同人PBM『隔離戦区・呪輪神華』初期情報 〜 関東:東亜細亜


『 It sleeps in the pot. 』

 西暦1999年、人智を超えた異形の怪物――超常体の出現により、人類社会は滅亡を迎える事となる。
 国際連合は、世界の雛型たる日本――神州を犠牲に差し出す事で、超常体を隔離閉鎖し、戦争を管理する事で人類社会の存続を図った。
 ――それから20年。神州では未だに超常体と戦い続けている……。

 隔離前は日本最大の総合電機メーカーの企業城下町と知られた、茨城の日立市。比較的に超常体の出現が穏やかな東北地方に近い事もあり、駐留する中華人民共和国人民解放軍(※駐日中共軍)の兵士も欠伸を噛み殺していた。
 最寄りの神州結界維持部隊の駐屯地は、勝田。超常体の出現以来、元々の施設学校としての役割だけでなく実働部隊も常設するようになったが、おおむね茨城の護りは駐日中共軍の派遣部隊が担っていると考えてもいいだろう。但し、此処の駐日中共軍は、本国から政策・思想的に問題のあるモノが大半であった。
「――まぁ、元々、神州に駐留している連中の大半が、犯罪者や魔人といった大陸でも鼻摘まみモノばかりだったからねぇ。党連中としては厄介者を神州に左遷出来て万々歳なんだろうさ」
「……誰に向かって呟いているんですか、車六級士官」
 思わずの独白に、小隊を預かる 項・充[シィァン・チョン]少尉が咎めるように返す。車・奉朝[チェ・フェンチャオ]六級士官(※註1)は唇の端を歪めて笑った。
 皺くちゃな赤ら顔の奉朝は小柄な事もあり、猿に似ている。だが愛嬌ある表情豊かさと、其の反面、非常時には燻し銀な貫禄を見せる魅力をも合って、同僚や後輩からは敬意を込めて“美猴王”と呼ばれていた。充とは立場では、上官・部下の関係であるが、同郷の出と言う事も親友の間柄といっても過言ではない。
 さておき奉朝や中共軍兵士が退屈しているのも無理はない。大陸でも、北京の反日教育から遠い地域出身のモノが多く、標準話(※北京語を基にした中共語)の読み書きも出来ない者も少なからずいる。反日教育の影響を強く受けた、党体制に従順な者達の多くは神州が隔離された際に、首都圏に割り当てられ――そして直ぐに死亡した。死因は未だ不明である。
「……しかし、まぁ、ヤスクニに手を出したのが失敗だったのは間違いないんだろうが」
 中共は関東地方に進駐して、過去に大日本帝国から受けた苦辱を晴らした……はずだった。反日教育の影響を強く受けた中共軍兵士達の一部は「超常体の巣窟である疑い」を掛けて、靖国神社を襲撃。全焼せしめた。
 だが問題は作戦に直接参加した者は、全員即死。また間接的に指示していた党員達も悶死した事だ。現在、大陸本土でも靖国神社の事件を口にする事は禁忌になり、そして事実上、駐日中共軍の活動規模は最低限度に留まってしまう。
 結果として抑えていたはずの神州結界維持部隊の中央機関が、関東地方における勢いを取り戻すという皮肉な結果となっていた。
「……其の煽りを受けて、神仙群は『遊戯』の予備戦早々に敗退が決まっちまった。オレッチ、暴れる機会がなくてなぁ」
「――仏としての名があるでしょう?」
 奉朝のぼやきに、充が渋面を作りながら指摘する。だが奉朝は手を横に振ると、
「お釈迦様は『遊戯』を見守るだけのようだぜ。……しかし、つまんねぇな。猪八戒や沙和尚にも振られたしなぁ」
 奉朝は不貞腐れたように横になった。充は眉間に皺を刻んだが、何も言わずに立ち去ろうとする。
 ――が、
「少尉、大変です! 超常体の群れが突如として!」
 文字通り、奉朝は飛び起きると高く跳躍。愛用の棍を握り締めると、歯を剥き出して笑う。
 周囲を警戒していた中共軍兵士が95式自動歩槍(※95式自動小銃)を構える先に、人間の顔に似た頭部を持つ犬――低位中級超常体サンキの群れが、気味の悪い笑い声を上げる。そして突撃してきた。
 95式自動歩槍が銃弾を撒き散らす中を疾駆する、奉朝。流れ弾を気にする事もなくサンキを手にした棍で薙ぎ払っていく。威嚇するように吼え声を上げた。
 奉朝に打ちのめされたサンキのうち大半は一振りで絶命していたものの、運良く生き残ったものは怯えて逃げ去ろうとする。だが半狂乱になった別のサンキに踏み潰さるか、或いは食い尽くされていく。
「――確かに尋常じゃねぇな」
 大きく跳躍して後退すると、充にぼやく。充は頷くと槍を握る。気合を発すると、槍の穂先が炎に包まれる。放たれた業火の舌はサンキを焼き払っていった。充と奉朝の暴れっぷりに、半狂乱となっている超常体の勢いも弱まっていく。
「――このまま根絶やしにするか?」
「倒し過ぎるのはマズイ。……だが異常ですね」
 充の疑問に、奉朝は鼻を鳴らすと、
「アレだ。『黙示録の戦い』が近付いてきた事で、活発化したんじゃね?」
「……それにしても、神仙群の大将格もなく、誰が率いるというのです? しかも妖仙の群れなど」
 充の疑問は、戦場に轟いた鳴き声で氷解した。唸り声が風のように駆け抜ける。見れば、翼の生えた虎がいた。サンキの群れを従える、獣の眼差しは智恵あるもののように見えた。
「――キュウキです……と? 四凶が顕現したのですか!」
 奉朝が駆け出そうとするより早く、駆け回る疾風が大地を、木々を、廃屋の壁を切り刻んでいった。慌てて身を退けた時には、超常体の群れは掻き消えていた。
「……祝融や黄帝がいない今を狙ってきたんじゃねぇか? とはいえ俺達を狙ってくる理由が解らんが」
 奉朝の呟きに、充は暫く無言。
「いや……彼等の狙いは、私達ではないかと思います。恐らくは――」
 振り返る。中共軍が守り通すべき目標――大甕倭文神社。
「おいおい。また、火中の栗を拾おうと手を突っ込んでくる気かよ」
 呆れたように呟く奉朝だったが、真面目な顔をすると、
「――それだけの神が封じられているってわけだ、此処には」
「日本軍もすぐに勘付いて動き出してくるでしょう」
 そして釘を刺すのも忘れない。
「……しかし、くれぐれも穏便に頼みますよ?」

