同人PBM『隔離戦区・神邦迷処』第1回〜 東海:南亜細亜


SA1『 桜色の息吹、不死の白雪 』

 長野にある松本駐屯地は、神州結界維持部隊東部方面隊・第12師団第13普通科連隊の司令部としても機能している。
 第13普通科連隊は長野全域を担任する精強山岳部隊として名高い。かつての隔離される以前の山岳レンジャーは、冬季遊撃レンジャーや空挺レンジャーと並んでいたという。
 其の松本駐屯地は現在、厳重な警戒態勢にあった。諏訪に進駐していた印度共和国軍(※駐日印軍)が、マルトやディティといった超常体の群れを率いる完全侵蝕魔人――アスラ達によって強襲され、壊滅したからである。
 駐日印軍は、日本国自衛隊を前身・根幹とする維持部隊と良好関係にある、数少ない駐日外国軍の1つだ。生存者を救助すると共に、諏訪の奪還に向けて、速やかに会議が行われていた。
 駐屯地司令を兼任する第13普通科連隊長(※一等陸佐)の登場に、前もって論議を交わしていた室内が緊張に包まれる。起立して敬礼に、連隊長は応じると、早速の情報と状況の再確認を促した。
「――駐日印軍兵士の救助活動は進んでいます。しかし脱出出来なかった兵士達の生存は……」
 救出活動に当たっている第1311中隊長が唇を噛む。
「続いて諏訪の状況ですが、偵察の報告によると、アスラは諏訪大社の4宮に分散。また諏訪高島城址にて数体の姿を目撃したというものもあります」
 第1314中隊長からの報告に、第13普通科連隊長は地図へと視線を下ろした。
「――諏訪の封印か」
 呟きに、会議室がざわめく。第13普通科連隊長は周囲を見渡しながら、
「本官は富士教導団の竹内一佐から聞き及んでいたが、事実関係を知らない者も少なからずいるだろう。勿論、噂や都市伝説としては周知かも知れないだろうが」
 駐日印軍に限らず、駐日外国軍が神州に進駐しているのは、超常体を隔離するシステム(結界)の維持というのが表向きな理由である。勿論、其の役割もあるだろうが、本当の目的は神州に太古より存在していた超常体――神祇の封印を監視・守る為というのが現場で噂されていた。オブザーバーとして出席している駐日印軍の将校は、噂されている内容の一部を肯定するように頷くと、
『――我が駐日印軍の主要な防衛箇所は2つ。静岡の浅間大社と、長野の諏訪です』
 流暢な英語で告白する。
「――勿論、各国政府や国連は認めようとする事はないだろう。彼等は特戦区という言葉で維持部隊を閉め出して近付けようともしない」
「……どいつもこいつも、人の国で好き勝手してくれるなぁ」
 思わず漏らした東部方面航空隊第1ヘリコプター隊強襲輸送班長の、佐竹・史郎(さたけ・しろう)准陸尉の呟きに、同意するかのように苦笑が彼方此方から上がった。第13普通科連隊長もまた頭を掻くと、再び室内を見回し、
「だからこそ我々も其れなりに対応が求められてくるし……やりようによっては色々と出来るという事だ」
 意地の悪い笑顔を見せた。幹部連も唇の端を歪めて応じる。
「木更津から応援に駆け付けてくれた、佐竹准尉もまた提案しているように、第13普通科連隊は諏訪大社の奪還に向かう。――とはいえ3月末より諏訪だけでなく神州各地で超常体の動きが活発となっている。残念ながら諏訪に全戦力を投入するという訳にはいかない」
