備え有れば憂い無し――。其れでも 田中・国恵(たなか・くにえ)二等陸士は溜息を吐いた。
「……フトリエルを倒し、専門的な知識や経験も乏しいのに爆弾1つで破壊工作。そして混乱中に探知範囲外へと離脱。――どれか1つ失敗しても終わり。難易度が高過ぎません?」
独りごちりながらも、改めて状況を確認した。
天使共(ヘブライ神群)は、主神格である長兄“神の代理(イオエル)”を倒されても未だ“光の柱”――“天獄の扉”の下で影響力を行使していた。現時点で残る“天獄の扉”は2つ。其の内、1つは国恵の視界に在る。熊本の天草、崎津天主堂。
崎津天主堂は「海の天主堂」の異名を持つ通り、羊角湾を臨む漁村の民家が密集する中に在る。周辺をプリンシパリティやアルカンジェルが率いるエンジェルスの編隊や、元完全侵蝕魔人だったパワーに、ヴァーチャーといった天使が警戒網を造り上げている。そして崎津天主堂の正面を護るのは、人面獣身の高位上級のケルプ。
「……正面からの強襲は無謀を通り越して、絶望ですわね」
だが討ち倒すべき“ 神の杖( フトリエル[――])”は崎津天主堂の中に居るのは間違いない。側近の熾天使の姿が見えない今が好機である。
国恵はパワーの〈探氣〉に捉えられるのを覚悟して、自らの身を流動体に変ずる。
「……余り美しくありませんわね」
イメージとしては西洋画における半透明にして液体のような精霊――ウンディーネみたいなものを浮かべるが、人によってはスライムと看做されるのではないかと思うと物哀しい。
「折角の健康美が台無しですわよ、本当に」
溜息を漏らすが、天草五橋そして天草上島と下島の山道を、哨戒の目から逃れながら単身進入してきたのだ。既に面白味の無い戦闘迷彩2型は、汗と泥で汚れきっている。今更、見た目に拘る必要があるのか?
「――当然ですわ。何故なら私、東北ではちょっとしたアイドルですもの」
其れにアイドル抜きにしても、女として身繕いを気にするのは何の問題が在ろうか? 否、無い。
兎も角、定期的に発せられる〈探氣〉の間隔を縫って異形系の能力を駆使すると、国恵は海中から接近し、排水口から侵入。一気に堂内に侵入し、目標を探索。果たして“天獄の扉”の虹色の光が沸き立つ、聖堂内の中心部に目標を見出した。
超常体と雖も、基本的に生物である。生理的欲求に苛まれ、身体は疲労し、滋養を求める。其れは最高位最上級の超常体とされる、懲罰の七天使が1柱のフトリエルも同様だ。佐賀上空で生じた不死侯フォエニックスとの戦闘で負った傷も回復しているとはいえ、イオエルが倒れ、また各地の兄弟姉妹も討たれていっている。気苦労は大変なモノだろう。そして多くの弟妹に護られているとはいえ、“天獄の扉”を維持するのに自身も警戒は怠れない。
――フトリエルは背もたれに深く身を預けて、眠りに付いていた。寝息は規則正しい。フトリエルの身の回りを世話や、直接の護衛を務めるヴァーチャーの姿もあったが、未だ国恵の潜入に気付いた様子は無い。フトリエルへと静かに接近すると――瞬時に姿を顕し、敵の首を極める! 其の侭、頸骨を砕くかの様に締め上げ、そして折ろうと力を入れる。
――関節技こそ王者の技ですわ! 関節さえあれば神すら圧し折って見せましょう。
だが極め切る刹那、国恵の腕が吹き飛んだ。吹き飛ぶというのは精確な表現ではない。フトリエルから発せられた震動の衝撃を受けて、分子結合が粉砕し、霧散化したのだ。
「そういえば地脈系でもありましたわね」
