同人PBM『隔離戦区・禁神忌霊』第1回 〜 愛知・三重:東亜剌比亜


EA1『 侵し難き地、天の門 』

 愛知の豊川は、第10特科連隊をはじめとする神州結界維持部隊中部方面隊第10師団の駐屯地の1つである。なお結界維持部隊の全身にして中核となった陸上自衛隊の時代から、三河警備隊区の超常体警戒を担当しているので第10特科連隊長は別名「三河守」と呼ばれていた。
「そういう訳で、暫く世話になるぞ、三河守」
 第10師団長の言葉に、豊川駐屯地司令を兼ねる第10特科連隊長が苦笑する。
 第10師団司令部のあった愛知・名古屋の守山駐屯地は、3月末に超常体の強襲を受けて制圧された。此れは守山駐屯地に限らず、神州各地において超常体の攻撃性が高まり、しかも組織化して活動している事から、結界維持部隊上層部では何等かの始まりの一環と目されている。
 守山駐屯地への襲撃に、第10師団長は早々の放棄を英断。豊川への撤退を決め、人的被害を最小限に抑えた。第35普通科連隊の大多数は豊川で再編制を終えると、第49普通科連隊や第10特科連隊等と共に、守山駐屯地の奪還に向けられていた。
「とはいえ弾薬、衣料品や食料の多くを守山に残したままだからな。豊川の備蓄だけでは心許無い」
「……食い潰されては堪りませんよ。――冗談は抜きとして、敵超常体に残してきた銃器を扱える程の知性あるモノが?」
 守山駐屯地を襲撃してきたのは、コボルトやインプ、リザドマンといった低位超常体の群れ。刃物の類ならば扱えるだろうが、銃器はどうだろう?
「しかし戦国時代は百姓上がりの兵に火縄銃を持たせる事で勝算を上げたんだからな。目標に銃口を向けて引き鉄を絞るだけならば、コボルトでも可能だろうよ」
 其れでも低位超常体の強みは数に任せての勢いにある。また強襲を掛けてきた時の血走った目を思い出せば銃を持たせても直ぐに撃ち果たして終わりだろう。
「銃火器を使用してくるならば、強制侵蝕によって完全に人間を辞めさせられたモノぐらいだろう」
「――強制侵蝕現象となると、魔王クラスが?」
 表向きには否定されているが、現場において流布されている超常体オカルト的分類説……神州世界対応論に基づき、該当する神話伝承の魔物共が当て嵌められている。魔王クラスというのは強さや特徴によって七段階に分けられた超常体の2位に当たる。最大の特徴は憑魔強制侵蝕現象だ。魔人に寄生している憑魔を強制的に活性化させる波動のようなものを放つ事で、人類側は強力な戦力を喪う代わりに、凶悪な敵が増える事になるのだ。完全に侵蝕された魔人は最早ヒトではなく、脅威となる超常体であり、問答無用の射殺が許可される。
 守山駐屯地襲撃の際にも完全侵蝕現象が起きた事は魔王クラスが顕れていた事を裏付けるものだった。
「――確認されたのは3体。元は完全侵蝕魔人だろう」
 第10師団長の指示で、壁に掛けられたスクリーンに映し出されたのは、ショートカットの気の強そうな女性、雄獅子のたてがみを思わせる髪型と髭の壮年、そして濡れ羽色の長髪青年だった。
「資料と照らし合わせて、3体の“過去”を見つけ出しました。女性の方は地脈系で、今は堕落侯サブナックと自称している模様です」
「――熱田神宮の事件で生存が絶望視されていた連中か。まさか生き残っていたとはな」
「だが……七十二柱の魔界王侯貴族か。敵として還ってきたか」
「残念だが生死不明になった時点で、こうなる事は予測出来た事かも知れません」
 サブナック[――]に続いて、呪言系の封印総統 マルバス[――]、祝祷系の詐欺総統 マルファス[――]が資料に上げられる。
「……呪言系と祝祷系の魔人は、指で数えられるほどしかいないと思っていたが」
「――実際、強化系や操氣系、異形系の魔人に比べれば、そんなにいませんよ。ただし……もしかすると其れだけ貴重な祝祷系や呪言系の魔人は、完全侵蝕すると魔王クラスになってしまう確率が高いという事かも知れませんね」
 化学科の幹部の発言に、第10師団長は眉間に皺を刻むと咳払い。
「……魔女狩りを誘発するような発言はやめてほしいモノだな」
「失礼致しました」
 さておき魔王クラスや完全侵蝕魔人だけでなく、他に脅威となる超常体を挙げていく。ビーストデモンやドラゴンの姿に、野戦特科や高射特科の隊長達が腕を鳴らす。
「無用の長物として冷や飯を食らっていた特科の面目躍如ですな。航空科の連中も目を爛々と輝かせているでしょう」
 しかし完全に敵超常体を仕留めるのに有効な手立ては砲撃や爆撃に非ず。結局のところ確実なのは近接戦闘による銃撃や斬撃等による“核”――心臓部の破壊だ。特に異形系は細胞の一片でも残っていれば蘇生すると言われる。魔王クラスの元になった魔人共の憑魔能力に異形系はいないようだが、油断出来ない。
「以上の点を踏まえて守山駐屯地奪還作戦の立案となるが、何か意見具申あるか?」
 第10師団長の言葉に、幾つかの手が上がった。其の中に第35普通科連隊第1010中隊・第10107班長、鳥羽・沙織(とば・さおり)三等陸曹もいる。
 ウェーブのかかった銀髪のボブカット。紅い双眼の小柄な女性だが、其の鋭い眼差しや凛々しい顔立ちから“鉄の女”のイメージが強い。
「鳥羽三曹、宜しく頼む」
 第35普通科連隊長に指されて席を立つと、幹部連を前に堂々と意見を述べる。“外”の軍隊では下士官が幹部(士官・将校)と顔を合わせて立案する事等ありえない。だが神州では暴論的なまでの実力主義がまかり通っており、沙織のような下士官だけでなく、幼い容貌をした陸士までも自分の意見を口に出来る。正しい意見や面白い案に、階級や年齢は問われていないのだ。
 勿論、オカシナ意見はすぐさま却下される。此れもまた実力主義であり、そういう意見や無理を通そうという者は黙殺される。誰もが生き残る為に最善の手を選びたいのだ。たとえ個人の力が強く利己的な意見を通そうとしても、より多勢の力によって粛清される。
 此れが人類以外の共通の敵として――超常体と20年近くの戦いを経てきた結界維持部隊の特徴だった。
 ……閑話休題。
 沙織の意見に多くの幹部が頷き、そして修正案や補足が付け加えられていく。
「派手に砲弾を使いましょうかね」
「待て、待て。派手にやり過ぎて、奪還したけれども使い物にならなくなったというのは洒落にならないぞ」
「敵超常体の群れを上手く誘導して頂ければ、此の地点に爆撃を敢行致します」
「……ならば航空優勢を確保するのが先だな。対空戦力はどれだけ準備出来る?」
 意見を集め、作戦案を練り、担当を割り振り、状況進行表をまとめ終わるのに、休憩を入れながらも数日掛かったが踊る事無く順調に進んだと思えた。
「――宜しい。では各自、奮闘せよ」
 第10師団長の言葉に、全員が敬礼。持ち場に戻り、準備を整え始めた。
「――お前のは、突破部隊に志願でいいんだな?」
 第1010中隊長の確認に、沙織は首肯した。
「勿論です。自分達にお任せ下さい」
「了解した。だが気を付けろ。情報にあった通り、強制侵蝕現象があるのは間違いない。幾ら単体戦力で戦車や航空機に優るという魔人でも、激痛で動きを鈍らせられるどころか、意識を失いかけたら、致命的だ。充分に注意してくれ」
「自分が動けるようになるまでの間、部下が代わりに支えてくれると信じていますから」
「――そうだな。だが、いざという時の為に退路の確保は忘れるな。引き際を見損なうなよ」

