同人PBM『隔離戦区・呪輪神華』第1回〜 関東:東亜細亜


EA1『 The cocoon in the tower 』

 最上部で風速90m、下部で風速60mの強風と大地震に遭遇しても安全なように構造設計されたという東京タワー。隔離前、東京地区の集約電波塔として建築されたタワーは、20年近くの戦禍の中を経てもなお、其の存在を示していた。
 隣接する旧・芝公園スタジオ屋上から見下ろしながら、神州結界維持部隊の警務科に所属する、佐藤・一郎(さとう・いちろう)二等陸士が12.7mm重機関銃M2キャリバー50を設置すると呟く。
「……転属したとたんに、大物相手とは警務科も馬鹿に出来ませんね」
「確かに、高位上級の魔王クラスだからな。だが最近の情勢を聞くと、各地でも似たような状況らしい」
 相棒の 鈴木・太郎[すずき・たろう]二等陸士が不機嫌そうに答えた。
 ……此の春になって各地で超常体が狂暴化するだけでなく群れを成すと、駐屯地への襲撃を繰り返している。其の中心には魔王クラスと目される超常体の姿があった。
「其れにしても戦略価値があるとも思われない、東京タワーを襲撃して、どうするつもりでしょうか? 憑魔核が活性化して疼きが止まらないのは間違いありませんが……何か此処に隠されている?」
 佐藤も鈴木も、東京タワーへと接近する程に憑魔核が怯えるように活性化するのを感じていた。流石に疼痛には慣れたが、其れでも気分は良くならない。ましてや操氣系である鈴木は半身異化をしないまでも、東京タワーから発せられる氣に当てられて狂いそうだと苛立ちを隠そうとしなかった。
「狙撃手に必要なのは鉄の精神ですよ」
「……お前も憑魔能力を使ってみろ。油断していると飲まれる――強制侵蝕されるからな。其れだけ強いエナジーが集約している」
「其のエナジーを狙って……か? 長さんからは?」
 神州結界維持部隊長官―― 長船・慎一郎[おさふね・しんいちろう]。愛称は『長さん』。気さくな性格でノリも軽く、分け隔てしない。維持部隊員の中には年齢や階級、役職に関係なく、長船と宴席を囲んだという者も少なからずいる。ましてや佐藤と鈴木は、現在どころか異動前もまた長官直下の部隊に所属していた。長船からも自然と名前を憶えられているだろう。
「……何も。秘書官の八木原一尉と示し合わせているのは確かだが」
 そもそも2人とも警戒待機しているが、先日に襲撃してきた魔群(ヘブライ堕天使群)から東京タワーの何を護らなければ聞くのを忘れていた。長船は市ヶ谷駐屯地での政務に忙しく、東京タワーへと足を運んでいない。秘書官の 八木原・斎呼[やぎはら・さいこ]一等陸尉が顔を出しているぐらいだ。
「八木原一尉に尋ねれば聞けるかも知れんが」
「自分から説明しないところから見ると、味方にも秘密にしておくべき事項なのでしょうかね……?」
 キャリバー50の設置に続いて、其々、自分達の得物の整備点検にかかる佐藤と、鈴木。前歴や今の職種の繋がりで斎呼とは面識があるものの、どうにも怖い人だと思っている。世間レベルの評価で並み以上の顔立ちなのは間違いない。性格も厳しいという程でもない。仕事振りも真面目だ――問題児であった妹と違って。
「……祭亜は今、沖縄でしたっけ? あのシスコンのレズビアン」
「さあ? 俺達以外の特戦群の面子も、此の春に結構な数が、各地に出向や、様々な職種に異動しているからな。正直よく判らん」
 不機嫌さをようやく収めた鈴木が首を傾げる。
「兎も角、東京タワーの秘密について尋ねていいのか、其れともいけないのか、判断が難しいところだな」
「訊かれなかったから言いませんでした……とかいうオチが着きそうですけれどもね」
 得物の整備を終えた佐藤は再びスコープで見下ろした。東京タワーの周辺、特に芝公園には高射特科の部隊が配置展開を終えているのが見て取れた。
「……彼等も東京タワーの何を護れば良いのか解っていないんでしょうかね?」
「何にしても超常体からの襲撃から拠点を防衛するのが重要なのは間違いない。……って」
 鈴木が不思議そうに顔を上げる。疑問を口にした。
「よく考えれば大展望台やフットタウン屋上で、待機しておけば良かったんじゃないか、俺達?」
 相棒の意見に一瞬答えに詰まったが、其れでも佐藤は肩をすくめると、
「……其れだと狙撃位置がバレバレですよ。まぁ今回の状況から考えておきましょう。――とはいえ次回がなければいいんですけれどもね」

