同人PBM『隔離戦区・禁神忌霊』第2回 〜 愛知・三重:東亜剌比亜


EA2『 焔薙ぐ剣、嵐呼ぶ主 』

 前世紀末、超常体の出現により人類社会の繁栄は終わった。元より外敵の脅威が無くても、経済破綻による終焉の足跡は押し迫ってきていた。だが物理的な意味で幕を下ろしたのは、やはり超常体の出現と言えるだろう。
 対超常体戦争での序盤に行われたNBC兵器による焦土作戦はユーラシア大陸や亜米利加合衆国を疲弊させ、環境汚染で蝕んでいった。戦争が技術を発展させるという説があるが、其れは充分な開発を行える環境と経済が成り立っている上での話だ。超常体の犠牲になり、貴重な人材が失われた事もある。
 世界の警察を自負する米国は、自国だけでなく各地の超常体とも相対する羽目になり、より傷口を広げていったのだ。此れは、かつてイデオロギー的に“東”側の盟主と謂われた蘇維埃社会主義共和国連邦を引き継ぐ、露西亜共和国もまた同様である。
 中華人民共和国(※中共)は対超常体戦争で国土の大半を失ったばかりか、地方政府や軍閥の台頭を許す事になる。中華民国は中共の不当な介入を退け、西蔵といった地域の民族独立もまた混乱の中で成功した。それでも中共は資源を求めて海洋進出までもしたが、水棲超常体により多くの艦船や人員を失い続けている。此れは露西亜や米国も大して変わらない。
 逆に、阿弗利加や南亜米利加の、経済的にも政治的にも弱小とされた国家――繰り返される内戦や紛争、治安も悪くて高い凶悪犯罪の発生率、感染症や風土病に悩まされていた……其の様な地域の民が、超常体という人類共通の敵により協力し合うようになったのは皮肉でしかない。
 其のような情勢の中、米国が今も尚、世界の盟主として声を大きく張り上げられるのは、どの国よりも『神州隔離政策』を真っ先に唱え、国際連合でのロビー活動に成功させた事が大きい。また隔離前より神州には日米安全保障条約に基づき、在日米軍基地が点在している。つまり結界維持を名目として、駐日外国軍を派遣する負担の割合も米国が最も大きいという事だ。
 ……尤も犠牲になっている日本国政府が米国の傀儡となっているのも理由の1つだろうが。

 三重、伊勢にある下野工業団地跡。特殊部隊の名で死地へと送り込まれた米軍人達が隠れ潜んでいた。伊勢は超常体の出現率が極めて低く、工業団地跡といっても戦闘での損傷は無いに等しい。だが20年近くもの長い間、放棄されていた事から、其れなりに荒れ果てていた。
「……其れでも故郷から離れた異邦の地で、夜露を凌げられるだけでも有難い話だ」
 元・米国陸軍特殊作戦部隊――通称グリーンベレーに所属していた ラリー・ワイズマン(―・―)二等兵の言葉に戦友が苦笑する。罪を犯したり、社会から疎まれたりしたハグレモノ達だが、敵地で1週間も共に過ごせば絆で結ばれる。元よりチームワークを乱すような輩は先の戦いで死傷していた。26人もいた仲間が今では14名だ。戦力に不安はあるが、結束力は強い。
「――ウィスキー、アルファ。ゴローが来たようよ」
 暗号名『ウィスキー』で呼ばれたラリーと、チームリーダーである『アルファ』が振り向く。外を見張っていた『リマ』こと リリア・エイミス(―・―)二等兵の言葉に、手信号で武器を構えさせた。
 微かに、だが確かに発動機の音と震動が下野工業団地跡に響く。ライトを点けず、だが危なげなく73式大型トラックSKW-476が進入してきた。リリアはM16A4アサルトライフルに装着した照準眼鏡で運転席から降り立つ男の顔を確認する。暗視装置によって浮かび上がったのは、間違いなく米海軍特殊作戦部隊Navy SEALsに所属する(と自称する)ゴロー・ヤマデラ軍曹の姿だった。山寺・悟朗[やまでら・ごろう]三等陸曹として神州結界維持部隊中部方面隊・第10後方支援連隊輸送隊に潜入し、作戦『クルセイダー』支援を行ってくれている。
 別の操氣系の魔人兵が〈探氣〉を発して、周辺に伏兵が忍んでいないか確認。また熱線暗視装置を所有する者が探る程の念を入れてから、ゴローにようやく合図を送った。……しかしリリアは其の操氣系魔人兵が一瞬だけ首を傾げるのが気になった。
「――何か問題でも?」
「問題というか何というか……ゴローから全く気を感じられないのが不気味でねぇ」
 同じく憑魔に寄生されたという理由で神州に送られたというヒスパニック系の中年女性兵『ジュリエット』が恐ろしいモノを見る目付きでゴローの接近を見遣る。
「――どういうこと?」
「ゴローは操氣系魔人という事。しかし普段から〈消氣〉をしているなんてオカシナ話だよ」
 どういう意味があるのだろうか? 其れと無しにリリアと『ジュリエット』との話を耳にしたラリー達も目を細める。だが今のところゴローは味方に違いない――信用出来るかどうかは別の話だが。
「人数分の維持部隊の制服やハチキュウ、偽装身分証明書を用意した。あと注文の武器や爆弾とか」
 ゴローが指したトラックの積み荷部分から物資を降ろしていく。リリアはM16A3アサルトライフルを確認すると忘れずに照準眼鏡を装着し直した。M16A3は現行のM16A4と同じくM16A2の改良型アサルトライフルだが、セレクターの3点バーストをフルオートに置き換えているのが最大の違いと言えよう。
 其の他、生活物資や糧食等を点検している中で、ラリーはゴローへと振り返る。そして、
「第79任務部隊の上陸作戦の進捗状況は?」
「今月――4月下旬には展開を終えると聞いているが」
 返答するゴロー。だが難しい顔をしていた。
「……確実とは言えない、と?」
「伊勢の地には超常体の出現率は極めて低い。だが周辺に超常体の群れが移動してきていると報告も上がっている。ブルー・リッジやジョージ・ワシントンも海棲超常体や飛行超常体が群がって襲ってきたら沈む危険が高い。――“唯一絶対主”に盲信する莫迦共が多く集まってきているそうだ」
 ゴローは顔を歪めて吐き捨てた。
「……私からも質問してもいい? 私達の任務は第七艦隊上陸部隊の先遣として偵察及び類する支援活動と聞いていたけれども、本当にそうなの? 内宮奥にあるという施設と、其処に居るVIP(very important person)の身柄を確保する事が戦略目標と聞いていたけれども、其れは具体的に何?」
 旗艦ブルー・リッジのブリーフィング・ルームにて確かにリリア達はそう説明を受けた。そして阿剌伯諸国連盟の特殊部隊から伊勢を防衛するのが戦略目標と聞いている。実際に阿剌伯諸国連盟の特殊部隊と接触し、交戦した。しかし其れだけが目的でないのは自明の理だった。
 上官が白と言えば、黒でも白とするのが軍隊組織の常だが、リリアは憑魔に寄生されていなければノースカロライナ州で暮らすハイスクール・スチューデントだった少女に過ぎない。自然、疑問が口に出てしまう。ラリーや『アルファ』といった“軍人崩れ”は眉尻を上げるが、『ジュリエット』みたいな魔人兵の数名はリリアと同じような不信感を露わにした。
「――勿論、後続する第七艦隊上陸部隊の先遣としてイセの偵察及び類する支援活動が主任務であり、また阿剌伯諸国連盟特殊部隊を排除するのが目的だ」
 リリア達の追及に、だがゴローは口の端に笑みを浮かべて応える。
「――とはいえ本隊の上陸と展開が出来ない場合、主役は君達14名になる。また阿剌伯の特殊部隊に潜んでいる“奴等”に先を越されたら大問題だ」
 阿剌伯の特殊部隊に完全侵蝕魔人を確認したのは間違いない。確かに先を越されたらステイツどころか人類にとっての問題となるだろう。
 ゴローは目を細める。リリア達は息を飲んだ。が、
「……しかし残念ながら解答は提示出来ない。俺も知らないからだというオチじゃない。だが『遊戯』の規約に抵触する恐れがあるので口に出来ないんだ」
 大仰に肩をすくめると笑い出した。ラリー達が思わず睨み付ける。ゴローは笑いを止めると、
「……ヒントは言える。神州世界対応論だ。神州を世界に見立てるというが、ならばイセは世界にとって何に該当する? 随一の神域だ。神州が世界に見立てられるというのならば、世界もまた神州に見立てられなければならないだろう? ならば其処に在るのは……其処にかつて在ったと謂われるのは何だ?」
 ゴローが提起したヒントに、ラリーとリリア達は思わず顔を見合わせるのだった。

