同人PBM『隔離戦区・神邦迷処』第2回〜 東海:南亜細亜


SA2『 偽りの天、黒き空 』

 印度共和国軍(※駐日印軍)が駐留している、富士山本宮浅間大社では、迫り来る超常体の群れに対する作戦が練られていた。
 全国各地にある駐日外国軍の中でも駐日印軍は、とりわけ神州結界維持部隊と協力的であり、戦闘特区に指定されている富士山本宮浅間大社周辺に快く迎え入れてくれる。
 だが今は非常事態であり、浅間大社の雰囲気は、いつもの和やかなものとは勝手が違った。緊張感が走り、慌ただしく兵士や隊員が行き交っている。
 何故ならば神州各地で超常体の群れが、大規模かつ組織的に攻勢を開始した先月来、富士でもラクシャーサ神群が浅間大社へと矛先を向けたからだ。
 北松野に出現したラクシャーサの群れは富士川に布いた第一次防衛線を突破し、橋頭保を築き上げる。対して、駐日印軍と神州結界維持部隊の混同部隊は、野中の富士宮ゴルフコース跡を第二次防衛線として布陣。敵超常体と睨み合いとなっていた。
 戦線が初っ端から押され気味なのは、理由がある。
 主力は羅刹沙(ラクシャーサ)、羅刹斯(ラクシャーシ)という高位低級超常体で構成されており、数において魔群(ヘブライ堕天使)やヘブライ神群(天使)の圧倒的物量には敵わないが、質は安定的に高い。基本は強化系だが、中には異形系や操氣系、そして少なくとも五大系の姿も確認されている。
 だが最も脅威なのは一際、目立つ鬼。ラクシャーサ神群の王子にして、最強の戦士 メーガナーダ[――]。異名はインドラジット……つまり雷神に勝利した者である。
「メーガナーダを敵側最強戦力と認識し、優先攻撃目標に設定するのは異論ないところと思います」
 作戦会議の卓上で、東部方面航空隊第4対戦車ヘリコプター隊・第2飛行隊第3班長の 風早・斎(かざはや・いつき)准陸尉の言葉に、誰もが重く頷いた。ラクシャーサ神群の将は、他にも クンバカルナ[――]と呼ぶ巨躯のモノがいるが、メーガナーダが最大の難敵というのは間違いない。
「……対戦車ミサイルで飽和攻撃してみましょうか、対費用効果で私の首が飛ぶかもしれませんけど」
 風早の提案に、一同に苦笑が漏れるが
「――いや。対戦車ヘリと雖も、メーガナーダに勝てるか、どうか全く判らない。対戦車ミサイルを幾ら注ぎ込んでも捉える事は難しいのではないか」
 ラース・チャンドラ・シン[―・―・―]大尉の言葉に、再び一同の顔に陰が過ぎった。
 先日の防衛戦でも、駐日印軍の回転翼飛行機Mi-25が撃墜されている。メーガナーダの戦闘力は、風早の目にも焼き付いていた。高度を幾ら下げていたと言っても、純粋な脚力で回転翼機の空にまで跳び上がったのだ。そして無数の雷撃を放ち、また姿を消す。
「強化系、雷電系、祝祷系といった複数の能力を有しているのは間違いないようですね」
「……其れと幻風系だ。インドラが敗れたにも其れなりの理由がある」
 つまり強化された肉体を駆使して跳躍するだけでなく、風に乗って飛行する事も可能という事だ。尤も異なる能力を同時に行使する事は超常体でも出来ないと言われており、メーガナーダが姿を消しながら雷撃を放つ事はないだろう。
「……やはり、余がメーガナーダと相対すべきではないか?」
 ラースの言葉に、駐日印軍の将校達が顔を強張らせ、維持部隊の幹部達も眉間に皺を刻んだ。
 ラースはデーヴァ神群の主神 ヴィシュヌ[――]のアヴァタールであり、最高の戦闘力を有しているのは間違いない。前回の戦いで、風早がメーガナーダの攻撃から助かったのは、ラースが放った武具――チャクラムの御蔭だと聞いている。
 だが主神ヴィシュヌのアヴァタールである事は、逆に言うと、ラースの死がデーヴァ神群の敗北に繋がるという事だ。ラクシャーサ神群が浅間大社に侵攻する目的は2つあると予測されており、ラースの命が其の1つである事は間違いない。
 当然ながら駐日印軍の将校達が、ラースに自重するよう請い願う。
「だが……先の戦いも、最初から余が出ておれば、徒に兵達の命を散らす事もなかった」
「其れでも、殿下は御身を誰よりも大事になさって下さい。我等は殿下の為に戦える事を最高の喜びとしているのですから」
 駐日印軍富士派遣部隊の大佐がラースに再三自重を請い願うと、ラースが直接率いる部隊に配置されている魔人兵達より3名が進んで頭を下げる。
「殿下に代わって、我等がメーガナーダを討ち取ります。御身の下を暫し離れる事をお許し下さい」
 ラースは唇を噛み締めたまま複雑な表情を浮かべた。暫くの沈黙の後、
「任せる。……竹内一佐。維持部隊にも面倒を掛けるだろうが、宜しく頼まれてくれるだろうか?」
 ラースの言葉に、富士教導団副団長の 竹内・清[たけうち・きよし]一等陸佐が敬礼で応じた。竹内は陸戦力だけでなく、風早にも視線を送ると、
「印軍の航空部隊とも協力し、効率的な支援を頼む」

