第六章:ノベルス


個人運営PBM『隔離戦区・砂海神殿』 最終回 〜 沖縄:南極


SpH6『 I could meet you and was happy. 』

 壁に掛けた的に、ナイフが命中する。よく研がれた刃に毀れや錆はなく、投げた感覚では重量の狂いもない。表情を殺したまま投げナイフを服の内側に仕込むと、メイ・メイスフィールド(―・―)陸軍二等兵はM16A2アサルトライフルを手にした。そして、心の内より湧き出す感覚のまま、意識をティンダハナに向けた。憑魔核が疼き、月光に似た淡い輝きで身を包まれるが気にしない。
「 ―― スクナビコナ。私の声は聞こえているんでしょう? 巫女(ユタ)として問うわ。教えてよ、奴 ―― あたしの大事な人を奪っていた奴らの居場所を」
 そうだ、奴らは許せない。憑魔に寄生され、故郷の地と離れ離れになったメイにとって、神州結界維持部隊(日本国自衛隊)の 八木原・祭亜[やぎはら・さいあ]二等陸士はかけがけのない人になっていった。だが彼女は殺められた。神を狂信する者達によって。クリス・クロフォード(―・―)海兵隊軍曹 ―― 祭亜を直接殺めたと思しき男の名だ。
 メイの呼び掛けに、龍穴(パワースポット)であるティンダハナに鎮座している 少名毘古那[すくなびこな]が声を以って返す。
 ――比川から路たどぅてぃ、島ぬ北側へと移動中やいびんな。(比川から路を辿って、島の北側へと移動中であるな)
「……島の北側? ティンダハナ、それとも与那国空港跡地?」
 現在地を探る事は出来ても、目的までは少名毘古那といえども答えられない。だが、どちらにしても少名毘古那の告げた位置は、距離や時間的にいって旧アヤミハビル館から直ぐに出ても、先回り出来るかどうかは微妙なところである。M16A2を肩に担ぎ直すと、メイは館を後にしようとする。
「……お待ちなさい。あなた1人では危険よ、メイスフィールド二等兵」
 呼び止められてメイは振り返る。戦績を認められて海兵隊伍長に昇進した、ナンシー・ワイアット(―・―)がM40A1スナイパーライフルの調整を終えて立ち上がった。傍には ジョゼフ・キーン[―・―]海兵隊伍長がM249SAW分隊支援機関銃に弾倉を装着終えていた。
「 ―― 自衛隊内でもキャプテン ―― ルグラース、違ったわね……“神の災いマカティエル)”の神災部隊残党を狩り出す為に動いているみたい……。クロフォード軍曹は強敵よ。協力を申し出るべきね」
「解っているわよ、そんな事! でも祭亜を殺されたのよ。居ても立っても堪らないの!」
 憎しみの篭った表情を浮かべるメイに、ナンシーは唇を噛む。もう1人の自分がそこに居た。
「……もう神様なんて信じない。あたしの大切なもの……全てを奪っていく、神なんて……」
「……わたしも同じよ。天使型の超常体が現われて、家族も、故郷も失ったわ。超常体への憎しみならば、あなたにも負けないわ」
 編み込んで垂らしている前髪を掻き揚げて、口元は寂しそうに笑みを形作る。だが、青い瞳の奥には昏い炎が宿っているように見えた。メイは大きく深呼吸をすると、
「 ―― 解った。自衛隊と協力するわよ。で、あたしはスクナビコナのナビに従ってクロフォードを追うけど、あんたも?」
「わたしはティンダハナの防衛に努めるわ。報告によればクロフォード軍曹の部隊はスナイパーがいるから、カウンターを狙うつもり」
 それに襲撃が起こらなくとも……少名毘古那には直接尋ねておきたい事が幾つかあった。ティンダハナに張り付くのは、損では無い。そんなナンシーの思惑に気付かず、
「そうね。やっとの思いで取り戻したものだから、また奪われたら目も当てられないし、祭亜に怒られちゃうもんね……」
 メイは大きく深呼吸をした。無理矢理でも気分を落ち着かせれば、冷静にもなってくる。超常体が一掃されて移動の障害は減ったとはいえ、単独で動き回るのは容易ではない。ましてや相手は道中に罠を仕掛けていく可能性もある。M18A1対人指向性地雷クレイモアの所持は確認されていた。
「 ―― そちらの準備はいいかな?」
 結界維持部隊西部方面隊・第1混成団・第1433班甲組長、松永・一臣(まつなが・かずおみ)が声を掛けてくる。メイは軽く手を振って応えた。
「あたしの方は問題ないわ」
「そうか。……なら索敵並びに交戦に関する規約も結んでおこう。先ず、少名毘古那に探ってもらい、神災部隊残党の移動経路や行動 ―― 分散しているのか、それとも一団での移動なのかだけでも、手掛かりになる ―― を元にして最終目的地及び予想される行動を洗い出す。こちらへの襲撃か、それとも島外への脱出か」
「……現状ではどちらとも言えるわね」
「確かに。それが問題だ。だが有利に戦闘を進めるには追撃ではなく、待ち伏せが望ましい」
 相手の狙いは、ティンダハナの少名毘古那襲撃か、与那国空港跡地から島外脱出か。
「……空港跡地を死守している米海兵隊は、本当に中立を堅持してくれているのだろうか?」
 松永が当然の疑問を持つのは当然の事だった。空港跡に陣取っている亜米利加合衆国海軍・海兵隊第31海外遠征隊第3武装偵察大隊(Force Reconnaissance)は、先の ジョージ・ルグラース[―・―](元)海兵隊大尉との戦いにも沈黙を保っていた。ルグラースが最高位最上級超常体に数えられるマカティエルと周知された後でもだ。そしてルグラースに加担するクリスを看過している。これで疑惑を持たないというのもおかしいだろう。
 勿論、松永としては感情論による意見ではない。不穏分子である神災部隊残党を野放しにすると被害が広まる ―― そして、それを見逃されては問題だからだ。
 同じく残党狩りに名乗りを上げていた、ジョン・スミス(―・―)海兵隊伍長は眉尻を微かに動かした。だが、機械のごとき冷静さを失う事無く、
「彼らは同胞 ―― 衛生兵を害しました。お偉い方々が何を考えているのか知りませんが、彼らは海兵隊の敵です。―― 我々海兵隊は、同胞を害するものに容赦はしません」
 その旨をスミスは連絡していた。だがナンシーは素直に頷けない。事前に与那国空港跡の部隊から発着する交信を傍受するように仕掛けておいたのが幸か不幸か功をなして、どうもクリス側も海兵隊を篭絡すべく動いている気配を感じ取っていたからだ。ナンシーは信頼出来る隊員の1人に、クリスからの接触があった場合、連絡して欲しい旨を依頼しておいた。
 その嫌な予感は当たるもので、キーンが背負っていた隊用無線機が連絡を受ける。険しい表情を浮かべながらナンシーは受信機を取ると、
「 ―― 着たのね」
『 ……ああ。サージ(※軍曹)から連絡があった。そして彼らの言い分も聞いた。サージが言うには、裏切り者は君達という事になる 』
 連絡を傍らで聞いていたスミスが軽く溜め息を吐いた。ナンシーは続きを促すと、
『 サージ曰く ―― 沖縄の自衛隊、つまり第1混成団に不審な動きが見られるのと、与那国で活動している結界維持部隊が“ 結界の破壊 ”を行ったのは事実である。ティンダハナで“ 月に吼えるモノハウリング・トゥ・ザ・ムーン)”が倒れた後に、こちらでも待機していた魔人兵が強烈な波動を体感しているが……それこそが決壊が破壊された証だというのだ 』
 少名毘古那の波動か。力を抑えて、超常体限定になったとはいえ、最悪、少名毘古那にとって侵略者に位置する駐日外国軍も損害があってもおかしくなかったというのが、第14特務小隊長である 殻島・暁(からしま・あかつき)准陸尉の言葉だ。その波動を逆手に取られてしまったか。
『 ……キャプテンに関しても、完全侵蝕されて異生になったが、維持という点で共闘を受け入れており、結界を破壊せんと画策する者達と戦って戦死した。最後まで誇り高きステイツの軍人だったと言う他無い、と 』
 確かに見方によっては嘘を言っていない。だが、
「それでも、キャプテン ―― ルグラースは超常体であり、彼が行ってきた事は天使を称する超常体をこの世界に呼び込む事に他ならないの。……確かに、そうなれば現状のように戦い続ける事もなくなる。けど、超常体達によって作られる新たな世界は、現在とは全く異質のものとなり、人間も人間として存在出来る可能性は低いわ」
 ナンシーは強く説得する。
「逆に、結界を解放する事、また、米国を含む各地の最高位最上級超常体 ―― 主神/大魔王クラスといった『神を名乗る存在』を排除すれば、今後の超常体の発生を無くし、自分達、駐日軍も帰国出来る可能性が生まれるわ」
『 ……それは日本人に流れている御伽噺だ。データ数値による確証は未だ得られていない。サージもそこを指摘していた。騙されているのだと 』
 それでも、皆が故国に帰郷する事を望んでいるのは知っていた。御伽噺を信じたいのは、日本人だけではない。
『 ……だから正直思い悩んでいるのが現状なのだ、ワイアット伍長。サージに付くか、それともスミス伍長に付くか、意見が分かれている。……サージが島外への移動を望めば、それを拒否する力も権限もないのが現状だ 』
「……確認しますが、立場は良くも悪くも『中立』という事ですね?」
 スミスが口を挟む。ナンシーも再度確認した。
『 ―― 結局は、そういう事になるな。……すまない、ジョン』
「気にしないで下さい。貴方達が敵に回った訳ではありませんから」
 通信を終える。黙ってやりとりを聞いていた松永が口を開いた。
「とりあえず敵の狙いは島外脱出という事か?」
「そこまでは判りません。が、ティンダハナ襲撃ならば、彼らを引き込もうとする必要性は薄いかと」
 顔を見合わせるが、悩んでいても仕方ない。焦れたメイが苛立ちを隠そうともせずに、
「どちらにしても動き出さないといけないわ」
「そうね。ティンダハナの護りは、わたしとキーン伍長が付きます。スミス伍長とメイさんは自衛隊と協力して追跡及び攻撃に。スクナビコナのナビがあるとはいえ……」
 ナンシーの先を読んで、スミスが頷く。
「解っています。異教の神の力で位置を掴めても、直接的な偵察も必要ですからね」
 そして出立……の前に、第1混成団音楽隊第140組 ―― 超神戦隊『Great Old Ones』の“ 真紅の炎 ”オールド・フレイムこと 炎・竜司(ほむら・たつし)陸士長が最後に手を挙げた。
「 ―― 悪いが、出る前にしなくちゃならない事があったのを思い出した。通信機を貸してくれるか?」
「……ええ、どうぞ」
「手短にね。ただでさえ出遅れている感じがするんだから!」
 悪いと竜司はメイに謝意を述べてから、通信機に向き直る。周波数をいじると、
『 ―― こちら、『Great Old Ones』より、親愛なる神州結界部隊の諸君。戦隊ヒーローである前に、人間として皆に語っておきたい事がある。この放送を耳にした諸君らに伝えておきたい。いいか?』
 竜司は大きく息を吸う。そして強き意志を込めて吐き出した。
『 ―― 己が身を省みよ。俺達は断じて神の為に戦い続けたのではあるまい! 政府が不甲斐ない? ああ、その通りだ。神の下僕も超常体も強大で、憑魔の浸食に脅かされる日々が続いている、その通りだ。……だが、それでも言おう 』
 拳を握り締めて、突き上げるように振る。
『 ―― だからどうした!と。……不安があるなら、隣にいる同胞の顔を見よ、周りの景色を見渡そう、それこそ我々が戦い続けてきた理由だ。―― 以上!』
 通信機に向かって、竜司は頭を下げる。そして振り返ると、松永達が思わず拍手をしていた。
「 ―― これで沖縄連中の目が幾らか覚めてくれるのならばいいんだがな。何しろ、おれはこう見えても口下手なものでね。上手く伝わったかどうか……」
 それにと独りごちる。第1混成団長、仲宗根・清美[なかそね・きよみ]陸将補の直属ともいうべき壱肆特務と、『Great Old Ones』のみに下された情報を思い出す。知らず、思いが呟きとして漏れた。
「……独立を主張している連中は、北九州で解放されたという三女神や、沖縄の神が『神州……つまりは日本に協力している』のか『地域に協力している』のか確認したのか? 後者ならともかく、前者なら即時殲滅されるぞ……」
「……何か言ったか?」
「いや、何にも。ただ不安になってな」
 竜司は苦笑して誤魔化すが、松永は聞こえなかったのか背中を叩いて、
「 ―― 本島に居る連中にも、多くの何かが伝わったさ。さて……狩りの時間だ!」
「そうだな。さて、仕事をしますかね。……何、危険に飛び込んでこそのヒーローだからな」
 竜司は口元に不敵な笑みを形作るのだった。