 同様の注意は、作戦会議に参加しなかった者達にも伝達される。会議で決まった作戦の説明を終えた隊長は、下町・菜之花(したまち・なのは)二等陸士にきつく言い含めていた。
 戦場の迷彩等おかまいなしの白い学生服の形状をしたボディアーマーを着こなした、見た目、年齢1桁台の童女。実際、春に小学校3年生になったばかりだ。国民皆兵とも言うべき神州の事情だが、中学校までの教育課程は隔離後も義務付けられている。だが魔人となった少年少女は最前線に投入、或いは志願していく事が少なくない。菜之花も其の1人であり、こう見えても空挺やレンジャー等の大の男でも訓練の末ようやくとれる徽章を保持する強者なのだ。
 ――誰が呼んだか、通称“白い悪魔”。
「君はただでさえ……危ないからなぁ」
 小学校の教育者然とした丸眼鏡の第10109班長が嘆息する。だが菜之花は無邪気に、
「頑張りますっ!」
 と笑顔で返した。更に重くなる第10109班長の溜息。
「――兎も角、うちの班は、鳥羽三曹の第10107班等と共に突破を図り、駐屯地内の敵超常体の掃討を担当します。魔王クラスとの戦闘も予測されますので、くれぐれも無理しないように」
「はい、先生! 損害を減らす為にも、高位以上の超常体には可能な限り魔人を当てるのがジョーセキですもんね! 頑張りますっ!」
 勢いよく返事をする菜之花に、第10109班長は空を見上げると、
「本当に大丈夫かなぁ……」
 胃腸の辺りを手で押さえ、呻くように呟いた。第10109班長の表情とは裏腹に、空は快晴だった。