*        *        *

 神州世界対応論に基づいて伊勢――三重を見立ててみると、亜剌比亜半島の沙地亜剌比亜王国(サウジアラビア)と伊拉久共和国(イラク。※註1)が当たる。
 敵の目的ひいては維持部隊が死守すべき目標について再度質問した時、化野・東雲[あだしの・しののめ]陸曹長はヒントとして、そう回答した。
(……伊拉久共和国か)
 荒金・燕(あらがね・つばめ)二等陸士は熟考する。沙地亜剌比亜王国軍が熊野三山を特別戦区として和歌山を押さえている事から、三重は伊拉久共和国の比重が大きいだろう。伊拉久共和国の国土は古代メソポタミア文明が栄えた地と殆ど同一であり、国名も都市ウルクに由来するという。
(……とすると?)
「――二士、荒金二士?」
 思考に囚われていて呼び掛けに応えるのが遅れた。心配そうに同僚達が視線を向けているのに気付いて、荒金は慌てて謝罪する。
「――失礼した。少し考えに没頭していたようだ」
「……先日からの戦闘や警備、そして捜査の疲れが溜まっているんじゃないか?」
 警務隊伊勢派遣隊長(二等陸尉)も心配そうな声を掛けてきたが、荒金は手を振って苦笑い。伊勢派遣隊長の階級は遥かに上だが、ほぼ同期の桜。現場を取った荒金と、出世を選んだ伊勢派遣隊長の違いでしかなく、今でも公私共に気の合う戦友と言えた。
「……余り無理するなよ。警務隊の戦力の8割を荒金が占めているのだからな」
 評価が過大ではないかと苦笑が止まらない。兎に角、伊勢派遣隊長が心配してくれているのは有難かった。
 さておき第33普通科連隊の2個中隊が駐屯する伊勢の五十鈴公園――通称『伊勢分屯地』。主戦力は普通科だが、其れを支えるだけの人員もまた存在する。需品科や衛生科、施設科といった後方支援のみならず、規律を取り締まる警務科だ。
 警務隊は、神州結界維持部隊・長官直轄の部隊のひとつであり、旧・日本国陸上自衛隊警務科と、日本国警察組織機関が統合された、つまりは神州結界内での警察機関である。警護・保安業務のほか、規律違反や犯罪に対する捜査権限(と、あと査問会の許可による逮捕や拘束権)を有する。
 非常時には第33普通科連隊の中隊長(三等陸佐)が兼任する伊勢分屯地司令の指揮下に入るが、其れでも独自の裁量権を有している。伊勢派遣の警務科隊員を集めての捜査会議も其の一環だった。……勿論、第33普連からもオブザーバーとして出席を認めている。
「……さて。需品科の椎名士長について、話を繰り返すが――」
 議題に上がっているのは第10後方支援連隊補給隊の 椎名・小鳥[しいな・ことり]陸士長の処遇だった。
 先月来、内宮―― 天照坐皇大御神[あまてらしますすめおおみかみ]を祀る皇大神宮に侵入しているとされる超常体と接触していると疑いが濃い、椎名。手引きしているのは間違いなく、また椎名自身も完全侵蝕魔人――超常体だ。しかし其れを理由として直ぐに処罰する流れかというと、
「――完全侵蝕魔に対して問答無用の射殺許可は下りているとはいえ、準備が万全でない場合、返り討ちに遭う危険性が高い」
 魔人は単体(戦車や戦闘機等も含める)において最強の戦力である。何故なら、彼等は(当たり前だが)人並みの知恵があり、知識があり、武装するからだ。武装して無くとも、身体其のものが凶器である。需品科に身をやつしていても、椎名が脅威であるのは異論ない。更に問題は、
「侵入している超常体だ。化野曹長の部下――内宮を護るWAC(Women's Army Corps:女性陸上自衛官)2名を同士討ちさせている事から、能力は祝祷系と思われるが……」
「操氣系魔人が駆け付けても探っても、其れらしき人影は見当たらなかった……」
 代わりに烏が飛び立つ羽音が聞こえただけ。
「……祝祷系による光学迷彩ならば、操氣系魔人の〈探氣〉でバレバレだ。異形系能力で烏に変じて逃げ去ったとしても、此れまた〈探氣〉で捉えられる」
「操氣系能力を有していた可能性は?」
 意見に、荒金も頷き掛けたが、
「私も複合属性か、複数の魔人を考えた。……神話になら複数の側面を持つ神も存在するが、スイッチングで切り替えられる物なのか?」
 能力を複数持つ超常体はいる。だが同時に複数の能力を使えるモノは未だ確認されていない。……憑魔武装を所有しているというのならば話はまたややこしくなるが。たとえば京都の四大元素天使は独自の能力だけでなく、強力な憑魔武装を所持しているらしい。其れでも個別に使用したり、相生相剋関係による増幅効果を狙ったりは兎も角、複合的な使い方は聞いた事がない。
「何にしても三種混合という無茶はないだろうな」
 荒金の嘆息に、同僚達が首肯した。
「……兎に角、椎名士長、次いで彼女と接触が多い山寺三曹の行動には気を配る。だが其れを陽動に動かれると、面倒だな」
 荒金の苦笑に、大きく溜息が漏れた。
「――では陽動の話が出てきたから、敵の侵攻だが」
 敵……といっても超常体だけではない。伊勢神宮の占拠と、奥宮にいる要人の身柄を狙う、他国の特殊部隊の存在だ。
「……発見した遺体と其の装備は、仲間と思われる連中に回収されている。目撃情報ではM16アサルトライフルで、落ちていた排莢も5.56mmNATO弾。人種的にはアングロサクソン系だと思われるが、日本に帰化した者や国際結婚で生まれた者も維持部隊には居るので、人種から何処の部隊と決め付けられない」
 そして、もう1つ。
「其の遺体を造ったのと、荒金二士が交戦した相手は同じものだろう。人種や装備からして駐日沙亜軍だ。確認の連絡を取っているが、未だ返答は――無い」
 知らぬ存せずを決め込んでいるのであれば、此方も相応の態度を取るだけだ。
「全員が魔人兵だったからな。しかも憑魔核が疼いていた。完全侵蝕魔人――つまり超常体と看做して処理しても国際法上問題ない」
 問題は、1体だけでも凶悪なのに、其れが組織的行動をしてくるのだ。しかも指揮官からは薄ら寒くなる程の実力を感じ取れた。歳の頃は、荒金より2周り下ぐらいの10代後半から20歳前後の指揮官。他の魔人兵の眼に狂気じみたモノを感じるとは異なり、其の青年の瞳は澄んでいるのを、よく覚えている。
「――兎に角、第33普連や化野曹長の部隊と連携して、警備活動を継続していく他ないだろう。しかし……椎名士長と侵入している超常体も別に考えれば、伊勢を狙う勢力は3つあるのか?」

