同人PBM『隔離戦区・呪輪神華』第4回〜 東海:南亜細亜


SA4『 神を騙りし、昏きモノ 』

 見舞いに訪れた、神州結界維持部隊東部方面航空隊・第4対戦車ヘリコプター隊第2飛行隊第3班長の 風早・斎(かざはや・いつき)准陸尉が目にした光景は、維持部隊や駐日印度共和国軍(※駐日印軍)の女性武官に囲まれた姿だった。明らかに衛生関係とは違う者も混ざっているのが、頭が痛い。
 だが選り取り見取りの女性達に看護されている ラース・チャンドラ・シン[―・―・―]大尉自身は回されてきた書類に目を通しているようで特に関心を払っていないようだった。
「――失礼致します、殿下」
 敬礼すると、ラースが顔を上げる。
「余こそベッドから失礼するよ、風早准尉。先の偵察では無理をお願いした」
「殿下こそメーガナーダとの戦い、お疲れ様でした」
「何、至らぬばかりに此の様だがね」
 ラクシャーサ神群への抗戦に、ようやく望みの通り前線に立つ事が出来たラース。ヒンドゥー教の主神の一角 ヴィシュヌ[――]の化身(アヴァターラ)であるラースは率いる魔人兵部隊と共に戦線を維持する事に成功した。だが羅刹鬼の猛将 メーガナーダ[――]との戦いは痛み分けで終わり、ラースは療養に努める様に、駐日印軍大佐より厳命されていた。
「駐日印軍ひいてはデーヴァ神群にとって、殿下の身命は大事なのです。媛祇様も御心配なされておられましたよ。……ところでシーターと思しき女性はいらっしゃいましたか?」
 ヴィシュヌ妃であるラクシュミーの化身を、ラースが探し求めているのは有名な話だ。維持部隊や駐日印軍の女性達が、ここぞとばかりに看護を申し出るのは自等こそがラクシュミーの化身であるという訴えでもあった。そうでなくとも見初められたら玉の輿だ。尤もラース本人は、
「残念ながら未だシーターには出逢えていない」
 寂しそうに笑う。
「さて……作戦会議の記録も読ませてもらった。次も無理をさせてしまうな」
「御心配は無用です、殿下、輸送ヘリを要請したら、オマケが付いてきましたから。竹内一佐は渋い顔をされていましたけれどもね」
 風早の言葉に、興味を持ったラースが瞳を輝かせた。
「当初の予定では富士の普通科教導連隊より選出した空挺が、新たな強行偵察の主役となる予定でしたが、戦線から割く訳にはまいりませんから」
「と、なると?」
 風早の言葉の続きを確かめる為に、ラースは手にしていた議事録へと再び視線を落とす。風早は微笑むと、
「――千葉にある習志野から第1空挺団が出向してくるそうです」
「成程。確かに苦い顔をするのが目に浮かぶな」
 ラースは笑みをこぼした。隔離前に行われていた富士登山駅伝において、普通科教導連隊と第1空挺団は優勝を争うライバル同士だった。隔離後においても先輩達からの伝統や競争意識は引き継がれており、切磋琢磨は続けられている。
