるオシリスやイシス、妖怪である国恵、そして完全侵蝕魔人である月子は強制侵蝕現象の影響は大きくないが、其れでも痛みや衝撃で一時的にでも動きが鈍る。予め操氣系の緩衝壁を張っていたとしても、力はイオエルが上だ。油断は出来ない。
「となると、やはり俺達が頑張るしかないか」
「風守の危険感知は本当に頼りになるよ」
2人の遣り取りに、西行寺がバツの悪い顔をした。
「私が不甲斐無いばかりに迷惑を掛けますのぅ」
「いや、西行寺准尉が悪い訳でもない。相手が其れだけ理不尽極まりない存在なだけなんだ」
いずれにしても限界迄、此方の潜入に気付かれずに身を隠しながら進み、そして奇襲。一撃必殺の機会を狙う。
「最良なのはラー神群の参戦直後か交戦中、其方にイオエルの意識が向いた瞬間だが――勿論、側近の残る2柱の熾天使がそうはさせないだろう」
そもそも敵は熾天使だけではない。“ 神の玉座( ケルビエル[――])”や“ 神の秘密( ラジエル[――])”も脅威だが、ケルプやパワー、ヴァーチャーも残っている。熾天使の存在で忘れがちだが、高位超常体であるからして面倒な相手に変わりないのだ。そして宇佐市役所跡地にはドミニオンが健在。
「雑魚の掃討にはホルスが適任でしょう。敵の眼を引き付ける陽動としても。私共で宇佐市役所跡地を強襲します」
確かに黄金の隼であるホルスは目立つ。陽動役には最適だ。
「二重の陽動役をお願い出来るか? 宇佐市役所跡地に雑魚を集めるのと、更に八幡宮の護りを引き付けるのを」
前者はホルス達が、後者にはオシリスと黒犬アヌビスが加わるらしい。イシスは念の為にホルスと行動するとか。
「――妃の方が戦力的には上なので、私では皆さんの足手纏いになるかも知れませんが」
「王よ……恥ずかしい事を仰らないで下さい」
オシリスとイシスの遣り取りに、風守は複雑な表情。純粋な攻撃力として最弱なのが風守だという自覚はある。へこむなぁ……
「殺傷力だけが戦闘という訳でもありませんぞ。私が口にするのもなんじゃが」
風守の気持ちを推し測ってか、西行寺が温かい笑みで告げてくれた。
「……兎に角、支援あっての突撃ですからのぅ」
成程。年長者の言葉に、風守は肩の荷が下りた感じがした。
「……他に何か意見はある?」
雪村が周囲を見渡すと、特には無いと国恵が首を横に振る。そして苦笑。
「――私の場合、難しい事を考えても、結局は同じですもの」
「其れも何だかなぁ……」
「馬鹿の考え、休むに似たり。弱肉強食は世の摂理ですわ。……何時も通り、こっそり近寄って目標の首をへし折るプランで行きますわよ」
国恵の言葉ではないが、結局のところ、各人が最大限に出来る事を以て当たるしかない。其れでも少しでも成功率を上げるべく、作戦を練り、決行迄の間、英気を養うのだった。
軍刀で振り払いながら、光の矢衾の中を突っ切っていく。血肉を宙に飛び散らせ、多くの天使共を撃墜していった。
超常体と雖も『遊戯盤』に受肉したら、疲れもあれば痛みもある。滋養を摂り、休眠を取らねば、一部の異形系といったモノでない限り、生命活動が著しく損なわれる。また血肉があり、骨や骸は霧散しない。
――生きているのだ、『此の世界』で。
そして、死んでいくのだ、『此の世界』で。
「――ふんっ。此の勢いのまま“天獄の扉”が開いていない現状のうちに片付けられればいいが」
騎乗しているワイアームを操り、高い空へと舞い上がる。率いる魔群が天使共に攻め寄る様子を見て取り、黒いナチス武装親衛隊風軍服を纏った男装の麗人が独白した。
恐怖公 アスタロト[――]。七十二柱の魔界王侯貴族が29位にして、“七つの大罪”を掌りし大魔王に限りなく近い実力の持ち主。『夏至の日』迄は姿を隠し、表立った行動を避けていたようだったが、『黙示録の戦い』が始まるや否や、中国山地の奥深くから大量の魔群を率いて山口へと侵攻。天使共の防衛陣を突破しながら、山口刑務所跡へと迫っていた。
だが7月の中旬に差し掛かると、山口駐屯地や駐日仏蘭西軍キャンプから現れた完全侵蝕魔人が魔群の軍勢を圧し返し始めた。山口駐屯地に滞在していた(元)維持部隊員や駐日仏軍兵士は天使共に与しており、アスタロトに付いた魔人兵と血塗れの死闘を繰り広げている。其れでも未だ魔群の方が優勢だったが――