*        *        *

 守山駐屯地から南東の方角、直線距離にして約6kmにある愛知カントリークラブ跡に、奪還に向けての野営地が築かれていた。
「今日の食事は♪ ハンバーグ♪」
 需品科の野外炊事1号がフル稼働し、大休止している部隊へと温食メニューが配給されていく。レトルトだがハンバーグが美味く、デミグラスソースもまた食欲をそそる。デザートはレアチーズケーキ。御蔭で缶飯やパック飯と呼ばれる戦闘糧食に世話にならないのは有難い。
「――パック飯のビーフカレーも美味しいですよ?」
「誰に言ってんだ、誰に?」
 ハンバーグを頬張る 下町・菜之花(したまち・なのは)二等陸士へと、先輩達がツッコミを入れる。丸眼鏡をした第10109班長は小学校の教育者みたいに、
「もう少し落ち着いて食べても大丈夫ですよ。作戦開始まで充分に時間はありますからね」
 菜之花へと言って聞かせる。
 ――先の戦いで、外周部の超常体の群れは逃げ去り、霧散した。だが要塞然に造り替えられた守山駐屯地内部の超常体は未だ戦闘意欲を失っていない。魔王クラスの内、地脈系の堕落侯サブナックを撃ち倒したとはいえ、呪言系の封印総統 マルバス[――]と祝祷系の詐欺総統 マルファス[――]は健在だった。
「……で、先生。次はどうするんですか?」
 菜之花の質問に、第10109班長は丸眼鏡を拭きながら答える。先ず空を指して、
「航空優勢は此方にあるとしても、直接、敷地内に降下するのは自殺行為です。勿論、爆撃は駐屯地そのものを瓦礫に変えてしまうので問題外」
「だとすると深い堀を渡って、分厚い塀を乗り越えないといけないので? 其れともまた正面突破ですか」
 先輩の言葉に、第10109班長は頷き返すと、
「野戦特科が大張り切りでしてね。塀に穴を一つ二つ空けるのは仕方無いと、師団長も了承されました」
「爆発ならば負けないっ!」
「……張り合うなよ、菜之花」
 呆れたような口調で先輩が苦笑する。とはいえ菜之花が発射する榴弾に期待しない方がオカシイだろう。
「そして塀に穴が開いたら、第10109班はクーガーで突入を図ります。乗り遅れないように」
「はーい。……って今回は第10107班にお世話にならないんですかぁ? 其れにクーガーって」
「新車購入……もとい貯めていた功績点を使って陳情しました。クーガーも良いですよ?」
 おお、メタい、メタい。……いや、そうでなくて。
「第10107班の鳥羽三曹達は別件調査で、もしかしたら守山駐屯地奪還戦に間に合わないかもしれないと」
「……ふーん」
 菜之花はハンバーグの最後の切れ端を口に放り込みながら相槌を打つと、
「兎に角、いっぱい敵を吹き飛ばすぞー!」
 元気良く笑うのだった。

