大きな欠伸をする、巳浜・由良[みはま・ゆら]海士長。気が抜ける様な音だったが、しかし由良の周囲に集った面々の固い表情を崩す事は出来なかった。
「――改めて、現状の整理をしよう」
神州結界維持部隊中部方面隊・第2混成団司令部にして第15普通科連隊が駐屯する、香川の善通寺の一室にて。タキシード姿にマントを羽織った仮面の男―― 荒金・燕(あらがね・つばめ)二等陸士が言葉を発した。傍から見れば珍妙な格好だが、見慣れた面子にすれば、最も頼りになる戦力である。だが其れでも現在進行中の作戦――“ 這い寄る混沌( ニャルラトホテプ[――])”を射ち倒し、囚われている電波妖精 セスナ[――]の救出は困難を極めている。
先日にアルケラ神群をまとめる“銅のニシキヘビ”ユルング[――]の巫女にして受容体であるドリームシャーマンの由良によって、“這い寄る混沌”の本体が隠れ潜んでいた電脳空間へと突入。しかし圧倒的な“力”の差を前に撤退を余儀なくされ、セスナの救出は叶わなかったどころか、奇襲の好機を失ってしまった。
「――奇襲の失敗により幾つかの課題点が浮き彫りにされたが……一番は、やはり圧倒的な“力”の差だ」
風守・和也(かざもり・かずや)二等陸士の指摘に、唸りながらも荒金は頷く。
“這い寄る混沌”を討ち倒すには『世界を滅ぼす程の炎と熱、そして光』が必要と言われる。荒金が手にするFN P90には火炎系憑魔が寄生しており、更に片方の雷電系によって威力を増幅させる事が出来るが、其れでも“這い寄る混沌”を滅ぼすには足りない。また祝祷系能力を有する 風守・月子[かざもり・つきこ]二等陸士――正体は七十二柱の魔界王侯貴族が1柱である吟詠公 グレモリー[――]が放てる光では、空間を埋め尽くそうとする肉塊のような混沌を掃うだけで手一杯だ。
「人工太陽照明灯といった『物理的な、肉体的なモノに依存する武器や能力』や器物は、夢ひいては電脳空間に持ち込めなかったからな……」
尤も、人工によって生成された光や熱量が、どれ程に“這い寄る混沌”に効果があるのか、今となっては愚問だろう。恐らくは火炎系憑魔武装や月子の放つ光に劣るだろうと思えた。せいぜい傷を微弱ながら負わせる事が出来るぐらいだろう。――“這い寄る混沌”の本体を滅ぼすには全く足りない。
「レーヴァテインも無く、火之夜藝速男神の御力も期待出来ず……」
風守は深く溜息を吐くと、
「――残るは、例として挙げられていたアポロンと同様の『太陽の力を持つ存在』に助力を願う他無い」
つまり太陽神。伊勢の神宮に坐する殿下は、天照坐皇大御神[あまてらしますすめおおみかみ]の受容体だ。殿下の御力を以てすれば“這い寄る混沌”を滅ぼす事が叶うだろう。だが其れは最後の手段とも心得ている。だから荒金は収集してきた伝聞や情報を整理し、
「……ヴィシュヌは倒れたそうだし、デーヴァ神群の太陽神スーリヤが顕現しているという話も聞かない。仏教の大日如来は見当たらず、スラヴにはダジボーグ、そしてアイヌにもトカプチュプカムイといった太陽神が居るらしいが、此方の世界で確認されてないので交渉の仕様が無いな」
「……大日如来が見当たらない? 此の世界にも居るわよ。――但し交渉は出来ないわ。だって仏教に於ける“ 唯一絶対主 ”の呼び名だモノ」
月子の思わぬ暴露――だが風守も荒金も聞かなかった事にする。其れでも独り言として月子は続ける。
「“ 唯一絶対主 ”は“這い寄る混沌”の動きを見逃している節があるわ。理由は解らないけれども」
大きく溜め息を1つ。其れから、
「但し一応の抑止……というか対抗手段として、スルトやロキにレーヴァテインが顕現する様に命じたり、“全ての門にして鍵”たるモノを通じて、あるメイドに手引きさせたりしたみたいなの。人間が“這い寄る混沌”を倒せる様に。――残念ながら目論みが外れてしまい、現状がある訳だけれども」
……其れ等も、全て人間の選択の結果である。
さておき、荒金は苦虫を潰して熱湯で無理して咽喉に流し込んだ様な厳しい顔をすると、話を努めて再開する。
「では此の世界に、残存する太陽神となると――風守二士達に引っ掛かるモノがあると言っていったな?」
其処で風守へと目配せした。風守は確と頷き返すと、
「宇佐八幡宮奪回戦で助力してくれたラー神群。其の太陽神ホルスは健在のはず」
「よし。場所が解れば迎えに行こう、間違いなく妨害はあるだろうから」
「そうだな。兎に角、先ずはラー神群の行方を探さないといけない。共に戦った田中二士は、ラー神群へ東北や北陸を安住の地にと勧めていたが……」
ラー神群の行方について悩む、荒金と風守。だが愛君を置いて、月子は窓の外へと見遣る。見れば、由良も寝惚け眼を擦りながら、外の方に意識を遣っている様だった。
「……“這い寄る混沌”の襲撃か?」
「其れにしては様子がオカシイ。何となく外が明るい様な……」
訝しむ風守達に、外で見張っていた 正岡・勝義[まさおか・かつよし]二等陸士が声を掛けてきた。
「客人だ――懐かしい顔振りだぞ」
荒金は警戒心を隠せなかったが、操氣系魔人や高位超常体をも凌駕する程の危険感知に長けた風守のだが、訝しみながらも不思議と落ち着いた態度に、表に出る事にした。
中天の太陽とは別に、強い光源が隠れている様な感覚。月子が眩しそうに目を細め、空を仰ぎ見ながら呟いた。
「――金色の隼」
「成程、太陽神ホルスか!? だが如何して此処に?」
風守の疑念に答えたのは、正岡が客として案内した一団の中心である少年だった。
「……ホルスの名をお呼びになった事で、貴方達の“意思”が届き、運命の流れが書き換えられたのです」
ホルス[――]の名を“意思”を以って呼べば、探す必要無く、ラー神群は自然と姿を顕す――。其の様に書き換えられたという。
「勿論、皆さんの誰一人もがホルスの名を、其の存在に付いて言及しなければ、幾ら探し求めようとも逢う事は適わなかったでしょう」
其れこそが、貴方達が高位超常体を受け容れる器の持ち主という事だけでなく、“意思”ある者であり、だからこそ『遊戯』を左右する特異点である証左なのだ――と、少年の姿をしたラー神群の王 オシリス[――]は告げた。
「宇佐八幡宮での戦いの後、再会する事は無いと思っていたのだけどな」
「彼の時点では、其れが運命でした。とはいえ“這い寄る混沌”に関わった事で随分と流れが滞ったり、遅れたり、澱んだり、捩れたり……最終的に特異点である皆さんの“意思”に委ねられたのです」
神妃 イシス[――]の言葉に、荒金と風守は複雑な表情で顔を見合わせた。月子は溜息を吐きながら、
「忘れたの? 和也――貴男は、猊下や他の多くの主神からも、其の行動力や“意思”を認められた特別な存在だという事を」
「……月子だって忘れていたんじゃないか?」
風守の視線に、月子は顔を逸らす。本当に忘れていたのか、其れとも元超常体側の立場として口に出せなかったか……。
「グレモリーが口を噤んでいたのも仕方ない事かも知れません。何故なら、特異点が自らの知恵と力を以て明らかな“意思”を示す事が必要なのです。そうでなければ貴方達は“這い寄る混沌”の――否、“ 唯一絶対主 ”の思惑通りに動く駒でしかない。そして、其れによって、結末は最悪を迎えてしまったでしょう」
