同人PBM『隔離戦区・呪輪神華』第2回〜 関東:東亜細亜


EA2『 The wind which blows to the road 』

 ――資料によると、中華人民共和国人民解放軍(※駐日中共軍)に対する、神州結界維持部隊の渉外担当・子谷・一雄[こたに・かずお]陸将補は、状況によっては、現・維持部隊長官である 長船・慎一郎[おさふね・しんいちろう]より先に、長官として着任した可能性があったという。
「……どういった経緯で、そんな話が出て、そして、どうして長官にならなかったのかって疑問が沸くんだけれども」
 警務科から送られてきた資料に、気難しそうな顔で目を通していたWAC(Woman's Army Corps:女性陸上自衛官)が片眉を吊り上げて、男を見上げる。
 胡坐をかいていた 生駒・現在子(いこま・いまこ)二等陸士から詰め寄る視線をぶつけられて、だが 火々原・四篠(ひびはら・よしの)二等陸士は穏やかな表情を崩さないまま答えてみせた。
「――簡単な事です。子谷陸将補は元々防衛庁の官僚……いわゆる背広組でも、自衛隊の制服組でもなく、外務省の事務官だったんですよ」
 維持部隊長官は、文民統制の名目上、文民が就任する。今は国外にある日本政府が、かつて子谷を長官に指名しようとする動きがあったらしい。
「語学は堪能ですし、関東を駐留する中共軍との橋渡しにも最適ですしね」
「……何で長官にならなかったんだ?」
「本人が重責で押し潰される前に逃げたんです。文民統制の建前上、維持部隊員は長官になれません。政府から辞令が下りる前に、子谷陸将補は維持部隊に入隊したのです」
「あれ? おかしいな? ……上級幹部の殆どは、小松准尉のような自衛隊出身が占めているんだろ? 子谷陸将補は入隊してから戦績でも上げたのか?」
 生駒が言う上級幹部とは、将官や佐官、尉官といった将校や士官の事を指す。隔離前の自衛隊と同様、軍隊組織ではないという建前での呼称だ。ちなみに准尉は下士官(准士官)だが、暴論までの実力主義が定着している今の維持部隊では事実上の部隊指揮官(将校、士官)としての役割を担う者も多くいる。
「ええ。但し、中共軍への対応を担う者が必要なのも事実。従って陸将補という階級も、実際は箔付けに過ぎないそうです」
 尤も、第1混成団長の 仲宗根・清美[なかそね・きよみ]陸将補や、第7師団長の 久保川・克美[くぼかわ・かつみ]陸将のように実力で上り詰めた人物もいるから、空恐ろしい。
 さておき、資料を難しい顔で読んでいた生駒だったが、直ぐに畳んでしまった。
「情報分析はあんたに任せるよ。あたしは実働が性に合っている」
 だが火々原は穏やかな表情のまま、それでも苦笑した素振りを見せると、
「幾らなんでも、資料だけから子谷陸将補の動きの把握や分析は出来ません。其れに僕も今回は実働に赴くつもりですから」
 言葉に、あん?と生駒は眉間に皺を刻む。火々原は頭を掻きながら、
「子谷陸将補の動きも気にはなりますが、今は“秘密結社”の方に集中しましょう」
「つまり、あんたも地下鉄行きになるのか。何だよ、子谷陸将補と東京における中共軍のお偉いさんの情報、其れから周大尉みたいな“秘密結社”に関わっていない偉い人の洗い出しを頼もうと思ったのに」
 そういう申し出は、もっと早くから言って欲しかったのですが……。内心で溜息を洩らしつつも、火々原は表情に出さず、
「ええ。……やや博打の要素もありますが、現在の所は地下鉄が有力な仮説ですしね。加えて、仮説以上の驚異の懸念もあります。正か誤か、どちらにせよ、証明しておく事は、無益にはならないでしょうし」
 火々原の言い方に、生駒は口をへの字に曲げる。
「……何です?」
「いや、あんたみたいなタイプってのは、本当に動くにも理屈っぽいんだな、と思って」
 生駒が口を尖らすのに、火々原は再び頭を掻いた。
「其れこそ、僕の性分ですから。……さておき、一応、普通科から応援が来ます。古くに封鎖された地下鉄網ですからね。鬼が出るか、蛇が出るか……」
「扉を開けてみたら、地獄の釜の蓋かもな」
 挑発的に、意地悪く笑う。が、直ぐに真面目な表情になると、
「……未だ“秘密結社”とやらの目的が解ってないんだが――あたしは東京タワーだと思っているんだけれども」
「どうですかね……? 相手の最終目標を憶測するにしても、情報が足りません。“秘密結社”其の物について、未だ何も掴んでいないのですから」
 火々原の釘刺しに、生駒は頬杖を付きながら返事した。新たに渡された資料――隔離前の地下鉄路線図や駅構内図を流し見すると、
「……そういえば皇居ってどうなってるんだろう」
 思わずの呟き。だが火々原は目を細めた。
「皇居……ですか?」
「日比谷で降りて、千代田線か三田線、或いは有楽町線で――って、ああ、ほら? 隔離前の漫画とかだと皇居はパワースポットがあるというのが定番じゃん」
 生駒の言葉に、火々原は眉間に皺を刻んだ。情報は確かに未だ出てもいない。だが――
「……警戒はしてもらった方が良いかも知れませんね」
 生駒の呟きを耳にするまで、皇居の存在を失念していた。重要箇所であるにも関わらず、まるで“存在していない”ように見落としていたのは何故だろうか?
 考え込む火々原に、もう1つ、生駒が疑問を投げかける。
「……どうでもいいけれども、ちょっと疑問が浮かんだんで質問するけどさ。――子谷陸将補は元外務省の官僚だったんだろ? 長さんの前職は何だったんだ?」
「長さん――長船長官の前職は、宮内庁の官僚だったと聞いていますよ?」
 さておき生駒と火々原は情報交換を終えると、地下鉄線探索の為の十分量の食料、水、弾薬を準備しに分かれるのだった。

