同人PBM『隔離戦区・呪輪神華』最終回〜 関東:東亜細亜


EA6『 Sealed thing and Released thing 』

 宙空より突如として現れた数人の影が、次の瞬間には地面に叩き付けられる。僅か30cmの高さでも打ち所が悪ければ即死する危険性がある。
 しかし神州結界維持部隊・第126地区警務隊・警邏部第4班第7組長、佐竹・清志(さたけ・きよし)陸士長は巧く受け身を取ると“跳ばされ”た事による衝撃と嘔吐感を堪えながら素早く立ち上がった。
「――何人、“跳ばされ”た?! 其れと皆、大丈夫か」
「……残念ながら佐竹士長。第7組全員が“跳ばされ”てしまった模様です。幸いにも大事在りません」
 部下の報告に、佐竹は複雑な表情を浮かべた。隔離以降の年月を経て、厳つくなってしまった顔立ちが、更に醜く歪む。
「――戦場から放り出された時点で大事だがな。負傷者が出ていないだけマシか」
 東京タワーの特別展望台を憎々しく見上げる。其の間にも衛生科隊員や他の普通科隊員が救護に駆け付けてきた。
「……特別展望台で何があったんだ?」
 顔見知りの普通科小隊長が声を掛けてくる。東京タワーを十重二十重と覆い隠していた天使の群れは、今や散り散りとなり抵抗も空しく次々と撃ち落とされていた。
「チキン共の戦力補充が途絶えている。……クシエルは殺ったんだな?」
「そうだが……替わってガァプが敵に回った。で、“跳ばし”を回避出来ずに、俺達は戦力外になっちまった」
 直ぐに増援を送ろうにも、特別展望台に至る為のエレベータには隔離以降、電力は通っていない。非常階段もまた先の戦いで破壊されたままだ。普通科小隊長は大きく舌打ち。
「応援部隊を準備させていたが、此のままでは間に合いそうにないか。チキン共が脅威で無くなったとはいえ、輸送ヘリを手配するには時間が掛かり過ぎる」
 不甲斐無さに悪態を吐こうとした佐竹と普通科小隊長だったが、
「……おいおい。折角、長野から出戻ってきたというのに、どうするよ?」
「佐竹准尉にも東京へ出向してもらったら良かったかも知れませんね」
 冷静な印象を受けるのと、野卑めいたのによるコンビが特別展望台へと目を凝らしていた。冷静なのが肩に担いでいる装備――XM109ペイロードライフルに佐竹は目を配って、
「狙撃か?」
 ちなみに同姓だが、佐竹清志陸士長と、二人組が言う「佐竹史郎陸准尉」とは血縁関係は無い……多分。
 兎に角、冷静な方―― 佐藤・一郎(さとう・いちろう)二等陸士は敬礼すると、
「4月頭の迎撃戦に参加し、此処一帯の配置は熟知しているつもりです。其の後の戦闘経過で破壊されている箇所があれば、詳しく教えて頂ければ助かります」
「――出来るか?」
「当てます」
 不敵な笑みで佐藤は返す。出来る出来ないか、やるかやらないかでなく、明確に「当てる」と答えた。
 返事に唇の端を歪ませた普通科小隊長は、魔群や天使の群れで破壊された建物や箇所を佐藤達に伝えさせる。特別展望台は約224mの高さに位置している。
「旧・東京プリンスホテルからなら行けるか?」
 相棒である 鈴木・太郎[すずき・たろう]二等陸士の言葉に、佐藤は首肯する。そして駆け出した。
「……他にも直接飛んでいくとか出来れば良いんだが。操氣系とか幻風系とかなら飛べるだろ? 異形系でも羽を生やしていくとか」
 普通科小隊長の呟きに、いつの間にか控えていた二等陸士が恐る恐る声を掛ける。
「――小隊長殿。報告があるのですが……」
「何だ? お前は……増援の為に待機させていた第165班の者か。どうした?」
「――うちの士長が急を争うという事で、特別展望台へと単騎で応援に……」
「どうやって!? そういえば魔人だった気がするが、操氣系か、幻風系だったか」
「異形系です。小隊長の仰る通り、羽を生やして……」
 申し訳なさそうに報告する二士だが、普通科小隊長と顔を見合わせた佐竹は、
「――“跳ばされ”た俺が言うのも何だが、今の状況だと1人でも戦列に加わってくれるのはありがたい。さっきの狙撃と合わせてガァプに泡吹かせれば……。で、小隊長。輸送ヘリの手配は?」
「既にやっている。だがツテが無いんで、速攻で来てくれる保証はない」
「そうか。――間に合えば良いんだがな……」

