同人PBM『隔離戦区・人魔神裁』第3回 〜 神州西部


WJ3『 天と地とには、災いが来る 』

 神州結界維持部隊西部方面隊・総監部がある、熊本の健軍駐屯地。来熊した 田中・国恵(たなか・くにえ)二等陸士は、西部方面総監の 加藤・忠興[かとう・ただおき]陸将の歓迎を受けていた。
「……何だか7月に入ってからトップの方々と直接対面する機会が増えて、随分と偉くなった気がしますわ」
「大分の活躍は聞き及んでいるからな。貴官の働きは黙認されている」
 苦笑する加藤陸将。『黙示録の戦い』が超常体――神群と神群との争いに発展している現在、維持部隊には駐屯地堅守が絶対命令とされている。超常体の争いに介入する事は本来許されておらず、国恵達の行動は懲罰対象になり得るものだ。しかし実際は黙認されており、逆に間接的ながらも支援を受けられる。
「……まぁ直接的な支援が無いから孤軍奮闘しなくてはいけませんけれどもね」
 国恵は“光の柱”の立つ天草への潜入計画を図っていたが、同行を申し出る者は皆無だった。阿蘇に封じられていた 健磐龍[たけいわたつ]が解放されており、また駐日阿弗利加連合軍指揮官の アドゥロ・オンジ[―・―]少佐も維持部隊に協力的だが、其れでも余裕は無いらしい。天使共(ヘブライ神群)が宇佐八幡宮を占拠していた際、熊本では藤ア球場跡から多数のエンジェルが顕現し、健軍や北熊本の駐屯地が大わらわになったという。更に三角に張った防衛線を“ 神の杖フトリエル[――])”の別働隊が突破。幸い、駐屯地の防衛は崩壊しなかったが、かなりの被害が出ている。
「――貴官達の宇佐八幡宮の奪還を受けて、健磐龍が影響力を取戻し、エンジェルスは掃討、フトリエルの部隊も三角の向こう――大矢野迄退いたがな」
「其れでも天草五橋を渡って、上天草を抜けて、本渡に辿り着くのは困難を極めますわ」
 そしてフトリエルが居て“光の柱”が立っているのは天草下島の西側にある崎津天主堂だ。反乱鎮圧部隊が其処へ辿り着く迄に2ヶ月以上掛かっている。
「鎮圧部隊の進攻速度が2ヶ月以上というのは、大部隊規模で動いたからという理由もあるが。大部隊で動けば其れだけ進路も限られてくるし、また敵の抵抗も激しくなる。もしも少人数の精鋭ならば半月近くで潜入――そしてフトリエルに肉薄出来たかも知れないという話がある」
 ……今となっては負け犬に遠吠えだが、と自嘲する加藤陸将。フトリエルの能力や戦闘状況の報告に目を通していた国恵は美しい顔を厳しいモノにすると、
「空間操作系ベースに天使の能力、周囲には護衛部隊が山をなして。……序盤に空爆でもして倒してくれたら良かったのに」
「阿蘇や人吉、そして熊本中心部でも問題が生じていたからな。――今思うと、生じた事件が熊本だけで濃厚かつ多過ぎだ」
 ちなみにフトリエルは加えて地脈系能力も有するらしい。
「暗殺のプランを練るにも、敵情不明では話になりませんわね。やはり現地へと偵察に向かわないと」
 問題は、潜入ルートが限られているという事だ。船の類が使えない神州に於いて、天草への潜入ルートは三角から天草五橋を突破するしかない。本渡へと辿り着いたならば隠れ潜む処は増えるが、橋上だと発見されるのは必至。また天草に潜入出来ても、容易には撤退出来ない。また“神の代理(イオエル)”を倒した時も思い出すに、
「……フトリエルを倒し、“光の柱”を崩しても、天使の群れが全て消える訳でもないですわ」
 フトリエルや“光の柱”を倒しても、疲労困憊では国恵の死ぬ確率は極めて高い。天使共の残党は決して許さないだろう。宇佐の時はラー神群の助力や、別府駐屯地からの救援もあった。だが天草では救助を期待出来ない。健軍や北熊本の駐屯地からは遠く、また三角に設けられた警戒所の戦力では大矢野や天草上島の突破不可能だ。……異形系故に運良く核が細胞1つでも残れば、助かるかも知れないが。
「――決死の覚悟で臨まないといけませんわね」
 言葉を呑み込むと、国恵は唇を噛むのだった。