*        *        *

 練馬の第1師団より2個中隊が増援に来た事に付随して、第1後方支援連隊の輸送トラックが行き交う。大休止中の隊員達が、需品科の野外炊具1号で調理された料理を味わう中、第1高射特科大隊・試作運用小隊の 山池・真一郎(やまいけ・しんいちろう)准陸尉の下に、馴染みの普通科小隊長が顔を出した。
「食事中に邪魔するぞ」
「……部下とスキンシップでも取ったら如何ですか?」
 苦笑しながらも、山池は箸を置いてから、着席を勧める。遠慮なく、普通科小隊長は座ると、
「増援が来てくれた御蔭で、俺の方は大分楽させてもらっているが……山池の方はどうだ?」
「――高射特科の部隊も来てくれると助かるんですけれどもね」
「お前の古巣、駒門は静岡だろうが。無茶言うな」
「代わりに、また試験運用のエリコンを1台増やしてもらいましたよ」
「……迅速な展開が難しいものが1つ増えたところで、どうするつもりなんだか?」
 呆れた顔の普通科小隊長。山池は胸ポケットに収めていた周辺地図を広げると、
「機動面が不自由な分、数で死角をカバーするしかないでしょう。……理屈的には間違っていないと思いますが?」
 東京タワーに押し寄せてくる、敵超常体――ヘブライ堕天使群、つまりは魔群の群れ。其の数は当初の予想を遥かに上回るだけでなく、リザドマンやインプ、ガーゴイルといった低位の超常体のみならず、ビーストデモンやドラゴン、ワイアームといった高位の超常体も確認された。
「更に、魔王クラスが4柱……いや、東京タワーに直接乗り込んでいったのも合わせると、6柱か」
「――白髪少年の姿をした魔王の死体が確認されたと聞いていますが。更にもう1柱?」
 山池は目を細める。魔群の大攻勢の中で迎撃部隊の目が引き付けられている中、魔王2柱が直接に東京タワー――正確にはフットタウンに出現したらしい。
「……空間を“跳んで”きたらしい。そうなると、幾ら周囲を固めていても、お手上げだな」
「そういう芸当が出来るのは、白髪少年の方だけではないんですか?」
「だとしたら、もう1柱はどうやって逃げ出したかっていう話になるな」
 おどけた素振りをしたものの、普通科小隊長は直ぐに真剣な顔立ちで、
「尤も、本当に、もう1柱も魔王が来たかどうかの証拠がないんだがな」
 当時の状況の生き証人は1人だけ。警務科の 川路・微風[かわじ・そよかぜ]一等陸士。フットタウンに潜伏待機していた警務科の他の隊員達は、彼女を除いて、全員死亡している。川路本人も重傷の為、朝霞駐屯地に身柄を移送された。魔人である事から、並の人間よりは回復は早いだろうが、現在は病室にて安静中との事だ。
「……安静という名目での、軟禁に近いっていう話もある。事情聴取や、監視に警務科のお偉いさん達が張り付いているらしい」
「何処から、そんな情報を?」
 山池の問いに、普通科小隊長は気難しい顔をして、
「隔離以来、生き残る為にも情報収集は大事だぜ。第一、俺は東京タワー守備に疑念を持ったままだしな」
 さておき、普通科小隊長は声を潜めると、
「――爆発が起きた時、東京タワー周辺にいた連中全員が“聖句”を聴いたはずだ。アレは確か……」
「ヘブライ神群――所謂、天使の声のない歌とか。九州の第8師団の報告と照合したらしいです」
「……あそこは叛乱部隊に、天使がくっついているって話だったな」
 顎に手をやりながら頷く。
「しかし、そうなると、天使もまた東京タワーに現れたって話になるな」
 だが何故? どうやって? 疑い始めたら限が無い。
「……何にしても、私の部隊は、前回と同様、物量に優れる低位を、対空機関砲を中心とする布陣で対抗するしかありませんよ。アンドロマリウスという魔王1柱を倒しても、緑のドラゴンや、似非天使型のヤツは健在のようですしね」
 其れに……と、付け加える。
「もしも天使が横槍を入れに現れたとしても、其れこそ、私の対空部隊の役目でしょう」
「そうだな。其の時は、頼りにしているよ」
 溜息を漏らすと、普通科小隊長は立ち上がった。軽く掌を振りながら、山池の部隊を後にする。
 彼の後姿を見送った山池は、眉間に皺を刻み考え込むのだった……。

