同人PBM『隔離戦区・呪輪神華』第5回〜 東海:南亜細亜


SA5『 臆病者と蛮勇の岐路 』

 長野県松本市――神州結界維持部隊・東部方面隊第12師団・第13普通科連隊等の駐屯地である。山辺・進(やまのべ・すすむ)二等陸士が現在籍を置いている第125地区警務隊もまた松本に派遣されている。とは言っても、当の山辺は詰所でなく、隔離の際に改築された病院の一室で安静を言い渡されていた。
「……生き残ってくれているだけで嬉しい事だがな」
 見舞いに訪れた東部方面航空隊・第1ヘリコプター隊強襲輸送班長の 佐竹・史郎(さたけ・しろう)准陸尉が苦笑とも嘆息とも取れる呟きを吐いた。
「――しかし暫く戦闘への参加は認められないと医師に言われました」
 淡々と返す山辺に、佐竹は当たり前だと一喝する。
「春に入ってからずっと、おまえは身体を酷使続けていたからな。休暇だと思って骨休みしていろ」
「しかし、おやっさん。身体は休めても、俺達みたいな男が見舞いっていうのは……心の癒しには程遠いような気がするけどなぁ」
 鈴木・太郎[すずき・たろう]二等陸士の率直な感想に、相棒とする 佐藤・一郎(さとう・いちろう)二等陸士も苦笑する。確かに、数多くの戦果を上げている男に対しての見舞いとしては彩りが無い。
「特戦群から離れて、松本に異動になっていた訳だけれども……お前、好い人とか見付からなかったのかよ」
 鈴木の呆れた声に、山辺は片眉を上げると、
「そういう鈴木さんと佐藤さんはどうなんですか?」
 山辺の反撃に、鈴木は言葉に窮した。佐藤が珍しく冗談めかした表情を浮かべる。
「……鈴木の所為で女子との縁がありませんよ。其のケがあると勘違いされたら、こいつを狙撃して殺してやろうかと思っています」
「――莫迦野郎、其れは俺の台詞だ!」
 鈴木が怒鳴り声を上げたが、すぐに佐竹が黙らせた。物理的に、拳骨で。
「……病院では静かにしろ」
「脳挫傷で俺の方が入院しそうなんだけど……」
 さておき安静を言い渡された身でも、状況の整理や作戦の相談はする事が出来る。会議の報告も兼ねて、古くからの戦友で意見を交換する事にした。
「――先ず、俺達が『マハーカーラ』と呼称していた例の超常体だが、シヴァではないという分析結果が送られてきた」
 ヒンドゥー教における主神の一角シヴァの化身(アヴァターラ)の1つ、マハーカーラ。だが今まで、そう呼んでいた黒き壮年の男は、マハーカーラの姿を擬した別のナニカだという。
「――正体は“這い寄る混沌(ニャルラトホテプ)”だというのが最も可能性が高い話だそうだ」
 闇、無貌にして千の顔、暗黒……其れこそ名の通り様々な印象を持つ“ 這い寄る混沌ニャルラトホテプ[――])”は、マハーカーラの姿を盗んでアンダカを騙し、そして諏訪にて嘲弄の笑みを浮かべていたというのだ。噂によると同じく主神の一角である ヴィシュヌ[――]の化身が1つ、クリシュナをも模して暗躍していたという話もある。クリシュナの意はサンスクリットで「黒」を示し、姿も青黒い肌の青年として描かれる。
「……しかし騙されていたとはいえ、アンダカがアスラを招き寄せ、駐日印軍を壊滅に追い込んだという罪が許される訳ではありませんが」
「じゃあマハーカーラでないとして、今度からヤツを何と呼べばいい?」
「ヒンドゥーの隠れた伝承によると“嘆き悶えるモノ(ウェイリングライザー)”と称せられていたらしいが、呼ぶのが面倒臭いな。語義は不明だが『ナーハリ』とも呼ばれていたらしい」