 駐日印軍のMi-25パイロットと綿密な打ち合わせをし、AH-1Sコブラのチェックも済ませた。風早は部下に小休止を言い渡すと、自身も大きく伸びをした。
 斥候の報告によると、現在もラクシャーサ神群と小競り合いが断続的に行われているが、本格的な侵攻が近いうちに来るだろうとの事だった。其れまで万全の状態を維持しておかなければならない。
 ふと視線を移すと、境内に植えられている桜の木々に人影を認めた。気になって風早は部下を1名連れて、近寄ってみる。
「シン大尉……いや、殿下ではございませんか。こんなところで、御一人で何を? ……まさか!?」
 見咎められた事に、ラースは苦笑で返してきた。
「安心せよ。皆に黙って、メーガナーダと一騎打ちを挑むような事はせぬ」
 そして大きく溜息を吐く。
「解ってはいるのだ。余がメーガナーダと戦ったところで、勝率は怪しいという事も。かつての戦争でも、メーガナーダとの戦いに敗れて、何度も地に塗れたからな。最後に勝利出来たのも、多大な味方の犠牲の上で、しかも世辞にも巧みな戦い方ではなかった」
 叙事詩『ラーマーヤナ』においてメーガナーダを討ち倒したのは、ラーマの供であるラクシュマナであったが、其れも多くの神々の力を借りた激戦の末だ。
「余がメーガナーダを倒せたとしても無傷では済まないだろう。そして、其の弱ったところをラーヴァナが見逃すはずがないのだから」
 ラクシャーサ神群の長 ラーヴァナ[――]と、ラーマは不倶戴天の敵である。切っ掛けはラーマの妻であるシーターをラーヴァナが連れ去った事から始まったが、デーヴァ神群とラクシャーサ神群との争いは、アスラ神群とのモノと同様、連綿と語り継がれる長い因縁があった。
 そしてラースがメーガナーダとの戦いに勝利しても、続くラーヴァナの攻撃に耐え切れるか定かではない。ラースもまた其れを懸念しており、周りの忠言を振り切って前線に立つような事が出来ないのだ。
 苦しそうなラースの表情。風早は疑念を口にした。
「――殿下は此の戦いを終えた後、どうなされるおつもりですか?」
 風早の問い掛けに、ラースは静かに目を閉じると、
「……『黙示録の戦い』に本格的に備えなければならぬな。ラクシャーサ神群との戦いは『黙示録の戦い』という大戦に向けての前哨――篩いのようなものだ。勝たなければならないが、終わりではない。そして余等デーヴァ神群は『黙示録の戦い』でも勝利する為にサクヤの力を借りる事になるだろう」
 だが其れはラーヴァナのように 木花之佐久夜[このはなのさくや]の力を無理強いするのと、どんな違いがある? 呟くとラーマは自嘲じみた笑みを浮かべた。
「……こう言うとロクでもないようなモノに思われるだろうが……本当は『黙示録の戦い』での勝利よりも大事に想っているモノが余にはあるのだ」
「――其れは?」
「妃となるモノを――ラクシュミーのアヴァタールとの出逢いだ」
 妃神ラクシュミーもまた、ヴィシュヌの化身に寄り添うように、アヴァタールを持つという。
「サクヤは、ラクシュミーに似ている。余がサクヤに好意を寄せてしまうのは其れもあるだろう」
 木花之佐久夜とラクシュミーには類似性が見られる。ラクシュミーにはアラクシュミーという不幸を司る姉がいるという説があるが、木花之佐久夜にも磐長姫の他に、木花之散夜という表裏一体の存在がいるという話が在った。そして『ラーマーヤナ』で救け出されたシーターは貞潔の証明を求められたが、木花之佐久夜もまた身籠った子を國津祇と疑われ、証明として産屋に火を放ったというエピソードがある。
「……もう、10、いや20若ければ、殿下のシーターに立候補しましたけれどもね」
 風早が気を利かして冗談を言うと、ラーマは微笑を返した。そして頭を下げてきた。
「シーターでなくとも風早准尉は充分に魅力的だ。戦いでの無事を祈っている。くれぐれも無理せぬように」
 風早と部下は、敬礼で応じるのだった。