「例えば――“這い寄る混沌”の策謀による核攻撃で神州日本が消滅……“此の世界”という『遊戯盤』が引っ繰り返されるという様な?」
荒金の指摘に、静かに、だが確とオシリス達は頷いた。渋面で奥歯を噛み締める。そして呻く様に、
「……私達が自らの知恵と力を以て“意思”を示さなければ、“ 唯一絶対主 ”の脚本通りに最悪の結末を迎えるかも知れない。――其れが、“ 唯一絶対主 ”が“這い寄る混沌”の行いを看過している理由だとでも? 『遊戯』とは別に、私達は弄ばれていたのか?」
「“ 唯一絶対主 ”が何をお考えになっているかは解りませんし、判りません。しかし――」
「バステトの件も在って“這い寄る混沌”にはラー神群も色々と因縁があるからな。何時、呼んでもらえるかと待ち構えていたんだな」
オシリスの言葉を奪う様に、セルケト[――]が引き継いだ。つまるところ……
「最後は神頼みになると思い、寄進物でも持って行こうかと考えていたのだが」
「気持ちだけ受け取っておきます。但し勘違いしないで欲しいのですが、私達は“這い寄る混沌”を倒す為の道具になり得ますが、実際に彼奴を倒す絶対に必要なのは貴方達の“意思”です。条件を満たせば、後は勝手に自動進行して終幕を迎える……という代物ではありませんよ」
オシリスの言葉に首肯すると、
「解っている。“這い寄る混沌”の本体へと、ホルスの光を叩き付けるのは私達の役割だ」
荒金の決意に、満足して頷き返すオシリス達。
「――しかしホルスをはじめとするラー神群の協力が思った以上に易々と得られたのは良いが、“這い寄る混沌”の逆襲が予想されるから油断出来ない。……相手の打つ手の可能性として、俺が考え尽くモノは大まかに2つ」
風守は指を2本立てると、
「1つは電脳空間に罠を張るか。2つ目は電脳空間に入った後の生身の身体を狙うか。――俺自身は後者の可能性に備え、ドリームダイブを行う面々の護衛に回ろうと考えている」
「和也が外なら私もー!」
当然ながら、愛君に追従する月子。押し掛け女房の様子に苦笑する風守だが、イシスやハトホルも夫婦の遣り取りに微笑を浮かべているのに気付いて、ワザとらしく咳払いをした。誤魔化す様に話を続けた。
「生身の身体を狙うとして、考えられる手段は3つ。1つ、超常体その他の戦力による駐屯地への進攻。2つ、化身或いは配下の駐屯地への潜入、暗殺。そして3つ、ミサイル等の兵器で駐屯地毎吹っ飛ばす」
対抗策として、進攻があった場合は迎え撃つ。侵入による暗殺には常に警戒。
「ミサイルが飛んできたら……駐屯地から即離脱という事になる。――確認だが、ドリームダイブは車輛といった移動手段の中でも可能なのか?」
突然、話を振られた由良は一瞬、目を大きく開いた。だが直ぐに欠伸をすると、
「もんだーい、な〜しだよぉ〜」
「では直ぐに車輛を用意しよう。操縦者の手配もしないといけないし……」
だが一度引っ込んでいた正岡が再び顔を出して、風守の言葉を遮った。困惑の表情を浮かべながら、
「おい。今度は荒金二士に客人だ。警務科のお墨付きの身分証書を持っている白人兵士」
正岡の紹介に、首を傾げた荒金だが思い至って手を叩く。
「――ワイズマン伍長か!?」
「其れと、運ばれてきた普通科一個班」
「……其方は知らないな。だが兎も角、連れて来てくれ。“這い寄る混沌”の化身ならば――頼む」
視線に頷く。だが現れた ラリー・ワイズマン(―・―)の姿に危険を覚える事もなく、風守は安堵の息を漏らした。
「――大阪の方は良いのか?」
荒金の問いに、ラリーは苦渋の表情を浮かべながらも気丈に肩をすくめて見せた。
「正直、デーモンのオーラが増していて問題だらけだ。其れでもリリアとマリー、そしてクニエは引き続きアタックを掛けていくようだ。引き続き助力したかったが、此方を優先する様にリリア達に言われた」
戦友を見捨てる様な判断に、随分悩んだのだろう。ラリーの顔には苦悩の皺が深く刻まれていた。其れでも意を決すると、
「ドリームダイブ出来るシャーマンを、イセから離れられないというプリンセスの下へ運んでいく。あんた達は使いたくないだろうが、いざという時、プリンセスという最終手段が発動出来るようにしておいた方が良いと思ってな」
輸送にはラリーが借りていた96式装輪装甲車クーガーが使われる。此れは風守が手配しようとしていた車輛に合致する。また、
「ワイズマン伍長は、運転は得意な方か?」
「超絶技巧は無理だ。しかし其れなりには運転出来る」
顔を見合わせるが、イシスがラリーは受容体としての器の持ち主だという言葉に、やむなく操縦手として採用した。
「だが……巳浜士長を伊勢に連れて行っても大丈夫か?」
当然ながらの疑念。道中の危険もそうだが、伊勢という場所自体も重要な攻略拠点として“這い寄る混沌”に狙われている。
「――まぁ。防衛拠点としては善通寺よりも堅固だな。罠も仕掛けてあるし、殿下の加護も在って低位超常体は寄せ付けない。……済まんが、伊集院士長。折角、香川迄乗り込んできてくれたけれども、Uターンして伊勢の防衛に加わってくれねぇか? 善通寺の防衛や、部外者の避難誘導は『落日』がやるから」
突然の言葉に、全員が目を見開いた。声を聴くまで何も感じ取れなかったのに、急に襲ってきた怖気に風守は奥歯を噛み締めて耐える。荒金は躊躇わず両のP90を構えると、声の主へと突き付けた。風守や荒金だけでない。由良を除く全員が臨戦態勢に入る。其れは声の主から名前を呼ばれた、第10師団第33普通科連隊・第1075班乙組長の 伊集院・明(いじゅういん・あきら)陸士長達も同様だった。
しかし――
「良い動きだ。由良ちゃんと殿下の警護は任せたよー。あ、ついでに“這い寄る混沌”も倒しておいてね」
咥えていた煙草を二指で摘まむと、煙を吐く。迷彩服に縫い込まれた略章は、一等陸尉を示していた。男の後には頭を抱えるWAC(Woman's Army Corps:女性陸上自衛官)と、双子の兄妹。そして数名。咥え煙草の男は突き付けられる銃口を前にしながらも飄々とした態度を崩さず、
「『落日』中隊長、滅日荒実だ。殿下の直命により善通寺の防衛に来た。宜しく」
「――副官の結野静花です。莫迦な隊長で申し訳ありません。しかし話は此の莫迦の言う通りです。皆さんは迅速に行動し、電脳空間への進入と伊勢防衛に務めて下さい。善通寺に押し寄せる“這い寄る混沌”は私達で対処します」
そして 結野・静花[むすひの・しずか]准陸尉は伊集院へと向き直ると、
「そして此方が皆さんに加わる伊集院組です。仲良く作戦行動を願いますね」
「……済し崩しに、御一緒する事になった伊集院です。風守君だったね。私も君と同意見で、“這い寄る混沌”やらが“物理的に”狙うとしたら、『太陽神』や『電脳への入り口』、其れに『神宮』だと思う。ならば、電脳への入り口である巳浜士長の警護に入ろうと思って来たのだが――」