 松本から投入出来る普通科部隊は、第1311中隊と第1314中隊の2個中隊。最寄りの部隊にも増援要請を出しているが、すぐの派遣は難しいだろう。
「……となれば、其れこそ益々敵戦力の情報が求められてくるな」
 佐竹の言葉に、他の部隊長も頷いた。其の声を待っていたとばかりに第1314中隊長が口を開く。
「先程、報告した通り、アスラ達の主力は諏訪大社の4宮に分かれている。そして各集団を率いているのが、神話伝承においてアスラの王の名を付けられた、完全侵蝕魔人だ」
 上社本宮には ヴリトラ[――]、火炎系の完全侵蝕魔人という。
 上社前宮には ラーフ[――]、異形系の完全侵蝕魔人で、下社秋宮の ケートゥ[――]とは双子らしい。ケートゥもまた異形系である。
 下社春宮にいる マダ[――]は呪言系の完全侵蝕魔人という記録だ。
『そして諏訪高島城址には、我々がアンダカと呼んでいた裏切り者がいます』
 駐日印軍将校は憎々しげに呟く。強襲を受けて、駐日印軍が壊滅したのは、アンダカ[――]が手引きしていた所為だという意見が生存者から多く寄せられていた。アンダカは祝祷系の魔人で、ガネーシャやスカンダと呼ばれ英雄視されていた将校2人と、義兄弟の絆で結ばれていたらしい。だが今度の暴虐により、アンダカへの敬意は最早失われ、生き残った駐日印軍兵士から仇敵の烙印を押されている。
「ガネーシャとスカンダ……そしてアンダカですか。シヴァの息子神の名前ですね」
 超常体やオカルトに詳しい部隊長が呟く。現場で流布されているオカルト説の由来の2つとして、超常体は神州世界対応論に基づく各地の神話伝承に現れる怪物に類似している事が挙げられる。完全侵蝕魔人をアスラと呼ぶのもオカルト説に従ったものだ(※北陸ではストリゴイと呼ばれているという噂だ)。
 印度共和国内で最大の信徒数を誇るヒンドゥー教だが、バラモン教を軸に印度各地の土着の神々や崇拝儀式を吸収しながら形成していった多神教である。其れ故に、デーヴァ神群を高位に置くものの、ナーガやヤクシャといったモノ達もまた別神群として下剋上を虎視眈々と狙っているという。特にアスラやラクシャーサは、デーヴァとは不倶戴天の敵対関係にあるという。其れと同じ構図が、神州の東海地方にも当てはまるらしい。
「……しかしアスラ達が諏訪大社を狙う理由が解りませんが」
「――諏訪大社に施されている封印の解除が目的か? だがアスラ達が日本古来の神祇を解き放つというのもオカシナ話だ」
 敵の目的を推し測る事が出来ずに、騒然となる会議室。佐竹も苦悩していたが、先程のオカルトに詳しい部隊長が挙手した。
「諏訪大社に奉られているのは建御名方ですが、太古、此の地で祀られていたのは別の祇だったという話です。諏訪大社は、其の祇を封じる役目があったか」
「……となれば、目的は建御名方の解放でなく、其の太古に封じられたという祇が狙いという事か?」
 確証は得られない。だが、
「いずれにしても大社4宮を奪還するという、此方の作戦目標は変わらない――其れは間違いねぇよな」
 佐竹の言葉に、我に帰った部隊長達は首肯した。
「――では作戦や連携の詳細を煮詰めていくとしよう。佐竹准尉には存分に働いてもらうぞ?」
 口元に笑みを浮かべる第13普通科連隊長に、佐竹もまた唇の端を歪めて応じて見せた。

