同人PBM『隔離戦区・獣心神都』初期情報 〜 北海道東部:南亜米利加


『 四の世界の終わりの、始まり 』

 西暦1999年、人智を超えた異形の怪物――超常体の出現により、人類社会は滅亡を迎える事となる。
 国際連合は、世界の雛型たる日本――神州を犠牲に差し出す事で、超常体を隔離閉鎖し、戦争を管理する事で人類社会の存続を図った。
 ――それから20年。神州では未だに超常体と戦い続けている……。

 暖流の黒潮(日本海流)と寒流である親潮(千島海流)とが沖合でぶつかり、濃霧を発生させる。晴れた日には強い風が吹き荒れる。明治の開拓による自然公害で一時期は砂漠化したが、1953年以降の治山事業のおかげで隔離前には荒廃地面積のほぼ9割に当たる170ヘクタールの木本緑化がされていた。それでも、
「えり〜もの〜春は〜ぁ、何も、ない、春ですぅ〜」
 警衛に立っていた迷彩服姿の隊員が欠伸交じりに鼻歌を鳴らした。1974年のレコード大賞・歌謡大賞を受賞し、同年の紅白歌合戦の大トリを飾った名曲だが、隔離後の今でも歌詞のサビ部分は不幸な事に継続している。
「――しかし、本当に何もないな。超常体の襲撃もなし。露西亜からの侵略もなし」
「……不謹慎極まりませんか?」
 同僚のぼやきに、咎めの声。だが、ぼやく声ももっともだ。襟裳分屯地には北部航空警戒管制団隷下の第36警戒隊が配置されている。だが超常体の出現以降、警戒すべき対象は領空外から侵犯してくる脅威ではなくなった。それでも飛行型超常体の警戒があるとはいえ、普通科部隊の休止所という役割の方が大きい。
 第36警戒隊も通信科に改編されて、航空自衛隊時代から勤務している古強者から不満を持たれていた。せめて航空科へと……。
 神州結界維持部隊発足において、航空自衛隊の航空団や海上自衛隊の航空集団は、維持部隊航空科(※陸上自衛隊航空科が前身にして根幹)に再編制されている。こちらも陸自に吸収された形になる為、元海自航空集団操縦士や、元空自操縦士の中には、陸自上がりの操縦士に対して敵愾心を持つ者も少なくない。維持部隊の階級呼称が基本的に陸自のものを準拠しているのに反発して、海佐や海士、空尉や空曹を名乗り続けている者もいた。維持部隊は暴論的なまでの実力主義な為に、作戦遂行や余りにも組織維持に当たって問題が無いのであれば、咎められる事は少ないのだが。
「函館の方は大変らしいですけれどもね。あと、千歳の演習場で天使と魔群が合い争っているとか……」
「情報処理がメインのワシ等にどうしろと? BUDDYは扱えるが、こんな地にまで支援要請がくるものか」
 自嘲めいて吐き捨てる隊員。だが――平穏な時間は今日を以って終了した。
「――ッ! 大きいぞ。伏せろ!」
 突然の揺れと、地鳴り。立っていられないほどの震えに隊員達はひざまずく。隔離以来、廃屋となっている建物は、亀裂の入った途端に倒壊した。大きな揺れは収まったものの微震が続く。地面は液状化していた。
「――十勝沖か?」
 北海道十勝沖から露西亜カムチャツカ半島沖にかけて存在している千島海溝。太平洋プレートが北アメリカプレートの下に年間数pの速度で沈み込んでいる。この為、両プレートの境界で歪みが発生し、その歪みの開放により発生する逆断層型地震……それが十勝沖地震だ。過去に数回も発生しており、主なところで1958、1968、2003年のものがある。
「……被害状況を調べろ。ここ十数年、確認されてもいなかったのに、どうなっているんだ?」
「――警戒! 女の人が、あそこに!?」
 89式5.56mm小銃BUDDYを構えた。女子供の姿形をしていても超常体が擬態している可能性もある。銃口の先、濃霧が今直渦巻く中を悠然と女性が姿を現した。微動が続いている大地を歩んでいても、足取りはしっかりとしたもの。
「わたくしの名は――チャウチウィトリクエ。『ナウイ・アトル(4の水)』を支配し、そして終焉を受け入れるモノ」
 深緑色をした半透明の硬玉で身を飾っている チャウチウィトリクエ[――]が手にしていた拍子木を打ち鳴らす。と、憑魔に寄生されている隊員が声にならない叫びを上げて、のた打ち回った。泡立つように無数の肉腫が膨れ上がり、内側から肉を引き裂いていく。引き裂かれた肉から血が吹き出し――裂けた肉の間を異常な速度で根を張り出した神経組織のようなものが埋め尽くしていく。
 高位上級の超常体が使うという、憑魔強制侵蝕現象。
 さらに地鳴りとともに濃霧の向こう側――海から巨大な何かが押し寄せてきた。
「――ま、さか!」
「津波だ! でかいぞ!」
「た、たいひぃぃぃ」
 ……この映像と音声を最後に、襟裳分屯地は沈黙した。生存の可能性――0%