*        *        *

 久居より出向してきた第33普通科連隊の2個中隊が駐屯する伊勢の五十鈴公園。通称『伊勢分屯地』に出入りする後方支援連隊の輸送トラックを、警務科の 荒金・燕(あらがね・つばめ)二等陸士が厳重に検問していた。
 正確に言うと警務隊は第33普通科連隊どころか第10師団の隷下にない。警務隊は、神州結界維持部隊・長官直轄の部隊の1つであり、旧・日本国陸上自衛隊警務科と、日本国警察組織機関が統合された、つまりは神州結界内での警察機関である。警護・保安業務のほか、規律違反や犯罪に対する捜査権限(と、あと査問会の許可による逮捕や拘束権)を有する。
 しかしながら警務隊が検問に駆り出されるのは、今の維持部隊で珍しい事でなく、要は適材適所や当人の希望であろう。
「――山寺三曹。荷物等に異常は見当たりません。いつも御苦労様です」
「未だに顔パスとはいかんなぁ」
「内宮より警戒を厳にするよう通達が来ていますので」
 荒金の言葉に、山寺・悟朗[やまでら・ごろう]三等陸曹が眉を八の字にする。
「内宮か……小鳥ちゃんにも、此の前に聞いた事があるけれども、男子禁制並みに厳しいところって言う話だしなぁ」
「……そうかな? 内宮側の警備責任者の化野曹長は割と気紛れな性格だと思うぞ」
 伊勢に駐屯する第33普通科連隊2個中隊は、天照坐皇大御神[あまてらしますすめおおみかみ]を祀る皇大神宮と、衣食住の守り神である豊受大御神を祀る豊受大神宮の2つの正宮を、主要な防衛対象に挙げている。一般に皇大神宮を内宮、豊受大神宮を外宮と呼んでいるが、其の内宮奥の警備は第33普通科連隊とも、そして荒金が所属する警務隊とも、指揮系統的に独立し、かつ非常時において上位として令を発する事が出来る部隊が主導権を握っている。
 其の部隊の規模は1個班程度。全員が魔人であり、WAC(Women's Army Corps:女性陸上自衛官)である。指揮するのは 化野・東雲[あだしの・しののめ]という名の18歳の陸曹長。だが非常時には指揮上位に移るので、伊勢分屯地の第33普通科連隊の中隊長(三等陸佐)を顎で扱き使う事が出来るという訳だ。
「……維持部隊だからとはいえ、其れこそ異常だな」
 荒金が溜息を吐くが、山寺は複雑な表情を浮かべて返してきた。
「――何か言いたそうだな、山寺三曹」
「そうだなぁ。俺から言わせれば『お前も異常』ってところか」
 荒金の頭頂から靴先まで山寺の冷やかな視線が下りる。目といった顔の上半分を覆うアイマスク。表地が黒で、裏地が赤のマント。そしてセラミックプレートやケブラー繊維を織り込んだタキシード衣装。
「……憑魔武装を優先したら現状の外見に落ち着いただけで、特に趣味に走ったわけではないが」
 荒金の言葉に、だが山寺は冷たい視線のまま、
「でも荒金クンの少年時代って其の格好のお助けキャラが出てくる美少女戦士ブームのストライクだよね?」
 指摘に、荒金の言葉が詰まった。
 ……さておき、
「物資の受け渡しが中々終わらないと思ってきてみれば、警務隊に捕まっていたんですか、山寺三曹」
 第10後方支援連隊補給隊の 椎名・小鳥[しいな・ことり]陸士長が頬を膨らませて顔を出してきた。荒金に寄生している憑魔が痛みを訴え掛けてくる。だが其れも一瞬。山寺が目配せしてきた事で、荒金は解放をしてやった。椎名の誘導に従って、山寺は輸送トラックを動かしていく。
「……今の痛みは一体?」
「どうしたニャン?」
 首を傾げていた山寺に、女声が掛かった。振り返れば、整髪料を使っても収まらない癖っ毛は猫耳と幼い容貌や小柄な肢体を持つWAC――化野曹長だ。
「疑念は後で報告するが……先ずは上申しておいた警備上の改善点の洗い出しだが……」
「あー。まぁ、良いんじゃないかニャン? 流石に未だ内宮奥への立入は許可出来ないけれども」
 四十のタキシード姿が猫耳少女に語り掛けるのは、とてもシュールだが、荒金も化野も気にしない。話を続ける。
「尤も警備の不備の改善点と言っても、伊勢に駐屯する部隊規模が先ず異常だからな」
 神州各地に比較して、伊勢の超常体出現率は月平均にして0%に近い。其れなのに2個中隊の部隊規模。同様な土地として熊本の中心部も挙げられるが、状況が異なる。熊本の中心部にも超常体の出現率に比べて大規模な部隊が駐屯しているが、此れは隔離前より第8師団司令部や西部方面総監部があるからだ。伊勢には隔離される直前に久居から派遣が決まり、そのまま居座り続けていると言っても良い。
「そして先月末からの警備の更なる厳戒態勢……其処までしても護らなければならないものがあるのだな」
「ピンポーンだニャン。外敵に此の地を制圧され、しかも『殿下』の身柄を押さえられたら、日本は滅びるニャン」
 冗談抜きで、マジで。語尾は兎も角、瞳は真剣そのもの。ならば荒金も従うしかない。
「『殿下』――内宮奥にいらっしゃるという人物だな、噂には聞いた事がある。身柄を押さえられたらという事は、もしも外敵に殺傷されたら……?」
 だが化野は肩をすくめると、
「『殿下』が傷付けられる事は無い。ましてや殺そうとしても無理。ていうか、東雲達が全員で挑んだとしても『殿下』が本気を出したら鏖殺されるのがオチ」
「……えーと。護衛する必要あるのか、其れ?」
 荒金の疑問も尤も。其れだけの単体戦力を有するのであれば、貴重な2個中隊程の戦力を、超常体が出現しない地に割く必要等無いではないだろうか?
「――逆だニャン。『殿下』を戦わせてしまった時点で敗けみたいな状況なの。伊勢に駐屯する戦力は『殿下』の手を煩わせない為のモノだと考えてほしいニャン」
 核兵器みたいなものと考えればいいのだろうか。一発で都市を吹き飛ばす程の威力を持つが、使ったが最後という。最強にして最後の鬼札。
「……其れに外敵は超常体よりも人間だろうしね」
「だとすると……大規模襲撃より、少数精鋭の特殊部隊が侵攻して来る可能性の方が高いと思うが」
「そうだね……実は、先月末にナニカが侵入してきたのは感じ取っているニャン。問題は、其れがナニカ、掴めていないニャン」
 そして化野は物資が貯蔵されている建物に視線を移す。下唇を舐めると、
「――さっき見たWAC」
「……後方支援連隊補給隊の椎名士長だな。其の点で疑念があったのだが」
 確かに憑魔核の疼痛を感じた。超常体が付近に居る際に感じるモノとは一寸違うが、其れに似ていた。
「もしかして……」
「ああ、アレは間違いなく完全侵蝕魔人だニャン。多分、侵入者の1人」
 余りにも呆気なく化野は、荒金の疑問を肯定する。
「……ならば拘束し、射殺すべきでは?」
「其れにしては隠すつもりがないとしか思えないのがねぇ……。そして椎名士長とは別の超常体が1つ侵入してきたのは判っている。でも操氣系魔人が探しても人影は何処にも見付からず。――椎名士長が其の姿を見せない超常体と接触しているところまでは確定しているのにニャン」
 しかし椎名以外の超常体の姿は目視出来ない。
「……其れで泳がせていると?」
 荒金の言葉に、化野は首肯する。そして椎名の方も泳がせられている事は理解しているはず、と。
「――怪しいのは輸送科の青年もなんだけどニャン」
 椎名はクロ。山寺はグレー。そして別に姿を見せない超常体が1体。
「『殿下』に抑えられていても、此の伊勢で力を出せるというのは、かなりの実力者だと思うんだけどニャン」
 兎に角、出来る限り、目を離すな。そう告げると、化野は頬を掻きながら、別の警備地点へと去っていくのだった。

