第五章:初期情報


同人PBM『隔離戦区・砂海神殿』 初期情報 〜 北九州:埃及


『 砂 上 の 楼 閣 』

 西暦1999年、人智を超えた異形の怪物―― 超常体 の出現により、人類社会は滅亡を迎える事となる。
 国際連合は、世界の雛型たる日本 ―― 神州 を犠牲に差し出す事で、超常体を隔離閉鎖し、戦争を管理する事で人類社会の存続を図った。
 ―― それから20年。神州では未だに超常体と戦い続けている……。

 強い陽射しが容赦無く照り付けてくる。炎天下、警衛の頬を、汗が止め処無く伝っていった。
「 …… 未だ3月半ばだというのに。異常だぜ、今年の天気は」
「まとまった雨も此処数週間は降って無いからな。観測班の話によると、遠賀川が干上がりかけているそうだ。―― 水の貯蓄量が心配で、節水が呼びかけられるんじゃないかな」
 同僚のぼやきに、警衛の1人は苦虫を潰して無理矢理飲み下した様な顔をする。
 今年に入って異常気象が続く北九州(福岡・大分・佐賀)。昼は猛暑で、夜は極寒。乾燥した風が吹き荒れ、過ごし易いのは日没後数時間だけである。
「 ―― 水ぐらい浴びるように飲みたい物だがな。志気にも影響が出る。超常体が襲って来たら堪らんぞ。只でさえ防衛線力が少ないのに」
 神州結界維持部隊・西部方面隊第4師団の誇る高射特科の第2団並びに第3群が駐屯している、飯塚。だが高射特科部隊とは空中の敵に対して砲撃するのが役割だ。飛んで来る敵の航空機を攻撃して、味方の地上部隊が自由に行動出来るようにする為に、目標に対し短い時間で大量の砲弾やミサイルを発射する。
 だが超常体が敵となった神州では、大型以上が相手でも無い限りは必要性が疑問視されていた。機甲科と並ぶ『お荷物』と化してしまっているのだ。
 代わって飯塚駐屯地の主役となったのは、戦闘で荒廃していく建物や道路の補修・整備を担う、第2施設群である。現在の飯塚は、第4師団における施設科の駐屯地として名が通っていた。
 しかし幾ら脚光を浴びようとも、施設科が支援職種である事には変わりがない。一応、巡邏する普通科部隊の中継地としての役割もあって数個小隊が駐屯しているが、戦闘職種員の不充分は否めなかった。
 改めて状況を把握すると、警衛は身を引き締める。肩に提げた89式5.56mm小銃BUDDYが重く感じられた。
「 ―― ん? 今日、此処に立ち寄る普通科部隊の連絡はあったか?」
 遠賀川の方角、県道74号線を見張っていた同僚の緊張する声に、警衛は身構えながら双眼鏡を覗いた。人影らしき物が数体。物陰を選びながら、隊伍を組んで寄って来る。
「いや、連絡は無かったが …… っ!? アケファロスだ! 警報鳴らせ!」
 低位中級の人型超常体アケファロス。人型ではあるが頭部が無く、さながら首を切られた罪人のような超常体だ。それが押し寄せて来る。
 警衛は膝射ち体勢で構えるとBUDDYから5.56mmNATO弾を撃ち放つ。単発射撃で目に映った物から撃ち抜いていった。しかし数が多い。
 応援も加わって、寄せ付けない様に弾幕を張り続ける。アケファロスだけで無く、蛇型の低位中級超常体ネヘブカウの群れも加わり、駐在している部隊の火力だけでは心許なくなっていた。
 更には ――。
「バジリスクだと!」
 八本足の大蜥蜴が数匹。低位上級の中型超常体バジリスクの群れだ。バジリスクの凝視は対象を麻痺ないし石化すると言われ、また猛毒を有している。牙や爪だけでなく皮膚からも分泌される体液にも含まれている。接近戦は絶対に避けるべき脅威だった。
 逆に言えば、弾幕を張り続けて接近戦に持ち込まれ無い限りは、勝ち目の無い敵ではない。だが今迄、超常体が此れ程大規模に襲撃を掛けてきた事は無く、それが防衛線に恐怖と混乱を招いた。
 止めとばかりに、魔人達が突如として激痛と衝撃でのた打ち回る。頼みの綱である魔人に起きた急激な異常に、恐慌は臨界点を突破。
 無尽蔵に沸いて出て、そして命を惜しまないように突き進んでくる超常体の群れに対して、護りの弾薬が尽き、そして人員不足から、遂に防衛線は決壊した。
 この日、救援要請を最後に飯塚駐屯地は、雪崩れ込んで来る猛威によって壊滅したのだった。