 東京タワー特別展望台の中央には、繭とも蛹とも思われる異形の球形―― 八木原・斎呼[やぎはら・さいこ]一等陸尉が封じられていた。  とは言っても束縛していた 川路・微風[かわじ・そよかぜ]こと“ 神の厳しさクシエル[――])”を討ち果たした以上は、覚醒を待つだけだ。しかし其の前に確保しようと、姿を隠していた魔群が攻撃を開始。慇懃無礼な燕尾服姿をした七十二柱の魔界王侯貴族が1柱、家令公子 ガァプ[――]によって多くが“跳ばされて”しまった。
 第1高射特科大隊・試作運用小隊長の 山池・真一郎(やまいけ・しんいちろう)准陸尉は事前に隠れ潜んでいるガァプを確認していた事で難を逃れ、また持ち前の危機を察する直感で 榊原・景(さかきばら・けい)二等陸士と、其の相棒の 根本・ミツル[ねもと・―]二等陸士は間一髪で回避する事が出来たが……。
「3対5……しかもガァプ以外の4体は完全侵蝕魔人ですか」
 山池は渋面を作ると、クシエルとの戦いで荒れた特別展望室を視線だけ動かして把握した。顔はガァプの方を向け、手には89式5.56mm小銃BUDDYを保持。そして視界の端で榊原のハンドサインが映った。
 兎も角、神州全土に流された“ 神の杖フトリエル[――])”の放送に気を取られていたガァプだったが、取り繕うように笑うと改めて山池達に向き直る。
「――御使いを気取る連中の戯言はさておきましょう。今は斎呼嬢の身柄の件です。改めて申し上げます。降伏するのでしたならば命までは獲りません。但し作業の邪魔をして頂きたくありませんので、退出して頂く事になります。……尤も、貴方様達も猊下に忠誠を誓うというのであれば話は別ですが?」
「――つまり?」
「小生の配下になりなさい。魔人の御二方には侵蝕を促します。残る貴方様にも望むのであれば憑魔を寄生させましょう」
 榊原へとガァプは薄く笑う。だが榊原の脳裏をよぎるのは大事な人の想い出。そして――聞かされた訃報。ガァプの三日月状の笑みに、何かが千切れる音が自らの裡から響いた。
「――返事は、此れだ!」
 腰に提げていたMk2破片手榴弾を掴み、安全ピンを素早く引き抜く。放物線を描く過程でレバーが外れて信管が火薬を叩き、手榴弾は破裂した。固まっていた敵魔人は散開すると、各々の能力を駆使して飛び散る弾帯を防ぐ。水は衝撃を和らげ、土は弾帯を弾き、炎は焼き尽くし、風は吹き飛ばす。
(――氷水系の天敵たる雷電系はいない!)
 榊原が破片手榴弾を投擲した事で、敵魔人の能力を把握した瞬間、山池は閃光を放った。ガァプ達の目が眩んだ隙に、山池は倒れていた普通科隊員の手からFN5.56mm機関銃MINIMIを拾得。また根本が幻風系へと肉薄した。
 視力を回復した敵幻風系は真空刃を慌てて放つが、相生関係から根本に効果は無い。実力に大いなる差があれば話は別だが、どうやら敵魔人とは同格のようだ。同格であれば相生相剋関係が其のまま適用される。
 ならば――。
 敵火炎系からの助力を受けた、敵地脈系が根本を排除しようと動くのが見えた。しかし山池と榊原によるMINIMIの弾幕が、敵幻風系を分断させる。
 相手は憑魔能力頼み。魔人は確かに単体において戦車や航空機すら上回る最強の戦闘能力を有する。だが其れでも銃や剣を扱う達人の技が、力の差を覆す事も出来る。強大な能力に呑まれたモノは、其の慢心から足元を掬われるのだ。
 根本は敵幻風系を床に捻じ伏せると、榊原に目配せした。傷を負わせると素早く離脱。傷口を押さえながら、其れでも立ち上がろうとした敵幻風系だったが、次の瞬間に全身を炎で焼かれる事になった。根本が離脱した瞬間に榊原が投擲した焼夷手榴弾は、テルミット反応により生じた約4,000度以上の高温で敵幻風系の息の根を止める。
「四方の一角が崩れた!」