 東京タワーを中心にして、芝公園跡地等に配置されるのは、11門の35mm2連装高射機関砲L-90だった。東部方面隊第1師団・第1高射特科大隊による試作運用小隊。エリコンKDB 35mm機関砲と、レーダー制御の射撃統制装置によって構成されるL-90だが、ミサイル等に対空武器の座を取って代われ、超常体が現れなければ退役されるのは間違いなかった。今、ここにあるのは対空武器の老朽化に伴い、近代改修による延齢を行った試作型だ。牽引車輌の調達もままならないのは、単純に予算不足としか言いようがない。
「いつも思うんだが……足が欲しいですね」
 口癖ともなった、山池・真一郎(やまいけ・しんいちろう)准陸尉の言葉に、部下達も同意する他ない。普通科部隊の小隊長も力なく笑うだけだ。
 さておき、周辺図を開くと、
「報告や予想によれば、飛行系魔群の大軍が予想される。基本的なプランとして、物量に優れるガーゴイルやインプといった低位超常体を、対空機関砲を中心とする布陣で対抗し、質的に優越する高位上級を魔人で迎撃するという方向性で問題ないでしょうか?」
 山池の言葉に、普通科の小隊長も頷き返すと、
「やはり空からの脅威に対しては、うちの小隊の魔人でも荷が重いからな。そうしてくれると助かる」
「何人動かせます?」
「警務科からの応援もあるとはいえ、うちの裁量で動かせるのは3人が限度だ。流石に山池と違って、自分は前線で動き過ぎた。半身異化したら銃殺される状況になるのも時間の問題だよ」
 小隊長は陸自時代からの腐れ縁だ。昔から血気盛んな男で、憑魔の侵蝕が激しく、今では後方指揮に甘んじる他ない。
「魔王クラスの中には、強制的に侵蝕を起こすヤツもいますよ。気を付けて下さい」
「どう気を付けろって言うんだよ? ……まぁ其の時は馴染みからの願いと思って、山池の手で殺してくれ」
「――無茶言わんで下さい」
 山池の呟きに、冗談だと普通科の小隊長は笑い飛ばした。だが顔を寄せて、
「とはいえ、東京タワーは落ち着かんのは確かだ。特に、八木原が来るとな」
 気が付いた時には其処に現れる斎呼。いつ現れたのかは解らずとも、今居るか居ないかは、直ぐに判る。斎呼が居る時は憑魔核が疼くのだ。
「……完全侵蝕魔人の疑いがあるとでも?」
「完全侵蝕魔人と直接遣り合った経験から言って、八木原がそうじゃないのは理屈じゃないが判る。だが並みの魔人でないのは間違いない。八木原の操氣能力は数倍と言っても大仰過ぎないからな」
 口さがない者は斎呼の事を化け物や、魔女と言う。秘書官に着任したのは5年前の16歳になるかならないかの歳頃で、斎呼が義務教育を終えて直ぐの大抜擢だ。其の当時から色々と噂されているものだ。
「長さん自身は信頼しているんだが……八木原に至っては正直怖いぜ。東京タワー自体が敵味方に張られた罠と見ているんだが、俺は」
「しかし、そうする事で、八木原さんは何を得られるでしょうかね?」
「其れが解れば苦労はねぇ……が、いざとなれば、俺は、八木原を殺る覚悟も出来ている。警務科の一部にも怪しんでいる様子があるしな」
「……一部とは?」
 思い当るところがない訳でもない。配置についている警務科の中には、理由を付けては東京タワーの奥へと頻繁に足を踏み込もうとする者もいた。
「そうだな……俺が目に付いたところでは新人のWAC(Woman's Army Corps:女性陸上自衛官)だったかな。詳しい事までは知らねぇけどよ」
 兎に角、気を付けろと忠告を残すと、普通科小隊長は自分の部隊へと帰っていく。山池は頭を掻くと、東京タワーを見上げるのだった。

*        *        *

 神州結界維持部隊通信団・通信保全監査隊は、1987年(昭和62年)3月に、前身となる通信監査隊を母体に新編された同名の部隊を引き継いだものである。神州結界維持部隊の通信監査及び暗号の設計等、セキュリティ全般に関することを任務とする。隊員は通信技術、暗号、セキュリティに長けた自衛官及び事務官、技官で構成されていた(※註1)
 施設内に割り当てられた一室で、書類に目を通し終えた、火々原・四篠(ひびはら・よしの)二等陸士は穏やかな表情のまま、苦笑を漏らした。
「……秘密結社ですか。何とも、まぁ」
「いや、莫迦にしたもんじゃないぞ? 例えば中華系の黒社会(ヘイシャーホェイ)の代名詞とされる『三合会』も、元は清朝による支配に抵抗すべく結成された反体制的結社を源流とするとされているからな」
 火々原の漏らした呟きに、同じく苦笑交じりながらも同僚が応える。泥水のような珈琲を受け取り、火々原は書類を軽く指先で叩いた。
「莫迦にしてはいませんが、字面というか響きが、ね」
「まぁ……今更、『秘密』も何もないとは思うが……実際、中身は煙に包まれたままだ。存外に、中共の連中、尻尾を掴ませないぞ」
「中身を覗いたら、張子の虎という可能性は?」
 火々原の指摘に、同僚は頭を掻く。看板に騙されて、実は鼠一匹では笑い話にしかならない。だが火々原は珈琲をすすると、
「さておき、単なる中共軍の暴走ならば兎も角、『秘密結社』なんていう回りくどい真似は少々引っ掛かるのは間違いありません。目晦ましに過ぎない可能性を踏んだ上でも、早めに全貌を顕にしてやらないと、面倒な事になりそうですし」
 そして目配せをすると、同僚の口を促した。
 ――神州結界と超常体総数の管理維持を名目として関東に乗り出してきた、中華人民共和国人民解放軍(※駐日中共軍)は、旧・中共大使館を中心にした港区元麻布に駐留している。本来ならば関東地方を牛耳るとともに、日本国の陸上自衛隊を根幹にする神州結界維持部隊の頭――市ヶ谷を抑え付ける目的であっただろう駐日中共軍だったが、神州に進駐してすぐに「超常体の巣窟である疑い」を掛けて、靖国神社を襲撃。全焼せしめた。
 だが作戦に直接参加した者は全員、原因不明の即死。また間接的に指示命令を発していた党員達も悶死したのだ。現在、大陸本土でも靖国神社の事件を口にする事は禁忌になっている。
 結果として駐日中共軍の活動規模は最低限度に留まる事になり、逆に暴力的なまでに実力主義を標榜する神州結界維持部隊の権限を高める事になってしまった。
「東京では駐日中共軍に力が無いというのが表向きだ。ただし埼玉や茨城では、派遣された部隊が戦力を温存したまま軍閥のようなものを形成している。とはいえ……」
 手にしていた書類を投げ渡すと同僚は腕を組んだ。
「埼玉の方は『眠れる獅子』と化している。部隊の中心的人物である周国鋒大尉は、10年程前を境にして、粗暴だった性格が落ち着いたそうだ。好意的ではないが、維持部隊に対して敵愾心も向けてこない」
「10年前……資料によると、氷川神社で局地的な暴風雨に見舞われたというヤツですか」
「断片的にしか当時の記録が残っていないのでな。だが少ない情報から推測するに、どうも『落日』と氷川神社に関する何かをやりあったらしい」
「――都市伝説のアレですか」
 神州結界維持部隊にある都市伝説の1つに、裏や闇で活動している機関というネタがある。情報を扱う火々原は都市伝説や噂の真偽も判別出来るようにもなり、『落日』という機関が存在するのは事実として受け入れていた。
 さておき、埼玉に派遣された駐日中共軍の実質的指揮官の 周・国鋒[ヂョウ・クオフォン]大尉は、実際に10年程前までは野心も隠さない、粗暴な男だったらしい。また強力な魔人であり、高位中級の超常体を単独で撃退したという報告もある。だが今では大人しくなっており、人が変わったようだと古くから国鋒を知る者は目を丸くするという。
「牙を抜かれたのか、それとも眠っているだけなのか。何にしろ、このまま大人しくしていてくれたら警戒監視を担当している俺は助かる」
「油断して寝首を掻かれないようにお願いしますよ。逆に言えば、そういう動きを見せないところこそが、最も厄介なんですからね」
 同僚に釘を刺すと、火々原は別の書類に目を落とした。茨城の方は、最近、超常体に襲撃されたらしく、神州結界維持部隊が介入の機会を狙っているらしい。茨城方面に派遣されている駐日中共軍の事実上のトップは、項・充[シィァン・チョン]少尉という男で、珍しく物分りが良い方で、いざとなれば結界維持部隊からの協力の申し出も受け入れるだろう。だからこそ東京でなく茨城に左遷されたとも見えるが。
「――茨城の方は、秘密結社の動きはないと判断しても良いですかね?」
「それどころじゃないだろうさ。一応、現地に展開する部隊には『秘密結社』に関しての注意が通達されているだろうし」
 頷くと、火々原は荷物をまとめなおす。
「書類だけでは掴めないところが、多々ありますね、やはり。元麻布の警戒に向かいます。其方は引き続き、埼玉の監視を」
「了解。……ああ、忘れていた。小松小隊もまた中共軍の動向に警戒しているらしい。接触があるかも知れんが、邪険に扱うなよ」
 同僚の言葉に、火々原は首を傾げる。
「――小松小隊?」
「普通科の部隊だが、陸自時代からの古参が率いている。どうやら実働でも『秘密結社』の噂に対して、胡散臭さを感じ取ったんだろうよ」