*        *        *

 心なしか肩を怒らせながら、第1混成団第101飛行隊・第7小隊長、 西村・哲夫(にしむら・てつお)准空尉は上官の執務室の扉を叩き、入室した。入室の許可を出した上官は、だが机に広げた航空図から目を離さない。良くも悪くも航空戦術に関してだけは間違いなく尊敬に値するのだが……。
「 ―― それで沖縄防衛の航空優勢確立のプランだが、西村准尉の案を聞きたい」
 西村は表情を固くしたまま警戒案を提出する。通して読んだ上官の眉間に皺が刻まれた。
「……確かにさすがは西村准尉というものだが……いささか西側に比重が行き過ぎていないか? しかも、かなり慎重過ぎると……」
 だが西村の強い視線を受けて、言葉を詰まらせる。別段、睨み付けた訳でもないが、
「……事が事だけに慎重に当たるのが当然かと思いますが。そもそも陸自や海自の作戦案と照らし合わせての密な計画を提示願いたいものです。―― 出来る限り納得したいので、書面で」
 机に手を置いて、身を乗り出すように。思わず上官は身を引いて、椅子の背にもたれかかった。
「 ―― いいですか、一佐殿? 我が国は隔離以前から軍事上、微妙な立ち位置にあった訳です。それは超常体が現われ、維持と称して外国軍の駐留を甘んじている今も変わらない。その中で琉球政府独立に関して、わたしが知るところでは、国際社会の承認と支援があるとは聞いた覚えがありません。そして、いざ有事の際、周辺国に抗する為の産業基盤が存在しないのは、一佐殿も御存知のはず」
 言葉を切ると、姿勢を正す。だが西村は眼光鋭く、
「 ―― 陸自や海自の作戦だけではなく、数十年、いや数年でもいい、先を見通した国家戦略の開示を要求します」
「……現在、調整中だ。今、暫らく待て」
「 ―― そうですか、残念です。では、わたしはこれで」
「待て、西村准尉。君は独立に反対なのか?」
 敬礼して退室しようとする西村に、上官が問い掛けてくる。振り返ると、
「わたしは航空自衛官です。電子機E-767の長です。早期に敵を発見し、また味方の戦いを支援出来る事に、誇りを持っています。だから ―― 独立する、しないに関わらず、警戒任務に努めるだけです」
 断言してみせると、愛機に戻ろうと足を早める。建物から出て、轟音に顔を上げた。
「 ―― チヌーク。与那国から帰って来ましたか」