 だが敵火炎系の支援を受けて増強した敵地脈系は強力。お返しのつもりか、根本を狙ってくる。相剋関係により地脈系の攻撃は、氷水系の根本にとって重傷を負う事になる。ましてや増強された一撃は掠っただけでも致命傷になりかねない。山池と榊原はMINIMIで支援射撃を続けるが、敵には氷水系も残っていた。
 背筋に悪寒が走ると同時に、榊原は床を寝転がるようにして攻撃を回避。敵氷水系が放った氷柱の鋭利な尖端が床を抉っていた。
「――ケイ!」
 敵氷水系が放つ水鉄砲――人を殺めるには充分な威力があるソレを、根本が相殺する。力量的には同等。根本が相対する限り、敵氷水系も消耗戦になるだけだ。しかし動きが止まった隙を狙って、炎を纏った敵地脈系が根本へと襲い掛かり……
< ――突如として敵地脈系を増強していた炎が消えた。皆の注視が敵火炎系へと向けられる。5.56mmNATO弾によって敵火炎系が襤褸のように崩れ落ち、首から下も床へと倒れる。そして敵火炎系の屍骸を造り出した人影は割れた窓から特別展望台へ入り込むと、続く自然な動作で閃光音響筒を放り投げた。
 増強されていた力の供給点を突如失った事で茫然としていた敵地脈系は続く閃光で完全に視界を奪われ、硬直した。そして山池がMINIMIの残弾を容赦なく叩き込んで活動を停止させた。
 流石に手下が3体も失われた事で、ガァプの気取った顔が崩れた。空間を爆発させて、周囲のモノを吹き飛ばす。最早、斎呼の身柄を確保する事も念頭にない激昂振りだった。
「――支援する。鯨陸士長だ」
 敵火炎系を打ち倒した第106中隊第165班・乙組長の 鯨・残光(げい・ざんこう)陸士長は、黒髪を後ろで束ね、陽によく焼けた褐色の肌をした男だった。硬質化した強靭な鱗を身に纏うと自らを盾として、ガァプの空間爆発で弾き飛ばされてきた破片から榊原をかばう。榊原は弾倉を交換すると、主の怒りに翻弄される敵氷水系へと5.56mmNATOを叩き込んでやった。
「――ガァプの身をもっと外側に寄せる事は出来るか? そして動きを少しでも止められれば」
 鯨の囁き声に、山池が首を傾げる。
「……どういう事ですか?」
「昇ってくる間に、小隊長から連絡があった。狙撃隊員が配置についている。あのガァプの空間障壁は、並みの攻撃では貫けないと聞いているからな」
 事実、榊原達が銃弾を叩き込んでいるが、5.56mmNATOではガァプに傷一つ負わせられない。弾は在らぬ方向に曲がっていくだけだ。
「――山池准尉、残弾数は? 必要ならば予備を」
「助かります。とはいえ総力で以ても難しいところですが……」
 其れでもやるしかない。ガァプが攻撃の手を変え、光線を放つ。集束された光はナイフのように床を削り、鯨の身を裂くが、異形系の回復力が傷口を修復する。痛みはあるが、鯨は涼しい態度を努めると、動きながら照準眼鏡を覗き込んで発砲。ガァプを照準眼鏡内に映し出された光点に合わせて撃ち込んでいく。
 ガァプも再び攻防一体の空間爆発に変じると、5.56mmmNATOを弾いていく。だが空間爆発による攻撃は無差別、つまり狙いが定かではない。動き回る鯨へと効果的な損害を与えるのが難しいのだ。また援護射撃を続ける山池や、時折、破片手榴弾を投擲する榊原、そして氷水系能力を駆使する根本が煩わしかった。
「小煩い! 貴方様達を先に始末して差し上げます!」
 ガァプは苛立つままに吠えると、山池達へと歩みを進める。空間障壁でガァプに攻撃は効いていない。さすがに榊原達も近付いてくるガァプから逃げなければならないが、かといって弾幕を張るのを止めれば即座に死だ。
 ――死出への緊張感が増してくる。
 だが。
 次には、轟音が響いた瞬間に、ガァプの肉体が千切れ飛んだ。散り散りになったガァプもまた自身に何が起こったのか解っていなかったに違いない。榊原達も通過した弾の衝撃で激しく壁に叩き付けられていた。身を起こしながら鯨が鼻で笑う。
「……空間障壁で傷つけられる事が無いと慢心していたのが、お前の敗因だ、ガァプ」

