第六章:ノベルス


個人運営PBM『隔離戦区・砂海神殿』 第3回 〜 北九州:埃及


Eg3『 転がり往く、闇路 』

 武器科のWAC(Woman's Army Corps:女性陸上自衛官)がよたつきながらも、必死に両手で1mを遥かに超えるケースを提げて運んでくる。
 思わず手を貸そうとした 真名瀬・啓吾(まなせ・けいご)陸士長だったが、WACは苦悶の顔に微笑みを浮かべて、断わりを入れた。そして独力でケースを机の上に乗せる。15kg超の重量を受けて、一瞬、机が悲鳴を上げた。
「遅くなりました。真名瀬さんに頼まれていたXM109です ―― どうぞお確かめ下さい!」
 汗を拭いもせず、ただ誇らしげに微笑むWAC。真名瀬は興奮のままにケースの内を確かめる。
「こいつが…… Barrett XM109 25mmペイロードライフルか」
 米陸軍が湾岸戦争後に打ち出した対物狙撃兵器の開発を進める計画の中で、特殊部隊用に50口径(12.7mm)アンチマテリアルライフルより高性能でより破壊力のある25mm弾を使用した重装弾狙撃銃(ペイロードライフル)の開発を打診し、米国の銃器メーカー、バーレット社が1990年代より開発を進めてきた大口径アンチマテリアルスナイパーライフルがXM109である。超常体の出現により開発が遅れたが、2012年に制式採用され、一部米陸軍特殊部隊に先行導入されている( ※ 註 )。
「 ……しかし良く手に入ったよ。XM109は現状で米陸軍特殊部隊にくらいしか配備されていない装備だから ―― 正直、無理ならば諦めてM82A1アンチマテリアルライフルで我慢しようと思っていたんだが」
「勿論! 真名瀬さんに喜んでもらいたくて……」
 WACは瞳を喜色一杯にしてアピールしてきたが、真名瀬が珍しく感心して視線を遣ると、すぐに顔を逸らした。恥ずかしげに俯いている。
「 ……御免なさい。嘘を吐きました。―― 実は真名瀬さんより以前に武器科に陳情があったので、そのおこぼれに預かっただけです」
 消え入りそうな声に、真名瀬はWACの肩を慰めるように叩くと、
「オレの為に尽力してくれたのは違い無いだろう? 本当に感謝している。キミと知り合った御蔭だな」
 真名瀬の言葉に、一転してWACは頬を染めた。
( いや、しかし本当。武器科にコネを作っておいて正解だったな。余程の無茶な陳情でも手配してくれる。……オレの趣味に役立つかも知れない )
 それに、と瞳の奥で気楽に笑う。
( 結構……彼女、悪く無いし )
 真名瀬の考えを知ってか知らずか、WACは自慢げにXM109の取扱いを注意してくる。真名瀬は真剣な表情をしながら、相槌を打っていたが、
「 ……そう言えば、オレ以外にこんな化物銃を陳情したのは何処の誰なんだ?」
「熊本の人吉奪還に参加している班長だそうです。部下に、才能のある狙撃手がいるそうで……戦果としてビーストデモンを一撃で吹き飛ばしたとか」
 有翼類大型蒼鬼獣魔ビーストデモン。その一撃は車輌を易々と破壊し、皮膚は甲殻の如し。口からは青白く光る、凍える息を吐く。その戦闘力は1個体だけで、数個班もしくは数個小隊に匹敵する高位下級超常体。魔群(ヘブライ堕天使群)が支配する戦場で見掛けられる地獄の重戦士だ。
「成る程……セベク程では無いだろうが、ビーストデモンを撃ち倒せるのならば折り紙付きだな」
 口元を歪ませて真名瀬は笑う。そして頼もしげにXM109の銃身を撫でると、
「 ―― 前回は強制侵蝕による激痛から、ろくに攻撃も出来なかったからな。強制侵蝕の及ばない遠距離より狙撃してやる」
 XM109は、重要構造物の破壊から駐機中の航空機、対人戦闘等まで幅広く使用され、その破壊力と命中精度によって少数精鋭の特殊部隊の戦闘攻撃力を飛躍的に高めている。5.56mmNATO弾を通さぬセベクの厚い皮膚でも易々と貫けるだろう。
 暗い笑みを瞳に湛えながら、真名瀬は長い髪を掻き上げた。
「ありがとう、感謝している。このお礼には足りないと思うが、一緒に食事でもどうかな?」
「 ―― 光栄です! じゃあ今から食事を受け取ってきますね」
 喜びの余り、飛び跳ねるような勢いで糧食交付受領班に向かうWAC。後ろ姿に手を振りながら、
「 ……本当に、好い娘なんだよなぁ。こんなオレに付き合ってくれるなんて」
 と、真名瀬は我知らず苦笑していた。

 糧食トレイを机に並べながら席に付く。後藤・辰五郎[ごとう・たつごろう]二等陸士が笑顔を浮かべた。
「今日のオカズは麻婆茄子と♪」
 飯塚駐屯地に陣取っている セベク[――]をはじめとする超常体の群れ。相対する奪還部隊は飯塚市街中心部にて睨んでいるが、いつもお見合いを続けている訳には行かない。腹が減っては何とやら。
 牽引されてきた野外炊事1号(改)を中心とする、野外炊事場より交付された糧食は、駐屯地で味わう平常食と遜色の無いものである。
 後藤と同じテーブルに付いているのは、すっかり独立部隊として定着した、山本・和馬(やまもと・かずま)三等陸曹を中心とする1個組である。更に、元・飯塚駐屯地のよしみで 鹿島・貴志(かしま・たかし)三等陸曹が同席していた。
「砂漠化の暑い中で、熱い麻婆茄子を食べる……何処の誰の、嫌がらせかと思うぞ」
「でもぉ〜発汗作用を促して、健康には良いと思いますよぉ〜。熱い時こそ暑い物を食べよう!」
「 ……逆だ、逆。言葉のニュアンスが」
 鹿島の思わずといった苦言に、衛生科隊員であった 佐藤・茜[さとう・あかね]二等陸士が小首を可愛く傾げて見せた。ツインテールが合わせて揺れる。更に後藤が空になった自分のトレイを見せて、
「鹿島三曹殿。問題があるのでしたならば、俺が平らげますが。是非にも!」
「誰がやるか。第一、食べないとは言ってない」
 篭城戦を強いられていた時の苦労、満足に食べる事も出来ずに死んでいった仲間達を思えば、贅沢は言っていられない。鹿島はよく味わうと、綺麗に平らげた。
 そしてデザート代わりに付いてきた、紙パックのオレンジジュースを飲みながら、
「 ……もうすぐセベクを倒して、飯塚駐屯地も奪還出来るか。これで、死んでいった仲間達の無念も晴れるといいが」
「晴れるさ、きっと」
 鹿島の呟きに、山本は頷いた。
「そうか……そうだよな。―― 実は、な」
「 ―― ん?」
「セベクとの戦闘が終わったら、私は婚約者と結婚するんだ」
 鹿島の告白に、山本の眉間に皺が寄った。
「死亡フラグが立ちそうな事を……って、そもそも君に婚約者なんていないだろう!?」
 ツッコミ一閃。だが鹿島は悪びれずに、
「ちなみに恋人もいない。ほら、死亡フラグってやつは作戦に成功するが死んでしまうパターンが多いじゃないか。私なりのセベク倒す為の験担ぎだ」
「その逆フラグは止せ。というか、それは本当に験担ぎか? それと、なら先ず恋人を作れよ。そして同時に沢山ツッコませんな!」
「4つのツッコミを同時に ―― やるな」
「 ……数えるなよ」
 鹿島が親指立てて、グッジョブ。さておき、
「恋人を作れというが……それが難しくてな。ほら、茜さんに治療を受けたけど、戦場にありがちなロマンスも芽生えなかったし」
「はぁ〜い? お呼びですかぁ〜」
 1人未だ白飯を頬張っていた茜が小首を傾げて来たが、山本は黙って食えと指示。そして呆れた視線で、鹿島を見ると、
「……話し掛けなければロマンスもナンパも始まったりしない」
「ほっとけ」
 視線を逸らす鹿島に、更に詰め寄ろうとする山本。2人の漫才を止めたのは、黙々と食事を終えてお茶を静かに飲んでいた 宮元・鈴鹿[みやもと・すずか]二等陸士だった。
「 ―― 山本組長。誰か御用のようです」
「えぇと……山本三曹にお客様がいらっしゃっているんだけど」
 皆の注視を受けて、案内してきた 雪村・聡(ゆきむら・さとる)二等陸士が頭を下げた。
「 ―― 客? 俺に?」
 雪村が案内してきたのは1人のWAC。血と汗と、泥で汚れた迷彩II型戦闘服を身に纏ったWACが敬礼してくる。陸士長の略章が肩に縫い付けられてはいたが、胸元には氏名を示す刺繍は無く、ただ“落日”の文字。
「 ―― 山本三曹ですね。これをお渡しに来ました」
 山本が返事するより早く、アンダースローで放り投げて来る。山本は、放物線を描くソレ ―― 携帯情報端末を慌てて受け止めた。
「 ……貴官の心の電波を受信した、と馬鹿がほざいておりまして。詳しくはソレから直接聞いて下さい」
 そして山本が口を開く前に、WACは背を向ける。
「どのようなコネを築くかは貴官の自由ではありますが……アレが送受信するのは毒電波。こちらは責任取りませんので覚悟の上を」
 言い捨てると、足早に去っていく。
「 ……何なんだよ、彼女?」
 雪村が問い掛けるが、山本も首を振るだけ。その時、携帯情報端末が着信音を告げた。
「おいおい。砂漠化による電波障害で、無線が通じない中だぞ……」
 唸る鹿島だが、山本に電話を受け取るように目配せする。山本はおそるおそる……
『 ―― やあ、おはよう。猿くん。さて今回の裏ゴルフトーナメントだが……』
 ずっこけた。
「 ―― 誰が猿や! というか君は、だっ、誰だ!?」
『掴みはOKのようだな。まあ、私はミスターXとでも名乗っておこうか』
 口調はアレだが……
「いや、君の声は明らかに女性のものだし」
『ふっ。割烹着の悪魔まじかるアンバーがチャイナドレスを着て、ミスター陳と名乗るのに比べれば、まだまだ!』
 ……それは何時の、何処の、何人の話だ?
「いや、しかし。ミスターXだと!? そんな妖しい名を名乗る人間がこの世にいるとは!!」
『まぁ、そんな事はこの際どうでも宜しい。兎に角、携帯情報端末に保存されている画像を確認したまえ』
 言われるがまま、確認する山本。
「これは……成瀬教官?」
 前川原駐屯地 ―― 幹部候補生学校にて教鞭を取っていた男の姿が映っていた。
『そうだ、君にはこの成瀬教官と合流して、教官が何故に誘拐殺人ロリコンの犯人として追われているかを調査して欲しい。現在地は別府だ』
 暫くの沈黙の後、山本は呻いた。
「なっ、何故、俺が……」
『ぶっちゃけ、現状、君が一番暇そうだからだ』
「なんだそりゃぁ!? ……って彼女は?」
 携帯情報端末をわざわざ届けに来たWACは、暇人では無いとでも言うのか。
『彼女は熊本に行って、糸の切れた凧のようにブラブラしている、うちの中隊長を捕まえてこなければならない。……静花さんの命令で、今頃は阿蘇にいると思うんだが ―― あの人、神出鬼没だからなぁ』
 後半は小声で呟いていたが、調子を戻して、
『なお抗命は認めない。―― じゃ、宜しく』
「ちょっっと待てぇいっ!」
 だが山本の絶叫空しく、携帯情報端末は沈黙した。
 ……山本は空を仰ぐ。足下を眺める。周囲を見る。鹿島と雪村は、思わず微妙に視線を逸らした。茜はお気楽極楽。鈴鹿は無表情。後藤はヤル気だ。
 大きく溜め息を吐いた。
「 ……成瀬教官を確保する為、別府に向かう。疾風の手配を」
 山本の命を受けて、3人が動き出した。
「 ……成瀬のオッサンがどうしたって?」
 隣で食事していた、第4師団第19普通科連隊内・衛生小隊班長 ウェイン・大蔵(―・おおくら)三等陸曹は、知人の名前を聞き付けて口出しした。山本は肩をすくめながら、
「よく解からんが……とにかく身柄を確保してこいと何者かの指示が」
「そうか……成瀬のオッサンが行方不明と聞いて心配していたんだ。何かロリコンの誘拐殺人犯がオッサンだという噂もあるけど……」
 ウェインはへの字に口を曲げて、
「オレの知っているオッサンは、ロリではなかったような……」
「何はともあれ、行ってみないとな」
「そうか。オレも負傷者を拾いながら、アチコチの連絡役を買って出るつもりだ。久留米にも向かう予定だから、そっちでも何か判るだろう」
 ウェインは山本の背中を叩くと、
「 ―― オッサンを頼んだぜ」