 くしゃみをしそうになり、慌てて手で覆った上に、きつく口を結んで噛み殺した。ズレた眼鏡をかけなおしながら、生駒・現在子(いこま・いまこ)二等陸士は独りごちる。
「誰かが噂でもしてんのかな?」
 もしくは仮想敵が、自分を狙ってくる予兆とか?
 そんな莫迦なと苦笑って否定すると、生駒は携帯情報端末に入れたデータを転送する。データを分析し、判断するのは相手方の仕事で、生駒の役割は現場から情報を数多く収集してくる事である。
「とはいえ、胡散臭いったらありゃしないけどな」
 中共軍の『秘密結社』の噂。胡散臭いところはあるが、事実だとしたら獅子身中の虫になられては困る。摘める芽は早めに何とかしようというのが、生駒の上官の考えだった。
 現在の駐日中共軍は一枚岩でなく、派遣部隊ごとに軍閥に似たものが出来ているのが現状だ。また靖国神社の件から大陸の党本部に対しても疎外感があるらしい。兵士達の多くが、別に拠り所を求めて『秘密結社』に加わるのは解る気がした。
 とはいえ、中共軍だけに収まるだけならばいいが、神州結界維持部隊にまで波及するとなれば問題だ。そもそも『秘密結社』の中身が未だに見えてこない。何の目的の為に設立されたのか、中心人物は誰か、構成人数や戦力としての規模はどれぐらいか……不透明のままなのだ。
「……尤も、そういうのを調べてくるっていうのが、あたしの役割なんだろうけれども」
 自然とぼやきが多くなり、溜息を吐く。それでも生駒は中共軍関係者とは異なる点から洗い出そうと試みていた。
 神州隔離政策と、駐日外国軍の到来から、たいていの維持部隊員――日本人は外国人に対して良い感情を持っていない。超常体という共通の敵を前にしても、協力体制を結ぶのは滅多になかった。勿論、個々人レベルでの交友関係は、そこそこにあり、中には同郷の者よりも強い絆で結ばれる事もあるだろうが、数少ない例に違いなかった。
 そういう点でも、駐日中共軍関係者と接触する維持部隊員は多くなく、『秘密結社』に関係を持つと疑われる者は先ず見受けられない。
「ハズレだったかな?」
 個々人レベルでの交友関係では、叛乱に加担しても、大した事はない。余程の有力者が毒されてでもいない限り。
「――余程の実力者、ね」
 駐日中共軍と接触している人物のとしては、最も有力者は、組織での渉外担当である、子谷・一雄[こたに・かずお]陸将補が挙げられた。最近は、元麻布の駐日中共軍司令部と密に連絡を取り合っている。
「……職務の範疇での接触と言われたら、其れまでだけどなぁ」
 ベリーショートの髪を掻き毟るようにすると、生駒は口をへの字に曲げながらも、元麻布に向けて愛車のエンジンを吹かすのだった。