 以降、青黒い壮年の男は『ナーハリ』と呼称される事になる。
「ナーハリが“這い寄る混沌”の化身とするならば、光や炎を患う点や、尋常ではない異形系能力による回復も解るような気がしてくる。対策を練るならば、其処だろう」
「……ヤツは先日の秋宮から退いた際に、間に合わないと言っていました。『夏至の日』が時間制限だと」
 山辺の報告は、佐竹達も聞き及んでいる。他の諏訪大社3宮の封印は解かれているが、早くても一ヶ月半要している。勿論、其れは維持部隊による奪還作戦への迎撃で解封の儀式へと集中出来なかったという事もあるだろう。其れでも秋宮の封印の解除状況は3割。今から儀式に集中すれば6月上旬に解く事が出来るだろうが、先ず維持部隊から再び強奪しなければならない。今から襲撃してきたナーハリが秋宮を上旬までに強奪出来たとしても、儀式に集中出来ずに夏至の日までに間に合う事は無い。
「だからナーハリは諦めたのでしょうか?」
「しかしヤツはこう言ってもいました。『3つも封印は解けているのだから、本当にクンダリーニを呼び起こせないか試してみようか』と」
 ハッタリか、それとも罠か。神州各地に顕れた“這い寄る混沌”の化身は、戦場に混乱を引き起こす事が手段であり、目的であるという。典型的な愉快犯だ。此の点において“這い寄る混沌”は、確固として『黙示録の戦い』で勝利する事を目的に掲げている他の神群とは明らかに一線を画する。
「いずれにしても諏訪湖――そして諏訪高島城址は要注意だな」
 佐竹が重い溜息を吐いた。
「生前のアンダカの姿が確認されたところだ。敵側の拠点になっているのは間違いない。ナーハリに従う、アスラや超常体が何体残っているか判らない事もあって、制圧の為にも事前調査が必要だろう」
 椅子から立ち上がると、
「もしもナーハリが儀式を強行している事が確認された場合は……」
「オヤッさん、特攻でもかけるか?」
 鈴木が茶化すが、佐竹は難しい顔を返した。
「……最悪、そういう可能性もあるな。ブラックホークで特攻なんざ正気の沙汰じゃないが。一応、航空科に支援要請をしておくがな。――結局のところ、最後に物を言うのは歩兵なのは変わらんのさね」
 視線を佐藤達に寄越す。だが佐藤は申し訳なさそうな顔をして、
「――生憎と会議上で志願した通り、鈴木と私は秋宮の防衛に就きます。ナーハリの発言を鵜呑みにすれば、秋宮は安全になったはずなのですが、防衛を放棄するにはリスクが高すぎますから」
「……だろうな。とすれば第13普通科連隊の生き残りから志願者を募るしかないか」
 春からの激戦で多くの死傷者が出ている。調査が目的とはいえ腕利きが必要となってくるが、大半は山辺のように休息が必要な者ばかりだ。
「まぁ、最悪でも儀式阻止さえ出来れば、最低限の目的は達成できたと判断出来るからな。封印の主体が4宮にあるのだから、いざとなれば爆弾投下でもしてもらうさ。異形系のヤツの死は期待出来ないのが問題だがな」
 焼夷弾を投下したとしても、直撃が確認しない限りは安心出来ないのが、異形系の怖さだ。核さえ無事ならば、細胞の一片からでも復活蘇生する半不老不死の存在とは、あながち過言ではない。
 じゃあ行ってくると別れの言葉を告げた3人に、山辺は敬礼。退室したのを見届けてから、壁に掛けているコートといった愛用の装備品を見上げた。
「――人手不足なのは何処も同じですか。調査だけならば、無理な戦闘をする予定はありませんし……」
 いざとなれば腹を括るだけだ。薄く笑うと、山辺は四肢に力を込めて、ベッドから立ち上がった。