「……まぁ。本当ならば伊集院士長は“這い寄る混沌”についての一連の騒ぎについての情報を知り得ないはずだし、アクション用紙にも『どうやって知ったか』の明記も無いから、作戦行動総没で『第5回で行動していた奈良で何もせずに待機』というノベルを発送するつもりだったのだけれどもねー。どうせ没にするならば伊勢の護りの肉盾にしてしまおうと。善通寺の肉盾でも良かったのだけれども」
滅日・荒実[ほろび・すさみ]一等陸尉のメタ発言に、しかし全員が顔を背けるだけ。
「……解った。兎に角、速やかに伊勢分屯地に巳浜士長を移送しよう。そして殿下や巳浜士長、神宮を護衛しつつ、“這い寄る混沌”を打っ叩く作戦に務める」
荒金達が敬礼すると、落日中隊員もまた答礼を返してきた。握手を交わし合い、武運を祈って別れる。
「さて――伊集院組の移送手段はどうする?」
「……クーガーに乗ってもらおう。オシリス神様達も其方で宜しいですね? ホルス神様は……光学迷彩のまま飛行をお願いします。疲れたらクーガーの屋根の上でお休み下さい」
「そういえば月子はパジェロの運転が出来たな。正岡と荒金さん、それから巳浜士長はパジェロに。……分かれる事になるが、セルケト神とアヌビス神もパジェロに。俺はマルコキアスに乗っていく」
「クーガーとパジェロに分けても、搭載人数ギリギリよね。火器類の荷重については、此の際考えない事にするわ……」
兎に角、準備を終えると伊勢へと向けて走り出すのだった。
三重の伊勢にある、神宮。天照坐皇大御神を祀る皇大神宮(内宮)には『バベル(神の門)』と呼ばれる、日本神道に於ける天御中主――“ 唯一絶対主 ”に至る御坐が秘められている。斎宮昼子内親王殿下は天照坐皇大御神の受容体であると共に『バベル』を制御役にして『遊戯』の審判を務めると言われていた。
「――だからこそ盤面を引っ繰り返すなら、此所を破壊に来ても良い訳でな?」
自身が愛用しているXM109ペイロードライフルを点検しながら、白樺・十夢(しらかば・とむ)二等陸士は誰に聞かせる訳でもなく独白した。
内宮を護る十重二十重の警戒網。敷き詰められた罠と、過剰な迄に武装した維持部隊員が詰めている。神宮は、何処の神州各地よりも超常体との戦闘が少なく、皆無と言っても良い程だ。勿論、其れは殿下の御力に由るところが大きいからだが、しかし安全とも言い難い。何故ならば先の通り、内宮には『バベル』が秘められており、また殿下の身柄を確保せんと、魔群(ヘブライ堕天使群)は亜米利加合衆国海軍第七艦隊に、そして天使共(ヘブライ神群)は阿剌伯諸国連盟特殊部隊に潜んで侵攻してきたからだ。
激戦の末に両陣は退けられ、そして『黙示録の戦い』に移行して以来は、不可侵が暗黙の了解となっているらしい。だが『遊戯』に於ける〈規範〉を無視する輩――“這い寄る混沌”にとって暗黙の了解を破るのは呼吸するより自然な事な様子だ。『黙示録の戦い』が始まって直ぐに“悪心影[アクシンのカゲ]”という化身で以て神宮を強襲してきた。其れ以降は襲撃が途絶えているものの、万が一を考えて、貴重な戦力を残留しておかねばならないという猜疑心を生ませる事に成功している。……本当に厭らしい敵だ。
そして先日に、魔群が『遊戯』に勝利した。『遊戯』が終了する期限――秋分の日に到る迄の暫定なものだが、勝利に違いない。殿下は秋分の日を以って魔群の勝利を決定なものと認め、以降に『バベル』へと来訪する魔群の盟主――七つの大罪が1つ『傲慢』を掌りし大魔王 ルキフェル[――]と率いる軍勢に対しての攻撃禁止を厳命している。其れでも……
「暫定勝利等、『遊戯盤』を引っ繰り返す気満々の“這い寄る混沌”には無関係だからなぁ」
白樺は重い溜息を吐いた。
「兎も角、従来道理に警備を続行。今迄の積み重ねを元に、油断をせずに警戒しよう」
独りごちている白樺に、相棒の 椎野木・健史[しいのき・たけし]二等陸士が慌てた様子で駆け寄ってきた。息を整えると、訝しむ白樺へと
「――荒金が帰って来るとさ!」
「……何しに?」
「詳しい事は情報統制されていて明らかにされていない。――確実に“這い寄る混沌”関係だな」
香川の善通寺から、三重のある伊勢迄、魔群の支配地である大阪を経由する陸路しか無い。暫定ではあるが『遊戯』の勝者となった魔群が、態々、通行者と戦闘を仕掛ける可能性は低いが……
「何にしろ危険な道中だな。まったく誰の提案か判らないが……。兎に角、神宮を“這い寄る混沌”との決戦場に選んだという事だ。益々気が抜けなくなった」
唇の端を歪めると、不敵な笑みを形造るのだった。
9月の半ば。遂に其れ等が香川の善通寺に訪れた。曇天の深夜、月光は射し込まず。だが喩え雲の切れ間があったとしても、埋め尽くす様な飛行超常体の群れに地上に降り注ぐ事は許されなかっただろう。奇妙な螺旋形の非ユークリッド的な線を描きながらも、猛スピードで渦巻きながら接近して来る、有翼の巨大なクサリヘビ――ハンティングホラー。磨り硝子を引っ掻く様な声で啼いているのはシャンタク・バードだ。霜と硝石に塗れた翼と鬣の生えた馬の様な頭部に、象よりも大きな身体は羽毛ではなく鱗に覆われていた。地を蠢くのはムーンビーストで、灰白色のヌルヌルしたゼリー状の肉体は、おおむね蟇を思わせる形をとっている。目は無い代わりに、短い鼻状の部分の先にピンク色の触覚が密生していた。
天と地を覆う冒涜的な群れが圧し潰そうと善通寺へと迫ってきていた。だが呑気にも、
「――尤も新月に近い月齢29.01だから、晴れ間が出ていても同じ事だと思うけれども」
「……誰に向かって呟いているのですか」
咥え煙草の滅日へと静花が呆れた声でツッコミを入れる。咥えている煙草に点けられている火が、誘蛾灯の様に超常体を惹き付ける。灯火管制が布かれている神州日本に於いて、僅かな光点でも命取りになる。しかし滅日は不敵に笑うと、
「――避難状況の報告」
「善通寺駐屯地及び周辺に在していた人員や物資の8割は、愛媛の松山へと移送完了しました。残った分は有効に活用させて貰いましょう」
静花の淡々とした説明に、唇の端に浮かばせていた笑みを濃くした。
「――善通寺に残っている貴重な燃料を使い潰すぞ。探照灯、用意! 照明弾も放て!」
待っていましたとばかりに105mm榴弾砲から放たれるM314照明弾。パラシュートと繋がっているアルカリ性の金属を主成分とする照明剤が、弾殻を分裂させながら周囲を照射する。また発電機が奮えると、探照灯が超常体を迎え撃った。
夜行性や光を嫌う超常体の悲鳴や怒声に似た咆哮が上がるが、返事とばかりに合図にして並べられた5.56mm機関銃 MINIMIや12.7mm重機関銃M2「キャリバー50」が火を吐いた。
「――此処に夢渡る巫女が居ないと知ったら、“這い寄る混沌”は如何な顔をするかしらね?」
「……まぁ、此処に由良が居ない事は重々承知しているだろうさ。しかし決定事項を覆せるのは特異点である“意思”持つモノ達だけ。善通寺を襲うと決まった以上、此方の行動に合わせて変更は出来ないさ。まぁ裏技は使うだろうけど」
「――随分とメタい話だわ」
違いないと苦笑すると、滅日は憑魔能力を開放して超常体の群れへと跳び込んだ。近接戦闘を得意とする落日中隊員が続く。
