……出口王仁三郎の「世界雛型理論」に代表される、「神州世界対応論」。地脈の相において、日本は世界の相を持っていると謂われ、日本の形状――神州は世界の大陸と対応する。
本州東北から中部は亜細亜東側。東北沿岸が露西亜。富士山はチョモランマを顕し、千葉は東南亜細亜。関東平野は中華、伊豆半島は印度。近畿は中東であり、紀伊半島は亜剌比亜、山陰・山陽は欧羅巴、四国は濠太剌利、九州は阿弗利加であり、北海道は南北亜米利加。そして沖縄は南極大陸とされる。
此れを以って神州世界対応という。
実際、神州日本を世界に見立てる事で、世界各地に現われる超常体を神州に集中させる事が出来た。そして神州を『隔離戦区』として、20年近い戦争状態に置いたのだ。
しかし逆に考えよう。神州が世界に対応するというのならば、世界もまた神州に対応するのではないか?
神州日本の八百万の神々の頂点たる 天照坐皇大御神[あまてらしますすめおおみかみ]が祀られる伊勢は、日本有数の神域である。ならば対応する世界もまた神に到る地であるはずではないか。
そして伊勢に対応するのは伊拉久共和国(イラク)。伊拉久共和国の国土は古代メソポタミア文明が栄えた地と殆ど同一であり、国名も都市ウルクに由来するという。古代メソポタミア文明の都市国家ウルの遺跡で名高いのは、シュメールに於ける『高い峰』という意味を持つジグラット(聖塔)だ。そしてバビロンのマルドゥク神殿に在ったジグラット『エ・テメン・アン・キ』――シュメール語にて『天と地の基礎となる建物』という意味を持つ遺跡は、聖書で語られる『神の門』のモデルとされている。
「……聖書、神の門、塔――」
つまり、伊勢の神宮に秘められしは、
「――バベル!?」
本来、アッカド語でそういう意味を持つ地名。聖書では『混乱』の意を与えられ、天に挑む人々への神からの戒めとされた伝説。
「ええ。そうと呼ばれる“モノ”――天御中主様に至る御坐が此の地に在るのは事実です」
綺麗な英語(クイーン・イングリッシュ)で説明すると、内宮――皇大神宮の主である昼子内親王殿下は、魔王2柱の要請に応えて言葉を紡ぎ始めた。呪文に合わせて、内宮奥の空気が淀んでいく。殿下と魔王――真紅公 ゼパル[――]と魁偉公子 シトリー[――]の遣り取りを見聞きした リリア・エイミス(―・―)は息を飲む。半身異化をしていなくても感じられる強大な圧力が“壁”一枚を隔てて押し寄せてきていた。
リリアを呑み込み、塗り潰そうとする強大な氣。だがリリアは奥歯を噛み締めて、意識を強く持つと、相棒の マリー[――]へと目配せをした。殿下と魔王2柱、そして開かれようとする『神の門』の存在感に圧倒され、意識を押し潰されそうになっていたマリーだったが、リリアの視線を受けて我に帰る。
「……どうするんだ?」
不安げなマリーの声。現在、伊勢で作戦展開を続けている亜米利加合衆国海軍第七艦隊としては、此のまま魔王2柱の思惑通りに事が運ぶように働き掛けているのはリリアもマリーも承知していた。勿論、米軍ひいては亜米利加合衆国が全て魔群(ヘブライ堕天使群)の掌中にある訳ではない。だが“ヒト”として、魔王2柱に協力し続けるのは正しい事だろうか?
「――ゴロー、否、ゼパル達。そしてステイツを信用する事が出来なくなってきたわ。……マリー、御免」
リリアの呟きに、マリーは目を見張る。だが肩を落として軽く息を吐くと、
「此の地に流されてきた以上、もう生まれ育ったストリートに戻る事なんて諦めているよ。だったら戦友に最期まで付き合うのがマシだろ?」
内宮の奥殿にいるのは殿下と魔王2柱、そしてリリアとマリー。奥殿の外では神州結界維持部隊の近衛隊――別名“侍女隊”が包囲網を布いており、いつでも突入を図ろうとしている。更に外側では第33普通科連隊の2個中隊が防衛網を布き、米海兵隊と阿剌伯諸国連盟特殊部隊、そして超常体の群れを接近させまいと死守奮闘していた。其の音は次第に大きく、地響きもまた激しくなっていく。そして――
「……今だ!」
戸が外側から蹴り破られ、閃光発音筒が投げ込まれた。半身異化して周囲の氣を探り、タイミングを図っていたリリアは殿下へと手を伸すとし、腕を掴んで離脱を試みる。だが、
「――『神の門』が開き終わるまで、殿下には御一緒してもらわなければならないのでな」
予め読んでいたのかゼパルの氣が爆発。リリアや突入してきた侍女部隊の魔人隊員が激痛に蝕まれて、床に沈む。憑魔強制侵蝕現象――神経を、心を直接、掻き毟られたような激痛は、まるで地に叩き付けられたようなものだった。リリアや侍女部隊だけではない。魔人兵でないマリーもまた質量の伴った氣の波動に吹き飛ばされていた。