「――アスタロト、覚悟っ!」
怒声を上げて雷撃を放つ、処罰の七天使が1柱“ 神の怒り( ログジエル[――])”。アスタロトの眼前に、突如として出現し、執拗な攻撃を繰り出してきた。背より放たれた雷光が三対の翼を形作っているが、今のは空間を〈跳んで〉きた。厄介な能力だが、
「……〈空間跳躍〉と雷撃に繋ぐ流れの中で、一瞬でも身体が硬直したな。だから好機を失った」
アスタロトは鼻で笑いながら、ログジエルの雷撃を軽く軍刀であしらっていく。
「“ 唯一絶対主 ”に与えられたとはいえ、貴様には未だ過ぎた力よ」
「何時までも愚弄するな!」
血気盛んなログジエルの攻撃を嘲弄しているアスタロトだが、内心では舌打ちしていた。魔群の破竹の勢いはアスタロトの攻撃力に頼るところも大きい。其のアスタロトがログジエル1柱だけを相手にするとなると、完全侵蝕魔人の絶対数と武装で劣る魔群は次第に撃破されていく。
(……此れで福岡に遠征中らしい側近が戻ってきたら、撃退されるどころか、最悪、本官の居城に攻め込まれるやも知れんな)
魔群が山口刑務所跡迄攻め寄せる事が出来たのも、ログジエルの側近が此処暫く姿を見せないからだ。島根や福岡に遠征中の可能性が高い。
島根は維持部隊との共闘体制を築いたダヌー神群と駐日英吉利軍が天使の攻勢を許していない。天使共は 大国主[おおくにぬし]の影響を受けていないとはいえ、戦力的に不足している。其れよりも南の福岡を先に陥落させて、“ 神の杖( フトリエル[――])”の部隊と合流を果たす事を優先させている節がある。
福岡は宗像三女神が封印から解かれているが、他の地域と同じく天使共は影響を受けていない。そして北の山口と、西の佐賀から挟撃を受けている。東の大分からも攻め込まれていたら間違いなく7月末迄には陥落し、宗像三女神は再封印が施されていただろう。
だが維持部隊の秘密機関が宇佐八幡宮を攻撃しているという情報から、大分のヘブライ神群は其方の対策に追われているらしい。宇佐八幡宮がヘブライ神群の手から離れたら、現在の天使共が優位の状況が消失する。アスタロトとしても喜ばしい事だ。
「――とはいえ燭台の灯が点されたならば、“ 唯一絶対主 ”を盲信する輩の、山口の優位性が確立してしまうのだが……」
「――戦闘中に余所見か!」
おおっと。つい、口から考え事が漏れ出ていたらしい。違う考えをしながらも翻弄されている事実に、ログジエルが激昂するが、アスタロトは涼しい顔だ。
(――ベリアルが事を成してしまえば楽なのだが)
眼下では魔群の勢いが完全に殺がれ、攻守が逆転しつつあった。更に――
「……燭台の灯が点ったか」
山口刑務所跡から“光の柱”が立ち上がる。アスタロトは自身の動きが急激に鈍るのを感じた。逆にログジエルの力と速さが増したのを見て取ると、先程迄の余裕を捨てる。衰えたとはいえ、本気となったアスタロトはログジエルの攻撃を凌ぎ切ると、
「――撤退する! “光の柱”の影響及ばぬところまで退くぞ!」
そしてログジエルへと口から毒霧を噴き付けた。ログジエルが顔を庇った隙に、一瞬にして離脱。天使共の追撃を振り切って、広島の境迄、退いた時には魔群の戦力は4割に減少していた。
「リザドマンは“光の柱”の力に当てられただけで悶死したか。幾ら雑兵と雖も問題あるな」
戦果に舌打ちするアスタロト。だが唇の端には何故か不敵な笑みが浮かんでいるのだった……。
超常体同士の争い――『黙示録の戦い』が激化する中でも、巳浜・由良[みはま・ゆら]海士長は相変わらずだった。アルケラ神群の代表である、虹色に鈍く光る銅のニシキヘビ―― ユルング[――]を“器”として受容するドリームシャーマンは大きく伸びをすると、起き上がるかと思いきや、また寝直そうとする。
「現在の情勢を知らずに、本当に暢気だなぁ」
監視と護衛を兼ねた同僚の声に、由良は瞑目しながら寝返りを打つと、
「そうでもないよぉ〜。フトリエルが阿蘇の健磐龍命の再封印をする為、戦力補強しに天草へ戻っているとか、夢の中で見たし〜」
「……夢の中でって、お前?!」
一日中、寝っ転がっていた由良が各地の戦況報告を見聞きしていたはずはない。間違いなく証言出来る。なのに、どうして……?