「――!? 高位上級の魔王クラスの超常体の存在を確認。“這い寄る混沌”の化身だっ!」
操氣系能力を駆使して、敵位置を探っていた 虎森・鐘起[とらもり・しょうき]陸士長が怒鳴る。探照灯が集中し、ソレの姿形を浮き上がらせた。
ソレは双頭の蝙蝠に似た異生(バケモノ)だった。肉体は生きた凍て付く暗黒で構成されている。だが眼は其の双つの顔でヒラヒラと動き回る、無数の星の様。其々の頭に何本もの牙の生えた口が付いており、音も無く羽ばたく翼はがから、奇怪な黒い火花と炎の雨を降らせてきた。
「“闇の跳梁者(ハンター・オブ・ザ・ダーク)”よりかなりマイナーだが、間違いなくアレは“這い寄る混沌”の化身――ルログだな」
「……マイナー過ぎて格好良い2つ名が無いんですね、解ります」
軽口を叩き合っているが、落日中隊総員の面持ちは真剣だった。無限にも思える超常体の攻勢と、“這い寄る混沌”の化身。対する落日中隊は一騎当千を誇る精鋭のつもりだが、香川には封印から解放された天神地祇という加護が無い。戦場としては不利に近い。其れでも――
「総員、死なない様に頑張れ!」
「――応っ!」
滅日の号令に、覚悟を秘めた瞳で頷くと、落日中隊は“這い寄る混沌”の強襲を迎え撃つのだった……。
――数日後。愛媛の松山駐屯地に避難していた部隊が、連絡が途絶えた善通寺へと偵察を強行。
確認したところ、善通寺駐屯地は消滅。激しい戦いの傷痕を覆い隠す様に、無数の超常体の屍骸が地を埋めていたという。
しかし……落日中隊の姿は、誰一人として発見されなかった。
時は香川の善通寺駐屯地が襲撃を受けるより前に遡る。風守達が善通寺を出立してからの話だ。
ラリーの操縦するクーガーと月子が運転するパジェロペースの73式小型トラック(1/2tトラック)は、風守の駆る偵察用オートバイ『ホンダXLR250R』に先導されて、三重の伊勢分屯地を目指した。
兵庫を抜けて、魔群の拠点である大阪を強行突破する一行に、超常体や完全侵蝕魔人兵が立ちはだかってきたが、伊丹に立つ“地獄門”やキティホークへの攻撃でないと判断すると追撃はしてこなかった。大阪は魔群の拠点であるが故に超常体の数は多い。しかし意外な事によく統率もされていた。
「そもそも魔群が暫定ながらも『遊戯』に勝利した以上、此方に下手にちょっかいを掛けてくる意味は無いからな」
藪を突いて蛇を出しかねない。荒金達は不確定要素であり、特異点なのだ。超常体としては此方の通過を監視するだけだ。其れ以上の状況変化は望まない。
『憤怒』を掌る大魔王 サタン[――]に魅了された完全侵蝕魔人が伊丹を征圧、そして『傲慢』を掌る大魔王にして魔群の盟主たるルキフェルが航空母艦キティホークを牙城にして現れてからの方が、維持部隊が奮戦していた20年間よりも、大阪の状態が穏やかになったというのは皮肉だろう。
「――しかしプレッシャーは増している気がする。リリア達が心配だな」
ラリーの呟きに、助手席で警戒を怠らず見張っていた伊集院が無言のまま頷いた。超常体による妨害は無くとも“地獄門”から発せられる波動は、荒金や伊集院といった魔人やラー神群と由良を蝕んでくる。魔人でないモノも少なからず影響を受けており、ラリーや風守、正岡、そして伊集院の部下達もまた息苦しさを覚えているようだった。其れでも風守のオートの操縦に間違いが無いのは感心する。よく判らないのが月子で、魔群の完全侵蝕魔人として影響していないかというとそうでもなく、荒金や伊集院程ではないが、其れなりに苦しんでいる。何でも、其れだけ風守との結び付きが強くなったかららしい。
そして其れは三重に入ってから顕著になった。殿下の影響下にある三重に入ると、荒金や伊集院、風守といった面々は大阪を通過していた時の苦しみが嘘の様に消え去ったばかりか、心身の疲労が快復するのを覚えた。月子は風守との絆もあり影響無し。恐らくは殿下も想定していたのだろう、由良も影響無し。対して大阪に続いて三重に入ってからも負荷を担う事になり苦しんだのはラー神群だった。尤も伊勢に到着して荒金が話を通すと、負荷は無くなったが。
「――とはいえ起きているよりも、ドリームダイブしてホルスや荒金さんの支援に務めた方がお役に立つでしょう」
そう苦笑するオシリス達は、由良に誘導されて、荒金の意識と共にドリームダイブしていった。風守が提案したいた通りにクーガーの中で夢渡る。
「さて……正念場だ」
風守の言葉に残った者達が首肯する。連絡を受けていた白樺と椎野木が指示する通りに、伊集院組が警戒配置に付いた。ライリーはクーガーの操縦席に張り付き、風守や月子、正岡も緊張の面持ちを固める。
「――なに。最後迄、きっちりとお守りするだけさ」
白樺が得物のXM109を構えて呟く。頼もしさを感じると共に、各員も覚悟を決めるのだった。
伊集院が率いる第1075班乙組が、内宮の南に位置する鎮守の森に配置に就き、伊勢分屯地の部隊と交代で見張りに付いている深夜。月齢は深く、暗闇が支配している。善通寺が襲撃を受けた其の夜に、果たして伊勢にも“這い寄る混沌”の化身が姿を顕した。
ラリーや侍女部隊が仕掛けている、スネア(輪罠)に、デッドフォール(落とし穴)、そしてスピアやボウ・トラップを意にも介さず、ソレは闇の深奥から現れた。
鳥や獣、虫、そして木々は悲鳴を上げるが直ぐに異常な沈黙を以て、ソレを迎え入れる。微かな音を発すれば、其れだけで存在を押し潰されるかという恐怖と狂気が、鎮守の森を支配していく。
『――各員、気を付けろ。7月に交戦した時と同じだ。“悪心影”と交戦した時と!』
分屯地司令の通達に、伊集院は手信号を送る。唾を飲み込んで覚悟を決めると、部下達は銃架に設置していた5.56mm軽機関銃MINIMIを敵が侵攻してくる方角へと向けた。叩き起こされた普通科隊員達もまた89式5.56mm小銃BUDDYを携え、配置に就く。
『――魔人隊員は胆に力を入れておけ。周囲に殿下の加護があったとしても、隙を見せたら強制憑魔侵蝕現象に引き摺り込まれるぞ!』
“悪心影”との戦いからの経験から警告が飛び交う。XM109の照準眼鏡を覗いていた白樺が唇の端を吊り上げた。
「……潜入による暗殺で無かったのは不幸中の幸いか。どうやら殿下の加護で、敵は化身のみで取り巻きは無し。ミサイル攻撃も無し」
状況の把握に努めていた風守が呟く。厳重な迎撃態勢が布かれているが、ラリーには万一の場合、神宮からの離脱をお願いしている。此処に顕れた“這い寄る混沌”の化身の目的が由良でない可能性は高い――むしろ神宮に居ると思っていない気もするが、念の為だ。最悪を回避する為の用心は幾つもしていた方が良いだろう。
――そして戦いが開かれた。
相手が“這い寄る混沌”の化身であると判っているのならば、応じた対策も準備済みだ。M314照明弾が105mm榴弾砲から放たれ、周囲を明るくする。其の分、影が濃くなるが致し方ない。激しい音を喚き散らしながらMINIMIやキャリバー50、そしてBUDDYから銃火が放たれる。