 熱田神宮作戦――3年前に愛知・名古屋で起きた事件の俗称である。駐日阿剌伯諸国連盟軍派遣部隊が特別戦区と称して熱田神宮周辺域を管理していたが、魔王クラスが率いる超常体の群れ――魔群(ヘブライ堕天使群)により壊滅。在日米軍や和歌山の駐日沙亜軍が乗り出す前に、第33普連と第35普連総出で奪還した作戦である。其の際に伊勢分屯地より特殊部隊が出向してきたと話は聞いているが、正式な記録には残されていない。  また奪還作戦において事前の情報収集として、超常体に制圧された熱田神宮の強行偵察が行われたが、其の際に数個班が壊滅している。守山駐屯地を魔王として強奪したサブナック、マルバス、マルファスは熱田神宮への偵察に失敗し、生存が絶望視されていた維持部隊員だった。
「……熱田神宮作戦で消息不明となっていた彼等は、完全侵蝕により敵として還ってきた。3年前の熱田神宮事件は、今回の守山駐屯地への強襲と籠城戦とに繋がりがあるという事か?」
 豊川駐屯地の資料庫を当たっていた第35普通科連隊第1010中隊・第10107班長の 鳥羽・沙織(とば・さおり)三等陸曹は書面から顔を上げると、ウェーブのかかった銀髪を手櫛で整えながら、思わず独白した。部下が淹れてくれた珈琲を口に含んで、休憩を取る。熱田神宮事件のより詳しい情報は守山駐屯地に眠っているだろうが、此れだけでも充分だ。沙織が軽く背伸びをしながら見渡せば、資料集めや記憶の洗い出しに付き合わされた部下達や、協力してくれた第306基地通信中隊豊川派遣隊員が資料庫で死屍累々としている。
 鳥羽も当時の奪還作戦に参加したが、最終的に熱田神宮を制圧していた魔王を討ち果たしたのは、其の伊勢から来た特殊部隊だった……ような記憶がある。どうも、そこら辺の記憶が曖昧だ。群がるグレムリンやインプを撃ち払いながら境内に突入した第10107班が見たのは……荒い息を吐きながら地面に大の字で寝っ転がっていた青年の姿。
「――そして私達は『もう動けねぇから』と疲れた青年の願いを聞いて、本宮へと突入。御神体である草薙剣の確保を図ったのだったが……」
 そうだ。しかし熱田神宮の神体である草薙剣は確保出来ず、其の後の幾度の調査でも発見されていなかった。段々と靄のかかっていた記憶が蘇ってくる。
 源平合戦を描いた『吾妻鏡』において三種の神器(天叢雲剣=草薙剣、八咫鏡、八尺瓊勾玉)が海に没したとある。鏡と勾玉は回収されたものの、後白河法皇の命による20回以上にも及ぶ探索が行われたが剣はそのまま紛失されたまま。尤も、此れには異説があり、宮中に有ったのは勾玉だけで天皇の即位に際し渡される神器は、須賀利御太刀(天叢雲剣のレプリカ)及び内侍所の御鏡(八咫鏡のレプリカ)とされ、天叢雲剣=草薙剣を御神体として祀る熱田神宮や、鏡を祀る伊勢神宮より外に持ち出された記録は無いという。この為、壇ノ浦に沈んだのは須賀利御太刀だとする。
 異説が真実だったならば、熱田神宮には神体である草薙剣が無ければならなかったはずだ。だが見付からなかった事は、他ならぬ沙織自身が確認している。そうだ、何故か今まで忘れていた――否、何者かによって思い出さないようにされていたが、確かに草薙剣は見付からず、伊勢からの特殊部隊が悔しげな表情を浮かべていた。
「――3年前に草薙剣は奪われたまま、そして……」
 今回の守山駐屯地の襲撃。共通する敵は魔群。此れが大規模な陽動ならば、
「草薙剣が何処かに?」
 地図を改めて見詰めながら、唇を噛む沙織。そんな機会を狙っていたと言わんばかりに資料庫の扉が開かれて、第10偵察隊員が報告を上げる。春日井駐屯地から出向してきていたところを協力要請したのだ。
「――守山駐屯地に目が行っていたばかりに気が付きませんでしたが、他にも超常体の動きがありました。鳥羽三曹に感謝です」
 敬礼する偵察隊員へと沙織は紅い双眼で注視。死んだかのように眠っていた部下達も起きると、報告へと耳を傾ける。異様な雰囲気に怯んで見せたが、偵察隊員は唾を飲み込んで姿勢を正すと、
「――名古屋城です。魔群の超常体が密かに集結し、城内で何等かの行動をしているのが確認されました」

*        *        *

 筋骨逞しい図体を周囲の目を憚る事無く堂々と伊勢分屯地内をラリーは歩き回る。余りにも綽々とした態度が逆に疑惑の目を集めず、あったとしても時折、声が掛けられる程度。ゴローに用意してもらった身分証書を提示すれば、首を傾げられつつも解放された。  さておき軍隊というのは自己完結型の組織である。日本国の陸上自衛隊を基幹・前身とする神州結界維持部隊も変わりなく、伊勢の五十鈴公園――通称『伊勢分屯地』もまた兵站……つまりは物資の配給や整備、兵員の展開や衛生、施設の構築や維持等といった後方支援が完備されていた。
 五十鈴公園にあった県営総合競技場施設の内装が変えられて再利用されているだけでなく、敷地内には新たな建物や天幕が張られている。
 そしてラリーが目を付けた伊勢分屯地の重要施設といえば、幹部(上級将校や下士官)連の宿舎、武器弾薬庫、燃料タンク、発電設備、通信中継基地、糧食庫、浄水設備、他・生活支援物資の保管庫といったところか。但し戦時国際法の規定に依れば非戦闘員や民用品(医療関係施設や食料生産施設)等を軍事目標にする事は出来ない。糧食庫や浄水や発電設備等に『仕掛け』を施せば、遠からず傷病者の危害を加える事になるだろう。
 亜米利加合衆国と其の軍隊は、世界の警察を自負し、秩序の維持を護らんとしなければならない。如何に有効とはいえ戦時国際法を違反する事――傷病者や非戦闘員にも危害を与える場所に『仕掛け』を施すのはどうかと思う。現在、隔離政策で国民皆兵に近い日本とはいえ、だ。
 兎に角、考えた末に手持ちの数だけ『仕掛け』を施してみた。果たして役立つ事を期待するとしよう。
 さて『仕掛け』も施した事だし、そろそろ怪しまれるだろうと判断。内情を偵察してから離脱しようとしていたラリーだったが、
「――其処のあなた。ちょっと聞きたい事がある」
 日本語で問い掛けられたのだろう。警衛か、それとも憲兵(警務科)か。此れまで通り身分証書を提示すれば問題ないはずだ。怪しい素振りをしないよう極めて努めながら、しかし隙を突いて逃げられるように気を配って、ラリーは声の主へと振り返る。
 と、相手を見て、ラリーは瞬間フリーズした。
 ――表が黒で、裏地が赤のマント。目といった顔の上半分を覆うアイマスク。そして極めて異彩を放つタキシード。ハイスクール時代の友人がはまっていた美少女ANIMEに出てくるサポートキャラクターが確か似たような恰好だったと思う。……ああ、友人よ。日本は本当にクレイジーなところだよ。
 さておき固まっていたのも僅か数秒。ゴローが話していた荒金だと思いだしたラリーは直立不動で応じる。相変わらず日本語でしてくる質問の内容は解らなかったが、下手な動きはしない方が良い。見た目は兎も角、ゴローから油断のならない人物と聞かされていた。