*        *        *

 境内に奉納された約500本の桜の枝は青々しく繁り、初夏の息吹を感じさせた。春の咲き乱れる桜花も良いが、葉桜もまた趣深いモノだ。
「もう少ししたら、駐日印軍兵士と共同で、サクランボを摘むのが毎年恒例行事なのだがな」
 富士教導団副団長の 竹内・清[たけうち・きよし]一等陸佐の言葉に、感嘆の息を漏らしながら東部方面航空隊・第4対戦車ヘリコプター隊第2飛行隊第3班長の 風早・斎(かざはや・いつき)准陸尉は頷いて見せた。
 第4対戦車ヘリコプター隊の駐屯地は千葉の木更津であり、応援要請が無い限り、風早も遠出は難しい。航空機は輸送面において重宝されるが、兎角、燃料を喰らう。此の春からの戦いで、何処も彼処も燃料は枯渇し掛かっている。元より輸送能力の無い攻撃回転翼航空機AH-1Sコブラともなれば、飛べない重荷としてお蔵入りしてしまうのは仕方ない事だろう。
 さておき作戦会議を終えて、駐機させている自分の部隊に戻るところだ。竹内一佐と同じくする事になったのは偶然に過ぎないが、彼女に出逢ったのも果たしてそうだろうか?
「――媛祇様」
 まさに華のような女性だった。富士山本宮浅間大社の主祭神である浅間大神と同一視される、木花之佐久夜[このはなのさくや]が桜並木に佇んでいた。竹内一佐が深々と頭を下げ、風早も倣う。木花之佐久夜は微笑むと、
「いつも皆様からの厚き忠義にありがとうございます」
「……勿体ないお言葉。媛祇様に忠義を尽くすのは当然の事です」
 竹内の言葉に、木花之佐久夜は笑みを濃くした。そして視線を風早に向けると、
「――貴女の御蔭で状況は好転しました。本当にありがとうございます」
「いいえ……未だ敵将を討ち取っていませんから、油断出来ません。どう転ぶか蓋を開くまで結果が見えてこないのが戦場ですから」
 風早の言葉に、木花之佐久夜は頷いて見せた。
「其れでも礼を述べたいのです。落ち着いて祭儀が執り行われますから」
「――祭儀?」
 木花之佐久夜は目を閉じると、静かに語り出す。
「……殿下の申し出に応えて、光の柱を立てます」
「よっ、宜しいのですか?」
 風早だけでなく竹内一佐も驚きの表情を作った。木花之佐久夜は苦笑すると、
「殿下や、其の神群の方々には良くしてくれましたから。殿下――ヴィシュヌ殿が『黙示録の戦い』で勝利すれば、瑞穂の国(※日本の美称)もまた悪くはならないでしょう」
 駐日印度共和国軍(※駐日印軍)の実質的指導者である ラース・チャンドラ・シン[―・―・―]大尉はヴィシュヌの化身だ。ラースは『黙示録の勝利』を目的とするが、日本土着の神祇と友好関係を結び、協力していくと宣告している。ラースの言葉によれば『黙示録の戦い』とは次代――つまり“新世界の支配者を決める戦い”らしい。維持部隊、つまり日本に友好的なデーヴァ神群が勝利すれば確かに悪くはならないだろうが……。
 そんな風早達の思いとは裏腹に、其れではと微笑みながら木花之佐久夜の姿が消えた。風早が気配も完全に消えたと判断した頃に、竹内一佐が呟く。
「――確かに、殿下や駐日印軍には世話になっている。其の点は間違いなく感謝している。……だがデーヴァ神群の柱を立てる事にまで賛同し、そして協力するとなれば……本当に良いのだろうか?」