「……さておき。強行偵察の目的は、羅刹の兵站を叩くばかりであるまい」
 ラースの洞察力に、風早は首肯する。そもそも見舞いの為だけに訪れたつもりではなかった。
「駐日印軍の将校や、竹内一佐、そして媛祇様にもお尋ねしましたが、殿下からも御教授頂ければと思いまして。――“門”についてですが」
 質問を受けて、ラースは腕を組む。そして、
「“門”と呼ばれているが、実際は異界と繋がる時空間の境の断裂とは以前にも告げた通りだ。問題なのは、此処を抜けてくるモノは、通常の空間爆発現象で発生する超常体とは、数も力も大きく異なる」
 超常体は群れるが、多くは飽く迄も“こちら”の世界で繁殖して、数を増やした結果だ。空間爆発で“無かったところ”から現れるのは基本的に1体、多くても片手の指で数えられる程。
「其れだけでも“門”が、如何に問題があるか判るだろう。そして最も問題なのは……何が出るのか、何が起こるのか、判らないという事。制御されていないもの――それが“門”だ」
 逆に制御されているモノは『柱』と呼ばれている。形状も神群によって多種多様だが、制御可能な『鍵』であり『扉』であるところが“門”とは大いに異なる。
「『柱』はパワースポットや、サクヤのように封じられている日本の神祇の力を無理矢理利用したり、また儀式を行ったりする事で立てられる。また此れは『遊戯』における旗印の意味もあり、存在を明らかにしなければならない」
「……だから『柱』という呼称なんですね」
 春分の日までに『柱』を立てなければならないのは、デーヴァ神群も同じ。6月中旬には媛祇様こと、富士山本宮浅間大社に奉られている 木花之佐久夜[このはなのさくや]の力を借りる事になるとラースは告げる。ラクシャーサ神群と違い、木花之佐久夜の同意を得ての話であるが……ふと、其れで良いのだろうかとの疑念が風早の頭の隅を横切った。だが振り払うと、
「しかし、そんな簡単に“門”が開けるようなら、勝ち目はありませんね。言い方を変えれば、対策をとれる事を前提としない限り、打つ手はないと言うものですが」
 苦笑して風早は話を紛らわす。ラースは眉間に皺を刻むと、
「――サクヤは何と?」
「白山比盗_社におわす菊理媛ならば“門”を括る事が出来るのではないか……と」
 風早が伝えた言葉は、ラースにも苦悩の表情を浮かべさせた。
「白山連邦は露西亜の管轄故に、余でも手出しは難しい。だが『黙示録の戦い』が始まれば、スラヴ神群を打ち負かし、ククリを解放する事を約束しよう」
 北陸地方の情報も集めなければならないだろうか。其れよりも再び疑念が脳裏で渦巻くのを感じ、風早は内心で戸惑いを覚えるのだった。