*        *        *

 茨城の日立に派遣されている駐日中共軍の規模は1個営(※大隊に相当)であり、名目上は少校(※少佐に相当)が指揮を執っている。中共軍少校は、小松・栄一郎(こまつ・えいいちろう)准陸尉の申し出に、笑みを隠そうとしなかった。
『……しかし、私から言い出した事とはいえ、本当に指揮下に入るとは……恐れ入りました』
 中共軍少校が退室し、話が実務的な面になったところで、1個排(※小隊に相当)を預かるだけでなく、実質上の茨城派遣部隊の中心たる、項・充[シィァン・チョン]少尉は頭を下げる。
 中華の民族は面子を重んじる。維持部隊からの協力の申し出――しかも指揮命令を委ねるという、小松の思い切った提案に、項少尉は心底から唖然とさせられたらしい。
 小松の申し出は、一個人ではなく、第1師団第32普通科連隊・第106中隊第4小隊長としてのものである。常識的に考えて、他国軍に部隊への指揮命令権を委ねる事はありえない。多国籍軍だとしても管轄等の綱引きがなされているものだ。しかし、
『……名より実を取れですよ。私が泥を被るだけで此処一帯の平穏が作られる手助けとなれるのだったら安いモノかと』
 流暢な標準話(※北京方言をベースにした中京語)で、小松は答える。日本人は此れだから侮れないなと苦笑いを浮かべつつ、項少尉は再び頭を下げた。
『――実質的には、シィアソン准尉の希望通りの配置や、提案される作戦通りで宜しいかと』
(……成程。私の呼称は、『小松』の中共語読みである『シィアソン』か)
 漢字という、やや共通の文字媒体があるからの弊害だろうが、此処にも中共軍というか中華思想が見受けられる。中共人は、日本人の名を本来の読みでは呼ばない。漢字の発音で、彼等の読み方で呼ぶ。尤も、此れは欧米で同じアルファベットの綴りでも読みが異なる場合と変わらないかも知れない。逆に日本人も、中共人の名を、日本の発音で呼ぶ事もあるし。
(……発音だけでも、国民の意識が伺えられるというのは興味深い事かも知れませんね)
 ――さておき、閑話休題。
 駐日中共軍の現状をおさらいする。既に、互いに了承している情報も多々あるが、情報認識の共有に努める為に、敢えて項少尉や小松といった小隊長や分隊長は地図を見下ろした。
 中共軍茨城派遣の大隊本部は、大みかゴルフクラブ跡地に天幕を張っており、隣接する旧・茨城キリスト教学園や、旧・回春荘病院の施設を拝借している。
 だが中心となるのは、やはり大甕倭文神社祖霊殿となるだろう。国道6号線を北と西の最終防衛線とし、南は旧・大みか体育館、東は旧・大甕駅としている。
 だが過日の戦闘で、南面を護る1個小隊が半壊。襲撃を駆けてきた四凶の1柱たる トウテツ[――]が率いる超常体の群れは、日立商業高等学校跡地に居座ると虎視眈々と此方を伺っているという。
『――トウテツが率いる群れは、鳥型の超常体が中心とありますが』
 チンやフケイ。大陸の妖怪の名を当て嵌められた低位超常体だが、由来の通りに猛毒や風を操るという。
『特にチンの毒は、爪先で引っ掻かれただけでも、悶死する程のモノです。血清はありますが、全員に行き渡る量には足りません。厳戒な注意をお願いします』
 そしてトウテツ。人面羊身の大型超常体。聞いた話や記録では、魔群のビーストデモンの数倍は脅威のようだ。呪言系と異形系という双つの能力を有し、何でも喰らう。
『――当初の予定では、再編成した南面小隊に車六級士官を加えて当たるつもりでしたが……シィアソン准尉の日本軍にも働いてもらいます』
『ならば車六級士官はどちらへ?』
 武力において中共軍でも1、2を争う程の、一騎当千の実力者―― 車・奉朝[チェ・フェンチャオ]六級士官。先日の戦いで、北面を単騎で護り抜いたと言っても間違いではなく、四凶の1柱であるトウコツも、彼独りで撃破して見せた。奉朝が加わるだけで、戦況が大きく変化する。
『原隊――つまり、私の部隊に復帰させ、キュウキを討ちに向かいます』
 項少尉の1個小隊は、西に根付く四凶が1柱の キュウキ[――]の掃討に全力を傾けるつもりらしい。そして残った中共軍茨城派遣部隊は、北面の護りを最小限にし、南のトウテツとの戦いに注ぎ込む。此の南面の迎撃戦に小松小隊が加わる事で話が付いた。
『……1つ、質問が』
 小松の問う声に、項少尉が応じてみせる。
『項少尉の憑魔武装――宝貝というのでしたね、中共軍では――は火尖槍という火炎系能力を発揮するモノでしたね。幻風系と思われるキュウキとの相性は良好と思われますが、先の戦いでは倒すには至らなかった。其の理由をお教え頂けませんか?』
 項少尉の部下が不機嫌な表情を浮かべたが、当の本人は軽く目を細めただけだった。そして苦笑すると、
『――憑魔と呼ばれるものは五行説で説明する事が出来ます。幻風系を単純に木行とするのは危険ですが、火剋木の関係が成り立ち、確かに私の火尖槍はキュウキにとって有利な宝貝と言えるでしょう』
 ですが、と続ける。
『キュウキも己の弱点を理解しています。敵を知り、己を知れば、百戦危うからず……とは孫子の兵法ですが、キュウキもまた火に対する策を用意していました』
 項少尉の真意を測る為に、小松は考え込む。
『……キュウキもまた宝貝を所有しているという事ですか? しかも火に対するモノとして』
 項少尉が頷くのを見て、奥歯を噛み締めた。全体的なフォルムは獣に近くとも、キュウキの知性は高いという事だ。其れは他の四凶にも当て嵌まると言えよう。
『――トウテツが宝貝を所有していたという報告は上がっていませんが、其の点にも留意願います』
『……承知致しました』
 小松の首肯に、項少尉も頷き返す。
『――しかし作戦が勝利すれば、残るは東のコントンだけですな』
 中共軍士官が笑顔を見せるが、
『そう簡単にいくといいですけれどもね』
『……と言うと?』
 聞きとがめた小松に、項少尉は難しい顔を向けると、
『コントンは他の3柱と次元が違います。強さという意味でなく、存在という点で、です。鴻均道人を御存知ですか?』
『封神演義……程度ですが』
『元来は、其の事象――渾沌が昇仙した御方です。昇仙するにあたって残滓が怪物化したモノがコントンなのですが……。残滓とはいえ、どれほどの力を有しているのか未知数というのが懸念の1つ』
 そして、と続ける。
『――本来、四凶が示し合わせたように動く事自体がおかしいのです』
『ナニモノかが裏にいる、と?』
 そうでなければいいのですが、と項少尉は口を閉ざす。小松や中共軍将校達も、油断ならぬ状況に難しい顔をするしかなかった。