 見慣れない隊員が数人、伊勢分屯地を歩き回っているとの報告に、警務科が動いたのは直ぐだった。しかし何人かを捉まえてみたが、提示してきた身分証書にオカシナ点は無い。日本語を解さない者もいるが、帰化したばかりだと言われてしまえば、其れまでだ。勿論、照会を頼み、身分証書を綿密に調べれば、ボロが出るだろうが……。
 荒金は疑いの念を顔に出さぬよう努めて振る舞いながら、白人男性の普通科隊員を見詰める。此方を見て一瞬驚いていたようだが……十中八九、荒金の姿に対してだろう。視線もそういう人を見るような憐憫に近いモノに似ていた。――しかし断じて言うが、趣味に走った訳ではない。
 さておき、
『……あなたの所属と階級は?』
 英米語は神州における必須教習の外国語だ。駐日外国軍兵士との接触において英米語で対話する事が必要になってくるからだ。御蔭で十に満たない子供でも日常会話程度なら問題ない。逆に駐日外国軍兵士の読解力・識字率の方が怪しいのだが……彼等は母国語しか話せない者が圧倒的に多く、英米語が話せるのは将校のみ。駐留するならば日本語ぐらい話せるように努力しろ、兵士達にも教育を施せと……。
 ――閑話休題。
 兎も角、改めて荒金が英米語で問い掛けると、白人男性は敬礼して応じてきた。
『――シノダヤマの37th Infantry Regimentより異動してきた、Private ラリー・ワイズマンだ』
『警務科の荒金燕二等陸士だ、以後、宜しく頼む』
 ラリーと名乗った男の返答に真っ黒さを感じたものの、提示してきた身分証明にオカシナところは無い。信太山駐屯地の第131地区警務隊に照会するのは当然だが、其れが終わるまで心証は真っ黒だが、ラリーを捕まえる理由にも乏しかった。何しろ……
(憑魔核が反応していない。操氣系能力による〈消氣〉の可能性もあるが……)
 ちなみにデビル・チルドレンも魔人である事を隠せるが……ラリーの見た目からして在り得ない。
(――椎名士長と同じように完全侵蝕魔人の反応でもあれば、問答無用で射殺するのだが……)
 とりあえず幾つか質問してから一旦解放し、そして泳がせよう……。内心で毒吐きながらも荒金はラリーに向けて、問い質そうとした。
 其の時、個人携帯無線に緊急連絡が入る。内宮でまたも不可視の超常体による凶行が起こったというのだ。直ぐに応援に駆け付けると返事をすると、荒金は睨みながらラリーに一緒に来いと指示する。
『……俺が言うのも何だが、いいのか?』
『あなたから目を離すよりはマシだと判断した。あなたが先に行け』
『内宮には不慣れなんだが……』
『安心しろ。伊勢分屯地に着任して早々に、内宮について慣れているヤツは怪しい。いいから、私の指示通りに走れ。撃たれたくなければな』
 荒金の言葉に、ラリーは顔をしかめる。だが素直に従って、指示通りに荒金の前を走った。ラリーが不審な動きを見せれば、直ぐ撃つつもりだった。
 さておき内宮の奥に辿り着くと、巫女装束のWACが他の警務科隊員に保護されていた。前回の凶行時に最初に急行した2人組だ。1人は異形系だから傷は直ぐにふさがっている。もう1人は操氣系だったか。また鳥の羽根が散らばっていた。後日、化学科の鑑識結果によると烏のもので間違いないらしい。
「――状況は?」
「警戒中に突然の閃光で目晦まし。視界が戻る前に光弾を撃ち込まれたが、幸いにして異形系の方は憑魔核への致命傷を避けられたみたいだ。しかし操氣系は内臓を貫通する程の重傷を負った。それでも視界を奪われた状態でも相手の位置を察知して反撃したとの事」
「何でもいいから手掛かりを聞きたい。正体不明の敵超常体について。祝祷系なのは間違いないようだが」
「其れが、さっき言った通りに操氣系は重傷で現在意識不明だ。最後の力を振り絞って反撃、そのまま気絶したそうだ」
 荒金は、異形系のWACへと振り返る。相棒を心配しているのが見て取れた。
「――君は判らなかったのか?」
「直ぐに視神経を蘇生させて周囲を見渡しましたが、敵位置を把握するのに失敗しました……申し訳ありません」
 頭を深く下げて謝罪する。此の異形系が内通者であれば、狂言も疑われるが、化野の直属の部下である。警務科隊員以上に身許はしっかりしているだろう。
「……そういえば化野曹長は?」
「曹長は『鎮守の森で不穏な臭いがするニャン』と、2名連れて向かってから未だ帰ってきていません」
 と異形系WACが口を開いたのと同時、まるで図ったかのように銃声が轟き聞こえてきたのだった。

