此れは食事でなく兵士に必要な栄養素を摂取させる“燃料”……と誰かが言ったが、亜米利加合衆国軍先遣部隊の リリア・エイミス(―・―)二等兵もまたMRE(Meal, Ready-to-Eat:戦闘糧食)は不味いと思った。伊勢に上陸して暫くの間、涙を堪えて胃へと押し込んだのは、ほろ苦い思い出である。
米海軍特殊作戦部隊Navy SEALs所属の ゴロー・ヤマデラ[―・―]軍曹が接触してきてからは、調達してくる神州結界維持部隊の戦闘糧食I型1番の「乾パンとウィンナーソーセージ、オレンジスプレッド」の組み合わせや、II型4番の献立名「ハムステーキ」が御馳走となっている。数人は箸の使い方に慣れて、他のメニューも挑戦し、舌鼓を打っていた。
「アルファやウィスキーはキャンプ・イセに潜入中、一般糧食も食べていたのよね? 改めて訊くけど、どうだった?」
暗号名『ウィスキー』で呼ばれた、ラリー・ワイズマン(―・―)二等兵はクラッカーを口元に運ぶ手を止めて、暫く無言。部隊のリーダーであるアルファと顔を見合わせると、
「――美味かった。正体がいつバレるかと、そういう緊張はあったが、其れでも暖かい物を安全な場所で食べられるというのは上質の味付けだと思う」
と告白した。ラリーもアルファも元は正規兵出身だ。任務に従事してMREを食い慣れていた。勿論、最高の味付けは故郷で家族に囲まれての寛いだ空間だろうが、其れは遠い夢の果てだ。罪を犯し、神州日本に先遣部隊として送られた以上、叶わぬ話だろう。
しかしラリーが告白した途端、其の間、隠れ処で留守番していたリリアをはじめとするメンバーから怒号や喧噪が上がった。留守番として隠れ処に待機警戒していたメンバーは限られた戦闘糧食を味わうか、或いは周辺の動植物を狩ってくるしかない。リリアもまた否応なく箸の使い方を覚えた口だ。
「此れで宗教や信条で、禁忌とされる品目が在ったら、私は気が狂っていたわ」
宗教上の制約や、主義信条での禁忌。不思議と日本人には、そういうのが少ない。戦闘糧食も其の点の考慮はされていなかった。ラリーが昔、従軍した先では豚を禁忌とするイスラームや、菜食主義者も居た為、個別に専用の戦闘糧食が用意されていた。多民族かつ多宗教的な亜米利加合衆国らしい話である。
其れはさておき、食の恨みは古今東西、何処も同じ。とはいえ作戦に支障を来すようでは害悪でしかない。先程の怒号や喧噪も、チームの信頼を深める馴れ合いのようなものだった。
食事の片付けを終えると、自然と作戦についての話し合いに移る。ラリーやリリア達といった先遣部隊は米海軍第七艦隊の任務部隊――特に海兵隊で構成される第79任務部隊の上陸を支援する為に、伊勢の偵察と駐屯している維持部隊に対する工作活動が役割とされてきた。
しかし第七艦隊は伊勢湾上にて超常体――天使(ヘブライ神群)の襲撃に遭って、上陸作戦を妨げられるだけでなく、維持部隊に存在を知られてしまった。最悪、第79任務部隊の上陸を待たずして、ラリーやリリア達は作戦の目標たるVIP(Very Important Person)の身柄を確保し、また伊勢の内宮を制圧しなければならなくなってきた。
逆に言えば……
「恐らく維持部隊の注意は、第79任務部隊の上陸に向くだろう。其の隙に制圧してしまえないだろうか?」
ラリーの言葉に、リリアが頷く。
「私達は少数であるがゆえに、潜入工作に向いているわ。イセを偵察してきた結果、西側は多勢の進攻には向かないけれども、裏を返せば少数での潜入は難しくないはず」
そして一同を見渡すと、
「――私が先導して見せるわ」
強く頷いて見せた。アルファは顎に手をやり、思案の顔。ヒスパニック系の中年女性兵ジュリエットが挙手する。
「……少数での潜入といっても前回みたいにコソコソするんじゃなく、武力で制圧するんだろ? という事は此処を放棄して総員で行くのかい?」
「そう言う事になるね。どうした、オバサン、今更、怖気付いたの?」
ジュリエットを、ハイティーンの女性兵がからかう。暗号名はマリー。リリアと歳が近いが、非魔人でない事を考えて、重犯罪者として送り込まれたのだろう。実際、歳の近いリリアに対して、マリーは自身がストリートで強盗殺人を繰り返していたコールガールだったと嘯いている。だがイセで活動している現在、何のトラブルも起こさず、皆と作戦活動に従事していた。マリーが言うにはストリートにいた時より、居心地が良いらしい。
さておきマリーの考えとは違うと思うが、リリアもまた戦友達の事を信頼していた。政治やら祖国やらは別にどうでもいいというのが本音だ。それでも海兵隊の信条たる「Semper fi.(常に忠誠を)」を胸の内に刻み込んでいる。
「――怖いのは確かだよ。しかし、アタシもいくよ。このまま何もせずに終わる方が余程恐ろしいね」
ジュリエットが鼻を鳴らすと、マリーは大仰に肩をすくめてみせた。
「決まったな。総員で当たるが、戦死は認められない。全員生きて目的を果たすぞ」
