西暦1999年、人智を超えた異形の怪物――超常体の出現により、人類社会は滅亡を迎える事となる。
国際連合は、世界の雛型たる日本――神州を犠牲に差し出す事で、超常体を隔離閉鎖し、戦争を管理する事で人類社会の存続を図った。
――それから20年。神州では未だに超常体と戦い続けている……。
伊勢神宮は三重県伊勢市にある神社であり、正式名称は地名の付かない「神宮」だ。天照坐皇大御神[あまてらしますすめおおみかみ]を祀る皇大神宮と、衣食住の守り神である豊受大御神を祀る豊受大神宮の二つの正宮が存在する。一般に皇大神宮を内宮、豊受大神宮を外宮と呼ぶが、広義には別宮、摂社、末社、所管社を含めた、合計125の社宮を「神宮」と総称する。
世界各地に出現していた超常体の対応に困り果てた国際連合が、神州対応論に基づき隔離政策を推し進める前に、当時の陸上自衛隊中部方面隊・第10師団第33普通科連隊が災害派遣として出動。そして隔離政策後も神宮を中心とした地域では超常体の出現が極めて少なく、駐日外国軍が介入を許さなかった。
現在も尚、久居より出向してきた第33普通科連隊の2個中隊は、内宮の北側に位置する五十鈴公園に設営された分屯地にて超常体への警戒を怠らない。神宮へと出入りするのは陸上自衛隊を前身とする神州結界維持部隊の輸送トラックぐらいなものだ。
「……食糧に関しては自給自足が確立出来ているけど、其の他の物資はそうもいかないからね」
輸送科隊員より渡された書類に物資受領の署名をしながら、需品科のWAC(Women's Army Corps:女性陸上自衛官)が溜息を漏らす。
「銃弾や医薬品は流石になぁ……」
輸送科隊員も苦笑し返した。そして88式鉄帽を被り直しながら、
「しかし内宮は男子禁制という噂は本当だったんだなぁ」
物資を降ろす作業員や警衛といった周りを見渡しながらの感想に、需品科隊員はやや白い目で、
「あら? 女性の割合が多いのは確かだけれども、男性もいるわよ」
「そうなんだ。ハーレムって奴か、羨ましい」
口笛を吹く輸送科隊員に対して、需品科のWACは呆れて見せる。が、不意に顔を横切る影に空を見上げた。
「――烏?」
内宮へと消えて行く烏の影に怪訝な表情を浮かべる。
「……烏は伊勢の神使だったかな?」
「烏は熊野じゃなかったかしら? 伊勢は鶏よ」
需品科隊員の言葉に、輸送科隊員は感嘆の声を漏らすのだった。
内宮に務めるWAC達の朝は早い。警衛の当番を除き、遅くとも4時には起床する。
そんな中でも春眠を暁を覚えずとばかりに惰眠を貪ろうとするWACが1人。化野・東雲[あだしの・しののめ]陸曹長は起床喇叭の音を枕で塞ぐと、毛布の奥へと深く潜り込もうしていた。が、
「――化野陸曹長。宮様がお呼びです」
扉の向こうからの声に、一気に目が覚めた。跳び起きると、慌てて身支度を整える。整髪料を使っても収まらない癖っ毛は猫耳のようで、幼い容貌や小柄な肢体から見て、とても18歳とは思えない。
斎館に駆け付けて警衛に来訪を告げると、奥へと通された。
「――内親王殿下。お呼びと聞き、馳せ参じたニャン」
東雲の言葉に、御簾の向こうの女性が鈴の鳴るような声で笑った。護衛するWACは戦闘服ではなく、白衣と緋袴といった巫女装束に近いモノであり、彼女自身もまた神職と思わしき恰好をしていると伺わせられる。
「――『黙示録の戦い』が始まります。正確には前哨戦のようなものですが。但し近日中にも各地で超常体が活性化し、此れまでにない大規模かつ組織的な襲撃を行うのは間違いないでしょう」
彼女の言葉に、東雲は咽喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
「……中隊長には、もう御指示を出したニャン?」
「いいえ。東雲さんから伝えてくれるのでしょう?」
確かにそれはそうだ。東雲は彼女の近侍であり、命令を直接受けて各地に散らばっている中隊員に伝えるのも役割だ。尤も所在が明らかでないモノも多数いる為、電波妖精を自称する セスナ[――]の協力が不可欠だが。
「駐日外国軍に隠れ潜んでいた外津神もまた動き出すのかニャン?」
「当然。其れだけでなく主権を奪おうと対立する陣営もまた動き出しているようです。つい先程も、ヘブライの堕天使が神宮へと侵入してきたようですし」
他人事のように告げる彼女に対して、東雲は猫耳――もとい髪を逆立てた。
