第六章:ノベルス


個人運営PBM『隔離戦区・砂海神殿』 第5回 〜 沖縄:南極


SpH5『 I hug myself strongly at present. 』

 頬を膨らませて不満気を表す、部下の 松田・信之介[まつだ・しんのすけ]二等陸士を可愛らしいと思って見ていたら、視線に気付かれた。矛先を向けられる前に、素知らぬ振りして書面で警備状況の確認をしていた幼馴染に声を掛ける。
「……本当に平和だわぁん。勝っちゃんも、そう思うわよねぇ?」
「そう思うならば、武も手伝って欲しい。現場にいる今はともかく、報告書や必要物資の申請を書くのはどうも苦手だ」
「あらぁ。うちの班長から得意分野を取っちゃ、駄目よ」
 神州結界維持部隊(日本国自衛隊)第1混成団第1433班乙組長、山之内・アリカ(やまのうち・―)陸士長がわざとらしく笑うと、本田・勝正[ほんだ・かつまさ]一等陸士は眉間に皺を寄せる。
「 ―― 銘苅三尉が草葉の陰で泣くぞ」
「……それを言われると辛いわね」
 アリカは新たに受給して貰った、M1911A1コルト・ガバメントを見詰める。先日のキャンプ・コートニー突入で戦死した、前・第1403中隊第1小隊長、銘苅・昌喜[めかり・まさき]三等陸尉(※註1)が愛用していたのと同じモデルの物だ。銘苅が使用していた銃は彼とともに逝ってしまったが、それでもアリカは銘苅の遺品と思う事にした。過酷な時代とはいえ少しばかりの感傷は許されるだろう。再びホルスターに収めると、
「……そうね。あの人も書類仕事に泣かされてばかりだったけど、それでも頑張っていたものねぇ」
 大きく伸びをすると、FN5.56mm機関銃MINIMIを担ぐ。那覇航空基地(那覇国際空港)と瀬長島に繋ぐ第3ゲートから、海を見遣る。
 先日からの戦いで、沖縄本島の諸施設 ―― 駐日米軍キャンプは奪還され、各地で復興作業が開始された。しかし叛乱を主導していたジョセフ・ウィリアムス(元)海兵隊大尉を倒し、ディープワンズを掃討したとはいえ、打ち漏らした超常体がゼロとは言い切れない。ましてや沖縄の島々は、地下に前世紀の大戦で迷路状と化した塹壕や防空壕が掘られている。ディープワンズが優勢だった時は生き延びた海兵隊や歩兵が逃げ込み、反撃まで雌伏していた地下壕を、逆に悪用して隠れ潜んでいないと限らないのだ。ジョセフが倒れた現在、超常体が組織だった行動をするとは思えないが、アリカ達は念の為に唯一の玄関口である那覇航空基地を警備している。
「 ―― まぁ実際は、真琴ちゃん達が与那国島で“月に吼えるモノ”やマカティエルを倒すまでの留守番なのよね。はぁ……平和だわぁ」
 そう欠伸混じりに呟くアリカに、先程まで黙っていた信之介が爆発。堪忍袋の緒が切れたようだ。
「 ―― 組長!」
「駄目よぉん。アリカさんって呼びなさい」
 すかさず駄目押しすると、信之介は言葉を詰まらせるが、激しく頭を横に振ってから、
「先程から黙って聞いていれば、平和だ、平和だと。それ程にまで退屈ならば、与那国島に参りましょう! 聞けば、死傷者が出た程の激戦とか」
 アリカは眉間に皺を寄せる。市ヶ谷から来たお騒がせ娘 ―― 八木原・祭亜[やぎはら・さいあ]二等陸士もまた明日をも知れぬ重体に陥って、生死をさ迷っているという。
「……それがし等は微力なれど、必ずやお役に立てる事でしょう!」
 いきり立つ信之介に、だがアリカは低い声で、
「 ―― それでお前は死んでから役に立つつもりか?」
 アリカの静かな怒りに、信之介が顔を蒼白にした。本田に視線で助けを求めたようだが、幼馴染はアリカの言葉に口一つ挟む事無い。頼みの綱が助けてくれぬと悟って、信之介は激しく動揺。それでも反論しようと口を開き掛けたが、
「……し、しかし、それがしは」
「 ―― でもも、しかしも、無いんだよ。それに、俺は『平和が退屈だ』なんて思っちゃいねぇよ。むしろ平和な時間 ―― それこそが大変なんだぜ。偉ぶった学者先生がこんな事を言ったらしい……『平和とは、次の戦争までの準備期間である』と。同意する訳じゃないが、後方が平和だからこそ、前線が働けるのは事実だ。俺達の役割は、その後方の平和を維持する事にある。大変だぜ? 後方が下手すれば、前線への物資運搬もままならず、戦っている奴は弾1つも、米一粒も手に入らなくて死んじまうんだからな!」
 叱責を受けて、信之介が完全萎縮。アリカは一息吐くと、声の調子を戻して、
「……だからあたし達のやっている事を卑下しちゃ駄目なのよぉ。シンちゃんは与那国で戦っている人たちと比べて申し訳無いんだと思っているんでしょうけど……あたし達が責任を果たさないと、真琴ちゃん達もまた頑張れないんだから、ね」
「……く、組長 ―― いや、アリカさん。そ、それがしが間違っており申したっ!」
 溢れる涙を拭い、真っ赤にした眼で信之介は89式5.56mm小銃BUDDYを意気揚々と構えると、周辺の警戒に精力を注ぐ。
「……シンちゃんって真面目よねぇ。本当に、可愛いわぁ」
「とはいえ、逆に根を詰め過ぎられても困る。まだあいつは、程好い手の抜き方を知らないようだから」
 本田の指摘に、アリカは掌を軽く振って応えて見せた。まぁ可愛い部下がヤル気を出し過ぎた余りに、潰れてしまっては困る。また着せ替えて遊んであげようと、ほくそ笑んだ。
「……さておき。班長から預かってきた物がある。直接、手渡して欲しいと」
 本田の小声に、眉を微かに動かすとアリカは封筒を受け取った。中身はアルファベットの羅列。
「……何だ、それは?」
「コートニー奪還に協力したお返し代わりに、信頼出来そうな海兵隊員に、ちょっとお願いしていたのよ。ルグラースに呼応して、内部で不穏な動きが無いかどうか。……あら、困ったわね。やっぱり動いた連中がいるみたい。―― 現時点で一個分隊」
「キャンプ内で動いていると?」
「いえ、与那国へ向かったみたい。しかも米軍上層部が黙認しているわね」
「……だが、ここから与那国へ向かったのはチヌークぐらいのはずだ。それに海兵隊一個分隊が便乗したとは聞いていない」
「どうも普天間の一部が復活しちゃったようね。早速、オスプレイに乗って出て行ったわん。……真琴ちゃん達に連絡をしておかないと」
 解ったと本田は管制塔へと向かおうとした。が、急に立ち止まると、
「……もう1つ。これは班長からなんだが……維持部隊の方でも妙な動きがあると」
「まさか……マカティエル側に付きそうな輩がいるとでも?」
「そうじゃなくて……どうも先日の米軍キャンプ奪還戦だが、俺達が考えていたよりも維持部隊が動いた実績が無いらしい。発表では大々的に米軍を援護したと喧伝しているが……。弾薬や医薬品の在庫が思ったよりも多く残っているのを気になった班長が調べたところ、記録の改竄らしきものが見付かったとか」
「 ―― 嫌な話ね。班長に深追いはしないでって釘を刺しておいてねん。……あたし、これ以上、大好きな人が居なくなるのは嫌よ」
 アリカはもう一度コルト・ガバメントを抜いて、見詰めた。我知らずに呟く。
「……何を企んでやがるんだ、仲宗根のオバアは?」