「夢は何でも教えてくれるの〜。ちなみに福岡が第2回で陥落しなかったのはアスタロトが山口刑務所跡に攻め寄ってきてログジエルが動けなかった事と、第1回のフォエニクスとの戦いでフトリエルが疲弊していた事も関係あるのよ〜」
そして寝息を立て始める。では続いて口から出るのは寝言なのか?
「……9月上旬。つまり第5回終了迄に世界を滅ぼす程の炎と熱、光をもたらすモノをナントカしなければ、世界は消滅――ワーストエンドが確定するよ……」
「ナントカって何だよ? ……って、メタ発言が多過ぎないか、お前!?」
同僚が叫ぶが、由良は既に深く夢の世界へと旅立っていた。
ドミニオンが待機している宇佐市役所の廃庁舎。先日の宇佐八幡宮への敵奇襲の報に、四翼の人型超常体は戦力集中して防備を固める事を訴えたが、福岡からの魔群が強行突破してくる可能性を鑑みて、宇佐市役所跡地での警戒を任されていた。中津市に潜伏している邪悪な霊(※ラー神群)。其の殲滅に向かった兄弟姉妹が撃ち倒されてしまったという報告もある。宇佐八幡宮の再襲撃の備えは引き続きケルビエル兄に任せて、ドミニオンは長兄(※イオエル)の指示に従うしかなかった。
「――長兄様は“ 主 ”の代理。長兄様の言葉は“ 主 ”の命令という事。従うが弟妹の務め」
自らに言い聞かせる様に呟くと、ドミニオンは他の弟妹に警戒を促した。
……そして、遂に其の日がやってきた。
最初に気付いたのは〈探氣〉で周囲を索敵していたアルカンジェルだった。続いて祝祷系能力を有するエンジェルスが、敵をステルス迷彩から暴き出す。次の瞬間、圧倒的な光波で押し潰されていったが。
「埃及の悪霊――黄金の隼が接近!」
黄金の隼ホルスが翼を広げると、光線が前面扇状に撃ち出される。ホルスと同じ祝祷系と雖も力量の差からエンジェルスの多くが撃墜されていった。プリンシパリティが衝撃刃を放ち、アルカンジェルが〈練氣〉で造り上げた剣を手に突撃する。だが廃墟の陰から噴き上げた水飛沫の一滴一滴が弾丸となって、プリンシパリティを貫き、アルカンジェルの勢いを抑える。
「……もう、イシス王妃だけでいいんじゃないか?」
セルケトの呟きに、ハトホルは複雑な表情で笑うだけ。イシスが振るう力で翻弄される天使共。アルカンジェル数体が目標を変えてイシス達――女神3柱へと突撃をしてくるが、セルケトは89式5.56mm小銃BUDDYで弾幕を張って応戦。前面に張られた氣の防護盾でアルカンジェルに5.56mmNATOは傷一つ付けられなかったが、其れでも衝撃で突進の勢いが鈍った。其の隙を逃さずにホルスから光の雨が降り注ぐ。
「――中ボスが出て来たぞ」
セルケトの警告に、イシスの顔が更に厳しいモノになった。プリンシパリティやアルカンジェル、そしてエンジェルスの編隊を数多く引き連れたドミニオンが、ラー神群を包囲殲滅しようと幾重にも陣を張る。更に宇佐八幡宮の方角から増援のエンジェルスが加わってくる。空も地上も、エンジェルスが発する光で白く輝き、染まっていった。
「――成功を信じ、私達は生き残りましょう」