 作戦準備に追われる松本駐屯地。奪還作戦に従事するのは経歴や実力から判断して、普通科だけでなく呼集される者もいた。
 第125地区警務隊松本派遣隊に配属されていた、山辺・進(やまのべ・すすむ)二等陸士も其の一人だ。
「……元の所属より仕事が厳しいけど、此れも警務科の仕事の内ですか」
 苦笑する。同僚や先輩が肩を叩くと、
「まぁ、其の格好見て、普通科の隊員と思うヤツはいないだろうな」
 黒いスーツを身にまとうビジネスマンスタイル。1997年に米国で製作公開されたSFアクション・コメディ映画『メン・イン・ブラック』や1999年公開の『マトリックス』のエージェントもかくやとばかりの格好だ。
「――生憎、デザートイーグルは所持していませんけれどもね」
 山辺の言葉に、同僚達は笑う。そして敬礼で送り出すのだった。

*        *        *

 富士山本宮浅間大社は日本国内に約1300社ある浅間神社の総本宮であり、富士山を神体山としている。主祭神は浅間大神であるが、いつやら 木花之佐久夜[このはなのさくや]と同一視されるようになり、境内には約500本もの桜樹が奉納されていた。
 隔離以来も、此処一帯を特別戦区に指定して駐留する駐日印軍の計らいによって、よく手入れがされており、春満開の様相に、東部方面航空隊第4対戦車ヘリコプター隊・第2飛行隊第3班長の 風早・斎(かざはや・いつき)准陸尉は感嘆の息を漏らす。
 諏訪と同様、富士の駐日印軍も維持部隊に友好的で、管理下にある特戦区への出入りも他と比べて自由と言える。また超常体の出現率も低い事もあり、和やかな雰囲気が支配していた――つい先月末までだったが。
 現在は、3月末に陥落した諏訪と、また突如として活発化した超常体に対しての警戒に当たって、緊張が伺えられていた。
 駐日印軍富士派遣部隊は歩兵部隊が1個大隊程。内1個中隊が機械化されている。他に目立ったところでアージュン戦車が4輌、回転翼飛行機Mi-25が2機、確認された。魔人兵の総員数は申告によれば50名近く。強化系が5割、操氣系が3割。他は五大系と異形系らしい。強化系と操氣系は歩兵部隊に均等的に割り振られているものの、対して五大系は集中的に運用する為か、ラース・チャンドラ・シン[―・―・―]大尉の部隊に配属していた。
 駐日印軍富士派遣部隊の指揮官は、名目上、熊のような巨漢の大佐なのだが、ラースの副官のごとく振るまっている。また駐日印軍兵士もまたラースを主人のように敬い、忠誠を誓っている事から、富士派遣部隊はラースの私兵集団と思っても過言ではないだろう。実際、ラースは維持部隊にとって、よく便宜を図ってくれているが、本国の思惑から外れた越権行為も幾つか見られた。だが全て不問に処理されている。
「一言で表すと、王様なんだろうな」
 維持部隊員の呟きに、成程と風早は納得してしまった。
 二重の楼閣造りの本殿前に、維持部隊の幹部達が通されると、駐日印軍の将校達は起立して迎えてくれた。上座にいるラースへと、富士教導団副団長の 竹内・清[たけうち・きよし]一等陸佐が敬礼すると、合わせて他の者も倣う。ラースは答礼を返すと、
「――先ずは諏訪の同胞への救援に感謝する。松本駐屯地には、いずれ余から直々に感謝の令状を送らせて頂くつもりだ」
 そして用意されていた会議の場に着席する前に、本殿を振り向く。本殿の奥にナニモノかが姿を顕し、風早といった維持部隊の魔人達の憑魔核が温かく感じた。
「――早速だが、敵と、其の目標を明確にしておこうと思う。敵はラクシャーサ神群。余等のデーヴァ神群とは不倶戴天の敵対関係にある」
「殿下――何処までお話しするおつもりで?」
 駐日印軍大佐の尋ねる声に、ラースは微笑すると、
「話せるところは全てだ。駐日印軍の多くの者はデーヴァ神群の恩恵に与るモノであり、魔人の多くは既に覚醒している。汝等の言葉で“完全侵蝕状態”と呼ばれる状態だ」
 ざわめく維持部隊員達だが、竹内一佐が視線で黙らせると、ラースは先を続けた。