*        *        *

 文字通り、気力のみで繋ぎ止められている命。衛生科の 笹本・珠美[ささもと・たまみ]二等陸士とともに刻一刻と弱まっていく祭亜の容態を看ていた、メイ・メイスフィールド(―・―)陸軍二等兵は両膝を付けた格好で、両手で指を組んで握り、信じるものへと祈りを捧げた。
『 ―― イエズス様(※註2)、あたしの大好きな友人を御許へ連れて行かれないで下さい。……というか』
 メイは姿勢を崩すと、祭亜を睨み付ける。
『あんたはどう考えて地獄行きでしょう! 第一、あたしに、こんなに心配掛けさせるなんて……!! 後でボッコボコにしてやるんだからねっ! ……だから……絶対に死ぬんじゃないわよ。死んだら許さないんだからねっ!』
 叩き付けるような言葉に、祭亜が微かに身動ぎした。何かを返そうとしているが、いけない、映画とか小説だと、この流れは遺言を残すパターンだ。慌ててメイは頭を横に振った。
「 ―― It is not well. Really, you are no good if you have died!(駄目よ。本当に死んだら駄目!)
 泣き叫びそうになるメイ。その時、後ろから優しく手を肩に置かれた。振り返ると、慈愛に満ちた壮年の黒人兵士。
「Are …… you a corpsman? (……あんた、衛生兵?)
「 ―― Yes, I am a medic!」
 衛生兵は、珠美に医療道具の用意をさせてから、アルコール消毒した掌を祭亜の傷口に当てると、
 ―― 憑魔覚醒。侵蝕開始。半身異化状態に移行。
 異形化した手を、患部に突っ込んだ。致命傷を受けている臓器の位置を手探り出すと、体組織に同化させていく。異形系魔人の体細胞で以って破れた箇所を塞ぎ、失われた部位を復元する。驚きで眼を見張るメイに対して、衛生兵はウインクしてから左手の親指を立てた。
「…… really?」
「 ―― The cell system adhered. The operation is success. (細胞組織を復元した。手術は成功だ)
 異形化した右腕は更に皮膜となって傷口を覆う。そして衛生兵は、祭亜の身体に同化した己の右腕を切断してみせた。分離させられた右腕は祭亜の身体に融け込んでいく。対して衛生兵の右肩口から、新たな腕が復元を開始した。
「 ―― Thanking you. Very thanking you!」
 メイは険しい表情が消えた祭亜に抱き付きながら、衛生兵に感謝の意を伝える。
『……うう。メイちゃんに抱き付かれているのは嬉しいんですけど……男なんかの手に身体をまさぐられてしまいました……死んでしまいたい』
 目蓋を開けた祭亜の第一声。心底嫌そうで、地獄の底から這い上がってくるような憎悪に満ちたものだった。だが、すかさずメイが拳を握ると、殴り付けて黙らせる。
『あたしに、こんなに心配掛けさせておいて、また死んでしまいたいですって!! そんなに死にたいなら、あたしが今すぐボッコボコにしてやるんだからっ!』
『うう。御免なさい……でも男はどうも苦手で ―― だから口直し★』
 拳を振り下ろそうとするメイより早く、祭亜は上半身を起き上がらせると唇を奪ってきた。離そうとしても祭亜の腕がメイの背中に回って、強く抱きしめている。何よりもメイの唇を軽くなぞってくる祭亜の舌の感触と、甘い息遣いが反抗する意志を挫いた。祭亜が背中に回されていた指をメイの首筋に這わすと、微かな悦びを感じて吐息を漏らす。その隙を逃さずに、祭亜の舌が、唇を割って咥内に侵入してきた。しなやかな舌が、メイのものと絡み付いてくる。巧みな舌使いと、首筋を這う指使いが夢心地にさせる。ようやく祭亜が唇を離した頃には、メイの頬は上気して紅潮し胸打つ動悸は狂わんばかり。
『……って他人前でこんなことしないでよっ、もう』
 声もどこと無く力が弱かった。
 顔を真っ赤にして下腹部を押さえながらの前屈み状態で、固唾を飲んで遣り取り見ていた珠美。対してメイと祭亜の濃厚な口付けを交わしている間に、背嚢から取り出した栄養剤や抗生物質を並べていた衛生兵は、素知らぬ振りをしながら、
『……私はゲイ文化に理解があるつもりだから、とがめはしない。だが衛生兵として1つだけ注意しておく。激しい運動は控えるように』
『えー!?』
 祭亜が唇を尖らして不満を述べる中、珠美を追い出しながら衛生兵も部屋から出て行く。
『いや、えーじゃなくて……って、祭亜。もう遠慮とか慎みとかなくなったんじゃ……んーっ』
『んっ。うふふ。じゃあ、接吻と指だけでイカせて上げますね ―― 大好き、メイちゃん。愛しています。今度はメイちゃんから舌を出して……』
 怒りか、恥ずかしさからか、それとも本当に嬉しさからなのか。顔が焼けるように火照っている。メイは求められるままに、祭亜と再び濃厚な口付けを交わすのだった。
『あたしもね……嫌いじゃないんだからっ!』

 旧アヤミハビル館の一室で、第1混成団第1432班乙組長、小島・真琴(こじま・まこと)陸士長は部下の笹本姉妹ともに作戦準備をしていた。
「……パターンから言って、パワーはニワトリの護衛だと思うけど……問題はプリンシパリティ、アルカンジェルとエンジェルだよね。あのニワトリさんの兵力で一番こっちに来そうな感じするよねー」
 次女である96式装輪装甲車クーガー操縦担当の 笹本・清美[ささもと・きよみ]二等陸士が指摘すると、長女にして銃手担当の 笹本・亜由美[ささもと・あゆみ]二等陸士が大きく頷いた。
 ジョージ・ルグラース[―・―](元)海兵隊大尉は、同じく完全侵蝕された魔人(※パワーと、プリンシパリティに変形)とともに先の戦いで受けた傷を癒すべく、久部良に身を潜めている。幾ら高い再生力を有する異形系でも、積極的攻勢に出られる程には回復していないだろう。パワーは護衛としても、プリンシパリティが対“月に吼えるモノハウリング・トゥ・ザ・ムーン[――])”戦に回らず、先の『落日』による奇襲の怨恨を晴らすべく、旧アヤミハビル館に来るかも知れない。
「天使だけでなくスター・ヴァンパイアとかムーンビーストとかにも注意しないとー」
 亜由美の言葉に、真琴は髪をポニーテールに結びながら、
「そうだねぇ……。雑魚は兎も角としてプリンシパリティやアルカンジェルクラスだと私も全力でやらないとキツイからねぇ」
 激しい運動にも解けないようにゴム紐でしっかり括る。特注戦鎚『鬼殺丸』を振り回しているうちに、よく解けてしまっているが、きつく縛ると、髪や毛根を傷めてしまう。かといって短くするのも……。髪は女の命とよく言うが、戦場ではなかなか難しい問題だ。溜め息1つ吐いてから、
「 ―― いい? 大物相手の場合は雑魚の動きを忘れがちだから注意しないとね。いざとなったら、事前に隠蔽していたクーガーに逃げ込みなさいね。あれなら、雑魚ぐらいは何とかなると思うから」
「「はーい」」
 2人揃っての返事と、何とか収まった髪型に気をよくした真琴だったが、大きな音を立てて扉を開けて飛び込んできた珠美に、嫌な怖気を感じて反射的に引いた。珠美の顔が上気しているのは、走ってきただけが原因ではなかろう。何故か恥ずかしげに両手を下腹部にやって、前屈みになっている珠美の姿を見て、知らずに真琴は呻き声を漏らす。
「……たっ、珠美ちゃんっ。さっ、祭亜さんの看護は、どっ、どうしたの?」
「 ―― 祭亜さんの方はもう大丈夫です。米海兵隊から腕利きの医療兵がいらっしゃって、手術に成功しました」
「……じゃ、じゃあ、私からも回復のお祝いと、先の戦いのお礼を言わなくちゃね」
 そそくさと逃げるように退室しかける真琴の腕裾を、珠美が素早く掴む。
「いや、その。……今、メイさんとでお取込み中でして……あぁん、真琴おねぇ様っ! あたし、もう我慢出来ない」
「ちょっ、ちょっと珠美。どうしちゃったの?」
 末妹の強行に驚いた亜由美と清美だったが、珠美から濃厚な接吻場面を聞き出して、こちらも物欲しそうな目付きで真琴を見遣ってくる。獲物から眼を逸らさずに亜由美は、
「……清美ちゃん、例のもの届いてる?」
「もちろん!! 見てよこのクオリティ」
 ちょっと待ってよ、どこから出したの? 心中で真琴が突っ込みを入れるより早く、清美は箱の中から取り出した。―― 逸早(※註3)が三着。珠美が歓声を上げた。
「わぁ、すごくすてきー」
 …………………………………………。
 ……………………。
 …………。
「ちょちょっと、それは……」
「おねぇ様とお揃いの巫女服ですよぉー。」
「むふふ、どうですか? 似合いますかー?」
「さっ、おねぇさまも、一緒に着替えましょう!!」
「ちょっ、ちょっと待ちなさい、警務に捕まってもいいの!!」
 喚く真琴には残念だが、与那国は絶海の孤島である。しかも荒い息を弾ませながら、笹本三姉妹は理論武装していた。
「えー、これは撮影の為のメイクアップですからー。でも、その前に……」
「ああああ……かっ神様ぁぁぁ!!」