アルファの言葉に各員が頷く。と、其処にゴローが顔を出した。ラリーは視線を向けると、
「軍曹はどうするつもりだ?」
「……お前達とは指揮系統が微妙に異なるからな。俺達は独自にやらせてもらう。勿論、出来る限りの援護はするから安心しろ」
ゴローはそう言うと、地図を広げた。まるで空から見てきたような俯瞰図だった。線は簡略ながらも、詳細な注釈が書き込まれている。配置されている人員や武装、巡回ルート。
「……此れは?」
恨みがましくリリアが睨み付けると、ゴローは頭を掻きながら、
「俺等は以前から潜入していたんだぞ? 頼まれたら地図も提供していたんだがな。まぁ餞別代りだ。役立ててくれ。其れと……」
ゴローは複雑な表情を浮かべながら、
「未だ選択の機会や、意思を決める時は残っている。とはいえ、今のお前達の態度だと、俺等との関係が、どう転ぶか判らん。後悔しないようにな」
一方的に告げると、また何処かへと去っていった。難しい表情を浮かべていたアルファやラリー達だったが、不安や迷いを払うように頭を振ると、
「――では上陸に合わせて、潜入及び制圧作戦を決行する」
其の宣言に、一同が頷き、咽喉を鳴らすのだった。
旧五十鈴公園に張られた天幕の1つで、伊勢分屯地の司令官たる第33普通科連隊の中隊長(三等陸佐)や警務隊伊勢派遣隊長(二等陸尉)という主だった幹部(士官・下士官)達が、壁に映し出された地図を見て、唸っていた。
「笠取山分屯地の第1警戒群からも報告が上がりました。伊勢湾に米軍第7艦隊というのは本物の様です」
改めて耳にする報告に、眉間に皺が刻まれる。
「第7艦隊は伊勢湾上で、ヘブライ神群と交戦。少なからぬ損害を被ったものの、妨害を突破した模様です」
「ヘブライ神群――天使は?」
伊勢分屯地司令の質問に、幹部は複雑な表情を浮かべて、
「第7艦隊が此方に近付くにつれて、数を減らしており……エンジェルやアルカンジェルは姿を消しています。こう言ってはアレですが……残念ですね」
「今の発言は聞かない事にしておこう」
警務隊所属の 荒金・燕(あらがね・つばめ)二等陸士が静かに注意した。建前上、米国とは同盟関係にある。米軍の損害を口に出して喜ぶ訳にはいかない。米軍が侵略の目的を以て、伊勢に姿を表したとしてでもだ。ましてや米軍に損害を与えたのは超常体――人類共通の敵である。
「しかし湾上とはいえ、伊勢でエンジェルスの姿を見掛けるのは珍しいな……」
「殿下の御力で、低位超常体は動きが鈍るからニャン。ソレどころか生命活動もまた低減するとなれば、数で圧そうと繰り出してきても、結果として邪魔にしかならないニャン」
荒金の呟きに、反応したのは、強い癖っ毛が猫耳に見えるWAC(Women's Army Corps:女性陸上自衛官)だった。
「……化野曹長。安静の身だったのでは?」
仮面で隠されていて表情は周囲から伺えられなかったが、険のある荒金の声には呆れにも怒りにも似た響きが含まれていた。化野・東雲[あだしの・しののめ]陸曹長はバツの悪い顔をしてから、
「安静にはしているニャン。戦闘への参加は厳禁と殿下からも言われているニャン」
魔人は、そうでない人より快復が早い。異形系でなくとも、半月程も安静にしていれば、瀕死の状態からの復帰が可能だ。更に――
「化野曹長。あなたも人間ではなかったのか」
荒金だけでなく、他の魔人隊員も気が付いていた。化野から発せられる気配は、人ではないモノ。だが脱走して姿を消した 椎名・小鳥[しいな・ことり]と異なり、不快感は受けない。荒金達の憑魔核は震えるものの、何かが違うのだ。
「――アタシは“認められたモノ”だからニャン。完全侵蝕魔人とは似て非なる異生(バケモノ)ニャン」
其れでも普段は〈消氣〉で抑え込んでいたらしい。だが先の戦いで致命傷に近い怪我を負った為、普段は抑えている氣を解放して、治癒効果へと回しているそうだ。御蔭で安静の身とは言っても、直接戦闘には参加出来ないだけで、軽い運動ならば可能らしい。
「……異形系だと思っていたが」
荒金の呟きに、皆が同意した。化野は頬を掻くと、
「敵に、そういう誤った認識を持たせようとは思ったけれども、実際に引っかから無かったようだニャン。あと、アタシと相討ちになった阿剌伯特殊部隊の指揮官も操氣系の様だから……」
「今頃、あなたと同じ状況という事か」
「尤もアチラは完全侵蝕魔人だけれどもニャン」
荒金は腕組みをして考え込んだ。阿剌伯(アラブ)諸国連盟の特殊部隊を率いる青年が、化野曹長と同じというならば、今頃は快復に専念しているはずだ。
「……という事は、阿剌伯特殊部隊の侵攻の危険性は低いか?」
警務隊伊勢派遣隊長の言葉に、荒金は首肯しようとして、だが何か引っかかるものを感じて眉間の皺を深めた。化野は興味深そうに見詰めてくるだけで何も言わない。
「……其れでは、暫くの間だが、阿剌伯特殊部隊の脅威が減ったという事で、今のうちに米軍の上陸阻止に作戦を……」
「いや、待ってくれ」