*        *        *

 トンネルを抜けて外に出ると、肌を刺激する痛みが一層増した気がした。身体が鉛にまとわりつかれたかのように鈍く、また負った荷物が重く圧し掛かってくる。呼吸するだけで脂汗が滲むようだった。
「……此れが、他者を――妖怪を認めない勢力の“空気”。樽前山でも違和感を覚えたけれども此れ程には酷くなかった気がするわ」
 迷彩柄を施した戦闘抗弾チョッキに身を包んだ、遠野・薫(とおの・かおる)二等陸士は荒い息を吐いた。踏み込んだ地は敵が蔓延る激戦区だ。薫の象徴たる黒白のゴスロリ風魔女っ子ボディアーマーは敵に発見される恐れが高く、不本意ながら着用は諦めた。
 薫が乗り込んだ山口は、天使共の影響力が強い地域だ。不思議な事に山口の何処からでも観測出来る“光の柱”――燭台の灯が点り“天獄の扉”が開いた事もあってか、天使共に敵する勢力は皆一様に悪影響を受けていた。超常体だけでなく人間も、力弱ければ悶死してしまうだろう。“天獄の扉”が開かれたのは山口市だが南西端の下関迄にも影響が及んでいる。北海道西部で薫の行動に支障が少なかったのは、札幌で封印から解放されていた 大物主[おおものぬし]の影響力と相殺していたからだろう。
 だが天神地祇が解放されていない山口は違う。空にはアルカンジェルに率いられたエンジェルスの編隊が哨戒し、またプリンシパリティを連れた完全侵蝕魔人が変じたパワーやヴァーチャーが要衝を押さえていた。
 特に、福岡に通じる関門橋の警戒は厳重だ。関門海峡を挟んだ福岡は、宗像三女神(多紀理毘売・狭依毘賣・多岐津比賣)が封印から解放されており、影響力が強い。また維持部隊員達も意気揚揚だ。宇佐八幡宮が占拠されていた頃は福岡へと天使共による侵攻も見られたが、イオエルが倒された現在は迎撃を受けて、山口に後退させられている。
 また下関に踏み込む前に薫が立ち寄った、門司城跡にある古城山無線中継所に駐留する門司側の関門橋守備隊からの話によると、広島との境には魔界七十二柱の王侯貴族が1柱、恐怖公 アスタロト[――]が率いる魔群(ヘブライ堕天使群)が布陣し、山口への再侵攻を目論んでいるらしい。まるで何かを待っているかの様だとは、広島に残存している維持部隊員からの報告だ。
『――山口の維持部隊員はどれだけ残っているの?』
 そう、尋ねた薫に、関門橋守備隊員は悲しげに首を横に振って答えた。山口の駐屯地に居た人間の多くは離反し、今や完全侵蝕魔人として“ 神の怒りログジエル[――])”に従属しているという。同じく与する駐日仏蘭西共和国軍も含めれば、天使共の中でも最大戦力を有している事になるだろう。
『……其の点が、完全侵蝕魔人よりも超常体が多いフトリエルの部隊と対照的ですわね』
 だが“天獄の扉”が7月下旬に開いた事で、ログジエルの部隊にも超常体が増加していくだろう。『遊戯』に敗北したとはいえ、天使共は戦いを放棄していない。
「――随分と諦めが悪い」
 薫は深い溜息を吐く。兎も角、山口にある駐屯地は信頼出来ない。一応、天使に抵抗している維持部隊もあるだろうが支援を期待するのは難しかった。ならば薫が天使に対抗する手段として考え付いたのは――
「……下関には住吉神社があるわ。重要な神社の一つなのだから、何処かの勢力が拠点にしている可能性を確認しなくては」
 独白すると身を隠しながら、薫は目的地へと急ぐのだった。