 若者達の遣り取りを隣で聞いていたのだろう。第4師団第40普通科連隊(元)第42中隊長、火狩・京介(ひかり・きょうすけ)一等陸尉の顔が、ふと淋しそうな笑みを形作る。
「若い者を見るのは ―― 良いな。もっとも、今のわたしにそのような事を言う資格は無いだろうが」
 自嘲にも似たソレに、第4師団第4高射特科大隊・第40分隊 ―― 通称『ツングースカ隊』隊長、神宮司・業子(じんぐうじ・のりこ)准陸尉が形の良い眉をひそめた。
「火狩一尉、どうしたのです?」
 同じ陸自時代からの古強者だ。だが、こんなに気弱になった火狩を、業子は今まで見た事が無い。
「若い命をあたら死に急がせていた罪人……という事じゃよ、わたしは」
「先ほどまで連隊長や大隊長に呼ばれていましたが……何か?」
 業子に問いに、だが答えず、代わって火狩は口の端を歪ませた。そして重く口を開く。
「 ―― 訓練に励み、戦いを潜り抜けてきた。階級が上がり、指揮する部隊の規模も大きくなった。いつしか、この国を護る為の力を得た、後進に何かを残せた、そんな気になっておった」
 火狩は奥歯を噛み締めた。苦い味が広がる。
「 ―― ところが実際は肝心の部下を顧みる事すらもしてこなかった。……結局、わたしは何も残す事が出来なかった愚か者という事じゃ」
 深い息を吐いた。重い悲哀と淋しい空虚の篭もった溜め息だった。
「……せめて禍根だけを残す訳にはいかんな」
 真剣な瞳を業子に向けた。業子は唾を飲み込む。
「 ―― 例の件、任せたぞ」
 火狩の真摯な訴えに、思わず業子は頷き返しそうになったが、
「 ……本当に構わないのですか? 無線連絡無しでそのプランを実行すれば、あなた方が砲撃に巻き込まれる確率が発生しますよ? それに……」
 と鹿島達を見遣る。
「彼等もセベクを倒す為に、何か作戦を立てているようです。あなたが無理をなさらなくとも……」
 しかし火狩は強く頭を振ると、
「計算されたリスクを背負わずに倒せる相手だと思うかね? 適度に倒せば事足りる時期は既に終わったと思うのじゃが。……この先は、消費された鉄と流された血のみが祖国の存在を支える、そんな時代が訪れるのじゃ。誰かがその覚悟を示さねばならん」
 言ってから再び自嘲の笑みを浮かべる。
「 ―― もっとも、この独り善がりが、部下を殺してしまった所為でもあろうが。それでも……」
「それでも?」
 声を小さくすると、秘密を1つ打ち明けた。
「 ―― セベクを倒せたところで新たな魔王を生み出す訳にはいかん。―― わたしは死なねばならんのだ」
 息を飲む業子に、火狩は淡々と、
「 ……強制侵蝕じゃ。残余時間があるうち ―― 人間であるうちにセベクを倒せればと簡単に考えておったが、そんな甘い事を言っている場合ではなかった。……憑魔が語り掛けてきおったよ……『我はアガレス』とな」
「アガレス……?」
 魔界の王侯貴族。七十二柱の魔王の1柱、変化の公爵。年老いた賢者の姿で鰐に乗って顕れるという。
「つまり、わたしが完全に侵蝕されて人間を辞めるという事は……」
「新たな魔王を、この世界に生み出すという事……」
「そして次にセベクの咆哮を受ければ、間違い無く意識を乗っ取られる……」
 ―― だから、生き残ってはならない。異形系だから半不老不死。肉片1つも残らずに消え去らねばならない。突如として顕れた脅威に対して、セベクとの決着で疲労した部隊では壊滅するだろう。
「だから ―― わたしは死ななければならない」
 火狩の言葉を受けて、業子は沈黙。眉間に皺を寄せて、瞑目する。火狩は静かに見詰めていた。
 秒針が一回りするほどの時間だったが、それは2人にとって、とても長い時間であった。
 業子は目を見開くと、起立。そして背筋を伸ばして最敬礼をした。業子の瞳に力強い何かを湛えているのが伺えられ、火狩は満足げに返礼した。
「特科大隊への砲撃支援要請、承りました!」
「 ―― 宜しく、頼む」

*        *        *

 砂漠化現象は拡大し、ついに福岡県全土が呑み込まれたといっても過言では無い。それはつまり博多にある福岡駐屯地 ―― 第4師団司令部もまた同じと言えた。
 近郊の都市は元々超常体との戦いの中で廃墟と化していっていたのが、ここ1ヶ月間でますます風化していっている。アスファルトを風で流された砂礫で覆われ、ビルディングはまさしく砂海に佇む陸の孤島か、墓標という有様である。
「 ……聞けば、佐賀の目達原も砂によって孤島と化しているという話だぜ」
「 ―― 本当に、大変だな」
 福岡駐屯地にある第4偵察大隊本部に帰還した、風守・和也(かざもり・かずや)二等陸士は、慌しく連絡伝達に走り回る同僚の姿に思わず目を細めた。
 時折、発生する砂嵐に通信電波を妨害されて、福岡の第4師団司令部からの通達は、各隊に届かない。各普通科連隊は自主判断で交戦を続けているらしいが、乗じて熊本の天草で生じている叛乱や、或いは脱柵している部隊があるかもしれない。
 従い、機甲科の偵察大隊や、航空科の回転翼機(ヘリコプター)隊が激しく行き交っている。春日基地板付地区(福岡空港)から、西部方面隊傘下の回転翼機隊や、第4師団第4飛行隊等を有する目達原駐屯地へと大型輸送用回転翼機CH-47J/JAチヌークや多用途回転翼機UH-60JAブラックホークが離着陸を繰り返しているのが、遠くからも見て取れた。
「流石に慌てた第16普通科連隊長は、立花陸将の再三の要請に応じて2個中隊 ―― 第45と第46を長崎の大村から応援として派遣したらしいんだが……」
「今から間に合うのかな?」
 風守の疑問に、偵察大隊の先輩は苦笑して、
「元々、第45中隊は佐賀の西側をカバーしていた班があるからいいとして、第46はなぁ……ペテン師がいるし。余り信頼出来ねぇ」
「ペテン師?」
「ああ、そういう奴が小隊長を張っているんだ、あそこは。……天下無敵の卑怯者ってな。面白いぜ、傍から見ている分は。付き合わされる方は溜まったもんじゃ無いだろうが」
 言葉はアレだが、そう悪い感情を先輩は持っていないようだ。含み笑いを浮かべた後、
「 ―― で、宗像から帰ってきた挨拶をして早々に、資料室の閲覧許可か。……何が?」
 問い掛けに、風守はいつも気だるげな姿勢をやや正しながら、
「現状が、ある最高位最上級超常体ニャルラトホテプによって動かされている疑いがあって……このまま奴の暗躍を放っておけば、事態は動かされるままになりかねない。何をしているにしろ、目論見を早期に調査しておくに越した事は無いだろう……と」
 先輩は頭を掻くと、腕を組んで踏ん反り返る。
「確かに ―― 政府の方はしらばっくれてやがるが、実際に最高位最上級の主神/大魔王クラスっていうのが居やがるんだ。そいつらが俺様達を戦いに駆り出させて笑っていやがるのは、正直、胸糞悪い。―― 協力出来る事があれば、助けるぜ」
 偵察が主任務故に、その手の情報は多量に保管されている。今までは“上”の指示で『無いもの』として秘匿され、眠らされていたモノを、日の目に晒す必要が出てきた。
 風守は、先輩から資料室の鍵を預かると、すぐに調査分析に向かおうとした。が、一度振り返って、
「 ―― そういえば、先輩。警衛の連中に注意しておくよう言っておいてくれないか」
「おう?」
「福岡駐屯地の警備強化を ―― 超常体のみで無く、人間にも留意するようにって。一応、大隊長にも提言したんだが」
「 ……まぁ陸士風情の言葉をマトモに取り合う奴はいないわな。解かった。知り合いの警衛に伝えておくが……余り当てにはするなよ?」