*        *        *

 飯塚駐屯地壊滅の報を受けて、第4師団司令部は第19普通科連隊をはじめとする福岡駐屯地部隊の出動を命じただけで無く、小倉の第40普通科連隊へと増援要請を出した。
「西部方面総監部の加藤陸将への連絡はつかんのか」
 第4師団長、立花・巌[たちばな・いわお]陸将が苛立たしく声を荒げた。だが残念そうに幹部達は首を横に振ると、
「西部方面総監部並びに第8師団は、人吉が陥落した事や天草叛乱の対処に追われて、此方へと部隊を割く事が出来ないとの事です」
 部下の言葉に立花は大きく舌打ち。
「人吉も陥ちた上に、天草叛乱だと!? 何が、どうなっている! …… ああ、判っている、細川の奴もアテに出来んという事だ!」
 書類の束を机に叩きつける立花に、幹部達は身をすくめる。それでも果敢に状況を報告する。
「 …… ただ、加藤総監より、相浦のWAiRに出動命令が発せられています。立花師団長に指揮権を委譲するとも」
「そうか、西方普連をか! なら、加藤陸将も、細川も要らん」
 掌を返した様に立花は不敵な笑みを唇の端ににじませた。無理はない。西部方面普通科連隊(WAiR)はそれほどのものだからだ。
 2005年に創設された方面総監直轄のヘリボーン部隊であり、当初は緊迫する隣国(※中華人民共和国・朝鮮民主主義人民共和国)との関係に警戒しての、島嶼防衛の為の特殊部隊として計画されていた。だが超常体の出現により、今や西部方面隊の切り札部隊として知られている(※ 註1)。
 それが出動し、また指揮権が委譲されたとなると、立花の機嫌が良くなるのは当然だった。
 立花はようやく席に付くと、続く報告を受ける。
「飯塚駐屯地では、現在も生き残った数名が戦闘を続行していると思われます。ただ現地では砂嵐が度々発生しており、交信が困難です」
「砂嵐をはじめとする局地的な異常気象 ―― 砂漠化現象ですが、観測班によると飯塚・直方・田川を中心にして現在も加速度的に広がっています。1ヶ月も掛からずに福岡全土を覆うのではないかと …… 」
 報告に立花は鼻を鳴らすと、
「 ―― 原因についての調査が必要だな。生存者の報告も欲しい。救出と、情報収集を優先させろ」
 命令を受けて、幹部達が部下へと通達をしていく。腕を組んで地図を睨んでいた立花に、副師団長が書類を差し出した。立花の眉間に皺が寄る。
「 ―― 埃軍が救援部隊を派遣したいと?」
 神州結界維持隊は旧日本国自衛隊を根幹とするが、超常体を一身に引き受けている建前上、各国の軍隊も支援の名目で派遣されてきている。駐日エジプト軍(※駐日埃軍)もまたその1つであり、宗像に拠点を置いている。
「救援部隊の出動は当たり前だろうが。それに関して恩を売り付けてくるようなら、無視しても構わん。だが利用出来るものは利用しろ」
 とはいえ埃軍に限らず、駐日外国軍と結界維持部隊の関係は良好とはいえない。如何に駐屯地が1つ壊滅した状況とはいえ、救援派遣の申し出に素直に喜べなかった。
( …… 何か、思惑があるのか?)
 勘ぐってしまった立花だが、直ぐに疑惑を頭から振り払うと、
「とりあえず、申し出を受け入れる。但し奴等が何かを企んでいないとも限らん。気をつけて当たれ」
 それだけ言うと、立花は再び報告書と地図を凝視するのだった。