*        *        *

 神州が隔離され、そして『黙示録の戦い』が始まっても尚、四国は比較的平穏な時が流れていた。絶対堅守を命じられている駐屯地の範囲内だけでなく、四国全土で比較的平穏な状況のままだ。勿論、本州から避難してきた人員との間で生じる争議は増えており、警務科隊員が悲鳴を上げているが、其れでも超常体との戦いは皆無に近い。
 此れは四国で最も勢力のある超常体――アルケラ神群が『遊戯』に興味を示してない点もある。アルケラ神群をまとめる存在である虹色に鈍く光る銅のニシキヘビ、ユルング[――]は、空間を割って新たに超常体が増えないよう約束してくれていた。生態系を確立してしまった超常体が殖える事に関しては流石にどうとも出来ないようだが。其れでも恐慌や極度の緊張、或いは飢餓状態にでもなければ超常体が襲ってくる事は無い。基本的に維持部隊員と出遭ったら、超常体の方から逃げ出すのが常だ。
「或る意味、普通の野生動物と同じと言えるかなぁ」
 手続きが進む合間、四国の現状を耳にした 雪村・聡(ゆきむら・さとる)二等陸士は、そう感想を漏らした。『黙示録の戦い』が始まって以来、四国でも天使共や魔群の争いが目撃されるようになっているらしいが、奴等が積極的に人間を襲う事は滅多に無いらしい。人間を襲う事よりも、他神群を排除するのを優先しており、特に天使共と魔群は仇敵関係にあるから、其の傾向が顕著だ。
 また雪村が現在滞在している愛媛には、封印から解放された 石土毘古[いわつちびこ]が影響力を及ぼしている。其の為、宇佐八幡宮が解放された現時点で、愛媛は神州でも一二を争う安全領域と言えた。
 其の様な愛媛の松山駐屯地に雪村が訪れたのは理由がある。電波妖精を称する、非公認ラジオ番組のパーソナリティ、セスナ[――]についてだった。
 最近のセスナはオカシイ。否、オカシイのは前からというか、何時もの事だったが、最近は特に変だ。電波妖精がオカシイ、というのはリスナーなら誰でも気が付く事で、人と積極的に関わらず生きてきてラジオを情報源にすることの多かった人間にとっては殊更気になる処だ。そして――変というより、気持ち悪い。
(……まるで立花陸将の時と同じ様な気持ち悪さだ)
 西部方面隊第4師団長だった 立花・巌[たちばな・いわお]陸将は4月からの騒動の際に殺害されて、“ 這い寄る混沌ニャルラトホテプ[――])”の化身が1つである“黒の王(ブラック・ファラオ)”に成り代わられていた。
“黒の王”を倒し、続く“無貌の神獣(フェイスレス・スフィンクス)”を討ち果たしたのは、他ならぬ雪村自身だ。神州において最も“這い寄る混沌”に接した人物と言えよう。そして戦友の危険感知能力程でも無いが、セスナの件に関しては雪村も厭な気配を感じ取っていた。
「……やっぱりセスナに“這い寄る混沌”が魔の手を伸ばしていると考えてもオカシクナイよね」
 セスナが情報関係の重要な立場にいる事と、其の彼女が何処かオカシイ事とは、臆病過ぎるかも知れないが気になって仕方が無い。
 だが時間が無ければ情報も無い。そもそもセスナという女性についてラジオ番組以上の事は何も知らない。其処で戦友は東京の市ヶ谷駐屯地へと調査に赴いた。普通に接触出来れば其れが一番良いだろう。だが通信機器に介入してきた状況や普段の言動を見聞きするに、普通に会うのは難しい気がする。
 だから雪村は別方面のアプローチをする事にした。『落日』の記録や情報から、夢の世界にダイブという手段があると知った。眉唾物だが、実際にダイブしたという人物の証言記録もある。そして其れを行えるのが、ユルングの受容体にして蛇巫女たる 巳浜・由良[みはま・ゆら]海士長だ。雪村は由良に頼んで、夢を介してセスナに接触しようと考えたのだ。
 ――が、
「……お待たせしました、雪村二士」
 接見の手続きをしてくれていたWAC(Woman's Army Corps:女性陸上自衛官)が、しかし申し訳なさそうな顔をする。
「何度も書面を確認しましたが、巳浜由良という女性は松山駐屯地にいらっしゃいません」
「……え?」
「――え?」
 WACの言葉に、雪村は『落日』からもたらされた資料に視線を落とす。携帯情報端末に出力された記録に目を通して、
「えーと、巳浜海士長が保護されているのは……松山でなくて、善通寺駐屯地?」
「善通寺駐屯地は香川にありますが。此処、松山駐屯地は愛媛です」
「……え?」
「――え?」
 間の抜けた顔で見詰め合う、雪村とWAC。暫くの沈黙の後、雪村は席を立つ。そして頭を下げた。
「お手数をお掛けしました。――香川に行ってきます」
「……お、お気を付けて」
 敬礼を交わしてから、慌てて雪村は偵察用オートバイ『ホンダXLR250R』が停めてある駐機場へと駆け出すのだった。

