先日の二条城攻略により前線が大きく進み、清水寺で知られる音羽山に築き上げられた橋頭保は現在、大津駐屯地からの補給線を繋ぐ要所と化していた。
輸送科によって送り届けられてきた物資や人員は、編制や配分されて天使への抗戦に向けられる。京都を支配していた天使共は、宇迦之御魂[うかのみたま]の解放に低位超常体は殲滅、高位のモノも弱体化したとはいえ、
「……未だ油断は禁物だな」
広げられた京都の市街地図を見ながら、神州結界維持部隊中部方面隊・第10師団第10高射特科大隊・試作自走対空砲小隊長の 村田・巌(むらた・いわお)准陸尉が唸った。
弱体化しているとはいえ完全侵蝕魔人から変じたパワー以上の天使への警戒は怠れなかった。魔人は(戦車や航空機も含める)単体戦力に於いて最強の存在だ。強化系魔人1体でも油断すれば普通科部隊1個小隊が軽く撃破しかねない。ましてや相手が四大元素天使にもなると少なからず犠牲が出るのは覚悟しておかなければならなかった。
「怪我の方は大丈夫ですか?」
副官からの気遣う声に、村田は安心させるように微笑み返した。先日の“神の光(ウリエル)”戦で、憑魔の相生相剋関係の組み合わせの悪さもあって、村田も酷い目に遭っている。ウリエルが弱体化しておらず、また宇迦之御魂の加護が無ければ、絶命していたのは間違いない程の傷を負った。
だが半不老不死の異形系程なくとも、魔人は治癒力が常人より高い。前線で指揮を執れる程に快復した村田は、直ぐに次なる攻略戦へと精力的に行動。本人よりも周りが心配するぐらいだ。
「2柱は撃ち倒したとはいえ、未だ西と南に残っているからな……」
呆れの混じった副官の表情に、バツが悪そうに村田は話題を進める。先ずは京都駅跡を指差した。火の元素を掌るという“ 神の如し( ミカエル[――])”がケルプとドミニオンといった高位超常体と共に居座り続けている。それから続いて太秦映画村跡に視線を送った。待ち構えているのは風の元素を掌るという“ 神の薬( ラファエル[――])”だ。
「相性的には氷水系の俺は良いはずだがな」
「但し目撃証言によると地脈系の憑魔武装を所持していると聞きます。ラファエルの幻風系能力の増幅器として使われるでしょうが、普通に武器として振るわれたら准尉にとって危険です」
副官の忠言に、村田は頷いた。
「くれぐれも注意しよう。だが此処が踏ん張りどころだからな。最後の務めになるかも知れんが、引っ込んでいる訳にもいかんのだ」
そして一同を見回すと、憑魔核のある辺りをさする。村田は表情を改めると口を開いた。
「……俺は浸食の度合いが危険域に達している。いずれは完全浸食によって意識を乗っ取られ、誰かに倒されるだろう」
副官だけでなく、会議に同席している普通科班長や京都で抵抗運動を続けていた有志が息を飲んだ。だが構う事無く、村田は薄く笑うと、
「――其れでも侵略者である超常体を打ち倒すべく戦う。其れが陸上自衛隊時代から変える事の出来ない、俺の“生き方”だからだ」
村田は再び皆の顔を見回すと、視線を一人一人と合わせていった。そして思いを打ち明けていく。
「もしかしたら、先日に在ったフトリエルとかいう熾天使の演説によって寝返るのも選択肢だろう。……だが、其れは本当に自分の“生き方”なのか今一度、自分自身に問い掛けてくれ」
暫くの沈黙が訪れた。だが秒針が一回りするよりも早く、声が上がる。白樺・十夢(しらかば・とむ)二等陸士は不敵に唇の端を歪めると、
「村田さんに叱られるまでも無く、少なくとも京都にいる面子は大丈夫ですよ。もしも天使のプロパガンダで動揺している同僚がいたら『天使占領下の京都を見ろ』と言ってやれば良いと思いますよ? 目の前にある現実ほど強固な事実はありません」
白樺の言葉に、深く首肯する一同。白樺の相棒が苦笑して耳打ち。
「……残念ながら、日本政府の不甲斐なさも事実だけどな」
「其れは今更言っても仕方ないからな」
周りに気付かれないように肩をすくめる。そして咳払いをすると、
「さて……火の元素を掌るミカエルの得物は操氣系。また四大元素天使の筆頭という事もあって、ミカエルの実力は強大です。村田さんには悪いですが、私達は今回も別行動――対ミカエル戦の支援に回ります」
白樺の言葉に、村田は頷き返した。
「もう少し人手があればいいのだがな。4月の戦いで大きな痛手を負っていた特科や普通科部隊も戦力回復してきたとはいえ、相手に対して充分とは言えない。そもそも、やはり非装甲車輌には限度がある。超常体相手ならば軽装甲でも欲しい」
思わず嘆息を漏らす。とはいえ無い物ねだりをしても始まらない。ましてや時間も残り僅かだ。東京の維持部隊長官より全隊に対して「夏至までに現在進行中の作戦行動を完了もしくは中断し、駐屯地にて籠城戦に備えよ」と徹底する旨の通達があった。『夏至』の日までに京都奪還――天使共の撃破がなされなければ、此れまでの犠牲が水泡となりかねない。
「相手が弱っている間に攻勢に出る、そして有利な状況を保持したまま夏至の日を迎えたいですね」
白樺が独りごちるのを拾って、村田達は眉間に皺を刻む。そして苦渋に満ちた、だが決意を込めて、