*        *        *

 長野にある松本駐屯地。完全侵蝕魔人――アスラによって占拠された諏訪大社の4宮の奪還作戦も大詰めとなっていた。5月上旬に実行された作戦により、上社本宮と下社春宮の奪還に成功。しかし上社前宮はアスラ達の首魁と思われる黒き壮年の男によって再強奪されたのである。
「――正直、人手が足りませんよ。あと数人いるだけで状況が変わるのですが」
 佐藤・一郎(さとう・いちろう)二等陸士嘆息を漏らす。相棒である鈴木・太郎[すずき・たろう]二等陸士が悪態を吐くのはいつもの事だが、冷静そうな佐藤が嘆くのは珍しい事だった。
「一応、木更津に対戦車ヘリの支援要請を出した。また浜松の第1航空団にも、だ」
「流石、おやっさん、頼りになる!」
 東部方面航空隊・第1ヘリコプター隊強襲輸送班長の 佐竹・史郎(さたけ・しろう)准陸尉の言葉に、鈴木が口笛を吹き鳴らす。いつもなら怒鳴り声が返ってくるのだが、
「とはいえ社宮ごと爆破する訳にはいかないのでな。正直、アテにするな」
「だよねー」
 アスラ共が率いる超常体に飛行できるモノはなく、また地対空ミサイルの在庫は尽きており、諏訪における航空優勢は確保したと言えるだろう。強化系や操氣系のアスラによる弓矢や、槍や石の投擲がある為、油断は出来ないが。
 しかし航空優勢を確保した事によって地対空攻撃が容易になったからと言って、即座に敵の掃討へと繋がる訳でもない。社宮に籠られたら攻撃の手を止めなければならないのだ。
 諏訪湖に施されていると思われる封印は、アスラ共によって箍が緩んでいる。社宮を破壊する事で、建御名方[たけみなかた]が解放されるなら未だしも、更に封じられていると伝わる太古の祇が顕現するのだったら、目も当てられない。
「……制御するすべがあれば別なのですが」
「今更ながら手掛かりを探るっていうのか? 生憎とそんな余裕、俺達にはねぇよ」
 鈴木が口を尖らせた。佐竹は頭を掻くと、
「いずれにしても、先ずは陽動として敵を引きずり出さないといけなくなるな。マダを射殺したように上手く行く可能性は低いが、其れでも期待しているぞ」
 佐藤は礼儀正しく、鈴木は乱暴に応じた。いずれにしても航空戦力は飽く迄も支援として割り切るしかない。結局、アスラや超常体共に止めをさせられるのはヒトの意思であり、其の手足であり、そして延長線上にある銃弾や刃だ。其の為にも弾丸1つを選り分け、また愛銃の手入れに予断を許す事は出来ない。
「……とはいえ黒き魔神――マハーカーラが登場したら撤退戦を支援するしかないのですが」
「アレは本当に反則級だ。とはいえ逃げてばっかだと話にならないしなぁ……」
 佐藤の呟きに鈴木が頷いたところ、其れまで黙々と愛用の個人防衛火器ファブリックナショナルP90を調整していた 山辺・進(やまのべ・すすむ)二等陸士もまた同意する。
「確かにそろそろ限界です。なので相打ち覚悟で敵側の主力を叩きます」
「……山辺さん。思い詰めては――」
 佐藤が怪訝な表情を向けたものの、山辺の態度は普段と変わらずの冷静なままに見えた。其れでも、
「――最強の敵が登場したとしても、可能であれば、朝まで戦闘を引き延ばせば此方側の勝利です。可能ならですが……」
 危ういナニカを感じ取って、鈴木が口を挟む。
「無理はするなよ。馴染みのお前さんが倒れる姿なんて悪い冗談だ。見たくなんかねぇぞ」
「……そうだな。佐藤と鈴木の作戦が終わったならば、急いで秋宮に向かう。鈴木だけでも宙吊りにして運んでやるさ」
「いや、おやっさん。流石に、そういう空中遊泳は勘弁してくれよ」
 鈴木が抗議の声を上げるが、佐竹の言は正しい。どれほどに強力な異形系魔人でも憑魔核を叩き潰せば蘇生は叶わない――はず。鈴木に限らず、操氣系魔人に憑魔核を探し出してもらうのは、黒き壮年の男を撃破する鍵になるだろう。だが其れは諸刃の剣にもなりうる。直に相対した事のある山辺は、あの時に刻まれた恐怖心に苛まれて身震いした。
 ヤツと相対しているだけで此方の憑魔核が悲鳴を上げていた。黒き壮年の男の憑魔核を探るという事は、ヤツの波動に直接触れるという意味だ。最悪、発狂どころか――アスラとして敵に回る事もあり得た。そして操氣系だけでなく、全ての魔人に起こりうる事だった。山辺は再び身震いする。
「――最悪の時は、皆さんの手で私を殺して下さい」
 山辺の呟きに一同は絶句。だが佐藤は意を決し、山辺の肩を叩いた。
「……御安心を。必ず私の手で」
「まぁ、そん時は、な。だから心置きなく戦ってこい!」
 鈴木が不敵に笑う。そして佐竹が鼻を鳴らした。
「全員、覚悟は出来たようだな。では地獄まで連れて行ってやるぞ」