僅かでも絞められたフトリエルが、国恵を振り解いて息を吸う。呼気を吐き出して落ち着きを取り戻した頃には、国恵もまた損失した部位を再生し終えていた。其のままフトリエルとの肉弾戦を続行。地脈系の攻撃もまた近接戦闘向きである。異形系の能力も駆使した国恵の体術も、フトリエルは地脈系の能力を併用しながら捌いていく。分子結合を瓦解させる能力は、異形系の国恵と雖も安心出来ない。下手をすれば重要箇所が損なわれる怖れもある。異形系と雖も、核に直撃されれば御仕舞だ。だが現在の間合いを離す訳にもいかない。護衛のヴァーチャーの包囲網は完成している。だがフトリエルを巻き込む恐れがある為に、攻撃を手控えしている様だ。其れに――
「私が近接戦で後れを取る訳にはいきませんもの!」
間断無く攻める。打つ、叩く、払う、掴む、弾く、逸らす、捌く、描く、突く、切る、殴る、蹴る、当たる、外す、受ける、抉る……異形系も駆使しての変幻自在の体術は、だがフトリエルの地脈系による震動波で致命傷を与えられていない。国恵自身もフトリエルの攻撃を受けて傷を負ったり、部位を損失したりしても異形系の再生力で痕を残さない。しかし再生力にもエナジーを消耗する。いずれ再生力に費やすエナジーが尽きれば、終わりだ。
(……ならば!)
国恵は覚悟を決めると、腕を掴み、絡ませて極める。当然ながらフトリエルも震動波で、国恵を粉砕しようとするが、
「――ッ!」
震動波で国恵を弾き飛ばしたフトリエルが苦々しい表情を浮かべた。極められた腕が老化し、また腐れ落ちる。国恵もまた今迄以上の損失を得たが、
「奥義――魔術的感染(マジカル・アウトブレイク)ですわよ」
部位の再生への消耗が激しい。だが攻撃其の物は異形系を駆使するのでなく、呪言系に転換。震動波で弾き飛ばされる刹那に、呪詛を叩き込む。後は、フトリエルとの根競べだった。
……消耗が激しいとはいえ異形系という再生力を有する国恵。攻撃力は高くとも、呪言系への対策が間に合わないフトリエル。極至近距離での肉弾戦を制したのは国恵だった。跳び込んで、首に手を掛け、床へと叩き付ける。同時に頸椎を極めて砕き折った。驚愕、だが次第に納得したかの様な、満足した様な、笑みを浮かべてフトリエルは絶命する。感染が身を侵蝕し、肉は腐れ落ちた。身を包んでいるボディアーマーに寄生している憑魔が周囲の気を吸収し、主である国恵の活力に転換してくれているが、
「……後は“天獄の扉”を破壊出来れば上出来ですわね。正直、欠損を再生する程の余力はありませんわ」
国恵は荒い息を吐きながら周囲を見渡す。フトリエルの仇を討たんと天使共が殺到してくる。五大系の様々な能力が荒れ狂い、氣弾や光の矢が国恵の身体を貫く。そして突進してきたケルプに圧し潰された。
「――生憎と。私を倒すには力が及びません事よ!」
しかし国恵は不敵な笑いを浮かべると、仕掛けていた罠を起動。国恵が発した信号を受けた装置は点火。そして崎津天主堂が爆発した――。
爆発を受けて、仇討ちに殺到していた天使共が吹き飛ばされるだけでなく、其の余波で“天獄の扉”が崩れ落ちる。周囲を爆風の衝撃波と、炎が埋め尽くしていくのだった……。
山口刑務所跡地に在った“天獄の扉”が消失して以来、各地で天使共と与する完全侵蝕魔人の軍勢は、広島から押し寄せてくる魔群(ヘブライ堕天使群)の襲撃の対応に追われている様だった。
上空をアルカンジェルやプリンシパリティが指揮するエンジェルスの編隊が飛び交い、大地には補修のなされたバリケードに設置した89式5.56mm小銃 BUDDYや5.56mm機関銃MINIMIを構えた完全侵蝕魔人が、押し寄せてくる魔群の波を受け止める。
「――魔群の主力は長門峡の防衛線を突破。ドラゴンやビーストデモンを複数体、確認」