「其の為には損害も少なからず発生するだろう。しかし覚悟の上で撃破を目指さなければならない。諸君、決戦の時だ!」
村田の喝に、全員が敬礼で応じた。
歳の頃は10代後半。女性とも男性とも判断の付かない顔立ちに、華奢な体格。其れが第377班員達に紹介された“彼”だった。
呼び名は ミーシャ[――]。だが正体は七つの大罪が1つ『憤怒』を掌りし大魔王 サタン[――]。サタン固有の能力である『憤怒』は、憑魔能力だけでなく人心の“負”の感情をも暴走させるという。
ミーシャに付き従うのは、不景気な顔をした痩身の男――予言貴公子 ヴァッサゴ[――]。此れもまた序列3位の七十二柱の魔界王侯貴族が1柱だ。
ミーシャ達は『契約』に基づいて、拝火(ゾロアスター)教の始源の闇にして暗黒の神王 アンラ・マンユ[――]との戦いに協力するという。
伊丹駐屯地といった関西の領域に『クスリ』をバラ撒いていたアスモダイ。七つの大罪が1つ『姦淫』を掌りし大魔王は、クスリによって生じる氣を集めて、己の真の姿であるアンラ・マンユとしての力を取り戻した。またクスリによって人間から変貌した超常体や完全侵蝕魔人を引き連れるばかりか、大阪シティエアターミナル――通称「OCAT」(オーキャット)地下に異空間の亀裂を生じさせ、己の眷属を此の世界に顕現させようとしている。春から及ぶ戦いに終止符を打つべく第377班だけでなく多くの維持部隊員が作戦を練っていた。其処に紹介されたのがミーシャとヴァッサゴだ。……なお、もう1柱魔王が居るはずだが、此の場には姿を見せていない。
「……信用出来るの? あのアンラ・マンユは、元がアスモダイ。――あれ? 逆? 元がアンラ・マンユで、偽りの姿がアスモダイ?」
目を丸くする 橘・柑奈(たちばな・かんな)二等陸士だが、言いたい事は大体判る。
「アスモダイだった以上、魔群だよね? だから、其の同じ魔群がアンラ・マンユとの戦いに協力してくれる理由がよく解らないんだけど」
柑奈に続いて、先山・命(あずやま・みこと)二等陸士が問い質す。ミーシャは微笑み返すと、
「既にアレはルキフェル達と盟約を交わしたアスモダイではありません。盟約から離反し、己の力を誇示する別の存在。従って私達が協力するのも、実は渡りに船なのです」
ヘブライ堕天使群にとって、アンラ・マンユひいては拝火教の闇に属する超常体は敵という事らしい。敵の敵はナントヤラという事で、維持部隊に協力を申し出てきたという。裏を疑い、警戒を怠らずにおられないが、力強いのもまた確かだ。とはいえ、
「話によると『憤怒』という力で憑魔が暴走してしまうと聞いているけど……」
先山の懸念は正しい。憑魔能力が暴走すれば、其の影響で魔人隊員の多くが戦闘不能に陥る。最悪、憑魔強制侵蝕現象と同じように超常体と化す恐れもあった。だがミーシャは困ったような表情を浮かべながら、
「御安心下さい。『憤怒』は使いません。何故ならアンラ・マンユに対して使用したとしても、彼奴の利点になりこそすれ、弱らせる効果がありませんから」
「では……貴方は何の力を貸す事が出来るの?」
柑奈の追及に、ミーシャは己の右掌に視線を落としてみせた。皆の注目が集まる中、ミーシャの右掌に光球が生まれる。
「――祝祷系だね」
「“神の敵(サタナエル)”としての役割に決定していたら、祝祷系とは別に空間系能力をも保持していた事になります」
「空間系?」
訝しむ柑奈の視線に応えて、ミーシャは頷く。
「言葉の通り、空間其の物に干渉する能力です。“神の火(プシエル)”が使ったという〈跳躍〉も此れに由来します。懲罰の七天使となるモノは個体に其々割り振られた能力――私の場合、祝祷系ですが――とは別に此の空間系を与えられています」
ちなみに低位超常体が異空間から現れる際に生じる爆発現象とは別だそうである。
兎に角、ミーシャが祝祷系能力を見せた事を受けて、先山が思い出したように手を打った。
「そういえば先の戦いで撤退する時、閃光発音筒を投げたらアンラ・マンユは怯んだような……」
だから先山は武器科に要請して、
「アンラ・マンユは光が苦手かもしれないので閃光発音筒を掻き集められるだけ手に入れてみたんだ」
周囲が感嘆の声を漏らす。柑奈も思わず拍手。
「私も新たな武器を要請したんだけれども……」
柑奈が注文したのは、FGM-148ジャベリン。亜米利加合衆国製の歩兵携行式多目的ミサイルだ。主な目標は装甲車輌であるが、建築物や野戦築城、更には低空飛行する回転翼飛行機への攻撃能力も備える。
完全な「撃ちっ放し(ファイア・アンド・フォーゲット)」機能、発射前のロックオンや自律誘導能力、そして何よりもバックブラストを抑えており、室内等からも発射出来る能力が嬉しい。
「何にしろアスモダイの時と同じく、圧倒的な火力で動きや能力を抑えて、そして倒す――というシンプルな方法しかないんだよねぇ」
「其の事だが……」
今まで黙っていたヴァッサゴが口を開いた。何事かと皆が仰天する。ミーシャもまた驚いていた。そんな周囲の反応に眉間に皺を寄せながらヴァッサゴは、
「――アンラ・マンユとなった時点で、アスモダイとしての『姦淫』は使えなくなっているかも知れない」