*        *        *

 県境を越えて山梨にある、富士ロイヤルCC(カントリークラブ)跡地には密かに天幕が張られ、多用途回転翼航空機UH-60JAブラックホークが駐機していた。風早の攻撃回転翼航空機AH-1Sにも燃料を投入されて、敬礼が向けられる。返礼して風早達――第2飛行隊第3班が離陸。第1空挺団からの選抜隊が乗り込んだブラックホークが続いた。
『――航空スケジュールを確認します。前回の強行偵察により、南側、即ち嵐山方面への警戒が厳重になっているでしょう。また山間部という事もあり、樹上に弓兵が待ち伏せている危険性もあります』
 其処で、今回の作戦では北側――山梨の県境越えでの突入を計る事となった。
『……既に先遣部隊が進路上の安全を確保している。地対空攻撃のお迎えは無い。諸君、存分に暴れていきたまえ!』
『『『――応っ!!!』』』
 第一空挺団の猛者が返事をする。ブラックホークから発せられた熱気で空が震えた……そんな錯覚を風早は抱いた。
「……風早機長。どうも単なる偵察では終わりそうでないようですね」
 射手席に座っている部下が苦笑する。風早は微笑むと言葉を返した。
「偵察の枠を超え、殲滅とまでは行かないまでも、敵後方に大打撃を与える事が出来る――其れでも喜ばしい事だと思いますよ」
 県道75号線を越えて、敵陣のあるリバー富士CCを視界に入れた。此方の爆音に気付いたのだろう。羅刹らしき影が槍や弓を構えて放とうとする。だが1体が胸に血の華を咲かせて仰け反ると、他のモノは慌てて遮蔽物に身を隠していった。機内に座している為に聞こえなかったが、どうも銃声が轟いたらしい。先遣隊による狙撃だ。
「――射てっ!」
 風早の合図を受けて、TOW対戦車ミサイルがコブラから発射される。羅刹の群れが吹き飛び、また炎に焼かれていった。其れでも火炎系の力を有するモノもいるようで爆炎に耐え、反撃を試みてくる。
「――五大系持ちの羅刹鬼が後方に?」
 強化系以外の能力を有する羅刹は1体だけでないようだ。浅間大社襲撃の主戦力であるモノ共を後方に下げたという事は――
「……前回の偵察で充分に、相手へと防衛行動を強いらせていたという事ですか」
 苦笑するしかない。さておき風早はコブラを反転させると、20mmM197ガトリング砲で薙ぎ払わせた。相手の反撃を許さぬよう牽制と威嚇射撃を繰り返す間に、ブラックホークより第1空挺団の選抜隊がラペリングで降下する。群がろうとする羅刹は、ハッチから乗り出した12.7mm重機関銃M2キャリバー50や5.56mm機関銃MINIMIが寄せ付けない。そして降下を終えた隊員達が羅刹と戦いながら、居住施設や糧食倉庫を破壊していった。
『――隊長。南側より敵増援の姿があり。恐らくは警戒の為に、山間部に潜んでいた連中だと思われます』
 羅刹の王である ラーヴァナ[――]の姿を確認出来なかったのは痛かったが、後方攪乱には充分だろう。第1空挺団の指揮官も同じ判断をしたようで、風早へと撤退中の援護を要請してきた。断る理由もなく、風早はコブラのTOWで発射させたのだった。

 風早達の攪乱が功を成し、潤井川以南――野中に布陣していた羅刹の前線に混乱が生じた。此の機会を逃さず攻勢に転じた駐日印軍と維持部隊による共同戦力は、羅刹を退ける事に成功。クンバカルナ[――]が奮戦したものの、主だった羅刹鬼の多くを後方に下らせていた事が災いして敗走。共同戦力による追撃が終了した時点で、戦線は富士川まで大きく変化した。
「……メーガナーダは余と同じく療養に努めたか。彼奴が異形系を有していなくて幸いだったと言えよう。またラーヴァナの臆病癖が大きく働いたな」
 戦線からの報告に、ラースは安堵の笑みを浮かべる。しかし次はメーガナーダも再び戦場に上がってくるだろう。問題は……
「後方の守護に当たるか、其れとも前線に戻ってくるか、だろうな。賭けに負ければ手酷い結果になるぞ」