*        *        *

 亜米利加合衆国海軍第七艦隊、旗艦ブルー・リッジ。ブリーフィングルームの1つに、ラリー・ワイズマン(―・―)二等兵と、リリア・エイミス(―・―)二等兵の姿があった。2人の他にも人生の裏を見てきたような顔付きのモノが数人いる。
「――よう、ラリー。未だ生きていたのか。糞ったれの軍曹殿を、お前が打ち殺して以来だな」
 声を掛けられて、ラリーの眉間に皺が刻まれる。余り付き合いたくない男の顔に、内心で舌打ちした。
「……アレは事故だった。あんたのようなゴロツキと俺を一緒にするな」
「言ってくれる。しかしお前の弁明は通じず、結局、降格の上、栄えあるベレー帽を脱ぎ捨てさせられて、お前も日本という牢獄行きだがな」
 隔離前より日米安全保障条約により展開していた米軍だったが、超常体の出現から数年を経て他国の駐日部隊と同様、兵士の中には流刑同然に送られてきた凶悪犯であり、次いで憑魔に寄生された者達が多く存在するようになった。
 亜米利加合衆国陸軍特殊作戦部隊――通称グリーンベレーの一員だったラリーもまた任務中の誤射により上官を殺害してしまった事により、降格(※註1)の上で日本に送られたクチだ。だが……
(――彼女は何だ? 未だハイティーンになったかどうかと思われるが)
 ラリーが不思議に思うのも当然。直毛と癖毛が混じり合ったような金のセミロングをしたリリアは『PLAYBOY』の表紙を飾るまではいかないが、まあまあの美少女と言えよう。そして罪を犯した者特有の雰囲気も無い。となれば――
「あの嬢ちゃんは悪魔憑きさ」
 だろうな、と嘆息を吐く。
 さておき半ば騒然としていたブリーフィングルームだったが、鬼軍曹が入ってきた事で静まり返った。鬼軍曹の後ろには完全武装の兵士達が銃口を此方に向けてきている。
「――仮にも部下に対して銃口を向けんなよ」
 誰かが悪態を吐くが、鬼軍曹は鼻で笑い、
「てめぇら、凶悪犯や悪魔憑きに対しては問答無用での射殺が許可されているんだ。人間様と同等の立場にあるのだと思い上がるなよ?」
 鬼軍曹の言葉に雰囲気が更に重くなった。だが鬼軍曹は無視すると、
「……さて現在ワカヤマを制圧している阿剌伯諸国連盟(アラブ諸国連盟)が、我がステイツの同盟たる日本の領有するイセへと不当に侵攻を開始しているという情報が上がった。対して我が第七艦隊は、阿剌伯諸国連盟の不当な侵攻から、安全保障条約に基づいて同盟国たる日本の領有地イセを防衛すべく作戦『クルセイダー』を発動させた。ヨコスカ・ベースからブルー・リッジが出航したのは、そういう理由だ」
 勿論、伊勢を駐日米軍が制圧する為の大義名分だ。隔離されて以来、様々な理由を付けて伊勢を占拠しようと工作しようとしていたのは、ラリー達といった末端の兵士ですら知っている。
「ブルー・リッジはオキナワのキャンプ・ハンセンに駐在している第31海兵遠征隊を乗艦させた後に、『クルセイダー』を本格的に決行させる。だが悔しい事にどれだけマリーンの連中の尻を叩いても、イセに上陸出来るのは、4月の下旬になるだろう」
 どうやら沖縄に駐在している駐日米軍海兵隊でも色々と問題を抱えているらしい。
「だが其の間、阿剌伯諸国連盟の侵攻に手をこまねいて見ている訳にもいかない。そこで……」
 ラリー達を見遣ると、口元に歪んだ笑みを形作った。
「先遣部隊として、てめぇらを投入する事が決まった。ステイツの為に命を賭して働けるんだ、幸せだろう?」
 勿論、銃口を突き付けての命令だ。ブリーフィングルームの中は殺気が満たされていく。最悪、血で染まりかねない状況の中だったが、
「――軍曹殿。命令事項を復唱しますが、正規部隊の先遣として偵察及び類する支援活動が任務で間違いありませんか?」
 リリアの挙手に、充満していた殺気が薄れた。鬼軍曹は口の端を吊り上げるような笑みを浮かべると、
「エイミス二等兵、其れで間違いない。他に質問は?」
「阿剌伯諸国連盟の部隊と接触する状況に遭ったら?」
「――可能ならば交戦し、撃退せよ。だが状況に応じての撤退は許される。其の時は敵の情報を持ち帰るのも大事だ」
「承知しました。……仮に、日本軍兵士が、此方への協力を拒み、障害となった場合は?」
 リリアの言葉に、鬼軍曹は目を細めた。
「安全保障条約に基づき、我がステイツへの助力を拒む事はない。拒むとしたら、潜入した敵の工作員の怖れが高い。――然るべき対応をせよ」
 言質は取らせない。何かあったら揉み消し、そして捨て駒にするだけだろう。だが不満を顔に出さずに敬礼をすると、リリアは着席したのだった。

