同人PBM『隔離戦区・呪輪神華』第5回〜 関東:東亜細亜


EA5『 The witch who lurks at the basement 』

 東京地下鉄霞ケ関駅構内にて検分していた、神州結界維持部隊東部方面隊・第32普通科連隊第106中隊長は、報告に上がってきた男へと答礼を返した。
「……茨城では苦労したそうだな」
「判断ミスで大事な部下を喪ってしまいました」
 第106中隊長へと敬礼したまま、第106中隊第4小隊――通称『小松小隊』の 小松・栄一郎(こまつ・えいいちろう)准陸尉は沈痛な表情を浮かべた。
「――大甕倭文神社への超常体の脅威は去りましたが、封印から解放されていません。協力には感謝するが、其れと此れとは別だ、と」
 そして小松は暫し躊躇ってから、
「大甕倭文神社に封じられているのは2柱。天津甕星香香背男神と天羽槌雄神に間違いないと思われますが……どうも二重封印のようでして」
 定期的な報告書には上げていたが、直接的に感触を説明するとはまた別の話だ。書面では通じないものがある。
「天津甕星香香背男神を鎮めている、天羽槌雄神ごと封印していると思われます。天津甕星香香背男神の性質を考えれば、其れだけ厳重な理由は解る気はしますが――」
 天津甕星香香背男[あまつみかほしかかせお]は天津神の1柱でありながら、天照に服わぬモノと知られる。星神――金星とされ、また服わぬモノとしての伝えより欧米における ルキフェル[――]と対応される事も多い。だが一説では北極星の神格化ともされ、
「仙道で言うところの天帝――玉皇大帝、ひいては神道における天御中主神に通じる恐れがある……だったな。確かに穏便に運ばなければ元も子もないな」
 第106中隊長は大きく溜息を吐いた。
「鎮守している天羽槌雄神が鍵とは思われるのですが、接触を図ろうにも、中共軍の猛者が常時警戒している始末です」
 駐日中華人民共和国人民解放軍(※駐日中共軍)の茨城派遣部隊には、最強と謳われる 車・奉朝[チェ・フェンチャオ]六級士官だけでなく、彼等が宝貝(パオペイ)と呼称する憑魔武装の使い手が数多く存在する。中でも茨城派遣部隊の実質的指導者である 項・充[シィァン・チョン]少尉は、戦闘においても火尖槍と乾坤圏という宝貝の使い手として強敵だ。
「――最低でも、此の2人を降伏させなければ、大甕倭文神社の宿魂石に接触する事は叶いません」
 そして大甕倭文神社を脅かしていた四凶と共工を打ち倒した今、維持部隊の接近は禁じられている。不用意な接近は、問答無用で超常体として処理される事が宣告済みだ。
「とりあえず手詰まり感があった為、中隊に復帰致しました」
「――此れ以上は、死を覚悟せねばならないという事か。本当にお疲れだったな」
 再び重い溜め息を吐く、小松と第106中隊長。
「……一番の問題は、同じ中共軍といっても、東京、茨城、そして埼玉とは繋がりが無いという事ですね。此処まで軍閥化が進んでいるとは。見誤りました」
 其の為、小松が幾ら他の派遣部隊へ働きかけを頼んでも、項少尉は全く動こうとしなかったのだ。東京の問題に茨城や埼玉が維持部隊へと敵対しなかったのは助かったが、逆に言えば、知らぬ存ぜずで味方にもならなかった。中共軍東京派遣部隊が“秘密結社”に汚染されてしまったのも、此れが一因かもしれない。
「――“秘密結社”の掃討も完璧とは言い難い。首魁の〈膨れ女(ブローティッド・ウーマン)〉は逃走し、未だ東京地下の何処かに潜伏中だ。関与していた中共軍関係者の洗い出しもあるし、超常体の殲滅も急務だ」
 そして“秘密結社”との関与を否定している中共軍東京派遣部隊が作業を邪魔してこないとも限らない。
「人手は多い方がいいからな。一時的であれ、小松達が顔を出してくれて助かった」
「――東京タワーに割かれている戦力が戻ってくれば問題は無いのでしょうが」
 アチラも佳境だから文句は言えないさ。そう、第106中隊長は苦笑する。
「――ところで関係者といえば子谷陸将補ですが、彼の身柄は?」
 小松の質問。だが第106中隊長は無表情になると、
「……子谷陸将補か。……彼は死んだよ」