*        *        *

 F-15JイーグルがMk-82誘導爆弾を発射し、コブラは20mm M197三砲身ガトリング砲でマルトやディティといった超常体の群れを薙ぎ払っていく。佐竹の駆るブラックホークから普通科隊員を降下していった。
「……ちなみにブラックホークだが、第1空挺団のとは別機種だから。あちらはUH-60JAだが、俺のはMH-60Kで、より高価な電子装備を搭載している米軍特殊部隊仕様だ」
『――誰に解説しているんですか?』
 ツッコミはさておき、前宮周辺を爆弾や銃撃が焦土と変える。降下を終えた普通科部隊が派手に超常体へと弾幕を張るが……
「――肝心の敵側指揮官が出てきませんね……」
 配置に付き、狙撃体勢に入っていた佐藤が呟く。双眼鏡で計測を努めていた鈴木が舌打ちした。
「やはり社宮ごと吹き飛ばしてしまった方が、後腐れもなくて良かったんじゃないか」
「其れが出来れば苦労はしませんよ……」
 しかし幾ら周辺を瓦礫に変えようとも上社前宮からアスラが出てくる様子はなく、佐藤達は照準眼鏡の彼方を睨み続けるしかない。
 そして――
「……蛇が。封印がまた1つ解かれてしまったか」
 佐竹が眼下の光景に舌打ちした。上社前宮の天井を突き破って、柱が露出する。蛇のような黒い影が柱にまとわりつき、絶えず蠢いていた。
『――突入します!』
 佐竹が制止の声を発する前に、焦れた普通科部隊長と数名は上社前宮へと突入していった。激しく響く銃声に、瞬く光。そして数分後――沈黙した。
「……作戦は失敗だな。自分達にとって都合の良い展開しか考えていなかったようだぜ、俺達は」
 鈴木が悪態を吐く。そして、
 ――憑魔覚醒。侵蝕開始。半身異化状態に移行。
〈探氣〉を放つ。鈴木は上社前宮の奥に祝祷系のアスラを捕捉した。
「マハーカーラじゃないようだな。話に聞く、アンダカか? 兎に角、地下を掘り進めていく以外に此処を脱け出すすべはねぇだろう。移動を開始しようとアンダカが顔を出したところを撃ち貫くぞ」
 鈴木が双眼鏡で見張る。佐藤も照準眼鏡で目を凝らした。
「――顔を出した! 距離は……」
 だが佐藤の視界には映らない。どういう事かと一瞬悩まされたが、
「私にも覚悟を決めろという事ですか」
 佐藤もまた憑魔を覚醒し、半身異化状態に移行する。光を操り、背景に姿を溶け込ませているアンダカを浮かび上がらせた。
「――射てっ!」
 鈴木の合図と同時に引き鉄を絞ると、轟音が発せられた……。

 前宮に突入した普通科隊員達の亡骸を格納して、ブラックホークは飛び立つ。既に夜明けを迎えており、深夜に下社秋宮に姿を顕したという黒き壮年の男の撃退に成功したという。だが――
「山辺さんが瀕死の重態ですって!?」
「レスキューも向かっているが<俺達も急ぐぞ!」