「流布されているオカルト学説や世界対応論は知っているものと思う。其の全てが真実とは断言出来ないが嘘でもない。……そして印度を中心とした南亜細亜を治めるデーヴァ神群の主神は、ヴィシュヌのアヴァタールである余、ラース・チャンドラ・シンに間違いない。つまり余が死した時、デーヴァ神群は『黙示録の戦い』において敗北を認めなければならなくなる」
 今度こそ竹内一佐の視線だけでは治まらない程のざわめきが起こった。其の中で、風早は問い掛ける。
「――先ずは情報の開示ありがとうございます。続けて質問宜しいでしょうか? 『黙示録の戦い』とは?」
「聡くて助かる。……誤解を招くのを覚悟した上で言うが『黙示録の戦い』とは“次代――つまり新世界の支配者を決める戦い”の事だ。余は此の戦いを勝ち抜く気でいる」
「……つまり殿下も次代の支配者になろうと?」
 風早の問いに、ラースは微笑を崩さず、
「然り。……だが余は日本人だけでなく、日本古来の神祇とも友好関係を結んでいきたいと願っている。いずれサクヤに仲介を頼み、各地の神祇と交渉していくつもりだ」
 思わず本殿を振り向くと、奥の温かい気配は頷いたようだった。つまり本殿の主は、ラースの言葉を信じているというのは間違いないだろう。
「……何となく納得はした。俺達も今までに培ってきた関係を否定する気はない。あんたが信じろと言うのならば、信じよう」
 年配の普通科連隊の小隊長がラースに視線を送ると、ぶっきらぼうながらも答えた。ざわめいていた他の隊員達も覚悟を決めた瞳だった。
「感謝する。さて、其れ等の情報を踏まえた上で、敵と、其の目的を伝えよう。敵はラーヴァナ。ラクシャーサ神群の王だ。目的は余の抹殺とサクヤの強奪」
「殿下を殺せばデーヴァ神群が負けるんですよね?」
「然り。デーヴァ神群は敗退する事になるが、ラクシャーサやアスラといった、他の神群は残る。ナーガやヤクシャはデーヴァ神群に従うと思うが、敵対するアスラやラクシャーサは生まれた空白の地位を取って狙うつもりだ。そうなればデーヴァ神群に替わって南亜細亜は奴等のモノとなる」
 状況を思い浮かべて、誰かが唾を飲み込んだ。
「――デーヴァ神群から玉座を奪い取ったところで、『黙示録の戦い』とやらで他の神群に勝てると思いませんが?」
 例えばヘブライの天使。全国各地に出没する規模の大きさ、また京都を完全に支配下に置いている。魔群と称される、堕天使もまた大勢力だ。
 だがラースは難しい顔をすると、
「其の為の、サクヤの強奪だ」
 維持部隊員達は息を飲む。ラースは見渡すと、
「――従って諸君等はサクヤの身を護り抜く事を第一として欲しい」
 そうと解れば、サクヤ――木花之佐久夜を死守する事に異存は無い。維持部隊員達は首肯した。
「――敵の狙いは判った。続いて、敵集団の第一目撃位置を教えてくれ」
 問いにラースは頷くと、促された駐日印軍幹部が指し示す。県道76号線に沿って、
「富士川の南側――北松野の公民館辺りで発見しました。数はおよそ1個小隊程ですが、斥候とすれば後続にどれほどの規模が控えているか……」
 現在、蓬莱橋を第一次防衛線と定めて、警戒に1個小隊を当てているらしい。
「……該当地域を爆撃出来ませんか? 北松野に野戦特科部隊で砲弾を叩き込むとか」
「爆撃や、砲撃で確実に倒せればいいがな」
 維持部隊や駐日印軍を問わずに作戦案を出し合う。
「富士川橋から回り込んでくる危険性は?」
「無いとも言い切れませんね。維持部隊から警戒の偵察部隊を置きましょう」
「そう考えれば富原橋も要警戒だな」
 問題なのは敵の強さだ。静岡で超常体の出現率が比較的に低かったのは、木花之佐久夜の影響により抑えられていたからだと判った。逆に言うと、敵戦力は、
「媛神の影響下でも、多少なりにも動けるぐらいのレベルという事になるな……最低でも高位下級の超常体か。そんなのが軍隊然としてくるのか、たまらんな」
 誰かの呟きに、風早は唇を噛む。
 そして作戦会議は長く、だが濃密に進み、迅速に迎撃態勢へと移っていったのだった。