*        *        *

 ――時間は少し遡る。
 やはり奥にある正宮を直接攻めるというのであれば、南に位置する神路山や島路山……鎮守の森より侵入するのが距離的に早いだろう。
 伊勢分屯地――五十鈴公園跡地側である北や、伊勢道路(県道32号線)の東では第33普通科連隊からの応援に包囲されてしまう。県道12号線のある西側は五十鈴川が天然の堀となっている為、多勢が攻めるには向かない。第79任務部隊(第7艦隊上陸部隊)の数で圧倒する手もあるが、損害も莫迦に出来ないだろうし、そもそも伊勢分屯地を先に制圧してしまう方が早いだろう。其の点は伊勢分屯地に潜入しているラリー達に今は任せる事にした。
「……となれば、やはり南からになるけれども」
 リリアは鎮守の森の中に足を踏み入れ、容易く見えるが、実は困難である事を肌で感じ取る。縄張りを侵した愚か者共を、猛る牙と鋭い爪で狩らんと潜んでいるナニカの息遣い。第79任務部隊が数を任せて突入したところで、時間を掛けずに平らげられてしまう顎が開かれていた。
「――しかし鎮守の森って、日本における聖域よね? 何で此れ程に物騒で血生臭いのかしら?」
 リリアの疑惑も尤もな話だ。スネア(輪罠)も危険だが、デッドフォール(落とし穴)やスピアやボウ・トラップの配置や仕掛けは殺しに掛かってきていると過言ではない。爆発物を利用していないだけ森の生態系に良心的なつもりなのだろうか?
 現在の神体の多くは本殿や拝殿などの、注連縄の張られた「社」であり、それを囲むものが鎮守の森であると理解されている。だが本来の神道の源流には、森林に覆われた土地、山岳、巨石や海や河川等の自然そのものが信仰の対象だ。八咫鏡を神体とし、天照坐皇大御神を祀る伊勢神宮と雖も、鎮守の森や神体山を祀るのが原型のはずだ※註2)。
 だが今でこそ聖地として信仰の対象となっているモノが、戦乱の過程で血に汚れてしまったというのは、古今東西珍しくない。其れに鎮守の森といえども生態系があるというのは、食物連鎖があるという事だ。すなわち鎮守の森に棲息するモノの生と死がある。其れすら穢れとなると言うならば、聖域には“無”しか存在しない事になるだろう。
「人為もまた自然というならば……か。此処の罠を仕掛けているモノは独特というか、“世俗の宗教観”を超越した思想を持っているみたいね」
 つまり神域である鎮守の森と雖も、戦場とするのを辞さない覚悟。そして其れは異教徒からの侵略をも跳ね返す意志となる。何故なら鎮守の森を神域として禁忌と看做すのはアニミズムな考えであり、逆に“唯一絶対主”を信仰の対象とする基督教やイスラームのような宗教観では妨げにならないからだ。
「……だからこそ罠を張る。そして罠は間違いなく侵入者の妨げとなり、結果として護りたいモノの助けとなる」
 合理的とも結果論とも言うべき考えであり、此れもまた日本神道としては異端であり、忌避すべきモノだろう。此の宗教観の問題に決して正しい解答は無い。
 但しリリアとして確信出来るのは、超常体――否、完全侵蝕魔人が付近にいる事を報せる憑魔核の痛みと、罠に引っ掛かって足止めされている阿剌伯諸国連盟の特殊部隊の姿だった。そして若いながらも指揮官と思われる端正な顔立ちの男が〈氣〉を発した。
 リリアの憑魔核が狂ったように悲鳴を上げる。先程までも憑魔核は痛みを訴えていたが、其れの比ではない。激しく身体が跳ねる程に、神経に刃を突き立てられたような、気が狂いそうになる痛みに、リリアが声ならぬ絶叫を上げる。憑魔核が異様に膨れ上がり、根がリリアの血肉を食い破るように侵していく。強制憑魔侵蝕現象に対して、隠れていた事も忘れて、のた打ち回るリリア。阿剌伯諸国連盟の特殊部隊員が構えていたステアーAUG(Armee Universal Gewehr:軍用汎用小銃)を向けて、痛みに暴れ回っているリリアの方へと引き鉄を絞ろうとした……。
 ――銃声が鳴り響く。
 だが倒れたのはリリアでなく、阿剌伯諸国連盟の特殊部隊員。そして木々の陰から5.56mmNATOが降り注ぎ続ける。其れでも射撃手の気配は感じられない。維持部隊の操氣系魔人だろうか? 音や銃火から考えて、少なくとも3人いるのは確か。
 兎に角、此の好機を逃す事無くリリアは半身異化。自身の乱れを整調すると、〈消氣〉で身を隠す。維持部隊と阿剌伯諸国連盟特殊部隊との戦いを観察した。そして息を飲む。
 無数の銃弾は阿剌伯諸国連盟特殊部隊を蜂の巣にする。如何に強力な魔人と雖も不意を打たれたならば、致命傷を負う事もある。強化系と思しき数体の魔人兵が地面に沈んだ。異形系の魔人兵は撃たれた傍から蘇生していっているが、其れでも直ぐには反撃が出来ずに倒れ伏したままだ。問題は――先程に〈氣〉を放って、リリアの憑魔核を強制侵蝕させた阿剌伯の指揮官。
 阿剌伯の指揮官は氣の防壁を張って、弾雨を防ぐ。其処までは反応の速い魔人兵というだけだが、彼の背中に3対の翼が生えた事に、リリアは驚愕した。
(――天使? 熾天使なの、彼は!?)
 熾天使(セラフ)は、京都の四大元素天使を代表するように高位上級の超常体だ。……待て。阿剌伯諸国連盟の特殊部隊という事は、彼はムスリムだろう。ムスリムが天使? いや、オカシクは無い。基督教もイスラームも、そして猶太教も「セム族の啓示宗教(アブラハムの宗教)」の伝統を受け継ぐ。ヘブライ神群の超常体が姿を隠しているのは理論的に間違っていない。だが基督教国家である亜米利加合衆国兵士であるリリアに何かを否定せよと囁く蛇のような『声』が聞こえてきたような気がした。――幻聴だ。
 兎に角、維持部隊側の奇襲は、阿剌伯諸国連盟側に撤退させるには充分だったらしい。熾天使が正体の指揮官も強引突破は諦めたのかおとなしく引き下がっていった……。

 情報を持ち帰るべく撤退したリリアだったが、出迎えてくれた同僚やゴローは先ずは無事を祝い、それから浮かない顔をした。
「――悪い報せが2つある」
 ゴローの言葉に、リリアは目を細める。
「先ずウィスキー達といった伊勢分屯地侵入組だが、拘束はされていないものの、常時警戒下に置かれているようだ。俺のトラックにコッソリ入れれば出入りは今まで通り可能だが、其れでも危ない橋を渡る事になるだろう。俺も疑われているクチだからな」
「……解った。其れで? 2つ目は?」
「――第七艦隊が洋上で足止めされている。相手はヘブライ神群。“唯一絶対主”を盲信する連中の強襲だ。第七艦隊は太平洋から伊勢湾へと入る答志島の北で被害を受けた。……ミエはアマテラスの影響で、天使共も容易に動けないと思ったが……イスラフェルの野郎め、強引に襲ってきやがった」
 ゴローが大きく舌打ちをする。怒りで我を忘れ掛けているのだろうか? ゴローの発する気配に感じて、憑魔核が疼き出した。阿剌伯諸国連盟特殊部隊のとはまた違う厭な気配。――ゴローもまた完全侵蝕魔人だ。間違いない。リリアの確信に、同じくジュリエットといった魔人兵も頷き返したのだった。どうやら普段は〈消氣〉で魔人である事を、ゴローは隠していたようだった。しかし、どういう事だろう?
「……御蔭で、アケノにある日本軍の飛行部隊にも此方の動きが完全にバレた。第79任務部隊による強襲といった電撃作戦は使えない。そして上陸自体、5月の中旬まで延期だとさ」
 リリア達の不信に気付かないゴローは、不満を漏らし続けるのだった。