伊勢分屯地司令の言葉を、荒金が遮った。
「確かに今のうちにでも上陸戦の妨害もしたいところだが、人手が足りん。――人員が居れば、遊撃班や、上陸妨害班を編制したいところだが……」
言葉を切ると、視線を逸らしながら嘆息を吐く。
「無い物ねだりをしても状況は変わらないからな」
「だからこそ阿剌伯の特殊部隊の警戒を最小限に収められる今が絶好の機会ではないのか?」
周囲からの当然の疑問。だが荒金は頭を振ると、
「今、米軍の上陸を阻止しても、阿剌伯特殊部隊の侵攻が再開されたら、結局は手が回らなくなる。其れに椎名といった完全侵蝕魔人側の動きも気になる。米軍や阿剌伯諸国連盟だけが敵じゃないからな」
「ふむ。確かに言われてみれば、其の通りだが……では、どうすれば良いと考える?」
促しに応じて、荒金が意見を述べる。周囲の唸り声が増したが、其れでも異論は出て来なかった。
「――宜しい。結局、そうするしか手は無いのだろう。一応、上陸に対しては、明野の第5対戦車ヘリ隊や第10飛行隊、其れに白山の第4高射群に出動を促しておく。……とはいえ艦載機――スーパーホーネット辺りも出てきたら、見付からない事を祈るしかないが」
「ジョージ・ワシントンの姿も確認されたんだっけ?」
誰が最初かは判らないが、一同の口から乾いた笑いが漏れ出ていった。第7艦隊が本気で上陸作戦を決行すれば、普通科の2個中隊規模の実働部隊では手に負えない。
「6月下旬――夏至の日まで護り切ったら、其れで勝ちなんだニャン」
「其の根拠が知りたい。兎に角、其の言葉を信じるとしても、残り1ヶ月保ち堪えられるといいな」
乾いた笑いから真面目な表情に戻すと、各員、司令の合図を以て足早に持ち場へと戻るのだった。
許可を受けて入室してきた、教師然とした風貌の男と部下2名が、第35普通科連隊第1010中隊・第10107班長の 鳥羽・沙織(とば・さおり)三等陸曹達へと敬礼する。
「遅くなりました。第10109班、到着しました」
「歓迎する。……守山駐屯地の奪還からの連戦で済まないな」
新たに名古屋城跡掃討作戦指揮官に就任した三等陸佐が答礼を返してから、着席を勧めた。幹部(士官・下士官)や意見具申者達が揃ったところで、名古屋城跡で活動している敵完全侵蝕魔人への対策を練る。既に幾つかの案が出されているが、
「――やはり対物ライフルによる狙撃が問題ですな」
他の班長に呟きに、一同が唸った。
敵完全侵蝕魔人が占拠している名古屋城跡。天守閣内部から発せられる異様な威圧感は、日毎に増してきており、憑魔核の疼痛で休憩も妨げられる程だ。逆に沙織が偵察に赴いた初日に聴こえてきた“声”は最早、耳に出来ていない。
何等かの企みが進行中であり、守山駐屯地の強襲と籠城は、ソレの為の時間稼ぎだったというのは誰もが意見を一致するところだ。しかし容易に制圧出来ないのは、潜伏している敵完全侵蝕魔人の中でも、近付く者を寄せ付けぬ狙撃手の所為である。守山奪還を終えた本隊からの増援が包囲網に加わるにも慎重を期す必要があった。銃口初速は音速を超え、有効射程距離は約2kmの大型セミオート式狙撃銃バレットM82A1から発射される12.7×99NATO弾が車輛を、人員を容赦なく引き裂いていくのだ。此の会議も、戦災で荒涼となっているとはいえ形を保っている名古屋市役所と愛知県庁舎を遮蔽物として利用した一室で行われていた。
「――敵の残弾数は?」
「守山で武器科が確認したところ、弾倉がダース単位で5つ程紛失しているそうです。未だ充分に残っていると思われます」
「……誰が使うつもりで対物ライフルと、ダース単位で弾倉を準備していたんだよ」
報告に嘆く幹部連。それまで話を今まで黙って聞いていた 下町・菜之花(したまち・なのは)二等陸士が口を開く。
「だって戦闘は火力だよ!」
第10109班長は視線を逸らしつつ、だが菜之花の言葉に同意するように頷いた。
「随分と感化されたな、お前も……」
沙織は紅い双眼で、第10109班長を半ば呆れたように睨み付けた。沙織に対して笑顔で応えるのは菜之花だけだ。沙織は溜息を吐くと、
「……天守閣制圧の最大の難敵だ。突入経路の策定は慎重にならなければならない。しかし恐らくは時間制限もある事を頭に置いておかなければならない」
其れを踏まえた上で自身が具申した作戦案を再確認する。
「閉所戦闘及び純粋に能力に優れた者を選抜し、甲部隊として突入を図る」
はいはーいと挙手する菜之花。第10109班は守山駐屯地奪還戦の立役者だからして、能力的には問題無い。だが沙織は厳しい顔で、
「残念だが下町二士、お前は駄目だ」
「えー!? 何で? 沙織ちゃん酷ーいっ!」
「沙織ちゃんって、お前……」
絶句した沙織が冷たい視線を菜之花から移すと、保護者である第10109班長は合掌して謝罪のポーズ。周囲からも失笑が漏れていた。笑みを隠さず、だが三等陸佐が咳払いをすると、沙織も我に返る。
「――私も理由を聞きたいな。鳥羽三曹、説明を頼む」