 チヌークから降り立った第1混成団第1432班乙組長、小島・真琴(こじま・まこと)陸士長達を出迎えたのは、第1433班乙組長である 山之内・アリカ(やまのうち・―)陸士長と、松田・信之介[まつだ・しんのすけ]二等陸士だった。
「お帰りなさーい。早かったわね。カズちゃんは?」
「松永さんは敵残党狩りに残るって……」
「……ああ。報告は受けたわん。―― 祭亜ちゃんが亡くなったんですってね」
 沈痛な、そして重苦しい空気が流れる。祭亜について余りよく知らない信之介も押し黙っていた。振り払うようにアリカは笑うと、
「……そうそう。真琴ちゃん、仲宗根オバアへ報告に上がるんでしょ? あたしも御一緒してもいいかしら? ちょっと直接、相談したい事があってね」
「え? ええ、私は構いませんけど。……本当は殻島准尉と一緒に上がるはずだったんですけど、着くなり、壱肆特務ごと居なくなっちゃって」
 迅速な帰還を果たすべく大型輸送回転翼機(ヘリコプター)CH-47JAチヌークを手配し、ついでに真琴達も送ってくれた殻島は、到着するなり部隊ごと姿を消した。
「……何か、ヤバイ気配がするわねぇ」
 真琴の言葉に、アリカは爪を噛むような素振りで呟く。真琴がいぶかしんだ。
「どうしたんですか、山之内 ―― えぇと違った、アリカさん?」
 恨みがましい視線を一瞬浴びて、慌てて真琴は呼びかけ直すと、アリカは満足そうな微笑。さておき、
「……確かに祭亜さんが亡くなったのは哀しい事ですが ―― 与那国に巣食っていた“ 月に吼えるモノ ”は倒しましたし、少名毘古那も解放されて龍穴に収まりました。横取りしようとしたマカティエルも倒れ、残る敵は極一部のみだそうです。南西諸島一帯には、超常体を払う結界も施されているはずですが……」
 周囲を見回し、真琴は声を潜める。
「 ―― 天草からの放送があったとはいえ、那覇の雰囲気がおかし過ぎます。まるで臨戦態勢の緊張感です」
 アリカは微笑むと、だが小声で、
「 ―― 独立政府“ 琉球 ”というのを建国しようという動きがあるのよ」
「ほっ本気ですか?!」
 思わず大声を上げそうになる真琴の唇に、アリカは人差し指でチャック。後ろで笹本三姉妹が抗議の声を上げるが、信之介が押し宥めていた。
「……殻島准尉は立場上、真琴ちゃん達よりも先に知らされていた可能性が高いわねん。先走らないなら良いけど」
 詳しい話をしながら、早足で団長室へ急ぐ、アリカと真琴。2人に続く、信之介と笹本三姉妹が油断無く周辺に気を配ってくれていた。
「……オバアが推進しているんですか?」
「いいえ。今のところ流れを見極めようとしているみたいだけど……なにぶん、あの性格でしょ? 場合によっては大変な事になるわよ」
 特撮戦隊の設立を嬉々として後押ししているぐらいだ。真琴も複雑な表情を浮かべるしかない。
「 ―― そういえば、本田さんは?」
 いつもアリカを補佐している 本田・勝正[ほんだ・かつまさ]一等陸士の姿が見受けられない事に、真琴は疑問。アリカは苦笑をすると、
「馬鹿どもに可愛い班長が怪我させられてね。大事を取ってカッちゃんに付いてもらっているの。……さて、ついたわ」
 警衛に所属と用件を述べて、真琴とアリカは入室。信之介と笹本三姉妹は廊下のままだが、いつでも突入出来るように待機する事を頷いてみせた。
「 ―― 第1432班乙組長、小島真琴陸士長。与那国攻略の報告の為、入ります」
「おまけは第1433班乙組長、山之内アリカ陸士長。真琴ちゃんの付き添いよん♪」
 仲宗根オバアが朗らかに笑いながら、入室を許可する。先に無線で伝えていた報告を書き留めた紙を机に広げながら、真琴達を促してきた。
「……うたいみそーち。問題はぬくたんままやしが、かたまどーちはちちゃんわね(御苦労様。問題は残ったままだけど、一段落は着いたわね)
「 ―― 新たに問題が生じているけどねん」
 アリカの突っ込みに、微笑で応じるオバア。下士官が指揮官にタメ口で接する。暴力的なまでに自由・実力主義たる維持部隊だからこそ許される状況だ。オバア自身も20年近い超常体との戦いを生き残り、実力で以って団長に昇りつめたのだから。
「小島士長も既にちちょーんわやー。ぬーがら意見があいがらーしら?(小島士長も既に聞いているわね。何か意見があるかしら?)
 アリカほど崩して発言は出来ず、真琴は緊張しながら答えた。
「……しょっ、小官の考えでは、まず沖縄が独立しても国家を支える産業基盤が喪失している現状では独立後の国体を維持する事は不可能であります!」
「……『国体』は意味違うんじゃないかなぁ」
 アリカが突っ込みを入れるが、一杯一杯の真琴はそのまま続けるのみ。
「……つっ、次に、日本から独立すると言う事は、中共(中華人民共和国)や亜米利加の注意を引き付けるだけで、軍事的なリスク跳ね上がります。またSBU(Special Boarding Unit:特別警備隊)も独立阻止に動く可能性が高いと思われます」
「あら。SBUはわんぬシンパぬぐとぅから、かんなじしも独立阻止にんじちゅんとも限らないぬよね(SBUは私のシンパらしいから、必ずしも独立阻止に動くとも限らないのよね)
 今度はオバアの突っ込み。それでも真琴はくじけない。言いたい事は最後まで!
「つっ、つまり、独立をすれば、また沖縄が戦場になります。―― これらの危険を踏まえた上で独立を主張されるのでしょうか?」
 真琴の問いに、オバアはアリカと顔を見合わせた。アリカは曖昧に微笑み返すだけ。
「また沖縄が独立したら真っ先に中共が支援の名目で派兵するでしょう。その際、幾ら龍脈を押さえたとは言え、物量にて与那国を攻撃されたら、少名毘古那でさえ返り討ちにするのは困難になります!」
 最後まで意見を述べると、真琴は荒く深呼吸を繰り返した。オバアは含み笑いをすると、
「……以上?」
「 ―― 以上です!」
 オバアは続いて、アリカに視線を送る。机に肘を着いて、口元で両手を組んでみせた。アリカは肩をすくめると、
「……あたしも真琴ちゃんと言いたい事は大体同じなのよねぇ」
 そう前置きしながら、瞳に不敵な笑みを浮かべて、
「 ―― 現在の状況で琉球国として独立した場合、まず琉球政府が国際的に、国家として認知されるかという問題が発生するわね。琉球が国として認められなければ諸外国との外交は難しくなり、物資を海外に頼るばかりの沖縄は建国早々国民を飢えさせる事になるわん。……勿論、食料だけでなく、武器弾薬、そもそも先の戦いによる被害の復興にも物資は必要だわ。多少物資を溜め込んでいる程度で、琉球国が自給自足を可能とするまで保つとは到底思えないからぁ」
 隣で真琴が相槌を打った。
「そして再び国際関係の話に戻るけどぉ、琉球政府建国が日本国の内乱とみなされた場合、超常体に加えて、各地の叛乱にまで手を付けなければならない日本政府に余力が無い事を理由に、亜米利加さんが軍を率いて鎮圧にやってくる可能性が一つ。また内乱であろうと無かろうと中共が勢い付いてやってくるのも、ほぼ確定した可能性として一つ。更に、露西亜からも軍が派遣されてくる可能性も一つ。なお統一朝鮮(※註1)は問題外」
 それに、とアリカはよどみなく続ける。
「万が一ではあるけど、クトゥルフ神群の消滅した沖縄に、他の超常体がやってこないとも限らないわねぇ。真琴ちゃんからの報告では、力は抑えられるとはいえ、高位超常体が侵入出来なくもないらしいから」
 アリカは芝居がかったような溜め息を吐いて、
「……端的に言って、現在の琉球政府の国力では話にならない敵がうじゃうじゃとやってくる。それに対抗する策なくして独立を宣言すれば、琉球は再び国土を蹂躙され、大国の属国となるわ」
 真琴は唾を飲み込んだ。オバアを盗み見るが、平然とした表情を続けている。アリカの意見は未だ止まらない。
次に沖縄内部の話になるけどぉ ―― 沖縄駐在の結界維持部隊内部での団結がなされていない状態での独立は非常に危険だわん。沖縄は本土から遠く離れている為、沖縄人の結界維持部隊員が多いとはいえ、本土からやってきた人間が居ない訳ではないし」
 苛立たしげにアリカの爪先が床に音を刻んでいた。
「……故郷を捨ててまで、沖縄の独立に参加してくれるとは到底思えないわ。そもそも、それは沖縄人が全て独立に賛成するといった前提付きの話であって、沖縄人ですら独立に賛成しない人間は居るわよ。そういった人間が真面目にこちらの命令に従うかしら。むしろ反乱を警戒する必要さえあるわね」
 真琴の視線に、苦笑しながら、
「……別にあたしがそうだと言っている訳じゃないけど。でもね、反対派への対処について、まず駐日外国軍とともに殲滅するといった手段が考えられるけど。乱暴な話ね。しかし、つい先日まで同じ仲間であった人間を殺害するのは、賛同者の士気や、独立への意思にすら係わってくるわ。―― 監禁するのは人と食料と労働力の無駄だから論外。放置していても良いかもしれないが建国早々反乱の芽が蔓延っているというのは余りにも笑えない」
 だから、ダウト。両手で×の字を作るアリカ。そして口調と雰囲気が変わった。挑みかかるように、
「 ―― 第一、各地で叛乱が起きそうだから俺達も、といった尻馬に乗ろうとするような根性が気に食わねぇな。堪えに堪えて、入念に準備を整えた上で行動に移すのが指導者の役割だ。時勢を観ずにその場の勢いだけで行動しても、待っているのは破滅のみじゃねぇか」
 アリカは机の端に腰掛けると、オバアへと犬歯を剥き出して笑った。
「ちなみに中共への抑止力であった米軍を排除すれば、奴らは意気揚々と沖縄へ侵略してくるに違いない。日本からの独立を宣言すればなおさらの事だ。……超常体が居なくなった今、先島諸島への侵攻が以前より容易くなっていると思われるな。―― 独立なんかほざかせるよりも、中共への警戒を強化するようキツク言い聞かせるべきじゃねぇか?」
「……同感だな。しかし何だ。俺と似たような奴が居るじゃねぇか」
 声に振り返ると、いつの間にか髪を斑に染めた男が、副団長を羽交い絞めにして笑っていた。右手に握っているナイフの刃先は、首に押し当てられている。真琴が息を呑んだ。
「 ―― 殻島准尉!」
 さらに警衛が慌てて入室してくる。殻島の姿に驚きの表情を浮かべたが、すぐに9mm機関拳銃エムナインを向けながら報告を上げる。
「仲宗根団長! 壱肆特務が士官宿舎へと襲撃をかけています!」
 アリカは殻島に斬り掛かろうとする信之介を止める。真琴は笹本三姉妹に入室してこないよう厳命した。殻島は唇の端を歪める。
「いい判断だ。……そしてお前は理詰めで説得しているようだな。だが事は一刻を争うぜ。だから俺は力で以って独立なんて絵空事を潰しに来た。……さて、どうするんだ?」
 犬歯を剥き出して笑いながら、殻島はオバアを見詰めるのだった……。