山中の木陰に身を潜めた 遠野・薫(とおの・かおる)二等陸士は携帯情報端末を操作しながら、観測記録をまとめていく。“天獄の扉”が消失した原因は未だ不明のままだが、絶好の機会を逃さずに広島から越境して再襲撃を掛けた事から、魔群が破壊工作を行ったのは間違いないだろう。
御蔭で、先日に来訪した時に受けた天使共の威圧は感じられなくなっており、身体も精神も軽快だ。
「……とはいえ本当に情報が足りないわね」
情報だけでなく補給するのも不便だ。山口に在る駐屯地の神州結界維持部隊員の多くが天使共に与しており、駐日仏蘭西共和国軍もまた同調している。秋吉台に駐屯している分遣隊は中立だが、秋芳洞奥底に封じた時空の歪み――“奈落(タルタロス)”の警戒監視に努めており、どの勢力にも協力する様子は無い。兎も角、薫が孤軍奮闘するしかあるまい。
「……敵の敵は味方。と言うには交渉ルートも時間もないわ。独自に行動するしか無いわね」
解り切った事でも、口に出してしまうと、多少は憂鬱になる。大きく溜め息を吐き、其れでも薫は得物を肩に負うと、絶好の狙撃地点を探す為に移動を再開した。慎重に、かつ大胆に。
「“天獄の扉”が破壊された事で、恐ろしく優勢になったのは魔群。特に恐怖公アスタロトは格別の攻撃力を持ち、天使共を蹂躙しているわ。処罰の七天使の1柱であるにしてログジエルとも互角以上に渡り合っている……」
だから必要に応じて行動を修正し、確実な撃破を目指す。
「予想される魔群側の全力攻撃に対応し――」
最適な瞬間を見出して、横から殴り付ける!
能力を駆使して気配を隠すと、戦闘迷彩も相俟って薫の姿は山間に消えて行った……。
西部方面総監部のある健軍駐屯地に隣接している、旧陸上自衛隊熊本地区病院。其の一室の扉がノックされる。衛生科隊員が代わりに応えると、西部方面総監の 加藤・忠興[かとう・ただおき]陸将が警衛を連れて入室してきた。衛生科隊員の敬礼に返してから、加藤陸将は病室の主へと口を開いた。
「生還おめでとう。任務、御苦労だった」
「ありがとうございます。何とか生き残りましたわ。……尤も此れだけ活躍しても、撮影していないので放映は出来ませんわね」
点滴に繋がれて、国恵が疲れた表情のまま答えた。四肢は未だ完全には復元し終えてないものの、昨晩から声帯が回復し、また意識も明確になってきている。
「異形系の半不老不死性は本当に恐れ入るな」
崎津天主堂の大爆発――“天獄の扉”の消失を確認し、北熊本駐屯地の第8普通科連隊の救援を得て、三角の防衛部隊が天草五橋へと進攻を開始。“天獄の扉”の消失により、天使共の影響が無くなった領域を、健磐龍[たけいわたつ]の支配力が塗り替えていった。
健磐龍の加護を受けながら、第8普通科連隊は大矢野島、そして天草上島の天使残党を掃討。天草瀬戸大橋に到着した時、斥候が襤褸雑巾状態になっている国恵を発見――回収して保護すると、後送して病院に放り込んだ。8月の下旬に入った頃に、ようやく肉体の見た目が人の形に成り、そして意識が戻ったのだ。
「……爆発の衝撃で意識を失った私ですけれども、どうやら無我夢中、本能で海中に逃げ込んだようですわね。後は無意識に近い状態ながらも予定通りに海底を這って脱出……。本当に自分の事ながらよく生還出来ました事」
フトリエルを倒した時点で、国恵の身体や精神は疲労困憊だった。逃げ遅れて、細胞核も爆炎に焼き尽くされてもオカシクなかった。今生き残っているのは、念入りに計画し、脳に逃走路を刻み込んでいた御蔭だ。
「しかし持ち込んで仕掛けていた爆薬の量的に考えて、アレ程の威力は無い筈ですのに」