*        *        *

 襟裳分屯地壊滅の報を受けて、第5師団司令部のある帯広駐屯地では騒然となった。余震が続く中、第4普通科連隊に出動命令が発せられる。
「釧路では津波の被害はないそうです」
「――釧路の第27より戦力を割くように伝えろ」
「――師団長。鹿追より緊急報告です」
「今度は何だ!」
 菅家・輝生[すがや・てるお]陸将は思わず怒鳴りつけた。だが副師団長は無表情に、
「十勝岳にて噴火活動が確認されました」
「……十勝沖の影響か?」
「解りません。ただ、配属していた操氣系魔人の言葉によると、大規模な憑魔強制侵蝕現象に似た波動を感知したとの事。その隊員は直後、自決しました」
 菅谷は瞑目して、暫く無言。構わずに副師団長は淡々と報告を続ける。
「水蒸気爆発と、伴う崩落と泥流、火山弾により周辺の被害は甚大との事です」
「……場所が場所だけに、大部隊を派遣すれば二次遭難で一気に壊滅しかねん。志願者を募れ。それと、零伍特務に出動命令を」
 各師団・旅団には団長直属の危険集団が存在する。上官や同僚の傷害、殺しの罪人――重犯罪者を懲罰する部隊。最前線に投入される必死の部隊。通称、零伍特務――第05特務小隊もまたその1つだった。
「駄目元で、北部方面総監にNiRAの派遣も伺ってみるが……当てに出来んな。旭川の沼部陸将にも第2師団から回せないか、打診してみよう」
「苦労、お察しします」
 嫌味か、それは? 菅谷は苦笑した。
「何、要請するだけならばタダだ。この非常時に貸し借りなんて腹黒い事は考えていないだろう」