「はい。守山駐屯地奪還戦では、下町二士をはじめとする多くの魔人が尽力しました。だが裏を返せば、其れだけ能力を酷使したという事」
事実、祝祷系能力のマルファスに対抗する為、操氣系魔人の多くに無理させていた。
「天守閣内部から放たれている波動を考慮すれば、疲労が溜まっている彼等への悪影響――被害がどれほどになるか、想像に難くありません」
最悪、憑魔に完全侵蝕されて、身近な敵となる。ただでさえ現状でも憑魔核が疼いているのだ。天守閣に突入した場合、どれほどの影響を被るのか……。
「少なくとも内部で何が進行しているのか把握出来ない限り、彼等の突入は認める訳にはいかないでしょう」
「なら、私は何をすればいいの?」
膨れた顔で菜之花が抗議するが、沙織は唇の端を歪めて返す。
「安心しろ、お前の自慢の火力を披露してもらうのは変わらない」
「――まさか? 下町二士に狙撃銃との撃ち合いをやらせるつもりか」
驚愕の声が部屋を満たす。菜之花が愛用する96式40mm自動擲弾銃の有効射程距離は約1,500km。更に言うならば菜之花の愛銃は様々な改造を施した特製品だ。距離と的中率だけで言うならば、敵狙撃手にも劣らないと思われた。
「勿論、下町二士だけでない。他の車輌搭載火器にも働いてもらう。半端な火力では充分な効果を発揮しないし、敵も狙撃手だけでないのだからな」
沙織の言葉に、反論は無い。あったとしても敵の脅威を考えれば、言い出せなかった。第一、菜之花自身が乗り気である。
「――強力な敵には、強力な火力を。任せてよね!」
そして、満面の笑みを浮かべると、
「……其れで、何処までやって良いの?」
双眼鏡で目標を観測していたマリーが舌打ち。M16A4アサルトライフルの照準眼鏡を覗いていたリリアもまた厳しい顔をしてみせた。個人携帯無線を口元にやり、アルファへと警告を発した。
「……警戒が増しているわ」
伊勢の内宮――天照坐皇大御神[あまてらしますすめおおみかみ]を祀る皇大神宮は、男子禁制と誤解されるように普段は巫女装束のWACが護衛している。旧五十鈴公園には2個中隊程の普通科部隊が待機しているが、飽く迄も有事の応援であり、内宮自身を護る主力は親衛隊というべき巫女装束のWACだったはずだ。
しかし今、見ると巫女装束の内宮親衛隊だけでなく、警務隊もまた歩哨に付いている。また内宮の手前側には普通科部隊の装輪装甲車が駐在している。
「――海兵隊が上陸するのを無視するというのか!?」
リリアからの偵察報告を聞いたラリーが思わず声を漏らした。音を抑えると、アルファに指示を乞う。
「……不測の状況だ。一旦、今回は退いて上陸する友軍の支援に回るべきではないか」
慎重論を唱える仲間の言葉。ラリーは其れもアリだと考えたが、最終的に、
「――作戦を決行する。今更、上陸支援に戻ろうとしても間に合わない。此のまま急襲し、妨害勢力を排除。キャンプ・イスズの戦力が包囲突入を図る前に、VIPの身柄を確保し、籠城。米海兵隊の救援を待つ」
苦渋に満ちたアルファの言葉に、軍人として従う事にした。
『――リマ。マークスマンとして役割を果たせ』
承諾の意を返すと、照準眼鏡を覗く。隣でマリーが風の向きや速度を読み上げた。無線を通して聞こえてくる作戦開始の秒読みが、部隊の緊張を否応なく高めていく。
『――Go!』
リリアのM16A4から発射された5.56mm×45NATO弾が哨戒に出ていた維持部隊員を貫いた。直ぐに鳴子が響き渡り、警戒喇叭が轟いた。だが旧五十鈴公園に連絡が行くより早く、ラリーの“仕掛け”が発動。
『――着火の手応えを確認。続いてリマと同じく突入の支援に回る』
ラリーはダネルMGL140グレネードランチャーを構えると、天然の水堀となっている五十鈴川を渡河する戦友を支援すべく、40×46mmフレシェット擲弾を敵地へと叩き込んでいくのだった。
鳴子が響き渡り、警戒喇叭が轟く中、警衛隊と巫女装束のWAC――内宮侍女隊が慌てず、だが迅速に応戦に向かった。
「……伊勢分屯地への救援要請は?」
「駄目です。無線が通じません。此方の異常には気付いているでしょうが……」
警務隊伊勢派遣隊長に、同僚が厳しい顔で返す。荒金は愛用する2挺のFN P90(ファブリックナショナル プロジェクト ナインティー)の状態を素早く確認。
「――大方、通信中継基地が爆破でもされたのだろう。指揮連絡の遮断や混乱ときたか。やられたな」
「無線だけが連絡手段じゃない。いざとなれば徒歩でも救援を呼んでこさせる」
「敵には腕の良い狙撃手がいる。伝令役が中途で足止めされない事を祈るとしよう」
そして荒金はマントを翻すと前線に赴く。巫女装束のWACもまた応戦の為に布陣している光景の中で、荒金の奇抜な戦闘衣装は、最早、奇矯に映らなくなったのは喜ばしい事なのか、そうでないのか。