 旧プリンスホテルの一室で、双眼鏡で着弾を確認していた鈴木が不敵な笑みを浮かべた。
「――ビューティホー」
 帯電したXM109ペイロードライフルを構えていた佐藤が面を上げる。ただでさえ驚異的な25mmAP強装弾は、銃身に寄生している雷電系憑魔によって電磁加速された結果、莫大な破壊力を有したのだ。其の一撃にガァプが耐えられるはずがない。
「しかし突然何処からか現れたような俺達がガァプを倒すなんて美味しいところを持っていったんだが……文句を言われねぇかな?」
「其の時は2人で頭を下げましょうか」
 佐藤は苦笑する。空には救援の汎用回転翼航空機UH-1Jヒューイの音が鳴り響いていた。

 救援に駆け付けてくるヒューイの音に、ようやく安堵の息を漏らす。
「――佐竹士長達は無事なようです」
 ヒューイに乗った佐竹からの連絡を伝えて、山池が笑う。エンジェルの姿は最早無く空の安全が確保された。だが……
「当面の敵はいなくなったが、フトリエルとやらの放送の影響が問題だな」
 鯨の呟きに、山池は頷いた。しかし其れに対する考えを述べようとした時、
「――山池准尉! 八木原一尉が目覚めた!」
 榊原の声に注視する。繭とも蛹にも見れる異形の肉塊から溢れ出した氣が目に見える形で人の姿を現した。氣によって形作られたのは、敬礼する斎呼の姿。
「――大変、御迷惑をお掛けしました」
 対する山池達も敬礼で返す。
「囮役、御苦労様でした。――状況を終了します」

*        *        *

 薄く発光するエンジェルズが通路を低く滑空してくる。光の矢を放ってきたが、急ごしらえではあっても積み上げた土嚢のバリケードを崩す事は出来なかった。
「――射てっ!」
 第32普通科連隊第106中隊第4小隊長、小松・栄一郎(こまつ・えいいちろう)准陸尉の号令に、銃眼から向けたBUDDYの横列が轟きの声を上げる。
『K区画にてアルカンジェルと、叛乱者の姿を目視』
 警戒監視していた偵察員からの報告に、小松は素早く脳内にて把握している部隊の位置を浮かべる。
「――最寄りの部隊は、私のところの第10611班ですね。遠慮は要りません。懲らしめてやりなさい」
 小松の指示を受けて第10611班が慎重にかつ迅速に動き出す。先輩のWAC(Woman Army Corps:女性自衛官)が親指を立てて、意地悪い笑みを浮かべた。
「……小隊長のお墨付きが出たわ。千香ちゃん、やっちゃえ!」
「はいっ!」
 元気よく返事をすると、佐伯・千香(さえき・ちか)二等陸士は一気に駆け出した。先輩のWACだけでなく、他の隊員達も支援射撃でアルカンジェルの気勢を逸らす。
「――小松の道化娘か!?」
 フトリエルの言葉に叛乱蜂起した(元)隊員が顔を蒼白にする。
「いつの間に、そんなあだ名が付いたんだろ?」
 それぞれに氷雪と疾風を纏った拳を振り回しながら、長い前髪で隠れて見えない千香の顔は、不思議そうな表情を形作った。
 小隊のアイドル、マスコットとして可愛がられた結果、やたら派手に目立つポップキュートでパステルカラーな衣服に身を包み、アクセサリやデコレートシールで飾られた装備は、確かに道化娘と呼ばれても仕方ない。だが叛乱した隊員からとはいえ、そんな千香が畏怖される事になるとは……。
 さておき半身異化してなくても憑魔が活性化すれば魔人の身体能力は増強される。歳相応の小柄な見掛けによらず、元々が力持ちな千香が振るう拳はアルカンジェルの氣の膜を貫き、壁に叩き付けるに充分だった。絶命する敵超常体を尻目に、千香は微笑んで叛乱者に尋ねる。
「――痛いのは嫌だよね? 千香は降参してくれると嬉しいな」
 毒気の無い笑顔。だが叛乱者には逆に恐怖を抱かせる。其の空気を読んで千香は困った顔をしそうになったが、叛乱者は銃器を足元に放り落とすと両手を上げた。銃器を突き付けながら、先輩達が身体検査を行っていく。
「小隊長。K区画を制圧終えました。此方の損害は皆無。引き続き、警戒監視に当たります」
「――御苦労」
 報告を受けて、小松は胸を撫で下ろす。
『……面倒を掛けるな』
 無線で第106中隊長が労いの声を掛けてきた。
「第106中隊で一番の機動能力が、私の小隊の売りですからね。中隊長や他の小隊の帰路はもっとゆっくりでも構いませんよ」
 ――“秘密結社”の捜索を終えた小松小隊は、持ち前の機動力を活かして、いち早く第32普通科連隊が駐屯する大宮へと移動していた。第106中隊長からの頼まれた事もあったが、フトリエルの演説に惑わされた痴れ者が出ないか、危惧したからだ。
 大宮に戻った小松は、第32普通科連隊長に上申。盲動への警戒を促し、また維持部隊員への説得を試みた。其の御蔭か、叛乱蜂起する痴れ者は数名に留まり、重要箇所の破壊工作は免れたと言えよう。
『――もう1日で帰還する。其れまで大宮を頼む。他の中隊長から煙たがられても、俺の名前を好きに使って、小松が正しいと思う事を押し通せ』
 第106中隊長からの心強い応援の声に、小松は然りと頷き返した。
「しかし大宮でも此の有様だと……市ヶ谷や練馬なんかは大変でしょうね、今頃」
 部下の言葉に、だが小松は心配ないという表情で返すと、
「念の為、市ヶ谷には生駒君を置いてきた。彼女の事だから何とかするでしょう」
「……始末書で泣く羽目にならなきゃいいんですけれどもね、生駒二士も」