「俺達が警戒してないとでも思ったのか? 尤もリリアやマリーも敵に回るとは思ってなかったが。恨むなよ、其れがお前達の『選択』だからな」
ゼパルが寂しそうな、だが嬉しそうにも見える複雑な表情でリリアを見下ろす。氣の乱れを整調しながらリリアは睨み返した。挑む視線にシトリーが微苦笑。
「殿下の身柄は未だに私達の手に在り。『神の門』が開くまで幻と戯れていなさい」
シトリーの目が輝き、立てた指先に淫靡な光が灯る。目を逸らそうとするリリアだったが、光は周辺を満たし、シトリーの蠱惑的な笑みが瞼の裏に焼き付けられていく。シトリーの灯した光の向こう側に、懐かしい風景が見える。故郷――ノースカロライナ州西部の景観。グレート・スモーキー山脈国立公園での家族の笑顔。自然と涙が目に溢れ出し、そしてリリアの意識は白く靄の中に……。
――だが、心地好い夢からリリア達を連続する銃声が叩き起こす。自我を取り戻したリリア達が武器を構え直すと同時に、渋い男声が響き渡る。
「……幻を操り、人の心を蝕む、魔の所業。だが此の仮面が貴様達の悪を絶対に許しはしない!」
羽織ったマントを翻しながら、タキシードの壮年が戸から姿を表す。双手にはシトリーの幻覚を打ち破ったFN P90(ファブリックナショナル プロジェクト ナインティー)。逆光のはずなのに、何故か顔に装着した仮面が鈍色に輝く。
そしてタキシードの影の隣に遅れて現れたのは、猫耳のような癖が付いた髪型のWAC(Women's Army Corps:女性陸上自衛官)、化野・東雲[あだしの・しののめ]陸曹長だった。
「……荒金さんでしたね。東雲から為人は伺っています。ようこそ。――そしてリリアさんやマリーさんとも助け合って下さいね」
殿下が微笑んだ。タキシードの壮年、荒金・燕(あらがね・つばめ)二等陸士は、リリアとマリーに一瞬だけ視線を送ると、
「――御意。魔王と対峙するというならば力を貸すぞ、女性兵士。事情聴取は事が解決してからだ」
リリア達へと米語で語り掛けると、荒金はP90を構え直した。そして体勢を整えた侍女部隊員やリリア達と共に、ゼパルとシトリーへと攻撃を開始したのだった……。
時間は少し遡る。
突如として現れた超常体の群れ――魔群により、戦場はますますの混戦の模様と化していた。其の中でいち早く態勢を整えられたのは、米海軍第七艦隊・第79任務部隊。何しろ、超常体の群れは混乱に満ちた戦場の中、まるで相手を選んでいるかのように米兵を無視して、維持部隊の防衛線へと突撃。或いは阿剌伯諸国連盟特殊部隊の完全侵蝕魔人が変じたザバーニーヤの足止めをしていたのだ。ただでさえ数と兵器に勝る米軍は魔群の勢いに乗じて、維持部隊の防衛線をこじ開けようと火力を集中させる。
「――流石に全ての維持部隊員が内宮の意識を向けている訳ではないか」
ラリー・ワイズマン(―・―)二等兵は状況を見極めながら悪態を吐く。そして取り寄せていたロケットランチャー、RPOシュメーリを肩に担ぐ。
「また珍しい得物を持ってきたな……」
戦友が目を丸くして口笛を拭く。無理もない。RPOシュメーリは米軍正規採用の兵器どころかNATO圏内のモノですらない。1970年代に蘇維埃社会主義共和国連邦(ソ連)で開発された携帯式ロケットランチャーで、露西亜語で「マルハナバチ」を意味する。折りたたみ式のトリガーグリップとフォアグリップを展開すると、ラリーは維持部隊が厚く固める防御線に向けて撃ち放った。
シュメーリから発射された弾頭はサーモバリック爆薬で、維持部隊が築いたバリケードや96式装輪装甲車クーガーを一瞬で吹き飛ばす。弾着と爆発を確認した分隊長が指示を発すると、先任軍曹が怒鳴り立てた。防衛線の綻びに向けて海兵隊員が突撃を開始。援護射撃の弾幕が張られて、前線を押し上げていく。
ラリーもまたシュメーリを投げ捨てて、ダネルMGL140グレネードランチャーを装備し直す。そして、
「――隊長殿! 別の攻略ルートを提示したいが、宜しいか?」
分隊長は先任軍曹と顔を見合わせると、小隊指揮官へと通信。そしてラリーへと不敵な笑みを向けた。
「……聞こう。グリーンベレーの遣り方も興味がある」
鼻持ちならぬ上層部の将校達とは違い、現場の分隊長と先任軍曹は話が解る相手だったのがラリーにとって幸運だった。
「少しばかり遠回りになり、脇道に逸れてしまうが、イセ・テンプルの奥――中核に籠っている連中への奇襲に適するルートがある。案内出来るが?」