イシスの言葉にセルケトとハトホルは頷き返す。そしてホルスが周囲の白さを塗り潰す様に、黄金の光を放つのだった。
宇佐市役所方面へとアルカンジェルやプリンシパリティが率いるエンジェルスの編隊が飛び立っていく。其れでも護りの層が薄くなったとは風守には思えない。パワーやヴァーチャーといった中間層は宇佐八幡宮から動かいていない。数は少なくなったが、護りの壁の密度はむしろ増したと考えた方が良さそうだ。後ろ髪の辺りがざわめくのを感じ、此れからの作戦行動の危険さに武者震いが止まらない。
「……其れでも、やるしかない」
震える足を叩くと、無理にでも唇の端を歪ませて笑みを形作る。西行寺が貸してくれたFN5.56mm機関銃MINIMIを構えた。
『――状況開始!』
「「「Go! Go! Go!」」」
西行寺の合図で、愛騎の偵察用オートバイ『ホンダXLR250R』――マルコキアスを駆って、風守が跳び出す。背には月子が同乗して幻惑を張るが、
「和也、御免。パワーの索敵に引っ掛かったわ」
「問題無い。想定の内だ」
パワーやヴァーチャーが風守の突撃を潰すべく殺到するが、ヴァーチャーの1羽が能力を行使する直前、大きく仰け反り、墜落した。潜んでいた狙撃手によるBUDDYでの援護を続ける。戦力を割いた天使が狙撃手にも迫り来るが、MINIMIに持ち替えると弾幕を張った。其れでも氣の防護壁を張ったパワーが5.56mmNATOを弾きながら突っ込んでくる。
其の鼻先に叩き付ける感じで、傍に隠れていた雪村が閃光発音筒を放り投げた。視界を潰しただけでなく、一瞬でも氣が乱れた処を、大太刀“月桂”で、パワーの鎧の様な外骨格を叩き割る。助走を付け、全身をバネにして体重を掛けて、敵を断ち切る。
「――かったーい!」
氣が乱れたとはいえパワーの防御は堅い。腕が痺れた感覚を受けるが、刃に毀れは無い。続く刃の軌跡がヴァーチャーの首を刈る。其の間にも狙撃手は弾幕を張り続けて援護射撃を続ける。
そして風守はマルコキアスを駆って、西大門への接近を試みていた。ピンを抜いて放り投げると空中で安全レバーが外れ、追いすがる天使共を巻き込みながら、Mk2破片手榴弾が爆発する。其れでも堅い外骨格と氣の防護膜でパワーに致命傷を与えるのは難しい。防御に甘いヴァーチャーも遠距離攻撃に変更し、各々の能力を駆使して炎や雷を撃ち放ってくる。風守自身の神掛かった危険感知だけでなく、月子が幻惑で狙いを逸らしてくれなければ、マルコキアスが全力で避け、巧みに掻い潜ってくれても、間違いなく致命傷を負っていただろう。
「軽傷で済んでいるのが嘘の様だ」
軽口を叩く事で、自分の中で芽生え、育ちつつある恐怖と悲嘆、そして絶望を飼い馴らす。戦場を掻き回しながら状況を再確認。パワーやヴァーチャーといった護衛兵は風守や雪村達を排除すべく迎撃に出ている。
(――熾天使は? 敵の最大戦力は何処だ?)
忙しく視線を周囲に送る。そして目標である西大門にイオエルが出て、西行寺と交戦しているのを確認した。国恵はケルビエルに邪魔されている。だが――
(儀式が中断していない?! しまった、燭台の灯を点そうとするのはラジエルか!)