*        *        *

 人目が付かないように73式中型トラックに荷物が積み込まれていく。周囲を警戒しながら怯えるように、焦るように慌てて荷物を積み込んでいく維持部隊員達。まるで夜逃げするように。だがそんな彼等を、激しいライトが照らし出した。
「――天使を気取るオバサンの言葉に唆されて、破壊工作でもするかと思いきや……よりにもよって逃げ出す算段か。本当に情けねえな、あんた等」
 まだ叛乱蜂起して喧嘩を吹っかけてくる連中の方がマシだ。生駒・現在子(いこま・いまこ)二等陸士は悪態を吐く。
 偵察用オートKLX250のライトに照らし出された維持部隊の1人が、眩しそうに手で光を遮ながら、
「――わ、我々は、そ、そう! 特別任務で出発するところだったのだ。逃げるなんて言い掛かりだ」
「そ、そうだぞ、貴様。何処の所属だ。階級、名前を言え! 上官に文句を付けてやる」
 声高々に囀り始めるが、狼狽しているのは見て明らかだった。生駒は溜息を吐く。
「武器弾薬、糧食は兎も角……宝石や貴金属を掻き集めてきても戦闘に役に立たねぇだろ。どんな特別任務だ、其れ? ……第一、あんた等、マトモに戦えるようには見えないんだけどな、あたしには!」
 肩や襟の階級章を見れば准陸尉や三等陸尉以上の幹部(士官)どころか、中には二等陸佐もいた。歳も40代後半から60代という古い世代。だが前線で仰ぎ見た事もない連中。
「――隔離以前の自衛官時代からの俗物ですよ。小松隊長のように最前線で部隊を指揮する古強者もいれば、彼等のように隔離以前の階級を盾に逃げ回る臆病者もいる……此れが現実です」
 暗がりから警務科隊員を連れて、火々原・四篠(ひびはら・よしの)二等陸士が姿を現した。警務科隊員が幹部達にBUDDYを突き付け、武装解除をしていく。
「そういう無能な連中は、超常体が現れた初期に、たいてい戦死したか、自殺したって聞いていたんだけれども……」
 生駒の言葉に、火々原は肩をすくめて見せるだけ。
「兎も角、足止めしてくれて助かりました」
「あたしとしては強行突破したら、追い駆けていくつもりだったんだが」
「……事故で貴重な武器弾薬、糧食が駄目になる危険性がありましたね」
 火々原の言い様に、生駒は口を尖らした。さておき、
「“秘密結社”と繋がっていた者を警戒して、子谷陸将補の周囲を探っていたら、フトリエルの演説も重なって上手い具合に老害というか膿を排除出来ました」
「――あたしとしては破壊工作があるかと思って警戒していたんだけどな。……で、本命の“秘密結社”信奉者は見付かったのかい?」
「流石に、こんな莫迦共とは違って、簡単には尻尾を掴ませないようですね。引き続き、調査です」
 火々原は大きく溜息を吐く。が、暗がりから現れた人影に慌てて敬礼した。現れた人影―― 長船・慎一郎[おさふね・しんいちろう]維持部隊長官は軽く返礼してくる。
「気軽に、長さんと呼んでくれ」
 そう、いつもの文言を吐いてから、警務科隊員に捕らえられていく(元)幹部達を見遣る。
「……彼等も時代の犠牲者なんだろうね」
 長船は寂しく笑った。
「私が長官になってから、その、何だ、隔離外から見たら組織的には無秩序な方針で通してきたじゃないか」
「――暴論的なまでの実力主義ってヤツだろ。其の御蔭で年齢や階級が低くても実力さえあれば、存分に発揮出来る。あたしも、其の恩恵を受けている口だし」
 沖縄や北海道では団長にまで上り詰めた女傑もいる。生駒の言葉に、長船は首肯すると、
「勿論、逆に言えば相応の実力が無ければ、何をしようにも周りから叩きのめされる。また自分勝手な行動も同じく、ね。……でも隔離政策によって無理矢理に国民皆兵となった日本が、超常体との戦いで生き抜くには、最善とは言い難くも、仕方なかったと私は確信している。だが――彼等のようなタイプには苦痛だったんだろうね」
 長船の呟きに、火々原と生駒は無言で応えるしかない。長船も答えを期待している様子でもなく、需品科隊員が荷物の点検確認を行っている様子をただ見詰めていた。
「――さて。皆の御蔭で有能な秘書が復帰してくるからね。ようやく少しは楽が出来るかな?」
 長船の軽い言葉に、火々原と生駒は再び無言で顔を見合わせるしかなかった……。