「……ラリー達は先行して潜入偵察をしていたのだったな。良いだろう。小隊長殿には自分から報告を入れておく。案内は任せた。先任、ラリーのルートを確認しておいてくれ」
頷いた先任軍曹はラリーの提示する進撃路を確認。分隊員をどやしつけると、ラリーを先頭にして遊撃行動に移った。小隊本部からの通信を終えた分隊長が厳しい顔をすると、
「――迅速に行動するぞ。新たに、別の超常体が出現した。我等が愛しくも憎たらしいエンジェルス様だ。ゴブリンやインプと交戦を開始したらしい。ジーザス・シット!」
米国は基督教圏だが、超常体としてのエンジェルスは散々、作戦を邪魔してきた憎き敵だ。エンジェルスが発する光で空が次第に白く変じていく。クルアーンの一説がエンジェルスの声ならぬ歌で諳んじられていた。エンジェルスといっても基督教的なモノでなく、イスラームによるらしい。とはいえ基督教やイスラーム、そして猶太教は「セム族の啓示宗教(アブラハムの宗教)」の伝統を受け継ぐ。人間にとっては違う教義でも、超常体にとしては等しく同じモノなのだろう。
そして魔群や米軍の相手をエンジェルスに任せ、六翼の異形の姿を晒した“ 神の音( イスラフェル[――])”がサバーニヤを引き連れて維持部隊の防御陣を貫いていく。
「――阿剌伯の連中も狙いは同じだ。自分達も目的地の制圧を急ぐぞ!」
分隊長の言葉に首肯すると、ラリーは既に目的地に立て籠もって奮闘しているだろう、かつての戦友――リリアとマリーの無事を祈るのだった……。
ゼパルの放つ氣弾を払い流すかのように荒金は腕を振る。弧を描く銃口だが、引き鉄を絞る瞬間には正確に敵を捕捉。発射された炎と帯電した5.7×28mm弾に、ゼパルは氣を練り直して防壁を造り出した。
「……アズラエルよりは動きが鈍いな」
ゼパルの動きから値踏みすると、荒金は鼻を鳴らす。対してゼパルは苦笑。
「此の受容体、運転技巧の才はあるんだが、マトモな戦闘は得意じゃないのが困りものだ」
だから憑魔強制侵蝕の波動を織り込んでくるが、二度や三度も続くと嫌でも刺激に慣れてくる。また荒金が着ているタキシードは酔狂なだけの代物ではない。性能はインターセプターボディアーマーであり、更には操氣系の憑魔が寄生していた。ゼパルが発する波動に対して、氣の防護膜で抗ってくれる。
「……時間稼ぎも楽ではないわね」
シトリーが光を操り、生み出した幻で惑わせようとするが、目を瞑ったリリアは気を探って真の位置を把握して見せる。リリアの指示にマリーがM16A4アサルトライフルを連射した。
「プリンセス! 今のうちに脱出を!」
リリアは殿下に呼び掛けるが、困った笑顔で返された。殿下は魔王の要請通りに『バベル』を開く為の詠唱を辞めない。リリアが殿下の腕を掴もうと差し伸ばした手が見えない障壁に阻まれた。
「……殿下が言われるままに、門を開くとは思ってなかったが」
ゼパルの相手をしながら、横目で荒金は嘆息。化野は唇を噛むと、
「――『遊戯』に於ける、殿下の存在と立場は厄介極まりないニャン。現在の殿下は『バベル』の管理者であり、裁定者でしかないニャン。現時点では、先に殿下へと接触した魔群の要望が優先されているニャン」
「成程……魔王は其れを承知しているからこそ、手を出し、そして時間稼ぎを行っているという事か」
此れまで伊勢という場で超常体を抑えてきた殿下の力。だが行使されない現状では、低位の魔群や天使が姿を顕し始めている。そして『バベル』は魔王の要請に従って、魔界の“門”を顕現させようとしていた。バベルの塔は、此方の世界と魔界を繋ぐ『柱』となり、其れは万魔殿の礎となる。そうなれば魔王達の勝利だ。其の兆しは少しずつ現れ始めている。荒金は、周囲の空気が心身を蝕み、自分の動きを阻害すべく働き掛けてくるのを感じていた。
其れでもリリアやマリーが魔王達と袂を分かった事により敵は無勢。ゼパルとシトリーを追い詰めるのは確実だと思われた。
しかし――サバーニヤを引き連れたイスラフェルが乱入してきた事で、維持部隊側に混乱が生じた。奥殿すぐ外の警務隊を突破したイスラフェル共は、魔王と維持部隊の区別なく攻撃を開始してきた。手にしたステアーAUGから弾雨が降り注ぎ、氣の刃や衝撃波が襲い来る。
「――荒金二士と、其処のヤンキー娘2人! 魔王の相手は任せたニャン。魔王を倒せば、殿下を束縛する事項が空白となる。此方に引き戻すんだニャン!」
そしてイスラフェルとサバーニヤ共を睨み付けると、
「――侍女隊! 不埒モノを撃退するニャン!」