最大戦力のイオエルが迎撃に回り、代わってラジエルが儀式の続きを引き継いで燭台の灯を点そうとする。イオエルを攻略優先し過ぎた。
「――そういえば前回の奇襲の時も、儀式を執り行っていたのは操氣系のラグエルだったな。イオエルじゃない。攻略対象の優先順位を読み間違えた!」
此の侭だとラジエルがフリーだ。戦いの中でも儀式は進んでおり、魔人でない風守にも威圧感が増していくのを覚えた。もうすぐ――燭台の灯が点る。天使共は益々力を増すのに対して、此方は動きが鈍化したり戦意が落ちたりと減退だ。また“天獄の扉”が開かれて無数の天使が顕現する。
「雪村、目標変更だ。ラジエルを――」
首筋を痛みが走る。マルコキアスの腹を足で叩くと同時に、横合いから人頭獣身のケルプが突っ込んできた。間一髪で獰猛な爪の一撃を躱したが、無理な機動制御で背中から月子が地面に転落した。だが妻を気遣う余裕は無い。続いてケルプの咥内から炎が吐き出され、風守の眼前に迫る。
――そして月子の悲鳴が戦場に響いた……。
……時は遡る。
風守が陽動の為に突撃を開始する前から、西行寺と国恵、そしてオシリスは慎重にかつ大胆に目標へと接近していた。オシリスが気配を隠し、アヌビスが鋭い嗅覚で斥候を務める。月子のステルス効果は無いが、代わりに、国恵はいつもの正統派魔女っ子スタイルでなく、戦闘迷彩だけでなく木々や草での擬装を施して警戒の目を誤魔化していた。
「残念ですが撮影用の服は目立ちますもの」
本当に無念そうに口を尖らす。とはいえパワーの〈探氣〉に引っ掛からず、また宇佐市役所方面の騒動と、続いての風守達の派手な突入で、上宮迄、辿り着く事に成功する……が、
「――っ!」
目標に接近する程に、西行寺を蝕む憑魔が悲鳴を上げる。狂乱する憑魔核が激しい動悸を打ち出す度に、激痛が走った。脂汗が滴り落ちる。其れでも鈍る心身に鞭打ちながら、西行寺は目標へと足を進める。そして西行寺だけでなく国恵やオシリスも息が詰まる程の威圧を受け始めていた。
「――飛んで火に入るナントヤラ……ですわ」
目標――イオエルの姿を確認し、滴り落ちる汗を拭いながら国恵が強がりを吐く。視界の先では、赤銅色の肌をした少年が上宮社殿を見詰めていた。
(――獲った!)
激痛を瞬時にして遮断し、全身をバネにすると西行寺と国恵が跳び掛かる。しかし国恵の跳び付き式アームロックは横から現れたケルビエルに邪魔された。
「ならば――マジカル・アウトブレイクですわ」
イオエルは西行寺に預けて、先にケルビエルを始末するだけ。剣を手にする方の腕関節を極めながら腐食の力を注ぎ込む。すると極めていたケルビエルの腕が抜け落ちた。国恵の力で腐り落ちたのではない。腐り落ちる前に、捨てたのだ。――理解するより早く国恵は、もう片方の腕を極めるべく体勢を動かした。だがケルビエルは国恵に腕を極められる前に、地面に落ちた剣を蹴り上げると、素早く掴んで能力を発動。噴き出た炎に、国恵は身を引いた。
「……忘れていましたわ。ケルビエルは炎の剣を手にする異形系でしたわね」
同じ異形系能力だが、決定打が呪言系の国恵よりも炎の剣を手にするケルビエルの方が有利だ。相性はよろしくない。
「……あなたの相手をしている暇はありませんのに」
歯噛みする国恵。視界の端で、イオエルに苦戦する西行寺を確認していた。
「――ぐぅっ」
突貫した西行寺だが、イオエルが振り返り様に凝視しただけで身体が硬直。其の一瞬を突いて灼熱の火線が腹部に叩き込まれた。オシリスの氣による防護膜と特製インターセプターボディアーマーが無ければ絶命していた程の威力に、身をよじる。気が狂いそうな激痛はオシリスの氣による防壁で緩和されている。
「2度目でありますからのぅ。早々に崩れませんぞ」
先程の火線で肺腑を焼かれたような、熱い息。イオエルを前にして憑魔核が悲鳴を上げると同時に、相反する戦いへの渇望が心身を侵していく。
「……死に損ないの身なれど、最期の時までお付き合い願うぞ」
西行寺の雄叫びに、だがイオエルは平静な表情のまま淡々と攻撃を繰り出してくる。火線に貫かれ、雷撃に打たれ、光波に薙ぎ倒される。更に圧倒的な波動に押し潰されて、西行寺の愛刀はイオエルへと届きもしない。最早、戦闘と呼べるものでもなかった。蟷螂が巨象に向かって斧を振りかざす様に等しい。オシリスの援護が無ければ何十回も死に絶えていた程の衝撃を西行寺は受け続けていた。
――其れでも、
「私には踏み込んで斬るしかありませんのじゃ」
不屈の笑みを浮かべて、イオエルに立ち向かう。燭台の灯を点す儀式は続いている。痛みや疲れだけでなく、影響を受けて身体の鈍化は増していく。其れでも西行寺は生命の火を焚き続けて、イオエルを睨んだ。そして最期の特攻をせんと意を決し掛けた、其の刹那に、頭を打つような声が響く。
「――西行寺准尉。ちょっとは女子に優しくして貰えません? こうなったら、お互い、拘りは捨てるべきですわよ」
イオエルとの間に転がり込んできた国恵がウィンク。次の瞬間、西行寺は振り上げ、そして叩き付ける刃の軌跡を、ケルビエルへと変えた!