*        *        *

 守山駐屯地を奪還する戦いの推移を、小松基地から離陸したUH-60J多用途回転翼航空機ブラックホークが睥睨していた。隔離前の航空自衛隊時代には救難専用ヘリとして運用されていたUH-60Jだが、20年近くに渡る超常体との戦闘で改修が施され、こうして偵察任務に使われる事も珍しくない。
『――やはり直接に空挺部隊を守山に降下させるのは難しいようです』
 航空優勢は維持部隊にあるが、やはり直接に守山駐屯地の敷地内へと乗り込むとなると自殺行為だ。守山周辺に群がり、営巣地を広げようとしていた低位超常体は、先の戦いで散っていったものの、深い堀と高い塀の内側には強力な高位超常体が待ち構えている。
「……其れでも航空支援が在るのと無いでは、かなり違いますが。特に精神面で」
 ビタミンの錠剤2粒を咥内に放り込んで噛み砕くと、第10109班長は溜息を吐いた。確かに上空から戦況の移り変わりを把握してもらえたり、またキャビンから身を乗り出した隊員が5.56mm機関銃MINIMIで弾雨を降り注いでくれたりするのは有難い。
『――第2次守山奪還戦。状況を開始する』
『状況開始! エフエッチぶっ放すぞ!』
 第10師団長の言葉に、三河守――第10特科連隊長が大声を張り上げた。三河守に応じて、各中隊に配備されている155mm榴弾砲FH70サンダーストーンが炎を上げる。
「――やはり火力は戦の華だよねっ!」
 猛威を振るうサンダーストーンの姿に目を輝かせると、菜之花は歓声を上げた。それから乗り込んでいる96式装輪装甲車クーガーへと視線を移す。特に銃手席に備え付けられた武装へと、菜之花は不満そうに口を膨らませた。
「何で擲弾銃じゃないの? ヤダー」
 クーガーに搭載されているのは12.7mmブローニングM2重機関銃キャリバー50。火力大好きっ娘の菜之花としては96式40mm自動擲弾銃でないのが大不満。
「……弾幕を張れる方が援護し易いという判断からなのですがね。其れと君が今座っているのは班長兼車長席ですから直ぐに後部乗員席に移動しなさい」
「いや、班長……もうすぐ突撃ですら菜之花ちゃんを降ろす暇はないようです」
 操縦手の言葉の通り、機動部隊である第10109班の待機命令が解除される。サンダーストーンからの多数の砲弾を撃ち込まれて、厚くて堅い塀の一部に大きく穴が空いたのを確認すると、
『――前進!』
 徒歩の普通科隊員の援護を受けながら89式装甲戦闘車ライトタイガーやクーガーが、空いた穴から守山駐屯地内部へと発進していった。
「――おっきな火トカゲ!」
 穴の奥に、咥内に炎を溜めたファイアードレイクの姿を目視すると、菜之花は愛用の擲弾銃をぶっ放した。様々な改良が施された愛銃から発射された40mm対人対戦装甲擲弾はファイアードレイクの咥内へと違う事無く命中。外皮が厚く、また炎に耐性のある超常体といえども咥内で飛び散る弾体と衝撃に一溜まりもない。頭部が消し飛び、胴体だけが暫くのた打ち回っていた。
「予備弾薬も増えて弾切れの心配も無くなったよ」
「……誰に言っているのですか、誰に」
 続いて穴の向こうに見え隠れするビーストデモンにも菜之花は擲弾を叩き込んでいく。そして陸からの支援や空からの誘導を得て、多くの部隊が要塞と化した守山の内側へと進入を果たした。
『――総員降車! 魔王が来るぞ! 各員、幻覚に惑わされるな!』
 機動部隊を指揮する第1010中隊長の言葉に、菜之花達は固唾を呑み込むと、銃手の援護射撃を受けながら展開していく。外側の低位と違って、より強力な高位の超常体の出迎え。ビーストデモンが爪を振るい、蒸し焼きにせんとファイアードレイクが炎の舌を伸ばす。そして――敵側より銃弾が飛び込んできた。
「狙撃あり! 魔王クラスだ」
 先輩の警告に、菜之花は遮蔽物にして身を隠す。同時に波動が襲ってきた。憑魔核が悲鳴を上げる。激痛に体勢が崩れた菜之花だったが、予測していたのだろう、魔人でない先輩達が直ぐに弾幕を張って、回復する時間を稼いだ。其れでも――
「……待て、待て、待て。今ので完全侵蝕されたのかよ。すまん、許せ!」
「――違う。惑わされ……ぐっ」
 続いて放たれた光に惑わされて、味方に対して発砲する隊員も少なからず出た。流血と悲鳴――狂気が戦場を支配し始めていく。そして光や幻に紛れて接近してきていた、雄獅子のたてがみを思わせる髪型と髭をした壮年の男マルバスは、装甲を腐食させてクーガーやライトタイガーを潰していく。
「――損耗率が3割を超えました!」
「今回も……奪還失敗か……」
 諦めの言葉が先輩の口から洩れるのを聞いた。だが菜之花は奥歯を噛み締めると、震える手で愛銃を構える。狙いは――マルバス。
「負っけるもんかぁ!!」
 身体から出た紫電を、銃身が纏う。銃身が過熱して炎を上げた。そして発射される装甲擲弾。マルバス諸共に周囲を巻き込んで吹き飛ばした。
「……狙っていた展開とは違っちゃったけれどもね。結果おーらい?」
 安全圏からの攻撃を目指して、要望していたのは射程の延長。結局は、距離を詰められてしまっての中距離からの迫撃になってしまった。
「……やっぱり幻覚が最大の敵だよぉ」
 しかし落ち込む暇も与えずに、マルファスからの弾雨と幻惑が突入部隊を悩ませる。しかし追い付いてきた徒歩の後続部隊が堀や塀を突破して守山駐屯地の敷地内に進入を果たした。其れを見てマルファスは舌打ちすると、小型の超常体をまとめて司令部の建物へと消えて行く。
「――やっぱり無駄死の捨て駒じゃねぇか」
 マルファスの悪態だけが何故か耳に付いた。
 周囲に残った大型超常体を味方が掃討していく中、菜之花は肩を落として座り込んだ。そして安否の確認に声を掛けてくる第10109班長を見上げると、
「籠城している建物ごと吹き飛ばしたら駄目かな?」
「……1つの手ではありますがね」
 問題はマルファスを倒せたかどうかが確認出来ない事だ。また貴重な機材や物資等も司令部の建物に残されている。
 兎に角、守山駐屯地の敷地の大部分は奪還出来た。残るはマルファスが立て籠もる司令部の建物1棟だけだった。