 珍しく姿を現していた、少名毘古那[すくなびこな]が不思議そうな顔をする。手にしているのは泡盛「どなん」。アルコール度数60もある花酒を島のどこからか発掘してきたらしく、酒造の神に相応しいものだ。
「……たーがらにゆばりた気がしたが?(誰かに呼ばれた気がしたが?)
 第1混成団第14特務小隊長、殻島・暁(からしま・あかつき)准陸尉はシロップ付けの洋ナシを一口食べて、スナックブレッドと飲み下すと、
「気の所為だろう ―― と言いたいが、ここは痴女が多数居るからなぁ。どこかの乙女がまた犠牲になったんだろう。……決戦前だから本能に従ってお盛んなのは解かるが。生殖本能に従えば、男女間で生じるのが普通じゃねぇか?」
「いや、あぬ三いなぐちょーでーは、いきがやてぃんあいぐとぅな(いや、あの三姉妹は男でもあるからな)
「へぇ。そりゃ初耳だ」
「あんさーに、かなさんいなぐ人へぬくい愛成就ちぐゎん、ちかさりたん。むっとぅん縁結びは我がいちばんどぅしたる大穴牟遅 ―― 大國主ぬ得意分野であてぃ、我にたるがきらりてぃもじゃーふぇー、と断ったしが(そして愛しい女人への恋愛成就祈願を聞かされた。もっとも縁結びは我が親友たる大穴牟遅 ―― 大國主の得意分野であって、我に頼まれても困る、と断ったのだが)
「ああ。それで、いつも通りに自力で実行に移っている訳だ。既成事実を作って孕ませてしまえば、残る問題は……誰が父親になるんだ、あの三姉妹? 何か3人とも名乗りを上げそうな気が。仲の良い姉妹が、1人の女性を巡って取り合いだ。恋の鞘当てならぬ、肉欲の竿当てが……」
「 ―― さっきから黙って聞いていれば、食事中だというのにセクハラ発言ばかり。……殺すわよ」
 グレープジェリーを食べ終わると、ナンシー・ワイアット(―・―)海兵隊一等兵は置いたスプーンの代わりにMarine Expeditionary Unitピストルを握り、淡々とした口調で殻島に突き付けた。
『 ―― ワイアット一等兵。殻島准尉が何を話していたか私には解りませんが……銃口を突き付けるのも感心しませんね』
 見かねた、ジョン・スミス(―・―)海兵隊伍長が咎めて、ようやくナンシーはMEUピストルを仕舞う。セクハラは「The sexual harassment」を縮めた日本語特有の単語である。日本語が堪能とはいえないスミスが理解出来なかったのも仕方が無かった。この点、必然的に英米語を話せないといけなくなった日本人と、自国語が世界共通と信じて疑わない米国人との意識の隔たりから来るものかも知れない。
『……それは、さておき。スミス伍長には、八木原の治療に尽力して貰って感謝している』
『ついでに米軍のレーションも御馳走になっちゃって。うん……噂で聞いていたよりは、悪くないな』
 MRE(Meal, Ready-to-Eat:米軍個人用戦闘糧食)レーションを平らげた殻島は無視して、第1混成団音楽隊第140組 ―― 超神戦隊『Great Old Ones』の“真紅の炎”オールド・フレイムこと 炎・竜司(ほむら・たつし)陸士長がスミスに礼を述べる。
『以前に聞いていた報告を記憶に留めていて正解でした。憑魔付きの衛生兵ならば回復の可能性もありますからね。―― 八木原二等兵の、高位上級超常体が発する強制侵蝕現象を相殺する力は、戦力の安定化の為にも重要です』
『……それなんだが、ジョン』
 噂をすれば何とやら。祭亜を救った衛生兵が給食トレイを運びながら、隣の席に着く。
『直ぐに前線に連れて出す事には、衛生兵としての立場から私は反対しておく』
『 ―― 八木原は強力な操氣系だ。致命傷で喪う命を氣力で繋ぎ止めていた事から判るように、手術に成功したのだから、後は自然治癒で直ぐにでも全快するはずだが?』
 竜司のもっともな言葉に、だが衛生兵は顔を難しいものにしたままで、
『今までの経験上、私が提供した器官でも問題無く細胞が癒着するはずなのだが……その強力な氣が邪魔しているのだろうか、異物に対しての抵抗が激しかった。完全に馴染むには早くても数日は掛かる。―― そもそも、彼女は本当に人間なのか? 何かが違ったよ』
 魔人は人間である。だが祭亜は違う。
『 ―― 外見は人間のままだが、中身は完全侵蝕されちまっている異生(ばけもの)だからな。人間相手のつもりで精巧な人工臓器を与えても、そう簡単にはいかんだろう』
 唇の端を歪ませながら、殻島が言い棄てる。
『……とはいえ、人工臓器がある分、死は回避された訳だし、あとは自前の内氣功で充分。それでも足りない時は、少名毘古那に任せるさ』  少名毘古那は医療(※医薬・療養)の神でもある。外科(手術)はともかくとして、内科は期待出来る。
「……繰り返しあびてぃうちゅんが、ティンダハナ“月に吼えるモノ”から奪還し、地(=霊「ち」)脈確保せんくとぅんかいや、力は発揮出来んぞ(繰り返し言っておくが、ティンダハナを“月に吼えるモノ”から奪還し、地脈を確保せん事には、力は発揮出来んぞ)
 少名毘古那の言葉に、竜司が頷く。
『そちらの方は、おれ達がやるさ。相性問題で火炎系に弱い方から叩く。……と言うか、これ以上は強化再生されたくない』
『……で、亜米利加さんはどうするんだ?』
 殻島の問い掛けにスミスは決意を秘めた眼差しで、
『ルグラース ―― いやマカティエルを討ちに行きます。米軍の問題は米軍が主体となって解決します』
 だが殻島は鼻で笑うと指摘する。
『米軍が主体といいつつ、空港跡の留守番部隊は動かねぇじゃねぇか。―― てめぇのやろうとしているのは、組織としての行動じゃねぇ。極個人的な行動だ。認めちまえよ ―― ルグラースが個人的に嫌いだから、殴りに行くってな』
 スミスは反論しようとしたが、ナンシーに押し止められた。確かに、空港跡に陣取っている亜米利加合衆国海軍・海兵隊第31海外遠征隊第3武装偵察大隊(Force Reconnaissance)は対“神の災いマカティエル[――])”戦には動こうとしない。動くのはスミスとナンシー、そして ジョセフ・キーン[―・―]伍長の3人だけだ。となれば、殻島の指摘はもっともだった。押し黙るしかないスミスに興味を失ったのか、殻島は独りごちる。
「……俺が行く理由は単純明快だぜ。それしかないから、殺し合うだけ。俺と奴はそういう関係だからな。―― クトゥルフに手間取ったけれど、ようやく公然とルグラースと殺り合えるんだ。血が滾るぜ」
 殻島は胸元のポケットから取り出した鍵を弄ぶ。
『……何はともかく、次こそ決着だ』
 とりなすように竜司が言葉を発すると、一同、然りと頷いて見せた。

*        *        *

 普天間から離陸したベル/ボーイングMV-22Aオスプレイについては、コールサイン『ピノキオ』ことE-767早期警戒管制機でも捕捉する事が出来た。しかし、だからと言って、第1混成団第101飛行隊・第7小隊長たる 西村・哲夫(にしむら・てつお)准空尉にはオスプレイの与那国島への空輸を咎める事は出来ない。
 ルグラースに味方するとも現状では判断が付かない事もある為であるが、武装の無いE-767にはオスプレイに対して実力行使出来ないという現実問題もある。西村個人の祝祷系は、闇と狂気の権化“這い寄る混沌”の眷属たるハンティング・ホラーには有効打を与えるが、航空機に対しての威力不足は否めない。……不安な気持ちはあるが、見過ごす事しか出来なかった。
 果たして数刻前に久部良付近で超常体出現時に生じる空間爆発を多数観測。エンジェルスと思われる発光物体が島中央部へと攻勢に出たのも確認されており、
「……戦況を悪化させる事にならなければ良いが」
 与那国で活動中の部隊に、注意を促す事しか出来ない。哨戒・監視活動というのは存外に辛い事だ。知らず、西村は溜め息を吐いた。
「 ―― リーダー。そろそろ月が昇ります」
 声を緊張させて、与那国島上空を警戒していたセンサー操作士官が告げる。先月と先々月の満月の晩には、クトゥルフによる強制侵蝕現象 ――〈狂氣の波動〉があった。クトゥルフはルルイェとともに海底へ沈んだが、“月に吼えるモノ”はティンダハナで健在だ。用心するに越した事は無い。既に戦闘の開始が予測されて数時間経っているが、未だに朗報は届いていない。
「 ―― 下地島に航空支援要請を!」
 西村に促されて、通信士が伊良部島のSBU(Special Boarding Unit:特別警備隊)飛行隊へとF-4EJ改ファントムII派遣を要請する。
「 ―― 島上空に人型の発光体と、大型の超常体を多数確認。間違いなく、エンジェルスとハンティング・ホラーが合い争っています」
 ハンティング・ホラーに比べれば、矮小な存在であれども、エンジェルは祝祷系能力を有する。ハンティング・ホラーにとっては相性の悪い敵といえるだろう。力任せに暴れ狂うハンティング・ホラーに打ちのめされながらも、能力と数を武器にエンジェルスは善戦しているようだ。そのまま、お互いに潰し合ってくれれば助かるのだが……。
「 ―― 機長! ティンダハナに巨大な影……“月に吼えるモノ”を確認。―― 来ます!」
 レーダーが一瞬、歪んだ。続いて西村は己の憑魔が沸き立つのを感じて、激痛に顔を歪めた。クトゥルフの〈狂氣の波動〉程ではないが、強制侵蝕現象!
 闇よりもなお濃い黒の塊が、昇る満月へと咆哮を上げていた。遠方からも姿形を確認出来る程の巨体。鉤爪の付いた手のような器官に、3本足の狂い神。顔の代わりに付いている、赤い血のような色をして長い触手が満月へと伸ばされている。―― 圧倒的なまでの、狂わしいばかりの、存在感。
「……くっ! 与那国上空の動きは!」
 何とか奥歯を噛み締めながら耐え抜くと、西村は部下に報告を促した。
「いっ、今ので、エンジェルスの七割が消滅!」
「ハンティング・ホラーの様子は?」
「残っているエンジェルスを攻撃しています……少なくとも、こちらに目標を変えて島上空から出てくる様子はありません」
「 ―― 念の為に、当機を更に後退させます。警戒監視は継続です」
 強制侵蝕現象の痛みを引きずりながらも、我慢強く西村は指示を出す中で、別のセンサー操作士官が更なる異常を報告した。
「――地表付近で、空間爆発現象を新たに2つ確認。大型超常体ガグと思われます」
「……生き残って下さいよ、皆さん」
 与那国で戦っている部隊の安否を、西村は祈る事しか出来なかった。