「……どういう事?」
「サタン様――ミーシャと同じだ。存在や姿を変えれば、能力もまた制限されたり変更されたりする可能性がある。アンラ・マンユとして真の姿を取り戻した事で強大な力を持つだろうが、『姦淫』という七つの大罪の1つを掌っていたアスモダイは居なくなったと考えても良いのではないか?」
ヴァッサゴの指摘に、柑奈と先山は顔を見合わせた。だが確信が無い以上、其の指摘を気軽に受け止める事は出来ない。
兎に角、ミーシャやヴァッサゴを加えると、アンラ・マンユ攻略戦へと準備を推し進めるのだった
先日の戦いに続いて、京都駅跡を拠点とするミカエルへの攻略が開始されていた。対ガブリエル戦に割かれていた戦力が加わっただけでなく、大津駐屯地から送られてきた増援もあって、ミカエルに挑む者達の士気は高い。
旧・京都駅ビルから迎撃に出てくるパワーやヴァーチャー。既に人面獣ケルプが110mm個人携帯対戦車弾パンツァーファウスト3の直撃を受けて崩れ落ちていた。其れでもミカエルが棹状の兵器を振るうと、熱したナイフを当てられたバターの様に96式装輪装甲車クーガーが切断されていく。
「――武人肌のミカエルは籠城せずに、自ら迎撃の先頭に立ってきたか」
観測器具で状況の把握に努めている相棒が呟く。
「伏見稲荷の天使や、ガブリエルの死に様を聞けば、狙撃に対して警戒しない方がおかしいんだがなぁ」
皮肉っぽく笑っているが、白樺は意識を集中して照準眼鏡で、素早く動き回るミカエルの姿を捉えようとする。
京都で最も高いと云われる京都タワーにある展望台からの眺望。白樺や観的手だけでなく護衛として普通科隊員が周囲を固めていた。パワーが頻りに〈探氣〉で此方の位置を把握しようとしているのを見ていると、狙撃に対しての警戒をしていない訳ではないようだが。其れでも前線で暴れまくるミカエルは、一目では不用心に思えて仕方ない。陽に焼けた赤銅色の肌をし、鍛え上げられたミカエルの肉体は、陸上自衛隊の旧式の抗弾チョッキが窮屈そうに見える。手にした棹状の操氣系憑魔武装で、パンツァーファウスト3や84mm無反動砲カールグスタフから発射された砲弾を蠅叩きの様に撃墜したり、果敢に挑む維持部隊員や抵抗グループ勇士達を薙ぎ払っていったりしていく姿は、まさに無双。また火の元素を掌るという説の通り、生じた炎球は着弾地点から半径2〜3m程を消し炭に変える。
「アレで……宇迦之御魂神の影響下で弱体化しているのかよ。怪物め」
引き攣った笑いを上げながらも、風の速さや向き、そしてミカエルまでの距離や、次の動きを予測していく相棒。白樺は信じて狙いを付けていくだけ。
そして糸のようなナニカが銃口からミカエルまで張られた一瞬。白樺はXM109ペイロードライフルの引き鉄を絞る。
「――っ!」
だが放たれた25×59BmmNATO徹甲弾は、ミカエルの肉体を潰し裂く事は無かった。ミカエルに届く前に爆発の華が開く。
「此れが話に聞く、ミカエルの炎の鎧か」
炎の膜を身に纏う、或いは熱波を放射して、火器の類を寄せ付けないと聞く。だが対物ライフルから発射された徹甲弾の勢いを殺せるだろうか?
「火種だ。宙空に機雷のように見えない火種を配置して、直撃を受ける前に爆発させて、威力を殺していやがるんだ」
爆発反応装甲みたいなものか。話に聞いていた以上の厄介さ、そして其の突破策を講じて無かった自身の迂闊さに、白樺は奥歯を噛み締める。
「やべっ! 今ので此方を潰しに来ることにしたみたいだ! ミカエルが来る!」
護衛の維持部隊員が設置していたブローニングM2重機関銃キャリバー50で弾雨を降らす。だがミカエルに届く前に12.7mm×99NATO弾は熱波で融け墜ちていく。そしてミカエル自身には傷一つも付いていない。
「……氷水系武装でも持って来れば良かったかな」
「今更、そんな事を言ってもなぁ!」
ミカエルの持つ棹状の憑魔武装は、穂先を氣で練られた刃にして、巨大な槍を形作る。そして勢いを付けて投擲。撃ち落とすべくキャリバー50の弾幕だけでなく、白樺もXM109を連射。電磁加速させた徹甲炸薬弾が爆発し、槍の軌道を逸らせたと思ったが、
「曲がった? いや、追尾してきやがった!?」
そして穂先が白樺に迫る。反射的に氣の盾を張る。槍は氣の防護盾を貫き、白樺の脇腹を血で染めたものの、何とか致命傷を避けたようだった。
「大丈夫……じゃないよな! 氣で傷を快復させろ、意識をしっかり持て!!」
異形系とは違うが、操氣系もまた傷口を癒す事が出来る。といっても異形系みたいに細胞や組織や器官を再生するのではなく、元から生命体が持つ治癒を氣力で増進させる事による快復だ。また氣力で痛みを軽減させる事も出来る。だが白樺は氣力を傷口の治癒や痛みの軽減に費やさなかった。唯ミカエルを狙う事だけに氣力を集中させる。
「ミカエルが纏う、見えない火種の鎧。其の隙間を縫うように――射つ!」
白樺の傷口から流れる血が、いつのまにかXM109に寄生している憑魔に吸収されていく。目に見えんばかりに活性化し、脈動した憑魔が放つ紫電がXM109を覆い包んでいった。銃身の中で、此れまで以上の強力な電磁誘導が生じる。そして――発射!