化野と侍女隊がイスラフェル共の相手を引き受けた。イスラフェルが発する音の刃が、周囲を傷付ける。対して化野が氣を膨らませて爆発。半身異化した侍女達が憑魔能力を駆使し、暴れ回るサバーニヤ共を撃ち倒すべく奮戦。
「……外の警務隊は!?」
焦りも入り混ざった荒金の声。通信機から聞こえてくるのは天使の唄声に魔群の咆哮、そして米軍の銃火の音。リリア達も知らなかったが、既にラリーが加わる分隊が奇襲に成功。イスラフェルに強行突破された警務隊は態勢を整え直す間も与えられずに、米海兵隊の奇襲を受けて死傷者が続出していた。
内宮奥殿とは離れた外側でも、維持部隊の防衛線が圧されていた。此のままでは久居からの応援が駆け付けてくる前に、数と火力を頼みにした米海兵隊によって神宮全ては制圧されてしまうだろう。
イスラフェルの強行突破も、魔群が『バベル』を掌中にするのを阻止するだけでなく、全体の戦況を考えての焦りがあったかも知れない。
「――時間が無い! 一気に片付けるぞ」
強化された肉体を更に酷使して荒金が吼える。対するゼパルもまた死力を尽くし、練った氣を剣に変えて振り下ろしてくる。紙一重で避けたつもりだったが、刃先が伸びた! 一筋の鮮血が荒金の眉間を滴り落ちる。暗視装置を仕込んだ仮面が割れて床に落ちた。歳相応の渋みを刻ませた荒金の素顔が露わになった。
「――仮面が無ければ即死だった」
唇の端を歪ませると、P90の銃口2門をゼパルの腹部へと突き付ける。そして引き鉄を絞った。雷撃と火炎で威力が増した銃弾が、ゼパルの氣の防護膜を貫通し、内臓を掻き回す。脊髄を破砕して背中から銃弾が躍り出た。大量の血を吐き出してゼパルは絶命。
そしてリリア達もまた決着を付けていた。視界に展開する惑わしの光景。懐かしい故郷や家族、友人。そして優しい表情を浮かべ、救いの手を差し伸ばしてくる影……。だがリリアは深く呼吸すると、睨み付けた。目尻に滴を浮かべながら、氣を集中させて幻惑の光を放つ主の正確な位置を把握すると、手にしたマチェットを振り上げる。鈍い音に、重い感触。刃はシトリーの肩から胸まで喰い込み、開いた口から血が零れた。
荒い息を吐くリリアに、マリーが沈痛な表情で肩を叩いた。頬を伝う涙が止まらない。
「――状況の変化を認めます。『バベル』起動を中止。休眠状態に移行しますが、宜しいですか?」
魔王2柱の死亡により、殿下が無機質に問い掛けてきた。祝詞もいつの間にか聞こえなくなっていた。
「――化野曹長は?! イスラフェルとの戦いはどうなった?」
慌てて加勢に入ろうとする荒金。視線の先では、化野とイスラフェルが互いを刺し違えている様子があった。満身創痍の状態で床に崩れる化野。援護に入ろうとする荒金だったが、奥殿外が異様に静かという事に背筋を冷たいモノが走る。
危険を感じてリリアが叫ぶ。だが声は爆音で掻き消された。M84スタングレネードが転がり込んできた。そして閃光と爆発に遅れて、警務隊を制圧した海兵隊が奥殿に雪崩れ込んでくる。ラリーは満身創痍の化野とイスラフェル、両名の位置へと40×46mmフレシェット擲弾を発射。荒金が庇おうとするが間に合わない。反射的に自身が身に纏っているアーマーに寄生していた憑魔が氣の防護壁を張ったが、其れでも多量の矢弾が貫通。氣の防護壁の御蔭で傷は浅いが、痛みに荒金は顔をしかめる。そしてラリーの放ったフレシェット擲弾は瀕死であった化野とイスラフェルに止めを刺すのに充分だった。
既にサバーニヤとの戦闘で侍女隊の多くも倒れており、荒金も負傷。海兵隊は動きを抑制しようと銃口を向ける。VIP(Very Important Person)である殿下の身柄を確保しようとするラリーは、リリアとマリーの姿を確認すると安堵の表情を浮かべた。だがリリアが持つマチェットが血に塗れており、対して味方であるはずの椎名・小鳥(※シトリーの受容体の名前)が重い刃傷で事切れているのを一瞥して、目を細める。
「――どういう事だ?」
其の答えはリリアから発せられず、代わって殿下が柏手を打つ事で返された。
高く響いた、柏手の音が1つ。唯、其れだけで、空気が塗り直されるような錯覚を肌で感じる。そして心身の底を叩き付けるような衝撃。気付けばラリーは床に転がって悶絶していた。他の戦友達も同様に床に這いつくばっており、中には白目を剥いて気絶している者もいた。
対して荒金の疲れや痛みは軽くなり、腹の底から活気が湧き上がるのを感じ取る。侍女隊も銃剣を着けた89式5.56mm小銃BUDDYを手に立ち直っていく。
「……私達が無事なのはどうして?」
荒金達と同じく疲労が軽くなったのを感じたリリアとマリーが恐る恐る疑問を口にした。殿下は涼しげな表情で、