*        *        *

 周辺の樹木を薙ぎ倒しながら出現した四つ手の巨人ガグを見て、亜由美は車載されたブローニングM2重機関銃キャリバー50で弾幕を張る。
「おねぇさまぁっ! 大丈夫ですか」
「……未だ鈍いけど、何とか感覚が戻ってきたわ」
 珠美の看護を受け、強制侵蝕現象による激しい痛みに顔をしかめながらも真琴は鬼殺丸を構える。
「……八木原の相殺が無いっていうのは、きついな」
 不覚にも体勢を崩してしまったところを襲ってきたムーンビーストへと竜司は間一髪でBUDDYの3点斉射を叩き込んだ。流れる動きで“碧青の水”オールド・アクアに圧し掛かっていたスター・ヴァンパイアを銃剣で刺突する。仲間達の無事を確認すると、安堵の息が漏れた。先の戦いで亡くなった“昏黄の地”オールド・アースに続いて、仲間を喪うのはもう御免だ。
「……各員、クーガーを背にして全周囲攻撃態勢へ! 敵は無尽蔵に湧いて出てくるぞ。エンジェルスは無視しろ! “月に吼えるモノ”の眷属だけを討て」
 朝のうちから開いた戦端は、太陽が沈んでもなお続いていた。島中から呼び寄せでもしたのか、超常体が休む暇もなく襲ってきて、ティンダハナの“月に吼えるモノ”に中々近付けない。その状況は竜司達だけでなく、神災軍も同じ事が言えた。従い、
「 ―― 計らずとも、対“月に吼えるモノ”戦では、エンジェルスと共闘する事になっちゃったわね」
 真琴の呟きが聞こえたのか、M203 40mmグレネードランチャーでシャンタクバードを吹き飛ばしていたプリンシパリティが鼻を鳴らす。海兵隊員の名残か、身にMCCUU(Marines Corps Combat & Utility Uniform)とインターセプター・ボディアーマーを着込んでいるのが、滑稽にも感じられる。遥か上空ではエンジェルスとハンティング・ホラーが争っているが、援軍としてアルカンジェルスが加わっても分が悪いようだった。先程の“月に吼えるモノ”の所為だろう。ともあれ、
( ……よし。プリンシパリティは、ティンダハナ奪取に来ちゃったから、アヤミハビル館は大丈夫かな? )
 問題はアリカや西村から報告されたオスプレイに乗り込んでいただろう一団だが、真琴達が確認する限りはティンダハナの奪取に姿を見せていない。パワーズとともにマカティエルの護衛に付いたか……それとも。久部良に向かっている壱肆特務にも、アヤミハビル館に残っている第1433班甲組と連絡を取りようにも現在は戦闘中だ。そのような余裕は無い。―― 最悪な状況が頭をよぎったが、無理矢理振り払った。
『……というか、何で祭亜を連れて来なかったのよ!』
 同じ思いに囚われていたのか、M16A2アサルトライフルで5.56mmNATO弾を撒きながらメイが叫ぶ。
『 ―― 手術は成功したとはいえ、完治するまで安静にしていなさいって言われていたんです!』
 珠美が自棄気味に応えた。震える声で清美が、
『だっ、大丈夫ですよ……。海兵隊の衛生兵さんだけでなく松永士長も残っていますし……』
『でもっ!』
 なおも苛立ちを零そうとするメイだが、
『 ―― 八木原の心配をしてくれるなんて、先輩として礼を言うぞ、メイスフィールド二等兵』
『誰が……祭亜の事なんて心配する訳ないじゃない。ただ祭亜の相殺を期待していただけよっ』
『はいはい、ツンデレ、ツンデレ。……ただ今は八木原の心配よりも、自分が生き残る事を考えてくれ。おまえが死んでしまったら、おれは怒り狂った八木原に殺されちまうかも知れないからなっ』
 竜司の言葉に、メイは頬を膨らませながらも頷く。忍ばせていた投げナイフを放つと、狙い違わずに蜘蛛型超常体の複眼に命中し、体液を撒き散らかせた。
「どっ、けぇーーーっっっ!!!」
 鬼殺丸で群がってくる超常体を殴り潰す真琴の全身は、既に体液塗れになっている。『鬼小島』の異名のごとく、夜叉羅刹女のように犬歯を剥き出して咆声を上げると、数倍も大きなガグへと躍り掛かっていく。ガグが踏み潰そうと脚を上げるより早く、加速した真琴は勢いのままに横殴りの一撃を足首に叩き込んだ。痛みにガグは脚を下ろすが、ヒビ割れた関節部は自重を支え切れずに砕ける。体勢を崩したガグの頭部が程好い高さに落ちた ―― ところを鬼殺丸で殴り付ける。ガグの眼が潰れ、縦に割れた口に生えていた牙が折れた。タタキにされた頭部は、挽き肉状態だ。鬼殺丸を振り下ろす真琴の表情からは、喜悦や怒りといった感情は消えている。今や鬼小島は咆哮も上げず、ただ敵を見付けては叩き潰していく殺戮機械と化していた。
「……今だ、前進! 突っかぁぁんっーーっ!」
 戦いの流れを掴んだ竜司が突撃を指示。真琴を先頭にして一同はティンダハナへと突入した。
 ―― キタカ。デハ“遊戯”ヲハジメヨウ
 何処からとも無く声が聞こえ、脳裏に響いた。全てを嘲笑い、吼える声。嫌らしく耳障りな吹奏楽器のような音に包まれて“月に吼えるモノ”が迎え出てくる。
 触手がうねりを上げ、一同を薙ぎ払って来た。メイが借り受けた火炎放射器を噴き上げる。炎の壁に若干の勢いが落ちたものの、それでも触手の重い一撃が容赦なく一同を叩き付けた。多くの者が呆気なく跳ね飛ばされる中、跡を残しながらも地面に足を付けて踏み止まったのは真琴。続いて振り下ろされてきた鉤爪を鬼殺丸でカウンター気味に殴り止めた。それでも犠牲者は出ている。
「……真琴おねぇさま、今のでプリンシパリティさんが脱落しましたっ!」
 統率力を喪ったエンジェルスとアルカンジェルは、ついに渾沌と狂気の群れに瓦解していく。敵対していた者とはいえ、このティンダハナで共に戦った間柄だ。心中で敬礼を送りながら、真琴は叫ぶ。
「亜由美ちゃんと珠美ちゃんは銃座を放棄してでも、クーガーに逃げ込みなさい! 清美ちゃん、いざとなれば私達に構わず逃げなさい」
「「「……そんな、おねぇさまっ!」」」
 泣きながら抗議する笹本三姉妹。乙女(?)の悲鳴に応える勇者はいないのか?!
「……ふっ。どうやら、戦隊ヒーローの出番のようだな」
 竜司が親指で鼻をこする。拳を固めた両腕を広げ、腰を低く落す。左前傾とした半身の構え。
「……モニターの前の皆! 新しい俺達の仲間を紹介しよう! ―― そう。彼女こそが遠い彼方に赴任してしまった先代に代わって、新たな“昏黄の地”オールド・アースだっ!」
『ちょっと待ちなさいよ。あたしが金髪という理由付けで、黄色担当とか言わないでよねっ』
 付き合いもそろそろ長くなってきている。日本語が堪能でないメイにも、竜司の口上が何を意味しているのか解かった。火炎を“月に吼えるモノ”に浴びせながら、猛烈に抗議する。竜司は押し寄せてくる無数の触手や、取り囲んでいる超常体を打ち払いながらも、大きく舌打ち。
『 ―― 八木原ならば、喜んでやってくれるだろうに。おれは悲しいぞ、メイスフィールド二等兵!』
『なによ、そのパワーハラスメント……解かったわよ、最初の登場シーンだけね。第一、あたしの攻撃手段は借り受けている火炎放射器なんだから』
 それで上等。竜司は光がこぼれるように白い歯を見せて笑う。そして赤き士長は群がる雑魚を火炎の拳で焼き払うと、
「真紅の炎 ―― オールド・フレイム!」
 雷光を放ちながら、ジャングルマシェットで叩き切るは、黒き陸士。
「漆黒の雷 ―― オールド・サンダー!」
 AN-M14焼夷手榴弾を放り投げながら、自棄くそ気味に叫ぶのは、金髪の兵士。
「オウゴンノチ ―― オールド・アース!」
 巻き起こした風で体勢を崩したところをジャマダハルで刺し貫くは、白き陸士。
「純白の風 ―― オールド・ウィンド!」
 指先から発した水鉄砲で動きを抑え、ククリナイフで狩り討つは青き陸士。
「碧青の水 ―― オールド・アクア!」
 4人の陸士(と1人の兵士)は、タイミングを測ったように集結すると、ポーズを決めた!
「「「 ―― 超神戦隊!『Great Old Ones』!」」」
   ちゅっどーんっっっ!!!
 竜司達の背後で、爆発の光と音が鳴り轟いたような幻覚が真琴には見えた気がする……。いや、実際に恥ずかしさの余り、メイが焼夷手榴弾をバラ撒いているのだが。
「 ―― そして最終決戦にMGH(ものすごく・ごっつい・はんまー)マコートも駆け付けてくれたっ」
「……私にもネタを振られたーっ!」
 真琴が泣き叫びながら、鬼殺丸を振り回す。さておき、(メイを除く)竜司達は構えると、
「 ―― 琉球の大いなる意志が、古代神の力を借りて蘇える! 行くぞ、狂気の権化っっ!!」
 威勢良く応えると『Great Old Ones』が“月に吼えるモノ”を取り囲む。
「マコートっ! ゴールド・ツンデレラっ! 暫しの間、奴の動きを止めておいてくれ」
『……日本語で命令されても解かんないわよっ』
 とはいえ、メイが向けたノズルから火炎を噴出して牽制する隙を突いて、真琴が“月に吼えるモノ”に肉薄する。鬼殺丸を振り回すたびに重力に逆らってポニーテールが跳ねる。ヒット&アウェイ ―― 真琴が叩き潰した部位に、メイが手榴弾を放ると、ナパームが燃え広がった。それでも“月に吼えるモノ”は心臓を鷲掴みするような叫びを上げながら、再生と増殖、そして攻撃を繰り返す。
『……燃料も限界に近いわ。手榴弾も残り少ない』
「 ―― 龍穴から注ぎ込まれている力で、再生が早過ぎるんです。何か決定打が……」
 言葉は通じなくとも、メイと真琴の考えは1つの結論に到達した。切り札は2人が持っている。だが、初めての試みゆえに、失敗する可能性も高く、そうなれば残る手立ても無い。何か、もう1つピースが……。
「 ―― 待たせたなっ! 喰らうが良い“月に吼えるモノ”よ、超神戦隊『Great Old Ones』の必殺技を!」
 戦場を吹き荒れる風が嵐と変わった。両腕を広げてオールド・ウィンドが刃を伴った嵐を巻き起こす。
「 ―― クトゥルー・ブレス!」
 オールド・アクアが指を巧みに動かすと、風の刃に凍気が加わり、氷雪をまとった寒波を押し出す。
「 ―― ハストゥール・ブリザード!」
 オールド・サンダーが拳を突き合わせると、散った光を浴びて氷の結晶が帯電し、雷の龍が荒れ狂う。
「 ―― シアエガ・プラズマっ!」
 そしてオールド・フレイムが拳を高らかに振り上げると、風水雷の嵐は劫火と化した。
「 ―― クトゥグァ・キャノンっ!」
 増幅された嵐が巨大な砲弾となって“月に吼えるモノ”に叩き込まれた!
「「「「必殺ノーデンス・トライデント!!!!」」」」
 ―― マ、マサカ……シンジツ、カミゴロシニヒッテキスル……チカラヲ、ニンゲンガ……ウミダスト……ハっ……!
 崩れ落ちる“月に吼えるモノ”……だが、
「……今ので殺し切れないとは。くそぅ、オールド・アースが抜けた分が足りなかったっ! 五芒星の陣形『旧神の印章(エルダー・サイン)』が描かれていれば」
 必殺技に全てを注いだ『Great Old Ones』だったが、混沌と狂気の権化は、泥塊となっても未だ蠢き続いていた。龍穴から力が注ぎこまれれば、また再生を果たすだろう。勝ち目はゼロに近い。それでも闘志を沸き立たせて立ち上がる、4人の戦士。
 ―― ホ、メ……テヤロ……ウ。モウ、ヒトツ……ブースタガ、アッタ……ラ、リュウケツヲ……オサエテイタ……ボクデモ……ニクヘンヒトツ、ノコサズ、キエサッテイタダロウ……ダガ“白痴”ノ……アザトースハ、ボクヲ……ショウシャニ ―― ナッ、ナニヲスル。タッ、太陽ガ、ボクヲヤキツクシテ、イクっ!
 叫喚が辺りに響いた。竜司が見遣ると、ティンダハナの奥深くから陽光が溢れ出していた。竜司達が放った一撃が“月に吼えるモノ”を捕らえた瞬間に、真琴とメイが飛び込み、心臓部たる核を探し当てていた。それは奇妙な金属製の箱に収められている、赤い筋の入った、殆ど黒に近い多面体。一つ一つの面が不規則な形をとっている。
「……輝くトラペゾヘドロン」
 だが多方偏面体は、今や眩しき光を受けてこの世のものでないという輝きを放つ事すら出来なかった。
「……魂やー魂やーうーてぃくーゆー魂やー」
 神女(ノロ)たる真琴が身の裡から、太陽(ティダ)の如き光を放つ。そしてトラペゾヘドロンを挟んで相対し、月影として照り返すは巫女(ユタ)たるメイ。
「……魂やー魂やーうーてぃくーゆー魂やー」
 ―― き、きんまもんッ! 2人デ陽光月影ノ神巫女ト成シタ……ノカ……
 光に囚われて輝くトラペゾヘドロンは灰と化す。粉々に割れて、ついに砕け散る。“月に吼えるモノ”の最期。断末魔の叫びが島中に轟くのだった。