 膨大な資料の山に囲まれた風守はすぐに脳味噌がパンクして破裂するような痛みを抱える事になった。
 出来る限り詳しく、現在の北九州の戦況を調べる。別府の動きや幹部候補生学校の噂についても調査し、全体を見直そうとする。そして大きな動きのみでは無く、各所での細かな出来事、異変も出来れば把握したかったのだが……。
「 ―― 駄目だ。欲を言えば、沖縄方面にも連絡を取り、各地の戦況、状況、異変など現状を出来る限り詳しく調査したかったが……。特に米軍の動向に関しては出来る限り詳しく」
 だが、このままでは埒があかない。調べるべき重点事項を設定し、それを優先していく事にした。
「優先して調べるべきは……ネフレン・カ大佐の言葉にあった『三姉妹の封印堅持』『その為の防衛線』だな。駐日エジプト軍(※以下、駐日埃軍と略)が防衛する位置の後に調査の焦点を当てていこう」
 宗像市が都市圏のベッドタウンとして発展していたというのは前回の来訪において事前に調べていた事であったが、風守は1つ見落していた事に気が付いた。
 古代より朝鮮半島との往来の要地でもあった、宗像は船の往来を祈願する大社がある。―― 奉られる神々の名は 多紀理毘賣[たきりびめ]、狭依毘賣[さよりびめ]、そして 多岐津比賣[たきつひめ]……天安河の誓約において、建速須佐之男[たけはやすさのを]の十拳剣より成れる3柱の女神。
「三女神……これが言っていた、三姉妹か」
 そして維持部隊に流布される噂が1つある。超常体の姿形は世界各地の神話伝承の怪物達に類似される。そこからオカルト的分類説が生じたが……では日本土着の神や妖怪の類はどこへ行ったのだろう?
 少なくとも、妖怪と呼ばれるだろう存在は今もなお猛威を振るっているが、高ランクの超常体 ―― 神宮にて奉られる神は姿を見せず、呼びかけに応じる事はない。各地の社殿は破壊されたままとなっている。
 神州に世界中の超常体が集中して出現するようになったのは、「日本政府の裏切りによって、日本土着の神々が封印されたからだ」という陰謀説もまた流れているが、政府や国連は当然ながら否認している。
 だが……熊本の阿蘇地方に駐日アフリカ連合軍(※以下、駐日阿軍と略)が陣取っているのは、健磐龍[たけいわたつ]という神を封じ続けている為と言う。現在、第8師団の1個班が、航空機の協力を受けて、アタック中という武勇伝も聞こえてきている。
「符号は合う……駐日埃軍が防衛する位置。目的。宗像だけでは無く、駐日埃軍だけで無く、各地の駐日外国軍の存在が……」
 だが果たして、わざわざ ネフレン・カ[――]が漏らしてみせたのは、どういう事か? 最初から自分に聞かれている事を知った上での嘘、或いは本当でも自分が行動する事を見越しているのは間違い無い。
「 ―― 罠か。それとも……」
 風守は携帯情報端末に可能な限りのデータを流し込むと、立ち上がる。
「 ……何にしろ、現地に行く必要があるな」
 砂漠化が進んでいる今、博多から宗像までの僅かな距離でも大変な行程となる。予備食糧等を、愛車に積め込むように準備を急ぐ事にした。

 風守が去った資料室。鼻腔をくすぐる芳しき薫が漂い、そしてまた闇がたゆたう。
 ―― あらら。困った事になったわね。
 ―― どうするかい? あの知的好奇心と、行動力は大変貴重なモノだけど。
 ―― 先に唾付けたのは私の方よ。
 ―― いいよ。君の好きにしておくれ。僕は未だ手出しはしない。“認める”には足りないしね。
 ―― 雌猫に食い千切られる前に、彼の傍に。
 ―― そうしてくれ。彼女には容赦せぬようお願いしているからね。
 ―― では。御機嫌よう、“ 黒の王 ”。
 ―― 御機嫌よう、吟詠公。猊下に宜しく。
 残り香が静かに引いていく中、闇が嘲笑する。
 ―― さて。僕は狙い通りの仕事をしよう。立花陸将か……余り美味しい存在では無いんだけどね。
 含み笑いが室内を満たした。
 ―― しかし他人任せにするものではないよ、風守君? 非力であれ、役立たずであれ、人間はその場に居る事自体で運命を決する意味を持つのだから。それこそが僕等に抗する力となるんだよ……。

*        *        *

 高い知性が伺えるような瞳に見詰められる。だが 麻曲・丸美(あさまがり・まるみ)二等陸士は、優雅な自分を意識しながら微笑むと、
「今日も凛々しいでございますわね、アヌビス☆」
 丸美の持つ毒気の無い笑顔に根負けしたのか、狩猟犬 アヌビス[――]は精悍かつ頑強そうな四肢を折り畳み、胴体を好きに撫で回させてくれる。
「御機嫌よう、丸美」
「ご、御機嫌よう、でございます。妃美子お姉さま」
 様子を見にきた 石守・妃美子[いしもり・ひみこ]陸士長が微笑むと、アヌビスが一声吠えた。
「 ―― すっかりアヌビスと仲良しですね。良かったわ。アヌビスも、丸美の事を宜しくお願いね」
 前川原駐屯地 ―― 幹部候補生学校。暑苦しい中でも、坐学の合間や休憩時に世話を買って出ていた丸美は、妃美子の言葉に報われたような気がした。
 妃美子の言葉を理解しているのだろうか。アヌビスは丸美を深く見詰めてくる。心のうちまで見抜いてきそうな眼差しに、丸美は気恥ずかしいモノを感じた。
 アヌビスの名は埃及神話においても見出す事が出来る。名は『若い犬』を意味し、黒犬またはジャッカルの獣頭人身として描かれる葬祭神。冥王神オシリスの補佐役。天秤で死者の罪業を量るという。
( …… 閻魔様と同じでございますわね。けれども)
 アヌビスはオシリスの子でもある。が、実は王妃神 イシス[――]の息子では無い。イシスの妹にして王弟神 セト[――]の妻たるネフティスとの間に産まれた不義の子であり、セトとオシリス間の確執は、ここから始まった説話は余り知られていない。
 乾いた風が砂埃を巻き上がらせる。
 砂漠化は久留米にも到り、学舎の内や、或いは差されたパラソルの下で幹部候補生達が陽射しから隠れて過ごしていた。燃料不足の為に、電気設備が動かなくなった現在、空調も働かない。人力の団扇がせいぜいだ。とにかく暑苦しい。
 だが妃美子の周辺では、涼風が吹いているが如く、快適な場が何故か生まれている。元から妃美子の人気もあるが、自然と人が集まってくるのだった。
 もっとも生真面目な妃美子の事、話題は他愛の無い雑談だけでなく、坐学の復習も含まれる。
 アヌビスの名や、そしてあの満月の夜から埃及神話に興味を抱いた丸美は、妃美子と語り合いたいところがあった。特に ―― イシスについて。
 一瞬、難しい表情を妃美子は浮かべたものの、
「 ……イシスは字義通りならば名に『腰掛け』の意味があります。天空母神ヌトの娘にして、オシリスの妻にして妹、そしてホルスの母です。ええと……」
 何故か視線をさ迷わせ、言いよどむ妃美子。助け舟を出したのは
「 ―― 王妃イシス様について最も有名かつ重要な説話は、王オシリス様の復活だろう」
「げっ、ヒヒ軍曹!」
「 ―― ゲッとは何だ、ゲッとは!」
 赤ら顔を益々紅潮させて、戸渡・学[とわたり・まなぶ]一等陸曹が顔をしかめる。が、すぐに咳払いをして、
「現在、別府に……出張中というか、行方不明中の……成瀬教官に代わって、私が説明しよう。石守もそれで構わんな?」
 妃美子は安堵の息と共に頷いて見せた。
 オシリスの復活。……セトの謀略により王座を簒奪されたオシリスは切り刻まれてナイル河に投げ捨てられた。陰部はすぐに魚に食べられてしまったが、イシスは残る肉片を掻き集めて、繋ぎ合わせた。
「 ―― その時、ネフティスは包帯を作り、アヌビスは巻いてミイラにした……。ネフティスとアヌビスは、セトの妻と義子であり、諍いの発端でもございましたわ。ですのにイシスは、セトに追放された母子を保護しています。……それは、どういう心持ちだったのでございましょう?」
 丸美が口を挟んだ。戸渡は押し黙る。何故か傍らのアヌビスが身を縮こませて、おとなしくしていた。
「 ……イシスは全てを許そうとしたのです。全てナイルの流れに任せようと。氾濫したナイルは全てを呑み込みます。運ばれてきた肥沃な大地が恵みをもたらす。―― イシスはナイルの豊穣を司っていました。故に悲しみは受け入れ、ただ喜びを分け与えようと」
「 ……妃美子お姉さま?」
 妃美子が泣き出しそうな声で、語り始める。
「しかし、その優柔不断さが、後まで続く悲劇に繋がるのです。……彼女はホルスを身篭り、争う事無く、子を王座に付けようとしました。しかしセトはホルスとの決闘を挑みます。そこで決着が付けば良かったのです。なのに、またイシスは愚かな罪を犯しました」
 まるで、自分が見てきたように語り出す妃美子に、皆が唖然としていた。唯1人、丸美は何故かその言葉を受け入れていた。これは懺悔。その優しさ故に、争いを招いた、憐れな女の嘆き。
「弟と子の間の争いを見るに堪えずに割って入り、セトを銛で貫いたのはイシス。そして甘さ故にセトの命乞いに応えた姉。だけど母に裏切られたと思った子はイシスを処刑して追放します」
 ―― 母殺しという子の所業に諸神はホルスの王位を素直に認められず、また決着が付かなかった事でセトとホルスは合い争い続ける事になる……全ては優柔不断な女の罪。
 ―― そして悲劇はまたも繰り返されるというのでしょうか? ……その妃美子の小さな呟きを、丸美だけが聞き取れたようだった。
 妃美子は俯き加減のまま立ち上がる。そして唖然とする皆に優しく、そして哀しげに微笑むと、
「 ―― 戸渡教官、後の事は宜しいでしょうか? 私は少しばかり気分が悪くなりまして……」
 ふらつきながらも、逃げるように去っていく。丸美と取巻き達が追い掛けようと立ち上がろうとしたところ、アヌビスが低く唸り声を上げた。噛み付きそうな凶悪な眼差しに、一同が身を強張らせ、再び腰を下ろす。戸渡は再び咳払いをして、
「後にイシス様への信仰は埃及のみならず、オリエント全域に広がっていき、更にはマリア信仰や、西洋オカルティズムへと影響を与えた。黒き聖母や、魔術の母としてな。―― さて時間だ」
 休憩時間の終了を告げる喇叭の音に、戸渡が背を向ける。戸惑いながらも学舎に戻ろうとする一同。だが一人、丸美は尋ねてみる。
「 ―― 教官。セトとホルスは争い続けているという話ですけれども、古い伝承に依れば共闘しています時もありますよね。彼等が共に戦った相手 ―― アポピスとは何でございますか?」
 丸美の問いに、戸渡が驚いた表情で振り返った。
「アポピスとは神でも悪魔でも無い。……“恐ろしきもの”“危険なもの”“反逆するもの”“招かざるもの”。原初の水(アビュッソス)から現われ、世界を原初の渾沌に引き戻そうとする力の顕れ……世界を埋め付くし消去しようとする存在 ―― 全てを無に孵す、闇の渾沌蛇だ」
 答えてから、心配するなという風に破顔する。
「 ……まぁ、この神州に姿を顕す事は無いだろう」
 だが丸美は問い続ける。
「でも、もしも。もしもでございますわよ。それが神州に顕れたとしたら……?」
 戸渡は眉間に皺を寄せて、断言した。
「 ―― 世界は間違い無く滅びへと向かうだろう」
 アヌビスが遠く吠えた。