*        *        *

 チヌークから下ろされた縄梯子を掴み、東京タワー特別展望台から離れる。
「八木原一尉は……此の場から離れられないんだよな。今後の事を思えば移動出来れば、其れに越した事は無いんだが」
 佐竹の懸念に、しかし斎呼は微笑むと、
「殿下の許しが出ましたので、東京城に移ります」
「……は?」
 問い質す点は幾つかあるが、遮るように言葉を続けてきた。
「拘束から解放されたばかりとはいえ、龍脈に流れる力を利用すれば、自らの身を持ち上げて移動させる事が可能ですので……」
 勿論、移動する間、自らの身を氣で持ち上げる斎呼は無防備になる。其れまで話を黙って聞いていた山池が肩をすくめると、
「乗りかかった船です。毒喰らわば皿まで。移動の間、護衛しましょう」
 無線で指揮下の第1高射特科大隊・試作運用小隊に通達。
「索引車が1輌しかないのが問題ですか」
「だが1門でも対空があるのとないのでは話が違う。プリンスホテルの狙撃員にも協力してもらえば、其れなりに安全だろう」
 素早く銃器を点検しながら鯨が呟く。
『――此方、狙撃員の佐藤です。任務承知しました。但し……飛行型超常体よりも対空武器の方が厄介かも知れません』
「どういう事でしょうか?」
『チキンの放送に迷った連中が暴走する可能性もあります。其れ以上に問題なのが冷静になっても尚、チキン共に与したり、脱柵したりと考える連中でしょう。今のところ、東京タワー周辺で目立った混乱はありませんが、神州各地から駐屯地の破壊工作や戦場での離反が報告されています』
 佐藤が無線を通して溜息を漏らす。
『……実に面倒なプロパガンダですね。奴等が人間を見習ったのか、それとも人間が奴等を見習ったのか、どちらですかね?』
 問い掛けに誰も直ぐに返事はしない。ただ榊原が唇の端を歪めた。
「……言っている事は理解出来るが、だからと言って賛同しようとも思わないな」
 嫌悪と侮蔑を伴った言葉に、重い空気が落ちる。
「そう、ですね……話を聞くことは重要だが、話す相手の行動を観察する事は更に重要です。天使は自らの行動で“人を害する存在である”と示し続けています。ならば――奴等は敵です」
 山池の断言に、一同が首肯する。ならば、と佐竹が立ち上がり、
「山池准尉の言葉は確と伝えよう。不心得者を取り締まるのも警務科の仕事だ。とはいえ――」
 榊原と根本、鯨へと視線を向ける。声を掛ける前に榊原と根本が口を開いた。
「――承知しました。人手は必要ですしね」
 しかし鯨は銃の手入れから顔を上げると、
「……俺は護送の方に務める。取り締まりよりも戦いの方が性に合っているからな。だが必要とあらば呼んでくれ」
 そして部下へと目配せした。
「では一旦地上に降りましょう。其れから移動です」
『――ところで八木原一尉に残念な報せがあります。……かつて特戦群に在籍していた縁で知ったのですが』
 無線越しの佐藤の声に気遣いが滲み出ていた。察した斎呼が努めて冷静な面立ちとなった。
「――祭亜が亡くなったのでしょう?」
『沖縄の与那国で戦死したそうです……私も特戦群時代に顔を合わせた事がありましたが――まぁ好い子でしたよ』
「ありがとうございます。祭亜は姉を困らせる程の重病なシスコンで同性愛者でしたが……それでも、こんな私でも愛してくれた、本当に過ぎた妹でした」
 そしてチヌークは着陸。東京タワーを、龍巫を護り抜いた戦士達は思い思いのままに次なる任務に就いていったのだった。