「――ニャンと!? 其れは一大事だニャン。で、其の輩は何処に? 被害状況は? 目的は?」
だが彼女は慌てるような様子を見せずに、さあ?と返してくる。
「其れを調べ、敵を捕らえ――場合によっては仕留めるのもまた東雲の役目でしょう? 侵入は感じ取りましたが、詳しい姿や能力、居場所まで判りませんもの。……但し目的は大体想像が付きます」
東雲も首肯した。そして指折って数える。
「内親王殿下の身柄を捕らえることが1つ」
「更に――天御中主様に至る御坐を探し出し、強奪を企んでいるでしょうね?」
彼女の言葉に、東雲は決意を秘めた視線を送ると、
「内親王殿下の心煩いを晴らすのが、東雲達の役割だニャン。確と承ったニャン」
しかし……と肩をすくめて見せた。
「内親王殿下の御力により神宮に低位の超常体は寄せ付けないのだから……弱まったとはいえ此処で動ける程のモノとなると……」
高位中級――神獣より上のクラスの超常体。恐らくは高位上級の群神や魔王クラスが侵入してきたと考えられた。
「其れと……」
「まだあるのかニャン!?」
「ええ。外津神の脅威は超常体だけではありません。手駒として人間を使ってくる事も考えられます。注意なさいませ」
駐日外国軍の中に、高位上級の超常体が暗躍しているというのは、神宮に仕える者の間では暗黙の常識だった。だからこそ神宮へと介入を許さない状況を維持してきたのだから。しかし、其の緊張も破られるだろう。既に何等かの手を打ってきていると考えて間違いはない。
面倒だニャンと独りごちてから、東雲は敬礼をして斎館を退出する。そして周りの者に一層の警戒を促すのだった。
和歌山――熊野本宮神社。熊野速玉大社と熊野那智大社と合わせて、約三千社ある熊野神社の総本社である熊野三山を構成する。神使は烏であり、記紀の八咫烏(或いは同一視される金鵄)が有名だが、主祭神は 家津美御子[けつみみこ]だ。本地垂迹説によれば阿弥陀如来とされるが、実際の素性は不詳である。建速須佐之男命というのが一般的だが、伊邪那美や菊理媛とも関係するという。だが八咫烏を神使とする事から太陽神とも、元の社地が中洲にあった事から水神という説もあって謎のままだ(※註1)。
さておき伊勢神宮と違い、熊野本宮神社を管轄下に置いているのは駐日沙地亜剌比亜王国軍だ。超常体の危険性を理由に特別戦区として駐屯し、許可無き者――特に維持部隊の立入を禁じている。沙地亜剌比亜王国は中東では数少ない亜米利加合衆国の同盟国であり、国内に米軍基地が幾つも存在している。だが装備は潤沢なオイルダラーを以て、米国だけでなく世界中から様々な装備を採用していた。いずれは純国産装備の生産体制が整わせる計画があったものの、超常体の出現がした事により停止もしくは遅れが見られている。
兎に角、政治的には親米的である。だが宗教的に二大聖地であるメッカとマディーナがあり、イスラム教国の盟主的な立場もある為か、反米感情を持つ国民もまた少なくない。其れ故に本国や故郷を追われた過激派の一部が、隠れ蓑として駐日沙地亜剌比亜王国軍を利用して、また軍上層部から黙認されているのが現状だった(※註2)。
「――ヨコスカの駐日米軍を監視していた同胞からの報告によると、第七艦隊の旗艦ブルー・リッジの深夜未明に出航した模様。また未確認情報だがイセを武力制圧する作戦『クルセイダー』が発動した。既に米軍特殊部隊が潜入している事だろう」
指導者の言葉にムスリム過激派による武装集団がざわめく。兵装は駐日沙地亜剌比亜王国軍の正規のモノだったが、其の実は阿剌伯諸国連盟直轄の生え抜きの特殊部隊だ。目的は異教徒の監視、そして……
「異教徒共の目的は『神の門』の奪取と思われる。だがイセはアッラーフにより約束されたイスラームの地。異教徒より我等の手で取り戻すのだ!」
指導者の声に賛同の声が続いた。そんな喧騒から離れたところで2人の青年が目配せする。人知れず場を離れると、
「――情報を流したのは、やはり〈這い寄る混沌(ニャルラトホテプ)〉か?」
「もう少し早く見つけ出して始末出来ていれば此処までの騒ぎにならなかっただろうに」
アズハル・アービド・アースィム[―・―・―]が嘆くが、
「ヤウムン・ラナー・ワ・ヤウマン・アライナー(意訳:楽あれば苦ありだ。勝負は時の運)」
阿剌伯のことわざを口にして、イーハーブ・イフラース・イルファーン[―・―・―]が慰める。
「しかし始まった以上は突き進まなければならない。『主』の御為にも」