*        *        *

 肌を刺激する疼痛に似た不快感が、薫の神経を苛立たせる。時折、上空を哨戒するエンジェルスの編隊もまた気に障る要因だった。
 山口の下関に在る、長門一宮住吉神社。其の歴史は古く、起源は神功皇后の時代に遡る。『日本書紀』に由れば、三韓征伐の際、新羅に向う神功皇后に住吉三神が其の渡海を守護。帰途、住吉三神が「我が荒魂を穴門の山田邑に祀れ」と神託があり、祠を建てたのを起源とする。創建の由緒から軍事と海上交通の神として厚い崇敬を受けた。大阪の住吉大社、博多の住吉神社と共に日本三大住吉の一社とされる。
 ……しかし神州が隔離されて現在、其の神威は窺い知れず、超常体との戦いで受けた傷跡が痛々しく残っているのみ。何よりも――
「……駄目ね。どの勢力であれ、此処を利用した形跡が見られないわ」
 下関は世界対応論において西班牙王国が相当する。駐日西班牙軍(駐日西軍)は確かに住吉神社に隣接する住吉公園及び一の宮小学校にキャンプを張っている。だが、住吉神社に対しての警備は、何処と無く疎かにしている様に覚えた。また『黙示録の戦い』で駐日西軍は、駐日仏軍と違って天使共に与していない。西班牙では国民の9割以上がカソリックらしく、個人的にログジエルの下に走った者はいるだろうが、軍全体としては中立だ。“天獄の扉”が開かれた現状、駐日西軍はキャンプ地に籠城し、エンジェルスの編隊が何事もせず通り過ぎ去ってくれるのを、身を縮ませて見送っていた。
「……だからこそ、私が住吉神社を調査しているのに気付いていても、見ない振りをしているのね」
 言い換えれば、下関の住吉神社には価値が無いという事だろうか。確かに祀られている住吉三神が実際に封じられているのは、大阪の住吉大社らしい。其れでも交神が出来ないか試したものの、彼方に微弱な存在しか感知出来なかった。まるで瀕死の抜け殻の様な印象に、薫の方が面食らったモノだ。――大阪で一体何が起きている?
 後に、薫は住吉三神のエナジーは、魔群にとっての“光の柱”――“地獄門”を開く為に利用されていたと耳にするのだが、其れはまた別の話。
 兎も角、住吉神社を幾ら探っても何の成果が得られなかった。山口に封じられている天神地祇は何処に? 念の為に赤間神宮や厳島神社にも探りに行ったが、結果は芳しくなかった。
 そして住吉神社をログジエル攻略の中継基地にするとして、天使共の拠点は山口市。直線距離にして約50kmだが、近いとは言い難い。また見ない振りを決め込んでいる様だが、隣の駐日西軍も正直、気に障る。
「――さて、どうしようかしら?」
 考え込む薫だったが、突然、衝撃が走った。否、衝撃というより波か? 何とも言えない浮遊感。眩暈を感じるが、先程迄、受けていた嫌悪感は薄れている事に気付いた。
「――天使共の影響が、消え……た?」
 新たな違和感は其れだ。慌てて彼方を見上げれば、山口の何処からでも観測出来た“天獄の扉”が崩れ、壊れ、倒れていのが目に取れた。虹色の破片を撒き散らしながら、消え行く“光の柱”。此れには駐日西軍の兵達も気付いたらしく、キャンプ地も騒ぎ始めていた。同時にエンジェルスの編隊が、空間爆発と共に出現した魔群の超常体からの襲撃を受け、彼方此方で交戦が開始される。
「……何が起こったの? 誰がやったの!?」
 普段の冷酷そうとも言われる雰囲気をかなぐり捨てて、薫は情報収集に努めようとする。
「大型の無線機――そうでなくとも携帯情報端末ぐらい持っておけば良かったわ」
 厳しい顔で文句を吐き捨てると、住吉神社の中継基地化を一旦放棄。門司へと後退し、関門橋守備隊に駆け込んだ。
 其処で得た情報は、まさしく山口の“天獄の扉”が消失し、そしてアスタロト率いる魔群が広島から再侵攻を開始したというモノだった。
「――山口刑務所跡が現在どうなっているのか、情報は未だ入ってきていない。山口の維持部隊のほぼ全てが天使共に与しているから、観測や偵察による情報収集が出来ていないんだ」
 開門橋守備隊の言葉に、薫は目を細くする。込み上げてきそうな苛立ちを冷たく抑え込むと、
「……そう。なら仕方ないわ」
 息を吐く。そして広げられた地図を指し示すと、
「兎に角、アスタロト率いる魔群は、ログジエル指揮下の天使共を殲滅すべく、総攻撃を掛ける――そう考えて良いのかも知れないわね」
 魔群の勢いに便乗してログジエルを討つか。或いはドサクサに紛れてアスタロトを倒すか。其れとも両者がぶつかり、傷付け合い、疲労困憊な処を狙って漁夫の利を得ようとするか。はたまた山口で行われる超常体同士の戦いに付き合うのは辞めて、別の戦域に向かうか――。
 薫は下唇を噛みながら作戦を練るのだった。

