同人PBM『隔離戦区・禁神忌霊』第3回 〜 愛知・三重:東亜剌比亜


EA3『 惑わしの光明、暗ましの飛翔 』

 先月下旬に行われた第2次守山駐屯地奪還戦において、大勢の超常体を掃討に成功。残すは司令部棟に籠る七十二柱の魔界王侯貴族が1柱、詐欺総統 マルファス[――]だけとなったが、
「……其れでも安全が保障されない限りは、天幕で寝泊まりだな」
 守山駐屯地から南東の方角、直線距離にして約6kmにある愛知カントリークラブ跡に張られた天幕の1つ。第10師団長と幕僚幹部が苦笑した。そして新事実をまとめた書類を提出したWAC(Women's Army Corps:女性陸上自衛官)へと視線を向ける。
「――守山駐屯地の襲撃と占拠が、名古屋城から目を逸らす陽動であるという報告は間違いないな」
 第10師団長から再度の確認に、神州結界維持部隊・中部方面隊第10師団・第35普通科連隊第1010中隊・第10107班長の 鳥羽・沙織(とば・さおり)三等陸曹が強く首肯した。
「――敵の主力は完全侵蝕魔人か。武器科や需品科にも点検してもらったが、武器弾薬といった多くの物資が紛失しているのは間違いない。守山駐屯地奪還戦の攻防で消費された分を考慮してもだ」
 そもそも守山駐屯地を占拠していた敵の大半は超常体であり、簡単な武器を扱う事が出来るとはいえ、小銃や爆薬を使ってきた事例は少ない。
「……守山の奪還より厄介ですな」
 幕僚の言は正しい。魔人は単体(戦車や戦闘機等も含める)において最強の脅威である。何故なら、彼等は(当たり前だが)人並みの知恵があり、知識があり、武装するからだ。武装して無くとも、身体其のものが凶器である。組織化されていたとはいえ、数を頼みとする圧力が主の超常体の群れよりも、質も連携も優る魔人の部隊が危険極まる。
「正確な数は判らないか?」
「少なくとも10人は確認出来ています。其の多くはマルファスといった魔王クラス程ではありません」
 ですが、と一瞬、言いよどむ。
「――普段は気配を隠していますが、天守閣に魔人が狙撃配置に付いています」
「だが潜伏場所が明らかな狙撃手等、問題では無いだろう?」
 沙織の報告に、幕僚が首を傾げる。
「……問題は相手が魔王クラスと推測される事です。其れと天守閣内部にも魔王クラス――否、其れ以上のナニカが……」
 ナニカとは何か?と質されても答えられない。しかし天守閣に近付くにつれ、威圧感が増してきたのは確かだ。操氣系であり、半身異化もしていた沙織だけでなく、魔人ですらない部下達もまた蒼褪めた表情で苦しそうに喘いでいたのを覚えている。
「……師団長。守山とは状況が違います。貴重な歴史資料に違いありませんが、名古屋城への爆撃及び砲撃も視野に入れるべきでは?」
 幕僚の提案に、第10師団長は難しい顔をした。確かに守山を占拠して陽動にするぐらいの事態が、名古屋城で進行中だと考えれば、強硬手段も止む得ない。しかし問題は、
「――其れで魔王クラスを完全に排除出来るかを断ずる事が出来ない。そして……」
「熱田神宮作戦以来、失われていた草薙剣が存在する可能性もあります」
 威圧感とは別に受けた、謎の“声”。緊張から来る幻聴かも知れないが、其れは確かに救いを求めるようなものだった。――草薙剣に魂や意思があればの話だが。
 此の世界で『魂』の存在は立証されていない。魔人が如何に超常的な力を有していても、死者を蘇らせる事も、亡霊の声を聴く事も出来ない。そもそも霊魂を視たモノはいないのだ。霊能力の全てが手品によるイカサマや、或いは憑魔能力に似たモノでの幻覚作用と科学的に証明されていた。
 其れでも『霊魂』はなくとも『生命』や『精神』は存在する。皮肉な事に憑魔という存在が、其れを証明しているのだ。憑魔核は無機物にも寄生する。勿論、生きている以上、何らかの形で栄養を摂取出来なければ衰弱死してしまうが。とはいえ憑魔核の全てが解明されている訳ではなく、仮死状態で過ごしているモノも僅かとはいえ存在しているだろう。ましてや生命がある以上、其処に知性を有するモノが居ないとも限らない。
 神話や伝承で語られる宝物の多くは、こうした憑魔が寄生したモノではないかというのが、最近の定説であった。
 ――閑話休題。
 沙織が上奏した報告書に繰り返し目を通しながら師団長は、
「……熱田神宮作戦の雪辱か。うむ、草薙剣を取り戻す手掛かりを安易に手放す訳にも行かないしな」
 面を上げて、沙織と視線を合わせる。
「――鳥羽三曹の作戦案は考慮に入れよう。だが生憎と精鋭を選抜しての突入部隊編制は難しい」
 言葉を切ると、第10師団長は広げられた地図へと視線を移し、
「何故なら――」

 教師然とした風貌の第10109班長は、ズレ掛かった眼鏡の位置を補正すると、
「……マルファスの存在を無視する事が出来ないからと第10師団長は仰ったのです」
 と作戦会議の様子を説明した。下町・菜之花(したまち・なのは)二等陸士が元気良く挙手して、
「はーいはい。陽動だと解っていても放置できないもどかしさ、だよね」
「正解です。最早、守山駐屯地の脅威はマルファス1柱だけとはいえ、相手は魔王クラス。しかも幻覚を操る祝祷系です。完全包囲を布いたとしても、何処から脱け出てくるか判りません」
「……もう、幻は懲り懲りだよぉ」
 2度に渡る相対で散々な目に遭わされた菜之花は涙目で肩を落とす。其れ程までにマルファスが操る幻覚は厄介極まりなかった。
「――其れに、マルファスを相手にする事で、万が一守山から敵の増援を送られないだけでも、意味はあるもんね!」
「正に其の通りですよ」
 菜之花の言葉に満足した第10109班長が頷くと、先輩達が拍手を送る。菜之花は照れ笑いを浮かべると、
「だから私、無理しないよ。勿論、頑張るけど!」
 鼻を膨らませて、胸を張った。第10109班長はホワイトボードに注意事項を書き込んでいき、
「兎に角、問題を1つずつ片付けてから、鳥羽三曹達の応援に駆け付けるように頑張りましょう」
 はい!と菜之花は元気良く返事するのだった。