*        *        *

 警務科隊員を待機させた 長船・慎一郎[おさふね・しんいちろう]は独り奥へ進むと東京タワーを仰ぎ見た。神州結界維持部隊長官――隔離政策前は防衛庁長官の位置に座する男は、海外の日本国政府から派遣という形をとっているが、実質的な神州における政策面の頂点だ。
 現在の長官である長船は7代目に当たる。任期数は15年を越えているが、腐らないのは本人の性格と周りの支援があってのものだろう。結構、気さくな性格でノリも軽く、分け隔てしない。維持部隊員の中には年齢や階級、役職に関係なく、長船と宴席を囲んだという者も少なからずいる。尤も維持部隊の暴論なまでの実力主義は長船の代からである為、神州以外では善し悪しについて批判や意見が出ているが、長船に代わる人物がいないのも、また事実である。
 そんな重要人物が警務科隊員を傍に付けず、独り奥に進む姿は不用心でしかない。しかもシビリアンコントロールという建前の為に、長船は徹底的な非戦闘員である事を要求されているのだ。
「……長官殿が直接お逢いに来るとは、一体どういう問題ですか?」
 東京タワーを見上げていた長船の前に、いつの間にか1人の女性が待ち受けていた。長官秘書の 八木原・斎呼[やぎはら・さいこ]一等陸尉は目を細めると、長船を咎める。
 だが長船はひょうひょうとした顔で、
「――何、斎呼君に悪企みに加担してもらおうと思ってね」
 頭を掻きながら、朗らかに笑った。いぶかしんでいた斎呼は暫くの沈黙の後、大きく溜息を吐いた。
「――判りました。一命に換えましても。では……先ずは長官殿を監視している敵を焙り出しましょう」
 言うが早いか、力の伴った氣を放った! 吹き飛ばされる視えざる影達。だが地面に墜落する前に姿勢を整えると、長船と斎呼を睨み付ける。
「インプとガーゴイルか……堕天使群かな?」
 長船のおどけた呟きに、咎めるようにインプやガーゴイルは鳴き声を上げる。しかし拍手が鳴り響くと、一斉に押し黙った。暗闇から姿を顕した拍手の主は一礼をすると、
「――気配は完全に隠していたつもりですが……流石は長官秘書の八木原一尉。恐るべき操氣系の使い手でございますね」
「……それはどうも。しかし貴方様も格上の敵と判断致しますが」
 斎呼の静かな、だが鋭い問い掛けの声に、拍手の主は苦笑する。再び頭を下げると、
「失礼致しました。私の名はアンドロマリウス。口さがない者は皮肉を込めて“正義伯”という二つ名で呼びます」
 七十二柱の魔界王侯貴族が1柱、アンドロマリウス[――]は挨拶をすると、指を鳴らした。ガーゴイルやインプといった低位超常体が唸りを上げる。
「――何の企みか存知上げませんが、此の場でお二人とも殺めてしまえば問題無く」
「……そう上手く事は行きませんよ」
 銃声が轟き、ガーゴイルやインプが薙ぎ払われる。アンドロマリウスは氣の防壁を咄嗟に張るが、其の間に警務科隊員達が長船達との間に割り込んだ。89式5.56mm小銃BUDDYを向ける。
「――狙撃隊員も配置に付いているのでしょうね。どうやら分が悪いのは此方の様です」
 肩をすくめると、アンドロマリウスは背を向けた。容赦なく斎呼が号令を発すると、アンドロマリウスへと銃弾の雨が降り注いだが、
「――遊び過ぎです」
 突然、滑るように空間に割り込んできた白髪の少年が手をかざすと、銃弾は不思議な事に見えない何かに阻まれたかのように軌道を逸らしていった。まるで魔王の身を避けるように。まるでプリズムを通過した光のように、有り得ない急角度で。
「このまま長官の首を取れませんか?」
 白髪少年の問いに、だがアンドロマリウスは眉間に皺を寄せると、
「――いや。八木原一尉だけでなく、そこの女も油断が出来ないようです。それに長官自らが訪れただけあって、東京タワーには何故か莫大なエナジーが集積されているようです。……加勢を集めて一気に攻め落とした方がいいでしょう」
 アンドロマリウスの言葉に、白髪少年は納得したようだった。そしてアンドロマリウスと共に空間へと消える。
「――アンドロマリウスは操氣系。もう1体は空間系のようですね」
「高位上級の魔王や群神クラスしか使えないという、特殊な憑魔能力のアレか」
 斎呼の分析に、長船は目を細める。そして周囲の警戒する警務科隊員達の中から、1人のWAC(Woman's Army Corps:女性陸上自衛官)に目を向けた。アンドロマリウスが油断が出来ないと言っていた少女だ。長船は暫く考え込んだ後、斎呼に目配せする。それから少女に声を掛けた。
「……新顔のようだが、君の名は?」
 少女は慌てて敬礼。階級章は一等陸士だが、長官の警衛に選抜されるという事は、実力は申し分ないのだろう。
「川路微風であります!」
「そうか。では、私の事は気軽に『長さん』と読んでくれ」
 長船は 川路・微風[かわじ・そよかぜ]一等陸士へと茶目っ気溢れる笑顔で、そう返したのであった。