 時は少し遡る。
 独立政府“琉球”建国の戯言を耳にした殻島は、持てるコネクションを利用して航空科の支援を取り付けると、速やかに本島へ戻る事を決意。
「……独立なんていうが実際、沖縄と周辺の諸島だけで状況を維持していく事なんて出来やしねぇんだ。これを契機に中共軍が侵攻を開始する ―― あるいは最初から密約が交わされている可能性がある」
 チヌークでの移動中、真琴達とは隠れて密談。片腕存在の 邑井・郡次[むらい・ぐんじ]一等陸士が片手を小さく上げた。
「まぁ乱暴ではありますが、隊長の考えが最悪の形で当たっていれば、確かに時間が問題です……が、神災部隊残党は放置ですか?」
「 ―― 封印されていた少名毘古那は解放した。クトゥルフの覚醒を妨げて再び海に沈めた。“ 月に吼えるモノ ”を倒して龍脈は取り戻した。さらにマカティエルも退けた。……幾つか俺自身は直接関わっちゃいねぇが、それでも立派に任務は果たした! 文句あるか」
「……文句は無いですけど、休みが欲しいですね。幾つか溜まっているゲームがありまして」
「 ―― 人生はゲームより過酷で、だからこそ面白い。それで満足していろ!」
 邑井へと、でこピン突っ込み。
「とにかくだ。独断だが、世迷言をほざいている馬鹿どもを叛乱軍として排除する。繰り返し述べるが、中共による沖縄侵攻を阻止しなければ、龍脈を取り返した意味が無くなるんだ。つまり、俺達がやってきた事が全てドブに捨て去られるんだ。こんな腹が立つ事はねぇだろう?!」
 重罪人によって構成される懲罰部隊たる壱肆特務。正直、国のあれこれ、政府思惑などどうでもいい面子ばかりだが、コケにされるのだけは腑に落ちない。殻島の言葉に奮い立った。
「 ―― で、那覇に戻り次第、速やかに粛清と……本当ならばアベコベな事態なんですが、それもまた一興ですね。……しかし隊長。お客さんはどうします?」
 邑井は、真琴達を指差す。さすがに壱肆特務の移動に便乗させてもらっている事もあって、笹本三姉妹による真琴への求愛行動はおとなしめだ。とはいえ壱肆特務とは違う雰囲気をまとっている存在というのは変わりない。殻島はばつの悪い顔をすると、
「……本当ならば、これから俺達がやるつもりの事を聞かせ、同意出来るかどうかを条件にするつもりだったんだが」
「 ―― 同意したんですか?」
「いや。どうせオバアのところに報告に上がるんだ。その時、敵に回ったら一気に片付けるさ」
「鬼小島相手に、一気に片付けられるかどうか……」
 邑井は眼鏡の弦を中指で押し上げながら溜め息を吐いた。殻島も頬をひくつかせながら苦笑する。
 ともかくも那覇航空基地に降り立った壱肆特務は、速やかに行動した。駐屯地会議室をはじめ、士官宿舎等を襲撃。抵抗する素振りを少しでも見せた者を無力化していった。―― そして現在に至る。
「……んな殺しにやてぃんしたぬ?(皆殺しにでもしたの?)
 殻島がナイフを突き付けている副団長の存在を気にせず、オバアは暢気な口調で訊ねてくる。
「 ―― 俺はそのつもりだったんだがな。だが土壇場で邑井の奴が裏切りやがって……『隊長、やっぱり密約の証拠が見付かるまで殺すの無しにしときましょ』」
「うれーゆたさたんわ(それは良かったわ)
「とはいえ拘束して監視する人員も、時間もねぇからな。仕方が無いから、手足の骨を全て叩き折って放置中。そして偉そうな数人だけが楽しい尋問ターイム♪ 今頃、邑井は電気椅子ゴッコして遊んでいるんじゃないか? 万一、感電死しても事故という事で1つ」
「 ―― 拷問というんだ、アレは!」
 口笛を吹く殻島に、思わず副団長が泣き喚く。対照的にオバアは朗らかに笑う。
「……あんしーわんにん殺しにちゃん?(それで私も殺しに来たの?)
「一応、あんたの本意も問い質すが、“ 神の杖フトリエル)”の煽動演説や、琉球政府建国宣言予定で浮き足立っている第1混成団をまとめられそうな人物は他に居ないんでね。殺しはしねぇよ」
「あら、うれーたしかたんわ(あら、それは助かったわ)
 声を立てて笑う。妖怪オバアめ、と内心で殻島は悪態を吐いた。
「 ―― で、どっちだ?」
 アリカや真琴といったギャラリー達が固唾を飲んで見守る中、オバアは――
「独立んでぇしちんうむっさぬなさぎさーやー。問題点指摘しーぎちなー理詰めで説得、なーひん力尽くやてぃん阻止さったんぬやれー、わんやてぃんお手上げだわ(独立なんてしても面白くなさそうね。問題点を指摘しながら理詰めで説得、さらに力尽くでも阻止されたのならば、私でもお手上げだわ)
「そんな、団長――」
 玉を転がすような笑い声を上げるオバアと対照的に、副団長の顔は情けないものに変わる。アリカや真琴にとっても望む結果になったはずなのに、素直に喜べないのは何故だろう。
「よし。―― あとは密約の有無なんだが……。まぁ言いたい事があるなら喋らせてやる。だが国を売る事も、各地で戦闘を続けている僚友を見殺しにし、自分達だけ保身を図る事も許す訳には行かねぇな。……これから始まる『黙示録の戦い』での士気にも関わって来るから、やっぱ皆殺しにするか?」
「待て。先程から売国奴呼ばわりだが ―― それだけは許せんぞ。本官は琉球の独立を望んでいるのだ。それは日本や亜米利加、そして隣国である中共の支配も跳ね除け……」
 副団長は喉元に当てられている刃を忘れて、抗弁と力説を始めたが、
「 ―― 本気で沖縄だけで独立するつもりだったんか、この馬鹿どもは……」
 殻島は脱力。押し当てていたナイフを仕舞うと、乾いた笑いを上げる。
「何で、こんなのを副団長にしやがった?」
「……維持部隊は暴力的なまでぬ実力主義んでーいえ、地縁や血縁ぬしがらみもなまぬくてぃうぃがよ。うんぐとーる訳(維持部隊は暴力的なまでの実力主義とはいえ、地縁や血縁のしがらみも未だ残っているのよ。そういう訳)
 肩をすくめてオバアは返して来た。とはいえ、
「くぬちゅはともかく、中共と密約交わそーん人物がうらんとも限らないわやー。壱肆特務は洗い出しちぢきーんとともに、侵攻にすなわいておきよーさい(この人はともかく、中共と密約を交わしている人物が居ないとも限らないわね。壱肆特務は洗い出しを続けるとともに、侵攻に備えておきなさい)
「おいおい。俺の独断による行為も、命令の一環としてしまうって訳か? ……いいさ、りょーかいしたぜ、オバア」
 鼻で笑うと、殻島は副団長を引き摺りながら退室。残ったアリカと真琴は顔を呆けていたが、
「第1403中隊第1小隊も警戒待機ね」
 オバアの言葉に、顔を見合わせてから、
「「えー?! もしかしてババ引いたぁー?」」
 一同、悲鳴を上げるのだった。