*        *        *

 茨城の日立に派遣されている駐日中共軍部隊は、大みかゴルフクラブ跡地に天幕を張り、隣接する旧・茨城キリスト教学園や、旧・回春荘病院の施設を拝借しているようだった。
 また大甕倭文神社の祖霊殿や儀式殿に挟まれた国道6号線を北と西との最終警戒防衛線とし、南は旧・大みか体育館、東は旧・大甕駅に見張りを配置。超常体の迎撃だけでなく、巡邏する維持部隊ですら寄せ付けようとしない。
「……えぇと。戦力にして常時警戒の見張りは各1個班――武装は、さすがに戦車はないよね?」
 其れでも92式装輪装甲車が配備されている辺り、抜かりはないようだ。95式自動歩槍(95式アサルトライフル)を肩に担いで周囲の警戒を怠っておらず、双眼鏡を覗いている壮年の中共軍兵士と目が合った。
「あは。えへへ……」
 思わず手を振ると、向こうも返してきた。東京を離れた中共軍兵士は地方出身者が多く、文化大革命の傷跡から目を逸らす目的で促された反日教育の影響は其れほど大きくない。当然、日本語どころか英米語も怪しいものだが、会話せずとも此方に問答無用で発砲というつもりはないのは解った。
「……でも近寄り過ぎたら、やっぱり怒られちゃうんだろうなぁ」
 大きく溜息を吐きながら、佐伯・千香(さえき・ちか)二等陸士は場を後にした。迷彩や潜伏という概念に喧嘩を売るような、やたら派手に目立つポップキュートでパステルカラーなフード付きコートに、アクセサリやデコレートシールで飾られた89式5.56mm小銃BUDDY。12歳という年齢もあるだろう、愛嬌のある顔立ちに振る舞い。だが相手の警戒心を緩ませるという点では、人間心理の盲点を上手く突いていると言えた。
「……だけど、こんなに厳重に警戒して何を護っているんだろ?」
 出向先としてお世話になっている小松小隊の皆や、佐伯の家族から聞いた話では、日本の神様が封じられており、中共軍は自由にさせないように見張っているという。つまり閉じ込められており、虐められているのか?
「……痛いのは兎も角、動きたくともどうにもならないっていうのは……厭だなぁ」
 愛嬌のある笑顔を張り付けたまま、千香の声に嗚咽が混じった。前髪に隠れてはいるが瞳は潤んでいる。
『――封じられている神様って?』
 任務に来る前に、そう尋ねると、何かを感じ取った一番親しい義姉は悪い神様だと慌てて答えた。
『どうもね。日立に封じられている神様は、悪い事したお仕置きをされているみたいなの』
 大甕倭文神社で奉られているのは建葉槌命。元の名を 天羽槌雄[あめのはづちお]、または倭文神と呼ばれ、天照大神を天の岩戸から誘い出すために、文布(あや)を織ったとされる。だが最も有名な逸話は『日本書紀』にあり、そこでは経津主や武甕槌でも服従しなかった 天津甕星香香背男[あまつみかほしかがせお]という星神を退治したという。
 由来を解説する『大甕倭文神宮縁起』には、香香背男が宿魂石に変じ、天羽槌雄によって封じられたと紹介されていたらしい。
 ……となると、大甕倭文神社に封じられているのは奉られている天羽槌雄でなく香香背男という事になり、此のまま自由にならない方が良いという話もある。
「……でも大陸の妖怪達は、此の神社を襲ってくるんだよね、何故なんだろ?」
 古代中華は舜帝の時代に、中原の四方に流された四柱の悪神――四凶。大甕倭文神社を襲撃してきたのは、其の1柱である、キュウキ。漢字では「窮奇」と書く。翼を持った虎の姿をしており、風を吹き起こすという。
「幻風系なのかな?」
 他の3柱は、トウコツ、トウテツ、コントンという。
 トウコツは虎に似た体に人の頭を持っており、猪のような長い牙と、長い尻尾を持っている。キュウキに似ているが、翼の有無で判別はつくだろう。
 トウテツは体が羊で、曲がった角、虎の牙、人の爪、人の顔等を持つ。人面羊――と書けば変なものだが、何でも喰らい尽くす、飽くなき食欲を持つ。
 そしてコントン。漢字では「渾沌」と書き、すなわち混沌(カオス)を司るとされる。怪物としての姿は犬のような姿で長い毛が生えており、爪の無い脚は熊に似ているらしい。だが四凶のうち、最も異質な存在であり、道教の世界では 鴻均道人[こうきんどうじん]と称され擬人化され、明代の小説『封神演義』に至っては太上老君、元始天尊、通天教主の師として登場している。怪物化された姿は、鴻均道人そのものでなく、分たれた滓のようなものだろう。
 いずれにしても、千香は判断材料を集めるべく、情報収集を続けるのだった。

*        *        *

 実際のところ、茨城の日立に派遣されている駐日中共軍の規模は1個営(※大隊に相当)であり、形式的には少校(※少佐に相当)が指揮を執る。
 だが実際には1個排(※小隊に相当)を預かるしかない項少尉の発言力に多大なものがあり、中心人物としても過言ではない。
 赴任当初は他の将校等とも悶着があったらしいが、東京派遣部隊が靖国事件で多大な損害を受け、大陸本土の党本部もまた沈黙し出してから、項少尉を中心にまとまっていったらしい。加えて、項少尉の部下であり、同郷の親友でもある 車・奉朝[チェ・フェンチャオ]六級士官の存在も大きい。学は足りないが、武力に置いては、埼玉派遣部隊の周大尉と並んで1、2を争うと云われる程だ。こうるさい将校を腕力で黙らしてきたのは間違いなく奉朝の仕業だろう。
 さておき、項少尉と面通しに挨拶に伺った、第1師団第32普通科連隊・第106中隊第4小隊長の 小松・栄一郎(こまつ・えいいちろう)は頭を掻く。会うのは初めてだが……憑魔核が妙に疼くのは気の所為か?
 さておき、
『……以上、此方の事情としては、此の春より各地で超常体が活発化し、幾つかの駐屯地も襲撃を受けている状況なので、比較的穏便だった日立方面でも警戒を厳にしようとする動きがありまして』
 流暢な標準話で小松が説明をすると、項少尉は然りと頷いて見せた。
『つまるところ、日本軍の哨戒部隊の行動を或る程度は看過して頂きたい……という要望と了解すればいいのですね?』
 茨城――特に、中共軍が警戒を厳にしている久慈川以北は、維持部隊による立入は禁止とされている。表向きは凶悪な超常体の封じ込めや迎撃の為としている。また維持部隊の最寄りの駐屯地である勝田は実働部隊も常設するようになったが、元々は施設学校。概ね、茨城の維持は中共軍派遣部隊が担っているのは間違いない。とはいえ東北に近い事もあって茨城は先日まで平穏そのものであり、維持部隊を締め出す理由としては弱い。其れでも大義名分が立たずに今まで維持部隊は介入する事が出来なかったのだが、
『――各地での、超常体による襲撃はどこも苦労しているとは聞き及んでいます』
 項少尉の言葉に、小松は頷き返した。茨城でさえも四凶と呼ばれる高位中級の神獣クラスの超常体が姿を現したのだ。サンキと呼ばれる人面獣身の低位超常体の群れを操って襲撃をかけてきた。斥候の役割だとすれば、今度来るのは大規模な攻勢だろう。大甕倭文神社の件を抜きにしても、勝田駐屯地ひいては第1師団も無関心を装えない事態である。
 従って維持部隊が中共軍の戦況を把握し、超常体の動向を推し量る為に活動するのは、項少尉としても了解するしかないようだった。
『――私の部隊としても、其方が超常体との戦闘に入った場合、要請があれば惜しみなく協力致します』
 そう告げる小松の言葉に、だが項少尉は曖昧な表情を浮かべた。其の反応に小松が怪訝な表情になる。項少尉は困った顔をすると、
『私個人としては残念ですが……我が部隊の方から日本軍に対して応援要請をする事は決して無いでしょう』
 反日思想からくるものかと一瞬思ったが、違った。
『――民族的なものです。我が民族は面子を重んじます。日本軍の方から協力を申し出るというのであれば、寛大に応じ、指揮下に入れるという形をとるでしょうが……此方から要請する事は決してありません』
『其れで……壊滅したとしても?』
 小松の、聞きようによっては挑発とも誤解されるような発言に、だが項少尉は微笑みを返すと、
『敗けませんよ』
 とだけ答えた。そして席を立ち上がる。
『勿論――超常体の大攻勢は、どれほどの規模になるかは判りません。此方の戦況を把握しようとした際に巻き込まれる可能性もあります。充分に御注意下さい』
 言い忘れたかのように振り返る。
『其の際、救援要請には応じますので御安心下さい。勿論、全面的に我が部隊の指揮下に入る事をお願いする事になるでしょうけれども』