*        *        *

 降下準備を整えた隊員達を載せて、回転翼機MH-60Kブラックホークが夜空を駆っていた。護衛するのは2機の攻撃回転翼機AH-1Sコブラである。
 多目的回転翼機UH-60を戦闘捜索救難型として開発されたのが、HH-60Gベイブ・ホーク。更に特殊部隊強襲用として派生したのがMH-60Gで、高価な電子装備を搭載させた発展型がMH-60Kである。
『――作戦開始時間まで残り3分を切った。各員準備はいいか?』
 機長である佐竹の言葉に、空挺降下隊員達は互いに頷き合う。ハッチが開くと、眼下には暗い水を湛えた諏訪湖が映った。
 と、銃火の光の華が地表の彼方此方で咲き始める。銃声と砲音、怒号や雄叫びが沸き起こった。コブラの20mmM197三砲身ガトリング砲が唸りを上げ、対空攻撃に入ろうとした低位超常体やアスラを掃討する。
『――目標上空に到達。降下開始!』
「降下!」「降下!」
 空に身を乗り出すと、空挺部隊が目標へと飛び降りていく。着陸の支援に、コブラが宙空で舞い踊り、また地上部隊が乱射しながら、敵陣へと突撃していった。着陸を確認すると、佐竹の第1ヘリコプター隊強襲輸送班は別の目標地点へと、腹に抱えている空挺部隊員を降ろしに飛び立った。敵陣深くに降り立った隊員達がアスラ達を挟撃し、また宮の社へと突入する様を思い浮かべて、佐竹は唇の端を歪めた。
「ざまあみろってんだ。最高のタイミングで横っ面を張り飛ばすのが、空挺の基本なのさ」