*        *        *

 先日に神路山や島路山……鎮守の森で発生した阿剌伯(アラブ)諸国連盟の特殊部隊との戦闘以来、五十鈴公園――通称『伊勢分屯地』が騒がしくなってきていた。半数近くの1個中隊が動員されて南側の守りを固めていった。県道32号線の五十鈴トンネルにはバリケードが築かれ、FN5.56mm機関銃MINIMIや12.7mmブローニングM2重機関銃キャリバー50の銃座が設けられるばかりでなく、96式装輪装甲車クーガーや89式装甲戦闘車ライトタイガーによって封鎖された。
(――とはいえ阿剌伯諸国の特殊部隊との激しい交戦が予測されるのは、やはり鎮守の森か)
 指示されるままに土嚢を積み上げていた、ラリー・ワイズマン(―・―)二等兵は内心で呟く。日本語は未だ解せなくとも、英語での指示や周りの様子から大体の様子は掴んでいた。
 元・米国陸軍特殊作戦部隊――通称グリーンベレーに所属し、今は第七艦隊上陸部隊の先遣として伊勢分屯地に潜入していたラリーは、其の鍛えられている肉体を頼みにされ、単純な力仕事を任せられている。MP(Military Police:憲兵)に相当する、警務科隊員からの監視の目はあるが、『仕掛け』を施す事に支障は感じられなかった。
(――とはいえタキシード姿をしたMP……確かアラガネという名だったな、あの男は油断出来ないが)
 しかし幾ら優秀な人材と雖も、彼独りでカバー出来る範囲は限られてくる。伊勢分屯地に潜入しているのはラリーの他にもいる。疑いを掛けられている全ての者に監視が付けられているようだが……
(此の騒ぎの中、自然と監視の目にも綻びが出てくる)
 尤も、米国にとって敵対する形になった阿剌伯諸国連盟の御蔭だというのは皮肉でしかないが。
 さておきラリーは指示されるままに土嚢を運び、積み上げていくのだった。

 ――実際のところ疑わしい人物全員を捕縛したいのだが、問題は物証に乏しい事だった。
「……信太山の第37普連へと身許照合の要請はどうなっている? ラリー・ワイズマンという二等陸士についての問い合わせは?」
 荒金・燕(あらがね・つばめ)二等陸士の言葉に、同僚達は顔を見合わせた。
「荒金の方でやっていたモノかとばかり……」
「書面上は問題ないんだが、やはり当地の証言が欲しいところだな」
 結局のところ、度重なる問題の発生に、後手に回っているのが現状だった。ラリーといった疑いの濃い人物の流入、奥宮における超常体による殺人、そして第10後方支援連隊補給隊の 椎名・小鳥[しいな・ことり]陸士長といった完全侵蝕魔人。天照坐皇大御神[あまてらしますすめおおみかみ]を祀る皇大神宮――伊勢神宮内宮の南に位置する鎮守の森へと、阿剌伯諸国連盟の特殊部隊が本格的に侵略行為を開始してきた事もあって、対応する人手が不足していた。
 急遽、荒金は敵側の破壊工作に関する監視システム手配を上申し、また罠を仕掛けられそうな場所に関するチェックと、非常時に作動した場合のマニュアル製作を働き掛けたが、
「――実行力が伴わなければ泥縄感があるニャン」
 顔を出していた 化野・東雲[あだしの・しののめ]陸曹長の言に、荒金は眉間に皺を刻んだ。
「……と言うと?」
 荒金が提示した案がまとめられた書類を、化野は面倒臭そうに目を通しながら、
「――対応策ばかり強化しても、遅きに逸しているっていうことだニャン」
 荒金だけでなく警務科の多くが顔をしかめた。
「――先日からアメリカ兵が妙に基地の中をうろつき回っていた。此方の隙を見て何か仕掛けた可能性があるので、経路を辿って破壊工作の痕跡を探す――此れが遅いというのか?」
 実際、荒金の言葉に多くの警務科だけでなく施設科隊員も駆り出されて、点検作業が行われた。幾つかの爆発物が発見出来たのは確かだが……肝心の、ラリー達が工作したという証拠は見付かっていない。そして見付かった物が、仕掛けられたモノ全てとも言い切れなかった。
「完全に除去するのは無理だ。ならば混乱を最小限に抑える手段を講じておく必要がある。其れに要監視対象への警戒も怠ってはいない」
「――其処だニャン。要監視対象への警戒を怠っていないというけれども、疑いが濃いならば、捕まえてしまえばいいじゃないかニャン」
 椎名は完全侵蝕魔人という事もあって慎重に当たらなければならない、泳がせている意味もある。だが裏を返せば万端に準備を整えさえすれば強硬手段に出ても問題は無いはずだ。
「そもそも彼等がアメリカ兵――米国軍人だと断じているのは、どうだニャン?」
 荒金はラリー達を『アメリカ兵』と呼んだが、実際には、そうと断じる訳にも行かないのだ。未だ限りなく黒に近い灰であり、だからこそ先程の身許照合の件となる。
「――其れでも黒と看做すのならば、警戒なんて生易しい事言ってないで、厳罰を覚悟の上で、連中を分縛ればいいニャン」
 化野の責めるような言葉に、警務隊の皆が顔を見合わせた。そんな重苦しくも微妙な雰囲気の中で、咳払いが1つ。
「――其れ以上、俺の部下を責めるのは勘弁してもらいたいものだがな」
 警務隊伊勢派遣隊長(二等陸尉)の呟きに、化野が舌を出してから、敬礼して返す。とはいえ、
「……まぁボクが言いたいのは其れだけ。ボクは退席するニャン。普連と一緒に、阿剌伯の特殊部隊に対応しなくちゃいけないから」
 と思い出したように振り返る。
「今から、非常時外で警務隊が内宮の奥へと立ち入りするのを許可するニャン。尤も殿下へのお目通りは叶わないと思うけど」
「潜伏している超常体への対応もまた警務隊に全て任せると?」
 荒金の言葉に、化野は頭を掻くと、
「んー。正直言って、今度の戦いで生き残れる自信が無いんだニャン。そうなると殿下の護りは、キミ達に任せない訳には……ねぇ?」
「阿剌伯の特殊部隊は……其れほど強いのか?」
 自ら問うていながら、荒金は過日の事を思い出していた。指揮官思しき10代後半から20歳前後。化野が決死を覚悟する程の相手なのは間違いない。「――だって、アレ、最高位最上級の異生(バケモノ)だニャン。ぶっちゃけ京都の四大元素天使クラス」
 化野の返事は、諦観に似た響きを帯びていた。