*        *        *

 香川の善通寺駐屯地は、四国地区の防衛警備を担任する第2混成団※註1の司令部及び其の主力部隊である第15普通科連隊が置かれている。そしてアルケラ神群をまとめるユルングの巫女――ドリームシャーマンの由良は、善通寺の施設に保護の名目で監視下に置かれていた。
 愛媛から愛車で移動してきた雪村は接見を申し込むと、暫くして警務科隊員の案内を受ける。通された部屋では、マンボウのヌイグルミを抱える美しく長い黒髪の少女――由良が手を振って出迎えてくれた。
 徳島にある旧小松島海上保安部――現SBU(Special Boarding Unit:特別警備隊)徳島分隊基地奪還の中で保護された由良はドリームシャーマンとして重要人物であり、監視対象だ。しかし由良本人は入たって暢気に過ごしている。
 ちなみにSBUは2004年に江田島に密かに発足された、旧海上自衛隊由来の特殊部隊だ。旧海上保安庁の勢力を吸収し、沿岸部における特殊超常体殲滅活動に従事している。船舶や舟艇が著しく制限されている神州においてSBUは数少ない操船技術や水中作戦の専門家達であった。SBUはその後、神州各地に密かに分遣隊を設立しており、四国には高松・徳島・高知・宇和島の計4つが置かれている。
 ――閑話休題。
 さておき雪村が口を開く前に、由良は欠伸を噛み殺しながら微笑む。そして、
「よーやく、出番だよ〜。第1回からノベルに登場しているのに〜今迄、誰にも相手されなかったから〜此のまま終わるんじゃないかと心配していたの〜。選択肢を間違えたとはいえ〜聡ちゃんが一番乗りだよ〜。おめでと〜♪」
「……え、えーっと? 第1回とか、ノベルって?」
 突然の珍妙な発言に、面食らう雪村。監視と護衛を兼ねた衛生科の二等陸尉(女性)が諦観の表情で首を横に振るう。
「……メタっぽい台詞は何時もの事だ。気にしたら負けだぞ」
「気にするなって言われても……」
「兎に角、夢渡る巫女の神託だと思って発言の意味を探るのは重要だが……理解しようとすると壊れる」
 女医の忠告に、雪村は乾いた笑い。悪口を言われていると思ったのか、由良は頬を膨らませていたが、
「――さておき〜結論から言っちゃうと〜夢の世界から渡ってセスナちゃんのいる『さいばぁすぺぇす』に乗り込む事が出来るよ〜」
「僕は未だ何にも喋っていないのに……」
 此れが由良の力の一端なのか。全ての事象を夢見る巫女は確かに重要かつ危険人物だ。ヒトの心の奥底だろうが泳ぎ、そして見抜いてしまう。だが雪村は目の前で明かされた能力を受け入れると、
「サイバースペース? セスナの心というか夢はそんな風に呼ばれているの?」
 気になった言葉。確認の為に問い質すと、由良は微笑みながら答える。
「――セスナちゃんは、ヒトであって人で無いの〜。詳しい事は東京でサイコちゃんが説明してくれているから〜ノベルが公開されたら必ず見てってね〜。簡単に言うと、でんしじょーほーせーめーたい。なのでセスナちゃんは何処にも居て、何処にも居ないの〜。居るとしたら〜其処は『さいばぁすぺぇす』と呼ばれる空間ね〜」
 そして由良自身、よく解っていないが、夢から『さいばぁすぺぇす』――つまり電脳空間に渡る事が出来るという。人の生理機能も、脳からの神経を通じての電気信号で起きているに過ぎないからだという。ならば夢もまた電子情報の羅列に過ぎない。脳波を通して電波へと渡る。セスナの居る空間に辿り着く手段だ。他にも在るかも知れないが、一番、楽な方法は此れだろうと、由良は説明した。
「但しセスナちゃんは〜現在〜囚われの身なの〜。“這い寄る混沌”に幽閉されているのよ〜」
 ――雪村は、いきなり正解に辿り着いた。辿り着いてしまった。セスナの現状と、敵の正体が判った。由良を訪ねようと思ったのは、実は単なる勘だった。だが、彼女は正解を用意して待っていた――。
「其の“這い寄る混沌”は……今迄、戦ってきたり、各地で報告されたりしている、化身?」