 前髪で隠れてはいるが、跳び付いてきた少女の瞳は嬉しさで満ち溢れていただろう。佐伯・千香(さえき・ちか)二等陸士の突撃にも似た体当たりに、
「あたしより、ちっさい癖に相変わらず重いぜ」
 生駒・現在子(いこま・いまこ)二等陸士は苦笑する。当然、頬を膨らませての抗議が返ってきた。
「千香、そんなに太っていませんよ?」
「悪ぃ、悪ぃ。言葉の絢ってヤツだ。……と茨城も大変だったらしいな。お疲れさん」
 千香の頭を粗雑に、だが優しい想いで撫でてやる。
「現在子さんもお疲れ様でした」
「ああ、ありがとな……って、千香。あんた、其の名であたしを呼ぶなって口酸っぱくして言っていただろう!? 悪いのは此の口か!」
 生駒はヘッドロックすると、握った拳で千香の頬を引っ張った。そんな生駒達の遣り取りを見ていた小松小隊の面々に笑みが毀れる。
 とはいえ感動の再会を終えたら、真面目な顔で経過報告と説明に入る。
「――つまり他の小隊のカバーとして地上での捜索が主任務だな」
「はい、頑張ります!」
 小松小隊副官の頷きに合わせて、千香が大きく手を挙げる。生駒は首肯すると、
「機動力を考えれば、主力は地上捜索をお任せしたい。モグラ探しは他の小隊からの選抜や……」
 生駒は後を振り返ると、壁に背を置いて小松小隊の様子を愉しんでいた男を紹介する。垂れ目の中背痩躯の男は軽く敬礼をすると、
「通信保全監査隊の火々原です」
 穏やかな表情で、火々原・四篠(ひびはら・よしの)二等陸士は挨拶した。
「――“秘密結社”及び目標の超常体〈膨れ女〉の調査で、最も精通しているヤツだ。火々原とあたしもまたモグラ探しに行く」
「……生駒さんも地下に?」
 小隊の面子より、火々原の方が、生駒の発言に驚いた。しかし生駒は頭を掻くと、
「クーガーと違って、あたしのオートは地下のような狭路での移動に役に立つぜ」
「……でも、あのバイクって、2人乗りに向いてないよね?」
 千香の指摘は尤もだ。しかし生駒は鼻で笑うと、
「――何とかなる。まぁ、変なところを触ろうとしたら線路に振り落とすけどな」
「……まさに前途多難ですね」
 火々原は大きく溜息。だが気を取り直すと、
「兎も角、地上からも大体の位置を掴めるように、〈膨れ女〉が潜んでいる場所の候補をお報せしておきます」
 事前に請求していた書類を広げる。東京地下鉄開発計画書であり、駅構内完成予定図。順調に行けば2000年秋頃に開業予定だった麻布十番駅は、1999年の超常体出現によって放棄された。だが計画によると災害時に備え、食料品や毛布等を保管する非常用備蓄倉庫が設置される予定があったそうだ。
「食糧や雑貨等は、中共軍の物資から持ち込めば済むでしょう。但し、追い詰めたと思わせての罠の可能性もあります」
 しかし疑い出せば限がない。慎重に、そして警戒して事に当たるのは必要だが、疑心暗鬼となって臆病になるのとはまた違う。
「後は当たって砕けろって訳か」
「……砕けてはいけないのですが」
 生駒の言葉に、火々原は苦笑する。
「――保険ではありませんが、砕けないように事前に色々と施しますよ」
 兎に角、他の小隊とも連絡を取り合い、麻布十番駅予定地を中心にしての包囲網を巡らせた。そして隊員達は補給や整備等に向かう。
 其の中で思い出したように、
「子谷のヤツは殺されていたってな」
「――突入の混乱時に、死亡が確認されたそうです。線条痕から使用された銃種は54式手槍……此れと同型ですよ」
 火々原は中共軍制式拳銃である54式手槍(トカレフTT-33)を示す。
「中共軍兵士、もしくは人型超常体の仕業か? それとも第106中隊の内部犯とでも?」
「さて。少なくとも子谷陸将補の死により、彼から繋がる維持部隊内部の“秘密結社”の協力者の糸を手繰り寄せるのは難しくなったのは違いありませんね」
 火々原は頭を掻いた。それでも、
「まぁ過ぎた事です。〈膨れ女〉を倒せば、脅威は完全に潰えるでしょう」