*        *        *

 富士で綿密に作戦が練られているのと同じく、諏訪でもまた準備が進められていた。
 アスラと称する完全侵蝕魔人の集団に、諏訪大社に布陣していた駐日印軍が壊滅されてから、奪還に向けての作戦案が幾つも上がっていた。先日の戦いで下社秋宮を奪還したものの、上社前宮では異形系の完全侵蝕魔人 ラーフ[――]に退けられ、下社春宮の呪言系の完全侵蝕魔人 マダ[――]に部隊を壊滅させられている。そして上社本宮では、火炎系完全侵蝕魔人 ヴリトラ[――]に対して氷水系の隊員が重傷を負わせたものの、此方も絶対安静の痛み分けとなっている。
「……問題は、諏訪大社に施された封印だな」
 下社秋宮を奪還した立役者たる、山辺・進(やまのべ・すすむ)二等陸士だが、其処を押さえていたアスラのケートゥが何等かの儀式を行っていたのを目撃している。
 ――下社秋宮の社殿内部には濃厚な血の臭いが充満しており、中央の床を下から突き破るように柱が露出していた。其れは柱というより、罪人を地に打ち付ける杭のようにも見える。杭の周辺には、人や獣の生首が儀式の供物として捧げられていたのを覚えている。
 しかし何よりも、一瞬だけでも、憑魔核が怯えるように震えたのは、柱にまとわりつく蛇のような黒い影だった。直ぐに柱に染み込むように消えたが、山辺自身も怖気を感じる程だった。
「……どう考えても、建御名方祇……とは思えませんでしたが」
 山辺の報告に、部隊長が難しい顔をした。
「アスラが揺り起こそうとしているのは、建御名方祇より旧い諏訪の祇という考えが益々的中しつつあるな」
 頭を掻き毟ると、他の幹部や同僚達も意見を交換し合う。と、其処に作戦会議室をノックする音。
 敬礼して顔を出すのは、東部方面航空隊第1ヘリコプター隊強襲輸送班長の 佐竹・史郎(さたけ・しろう)准陸尉だった。そして後に2人。
「――佐藤さんに、鈴木さんじゃないですか。御無沙汰しています」
 山辺が敬礼すると、佐竹の後から入室してきた2人の男もまた返す。
「東京の警務科に異動になったと聞いていますが?」
「そういう山辺さんも最前線に出動していますね」
 佐藤・一郎(さとう・いちろう)二等陸士が苦笑すると、相棒の 鈴木・太郎[すずき・たろう]二等陸士が肩をすくめて溜息を吐いた。
「特戦群の同窓会っていうには物騒だがな。つまりはそういう事さ。面倒臭い経歴があると苦労するな」
 鈴木の愚痴めいた呟き。だが佐竹が咳払いすると鈴木はそっぽを向く。
「――東京タワーの護りに駆り出されていたんですが、戦力の増強により安定したと思われましてね」
「そしたら佐竹のおっさんに捕まった訳だ」
 鈴木の頭に今度こそ、佐竹の拳が落ちた。かつての部隊で3人とも世話になった人物だ。佐竹には頭が上がらない。