*        *        *

 幕僚達へと上がってきた報告に頷くと、
「――状況開始」
 第10師団長から命令が下る。指示が各部隊を駆け巡り、第1次守山駐屯地奪還戦が開始された。
 先ず第10特科連隊の155mm榴弾砲FH70サンダーストーンが咆哮を上げる。班長が何種類かの数字を叫ぶと、照準が合わされたサンダーストーンの薬室内に装填された砲弾の後ろに、装薬装填手が筒を挿入した。
「射撃5秒前、4、3、2、1」
 班長が秒読みする間に、砲弾装填手と装薬装填手は耳を塞いでしゃがみ込む。鈍く重いようで甲高い大きな射撃音。砲身が60cm以上も後方に下がった。
 黒色の信管が取り付けられていた砲弾は、空中爆発して破片を敵超常体の頭上にバラ撒く。
 砲撃に恐慌となった超常体の群れが向かってくるが、待機していた普通科部隊が5.56mm機関銃MINIMIや12.7mmブローニングM2重機関銃キャリバー50で掃射する。弾雨を潜り抜けてきたモノも、続く89式5.56mm小銃によって直ぐに崩れ落ちていった。
「――ドラゴン、ワイバーンの姿を確認!」
「近SAM用意!」
 航空優勢を奪われないよう第10高射特科大隊の93式近距離地対空誘導弾クローズドアローが狙いを付ける。また91式携帯地対空誘導弾ハンドアローを構える隊員達もいた。
「――作戦通りに、外側にいた超常体は守山正面の平和公園跡地に誘致しました。群れの中にファイヤードレイクやビーストデモンの姿も確認!」
「公園の名に申し訳ないな……」
 次々と報告される戦況の様相が、開かれた地図に書き加えられていく。
「作戦を第2段階に移す。両翼より側面攻撃。また退路を断て」
「しかし……魔王クラスは確認出来ませんね」
「ああ……まさか数日見ないうちに、あんなものが駐屯地に出来てしまうとはな」
 作戦前にもたらされた第10偵察隊からの報告には誰もが息を飲んだ。守山駐屯地の周囲を城壁と見紛うばかりの高く、そして厚い塀が築き上げられ、また深い堀が囲んでいる。
「……サブナック、マルファスというのは城を築き上げる能力の持ち主だそうです」
 オカルトをかじっている幕僚の言葉に、第10師団長は溜息を吐く。
「特科に多少の無茶をさせても問題無いかもな」
 冗談交じりだったが、直ぐに顔を引き締め、
「だが……何故、護りを固めるだけで、付近の春日井と小牧を襲撃しなかったのだ、敵は?」
 維持部隊の航空科に吸収された名古屋空港こと小牧駐屯地は、元は航空自衛隊の航空基地だ。伊勢にある航空科の明野駐屯地へと空輸する拠点になるだけでなく、各地から支援に来た航空機を駐機出来る。敵超常体が航空優勢を確保したいのならば、守山と同じく早い段階で潰しておかなければならない戦略目標ではないだろうか。
 また春日井は第10後方支援連隊や第10施設大隊等の司令部があり、生命線を預かる大事な駐屯地と言える。此れもまた戦略目標から免れている事が怪しい。
「……庄内川に隔たれているとはいえ、疑問を抱かざるを得ないな」
「福岡の飯塚駐屯地の例もありますからな。もしかして大規模な囮の可能性も」
 神州各地で超常体が大規模な攻勢を掛けてきた事により幾つかの駐屯地が襲撃を受け、最悪の場合、守山と同じく陥落している(※註2)
「――守山は、敵の本命から此方の目を引き付ける為に襲撃された、と?」
「魔王クラスが籠城戦という守勢……可能性が低いとは思えません」
「此方の戦術と似たものを、向こうは戦略として行っているのか」
 眉間に皺を刻んで、腕組みしながら第10師団長は唸るが、
「――とはいえ守山を捨て置く訳にもいかん。作戦を第3段階に移す。城門を突破せよ」

 駐屯地への道を阻む敵超常体の大多数を平和公園跡地に誘き出したという報告に、待機していた機械化部隊が動き出した。沙織の第10107班だけでなく、89式装甲戦闘車ライトタイガーや96式装輪装甲車クーガーが放たれた矢のように守山駐屯地を穿つ。
「――いっきまーす!」
 車輌上面から顔を出した、菜之花が96式40mm自動擲弾銃をぶっ放した。だが砲口から放たれたのは並の40mm榴弾ではない。菜之花の愛銃は憑魔に寄生されたモノに、ありとあらゆる改造を施した逸品だ。憑魔能力を付加された榴弾は激しい爆炎をもって、駐屯地正面門を吹き飛ばす。直撃を喰らったのだろうか、ビーストデモンが崩れ落ちた。
「まだまだ行くよ!」
 菜之花が砲撃するごとに吹き飛ばされる大型超常体。
「――このまま駐屯地内部から敵を掃討するぞ!」
 鼓舞する沙織の言葉に、菜之花に負けじと第10107班員達が声を張り上る。が、
「……折角、築き上げた城を吹き飛ばされるのは勘弁して欲しいわね」
「捨て駒にされるだけでなく、無駄死にってのも厭だしねぇ」
 怒声と共にロケット弾が飛んできた。同時に強制侵蝕の波動が襲う。激しい痛みに身体を掻き毟られながらも、沙織は半身異化して氣の障壁を張った。菜之花達、幾人かが痛みを緩和されて気絶から免れたが、其れでもカバーし切れなかった魔人隊員が無力化された上に、110mm個人携帯対戦車弾パンツァーファウスト3の餌食となったクーガーと共に吹き飛ばされた。
「――降車! 敵、魔王クラス2体にピーストデモンが2、そしてリザドマン多数」
 沙織の指示に、素早く降車した第10107班員は直ぐにBUDDYで弾幕を張る。やや遅れながらも他の班も続き、死角をカバー。雑魚であるリザドマンは掃射されていくが、ビーストデモンや魔王クラス――サブナックとマルファスは簡単にいかない。
「頑張りますっ!」
 白い学生服姿の菜之花は、戦闘迷彩に包まれた維持部隊の中では余計に目立つ。超常体の多くが誘蛾灯に誘われる虫のように集まっていくが、
「――どっかーんっ!」
 飛んで火に入るナントヤラの言葉のごとく、菜之花が放つ擲弾の餌食と化す。それでも、
「調子に乗らないでよ、お嬢ちゃん」
 サブナックが大地に手を付けると、土壁が隆起して榴弾を防いでいく。しかし憑魔能力五大系の相生相剋関係があるとはいえ、力も過ぎると火が土を上回る事もある。ましてや榴弾銃に憑いた火炎を吸収出来ても、弾体そのものを抑え込む事は不可能だ。
「――お嬢ちゃん、本当にお痛が過ぎるわよ」
「おい、莫迦。弾尽きるまで出るのが早い」
 マルファスの制止も聞かず、サブナックがBUDDYで連射しながら突っ込んでくる。見た目どころか実年齢も小学生の菜之花を体術で討ち倒せると思ったのだろう。実際、地脈系能力の格闘家は、接近戦において呪言系と並ぶ凶悪さを有する。接触する事で対象を石化させたり、また逆に振動を放つ事で分子結合を崩壊させたりするからだ。それに榴弾の威力範囲上、距離を詰めれば使えなくなると踏んだ。菜之花を援護する維持部隊員を瞬殺して、サブナックは拳を踏み下ろせる位置まで踏み込んだ。
 ――しかし、
「どぉぉぉぉぉぉぉぉーーーんっ!」
 瞬時に榴弾銃から手を放した菜之花が、掌を突きだす。そして放たれたのは……電撃!
 地脈系であるモノにとって致命傷を与える稲妻が、サブナックの身体を数mも吹き飛ばし、そして地面に叩き付けた。炭化した黒焦げの死体は地面に叩き付けられた衝撃で砕けて崩れていく。
「……おいおい。洒落になってねぇぜ!」
「各員、伏せて!」
 マルファスの怒号と同時に、沙織が叫ぶ。指示に反応が遅れた数人がマルファスの光線状の刃に薙ぎ払われて、上下に身体を分断された。そして光が周辺を塗り潰していく。そして狂った悲鳴と、統制の外れた銃声が響き渡る。
「え? 嘘……確かに倒したのに、サブナックがいっぱい!? く……来るなっ来ないでよぉ!」
「――意識をしっかり持ちなさい!」
 沙織が氣を張り巡らせて、部下である第10107班員だけでなく、幻に囚われかけた菜之花達を目覚めさせた。危うく榴弾銃を暴発させて自滅するところだった。だが、
「……サブナックを倒した事で、勢いの波が此方に付いたものと思ったけれども」
 唇を噛む。意識を取り戻したとはいえ、生存者の数は少ない。また光が場を支配しており、幻が再び襲ってくるとも限らなかった。多くのモノが光で視界を潰されているが、マルファスだけは精確無比な射撃を行い、此方を追い詰めてきていた。
「沙織ちゃんは力でマルファスの位置が判らないの? 方向だけでも教えてもらえば、私が榴弾を叩き込んで見せるよ!」
 沙織以外の操氣系の隊員達もまた射撃から逃れるように身を隠しながら、マルファスの位置を探っている。
「――いいえ。此処は悔しいけど撤収よ」
 隊用通信機から離れずに駐屯地外の戦況を窺っていた部下からの報告と合わせて、沙織は現状を整理。平和公園跡に誘い出した超常体の多くを殲滅したものの、此方の救援に割く余力は無いらしい。逆にマルファスへと増援が集まってきているのを察知。多数のビーストデモンだけでなく、最後の魔王クラス――マルバスの接近に、沙織は退路を断たれて包囲網を完成される前に脱出するべきだと判断した。
「各員――撤収。クーガー、ライトタイガーに乗車。乗り込めた者から撤退の援護射撃を!」
 沙織の判断に、他の班長や隊員達も従う。味方の遺体を収納出来ぬ悔しさを心に押し込んで、クーガーとライトタイガーは発進した。追いすがろうとするビーストデモンに5.56mmNATO弾をバラ撒き、40mm榴弾を放ちながら……。