 ……焔を上げる噴火口。熱気をものともせずに、影が2つ。
「――これで『ナウイ・キアウィトル(4の雨)』が終焉を迎えた」

*        *        *

 だが第2師団長の 沼部・俊弘[ぬまべ・としひろ]陸将もまた苦慮に立たされていたのだった。
 大雪山系の最高峰である旭岳へと向かう、羽毛ある蛇の形をした超常体が上空を泳いでいるのを確認。「『ナウイ・エエカトル(4の風)』の終焉」という強力な思念波が感知された直後に、大寒波を伴う猛風が荒れ狂い始めるという事態が発生した。
 沼辺は、己に直属する第02特務小隊(零弐特務)を先遣させるとともに、名寄の第3、遠軽の第25普通科連隊の出動を命じる。
「……という事で、現在、第2師団司令部のある旭川駐屯地を安全は、第9普通科連隊の肩に掛かっている訳だ。大いに励めよ、諸君。特にコロポックル」
 神州結界維持部隊北部方面隊・第2師団第9普通科連隊・第204中隊第3小隊・第248班長の言葉に、小山内・幸恵[おさない・ゆきえ]二等陸士が身震いする事で応えた。幼い容貌と小柄な体格から、コロポックルと渾名を付けられている。
 1995年に整理削減の為に廃止となった第9普通科連隊だが、超常体の出現と神州結界維持構想に伴う、実質的な国民皆兵時代という背景を受けて、隔離後に再編された。新設という形にならなかったのは、旧第9のメンバー(※第26普通科連隊第4中隊に引き受けられていた時期がある)が優秀かつ非常に部隊の戦技能力に長けていた事も遠因となるだろう。
「しっかし、解らんなぁ。司令部の防衛が必要とはいえ1個連隊丸々温存するというのは……任務も、神居古潭への警戒レベルを引き上げろというし」
「神居古潭にはニッネカムイの伝承がありますから」
 幸恵が口を挟むと、第248班長は不思議そうな顔をする。
「ニッネ……カムイ?」
「ニッネは『悪』。カムイは『神』。つまり悪神や魔神……魔王みたいなものです」
「おいおい。沼辺師団長は……オカルト説信奉者なのかよ」
 呆れた口調で呟くのも無理はない。未だ噂や都市伝説の類だが……ある種の群れを形作る超常体が神州に対応する世界各地の神話・伝承に似通っている事から、群れを統率しているだろう主神級の存在さえ倒せば、超常体が居なくなるという。希望とする反面、夢物語として切って捨てる者も少なからずいる。
「――カムイコタンって聞いたら、ガキの頃に読んだ漫画しか思い出せないな。こう、妖怪退治の槍を手にした少年がババーンと髪が伸びるヤツ」
 軽口を叩いていた第248班長だったが、鼻をひきつらせると幸恵達に警戒を促した。第六感ともいうべきか。危険を嗅ぎ分けるのに長けている。BUDDYを構えた。同時、獣咆が轟いた。渓流に点在する奇岩の1つに大型肉食獣の影。身体は黒色だが、よくよく見ると背面には黒地に囲まれたオレンジ色の斑紋(梅花紋)が入っていた。
 驚愕が一同に走る。第248班長は躊躇わずに発砲。我に帰った幸恵達も続く。
「――ヒグマ……じゃないですよね?!」
「莫迦か! どうみても猫科の大型肉食獣だろう。しかし、ここは北海道だぞ! 何で、中南米に分布するジャガーが生息していやがる! しかも黒変種」
「くっ、詳しいですね!」
「こんな御時世でなかったら、動物のお医者さん志望だったんだよ。……ああ、北海道大学獣医学部に行きたかったなぁ」
 よどみなく弾倉を交換しながら呟く第248班長。妖怪伝奇活劇といい、かなりの漫画好きが伺えられるが、今はそれどころではない。5.56mmNATOの軌跡を未来予測しているかのように俊敏な動きを見せ、直撃を避けるジャガー。魔人の副長が警告を発した。
「――間違いない。超常体です。憑魔が異様なほどに活性化を……」
 言葉を最後まで紡ぐ事が出来ずに、魔人の隊員が崩れ落ちた。再びの獣咆。
【――こうして『ナウイ・オセロトル(4のジャガー)』の終焉を迎えよ】
 声ならぬ思念と共に、今度は強力な波動も発せられていた。
「――総員、逃げるぞ!」
「でも副長が!」
 もはや狙いを付けず乱射するにも似た弾幕を張りながら、後退を開始する。副長だった存在は、銃弾を浴びながらも立ち上がる。半身半獣の超常体として。
 ……辛くも撤退に成功した第248班からの報告を受けて、第9普通科連隊は神居古潭を中心とする区画を封鎖。留萌の第26普通科連隊ばかりか、第11師団隷下、滝川の第10普通科連隊にすらも応援を要請する厳重態勢を布いたのだった。