*        *        *

 配給された携帯情報端末を自分の目と感触で検査し終えた リリア・エイミス(―・―)二等兵は、近寄ってくる気配を感じて、顔を上げた。
「リマ、ちょっとは休んだら、どうだい?」
 ヒスパニック系の中年女性兵『ジュリエット』が、暗号名でリリアへと呼び掛けると、手にした珈琲カップを手渡してきた。泥水のような味だが、贅沢は言ってはいられない。何しろジュリエットの心遣いが嬉しかった。
「……何か心配事かい? 携帯いじりながらも心は何処って風だったから」
 操氣系魔人だからという訳でもないだろうが、ジュリエットは気が利く人物だった。お互い、軍人出身ではない身の上、しかも同性という事で、ジュリエットと一緒に居る時が一番落ち着く。
「アルファやウィスキー達ならば大丈夫じゃないかい? ……尤も橋渡し役のゴローは今一つ信用できないけどさ」
 苦笑するジュリエットに、だがリリアは真剣な顔で頷き返す。リリアの表情に、ジュリエットも姿勢を正した。
「やはりゴローが問題なんだね?」
「ええ。確かに、今のところステイツ――私達に不利益な事を招いた様子は無いけれども……」
 だが米海軍特殊作戦部隊Navy SEALs所属であり、今は 山寺・悟朗[やまでら・ごろう]三等陸曹として第10後方支援連隊輸送隊に潜入している男は、完全侵蝕魔人だった。
 普段は気配を隠しているが、先日、一時的とはいえ感情に我を忘れて正体を現した。魔人に寄生している憑魔は極小型なので、接近しても反応する事は無い。半身異化した操氣系魔人が〈探氣〉で調べて解るぐらいだ。尤も第二世代(デビル・チルドレン)は力を使用しない限り、操氣系魔人が調べても反応しないが。
 さておき操氣系魔人が〈探氣〉をしなくても、憑魔核が反応して疼痛に似た刺激を受けたというのならば、対象はもう人で無くなった異生――完全に侵蝕されたという事だ。そしてゴローから感じた痛みはまさしくソレだった。ゴローは完全侵蝕魔人で間違いない。
 神州結界維持部隊では、完全侵蝕魔人への問答無用の発砲は罪にならないという。上官から射殺許可を得るまでも無いそうだ。勿論、対象が完全侵蝕魔人でなかった場合は重罪――懲罰部隊送りになるそうだが。
 兎も角、ゴローが完全侵蝕魔人であるという事からリリアやジュリエットは不安を覚え始めていた。そしてゴローが我を忘れるほどの怒りを覚えた事件。
 ――第七艦隊がヘブライ神群、つまり天使に教習を受けたという。其の結果、第79任務部隊の上陸が遅れただけでなく、維持部隊側に『クルセイダー』作戦が露見した恐れがあるという事だ。だが、
「ゴローは作戦の推移よりも、天使其の物に対して怒りを発していた気がするわね」
 天使の主戦力はエンジェルである。超常体の中でも人並み以上の知性を有し、組織的に行動する厄介な存在だ。其の活動範囲は最大規模で、四大元素天使が牛耳る京都だけでなく、北海道の千歳から熊本の天草まで、神州の全てで確認されている。複数形はエンジェルス。アルカンジェルやプリンシパリティといった強力な超常体の尖兵として、集団となって襲ってくる。宗教色強いその姿形だが、習性は冷酷にして獰猛。少なくとも助けを求める人々に対して、救いをもたらしてくれたという報告は皆無である。
 天使と言えば、阿剌伯諸国連盟の特殊部隊を率いていた青年もまた天使だった。だが、エンジェルやアルカンジェルといったレベルでなく、三対の翼は熾天使(セラフ)だ。京都の四大元素天使を代表するように高位上級の超常体だ。基督教もイスラームも、そして猶太教も「セム族の啓示宗教(アブラハムの宗教)」の伝統を受け継ぐ。ヘブライ神群の超常体が、阿剌伯諸国連盟の特殊部隊に潜んでいてもオカシクは無い。ゴローのような完全侵蝕魔人が米軍特殊部隊に紛れ込んでいるように。
 そしてゴローは第七艦隊が襲われたという報告の中で“ 神の音イスラフェル[――])”という名を口にした。イスラームでは“ 神の如しミカエル[――])”と“ 神の人ガブリエル[――])”と並んで四大天使の1柱に数えられる。
「やはり……阿剌伯諸国連盟の特殊部隊は、ヘブライ神群が潜んでいる? 第七艦隊を強襲したのは阿剌伯諸国連盟という事?」
 其れとも逆なのか? ヘブライ神群が阿剌伯諸国連盟を利用しているのか? リリアは唇を噛んだ。
「……とすれば天使と激しく対立するのは。ゴローの正体は――」
 ヘブライ堕天使群――通称「魔群」。報告によれば神州各地で、七十二柱の魔界王侯貴族を称する完全侵蝕魔人や超常体の姿が確認されているらしい。勿論、ステイツは否定している。だが神州で作戦行動する者達の間では、維持部隊に限らず、常識的になりつつあるオカルト説。神州世界対応論。
「ステイツは――神の国では無かったの?」
 ふとリリアの口から洩れた疑問。蛇に噛まれた傷口から染み込んでくる毒液のように、心を侵していくようだった……。