*        *        *

 激しい銃撃に、悲鳴と怒号。地響きに、木々が折れ倒れる音が鳴る。断末魔の叫びと、咀嚼音。暫くして飢えを満たしたのか、巨大なトカゲ ―― 出来そこないの地竜がゆっくりと営巣地に戻っていく。
「 ―― なむさんだー、アーメン、アッラーフ・アクバル……と」
 世界三大宗教の有名な祈りの文句を唱えながら、成瀬・蔵人(なるせ・くろうど)陸士長が隠れていた場所から顔を出す。
 血と硝煙の臭いが充満する戦場を漁り出す。低位超常体が屍肉に群がってくる迄に目当ての物を確保しなければならない。
 先ずは半身を食われてショック死した普通科隊員に近寄ると、背嚢を逆さにしてぶち撒ける。
「 ―― おおっ! 携帯情報端末ゲット!」
 89式5.56mm小銃BUDDYを拾い集め、麻紐で結んで背負う。次に横倒しになった車輌に取り付くと、荷台から隊用携帯通信機を入手。また戦闘糧食I型 ―― 缶飯を背嚢に押し込んだ。
 そして慎重にこの場を去るのだった……。

 別府で行方不明になった成瀬。第41普通科連隊1個中隊に追われる身だったが、それには理由がある。
「 ……おおっ。牛肉味付けではないか!」
 厚さ5mmにスライスして、醤油、砂糖、食塩等で作った調味液で味付けされた牛精肉のもも肉。頬張りながら、成瀬は通信機の周波数を弄る。傍らには分解して破損部品を除去し、幾つかを寄せ集めて組み立て直したBUDDYがあった。
「弾薬は心許ないが、暫くは持ち堪える事が出来るだろう。それよりも無線、無線と」
 知る限りの周波数に合わせる。
「Hello, Hello!」
 大学助手時代の知人当てにメッセージを送る。
「 ―― 西部方面隊第4師団・第41普通科連隊長、大上陽太郎一等陸佐は完全侵蝕されている。最高位最上級超常体、七十二柱の魔界王侯貴族の1柱『炎の大侯爵』にして、七つの大罪が1つ『貪欲』を司りし大魔王アメンが、今の奴の正体だ」
 届いているかは判らない。受信してくれるかも判らない。だが叶わなくとも、何かしらの形で情報が広まるように手を打っておくべきだ。
「 ―― 奴の目的は、闇の渾沌蛇アポピスを顕現化させて、全てを無に帰す事。既に別府にてアポピスはまどろみの中にある」
 大上・陽太郎[おおかみ・ようたろう] こと アメン[――]に追い詰められ、アポピス[――]に襲われた中で、命と引き換えに成瀬を逃がしてくれた 坂江・瑠眞[さかえ・るま]一等陸士こと ヘケト[――]。身体能力を考えれば、あのままヘケトが逃げた方が良かったはず。何故未だに自分を助けたかが理解出来ない。だがラー神群だとか、超常体だとか、全てを信じる事は出来ないけれど ―― 助けられた借りだけは返さねば。
「 ……繰り返す。大上は真っ黒くろすけだー!」
 と、隊用携帯通信機や携帯情報端末で送信を続ける。勿論、電波を拾って、大上の息の掛かった追っ手が成瀬を捉えようとするだろう。だから通信機を送信状態で放置。そのまま場所を移動しようとする。
「 ……むっ。端末も捨て置くべきか」
 成瀬が携帯情報端末を放り投げ様とした時 ―― 着信で揺れ動いた。
『 ―― まぁ待て。ちょっと待て。捨てるのを辞めろ』
 受話ボタンを押してもないのに、端末が勝手に喋り出す。そして訊いてもいないのに、
『 ―― 私の名前はミスターX。君の送信と、ある男の心の電波を聞きつけて助けにきた。このまま持っておきたまえ。脱出出来るよう誘導する』
「 ……正直捨てたいのだが。罠では無いという証拠は? それと、ミスターと言いつつ、声からして女だろう、君は?」
『ふっ。割烹着の悪魔まじかるアンバーがチャイナドレスを……とギャグを繰り返すのは基本だが、それはさておく』
 さておくのか。
『とにかく、君はこれから国道10号線から210号線に入り、大分川を遡って行きたまえ』
「僕はこれからボートでも盗んで海に出ようと思ったのだが。海岸伝いに南下しようと」
『 ―― 下手すれば、ラハブやレヴィアタンに沈められるぞ?』
 七つの大罪が1つ『嫉妬』を司りし大魔王 レヴィアタン[――]。瀬戸内海や、四国近海で暴れているとかいないとか。まさか大分や宮崎の沿岸まで来るとは思えないが……。そして南下出来ても宮崎に大規模な駐屯地は存在しない。新田原ぐらいなものだが……そこまで行くのは地獄道。超常体に捉まれば、御終いだ。
『いいから、国道210号線を進め。きっと助けが来るはずだ。疾風に乗って』
「しかし、そのルートだと、湯布院や玖珠で引っ掛かりそうだ。当然、大上からの連絡が行っているな」
『それでも現状では、久留米に君の連絡が行く事は無い。何しろ砂漠化で電波は届かないからな。そして糞メリケンが受信しても、奴らは握り潰すだけ』
「 ……君が信用出来る証拠は?」
『 ―― 無い。証拠があっても信用するかどうかは君次第だろう? いいかね、プロフェッサー?』
「 ……良かろう。どうせ手は無いのだ。君の助けを借りてやろう」
『感謝するならば、心の電波を飛ばした男に言いたまえ。そして、君の送信も無ければ、君にもその男にも力を貸す気は起こらなかった。全ては、その男と、君のアクションが絡み合った御蔭だ。―― それでは、サラバ。ロリコン教官』
 携帯情報端末は沈黙。代わって画面に現在地と付近図が映し出されていた。成瀬は叫ぶ。
「 ……ロリコンちがーう!」