*        *        *

 ティンダハナに陣取ったナンシーはキースとともに、周辺に敵が潜伏していないか入念に捜索した。少名毘古那の探知があるとはいえ、油断は出来ない。
「……遠距離からの狙撃という手もあるし。キーン伍長、その時は用意していた通りに頼みます」
 ナンシーの言葉に、キーンは黙って頷く。そのまま周辺の警戒にM249SAWを設置していく傍ら、ナンシーは少名毘古那に呼び掛けてみた。
「 ―― 何か、質問があるとか?」
 応じて、燐粉を撒きながら蛾の羽をはためかせて少名毘古那が現われる。(※なお、少名毘古那は琉球方言で喋っているのだが、読み易さの為、標準 ―― 東京方言で一時的に記述する)。
「ええ、幾つか尋ねたい事があるの。とりあえず、わたしが考えてきた事を聞いてくれないかしら?」
 まずはマカティエルや殻島が語っていた“ 遊戯 ”について。
「 ―― 人間世界を創ったのが、“ 唯一絶対主 ”であり、ヘブライの天使、日本神話の神々がそれぞれの伝承通り、唯一神から創られたと仮定すれば、互いの“ 唯一絶対主 ”は同じと推測する事が出来るわ」
 厳密には、日本神話の神々は唯一神から創られた訳ではない(※伊邪那岐と伊邪那美の国産みによる)が、少名毘古那は話の腰を折らずに黙って聞き入ってくる。話の本題では無いからだ。だからナンシーも気付かずに続けて、
「“ 遊戯 ”とは、“ 主 ”主導の、世界各地の神々による支配権争奪戦を言うのではないかしら? また、日本に神々が集中して顕現したのは、龍脈の力なくしては、高位超常体は顕現、活動が出来ないのではないか。その為、まず、日本の神々を封印した上で、世界各地のレイラインを通して、神々は日本に顕現したの? そして憑魔核は、異界と人間界を結ぶ特異点?」
 前髪を弄りながら呟いていく。
「……あの蛇男は、『陣取り合戦』と言っていたけれど今の状況はその通りね。争奪戦に破れた神々は与那国の天使やクトゥルフのように排除される……」
 ナンシーが面を上げると、少名毘古那は苦笑。
「……ふむ。面白い見解ではあるが、考え過ぎだな」
 否定されて、眉間に皺を寄せる。
「霊脈等、関係無い。もっと単純な話だ。日本に異邦の神々が顕れたのは、この地が遊戯場に選ばれた、それだけが理由だからだ」
 マカティエルは告げた。神州はメギドの丘だと。それ以上でも、それ以下でもない。龍穴は異界の接点を繋げる為に利用したかったようだが、だからといって少名毘古那によれば、超常体の顕現に不可欠という訳でもないらしい。
「……とりあえず、今のが質問というわけではあるまい? 我が話す事が出来るものは答えようぞ」
 謎が更に謎を呼んだようだが、ナンシーは予め用意していた質問を順序良く尋ねていく事にした。
「そうね……では、最初にあなたを封印した存在と、手段、そして時期について教えてくれるかしら?」
「随分と苦い思い出だ。―― 人間だよ」
「……What?」
「我は人間の手により封じられた。――“ 這い寄る混沌 ”が力を貸していただろうが、結局、我はこの地の人間の裏切りによって封じられたのだ」
 少名毘古那が語るところによれば、封印へと力を注いでいるのは世界各地の神あるいはそれに相当する魔王らしいが、実際に封印を施したのは人間という。脅された、唆された、騙された……経緯は色々あろうが、その事実は変わらない。
「……我の場合は、夜闇の中で焼夷手榴弾というのか? ―― とにかく多量の炎によって炙られた。力が殺がれたところを、アヤミハビル館に封じられたのだ。昆虫採集のごとく針で縫い付けられてな」
 確かに、裏切りには違いない。となればフトリエルの放送も真実が含まれているという事だ。
「……そう。だけど、どうして? あなた達は天使どものように積極的に異界への接点を繋げようとする様子が見られないわ。わたしが見たところでは、日本の神々は“ 遊戯 ”に参加する意志に乏しいとしか……」
「“ 遊戯 ”には参加させられている、といった言葉が近いだろう。我等の勝利条件は封印から解放されて、守護地を取り戻す事になるから」
 少名毘古那の指摘に、ナンシーは驚きとともに納得の声を上げた。確かに解放されて、超常体を追い出す ―― 奪われた陣地を取り戻すとも言える。“ 遊戯 ”参加と取れない事も無い。
「では更に聞くけど、日本の神々は大きく二派に分けられていると聞くわ。土着の國津祇と、高天原の天津神。―― 天津神も天使と同様、地上に進出する意志があるの?」
 ナンシーの疑問に、少名毘古那は一瞬沈黙。だがすぐに笑い出した。
「本当に汝は考え過ぎだ。……確かに我等は大きく二派に分かれているが、封印されているのは共に同じ。異邦の神々にとって邪魔なのは同じだからな。天照は辛うじて封印を逃れて『落日』なる機関により護られていると、祭亜という娘が生前に漏らしていた。だが月読や思兼といった天津神も封じられたらしい」
「……そ、そう」
 確かに考え過ぎだったかも知れない。だが、それも自分が異邦人であるからだと思えば、日本人が疑問にすら思っていない事でも尋ねるのは当然だろう。
「では続いて聞くけど……あなた達をはじめとする日本の神々の顕現時期は? 超常体が公式に記録される以前から、日本に存在していたの? あなたの口振りから昔から与那国にいた様子が窺えるし、また、人間に憑依していたり、異界の門から訪れたりする様子も見られない……」
「存在していたといえば存在していたと言えるだろう。何故なら ―― 我等の存在なくして、この地は働かないのだから」
 ナンシーの疑問に、少名毘古那は何でもないように答えた。笑って続ける。
「……それが、我等が封印だけで、殺されなかった最大の理由だ。我等を殺せば、この神州そのものが滅びる。“ 遊戯 ”どころではないな。だが自由にしておいても邪魔になる。だから我等を殺さずに封印だけして、管理 ―― 支配権を奪っているのだ」
 周囲を見渡しながら、
「ちなみに我等が人間に憑依しない訳は、既にあるこの姿の方が力を最大に使えるからというだけに過ぎない。緊急時や必要があれば、やむなく人の身を借りよう。封印を逃れたとはいえ天照は人の身に降りているらしいしな。―― そして異邦の神々が憑魔核とやらを通じて、人の身を奪おうとするのは、この世界に訪れる時に消費しなければならない力を抑える為だ。充分な時間と力を引き換えにするならば、人の身を奪う必要は無い。……上手く言葉に出来ないが、大体そういう事だ」
 熊本の人吉に顕れたバールゼブブも、福岡の直方に顕れたセトも人の身を借りていない。その身体を構築する細胞組織器官は、充分な時間と力を掛けて練り上げたものらしい。それ故に魔人よりも数倍以上、驚異的な力を発揮する。クトゥルフもそうだったのだろう。だからこそ完全に目覚める前に倒さなければならなかったのだ。
「……最後の質問よ。憑魔を人体から分離できる可能性の有無は?」
「 ―― 無理だ。既に身体 ―― 神経や血管、筋肉繊維といった細胞組織器官の一部となっている憑魔核を分離する事は、傷付ける事と同じだ」
 切って捨てられた。が、少名毘古那は微笑みながら言葉を続ける。
「だが無力化させる事は出来る。もっとも『黙示録の戦い』が終われば、の話だが……」
 その言葉を信じて希望とするか、それとも絶望とするか。ナンシーは唇を噛んだ。
( でも1つ解った事がある…… )
 今まで日本の高位超常体について、天使達のように明確な行動指針を察する事が出来なかった。それは封印されている為、組織だった行動が出来ないのか……。それとも意図を隠しているのか。ナンシーはそう推測していたが、
( 封印されていた事で、受け身や後手に回っていただけで彼等も明確な行動指針を持っている。それは封印から解放され、侵略者を追い出し、支配地を取り戻す事 ―― つまりは復讐…… )
 確かに彼等も“ 遊戯 ”に参加していると言えたのだ。ナンシーは知らずに身震いをする。少名毘古那が荒らぶるままに力を取り戻していたら……侵略者と看做されれば、駐日米軍も危うかったのは間違いない。
「……む。敵を捉えたぞ。あまり動きが無いようだが……汝等を待ち構えているのか?」
 少名毘古那の呟きに、ナンシーは我に帰ると地図を広げる。場所は空港跡に近い。狙いはティンダハナではなく……。
「キーン伍長、無線を!」
 敵が待ち伏せしている事伝えるべく、ナンシーは無線機に取り付いた。