 先天的な才能と呼ばれるものがあったのだろうが、環境によって培われてきたものもまた大きかった。其れが 佐伯・千香(さえき・ちか)二等陸士にとって幸いだったかどうかは別として。
 少なくとも、小松小隊にて過ごす現在、そして佐伯の家に迎え入れられる以前の、千香の環境はお世辞にも善い環境とは言い難いものであっただろう。
 だが、其の環境が、場の雰囲気を読めるといった特技を養ったのは皮肉でしかない。御蔭で言葉が通じなくても、空気を読む事で、駐日中共軍兵士の意思を推し量る事が出来た。
 駐日中共軍の兵士――とりわけ靖国の件で死亡した党に忠誠心高い者を除けば、概ね、止む得ない事情で隔離された神州に追い遣られた者が大半である。超常体が出現した初期に、大陸で行われたNBC兵器をも使用した焦土作戦で、家族や生まれ育った土地を失った者、貧しさ故に犯罪に手を染めた者が多い。彼等が故郷の地を2度と踏む事はありえない。家族や友人に会う事は出来ぬ夢なのだ。
 憑魔に寄生され、最前線で作戦任務に従事しているとはいえ、千香は未だ義務教育の期間も終えていない少女である。千香に、中共軍兵士達はもう二度と会えない孫や娘、妹の姿を重ねるのだろう。小松小隊が中共軍茨城派遣部隊の指揮下として、特別戦区に出入りする機会が増えた事により、千香へと言葉が通じなくとも話し掛けてきたり、菓子類を渡してきたり、と好意的だった。
 また千香も愛想や滑稽とも取れる仕草を振る舞って、彼等に笑顔を浮かべさせる事を、いつの間にか、自らに任じるようになっていた。
 ――だが如何に彼等の好意的に扱ってもらおうとも、やはり肝心の中核へとは立入を禁じられる。大甕倭文神社には厳重な警戒態勢にあった。千香もよく理解して、近寄らないように努めている。
 其れでも、誤って奥に迷い込む事がなくもない。小松小隊の先輩達とはぐれて、千香は寂しく彷徨っていた。中共軍兵士の居る方へと探しているうちに、すっかり奥の地へと迷い込む。
「――岩?」
 迷い込んだ先――操氣系でも感じ取れるようなナニカが、其処にあった。巨石だ。だが裡に秘めるナニカは、恐ろしいものと、其れを宥めるような2つの力ある意思を持っているように思えた。
「……機械の音?」
 機械と言っても、金属製のソレでなく、木材で組み立てられたような温かい音が、巨石の裡から響く。後で「機織りの音かも知れない」と小松小隊の先輩達に教えてもらうのだが、兎に角、今は不思議な音に、千香はただ聞き惚れるだけだった。単調な音程が、千香の眠気を誘う。耳を澄ませば、微かな歌声が聞こえてくるようだった。
「……憑魔核が震えている」
 だが超常体に遭遇した時のような疼痛ではない。深い芯から心が温まるような、そんなモノだった。
 ――しかし、そんな温かみも、次の瞬間に痛みと変わった。巨石からのものではない。千香の姿を見咎めてやってくる1人の中共軍兵士のものだ。まるで超常体が近付いてきたかのような痛みを千香は覚える。
 皺くちゃな赤ら顔に、小柄な身体。“美猴王”という尊称で呼ばれる、奉朝に間違いなかった。
 千香は咄嗟に隠れようとしてしまう小動物的本能を必死に抑えた。何故、そう思ったのか、よく解らない。だが、結果としては其れが幸運に働いた。
 奉朝は怒ったような、だが困ったような表情を浮かべると、何事か警告。しかし千香だと改めて気付くと、苦い笑みを形作って、大きく手を振った。アッチ行けという仕草。そして肩に負っていた棍を指してから、もう片方の手で自分の頭に振り下ろすようにしてみせる。つまり――
(……あっちに行かないと、棍で千香を打ちのめすつもりなんですね)
 奉朝の強さは、千香もよく知っている。何度も頷き返すと、奉朝の言葉に従って、巨石から離れる事にした。奉朝も安堵の息を漏らしたようだった。
 こうして小松小隊の下へと還された千香だったが、ふと気になる事がある。巨石には2つ意思があるようだった。アレ等は、一体、何だったのだろう……と。