だがソレは罠と同じく銃弾も意に介さず、強引に襲い掛かってきた。強靭な身体能力に加えて、氣を巧みに操ると身近にいた普通科隊員を血塗れに変える。暴風の様に荒れ狂い、恐慌で相対する者全ての心を乱す。大気が震え、地鳴りが轟いた様な気がした。そして波動が空間に押し寄せてきた。
「……此方は殿下の加護付きだというのに辛いな」
息苦しさを覚えながらも白樺が軽口を叩く。白樺だけでない。伊集院といった魔人隊員達が呻き声を上げる。憑魔核が激しい痛みという形で恐怖を訴え、寄生されている武具が叫びを上げた。憑魔強制侵蝕現象に、覚悟をしていたはずの魔人隊員の多くが膝を付く。地面に崩れ落ちて、のた打ち回るものもいた。声にならぬ叫びを上げて、絞められた鶏のような様態で宙を掻き毟る。魔人でない隊員すらも恐怖で心臓を掴まれた表情を浮かべていた。
――其の化身は黒き壮年の男の姿をしていた。
「……長野の諏訪を荒らし回った、お尋ね者か」
ヒンドゥーの隠れた伝承によると“ 嘆き悶えるモノ( ウェイリングライザー[――])”と称せられていたモノ。語義は不明だが『ナーハリ』と呼ばれていた“這い寄る混沌”の化身。殿下の影響や照明弾等により、報告に上がっていた尋常ではない程の再生力が鈍化しているらしい。しかし元々が並みの異形系を遥かに上回っていめのだから、今一つ実感が沸かない。
「いずれにしても間断無く攻め立てていくしかない!」
風守は愛機のオートを駆ると、縦横無尽に走り回って、ナーハリへの攻撃を緩めない。威力は低いが味方の次弾装填の援護になる。また月子が周辺の光を集めたり操ったりして、ナーハリの目を攪乱する。
風守と月子といったナーハリが放つ波動の影響が軽微なものが状況を立て直していく。憑魔能力で自らの氣を整調した伊集院は怒鳴り声を上げて弾幕を張り続けた。そして静かに息を整えた白樺が照準眼鏡でナーハリを捉えた。
椎野木が観測器で、風向、風速、湿度、温度を読み上げて行く。刻々と変わり行く戦場の中だというのに、長年の相棒が紡ぐ材料に絶対の信頼を委ねる。白樺は大きく息を吸い、ゆっくり吐いた後に息を止めた。身体を弛緩させ、意識は鋭く照門の先に結ぶと、目標との間に張り詰めた1本の線が見える。そして白樺の氣がXM109に――寄生している憑魔に注ぎ込まれていく。目に見えんばかりに活性化し、脈動した憑魔が放つ紫電がXM109を覆い包んでいった。銃身の中で、此れまで以上の強力な電磁誘導が生じる。そして引き鉄が絞られた!
机上の最大数値を超えて加速した25×59BmmNATO徹甲炸薬弾は、白樺の意思に従って生じた軌道を描いて、ナーハリに直撃した。着弾点からモンロー効果で深い孔が胸板に穿たれる。貫通した弾頭に身を切断され、続いて襲う衝撃波で肉体組織を潰されていくナーハリ。水風船が割れるように肉片が破裂。千切れて塵となっていく……だが、
「未だ再生するのか!?」
白樺は“這い寄る混沌”の核である、輝くトラペゾヘドロンを捉えたはずだったが、直撃の瞬間、僅かに身を捩って致命傷を免れたようだった。装填された次弾が発射されるよりナーハリの再生の方が僅かに速い。
ナーハリが此方を睨み付けた。凝縮されて放たれた氣が隣の椎野木諸共に白樺を襲う。咄嗟に氣の障壁を張ったが、ナーハリのモノの前では脆く、吹き飛ばされた。白樺と椎野木は地面や木々に叩き付けられるが、幸いにも致命傷を免れた。とはいえ直ぐにXM109を構え直しても再生が終わる迄には間に合わない。どうする? どうやって倒す? 其の時――
「――まさか、俺が直接叩く事になるとはな」
機動力でナーハリに勝る者が肉薄していた。生涯の伴侶が集めた光を放ち、少しでも再生を遅らせようと努める中、愛機で特攻を駆けた風守がナーハリの傷口へと腕を突っ込む。其の手に握られているのは……閃光発音筒。
「オマエには鉛の弾や鋼の刃より閃光の方が、効果が有りそうだからな」
ナーハリに肉薄する事で、悪寒が身体を走り、脳裏に警告音が鳴り響く。嘔吐感が込み上げてくる。最大級の危機を感知して、肉体が逃走を図ろうとする。だが風守は逃げようとする肉体を強い意識で捻じ伏せると、閃光発音筒をナーハリの未だ癒えぬ傷口に押し込める。果たしてナーハリの叫び声を上げた。
「……見付けた! 此れで終わりだ」
広げた傷口の奥にソレを見付けて、閃光発音筒だけでなくMk2破片手榴弾を捻じ込む。ソレは『黒い』という此の世のモノでは無い光を放って輝いている、赤い筋の入った、殆ど黒に近い多面体。一つ一つの面が不規則な形を取っている――“輝くトラペゾヘドロン”。
「――砕け散れっ!」
爆発する直前に、渾身の力を以てナーハリから自らの身体を引き剥がす。オートに相乗りしていた月子が、風守の身体を優しく抱き留めてくれた。
そして――断末魔の叫びを上げて、ようやくナーハリが沈むのだった。直ぐに焼夷手榴弾が遺骸へと投げ込まれて焼却処分を行う。
こうして神宮への襲撃は終わったのだった。
……しかしナーハリを撃破したものの、電脳空間に潜んでいる本体を滅ぼさなければ何の解決にもならない。荒金と由良、そしてラー神群は未だ眠りから覚めず、風守達は焦りと共に見守るしかなかった。
「――ホルスが光った」
クーガーの操縦席が寝食の場となっていたラリーが皆に注意を喚起すべく大声を上げた。クーガーの屋根に止まっていた黄金の隼が一瞬だが眩い光を放ったのだ。恐る恐る近寄り、様子を見る。しかし其の後ホルスは身動ぎをせず。呼ばれた衛生科隊員が荒金達を診察すべくクーガーの後部座席に入る。そして――
「……し、死んでいる?」
オシリスやイシスといったラー神群の受容体達から呼吸音が聞き取れなかった。脈を取ってみても心拍音は聴こえず、また瞳孔も確認。衛生科隊員が沈痛な表情で首を横に振る。
「……まさか。本体を倒し切れなかったのか」
風守が左掌へと右拳を叩き付け、無念の表情を浮かべた。愛君を慰めようと月子が肩を寄せる。何時、核攻撃が始まるか判らない恐怖、そして諦めが場を支配し……。
「……ふわぁ〜。よく寝たよぉ〜」
突然、大欠伸をしながら由良が身を起こして背伸びをする。暫く呆然。続いて荒金が身動ぎをしたところで、周囲の面々は焦りと喜びと哀しみが入り混じった表情を浮かべる。何があった?と問い詰めようとするのを、荒金は手で制して、改良した携帯情報端末を操作した。
「はいはーい♪」
モニター画面に現れたのは、偽物と違って明るい表情の電波な妖精。セスナはすぐさま電波と情報の海に、風に、空に潜り込んでいく。
「“這い寄る混沌”を倒した。セスナも解放した。だが……オシリス神達は元の世界に戻っていったよ。宜しくと別れと感謝の言葉を残して」
そして――9月20日。“這い寄る混沌”の精神汚染、狂気、呪縛から解放された者達は、直ぐ様、原隊に復帰して弁解と、祖国への忠誠を繰り返したという。
……こうして世界の滅びは回避されたのだった。
太陽が秋分点を通過した9月23日。『遊戯』に於ける勝者として、魔群が確定した。其の日の内に、伊勢にある倉田山公園野球場跡に多用途回転翼航空機MH-60Sナイトホークが降り立った。