机上の最大数値を超えて加速した25×59BmmNATO徹甲炸薬弾は、白樺の意思に従って生じた軌道を描いて、ミカエルの火種の隙間を潜り抜けていく。通過した際に生じる衝撃波で、火種が爆発していくが、弾頭自体の威力が殺がれる事は無い。
――そして、
「……美事だ」
戦闘が開始されて初めてミカエルが口を開いて、発した言葉は、白樺への賛美。着弾点からモンロー効果で深い孔が胸板に穿たれる。貫通した弾頭に身を両断され、続いて襲う衝撃波で肉体組織を潰されるミカエル。水風船が割れるように肉片が破裂。千切れて塵となっていくのを、ミカエル自身が撒いた火種によって焼却されていった。
核の一片すらも残さずに燃え尽きていったミカエルの姿を目蓋の裏に焼き付けながら、白樺は意識を急速に失っていくのだった……。
ミカエルが倒れた事により、京都駅跡を放棄して撤退を開始する天使へと、容赦なく維持部隊員や抵抗グループの勇士が追撃する。
白樺が意識を取り戻した時には、歓声が京都駅跡を響き渡っていた。
ミカエル攻略戦が開始されたのと同時刻。京都の西――太秦映画村では、村田小隊をはじめとするラファエル攻略戦もまた開始されていた。
「……宇迦之御魂神によって弱体化していたとはいえ、ウリエルは好戦的なばかりに迎撃に打って出ていた。そう考えると、些か拍子抜けだが……」
対空戦闘指揮装置改から戦況把握に務め、部下や随伴する普通科隊員に指示を下していた村田は、眉間に縦皺を刻んで唸る。
性格もあるのだろう。また名の意味から考えて、本来は戦闘に従事する役割でもないからかも知れない。迎撃に出陣してきたウリエルと違って、ラファエルは映画村跡地奥深くに籠城し、護りに徹していた。勿論、抵抗グループ勇士が果敢に突入していったが、到る所に仕掛けられていた罠が発動したり、また待ち伏せしていたパワーやヴァーチャーによって分断された挙句、各個に撃破されたりしている。
「宇迦之御魂神の影響が何時まで及ぶか判らない」
そして維持部隊長官からの夏至の日までという作戦刻限もある。四大元素天使を1柱だけでも撃ち漏らして京都奪還作戦が不完全に終われば、将来にどれほどの禍根を残すだろう。
「――パディオス館及びスタジオマーケットにパワーズが隊列を組んでいます。また各施設にヴァーチャーが複数忍んでおり、不規則ながらも正確に突入した隊員を攻撃。ヴァーチャーへの警戒で進攻が鈍くなったところをパワーズやケルプが強襲してきます」
何とか生還した偵察員の報告に、村田や他の小隊長達が顔を見合す。厳しい顔付きで、
「――総力を以て押し潰す」
選抜した精鋭で突入し、護り固められたラファエルへと接近して撃ち倒す事すら難しいのであれば、犠牲を覚悟で、正面からの総力戦で挑むだけだ。
補修を終えて、大津駐屯地から増援として駆け付けてきた74式戦車が砲塔を正門へと向ける。普通科隊員もパンツァーファウスト3やカールグスタフを肩に担いで狙いを付ける。
「……仰角、水平方向に合わせ。一斉に射てっ!」
村田の合図に35mm2連装高射機関砲L-90改3基が咆哮を上げると同時に、各部隊も一斉に太秦映画村へと攻撃を開始する。砲火を受けて崩壊した壁へと、支援射撃の下で突撃していく普通科隊員や勇士達。砲撃に巻き込まれなかったパワーやヴァーチャーが応戦に出てくる。銃弾と氣弾が行き交う戦場。鎧に似た外骨格に包まれたパワーが、氣で造り出した武器を振りかざしてくる。弾幕を潜り抜けて肉薄してきたパワーへと銃剣を装着したBUDDYで刺突する普通科隊員。ヴァーチャーが各々の能力で翻弄してくるが、
――憑魔覚醒。侵蝕開始。半身異化状態に移行。
指揮装置改から身を乗り出した村田は、怒声に似た咆哮を上げると渾身の力を込めた氷水流を宙空の敵へと叩き付ける。
「突撃! 突撃! 突撃!!」
普通科の小隊長が銃声や砲音に掻き消されない程の量で怒鳴り、督戦する。複数の魔人隊員が己の得物を構えて、ケルプへと踊り掛かった。ケルプの巨体を複数で包囲。連携攻撃で四肢を狙う。ケルプの反撃を受けて地面や施設に叩き付けられて血を吐くだけでなく、腕や脚を失うという重傷を負う者もいた。だが諦めずに挑み続ける事で、ケルプの動きを鈍らせた。そして身体強化した膂力で、手にした円匙が折れ曲がるぐらいの勢いで叩き付ける。ケルプの断末魔の絶叫が太秦映画村跡に響き渡る。
「――ラファエルを探せ! 逃がすな!!」
村田が空の一点を睨み付ける。前髪をオールバックにした六翼の熾天使が苦々しげに空を飛んでいた。村田と同じくラファエルの姿を目視した隊員がBUDDYで狙撃するが、傍に控える四翼のドミニオンが氣の防護壁を張って直撃させる事が出来ない。
ラファエルは手にした杖を眼前に構えると、突風が吹き荒れた。発射された誘導弾の狙いを強引に曲げる程の速さや圧力を伴うだけでなく、鋭い刃でも生じているのか、クーガーの装甲にも深い傷を刻み付ける。
だが――
「相性が悪かったな!」
村田が拳を造って、天――ラファエルへと突き上げると氷水流が瀑布と変じて、風を包み込む。相生関係で風の勢いを吸収。だが絶対的な威力比はラファエルに傾くようで、村田の氷水流の瀑布も、ところどころ風に翻弄されて綻びが生じてくる。だが――
「射てっ!」
少しでも生じた隙を突いて、エリコンKDB 35mm機関砲が唸りを上げる。氣壁を穿ち、ドミニオンを肉片と変えた。そしてラファエルの風に逆らい、果敢に35mm×228砲弾が迫り行く。遅れて発射された対戦車榴弾がラファエルへと追撃。駄目押しとばかりに51口径105mmライフル砲L7A1が咆哮を上げた。