巫女装束のWAC――内宮侍女隊は、化野が直々に選抜してきただけあって少数ながらも優秀な人材が揃っている。ましてや全員が魔人だ。放たれる擲弾や狙撃の支援を受けている敵に対して、同等――否、警衛隊も加わって、巧みに立ち塞がっていた。また荒金が事前に仕込んでいた指向性対人地雷M18クレイモアが迂闊に踏み込んできた敵を殺傷していく。
「狙撃地点を割り出してくれ」
『――直接、叩き潰すのは無理です。とはいえ対抗も難しいですね。正直、相手の方が上です』
「……あなたは伊勢派遣部隊一番の狙撃の腕自慢じゃなかったかな?」
呆れたような口調で荒金が言葉を漏らすと、同僚は乾いた笑いを上げたようだった。其の間も、右と左とステップを踏んで、敵の火線を翻弄する。敵が張ってきた弾幕や降り注ぐ擲弾の金属片は、異形に蠢くマントが絡め捕り、またタキシードに寄生した憑魔が氣の防御膜を張って衝撃を緩和し、致命傷を防ぐ。
『――Goddamn!』
荒金の舞踏に似たガンアーツを見て、アルファが罵りの声を上げた。狙撃支援として照準眼鏡に荒金を捉えようとしているリリアもまた怪物を見る思いだった。タキシードというフザケた衣装ながらも、寄生する憑魔が放つ力が、荒金の脅威を何十倍にも膨れ上がらせている。また巫女装束のWACもまた憑魔能力を駆使し、マトモな姿の維持部隊員も密な連携で以て、リリア達を迎撃。撤退もままならず、米軍先遣部隊の死傷者だけが増していった。奇襲は失敗したのだ。そして旧五十鈴公園から増援が向かってくるのも確認出来た。マリーがM16A4を構えて、自分達だけでも逃げるように促してくる。だが逃げられるのか? 逃げてどうするのか? 迎撃によってアルファ達は武装解除されて拘束された。そして追撃が放たれ、ラリー、そしてリリア達へと向かってきていた。
「……力が欲しいか?」
心の闇から這い上がってくるような声が聞こえた。マリーが驚きの声を上げる。何時の間にやら、ゴローと資料だけで見た事のある女性――椎名が89式5.56mm小銃BUDDYを構えていた。だが発砲はせずに、代わりに椎名は閃光を放つ。
「――祝祷系能力だ。気を付けろ!」
荒金が警告を発すると、惑わされそうになった追撃者が奥歯を噛み締めて、抗って見せた。其れでも数名の動きがおかしくなり、同僚へと銃口を向ける。
「撤退するならば今のうちだ」
「――ゴロー、貴方達は今まで何処に?」
リリアの詰問に、ゴローは大仰に肩をすくめてみせた。そして人外の氣を膨れ上がらせると、
「俺達は独自にやらせてもらうと言っていただろう? だが戦果を上げられなかったから、せめてお前達の撤退を支援しようと思ってな」
「何か一発逆転の対抗手段があるのかよ?」
マリーの言葉に、ゴローは頬を掻くと、
「……残念ながら、此の受容体は戦いに特性がある訳でも、習熟している訳でもないからな。特に、あのタキシード仮面とサシでマトモに戦い合おうものならば、高い確率で俺が敗ける」
「ならば、どうするつもりだ」
ようやくリリア達に追いついたラリーが尋ねると、ゴローは頭を指して、
「俺達の能力を駆使すれば、な。何かアイデアがあったら教えてくれ。とりあえず今は撤退が先決だ」
隠していた73式大型トラックSKW-476にリリア達を乗せると、一目散に走り出す。ラリーは、死傷して捕らえられた仲間達に責められる思いだった。
「……此れから、どうするの?」
「第79任務部隊と合流する。……安心しろ。そんなに身構えなくとも、エリート連中も今頃は士気焼失しているから、お前達を責めるなんて出来ないだろう」
ゴローの言葉に、ラリーが眉間に皺を刻んだ。
「……どういう事だ? 維持部隊が上陸の妨害に向かわなかったのなら――」
「維持部隊は上陸妨害に向かわなかった。だが協定を結んだわけじゃなかろうに、代わりに阿剌伯の特殊部隊が強襲を掛けた。……何とか数に任せて上陸に成功したが、海兵隊員の多くは戦意を喪失している。其れ程に酷い戦況だったらしい。――上手く行けば、お前達も先輩風を吹かせるぞ。何しろ主だった先任が戦死したらしいからな」
米海兵隊は、ラリー達の意見に否応無しに耳を傾けざるを得ないという事だ。隔離された神州の内では軍規や指揮系統もまた『外』とは異なり、狂った状況に合せていかざるを得ないらしい。
「ところで質問がある。力が欲しいか? 欲しいのならばアテがあるぞ。ウィスキーとミケーラには憑魔能力を、リマには更なる別世界を」
だが、と言葉を切る。
「其れは人間を捨てる覚悟が必要だ。……どうする?」
ラリー達の追撃に失敗したのは、何もゴローや椎名の介入があっただけでは無かった。息を切らす事無く、だが戦慄した面持ちで、荒金は視線を地面へと落す。其処に伏しているのは1羽の烏。先月初めより内宮へと混乱を招いた元凶だった。
「――確かに祝祷系能力は恐ろしい。超常体であるから元よりは頑強だろう。だが……所詮、烏だ」
憑魔が寄生すれば、強化系でなくとも身体能力が並の人間より向上する。生物や無生物も問わず、他もまた同じ事だが、やはり被寄生物が元値となる。正体さえ露見し、祝祷系能力に気を付けていれば、烏の超常体など敵ではなかった。同僚達を殺された内宮侍女隊が涙ぐみながら歓声を上げていた。