 夜禽の翼のように大きく広がったコートで、巻き起こる風を抑え、或いは利用して、山辺は境内に降り立つ。コブラを狙って携帯式地対空ミサイル9K38イグラを構えていたアスラの1体に一気に詰め寄る。そしてブルパップ方式という特徴的な形状で名高いFN P90で腹部へと5.7mm×28弾を叩き込んだ。近接から撃ち出された銃口初速715m/sの弾丸を、如何に身体強化されているアスラと雖も避けようがなく、腸をぶち撒けながら絶命する。驚いた他のアスラが反応する前に、同じく降下してきた維持部隊の魔人が首を掻っ切って見せた。
「――敵は駐日印軍から鹵獲したと思われる地対空ミサイルを携帯しています。対地攻撃において十分な配慮を願います」
『……承知した。其方の武運を祈る』
 通信を切ると、互いに頷き合って、社殿へと突撃する。アスラの大半は前線に出向いており、維持部隊の奪還作戦への迎撃に追われていた。
 4宮社殿を直衛するアスラを打ち払って転がり込むと、中ではケートゥと思しき巨漢のアスラが苦々しく舌打ちしながら振り返った。
 ――素早く状況を判断。
 下社秋宮の社殿内部には濃厚な血の臭いが充満しており、中央の床を下から突き破るように柱が露出していた。其れは柱というより、罪人を地に打ち付ける杭のようにも見える。杭の周辺には、人や獣の生首が儀式の供物として捧げられていた。
 が、何よりも、一瞬だけでも、憑魔核が怯えるように震えたのは、柱にまとわりつく蛇のような黒い影。直ぐに染み込むように消えたが、山辺自身も怖気を感じる程だった。
 アレが何だったのかはさておき、理解より先に、状況を把握したと同時に引き鉄を絞る。両手に握られたP90から大量の銃弾がバラ撒かれ、ケートゥの身を挽き肉に変えた。しかし事前に報告があった通り、相手は異形系魔人。衝撃で身体の体勢を崩したものの、直ぐに反撃とくる。武装は斧。だが左手に縛って固定させている電卓と思しきモノは何だろうか?
 いぶかしむも山辺はP90に寄生している憑魔を覚醒させた。そして銃口から吐き出されたのは弾丸でなく、炎。異形系の再生を許さぬ、細胞を焼き尽くす炎が噴射された。
 が、ケートゥは唇の端を歪ませると、炎に包まれる前に、身を低くすると左手で床を叩く。途端、足場が揺れて地面が隆起。壁を作ると炎の息を遮った。
「――地脈系の憑魔武装ですか」
 確かに憑魔は何にでも寄生する。有機物・無機物は問わないし、形状なんてもっての外だ。電卓といった日常の事務用品に寄生している憑魔が居ないなんて誰が言った? 尤も、憑魔は生物である以上、滋養を必要とする。どうやって食事しているのかは考えたくもなかった。
 さておきケートゥが斧持つ手が伸び、山辺を襲う。同時に左右後を石壁が床から迫り出してきて、囲んできた。逃げ場を奪ったと思ったのか、ケートゥが残忍に笑う。しかし、
「――っ!」
 山辺はバックステップ。後方の石壁を蹴ると、宙高く跳び上がる。そのままではケートゥの背を越えられようがはずもないが、羽織っていたコートが翼のように広がった。コートの裾が伸び、天井を掴む。そして身体を引き寄せた。一回転して、天井を足裏で蹴ると、銃弾を頭から降らす。そしてケートゥの後に回り込む形になるように降り立つと、更にP90で火炎放射。
 身を焦がされたケートゥは、怒りの咆哮を上げながら左拳を床に叩きつける。石筍が床板を突き破って襲い来るが、再びコートが翻ると宙を舞った。そして、もう片方のP90で狙いを付ける。
「莫迦め。炎等、防ぎ切ってくれるわ」
 左手の電卓の形をした地脈系憑魔武装を盾のように掲げた。が、P90から放たれたのは炎の舌でなく、
「電撃だ……と!?」
「わざわざ解説、感謝します」
 銃口から放たれた紫電が、電卓を破壊する。そして電卓の破壊を確認すると、山辺は火炎放射を追加した。紫電を纏った炎は白熱の輝きを伴って、ケートゥの身を包む。肉の焼ける臭いをさせながら、白熱の炎の中でケートゥは崩れ落ちていった。断末魔の叫びを上げながら。
「――目標焼失。任務完了」
 報告を上げると、了解の合図。社殿の外でも、空挺部隊員が愛刀を振るって、直衛のアスラの1体を斬り倒していた。ケートゥが倒された事が判ったのか、他のアスラや超常体も逃走に入る。だが既に包囲していた維持部隊が押し寄せて、掃討していった。
 やり遂げた感が一瞬、維持部隊に流れたが……
『――此方、下社春宮奪還部隊。至急、救援を要請する。作戦は失敗、作戦は失敗――助けてくれ!』
 報告を本部に上げる通信隊員が拾ったのは救難信号。悲鳴と怒声、銃撃音が向こうから響いてくる。外に出ると救援要請を聞き付けた、佐竹のブラックホークとコブラが撤退支援へと向かっていく姿が頭上を横切った。救難キットから発せられた信号弾が、彼の地を照らし出している。
 下社春宮奪還を目的とした突入部隊は壊滅。生存者は2割を切ったという……