*        *        *

 支脚によって固定された81mm迫撃砲L16ハンマーから、M301A1照明弾が発射される。夕闇に上がった砲弾は内蔵されたパラシュートを開き、月光より更に眩しく荒涼とした大地を照らし出した。
「 ―― 射撃5秒前、4、3、2、1」
 82式指揮通信車コマンダーからの命令を受けて、班長が秒読みをする。203mm自動榴弾砲サンダーボルトに張り付いていた、砲弾装填手と装薬装填手は耳を塞いでしゃがみ込んだ。
「撃てー!」
 砲身が60cm以上も後方に下がり、鈍く重いようで甲高い大きな射撃音が轟いた。
 飯塚駐屯地跡へと野戦特科の砲撃が集中する。重さ90kg以上の砲弾が壁となっているバジリスクを吹き飛ばす。そして155mm榴弾砲FH-70サンダーストーンから撃ち放たれた榴弾が空中爆発。轟雷とともに破片がアケファロスの群れへと、雨霰と降り注いだ。
 飯塚駐屯地の生存者を保護した以上、遠慮も気兼ねもなく火砲を集中させる事が出来る。砂嵐が弱まり、酷暑も緩和する夕刻から決戦が開始された。
 火砲の支援を受けて、第19普通科連隊並びに、ようやく到着した増援の第41普通科連隊2個中隊の隊員達がBUDDYを構えて、傷付いたアケファロスやバジリスクを掃討していく。
 バーの編隊が高空より踊り来るが、待ち構えていた高射特科は地対空誘導弾『改良ホーク(Homing All the Way Killer)』を放って迎撃した。
「 ―― 圧倒的じゃないか、我等が部隊は」
 状況報告を受けて、第19普通科連隊長(一等陸佐)が思わず感嘆した。だが油断は禁物。衝撃と続く轟音がサンダーボルトを直撃する。装甲が無く、車体上部に剥き出しに搭載されていた砲身が折れ曲がって、砕け散る。随伴して弾薬補給を行なっていた87式砲側弾薬車が巻き込まれて、周囲の人員諸共に吹き飛んだ。
「 ―― 何が起こった!」
 これまでの戦闘記録から、遠距離攻撃を可能にする能力を持つ超常体の姿は確認されていなかったはずだ。遠距離から火砲を叩き込むだけで、無傷のまま敵9割方を損耗させられると踏んでいた、特科大隊長(二等陸佐)は狼狽を隠せなかった。

 砲撃を掻い潜って敵陣奥深く浸透し、戦力把握に努めていた雪村は双眼鏡から目を離し、思わず擦る。
「 ……嘘、だよね?」
 陣奥深く現われた巨大鰐 ―― セベクは瓦礫を掴むと、大きく振り被って投げ出したのだ。初速で音を突破した瓦礫は、衝撃波を撒き散らしながら火砲陣地を破壊していく。片目を先の脱出において狙撃手が潰したとは聞いているが、セベクの投石は正確極まりない。また衝撃波に巻き込まれた普通科隊員が呻き声を上げていた。
 そして ―― 強制侵蝕を誘発する〈恐怖の咆哮〉を上げる。憑魔に寄生されていない者でも、セベクの咆哮は恐慌を招き、士気を低下させるだろう。
 にも関わらず雪村が間近で平気なのは、魔人で無い事に加えて、生来からの性分の御蔭か。何も持たないからこそ、精神的な衝撃に屈する事が無いのか。だが何も持たないからこそ、ここぞという時に堪えて、克服し、進む事が出来ないのかも知れない。どうだろう ―― 数少ない拠り所といえば、傍らの刀だけだ。
 さておき、雪村が見詰める先、セベクの咆哮に死を忘れた超常体が砲撃も怖れずに前進を開始する。そしてまた、咆哮は日中に隠れ潜んで移動していたモノ達への号令でもあった。
 飯塚駐屯地跡より東 ―― 頴田・庄内方面から、砂中に隠れていたネヘブカウが部隊の側面に回り込んで襲ってくる。セベクを中心とした主力を下顎とするならは、ネヘブカウの遊撃は大きく開かれた上顎。さながら巨大な鰐の顎に呑み込まれていく図が描かれようとしていた。
 だが人間側もそれほど馬鹿ではない。セベクの〈恐怖の咆哮〉を踏まえて、慎重に行動していた予備戦力 ―― WAiR(Western Army infantry Regiment:西部方面普通科連隊)が側背の警戒に当たり、即座にネヘブカウの奇襲を迎え撃つ。
 しかし致命的な打撃を避ける事は出来たものの、月明かりと照明弾の下で混戦模様を描き出していた。
 接近してくる気配に、雪村も刀を握ると抜き放つ。砂塵に溶け込むMCCUU(Marines Corps Combat & Utility Uniform)デザートに身を包んでいても、全く気付かれない訳では無い。拳を振り下ろしてくるアケファロスの胴を、日本刀で撫で切る。そして群がってくる数体に対して、雪村は弾薬嚢より取り出すとMk2破片手榴弾を放り投げる。レバーが外れ、飛び散った弾体がアケファロスどもを傷付けた。
 砂塵シートで防護並びに擬装していたホンダXLR250R偵察用オートバイに跨ると、一目散に雪村はこの場から脱出する事にしたのだった。

 照明弾に照らされた空にバーの編隊が飛び交う。率いるのは、赤味がかった黄の体毛色をしたセキレイ ―― 低位上級超常体ベンヌ。バーの群れを指示するだけでなく、自ら亜音速の飛翔にて撹乱……いや時折爆発的な突撃を起こし、部隊を灰塵としてくる。
 音速超過による水蒸気爆発。後ろに生じた爆発を吹き飛ばすベンヌ。また続く音速衝撃波と、真空状態の発生による鎌鼬現象が如何なる者も吹き飛ばし、切り刻んでいく。
 レーダーとコンピュータで制御された2A38M二連砲身式自動機関砲2基がベンヌを追い掛けるが、亜音速の動きを捕らえる事は適わず。だが業子は諦めなかった。ベンヌを排除しなければ、こちら側の選択肢に制約を受け続けるだけだ。
「 ―― ベンヌの行動パターンを分析しなさい」
 巡るしく変化する射距離、移動速度。幻風系故に風圧と、更には慣性の法則を無視したトリッキーな空中機動。だが意識的・無意識的であれ、動きにはリズムとパターンが生じてくるものだ。それは超常体であっても変わりは無い。
「 ―― 未来修正量を測定完了! グリソン用意! そして弾幕を張りなさい! 罠に追い込みます」
 穏やかな笑みを絶やさぬ年齢不詳の美女が、いつになく厳しい声色で命じた。ロシア製対空自走砲2S6統合型防空システム『ツングースカ』2輌が、業子の指示に従って30mm砲弾を放つ。当然ながら、ベンヌはその速度を以って弾幕を擦り抜けるが、
「 ―― 撃て!」
 業子の号令一下、上空に向けられていた発射筒から9M311対空ミサイル ―― NATOコード:SA-19グリソン計16発全弾打ち上げられる。ベンヌは自らミサイルへと飛び込んでいく形となった。
 慌てたベンヌが爆発的加速を巻き起こそうとする。だが刹那に割り込んで、業子は最後の札を切った。脳裏に、火狩の諦めとも哀しみともとれる表情が思い浮かんだが、
「 ―― 今を逃せば、後はありません」
 車上に身を出していた業子は掌を空へと掲げた。
 ―― 憑魔覚醒。侵蝕開始。半身異化状態に移行。
 文字通り、光速で対空砲が掌より撃ち出された。音よりも遥かに速い光の線。目に捉えられる事無く、ただベンヌの羽根を断ち切り、眼を眩ませる。ベンヌの断末魔の鳴き声は、グリソンの直撃を受け、爆発に掻き消されていった。
「 …… 給弾後、敵側航空勢力削減を目的とする戦術行動を再開、継続します!」
 荒い息を吐きながら、疼く憑魔を鎮める。車中に身を沈めると、業子は深く息を吐いたのだった。

 距離2,000m ―― 強制侵蝕化の影響を受けず、またXM109の有効射程としては、これ以上、近付く事も、遠ざかる事も出来ない。
 干上がって天然の空堀となった遠賀川に半身を隠し、XM109を両腕と脇、そして土台となる縁で固める。隣ではWAiR同僚が光波測距式双眼鏡を覗いていた。
「 ―― 真名瀬士長、射ち方用意。指命、前方2,000、セベク」
「 ……あそこの建物が邪魔だな。もう少しセベクを左に寄せられないか。あと特科に砲撃を休止させてくれ。震動やら何やらで狂ってしまう」
 ぼやきながらも真名瀬は照準眼鏡を覗き込んで、観測手が読み上げた風向、風速、湿度、温度等の材料から狙撃調整していく。
「そうはいかん。砲撃を止めればセベクや超常体の前進を止められん」
「肝心のセベク自体が止まってないけどな。糞ッ。……せめて直撃してくれないと駄目か」
 セベクの硬く厚い鱗。しかも外見を裏切るような俊敏な動きに、廃墟等を遮蔽物として巧みに利用する高い知性。それらによって、サンダーボルトの203mm砲弾といえども直撃しなければ掠り傷程度だ。
( 一度だけでも捉える事が出来れば……仕方無い、こうなれば命中は諦めて、相手の目を引く事だけを考えて……って!)
 思わず目を見開いて照準眼鏡の先を凝視する。隣で観測していた同僚も唖然としていた。砲弾が降り注ぐ中、セベクに突撃していく2個班規模の普通科隊員。セベクの下に辿り着く前に、アケファロスやバジリスクに潰されながらも、なお果敢に突撃する。武装は抱えたBUDDY1丁のみ。
「豆鉄砲で特攻とは……死ぬ気か、あいつら!」
 だがセベクの動きがようやく緩慢になった。計画通りに合図を送ると、この機会を逃すべく真名瀬は冷徹に狙撃姿勢に移るのだった。