「まぁ……力及ばずながらも増援要請に従ったという訳です」
 佐藤の言葉に、攻略部隊長が頼もしいものを見る視線で頷いた。
「しかし、其れにしても前に引き続いて、今回も強襲か。趣味じゃねぇんだが……贅沢は言ってられんな」
 手短に作戦内容を確認した佐竹が唸る。
「相手側が準備を整えているからには、奇襲になりませんからね。仕方ありませんよ」
 山辺の言葉に頷き、部隊長が続ける。
「前回の奪還戦で、相手も警戒の度合いを引き上げたのは確実だ。マルトやディティといった超常体だけでなく、相手の主力は人並みの知性を有する完全侵蝕魔人――アスラだ。罠に誘い込まれる恐れもある」
 つまり油断は出来ない。
「しかし護りに入ればジリ貧になりますからね。敵の撃破を優先して今後に備えようと思います」
 迎撃があると判っているのならば、其れを打破すれば自ずと敵戦力低下に繋がる。
「上社本宮のヴリトラに重傷を負わせていると聞いています。更に今回も畳み掛ける事で落ちるのではないかと」
「……アスラに人無し、か」
 誰かの呟き。鈴木が片眉を跳ね上げて、
「そりゃ、超常体と完全侵蝕魔人なんだから、人はいないだろ?」
「いや――此れは敵陣営には人材や物量が無いという意味で……あー。……どうでもいい、気にするな」
 隔離前のロボット戦記アニメの有名な台詞のようだが、今ひとつピンと来なかった。
 さておき、相手が如何に強くても限りがあるのは間違いない。護るアスラの王者を1宮ずつ撃破していくだけでも、かなりの戦果だ。
「とはいえ、手負いの獣は怖いからな。相手が弱っているからといって油断はするな、山辺」
 佐竹の忠告に、頷いて返した。
「――私達は上社前宮、下社春宮のどちらかの部隊に編入ですか?」
 佐藤の言葉に、だが部隊長は首を振る。
「当初の要請では、其方に加わってもらう事も考えていたのだが……佐藤二士と鈴木二士の両名は腕の良い狙撃手と伺っている。其の腕を見込んで、君達の方から何か提案があれば聞くが?」
 促されて佐藤は考え込む。そして確認の為、挙手。
「敵の迎撃戦力を誘き寄せた上で、薄くなった敵大将であるアンダカとやらを狙撃したいのですが」
 駐日印軍の元将校にして、裏切り者の烙印を押されている アンダカ[――]と、前回の奪還戦でも直接交戦した者はいない。諏訪高島城址で目撃されたという報告があるので、動いていなければ未だ其処に居るだろう。
「ヴリトラの援護として上社本宮に現れないとも限りません。可能性に賭けてみたいかと」
 佐藤の申し出は受理され、鈴木と共に狙撃手として配置される事になった。
 其の後も作戦案は練られる。特に前回、壊滅の憂き目にあった下社春宮のマダ相手には、今ひとつ不安が残っているものの決行の時間が刻一刻と近づいているのだった。