 ――諏訪高島城址。諏訪湖を望む黒き壮年の男へと、アンダカが畏まりながら報告を上げる。
「秋宮は敵の手に落ち、ケートゥの死亡は間違いないかと。後宮のヴリトラも敵撃退に成功したものの、敵の氷水系魔人との戦いで深手を負い、戦闘は難しいとの事です」
 前宮のラーフは大部分の撤退を許す有様である。
『……封印解除の進捗状況は?』
「襲撃される前までの段階で、各宮ともに3分の1の工程を終えております。ですが、深手を負ったヴリトラは襲撃にも備えるとなると、儀式の続行は難しいでしょう」
 アンダカは付け加えると、
「ヴリトラの援護に、小生が向かいましょう。ヴリトラは儀式に集中し、小生が敵の迎撃に徹します」
 だが黒き壮年は振り返ると、
『――我が前宮に赴こう』
「……はっ?」
 まさか総大将自らが動くとは。アンダカが思わず問い返す。
「しかし、父上御自身が動かれるとなると……」
『秋宮が敵の手に移った以上、封印の解除は難しい。ならば、せめて1つでも多くの封印を確実に外してから秋宮を再び取り戻す必要があるだろう』
 アンダカには全体の把握と指揮を任せると告げる。
『――出来るな?』
「父上の御期待に沿うべく、一命に代えましても」
 アンダカは高揚を隠し切れずに、黒き壮年へと再び頭を下げるのだった。

*        *        *

 富士川を挟んだ、駐日印軍と維持部隊による混合部隊とラクシャーサ神群との戦いは、いつやも知れぬ間に開始された。
 北松野から溢れる程に多勢の姿を現れした、全身は青黒い肌で、髪の色だけが赤い鬼の群れ――高位低級超常体、羅刹沙(ラクシャーサ)、羅刹斯(ラクシャーシ)。悪鬼羅刹と称され、また牛頭馬頭と同様に獄卒鬼とも称せられる。
 羅刹は強化系魔人にも匹敵する身体能力で瞬く間に蓬莱橋に殺到してきた。
 監視警戒していた駐日印軍兵士は、本隊に報告を上げると同時に、橋の袂に設置していたNSV重機関銃で薙ぎ払う。強靭な肉体と驚異的な身体能力と雖も12.7mm×108弾を、面で喰らっては堪らない。其れでも続く勢いは止まらず、被弾をものともせずに、倒れた味方を盾にしてまでも羅刹鬼は肉薄すると、刃にも似た鋭利な手足で銃身ごと射手を薙ぎ払った。
 維持部隊富士教導団より支援に派遣されてきた野戦特科教導隊は155mm榴弾砲FH70ロングノーズで北松野の、羅刹の後方深くへと発射。
 爆発音に続き、土煙と共に吹き飛ぶ姿が観測されたが、羅刹鬼に怯える様子もなかった。逆に、大岩が砲弾宜しく返ってきた。飛距離はロングノーズに及ばずとも、前線の駐日軍兵士や維持部隊員には脅威に間違いない。
「――投石器や、巨大な弩を用意しているだと!?」
 放物線を描いて、大岩や巨きな矢が降り注いでくる。通常の弓矢でも、羅刹鬼が放てばライフル銃に匹敵する。対岸から姿を顕した弓手が、歩兵や普通科隊員達を狙い撃ってきた。
 互いに前線を支援する射撃が行き交う上空を、風早の第4対戦車ヘリコプター隊第2飛行隊・第3班のコブラや、支援要請に応じた百里の第302飛行隊のF-4EJ改ファントムU、そして駐日印軍のMi-25が駆ける。
『――敵空戦力見当たらず、本機は此れより対地爆撃を開始する』
 第302飛行隊のファントムは、風早隊に通信を送ってくると、Mk82重力落下式爆弾を投下した。北松野を再び戦火に包むが、
「――効果が薄い?」
 戦況を俯瞰した風早は、苛立ちを込めて呟く。羅刹鬼は確かに爆撃を受けて吹き飛んでいくが、勢いは殺せない。蓬莱橋に殺到するだけでなく、富士川をそのまま泳ぐ事で渡河を敢行するモノも現れた。動きは鈍っても、倒れた味方を盾にして突き進む。また岸から投石や弓矢で以て渡河の支援をするのも忘れない。
 Mi-25は機首を下げると、対地攻撃用ロケット弾だけでなく、YaKB-12.7で投手や弓手を薙ぎ払う。だが、
「――高度を下げ過ぎです! 急速上昇し、離脱を」
 風早が警告を発するより早く、羅刹鬼の群れより1体が宙空に跳び上がる。そして無数の雷撃の矢を放った。直撃を受けて、Mi-25は失墜――地面に激突する前に爆発四散した。
 友軍の仇に、風早のコブラが20mm M197三砲身ガトリング砲を向け、撃ち放つものの、
「――消えた?」
 隠れるところがないはずの宙空で目標を消失。すぐに祝祷系能力による光学迷彩と気付くが、遅い。
 再び姿を顕した超常体は、キャノピーを通して風早の目と鼻の先に立っていた。上部の回転翼に巻き込まれないように身を屈めているが、見様によっては獲物を前に飛び掛かる虎の前傾姿勢にも思える。
 掌に雷球を確認。――墜とされる!
 だが風早が走馬灯を思い浮かべるより早く、超常体は慌ててキャノピーを蹴ると離脱した。超常体が居たところには、輪のような光が通り過ぎて行った。其れに気を取られる事無く、風早は蹴られた衝撃で崩れたコブラの体勢を、操縦桿を握り締めて立て直す。
「――隊長、富士川の防衛線を突破されてしまいました。引き返しましょう」
 戦場を見下ろしながら、銃手が無念そうに呟く。富士川を突破した羅刹鬼は、撤退する駐日印軍や維持部隊を追撃しつつ、素早く橋頭保を築き上げていく。
 応援に駆け付けたはずの駐日印軍の指揮車上では、ラースの端麗な顔が、苦虫を潰したものを無理やり煮え湯で飲まされたようなものとなっていた。羅刹鬼のの追撃を阻止すると共に、逃げ遅れそうになった友軍の救助に努めていた……。