*        *        *

 中共軍の動向を警戒監視している部署は、警務科や通信科ばかりではない。統一された防諜機関が存在しない維持部隊だが、縄張り意識や互いの利害を考慮した上で、得意分野を割り当てて協力体制に当たる事がよくある。今も監視の目を緩める事無く、火々原が雑嚢から取り出した餡パンを、生駒が片手で受け取りながら、双眼鏡で中共軍の兵員輸送トラックの動きを眺めていた。
「……軍閥化した茨城や埼玉との繋がりは無しと考えていいのか?」
「傍受した暗号通信を解読した限りは、密接な繋がりは見受けられませんね。表向きは無味乾燥な定期報告が、そして裏では腹の探り合いが交わされているだけですよ」
 生駒の質問に、空になったパック牛乳を潰しながら火々原が答える。
「むしろ各軍閥は其々警戒している節が考えられます。埼玉と茨城は、特に東京での“秘密結社”とやらを疑問視しているようです」
「ふーん。……介入してくる可能性は?」
「茨城は四凶という超常体への警戒態勢に移行している為、動く事は出来ないでしょうし。そして埼玉は首都圏からの接触に対して無関心を装っているようです」
 同僚から送られてきた報告に目を通しながら、火々原は頭を掻いた。
「という事は……あたしが見立てた通り“秘密結社”とやらは東京だけの病気か」
 生駒の言葉に、火々原は頷いた。
「で、子谷陸将補に関しては?」
「長さん程ではありませんが、交友関係は広いようです。とはいえ職務だけの繋がりなのか、プライベートに関しては話に上りませんね。要請があれば、警務科にも資料を要求しますけれども?」
 白とも黒とも判断が付かない。しかし資料があるという事は、警務科でも要監視対象なのだろう。
「しかし中共軍。目と鼻の先で、維持部隊が展開しているというのにリアクション薄いぜ」
 駐日中共軍東京派遣部隊の司令部は、元麻布にある旧・中共大使館に置かれている。芝公園にある東京タワーとは直線距離で2kmも離れていない。其の東京タワーでは魔群に対する迎撃作戦が展開されている。何等かのリアクションがあって然るべきなのに、せいぜい都道415号線の人員を増やしたぐらいだ。
 中共軍東京派遣部隊は、近場の麻布高等学校跡地を間借りし、麻布運動場等にトラックや装甲車を駐機していたり、訓練を行っていたりしている。隣接する有栖川記念公園跡地にも部隊を潜伏させているという話だ。
 とはいえ、現状の中共軍東京派遣部隊の支配域は、北は3号渋谷線、西は恵比寿駅跡、南は2号目黒線が限界と見られており、かつての隔離政策当初は市ヶ谷駐屯地を脅かさんとする勢いがあったというのが嘘のようだ。
「……恵比寿方面を巡邏しに行っていた部隊が帰ってきたようですね」
 物資や人員の動きを把握する事から何か見えてくるものがあると思って、監視を続けているものの変化は乏しい。せいぜい東京タワーでの迎撃作戦に対して、東方面の警戒待機人員が増えたぐらいだ。
 ……なかなか尻尾を掴ませない。思わず、そう溜息を吐きそうになった火々原だったが、
「……どこかで荷物を下ろしたんかな、あれは?」
 生駒の言葉に、目を疑う。
「こちとら、両親共々にタイヤ乗りの血統書付きだぜ? タイヤの凹み具合から荷台の軽重ぐらい簡単に判るさ」
「……そういうものですか?」
 重そうに物資を運んでいる姿は、演技なのか? 火々原は、ふと携帯情報端末に記録していたデータを思い出し、眉間に皺を刻んだ。
「どうした?」
 いぶかしむ生駒へと振り向きもせず、努めて冷静に事実を淡々と述べる。
「東京に派遣された中共軍は靖国事件で大半の人員を損失しています。しかし――」
 傍受した記録によれば、大陸から輸送されてくる弾薬物資は減っている様子は見受けられない。対して失った損失を埋める新たな人員が派兵されてきた記録はない。
「じゃあ……武器弾薬はどこに消えているって言うんだよ?」
 生駒の質問にすぐには答えず、火々原は考え込む。恵比寿方面の建物に、武器や物資を隠し貯蔵している痕跡はない。長期的に、そして大量ともなれば、誰かが気付くはずだ。人員も同じ事。長期間に渡って潜伏しているとなれば、必ず足が出る。
 地図を見比べ、また定期巡回コースをなぞる。司令部から出た兵員輸送トラックは、周囲の警戒をしながら恵比寿方面に向かう。有栖川記念公園跡地の横を通り、一旦、広尾にて降車。周辺を探索終えると、明治通りに乗って、恵比寿へ……。
 火々原は顔を上げる。冷静を務めようと思っても、知らず奥歯を噛んでいた。
「……!? しまった、盲点でした!」
「え、なに? どうした?」
「――地下です、地下鉄ですよ! 日比谷線の広尾駅もしくは恵比寿駅に潜り、武器弾薬や物資を隠して貯蔵している可能性があります」
「しかし、地下って、超常体の巣窟になる恐れがある為、隔離政策初期に封鎖されたんじゃ?」
「隔離前から都市伝説になるほど、連結路等の知られざる地下鉄線が眠っているはずです。どこか、その一つの入り口を見付けていたのかも知れません」
 東京の地下網を利用されているのだとしたら、中共軍の動きは神出鬼没となる。不意打ち、急襲等、やりたい放題だ。
「だけど……其れでも兵員不足は解消されていねぇよな? 地下を支配したとしても、超常体が棲みついている恐れもある以上、中共軍といえども好き勝手は出来ないはずだぜ。そもそも地下鉄路線に巣食ったところで、まだ目的が見えてこない。“秘密結社”に関係あるかも判らねぇ」
 生駒の指摘も尤もだが……最悪の可能性は拭い切れない。生駒は武器を素早く点検すると、
「兎も角、すぐにでも地下を探索するか?」
「いえ……戦力や準備不足は否めません。普通科に協力を要請する事や、他にも僕達だからこそ出来る事がないか検討する余地があります」
「……そうだな。子谷陸将補の方も詰める必要があるかも知れねぇしな」
 とはいえ、
「……時間に余裕があるとは思えないけれどもな」
「しかし、ただ監視するだけよりも、一気に進展し、選択肢が増えたのは間違いありませんよ」