「……しかし米軍も超常体を飼っていたとはな」
烏――超常体が椎名と接触していたのは状況証拠だが間違いない。其の椎名とゴローは襲撃してきた米軍の特殊部隊の撤退の手助けをしていた。
「利用しているのか、それとも……利用されているのか?」
「まぁ向こうの事情は置いておくニャン。其れよりも米軍の本隊が上陸してきたニャン」
尤も阿剌伯諸国連合の特殊部隊の強襲で、少なくない損害を被ったらしい。敵の敵は味方か。否――やはり敵だ。但し今回は飽く迄も幸運にも維持部隊の行動指針とが噛み合っただけに過ぎない。
「次は……連中も伊勢を狙ってくるニャン」
恐らく指揮するのは化野と相討ちしたという完全侵蝕魔人だろう。化野と同じく快復したからには間違いなくやってくる。……ん? 疑問を感じ、荒金は首を傾げた。
「――1つ思った事があるが」
「何だニャン?」
「もしかして阿剌伯諸国連盟の特殊部隊には、指導者的存在が2人以上いるかも知れないのでは?」
そうでなければ、幾ら阿剌伯諸国連盟の特殊部隊が完全侵蝕魔人だらけとはいえ、指導者無しで、数に優る米軍正規部隊が圧されるはずがない。尤も魔人は単体において戦車や航空機にも勝る最強のユニットだ。戦力差を覆すのも可能なところが、戦略家や戦術家、そして指揮官にとって厄介とされる。
化野は何も返さなかったが、荒金は其の沈黙を肯定と受け止めた。大きく溜息を吐く。
「――本当に人手が足りなくて困るのだが……どちらに集中して防備を固めたり、戦力配置を考えたりすればいいんだ?」
名古屋城跡掃討作戦指揮官である三等陸佐が発した号令に、幹部は頷くと復唱。伝達を受けた隷下の各部隊は、己が役割を果たすべく行動を開始した。
名古屋城を包囲する普通科部隊は煙幕を張ると同時に、遮蔽物から身を乗り出して、一斉に射撃を開始する。天守閣から対物ライフルによる応射が放たれ、数名が肉片となって散らばるが、
「――突入! 火力を集中して天守閣を落とせ!」
正門に集められた機甲車輛が突撃を図り、数台の96式装輪装甲車クーガーが搭載されている96式40mm自動擲弾銃で天守閣へと40mm×56対人対戦装甲擲弾を撃ち放った。
天守閣の一角に傷跡を与えるものの、天守閣7階に潜む敵狙撃手は健在なのか、直ぐに応射があり、クーガーが吹き飛ぶ。そして敷地内の完全侵蝕魔人が破壊の手を伸ばしてくるが、随伴する普通科部隊が迎撃。更には――
「いっくよー!」
菜之花が愛用の96式40mm自動擲弾銃改を構えて、天守閣の狙撃手へと撃ち合いを開始した。
「振り落とされるなよ! 其れと気持ち悪くなったら遠慮なく言え!」
クーガーの操縦手の声に、勢いよく返事する。敵からの狙撃に対抗して、急発進・急停車を繰り返して道路を往復する第10109班のクーガー。其の天辺――班長兼車長席から身を乗り出して菜之花が愛銃を天守閣の狙撃手へと撃ち放っていった。煙幕の効果で視認が難しいとはいえ、相手は衝撃波だけでも人を挽き肉にし、掠っただけでも車輛を吹き飛ばしかねない対物ライフルだ。意味があるかどうかはさておき、常に動き回っていないと恐ろしさで気が変になる。直接、此方に向かってくる完全侵蝕魔人に対しては、降車した味方の奮戦や、搭載されている12.7mmブローニングM2重機関銃キャリバー50で薙ぎ払い、近寄らせない。また菜之花だけでなく、他の車輌からも大火力が天守閣へと撃ち込まれていた。
「――此のまま突破出来れば良いのに。というか、私やっちゃうもんね!」
唇の周りを舐めると、菜之花は無邪気な笑顔で不敵にも言い放つのだった。
正門に敵戦力の多くと狙撃手の注意が寄せられている中、第10107班も加わる甲部隊が二之丸庭園からの進入に成功していた。視界が晴れないように時折、発煙手榴弾が投擲される。
四方からの同時攻撃と見せ掛けて、本命は機甲部隊による突撃と火力での制圧――に擬装した進入作戦は、最大の難敵である狙撃手が正門との撃ち合いに気を取られている事で半ば成功していた。
念の為に正門に集めた機甲車輛だけでなく、包囲している部隊からも天守閣へと目晦ましを兼ねた砲火を繰り返させている。沙織の89式装甲戦闘車ライトタイガーもまた35mm機関砲で援護に加わり、場合によっては奥の手である重MAT(79式対舟艇対戦車誘導弾)の発射も辞さないつもりである。
作戦が上手く進んでいるとはいえ、敵戦力は狙撃手や正門に向かっているモノだけではない。持ち場を死守し、包囲している維持部隊へと睨みを効かせている敵完全侵蝕魔人もまた少なくなかった。甲部隊は死傷者を出しながらも排除しつつ、天守閣へと歩を進める。
「――被害報告を」
「2名被弾していますが、隊長に続けとばかりに士気喪失しておりません。継戦可能です」
副長の報告に、だが沙織は厳しく返す。
「駄目だ。命を粗末にさせるな」
とはいえ後送するのも無理だ。其処に他班長が声を掛ける。