*        *        *

 東京城への移動を終えた斎呼は直ぐに長船の秘書武官として復帰した。とはいえ『遊戯』における最終局面――神群同士による争いである『黙示録の戦い』に備える為に、最早、楽する事は許されない状況になっていた。
 生存し、且つ維持部隊に残留した隊員達には、現在の作戦に決着させる旨を通達。もしも『夏至の日』に間に合わない場合は作戦を中断し、部隊を撤退させ、神州各地の駐屯地・分屯地の警護に回すよう命じた。『黙示録の戦い』には人類が介入する余地が無いからである。籠城戦の体を成すのは仕方ないと言えよう。
 また非戦闘員の多くには日本古来の超常体――天神地祇が封印されて解放した地への疎開が推奨された。中には駐日外国軍の協力も得られた地域もあり、『夏至の日』を前にして慌ただしくも、確実に移送が行われている。
「――で、生駒二士は大宮に帰還ですか」
「わざわざ見送りに来てくれたのか、ありがたいね」
 大宮駐屯地の小松小隊に復帰する為に市ヶ谷を発つ、生駒へと火々原が声を掛ける。
「直線距離にして50kmに満たないとはいえ、道中は神群同士の戦いに巻き込まれかねず、危ないしね。またガソリンとか軽油とかの備蓄も僅かって話だから簡単には走れないっていうのがな」
 走りを取り上げられた二輪乗り等、生き甲斐を奪われたに等しい。其れでも愛車を捨て切れないのが生駒である。ヤンキーだった父と、レディースだった母の血を引く、生まれながらのバイカーは伊達ではない。
「東京には神様が居ないんだろうかね?」
「八木原一尉は、東京城に眠る龍の逆鱗に見立てたレイラインの要所を抑えるだけの役割だそうですしね。残念な事に東京の地に天神地祇が封じられたという資料は見当たらなかったそうです。」
 其れもまたオカシナ話と言えなくもないのだが。埼玉の氷川神社、茨城の大甕倭文神社には天神地祇が封じられている可能性があるというのに……
「氷川神社の主祭神は須佐之男で、小隊長から聞いた話だと大甕倭文神社に封じられているのは天津甕星香香背男っていう神らしいじゃないか。……どちらも天照に服わなかった神祇だな。――東京の地に隣接する2県に何で服わぬ神が封印されているんだ?」
 生駒の指摘に、火々原も眉間に皺を刻んだ。
 ちなみに東京で有名な神田明神の主祭神は大己貴だが、平将門公も有名だ(※将門公信仰の象徴である築土神社も東京にある)。将門公といえば新皇を称し、朝敵となった説話がある。つまり将門公もまた須佐之男、天津甕星香香背男と並ぶ、服わぬモノと言えるだろう。
 偶然なのか、其れとも何か意味があるのか。いずれにしても今となっては解りようがない。
「……まあ、其れよりも僕にとっては俗世が大事ですよ。子谷陸将補の交友関係を洗い直していますが、最早、判らずじまいです。此れが今後、問題とならなければいいのですが」
「しかし東京に居座っている中共軍の連中もおとなしいんだろ? なら心配するだけ無駄なんじゃね?」
 生駒の軽口に、火々原は苦笑する。
「さて……そろそろ往くぜ。『黙示録の戦い』とやらが終わっても、互いに生き残っていたら、祝福の乾杯でもしようぜ」
「いいですね。では、いずれ」
 敬礼を交わし合う。そして稼働音が轟き、オートが駆け出した。

*        *        *

 埼玉、大宮氷川神社。駐日中華人共和国人民解放軍(※駐日中共軍)の埼玉派遣部隊が陣取る此の神社は、大宮駐屯地と(旧)大宮駅を挟んで2kmにも満たない距離にある。
 駐日中共軍埼玉派遣部隊の実質的指導者は、周・国鋒[ヂョウ・クオフォン]大尉という魔人兵で、実力は高位中級の超常体――神獣クラスを単独で撃退したという報告もあり、茨城派遣部隊の 車・奉朝[チェ・フェンチャオ]六級士官に優るとも劣らないと言われている。性格は10年程前までは野心も隠さない、粗暴な男だったらしいが、今では大人しくなっており、人が変わったようだと古くから周大尉を知る者は目を丸くするという。
 護衛代わりに千香を伴った小松だったが、簡単な検査だけで周大尉と面会出来た事に拍子抜けした。
「――貴様についてはナタや孫行者がいた茨城から報告に上がっていたからな」
「貴国は軍閥化が激しく、失礼ながら横の連帯は薄いと思っていましたが」
「軍閥化が激しいからこそ、だな。いつ敵対するか判らない相手の事を探るのは常套よ。ましてやナタと孫行者と関わったとなれば」
 周大尉は鼻を鳴らす。そして居心地が悪そうな千香に視線を移すと、たどたどしいながらも英米語で話し掛けてきた。
「可愛らしい外見によらず、強そうじゃないか。孫行者とは戦ってみたか?」
「……え。えっと、奉朝さんの事だよね。実は脅かされて、其れっきりで……」
「何だ。孫行者も変な脅しを掛けずに真っ向から拳を交わせば良かったものを」
 咽喉を震わせて笑う。そして小松に向き直ると、
「そういう我も昔のようには喧嘩が出来なくなったがな。牙が折れたと嗤う者もいるが、まぁ、戦う理由も無くてはな」
「――氷川神社にも何か封じられているんですか」
 予測通りならば、主祭神である須佐之男。だが周大尉は目を細めると、
「正確には『封じられていた』。10年前に解放され、受容体――貴様等と同じ日本軍兵士に寄生していった。戦い合って、我が敗れた結果だ」
「……10年前に?!」
「知らなかったのか。――まぁ無理はない。何とか、あの男について調べてみたが、どうやら戦いの後、日本軍の秘密機関の実践部隊長に就いたと聞いている」
 ちなみに周大尉が言う『日本軍』とは、維持部隊の事である。体裁をどう取り繕うとも外国からの認識は軍隊に違いないからだ。
 ……閑話休題。小松は問いを続ける。
「其れで今は『遊戯』から降りていると?」
「――毒気を抜かれた、と言うしかあるまい。そうでなかったら貴様等が戦った共工と同じく、西王母といった仙群の主流派とは別に、我も覇権を目指していたのだがな。……教えてやる、我はシュウの受容体よ」
 シュウは古代中華神話に登場する戦神だ。獣身で銅の頭に鉄の額を持ち、また四目六臂で人の身体に牛の頭と蹄を持つとされる。黄帝と激しく対立し、苦戦せしめたという。
「共工と同じく――まぁ、彼奴の場合は〈這い寄る混沌(ニャルラトホテプ)〉に唆された事もあるが――封印されていたスサノヲの力を利用しようと思っていた。だが敗北したからな。……此処には何もない。我の役割は人間の選択を見守るだけだ」
 暇を持て余してはいるが、と豪快に笑う。
「――〈這い寄る混沌〉が裏にいた“秘密結社”に対しては?」
 小松の追及に、周大尉は鼻を鳴らすと、
「埼玉にも這い寄ってきたが、残らず我が排除した。だから安心しろ。少なくとも〈這い寄る混沌〉の陰は埼玉にはない。が、東京については我が手を出す理由もない。貴様達が選択しなければならないのだ」
 周大尉は会見は終わりとばかりに立ち上がると、
「今更ながら忠告してやろう。我の、我等の――『外』からの力を借りようと思うな。利用しようと思うな。そう考えた時点で、貴様は敗者の烙印を押される。我等から“認められる”資格を失うのだ」
 含みを持たせた笑いを上げると、周大尉は小松達に帰るように促すのだった。