「――貴女達は私と縁で結ばれました。だからです。とはいえ……元の状態に戻したつもりでしたが、少し私も感情的になっていたようです」
初めて哀しみの色を瞳に浮かべると、血溜まりの中の化野に歩み寄る。そして頬を撫でると、
「……今までの働き、お疲れ様でした。ありがとう」
見守っていた荒金に、外からの連絡が入る。超常体の群れが突如として死滅。海兵隊もまた多くが戦闘不能に陥ったという。久居からの救援が到着した事により、なんとか動ける海兵隊員も撤退。
そして荒金と侍女隊が敬礼で見送る中、化野をはじめとする維持部隊員の亡骸が運ばれていく。
――こうして伊勢死守戦は終幕を迎えたのだった。
元は広刃の直剣であろう。だが、どうやったのか知らないが美事なまでに中心線から分かたれており、今や片刃となっている。其れにも関わらず、大火力の衝撃を受けても、折れ砕けてもいない。
口をへの字にして 下町・菜之花(したまち・なのは)二等陸士は、預かっていた草薙剣を見詰めていた。
八俣遠呂智を退治した際、建速須佐之男命が尾を切ると剣の刃が欠けたという。其の尾の中から出てきたという天叢雲剣の別称が、草薙剣だ。熱田神宮の主祭神である熱田大神は、草薙剣を神体とする。熱田大神は草薙剣の神霊と云われるが、一般の見解では天照大神の事であるとしている。だが熱田神宮創建の経緯を鑑みるに 倭建命[やまとたけるのみこと]と非常に関わりが深い。従って熱田大神は倭建命のことであるとする説も根強い。
「――しかし霊魂の存在は証明されていません。私達が古来より神祇と呼称していた存在は、最近の研究で超常体の1群だという説が有力です」
皮肉な事に操氣系能力が霊魂の存在を否定した。今まで心霊の仕業とされていた事象も、氣の残滓による障りと判明したからだ。
「でも先生。氣の残滓が本体から独立し、自律して動けば、其れは一種の霊魂と呼ばれるモノじゃないのかなぁ?」
教師然とした風貌の第10109班長へと菜之花が問うと、難しい顔をして、
「中々鋭い意見です。しかし少なくともソレが生前の“其の人”とは異なる存在だというのは間違いないらしいです」
此れ以上は『悪魔の証明』になっていくので、第10109班長は説明を割愛した。そもそも菜之花達、第10109班の面子だけでなく、他の学識者大勢が難しい顔をしているのは、草薙剣の中に異なる存在が封じられているという問題からだ。剣身の中に封じられているのだから、やはり霊魂のようなものじゃないかと菜之花は思うのだが……微妙に違うらしい。
「兎に角……一生懸命調べたけれども、神話時代で関係しているのは初期の保有者である八俣遠呂智か、天照大神から譲り受けられた邇邇芸しか見付からなかったんだけど……。邇邇芸なのかなぁ?」
正しくは 天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命[あめにぎしくににぎしあまつひこひこほのににぎのみこと]。余りに長い名前なので通称「邇邇芸」。だが菜之花達は未だ知らなかったが、九州・宮崎にある高千穂神社に封じられていたらしい。そして現地の維持部隊員によって解放されている。
……こうして頭を悩ませていた菜之花達だったが、時間は過ぎ去っていくのみ。
そして警戒喇叭が鳴り響いた。
「バェルが草薙剣を再奪取すべく動き出したか」
「え? 屋内から出て来ないと思って、火力制圧で何とかしようと思っていたのに!?」
現実は、そう甘くない。菜之花は大きく溜息を吐くと、直ぐに顔を改めた。意を決すると、第10109班の先輩達と共に戦場へと駆け出した。
「……結局、草薙剣に封じられている神様を解放出来なかったけれども」
「封印から解放出来ていれば、かなりの助けになっただろうが……」
第10109班の先輩が唇を噛む。第10109班長は目を細めると、
「神様の助力あっても無くても、結局、敵を倒すのは私達の手ですよ。――苦戦するでしょうが、覚悟を決めましょう」
菜之花は元気よく返事をすると、大きく頷いた。
瓦礫を積み上げたバリケードの隙間を銃眼代わりにして、BUDDYの3射。設置された12.7mmブローニングM2重機関銃キャリバー50が弾幕を張る。だが名古屋城の天守閣跡から悠然と姿を顕した東方王 バェル[――]は空いた掌を前に出すだけで、銃弾を逸らしてみせる。
「――斥力か?」
七十二柱の魔界王侯貴族が序列1位とされるバェルだが、元はカナン地域を中心に崇められた嵐と慈雨の神だ。一説によると、元々、ハッドゥまたはハダドという名で、アッカドの雷神アダドの前身とされる。此の名は雷鳴の擬音が由来らしい。