 血と泥に塗れた身体。〈恐怖の咆哮〉を受けて、憑魔核からは神経網が張り巡っている。気力を振り絞って、意識の上書きに対抗していた。気も狂わんばかりの ―― いや既に狂っているのだろう ―― 激痛が心身ともに蝕んでいる。
 だが火狩は激痛を顔に出さず、ただ口の端を歪めて見せた。構えるは銃剣を着けたBUDDY1つ。そして付き従うは……
「君達は、わたしを嫌って ―― 憎んでいると思っていたのじゃが」
 第42中隊の生き残り達を代表して、元副官が火狩に笑い掛けてきた。
「第42中隊は飯塚奪還戦を以って最後の1人に到るまで戦って死んでいく覚悟を決めました。毒喰らわば皿までです。―― 色々ありましたが、火狩さんへのこれまでの感謝は忘れていません」
 傷付き、血と泥で汚れた顔で、皆が頷く。
「「「御指導ありがとうございましたっ!!!」」」
「 ……不甲斐無い上官で済まんかった」
 火狩もまた頭を下げる。
 そして志願者……元・第42中隊による最後の突撃が敢行された。砲撃の雨、アケファロスやバジリスクの群れを潜り抜けて、ついにセベクへと対峙する。眼に嘲りと憐れみの光を湛えて、セベクは咆えた。
 5.56mmNATOが集中するものの、セベクの鱗1つも傷付ける事は出来ない。銃剣で突撃する隊員達は、だがセベクが尾を一振りするだけで絶命していく。
 倒れていく部下達の姿を目にし、火狩は血の涙を流す。……これが、わたしに科せられた罰だと。
 蠢く憑魔核の表面が縦に割け、暗い眼孔が開く。眼球が生まれ、嘲笑を上げる。
『 ―― 汝、力を望むか? 我に全てを委ねよ』
 抗いたがい、誘惑の声。ヒトとしての意識を捨てれば、この罪も消え去る事が出来ようか?
 呑み込まれていく意識 ―― だが火狩の心に最期の光が差し込み、我に帰った。それは爆音に近い銃声。セベクの厚い鱗が貫かれ、叫び声を上げさせた。
 フルメタルジャケットの弾芯にタングステン鋼を使用した徹甲弾が、セベクの身体を貫いていく。潰れた片目で、セベクは確かに狙撃先 ―― 真名瀬を睨んでいた。火狩を無視して、瓦礫を掴むと大きく振りかぶろうとする。
 火狩がやむなく奥の手を出そうとした時、
「 ―― いちげーき、ひっさーつ!」
 真名瀬の狙撃によって、セベクの注意が引き付けられた事。火狩達の特攻による壁役超常体の露払い。砲撃による稼動音が掻き消えた事。そして片目を潰した事によって生じた死角。―― それらの条件が重なり、遂に深い傷がセベクにもたらされた。
「セベクよ、今度こそ貴様を倒す! 高位上級超常体を倒したのが、戦車じゃないのは残念だがな!!」
 鹿島が咆える。ブレードを上にあげて、十分に助走をつけて加速した状態で、75式ドーザ『ビッグブル』がセベクの胴体に突貫。不意を突いた一撃が巨体を揺るがす。そして駄目押しとばかりにドーザブレードを叩き付けると、セベクの口から緑色の血が盛大に吐き出された。
「やったー! 思い知ったか、この鰐野郎! こいつは、この戦いで亡くなった連中の弔いだ! そして、お前を倒す事で、希望となる!」
 鹿島は袖を捲り上げてガッツポーズ。ちょっと遠い目になって、
「 ……魔王/群神クラスを倒すのに、ビックブルが有効だなんて上層部に判断されたらどうしよう。必要なのは戦車なのに…」
 とブツクサ呟いて、嘆き出した。
「 ―― 鹿島君、油断するな! 未だだ!」
「 ……は?」
 緑色の血溜まりの中で、セベクが最後の死力を振り絞ってビッグブルを持ち上げようとした。怒りで眼が爛々と輝き、巨大な顎がビッグブルの装甲を噛み千切ろうとばかりに開かれる。
 鹿島にとって最後のピンチだが、火狩にとっては最大の好機だった。気力を振り絞って跳び上がると、口の中に手榴弾を腕ごと突っ込む。片目を瞑って、驚く鹿島に日の端を歪ませて笑った。
「 ―― 鹿島君、一寸法師を覚えておるかな?」
「 ……火狩一尉。まさか!?」
「外側から駄目ならば、内側から爆発させるのじゃよ! ―― すぐに逃げろ。最後の集中砲火がセベクに降り注ぐぞ!」
 火狩の叫びと同時に、小型無線機にコマンダーからの通信が入る。
『 ―― 展開しているWAiR及び鹿島三曹は速やかに撤退せよ!』
「 ……しかし、火狩一尉が!」
「わたしの事ならば、放っておけ。どのみち、これで最期じゃ。……生き残ってしまえば、間違い無く新たな魔王になってしまうじゃろう」
 火狩は満面の笑みを浮かべた。そしてセベクの咥内で、手榴弾の安全レバーを握る力を緩めた。
「 ―― さらばじゃ。希望を宜しく」
 爆発 ―― セベクは今度こそ動きを止めた。
 鹿島は唇を噛むと後退。転回すると、全速で離脱する。背後でサンダーストーンから撃ち出された無数の砲弾が爆発していった。更にサンダーボルトから放たれた203mm砲弾が全てを吹き飛ばす。
 鹿島は振り向くと、敬礼を送るのだった。

 損害報告に走り回る通信科隊員を横目に、真名瀬は武器科WACから紙パックのオレンジジュースを受取りながら、
「 ……いよいよ、次は直方のセトか。だけど鹿島三曹は残って飯塚復興作業か? 施設科だし」
「いや。この状態から復興作業を開始しろと言われてもなぁ……というか同じ施設科の中で私より上の人達は亡くなったり怪我したりで皆身動きとれないし。はっきり言って、何をやれとも何処へ行けとも特には命令が下っていない。希望すれば直方まで同行させてくれるだろうし、後方に退きたいと言えば、久留米や博多に回されるんではないかと」
 つまり、ある意味、鹿島の自由である。
「私は今でも戦車乗り志望だけど……さすがに玖珠の戦車大隊への配属希望は通らないだろうなぁ」
 だいぶ頑張ったはずだけどと愚痴をこぼす鹿島に、真名瀬はおどけて見せる。
「ビッグブルの突貫を期待されていたりして」
「 ……ありそうで、嫌だな、それ」
 うなだれる鹿島。真名瀬は紙パックにストローを差し込んだ。そんな2人にWAiR班長が複雑な表情で歩み寄って来る。
「 ―― 直方はどうっすか? 黄金の隼が、セトに立ち向かっていると聞いているけど」
「進展無しだそうだ。セトの足止めとして役に立ってくれているかどうかも。……が間違い無く、セトは来週辺りには完全に姿を顕すだろうというのが、あらゆる情報分析から一致した意見だ」
「ではWAiRも直方で決定すかね?」
 真名瀬の軽い言葉だが、WAiR班長は眉間に皺を寄せたままで、
「 ―― 連隊長に『一部を割いて、別府に向かわせろ』という命令が下ったそうだ」
「 ……立花のオッサンから?」
 真名瀬の疑問に答える代わりに、WAiR班長は人差し指を上に向けた。意味する事は1つ。
「 ―― 本来のオレ等の親玉。西部方面総監の加藤陸将からっすか!?」
 西部方面隊総監たる 加藤・忠興[かとう・ただおき]陸将は、仕事に忙殺されて熊本の健軍から今なお身動き取れない状態にある。その為に直属であるWAiRの指揮権を第4師団長に委譲していたのだが……。
「詳しくは砂漠化の通信状況悪化でよく判らないのだが ―― 別府の第41普通科連隊に不審なところがあるらしい。天草と同じく、叛乱の可能性が……」
「そういえば、第41普通科連隊からの増援は何処へ行ったんだ?」
 鹿島の言葉に、WAiR班長は小型無線に指示を出した。表情は青褪めている。
「 ……それで、オレはどちらに向かった方が良いっすかね?」
 真名瀬の言葉に、WAiR班長は顎に手をやり暫し熟考。重々しく口を開いた。
「 ……情けないが俺の一存では決められん。直方でも、別府でも、お前の力が必要となってくるだろう。お前からの希望は何かあるか?」
 逆に問われて、真名瀬は言葉に詰まる。とりあえず「すぐに返事をするっす」と答える事にした。
 足早に寄って来たWAiRの同僚が班長に報告する。真名瀬達にも聞くように目配せをしてきた。
「 ……第41普通科連隊からの増援部隊に、大上一佐から帰還命令があって、中隊長は当惑しているそうです。このままセト攻撃に向かいたいそうなのですが……」
 それと、もう1点気になったところを付け加える。
「零肆特務 ―― 第04特務小隊ですが、先ほど立花陸将から別命があったという事で急遽移動を開始しました ―― 南西に、です」
「 ……おいおい。セトという大物との戦いを前にして、何で分裂していっているんだ?」
 思わずの真名瀬の呟きに、激しく鹿島も同意したのだった。