*        *        *

 ――そして夏至の日。世に言われる、黙示録の戦いが始まった。高位の超常体が、神州の支配権を巡って相争い始める。天を覆う、神の御軍。地を覆う、魔の群隊。人々は拠点を死守するのに精一杯だった。
 其れでも人々は生きていく。智慧を巡らし、仲間の手を握り、明るい日を見る為に……。


■状況終了――作戦結果報告
 第1師団による関東方面の戦いは、今回を以って終了します。
『隔離戦区・呪輪神華』第1師団(関東 = 東亜細亜)編の最終回を迎えられた訳では在りますが、当該区域作戦の総評を。
 東京における戦いは、目標を達成出来たのは間違いないでしょう。クシエルが東京タワー特別展望台を占拠した際には『柱』が立つという可能性が高かったので、まさに逆転勝ちとしか言いようがありません。迎撃から突入まで山池准尉の奮闘振りが功を成したと言えます。
 対して大甕倭文神社に関しては、中途半端な形に終わってしまった感が否めません。共工と、其の裏にいた〈這い寄る混沌〉の迎撃に成功しましたが、車奉朝――斉天大聖とも孫悟空とも、闘戦勝仏とも言われる彼を降せず、天津甕星香香背男を解放出来なかったのが惜しくてなりません。
 其れでは、御愛顧ありがとうございました。
 此の直接の続編は、当分先になると思います。とりあえずは、時間を少し溯りまして、同時期の近畿・中部地方での作戦に御参加頂ければ幸いです。
 重ね重ねになりますが、ありがとうございました。

●おまけ・設定暴露:
 項・充[シィァン・チョン]少尉の正体は、ナタ太子の受容体。
 埼玉の氷川神社関連は通常選択肢になかったが、もしもFAで行動すれば『落日』中隊の過去に関わる話が展開される予定だった。ちなみにシュウも牛頭で描写される事があるが、牛魔王や、須佐之男と同一視される牛頭天王とも絡めるつもりもあった。古今東西、牛は人間にとって身近な生き物であり、神聖視される説話が多い(※魔王もまた貶められた神であるからして)。
 クシエルとガァプは斎呼の身柄を確保しても、其々の陣営の『柱』を立てる力の供給源にするだけで、東京城に眠る『逆鱗』其の物には触れるつもりは無かった。だが〈這い寄る混沌〉は遊び心ながらも本気で『逆鱗』に干渉して、世界を破壊しようと考えていた。〈這い寄る混沌〉の〈這い寄る混沌〉らしい考えである。
 斎呼の妹、八木原祭亜については拙作『砂海神殿』に詳しい。


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