大阪湾に浮かぶ、魔群の居城――米海軍キティホーク級航空母艦1番艦から飛来したナイトホーク。維持部隊が包囲する中、キャビンから悠然と金髪碧眼の男が歩み出る。注がれる敵意を、だが涼風の様に受け止めると、
「――ダグラスがアツギに降り立った時も此の様な感じだったのかな? コーンパイプでも咥えておけば良かったよ」
直ぐ後に控えている主天王 ペイモン[――]に声を掛けるが、ジョークに応えない様子に大仰に肩をすくめて見せた。
随行者はペイモンと2体の完全侵蝕魔人兵。七十二柱の魔界王侯貴族ではないようだった。三重は殿下の影響にある事で、ペイモンも魔人兵も不具合を感じている様子だったが、ルキフェルは平然としており、迎えに来た第33普通科連隊の中隊長にジョークを飛ばす姿が確認された。
高機動車『疾風』に搭乗したルキフェル達は、態々、豊受大御神を祀る豊受大神宮に寄ってから、皇大神宮へと向かった。神道に於いて先ず神宮の外宮である豊受大神宮から参拝してから、内宮である皇大神宮に参拝するのが正しい礼法とされているので、此の行程がルキフェルなりの敬意の表れと取る事も出来る。
さておき内宮に辿り着いたルキフェルを、殿下御自ら出迎えた。お辞儀をして迎える殿下に、ルキフェルは右手を差し出した。一瞬の逡巡。しかし国際儀礼として殿下は握手に応じて見せた。
「――早速だが、アマテラス。『バベル』を開いて欲しい。そして開き終わる迄の間、幾つか用件を述べていくが構わないだろうか?」
殿下は首肯すると、祝詞を紡ぐ。呪文に合わせて、内宮奥の空気が変質を始めた。強大な圧力が“壁”一枚を隔てて押し寄せてくる。ルキフェルは満足気に頷くと、
「勝者が確定した事で『遊戯』は終了した。神州日本のみならず地球全土に於いて発生してきた超常体出現は此の時点を以って皆無となる。同じくして『憑魔』と呼称していた生体受信器への超常能力発信を停止する。――此れにより憑魔は、寄生先の人間及び動植物の器官組織に擬態。無機物に付着していた憑魔は死滅。従って憑魔に完全に侵蝕されたヒトを除き、能力は使用出来なくなる」
……憑魔に完全侵蝕されたヒトは細胞組織どころか遺伝子レベルで『ホモ・サピエンス』とは異なる生物になっているのだ。最早、『憑魔』という異界からの波動を受信する器官が無くとも、自前で能力を発動出来るらしい。
「……新たな超常体の出現が無いとはいえ、既に生態系を確立して棲息しているモノ達はどうするのです? 其れに完全侵蝕魔人の扱いは?」
「『遊戯』で兵卒として使用していた超常体は、神群其々で自然な形で数を減らしていって貰う。最早、『遊戯』は終わったのだ。兵卒は必要無い。要請に従わねば『遊戯』の約定に従わぬモノとして叩き潰す。“此の世界”だけでない。“元の世界”に迄、追求するだろう」
ルキフェルの発言は、殿下や維持部隊員にだけに届いているのではない。『バベル』を通じて“全世界”に届いているのだ。
「……野生化してしまっている超常体のうち、人類社会を脅かすモノは害獣として処理していくしかないだろう。其の処理には維持部隊だけでなく米軍のみならず魔群もまた協力する。維持部隊と個別に共闘態勢を築いている神群にも可能であれば協力をお願いしたい」
そして肝心の完全侵蝕魔人だが、
「倫理といった価値観が“此の世界”と合わない事に戸惑っているモノも居るだろう。人類社会に適応出来ないのも無理はない。そんな彼等を魔群は受け入れよう。勿論、原隊に復帰出来るのであれば最善だ。しかし……」
言葉を切ると、口調を厳しくし、
「――社会適応出来ず、復帰も出来ず、また魔群にも恭順を示さぬモノは、ヒトの形をした害獣だ。問答無用で、生存権を剥奪して処理する。……以上、自身の判断で最適とする道を拓け」
ルキフェルの警告に『バベル』が震えた。既に殿下の影響力は『バベル』の波動によって上書きされて消えており、抑圧からペイモンや魔群の完全侵蝕魔人は解放されていた。
盟友の様子に思い出したルキフェルは、
「――神州日本の天神地祇を再封印は行わない。但し影響力……例えば三重に於けるアマテラスが他勢力の能力を封じていた加護といったものは認めない。尚、今も封印されている天神地祇を解放していくのは構わない。尤も解放した際に、恨み辛みで生じた衝撃は『バベル』の力で無効化させて貰うが」
「失礼ながら……魔群と異なる勢力は全て叩き潰すかと思っておりました」
「“ 父 ”を盲信していた愚かな兄弟姉妹と一緒にしないでくれ。そもそも魔群自体が実際の処は“ 父”に対して反抗心を持っていたモノの寄り合い。『盟約』で結ばれた不良の集まりだよ。喧嘩はしても、其れは互いを認め合う通過儀式のような物だと考えている。愚かな兄弟姉妹の様に『拒絶』ではない」
両肩を大仰に竦めて見せる。
「私も盟主という立場だが、飽く迄も『盟約』の代表であり、『遊戯』をするのに必要な主神の代役に過ぎない。だから魔群が『遊戯』の勝者となったが、だからといって盟主である私が直ぐに次世界の創造者になるという訳ではないのだ」
此れから魔群内部で次の世界の創造に関して色々と揉めるだろう。だがルキフェルは“此の世界”に波風は立たせないと約束した。『遊戯盤』として翻弄された“此の世界”は、今後は完全中立の不戦地帯になるだろうと。
「――先程、新たな超常体は出現しないと言っていたが、唯一の特例として魔群の高位上級――所謂、魔王クラスは伊丹の“地獄門”を通じて遊びに来るだろう。息抜き目的だから邪険にしないでくれ。尤も『遊戯』で魔群と明確に離別したアモンやアスモダイは、其の特例からも除外されるが」
とりあえず、此の様なところか。ルキフェルは大きく息を吐く。
「神州日本の国際的立場も解放されていくだろう。“這い寄る混沌”の仕業だったが危うく核攻撃が行われそうになった問題は、常任理事国に対するカードになる。海外に逃亡して日本政府を自称していた老害共は、オサフネが何とかしていくのではないかな? 勿論、私個人としても日本の新生には協力するつもりだが……」
「――電波や情報を支配するセスナや、世界最強の操氣系魔人の斎呼がいますからね。日本政府を改革するのは簡単でしょう。長船氏が狂って独裁者にならない限りは、ね」
其の時はセスナや 八木原・斎呼[やぎはら・さいこ]一等陸尉が敵になるだけだ。殿下の言葉に、ルキフェルが苦笑する。
「兎も角、『遊戯』の勝者が確定し、また“這い寄る混沌”も倒された。全てが終わったのだ――」
ルキフェルの言葉が、本当の意味で『遊戯』の終了となった――。
……西暦1999年、人智を超えた異形の怪物――超常体の出現により、人類社会は滅亡を迎えた。
国際連合は、世界の雛型たる日本――神州を犠牲に差し出す事で、超常体を隔離閉鎖し、戦争を管理する事で人類社会の存続を図った。
其れから20年。ようやく神州での超常体と戦いが終了した。
未だに野生化した超常体や、社会を棄てた完全憑魔侵蝕魔人という脅威は残っている。だが長い夜は幕を閉じ、明るい日を迎えられた。
生きていく為に、智慧を巡らし、仲間の手を握る。抗い、挑み、戦い続けたヒトが手にしたモノだった。
……此れは、人と、魔と、神の、裁き。
黙され、示されぬ、戦いの記録である――。