*        *        *

 東京タワーの特別展望台を覆い隠さんばかりに、十重二十重と天使の盾が包み込んでいる。包囲する第1師団第1普通科連隊の二個中隊の火力で削っても、どこからともなく補充されて孔を塞ぐエンジェルズ。しかし先の戦いで指揮官役であるパワーやヴァーチャーを喪った事が大きいのか、以前より攻性反応は弱まっていると言えよう。其れでも特別展望台へと到る障害には変わりない。
「だが有象無象のチキンなんざ、障害というのもおこがましいよな」
 馴染みの普通科小隊長が悪態を吐いた。東京タワー特別展望台は、地上約223mに位置しており、当初設置されていた作業台がそのまま残されたものだ。地上から昇降するには、エレベータと非常階段しかない。そして電気が通っていないのだからエレベータは使えないとなれば、非常階段に絞られる。だが先の突入で非常階段は破壊されており、通常手段での突入方法は失われたと思われていた。
「――航空優勢が確立していますから、ヘリボーンという手も考えられたのでしょうが」
 第1高射特科大隊・試作運用小隊長の 山池・真一郎(やまいけ・しんいちろう)准陸尉が苦笑する。普通科小隊長は顔を向けて、
「お前さん、航空科への人脈はないのかよ?」
「生憎と。あったとしても腕利きの操縦士が必要になるでしょう。航空優勢は此方にあるとはいえ、天使の群れを突破するのは強襲と同様です」
 山池の言葉に、馴染みの小隊長は唸る。
「敵航空戦力は引き続き、拘束しておきます。雑兵どころか、またパワー以上の増援も警戒しておかなければいけませんしね」
「此処以外で天使が活発なのは、北海道の千歳、山陽の山口、九州は熊本の天草……それに中部地方の京都ぐらいだろう。いずれにしても遠いぞ」
 それでも外部からの増援を警戒するに越した事はない。包囲部隊の目は内側――東京タワーへと向けられているが、天使共に限らず、魔群といった他勢力が漁夫の利を得ようと虎視眈々と目を光らせているかも知れないのだから。
「――魔群か。共闘するって方向性で固まったらしいが、何処まで信用できるのか」
 普通科小隊長が大きく舌打ち。
「……気乗りしないようですね」
「お前だって本音は似たようなものだろ」
 とはいえ非常階段が破壊された以上、七十二柱の魔界王侯貴族が1柱、家令公子 ガァプ[――]からの共闘の申し出――“空間跳躍”はありがたい。
「しかし共闘関係は“神の厳しさ(クシエル)”が倒されるまでの間。クシエルを倒した次の瞬間に、攻撃してくるのは違いないでしょう」
 伝承と照らし合わせると、ガァプは別の場所へと瞬く間に移動させてくれる力も持つだけでなく、人の意識を失わせたり、無知な状態に陥らせたり、人同士の愛憎の感情をかき立てたりといった術にも秀でているらしい。なお四人の強大な王を従えて人間の姿で現れるとされる。
「瞬間転移は空間系、支配権の奪取から祝祷系といったところが伝承から予想される奴の能力になります。一番考えられるのは斎呼に対して魅了を仕掛ける事ですが、警戒さえしておけば瞬間で終わるものではないでしょうし、対応はとれるのではないかと」
「外部へと“跳ばされる”危険は? 窓の外へと放り出されただけで、約220mの落下ダメージだ」
 言われて、山池は眉間に皺を刻んだが、
「……結局のところ、なるようにしかならないのが実情ですね。ただ利害が一致しなくなれば敵に過ぎないのは違いありません」
「結局、ガァプの“跳躍”で突入を図る。其れは良くないが仕方ないとして……次の問題は突入メンバーだが……」
 先の突入で、選抜された普通科隊員の多くが死傷した。第126地区警務隊・警邏部第4班第7組長の 佐竹・清志(さたけ・きよし)陸士長達は再度志願するようだが……。
「あ、私も志願しますよ」
「……は!?」 山池の何気ない言葉に、普通科小隊長は間抜けな顔で返してきた。山池は装備を確かめると、
「――人手が足りないですからね。魔人は最強の単体戦力です。このまま対空指揮で終わらせておくのは惜しいでしょう」
「……侵蝕率が高くなければ、俺が突入していたんだがな。くれぐれも無理はするなよ」
 心底口惜しそうに、戦友は呟いた。
「――山池准尉だけに無理させませんがね」
 途中からでも話を聞いていたのか、顔を出した佐竹が苦笑する。そして2人の少年を引き合わせた。
「突入部隊への配属に志願しました榊原です。山池准尉が指揮官と聞いて、着任の挨拶に伺いました」
 敬礼する 榊原・景(さかきばら・けい)二等陸士に、山池は答礼を返す。榊原は短い黒髪をオールバックにしている好青年のように見えた。だが何となく陰のようなもの――寂寥感のような雰囲気を纏っているのは気のせいか。
「自分は隊の火力支援を、彼は直接戦闘を仰せつかっています」
 紹介されて、景の隣で敬礼する青年の方は書類によると氷水系魔人らしい。憑魔能力の相生相剋によれば、川路・微風[かわじ・そよかぜ]こと“ 神の厳しさクシエル[――])”に対して有利だが、圧倒的な力量差がある場合、油断出来ないのも実情だ。其れでも2人とも強力な補充要員に違いない。
「というか、私が部隊指揮官で決定なのですか?」
「今回、突入するメンバーで、お前の階級が一番上みたいなんだから仕方ないだろ。其れに普通科と高射特科と勝手が違うとはいえ、指揮官経験があるのとないのとでは雲泥の差だ」
 山池が肩を落とす。其のまま顔だけを上げると、
「そういえば氷水系の彼の名前は?」
「……根本です。階級はケイと同じく二等陸士です」
 根本・ミツル[ねもと・―]二等陸士は表情を変えずに、そう答えたのだった。