*        *        *

 ラクシャーサの群れとの大規模な戦闘は、睨み合う県道76号線沿いではなく、北西の県道25号線沿いにおいて再開の火種が弾けた。
 富士原橋方面からの浸透を警戒していた維持部隊の偵察部隊が、沼久保駅付近にてラクシャーサ数体を確認。報告を受けて県道25線の護りを固めて、敵の迎撃に成功したものの、示し合わせていたのか、県道76号線沿いの正面敵本隊も前進を開始した。
 指向性対人地雷M18クレイモアが爆発し、内部から鉄球が扇状に発射される。敵超常体の動きが鈍くなったところを、12.7mm重機関銃M2キャリバー50や96式40mm自動擲弾銃から発射された弾幕や砲火か吹き飛ばす。
 風早の対戦車ヘリコプター隊もまた航空支援を行うべく20mmM197三砲身ガトリング砲で眼下の敵を薙ぎ払う。コブラやMi-25を護るべく展開していたF-4EJ改ファントムUは、先日の戦いと同じく敵航空戦力が無い事を再び確認。
『――幻風系でもない限り、ラクシャーサは恒常的な航空戦力を有していないという事だろうか?』
 基地の管制塔に代わって、航空誘導する82式式通信車コマンダーよりの通信に、風早は微かに眉を動かした。敵航空戦力が見当たらない分、空輸による広範囲の展開や大規模な爆撃は可能だが、油断は出来ない。また、ファントムがMk82重力落下式爆弾を投下しているものの、
「――ラクシャーサの勢いが衰えないんですよね」
 爆風に吹き飛ばされても尚、ラクシャーサは進撃を止めない。そして駐日印軍や維持部隊の陸戦部隊の最前線まで到達し、白兵戦を行うのだ。野戦特科の砲撃や、航空科による対地攻撃・爆撃を封じ込めるには乱暴過ぎるが確かに間違っていない。
 また後続するラクシャーサも強靭な身体能力からの投擲や弓矢にて前線の支援をするだけでなく、コブラに対しての牽制を行っていた。
『……風早隊長。作戦中ではありますが、小生が感じた疑念を発言しても宜しいでしょうか?』
「緊急を要するならば」
 間髪入れずにたしなめると、部下は暫く押し黙る。だが耐え切れなくなったのか呟いてきた。
『ラクシャーサは何処から沸いてきて、戦線を維持出来るほどの数を補充しているんでしょうか?』
 言われて、風早も唇を噛んだ。
 静岡――特に富士山周辺に限定したとしても、此の地は木花之佐久夜の影響を受けて、超常体の動きは抑制される。逆に言えば、ラクシャーサは影響を受けて弱体化しても尚、人間の一般男性以上の戦闘力を有する程に高位である証左なのだが、
(そんなに大量のラクシャーサの群れ――集落のようなものが此れまで確認されていなかったのはオカシイ)
 超常体と雖も生命体に違いない。生命を維持する為に食わなければならないし、休まなければならない。また群れを成す以上は、其れなりの拠点を有する必要があるだろう。喩え遊牧民と雖も、休まずに旅する事は出来ないからだ。
 木花之佐久夜の影響により超常体の活動が弱まっているのは確かだ。そして今春より静岡だけでなく、神州各地で超常体が活発化し、組織的な行動をとって駐屯地を襲撃する程にまでなっているのも事実だ。ラースは『遊戯』が近いからだと言っていた。
 超常体が活発化したのは『遊戯』で一応説明がつく。
 ――だが今まで姿を見せなかったラクシャーサが突如として沸いて出てくるのとは、また別の話だ。此れが1体や2体ならば、新たに此の世界に現れたという話で収まる。だが軍勢を成す程となれば……
「……そうですわね。今まで集団の姿を見掛けていなかったものが、突如として群れを成しているというのは問題ですわ」
 敵戦力の物量は多く、勢いは留まる事は知らない。逆に言えば、何処かしらに其れを維持――と言うのは語弊があるが、湧き出る魔法の泉のようなものがあるとしたら?
 またラクシャーサ神群の総大将とされるラーヴァナの姿は見掛けられていない。もしかすると以上の疑念と、ラーヴァナを討たない限り、此の戦線はラクシャーサの勢いに押され、最悪な結末を迎えてしまうのではないだろうか?
『――風早准尉! 注意しろ、メーガナーダらしき影が現れた!』
 怒声とも悲鳴にもとれる通信が、風早の意識を戻した。頭を軽く振って、眼前の敵に集中する。僚機や部下の通信を受けて、航空支援を行っていった。
 しかしメーガナーダに駐日印軍の魔人兵数名がかりで挑んでいったものの、足止めが精一杯。メーガナーダ1体に戦力が引き付けられている間に、クンバカルナが指揮を引き継いだラクシャーサ主力が戦線を押し上げてくる。
 並みのラクシャーサの3倍近い巨躯に、口から炎の息を吐くクンバカルナ。翼は持たないが、遠目でも魔群のビーストデモンを思い浮かべてしまう。炎の息だけでなく、雷も放つ事が出来るようだ。動きはメーガナーダと違って俊敏ではないものの、其の巨躯から繰り出される一撃は96式装輪装甲車クーガーを凹ませる程だった。
 風早は奥の手としてコブラ2機のパイロンからTOW対戦車ミサイルを発射。飽和的火力にラクシャーサの多くを削ったものの、爆撃の中心にいたはずのクンバカルナに致命傷を浴びせる事は出来なかった。また駐日印軍の魔人兵を退けたメーガナーダが加わった事で、ついに第2次防衛線は突破されてしまう。
 維持部隊と駐日印軍の混合団は、県道76号線の両脇にある富士運送の建物跡や、パーラーの跡地まで後退すると、潤井川を第3次防衛線として敵と相対するのだった。

