同人PBM『隔離戦区・獣心神都』初期情報 〜 北海道西部:北亜米利加


『 虚飾の園、背徳の地 』

 西暦1999年、人智を超えた異形の怪物――超常体の出現により、人類社会は滅亡を迎える事となる。
 国際連合は、世界の雛型たる日本――神州を犠牲に差し出す事で、超常体を隔離閉鎖し、戦争を管理する事で人類社会の存続を図った。
 ――それから20年。神州では未だに超常体と戦い続けている……。

 入室の許しを受けて扉を開くと、眼前には膝を付け、両手の三つ指揃えて深く礼をする少女の姿があった。
「――御指名ありがとうございます。漣です」
「……悪趣味な冗談は間に合っている。宇津保准尉」
 眉間に皺を寄せて気難しい顔をする壮健な男に、恭しく頭を垂らしていたWAC(Woman's Army Corps:女性陸上自衛官)が悪びれもせずに口元を歪ませると、特徴的な笑い声を上げた。
「キヒヒ♪ だって、ここ――すすきのは、そういう施設だもの。サービスするのは当然でしょ?」
 かつて日本三大歓楽街の1つと言われた、北海道札幌市中央区にある『すすきの』。隔離後においても、一部のWAC(ないし男性)によって、その性的サービスの提供は形を変えて継続されていた。戦闘員の慰安と同時に、戦闘を拒否する者の捌け口とされているだけでなく、性犯罪の抑止も考慮されて黙認を受けているのが実情だ。
 加えて、
「……ね、北部方面警務隊本部長殿★」
 警務隊は、神州結界維持部隊・長官直轄の部隊のひとつであり、旧日本国陸上自衛隊警務科と、日本国警察組織機関が統合された、つまりは神州結界内での警察機関である。警護・保安業務のほか、規律違反や犯罪に対する捜査権限(と、あと査問会の許可による逮捕や拘束権)を有する。
 本来、性風俗の氾濫を取り締まるべきはずの警務隊本部長―― 田中・彼方[たなか・かなた]一等陸佐が週に一度は足繁く通っているというのであれば、“お目こぼしされている”と周囲から見られていても可笑しくはない。だが、実際は――
「残念ながら、遊びに来た訳ではない。状況の報告を聞きに来ただけだ」
「……相変わらず田中の小父様ったら、お堅い事」
 口を尖らして、書類上は神州結界維持部隊北部方面隊・第11師団第11後方支援連隊補給隊に所属する 宇津保・小波[うつほ・さざなみ]准陸尉が頬を膨らませる。
「一度くらい、アタシを抱いても罰は当たらないと思うけど。指名している以上、ロリコンのレッテルは剥がれないのに。キヒヒ★」
「――何がロリコンだと? お前の実年齢は、三十路過ぎの……」
 しかし田中が最後まで口にする事は出来なかった。瞬時にして肉薄した小波が腹部に掌拳。ローティーンにも見紛う瑞々しく小柄で身軽な肢体。だが細腕ながらも急所を的確に射抜いた痛打は、頑強な男を悶絶させるに充分だった。
「――女の子に歳の話はしないものよ。キヒヒ」
「……だから“女の子”という歳じゃ――げばっ」
 駄目押しの追い討ちを受けて、奇妙な喚き声を漏らしながら田中の意識が一瞬飛んだ。