結果的に、仇討ちに押し寄せてくる天使を排除して逃走経路の確保をするだけでなく“天獄の扉”の破壊も達成出来た。しかし少しばかり腑に落ちない。
「天使共の掃討が進み、現場に到着して検証出来る様になるのは当面先だが、仮説は幾つか挙げられるな」
「――例えば?」
国恵の視線に頷き、加藤陸将は頭を掻くと、
「自身が負けた時に、敵を巻き添えにする為にフトリエル――否、松塚朱鷺子が用意していたとか」
何にしても朱鷺子が何を考えていたのか答えられる者はもう居ない。
「……兎も角、残る天使共も、行方の知れぬ側近級や残兵を除けば、大物は山口のログジエルだけですわね。出向した薫は任務を果たせたのかしら?」
国恵の何気ない呟きに、だが加藤陸将は沈痛な表情となった。ただならぬものを感じ取って、
「まさか、任務失敗しましたの?」
「――ログジエルとアスタロトの姿が消失したという報告は来た。だが遠野二士もまた……行方不明のままらしい」
どういう事だという問い詰めに、加藤陸将は言葉を選びながら、
「現在、遠野二士は行方不明だ。そもそも山口にある駐屯地の多くは天使共に与しているから、詳細は判っていないのだ」
――日時は遡る。
天からはエンジェルスが光の矢衾を降り注ぎ、地からは天使側の完全侵蝕魔人が弾幕を張り続ける。対する魔群もまた激しい応酬を繰り出した。ファイアードレイクが焔の舌で装甲車を舐め回し、ビーストデモンの咆哮が衝撃波となって敵陣を貫く。
「……やはり数は“ 唯一絶対主 ”を僭称する彼奴を盲信する愚者の方が多いか」
ワイアームを駆りながら、黒いナチス武装親衛隊風軍服を纏った男装の麗人が忌々しげに俯瞰する。七十二柱の魔界王侯貴族が29位にして、“七つの大罪”を掌りし大魔王に限りなく近い実力の持ち主たる恐怖公 アスタロト[――]。当然ながら天使共や完全侵蝕魔人からの攻撃が殺到するモノの、歓びとばかりに騎乗しているワイアームが盾となって主の代わりに受け止め、直撃を許さない。
数の優位で以て天使共は魔群の勢いを圧し殺そうとしているが、其れでも、
「――ならば一騎当千と参ろうか!」
アスタロトが舌舐めずりして軍刀を振るい縦横無尽に戦場を駆けると、天使共の防衛網が破綻して崩れ落ちる。数羽のパワーが突進するが、アスタロトの軍刀は甲冑にも似た外骨格を易々と貫き、そして断ち切る。アスタロトの暴威は血に飢えた魔群を勢い付かせた。隠れ潜んでいたアスタロト側に付いている魔人兵が能力を発揮し、天使を撃墜し、また完全侵蝕魔人を叩き潰していく。
「――アスタロトぉっ!」
戦いの趨勢を変える為に、頭であるアスタロトを潰そうと“ 神の怒り( ログジエル[――])”が雷撃を放つ。背より放たれた雷光が三対の翼を形作っているが、其れよりもログジエルは空間を〈跳び〉回り、アスタロトを翻弄した。
「……どうやら力の使い方を覚えたようだな」
「何時までも同じと思うな!」
前回の対決と同じ状況にはなったが、ログジエルは大きく成長していた。〈空間跳躍〉と雷撃の使い分けが巧みになっていた。アスタロトも軍刀だけでなく、毒液や呪詛を繰り出し、氷撃を放ち始めた。稲妻が凍気と絡み合い、空間が歪み、そして澱む。2柱の激突の余波が両陣営の助太刀を許さない。アスタロトが騎乗していたワイアームも無数の損傷を肩代わりした事で、墜落していった。ワイアームに騎乗せずともアスタロトは背より天使のソレに似た翼を広げ、ログジエルと空戦を続行する。前回の戦いでは“天獄の扉”の出現で中断し、魔群は広島へと敗退した。だが今回は邪魔が入らず、戦いは永劫に続くと思われた。