*        *        *

 北海道根室支庁にある別海駐屯地は、名実共に僻地とされる。何故ならば、隔離前において内陸部隊にも関わらず、唯一僻地手当が支給されていたからだ。
 国道391号線を北上する96式装輪装甲車クーガーが1台。パーソナルワークは、かつての名残で「鼻輪の付いた黒い雄牛」――釧路より別海に移駐している第27普通科連隊第503中隊(※旧・第27普通科連隊第3中隊)のものである。
「……霧が出てきましたね。視界が悪化していきます」
 操縦手の言葉に、班長は顔をしかめた。
「急に冷え込んできたな。車長、大休止予定の川湯温泉までは?」
「先ほど美和留小跡の前を通過しましたから……この速度だと、もうすぐですか」
「だそうだ。くれぐれも事故を起こすなよ。多少、遅れても構わないから慎重にな。満身創痍で湯に浸かると、傷口に沁みて堪らん」
 川湯温泉の湯は酸性度が高い為、眼や傷に沁みる。また貴金属が腐食するので腕時計を外す等の注意が必要だ。
 ひとしきり笑いが起こった後、
「……しかし、いいんですかね? 釧路の連隊2個中隊には襟裳への作戦命令が下ったそうですが」
「だからといって道東の警戒を手薄にする訳にはいかないだろう。チョンチョンやチュパカブラといった超常体の数が、いつ、許容範囲を超えるか判らないし」
 チョンチョンは成人男性の頭部ほどの大きさをした球状の存在。生えた皮翼で空を飛び、管状の口で吸血行為を働く低位下級の超常体だ。またチュパカブラは楕円形の頭部と紅い巨大な眼球が特徴的な、一見では二足歩行する爬虫類じみた低位中級の超常体である。いずれも個々の力は弱くとも、群れともなれば脅威となる存在。油断は禁物だ。
「こうして霧に隠れて、すぐ隣に我が物顔で跳梁跋扈していないとも限ら――」
 疼痛にも似た刺激に、班長が呻いた。車内に緊張が走る。
 ――活性化。憑魔が別の超常体の存在を感知した時に示す様々な反応の総称。この状態になると、小型の超常体と化してしまい、身体能力が激しく強化される。ただし相手が小型の超常体の場合は、活性化が起きない場合の方が多い。同様に、戦友の憑魔に反応して活性化するような事はなく、ある程度の大きさがある相手でないと近くに潜んでいても判らない。……はずだ。
 軽い振動がクーガーを襲う。上部ハッチを開けて、周囲を警戒していた車長が声にならない悲鳴を上げた。慌てて口をふさぎ、ハッチを閉めて潜り込む。
「……霧の向こうに巨大な影が! 目視推測で、全高が20m近くありました」
「まっ、まさか、嘘だろう? ……あー、アレじゃないか? 登山中に、霧に映った影が巨人に見えるとかいう……ドッペルゲンガー?」
 それは違う。だが誰もツッコミを入れられない。
「……屈斜路湖にはクッシー、そして摩周湖には鯨ほどもあるアメマスの存在が、伝承にありますよ?」
 何故に、疑問形か。
「四国ではレヴィアタンが接近中というが、まさか、北海道に瞬間移動したとか言わないだろうな!?」
「と、とにかく。報告に戻りましょう。中隊長や、駐屯地司令の指示を仰ぐという事で!」
 意見に全員賛同。霧の中を、無我夢中で逃げ出したのだった。

 ……報告を受けて、最初は半信半疑だった第503中隊長だが、多数の目撃報告と、それを証明する痕跡に重い腰を上げる。別海駐屯地司令(第5偵察隊長兼任)は屈斜路湖北側に在る美幌駐屯地の第6普通科連隊長に共同調査と撃退を要請するのだった。

 

■選択肢
SA−01)襟裳岬の高位超常体撃破
SA−02)帯広駐屯地で支援活動を
SA−03)十勝岳の噴火活動を究明
SA−04)旭岳の羽毛ある蛇に接触
SA−05)神居古潭の封鎖区画潜入
SA−06)旭川駐屯地で厳重警戒を
SA−07)屈斜路湖/摩周湖を調査
SA−FA)北海道東部の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該初期情報で書かれている情報は、直接目撃したり、あるいは噂等で聞き及んだりしたものとして、アクション上での取り扱いに制限は設けないものとする。
 なお十勝平野では余震が続いているので部隊展開への支障を考慮する事。
 また襟裳岬、十勝岳、旭岳、神居古潭では、強制的に憑魔の侵蝕率が上昇する事もあり、さらに死亡率も高いので注意されたし。


隔離戦区・獣心神都 初期情報 「四の世界の終わりの、始まり」

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