*        *        *

 守山駐屯地奪還を目的とした連隊の一部からライトタイガーやクーガー、高機動車『疾風』といった数車輛が離れ、西南西5kmにある名古屋城跡を目指していた。守山駐屯地奪還は最早周辺地域の残敵掃討と、司令塔に籠る魔王1柱の排除を以て終える為、機動力に優る部隊は、沙織の作戦案通りに名古屋城跡強襲の布石へと割かれたのだ。
「まぁ、ライトタイガーやクーガーで、屋内を駆け回る訳にも行きませんからね」
 部下の苦笑に首肯し掛けたところ、慌てて咳払いで沙織は注意を促す。気を引き締め直すと、
「――敵主力は完全侵蝕魔人だ。また名古屋城天守閣に接近するに当たって、激痛を伴う強制憑魔侵蝕現象の波動を受ける危険性がある」
 強制憑魔侵蝕現象において魔人は激しい痛みで無力化されるだけでなく、最悪、超常体と化す。だが魔人でない者も、発せられる波動から痛みや衝撃を感じるといった報告が神州各地の戦線から上がってきていた。魔人と違って、影響は一瞬だけだが、戦場では致命傷に繋がる恐れが高い。そして魔王クラスが放った波動1つで優勢だった戦況が引っ繰り返された事例はとても多いのだ。
「しかし鳥羽班長。天守閣からは超常体とも異なる波動――“声”も聴こえています。草薙剣であると班長は推測されていらっしゃいましたが……」
 部下の問いに、沙織は紅い双眼を細めると、
「天守閣内部から発せられるモノは、草薙剣と思わしき“声”と、そして強制侵蝕現象を誘発する波動の2種があると思っていい。前者は兎も角、後者は最悪だと自分が動けなくなる恐れが高い。一度的にも自分が不覚を取った場合の手筈は事前に達した通りだ。いざとなれば――」
 部下達が咽喉を鳴らす音が車輛内に響いたように感じた。汗を拭う仕草をすると、
「隊長――怖いのは考えない事にしましょう」
「本官達は班長を失いたくないであります。ましてや本官達の手で班長を……」
 だが魔人である限り、いずれは通らなければならない道だ。生を全うするまでに超常体と化す事が無いとも限らない。此の春より激化していく戦況を考えれば尚更だ。
(……私の身が完全に侵蝕されるのが先か、其れとも此の地獄から解放されるのが終わるのが先か)
 唇を噛む。だが今は優先すべき、集中すべき事がある。沙織は面を上げた。
「車長、目的地まで残り数分だ?」
「先程、本車輛は国道19号線から出来町通に入りました。先頭が41号線を越えて明和高前まで差し掛かったそうですから……。――ッ!」
 車長からの言葉の途中で、爆音が轟く。
『――敵襲!』
 味方からの警告が響く中、沙織は各員に降車を命じる。89式5.56mm小銃BUDDYを手に降車して、慌てて物陰に散開した。
 500m先に吹き飛ばされたクーガーが横転している。未だ生存している車内の人員を救助しようと、後続の部隊が周囲を警戒しながら近寄る。当然、沙織の第10107班もまた支援として警戒を忘れない。
「――敵は何処だ?」
 半身異化して〈探氣〉をすれば、敵魔人の位置を把握する事が出来る。そうでなくとも超常体が接近していれば憑魔核が疼いて報せるはずだ。しかし敵影の姿は無く、沙織だけでなく他の魔人隊員も戸惑いを隠せなかった。
「そもそも装甲車を吹き飛ばす程の威力だと? 憑魔能力でなければ対戦車ミサイルや――」
 気付いた。失念していた。敵には狙撃手が居る! そして守山駐屯地の武器庫が運び出されていた時点で、そういう事も考慮しておくべきだった!
「対物ライフルだ! 各車、ビル陰に隠れろ! 隊員は身を伏せて物陰に跳び込め!」
 警告を発する前に、疾風が吹き飛んだ。遅れて爆音と衝撃波が届き、疾風に随伴していた隊員数名を挽き肉に変える。
 ――大型セミオート式狙撃銃バレットM82A1。銃口初速は音速を超え、有効射程距離は約2km。天守閣7階から放たれた12.7×99NATO弾が容赦無く車輛を、人員を引き裂いていく。
 とはいえ物陰に隠れてしまえば、狙撃は止んだ。
「流石に複数の車輛が隊列を組んで接近してくれば、最早、隠れ潜んでいる必要はないと判断したか」
 紅い双眸で天守閣のある方を睨み付ける沙織。身を低くしながら近寄ってきた他班長が声を掛けてくる。
「――鳥羽三曹。俺の班は車輛を一時的に射程圏内から離脱させる。勿論、ガキの遣いじゃあるまいし、其のまま逃げ帰るつもりはない」
 別の班長とも、また全体を取り仕切る一等陸尉にも話を通しながら、
「俺の班は大きく遠回りしながらも包囲網に加わりたいと思う。という訳で暫しの別れだ」
「――御武運を。相手は隠れ潜む必要が無くなった連中だ。狙撃だけでなく、気を付けて下さい」
 互いに敬礼を交わした。そして班員を乗車したライトタイガーやクーガー、疾風が離脱していく。
 ……想定以上の手間と、小規模な戦闘を経て、包囲網が完成したのは、数日後だった。其の間に周囲の安全を確保し、また突出してきた数体の完全侵蝕魔人を撃ち倒したものの、肝心の名古屋城跡地への足掛かりは未だだった。
「対物ライフルでの狙撃がなければ、強行突破も出来たでしょうけれども」
 部下の呟きに、沙織は答えない。時折聞こえてくる“声”も段々と小さくなり、逆に天守閣内部から発せられる異様な威圧感は増してきていた。付近に超常体が居なくても、危険を察しているのか憑魔核が疼いている。
「天守閣に爆弾を投下するとか、砲撃するとか、本気で上申した方が良いでしょうかね?」
「……やめておいた方が良いだろう。航空機を撃墜されたり、自走榴弾砲を破壊されたりする可能性が高い。もしかしたら飛来するミサイルも撃ち落とすかも知れないぞ?」
「徒歩で乗り込むのが一番確実っていう訳ですか」
 肩を落とす部下。同じく苦々しい思いで沙織は天守閣を睨み付けるのだった。