*        *        *

 妨害行為はしてこなくとも、中共軍兵士の監視が煩わしい。表沙汰に出来なく、知らぬ存ぜずを貫いているとはいえ“秘密結社”の件が中共軍の動きを抑制しているのは確かだ。其れでも捜索活動を行う第106中隊を監視する事で、面子を保とうとしているのは立派かも知れない。
「とはいえ、うっとおしいのは確かですがね」
 82式指揮通信車コマンダーで、各班からの報告を受けている小松が苦笑する。
『――恵比寿方面クリアしました!』
 通信向こうから、千香の元気な声が届く。本来ならば恵比寿や南麻布は、中共軍が縄張りを主張してくる区画だ。念の為に其方方面の捜索に千香を加えておいたが、荒事に発展しなくて良かった。
「……此れで地上の捜索は、ほぼ完了。さすがに大使館にかくまう事は無いだろうから――やはり地下か」
 地下の捜索・追跡部隊の事を案じ、いつでも要請があれば最寄りの駅から突入出来るように、小松は配置展開の指示をするのだった。

 7番出口と地下公共駐車場予定地を繋ぐ区画に、仕掛けを施す。個人携帯無線機が拾うのは、各出口を制圧していく第106中隊からの選抜隊員達の声だ。
『――乙組、資材搬入口跡クリア!』
『甲組、大江戸線を確保した』
『これより東京メトロ構内に突入する。支援頼む』
 無線を受けて、火々原と同行していた組の隊員達も首肯する。バックアップの89式5.56mm小銃BUDDYの銃口に護られながら、地下4階に設けられるはずだった交通局の駅構内へと突入した。
「――駅務室の予定区画へ」
 火々原の指摘に、普通科隊員達が慎重に歩を進める。果たして照明の彼方、光から逃げ隠れるように蠢く何かを火々原の暗視装置JGVS-V8が捉えられた。
「――前方、奥! 投下!」
 言うが早いか、火々原は焼夷手榴弾を放り投げる。テルミット反応により生じた約4,000度以上の高温は、廃墟となった構内を瞬間的に眩しく照らし出した。燃焼する炎によって浮かび上がったのは、5つの口と多くの触手を持つ巨大で、肥満体の怪物〈膨れ女〉。女性らしい豊かな乳房があるものの、其れ以上に、腕のあるべきところに触手があり、更に多くが病的な灰黄色の皮膚からとぐろを巻いて生えている造形が醜さを表していた。目の下にも更なる触手が波打っており、其の横と下に膨れ上がった顎がある。其々に口があり、牙の塊で恐ろしくなっていた。
 炎によって焼け、爛れ落ちていく皮膚は、だが新たな組織が盛り上がって傷を覆っていく。とはいえ続く弾雨の中では再生より早く、傷口が深く広がっていっているようだった。
 其れでも〈膨れ女〉は触手を伸ばし、牙の塊を叩き付けてくる。砲弾のような勢いで放たれた牙は、逃げ切れなかった隊員達の命を食い散らしていった。そして咆哮。
「――っ!」