*        *        *

 埼玉、氷川神社跡地。
 此の地における中共軍派遣部隊を指揮する、周・国鋒[ヂョウ・クオフォン]大尉は厳格な表情を崩す事無く、部下達の意見を聞き流していた。
「――閣下。我々も行動を起こすべきではないでしょうか? 永きの恨みを晴らす時です!」
 そう訴えかける部下に対して、国鋒は片眉を上げると静かに、だが重い声色で口を開いた。
「……我に共工の真似事をしろと? 馬鹿馬鹿しい。其れと……どうもヤスクニの祟りから生き残った連中に、何者かが悪知恵を授けて秘密結社を作らせているという噂は本当のようだな。貴様も毒されたか」
 悪態を吐くと、提案してきた部下を殴り付けた。そして這いつくばった男を更に蹴飛ばすと、
「第一、此処には何もない。――最早、我等の役割は人間の選択を見守るだけだ」

 

■選択肢
EA−01)茨城・大甕倭文神社を密偵
EA−02)茨城・日立で中共軍と共闘
EA−03)東京タワーを秘密裏に調査
EA−04)東京タワーにて魔群の警戒
EA−05)市ヶ谷駐屯地で権謀術策を
EA−FA)関東地方の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該初期情報で書かれている情報は、直接目撃したり、あるいは噂等で聞き及んだりしたものとして、アクション上での取り扱いに制限は設けないものとする。
 なお中共軍兵士の多くは日本語や英米語を解せ無い。下士官で片言程度に、士官は問題なく意思疎通が可能。
 また維持部隊長官は基本的に市ヶ谷から離れる事はない。
 なお噂されている駐日中共軍首脳部での秘密結社の動きについては選択肢「EA-05」に含めるものとする。

※註1:六級士官 …… 中共軍の階級の1つ。下士官最高位で、准尉、上級曹長に相当すると思われる。なお中共軍では下位から「一級、二級〜」と続くようで、其の点が欧米の軍隊階級とは異なる模様。


隔離戦区・呪輪神華 初期情報 「 It sleeps in the pot. 」

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