しかし――
「流石は処罰の七天使といったところか! だが本官と遣り合うには、もう少しだけ受容体の経験が足りなかったようだな」
本気を出したアスタロトが徐々にログジエルを圧していく。勿論、アスタロトも避け切れなかった雷撃で身を焼かれ、凛々しい顔立ちは血と汗で汚れてしまっていた。刃は毀れ、刀身は脂や血に塗れて鈍っている。そして対するログジエルはアスタロト以上に傷付き、汚れ、そして命と力を損耗していた。
そしてアスタロトの左腕を雷撃が撃ち潰したのと引き換えに、軍刀がログジエルの身を貫いた。遠巻きに見守っていた両陣営が息を飲む。天使共は悲嘆の声を上げ、魔群からは歓呼が轟く――はずだった。
悲嘆と歓呼の声を掻き消したのは、1つの銃弾。否、砲ともいうべき25x59BmmNATO弾。弾道上の空間を抉り削りながら暴力の塊は、アスタロトの肉体を潰し、遅れて襲う衝撃波がログジエルの遺骸諸共に水風船の様に破裂させた――。
氣を纏った25mmAP弾頭が目標を圧殺したのを確認して、薫は物陰に潜り、脱出を急ぐ事にした。アスタロトがログジエルを倒した瞬間、多くの注目が集まった刹那に、横から殴り付ける事に成功した。指揮官が殺され、統制を失った超常体と魔人は、最早、敵味方問わず目に映る全てのモノを破壊し、そして命を啜っている。薫は気配を消すと、慎重にかつ迅速に戦場から離れようとした。
――が。
「……あっ。熱い。アツい。あツイ、唖アァーっ!」
突如として身体が焔に包まれる。〈消氣〉に回していた力を全身に張り巡らせ、痛みの緩和と炎の勢いを殺そうと試みたが、其れは逆に苦しみを長引かせるだけだった。必死になって地面に転がって炎を消そうとする。水を求めて這い回る。だが焔は逃走を許さない。
「――恐怖公を死に至らしめたのは、まさに素晴らしき所業でございました。私も感服致しました」
拍手を鳴らしながら、生を求めて足掻く薫を見下ろすのは、男とも女ともとれぬ端正な顔立ちの、奇妙な帽子を被った小柄な道化師だった。声にならぬ叫びを発して薫は睨み付けようとするが、視界はぼやけてきて薄暗くなっていく。ぼやけた視界の先で、道化師は帽子を脱いで恭しく頭を下げたようだった。
「――御挨拶が遅れました。私の名はベリアル。七十二柱の魔界王侯貴族が1柱にて『偉大公』と呼び習わされる、シガナイ道化師にございます」
アスタロトと同じく、其の実力は最高位最上級超常体――主神/大魔王クラスに匹敵する存在、偉大公 ベリアル[――]。指先に炎が灯ると、また薫を苛む痛みが増した。
「――貴方様の所業は素晴らしいものでした。絶好の機会を狙っての一撃。本当に素晴らしい!」
笑い声が耳に障ったが、段々と音量も遠くなっていき、どうでもよくなってくる。
「しかし貴方様は2つ間違いを犯しました。恐怖公にばかり目が行き、或る事柄についての警戒を怠っていたのです。――私という伏兵の存在を考慮に入れていませんでしたね? 何故、“天獄の扉”が消失したのか、少しでも考慮に入れていたら、もっと慎重になっていた事でしょうに。そうすれば私に遭う事無く逃げおせていたやも知れませんね」
少なくともベリアルに不意討ちされ、炎の攻撃を避ける事も出来たかも知れない。だが、最早、薫にはベリアルの言葉も届かず、また其の様な考えも浮かばなかった。
「……貴方様の姿はずっと隠れて見張らせて頂いておりました。気配を隠されたり、山間に潜り込まれていたりするのを、気付かれぬよう必死に追いかけっこするのも意外に楽しませて頂きました。と、おや? もうお亡くなりになりましたか。残念です」