 魔人でなくとも悍ましい衝撃を覚えて、火々原は奥歯を噛み締めた。魔人隊員の1人が絶叫しながらのた打ち回ったが、幸いにも完全侵蝕までには至らなかったようだ。但し暫くの間、無力化されたのは違いない。
「――撤退します。他の組との合流を!」
 火々原の言葉に、隊員達を束ねる組長が首肯する。倒れた隊員を肩に担いで後向きに退いていく。〈膨れ女〉の猛追に対して弾幕を張り続け、交換した弾倉は数知れず。火々原もまたピンを抜くと、閃光発音筒で怯ませて距離を稼いだ。
「7番出口――地上までもうすぐです」
 火々原の言葉に、だが〈膨れ女〉が逃がすかとばかりに追いすがる速度を上げてきた。閃光発音筒を再び投げつけるが、組織が壊死するのも構わないのか〈膨れ女〉が突進してくる勢いは止まらない。
(……万事休すですか)
 内心で唇を噛む火々原だったが、
「――真打、登場だぜ!」
 火々原の後方――7番出口から転がり落ちてくるような勢いで生駒が愛車の偵察用オートKLX250で突撃した。巧みな操縦で後輪をぶつけると、〈膨れ女〉の身体を踏み台に、だが天井との隙間を潜って向こうへと着地する。オートの突撃を受けて〈膨れ女〉の勢いが止まるどころか、大きく退いた。
「――生駒さん。そのまま退避!」
 警告しか発せられないが、生駒の腕を信じて、火々原はスイッチを押す。仕掛けられていたプラスチック爆弾へと着火信号が送られ、また指向性対人地雷M18A1クレイモア2脚が炸裂する。爆風と鋼球、炎が空間を支配し、地響きが轟いた。
「やったか!」
 普通科隊員の歓喜の叫び。だが――
「未だ足りないというのですか!?」
 炎が鎮まった後に、まだ蠢く肉塊が確認出来た。既に〈膨れ女〉としての造形も保てず、のたうちまわる触手の塊であったが、爆発の衝撃で露出した地肌から穴を掘って逃げようとするように見えた。
 ――此処で逃がせば、限が無い。
 狂気とも取れる焦燥感が火々原を衝き動かす。声にならぬ雄叫びを上げると、54式手槍(トカレフTT-33)の引き鉄を絞りながら肉薄する。全弾撃ち尽くした54式手槍を放り捨てると、左腕を触手の塊に突っ込む。そして中央にあった不気味な多面体を引きずり出した。『黒い』という此の世のものではない光を放って輝く、赤い筋の入った、殆ど黒に近いモノ。一つ一つの面が不規則な形をとっているソレの名は――輝くトラペゾヘドロン。
 魔法のように現れたレミントン・デリンジャーが火々原の右手に握られる。放たれた41口径弾丸は狙い違わずに輝くトラペゾヘドロンを砕き割る。加えて火々原は触手へと叩き付けると、最後の焼夷手榴弾を喰らわせた。
 ――心の底から狂わせる絶叫が響いた。
「……終わったのか?」
 向こう側で生駒が問い掛けてきた。炎に照らし出された生駒の後方には、他の区画を制圧してきた隊員達が顔を覗かせている。皆一様に呪わしい絶叫に蒼褪めいたが、
「――目標の焼失を確認しました。任務完了です」
 荒い息を吐きながらの火々原の宣言に、ようやく笑みが零れたのだった。