*        *        *

 先日の戦いで崩壊した下社秋宮の防衛陣だが、万が一を考えて急ピッチで復旧が行われていた。とはいえ護衛の戦力規模は縮小され、普通科部隊1個班がいいところ。魔人隊員は、佐藤達を除けばゼロ。96式装甲装輪車クーガーは1輌という、もしもナーハリが襲来したのならば鎧袖一触で壊滅してもおかしくない。
「――そうならない為の俺達なんだろうが」
 鈴木が悪態を吐きながら双眼鏡で周囲を見回す。経験上、ナーハリは夜間しか活発的に動かないようだが、アスラと称される完全侵蝕魔人が向かってこないとも限らない。とはいえ、ラーフやマダといった王の名を冠していたアスラは亡く、ナーハリに付き従う超常体も残り少ないと予測出来る。常識的に考えれば、残った戦力は拠点――諏訪高島城址に集中配置し、護りを固めるだろうが……。
「しかし相手は“這い寄る混沌”の化身ですからね。此方を困らせるだけの為に何をしてくるか判らないのが……」
 佐藤も溜息を漏らした。緊張だけが張り詰めておき、一応は夜間の襲来に対する警戒へと時間が重点的に割かれているとはいえ、昼も休める気がしない。
「其れもまたナーハリの術策なのかも知れません」
「……もしも来たとして勝てると思うか?」
 鈴木の呟きに対して、佐藤は目を細める。鈴木は佐藤に一瞬だけ視線を送てから、再び周囲への警戒を続けるが、
「――ナーハリは高位上級の魔王や群神クラスとされるが、曲がりなりにもシヴァの名を騙っていたヤツだ。最高位最上級の主神や大魔王クラスに匹敵する実力はあってもおかしくない」
 ちなみにナーハリ自身がシヴァの名を騙った事は一度も無い。閑話休題。
「他の地でも大魔王クラスとの戦いの報告が来ているが、封印されていた神祇の助けを得ての作戦が練られている。うちも其処までやらないと勝てなかったらどうする?」
「……諏訪大社の封印を私達の手で解放すべきだと?」
 佐藤が咎めるように問うと、鈴木は頭を掻いた。
「諏訪大社に施された封印は建御名方だけでなく、太古の祇も縛っているとは聞いている。というか其の太古の祇を封じるのが本来で、建御名方は其の応用みたいなものなんだろう」
 鈴木は双眼鏡から目を離し、向き直ると、
「建御名方だけ封印から解放する手段って無かったのかな? ナーハリのやってる事は太古の祇を解放して利用する事なんだろうが、其れを俺達が引き継いで、だが建御名方だけを解放するって方法が」
「――とはいえ秋宮に施された最後の封印を解くには、其れこそ賭けが過ぎますよ」
「……何か上手くやるには手順が必要なんだろうな。祭儀は当然として、封印されていた建御名方をなだめるような方法とか、仲介役とか」
 仲介役となれば巫覡(ふげき)となるか。
「他にも奥さんとか娘とか、そういったのを味方に付けて……」
「――建御名方神には妃が居るそうですよ、確か。八坂刀売神といって祀られているのは下社側だと」
 ハッとして視線を合わせる。
「……調査や準備を含めた上で、半月ぐらい祭儀に専念すれば封印は解く事が出来るだろうな」
「とはいえ危険な博打には変わりません。兎に角、今は、いつものように、ですよ。護りの準備を整えて、敵が来たら戦う。それだけの事です」
 佐藤の言葉に鈴木は口を曲げていたが、暫くしてから再び双眼鏡での周囲の見張りに務めるのだった。