*        *        *

 時間は遡る。下社秋宮を護る陣容は普通科部隊1個小隊。96式装甲装輪車クーガーが3輌。積み上げられた雑嚢によってバリケードが築かれ、突き出すBUDDYだけでなくMINIMIも設置されていた。
 闇の奥を睨み付けていた山辺へと、同じく防衛に着いた魔人隊員が声を掛けてきた。
「気持ちは解るが、そう張り詰めていても仕方ないぞ」
「……適度に力を脱きたいところですが、何とも。此のままでは気疲れしてしまうのは解っているのですが」
 其れでも声を掛けられた事で、ちょっとは緊張が解れた。気休めだったのだろう。だが其の御蔭で、次の衝撃に耐えられたのだと山辺は考える。
 ――そう。其れは闇の深奥から顕れた。
 黒き壮年の男の顕現に、大気が震え、地鳴りが轟く。憑魔核が激しい痛みという形で恐怖を訴え、寄生されている武具が叫びを上げた。そして波動が空間に押し寄せてきた。憑魔強制侵蝕現象に、山辺だけでなく先程、声を掛けてきた魔人隊員も膝を付く。大地に崩れ落ちて、のた打ち回るものもいた。声にならぬ叫びを上げて、絞められた鶏のような様態で宙を掻き毟る。魔人でない隊員すらも恐怖で心臓を掴まれた表情を浮かべていた。
 だが誰かが奇声を上げてBUDDYを乱射したのを皮切りに、弾幕が張られ、黒き壮年へと攻撃が集中する。其れでも黒き壮年は悠然とした態度で、被弾するに任せると一歩ずつ笑みを浮かべながら近付いてきた。直撃しても一瞬にして傷が塞がっていくのは心を折るには充分だろう。……だが、
「――ッ!」
 口元の血反吐を拭うと、山辺は己を奮い立たせる。寄生している憑魔を叩き起こすような勢いで覚醒させると、血肉や神経、骨格が半身異化していく。腰に提げていた手榴弾を掴むと、嘲笑を浮かべる黒き壮年へと投擲。閃光発音筒は野外という事もあって効果は薄いが、其れでも黒き壮年を怯ませた。
「――照明弾、発射っ!」
 気付いたのは山辺だけでなく、他の隊員達も閃光発音筒や焼夷手榴弾を放り投げる。クーガーの96式40mm自動擲弾銃から照明弾が発射されて、戦場に光をもたらした。
 悠然とした態度が黒き壮年から消えた。強い照明やテルミット反応による火が皮膚を焦がす。尤も焦げた細胞を切り捨て、驚異的な再生力で回復していくが。
 しかし黒き壮年が光や炎に対して不機嫌さを表している間にも、攻撃は続けられていく。キャリバー50からの12.7mm弾は先程とは違って明らかに損害を与えているようだった。弾が尽きて、次のベルトが交換される隙を埋めるべく、魔人をはじめとする隊員達が動く。山辺が閃光発音筒を投擲――と同時にダッシュ。両の手それぞれに握られた双つのP90が弾を吐く。左の雷から放たれた力は、右の炎を増強させて、黒き壮年へと命中した。黒き壮年も流石に直撃は不味いと感じただろう。左腕一本を犠牲にして弾を受ける。新たな腕が生え変わる余裕を与えないように、続いて山辺は弾丸に力を込めて撃ち続けた。他の隊員達も果敢に攻め込んでいく。
「――成程、面白い奴がいる」
 黒き壮年が笑みを浮かべたように見えた。そして咆哮。先程、波動を受けた時の衝撃に比べれば、痛みも麻痺しているのか感じられなかったが、其れでも殴られたような質量を受けた。そして――
 生存本能が勝ったか、山辺より先に危険を感じ取ってコートが異形系の特性を露わにした。裾を伸ばすと近くの樹木の枝を掴んで引っ張り、反動で山辺の身を飛ばす。山辺の視界の隅では、遅れをとった隊員の数名が黒き壮年の右腕に薙ぎ払われて掻き削られていくのが映った。身が吹き飛ばされるとか、両断されるとかのレベルではない。空間ごと潰され、削られたとしか言いようのない攻撃。5.7×28mm弾倉を交換すると山辺は撃ち続けるしかなかった。
「――もっと光を! 強い光を!! 熱い炎を持って来いっ!」
 誰かの叫びに、心から同意する。核の位置を探らんと〈探氣〉を試みていた操氣系魔人が声にならない叫びをあげているのが、見て取れた。……頼むから発狂する前に、核の位置を教えてくれ!
 黒き壮年は強靭な身体能力と、驚異的な再生力、そして時折、巧みに氣を操ると、単騎で維持部隊を翻弄する。複数の能力行使に躊躇いも、また隙もない。唯一の弱点としては、強い光を浴びていると再生力が鈍化しているようだが――
(元々が並みの異形系を遥かに上回っていますから)
 最早、銃弾も尽き、P90に寄生している憑魔そのものの力を酷使続けるしかない。異形系コートが間一髪のところを避け、内に着込んでいる操氣系のインターセプターボディアーマーが衝撃を少しは緩和してくれている。致命傷を喰らうスレスレの綱渡り状態であったが、山辺は覚悟を決めて挑み続けるのだった……。