*        *        *

 展開を終えた第1師団第1普通科連隊の2個中隊や高射特科の35mm2連装高射機関砲L-90が唸りを上げる。
『――射てっ!』
 大隊長の号令で、特別展望台を護るエンジェルズへと砲弾が発射された。天使の群れもまた光線や、氣の投槍で応戦をしてくる。撃墜された天使が大地に叩き付けられ、羽根が舞い散った。対して光に惑わされた者も素早く地に伏せさせ、痛みと衝撃で我に帰す。
「――天草からの報告が役に立ったな」
 多くの死傷者が出た、天使共の精神攻撃――皮肉を込めて〈安らぎの光〉と名付けられたソレへの対策は気構えだけである。レンズやモニター越しでさえも、光による視神経からの電気信号を受けて、脳が誤認や錯覚を引き起こす。催眠効果で自由意思を奪う事もあるから厄介極まりない。其れでも戦場を轟く銃声や怒号が無理にでも意識を引き戻させ、隊員達は唇を噛んで引き鉄を絞り続けた。
「――敵の目を引き付けろ! 隊長達を信じて雑兵共の戦力を拘束するんだ!」
 試作運用小隊の副官が声を上げると、山池が手塩を掛けて育て上げてきた部下達は頷いて見せた。

 燕尾服の魔王に集められた榊原達は、覚悟を決めて息を飲んだ。次の瞬間、空間が歪み、浮遊感とも落下感とも判らぬナニカが身に襲ってくる。そして酩酊と嘔吐感。思わず崩れ落ちそうになった足元は、先程の地面ではなく、特別展望台の床に間違いなかった。
「――墜ちしモノと手を結びましたか」
 呆れた口調で川路……否、クシエルが呟く。真っ先に酩酊感から立ち直った佐竹がクシエルに向けてベネリM3ショットガンを撃ち放った。12ゲージのスラグ弾は、だが咄嗟にクシエルが張った空間の歪みに逸らされて直撃は叶わなかった。
「――新米、支援を! ヤツをこのまま守勢に押し止めておくんだ」
 佐竹の怒声が届くより早く、榊原はFN5.56mm機関銃MINIMIを構えると弾幕を張る。銃弾はクシエルに当たる前に在らぬ方向に曲がっていが、動きを封じる事には成功していた。
 BUDDYを構えた普通科隊員や根本が、弾倉交換の合間を縫って突撃。山池もまた状況を見て、光を放つとクシエルの視界を一時的にでも眩ませていった。
「……高射特科じゃ、要請してもろくな個人装備がまわって来ませんねぇ」
 BUDDYで連射しながら山池は嘆息を漏らす。当初は防戦一方だったクシエルも状況に適応してきたのか根本や佐竹の攻撃をいなしながら、次第に銃弾を逸らすだけでなく、小規模な空間爆発による衝撃を放つようになってきている。
(――共闘と言ったのは口先だけですか?)
 特別展望台に山池達を送り届けたガァプは、戦闘が開始してからずっと姿を消して沈黙を保っている。其れどころか……
(……此の場にいるのは私達やクシエル、ガァプだけではないようですね。何かを潜ませています!)
 半身異化をして祝祷系の憑魔能力を解放している山池にはガァプが光学迷彩で背景に溶け込んでいるのが手に取るように判っていた。但しガァプは姿を隠してはいるが、山池達を裏切ったり、また抜け駆けて 八木原・斎呼[やぎはら・さいこ]一等陸尉の身柄を確保したりする気はないようだ。其処は魔王らしく契約を守るという事か。だがガァプは戦闘に参加しないばかりか、別の何かもまた隠して潜ませている。少なくとも1体や2体ではない――全部で4体か。
 だが今はガァプの動向よりもクシエルに意識を集中しなくてはならなくなってきた。火力支援する榊原や山池、佐竹達が弾倉を交換する隙を縫い、そして根本といった白兵戦を担う魔人隊員をあしらっていった。流石は主神や大魔王に並ぶ、熾天使――最高位最上級の超常体といったところか。悔しいが感嘆せざる得ない実力を以て、クシエルが手刀を振るう。指先が払う軌跡に沿って、風の刃が放たれた。其れも1つや2つではない。無数に放たれた真空刃が、繭とも蛹ともとれる斎呼の方面を除く全周囲へと向けられる。
「――しかし本官はいけます!」
 根本が大気中の水分を結集させて薄い膜の盾を張る。相生相剋の関係により、氷水系は幻風系の力を吸収する。純粋な力量の差はあっても、攻撃の威力を緩和させる事には成功した。
「……しかし受容体としての器が足りぬ貴方では私の攻撃を防いだとしても、倒す事は叶いません。しかも此れで動きを封じましょう」
 クシエルが六翼を展開して波動を発すると、根本が苦痛を漏らして床に沈む。根本だけではない。
「――っ!」
 身体に寄生している憑魔が無理矢理に神経へと根を広げていく激痛が山池をも襲う。根本や山池だけではなく、全ての第一世代の魔人隊員がのた打ち回った。其処にクシエルが邪魔者を潰そうと風の乱舞を再び放とうとする。しかし其の出鼻を挫くように放物線を描いて、クシエルの前でMk2破片手榴弾が炸裂した。
「――新入り! 良いタイミングだ!」
 佐竹の賞賛に、榊原は不敵な笑みで返した。咄嗟に空間障壁を張って直撃は避けたとしても、クシエルへと傷を負わせたらしい。呻くクシエルへと佐竹がベネリM3で猛追。
「……生憎と、今の士長にも私を倒す程の力はありませんよ。其れは運命と言っても良い」
「――悔し紛れにしては大層な口じゃねぇか」
 悪態を吐く佐竹。唇の端が歪んだ。
「……ならば僭越ながら、私が」
 クシエルの視界を閃光が支配した。目で捉えられぬ程の速さの光弾がクシエルの身を貫く。そして目が眩む光の渦の中で、腰射ち姿勢でBUDDYを構え、狙いを定めた山池が引き鉄を絞った。
 ――5.56mmNATO弾がクシエルの憑魔核を貫き、そして絶命させた。