 敵超常体の魔王クラス1体の殺害に成功。また戦力数としても守山駐屯地の敷地外に広がっていた超常体の群れの8割近くを掃討した。飛行型超常体も多くを撃ち落とした事で、航空優勢を確保出来たと言えよう。
「……だが敵によって要塞化した駐屯地の奪還は失敗。ましてや敵の本当の戦略目標は判らないままか」
 守山駐屯地から南東の方角、直線距離にして約6kmにある愛知カントリークラブ跡地に布いた陣地にて、第10師団長は難しい顔をするのだった。

*        *        *

 伊勢を守備する維持部隊は主戦力として普通科2個中隊だが、勿論、其れを支えるだけの人員もまた存在する。需品科や衛生科、施設科のみならず、内規を取り締まる警務科もおり、いざとなれば銃を手に取って戦闘に加わるだろう。彼等が集団生活を送っているのが、五十鈴公園跡地に設営された分屯地。
「――戦略目標としては内宮奥にあるという施設と、其こに居るVIP(very important person)の身柄を確保する事だけれども……」
 西にある鼓ヶ岳に身を潜ませて、リリアが観測する。内宮奥を直接攻め込むとして、内宮の南に位置する神路山や島路山からが正しいだろう。五十鈴公園跡地側である北や、伊勢道路(県道32号線)の東では内宮の警衛を排除している間にも、分屯地から出動する部隊に包囲されてしまう。そして県道12号線のある西側は五十鈴川が天然の堀となっている為、多勢が攻めるには向かない。
「――けれども南の警備が手薄とは思えないわ」
 内宮奥、南にある鎮守の森は侵入するに容易く見えるが、リリアには故郷のノースカロライナ州西部のアパラチア山脈に潜む野獣に似た息遣いを感じた。猛る牙と鋭い爪で縄張りを侵した愚か者共を狩らんとするナニカが潜んでいる。
(……キャンプ・イスズパークとは別の精鋭部隊が内宮を護っているという話だけれども――)
 兎に角、南側の警備は薄そうに見えるが、其の分、凶悪な罠が仕掛けられている可能性が近い。ならば先に五十鈴公園跡の分屯地を制圧してから、内宮への攻略を選ぶか……。
「――ッ!?」
 身に寄生している憑魔核が鈍い痛みを訴えてきた。超常体が付近に現れた証だ。半身異化して〈探氣〉で敵の数を探るか、それとも〈消氣〉で完全に気配を殺す事に努めるか。少なくとも無闇に抗戦せず、味方と合流すべきなのは間違いない。
 敵の気配が近付いてくる……だが出来る限りの音を立てないようにする慎重さを感じられた。知性のある超常体だとしても珍しい事だ。そして――相手がナニモノかをリリアは確認した。
 憑魔核は痛みを通して、超常体だと訴えているが、ソレは山林迷彩を施した野戦服を纏う人型だった。人種的には阿剌伯。携行している主武装はステアーAUG(Armee Universal Gewehr:軍用汎用小銃)。オーストリアのシュタイアー・マンリヒャー社が開発し、駐日沙地亜剌比亜王国軍(駐日サウジアラビア軍。以下、駐日沙亜軍と略)が制式採用している、ブルパップ型だ。見間違えるはずもない。
(……軍曹が言っていた、阿剌伯諸国連盟の特殊部隊ね。でも憑魔核が反応するという事は……)
 完全侵蝕された魔人――つまり超常体と同義だ。問答無用で交戦し、射殺したとしても非は全く無い。むしろ阿剌伯諸国連盟の特殊部隊が超常体に侵されている証拠として叩く事も出来るだろうが……。
(――政治的取引は一兵卒が関与する問題ではないわね。兎に角、未だ此方は発見されていない様子)
 奇襲は掛けられるが、敵数は目視で確認出来るだけでも2名。また完全侵蝕魔人であるならば一撃で仕留めなければ、逆襲が怖い。
 息を潜めて、やり過ごす事に成功したリリアは味方と合流すべく撤退するのだった。