 這い回る悪寒と、込み上げる吐き気。何とか言葉にすると、由良は笑顔を見せた。だが其れ迄に見せてきた暢気なモノとは違う。まるで悪意が憑いたような怖気が走る、混沌。口にするのも憚れるモノ。名状し難きナニカ。ソレが、由良の笑みに浮かんで見えた。
 ――嗚呼。ヤツは其処に居る。“這い寄る混沌”の本体、元凶、真の核。ソレが電波妖精の姿を捉えて、神州全土を侵している。混沌は、何処にも居らず、そして何処にでも居る――。
 ……だが、ようやく見付けた!
 感化されたのか、知らず、雪村も嗤っていた……。
 ――傍らで見守っていた女医や警務科隊員が何事か叫んでいるようだが、雪村と由良の世界の外だ。気にする事は無い。
「……ダイブは可能?」
 だが由良は暢気な空気を引き戻すと、微笑んだ。
「今回は駄目〜。流石に選択肢を間違えたからね〜ドリームダイブは却下だよ〜」
「……ああ、うん。仕方ないね。行動が没とか失敗扱いにされず、其れ処か、此れ程にも多くの情報を掴めたから、今回は引き下がるよ」
 2人が引き戻した暢気な遣り取り。気が付けば周囲の人が銃を構えながらも、腰を抜かしている様だが、……何か有ったのだろうか? 雪村と由良は顔を見合わせると、揃って首を傾げる。
「え〜とね。とりあえず第4回から専用の選択肢でダイブ出来るようになるけど〜、注意を幾つか上げていくね〜。夢や『さいばぁすぺぇす』では、心豊かなものほど強く、貧しきものはそれなりに。物理的な、肉体的なモノに依存する武器や能力は無意味だよ〜。あ、技術や経験、其れに知識は有効だけど、どこまで通用するかは臨機応変。そして防御相性は、性格タイプの属性となるから、気を付けてね〜」
 其処迄言ってから由良は雪村に急接近。鼻と鼻がぶつかりあう程、顔を近付けると、目を合わせながら、
「――聡ちゃんの心は“空白”だからね〜。夢や『さいばぁすぺぇす』の中では周りの影響をマトモに受けてしまって〜自我を失くし易いから〜ほんと〜に気を付けて〜。聡ちゃんの心の空白は“這い寄る混沌”にとって付け入り易いよ〜」
 だからこそ逆に利用する方法もあると由良は助言してくれた。其れでも注意しておかなければならない。
「其れと〜もう1つだけ〜」
「……未だ何か?」
 顔を引き離した由良に、雪村は複雑な表情のまま問い質す。由良はヌイグルミを抱きしめ直すと、
「“這い寄る混沌”への奇襲が成功するのは〜最初のダイブだけ〜。其の後のダイブは〜徹底的に〜あらゆる手段を講じて〜迎撃してくるから〜気を付けて〜。或る意味〜今回の選択肢は〜間違えて幸運だったかも〜」
 言われた中身を理解して、雪村は冷や汗を掻く。確かに“這い寄る混沌”を倒す手段を用意していない。知らなかったとはいえ、先走ってダイブしていたら、“這い寄る混沌”へと奇襲する機会が失われてしまう処だった。
「――つかぬ事を聞くけど、“這い寄る混沌”の本体を倒す手段に心覚えは?」
 駄目で元々の質問。雪村の言葉に、由良は暫く沈黙。部屋の彼方此方へと視線を泳がせてから、
「……無いよ〜。在るかも知れないけれども口に出来ないの〜」
 どういう事だ? 訝しむ雪村に、由良は舌を出して笑う。とても魅力的な仕草だった。内容は別として。
「……特別サービスね〜。マスターが本筋で用意していた『れぇばぁていん』は『しんじんぶぶ』での結果により顕現しなくなったの〜。また『じゅりんしんか』の隠しシナリオで用意していた〜封印されし『ひのやぎはやお』の解放も〜また逃してしまったね〜。他にも倒す手段は一応あるかもしれないけれども〜、マスターからソレを提示する気は無いらしいの〜。あとは皆が『此れなら倒せる』として用意したモノが〜“這い寄る混沌”へと実際に試してみた時に〜、効果が有るかどうかを判定するだけ〜」
 ……なおソレが有効で、しかも奇襲にも成功したら、本当に一瞬で“這い寄る混沌”の本体を倒せるらしい。