*        *        *

 照明弾が打ち出され、空や陸の彼方に超常体の群れが確認される。塹壕やバリケードから身を乗り出した普通科隊員達が上官の号令で斉射を開始した。
「いやはや……羨ましいくらいの物量です」
 航空科といった観測班等の報告を受けて、山池は苦笑を浮かべるしかない。魔群は先日と変わらず、いや、其れ以上の物量を以て、再び襲撃を掛けてきているからだ。
 布陣した山池小隊のL-90の第二列が対空砲火を射ち鳴らす。自慢の射撃統制システムがエリコンKDB 35mm機関砲弾をバラ撒き、上空のインプやガーゴイルだけでなく、ワイバーンを撃ち墜としていった。また角度を調整された第一列が押し寄せてくるコボルトやリザドマンを薙ぎ倒していった。
「――長篠の戦での織田軍は、武田の騎馬隊相手に三段射ちで対応したと聞きますが……」
 尤も、通説に対する異論が多い為に、山池自身も長篠の戦における三段射ちを常識として取り上げるつもりはないが、それでも、
「――低位の大群を押し止めるには弾幕を張り続ける事ぐらいでしょう」
 普通科部隊が放ち続ける40mm対人対戦装甲擲弾もまた超常体の群れを吹き飛ばす。そして12.7mm重機関銃M2キャリバー50が唸りを上げて群れの前面を削っていった。
 上空では、対地攻撃を続ける攻撃回転翼航空機AH-1Sコブラを護るべく、F-15Jイーグルの編隊がドラゴン数匹にドッグファイトを挑んでいる。
「――敵超常体の接近を許してはいけません。射てっ」
 弾幕を突破してきた超常体へと、L-90の射線が集中する。崩れ落ちるインプやリザドマンの遺骸を踏み潰しながら、ビーストデモンが凍える息を吐いた。逃げ遅れた普通科隊員数名が絶命するが、操氣系や強化系の魔人達が替わって前に出ると、果敢に挑む。
『――LAM持って来い! 正面、火蜥蜴に喰らわせてやれっ!』
 怒声に似た号令に、肩に担いでいた110mm個人携帯対戦車弾パンツァーファウストが発射される。ロケットブースター付き弾頭が発射されるのと同時、カウンターマスが後方に吐き出された。
 成形炸薬を利用した対戦車榴弾は、低超常体の群れの奥、ビーストデモンの後方から圧迫感を与えてくるファイアードレイクの肉片を削る。ワイバーンやドラゴンが戦闘機や攻撃回転翼機とすれば、ファイアードレイクは自走砲や戦車に等しい。焔の息を吐き出そうと大きく開いた口へと84mm無反動砲カールグスタフの対戦車榴弾HEAT751が叩き込んでいく。ドレイクの幾つかは吹き飛んだものの、生き残った数体が反撃の応酬を噴出した。焼かれた隊員達が折り重なる。
『――山池、上だっ! 銀色が突破を狙ってくるぞ』
 馴染みの普通科小隊長の叫びに、山池は心得たとばかりに火力を上空に向けさせる。
 既に地上の敵はL-90で薙ぎ払うには近付き過ぎていた。出来る限りの低位の数は減らしたつもりだ。後は普通科に委ねて、本来の仕事である対空砲火へと切り替える。
 イーグル1機を撃墜した、一回り大きい銀色のドラゴン――龍公 ブネ[――]が満身創痍ながらも、力強い飛翔で接近してくる。91式携帯地対空誘導弾ハンドアローから放たれた、数本のミサイルが吸い込まれてブネの身体に花火を咲かせるが、勢いに衰えはない。
「――報告では25mmの徹甲焼夷弾を喰らっても致命傷に至らなかった……という相手ですからね」
 其れでも、砲弾が尽きるまで、熱した砲身から焼けた鉄の臭いが鼻に付くまで射ち続けるしかない。山池小隊のL-90だけではない。ありったけのハンドアロー以外にも、パンツァーファウストやカールグスタフが撃ち出され、仰角修正されたキャリバー50からの火力も注ぎ込まれる。
 砲撃や弾幕の中を突っ切ってくる、ブネの姿。山池は駄目かと奥歯を噛み締め、拳を握りしめたが、
「――皮翼、損傷! 速度、高度、落ち始めました!」
 汗を滝のように流しながらも観測続けていた部下が叫ぶ。数値を聞くまでもない。ブネの根気が尽きたのか、ついに身体から大量の体液を撒き散らし始めた。
 そして、最後の止めに、撃墜された僚機の仇討ちとばかりに、イーグルから99式空対空誘導弾が背中へと叩き付けられた。ブネは爆発四散し、肉片と体液が周辺と撒き散らされていった。
「……とはいえ、未だ終わっていませんか」
 安堵の息を漏らす部下達の中。だが山池は込み上げてくる歓喜を抑え込んで戦場を見直す。実際、頭上の脅威が1つ減っただけで、大地ではビーストデモンやファイアードレイクの重圧が残っていた。魔王級も、宗教画にも描かれそうな天使然とした翼を背にした軍服姿の美青年――愚者公子 イポス[――]や、鹵獲した偵察用オートバイXLR250Rに跨り、抗弾チョッキを着込んだ赤髪の青年――騎馬公子 オロバス[――]が健在だ。
 更には……
『隊長、東京タワーが!』
 頭上の警戒を続けていた部下が悲鳴を上げる。ブネの特攻を阻止したはずの、東京タワー。だが大展望1階の窓ガラスが内側から割られ、炎や衝撃波が噴出していた。東京タワー展望台の窓から衝撃に押し出された数名の人影が宙へと投げ出され、地面に叩き付けられていく。
 ――憑魔核が激しい痛みを訴え出し、山池の額に脂汗が浮かぶ。幸いにして強制侵蝕現象とは違うが、其れでも強大な念波が、東京タワーを中心にして放射されたのが判った。
 そして其の強大な念波に凌辱するかのように挑む、魔王級のナニカが展望台に居る事も感じ取れた。
 東京タワーに集積されていたのだろうエナジーが、2つの存在に刺激されて、唸りを上げている。維持部隊の魔人だけでなく、魔群――オロバスやイポスも、強大な氣のぶつかり合いの影響を受けて、動きが鈍っている。
 山池は痛みをこらえながらも、叫ぶように指示を出した。
「――超常体を薙ぎ払いなさい!」
 他の部隊の隊長達も同様の指示を出したのだろう。憑魔の影響を受けない、通常の隊員達は我に帰ると、動きが鈍っている超常体へと銃弾や砲撃を叩き込む。オロバスやブネは苦しみに顔を歪めながらも致命傷を浴びないように、後退を始めた。逃げ遅れた低位超常体を、維持部隊からの追撃の足止め代わりとして。
 戦況が大きく変わってもなお、東京タワーを中心としたせめぎ合いは続くかのように思えた。だが――
「……プレッシャーが消えましたか」
 押え付けてくるようにも感じた強大な念波と、魔王らしき存在は東京タワーの展望台から突如として消えたようだった。貪るように深呼吸を繰り返す。
 だが刺激を受けて唸り出したエナジーは、治まる様子もなく、微震という形で、布陣する維持部隊を困惑させる。
『――無事か、山池?』
 馴染みの普通科小隊長からの通信。
「何とか。ですが東京タワーを護り抜けたかどうかか判りません」
『……今さっき中隊長を怒鳴って聞き出したんだが』
「一応、君の上官でしょう……」
 思わず突込みしたところ、気にするなと返されて、
『大展望台1階には、普通科部隊が詰めていたらしい。今、救援の部隊を送っているそうだ。前回と違って、数名の生存が確認されている。詳しい話は、此れから聴き出す』
「――解りました。情報をお待ちしています」
 通信を切ろうとする山池だったが、馴染みの小隊長は言葉を続けてきた。いや、其れは独り言に近駆ったかも知れない。
『……しかし前回と続いて、白髪少年も合わせれば魔王級が3柱も損失したんだ、敵は。にも関わらず、戦闘を止める気配はない』
「……其れだけのモノという事ですか、此の唸りは」
『其れもあるが――実際は、易々と東京タワー内部に侵入されている事から考えてみると……』
 言いたい事は解る。つまり大掛かりな陽動だ。
「其れでも外側の護りを怠る訳にはいきませんからね」
 山池の言葉に、暫く沈黙してから、今度こそ通信が切れた。山池も大きく溜息を吐くと、頭を切り替えて自分の部隊の損害の把握に努めるのだった。

 後日に上がった報告によると、燕尾服を纏った魔王級の超常体が大展望台1階に突如として空間を割って現れたらしい。
 当然ながら潜伏待機していた普通科部隊が激しく応戦。しかし奮戦虚しく、壊滅されかけたところを、八木原・斎呼[やぎはら・さいこ]一等陸尉が此れまた何時の間にか出現。証言が確かならば――強大な念波の持ち主は、斎呼だったらしい。
 結局、斎呼と燕尾服は相打ち。斎呼はまるで幽霊のように、其の場で姿が薄くなって消えてしまい、燕尾服も満身創痍のまま空間を割って消え去ったらしい。
 そして――潜伏待機していた普通科部隊も斎呼から立入禁止とされていた、更に上層の特別展望台に調査のメスが入る。
 其処にあったのは――