 人が集まるところは、一見、警備が厚いようで、其の実、油断からして薄いところも言える。少なくとも警戒心や緊張感が違う。
 とはいえラリーが侵入出来たのは五十鈴公園跡地の分屯地から外れた、旧・神宮会館だった。五十鈴公園跡地と外宮、そして内宮を結ぶルートの1つ、国道23号線に面し、陽動として敵の目を引き付かせるには適している。
「……流石に、重要施設の警備は厚くなっている」
 ステルス・アクション・ゲーム(※註3)ならば暇潰しにやらされた経験はあるが、流石に実戦とは異なる。リリアをはじめとする潜入に長じた才覚があったのならばラリーも更に深く潜入しての工作が出来ただろうが……。
「さて……仕掛けを動かすか、其れとも未だ温存しておくべきか」
 ラリーは独りごちる。
 旧・神宮会館は、御世辞にも重要拠点と言い難く、単体での破壊工作は効果が薄いだろう。弾薬庫、食料庫、車輛等の駐機場、宿営棟……五十鈴公園跡の分屯地内でも重要そうな拠点は多くある。だが超常体の出現率が0%に近い癖に、警備は厚かった。何に対する警戒なのか。
(……まさかステイツの動きが読まれている?)
 或いは軍曹が言っていた、阿剌伯諸国連盟の特殊部隊に対する備えか。いずれにしても維持部隊を莫迦に出来ない。
 と、此処で個人携帯の短距離無線機が受信した。救援を求める声。と同時、銃声が響いた。
『――Help! 阿剌伯の連中と交戦中だ。助けてくれ、化け物だ!』
 身を隠しながら外を窺う。銃声に気付いた維持部隊も、響いてくる方角に向けて、班を出発させていた。
「……隠密行動中のはずだ。何故、発砲した?」
 どんな問題児であっても戦友を見捨てはしない。其れが米国軍人としての誇りであり、魂だ。ラリーは維持部隊に気付かれないように身を潜めながらも、送信主の元へ急ぐ。維持部隊の方が先に現場へと到着するだろうが、そういう問題ではない。
『――阿剌伯の連中だ。あいつら、人間じゃない。天使……いや、悪魔だっ!』
 其れが戦友の最後の送信だった。ラリーが現場に辿り着いた時には、射殺された戦友の姿と、其れを検分する維持部隊員2人。日本語で何事か喋っているが、言葉を知らないラリーには残念ながら聞き取れない。少なくとも維持部隊員が戦友を殺した訳ではなく、そして遺体を丁重に回収してくれているのは判った。
『――ヘイ、ウィスキー。どうにかズールーの身柄を日本軍の手から取り戻せられそうにないか?』
 割り当てられた暗号名で呼ばれたラリーは、
「高い出費になるが可能だ、アルファ」
『……仕方ない。戦友に代わるモノは無いからな。頼むぜ、ウィスキー』
 ラリーは発火装置を押す。信号は旧・神宮会館に仕掛けていた爆薬に作用し、派手な爆発音が響いた。戦友の遺体を運ぼうとしていた維持部隊員が驚いた瞬間、ラリーは奇襲。1人を殴り飛ばすと、もう1人が慌てて銃口を構える前に、戦友の遺体を背負って闇に消えたのだった……。

 爆発は交戦中の相手も予測の範疇外だったらしい。誰よりも我に帰った荒金は双手に構えたFN P90(ファブリックナショナル プロジェクト ナインティー)で敵へと5.7x28mm弾を叩き込んでいった。元より人間工学に基づいて設計されたFN P90だが、荒金の携行する物はより取り回し易いように更に洗練し、また衝撃への耐久度を向上させた特注品だ。舞うような動きで荒金は敵兵に詰めると容赦なく撃ち込んでいく。駐日沙亜軍の装備で固めているが、相手は完全侵蝕された思しき魔人兵だ。問題は無い。
 交戦地点は伊勢道路――五十鈴トンネルが地下を通る、山中。予測していた通りの駐日外国軍の特殊部隊のようであり、規模は不明。それでも全体で1個小隊ぐらいだろうと推測した。荒金が交戦しているのは1個分隊だが、
「――全員が魔人兵というのは面倒だな」
 魔人は単体(戦車や戦闘機等も含める)において最強の戦力である。何故なら彼等は(当たり前だが)人並みの知恵があり、知識があり、武装するからだ。武装して無くとも、身体其のものが凶器である。対戦車武器があれば秒殺、無手でも十数分で主力戦車を屑鉄に変えられると豪語する魔人もいるくらいだ。しかも最も数が多い強化系で、だ。――過大評価するのも問題だが、過小も出来ない厄介な戦力。其れが魔人。そして憑魔に完全侵蝕されたら、人間にとって最大の脅威になる、諸刃の剣。
 荒金が敵兵との遣り取りの中、致命傷を辛うじて負わないのも身を纏う装備と、そして味方の援護射撃があってこそ。とはいえ、
「――指揮官はただの魔人兵ではないようだな」
 歳の頃は、荒金より2周り下ぐらいの10代後半から20歳前後か。だが他の魔人兵の眼に狂気じみたモノを感じるとは異なり、其の青年の瞳は澄んでいた。其れこそ――他の魔人よりも薄ら寒く覚える。
『…………』
 五十鈴公園跡地からの増援が来るのを理解してか、阿剌伯語で何事か呟いた。そして青年と魔人兵達は弾幕を張ると、山奥へと撤退していく。
「――荒金さん、追跡しますか?」
 油断なく銃口を構えながら、普通科隊員が意見を求めてくる。だが荒金は安堵の息を吐くと、
「……いや、深追いは止そう。少なくとも無計画に山狩りして居場所を突き止められるような相手じゃない。死体の検分や所持品から確認していくしかないだろう。倒せた魔人兵は強化系ばかりだったが、念の為に異形系の可能性を考慮して焼夷手榴弾も必要だな」
「――手配しておきます」
 そう言う普通科隊員と入れ替わりに、警務科所属のWACが耳打ちしてくる。内容に渋面を形作った。
「……内宮奥で死体が上がった?!」