 ……蛾の羽根を広げ、小神は龍穴に鎮座する。その瞬間、小柄な体格から想像も付かないほど巨大な波動が少名毘古那から放たれた。遠巻きにティンダハナを囲んでいたムーンビースト等が耐え切れずに圧死していく。与那国を覆っていた不浄の氣は拭い去られた。代わって、爽やかな風の踊りを髪で感じ、涼やかな水の流れを耳にする。本物の陽光が射し込む中で、生命の暖かな灯火を眼に焼き付かせ、豊かな土の香りを楽しんだ。疲れが消え、力が内側から湧き出てくる。
『……これで祭亜も大丈夫よね』
 喜び勇んで、祭亜の携帯情報端末に連絡を入れようとするメイ。対照的に真琴は、汚れた衣服の着替えと称して、巫女装束を持った笹本三姉妹に追い掛けられていた。
「……ようやく戦いが終わったか。残るはマカティエルだけだが……殻島准尉の事だ。悪態を吐きながらも何とか倒してくれているだろう」
 朗らかに笑う竜司の言葉に、だが少名毘古那は沈痛な表情で返した。竜司の顔が強張る。
「 ―― おい、まさか」
 問い詰めようとしたところでメイが悲鳴を上げた。
『……ちょっと、祭亜。悪ふざけしている場合じゃないでしょっ! 返事しなさいよ』
 泣き叫ぶメイの携帯情報端末には ―― 『不通』と表示されていた。

*        *        *

 真琴と竜司達がティンダハナで戦端を開いたのと同じ頃。久部良ではもう一つの決戦が幕を開けようとしていた。
『……ムーンビーストの遺骸を発見したわ。腐敗が激しくて正確な時間は解らないけど、少なくとも数日は経過しているみたい。傷口は……熱線?』
『エンジェルスが放つ光の矢と考えて良いだろう』
 県道216号線に沿って久部良に先行潜入していた、ナンシーとスミスが殺された超常体を発見。検分をして時間を計る。ナンシーが後続する壱肆特務に伝達していたところ、スミスが「伏せ」のハンドシグナル。岩陰に身を潜めると、無言で前方を指し示す。地表を滑るように浮遊するアルカンジェルが1体、エンジェルスが2体の1個チームが警邏していた。こちらに気付いた様子は無い。
『 ―― スミス伍長が天使型超常体を目視したわ。追跡してみる』
 足音だけでなく、衣擦れの音や薬莢1つも鳴らないように慎重に尾行する。天使どもは暫らく北面を警戒していたが、何事も異常は無いと判断したのだろう。左右に視線を回しながらも西へ向かう。スミスの眉が微かに動いたと同時、静かに腹這いになった。ナンシーも倣う。スミスは息が掛かるような距離まで匍匐で、ナンシーに近付くと、
「 ―― 抑えているつもりでしょうが、10時方向にも発光がありました。待ち伏せです。距離は20m前後」
 ナンシーは気付かなかったが、この叩き上げの伍長が言うには真実なのだろう。与那国では常時活性化している状態の為、ナンシーには憑魔の反応で付近に存在する事すら知覚出来ない。
「ワイアット一等兵の予測していた通り、久部良中学校跡に布陣しているようです ―― 私はここから北西に回り込む形で警戒網を掻い潜り、より深く接近してみます。……でも、軽んじているつもりはありませんが貴女には無理です。一旦引いて、自衛隊と合流。協力して包囲展開し、天使群を掃討 ―― ルグラースの気を引いて下さい」
 スミスの言葉に、ナンシーは微かに首を動かす事で了承の意を示した。隠密潜伏偵察行動は、スミスに一日以上の長がある。わたしが付いていっても見付かる恐れが高まるだけだ。
「 ―― 御武運を」
 ナンシーは数分も掛けて、匍匐で後退。スミスのハンドシグナルに合わせて中腰体勢で立ち上がると、壱肆特務へと戻るべく、向きを変えて駆け出した。ナンシーの遠ざかる音が聞こえなくなるだけでなく、用心の為に暫らくしてからスミスは不動状態を解いた。M7バヨネットを抜くと匍匐前進を開始する。
「 ―― 先ずは、あの茂みで待ち伏せているだろうアルカンジェル2体を処理しておきましょう」