*        *        *

 諏訪大社の下社秋宮を奪還したとはいえ、北東には突入部隊を壊滅させたマダが居座る下社春宮が直ぐ近くにある。其の距離1kmもない。国道142号線を行き来すれば直ぐだ。従って下社秋宮の護りは142号線を固める形となり、銃口は北西に向けられていた。
 だがマダとアスラ共は儀式を優先すべく、下社秋宮へと襲撃を掛けてくる様子は伺えられない。
 第13普通科連隊長は要請に応じた高田の第2普通科連隊からの増援を加えた上で、春宮には包囲網を布く事で対応。奪還部隊の多勢を上社の2宮に注ぎ込む事とした。
 薄暮――暁、未だ星の光が残る明け方。巧みに山陰に隠れながら進む回転翼機の編隊。途中で客を数名程降ろしてから、回転翼機MH-60Kブラックホークと護衛のコブラ2機が目標へと突き進む。
『――行って来い、命知らずの空挺共!』
 佐竹の怒鳴り声に、軽く頷くと先ず強化系や操氣系の隊員達が宙空に飛び出した。巧みに落下傘を操ったり、氣で浮遊したりで、続々と大地に降り立っていく。アスラや超常体が当然迎え撃とうとするが、コブラが20mmM197三砲身ガトリング砲で掃射していった。
『目的地は此処だけじゃねぇんだ。ドンドン降ろすぞ』
 ブラックホークが空中停止するとラペリングした隊員達が吐き出されていった。
 コブラや、先に降下を終えた魔人が周囲を制圧していってはいるが、獲り逃す敵はいる。少し離れた廃屋の窓から、携帯式地対空ミサイル9K38イグラを構えてアスラが身を乗り出し、ブラックホークをロックした。だがミサイルを発射するより早く、頭に血の花を咲かせて落下。誤爆したミサイルが持ち主の身を吹き飛ばした。
「――流石、いい腕をしています、太郎君」
 観測器で目標に対する命中を確認していた、佐藤が感嘆を漏らすと、
「誉めても弾しか出せねぇよ。ほれ、次の目標位置を教えろ。おやっさんのヘリが撃墜したら、俺達の頭の上にも拳骨が来るぞ?」
 H&K PSG-1狙撃銃を構えていた鈴木が悪態を吐く。
 普通科1班に護られながら、佐藤と鈴木の2人が対空兵器を狙撃で排除していたのだ。目標周辺をつぶさに観測していた佐藤は注意深く見詰めてから、
「空挺の皆さんの降下は無事完了しました。残るは山辺さん達に任せても良いんじゃないでしょうか? 其れに佐竹准尉も直ぐに距離を取っての対地攻撃に移りましたよ」
「じゃあ、役割交代だ。さっさと得物を用意しろ」
 頷くと、普通科隊員達に先導されて狙撃位置を移動。より目標の死角に潜り込む位置を確保すると、佐藤はXM109ペイロードライフルを組み立て始める。
「しかし……新型迷彩も超常体相手に何処まで通用するんですかね?」
「さて。でも自衛隊譲りの擬装は今でも世界一を誇るらしいぜ?」