 山の稜線を朝陽が浮かび上がらせるのを見て、ようやく黒き壮年は攻撃の手を止めた。大きく舌打ち。
「――遊び過ぎたか。いや、よくぞ護り切ってみせたと称賛すべきだろうな」
 周囲は死屍累々。動ける者は山辺を含めて10にも満たない。照明弾や閃光発音筒、焼夷手榴弾といった強い光を発するモノが尽きてから、黒き壮年の勢いは留まる事を知らなかった。黒き壮年がクーガーを潰して照明灯を割った時に勝敗は決していたと言っても間違いない。だが其れでも命と引き換えにして時間切れまで護り抜いたのだった。
「――秋宮を入手しても、此処の封印を破るには時間が足りないか。『夏至の日』まで間に合わん」
 悪態を吐いた。
「……封印は1つでも残っている以上、クンダリーニの解放は出来ん。だが――」
 周囲を見渡して、唇の端を歪めて見せた。挑発的な笑いに、山辺は奥歯を噛み締め、咽喉を鳴らす。
「封印は3つしか解けていない。逆に言えば3つも、7割以上は解けている。本当にクンダリーニを呼び起こせないか試してみるのも一興だろう」
 そして哄笑を上げると、黒き壮年は未だ薄暗い町へと消えていく。其の後ろ姿が完全に消えた瞬間、山辺の意識は闇へと落ちていったのだった……。

*        *        *

 療養の為、富士山本宮浅間大社における防衛戦に出られないラースは、代わって神州各地から回ってきた情報の分析に務めていた。そして諏訪大社からの報告書に目を通して、眉尻を吊り上げる。付き添いの女性武官がラースの様相に怯えながら、
「――殿下、何事でしょうか?」
「……此奴はマハーカーラ――シヴァの化身ではない! 似ているがシヴァの名を騙るナニモノかだ」
 直接にでも見れば、ヴィシュヌでもあるラースには判っただろうが、残念ながら今まで其の機会が無かった。ようやく時間を掛けて分析し、看破出来たのである。
「スカンダ、ガネーシャ……そして騙されたアンダカが不憫よ。『あちら』に戻ったアンダカは、今頃シヴァより叱責を受けているであろうな」
「……では、殿下は此奴がナニモノだとお考えで?」
「マハーカーラは『大いなる暗黒』の意。……そういえば消失してしまった秋葉神社には、余の化身を模したモノが顕れたと報告を受けていたな。化身は同一世界において1柱1体のみ。余――ヴィシュヌの化身であるはずがない」
 考え込む、ラース。そして思い至った時、激昂した。
「1柱のみ、同一世界で複数の化身を顕現する掟破りがおった! 彼奴の仕業か!」
 秋葉神社に顕れたモノは、ヴィシュヌの化身であるクリシュナの姿に酷似していたという。クリシュナとは、サンスクリットで『全てを魅了する方』もしくは『黒』を意味し、青黒い肌の男性として描かれる。そしてマハーカーラは『大いなる暗黒』。名の持つ“呪”を媒介に、彼奴はシヴァとヴィシュヌの化身の姿を真似た。
「……彼奴となれば秋葉神社を襲撃した理由も解った。封じられていたヤギハヤオを消滅させる為だったのだな」
 となれば秋葉神社が消失した今、アレを本当の意味で滅ぼす手段を、人類側は1つ失った事になる。
「何処までも嘲弄し続けるか――〈這い寄る混沌(ニャルラトホテプ)〉め!」

 

■選択肢
SA−01)静岡・浅間大社にて迎撃
SA−02)静岡・ラースに挑戦する
SA−03)静岡・羅刹の巣窟に潜入
SA−04)長野・諏訪上社本宮へと
SA−05)長野・諏訪上社前宮へと
SA−06)長野・諏訪下社春宮へと
SA−07)長野・諏訪下社秋宮へと
SA−08)長野・諏訪高島城址へと
SA−FA)東海地方の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 印度軍兵士の多くは英語に堪能である為、意思疎通に問題は生じない。また親日で協力的である。
 なお次回、諏訪高島城址及び諏訪湖では死亡確率が極めて高い。また強制侵蝕が起こる危険性も覚悟しておく事。


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