言葉とは裏腹に、焼け焦げた薫の遺骸を足蹴にすると、ベリアルは大仰に肩をすくめて見せる。
「――さて。次は静岡に潜入ですか。色々と面倒ですが、猊下の頼みなら致し方ありませんね」
そう呟いてから、唇の端を歪めると、ベリアルは山の奥へと消えて行った……。
――そして残る戦場を支配するのは混乱と狂気。勝者は誰も無く、屍骸の山ばかりが築かれた。天使共も魔群も殺戮の渦に巻き込まれ……戦闘が終結したのは言葉通り、誰も動くモノが無くなった数日後だったという。
香川にある善通寺駐屯地。雪村・聡[ゆきむら・さとる]二等陸士は、アルケラ神群の代表たる“銅のニシキヘビ” ユルング[――]の受容体にして蛇巫女たる 巳浜・由良[みはま・ゆら]海士長の指導(?)を受けて、数回に分けてドリームダイブを試みていた。
「聡ちゃんの心は空白だから〜本当に注意しないといけないの〜」
肝心の“ 這い寄る混沌( ニャルラトホテプ[――])”の本体が隠れ潜んでいるサイバースペースへの突入は、葬り去る手段が見つかっていない為、行っていない。
「もう、ね〜。アレだけ前回断っていたのに〜。他者に訊いても“這い寄る混沌”の本体を倒す手段は提示されないよ〜って。何で自分が出ていない箇所だからといって情報を見過ごすのかな〜」
と、由良は頬を膨らませていた。
「今回の手番の消失は〜かなり痛いと思うな〜」
「前回とか今回とか、相変わらずメタ発言……というか誰に向けて喋っているの?!」
雪村のツッコミも、だが由良が相手だと虚しい。
「兎に角〜自分で『此れなら倒せる!』と思うものを用意するの〜。そしてソレを“這い寄る混沌”へと実際に試してみた時に〜、効果が有るかどうかを判定するだけ〜」
「そう言わず、何か手掛かりでも……」
雪村からの頼みに、由良は「えー?」と面倒臭そうな声を上げると、
「……此れが本当に最後のヒントだよ〜。手段として考えられるものの1つとして〜余りにも在るのが当然過ぎて〜だからこそ誰も思いつかないものなのかも〜。ちなみにソレを持っているカミサマが今回で1柱退場したよ〜」
またレーヴァテインや火之夜藝速男といった“這い寄る混沌”の本体を倒す手段の1つが、気付かぬところで失われたという事か。
「でもね〜。ぴぃしぃ〜が知り得ない情報でも〜どうにかして関連付けさせる事は出来ると思うの〜」
何だか耳が痛い話だと、雪村は思うのだった。
■作戦上の注意
当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
また過去作のノベルを参考にする場合、PCが当事者でない場合、然るべき理由が確認出来なければ、其の情報を用いたアクションの難易度は上がり、最悪、失敗どころか没になる事もあるので注意されたし。
全体的に死亡率が高く、下手な行動は「即死」と思って欲しい。加えて、常に強制侵蝕が発生する事態を考慮せよ。
基本的にPCのアクションは超法規的活動であり、組織的な支援は受けられない。
巳浜由良の力を媒介にドリームダイブし、電脳空間へと挑む場合は、専用の選択肢「Ja-49)ドリームダイブ」を。ダイブ後の注意点は由良の台詞にある。
なお由良自身がどう動くかは掛けられたアクションによって左右される。由良自身は、香川の善通寺駐屯地から別の駐屯地へと、自分の意思で動こうとはしない。自身が持つ重要性の認識や危機感は無いに等しい。
ダイブをせずに由良と関わる場合は「Ja-38)香川にて行動」を選ぶ事。由良を連れ回して別の駐屯地へ避難しようとする場合も、選択肢は同じである(※移動先の選択肢では無い事に注意)。