 蛹とも繭とも見える、不気味な球状のナニカだった。

 ……所は変わって、朝霞駐屯地。1人のWACが敬礼をした。
「――川路一等陸士。本日より原隊に復帰し、東京タワー並びに八木原一尉の捜査を再開します」

*        *        *

 四凶との新たな戦端を開いたのは、中共軍からだった。編成を終えると、キュウキやトウテツが休眠状態から目覚める前に、速攻での撃破を目指したのである。
 無論、小松の提言もあり、斥候による可能な限りの情報収集と、将校・下士官を集めての作戦会議が行われた上でのものである。実際のところ、前回、戦闘の趨勢を観測する事に務めた、小松小隊は無傷であり、中共軍の再編成中にフリーハンドで動けたのは大きい。
 なお小松小隊の87式偵察警戒車ブラックアイは、今も尚、東面――コントンの警戒監視を続行させている。
 更にキュウキがトウテツと合流しないか、懸念はしていたものの、そうなる以前に項少尉の部隊が攻撃を仕掛ける手筈となった。今頃、キュウキ達の巣となっている日立南太田インターチェンジ跡地から動けぬよう、包囲網を布いているだろう。
「――項少尉と車六級士官という強力な魔人兵がいますからね。今度こそ勝利は間違いないでしょう」
 確信すると、小松は、それよりも自身の小隊主力を割いている日立商高跡地へと視線を向けた。
 常盤線に沿って、中共軍茨城派遣の南面部隊主力が95式自動歩槍(95式アサルトライフル)を手に突入を開始した。92式装輪装甲車の25mm機関砲が唸りを上げ、初撃を逃れたチンやフケイが羽ばたき飛び上がる前に沈めていく。
 日立商工跡地の北東側から攻める主力と挟撃する形で、小松小隊や他の中共軍部隊が、隣接する久慈中学校跡地から突入する。側背を突かれた超常体の群れは大混乱を起し、悲鳴のような奇声を上げた。
「――各員、チンの爪による引っ掻きに注意する事! またフケイの鳴き声による衝撃波で姿勢を崩す事が無いように。伏射姿勢や遮蔽物を利用する等、基本に忠実!」
 教師のような小松の指示に、2輌の96式装輪装甲車クーガーに搭乗していた隊員達が威勢よく返事する。降車して89式5.56mm小銃BUDDYを構えた。またクーガーに車載されているキャリバー50が支援の弾幕を張る。中共軍をカバーする形で展開すると、激しい銃撃を超常体へと叩き込んでいった。 斥候の護衛として加わっていた千香もまた他の先輩達と共に攻撃を開始した。斥候として敵中深く浸透していた千香達は体育館で気持ちよさそうに眠る羊――トウテツの姿を確認する。戦闘の銃撃音や奇声をモノともせずに眠り続ける、人頭の巨獣。小松小隊の先輩達に頷くと、千香は背負っていたパンツァーファウストを構えた。寝込みを襲うとはいえ、油断はできない。ましてや異形系という事で、最大火力を以てしても完全に消滅させられるか?
 頭によぎった不安を払うように激しく頭を横に振ると、千香は狙いを定めてパンツァーファウストから対戦車榴弾を発射した。ロケットブースターで加速していく弾頭は狙い違わずに巨体へと吸い込まれていく。そして爆破すると激しく肉片や体液を撒き散らした。
「――火力集中! 攻撃を緩めるな!」
 班長格の先輩の怒号に、BUDDYの斉射。面倒臭そうに起き上がったトウテツへと弾雨を降り注ぐ。
 トウテツは攻撃されている事を認めると、欠伸をするように大きく息を吸った。物凄い吸引力に、身体が宙に浮かぶような感覚を覚えて、怖くなって千香はバタつかせる。先輩のWACが抱き締めてくれなければ、どうなっていた事やら。
「……あ、ありがとうございます」
「礼を言うのは、此方よ、千香ちゃん。正直言うと、千香ちゃんの重武装をアテにしてたの」
 舌を出して謝るWAC。確かにパンツァーファウストやハンドアローを背負う千香が簡単に吸い込まれるはずがない。赤面して、思わず笑い合う千香とWAC。
 だが直ぐに表情を改めると、攻撃を再開する。あらゆるモノを貪欲に喰らおうとするトウテツは、触れるものを腐らせながら押し迫ってくる。被弾しても、異形の能力が傷を治してしまう。
「……とはいえ、同時に異なる能力を発揮出来る超常体は存在しないって話だし、再生に力を回している間は接近戦も可能!」
 班長格の先輩の言葉に、思わず頷き返そうとしたが、接近戦が出来るのは千香しかいない。勿論、千香に無茶はさせられないので、先ずは手持ちの火力を注ぎ込む。2本目のパンツァーファウストを構える千香に、トウテツは視線を向けてきた。鈍重ながらも近付いてくる。プレッシャーに負けそうになる千香だったが、傍のWACはMk2破片手榴弾を引っ手繰ると、
「――此れでも喰らえ!」
 と、大きく開こうとした咥内へと放り込む。咥内で爆発し、弾帯を撒き散らす。流石に爆弾を口に放り込まれたトウテツは怒りの咆哮を上げた。外での低位超常体との戦闘を終えてきた中共軍や、小松小隊の主力が増援として加わり、集中砲火を浴びせ続ける。
 2本目のパンツァーファウストも、そしてハンドアローも撃ち込んでも、致命傷に至らない。異形系には炎で細胞を焼き尽くすというのが定説だが、威力が足りないのか、通常武器では致命傷には至っていないようだった。火炎系の宝貝を持った中共軍兵士が弾雨を潜り抜けてトウテツに果敢に攻めるが、まだ足りない。
「――佐伯二士。すまない! 任せます!」
 苦渋の判断で、小松が命じる。だが戸惑うかと思った千香は然りと頷くと、駆け出した。
「――援護射撃! でも千香ちゃんに当てるな!」
 先輩達の支援射撃を背に、千香は両拳にナックルダスターを嵌める。身体から血が抜けていく――対照的に羽織っているコートや、拳に嵌めているナックルダスターに力が漲っていくのが判った。コートに寄生していた憑魔が、左のナックルダスターへと力を注ぐ。注がれた左拳で千香はトウテツの腹部を叩き付けた。トウテツの異形系の肉体は、千香を拳から貪り喰らおうとするが――
「……ごめんね。こっちが、本物なの」
 左拳の宿った力が喰らい尽くされる前に、右拳で同じ個所を打ち貫いた。右のナックルダスターに寄生していた憑魔が歓喜に打ち震えるかのように鳴動し、トウテツを瞬く間に凍り付かせていく。トウテツの異形系の回復力を上回る凍傷に、初めて叫び声を上げた。
「……相生関係を利用した2段ブーストの氷水系の一撃です。細胞を壊死するには充分でしょう」
 小松が独りごちるが、果たして其の通りになった。続けて千香がトウテツに増強された氷水系の力が宿った拳を叩き込んでいく。其の度にトウテツが苦悶の叫びを上げていった。
 だが過剰な力には代償が必要だ。千香の生命力を糧に憑魔は力を行使する。衰弱してきた千香が崩れ落ちた。慌てて救出に走る、小松小隊。
「――千香ちゃんの戦果を無にするな! トウテツに止めをさせ!」
 小松小隊だけでなく、言葉は通じずとも心意気は理解した中共軍が最後の火力を集中――トウテツは断末魔の咆哮を上げると、ついに崩れ落ちていった……。