*        *        *

 名古屋城跡の包囲網を布くのに悪戦苦闘している間にも、第35と第49普通科連隊による守山駐屯地奪還は終盤を迎えていた。逃げ遅れた、或いは隠れ潜む超常体を掃討して周辺域の安全を確保。駐屯地敷地内に異常がないか捜索し、施設の再点検を進める。そして残すは司令塔に籠るマルファスを討ち倒すだけだった。
「――5月中旬までには守山駐屯地を奪還して、名古屋城跡へと増援を送りたいが」
 対物ライフルを手にした狙撃手もそうだが、やはり多くの完全侵蝕魔人が名古屋城跡に布陣しているとなると、愛知における第10師団の総力を以て挑まなければならないだろう。後顧の憂いを晴らす為とはいえ、余り守山駐屯地奪還に時間を掛けられない。
「……そもそも敵が守山駐屯地を襲撃・制圧した目的が、名古屋城から目を逸らさせる事と時間稼ぎという意見は正しいと思われますからなぁ」
 第10副師団長も重い溜息を吐く。
 だが司令塔に立て籠もったマルファスは執拗で、厭らしい幻惑の罠を何重にも仕掛けており、遅々として攻略が進まない。突入部隊の同士討ちという不幸な事故も起こっており、焦燥感も大きくなっていった。しかし犠牲を払いながらも、王手を掛ける事に成功したのだ。マルファスが立て籠もる周囲には、航空科より個人暗視眼鏡JAVN-V6を装着した隊員が脱出を阻止するべく見張りに付き、また操氣系魔人が待機していた。
「操氣系魔人の疲れや、侵蝕の度合いも著しい。此の監視網も終わりにしたいモノだが……」

 先頭を進む操氣系魔人が、廊下一杯に陣取って行く手を遮るファイヤードレイクへと突撃していく。強大な火炎の息が発せられるが、操氣系魔人は涼風を受けたかのように物ともせず、BUDDYから銃弾を放った。途端にファイヤードレイクの姿は霧散して掻き消える。
『――前方クリア。続け』
 頼もしく手信号を送ってくる操氣系魔人だったが、菜之花だけでなく誰の目にも疲労が蓄積しているのは判っていた。祝祷系能力を持つマルファスの幻惑を破る為に、操氣系魔人を使い潰していっている状況なのだ。勿論、無理させ過ぎると憑魔によって完全侵蝕されて、別の意味で廃人になる。
 だが彼等の無理があって、ようやくマルファスを追い詰めたのだ。最早、マルファスは袋の鼠。だが、
「……窮鼠、猫を噛むということわざもあります。くれぐれも油断は禁物ですよ」
「はい、先生」
 第10109班長の注意に頷くと、菜之花は愛用の96式40mm自動擲弾銃改を構え直した。此処に到るまでの間、擲弾で炙り出すように一部屋ずつ制圧していった。施設への損害は発生するが、マルファスの幻惑で散々酷い目に遭ったのと比べれば覚悟の上だ。菜之花が世話になっている第10109班の皆だけでなく、突撃部隊の誰もが非難しないのは、そういう事だ。さておき操氣系魔人が扉――第10師団長の執務室だった部屋を指し示す。扉の前に立たず、傍の壁に捜索用音響探知機を押し当てて、部屋の様子を探る。そして振り向くと、無言で頷いた。突撃部隊を率いる三等陸尉の指が突入のカウントを刻む。そして――
「Go!!」
 ベネリM3散弾銃が火を噴き、扉を破壊。次いで閃光発音筒が放り込まれる。駄目押しとばかりに菜之花の40mm対人対戦装甲擲弾が連射されれば、予測されるのは地獄絵図ばかり。
「――継続しての制圧射撃から、瞬間制圧まで幅広く対応出来るようなったんだよ!」
 反撃を許さぬほどに、残弾全てを室内に叩き込んでから、菜之花が勝ち誇る。室内は擲弾だけでなく、96式40mm自動擲弾銃改に寄生する火炎系憑魔の威力も加わって焼失していた。壁も天井も、床も瓦解し、マルファスだったと思われる肉塊すらも残っていなかった。突撃部隊長が包囲していた監視へと連絡を取る。突入して擲弾を全て叩き込んだ瞬間、マルファスと思しき強大な気は消失したらしい。
「……前口上どころか、断末魔の声も出せずに死ぬっていうのは、どんな気分だろうな」
 苦笑いする第10109班の先輩。呆気ない幕切れに、倒したという実感が中々沸かなかったものの、
「……お疲れ様でした」
 第10109班長に頭を優しく撫でてもらい、ようやく菜之花は満面の笑みを浮かべた。
『――マルファスの打倒を確認。守山の奪還に成功した。状況を終了。繰り返す……』
 大音量で、第10副師団長が守山駐屯地奪還戦を終えた事を伝達する。到る所で歓声が沸き起こった。
 名古屋城跡包囲戦が始まるまでの僅かな間であるが、確かに勝利を味わったのだった。