*        *        *

 夜も更けていた時刻だったが、東京タワーに展開する部隊に、航空科から送られてきた情報に緊張が走り、全員の眠気が吹き飛んだ。
「――有明上空より敵影多数が接近。インプ、ガーゴイルだけでなく、ワイバーンやワイアーム、ドラゴンの姿も確認されました!」
「品川方面よりリザドマンやコボルトの軍勢が北上中。ビーストデモンの姿も数体目撃されたとの事です!」
「各駐屯地に救援要請を発しなさい! ……此処まで本格的に乗り出してくるとは予想外でしたね」
 悲鳴交じりの報告に一喝すると、山池は迫り来る敵の方角を睨み付けた。
「長丁場になりそうです。疲れてしまえば判断も鈍ります、無理はしないように」
 其れこそ無理な注文だと解っていながら、部下に伝える。航空科より既に対戦車ヘリや戦闘機が緊急発進しているが、保ち堪えられるかどうか。
「まさか、高位超常体も投入してくるとは……」
 戦力の逐一投入はせず、一気に攻め落とすつもりだ。さらに駄目押しとばかりに、
「――高位上級、つまり魔王クラスと思わしき存在が4体います」
 観測していた部隊の報告に、思わず歯噛みした。飛行系超常体を率いるのは、一際大きな銀色のドラゴンの姿をした龍公 ブネ[――]。そして宗教画にも描かれそうな天使然とした翼を背にした軍服姿の美青年、愚者公子 イポス[――]。対して、地上の軍勢の指揮を執るのは、鹵獲した偵察用オートバイXLR250Rに跨り、抗弾チョッキを着込んだ赤髪の青年、騎馬公子 オロバス[――]。そして同じく鹵獲した高機動車『疾風』に搭乗し、ボディアーマーをまとった正義伯 アンドロマリウス[――]だった。
 照明弾が打ち出され、眩しい光に照らし出される中、普通科部隊が所有していた96式装輪装甲車クーガーに搭載されている96式40mm自動擲弾銃を撃ち放つ。バリケードに設置されたキャリバー50もまた唸りを上げた。銃弾にコボルトやリザドマンの群れは無惨にも引き裂かれていくが、正気を失っているかのように押し寄せてくる波の勢いは止まらない。
 其れは航空戦力も同じ事。インプやガーゴイルが手にした槍や鉤爪で襲ってくるが、
「――射てっ!」
 山池の号令を受けて、L-90のエリコンKDB 35mm機関砲が音を鳴り響かせる。インプやガーゴイルの多くが撃ち落とされ、また被弾したワイバーンが怒りの咆哮を上げる。ブネが口を大きく開くと、氣を凝縮させた砲弾を吐き出した。またイポスが輝きを放ち、幻惑に心意喪失となる維持部隊員も出てくる。
 勿論、魔王の好き勝手にさせたままでいる訳でなく、普通科の魔人達が半身異化して飛び掛かる。地上でもビーストデモンや、オロバス相手に果敢に攻め込んでいた。しかしアンドロマリウスが手を広げ、何かに集中するように膨大な氣が高まっていくのに、全員が蒼褪める。憑魔核が悲鳴を上げるように激しい痛みを訴え出した。
「――強制憑魔侵蝕現象!?」
 高位上級の魔王クラスの一部が使うという、憑魔を強制的に励起させる能力。激しい痛みにデビルチルドレン以外の魔人が抗する事は難しいとされる。ましてや完全侵蝕された魔人はヒトとしての価値観が一変し、超常体として敵と化す。
 此処で戦力の要である魔人が無能化、もしくは敵に回る事は状況の瓦解を意味していた。
「魔王アンドロマリウスに攻撃を集中! L-90を水平射撃にしてでも!」
 山池の無茶振りに悲鳴を上げる部下達。だが射線を遮るようにインプやガーゴイル、リザドマン等が壁となる。直接的に肉薄するようとするものも、足止めされていた。
「――魔人各員、歯を食い縛って何とか耐えろっ! 以外の者は援護を怠るな!」
 根性論でしかないが、強制憑魔侵蝕現象に対抗するには其れだけだ。山池達も被害を最小限に喰い止めるべく覚悟を決めた……。
 だがアンドロマリウスが強制憑魔侵蝕の波動を放つ直前、轟音が四肢を引き裂いたのだった。水風船が破裂したようにアンドロマリウスの肉片が飛び散るだけでなく、周辺を護っていたリザドマンもまた引き千切られていく。