*        *        *

 砂の中に身を沈めて、匍匐にて進む。双眼鏡を覗き込み、目標物を眺めた。
「 ―― 猫だ、猫の社だ」
 砂漠化の影響で神木である樫や楢も枯れ落ちているが、それでも未だに形を残している社殿に猫の群れが我が物顔で居付いているのが見て取れる。そして駐日埃軍『第111任務部隊(Task Force 111)』兵士が警護していた。
 風守は、いつもは気だるげな目を細めると、眉間に皺を寄せて宗像大社辺津宮の本殿を再び睨む。崩れ掛かってはいたものの、何故か厳かな物を感じ取れた。
「 ……あそこに女神が封印されている?」
 その時 ――!
『 ……助けて。お姉様達を、助けて』
 か細くも、女の泣き声を聞いたような気がした。だが危険を訴える第六感は働かない。
「確か、辺津宮に奉じられているのは多岐津比賣。いや、でも、まさか……? ―― ッ!」
 伝承を思い浮かべようとする風守だったが、背筋を悪寒が走るのを感じ、慌てて振り返った。大腿部のホルスターから9mm拳銃SIG SAUER P220を抜く。
 そこに居たのは……アラブ風の衣装を纏い、駱駝の背に横座りした……何だ? 顔をしかめる。
「 ―― 貴女でしたか」
 突如として襲い掛かって来た頭痛に悩まされながらも、風守は敬礼を送った。第2種礼装に身を包み、無骨なATV(All Terrain Vehicle)に騎乗したWACは微笑みとともに返礼してきた。
 ……先ほどの駱駝とアラビア美女の姿は幻覚に違いない。いや、どちらが?
 激しい痛みと背筋を這う悪寒に、風守が顔をしかめていると、WACは美しい眉根を寄せて心配そうな表情を浮かべていた。が、すぐに表情を穏やかなものに変えて、
「ふふふ、驚いたわ。和也は、ずっとセトの警戒監視をしていくとばかり思っていたけど。……ここまで来るなんて」
 感慨深く溜め息を吐くと、WACはATVから降りる。そして静かに歩み寄ると、繊手で風守の頬を撫でてきた。この間、風守は身動き1つ取れなかった。ただ激痛と悪寒、興奮と紅潮という相反する感情が心の内でざわめくばかり。
「 ―― 苦しそう。施した術が解け掛かっているのね」
 言葉とは裏腹に何故か愉しそうな笑みを漏らすWACだが、風守の頬を撫でていた手を離すと真面目な顔付きに戻る。
「 ―― 和也が調べて来た通り、ここには多岐津比賣が封じられているわ。そして大島の中津宮と、沖ノ島の奥津宮に姉2柱がそれぞれ」
「 ……女神らを助ければ ―― 封印を解けば、どうなりますか?」
 やっとの事で振り絞ったのは、疑問。WACは小首を傾げて微笑むと、
「 ―― 九州北部の、少なくとも福岡一帯の低位超常体は一掃されるわね。高位といえども、その力を抑え込まれるのは確実。セトでも動きが鈍るの。この砂漠化を引き起こしている、全ての熱量を吸収して力に転換する ――〈渇きの風〉が使えなくなるわ」
 でも、と続ける。
「宗像三姉妹を完全に解放するには、1柱だけではいけないの。順番は兎も角として、辺津宮、中津宮、奥津宮、全ての封印を解かなければいけないわ」
「辺津宮は兎も角、大島や沖ノ島へは……」
「空を飛ぶか、或いはTF111が隠し持っている船を奪うしかないわね。但し、当然、見過ごすなんてしないでしょうけど。……彼等にとって封印を解かれるのは困るから」
「 ……どういう事です?」
 WACはATVに身を委ねながら、
「 ―― 神州結界、隔離戦区構想よ。残念ながら、日本土着の超常体が解放されれば、その地の超常体が消え去るという単純な話ではないの」
 風守の眉尻が動いた。呻き声が漏れる。
 ―― 神州日本を世界に見立てる事で、世界各地に現われる超常体を神州に集中させてしまう『神州結界構想』は、言うなれば日本を犠牲にする事で、他の国の被害を軽減するという構想に他ならない。つまり、逆に言えば、もしも何かの切っ掛けで結界に綻びが生じた場合、超常体は再び世界各地に高い頻度で出現するという事だ。
「つまり駐日埃及軍が、宗像三女神の封印を堅持しているという事は……」
「祖国の地に超常体が現われるのを抑止しているという事ね。―― 当然、彼等は三姉妹解放を邪魔するわ。……バステトや“ 黒の王 ”が封印を堅持しているのはまた別の理由があるからだけど」
 最後の方は小声であった。さておき風守は腕を組んで熟考する。1つ疑問を質した。
「 ……どうして俺にそんな話を? 貴女も恐らく解放を邪魔しなければならない立場のはずだ」
 頭に掛かっている靄が晴れた訳では無い。頭痛は止まない。悪寒は這い回り、脂汗が流れている。だが風守は真っ直ぐにWACの瞳を見詰めた。
「 ―― そうね。私も大侯爵閣下も……そして猊下も三姉妹解放は困った事になるわね」
 でもね、とWACは微笑みを浮かべた。
「私は、和也の事が気に入っているの。それは本当。だからサービスよ、この事はね」
 嘘かどうかは自分で判断しろという事か? 風守は冷静に受け止めようとした。
 WACはATVに跨ると、最後に付け加える。
「 ……そうそう。博多は現在大変な事になっているわ。気を付けなさい? “這い寄る混沌”は何時でも何処でも顕れて、全てを嘲笑っているのだから」

*        *        *

 福岡全域・佐賀東部にて猛威を奮っている砂漠化も、九重の山々に阻まれて未だ影響は無いようだ。だが大分が別の侵蝕を受けつつある事を知る者は数少ない。
 大分川沿いに国道210号線を遡り、ようやく湯平辺りまで辿り着く。成瀬は道端の岩に腰掛けると、息を吐いた。
「さ、流石に、上り坂は辛い……残弾も乏しいし」
 第41普通科連隊の追撃から逃げ、可能な限り超常体との戦闘を避けながらの強行である。残る行程は未だに長くて、遠い。
「 ―― とはいえ、道なりに進むのも限界がある。210号線を外れ、山下池への山道に入り込むか」
 携帯情報端末に映し出されていた地図を脳裏に浮かべながら、独りごちる。山道に迷い、超常体に出くわす懼れは多いにあったが、第41普通科連隊の追撃をまくには適当だ。このまま国道210号線沿いに進んでも、湯布院駐屯地辺りで捕まる可能性が……。
 熟考していた隙に、ヘッドライトに照らし出された。思わず身を屈めて、林の中に紛れ込もうとするところを、警告が発せられる。
「 ―― 部隊にはぐれた者か! それとも脱柵者か! 姓名及び所属と階級を述べよ!」
 眩しい明かりを手で遮りながら、成瀬は顔を向ける。軽装甲機動車ライトアーマー。目端に捉えたのは『湯布院・警務』の白文字。
 油断なくBUDDYを構えた陸士を両脇に、組長と思しき壮年の男が目を細めてきた。
「 ―― ん? 太い眉、二重の大きな目。がっしりと大きな鼻(ワシ鼻気味)、大きなへの字口……馬面に濃いパーツが間延びして並んでいる……」
 腰のホルスターに手をやりながら警務組長は、
「 ……幹部候補生学校教官の、成瀬士長だな? 別府より手配が回っている。少女誘拐殺人の容疑だ」
 武装解除を促してきた。成瀬は仕方無くBUDDYを下ろし、両手を上げた。
「 ―― 貴官には、査問会で抗弁する権利、黙秘をする権利が一応与えられる。おとなしく縛に付け」
「 ……弁護人を呼ぶ権利は?」
 思わず成瀬が突っ込んだら、警務組長は顔をしかめた。機嫌を損ねたかと成瀬は思ったが、どうもそうではない。
「 ―― 憑魔活性化だ! 付近に超常体が存在する! 警戒に当たれ! ……成瀬もライトアーマーに早く乗れ。すぐに離脱し、取調べは湯布院で、だ」
 促す警務組長だが、成瀬は好機を狙っていた。
「 ―― 組長。味方です」
 成瀬の来た別府方面から、73式小型トラックが停車。BUDDYを構えながら慎重に歩んでくる。成瀬は視て第4117班甲組と確認。正式には第4師団第41普通科連隊・第411中隊第3小隊・第04117班 ―― 第411中隊は別府に居残っていた中隊だ。つまり紛れも無い追っ手。
 成瀬は被弾を覚悟して、林の中に飛び込む。慌てたのは由布院の警務と、そして第4117班甲組。だが対応は違った。警務が制止の警告を発するのに対して、第4117班甲組は問答無用で発砲。射撃音が轟き、5.56mmNATOが樹木を傷付ける。成瀬が呻く。跳弾した数発が、脇腹に喰らい込んできた。
 怒鳴る警務組長へと、第4117班甲組は躊躇せずに発砲。身を低くして避けた組長だが、混戦模様と化していた。成瀬は好機を活かして逃げようにも、被弾した傷が痛む。
 成瀬という賞品を掴もうと睨み合う警務と追撃者。そこに跳び込んで来たのは、高機動車『疾風』。山下池へと到る山道から踊り出てきた。車上で84mm無反動砲カールグスタフを向けてくる覆面WACに、流石に一同は凍りつく。ハンドルを握っている覆面男が成瀬に乗るよう指示をした。
 とりあえず慌てて乗り込む成瀬。覆面男は疾風を後退させると、木々にぶつけながら反転。警務達が我に帰る前にM16A1閃光音響手榴弾を放り投げ ―― 逃走。

 構えていたカールグスタフを下ろし、覆面を脱いたWAC ―― 鈴鹿は冷静に言い放つ。
「流石にハチヨンで脅すのは問題があると思いましたが。それに事前の計画では車体を擬装してから、慎重に潜入する手筈でしたし」
「 ……躊躇いも無くハチヨンを構えておいて、そう言うか? それに慎重もどうもないだろう? 付近に超常体らしき姿が無かったのは、君が偵察した上での意見だ。だが俺の活性化は止まなかった。―― 残る可能性は、完全侵蝕された魔人……人の姿をした異生(ばけもの)の存在だ。となれば強行略奪しか無い」
 操縦席の覆面男 ―― 山本がぼやいた。ようやく我に帰った成瀬が口を開く。
「おおっ! 助けてくれてありがとう! だが、君達は一体……?」
 山本は気まずそうにすると、言葉を選ぶ。
「 ―― ミスターXの遣いだ」
「 ……可哀想に」
 何故か納得してしまったと同時に、成瀬は思わず呟く。鈴鹿が軽く溜め息を吐くと、
「山本三曹。私達、憐れられてしまいました」
「 ―― 言うなっ」
「では違う発言を。後方から追っ手が近付いてきています。ハチヨンで吹き飛ばしますか?」
 冷静な顔付きながら、実は撃ちたがりなんじゃなかろうかと、いぶかしむ成瀬。山本は即答。
「 ―― 虎の子は未だだ。それよりも後藤に合図を!」
 疾風が通過し、暫くして山道が爆発した。指向性対人地雷が73式小型トラックを横転させる。木々が引き倒されて道を塞いだ。停止した疾風に、草叢に隠れていた男女2人1組が乗り込んでくる。山本は急発進して、追撃を引き離すのだった。