*        *        *

 橋上を駆け抜けるのは誰が見ても無謀極まりない。天草への到達は不可能と思われたが、国恵は自らの能力――異形系を駆使する事で天使共の警戒網を掻い潜る事に成功した。橋桁に張り付く様にして、慎重に天草五橋を渡る。アルカンジェルやパワーの〈探氣〉が厄介であったが、隙間に隠れ潜み、戦闘をなるべく避けて追及の目を遣り過ごした。
「……きつい行軍ですわ」
 格闘技術に長けていた事もあり、鍛えた身体能力もあってこその天草五橋突破だった。其れでも大矢野島、天草上島に辿り着く度に、大休止を入れて体力回復に努める。携帯糧食は充分に用意しているが、現地で採取や狩猟する事で、なるべく消費を抑えた。
「まぁ異形系ですから、人間には毒成分が高いモノも消化出来るんですけれどもね」
 我知らず独り言が増えてきたのは、寂しさを紛らわせる為か。其の内、独り言を発するのにも億劫になり、無口キャラになってしまったら問題だなと苦笑した。早く無愛想な迷彩柄の戦闘服を脱ぎ捨てて、愛着がわいてきた魔女っ子風のドレス姿に戻りたいものだとしみじみ思う。
 ……国恵が某ステルス・アクション・ゲームばりに天使共の目を掻い潜って路無き道を往き、河浦の崎津天主堂を視界に収めたのは8月も中旬に入る頃だった。戦闘は可能な限り避けてきたつもりだが、〈探氣〉で警戒を続けるアルカンジェルやパワーの存在に、足止めされる事もしばしばある。天草下島に辿り着いてから能力はむしろ抑えて身体だけを酷使した。ようやく目的地を見据えた国恵は、逸る心を抑え、小休止も兼ねての遠方からの敵陣観測に務める。
(――パワー4に、ヴァーチャー3。ヴァーチャーは五大系が多いから相生相剋を見極めるのが面倒ですわね。プリンシパリティは6羽。アルカンジェルが率いるエンジェルスの編隊は数えるのも莫迦らしいですわ)
 崎津天主堂から空へと伸びる“光の柱”――燭台の灯。“天獄の扉”が開かれている事で、低位超常体は観測している間にも憎たらしい程に現出し、増え続けている。其れでも、
(……現出する量とテンポの速さから試算したモノより、天使共の数が少ない?)
 不思議に思ったが、直ぐに謎は解けた。現出した天使共は編隊を組むと、北方――長崎へと向かって飛び立っていったからだ。
 国恵は記録や経験からフトリエルの動きを読み取っていく。
 ……阿蘇の健磐龍の影響もあって、三角以東の攻略より先にフトリエルは長崎へと侵攻。陸路に限らず、空路を利用出来るのは、天使が飛行出来る超常体としての強みだ。そして7月半ばに佐賀で七十二柱の魔界王貴族が不死侯フォエニックスを撃墜している。フォエニックスとの戦いは相生相剋の関係よりフトリエルが優勢だったらしいが、其れでも天使共の損害は軽微でなかったようだ。7月下旬、フトリエルに大きな動きが無かったのは、フォエニックスとの戦いで被った傷の治癒と部隊の再編制も兼ねて、天草に戻っていたからだというのが推論だった。福岡への侵攻や、健磐龍を再封印する事で熊本の完全制圧を狙うといった作戦の前準備を行っていたのだろう。
(……宇佐八幡宮で“天獄の扉”が開くのも待っていたのかも知れませんわね)
 だが国恵自身も加わったイオエル撃破戦と宇佐八幡宮の解放により、フトリエルだけでなく天使共の行動は大きく制限を受ける事になった。健磐龍や宗像三女神の影響力が無視出来なくなり版図の拡充は難しい。
(――そもそもイオエル撃破によって、天使勢は『遊戯』の敗北が確定。ならば侵攻によって版図を徒に拡充するよりも、現時点での支配している地を防衛する事に固執している……といった処かしら?)
 フトリエルだけでなく、山口のログジエルも同じ状況だろうか? アチラはアスタロトが率いる魔群に攻め立てられているという問題もあるが。
(……何にしても大変ですわよね)
 山口に向かった僚友の事を、国恵は思い浮かべる。無事だといいのだけれども……。
(――と思いを馳せている時ではありませんでしたわ。先ずは私自身の事に集中せねば)
 気を引き締め直すと、国恵は観察を再開する。長崎に派兵しているのだろうか、報告書にあったフトリエルの側近たる熾天使の姿は見受けられない。宇佐八幡宮の時の様に建物――崎津天主堂の中に居るかも知れないが。そして崎津天主堂の正面を護る人面獣身の高位上級天使の姿を確認して、眉を顰める。
(――ケルプ)
 一個小隊から中隊規模を壊滅させるだけの脅威を持つケルプの姿に、だが国恵は飽いた様な表情を浮かべた。宇佐八幡宮で結構な数を葬った様な……。脅威なのに、そうでない不思議な感覚。とはいえ油断は禁物。
(……接近してしまえば問題無いですけれども)
 逆に言えば接近迄が難関と言える。時折発せられるパワーの〈探氣〉に、国恵単独では察知されるのは必須。道中は何とか誤魔化せてきたが、流石に近侍のパワーは見逃してくれないだろう。
(――どうやって接近するかが課題ですわね)
 崎津天主堂の位置取りを確認し直す。崎津天主堂は「海の天主堂」の異名を持つ通り、羊角湾を臨む漁村の民家が密集する中に在る。異形系の能力を駆使して海中から接近し、排水口から侵入。パワーの〈探氣〉により位置を察知されても、一気に堂内に侵入し、フトリエルを討つ事は出来るだろう。
(……可能ならば指揮官級の撃破といきたかったのですが、強行するのも考えさせられますわね)
 また、国恵の方か進入するのでなく、パワーの〈探氣〉を逆手にとって敵主力を誘き寄せる方法も考えられる。其の場合は充分に罠を仕掛けておく必要があるだろう。
「さて――どうしようかしら?」
 久し振りに言葉を口にした気がする。やはり単独行動が過ぎると、お喋り自体が億劫になってくるものだと、国恵は反省した。