 ……スプリングが効いてよく弾むと同時に、優しく包み込んで身を深く沈ませる。心地の良い寝台に複雑な表情を浮かべたが、すぐに気を引き締めると、
「――つまり、現状、札幌市内の隊員の意識に問題は無いという事か」
 確認すると、鏡台前の椅子に腰掛けた小波は微笑んだ。少女趣味に改造されてフリルの付いた制服に、頭の髪飾りに大きく赤いリボン。童顔の容貌と相俟って、小悪魔と称されるに相応しい――異生(ばけもの)。
 小波の――否、『すすきの』の真の目的は、慰安や性犯罪の抑止だけに留まらない。人的諜報(ヒューミント)こそ、主目的(※註1)
 しかし長くて深い付き合いがある田中は、小波の目的が人的諜報の他にもある事を知っていた。
「……で、北海道神宮の方は?」
「相変わらず、手前にある亜米利加総領事館が厚くて高い障壁となって立ちはだかっているわね。伏魔殿どころじゃないのよ。万魔殿(パンデモニアム)よ」
 未だ噂や都市伝説の類だが……ある種の群れを形作る超常体が神州に対応する世界各地の神話・伝承に似通っている事から、群れを統率しているだろう主神級の存在さえ倒せば、超常体が居なくなるという夢物語がある。そのオカルト説が発展し、日本土着の神々が封じられているからという陰謀論が展開されている訳のだが、駐日外国軍は封印を監視する為に居ると睨まれていた。
「とはいえ、北海道は元来アイヌの地だ。本州や九州の、天孫系・出雲系といった神々が封印されているとは思えんのだが……」
「それでも北海道神宮に何か強大な霊威が封じられているのは間違いないのよ。でも調査、あわよくば解放しようにも……総領事館が。実働部隊が欲しいわね。隠密だけでなく、戦闘も出来るのが。いざとなればアタシ自身が動くしかないのよ。……まぁ、いいわ。酒山の小父様にも、NAiRから何人か割いてもらえないか頼んでおこう」
 小波の言葉に、田中は顔をしかめる。北部方面隊のエリート部隊――NAiR(Northern Army infantry Regiment:北方普連)の名を出すという事は、直轄している総監の 酒山・弘隆[さかやま・ひろたか]陸将に直談判する気だろうか。田中は頭を抱えた。
「――余り大事になってしまえば、私でもフォローは出来ない。口が堅くて、実力も確かな人員で、少数グループで事に当たるのが望ましい。……了解した。こちらからも心当たりを探ってみよう」
「壱壱特務が帰ってきたら助かるんだけど……函館の問題は未だ解決しないの?」
「五稜郭周囲において謎の魔人――否、先日に人型超常体と認定された集団による襲撃が相次いでいる。壱壱特務は動かせん。……東千歳でも天使と魔群の交戦が確認されており、警戒は怠れん」
 田中の溜め息に、小波は苦笑い。頬を掻くと、
「仕方ないわね。とりあえず単独で敵情視察してくるから。何かあったら宜しく。キヒヒ★」
「――どういうことだ?」
 いぶかしむ田中に、小波は意地悪い光を瞳で輝かせると、
「総領事館から御指名の招待状が届いたの。――相手には、アタシの正体バレバレみたいね」
「方面総監の頭越しにか。それはバレてるどころじゃないぞ。……で、送り主は、モードリッチ総領事か?」
「キヒヒ★ 聞いて驚け! 送り主は密かに来日していた大統領補佐官――ルーク・フェラー氏よ!」