 休む間もなく荒金が内宮へと駆け付けると、他の警務科隊員により現場検証が既に行われていた。戦死したのは2人。内宮に勤める巫女装束のWACだ。
「敵襲の報告に、いつも通り2人一組で警戒中だったのみならず、僅かな時間で殺害されていたニャン。殺害犯が超常体なのは間違いないが、其れらしき人影は確認されていないニャン。彼女達の悲鳴を聞いて駆け付けるのに20秒も掛かってないニャン」
 不機嫌極まりない顔立ちで化野が事実を教えてくれた。直接の死因は銃殺。凶器は互いの銃。
「――可能性としては?」
「恐らくは祝祷系による幻覚、精神操作。彼女達は2人とも強化系だったけれども、抗する事は出来なかったニャン」
「……他には? 何でもいい」
 荒金の問いに、化野の部下――最初に現場に急行した一組が答える。
「憑魔核が覚醒していたので、駆け付けた時点で此の場から未だ超常体が逃げ去ろうとしていた途中だったのは間違いなかったと思います。ちなみに私は異形系で、組んでいるのは……」
「操氣系です」
「ふむ。……祝祷系の可能性があるならば光学迷彩で姿を隠していた事も考えられるな。だが操氣系ならば居場所は直ぐにバレると思うが……」
「勿論、〈探氣〉で姿を捉えようとしました。しかし逃げる人影は捉えらなくて……」
「……他、気になった点は?」
 顔を見合わせるWAC。そういえば……と口を開き、
「悲鳴と銃声に驚いたのか、烏が飛び立つ羽音を覚えています。其れが何か関係あるのでしょうか?」
 超常体が烏に化けて、逃げ去った? だが祝祷系で烏になった幻を見せたとしても、実際に飛ぶ事は出来ない。飽く迄も幻だからだ。ならば異形系で烏に化けたか? しかし、そうなると祝祷系能力は?となるし、そもそも烏に化ける意味が解らない。
「……駐日外国軍の襲撃といい、見えざる超常体といい、さて、どうすればいいやら」
 重い嘆息を吐くのだった。

 戦友達と合流したラリーは皇學館大学校跡地に潜んでいた。戦死した仲間は5名。また7名が大なり小なり駐日阿剌伯諸国連盟特殊部隊からの奇襲で負傷している。
「日本軍の此方の存在が把握されている様子は伺えられないが……」
「だが外宮と此処は近い。パトロールに勘付かれる可能性が高いぞ。合流地点を此処にした理由は何だ?」
 ラリーの質問に、一応のリーダーである暗号名アルファが口を開こうとする。が、リリアは黙るように合図を送った。1人分の足音だ。引き鉄に指を掛ける。
「……おおっと。友軍だ」
 そしてアメリカン・イングリッシュで合い言葉を呟いて現れたのは維持部隊の戦闘迷彩服を着込んだ男。階級章は三等陸曹、職種(兵科)は輸送科。
「アーミー出の連中は大雑把でいけないな」
「なら、お前はマリーン出身か?」
 ラリーの悪態に、男は唇の端を歪めると、
「これでもネイビー出身だ。とはいえやっている事はグリーンベレーやリーコンと同類だがな」
「――シールズか」
「Yes, I belong to the U.S.Navy SEALs 5th. My name is Goro Yamadera. My class is a sergeant. O.K.?」
 そして外に駐機していた73式大型トラックSKW-476へと搭乗するように促してきた。
「此処から北の工業団地跡に移動する。今月下旬には主力となる第79任務部隊を出迎え、本格的に『クルセイダー』を決行する運びとなっている」
「第79任務部隊という事は……ブルー・リッジだけでなく、ベース・サセボからエセックスも来るという事だな」
「日本軍に同情するね。しかし阿剌伯諸国連盟の特殊部隊という不確定要素もあるし、日本軍も隠し玉を持っているから、油断は出来ないよ」
 ラリーの呟きに、ヤマデラは肩をすくめて見せる。
「……質問があります、軍曹殿」
「ゴローで結構、敬語も無用。此処はステイツの領土じゃないからな。で、何かな?」
 リリアの問い掛けに、振り返る。リリアは言葉に甘えて、口調を地に戻すと、
「潜入しているSEALs5thチームはゴローだけなの?」
「非正規の特例が1名。何故なら君と同じく女性だからね。それから……おっと、此れは隠し玉なので内緒にしておこう。まぁ、使えるヤツだよ」
 そう意地悪く笑い返してきたのだった。

 

■選択肢
EA−01)伊勢神宮で防衛・警戒
EA−02)伊勢神宮に侵入・調査
EA−03)伊勢神宮を制圧・突破
EA−04)伊勢にて敵勢力と交戦
EA−05)名古屋・守山の奪回戦
EA−06)名古屋の戦略目標推測
EA−FA)近畿地方東部の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 なお神宮内の行動は著しく制限が掛けられており、キャラクターの設定だけで出入りを働こうとした場合、「最善で失敗・最悪は死亡」もありえるので注意されたし。基本的に其の様な設定は自称どころか偽称として判定材料にする。
 また全体的に死亡率が高く、下手な行動は「即死」と思って欲しい。
 駐日外国軍兵士として神宮を攻略する側のアクションを掛ける事も出来るが、難度が極端に高くなるのでお勧めはしない。
 対して神宮死守側の維持部隊には明確な勝利条件が無い事に留意せよ。
 そして名古屋では強制侵蝕が発生する可能性が高い為、注意する事。

※註1)グリーンベレーの資格……幾つか条件があるが「伍長以上、一等軍曹以下」である事も求められる。ラリーの現階級が二等兵という事は2階級も降格されたのを意味する。

※註2)飯塚駐屯地……陥落と奪還の経緯については『神州結界・砂海神殿』に詳しい。また駐屯地への襲撃ではなかったが『神州結界・神人武舞』の宮島についてもまた参照。

※註3)ステルス・アクション・ゲーム……『メタルギアソリッド』は1998年10月20日に米国でも販売されている。全音声英語吹き替えの『〜・インテグラル』は超常体出現の混乱で延期はされたものの、米国でも何とか発売された。但し神州世界において『メタルギアソリッド2サンズ・オブ・リバティー』以降が発売されたかどうかについてノベル本文で言及しない。
 なお『レインボーシックス』シリーズや『スプリンターセル』シリーズは、神州隔離政策の御蔭で、無事に米国内で販売されている模様。但し開発難航による発売延期が多くて、神州世界でのリリース日は現実世界と異なる。

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