*        *        *

 諏訪高島城は約400年前に豊臣秀吉の臣下、日根野織部正高吉に築城された。築城当時、諏訪湖の水が城際まで迫り壕の役割を果たしたことから難攻不落を誇り、別名を「諏訪の浮城」と呼ばれていたという。明治時代に一度天守閣以外は撤去されたらしいが、昭和45年春に再建復興している。とはいえ神州が隔離されて以来、維持や補修するものもなく、超常体との戦禍で廃れていった。
 そんな諏訪高島城址へと向かう多用途回転翼航空機MH-60Kブラックホーク。操縦桿を握る佐竹が渋面で舌打ちした。
「……安静にしていろと言われていたはずだが」
『諏訪高島城址で戦闘が発生したという報告は受けてないので問題は無いと思いますが』
 舌打ちされた対象が無感情に答えてくる。
「……今回が本格的な調査だからな。誰も遠巻きからの観測はしていてもマトモな偵察はしてなかったんだから、そりゃ戦闘は発生しない」
『確かに。まともに管理されなくなって長いですからね。何の保証もありません』
「なら何故来た?」
『――人手が足りませんから』
 そう答える山辺。佐竹は奥歯を噛み締めると、其れ以上は黙り込んだ。
 ブラックホークは諏訪青陵高の校庭跡に着陸すると、偵察に向かう調査員達を吐き出す。
「……儀式が行われているかどうかの確認を最優先にしろ。いざという時は爆撃が敢行されると思え。高度な柔軟性を保ちつつ、臨機応変に対応を行え。以上だ」
 佐竹が怒鳴り声に似た号令を掛けると、山辺達は諏訪高島城址へと向かう。調査の為の偵察員は3人。其の内、魔人は山辺も含めて2人だけ。相手は山辺と同じく強化系だ。憑魔武装は持っていない。逆に言えば、重態の身でありながらも山辺が調査の動向の許可が下りたのは憑魔武装の御蔭と言えよう。
 兎に角、散開すると直ぐに山辺はボディアーマーに寄生する操氣系憑魔に能力を行使させて、気配を掻き消した。異形系のコートが周囲の風景に合わせて色や形を擬態していく。祝祷系の光学迷彩程ではないが、相手の目を欺く確率は高い。
 さておき山辺は怪我の事もあって慎重に進めていくと、銃声が響いた。
『――歯科医院跡地前にて操氣系アスラに遭遇。発見された! 交戦を開始する』
 強化系魔人からの通信。続いて、
『此方、諏訪市役所跡にて強化系アスラを発見。敵の目を盗んで突破を試みる』
 別の隊員が息を潜める様子が目に浮かんだ。となれば山辺はどうするか? 大きく迂回すると西――長野日報本社ビル跡から潜入を試みる。
(……北側を警戒するアスラ1体を発見。此方に気付いている素振りはありませんね)
 恐らくは強化系か。武装は駐日印軍のそのまま音を立てずに、城址へと向かう。高島公園跡地の一角、諏訪護国神社から入ると、奥に進むにつれて武装や自身に寄生している憑魔が震え始めてきた。
(……間違いなくナーハリが居ますね)
 双眼鏡で崩れかかった天守閣を見遣る。果たして青黒い肌の壮年の男の気配が伺えた。昼間という事から目立ったような動きは感じられない。しかし天守閣の内側で何かやっているとしたら……
(やはり乗り込まないといけませんか)
 他の隊員はアスラの存在に足止めされているらしく、まだ辿り着く様子はない。佐竹を通じて、爆撃を行ってもらうのも良いが、いささか情報が少な過ぎた。深入りすべきかどうか。自分の身は万全とは言い難い。だが――
 暫く葛藤していたが、敢えて虎穴に身を投じる事を選んだ。憑魔核が悲鳴を上げるが、堪えて進む。
 諏訪高島城址の入り口には、障害物は置かれておらず、ナーハリの傲慢さが伺えられた。低位の超常体の群れが陽射しから逃げるように陰に固まって寝ているが、やはり夜間に活動する事が多いからだろう。息を潜めながら廃墟となった天守閣を調査する。