集中砲火を浴びたラファエルは、断末魔の叫びも爆発で掻き消され、塵も残す事も許されずに四散した。撃墜したラファエルを確認し、心の中で喝采を上げたものの、村田は油断を戒めるように怒鳴り声を張り続ける。
「――掃討戦に移る。各自、羽毛1つも許すな!」
ラファエルやドミニオンの撃破を目にしたパワーやヴァーチャーが戦線の離脱していくが、十数年の恨みが積もった隊員や勇士達から逃れる事は難しかった……。
四大元素天使を打ち果した事で、京都奪還は成功に終わった。歓声が京都の彼方此方で湧き上がり、嬉し涙で顔を崩した隊員や勇士達が抱き合ったり、肩を組み合ったりして喜ぶ姿が、到る所で見受けられた。
「……20年は長かったな」
肩の重い荷を下ろした脱力感に、指揮装置改にへたり込む村田。声を掛けられて視線を向けると、笑顔の普通科の小隊長が水筒を掲げていた。
「勝利の美酒と言いたいところだが、アルコール類は御法度だからな」
村田は水筒を受けると、中身を口に含んだ。そして最高の笑みを浮かべる。
「――美味い」
部下達も水筒や飯盒の蓋を杯代わりにして勝利を味わっていた。
……京都の奪還は成功した。復興計画や『黙示録の戦い』への対策等の問題は未だ残っているが、其れでも束の間の感慨を味わうのだった。
準備に掛ける時間にも制限がある。OCAT地下には、アンラ・マンユ顕現の際に生じた時空間の亀裂があり、放っておけば『向こう側』から高位超常体が押し寄せてくるのだから。
『――各員、状況開始!』
対アンラ・マンユ攻略作戦指揮官からの伝達に、第377班も得物を構える。そしてOCATへの突入を開始した。施設科隊員が照明器具で視界を確保。其れでもOCAT屋内の闇は濃く、強力な光源を以てしても5m先が見えないぐらいだ。
そして、此方が突撃する機会を狙っていたかのようにアパオシャやブーシュヤンスターが闇から湧き出てきた。
「――既に『門』が固定化されたの?!」
柑奈の悲鳴に、だが第377班甲組長の 田南辺島・清顕(たなべじま・せいけん)陸士長は眉間に皺を刻んで難い表情を浮かべながら、
「安心せよ。未だ低位超常体よのぅ。大方、アンラ・マンユの存在に引き寄せられて、沸いたのだろう」
BUDDYが銃火の華を開く。被弾したアパオシャは飛び出した勢いを殺されながらも、慣性の法則に従って横列のBUDDYの前に転がり続ける。蜂の巣にしていくが、次々と闇から溢れ出す低位超常体の群れ。さながら濁流だ。そして流れに逆らいながら、根源へと懸命に泳ぎ続ける維持部隊。
「弾数に注意せよ!」
予備弾倉を交換しながらの田南辺島の忠告に、柑奈は苦笑するしかない。叫びに似た声を発しながら先山がバールを振り回して、敵の群れを抉じ開けていった。
「――舞い散って下さい」
唸りながらヴァッサゴが道を指示し、アパオシャを貫く光の球を発しながらミーシャは乱舞していた。ミーシャの光によって照らし出された目標を、世話役を買って出ている 三鷹・秀継(みたか・ひでつぐ)陸士長がM14バトルライフルで撃ち抜いていく。
「暗視装置も余り役に立たないな」
個人用暗視装置JGVS-V8を装着していても、未だ見通せないような漆黒の闇。其れでも無いよりはマシだ。魔王2柱の協力に、他班との連携もあって、アンラ・マンユが待ち構えている階層へと降りて来られた。誰とも知らず息を飲む。臓腑の奥より恐怖が這い上がり、震えが足元を揺るがす。そしてアンラ・マンユが発する波動を感受して、憑魔核が激しい痛みを訴えてきた。
「――負っけるもんかぁ!」
目尻に涙を浮かべながら、先山は踏ん張る。人間は慣れの生き物だという説がある。繰り返して受けた痛みや刺激に対して、いつしか鈍感になるという話だ。アスモダイとは異なるが、其れでも似たアンラ・マンユの波動の重圧に、度重なる対戦を経てきた第377班員は奥歯を噛み締めて耐え抜く。
「――標的を目視。交戦せよ!」
第377班長の言葉に、先山は挨拶代りに大きく振り被ると閃光発音筒を投擲。閃光と衝撃がアンラ・マンユを襲う。一瞬、照らし出されたアンラ・マンユの顔が苦々しく歪んでいるのを視界に捉えた柑奈は肩に担いだ対物狙撃銃バレットM82A2を放つ。
アンラ・マンユは、肌が闇を凝縮したかのように漆黒で、精悍な体躯をした大柄の男。其れでも2mは超えるかどうかだ。しかし強烈な存在感と、滲み出る闇が、影が、天井まで届く程の巨神を思わせる。そんな存在感に惑わされぬように、柑奈は狙いを精確に努めて連射する。
だがアンラ・マンユの意思に従って蠢く闇が質量を伴い、12.7×99mmNATO弾を阻む。闇を貫く銃弾はアンラ・マンユに致命傷を与えるには及ばない。ミーシャが乱舞する光を放射。
【――“唯一絶対主”を僭称するスプンタ・マンユの卑しい下僕か、其れとも傲り昂ぶり地獄に堕ちた明星の丁稚か、どちらだ!】
アンリ・マンユの荒れ狂う思念波が津波となって、ミーシャを襲う。咄嗟にヴァッサゴが氣の障壁を張るが、思念波の圧力に持ち堪えられず、砕けて、吹き飛ばされていった。
【――我こそが始源の闇。絶対悪よ。そしてスプンタ・マンユを打ち殺し、世界の主となるに相応しい!】
ミーシャが発する光に焦がされるように異臭を撒き散らしながらも、アンラ・マンユの闇が押し潰さんと襲い来る。三鷹が閃光発音筒を投擲。そしてミーシャの身を抱えて、間一髪、避けた。