「だから雷電系能力が使えるのは当然と」
第10107班長の 鳥羽・沙織(とば・さおり)三等陸曹が目標を睨み付けながら、耳にしていた知識を思い出す。斥力で銃弾を逸らしていたバェルは、一瞬の合間を縫って雷撃を放つ。バリケードごと浴びた多くの維持部隊が感電死した。
「火力を集中しろ! 草薙剣は此方にある。相手は不死身ではないぞ」
沙織の鼓舞に応えるように89式装甲戦闘車ライトタイガーが90口径35mm機関砲KDEを撃ち放つ。そして79式対舟艇対戦車誘導弾も発射出来るように展開。流石に小銃弾は逸らせても、機関砲弾にバェルは難しい顔を浮かべた。降り注いでくる35mm×228弾で身を襤褸にされていくバェル。だが草薙剣がなくなって驚異的な速度ではなくなったものの、其れでも傷口を再生していく。そして飛来する対戦車榴弾には形を保ったままの右腕が一閃し、切り捨てて見せた。其れでも炸薬が爆発すると衝撃に身を震わせる。
「効果が無い訳じゃないんだ。いっくよー!」
咆哮にも似た声を上げて、菜之花もまた96式40mm自動擲弾銃改を撃ち放った。自らの紫電を喰らって、火炎系憑魔は放つ40mm×56対人対戦装甲擲弾の威力を増していく。
猛火力の集中を受けてバェルが怒りに身を震わせたのか、質量を伴った波動が放たれた。沙織が咄嗟に氣の壁を張るが、重く激しい波が打ち破る。氣の壁が緩和してくれたとはいえバェルからの刺激を受けた憑魔核が鋭い痛みを訴え、沙織をはじめとする魔人隊員達が悶絶した。菜之花もまた例外でなく、幼い身体を駆け巡る激痛に、涙を流して地を這いつくばる。魔人だけでなく攻撃力の強い波動は、護衛の先輩達も吹き飛ばしていた。何とか体勢を整えようとし、また苦し紛れにBUDDYを乱射する事でバェルを足止めしようとする。だがバェルは強化した身体能力を以て、包囲網を突破すると菜之花の方へと進撃してくる。恐らくは草薙剣を掴んだ時の事を覚えていたのだろう。
「……電池がなくても充分に強いじゃないかぁ」
奥歯を噛み締めながら、顔を上げる。菜之花を護ろうと、立ち直った多くの隊員達がバェルへと攻撃を敢行するが避けられてしまう。或いは反撃を受けて戦闘不能になっていった。維持部隊へと雷撃が放たれ、水流が荒れ狂い、そして鋭い風が薙ぎ払っていく。
そして倒れ伏したままの菜之花に影が落ちた。バェルは不敵な笑みを浮かべたまま、草薙剣を求めるように手を伸ばしてきた。が、其の最接近してきた瞬間に、菜之花は愛銃を発射した。伏射姿勢でバェルの腹部へと仰いで引き鉄を絞る。己の憑魔能力を最大限にまで振り絞ると、愛銃に寄生している火炎系憑魔に喰らわせた。バェルに命中して爆発。至近距離ゆえに衝撃や火力は菜之花の身体にも容赦なく襲う。だが、其れでも引き鉄を絞り続けて、残弾が無くなるまで――砲身が歪んで破裂するまで、全火力をバェルに叩き込んだ。全てが注がれた火力をまともに受けて、バェルが崩れ落ちる。最早、形すら残らなかった。
……バェルが倒れた事による歓声と、菜之花を心配しに駆け寄ってくる第10109班長や先輩達の声を耳にしながら、急速に意識が闇に沈んでいく。
(……訓練中に試験武装を暴発させて以来かなぁ)
薄れゆく意識の中でも、菜之花は思い出し笑いを浮かべたのだった……。
久居駐屯地からの救援により、伊勢分屯地の再建が進められる。其れでも神宮攻防戦で死傷者が多く出た為、最低限度の防備しか整えられないのが辛いところだ。痛む身体を気遣いながら、荒金は溜息を吐く。
「――神宮を放棄出来るのであれば、其れに越した事がないのだが」
もしも米海軍が襲撃を掛けてきたら、今度は保たない。遠くに見える伊勢湾には空母キティホークも加わり、脅威さを増している。噂では米国の影の大統領とされる国家安全保障問題担当大統領補佐官の ルーク・フェラー[―・―]が乗艦していると聞くが……
「最早、制圧してくる事は無いでしょう。『黙示録の戦い』が開く『夏至』まで残り僅かですし」
戦死した化野から引き継いで侍女隊を取り仕切る事になった一等陸曹のWACが、殿下に代わって荒金に説明をする。
聞き慣れぬ言葉に、荒金は首を傾げる。だが東京の維持部隊長官より各駐屯地へ『夏至』までに進行中の作戦を終え、或いは中断し、待機・籠城するよう通達が来ているのは事実だ。
しかし喩え敵が来なくても護りを備えておく事は重要である。人手が足りないのが何より痛い。
「――捕虜とした米兵にも協力をお願いしたいところだが……条約違反になりかねないからなぁ」