 ――標的に着弾を確認し、佐藤は次弾を薬室に送り込んだ。Barrett XM109 25mmペイロードライフル。
 米陸軍が湾岸戦争後に打ち出した対物狙撃兵器の開発を進める計画の中で、特殊部隊用に50口径(12.7mm)アンチマテリアルライフルより高性能でより破壊力のある25mm弾を使用した重装弾狙撃銃(ペイロードライフル)の開発を打診し、米国の銃器メーカー、バーレット社が1990年代より開発を進めてきた大口径アンチマテリアルスナイパーライフルがXM109である。超常体の出現により開発が遅れたが、2012年に制式採用され、一部米陸軍特殊部隊に先行導入されている(※ 註2)
 XM109は、重要構造物の破壊から駐機中の航空機、対人戦闘等まで幅広く使用され、その破壊力と命中精度によって少数精鋭の特殊部隊の戦闘攻撃力を飛躍的に高めていた。
 XM109より発射された25mmHEAT弾は、アンドロマリウスを挽き肉に変えただけでなく、敵周辺を爆風や衝撃で地獄に送り返してやっていた。
「報告にあった空間系の白髪少年ではありませんでしたが、問題ありませんか?」
 佐藤は次弾をビーストデモンへと叩き込みながら、発射の合図をした鈴木に問い掛ける。
「放っておくと味方の被害が出るのは確実だったからな。そして白髪小僧の姿は確認出来なかった」
 観測していた鈴木はキャリバー50に張り付きながら、答える。操氣系魔人でもある鈴木は、いち早くアンドロマリウスの動きに気付き、佐藤へと狙撃させたのだ。佐藤としても別の目標を選択する事に異存はなかった。
「しかし、此方の位置に勘付かれた。対空機銃の弾幕があるとはいえ、擦り抜けた何匹かが迫ってくるぞ!」
「……今更ですが、祝祷系能力で光学迷彩とか如何でしょう?」
「あの天使もどきは祝祷系のようだから、いくら俺も力を使って気配を消したとしても、迷彩はすぐにバレちまうぜ」
 切り札はまだ取っておくべきだ。敵超常体に能力を教えてやる義理もない。佐藤も頷いた。そして山池の高射特科部隊の弾幕を何とか擦り抜けてきたガーゴイルもキャリバー50で引き裂いていく。
「……銀色ドラゴン来たぜ! 頼んだ!」
 ブネが怒りの雄叫びをあげながら旧・芝公園スタジオへと向かってきた。流石にキャリバー50の12.7mm徹甲弾でも足りないと判断したのか、鈴木は指示してくる。
「頼まれました! 戦闘は火力。XM109なら噂の空間歪曲防御すらも撃ち抜けるはずです。……まぁ主力戦車の前面装甲並みに対象の面の皮が厚ければ、話は別ですが」
 苦笑してから、佐藤はXM109でブネを狙撃する。巨体のブネは、速度はともかく、動きそのものは単調だ。目を閉じていても命中は難しくない。だが――
「本当に主力戦車級ですか!?」
 頭部に被弾したものの、ブネの勢いは止まらない。着弾した部位は確かに肉が抉れていたものの、致命傷には程遠かったようだ。
 ブネの正面に氣が凝縮されると、砲弾のように発射された。慌てて得物を捨てると逃げに走る、佐藤と鈴木。間一髪で、旧・芝公園スタジオ屋上の崩壊に巻き込まれずに済んだ。だが執拗にブネは氣弾を叩き込んでくる。脱出する事も出来ずに崩落するか――と思った時、
「――救援が来た!」
 轟音が鳴り響いて、航空科の戦闘機がミサイルをブネへと叩き込む。唸り声を上げると、ブネは皮膜の翼を広げて戦闘機へと攻撃目標を変えた。地上では、駆け付けた第1普通科連隊の2個中隊と、航空科の攻撃回転翼航空機AH-1Sコブラが敵側面を強襲。
「……其れでも敵は撤退しないか」
「数は未だアチラが上のようですし、やはり中核を叩かないと……XM109が壊れていないといいんですが」
 瓦礫の下から這い出して、屋上の惨状を見遣る。幸いな事にXM109やキャリバー50の無事を確認。残る魔王へと狙いを付ける。

 ――其の時、妙なる調べを聞いた……

『 ―― Sanctus, Sanctus, Sanctus Dominus, Deus Sabaoth. Pleni sunt caeli et terra gloria tua. 』

 思わず顔を見合わせる、佐藤と鈴木。2人だけでなく、戦場にいた全員の動きが止まったかのようだった。山池は指示を忘れ、敵方のイポスやオロバスもまた顔を強張らせる。
 そして次の瞬間、全員がフットタウン最上階の内側から虹色に発光されたのを幻視。一拍を置いて、爆発した! 猛烈な爆風が衝撃となって、空中にいた戦闘機や飛行型超常体を薙ぎ払う。姿勢制御に成功した者以外は墜落した。
「……何があったんです?」
 山池の茫然の呟きは、維持部隊側全員の共通の想いだった。逆に魔群側は憎悪の眼差しで、爆発があった場所を睨み付けていた。
「――超常体が撤退していくぞ」
 鈴木の指摘通りに、魔群が撤退していく。だが追撃する気も、保ち堪えた事に対する歓声も沸かずに、維持部隊員は東京タワーを仰ぎ見るだけだった。

 ……突入した第1普通科連隊員の報告によると、爆発現場は防衛していた警務科隊員達の無惨な死体が累々とあったという。また白髪少年の遺体も確認されている。生存者はWACが1人のみ。名は、川路・微風[かわじ・そよかぜ]一等陸士という。
 川路は東部方面衛生隊のある朝霞駐屯地に送られる、精密検査と休養を命じられた。復帰は5月頭になるという。
 東京タワーに常時警戒待機する防衛戦力は増員され、第1普通科連隊の2個中隊が配備される事になった。