 ナンシーが合流した壱肆特務は、このまま県道21号線を突貫し、敵陣に踊り込む案を採択した。
「……難しく考えても仕方ねぇからな。ほれ、お前らにハチヨンを預けておく。雑魚とパワーズは任せた。あの硬い外骨格でも、84mm対戦車ミサイルが直撃したらただじゃおかねぇだろう」
「隊長はどうするんですか?」
「……俺? ―― 俺はチキン野郎相手で手一杯なんだよ。だからお前らを信じるしかねぇんだ。頑張って生き残れ」
 今や片腕的存在となった、邑井・郡次[むらい・ぐんじ]一等陸士の質問に、殻島は口笛を吹きながら答えた。
「あっ、そういや邑井の憑魔能力で、破片手榴弾を帯電させると広範囲殲滅攻撃になったりせんかね?」
「はっはっは。あんさん、わてに『死ね』言うてますな。雷管に衝撃が走って誘爆しますがな」
 何故か似非関西弁で応じる、邑井。かなわんなぁと殻島も肩をすくめる。
「 ―― ジャパニーズ・ジョークはそれで終わり? なら準備はいいわね」
「応よ。―― 繰り返すが邑井は小隊を率いて俺達の支援。周囲の敵を排除して、ルグラースへの援護を許すな。ただでさえ相手の方は数が多いんだ。連携されたら、それこそ始末に負えねぇ」
「 ―― タイムリミットは?」
「ルグラースが倒れるまで……と言いたいところだが、マカティエルが居なくなっただけで『はい、さよならよ』と既に居る天使どもも消えて無くなる訳じゃねぇ。だが“月に吼えるモノ”が倒れて、少名毘古那が龍穴に収まれば、雑魚は一掃される!」
「 ―― おおっ!!」
「……はず。多分。そうだといいなぁ?」
「おぉっ……!?」
 士気を盛り上げているんだか、下げているんだか。
「とにかく生き残れ! 各員、ガスマスクを着用して ―― 突入!」
 班単位に分かれた壱肆特務は、久部良に突撃。前傾姿勢で接近する動きに反応したエンジェルスに対して、別班が援護射撃の弾幕を張る。邑井が何やら叫びながら電撃を放っているが、防護マスク4型でくぐもって聞き取れない。どうせゲームかアニメかの必殺技名だろう。キーンが突風を吹かせて、天使の翼を一瞬でも止めたところに、手に持つM249 SAW分隊支援機関銃から吐き出された5.56mmNATOが挽き肉に変える。
「 ―― さあ出て来い“懲罰者(パニッシュメント)”、お前に罪を刻んでやる。泣いて叫んで命乞いをしろ。そしたら優しく殺してやるぜ!」
「 ――“大罪者(ギルティ)”が、ほざくな!」
  天が ―― 割れた。
 強制侵蝕現象が生じて、憑魔が異常活性する。だがクトゥルフの寝所で浴びた程ではない。
 廃校舎から姿を現したルグラースが3対の光翼を広げて高らかに叫ぶ。
    み恵みを受けた今は
    われらに恐れはない。
    み力により頼んで、
    主のために進みゆこう。
 周囲に群がっていたエンジェルスが唱和する。人の耳に聴こえぬ歌声を上げる。
    さあ進め、たゆみなく、
    さあ歌え、声たかく。
    み恵みに生かされて
    われらは主に従おう。
 と、空に稲妻と声と雷鳴が起こった。落雷により、ルグラースの身が燃える。MCCUUは焼け落ち、白い裸身を露わにする。だがルグラース自身には、身1つにも傷を負った様子は無い。聖なる火はルグラースを優しく包むと、清い光り輝く亜麻布と変わり、胸には金の帯となった。
 さらにルグラースが両手を天にかざすと、その右手には喇叭が、左手には金の鉢が握られた。―― 懲罰の七天使が1柱“神の災い”が、その真なる姿を顕わす。
 直ぐに殻島が飛び掛かると思ったのか、構えるマカティエルだったが、
「……このような形で、キャプテン(海兵隊大尉)と対峙する事、残念に思います」
 殻島に譲ってもらい、先に前へ出たのはナンシーだった。
「……正直、真実を知っても、驚きはありませんでした。しかし殻島准尉の言葉に、キャプテンの不審な行動 ―― 与那国に来てからの私は、冷静な判断能力を欠いていたようです」
 ガスマスク越しに、視線を合わせる。
「……ただ、わたしは知りたい。何故、キャプテンが天使となったのか。―― あなたが第一次与那国島武装偵察の際に“覚醒”したのは、データベースや聞き込みで推測出来ました。しかし、何故なのか?! そして、罪のない人々を殺める事になる超常体を呼び込もうとしているのか。……わたしは知りたいのです」
 マカティエルは天を仰ぐと、
「私……いや、ルグラースは“覚醒”し、この世界で行われている“遊戯”を知った。人が抗えぬ存在と、運命というものに絶望を抱いた彼は、我 ―― マカティエルと意識を同じくする事を選んだ。それが、我等が奉ずる“ ”への信仰心厚きルグラースにとって救いだったからだ」
 ……意識を同じく? 人格統合? 心に疑問が湧き上がるが、それを考えてはならぬとばかりに憑魔が疼き出す。鈍い痛みに、ナンシーが唇を噛んだ。苦悩を知ってか知らずしてか、マカティエルは厳かに続ける。
「罪の無い人々と言ったな、ナンシー・ワイアット。罪の無い人など居ない。無原罪のモノなど居ない。全てのモノは、全て存在する事だけで罪なのだ。ただ1つの救いは“ ”の王国を造り上げる事のみ。それこそが彼等の救いだと、信ずる。だから我マカティエル ―― 私ルグラースは燭台の火を点そうとするのだ」
 ……何かが、噛み合ってないような気がする。“ 唯一絶対主 ”とは何か? そして、それに仕えているはずのヘブライ神群(天使)とは何か? 何か、ほんの少しの瑕が、だが大きな歪みと化して目の前にある。
「……あなたが語った『一年後の楽園』とは、黙示録における、最後の審判の後、訪れる楽園の事なのか。また、そこに至るまでに、絶対主に従わない人間は、全て排除されるのか」
「そうだ。“ ”に従わないと看做されるモノや“大罪者”は全て排除するのが“懲罰者”の責務なれば」
 マカティエルの断言に、ナンシーは震える声で呟いた。
「黙示録・第16章……『彼等は全世界の王達のところに出て行く。万物の支配者である神の大いなる日の戦いに備えて、彼等を集める為である。―― こうして彼等は、ヘブル語でハルマゲドンと呼ばれるところに王達を集めた』」
「……そう。この地こそが、メギドの丘。神州と呼ばれし、極東の島国が!」
 ああ、何という事だ。前段階として、世界中の神を解放したのも“ 唯一絶対主 ”ではないかという疑問は、真実だった。だが“遊戯”を行っているのは“ 唯一絶対主”自身ではない。行っているのは――
 ナンシーの噛んでいた唇から血が流れた。ああ、そうだ。わたしは根本的な勘違いをしていた。
「……わたしは、人としてこれ以上、超常体を地上に溢れさせる訳には……いかない。わたしが望むのは、神の ―― いや、『あなた達が』望んでいるような楽園ではないんです。あなた達、天使と自称する異生から見れば穢れていたかも知れない……でも、子供の頃を過ごした、あの世界をわたしは取り戻す。だから――」
 そして酷氷の声色でナンシーは告げた。
「 ―― マカティエル。ここであなたを滅ぼします」

 銃弾の雨が降り注ぐ中、風が惑い狂い、氷雪が吹き荒ぶ。殻島のコンバットナイフと、マカティエルが持つバヨネットが噛み合うと、空間が爆発し、衝撃が走る。吹き飛ばされながらも、殻島は右脇に挟む形で抱えた9mm機関拳銃エムナインをフルオート。先に着地していたマカティエルは片膝を付いた姿勢のまま“跳躍”した。だが跳び込んだ先はエンジェルスの血溜まりの中。瞬時に赤い氷槍となって立ち上がり、マカティエルの翼を貫く。さらにナンシーが放るM16A1閃光音響手榴弾が、マカティエルの感覚を潰す。
「 ―― 侮るなっ!」
 マカティエルが咆えると、新たな感覚器官が生えて失った視覚と聴覚を補う。殻島の下段から払い上げるナイフを踏み上げた足裏で受け止め、ナンシーが打ち出した氷針を払い除ける。致命傷にならなければ、異形系ゆえに問題無いとでも言うのか。
「くそっ、ハチヨン預けたのは失敗だったか」
 殻島は毒吐くが、パワーズを相手にするとなれば84mm無反動砲カール・グスタフを部下から取り上げる訳にも行かない。パワーズがマカティエルの援護に来ないだけでも御の字なのだ。
「 ―― 空間圧縮で自ら傷付く事も否まないなんて」
 大寒波をマカティエルに叩き付けるものの、致命傷にならなければいいとばかりに、至近距離でも空間圧縮による爆発で直撃を免れる。戦車の爆発性反応装甲と原理は同じだ。
「ほんとっに異形系は厄介極まりやがるなっ!」
 クトゥルフや“這い寄る混沌”等と違って、再生速度は遅い方だ。生命力にも限りがある。だが致命傷さえ受けなければ、倒れないし、再生速度が遅くても保ち堪えられる―― そう、マカティエルは判断したのだろう。受身にも思える消極的な遣り方だが、持久戦と考えれば有効的だ。殻島が与えた傷は、如何に軽く見えても重傷に変わる。だが、それはマカティエルから与えられた傷も同じ事。自然に回復出来る分、相手が有利。そして殻島やナンシー、そしてキーンもいずれ疲れが出始め、集中が乱れて力尽きる。そして単体ではともかく数ではエンジェルスが優る。殻島達の勝利を信じて、周りの天使どもを近付けないよう奮闘している壱肆特務だが、死傷者も多数出ているようだった。―― マズイ、とにかくマズイ。上下左右前後と、四方八方から殻島とナンシーが攻撃を仕掛けるが、感覚器官を増やしたマカティエルに死角は無い。
「どういう判断処理能力してやがるっ! ――“銀の鍵”を使わなければならんのか」
 葛藤して殻島は歯噛みするが、ついに胸ポケットから銀色の鍵を取り出そうと手を伸ばす。―― その時、携帯用個人短距離無線に短い音が入ったのを聞き逃さなかった。雑音ではない ―― これは。殻島は後方に大きく跳んだ。ナンシーも身構える。
「ついに覚悟を決めたか――っ」
 勝利を確信して、マカティエルが咆えた瞬間 ―― その身体が大きくのけぞった。M4A1カービンから放たれた初速990m/sの5.56mmNATO弾30発全てが背中に叩き込まれる。思わぬ攻撃を喰らい、マカティエルが怒りの篭った叫びを上げた。
「 ―― ジョォぉンっ!」
 憎しみの篭った眼で、彼方を見遣る。潜んでいたスミスの自動掃射 ―― 奇襲が炸裂したのだ。
「……忘れるな。お前の敵は眼前にもいるんだぜ、チキン野郎っ!」
 殻島が王蛇の牙を首筋に突き立てる。空いた右手に握るは9mm拳銃SIG SAUER P220。
「ん〜、ここかなぁ? お前の核は!」
 歯を剥き出して、意地悪く笑いながら9mmパラペラムを心臓部に叩き込んだ。そして止めは、
「 ―― さようなら、キャプテン。せめて、死が貴方に安息をもたらさん事を」
 疾風をまとい、亜音速と化した氷槍がマカティエルの胸元を貫通する。……空間が圧縮し、爆発した。

 マカティエルが消滅した時点で、勝敗は決しているも同然だったが……
『 ――少名毘古那も容赦しねぇな。まぁ俺も気持ちは解かるが。封印の解放から、力を取り戻すまでの間が空いていて良かったぜ。下手すると、駐日米軍まで皆殺しになるところだったんだからな』
『……どういう事ですか?』
『封印を施したのが侵略者とすれば、その人間側の代表は駐日外国軍だ。荒御霊となり、恨みを晴らそうとするもんじゃねぇか?』
 スミスが押し黙る。殻島自身も自信なさげの説明ではあるが、ただこう付け加える。
『……が、少名毘古那の場合は、神女と巫女の存在があったし、今までの馬鹿騒ぎで怒りや恨みを紛らわしてくれたのだろうさ。―― と、他に説明のしようが無いから、答えを求めるなよ?』
『あなた達の不謹慎な態度が、スクナビコナの慰めになっていたとは思えないけど、ね』
 ナンシーは深く溜め息を吐いた。
『しかし……変ですね』
 さておき、スミスが疑問を口にする。
『……何が?』
『 ―― オスプレイで乗り込んできた、マカティエル寄りの一団の姿が確認出来ていないのです。そして、彼等が未だ人間の身であれば、スクナビコナの攻性波動から逃れてしまった恐れも……』
 一同が顔を蒼白にした時、ナンシーの持つ隊用携帯無線機が、緊急信号を拾った。
『 ―― 炎だ。無事にマカティエルを倒していたのならば、至急、アヤミハビル館に戻ってきてくれ ―― 』