 富士の混同部隊の防衛線は、野中の富士宮ゴルフコース跡を第二次として、陣を布き直す。
「――最初から余が出ておれば、被害は最小限に収められたはずだ」
 作戦会議上で激昂するラースを、駐日印軍大佐が汗を掻きながら押し止める。
「――殿下、落ち着いて下さい。敵の狙いは、サクヤ様の御力だけでなく、殿下の命もあるのです」
 駐日印軍で間違いなく最強ランクの実力者であるラースだが、立場で動きを封じられていたのは皮肉としか言い様がない。
「――偵察の報告によると、ラクシャーサ神群は蓬莱橋の此方側に橋頭保を築くと、勢いのまま前線を押し上げてくるつもりのようです。県道76号線を北上する敵斥候の姿を確認しています」
「敵超常体の中には強化系タイプだけでなく、異形系や五大系のモノも少なからず居るようですな。しかし……一際目立つ、あの1体は――?」
 問い掛ける維持部隊幹部の声に、ラースは苦々しく答えた。
「間違いなく、メーガナーダだ。ラクシャーサ神群最強の戦士にして――異名はインドラジット(※インドラに勝利した者)」

 

■選択肢
SA−01)静岡・浅間大社にて迎撃
SA−02)静岡・ラースに挑戦する
SA−03)長野・諏訪大社を奪回す
SA−FA)東海地方の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 印度軍兵士の多くは英語に堪能である為、意思疎通に問題は生じない。また親日で協力的である。
 なお次回、諏訪大社の上社前宮では死亡確率が極めて高い。また強制侵蝕が起こる危険性も覚悟しておく事。強制侵蝕の怖れは、下社春宮も同様である。


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