*        *        *

 哨戒の為に置かれた篝火が薄く春夜を照らす。燃料不足の問題で灯火管制が敷かれた神州では、夜間は蝋燭や松明が主要な灯りだ。濃い闇の中で、大柄な影が静かに歩んでいた。僅かに先頭を行くゴローの手信号に合わせて、ラリーは筋肉質で大柄な身を出来る限り縮ませるように頭を下げる。そして73式大型トラックSKW-476が駐車している区画へと足を進めた。
 駐車場を警衛が見張っているが、幸いな事にラリー達に気付いた様子はない。駐車場の警衛だけでは無い。監視しているはずのMPにすら寝泊まりしている宿舎から無断で脱け出す事を、今回は咎められなかったのだ。いつもは寝返りを打っただけでも注意の声が掛けられてくるというのに。
 どうも不思議な事にゴローと一緒に行動している時は維持部隊員からの注意が集まらないようだ。何かのトリックか? 其れともゴローは魔人兵だったのか。確かに普段から影が薄い男であったが、もしかして其れも能力だったのか。そして効力はゴロー当人だけでなく、近距離に居ればラリーにも及ぶのか。尤も派手な身振りや騒がしい物音を立てないよう、事前に注意はされたが。
「ただでさえ目立つんだからな」
 流石に姿や物音までも消せる訳ではないらしい。
 兎に角、ゴローの案内でトラックの荷台に滑り込んだラリーは、既に仲間が全員揃っているのを確認した。リーダーを務める暗号名『アルファ』へと敬礼する。
「――日本軍の監視の目が強まった。此れ以上の長居は危険だと判断し、撤退する」
「Yes, Sir. 皆が施していた『仕掛け』の幾つかは発見されたが、俺の分は未だ見付かっていないようだ」
 ラリーの示した『仕掛け』の位置を確認。仲間の1人が軽く舌打ちした。
「……あーあ。本当に『ウィスキー』は運が良いぜ。オレの『仕掛け』は直ぐに見付かっちまったよ」
 肩をすくめてみせる姿に、Don't worry.と慰める。
 運転席に乗り込んだゴローがエンジンを掛ける。流石にトラックが動き出したら気付かれないはずがない。駆け寄ってくる警衛が制止の声と共にBUDDYを構えるより早く、荷台の幌からラリーはM240Bravo機関銃を突き出して威嚇を兼ねた制圧射撃。バラ撒かれた7.62mmNATOの雨に動きが止まった警衛の横を、ゴローが巧みなハンドル捌きで駆け抜ける。
 轟く銃声を聞き付けて緊急喇叭が、伊勢分屯地に鳴り響く。だがラリーは置き土産の1つに信号を送ると、爆発の轟音と衝撃が維持部隊幹部連の宿舎から上がった。誰も死ななかったとしても混乱を助長し、追跡の手を遅らせる事に成功したのは間違いない。
「――ゴローは問題無かったのか? 脱出の手引きをしたとなれば確実に潜入工作の続行は不可能となった訳だが」
 アルファの問いに、だが運転席のゴローは軽い口調で答える。
「ああ、別に問題ない。俺の役割は片付いている。むしろ、そろそろ本腰を入れなくちゃいけないんでね」
「他にも潜入員が居ると聞いていたが……彼女はどうする?」
 ゴローと同じく疑いが掛けられていたという椎名について、潜入中にラリー達も聞き及んでいた。ラリー達は接触しなかったが、ゴローとの関係から米軍の非正規隊員に違いないだろう。
「コトリも囮役は飽きたと言っていたからな。日本軍の連中も泳がせていたと思っていたのに、実は自分達の目が節穴だったと知ったら、どんな顔をするのやら? 本当に……楽な仕事だった」
 嘲りの感情を込めてのゴローの返事。
「警戒するというのは万能な態勢のようだが、いざという時には何もかも手遅れになっちまう。……まぁ全く警戒しないで、被害が最大になるよりマシだけれどもな。だが最小限に抑えても、被害を受けるのは変わらない」
 自責のようなゴローの呟きに、思わずラリー達も考え込むのだった。

 下野工業団地跡に到着したトラックを、リリア達が出迎える。アルファは追跡を想定して、直ぐに此処を引き払って別の場所に移動するように指示した。隠しておいた弾薬や物資を、ゴローが別に用意していたトラックへと積み直す。
「――第7艦隊上陸部隊は?」
「海上での超常体の妨害が激しいが、強行突破をしてでも5月半ばには上陸する」
「場所は?」
「フタミウラだ」
 国道23号線は封鎖されるだろうから、裏をかいて県道201号線から576号線へ。そして国道42号線を東進し、汐合大橋で五十鈴川を渡河。そして上陸を支援すれば良い。
「超常体による上陸の妨害は続くだろうが、其処は覚悟している。そしてイセの制圧とVIP(Very Important Person)の身柄を確保。日本軍の抵抗は激しいだろうが、日本政府は“協力的”だから問題無い」
 ゴローはそう嘯くが、問題は……
「――阿剌伯諸国連盟の特殊部隊だ。超常体を操ってくるし、其々がイカれた魔人兵だ。見掛けたら交渉の余地は無いと思え。死ぬ気で戦え」