「鳥羽三曹。うちの班で無傷なのが、俺を除けば半数しか残っていない。2人供出するから、其方の2人を借りたい。此の場――退路の確保に努める。甲部隊長からの認可済みだ」
天守閣内部での激戦を考慮すれば、部下を預かってもらえるのは助かる。また二ノ丸庭園の確保は必要だ。
「……感謝する。いざとなれば自分達に構わず、撤退してくれ」
「ああ。其の時は遠慮なく」
二ノ丸庭園に残る他班長と笑みを交わすと、互いに敬礼し合った。そして沙織の率いる班は、天守閣への歩みを妨げる敵魔人を排除すべく、銃撃戦を続行した。
対物ライフルによる狙撃と擲弾銃による砲撃との長い撃ち合いは、菜之花側の勝ちで決した。
甲部隊の進入に気付かせないのが第一義とはいえ、絶え間なく砲撃を浴びせる事で狙撃手を制圧する目的もあった。対物ライフルの狙撃手は確かに脅威であったが、飽く迄も1人。対して維持部隊側の火力は、菜之花だけでなく他にもいる。ましてや菜之花の96式40mm自動擲弾銃は憑魔が寄生しているだけでなく、其の後も改良が施されてきた逸品だ。驚異的な対物ライフルと雖も既製品に過ぎないモノに劣る筈がない。過熱による砲身の歪みによるせいか、バレットM82は暴発したようだった。加えて、浴びせられる擲弾の駄目押し。
「――やった!」
「菜之花ちゃん。其れ、失敗フラグよ」
思わず喝采を上げる菜之花だったが、先輩に諌められて目を凝らす。双眼鏡で覗いていた第10109班長も驚きの声を上げる。
「……あの火力の中で、未だ生きているのですか?」
「フラグ回収おつ」
双眼鏡で覗いた向こうでは、満身創痍の狙撃手の姿があった。続く砲撃や銃弾にも、弱々しいながらも薄く張られた氣の膜が致命傷を防いでいるようだった。
「――操氣系でしたか」
「氣の防御膜を打ち破る威力で!」
止めを刺すべく菜之花が愛銃の引き鉄に指を掛けた。――だが、其の瞬間、
「えっッ!!?」
天守閣の奥から波動が放たれる。其の衝撃の威力は魔人の多くを震わせ、声にならないような絶叫と激痛で地面へと叩き付けるに充分過多であった。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」
そして憑魔核が血肉を抉るように神経網へと根を張り巡らせていく。なのに心臓は冷たい手で直接掴まれているように寒く感じる。気が狂わんばかりの衝動に、菜之花は激痛を、だが必死に声として絞り出す事で、何とか耐え抜いた。気が付けば汗と涙と其の他諸々の体液で自慢の白学生服が濡れている。だが恥ずかしさよりも先に、凄惨な周囲に目を奪われた。
波動に悶絶したのは魔人だけに非ず。魔人でない者も打ちのめされて膝を屈し、茫然自失の表情のまま天守閣を見ていたのだった……。
「先生! 先生は無事!? 先輩も!」
第10109班長を揺さぶりながら、周りに声を掛ける菜之花。視界の隅に、他班の魔人――否、先程の波動によって完全侵蝕されて超常体と化したモノを見付けて、思わず悲鳴を上げた。BUDDYの銃口を向けてきて引き鉄を絞ろうとする完全侵蝕魔人に、菜之花もまた愛銃を構える。だが菜之花が発射する前に、銃声の連続音。完全侵蝕魔人を沈黙させた第10109班長はズリ落ちていた眼鏡を掛け直すと、一息吐いて
「心配を掛けました。そしてありがとうございます。下町くんが声を掛けてくれなかったら危うかったですね。さて――損害報告と、状況の整理を!」
第10109班の部下に喝を入れて、まとめていく。班長を頼もしく思うのとは別に、菜之花は不安気に天守閣へと視線を向けるのだった……。
――時は前後する。
敵魔人を排除しながら、慎重に、だが迅速に甲部隊は天守閣へと到達する。甲部隊長の合図に、沙織は頷き返すと地階から天守閣内部へと突入した。
かつて隔離前に重要文化財や刀剣類が展示してあった1階で敵魔人と交戦。掃討を後続の他班に任せて、沙織の第10107班は上階へと先を急ぐ。厭な気配が天守閣内部には充満しており、また奇妙な脈動音が聞こえてくるのが、先を急ぐ理由だった。
そして――厭な予感は的中した。
2階に突入するや否や、先ず目を奪われたのは一振りの剣。だが異様な形状をしていた。広刃の直剣であるが、どうやったのか知らないが、美事なまでに中心から分かたれており片刃となっている。
「アレが――草薙剣か?」
問題は草薙剣を呑み込む様に、覆い隠す様に、不気味な肉腫が刀身を這いずり、纏わりついている事だった。肉腫は見ている間にも蠢いており、人の様な顔が浮かんだり、蜘蛛の脚が突き出たり、猫の眼が見開いたり、蛙の様な粘液に塗れた肌が盛り上がったりと醜悪な姿を晒していた。そして草薙剣を取り込んでいる肉腫は全体の一部。肉腫全体の大きさは3mを超えていた。
「班長……此れは何でしょう?」
部下の言葉に返す答えを、沙織は持たなかった。代わりに答えたのは、草薙剣と肉腫の強烈な存在に隠れていた1柱の完全侵蝕魔人。中肉中背の体格、眼鏡を掛けており、元は白地だった長衣は長い年月の汚れで斑色になっていた。一言で表すと、動画や漫画で見た様な、狂的科学者。