「ありがとうございます、三鷹さん」
「……何時までお守りが出来るか判らないが」
三鷹はアンラ・マンユの方を睨み付けながら、抱えているミーシャへと呟く。
「其れに、いずれ人類の敵になると判っていても、今の君が倒れると高殿が悲しむ」
――解っているのだ。放っておけば、いずれ人類の敵になるのだから、此処でアンラ・マンユと共倒れになってくれるのが正しい。だが、
「……決め切れなかった俺は、なんと情けない」
知らず、頬を涙が濡らしていた。ミーシャが拭うように三鷹の頬を撫でる。そして泣きそうな顔で笑った。しかし戦場が三鷹達の交感を許さない。ミーシャは逃げるように立ち上がると、反撃の光弾をアンラ・マンユへと叩き付ける。三鷹もまたM14バトルライフルを撃った。
周囲の支援や助力を受けながら、先山と田南辺島はアンラ・マンユへと接近に成功する。押し潰そうとする闇を、閃光発音筒をバラ撒く事で怯ませながら、先山は突撃。呪言の力を、氣で塗り固められたバールに這わせて叩き下ろす。だが大柄な肉体から想像出来ないような俊敏な動きで、アンラ・マンユはバールを避ける。だけでなく触れた事で腕を腐らせながらも、先山の手首を掴み、勢い込めて跳ね上げる。投げ跳ばされそうになった先山だが、アンラ・マンユの挙動を制するように割り込んだ田南辺島が突き蹴り。衝撃に浮いたアンラ・マンユへと続いて回し蹴りを放つ。田南辺島とアンラ・マンユの応酬が繰り返される中、投げられる勢いから解放された先山が体勢を整え直す。
龍鱗を身に纏った田南辺島。だが鋼の外皮もアンラ・マンユの拳や爪に削られる。触れたところから痛みが走る。腐れ落ちる呪いが全身を侵す前に、健康的な肉ごと切り離した。部位が欠落した事で、微妙に動作の感覚が狂う。其処をアンラ・マンユの氷片を含んだ突風が襲い、田南辺島は直撃を喰らって壁へと叩き付けられた。同じ異形系とはいえ、アンラ・マンユのように再生が速い訳ではない。圧縮された闇が、田南辺島を押し潰して、憑魔核を喰らわんと追撃。だが田南辺島は死をもたらす一撃に目を背けず、代わりに不敵な笑みを浮かべて返した。
「――死神と呼ばれた俺だが、今では仲間がおる。神だろうと魔王だろうと、簡単に殺せると思うな!」
田南辺島の叫びに応えたかのように、アンラ・マンユへと味方達が集中砲火を浴びせる。先山がバラ撒く閃光発音筒に加えて、ミーシャの光球乱舞。BUDDYからの弾雨が降り注ぎ、他班の魔人隊員が5.56mm機関銃MINIMIで連打する。
アンラ・マンユは闇を凝縮して、護りを固める。そして刹那の空隙を突いて、反撃の吹雪を巻き起こす。吹き飛ばされ、また床に転がる維持部隊員達。疲労や怪我を忘れて田南辺島も果敢に挑み続けるも、アンラ・マンユは暴力を振るい返してくる。
地下の何処かで、割れる音が轟き始めた。三鷹が音の方を見遣ると、時空間の亀裂が大きくなっていった。向こう側から無数のアンラ・マンユの眷属が亀裂を押し広げようと、此方の世界を覗き込む。
【――勝ったな】
笑みを浮かべるアンラ・マンユ。だが、直ぐに否定する女の声。アンラ・マンユのすぐ前から聞こえた。
「……慢心するのは早いわよ」
ヴァッサゴの護りや導きを受けて、柑奈が正面の好位置を確保。勿論、アンラ・マンユが放った攻撃を受けて、身体は満身創痍。だが苦痛を表情に出さずに、代わりに微笑んでみせるのがイイ女というものらしい。……誰が柑奈に言ったか忘れたが。
(……ある意味、セクハラよね)
内心で苦笑。そしてアンラ・マンユが一瞬だけでも驚愕したのを見逃さない。其れ程の好機だ。柑奈が肩に担いでいるのは、バレットに非ず。注文ホヤホヤのジャベリン。そして発射。ミサイルは圧縮ガスによって発射筒から押し出され、数m飛翔した後に安定翼が開き、同時にロケットモーターが点火された。時間にしては一瞬だが、見ていた者達には不思議な静謐の中で、コマ送りのように感じられた。
アンラ・マンユが反射的に闇の障壁を張った。だがタンデム成型炸薬を備えた弾頭は、闇の障壁を突破する。そしてヴァッサゴの導きを受けた主弾頭は、アンラ・マンユの核を直撃した。
アンラ・マンユが絶叫する。怒りが込められた闇が荒れ狂い、周辺を磨り潰していく。だが暴れ回るアンラ・マンユを閃光と衝撃が追撃。加えて焼夷手榴弾のテルミット反応が身を焦がす。アンラ・マンユの動きが鈍ったところを、呪言系能力を込めたバールが突き刺さる。ジャペリンが直撃した核の位置を見失う事無く、先山は精確に貫いた。
アンラ・マンユが再生に全精力を注ごうとも、先山の能力が蝕んでいくのが速い。しかも傷付けたのは心臓部でもある核だ。アンラ・マンユの身が汚臭を放ちながら腐れ落ちていく。臭いに顔をしかめた先山は離脱すると同時に、最後の焼夷手榴弾を置き土産に放った。そして焼却されるアンラ・マンユ。断末魔の思念波が放たれたが、最早、何の力も伴わずに消えていくのだった……。
――亀裂は、時空間の自助作用によって緩やかに、だが確実に修繕されていった。
満身創痍の一同は、今頃、疲労と痛みを思い出して、床に転がる。もう身動き一つすら出来ない。其れでも先山は笑った。屈託なく、無理してでも笑った。釣られて柑奈も笑みを零す。田南辺島は苦笑。
こうしてアンラ・マンユ攻略戦は終わった。