*        *        *

 掛けられたシーツをめくる。竜司は目を細め、眉間に皺を寄せた。首を軽く横に振るう。
『……嘘よね? 祭亜――っ!』
「小島士長! メイスフィールド二等兵を押さえ付けろ! 近付けさせるな」
 竜司の言葉に、真琴がメイを後ろから羽交い絞めする。初速の勢いで真琴を数歩ほど引きずりながらも、ついにメイは捕まえられた。
『……お願い。真琴、離して。あたしを祭亜の許へ行かせてよ』
 暴れながらメイは懇願するが、竜司は奥歯を噛み締めて無言のまま拒絶。固く握り締めた右拳を、左掌に打ち付けると、鈍く重い音が響いた。
『 ―― い。い、いやーっ!』
 メイが泣き崩れる。そう、八木原祭亜二等陸士は紛れもなく死んでいたのだ。
『どうして、どうしてよっ!? ……スクナビコナ、祭亜を生き返らせてよっ! あなたは、神様なんでしょ!』
『 ―― 残念やしが、死は覆られねーん。うりがる、伊邪那岐ぬ御方と、伊邪那美ぬ奥方とぬとぅい決めないねー。くぬ世界に黄泉還りはねーらん(残念だが、死は覆られない。それが、伊邪那岐の御方と、伊邪那美の奥方との取り決めなれば。この世界に黄泉還りは無い)
 少名毘古那の聲が、今は冷淡にも聞こえた。メイがスラングで罵詈雑言を喚き散らすが、少名毘古那は沈黙で応えるのみ。
「……状況を報告してくれないか、松永士長」
「ああ、すまない。俺が不甲斐無いばかりに……」
 ティンダハナ奪還と久部良突入の両作戦が、激しさを増していた同じ頃合。旧アヤミハビル館の留守番として警戒に当たっていた、松永・一臣(まつなが・かずおみ)陸士長率いる第1混成団第1433班甲組は、突然に狙撃を受けた。エンジェルスと海兵隊による襲撃。抗戦として第1433班甲組が引き付けられていたところに逆方面から魔人兵が館内に突入。松永が駆けつけたものの、時遅く、祭亜と――
『 ―― 私の戦友が亡くなっていた、と』
 沈痛な表情で入室してきたスミスは、もう1人分のシーツをめくり、祭亜に付き添っていた衛生兵の死を確認する。ドッグタグを握り、死者へと敬礼を送った。
『……彼が殺されたのも、私に責任があったのかもしれません』
『 ―― スミス伍長』
 ナンシーが声を掛けようとする。だが、スミスは努めて冷静に、松永に確認を取る。
『……それで。相手は海兵隊だったという事ですが。幾人かに心当たりがあるかもしれません。覚えている限りで構いませんので、人相や風体を』
 松永が伝えると、ナンシーとスミスの顔が曇る。祭亜と衛生兵を殺害したという魔人は、近距離で確認した訳ではないが……。
『 ―― スクール・チャイルド或いはジュニア・ハイスクール・スチューデントぐらいの年齢ですって?』
 ナンシーが驚きに眼を見張る。竜司は頭を掻くと、
『……おいおい、さすがに維持部隊と違って、米海兵隊でそれはないんじゃないか』
『 ―― いや、ステイツ内の人権擁護団体から非難があるのを回避すべく、非公式ですが……魔人であれば合点が行きます。しかも容貌からは想像の付かないほどの実力者』
『わたしにも幼年齢の魔人兵に1人に心当たりがあります ―― キャプテン以上のファンダリスト(基督教根本主義者)にしてレイシスト(差別主義者)』
 ナンシーとスミスは顔を見合わせて、どちらからとも無く、頷いた。
『第31海兵遠征隊所属 ―― クリス・クロフォード軍曹。12歳という若さで分隊を率いる、魔人よ』
『……年齢制限さえなければ、リーコンの正規一員として、当初から与那国に上陸していたでしょう。……そうか、クロフォード軍曹が動いたのですか』
『 ―― そう。そいつが祭亜の仇なのね』
 難しい顔をするナンシーとスミスだったが、地の底から這い上がってくる声に蒼白となった。2人だけではない。室内に居た者全てが顔色を失う。空虚な表情だが、眼の奥に昏い光を湛えている。
『心中は察するが、メイスフィールド二等兵、落ち着きなさい。冷静さを欠いてはいけません』
『 ―― もはや闘争よ。……有象無象の区別無く、あたしは奴らを許さない』
 M16A2アサルトライフルを構えると、敵を求めてメイが旧アヤミハビル館を出ようとする。塞ぐような形で扉に背を預けていた男を睨み付ける。
『 ―― どいて。打っ殺すわよ、糞野郎』
 だが、殻島は口笛を吹くと、
『やれるもんならやってみな。だが闇雲に島内を徘徊しても遭遇は難しいんじゃねぇか、金髪小娘?』
 松永の報告では、敵はM18A1指向性対人用地雷クレイモアを仕掛けて追撃者を殺そうとする周到さがあるという。幸いな事に発見が早かったが、下手すると罠に掛かって、第1433班甲組も全滅するところだった。
『 ―― それに相手は呪言系だろう。違うか?』
『……詳細に遺体を検分してみないと判りませんが、異形系魔人である衛生兵に再生の痕跡が無い点を考えると……クロフォード軍曹の憑魔能力は呪言系に間違いないようですね』
 異形系はその身体構造を自由にする事が出来る憑魔だ。そして無尽蔵とも言える再生力(細胞復元・分裂・増殖)を有している。物理攻撃は事実上無効。何故ならば憑魔核さえ無事ならば、一欠片の肉片からも完全復活する事が可能とも言われているのだ。半身異化状態の異形系魔人を殺す手段は、肉塊一欠片も残さずに消滅させる事。或いは、
『……呪言系能力で細胞そのものを老化させたり、腐食させたりする事』
『そう言う事だ。近接戦闘では極悪の部類。―― 幾らお前が投げ物を得意としても、間合いに入り込まれたら死ぬぞ』
『だったら、どうしろと言うのよ!』
『 ―― よく考えるこったな。奴の目的や、居場所、戦闘方法、能力対策。しかも奴は単独じゃない、1個分隊で動いているんだ』
 指摘されて唇を噛み締めるメイの肩に、ナンシーがそっと手をやる。
『わたし達がマカティエルを滅ぼした以上は、燭台に火を点す事は最早不可能。神罰を騙って、わたし達へと襲撃を繰り返す事も考えられるけど、島から脱出するかも知れない』
『 ―― 居場所ならば少名毘古那が割り出せるんじゃないか? それか、エンジェルスや“月に吼えるモノ”の眷属を一掃したように、波動で何とか出来ないか?』
 竜司の提案に、少名毘古那は、
『 ―― 居ばす、探るぬは容易い事。……だが波動で一掃すしぇーむちかさん。完全に侵蝕さっとーんとうたれーともかく、なまとぉーんじんぬ身やいびんやれー、攻撃対象ぬ設定に微いふーなー調整がいりゆーだ(居場所を探るのは容易い事。……だが波動で一掃するのは難しい。完全に侵蝕されているといればともかく、未だ人間の身であるならば攻撃対象の設定に微妙な調整が必要だ)
「まぁ、居所が掴めるだけでも御の字だ。島外に逃げ出そうにも、さすがに自力で泳いだり、飛んだりは難しいだろう ―― 空港跡地の連中が協力しない限りは」
 殻島が肩をすくめながらも、スミス達を見詰める。米海兵隊 ―― いや、亜米利加合衆国は信用がならない。味方にも敵にもなりうる存在だ。どう動くかは解らなかった。
「まぁ、神災軍残党どもを狩り出すのは、身体を十分休めてからにしよう。……小島とワイアットさんは暫くで良いからメイスフィールド嬢についてやってくれないか?」
「 ―― 解りましたけど、炎士長は大円ぴを担いでどちらへ? もしかして……」
「市ヶ谷に居るというお姉さんの元まで運んでやりたいのは山々だけどな。そうも言ってられない御時勢だし。与那国で悪いが、墓を作ってやろうと」
「墓があるだけマシだぜ……野垂れ死ぬのがデフォだもんな、懲罰部隊の俺達は」
 そう悪態を吐きながらも殻島も竜司と並ぶ。オールド・アースの隣辺りに新たな墓を立てようとした。
 ―― その時、隊用携帯無線機が放送を傍受した。

 ……あらゆる通信機器から、電波ジャックした放送が流れてくる。凛々しい女声が響き渡る。
『 ―― 諸君』
 信之介をからかいながらも駐屯地の警備に当たっていたアリカは、放送を聞いて小首を傾げる。
『諸君』
 胸ポケットから取り出した銀色の鍵を弄びながら、殻島が犬歯を剥き出して笑う。邑井が眼鏡の弦を中指で押し上げた。だが竜司は作業を休めない。
『諸君――』
 女の声は、三度同じ呼びかけをし、
『もうすぐ約束されし時がくる! 安息と至福に満ちた神なる国が!』
 負傷者の手当てをしていた松永が、眉間に皺を寄せた。
『 ―― 私は松塚朱鷺子、旧国連維持軍・神州結界維持部隊・西部方面隊第8師団第42連隊所属、第85中隊隊長だったもの。天草を拠点として腐れきった日本国政府からの独立を唱え、宣戦布告をしたものとして覚えておられるだろう』
 給油の為に、那覇航空基地へと帰投するE-767の中で、西村は航空図を睨みながら、耳を傾ける。
『かつて、私はこう言った。―― 我々は、日本国に生まれ育ち、そして超常体と呼ばれる来訪者達を身に宿したというだけで自由と生存権を奪われ、その裏に己の保身と私欲に走る愚鈍な各国政府と日本国政府との間に密約があったという事を!』
 放送主は一息吐き、そして爆弾発言を続けた。
『その証拠を今こそ示そう! その時が来たのだ。証拠とは――』
 天が鳴動し、地が震え上がった。
『 ―― 私自身だ! 私という存在がその証拠である。私は …… 我こそは処罰の七天使が1柱“ 神の杖(フトリエル)”―― 最高位最上級にある超常体、熾天使(セラフ)である!』
 奥歯を噛み締める音が聞こえた。
『我は、この世界に“ ”の御命による安息と至福に満ちた国を建てる為に、愚かなる者どもを打ち倒し、魑魅魍魎を祓い出すよう申しつけられ、顕現した。己が自由と誇り、生命を守る為に、当然ながら我等に抗われるだろうと覚悟の上で、だ。しかし――』
 悲しみと怒りに満ちた声が周囲に渦巻く。
『 ―― あろうことか、愚鈍な者どもは保身と私欲の為に我等に媚び諂うと、この国を売り渡したのだ』
 糾弾するフトリエルの声が天に満ちた。
『 ―― 怒れよ、戦士達。我は、同志であれ、同志で無くとも、耐え難きを耐え、忍び難きを忍んできた諸君等に惜しみない賞賛と敬意を送る。と、ともに問い掛けたい。……我は諸君等の敵であるとされていた。確かに我等は諸君等を殺め、命を奪ってきたものだ。だが、真なる敵は諸君等から自由と権利を奪い取り、そして何よりも誇りと生命を軽んじている者どもではないだろうか!?』
 聞く者の心に、困惑と、そして嘆きが迫ってきていた。呆然が憤然に取って代わる。
『今一度、呼びかけたい。―― 我は約束する! 戦いの末、“ ”の栄光の下で、真なる安息と至福を諸君等に与えよう。ゆえに己が自由と誇り、生命を守る為に、この理不尽なる全てに対して抗いの声を上げよ。そして我等とともに戦い抜こうではないか!』
 ……聖約が、もたらされた――。