名目上は超常体によって負傷した米兵の保護となっている。亡くなった者もまた超常体の襲撃と書類上は処理されていた。此れは米軍に捕らえられている維持部隊員も同じだ。近く捕虜交換が行わなければならないだろうが、交渉が難航し『夏至』を迎えてしまった場合は、いつになるか予測が付かなかった。
其処等辺も海外の日本政府の働き次第だが……。
「――日本政府か。政府の腰抜けは事実。だが天使のプロパガンダを鵜呑みにしても、待っているのは“天使にとっての”勝利であり、利益でしかないと思わないか?」
思い出したかのように荒金が呟く。幸いな事に、伊勢だけでなく久居でも、フトリエルの言葉に感化して蜂起する輩は出なかった。しかし他の駐屯地では混乱が生じ、少なからぬ被害が出たと聞く。天使に付いた他に、脱柵したり、他の神群に加わったりした完全侵蝕魔人もいるらしい。
「兎に角、殿下の身が危機に晒されて二度と『バベル』が開く事がないように努めなければ……」
気を引き締め直すと、荒金は今後における警備の打ち合わせを重ねるのだった。
捕虜となってしまったラリー達と違い、リリアとマリーの立場はよく判らないモノだ。元米兵という事で警務隊から厳しい目で見られているが、ラリー達の様に行動を制限されている訳ではない。
「――維持部隊として勤めるのであれば『亡命』の様な形になると思います。或いは米軍からの派遣でもいいでしょうけれども。米国に帰りたいのであればMIA(Missing In Action:作戦行動中行方不明)として一時期は身を隠すのを手伝います。尤も『黙示録の戦い』によって、どうなるか判りませんけれどもね」
侍女隊のWACの説明に、リリアとマリーは顔を見合わせる。どうするか、直ぐに決断は出来なかった。ただリリアに寄生している憑魔は『黙示録の戦い』後に無力化する可能性がある事も教えてくれたので、期待出来ない事も無い。
「ラリー達の様子も伺いたいけれども……どう考えても彼等からしたら裏切り者扱いよね」
リリアが溜息を漏らすと、マリーは頭を掻いて応じて見せる。
「ラリーも軍法的には犯罪者のままだっていうしな。日本で作戦任務を行っている事で、刑の執行が免除されているんだから、おいそれとステイツに戻れないだろう」
そういうマリーも故郷に戻れば、刑務所に入れられるだけだ。其れに生まれ故郷に戻っても親類縁者も無いから、此のままMIA扱いで処理してもらい、維持部隊員として別の名前や籍を貰い、そのまま日本に骨を埋めるのも良いかと考えているらしい。
「私は……どうするかな」
呟くとリリアは故郷の風景、家族や友人の顔を思い浮かべるのだった……。
名古屋市立東部医療センター守山市民病院(※註1)。守山駐屯地奪還や名古屋城跡攻略で負傷した隊員達で賑わう病棟の一室で、菜之花もまた全身包帯塗れの姿で横たわっていた。
「……お加減は如何ですか?」
入室してきた第10109班長に、菜之花の介護をしていた先輩WACが敬礼。身動ぎ出来ない菜之花は唸ると、
「つまんないよー」
張りのある元気な声で応じた。調子の良さそうな言葉に第10109班長は笑うと、
「手術の経過も良さそうで安心しました」
半不老不死と言われる異形系でなくとも魔人は、常人よりも治癒力が高い。重傷を負っても半月間ぐらい療養に努めて安静にしていれば、再び最前線に復帰する事も可能だという。ましてや守山駐屯地奪還から対バェルの連戦で活躍した菜之花は、異形系魔人の厚意によって、火傷した皮膚に替わり、健康的で瑞々しい細胞を移植してもらっていた。癒着して身体に馴染むまで、菜之花が無茶しないように介護という形で監視しているようなものだ。
「……其れに東京からは作戦行動を終了もしくは中断し、駐屯地で籠城するよう厳しく言い付けられていますからね」
但し何時まで籠城しておけば良いのかについての説明は無い。最早、戦いは超常体同士の総力戦になり、人の領域を超える事になるらしい。『黙示録の戦い』と称されるモノの勝者が新たな世界の行く末を決する。蚊帳の外――否、此の場合、状況的には『内に入れられる』みたいなものか――に置かれる話に納得出来るかどうかは、また別の話だが。
「……お話なら兎も角、無条件降伏は受け入れられないよー。そういう事だよね?」
菜之花の指摘に、第10109班長が頭を掻く。天使共の言葉に対して無視を決め込んでも、『黙示録の戦い』で勝利した超常体の陣営が新たな世界の行く末を決めるというのであれば、……人類は無条件降伏したと同じ事では無いだろうか?