 死体を検分し、絶命を確認しようとする隊員達。佐竹は血と汗に塗れた顔を拭うと、斎呼の身柄を保護しようと足を向けた。
 ――瞬間、榊原の背筋を震えが襲う。山池の視界の端で空間が歪んで見えた!
「気を付けて下さい! ガァプが来ます!」
 警告も虚しく、何人かが“跳ばされ”た。其れでも残った者達は素早く敵に向かって銃を構える。
「――御苦労様でした。しかし共闘の約定はクシエルの死を以て終了です。心苦しいですが小生は皆様を排除し、斎呼嬢の身柄を確保させて頂きましょう」
 燕尾服姿の魔王が慇懃に頭を下げる。更にガァプによって隠されていた4体の完全侵蝕魔人が姿を顕した。ガァプ程ではないが仕立ての良い生地の衣装をまとった使用人姿である。
 ――ガァプには四方の王が付き添うと言うが、冗談にしては悪趣味だろう。憑魔能力は其々、火炎・氷水・地脈・幻風だろうか。いずれにしても満身創痍な維持部隊にとって、ガァプだけでなく4体の完全侵蝕魔人とは面倒極まりない。
「降伏するのでしたならば命までは獲りません。但し作業の邪魔をして頂きたくありませんので、先程のように退出して頂く事になりますが」
 唇の端を吊り上げて、三日月状に笑うガァプ。だが、其の癪に障る笑いも、次の瞬間、何処からともなく流れ込んできた放送を聞いて、引き攣りに変わった。