 消毒した銃剣で傷口を抉られる。局部麻酔されていたが、思わず成瀬は歯を食いしばった。鉛弾を摘出した傷口に軟膏が塗布され、止血剤を当てられる。茜は丁寧に包帯を巻いてくれた。
「これで〜大丈夫ですぅ」
 感謝の意を伝えてから、成瀬は山本へと向き直る。山本は罠で捕らえたヤマウナギを捌いて、火に炙っていた。ヤマウナギ ―― ぶっちゃけ蛇である。
「蛇の生き血は滋養強壮に良いと聞くが、傷の回復にもいいのかな?」
「ふむ。蛇の血に肉体組織の回復に与える科学的根拠は無かったはずだが、とにかく元気が付くのなら頂こう」
 滴る血を分け合って、舐めた。
 鈴鹿や後藤が周辺を警戒する中、野営が張られていた。傷の治療もあるが、状況確認の必要がある。その為の大休止だ。なお痕跡を残さぬよう、入念に擬装が施されている。
「で、一体全体、何事が?」
「ふむ。助けられておいてなんだが、僕は君達を完全に信用した訳では無い。それに、事は僕だけで無く、他の者にも及ぶ……口を滑らせた結果、冤罪で捕縛されたり、暗殺されたり、でもしたらアウトだ」
 山本の質問に、そう成瀬は前置きしながら、
「 ―― 結論を言うと、大上一佐の正体は、アメン。七十二柱の魔界王侯貴族1柱にして、七つの大罪『貪欲』を司りし大魔王。炎の大侯爵。……そして九州北部を占める超常体、オカルト的分類によるとラー神群。それらの“ 主神 ”でもある」
 大分の地図を広げて、
「 ―― 別府温泉に出現した黄色と黒の泥塊の正体はアポピス。原初の渾沌に孵す蛇。大上一佐は警戒監視と称していたが……その実は全くの逆で、アポピスが完全顕現するまで警護していたのだ」
「アポピスとは?」
「この世界を完全に無かった事にしてしまう怪物らしい。狭義の超常体ですらないと聞く。倒すには“ 這い寄る混沌 ”ですら討ち滅ぼせるという“ 神殺しの武器 ”を見付け出すか、或いはセトとホルスの連携攻撃だ」
「 “ 神殺しの武器 ”なんて何処に? それに……」
「神話ではセトとホルスは不倶戴天の仇敵同士だ。仲良く連携攻撃なんて可能性は低い」
「 ……打つ手無しか」
「いや、大上 ―― アメンは、この厄介な存在を、どうやってか、この地に呼び込んだ。そこにアポピスを追放する鍵が在ると見ている。アメン自身が、それを可能にする“ 物 ”を所持していると言っていた」
「……という事は大魔王を倒す事が、一番の近道か」
 顎に手を遣って考える山本。成瀬も頷く。
「うむ。アポピスの事があろうと無かろうと、大魔王を放っておく事は出来んからな」
 さて、と寝転ぶ。
「久し振りに安眠出来そうな気がする。君達を信用するしかない訳だが」
「これから、どうするつもりだ?」
「 ―― ある人物にアポピスとアメンの事を伝えなくてはならん。それが、身を引き換えにして僕の命を救った彼女の願いだ。電波状態が悪い事もあり、通信が未だ届いていない可能性があるからな」
 しかし、と続ける。
「 ―― 君達に伝達役を任せるという手もある。或いは君達と共に別府に引き返し、隠密裏にアポピスの調査を続けるというのも悪く無い。……久留米が心配なのは確かだが、それだけに拘る必要も無い訳だ」
「久留米に向かうならば玖珠が問題だ」
「戦車大隊を駆り出されて、通せんぼされたら、突破は無理だからな」
「そこで国道387号線を南下して県境に向かう」
「阿蘇特別戦区に逃げ込むと? 不可侵だぞ、あそこは。……県境沿いの山道を使うのか。確かに追撃をかわす事が出来る。ただし迷ったら終わりだ」
「そこは俺達と君がいれば何とかなるだろう」
 武器や爆発物に習熟した後藤。隠密偵察の鈴鹿。医療の茜。そして山本の操縦とサバイバル。そこに成瀬の超常体知識とオペレーター特性が加われば、阿蘇九重連山といえども突破は可能だ。
 悪くは無いと、成瀬は呟いた。
「ただ、何にしろ時間は無さそうだから、どう動くか慎重且つ速決に決めねばならんが」
「 ……時間が無い?」
「僕の見立てによる計算では、アポピスが動き出すのは6月中旬だろう。それまでに何とかしなければ世界が沈み始めるかも知れない ―― 少なくとも大分は完全に消滅するだろうな」

*        *        *

 砂漠化により最早日中に出歩く事は難しく、夕暮れ或いは早朝の数時間のみが活動に当てられた。当然ながら、坐学や訓練どころではなく、幹部候補生といえども配られたBUDDYを分解して、機関部に入り込む砂塵を撤去する作業を繰り返す。いざという時に故障や不良により作動しなくなれば意味が無いからだ。
 アヌビスの傍らで、欠伸混じりに作業をしていた丸美は、朝の静寂を掻き消すエンジン音に顔を上げた。警衛の隊員達が慌ててBUDDYやブローニングM2重機関銃キャリバー50を構える。
 北方から砂塵を巻き上げて、4輌による車列が確認出来た。
「 ―― 救難信号を確認。識別コードは……」
 丸美が目を凝らす間にも、妃美子をはじめとする幹部候補生達が集まってきていた。
 鉄パイプ製の簡素な車体で装甲性能は落ちるが、軽量で悪路にも強く、荒野や砂漠で機動力を発揮するバギータイプDPV(Desert Patrol Vehicle)に、RATT(Rescue All Terrain Transport)。そして疾風が2輌続く。DPVでハンドルを握っていた男 ―― ウェインが出迎えに対して、声を上げた。
「 ……突っ立ってないで、怪我人を運べ! 担架を持って来い、小僧ども!」
 ウェインの怒声に、先ず妃美子が我に帰った。部屋の確保をすべく取巻きを連れて、慌てて学舎や営舎に戻っていく。丸美も慌てて追いかけようとしたが、アヌビスが一声吠えたので踏み止まった。―― 残って、妃美子の代わりに状況を見届けろという事か? 戸渡が顎でしゃくり招くので、そちらに付く事にする。その間にも、男連中は疾風から負傷人を降ろしたり、担架で運んだりと大忙しだ。
 ウェインが姿を現わした幹部候補学校長に対して、敬礼を送る。
「第4師団第19普通科連隊内衛生小隊班長の大蔵三曹です。要救助者を保護しましたので、適宜処置を願います」
「 ―― 了解した。善処を尽くす。しかし事前連絡は欲しかったが……無理か、今の状況では」
 ウェインは肩をすくめると、
「 ―― うちの無線役が泣いてますわ。これでも必死に電波を飛ばしていたんですがね。御蔭で一度博多に寄ったら、ここまでの伝達業務も任されました」
「 ……よく、まぁ無事で」
 怪我人の搬送を見守りながら、戸渡が感心する。ウェインは唇の端を歪ませると、車輌に搭載された火器を示した。戸渡が溜め息を漏らした。
「MINIMIや96式40mm自動擲弾銃か……並の普通科班より重武装だな。低位超常体ならものともせんか」
「時折、上空をハリアーが飛び交ってくれたしな」
「ハリアー?」
 耳聡く聞きつけた単語に、丸美が首を傾げる。
「詳しく知らんが……脱柵者を追跡中だそうだ。ついでに久留米や佐賀方面の鳥型超常体を引き付けてもらっている。実際、砂漠化で孤立状態のところを助けられた班もあるらしいぜ?」
 ……それはさておき。
「水、食糧、弾薬、その他補給品を積んで、戦場を走り回っていた訳だが、載せる量も限りがあるしな。それに軽傷者ならばその場で簡単な手当てで済ませられるが、重傷者や衰弱者はそうはいかねぇ。拾い集めてきたのが連中だ。安静にしといてやらんとな」
 自らの肩を叩きながら、説明するウェイン。
「あとは電波状況が悪いんで、伝達役を仰せつかってきたんだが……立花陸将から預かって来ました。こちらになります」
 校長に封筒を手渡すと、ようやく肩の荷を下ろせたとばかりにウェインは筋肉をほぐした。
 校長はいぶかしげに書面に目を通していたが、すぐに顔を青褪める。丸美が恐る恐る聞いた。
「 ―― わたくし達、幹部候補生も前線に向かえという通達でしょうか?」
「 ……いや」
 校長は戸渡に書面を渡すと、他の教官も呼び集める。戸渡もまた書面内容を一読して、顔を青褪めた。そのまま教官同士集まって、周囲の目をはばかるようにして学舎に戻っていく。
「 ……おいおい。何が?」
 封筒を運んできたウェインは、教官達の劇的な変貌に顔をしかめた。丸美も呆然と呟く。戸渡が読んでいた間に、覗き込んでいたのだ。
「 ……零肆特務が来るのですって」
「あの懲罰小隊が? ここに? 何しに?」
「立花陸将の直命で。幹部候補生学校に巣食っているという噂の超常体信奉者を狩り出す為に。『 ……教官等は全面的に協力せよ。抵抗する素振りを少しでも見せた者や非協力的な態度な者は、超常体信奉者の疑いが濃いものとして――』」
 息を飲む。
「『――問答無用に射殺しろ』と」

 

■選択肢
Eg−01)直方市方面でセト攻撃
Eg−02)宗像三女神解放を計画
Eg−03)幹部候補生学校で抵抗
Eg−04)別府駐屯地の大上打倒
Eg−05)博多の福岡駐屯地謀略
Eg−FA)北九州の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 直方市一帯並びに別府駐屯地では、強制的に憑魔の侵蝕率が上昇する事もあり、死亡率も高いので注意されたし。
 また幹部候補生学校では、零肆特務による見敵必殺が行われる可能性もある。不審な行動は慎むべし。

※註) 此方の世界では2003年に制式採用されており、つまり実在する(ノンフィクションな)化物銃である。


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