(諏訪大社で行われていた儀式のようなものは……)
 目を皿のようにして屋内を探索していた山辺だったが、奥に強大な気配を感じて動きを止めた。瞬間、波動が発せられて激痛が走る。幾度となる激痛に慣れたのか、山辺自身は無力化される前に持ち堪える事に成功したが、憑魔武装はそうはいかないようだった。〈消氣〉は失われ、擬態も解ける。そして冷たい笑いを浮かべながらナーハリが姿を顕した。
「外が騒がしいから、そろそろ誰か抜けてきただろうと思っていたが……またお前か」
 嬉しそうな声の調子に、山辺は内心で顔をしかめる。どうも先の戦いですっかり顔を覚えられたようだった、山辺としては嬉しくない事に。
「――さて。楽しませてもらうとしよう」
 唇の端を吊り上げて獰猛な顔を形作るナーハリに対して、山辺は恐怖に震えそうな身を叱咤すると、
「“神殺し”の称号ならば、あの世に言っても自慢出来そうです」
 不敵な笑みを浮かべて見せる事に努めたのだった。

 ……数分後、壁に叩き付けられて血反吐を漏らす。そして其のまま床に引き摺り落ちた。一方的な結果になったとはいえ数分間でも保ったのは良いだろう。だが不調である山辺の身体能力でなく、身に纏っている憑魔武装の御蔭だ。
 憑魔武装も“生きている”のだ。持ち主が如何に無謀な試みに挑み、そして死ぬ覚悟が出来たとしても、憑魔武装が其れに従う道理はない。無様であろうとも生存本能に従って悪足掻きする。山辺が生き残っているのも異形系コートや操氣系のスーツが懸命に生き長らえようとした動きのオマケでしかない。結果として山辺にとって死への苦しみが長引いたとしても。
「……が、そろそろ終わりでしょうか」
 コートもスーツも最早、満足に動こうとしない。愛用のFN P90での射撃も、元より身体能力が不調な状況で強化したところで焼け石に水。雷電系で威力を増加した火炎弾も当たらなければ無意味だ。唯一、ナーハリを怯ませる事が出来たのは閃光音響筒のみ。しかし致命傷には足りない。
「……まいったね、死ぬのが怖くないとは、やっぱり私はどこか壊れているらしい」
 山辺の唇の端が醜く歪んだ。そしてネズミをいたぶるのも飽きたのだろう。ナーハリが拳を振り上げ、
『――勝手に諦めんな、阿呆が!』
 外部への拡声器が吐き出した怒鳴り声は、ローター音を遥かに上回る轟きだった。天守閣の壁が崩落すると、ブラックホークが姿を現す。そして、
 ――憑魔覚醒。侵蝕開始。半身異化状態に移行。
 佐竹が吼えると、光がナーハリを照射し、身を灼き始めた。流石のナーハリも絶叫を上げて後ずさる。そして怒りの満ちた波動が発せられた。
『――っ!』
 佐竹の苦悶が漏れ聞こえてきた。ブラックホークが一瞬バランスを崩したが、すぐに副長が操縦を握ったのか機体を立て直す。
 其の間に、下層の超常体の群れを突破して登場した、普通科隊員が山辺を肩に負った。魔人隊員で無い為に重荷だろうが、閃光音響筒や破片手榴弾を投擲して、退路を確保。根性で超常体の群れの中を駆け抜けた。
「――もう1人は?」
「操氣系アスラと相打ち……戦死した。残るのは強化系アスラ2体だけだから、隠れてしまえば逃げ切れる可能性は高い」
 更に支援要請に応じたのか、F-15Jイーグルが到来し、佐竹達が離脱した後の諏訪高島城址へとMk-82誘導爆弾を発射。天守閣はミサイルを受けて倒壊する。
「……問題は、爆撃程度でナーハリやアスラが死んだとは思えない事だが」
 普通科隊員の言葉に、薄れ行く意識の中で山辺は頷くのだった。