 衛生担当の隊員やWACの先輩達が、昏倒している千香を手厚く介護している中、トウテツ攻略作戦の事後処理が粛々と行われる。
『……逃げ去ったチンやフケイも少なくはないですか』
『まぁ、四凶といった群れを統率する程、力のある存在は、そうはいませんから。さほど脅威ではないと思いますが……しかし、あの娘には感謝していますよ』
 小松小隊だけでなく、中共軍兵士の中にも千香を心配する者が多数。各自に配給されている菓子類を見舞い品として千香に贈ってくるのだった。
 小松と中共軍将校が頭を掻きながら様子を伺う。
『――無茶な事をさせてしまったと思いますよ』
『仕方ないとはいえ、やりきれないものがありますな。私の故郷にも同じぐらいの歳頃の子がいましてね……。超常体が現れさえしなければ、もっと平穏な生活をしていたでしょうに』
 千香が維持部隊に来るまでの過去を知っている小松としては複雑な心境ではあった。彼女の幸せは果たして何処にあったのだろうかと。
『……項少尉の部隊も、キュウキの群れを壊滅させたとの事です。残りはコントンですが……』
『其れについてですか……』
 小松は言葉を切ると、先程上がってきた報告を口にする。
『監視している部下によると、コントンが旧・大原神経科病院の前を通過したそうです』
 報告を受けて、眉間に皺を刻む中共軍将校。
『――となれば、此処が防衛線になりますかね?』
 指し示すのは、大みか駅前交差点跡。
『……問題は、コントンは、トウテツ以上の再生力を有している事と、異なる能力を多数持っているだろう事です』
 実際のところは戦闘記録が無い為、文献や伝承からの推測でしかない。だが名の由来は、渾沌――すなわち混沌(カオス)。何と戦うのか、しっかり検討しなければならないだろう。それに――
『そういえば、項少尉が疑問を抱いていましたね』
 確か……四凶が示し合わせたかのように動く事自体が異常だったか。加えて、小松としては、何故、四凶が大甕倭文神社を狙ってくるのか、未だ不明な点も気掛かりであった。
(少なくとも……中共軍から聞き出すには、骨が折れるでしょうね)
 そもそも、真実を知る者が誰なのか、どれほど居るのかも判明していない。項少尉か奉朝は何か知っているだろうというのは予測に難くないが……。
 何にしても根本的な解決は未だ先なのだと、小松は溜息を吐いたのだった。