「そうだな。駐日米軍の大多数には“墜ちしモノ”の息が掛かっている。彼奴等の手に落ちる前に、出し抜かなくてはいけないだろう」
堰を切って溢れ出てくる超常体の群れ。コボルトやインプ、リザドマンといった低位だけでなく、ビーストデモンが数体確認された。其の戦闘力は1個体だけで維持部隊普通科数個班もしくは数個小隊に匹敵する、有翼類大型蒼鬼獣魔。一撃は車輌を易々と破壊し、皮膚は甲殻の如し。
3月も末。愛知の守山駐屯地は超常体によって蹂躙されていた。ビーストデモンやドラゴンによる強襲。そして雪崩れ込んできた低位超常体の群れ。低位超常体の眼は血走っており、銃撃や砲弾を浴びせても怯む事無く突き進んでくる。そして――
「……気絶していた魔人の回復は治ったか?」
「1名が完全侵蝕――やむなく射殺しました」
口惜しそうに第10師団司令部付の隊長が報告する。憑魔強制侵蝕現象――高位上級の群神/魔王クラスが発するという波動によって人間を辞めさせられたモノは、次の瞬間に脅威の敵になる。同じ釜の飯を食べた仲間とはいえ生き残る為に仕方ないのだ。
「……脱出の進捗状況は?」
守山駐屯地司令を兼務する第10師団副師団長の質問に、
「9割方脱出を終えております。もう残っているのは師団長の皆様だけです。脱出を!」
其の言葉に第10師団長が首肯した。護衛が89式5.56mm小銃BUDDYで超常体を薙ぎ払いながら先導する。高機動車『疾風』に乗り込み、追いすがろうとする超常体へとありったけの銃弾を叩き込んでやった。
「――豊川駐屯地に司令部を移し、第35普通科連隊を再編制する。そして第49普通科連隊と共に守山を奪回しよう。とはいえ敵には魔王クラスが存在している。激戦となるぞ」
第10師団長の言葉に、一同が力強く敬礼した。
超常体によって埋め尽くされた守山駐屯地を眺める、3体の影。ショートカットの気の強そうな女性が口を開く。
「状況の見極めが素晴らしいわね。さすが20年間も戦い抜いてきた強者といったところかしら? ねぇ、アナタはどう思う、マルバス?」
マルバス[――]と呼ばれた壮年の髪型と髭は、雄獅子のたてがみを思わせるものだった。ショートカットの女性――サブナック[――]へ振り返ると、
「逃げる時を見極めて、力を蓄える。御蔭で予定の5割も損害を与えてやれんかった。誠に敵ながら天晴と言わざるを得まい。手強いのぅ」
「とはいえ……何処まで保つかねぇ?」
口を挟むのは濡れ羽色の長髪をした青年。不満そうに周囲を見渡すと、
「王の顕現までの時間稼ぎ……捨て駒扱いにされるってのはタマんねぇな」
「――マルファス、厭なら降りても良いのよ? マルバスと名前が似ていて紛らわしいし」
サブナックのからかいに、マルファス[――]と呼ばれた濡れ羽色の長髪青年は唾棄して応えた。サブナックとマルファスの遣り取りを黙って見ていたマルバスだったが、
「兎に角、王の顕現まで保ち堪えれば良い。相手が我等を相手にしないのであれば、其れは其れで次の段階に移るだけだ。――戦略目標を忘れるな」
■選択肢
EA−01)伊勢神宮で防衛・警戒
EA−02)伊勢神宮に侵入・調査
EA−03)名古屋・守山の奪回戦
EA−FA)中部地方東側の何処かで何か
■作戦上の注意
当該初期情報で書かれている情報は、直接目撃したり、あるいは噂等で聞き及んだりしたものとして、アクション上での取り扱いに制限は設けないものとする。
但し神宮内の行動は著しく制限が掛けられており、キャラクターの設定だけで出入りを働こうとした場合、「最善で失敗・最悪は死亡」もありえるので注意されたし。基本的に其の様な設定は自称どころか偽称として判定材料にする。
また全体的に死亡率が高く、下手な行動は「即死」と思って欲しい。
駐日外国軍兵士として神宮を攻略する側のアクションを掛ける事も出来るが、難度が極端に高くなるのでお勧めはしない。
対して神宮死守側の維持部隊には明確な勝利条件が無い事に留意せよ。
そして名古屋では強制侵蝕が発生する可能性が高い為、注意する事。
※註1)太陽神とも水神とも …… 天照もまた太陽神であるというのが一般的だが、海照として元は海神だったという説も存在する。
※註2)駐日外国軍の部隊員 …… 多くは流刑同然に送られてきた凶悪犯であり、次いで憑魔に寄生された者達である。志願兵は少なく、従って正規ルートで故郷の地を再び踏める者は極めて少ない。