 第2の潜伏場所に移動し、維持部隊の追跡を警戒しながらも第七艦隊の上陸を支援するべく準備を進める。維持部隊に戻る必要が無くなったゴローは、衛星通信機器でステイツ本国や、第七艦隊旗艦ブルー・リッジへと交信する事で時間を潰しているようだった。
「――ゴローがどうした?」
 監視を緩ませた事は無く、また警戒するリリアやジュリエット達にゴローが気付いた様子はない。だがゴローは懸念していたような怪しい素振りは見せず、淡々と任務をこなしているように見えた。だが安心は出来ず、むしろ疑念は積もるばかり。そこでアルファやラリーといった潜入組を集めて、リリア達はゴローへの疑念を打ち明けた。
「完全侵蝕魔人の疑いが濃いか……成程。だが――」
 ステイツやチームを損ねる動きをゴローは見せない。アルファやラリーといった“元”正規軍人には、疑わしくともゴローを責める理由が無いのだ。
「皆、俺に黙って何の相談かと思えば……」
 顔を出したゴローが溜息を吐く。此のまま警戒・監視するだけでは埒が明かないと判断したアルファが呼び出したのだ。ゴローは肩を軽くすくめると、
「最近、リマやジュリエットの視線が熱いと思ったら、恋愛感情でなく、そういう事か」
 ゴローは苦笑すると、
「……あの時か。怒りに任せて集中が途切れてしまったな。――其の通り、俺は完全侵蝕魔人だ。とうの昔に人間の価値観を捨てちまっている」
 暴露した。だが銃口を向けられるより早く、
「断わっておくが、ステイツやお前達を害する気はないぜ? 其れは約束する」
 頭を掻くと、
「俺がNavy SEALsに所属しているのは偽りない。そして俺は猊下――じゃなかった……」
 何故か咳払いを1つ。言い直して、
「フェラー大統領補佐官の子飼いでもある」
 国家安全保障問題担当大統領補佐官、ルーク・フェラー[―・―]。亜米利加経済の支配者であり、ゲイズハウンド国務長官という政敵がいるものの、実質的なる影の大統領だ。
 米軍上層部は2派に分かれている。ゲイズハウンド国務長官と、ルーク・フェラー大統領補佐官。だが明確に区分けされている訳ではない。派閥と言うより、どちらを支持するかと言った方が正しいだろう。そして米軍の大半の兵士は、どちらに付いている訳でもなく、ただ祖国と残された家族の為に与えられた任務をこなしているだけだ。
 顔を見合わせるラリーとリリア達。ゴローは息を整えて、真顔になると、
「さて、そう言ったところで疑いが晴れる訳ではないのは確かだ。しかし俺を排除したいっていうなら――覚悟を決めろ」
 一瞬だが、ゴローの瞳が真紅に染まった気がした。そして逃げも隠れもせずにゴローは言葉を続ける。
「俺と事を構えるのであれば明確な意思を以って挑んでこい。俺と共に武器を並べるのであれ、逆に敵対するのであれ、どちらにしても其処に明確なお前の意思があるのであれば俺は敬意を払う」
 だが、と言葉を切ってから、
「――曖昧な態度や、周囲に流されての言動では相手するまでも無い。……いいか、いずれ選択しなければならない時がくる。其の時、選択したモノが正しいか誤っているかは問題じゃない。自らの意思を以て、選択をするかしないかが大事なんだ」

*        *        *

 潜入工作員の脱走から一夜明けた、警務隊伊勢派遣詰所。派遣隊長(二等陸尉)が頭を抱えている様子は誰が見ても理解出来た。
「――信太山の第37普連からの照会結果が送られてくる直前に逃げられたとはな」
 荒金が眉間に皺を刻んで苛立ちを吐き捨てる。警戒や監視体制に問題は無かったはずだ。しかし、敵は其れを上回っていた。もう少し強引にも拘束に乗り出していたらと思うと悔やまれる。
「――宿舎爆破による損害は?」
「最近は阿剌伯の特殊部隊に対する備えで、幹部の多くは式現場から離れられずに待機――寝食していたからな。不幸中のナントヤラで死傷者の数は少ない」
 其れでもゼロに抑える事が出来なかったのが口惜しい。ましてや混乱により追跡の手が遅れたのは間違いなかった。脱出を手引きした山寺は当然の事ながら、椎名もまた姿を消していた。椎名の友人達に聴取して行方を追っているが、記憶操作や洗脳が施されている事も明らかになった。友人達は恋愛に近い感情で、熱心に椎名の弁護を続けている。実際に男女問わず、椎名と肉体関係を持っていた者もいるらしい。
「椎名が姿を消した時の状況は?」
 荒金の問いに、椎名担当の警務隊員が答える。
「被疑者の友人達に妨害されるように視界から外れた次の瞬間には姿を消していました。記憶操作や洗脳の件も考えて、椎名の憑魔能力は祝祷系だった可能性が強いですね」
「……怪しい連中が姿を見せなくなった。其れ自体は喜ばしいはずだが置き土産や、姿を見せなくなった事による事で、逆に不安も増している」
 派遣隊長の言葉に、荒金も内心で同意した。其処に若い警務隊員が跳び込んでくる。
「――緊急事態です! 医療施設で暗殺事件です!」
 報告に詰めていた荒金達が席を立つ。先日に、謎の超常体に襲われて重体を負って入院していた内宮の親衛隊――巫女装束のWAC、其の1人である操氣系魔人が襲われたという。慌てて向かう荒金達は、緊張が張り詰めている分屯地内を移動する。其の時、
「――ッ?!」
 荒金は憑魔核を押さえた。そして瞬時に身を伏せて愛用のFN P90(ファブリックナショナル プロジェクト ナインティー)を双手に構えた。同様に疼痛を感じた魔人達もBUDDYやナイフを構える。
「――超常体の気配。憑魔核が活性化している。付近に超常体が潜んでいるぞ」
 荒金の警告に、魔人隊員が咽喉を鳴らして頷いた。魔人隊員達の動きに、他の隊員達にも緊張が走る。だが身構えてから数分間経過したが、何事も起きなかった。憑魔核は再び落ち着いていく。銃を下ろしてから、操氣系の警務隊員が唇をんだ。
「すみません。〈探氣〉で居場所を探るべきでした」
「過ぎた事は仕方無い。しかし今のは……」
 ――此処数日、分屯地内は見えない敵を恐れて、息苦しさを感じている。目に見える脅威である分、阿剌伯の特殊部隊との交戦を待ち焦がれている節があった。
 さておき警戒をしながらも医療施設へと向かう。警衛の普通科隊員が敬礼で出迎え、現場である病室へと案内してくれた。
「――未遂ですよ。荒金さん達が警戒を促してくれた御蔭で最悪は逃れられました」
 警務科からの通達を受けて警戒を怠らず、また操氣系魔人の相棒である異形系魔人のWACが傍に付いていたらしい。其の為、暗殺を阻止出来たとの事。
「犯人は?」
「其れが……衛生科のベテラン看護師で。彼女が言うに『入院患者に紛れ込んでいる超常体を排除しようとしただけ』と訴えているんですよ」
「――そう、信じ込ませられているのか」
 荒金の呟きに、同僚が得心。
「椎名の友人と同じ事例か。しかし彼女を殺すのに、どうしてこんなに回りくどいやり方を?」
 疑問に対して、荒金は憑魔核がある部位を押さえながら答える。
「――完全侵蝕魔人は暗殺に向いていないんだ。完全侵蝕魔人は超常体と同じ。息を潜めていても憑魔核が活性化して付近にいる事を報せてくれる。更に操氣系魔人が〈探氣〉を使えば正確な位置や能力も判る」
 そうか、先程の疼痛も、付近に椎名が居た事に対しての反応か。だが姿形は見えなかったから、光学迷彩で逃げている最中だったのかも知れない。
「但し〈消氣〉を行使した操氣系魔人やデビチルであれば話は別だ。普段の奴等は、憑魔核を有しない人間と同じにしか感じられないからな」
 其処で、荒金は自分の発言に引っ掛かるものを感じた。閃きに近い。もしかして姿を見せない、謎の超常体の正体は――。
「荒金さん。彼女が意識を取り戻しました。警務に報告したい事があるそうです」
「意識を失う前に彼女が察知した、謎の超常体の正体についての証言か……。解った、宜しく頼む」
 寝台に半身を起こした操氣系の彼女。同僚の異形系魔人が付き添う中、荒金達は聴収を開始した。
「――敵は、烏でした」
「……烏? 敵超常体は烏に化けていたという事ですか?」
 同僚の確認の声に、だが荒金が否定する。
「いや、違う。言葉の通り。敵は烏だったんだ」
 先程の閃きが、形になった。荒金の言葉に、操氣系の彼女は首肯する。
「烏が完全侵蝕魔人だったんだ。しかも恐らくは第二世代。とんでもない盲点だったよ。人影ばかりを追っていた私達が見付けられないのは当然だ」
 ――憑魔は誰であれ、何であれ、寄生する。そしてデビチルは能力を行使しない限り、魔人である事を察知されない。現場に残った烏の羽根。導かれる答えは簡単。……烏が完全侵蝕魔人であり、しかもデビチルだったというのは可能性としてゼロではないのだ。そしてゼロで無い可能性が伊勢神宮を襲った。これが真相だろう。
「……此れからは人間でないモノも疑えっていう訳か」
 荒金の言葉に、同僚達は諦観にも似た嘆きを吐露をするのだった。