 


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 また過去作のノベルを参考にする場合、PCが当事者でない場合、然るべき理由が確認出来なければ、其の情報を用いたアクションの難易度は上がり、最悪、失敗どころか没になる事もあるので注意されたし。
 全体的に死亡率が高く、下手な行動は「即死」と思って欲しい。加えて、常に強制侵蝕が発生する事態を考慮せよ。
 基本的にPCのアクションは超法規的活動であり、組織的な支援は受けられない。

 巳浜由良の力を媒介にドリームダイブし、電脳空間へと挑む場合は、専用の選択肢「 Ja-49)ドリームダイブ 」を。ダイブ後の注意点は由良の台詞にある。
 なお由良自身がどう動くかは掛けられたアクションによって左右される。由良自身は、香川の善通寺駐屯地から別の駐屯地へと、自分の意思で動こうとはしない。自身が持つ重要性の認識や危機感は無いに等しい。
 ダイブをせずに由良と関わる場合は「 Ja-38)香川にて行動 」を選ぶ事。由良を連れ回して別の駐屯地へ避難しようとする場合も、選択肢は同じである(※移動先の選択肢では無い事に注意)。

※註1)第2混成団……現実世界では2006年3月に第14旅団へと改編された。神州世界でも規模や構成は改編されたが、名称は1999年に超常体が出現、そして神州隔離政策が始まった時のままである。

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