……だが三鷹は笑みの中にミーシャの姿が無い事に気付く。慌てて探すも気配すら消えてなくなっていた。
そして攻略部隊へと数時間後もたらされた報告に、顔を蒼白にする。
――攻略部隊は伊丹に戻る事を許されず、信太山駐屯地へと傷付いた身を寄せる事になるのだった……。
角1つ向うの区画の様子を物音で推し量る。檜山・大河(ひやま・たいが)一等陸士は9mm拳銃SIG SAUER P220の安全装置を外し、廊下に躍り出た。不意を打った檜山に対して、相手は反応が遅れる。構えていたBUDDYの銃口を向けてくる前に、檜山は引き鉄を絞ると相手を撃ち倒した。だが被弾した瞬間に、反射的に氣の盾が張られて9mmパラベラムの貫通を防いだのを見て取った檜山は、勢いのままに駆け続ける。相手が体勢を整える前に次の区画へと滑り込んだ。
『――檜山一士。其方の脱出路は確保出来たか?』
耳に装着していた個人携帯短距離無線機に、心配の色が混じった確認の声が送られてくる。中部方面警務隊本部の上官へと状況を説明。
「謀叛を起こした莫迦共に追われているところです。僕が引っ掻き回している間に、人員の脱出を急がせておいて下さい。なお、遭遇した謀叛人全て、憑魔能力を有している事を確認しています。割合として操氣系が3に、強化系が8ぐらいですが」
檜山からの報告を受けて、上官は武運を祈ると返す。通信を切った檜山は息を整えると、再び廊下を駆け出した。
……時間は数十分前に戻る。
アンラ・マンユ攻略に成功したという報告に喝采に包まれた伊丹駐屯地。だが数分後、戸惑いと混乱の悲鳴が響き渡る事になった。
伊丹駐屯地に待機していた第309中隊が突如として決起。更に驚く事は、いつのまにか全員が魔人と変化しており、瞬く間に伊丹駐屯地は制圧されていった。
そして叛乱の規模は普通科一個中隊のみならず、物資の管理を担う武器科や需品科、施設科までにも及ぶ。
当初、叛乱はフトリエルの演説に呼応したか、或いは未だ隠匿されていたクスリによるものだと疑われていた。だが、必死になって叛乱を抑え込もうとする警務隊本部が把握したのは、天使やアンラ・マンユとは異なる陣営――魔群が黒幕だという事実だ。
フトリエルの演説を受けて日本国政府の裏切りを知り、また永き絶望の戦いを強いられてきた隊員達。自暴自棄になり、そして摘発によるクスリという逃げるすべを失った隊員達の心に侵蝕したのは、七十二柱の魔界王侯貴族が1柱、美貌伯 ロノヴェ[――]だった。だが最も叛乱者達の心を惹き付けたのはミーシャ、即ちサタンの存在。第309中隊を中心にした叛乱者の集団は、老若男女を虜にしてしまう魅力を持つサタンを祀り上げて決起。伊丹駐屯地を占拠し、抵抗する警務隊をはじめとする者達を排除していったのである……。
制圧された中部方面隊総監部指揮管理室。(元)第309中隊長からの報告を受けた、ロノヴェは満足げに笑みを浮かべた。
「中部方面総監及び第36普通科連隊長、また千僧の第3師団長の身柄を押さえるのに失敗したという事です。ミーシャ様――サタン様を信奉しない輩は、京都に逃げ込む模様」
ロノヴェは目を細めると、
「京都は“唯一絶対主”を盲信する莫迦共の巣窟だと聞いているが?」
「先日、四大元素天使を全て撃破。京都奪還に成功しました。復興作業が残っており、戦力の移動と展開は不十分だそうですが、宇迦之御魂神を封印から解放した事もあり、攻略は難しいかと。……すぐに追撃隊を編制し、逃げ込まれる前に討つ事は可能ですが」
魔群側についた幕僚幹部の提言に、ロノヴェは静かに頭を横へ振った。
「先ずは“唯一絶対主”を盲信する莫迦共から京都を奪還した事に祝辞を送らなければならんな。そして追撃は無用。不要な殺生はサタン様がお怒りになられる」
勿論、と言葉を続けると、
「彼等が伊丹を取り戻そうと挑んでくるならば全力で応対する。また必要が生じたら京都への攻撃も考慮に入れねばならんな」
ロノヴェの言葉を受けて、(元)幕僚幹部は頭を下げた。そして京都の監視と、必要時における攻略作戦計画を練っておくように部下へと指示する。
「アンラ・マンユを攻略した部隊は、信太山駐屯地へと引き上げました。サタン様とヴァッサゴ氏は維持部隊の追撃を振り切って、無事に離脱なされた模様」
「では、お疲れの御両名を温かく出迎える準備を。そして今月の末には猊下がお越しになられる。くれぐれも失礼の無いように」
伊丹駐屯地の敷地には徐々にインプやグレムリンといった低位の超常体にとどまらず、ビーストデモンの姿も見え始めていた。
「伊丹は此れより魔群の前線基地として活用させて頂く。『遊戯』――『黙示録の戦い』の砦として!」
そして魔群の笑い声が轟くのだった……。
――そして夏至の日。世に言われる、黙示録の戦いが始まった。高位の超常体が、神州の支配権を巡って相争い始める。天を覆う、神の御軍。地を覆う、魔の群隊。人々は拠点を死守するのに精一杯だった。
其れでも人々は生きていく。智慧を巡らし、仲間の手を握り、明るい日を見る為に……。
大阪、某所。
黒く焦がれ、崩れ落ちそうな右腕を懸命にも宙空に捧げる。事実、最期の力を振り絞っての儀礼だった。周囲を24のエンジェルスが歌い、7のアルカンジェルが剣を捧げ構えていた。4のプリンシパリティが叫ぶ。
―― Sanctus, Sanctus, Sanctus Dominus, Deus Sabaoth. Pleni sunt caeli et terra gloria tua.