■状況終了――作戦結果報告
今回を以ちまして『隔離戦区・人魔神裁』ひいては個人運営PlayByMail『隔離戦区』シリーズは終了致します。長らくの御愛顧有難う御座いました。
“此方の世界”に於ける西暦1999年、人智を超えた異形の怪物――超常体の出現により始まった戦争。其れは“次の創世主”の座位を巡る高位の他次元存在同士の争いに巻き込まれた“此の世界”の人類が生存を訴えて挑んだものでした。
結果として、人類は完全敗北を免れたものの、決して高位次元の存在に対して、自己を主張出来た=勝利したとは言えないものになりました。此の点に関しては調査や人手が不足した事による、情報や行動の制限があったからだと思われます。また作戦目標や優先順位の間違いがあったり、“光の柱”の影響に対する警戒の無さが最期の足枷となったり、と悪手も幾つかありました。そういった点を評価していきたいと思います。
1.封印された天神地祇の解放について。
夏至の日を境にして、超常体同士の戦い――『黙示録の戦い』の段階に『遊戯』が移行した時点で、もう封印されている天神地祇を解放させるには時間と人手が足りないというのは決定事項でした。つまり前哨戦である『神州結界』『砂海神殿』『神人武舞』『獣心神都』『神邦迷処』『呪輪神華』『禁神忌霊』の春から夏至に掛けての間にしか、天神地祇を封印から解放する機会は無かったと言えます。
此れは、封印を警護するモノを倒すのに半月、封印を解放する儀式にもう半月掛かるからです。封印から解放する儀式を行う時間が惜しいというのは、宇津保小波の口から語られている通りです。そして“意思”あるモノにしか出来ないというのも最低限度の前提条件でした。従って『人魔神裁』の期間中、新たに封印された天神地祇を解放する余裕があるぐらいならば、別の作戦地域へ赴かせるという意味がありました。
但し封印を警護していた敵を倒すのは有効で、既に“光の柱”が立っているのならば破壊する事で敵戦力を減少させるだけでなく、影響力を消滅させる事が出来ました。此の点は熊本の天草に立った“天獄の扉”が解り易い例だと思います。また“光の柱”が立っていなければ、其れを妨害する為にも敵を倒すという作戦目的が生じていました。残念な事に大阪の伊丹に立ってしまった“地獄門”に関しては、儀式を行うのがナニモノだったのか=目標を見誤った結果です。
天神地祇の封印からの解放に限らず、前哨戦に於ける結果が、『黙示録の戦い』で大きく影響を残した例は幾つもあります。特に挙げるとしたら“這い寄る混沌”対策だったでしょう。
なおアンケートで「人魔神裁開始前に封印されていた神の総数と所在地等」が質問に上がっていました。各地に封じられていた天神地祇ですが、全て運営側で埋めていた訳ではありません。千葉の春日大社に経津主は確定でしたが。そして都道府県に必ず1柱しか封じられている訳でもないので、行動次第で新たに発見される可能性は大いにありました。敢えて言うと、富士山本宮浅間神社の木花之佐久夜といった様に、神社の総本宮に、主祭神が封じられている事が多いです。山口に封じられていた天神地祇に関しては残念な事になりましたが。此れは下関にある神社は人間が死後に神格されたモノが主祭神のモノが多く、また住吉三神に関しては大阪の住吉大社に封じられていると既述していた為、山口の住吉神社に封じる訳にはいかなかったのです。あとは既述の無い天神地祇はPCの行動次第で、其処に封印されていた可能性が高くなった事でしょう。……勿論、八幡神、造化三神や神代七代は封じられていません。
2.“這い寄る混沌”の規則違反等。
高位中級以上の『名前を有する』超常体は、『遊戯』に於いて倒された場合、期間中に“此の世界”に再び訪れる事は許されていません。そうでないと『遊戯』の勝敗が成立しないからです。特例として熊本の阿蘇で敗れたバールゼブブが、『黙示録の戦い』に於いて大阪で活動していましたが、此れは『銀の鍵』で呼び出されたという特例です。デーヴァ神群のヴィシュヌには十の化身(アヴァタール)が有名ですが、『遊戯』に於いてはカルキとしてしか活動しませんでした。此れも『遊戯』に於ける絶対規範の1つです。
ところが“這い寄る混沌”は本体を隠したまま、自らの化身を神州各地で暴れさせています。本来の『遊戯』の規範であれば、化身であっても倒されたら其の時点で敗北として舞台から降りなければなりません。しかし“這い寄る混沌”は博多で倒されようが、与那国島で倒されようが、ドリームランドで倒されようが、函館で倒されようが……『遊戯』で嘲弄し続けました。此れこそが他の超常体から“這い寄る混沌”が睨まれていた理由です。
しかし其処迄、睨まれていながら“這い寄る混沌”を倒そうとする超常体は居ませんでした。此れは本編でもルキフェルの口からも語られていましたが、『遊戯』が御破算になって、次に流れる方が都合の良いと判断する勢力が、決着が近付くにつれ、多くなるのが理由の1つです。
其れでも“這い寄る混沌”を懲らしめるべく『遊戯』に参戦する超常体でなく“ 唯一絶対主 ”が“此方の世界”の人類にと用意させたのが、レーヴァテインでした。結局、レーヴァテインの否定を“意思”あるモノ達は選択した為に“這い寄る混沌”を直接に倒す手段は失われました。隠しシナリオとして用意していたのが火之夜藝速男の封印からの解放でしたが、誰も選択しなかった為に“這い寄る混沌”が化身1体を犠牲にする事で消失に追い込んでしまいました。ちなみに天神地祇を本当の意味で消滅させる事は出来ませんので、此の場合は喩え封印から解放されても弱り切ってしまい、維持部隊の力になれない(=“這い寄る混沌”本体を倒す手助けは出来ない)という意味と捉えて下さい。
さて前哨戦が終了し、『黙示録の戦い』に移行した時点で、運営側から“這い寄る混沌”を倒す手段は具体的に明示しないと決めていました。何故かというと『黙示録の戦い』の最中で運営側が御膳立てをするのは、前哨戦という意味がなくなるからです。なので厳しくPC自らが独力で手段を明記してこなければ、此のまま神州日本は核攻撃を受けて、『遊戯盤』である“此方の世界”は消滅するというワーストエンドは決定していました。
結局は太陽神の存在をぶつける事で本体を倒す事に成功した訳ですが、一応、運営側が「此れなら“這い寄る混沌”を倒せる」と認定していた手段は他にも在ります。1つは“這い寄る混沌”の仇敵であるクトゥグァをフォーマルハウトから召喚する事。リスクは“這い寄る混沌”本体だけでなく電脳世界に潜っていた存在全てが焼失します。案内していた由良も、そして囚われていたセスナも巻き込まれてしまい、結果として核攻撃を阻止する事は出来なかった事でしょう。他には、サタンの『憤怒』で暴走した上で、集められた五大系魔人の相生関係による増幅作用での火炎攻撃。リスクとしてサタンと五大系魔人は力のオーバーロードによる廃人化です。サタンというよりもミーシャとしての記憶が有るので、ルキフェルよりも人類に対して友好的でした。交渉に成功すれば“地獄門”の護りを放棄してサイバースペースに同行してくれたでしょう。