月子の悲鳴を掻き消す、閃光と衝撃音。風守が隠し持っていた閃光発音筒がケルプの鼻先で破裂した。
「……雪村を見習って、正解だったぜ」
視界が晴れた時、風守は愛騎と共に、ケルプの頭上背面――宙を舞っていた。そして手には西行寺から借りたMINIMI。ケルプの後頭部に5.56mmNATOを全弾叩き込む。反動に任せて、捻りながら着地。そしてマルコキアスの前輪を浮かせて轢き逃げアタック。置き土産をケルプの口に残すのも忘れない。
「――美味しいパイナップルだ。たんと味わってくれ」
咥内に放り込まれた手榴弾が破裂すると、ケルプが白目を剥いた。だが風守は一息吐く間もなく、また抱き付こうとして来る月子からも身を避けると、
「……くそっ、間に合うか?」
眼を細めるとアクセルを吹かす。慌てて背にしがみ付く月子を乗せて、上宮へと疾駆した。
『――生きているか?! 上宮には雪村とオレも先行して向かっている。突撃した西行寺准尉達が苦戦しているらしいが……』
狙撃手からの通信を受けて、奥歯を噛み締めながら風守は速度を更に上げた。
異形系の身を活かして、イオエルの攻撃を相手にする。流石に火線の直撃を受ける訳にはいかないが。其れでも西行寺がケルビエルを斬り倒す時間を稼ぐつもりだった。
「王者の技であるサブミッションは後でたっぷりと味わわせてあげますわ」
負け惜しみで終わらない事を祈るばかりだが、幸いにして賭けに勝ったようだ。視界の端で西行寺がケルビエルの炎の剣を巧みに躱し、逆に愛刀で斬り伏せる様子を確認する。相性では対ケルビエル戦が西行寺に向いていたのだ。オシリスの援護を受けて、荒い息を整えながら西行寺が、対イオエル戦に復帰する。
「ありがとうございますわ」
「――老骨に無茶させますのぅ」
イオエルとの戦いの傷や疲れに加えて、ケルビエルとの戦いで西行寺の全身は最早動いているのが不思議に見えた。しかし儀式の影響を受けて鈍っているが、西行寺の動きは未だ戦場のソレだった。強化系とはいえ、何故、其の身体で動けるのか? 感心すると共に、気付いてしまった国恵は、老人の最期の奉公を何とか果たさせてあげようと思った。
オシリスも、そして駆け付けてきた雪村達も同様の気持ちだったのだろう。西行寺を戦闘の中心にして、イオエルを攻め立てていく。鋭く、重く、そして速く。西行寺の愛刀がイオエルに繰り出された。だがイオエルは氣で護り、硬くなった手刀で巧みに受け流す。
「――互角?!」
「いや、若干ですけれども、体術は西行寺准尉の方が勝っていますわ!」
悠久に等しい戦いの経験がイオエルにあろうとも、“此の世界”での“器”は未だ少年のモノ。身体に染み付いている経験は西行寺が勝る。其れでも未だ足りない。更にはラジエルの執り行っている儀式が進む毎に、此方の動きが鈍くなっていく。鈍くなった分を仲間で支援し合って、ようやく互角。
「――獲った! 関節技こそ、王者の技ですわ」
決死の思いで死角から跳び掛かると、国恵は柔軟な体躯でイオエルに絡み付く。だが、
「――熱っ!」
灼き焦がす熱波が放たれ、火傷を負った。不死身に近いといわれる異形系でも細胞組織が焼かれては、蘇生は出来ない。王者の技殺し。そして繋ぐ間が判らないぐらい流れる様に、光線の追撃。雪村が攻撃でイオエルの気を逸らさなければ、国恵を貫いていた。そして雷撃が荒れ狂う。爆風と衝撃波に、吹き飛ばされた西行寺達は地面や廃屋の壁、樹木等に叩き付けられる。口の中は血と泥で一杯だ。其れでも立ち上がる。何としてでも今倒さなければ、焦燥が募る。燭台の灯が点されるのは、もう間近だった――。