 ナンシーは天井を見上げる。顔左へと垂らしていた、前髪が心中を表すように揺れた。放送に空気の微妙な変化を感じ取ったスミスと、メイが尋ねる。
『 ―― 何て、放送だったの?』
 ナンシーは暫らく瞑目して、放送内容を説明すべきかどうか悩んだが、それでも言葉を伝えた。スミスの片眉が跳ね上がり、苦虫を潰したような顔になる。そしてメイは憎悪の篭った憤怒を露わにした。
『ふざけないでよっ! 何が、真なる安息と至福よ。普通の生活を奪っておいて! 憑魔なんていらない。普通の体を、返してよっ! パパとママに会わせてよ。―― 友達を、祭亜を……返して……』
 再び泣き崩れたメイを真琴が支える。
『そう……神 ―― いや、奴らは全て奪っていく……』
 ナンシーは独り呟いた。

*        *        *

 西村が那覇航空基地に降り立った時、どこもかしこも、混乱の渦に叩き込まれているようだった。胸倉を掴み、罵り合う者。漫画や遊びに逃避する者。黙々と己の仕事を続ける者。Etc. etc...
 不安が無いというと嘘になるが、西村はそれでも表面上には出さずに、いつものように部下に機体の整備・点検を命じる。そして八重島諸島・与那国島の上空で得たデータの報告を、提出しに上がった。
「 ―― 沖縄本島の防空体制の強化ですか?」
 西村が報告を終えると、上官は労いとともに新たな任務を伝えてきた。
「……確かに、天草から超常体が飛来してこないとも限りませんが、与那国島に上陸した部隊の話ですと、もう南西諸島には超常体の侵入を防ぐ結界が張られているとの事。―― 今までのとは逆に、です」
 とはいえ、既にこちらの世界に存在している高位の超常体を完全に阻めるほどではないとも聞く。しかし、それにしても警戒度が高過ぎではないか。そう心中で疑問を持った西村に、上官は声を潜めつつ、
「 ―― 警戒対象は超常体ではない。日本国や、亜米利加からの攻撃機が対象となる」
 西村の眼前で、口元を歪める上官。
「日本国への警戒と? それでは、まるで……」

 抵抗の意を示そうとする信之介を本田に任せて、アリカは警務隊に素直に従う事にした。心配そうな顔をする信之介に、ウインクで余裕を示すのを忘れない。連行された先は、大会議室。アリカの入室に士官達が一斉に振り向いた。本来ならば低い階級のアリカが通される面子ではない。隅で身を縮ませている知り合いを見つけると、
「……だから言っていたでしょ? あんまり深追いしないでって」
「御免なさい、アリカさん」
 顔に青痣のある第1433班長が謝ってくるが、アリカは優しく微笑んだ。そして打って変わって、
「……で、俺達の可愛い班長を殴った糞野郎は、どこのどいつだ? 階級なんて関係ねぇ。倍にして返してやるぜ」
「 ―― 言葉を慎め、山之内士長。これは不幸な事故によるものだ」
「とはいえ、お互いに誤解が生じているのは否めない。だから君を代表として招待した。沖縄本島だけでなく与那国島上陸等の一連の事件で、最も功労ある第1403中隊第1小隊の面々に恨まれるのは避けたいのでな」
 とにかく座れという指示に、アリカは渋々従う。背中に突き付けられているP220の銃口が気に喰わない。
 会議室の正面奥、最上座に好々婆が座っていた。第1混成団長、仲宗根・清美[なかそね・きよみ]陸将補。20年近い超常体との戦いを、趣味と興味心による行動力だけで生き残り、団長に昇りつめたというオバアだ。それだけ、上級幹部から陸士に至るまでの全隊員からの人気も高い。
「……市ヶ谷からやー、可能なかじりん人員や物資20日迄に、駐屯地内に運び込でぃ、篭城戦にすなわいゆてぃあびらりてぃうぃがよ(市ヶ谷からね、可能な限りの人員や物資を20日迄に、駐屯地内に運び込んで、篭城戦に備えよって言われているのよ)
 前振りも無く、単刀直入に仲宗根オバアは言ってきた。突然の言葉に困惑して、アリカの怒りが殺がれる。
「……それで、先の戦いの際に、人員や武器弾薬を惜しんだとでも?」
「うりんあいびーんやしが。……放送ぬ内容ちちゃんやいびーがやー燻っていたやまとぅ国政府へぬ不満が爆発したぎさーなぬよ、くぬ子達が(それもあるんだけどね。……放送の内容を聞いたでしょう? 今までも燻っていた日本国政府への不満が爆発したそうなのよ、この子達が)
 仲宗根オバアは微笑みながら、周囲を見渡す。咳払いをして副団長が立ち上がった。
「沖縄の歴史は、日本国政府からの従属の歴史だ。もはや、これ以上は我慢ならない」
「 ―― さりとて、松塚という女の言は論外だ」
 言いたい事は何となく解った。確認の為に、アリカは口を開く。
「 ―― 沖縄独自で勢力を立てようというのん?」
「そうだ ―― 独立政府“琉球”を建国する」
 ……本気かしら、この人達?
「駐日外国軍はどうするのぉ?」
「幸いな事に、一連の騒動から米軍キャンプでまともに機能する箇所は限られている。温存していた兵力を持ってすれば制圧は充分に可能だ」
 うわ、最低。アリカは心中で唾を吐いた。
「そして、与那国島からの報告で、これ以上の超常体は出現しないと聞いている。また、篭城戦か何かで、日本国政府は、こちらにおいそれと手を出してこられない。……この機会を逃す意味があろうか」
 確かに日本国政府や、本土の方はおいそれと動けないだろう。だが、何かを見落としていないだろうか。下手をすれば琉球政府とやらを打ち立てる間も無く、最悪の結果になりかねない。
 反論する材料を探すアリカは、ふと仲宗根オバアと眼が合った。周りの幹部達を温かく見守っているようで、その実、オバアの眼は笑っていない。アリカはカマを掛けてみた。
「……団長直属とも言うべき『Great Old Ones』と、壱肆特務も決起に賛同しているのぉ?」
「……ぎさーやー。あぬ子達がちきいぇーてぃとぅらすんかちゃーやがは解かいびらんわ。いきらーさぬとも、あぬ子達ぬ趣味に合わないでぃうみーんし(そうね。あの子達が付き合ってくれるかどうかは解らないわ。少なくとも、あの子達の趣味に合わないと思うし)
 なるほど。仲宗根オバアは趣味の人。そして周りの幹部は、実際のところオバアのカリスマ頼みにしているとも考えられる。今のところは、オバアも琉球政府建国に耳を傾けているが、逆に言えばオバアさえ説得出来れば……。ともかく問題は山積みだが、
「 ―― なんくるないさー」
 アリカは小声で呟くのだった。

 

■選択肢
SpH−01)沖縄本島で警戒体制維持
SpP−02)沖縄本島で聖約に従って
SpG−03)沖縄本島で怒りに任せて
SpH−04)琉球政府建国を阻止する
SpG−05)琉球政府建国の為に働く
SpH−06)ティンダハナを維持する
SpH−07)神災部隊残党を狩り出す
SpH−FA)南西諸島の何処かで何かを


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に、当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 維持部隊に不信感を抱き、誓約に呼応する場合はSpP選択肢を。独立政府“琉球”建国の為に動く場合はSpG選択肢を。なお、それらとも関わりなく、人間社会を離れて独自に行動したい場合はFA選択肢にて扱う。ちなみにSBUの立場は那覇駐屯地での結論で決定する。
 泣いても笑っても、次が『隔離戦区・砂海神殿』第1混成団( 沖縄 = 南極 )編の最終回である。後悔無き選択を! 幸運を祈る!

※註1) 三等陸尉……維持部隊では余程の事が無い限り、殉職(戦死)での階級特進は認められていない。

※註2) イエズス・キリスト……日本において、カソリックは“イエズス”、プロテスタントは“イエス”と表記する。らしい。両派の違いを明確にする為に、この表記に倣った。なお件の聖人が真実“ ”の神子であるのか、憑魔核を宿していたのかどうかは、今後も謎のままとしたい。ちなみに米国東部で支配階級はWASP( White / Anglo-Saxon / Protestant )でなければなれない、という俗説がある。らしい。

※註3) 逸早……「いちはや」と読む。略称は、ちはや。俗に言う、巫女装束の事。


Back