 操氣系の彼女が意識を失う直前に放った反撃で、超常体の烏は重傷を負っていたのだろうか? 警戒を強める中、此処数日は一度も姿を見せず、また此れ以上の事件は伊勢の内宮では起きなかった。
 だが防衛に当たっていた普通科部隊は、阿剌伯諸国連盟の特殊部隊と、ついに正面から激突した。完全侵蝕魔人で構成される特殊部隊の強襲で、普通科隊員は少なからぬ被害を受ける。其れでも防衛線を死守出来たのは、敵の指揮官に重傷を負わせて、一旦退かせる事に成功したからだ。だが立役者の化野もまた重傷を負い、医官の見立てでは5月末までの間、戦闘行為の一切を固く禁じられたらしい。
「……更に、別の敵勢力が迫ってきている」
 伊勢分屯地の司令官たる第33普通科連隊の中隊長(三等陸佐)は報告書を机に放り投げると、頭を掻いた。其処に書かれていたのは――米軍第七艦隊が伊勢湾に姿を表したという報告だった。

 

■選択肢
EA−01)伊勢にて敵勢力と交戦
EA−02)伊勢神宮に侵入・調査
EA−03)伊勢神宮を制圧・突破
EA−04)米軍の上陸作戦を支援
EA−05)米軍の上陸作戦を妨害
EA−06)名古屋城跡の殲滅掃討
EA−FA)近畿地方東部の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。  なお神宮内の行動は著しく制限が掛けられており、キャラクターの設定だけで出入りを働こうとした場合、「最善で失敗・最悪は死亡」もありえるので注意されたし。基本的に其の様な設定は自称どころか偽称として判定材料にする。  また全体的に死亡率が高く、下手な行動は「即死」と思って欲しい。  駐日外国軍兵士として神宮を攻略する側のアクションを掛ける事も出来るが、難度が極端に高くなるのでお勧めはしない。  対して神宮死守側の維持部隊には明確な勝利条件が無い事に留意せよ。  そして名古屋では強制侵蝕が発生する可能性が高い為、注意する事。

※註1)伊勢分屯地の特別ルール……
1.防衛(維持部隊)側は、アクションとは別に攻撃(潜入した特殊部隊)側の『仕掛け』1つの解除を試みる事が出来る。ノベル本文から推測される『仕掛け』を施されたと思う箇所1つを自由記入欄に明記しておく。
2.攻撃(潜入者)側は、アクションとは別に前の回で施していた『仕掛け』1つを解除したり、別の場所へ施したり出来る。前の回で施していた箇所1つを自由記入欄に明記し、解除か、別の箇所に設置かを選択する事。
3.アクションを消費すれば、防衛(維持部隊)側も、攻撃(潜入者)側も、1つだけでなく『仕掛け』を解除/設置する事が可能である。但し他の行動は失敗や没になる可能性が高くなるので注意されたし。
4.攻撃(潜入者)側は手持ちの『仕掛け』以上の数を施す事は出来ない。手持ち以上のものを施した場合、古い『仕掛け』から自動的に解除がなされたとして処理する。
※注.第3回終了時点で攻撃(潜入者)側は伊勢分屯地から撤退している。従って「2.」の行動は出来ない。新たに『仕掛け』を施す場合、アクションを消費して再潜入をしなければならない。

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