「……巻き物を開いて、封印を解くのに相応しい者は誰か。――そはユダ族から出た獅子、ダビデの根。貴方は巻き物を受け取って、その封印を解くのに相応しい方です。貴方は屠られて、その血により、あらゆる部族、国語、民族、国民の中から、神の為に人々を贖い、私達の神の為に、この人々を王国とし、祭祀とされました。彼等は地上を治めるのです」
――屠られた小羊は、力と、富と、知恵と、勢いと、誉れと、栄光と、賛美を受けるのに相応しい方です ――。
「御座に坐る方と、小羊とに、賛美と誉れと栄光と力が永遠にあるように! ―― Amen!」
合唱が轟いた。そして中央で儀礼を終えたモノは今度こそ崩れ落ちる。
――小羊が第4の封印を解いた時、私は第四の生き物の声が、「来なさい。」と言うのを聞いた――。
振り絞られた最期の力は、空間を歪曲させる。そして穿いて生じた孔より、高らかに鳴る蹄の音、死の嘶きが響いた。
……見よ。蒼褪めた馬だった――。
■状況終了――作戦結果報告
第3師団による中部方面西側の戦いは、今回を以って終了します。
『隔離戦区・呪輪神華』第3師団(京都・大阪 = 西亜剌比亜)編の最終回を迎えられた訳では在りますが、当該区域作戦の総評を。
京都攻略は自分も予測していなかった「京都潜入志願者0人」という事態により、第1回から躓いてしまった感があります。また京都突入ルールの記入ミスもあって、かなりのペナルティが発生していました。其れでも逆転に成功出来たのは、諦めなかったアクションがあっての事でしょう。
逆に大阪は勝負に勝ったが、試合に負けた状態になってしまいましたのが残念でなりません。アスモダイとの遣り取りを延々と伸ばしていた、自分の失敗でもあります。
其れでは、御愛顧ありがとうございました。
此の直接の続編は、半年後に開始されます『隔離戦区・人魔神裁』に受け継がられていきます。御参加頂ければ幸いです。
重ね重ねになりますが、ありがとうございました。
●おまけ・設定暴露:
京都は神州世界対応論においてアララト山に相当させていた。つまり盆地を箱舟に看立てており、神州隔離政策が開始されて直ぐに四大元素天使によって制圧されたのは、そういう意味があった。四大元素天使の他にも伏見稲荷大社に派遣された2柱や、大阪に姿を顕したプシエルのように多くの熾天使級の超常体が当初は予定されていたが、第1回の状況を見て、京都が攻略不可になると判断して没にしている。其の分、『黙示録の戦い』では天使が勝者になっている千歳や山口、熊本、そして某所に顕れる熾天使が数多く登場する可能性が高いので注意して欲しい。
プシエルは最終回にて死亡したが、最期の力を振り絞って黙示録の四騎士である“蒼褪めた騎士(ペイルライダー)”の封印を解いてしまった。此の影響がどう出るかは次作をお待ち頂きたい。
ミーシャこと“彼”が、サタナエルになるか、其れともサタンになるか、或いは不安定なままだが人間として存在し続けるかはPCの働き掛けに委ねていたが、プシエルの件からサタンになる可能性は最初から高かったと言えよう。ちなみに“彼”は京都から逃げてきたが、生まれや育ちは違う。2020年2月まで“彼”は此の世界に存在していなかった。記憶を失っていたのではなく最初から「此の世界」の知識や記憶を持っていなかった。つまり新たに顕現した超常体である。但し魔人第二世代(デビル・チルドレン)に近く、憑魔が“彼”を超常体と認識する事は無かった。
アスモダイの真の姿がアンラ・マンユという案は『隔離戦区』シリーズ独自のモノである。『隔離戦区』シリーズ第1作目の時点では、原典である『アヴェスター』での記述が見付からなかった為、アスモダイの前身である「アエーシュモー・ダエーワ」(アエーシュマ)は中世の悪魔学者が造り出したという説が有力だった。ところが『隔離戦区・禁神忌霊』開始までの間に研究が進み、アエーシュマの存在が原典『アヴェスター』でも言及されている事が判明したという。尤も、其の事実が『隔離戦区』シリーズ開始の時点で判明していたとしてもアスモダイがアンラ・マンユを顕現させようという流れ自体は変わらなかった。ちなみにアスモダイと拝火教の悪魔の繋がりについて、アクションで言及していたPCが居なかったのは残念である。
大阪にも日本古来の天神地祇が封印されていた。住吉大社には底筒男命・中筒男命・表筒男命が封じられており、以色列国(イスラエル)軍が駐在していた。隠しシナリオとして用意しており、住吉三神が解放されていたら、また異なる結末を迎えていただろう。