「――Sanctus, Sanctus, Sanctus Dominus, Deus Sabaoth. Pleni sunt caeli et terra gloria tua.」
儀式を執り行うラジエルの前、空間から虹色の光が湧き上がり、高く空へと噴き出される。
「――燭台の灯が、点っ……」
悲鳴と絶望の呻きが口から漏れ出ようとしていた。が、突如として茂みを割って出てきた物体が、ラジエルを跳ね飛ばそうと突撃。流石のラジエルも詠唱を止めて、氣の防護壁を慌てて張った。衝撃を緩和したが其れでも体勢は崩れる。
「計ったようなタイミングですわよ!」
「悪い。遅れた埋め合わせは、今、するっ!」
風守の合図に月子が無数の光弾をラジエルへと撃ち放つ。其の光に紛れて、人騎一体となった風守が再突撃。しかし今度はラジエルの放つ氣の反撃に圧し負けた。体勢を崩された車体は横に倒され、地面を滑る。だが地面を滑りながら風守はピンを抜いて放り投げた。空中で安全レバーが外れ、焼夷手榴弾はテルミット反応を起こす。ラジエルと周囲が高温に包まれた。身体に燃え移った炎を氣で吹き飛ばすラジエルだったが、続く光弾とMINIMIの連射に耐え切れず、遂に絶命。
「――好機!」
ラジエルの死に、刹那だがイオエルに隙が生じた。再び動きを止めるべく国恵が背後から跳び付き、左足でイオエルの右腕と右脚を固める。そして両手でイオエルの左腕を取って手前に引き付けた。極められたイオエルは灼熱で以て、国恵の身を焦がしていく。そんなイオエルへと狙撃手がMINIMIで5.56mmNATOを叩き込む。更には西行寺が愛刀を手に刺突した。
雪村が月桂で、国恵の炭化した手足を両断。
「レディの救出にしては美しくありませんわね」
「――あのまま抱き付いていたら全身火傷で焼失していたよ」
そして視線をイオエルと西行寺に向ける。灼熱の炎は呪言刀を溶かし、西行寺を燃え上がらせる。だが西行寺は力を緩める事無く、刃を押し込む。絶叫を上げながら刀に寄生している憑魔もまた主に殉じて、呪言能力でイオエルの身を蝕んでいった。
「――殺れっ! 私諸共にイオエルを倒すのじゃ!」
炭化していきながらも寄生した憑魔核の神経組織が西行寺の全身を覆う。燃やされながら、焦がされながらも、西行寺は死力をイオエルへと捻じ込んでいった。狙撃手が全弾を連射。国恵の火傷を癒していたオシリスも手を暫し止め、氣弾をイオエルへと叩き付ける。風守もBUDDYを構えて撃ち続け、月子が光弾を放つ。最後に雪村がMk2破片手榴弾を放り込んだ。
そして――炎は巻き上がって柱となり、イオエルと西行寺は影となって消える。不安定に揺らぎ、明滅していた虹色の光も、炎の柱に呑み込まれながら消えて行った。
……暫くの沈黙。強敵を倒した事に喜ぶべきなのに、風守達は何の感慨も浮かんでこなかった。最初に動いたのは周囲の残敵。敗残の天使が仇討ちとばかりに襲い掛かってくるが、風守達が反応するより早く、北から現れた光の波に圧し潰されていく。
「――ホルス!」
更には個人携帯通信機が、南からの救援の声を拾った。別府の有志が駐屯地堅守の絶対命令を破って、救援に駆け付けてくるという。救援の登場に、流石の天使の群れも霧散して逃げ去っていった。
「……其れでは私達も退散致します。私達が此の場に居たら、皆さんにも迷惑を掛けそうですから」
オシリスは頭を下げると、迎えに来たイシス達へと力なく笑った。