*        *        *

 喧騒に満ちた青春を謳歌する若人達。それは神州が隔離され、果て無き戦いを強いらせられている現状でも変わらない。まるで泡沫の夢を味わうかのように。
 第4野戦特科連隊や第4高射特科連隊が在る久留米駐屯地に隣接する、前川原駐屯地は其の名よりも幹部候補生学校で知られている。
 前世紀には陸上自衛隊の幹部を教育する機関であった幹部候補生学校は、隔離された今、大きく様変わりをしている。幹部教育機関である事はそのままに、ただ年齢層が下方修正された。
 国民皆兵とも言える此の時代では、小・中の義務教育を経た少年少女の多くは武器を手にして戦線に投入される。一部は、専門性を高める為に高等教育機関に進学する。事務・技術・研究や支援面で戦いに貢献していくのだ。だが別の一部は、維持部隊幹部を目指して幹部候補生学校に進学していた。幹部候補生学校は、さらに上級幹部を目指して幹部学校や防衛大学校に進学すると言う訳だ。言わば神州世界における高等学校の位置付けなのが、幹部候補生学校である(※ 註2)。
 前川原を本校として各都道府県に分校を設立。もって幹部育成に励んでいるのだ。
 だが未来のエリートといえど、ハイティーンの若者である事には変わらない。激しい訓練、難解な座学があるとはいえ、ある意味で安全な施設内だ。自然、割りと気が抜けている者も出てしまう。
「 ―― 飯塚が壊滅したとはいえ、俺達までが出る事はないだろうさ」
「学徒動員じゃあるまいし。貴重な幹部候補生を投入するなんてな」
 笑い合う、幹部候補生達。選民的な思想が発生するのは仕方ない事だろうか。しかし、そんな彼等を美声がたしなめる。
「 …… どうでしょうか。実施訓練と称して、私達に部隊を率いさせる事もあり得るかと」
 清楚可憐の美辞麗句が良く似合う少女が呟いた。少女の言葉に、彼女を取巻く人の輪が不安気ながらも同意する。反論しようとするも、声の主を見て軽口を叩いていた幹部候補生達は押し黙った。
 石守・妃美子[いしもり・ひみこ]陸士長。隔離以来の幹部候補生学校一の才媛と呼ばれる少女だ。男性に限らず、女性からも人気が高く、自然に人の輪の中心となる事も多い。特定の男性と付合っているという噂は無いが、隠れた者も含めて、在校生の8割が彼女のファンという。
 なお幹部候補生は5箇年で階級は「一等陸士 〜 一等陸曹」である。年功序列ではあるが、優秀な者とそうでない者によって階級に若干の差が付く事もあった。卒業時に「陸曹長」に昇進し、「准陸尉」を経て「三等陸尉」に命じられる……という。
 すごすごと引き下がった者達をさておき、妃美子を取巻く者達は彼女の興味を引こうと様々な噂話を伝えていた。曖昧な微笑で応えていた妃美子だが、
「そう言えば知っている、石守さん? この学校には超常体の研究に度が過ぎてしまって、奴等を“ 神 ”と崇めるようになった秘密の魔術倶楽部が存在するんだって。満月や新月の夜に、隠された地下室で儀式を行なうんだとか」
 超常体が世界各地の神話伝承で語られている魔物や妖精に酷似しているというのは誰もが知っている事だ。高位の超常体にいたっては、まさに“ 神 ”と称せられる程の実力をも有している。オカルト学説的に神話分けもされている。そして超常体を“ 神 ”と崇める狂集団が現われては、警務科に取り締まられている。この噂も、それに乗じたよくある話ではないか。
「それで、近いうちに寮を脱け出して忍び込んで探索しようかなという案があってさ …… 」
 他愛もない冗談の様に語る同級生に、だが妃美子は青褪めた表情を返すと、
「 ―― 危険だから止めておいた方がいいです」
 思わぬ反論に、相手が妃美子という事を忘れてからかうように口を開いた。
「危険といっても警衛に護られた施設内だよ? 危ない事なんてあるはずないじゃん。狂集団というのもただの噂だし」
 要は探索を口実とした、ちょっとした夜遊びがしたいだけなのだ。だが妃美子はそれでも綺麗な眉の端を吊り上げ、
「いや、でも ―― 超常体を崇めるような狂集団がもしも本当に居たとしたら、やはり危険です!」
 妃美子の訴えに、周りが眉をひそめた。確かに狂集団がもしも本当に居たとしたら、幾ら警衛に護られた幹部候補生学校といえども、安全とは言い難い。
「でも狂集団が本当に居たとしたら、奴等を見付け出して禍根の芽を潰しておく必要もあるじゃない?」
 ムキになって妃美子に言い返すが、妃美子も負けじと反論を述べようと口を開きかけた。
 ―― と、その時。
「こら、無駄話をしていないで席に付かんか!」
「やばっ、ヒヒ軍曹じゃん!」
 慌てて妃美子から離れて、席に付く取巻き達。
 ヒヒ軍曹と呼ばれた、戸渡・学[とわたり・まなぶ]一等陸曹は、その徒名の由来となる赤らめた顔を一層紅潮させて、説教を開始する。
 戸渡の怒鳴り声に身を強張らせる幹部候補生の中で、ただ妃美子だけが一瞬安堵にも似た表情を浮かべた気がするのは何かの見間違いだったろうか …… ?