*        *        *

 先行して状況を探っていたスミスの額に、汗が流れ落ちた。冷静を努めようとするが、動揺は抑えきれない。咄嗟に構えていたM4A1カービンライフルを乱射する。だが銃口から発射された5.56mmNATO弾は、白人男性が張った氣の盾によって阻まれた。
「 ―― スウェンソン伍長! あなたも敵に回ったのですか!」
 スミスの怒声にも似た呼び掛け。ロイ・スウェンソン[―・―]海兵隊伍長は氣弾を以って応じてくる。だが同じく斥候としてバディを組んでいたメイが、素早くナイフを投じた。半身異化によって強化された身体能力は、ナイフの投擲をより素早く、より鋭利に、かつ技巧的なものと変えた。操氣系魔人はスミスに放とうとしていた氣弾を、飛来するナイフへと変更。投げナイフと氣弾が衝突し、生じた爆発がスウェンソンの体勢を崩す。
 追い討ちを掛けるべく、スミスが騎兵銃を構えるが、
「――危ない!」
 警告を耳にした瞬間、反射的にスミスは銃身を横にして攻撃を受けた。刃が喰い込み、そして酸で腐食されていくような匂いがスミスの鼻を付く。敵は勢いのままに曲芸じみた体捌きで以って、もう片方に握っていた刃をスミスへと振り下ろそうとした。が、先程に警告を発した竜司の拳から、放たれた炎が舌となって中空を走る。慌てて飛びずさる小柄な人影。
「 ―― サージェント・クリス!」
「気安く呼ばないで下さい、異端者が」
 金髪碧眼の美童だが、その端正な顔に似合わぬ憎悪の篭った視線でスミスを射抜く。クリスの視界を遮るように跳び出たのは、メイ。ナイフを飛ばすだけでなく、AN-M14焼夷手榴弾も放る。爆発する前に、両者は飛びずさった。
「……呪言系に対して近接戦闘は不利ですよ、メイスフィールド二等兵。しかも白兵距離で、手榴弾を放つとは無茶をする」
「解っているわよ! でも仕方ないじゃない。こうでもしなければ、あんたも今頃死んでいるわよ! ―― 油断していたわ。もはや距離で稼げるような戦いじゃないんだもの」
 少名毘古那の探知で神災残党の位置を掴んでいた追撃部隊だったが、戦いの幕を開けてみたら、双方、出会い頭のぶつかり合いとなった。奇襲すべく松永の祝祷系能力による光学迷彩で接近したのが、操氣系のスウェンソンに対して裏目に出てしまったのだ。敵は氣で逆探知しただけでなく、分隊を囮として、クリスとスウェンソンは気配を隠して潜んでいた。スミスがポイントマンを買って出ていなければ、仕掛けられていたブービートラップに引っ掛かっていた上に、待ち伏せも受けて、一方的に壊滅されていただろう。
「 ―― スミス伍長、交代だ! 接近戦ではおまえじゃ分が悪い。支援に回ってくれ」
 炎をまとって前に出る、竜司。スミスは心得たとばかりに退こうとするが、ここで今まで守備態勢にあったクリス分隊が、指揮官の指示で攻撃に転じた。M249SAWから放たれた銃弾が嵐となって襲い掛かってくる。『Great Old Ones』の面々が持てる能力で壁を張るが、前進する勢いを殺されたのは間違いない。
「 ―― こちらも応戦だ。制圧射撃!」
 松永の指示で、第1433班甲組もMINIMIで弾幕を張る。僅か数十mの距離空間は、無数の弾雨が飛び交う地獄と化していた。だが単純に人数の差で分が悪い。三方からの集中砲火だ。抗し切れずに部下の1人がついに倒れる。運悪く弾丸は額を貫いており、即死だ。松永は唇を噛むと、敵の意識が注がれた瞬間を計って点滅発光を放つ。一瞬とはいえ、ぼやけさせた敵の狙いが狂った。隙を突いて接近した『Great Old Ones』が疾風を、吹雪を、雷撃を、そして火炎を叩き込んだ。
「 ―― これで、残る敵は……ッ!」
 攻撃を叩き込まれた敵部隊が大爆発を起こし、衝撃と火炎が『Great Old Ones』を襲う。火炎系魔人である竜司は耐性があったが、爆炎を浴びて“ 純白の風 ”オールド・ウィンドが沈む。また“ 碧青の水 ”オールド・アクアが地面から跳び出した影に、ナイフで首を掻っ切られた。
「これでノロという魔女を2人、地獄に送って差し上げました。……次はあなたです!」
 アクアの頚動脈から吹き出す血を浴びながら、クリスが“ 漆黒の雷 ”オールド・サンダーに迫る。弾雨や爆発の中でも、部下が張っていた氣の防護幕と、纏っていた抗弾チョッキで美童は無傷に近い。何とか立ち直ったサンダーはジャングルマシェットで、クリスの初手を受け止めるが、続くもう片方からの二撃目は防ぐ事が出来ない。
「……これで、3人目!」
 だがクリスの攻撃は、代わって竜司の銃剣が受け止めた。そのまま竜司は炎をまとわせた蹴りで突き放す。クリスの小柄な身体が派手に吹っ飛んだが、
「……体術で衝撃を殺しているな」
「チョッキに、そして操氣系の支援もあるぜ。見掛け以上に防御が堅い。そして……」
「ああ、双剣使いだな、奴は。……こちらも早急に二刀流化を進めておくべきだったな」
 荒い息を吐きながら、クリスと攻防を交わす竜司とサンダー。2対1でありながら、旗色は悪い。遠距離戦でもって殲滅するはずだったが、接近戦を強いられた事によって呪言系能力への警戒に気を配られなければならなくなった。また防御面が遥かに上回っている。邪魔な分隊は削減したが、爆弾を抱えているとは思わなかった。そして残る操氣系魔人が厄介極まりない。氣の障壁や防護幕で支援射撃の5.56mmNATOを弾く。またクリスに活力を注いだり、氣弾を放って攻撃を逸らしたりする。―― 逆に言えば、
「あの魔人兵の存在が、勝敗の鍵を握っている!」
 結論は明らかだった。光を操り、松永は乱舞する。視界を光で遮っても、気を以って対応してくる。精神攻撃も効きそうは無い。小手先の技での攻略が難しいのならば……。
「 ―― 力尽くで、強引に押し潰すだけ!」
 光量が増し、周辺がホワイトアウト。閃光で埋め尽くされた空間で自由に動けるのは、氣を探っているスウェンソンと、光を操る松永、そして……。
「 ―― 84mm砲弾の直撃は、幾ら何でも防ぎ切れないだろう!」
 84mm無反動砲カール・グスタフを肩に担ぐ松永。だが発射するより早くスウェンソンが氣弾を放とうとする。だが正確に投擲された手榴弾が、意識を逸らした。
「 ―― 魂やー魂やーうーてぃくーゆー魂やー」
 巫女であるメイもまた、光を操って、スウェンソンへと攻撃を放っていたのだ。浴びせられたナパームを反射的に氣の防護幕で払おうとしたスウェンソンは、松永の放ったHE榴弾への対応が遅れた。直撃を受けて、半身が吹き飛ぶ。それでも……
「まだ立っている!」
 メイは思わず悲鳴に似た叫びを上げた。痛覚を遮断したのか? スウェンソンは最期の足掻きに、巨大な氣の塊を生み出して爆発させようとしていた。だが、
「 ―― させるか!」
 カール・グスタフを捨てた松永は肉薄すると、エムナインを突き付けて全弾叩き込む。氣の塊は霧散していき、そしてスウェンソンはついに絶命した。
「 ―― 伍長! あなた達、よくも!」
 視界が回復したクリスが怒りの声を上げるが、
「『よくも』とはこっちの台詞よ! 祭亜の仇!」
 メイは憎しみを込めて焼夷手榴弾を投げる。氣の防護幕がなくなった事で、クリスは慌てて避けるしかない。そこを、
「 ―― Mr.サンダー、これを!」
 スミスが回収したククリナイフをサンダーに投げ渡す。空中で受け止めると、勢いをつけてサンダーはクリスに踊りかかる。マシェットとククリナイフが、クリスの双剣と噛み合った。クリスの両手が塞がり、胴がガラ空きとなっているところを、
「 ―― これで、最後だ!」
 右の拳で握ったジャマダハルに炎をまとわせ、竜司が背後から突っ込む。ジャマダハルはクリスを貫き、そして炎が身体内部を灼いていく。
「……まさか。そんな ―― エリ・エリ・レマ・サバクタニ……」
「神なんていないわ。少なくとも、あなたにはね!」
 最後の投擲。クリスの喉元にナイフの刃が突き刺さる。念を入れて、スミスが火炎放射器で亡骸を焼却処分した。十字を切るスミスの隣で、メイが崩れ落ちる。両足を抱えるように座ると、顔を埋めて声を上げて泣きじゃくった。
「……祭亜。やったよ、仇を討ったよ」
 残敵が居ないか確認した松永は一息を吐く。竜司はサンダーとともに、アクアとウインドの遺体に毛布を掛けてやっていた。
「これで本当の意味で終わったのかな?」
「……超常体相手の戦いは、一段落着いたのは間違いない。だが――」
 竜司は上空を仰ぎ見る。飛行機雲が青空のキャンパスに白い線を引いていた。
「……どうやら、別の戦いが始まったようだ」
 とはいえ、もう自分達に戦う力は残っていない。そちらは任せたとばかりに、竜司は彼方を眺めるしかなかった。