*        *        *

 崩壊した愛知県庁舎の中にライトタイガーを潜ませる。沙織は車長、砲手、操縦手の3名に待機を命じ、残る班員に降車を命じた。
「――各員、戦闘準備。但し可能な限り交戦は避けろ。味方の援護に努める事」
 沙織の言葉に、敬礼して応じる。89式5.56mm小銃BUDDYを構えると周辺を警戒しながら、目標――名古屋城へと沙織達は足を向けた。
 通称「金鯱城」「金城」とも呼ばれる名古屋城は、織田信長誕生の城とされる那古野城址周辺に、徳川家康が九男義直の為に天下普請によって築城したとされる。以降は尾張徳川家の居城として明治まで利用。つまり勘違いされ易いが、信長と直接には所縁も無い城である。大小天守や櫓、御殿の一部は昭和初期まで現存していたらしいが大東亜戦争末期の名古屋大空襲によって天守群と御殿を焼失したとされる。其れでも隔離前には天守等が復元され、城址は名城公園として整備されていたらしい。
 だが超常体が現れてから名城公園は戦場の一角となり、荒涼とした風景が広がっているだけだ。名古屋城天守もまた超常体による爪痕等が激しい。低位超常体の営巣地の1つとして挙げられるが、増え過ぎないように半年ペースで駆除が行われるだけで、実質、無視されてきた場所だった。しかし……
「――人影を確認。偵察隊からの報告通りです」
「え、何処だ?」
 部下から双眼鏡を受け取り、指摘される処を注意深く凝視する。目を細めて、眉間には皺が寄った。
「――確認した。言われなければ気付かなかったな」
 名城公園跡に生い茂る藪の1つ。巧みに擬装されたソレから、一見、木の枝に見紛う銃身が突き出ていた。
「……完全侵蝕魔人だな。魔王クラス程の威圧感は無いと思うが」
「班長の推測通りだと思います。守山駐屯地に魔王以外のヤツが目撃されていないのは、此処に集中しているからだと」
「すると、守山駐屯地に在った武器弾薬や糧食、他の物資も此処に運び込まれている可能性が高いな」
 沙織は思案を巡らせる。敵の正確な数が知りたい。危険だが〈探氣〉を使うか。しかし敵魔人にも操氣系魔人がいたら、此方の接近に気付かれてしまう。
 超常体が付近にいれば、憑魔は反応して活性化する。半身異化しなくとも並の人間よりも身体能力が強化される。此れは強化系に限らず、全ての魔人に言える事だ。そして操氣系は、超常体が近くにいるかどうかしか判断出来ない通常の活性化と違い、半身異化という憑魔の能力を最大限に引き出せるようにすれば、半径200m以内の超常体や魔人の多くをほぼ把握出来る。具体的な位置だけでなく、どんな能力を所有しているか、また或る程度の強さの目安等諸々だ。だが「ほぼ」と断っている通り「完全」ではない。一方でも魔人を父母に持つ子――第二世代魔人(デビル・チルドレン)は能力を発揮しない限り、魔人かどうかも判別が付かない。また操氣系の中には、気配を隠す応用で、己が魔人かどうかも誤魔化す使い方も出来るらしい。
 そして最大の問題点として〈探氣〉は半径200mの球状空間における超常体や魔人(と無理をすれば他の動体)の位置や能力を把握する事が可能だが、此れは原理的に潜水艦等にアクティブ・ソナーに近い。氣を張り巡らせる事は、敵の操氣系魔人に居場所を自ら報せるようなものなのだ。
 ならば――
「全員、私の傍に集まれ。気配を隠す」
 ――憑魔覚醒。侵蝕開始。半身異化状態に移行。
 沙織は自身と部下達の気配を隠すと、慎重に足を進める。気配を隠したものの、音や姿は消す事は出来ない。だが其れでも隠密行動には役に立つ。
 そして用心は正解だった。
「――班長。天守閣の7階、展望室にて一瞬だけ光の反射を確認。……多分、狙撃手がいます」
 双眼鏡を覗いていた部下の言葉が震えていた。慎重に進まなかったら間違いなく狙撃されていた。一流の狙撃手であれば、沙織達ぐらい瞬く間に全滅させられる。そして確実に天守閣で何かが進行している証左は、周囲に潜んでいる完全侵蝕魔人共や狙撃手の存在だけではない。天守閣に近付くにつれ、威圧感が増してきていた。操氣系である沙織だけでなく、魔人ですらない部下達もまた蒼褪めた表情で苦しそうに喘いでいる。
 更に――
『……我、解放……異邦の神、戒めか……此のままで……異、の神……“門”、獄……繋が……』
 活性化に似た痛みと痺れが全身を貫いた。苦悶を訴える“声”の幻聴。
「――班長、今のは?」
「お前達も聞こえたのか。……まさか私に隠れて、実は魔人だったという訳ではないよな?」
 沙織の言葉に、部下達は揃って首を横に振る。沙織は息を吐くと、
「……撤退する。敵の本命が此処で間違いないのであれば、私達だけでは不安が大きい。第10師団長に報告しなければならないだろう」

 

■選択肢
EA−01)伊勢神宮で防衛・警戒
EA−02)伊勢神宮に侵入・調査
EA−03)伊勢神宮を制圧・突破
EA−04)伊勢にて敵勢力と交戦
EA−05)名古屋・守山の奪回戦
EA−06)名古屋城跡の状況把握
EA−FA)近畿地方東部の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 なお神宮内の行動は著しく制限が掛けられており、キャラクターの設定だけで出入りを働こうとした場合、「最善で失敗・最悪は死亡」もありえるので注意されたし。基本的に其の様な設定は自称どころか偽称として判定材料にする。
 また全体的に死亡率が高く、下手な行動は「即死」と思って欲しい。
 駐日外国軍兵士として神宮を攻略する側のアクションを掛ける事も出来るが、難度が極端に高くなるのでお勧めはしない。
 対して神宮死守側の維持部隊には明確な勝利条件が無い事に留意せよ。
 そして名古屋では強制侵蝕が発生する可能性が高い為、注意する事。

※註1)伊拉久共和国……神州世界では超常体の出現によりイラク戦争が生じていない。但しサッダーム・フセインによる独裁体制は崩壊し、議会制民主主義に移行している。超常体の被害からの復興過程で、皮肉な事に民族・宗教(派閥)間の暴力的な争いは少ない。
 神州には阿剌伯諸国連盟の一員として部隊を派遣しており、沙地亜剌比亜王国や埃及阿剌伯共和国(エジプト)のように単独で駐留させる余裕はない。

※註2)伊勢神宮の起源……『日本書紀』垂仁天皇25年3月の条では、皇女倭姫命が天照大御神を鎮座する地を求めて旅をしたと記されている。此の話は崇神天皇6年の条から続いており、『古事記』には崇神天皇記と垂仁天皇記の分注に伊勢大神の宮を祀ったとのみ記されている。

※註3)伊勢分屯地の特別ルール……
1.防衛(維持部隊)側は、アクションとは別に攻撃(潜入した特殊部隊)側の『仕掛け』1つの解除を試みる事が出来る。ノベル本文から推測される『仕掛け』を施されたと思う箇所1つを自由記入欄に明記しておく。
2.攻撃(潜入者)側は、アクションとは別に前の回で施していた『仕掛け』1つを解除したり、別の場所へ施したり出来る。前の回で施していた箇所1つを自由記入欄に明記し、解除か、別の箇所に設置かを選択する事。
3.アクションを消費すれば、防衛(維持部隊)側も、攻撃(潜入者)側も、1つだけでなく『仕掛け』を解除/設置する事が可能である。但し他の行動は失敗や没になる可能性が高くなるので注意されたし。
4.攻撃(潜入者)側は手持ちの『仕掛け』以上の数を施す事は出来ない。手持ち以上のものを施した場合、古い『仕掛け』から自動的に解除がなされたとして処理する。

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