 片腕に1挺ずつ、合わせて2挺のFN P90で取り囲もうとする超常体やアスラを薙ぎ払う。山辺の動きに合わせてコートが広がる様は、獲物を狙う猛禽の翼だ。同じく上社本宮に降り立った同僚達も、銃火や血線で境内を彩っていく。
「――ヴリトラは社の奥だ!」
「悪いが、山辺二士、今度の手柄は俺が貰った」
 血気盛んに突入していく強化系の魔人。だが次の瞬間――山辺の背筋が凍った。
 突風が吹き貫けたとしか最初は認識出来なかった。続いて地面に同僚の頭が転がり、トマトのように潰れていったのも理解が遅れる。
 双つのP90が震え出して、中から出てきた存在への照準が定まらない。山辺の身体が震えているだけでなく、P90に寄生している憑魔核が悲鳴を上げているのだ。コートもまた狂ったかのようにざわめく。山辺自身も奥歯の根が合わずに、壊れたタップダンスの音を鳴らしていた。……冷静な自身でも、生存本能から恐怖を覚えてしまうとは!?
 他の隊員達も顔を真っ青にして、社殿から現れた存在を注視する。黒き肌をした壮年の男が悠然と立ちふさがっていた。軽く息を吸い、そして吼えて見せた。
 瞬間――泣き叫びたくなるような激痛が神経を直接掻き毟った!
 意識や心をカットしたとしても、気が付けば地面に叩き付けられている。情けない事に身体中の穴という穴から体液が流れ出る。山辺は全身の毛孔から汗が噴出し、口には血の混じった泡を吐いていた。山辺以外の魔人も同様、当てられ過ぎた者の中には恥ずかしい事に失禁すらしていた。
 魔人でない隊員達が89式5.56mm小銃BUDDYを乱射。だが黒き壮年は片手を軽く上げるだけで、飛来してくる弾丸を払い捨てる。そして銃口を向けてきた相手に一気に詰め寄ると手刀を下ろす。其れだけで左右両断される隊員。手刀の衝撃は地面に傷跡を刻んでいた。
 黒き壮年は何事が考え込む仕草をすると、次には唇の端に嘲笑を形作った。そして未だ満足に動けぬ山辺達を緩慢ながらも、いたぶるように見渡してきた。
(……動け、私の身体! 此のままでは一方的に蹂躙されて終わります!)
 心の内で悲鳴を上げるが、蛇に睨まれた蛙のように微塵も身体が動こうとしない。動ける隊員を片付けた黒き壮年は、地べたを這いずる山辺達を次の供物にしようと視線を下ろし――
 強大な衝撃と、遅れてやってきた砲声に、吹き飛んで行った。衝撃に巻き込まれた社殿の一部が簡単に崩れ落ちていく。
 山辺達も衝撃波に吹き飛んだものの、幸いにも四肢が引き千切れた者はいなかった。其れよりも金縛りが解けたのがありがたい。ふらつきながらも立ち上がる。武装に寄生している憑魔も、山辺の意思に従うようになっていた。
『――佐藤が次弾を装填した。続いて叩き込むぞ』
 鈴木からの通信に、山辺達が慌てて退く。黒き壮年が吹き飛んでいった方向へ、XM109から発射された25×59BmmNATO弾が更に破砕の衝撃を叩き込んだ。徹甲焼夷弾が材木を焦がし、火を点けた。
 更に立ち直った操氣系が氣弾を打ち込み、山辺もP90に寄生している憑魔核を起こして火炎を放射する。焼夷手榴弾を手にする者も躊躇なく投擲した。
「ヴリトラ相手だと思って、火炎系の武装の出番はなかったと思っていたんだけどな」
 悪態を吐く同僚だったが、山辺は警戒を怠らずに炎の奥を見詰める。
「倒した後、燃やし尽くさないと安心は出来……」
 が、言葉を終える前に、炎の中心から衝撃波が放たれた。一瞬で炎が消える。そして……黒き壮年の男が佇んでいた。25×59mmNATOで千切れた身体は焼け焦げていたが、無造作に己の身体を揺さぶると、壊死した細胞を捨て落ちた。そして山辺達の目の前で、新たな肉体が形作られていく。
「……何々だ、こいつは?」
 恐怖の余り、知らずに後ずさる隊員達。黒き壮年が動いた瞬間、運が悪かった者は潰れた肉塊に変わっていた。全身に返り血を帯びて、男は振り向く。そして――嗤った。
 圧倒的な実力差に、隊員達の精神状態が限界を達した。悲鳴を上げて逃げ出す者、怒号を上げてBUDDYを乱射したり、日本刀を振り回したりして特攻する者。
『――佐藤が撤退の支援をする。おやっさんの命綱に捕まって逃げろ!』
 XM109からの砲撃に、黒き壮年は幾度も吹き飛ばされる。だが致命傷に至っていないのは明らか。山辺は同僚を叱咤すると、上空に待機するブラックホークから降ろされた縄梯子へと誘導した。自身も駄目元でP90を乱射し、牽制する。そして最後に縄を掴んだ。
 砲撃を浴びながらも、黒き壮年の男が手を伸ばす。放たれて衝撃波により縄橋子が断ち切れたが――
山辺のコートが伸びて、逃げ切る事に成功した。
 其れでも衝撃波を連射してこようとする黒き壮年の男。だが射し込んできた朝日に、初めて苛立ちに似た表情を浮かべたようだった。慌てたかのように急に社殿奥へと戻っていく。
『――生存者を収容。松本駐屯地に帰投する』
 佐竹の苦い声が、機内放送された。絶望的なまでの敗北に打ちひしがれる隊員達。前回、マダに壊滅させられた部隊も同様の気持ちだったのだろうか?
「……作戦は失敗ですか」
 山辺の呟きが聞こえた訳でもなかろうが、
『上社前宮に突入した部隊が、ラーフを倒して奪還に成功した。とはいえ後一歩で壊滅するところというギリギリの線だったらしいし、事実、此方の魔人数名が戦死という相打ち状態だ。其れから下社春宮のマダに表面上の動きはない。……以上だ』