*        *        *

 かつて陸上自衛隊において最大規模を有し、北部方面隊の中核をなしていた東千歳駐屯地。この地に本部があり、隔離前は日本唯一の機甲師団として勇名を轟かせた第7師団も、今や燃料不足や維持の問題から無用の長物として忌避される対象となっている。それでも火力の凄まじさは健在であり、数は少なくなったものの、残る機甲科や特科の隊員達は、非常に際しての訓練や整備といった研鑽を怠ってはいなかった。
 そのような東千歳駐屯地に、駐日亜米利加合衆国軍が展開するキャンプ千歳が隣接している。隔離前は進駐した米空軍の基地であったが、1975年に完全撤退。だが前年に「キャンプ千歳の共同使用等に関する日米政府間協定」が締結された為、キャンプ千歳の残存敷地は、閉鎖後も米軍への提供施設のまま温存され、遊休地化されていた。
 ……そして超常体の出現とともに再駐留。キャンプ千歳は北海道に展開している駐日米陸軍や空軍、そしてUSSOCOM(United States Special Operations COMmand:亜米利加特殊作戦軍)の基地として存在感を示している。
「……それで? 魔王級の超常体が大演習場のどこかに潜伏しているのは間違いないのですね」
 隠すかのよう伸びた前髪だが、奥には禍々しいほどの強い視線。第07特務小隊――『零漆特務』隊長、鈴元・和信[すずもと・かずのぶ]准陸尉が唇を歪ませて笑った。
 各師団・旅団には団長直属の危険集団が存在する。上官や同僚の傷害、殺しの罪人――重犯罪者を懲罰する部隊。最前線に投入される必死の部隊。零漆特務もまたその1つだった。
 陰気で粘着質な鈴元には精神的な疾患が見られ、上官や部下20名のみならず捜査に当たった警務科隊員十数名を僅か3日足らずで惨殺したという。周囲の人間にとって不幸な事は、捕縛時に鈴元の息の根を止められなかった事だろう。鈴元は厳重な監視下にあるものの、今もなお生き残って血を浴び続けている。それがヒトのものか、超常体のものかは問わないが。
 しかし鈴元が放つ凶気の視線を真っ向から受けても、米国軍人は怯む気配を見せなかった。アルバート・リヒター[―・―]大尉――米陸軍第1特殊作戦部隊分遣隊、通称『デルタ』の第2作戦中隊長である。彫の深い顔立ちに、鋭い眼光。厳粛なる趣を放つリヒターに、さすがの鈴元も一目置いているようだった。
「――先月まで拮抗していた天使と魔群の勢力図に偏りが見られ始めたのが、今月上旬。自衛隊とU.S.Armyの被害報告も重ねて検討したところ、俗に言う魔王級の超常体が潜伏している可能性は高いかと」
「魔王がこちらに……ね。大規模とはいえ、たかが演習場に何故?」
 北海道大演習場は、札幌・北広島・恵庭・千歳にまたがる地域に点在する演習場の総称である。国内2位の大規模を誇っていたとはいえ、常時戦場の隔離後では意味が乏しい。だが、ここ数年、天使(ヘブライ神群)と魔群(ヘブライ堕天使群)が大挙として押し寄せ、占有権を主張して争っていた。
 超常体と一掴みに呼んでいるが、内情は派閥や集団、群れじみたものがある。まして神州全土で確認される天使と魔群は互いに天敵同士の関係にあるようで、人間を尻目にしていがみ合っている姿も、よく目撃されていた。
「――目的は判りませんが、脅威には違いないでしょう。基地司令の指示は1つ。潜伏している魔王を炙り出し、そして撃退する事。自衛隊との協力も惜しみません。すでに第7師団長殿にも通達済みです」
 リヒターの返事に、
「……承知しました。堕天使共を狩り尽くしてみせましょう。――エィメン」
 鈴元は胸ポケットに入れていたロザリオを手にすると祈りの言葉を放つ。赤黒いものがこびりついた、十字架。リヒターは忌避するような面持ちで、ただ黙っていた。
「……大尉。命令が届いております」
 鈴元が去ってすぐにリヒターの部下が声を掛けてきた。いぶかしむリヒターに、書類を差し出す。
「札幌の総領事館から? ――と、これは!?」
 苦虫を潰して一気飲みしたような表情を浮かべる。誰が見ても明らかなほどの険悪な雰囲気をまとうと、
「フェラー国家安全保障問題担当大統領補佐官からだと! ヤツめ、何の冗談だ!!?」