*        *        *

 第2次東京タワー防衛戦と少し時は遡る。
 東京タワーへの増援を隠れ蓑として、地下鉄・日比谷線神谷町駅跡に普通科部隊1個班が配備される事になった。此れは正式な、且つ極秘の要請であり、中共軍が地下鉄路線を侵害し、東京タワーへと制圧に乗り出す事を企んでいるのだとしたら、最低限度でも防波堤になりうるという判断である。
 BUDDYを構え、暗視装置JGVS-V8で視界を確保した完全装備の普通科部隊が、封鎖されている防火扉に張り付いた。生駒が捜索用音響探知機で向こう側を確認後、頷いた普通科部隊が解錠して突入した。空気が汚染されている恐れを考えて、全員が防護マスクを着用している。
「……本当は幻風系の隊員にも御足労かけてもらいたかったのですが……流石に贅沢ですかね?」
 火々原が溜息を吐くが、元々、魔人の大半は操氣系や強化系が占める。幻風等の五大系能力者は数少ないのだから、派遣してもらうには其れこそ並みの陳情では適わないだろう。
 さておき普通科部隊は数分も係らずに南口改札階をクリアすると、慎重にホームへと下りていった。隔離以来、超常体の巣窟になる事を危険視されて封鎖されていた割には、空気は其れほど淀んでいない。
「……逆に言うと風の流れがあるという訳だ」
 オート騎りの感覚で、生駒が空気の流れを読んだ。ホームから線路に飛び下りると、鉄道レールを観察した。僅かだが、最近でも使用されている痕を見て取った生駒は顔をしかめる。鉄道レールからの僅かな振動、そして微かな響き。生駒は感じ取ると、慌てて手信号を送り、直ぐにホームへと引っ張り上げてもらうと、物陰に隠れた。フラッシュライトを消す。
「……来るぜ」
 固唾を飲んで潜伏待機していると、確かな音と光が南の路線から窺い知れた。小さな駆動機を取り付けた連結トロッコが神谷町駅を通過していく。
「――目視した。中共軍兵士と思しき影が3人程。またトロッコ内には銃器弾薬といった物資が多数積まれていたと推測される」
 暗視装置で見張っていた普通科部隊の班長が頷いた。灯りを付け直して、生駒と火々原は地下鉄路線図を広げた。火々原は時間を確認すると、
「時間的には中共軍が巡回している時間と重なりますね。恵比寿もしくは広尾で物資を積み直したとしても間違いありません」
「しかし此処を通り過ぎるとは。……東京タワー狙いという線は消えたか。しかし北と言えば、霞ヶ関に、そして地上に出れば皇居が目の前だ。最悪のフラグが立っちまった」
 生駒が悪態を吐く。班長は部下に北口の警戒を命じると、
「どうする? 帰りのトロッコだけでも取り押さえるか? 何、地下に超常体が潜んでいないとも限らんだろう?」
 言葉の裏を捉えれば、トロッコを押さえても、超常体の仕業として中共軍の詮索を躱す余裕があるという事だ。中共軍もまた、地下鉄路線を侵している事を表沙汰にしたくないだろうから、追求してくる事はないだろう。尤も警戒レベルは一気に上がり、次回からは問答無用の交戦が起こりうるだろうが。
「――とりあえず、今は、此の先を探ります。其れまで警戒待機のままで」
「了解した。一応、神谷町駅に2名ほど残してから、本隊は六本木駅を探ってみる。戦闘は出来るだけ避けるが、何も無い事を祈っておいてくれ。勿論、其方でも何かあったならば出来る限り駆け付けるつもりだ」
 普通部隊は線路に下り立つと、南へと足を進めていく。と、思い出したように、
「――暗がりで、年頃の男女2人きりだからといって理性を失わんようにな」
「……ちょっ、待っ! おっさん、セクハラじゃねぇか!」
 生駒が歯を剥き出して文句を垂れるが、大声を出せない為に迫力半減。班長は笑いを噛み殺しながら暗闇に消えていった。
 火々原は軽く溜息を吐くと、トロッコを追って北に足を向ける。目を吊り上げていた生駒も肩を降ろすと、火々原に続いた。
「――暗視装置がないと不便ですね」
「何か来る前に気付かないとアウトだな。武器は?」
 生駒は肩に担いでいたBUDDYを構え直すと、慣れない手付きで火々原も手にした。
「他は手榴弾を少々……」
「確かに下手な鉄砲よりも其方が信頼出来るよな」
 軽口を叩き、火々原より前に出ると、生駒は腰を落として身を屈ませながら、慎重に前進する。頭上、または足元への注意を怠らない。火々原も倣うと、だが側面や後方に警戒を置きながら進んだ。
 霞ヶ関駅に近付くにつれて、前方に灯りが漏れているのを確認出来た。フラッシュライトを消し、暗がりを利用しながら、時には匍匐しながら、更に慎重となって近付いた。
 ホームには中共軍の野戦服をまとった、だが人間と異なる生き物――超常体が2体見張りをしているのが確認出来た。トロッコからの物資も積み上げられており、時折、同様の人型超常体が運搬に往復しているのが見て取れる。
「……此れが人手不足の解消案という事かよ。超常体を人手に使っているっていうのなら、間違いなく叩く理由になるな」
「――中共軍兵士の格好をしているだけかも知れませんよ。知性の高い超常体が、人間の武装を利用するのは知られた話です」
 とはいえ見張りの目が逸れた隙を突いて、ホームに上がる。先ず火々原が踏み台になって生駒がホームへ。そして火々原を引き上げた。灯りは、松明のようなもので、ホームを万遍なく照らし出している訳ではない。暗がりを利用して、スタッフ通路に潜り込んだ。
「……さて。千代田線と丸ノ内線もありますが、日比谷線と合わせて、何処が物資集積所と思います?」
「そういう先公みたいな物言い、好かれないぜ? ……そうだな。より地上に近いのは丸ノ内線だから……千代田線の改札階かな?」
 駅構内図を思い浮かべて、生駒は答える。そして構内の調査を開始した。
 先程の人型超常体だけでなく、明らかに中共軍兵士と思しき姿を確認。内容は解らないが、少しでも役立つかもしれないと思い、生駒は会話や台詞を録音する。対して火々原は待伏せや罠等に注意を払っていた。
 天井裏に忍び込める箇所を発見すると、先程と同じく、協力。
「――最も厳重なのは、千代田線の改札階ですか。生駒二士の勘は鋭いですね」
「事務室が特に怪しいな」
 天井裏を匍匐前進して、該当の上に辿り着く。見下ろそうと隙間を探していると、濃厚な匂いに顔をしかめた。同時に荒い息と嬌声が耳底にこびり付く。身体が火照って、動悸が高まってきた。慌てて防護マスクで口元を覆った。
「――催淫剤の類ですか。少なくとも麻薬に間違いありませんね。注意して下さい」
 火々原と同様に、少し吸ってしまったのだろう生駒が可愛らしく頷いた。マスクで隠された顔は恐らく真っ赤だろうと予測に付く。もしかすると自分も同様かも知れない。火々原は邪念を払うように頭を振る。
 そして再び隙間から室内を見下ろした。豪奢な内装に、厚い絨毯。服装を乱した男女が絡み合っている。荒い息、嬌声の源は此れだ。だが、其れよりも目を引くのは、奥の御簾付きの寝台。火々原も、生駒も操氣系魔人ではないが、強烈な存在感を其処に覚えた。
 狂乱の宴を邪魔するように、1人の中共軍将校が入室する。将校は戯れている男女達を無視すると、御簾の主へと何事か報告を上げているようだった。
「……言葉が解らないというのは厄介ですね」
「神州に来たんだったら日本語で喋ってもらいたいよな」
 そして御簾の主は何事か命じた。其れは言葉が通じなくとも、耳にするだけで心を奪われるような美しい声だった。
 だが火々原は顔をしかめるだけで堪え、生駒も奥歯を噛み締めて意識を持って行かれないように踏ん張る。
 御簾の主に命じられて、戯れていた男女達も服装の乱れを正すと、同一人物かと疑う程の整然とした動きで退室していった。
「――さて。此処の主がヤバいのは間違いないだろうけれども……どうする?」
「ボスキャラに喧嘩売るにしても、勝てるかどうかは判りませんね。流れ的に」
「冗談にしても、メタい、メタい」
 生駒が苦笑する。しかし本当にどうするか、2人とも考え込むのだった。

 

■選択肢
EA−01)茨城・大甕倭文神社を探索
EA−02)茨城・日立で中共軍と共闘
EA−03)東京タワーを秘密裏に調査
EA−04)東京タワーにて魔群の迎撃
EA−05)市ヶ谷駐屯地で権謀術策を
EA−06)旧地下鉄路線にて見敵必殺
EA−07)地下鉄・霞ヶ関駅にて隠密
EA−FA)関東地方の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 地下鉄・霞ヶ関駅にて行動(EA-07)する場合、第3回は第2回直後から行動する事を選ぶ事が出来る。一旦地上に戻った等の直後を選ばない場合、霞ヶ関駅への再潜入を挑むところからやりなおしとなる。居ない間に潜入の痕跡が見付かって、警戒が厳重になっている恐れがある為、注意されたし。但し、直後から開始でも、功績ポイントでの物資の獲得や増援等は「実は隠し持っていた」「現地で調達した」「仲間が遅れて合流した」として問題ないものとする。
 なお東京タワー特別展望台や大甕倭文神社境内、霞ヶ関駅では、強制的に憑魔の侵蝕率が上昇する事もあり、さらに死亡率も高いので注意されたし。
 また中共軍兵士の多くは日本語や英米語を解せ無い。下士官で片言程度に、士官は問題なく意思疎通が可能。


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