*        *        *

 深夜、坂本中学校跡地に隠れ潜むように待機していた第106中隊第4小隊――小松小隊は、周辺の哨戒に出ていた87式偵察警戒車からの報告に寝惚けた頭を一気に覚醒させた。
『――国道6線にて東進する超常体の群れを確認。数は100を遥かに超えています。先頭は、石名坂交差点にて、中共軍との戦闘を繰り広げています』
 観測されている主要な敵戦力は、低位中級の人面獣身のサンキや、猿に似たフウリだが、率いるのは四凶が1柱、キュウキ。
「――国道6号線ですか。勝田駐屯地より増援を呼べば挟撃は可能ですが……中共軍からの要請は?」
「ありません。――待って下さい」
 通信を傍受していた部下が悲鳴を上げる。だが内容は応援要請ではなく、
「千香ちゃんからの報告によると、中共軍茨城派遣部隊の北面でも同時に侵攻が行われているという事です! また南面でも戦闘が確認されました」
「……同時三面攻撃ですか」
 中共軍茨城派遣部隊は大甕倭文神社を中心に主力を3つに分けて、超常体に対応に追われているという。
「――部隊の配置等、詳細は判りますか?」
「通信を傍受する限りでは……南は日立商業高等学校跡地にて。敵主力はチンやフケイといった鳥型超常体ですが、陸戦力としては四凶が1柱――トウテツと思しき人面羊身の大型超常体の姿も確認されています。中共軍の抗戦虚しく押され気味だそうです」
 開いた地図に情報を書き込んでいく。
「千香ちゃんより入電。部隊に戻るのは難しそうなので、東面に避難するそうです」
 とりあえずの無事に、小松は了解の頷きを返した。
「北面ではショウジョウやカソといった超常体が敵主力のようです。……え!? ちょっと待って、単騎で超常体の群れを薙ぎ払っている魔人がいるって……」
 情報を一つずつ吟味すると、北面の戦線は森山町交差点。三方向からの同時襲撃に中共軍茨城派遣部隊は最強戦力である奉朝を、西面を護る項少尉の班から北面へと投入させたらしい。伸縮大小硬軟自由自在の棍を手にして、奉朝は支援射撃を受けながらも単騎で敵超常体を薙ぎ払っているとか。今も四凶が1柱、トウコツにも肉薄し、互角以上の戦いを繰り広げている。
「本当に……人間ですかね?」
 中共軍の戦力分析という形になってしまって申し訳なく思うも、何か維持部隊と事が生じた際には貴重な資料となるだろう。尤も未だ切り札は隠していると見ても間違いないだろうが。
 西面でも項少尉が炎を噴出す槍を手にして敵超常体を押し止めているらしい。奉朝の棍といい、項少尉の火尖槍だけでなく、中共軍は憑魔武装――彼等は宝貝(パオペイ)と呼んでいる――を多量に保有している事が伺えられた。しかし宝貝を持っている事と、使いこなせるかどうかはまた別の話だ。
 明け方までの長い間に、北面は奉朝がトウコツを討ち取った事で超常体の群れは散り散りになって逃げ出し、襲撃は自然消滅した。だが西面は撃退に成功したものの、キュウキは健在であり、超常体の群れは統率されたかのような動きで国道6号線を西へと撤退していった。
 そして南面は――
「……迎撃部隊は半壊し、大みか体育館前まで防衛線を後退させました。トウテツは日立商高跡地で休眠状態に入っている模様」
「ならば今が好機でしょう、中共軍は?」
「西面も北面も敵戦力の襲撃を退けたとはいえ、損耗もまた激しく直ぐに逆襲出来る態勢ではないようです」
 何よりも問題なのは、中共軍が応援要請を結局出さなかった事だ。無理にでも加担したところで、記録上は特別区に侵入した超常体側の増援と看做されて、等しく攻撃を受けるだけだろう。
「アプローチの仕方を考え直す必要がありますね」
 苛立つものを感じながら、小松はテーブルの表面を立てた爪で叩く。偵察に出向いていた部下が報告を上げた。
「――キュウキ等の追跡を終えました。日立南太田インターチェンジ跡地に巣を作っているようです。なお追跡中に、中共軍の偵察兵とも接触。独断ですが、情報の交換も致しました。『個人的に感謝する』とのニュアンスの礼をされました」
 飽く迄、個人的な謝礼だ。公式的には維持部隊からの協力は無かったという扱いなのだろう。
「……さておき。四凶のうち、コントンの姿が報告に上がっていませんね」
 地図を見ながら腕を組む。そして慌てて顔を上げた。
「佐伯二士に至急連絡を! 急いで、此方に帰還しなさい、と! 東側は安全ではありません! コントンが潜伏している恐れがあります」

 憑魔核が悲鳴を上げるように疼き出した。千香は隠れ潜んでいた、大みか小学校の廃校舎屋上から厭な気配のする方を見遣る。
「……何アレ? 犬?」
 一瞬、毛むくじゃらの犬に見間違えた、何かの塊が大みか駅に至る市道線のアスファルトにいた。だが、アレが犬であるはずがない。あんな恐ろしいものが犬であるはずがない。
「もしかして……コントン?」
 意識が引き込まれそうになる。憑魔核は悲鳴を上げており、コントンに近寄れば強制的に侵蝕の根を千香の心身に張り巡らすだろう。
「――っ!」
 着込んでいるボディアーマーには憑魔が寄生している。通常、憑魔武装は己の意思を持たず、所有者が命じる事で力を発揮すると言われる。其の憑魔が千香の意思とは関係なく、コントンに反応を見せた。千香は操氣系ではないが、怯えに似た何かを憑魔武装から感じ取る。つまりは――其れほど危険な存在なのだ、アレは。
「大きさは……多分、小型の73式トラック程あるかな? 動きは……」
 動いているようには見えなかったが、後日、改めて計測したところ、時速にして約1.5m。日数にすると5月中旬には大甕倭文神社に到達する計算になるだろう。
「ハンドアローで今のうちに倒した方が良いのかな?」
 肩に担いでいた91式携帯地対空誘導弾ハンドアローに視線を送りながら呟く。
 どうしようかと千香は悩んでいたが、小松からの帰還命令に安堵の息を漏らすのだった……。

 

■選択肢
EA−01)茨城・大甕倭文神社を密偵
EA−02)茨城・日立で中共軍と共闘
EA−03)東京タワーを秘密裏に調査
EA−04)東京タワーにて魔群の警戒
EA−05)市ヶ谷駐屯地で権謀術策を
EA−FA)関東地方の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 なお東京タワー周辺や大甕倭文神社では、強制的に憑魔の侵蝕率が上昇する事もあり、さらに死亡率も高いので注意されたし。
 また中共軍兵士の多くは日本語や英米語を解せ無い。下士官で片言程度に、士官は問題なく意思疎通が可能。

※註1)……現実世界の陸上自衛隊における防諜機関は、調査隊→情報保全隊(2003年発足)→陸上自衛隊情報科(2010年創設)。また中央情報隊(2007年設立)があり、あらゆる情報を一元的かつ専門的に処理して部隊の情報業務を支援する。
 神州世界では、警務科や通信科の隊員達が各部隊の名称のままに情報科の任務に就いている。
 なお「情報保全業務」とは「秘密保全、隊員保全、組織・行動等の保全及び施設・装備品等の保全並びにこれらに関連する業務」と定義されている。

※註2)X109……此方の世界では2003年に制式採用されており、つまり実在する(ノンフィクションな)化物銃である。


Back