*        *        *

 敵の兵站を継続的に叩く事は、前線への戦力投下を阻止するだけでなく、士気も含めて低下せしめられる。風早達――第2飛行隊第3班と、第1空挺団による工作は功を成し、ラクシャーサ神群の軍団は綻びが目立ち出した。一番大きいのは最前線から羅刹鬼の中でも中核だった五大系能力持ちが後方の警戒に回された事だ。攻守が逆転した今、維持部隊と駐日印軍の混同部隊はラクシャーサ神群の軍団を打ち破り、敵を大きく後退させていくのだった……。

 2機の攻撃回転翼航空機AH-1Sコブラの護衛に護られながら、多用途回転翼航空機UH-60JAブラックホークが低空飛行で敵地に侵入する。とはいえ、
「……そう何度も同じ手は通用しませんね。しかし手数が足りないんですから、どうしたって賭になるのは仕方が無いですわね」
 幻風系や操氣系の羅刹鬼が待ち構えている。山肌や木々にも羅刹鬼が潜んでおり、対空射撃を開始してきた。何よりも――
「メーガナーダ! 殿下との決着より後方の警戒を優先したというのですか!?」
 幻風系能力を駆使して宙を舞うと、続いて無数の雷撃の矢を放つ。其の瞬間は滞空出来ずに落下していくのだが、能力の切り替えが上手く、さながら同時に能力を駆使しているようだ。そして祝祷系能力で姿を消した。
「――負けたときに大負けにならないよう、気を付けるのが精一杯、と!」
 雷撃の矢に対して、風早は虎の子の憑魔能力を解放。半身異化し、操氣系の障壁を機体前方に張って直撃を防ぐ。そして意識を集中して〈探氣〉で メーガナーダ[――]の位置を捉えると、20mm M197三砲身ガトリング砲を撃ち放つ。直ぐに姿を現して風に乗ってメーガナーダは砲弾を避けるものの、其の瞳はコブラを敵と認識したようだった。
『――ラペリングを開始する! 准尉、悪いが敵を引き付けておいてくれ』
 ブラックホークのハッチが開かれ、ハッチから乗り出した12.7mm重機関銃M2キャリバー50や5.56mm機関銃MINIMIが、撃墜しようと群がる羅刹鬼を牽制する。また第1空挺団の魔人隊員も半身異化して、氣を操って飛行。戦友が無事に降下するまで89式5.56mm小銃BUDDYを連射続けた。
「……メーガナーダ相手の方が、羅刹鬼複数よりも大変なんですけれどもね」
 苛立ち混じりに風早は呟く。部下が操るもう1機のコブラと死角を補う形でメーガナーダの動きを封じようと攻撃し続ける。其れでも雷撃の矢が機体を時折かすめていくのに肝を冷やしそうになった。
「だけれども雷撃の矢を放った瞬間が好機!」
 操縦桿を巧みに動かして攻撃をかわしながら、矢を放つ為にメーガナーダが姿を現した一瞬を捉える。阿吽の呼吸で、射撃手がTOW対戦車ミサイルを放った。
『――其れでも避けられるというの!?』
 TOWは半自動指令照準線一致誘導方式(SACLOS)であり、ミサイルの照射する光と照準中心とのズレを修正する事で誘導する。その為、発射から着弾まで射手が照準中心に目標を捕らえ続ける必要があるのだが、メーガナーダは雷の矢を放ってから、慌てて風に乗って直撃を避けようとした。射撃手の動体視力は風早の折り紙付きだが、メーガナーダの速さは其れ以上だ。祝祷系能力で姿を消されたら回避される!
「――させません!」
 氣を集中して、障壁をメーガナーダの周辺に展開した。TOWの威力を減退させるが、先ずメーガナーダに当てなければ話にならない。動きを封じる事が先決。風早が展開した氣の障壁を、だがメーガナーダは力尽くで突破する。しかし動きが鈍ったのは間違いなくTOWが直撃――爆発した。
『――命中を確認。目標は……生きているのっ!? いや――』
 射撃手の驚愕。異形系能力は持たないメーガナーダは重傷に違いなかった。だが力を振り絞って、お返しとばかりに雷撃の矢を解き放つ。矢と言うよりも、その強大さは槍。風早は避け切れないと判断すると、射撃手に緊急脱出を命じる。そして自身は――
「此処で止めを刺さなければ悪循環に陥りますね」
 微笑むと、其のままコブラをメーガナーダにぶつけにいった。雷撃が機体を破壊するが、直ぐに爆発四散する事無くメーガナーダを押し潰す。そして残ったTOWも誘爆し、諸共に四散した。
『――隊長! 無事ですか!?』
 先に脱出させた射撃手や、僚機から安否を尋ねる通信が送られてくる。襤褸になった飛行服をまとった風早は氣を操って速度を調整しながら、地面へと落下していた。そして軟着陸。
「無事ですよ。……ありがとうございます」
 直ぐに第一空挺団の隊員達が、安全を守るべく風早の周囲を固めた。また県道76号線からは混同部隊が押し寄せてくる。ラースがラクシャーサ神群の将クンバカルナを討ち取った勢いに乗り、ついに敵拠点まで到達したのだ。羅刹鬼の掃討と“門”の確保へと混同部隊が迅速に動く。
 今すぐに“門”をどうにかする事は出来ないが、少なくとも敵超常体が潜って現れた瞬間に叩く事が可能だ。戦力も最低限度を割けば良い。
『――ラーヴァナの姿が見えない! どうやら供を数体連れて山へ逃げ込んだようだ』
 王としては悪足掻きをする。メーガナーダ亡き後、ラクシャーサ神群に勝ち目は最早無いだろうと思うが、
「……厄介ですわね」
 風早は衛生科隊員の治療を受けながら、唇を噛む。
 兎も角、ラクシャーサ神群の拠点を制圧し、戦いは一先ず終わりが見えてきたと思っていたが……。