*        *        *

 其の時……あらゆる通信機器から、電波ジャックした放送が流れてくる。凛々しい女声が響き渡る。
『――諸君』
 榊原と根本が視線で無事を確かめて頷き合う。
『諸君』
 地下鉄構内の捜索を終えた火々原の片眉が、懸念で歪んだ。
『諸君――』
 女の声は、三度同じ呼びかけをし、
『――私は松塚朱鷺子、旧国連維持軍・神州結界維持部隊・西部方面隊第8師団第42連隊所属、第85中隊隊長だったもの。天草を拠点として腐れきった日本国政府からの独立を唱え、宣戦布告をしたものとして覚えておられるだろう』
 不安そうな千香をなだめる生駒の横で、小松が書類に目を通しながら眉間に皺を刻んだ。
『かつて、私はこう言った。――我々は、日本国に生まれ育ち、そして超常体と呼ばれる来訪者達を身に宿したというだけで自由と生存権を奪われ、その裏に己の保身と私欲に走る愚鈍な各国政府と日本国政府との間に密約があったという事を!』
 放送主は一息吐き、そして爆弾発言を続けた。
『その証拠を今こそ示そう! その時が来たのだ。証拠とは――』
 佐竹が悪態を吐くのは対照的に、山池は押し黙る。
『――私自身だ! 私という存在がその証拠である。私は……我こそは処罰の七天使が1柱“神の杖(フトリエル)”―― 最高位最上級にある超常体、熾天使(セラフ)である!』
 奥歯を噛み締める音が聞こえた。
『我は、この世界に“主”の御命による安息と至福に満ちた国を建てる為に、愚かなる者どもを打ち倒し、魑魅魍魎を祓い出すよう申しつけられ顕現した。己が自由と誇り、生命を守る為に、当然ながら我等に抗われるだろうと覚悟の上で、だ。しかし――』
 悲しみと怒りに満ちた声が周囲に渦巻く。
『――あろうことか、愚鈍な者どもは保身と私欲の為に我等に媚び諂うと、この国を売り渡したのだ』
 糾弾するフトリエルの声が天に満ちた。
『――怒れよ、戦士達。我は、同志であれ、同志で無くとも、耐え難きを耐え、忍び難きを忍んできた諸君等に惜しみない賞賛と敬意を送る。と、ともに問い掛けたい。…… 我は諸君等の敵であるとされていた。確かに我等は諸君等を殺め、命を奪ってきたものだ。だが、真なる敵は諸君等から自由と権利を奪い取り、そして何よりも誇りと生命を軽んじている者どもではないだろうか!?』
 聞く者の心に、困惑と、そして嘆きが迫ってきていた。呆然が憤然に取って代わる。
『今一度、呼びかけたい。――我は約束する! 戦いの末、“主”の栄光の下で、真なる安息と至福を諸君等に与えよう。ゆえに己が自由と誇り、生命を守る為に、この理不尽なる全てに対して抗いの声を上げよ。そして我等とともに戦い抜こうではないか!』
 ……聖約が、もたらされた――。

 

■選択肢
EAh−01)茨城・大甕倭文神社を襲撃
EAp−01)茨城・大甕倭文神社を制圧
EAg−01)茨城・大甕倭文神社を破壊
EAh−02)東京タワーにて魔王と交戦
EAp−02)東京タワーにて儀式を強行
EAg−02)東京タワーにて魔王に服従
EAh−03)市ヶ谷駐屯地で権謀術策を
EAp−03)市ヶ谷駐屯地で武装蜂起を
EAg−03)市ヶ谷駐屯地で殺戮に浸る
EA−FA)関東地方の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 東京タワー特別展望台での決戦は、第5回終了直後から始まる。選択(EA-02)する場合、注意されたし。但しガァプに“跳ばされた”として、他の選択肢を選んだり、また特別展望室以外の東京タワー周辺で行動したりしても構わない。
 なお東京タワーや大甕倭文神社境内では、強制的に憑魔の侵蝕率が上昇する事もあり、さらに死亡率も高いので注意されたし。
 また中共軍兵士の多くは日本語や英米語を解せ無い。下士官で片言程度に、士官は問題なく意思疎通が可能。

 なお維持部隊に不信感を抱き、天御軍に呼応する場合はEAp選択肢を。人間社会を離れて独自に行動したい場合はEAg選択肢を。

 泣いても笑っても、次が『隔離戦区・呪輪神華』第1師団( 関東 = 東亜細亜 )編の最終回である。後悔無き選択を! 幸運を祈る!


Back