*        *        *

 戦闘で荒廃した市街地に、繁茂する奇怪な植物。硫黄独特の臭気も相俟って、地獄もかくやという様相の別府。第41普通科連隊が駐屯する此の地にも、飯塚への出動命令が発せられていた。
「 ―― 此方に、居らっしゃいましたか。連隊長」
 部下の言葉に、痩身の男が振り返る。大上・陽太郎[おおかみ・ようたろう]一等陸佐は、目を細めると顎をしゃくりあげて、観察対象を示した。
「流石に予断は出来んからな」
 温泉地と知られた別府。だが、今や泉源は黒く濁り闇と混沌をたゆたわせている。時折、黄色い何かがまるで生き物のように渦巻き、不快感を更に増すのだ。
「 ―― 化学科や衛生科は此れについて何と?」
 大上が気難しい顔で問い質すと、部下は困ったような顔を浮かべて、
「一部を採取して観察・研究中ですが、粘性のあるゲル状組織の細胞生物だそうです。少なくとも既知の生物ではない事は確認されていますが、どのような特性を有する超常体かは未だ …… 」
「イメージ的にはアメーバ。スライム類に近いな」
「沖縄で確認されている超常体、ショゴスと違うのは確かです」
 否定要件ばかりが確認されても、それでは何の解決にもなっていない。大上は苦笑した。
「速やかに“ 処理 ”してしまうのが一番なのだろうが …… 」
「物理的切断は当然の事、熱や炎は一切効かないそうです。冷却は可能ですが、凍結させて一時的に活動を停止させるだけで、根本的な解決は難しいとの事。ただし、通電すると細胞の一部が壊死したと聞きます」
「問題は此れ等全てを壊死させる程の電力が無いという事か」
「更に ―― 」
「未だあるのか?」
「 …… 誠に残念な話ですが、通電させて壊死に成功させましたが、それは最初の一度きり。2度目になると効果が減少したそうです」
「 …… 耐性や抵抗力を学習していくというのか」
 唇を噛んで、大上は睨み付ける。
「何処で枝分かれしているか判らないし、下手な攻撃は耐性や抵抗力を持たせるだけか。ただ、動きらしい動きを見せていない事は幸いと言えるな」
 大上の呟きに、軽く頷いて見せる部下。
「飯塚への出動は2個中隊とし、残る部隊は引き続き此れの監視に務める。―― 以上だ」
 そう発すると、敬礼する部下を尻目に、大上は表情を見せぬように足早に去っていった。

■選択肢
Eg−01)飯塚へ生存者救出に出動
Eg−02)飯塚で救援到着まで戦闘
Eg−03)砂漠化現象について偵察
Eg−04)博多の福岡駐屯地で勤務
Eg−05)宗像の駐日埃軍へと探訪
Eg−06)幹部候補生学校にて冒険
Eg−07)別府駐屯地で色々と調査
Eg−FA)北九州の何処かで何かを


註1) 此方の世界では2002年3月に創設。「東の第1空挺、西の西方普連」と呼ばれ、自衛隊特殊部隊のひとつ。島嶼防衛が主任務だが、昨今のテロ対策の一環として、屋内戦・市街戦のエキスパートでもある。

註2) 此方の世界では防衛大学校を卒業後に、幹部候補生学校や幹部学校等といった教育機関へと入校する。実際は順序が逆なのだ。


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