*        *        *

 其の時……あらゆる通信機器から、電波ジャックした放送が流れてくる。凛々しい女声が響き渡る。
『――諸君』
 衛生科隊員に叱られていた山辺が顔を上げる。
『諸君』
 諏訪大社の下社秋宮にて警備の合間の食事中、ライスカレーを頬張っていた鈴木と佐藤が目を合わせた。
『諸君――』
 女の声は、三度同じ呼びかけをし、
『――私は松塚朱鷺子、旧国連維持軍・神州結界維持部隊・西部方面隊第8師団第42連隊所属、第85中隊隊長だったもの。天草を拠点として腐れきった日本国政府からの独立を唱え、宣戦布告をしたものとして覚えておられるだろう』
 機体の破損状況について部下達から報告を受けていた、風早の眉間に皺が刻まれた。
『かつて、私はこう言った。――我々は、日本国に生まれ育ち、そして超常体と呼ばれる来訪者達を身に宿したというだけで自由と生存権を奪われ、その裏に己の保身と私欲に走る愚鈍な各国政府と日本国政府との間に密約があったという事を!』
 放送主は一息吐き、そして爆弾発言を続けた。
『その証拠を今こそ示そう! その時が来たのだ。証拠とは――』
 航空科と連絡を取っていた佐竹が不機嫌そうに鼻を鳴らす。
『――私自身だ! 私という存在がその証拠である。私は……我こそは処罰の七天使が1柱“神の杖(フトリエル)”―― 最高位最上級にある超常体、熾天使(セラフ)である!』
 奥歯を噛み締める音が聞こえた。
『我は、この世界に“主”の御命による安息と至福に満ちた国を建てる為に、愚かなる者どもを打ち倒し、魑魅魍魎を祓い出すよう申しつけられ顕現した。己が自由と誇り、生命を守る為に、当然ながら我等に抗われるだろうと覚悟の上で、だ。しかし――』
 悲しみと怒りに満ちた声が周囲に渦巻く。
『――あろうことか、愚鈍な者どもは保身と私欲の為に我等に媚び諂うと、この国を売り渡したのだ』
 糾弾するフトリエルの声が天に満ちた。
『――怒れよ、戦士達。我は、同志であれ、同志で無くとも、耐え難きを耐え、忍び難きを忍んできた諸君等に惜しみない賞賛と敬意を送る。と、ともに問い掛けたい。…… 我は諸君等の敵であるとされていた。確かに我等は諸君等を殺め、命を奪ってきたものだ。だが、真なる敵は諸君等から自由と権利を奪い取り、そして何よりも誇りと生命を軽んじている者どもではないだろうか!?』
 聞く者の心に、困惑と、そして嘆きが迫ってきていた。呆然が憤然に取って代わる。
『今一度、呼びかけたい。――我は約束する! 戦いの末、“主”の栄光の下で、真なる安息と至福を諸君等に与えよう。ゆえに己が自由と誇り、生命を守る為に、この理不尽なる全てに対して抗いの声を上げよ。そして我等とともに戦い抜こうではないか!』
 ……聖約が、もたらされた――。

*        *        *

 富士山本宮浅間大社の本殿。木花之佐久夜の祈祷する姿が其処にあった。
 祈祷の文言に合わせて、境内に奉納されている桜の樹々より光が溢れ出していく。溢れ出た光は浅間大社上空で渦を巻くように寄り集まって大樹を形作ると、枝葉を広げた。だが大樹の枝葉に見えていたのも束の間、枝先が蛇のようにくねりだす。千の頭を持つ、巨大な蛇の王――アナンタ。枝葉……鎌首を上げた蛇の頭は浅間大社の天蓋となって、周囲を覆い、包み込んでいくのだった……。
「……殿下」
「ああ。いよいよデーヴァ神群の『柱』が立つ。砂漠のモノ(※註1)とは違い、余は日本の神祇と友好的な関係を結ぶ事を約束しよう」
 ラースは誓いの言葉を述べ、満足気に笑った。
「余こそはヴィシュヌの化身たるカルキ。不浄なるカリ・ユガを終わらせ、新たな世界を築くものである」

 

■選択肢
SAh−01)静岡・浅間大社にて決戦
SAp−01)静岡・浅間大社を制圧す
SAg−01)静岡・浅間大社を強奪す
SAi−01)静岡・浅間大社で儀式を
SAh−02)静岡・ラースに挑戦する
SAh−03)長野・諏訪高島城址へと
SAp−03)長野・諏訪の邪悪を滅す
SAg−03)長野・諏訪湖にて暴虐を
SAg−FA)東海地方の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 印度軍兵士の多くは英語に堪能である為、意思疎通に問題は生じない。また親日で協力的である。
 なお次回、浅間大社と諏訪高島城址及び諏訪湖では死亡確率が極めて高い。また強制侵蝕が起こる危険性も覚悟しておく事。

 なお維持部隊に不信感を抱き、天御軍に呼応する場合はSAp選択肢を。人間社会を離れて独自に行動したい場合はSAg選択肢を。其れらとは別にデーヴァ神群として生きるのであればSAiを選択する事。

 泣いても笑っても、次が『隔離戦区・呪輪神華』第12師団(一部)( 東海 = 南亜細亜 )編の最終回である。後悔無き選択を! 幸運を祈る!

※註1)砂漠のモノ……ラースから見て、ヘブライ神群=天使を含む、アラブ圏内の存在を総称したモノ。ちなみに「アラブではアスラが神・デーヴァは魔」とヒンドゥー教とは逆転しているという有力説がある。ゾロアスター教が有名なところだが、イスラム教の唯一神アッラーフも語源的にアスラの流れを汲むという少数説もある。


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