菜之花には伝えられていなかったが、フトリエルの演説に呼応し、愛知の豊川駐屯地の留守居役が蜂起していた。豊川に駐屯していた隊員や武装の大半が守山駐屯地奪還や旧名古屋城攻略に従事していた御蔭で、離反したモノは少ない。だが問題には違いない。
とはいえ天使共に寝返った豊川の留守居役は守山に北上する訳でもなく、東側へと警戒しているらしい。東――静岡と神奈川に渡る富士山、其の麓にある富士山本宮浅間神社を中心に、ヴィシュヌ率いるデーヴァ神群の支配域となっているので、其れ等に対する攻防に回されるのだろう。
さておき、
「……そういえば草薙剣の処遇はどうなったの?」
「一応、武器科から後日にでも回収する旨の連絡が来ていますが。どうも九州の方で片割れの天叢雲剣が見付かったとか何とか」
「草薙剣と同一のモノじゃなかった?」
「合体して神剣『天叢雲之草薙』とかいうのになるそうですよ?」
よく解らないが、何となく強くなるらしい。だが菜之花としては、
「……草薙剣なんかの代わりに、私は新たな擲弾銃が欲しい! 火炎系憑魔が寄生していて、重度の改造を施していた、私の愛銃を返してー!!」
「……憑魔武装自体がもう殆ど残ってないと思いますけれどもねぇ。しかも都合よく擲弾銃に寄生しているモノがあるかどうか」
駄々をこねる菜之花を、第10109班長は頑張って言い聞かせようとするのだった。
――そして夏至の日。世に言われる、黙示録の戦いが始まった。高位の超常体が、神州の支配権を巡って相争い始める。天を覆う、神の御軍。地を覆う、魔の群隊。人々は拠点を死守するのに精一杯だった。
其れでも人々は生きていく。智慧を巡らし、仲間の手を握り、明るい日を見る為に……。
■状況終了――作戦結果報告
第10師団による中部方面東側の戦いは、今回を以って終了します。
『隔離戦区・禁神忌霊』第10師団(愛知・三重:東亜剌比亜)編の最終回を迎えられた訳では在りますが、当該区域作戦の総評を。
結果だけから考えれば、伊勢及び名古屋における戦闘は人類側の勝利と言えるでしょう。但し全体的に情報収集が不足しがちで、遅れをとった点が幾つか見られます。特に伊勢では敵の侵入に対して調査や捜索が深く行われなかったのが状況を悪化させていました。
そして伊勢は駐日外国軍が不利だった状況にも関わらず、第5回終了時点では勝利間近でした。魔群や第七艦隊に対する警戒心から土壇場でリリア・エイミス氏が離反しなければ、伊勢を攻略されていたのは間違いありません。『バベル』は開かれ、伊勢を中心に魔群の影響力が増大していた事でしょう。
此れは駐日外国軍側PCが、防衛側アクションの隙を突いていた点もあります。とはいえ防衛側の人手が十分であれば駐日外国軍の侵攻は高い確率で失敗していたのは否めません。
名古屋に関しては眼前の問題を地道ながらも着実に潰していったからこその勝利と言えるでしょう。とはいえ、此方も危うかったのは否めません。
其れでは、御愛顧ありがとうございました。
此の直接の続編は、半年後に開始されます『隔離戦区・人魔神裁』に受け継がられていきます。御参加頂ければ幸いです。
重ね重ねになりますが、ありがとうございました。
●おまけ・設定暴露:
当初、内親王殿下は、現実におわす内親王殿下に御出演して頂く予定だった。名前を表記しなければならなくなった時点まで、御出演して頂くか判断に悩んでいたのは此処だけの秘密。
化野曹長の猫耳のように癖がついた髪型や語尾は、猫に変化する異形系だとプレイヤーを騙すつもりで用意されていたネタだったが誰にも相手されなかった。
伊勢に侵入していた魔王は3柱。鴉もまた魔王の1柱であり、正体は窃盗伯ラウムだった。
和歌山の熊野本宮神社は裏シナリオとして用意されていたが、誰も関わって来なかった為、駐日沙地亜剌比亜王国(サウジアラビア)軍が占拠したまま。ちなみに熊野に封印されているモノはかなりヤバイ存在であり、下手すると和歌山が消滅していた。
なお“這い寄る混沌(ニャルラトホテプ)”は初期情報の段階でイスラフェルとアズラエルの手に掛かり、中部地方へ介入出来なくなっていた。とはいえ倒されるより早く阿剌伯諸国連盟や横須賀の駐日米軍を煽動する事に成功しており、伊勢神宮攻防戦の元凶に違いない。
名古屋には名前が表記されなかったモノも含めて、全部で7柱の魔王が関わっていた。中盤において最大の難敵だった対物理ライフルの狙撃主は、射手侯レラジェという。姿形も名前も出てこなかったのは盗賊伯ヴァレフォルであり、熱田神宮で草薙剣を強奪する祭に『落日』機関で遣り合って戦死している。なお守山駐屯地を制圧した3柱の魔王は、熱田神宮での事件の際に憑魔強制侵蝕現象の犠牲者だった。
草薙剣に封じられていた神は、天之尾羽張[あめのおはばり]といい、伊邪那岐命が迦具土神を斬ったときに使った十拳剣が神格した存在である。建速須佐之男命が八俣遠呂智を退治した際に使用した天羽々斬剣もまた十拳剣であり、其の繋がりから呪縛され、封印されていた。封印から解放された場合、バェルが弱体化するだけでなく、愛知の超常体は一掃されていた。
※註1)名古屋市立東部医療センター守山市民病院……現実世界では民間譲渡により2013年3月31日廃止、翌4月1日から医療法人が運営する「守山いつき病院」となる予定。