*        *        *

 切り刻むような冷たい風が、身を凍らせる。雹や霰混じりの雨で視界も悪く、一層の警戒と緊張を強いらせられていた。
「幾ら何でも異常過ぎますよ。去年の今頃は、暖かくなっていたはずです」
 歳若い相棒の泣き言に、年配の陸士長は口をへの字に曲げる。煩いが、確かに、ここ最近の函館の気候は異常だった。函館は対馬海流の影響の為、北海道の都市としては冬の寒さは厳しくなく、また降雪量も少ない。この為、とても過ごしやすい気候の都市であり、日本では珍しい西岸海洋性気候に分類される事もあった。しかし2月頭に起きた事件以来、函館を中心として渡島半島で異常が続いている。
 昨年後期より、渡島半島各地に黒い石碑が打ち立てられたのが前兆だった。合計9つ、地図上で確認するとVの字を描く石碑は、周辺にモスマンやビヤーキーと識別される超常体の群れが出現し、まるで護るかのように撤去ないし破壊しようとした施設科部隊を寄せ付けず、今もなお存在する。
 そして2月。魔王/群神クラスと呼称される高位上級超常体――後に『イタクァ』と呼称――が函館に出現。北部方面総監部ならびに第11師団司令部は徹底抗戦を指示し、第11特務小隊(壱壱特務)も投入。死闘の末、撃退に成功したものの、イタクァの遺骸は確認されず。また奮戦した壱壱特務隊長の 壬生・志狼[みぶ・しろう]准陸尉も生死不明で消息を絶つという辛勝で終わった。
 以来、渡島半島は異常気象に包まれたまま、ビヤーキーやモスマンといった超常体の群れに脅かされつつ、さらには函館駐屯地および警邏中の部隊が全身黒服に身を包んだ魔人集団の襲撃を受けるという危険区域と化していた。
 隊長不在のままで再編制をしながらも壱壱特務は函館駐屯地での常時警戒待機が命じられ、噂ではNAiRの投入も考えられているらしい。
『――出ました! MIBです! 応援願います!』
「梁川の千代田小跡を警邏中の第1139班が交戦を開始! 黒服連中だ! 十分注意しろ!」
 班長の怒鳴り声に、応と威勢よく返答。89式5.56mm小銃BUDDYを構えると、降り積もった雪を踏みしめた。銃声が轟く。
 黒服――Men In Blackと称される魔人達が何を目的として、維持部隊を襲撃してくるか、詳しい事は判っていない。2月の激戦で完全侵蝕されてしまった魔人が逃げ出し、狂ったモノというのが通説だ。それにしても野戦服でなく、映像作品や漫画にでも出てくるような黒スーツ、黒いソフト帽、黒レンズのサングラス。神州でなくても「何処のトンチキだ?!」と叫びたくなるいかがわしさ。だが実力は魔人ゆえに単体でも最悪の場合には装甲車や戦車を上回る。それが常に2〜3体の連携のとれた行動をするから始末に終えない。
「――銃声が止んだ?」
「……第1139班、応答せよ! 戦況はどうなった?」
 だが無線からの返答はない。誰かが大きく唾を飲み込む音が聞こえてきた。それは自分のものだったかも知れない。震えそうになる銃身を懸命に抑えて、前傾姿勢で遮蔽物に隠れながら、交戦場所へと接近する。
 ――白い絨毯に、紅い染料をぶち撒けたような光景が眼に飛び込んできた。大地に転がる同僚達を見下ろすのは1体のMIB。手にするのは黒い刃の日本刀。MIBの顔が上がり、こちらを視認される前に班長は射撃を命じた。1分間に最大850発という速度で放たれた5.56mmNATOの一斉射撃は、だがMIBにはかすりもしなかった。幾重にも張られた弾幕を擦り抜けて、ただ無造作に日本刀を振るう。僅か十分も待たずに全員が斬り倒されていた……。
 数分後に駆けつけた別班の救助活動により一命をとりとめた歳若い陸士が青褪めた表情で証言する。
「……顔はサングラスで隠れて姿格好も違ったけど、アレは――壱壱特務の壬生准尉でした」

*        *        *

 ……某所。
「――猊下の遊び心にも困ったものだ。よりによって反目し、敵対する陣営の代表3名を招き寄せるとは」
「どうする? ペイモン。東千歳に派遣しているエリゴールとバルバトス等を呼び戻すか?」
「……問題は無い。ヴィネ達に警備を任せている。客人の歓待はアムドゥスキアスの仕事だ。そして仮に私に何かあった場合は……バシン、君が引き継げ」
「――承知した」

 

■選択肢
NA−01)亜米利加総領事館にて陰謀
NA−02)北海道神宮に潜入を試みる
NA−03)大演習場で魔王を見敵必殺
NA−04)大演習場で天使どもを殲滅
NA−05)キャンプ千歳を探ってみる
NA−06)函館で黒服集団を追撃交戦
NA−FA)北海道西部の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該初期情報で書かれている情報は、直接目撃したり、あるいは噂等で聞き及んだりしたものとして、アクション上での取り扱いに制限は設けないものとする。
 ただし一部の関係者に接触するのは、容易では無い事にも注意。なお総領事館へと正式に招待されたのは3名のみ。連れや供、警護と称して一緒に行動する事は認められないので考慮する事。
 また大演習場や函館では、強制的に憑魔の侵蝕率が上昇する事もあり、さらに死亡率も高いので注意されたし。

※註1現実世界の陸上自衛隊における防諜機関は、調査隊→情報保全隊(2003年発足)→陸上自衛隊情報科(2010年創設予定)。
 神州世界では、調査隊の名称のままに情報科の任務に就いている。宇津保小波の所属と職種「補給隊(需品科)」は公式に偽造されたものと思われる。
 なお「情報保全業務」とは「秘密保全、隊員保全、組織・行動等の保全及び施設・装備品等の保全並びにこれらに関連する業務」と定義されている。


隔離戦区・獣心神都 初期情報 「虚飾の園、背徳の地」

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