「東北や北陸だと、そう肩身は狭くないと思いますわよ。如何かしら?」
国恵の提案に、考えておきますとだけ返事をして、再び頭を下げ、そして背を向ける。……以後、風守達はラー神群と再会する事は無かった。
さておき、
「ヘブライ神群を追い払う事は出来たけれども、宇佐八幡宮をどうすればいいんだろう?」
雪村の言葉も尤もだ。イオエルを倒したものの、未だ天使が神州各地で飛び回っている事実は変わっていない。そして、また別の勢力が宇佐八幡宮を占拠しかねない。一同が頭を悩ませていると、
「――ようやく出番だな」
「……『落日』か」
風守と雪村が、声がした方へと振り向く。血と汗で汚れた男女2人―― 虎森・鐘起[とらもり・しょうき]陸士長と 虎森・鈴芽[とらもり・すずめ]一等陸士が手を振りながら歩み寄ってきた。そして大事そうに抱えてきた一振りの剣を差し出してくる。直刃の剣で、見るだけで何かを感じ取れた。
「――此れは?」
「……神剣『天叢雲之草薙(アメノムラクモノクサナギ)』。ようやく完全となった。宇佐八幡宮を抑えるには此れ位の代物でないとな」
そして値踏みする様に此方を眺めた後、雪村に手渡してきた。
「上宮の申殿に、奉納しろ。そうすればヘブライ神群への加護が失われ、また他の勢力が宇佐八幡宮を理由する事は出来なくなる」
「……でも、どうして僕が?」
「真に“意志あるモノ”、“認められる資格を持つモノ”だけが行えるんだ。……風守夫妻なら何となく解るだろう?」
告げられて、風守は“あの空間”の事を思い出す。虎森兄妹がやらないのは理解したが、
「――なら何で和也にやらせないの? 実際に猊下からも認められているのは、聡じゃなくて和也よ?」
月子の問いに、鐘起は頭を掻く。今まで黙っていた鈴芽が代わりに口を開いた。
「……風守二士、刀剣類の扱い、雪村二士より下手」
納得した。苦笑すると、風守は視線で雪村に合図を送る。首肯した雪村が上宮に入り――そして空気が塗り替わっていった……。
大善寺の敷地内に、西行寺は葬られた。焼失し、遺品と言えば借りていたMINIMIと、融け崩れた呪言刀の一部だけだが。其れでも墓を造り、念仏を唱える。
宇佐八幡宮を奪還した事で、神州各地の天使共の動きも鈍ってきていると報告が入っている。長兄として主神格であったイオエルが倒された事で『遊戯』における勝利は無くなった。
「だが――未だ山口や熊本に立っている“光の柱”は残ったままだ。ログジエルやフトリエルの抵抗も続いている」
風守が苦々しく呟いた。言葉を受け継いで、
「……他にも、魔群が大阪を制圧したままですわ」
国恵が横目で睨むと、月子は頬を膨らませて、
「もう私は関係無いわよ。和也一筋なんだから!」
「……はいはい。御馳走様」
雪村が笑って、良い具合に緊張感が薄れた。肩の力が抜ける。だが直ぐに次の戦場へと頭を悩ませる事になるだろう。
決意を新たにすると、各自は再会を約束して、西行寺の墓を後にするのだった……。
■作戦上の注意
当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
また過去作のノベルを参考にする場合、PCが当事者でない場合、然るべき理由が確認出来なければ、其の情報を用いたアクションの難易度は上がり、最悪、失敗どころか没になる事もあるので注意されたし。
全体的に死亡率が高く、下手な行動は「即死」と考えて欲しい。加えて、常に強制侵蝕が発生する事態を念頭に置かれよ。
基本的にPCのアクションは超法規的活動であり、組織的な支援は受けられない。