*        *        *

 日本国西端に位置する先島諸島は、前世紀から中共や中華民国(台湾)が領有権を主張し、度々侵犯してきた海域である。
 それは神州が隔離された現在も変わらない。むしろ超常体出現初期においてナパーム弾投下による爆撃や、核兵器使用の焦土作戦を敢行した中共は、復興する為にも海底資源の確保を必要としていた。
「 ―― やはり来ました、ヘリボーン部隊」
 センサー操作士官が告げた報告に、機長の西村以下、コールサイン『ピノキオ』ことE-767早期警戒管制機一同は顔を引き締めた。
「 ―― 夜間に、黒鷹が攻めてきましたよ」
 中共陸軍のS-70C-2汎用回転翼機『黒鷹』は、シコルスキーUH-60ブラックホークの中共軍制式採用名である。
「 ―― 狙いは宮古島群島ですか。という事は既に海面下をキロ級が泳いでいると……」
「当たりですよ、機長。ペンギンより通達がありました」
 哨戒機ロッキードP-3オライオンことコールサイン『ペンギン』は、確かに中共キロ級の接近を捉えていた。さらに遠海では玉亭型揚陸艦が見られる。発着看板を備えている為に、黒鷹の巣は間違いなくこれだと思われた。ただし玉亭自身は未だ日本国政府が主張している日中中間線を越えていない。だが突け入られる隙を見せれば、兵員を積んだ724型エアクッション揚陸艇を繰り出し、我が物顔で侵犯してくるだろう。
「下地島に航空支援要請。また領空侵犯の旨を敵機に警告!」
 西村に促されて、通信士が伊良部島のSBU飛行隊へとF-4EJ改ファントムII派遣を要請する。
 日本にとって幸いな事に超常体の出現で、中共は空母の独自開発、そして露西亜から艦載機を購入する事に失敗している(※註2)。だからこそ南西諸島攻略の鍵を、下地島の空港施設奪取として最重要目標として上げている。下地島空港が陥落した場合、中共空軍の戦闘機の群れが大陸より飛来して、巣に変えるだろう。制空権の確保は最重要事項だ。
 事実、黒鷹を護衛していたのだろう戦闘機J-11『殲撃11』が、緊急発進してきたファントムIIに襲い掛かってくる。スホーイSu-27フランカーをライセンス生産した殲撃11の航続距離は約3,700km。宮古島から大陸沿岸までおよそ600kmだから届かぬ距離ではない。
 だが超常体がいなかった前世紀と、現在の南西諸島では違う点がある。1つは下地島空港にSBU飛行隊が配備されていた事。もう1つは……
「 ―― 飛行超常体との実戦経験が豊富……つまりは操縦技術に雲泥の差がある事ですよ!」
 戦術調整士官として西村が的確に要撃指示を出すと、巧みに応えてファントムIIは殲撃11を翻弄する。何度もロックオンし、空対空ミサイルのダミーとして短信音を当てていった。
「……警告を繰り返しなさい。―― 次はモノホンを当てる、と」
 通信士が伝えると、敗北を悟ったのか殲撃11は大陸に、そして黒鷹は玉亭へと渋々と帰投していった。既に海上も、たかつき型高速巡視船『のばる』や『やえづき』をはじめ、西表島よりSBUの護衛艦が迎撃態勢を整えて現れていた。玉亭は黒鷹を収容すると彼方へと消えていく。
「……何とか致命的衝突は避けられましたか」
 ようやく息を吹き返せた気がする。額に滲み出ていた汗を、袖で拭った。
「しかし中共がここまで急接近したという事は……既に武装工作員が島に上陸しているのかも」
「 ―― ペンギンが、キロ級が一度浮上したのを記録しています。おそらく、その時に特殊艇を送り出したのは間違いないかと。石垣島よりSBU空挺部隊が急ぎ向かっているとの事ですが……」
「解りました。が、大丈夫でしょう」
「……随分と楽観的ですね」
 多少、呆れた色が部下の声に現れていたのを、
「違います。真っ当に現実的な意見です。何故なら、宮古島には、既に恐るべき連中が待ち受けているのですから。……むしろ相手に同情すべきでしょうか?」
 西村は苦笑を伴って否定した。

 大気を震動させて特注戦鎚『鬼殺丸』が唸ると、風圧だけで中共軍兵士が吹き飛んだ。
「真琴ちゃん、殺しちゃ駄目よ〜。手加減してあげてねぇん」
「そうは言っても! 中々、手加減というのも! 難しいんですけど!」
 アリカの言葉に、真琴は荒い息を吐きながら応える。ポニーテールが激しく揺れ、汗で張り付いた一筋の髪が、
「う〜ん。真琴おねぇさまってばセクシー!」
 黄色い声を上げて、笹本三姉妹がエールを送ってくる。アリカが意地悪く笑う。
「モテモテねぇん★」
「 ―― 真面目にやって下され!」
 銘刀『葵』を振るいながら、信之介が怒鳴る。なお刃を返しての峰打ちだ。アリカはしなを作りながら、頬に手を当てると、
「心外だわ。アタシってばこんなに真面目に戦っているのに」
 次の瞬間、琉球唐手の技を以って打ち倒していく。
「……お前の態度が問題だと思うぞ」
 本田が呟くと、抗議の声を上げるアリカ。
 ―― 第1403中隊第1小隊は、壱肆特務が独自の捜査(拷問とも言う)で入手した、中共の最重要攻略目標である下地島に待機。上陸してきた武装工作員の迎撃に当たっていた。
「本当に貧乏クジを引いた気がするわん。真琴ちゃんは与那国からの連戦でどう思う?」
「えぇと……私は後でオバアに頼んで、クーガーを拾ってきてもらわないといけないんで……」
「御免なさい、おねぇさま」
 笹本・清美[ささもと・きよみ]二等陸士の愛車となった96式装輪装甲車クーガーだが、チヌークに積めない事から、実は今も与那国の旧アヤミハビル館に置いたままだ。回収するにオバアのコネは絶対必要。
「それは……確かに仕方ないわよねぇ。――っと、いい加減、勝てないんだから諦めたらどうかしら?」
 アリカはウンザリした表情で中共軍兵士を見詰める。アリカと信之介、そして真琴が打ちのめした相手を、本田と 笹本・亜由美[ささもと・あゆみ]二等陸士で武装解除。笹本・珠美[ささもと・たまみ]二等陸士は万が一打ち所が悪くて大事になっていないかどうか確認し、場合によっては介抱する役割だ。
「……このような不埒な輩。殺してしまっても構わないでしょうに」
 信之介が頬を膨らませるのを、笑ってアリカがたしなめる。
「こらこら、女の子が怖い事を言わないの。殺してしまえば問題になるわよん。それに生かして捕らえておく方が取引に使えるの。まぁ、これが政治ってヤツね……ってどうしたの、真琴ちゃん達?」
 顎を落とさんばかりに口を開いている真琴と笹本三姉妹。失礼ながらも信之介を指差して、
「「「「オンナノコー!?」」」」
「そ、それがしが何か?!」
 狼狽する信之介。言われてみれば確かに、その体付きは……。真琴は肩を落とす。
「……どうして小官の小隊は性倒錯した人ばかり」
「それがしはアリカ殿とちがーう!」
「……待て。武とは幼馴染だが、俺はそっちのケは無いぞ」
「いやん。アリカって呼んでってば」
 騒いでいる間でも、中共軍兵士は残らず叩き伏せていく。実力差はいかんともしがたい。
「……安全な大陸でノホホンとしていた奴らだ。内通者の存在や、人海戦術で以って攻め込まれない限りは、俺達の敵じゃねぇんだよ」
 凄みを以ってアリカが睨み付ける。
「……で、その内通者を暴き出した壱肆特務の方々はどちらへ赴かれたのですか?」
 信之介の何気ない問いに、アリカと真琴は顔を見合わせると、
「 ―― 暗い、底だと思います」
「……そうね。今頃、人目が触れない場所へ送られているわね。やり過ぎちゃったから」
「そうですか……懲罰部隊ですから、ね。―― では、彼らの働きに報いる為にも、それがし達で護ってみせましょう」
 信之介や笹本三姉妹が張り切る中、再びアリカと真琴は顔を見合わせる。
「何だか誤解しているようですけど……」
「……嘘は言ってないんだから、良いんじゃない?」