「――此れは、東方王バェル様の受容体となるモノ。草薙剣と、ソレに封じられし日本の神の力を糧にして造られた、大王に捧げられし肉体」
無防備にも沙織達に背を向けて、狂的科学者風の完全侵蝕魔人は肉腫を仰ぎ見る。そして愉悦の笑い声。
「……レラジェは役割を果たした。ヴォレフォル、マルバス達の働きも素晴らしかった。――御蔭で紙一重で間に合ったのだから! もうすぐバェル様が顕現されるのだ! あと少しで!」
「――させるか! 各員、射てっ!」
沙織の合図に、容赦なく敵魔人の背に5.56mmNATO弾が叩き込まれる。だが敵魔人の笑い声は止まず、勢いのまま肉腫へと倒れ込んでいった。
「……ふふふ。ははは。此れで“完成”だ。ありがとう、感謝する」
「――まさか。ヤツもまた贄だったというのか」
だが沙織に後悔させる間も与えず、肉腫が震えた。そして――波動が放たれる。
反射的に憑魔覚醒、そして半身異化した沙織は咄嗟に氣の障壁を張って、自身と部下達を波動から護った。だが障壁を貫く重さと鋭さで波動は沙織の心身を削っていく。何とか自我が飛ぶのは免れたものの、天守閣内部奥にまで到る間の疲労が一気に押し寄せてきた事もあり、いつの間にか膝を屈していた。足が重い。手が鈍い。呂律が回らない。部下の1人が歯を食い縛って84mm無反動砲カールグスタフを肩に担いで構えたのが視界の隅に映った。何とか声を発する。
「――撃てっ!」
カールグスタフから発射された多目的榴弾HEDP 502が肉腫を……否、今や東方王 バェル[――]となった受容体の一部を吹き飛ばす。だが取り込んだ草薙剣が微弱な光を発すると瞬く間に肉腫が増殖して、傷口を治していった。
「……たっ、退却!」
震える足に喝を入れると、沙織は声を張り上げた。そして閃光発音筒を叩き付ける様に放る。だがバェルは怯む事無く肉腫を――触手を伸ばしてくる。時折、氣弾を叩き込む事で部下の撤退を援護しながら、沙織は逃げるのだった……。
気が付けば、沙織と第10107班は仲間達に救出されていた。名古屋城の敷地内へと包囲網を縮めた部隊は、倒し損ねて逃がしてしまった数体の完全侵蝕魔人への警戒をしつつ、天守閣を睨み付けている。
「幸いにして欠員は出ていません。しかし、アレは、どう攻略すればいいんでしょう?」
副長の不安に、だが沙織は沈黙で応えるしかなかった。救出に来た菜之花といった大火力の持ち主達が試しに挑んだものの、瞬く間に再生したという。焼こうとしたが、焼夷手榴弾の火力では勢いが足りない。そして肉腫の圧力で火元が消し潰される。
「其れでも何とか対抗手段を見つけ出さなければ……」
そう呟くと、沙織もまた天守閣内部奥に居座るバェルの方を睨み付けるのだった。
■選択肢
EA−01)伊勢で米軍を迎撃打倒
EA−02)伊勢で対阿剌伯部隊戦
EA−03)伊勢で維持部隊を制圧
EA−04)伊勢神宮に侵入・調査
EA−05)名古屋城跡の殲滅掃討
EA−FA)近畿地方東部の何処かで何か
■作戦上の注意
当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
なお神宮内の行動は著しく制限が掛けられており、キャラクターの設定だけで出入りを働こうとした場合、「最善で失敗・最悪は死亡」もありえるので注意されたし。基本的に其の様な設定は自称どころか偽称として判定材料にする。
また全体的に死亡率が高く、下手な行動は「即死」と思って欲しい。
駐日外国軍兵士として神宮を攻略する側のアクションを掛ける事も出来るが、難度が極端に高くなるのでお勧めはしない。
対して神宮死守側の維持部隊には明確な勝利条件が無い事に留意せよ。
そして名古屋では強制侵蝕が発生する可能性が高い為、注意する事。
※註1)伊勢分屯地の特別ルール……
1.防衛(維持部隊)側は、アクションとは別に攻撃(潜入した特殊部隊)側の『仕掛け』1つの解除を試みる事が出来る。ノベル本文から推測される『仕掛け』を施されたと思う箇所1つを自由記入欄に明記しておく。
2.攻撃(潜入者)側は、アクションとは別に前の回で施していた『仕掛け』1つを解除したり、別の場所へ施したり出来る。前の回で施していた箇所1つを自由記入欄に明記し、解除か、別の箇所に設置かを選択する事。
3.アクションを消費すれば、防衛(維持部隊)側も、攻撃(潜入者)側も、1つだけでなく『仕掛け』を解除/設置する事が可能である。但し他の行動は失敗や没になる可能性が高くなるので注意されたし。
4.攻撃(潜入者)側は手持ちの『仕掛け』以上の数を施す事は出来ない。手持ち以上のものを施した場合、古い『仕掛け』から自動的に解除がなされたとして処理する。
※注.ア第3回終了時点で攻撃(潜入者)側は伊勢分屯地から撤退している。従って「2.」の行動は出来ない。新たに『仕掛け』を施す場合、アクションを消費して再潜入をしなければならない。