 ……諏訪高島城址。黒き壮年の帰還に、アンダカが頭を深々と下げる。報告を受けて、黒き壮年は感心したかのような呟きを漏らした。
『ラーフが討ち取られたか。……工程は?』
「7割までは行っていたそうです。なおマダのところは8割に行きました」
『本宮は、ヴリトラに専念させたからな。こちらも7割は工程を終えている。……ふむ』
 黒き壮年は顎に手をやると、暫く黙考。
『――次は前宮に向かって、再び我等の手に収める。お前は引き続き、此の地でクンダリニーの手に入れる作業を整えておけ』
「……畏まりました。父上の御言葉通りに」

 

■選択肢
SA−01)静岡・浅間大社にて迎撃
SA−02)静岡・ラースに挑戦する
SA−03)長野・諏訪上社本宮へと
SA−04)長野・諏訪上社前宮へと
SA−05)長野・諏訪下社春宮へと
SA−06)長野・諏訪下社秋宮へと
SA−07)長野・諏訪高島城址へと
SA−FA)東海地方の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 印度軍兵士の多くは英語に堪能である為、意思疎通に問題は生じない。また親日で協力的である。
 なお次回、諏訪大社の上社前宮では死亡確率が極めて高い。また強制侵蝕が起こる危険性も覚悟しておく事。強制侵蝕の怖れは、下社春宮も同様である。

■お詫び
 第1回ノベルで、4宮の名と配置されているアスラに間違いがありました。本宮がヴリトラ、前宮がラーフです。そして負傷しているヴリトラに代わって、第2回で黒き壮年の男が護りについたのは本宮でした。
 アクション内容をもとに、正しいと思われる、PCが向かう先を選択し直してノベルを執筆しました。御理解いただければ幸いです。
 とにかく大変、御迷惑をお掛け致しました。申し訳ございません。m(__)m


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