なお太陽神に関してですが、天照やホルスだけでなく、アポロンも交渉すれば力を貸す予定でした。ラー神群との諍いだけでなく、オリンポス神群からも“這い寄る混沌”は恨みを買っていました。オリンポス神群の主神ゼウスが生きたまま動けない状況に陥った事に“這い寄る混沌”が一枚噛んでいたからです。
3.天使共と魔群。
先ず、頂いた御質問の回答を。「天使側と悪魔側の人類への浸透ぶりが著しい(現実の社会より、明確に優先するレベルで傾倒する)のは、何か設定的な理由があったのでしょうか?」。……ちなみに「悪」魔というのは主観によるものなので正しい表現では無く、ノベル本文では使用していません。飽く迄も「魔群」です。
さておき、此れは、神州世界対応論の影響があります。超常体の出現と隔離政策によって地相的なものだけでなく、実は精神的・文化なものも影響度が深くなっていました。オリンポスやデーヴァといった各神群が地域に根付いた影響度を深めていましたが、其の分、限定的なものでもありました。しかし対照的に、基督教もイスラームも、そして猶太教といった「セム族の啓示宗教(アブラハムの宗教)」は地球圏=神州全体に影響を与えています(※三大宗教に数えられる、残る1つ「仏教」も、詳細は省きますが「セム族の啓示宗教」と根源で繋がりがあるという説もあります)。従って天使共と魔群が『超常体』の象徴でもあった訳です。
そしてフトリエルの煽動放送も決定的でした。神州日本に隔離されて戦争行為を強いられてきた事への不満が、フトリエルの告発を受けて爆発。また維持部隊全体に対して、超常体から「真実の告発。そして仲間になれ」と呼び掛けてきたのは、フトリエルの煽動放送が実は最初だったのです(※勿論、個人や部隊単位での対話はありました。なおデーヴァ神群は維持部隊に最も友好的でしたが、維持部隊に共闘は持ち掛けて来ても、デーヴァ神群にならないか?と呼び掛けて来た事はありません)。其の衝撃による呆然と、続く騒然。心理の隙を突いて浸透していったのが天使共であり、反抗心から離脱したモノを力で魅了して屈服していったモノが魔群だと考えていただければ間違い御座いません。
さて『黙示録の戦い』が始まって早々に、PCによる天使共へと積極的に攻勢があったのが衝撃でした。御蔭で本来はラスボスに用意されていたイオエルが7月下旬に倒されてしまうだけでなく、各地に立っていた“天獄の扉”も『魔法少女マジカル・ばある』メンバーによって破壊されて消失していきました。実は“天獄の扉”が4本以上立った時点で“黙示録の四騎士”と呼ばれる最終兵器が『遊戯』に投入され、天使共に敵対する勢力の総計の3分の1が強制的に虐殺される予定でした。7月中旬に木曽三川公園センター跡地で発見された“門”の兆候がソレであり、ユーフラテス川の畔に対応していました。
こうして『マジカル・ばある』の活躍により天使共の勢力が弱まっただけでなく、“黙示録の四騎士”も回避されたと言えるでしょう。また宇佐八幡宮戦でラー神群に協力を求めに接触しに行った事も大きく、PCの言及が無い場合、ラー神群は7月中旬に天使共に滅ぼされてしまうはずでした。ラー神群との共闘体制を築けたのが対“這い寄る混沌”戦へと活きていった事から、宇佐八幡宮戦を早期解決しに向かったのは正にファインプレーと言えるでしょう。
但し前哨戦にて、天使共に賛同していた天使側PCが『黙示録の戦い』に参戦していなかった事も注意しておかなければなりません。天使側PCの扱いをどうするか悩みましたが、結局、遠征という形で“天獄の扉”防衛に不参加。もしも天使側PCが『黙示録の戦い』に参戦していたら、天使共が『遊戯』に勝利する可能性は極めて高かった事でしょう。
……続いて魔群との戦いになりますが、天使共と違い、敵が大阪という一点に集中していた事で難攻不落だったのを差し引いたとしても、情報分析の甘さにより、後手に回っていたばかりか、悪手もまた目立ちました。
特に奈良の決戦で大阪から出てきたルキフェルでなく、デーヴァ神群のヴィシュヌを攻撃したのが最大の失敗でしょう。此の悪手により『遊戯』に於ける人類の敗北がほぼ確定してしまいました。というのも伊丹の“地獄門”と違い、デーヴァ神群が立てた“光の柱”――静岡の世界蛇アナンタから維持部隊へと与える影響は皆無だったのです。此れはヴィシュヌが維持部隊に友好的だった事もあり、奈良で共闘してルキフェルを倒す事に成功した後、改めてヴィシュヌへと挑戦状を投げ付けたとしても喜んで応じるつもりでした。結局の処、奈良の決戦でヴィシュヌへと騙し討ちに近い攻撃をした事が、人類を敗北へと歩ませたと言えます。
また“地獄門”を考えれば、影響が薄い「魔人でない者」こそが、最終局面で逆転出来る可能性が高かった事も付け加えておきます。
4.荒吐と蛇比礼。
此方も辛い評価になります。
先ず、アラハバキ連隊の補給線を破壊したり、現場指揮官を暗殺したりで、進攻速度を遅滞させた事は大成功です。此の結果、駐日人民解放軍(駐日中共軍)の突破が失敗し、茨城の大甕倭文神社に封じられている天津甕星香香背男は解放される事は無くなりました。
しかし其の後、執拗に中継地点の攻撃に終始していた事は「目的と手段の取り違い」と言えましょう。また荒吐は絶対的に倒せない事が序盤から示唆されていました。なので荒吐を直接狙ったり、また周りを削いだりする事よりも、担ぎ手であった吉塚(元)陸将の暗殺こそがアラハバキ連隊を潰すのに最も有効的だったのです。それから岩手の達谷窟に立っている“光の柱”を破壊する事にも意味があったのは本文の通りです。
そして丹内山神社で発見された蛇比礼ですが、此れは荒吐が絶対に倒せない相手であり、封印するしかないという証明であると同時に、事前情報が無い状態の独力で丹内山神社に辿り着いた事による報償でした。実際、運営側は、荒吐の封印を堅持する為の使用を想定しておらず、ルキフェルやサタンといった蛇の神性を持つ超常体に使用し、弱体化させて倒す事を期待していました。
結局、荒吐の動向に固執する余り、神州の行方や『遊戯』の勝敗といった大局を見失ってしまっていたと言えるでしょう。
5.日本政府は何処に?(笑)
頂いた、最後の御質問に対する回答ですが、亜米利加合衆国華盛頓に在る日本大使館に、名目上の行政機関を設置しています。立法府である議会や、司法機関は存在していますが、意味を為していません。そして隔離政策前に脱出した日本国政府は、天使共や魔群の息の掛かった亜米利加合衆国政府の庇護という名前の飼い慣らしで形骸化しています。
実際、ルーク・フェラー大統領補佐官やゲイズハウンド国務長官は、華盛頓の日本国政府を相手にしておらず、維持部隊長官である長船を“真の日本国政府代表”に見做している節がありました。『遊戯』が終わって隔離政策が解除されていく中で、電波妖精セスナや最強の操氣系魔人である斎呼がいる上にフェラーやゲイズハウンドも後押しての、長船を中心とした新しい政権が誕生するでしょう。
其れでは、御愛顧ありがとうございました。
堀 志織