 派手なくしゃみが狭い通路に響き渡る。
「 ―― 今のくしゃみで、上空の哨戒機は、こいつの居場所が丸判りだろうな」
「針1つが落ちる音でも、海中では響き渡るって話、本当なんですかね?」
 眼鏡の弦を中指で押し上げながら、邑井が首を傾げる。殻島は肩をすくめるだけ。
「さて、そろそろ弾倉交換の頃合かな?」
「散々撃ちまくっていましたからね。狭い艦内でよくやりますよ」
 血臭が鼻に付く中、殻島と邑井、そして壱肆特務数名が口元を歪めて笑い合った。―― 中共キロ級潜水艦内は、殺戮場と化していた。
「まぁ、徹底的な敗北を刻み込んでやる必要があるからな」
「これで数年は中共もオトナしくしているでしょうね。本当は海底ガス田プラントも潰しておきたいところですが」
「……あー、あれなぁ。確かに潰してやりたいのは山々なんだが、さすがに幾ら俺でも無理だ。こいつで憂さを晴らすしかねぇ」
「海の底に沈んでしまえば、皆殺しの証拠は引き上げられませんしね」
 犬歯を剥き出して笑うと、殻島は愛用のナイフを抜き、もう片手にはエムナインを構える。邑井も両腕に電光をまとわせる。魔人は単体(戦車や戦闘機等も含める)において最強の戦力である。何故なら、彼等は(当たり前だが)人並みの知恵があり、知識があり、武装するからだ。武装して無くとも、身体そのものが凶器である。僅か2人でも潜水艦内の人員を皆殺しにし、艦そのものを沈めるには充分だ。
「……そういえば、隊長。1つ疑問が」
「何だ? つまんない事だったら、泣くぜ?」
「いえ ―― 私達は潜水艦が沈んだら、どうやったら脱出すればいいんでしょう? 隊長が持っている潜水用具一式は1人分だけだった覚えが……」
 腹を抱えて笑った後で、殻島は真面目な顔で断言。
「 ―― 侵入したのと同じ“ 空間跳躍 ”に決まっているだろうが」
 一斉にブーインクが上がる。
「……あれ、凄く気分が悪くなるんですけど!」
「 ―― なら、お前ら全員、水圧で潰されるか、溺死してしまえ! いいから、とっとと行くぜ!」
 殻島の喚きで以って、皆殺しが再開された。
 ……数十分後、キロ級は緊急浮上したものの、すぐに逃げ出す間も与えずに、艦体は真っ二つに割れ、永遠に海の底に潜っていったのだった。

*        *        *

 竜司とサンダーは直立不動で敬礼をすると、部屋の主は柔らかな微笑を浮かべながら返して来た。那覇駐屯地 ―― 第1混成団長執務室。仲宗根オバアは読んでいた書類の束を重ねると、机へと小気味良い音を立てて下ろしていく。綺麗に端を揃えた書類の束を脇に置くと、
「 ―― 本当に御苦労様」
「恐れ入ります。しかし任務の成功は、壱肆特務や第1403中隊第1小隊の支援あってのものです」
 竜司の言葉に、満足そうにオバアは玉を転がすような笑い声を上げる。だが、すぐに寂しそうに
「……やてぃん犠牲もまたまぎさたんわやー。戦隊もさびっさぬなたんし(でも犠牲もまた大きかったわね。戦隊も寂しくなったし)
 アース、アクア、ウインド……超神戦隊『Great Old Ones』を支えてくれた三人の陸士は、もういない。新たなメンバーを補充しようにも、五大系魔人は稀少かつ貴重な人材だ。そもそも『Great Old Ones』自体が趣味の産物である。いくらオバアが働き掛け、竜司が誘っても中々応募はない。傍から見ていればともかく、自分がやるには、未だ周囲に理解が乏しかった。
「……こんな厳しい御時世だからこそ必要なんですけどね」
 竜司のぼやきに、オバアは眉間に皺を寄せながら先程まとめた書類から二通を取り出す。竜司とサンダーそれぞれに手渡した。流し読みして竜司とサンダーの眉の端が微かに動いた。
「 ―― オバア、これは……?」
 召集令状。『落日』の徽章がある。
「……『貴官の活躍を認め、黙示録の戦いへの参加を要請する ―― 落日中隊』か」
「『落日』と言うと、八木原二士の……?」
 サンダーの問いに、オバアが頷いた。
「 ―― 神州結界維持部隊の裏側、深奥に潜んでいた闇の機関。天照坐皇大御神に仕えし、決戦部隊」
「オバアも御存知だったんですね」
「……長さんいくさ生き抜き、一介ぬ陸士から団長までんかいなたん過程でやー。あぬ娘がわんかい話通しにちゃんや、権限がどうこうびけーやあらん、うりなりぬちむえーがあいみ(長い戦いを生き抜き、一介の陸士から団長までになった過程でね。あの娘が私に話を通しに来たのは、権限がどうこうだけでなく、それなりの理由があるの)
 感慨深く呟いたオバアは、溜め息を吐く。面を上げて竜司達に視線を合わせると、
「 ―― 要請拒否しちん、別にとぅがみはねーらんわよ。召集に応じるかちゃーやがはうんじゅ達が決めよーさい(要請を拒否しても、別に咎めは無いわよ。召集に応じるかどうかは貴方達が決めなさい)
 でもね、とオバアは窓の方へと視線を移すと、
「うちなーうてぃ道化演じちぢきてぃとぅらしーぶさんぬが、わんぬ個人的な本音やがやー(沖縄で道化を演じ続けてもらいたいのが、私の個人的な本音かしら)
 茶目っ気たっぷりと笑った。

 那覇航空基地にて、チヌークやロッキードC-130H輸送機ハーキュリーズから降りてくる非戦闘員を誘導する。旗を振っていた本田は振り返ると、
「 ―― 何をやっているんだ?」
「いやね。本土からのお客様を出迎えるのに盛装するのは当たり前じゃない。ほら、メンソーレ!」
「……それがしは恥ずかしいだけです!」
 アリカに琉球民族衣装をまとわされた信之介が顔を真っ赤にして涙ながらに訴える。本田は厳つい顔のまま無言。……暫らくして、
「 ―― 諦めろ」
「ほっ、本田殿〜!?」
「……何を騒いでいるんだ、何を」
 第1433班長を伴ってやってきた松永が呆れ顔。
「あら、カズちゃん。班長とデート? 隅に置けないわね」
「カズちゃん、言うな。それと、デートも違う。本土からの人員調査に駆り出されているだけだ」
「……あら、班長は満更でもない気がするけど」
 アリカがからかうと、眼鏡を掛けた独身女性が恥ずかしそうに、だが自信なさげに、
「私なんて……松永士長にはもっといい人が見付かりますよ」
「そう? 班長は磨けば、かなり光ると思うわよぉ。何なら、あたしがお化粧してあげても……」
「班長! アリカ殿に任せたら、非道い目に遭うだけです! それがしが良い証拠です」
「……いいから、お前ら、仕事しろよ」
 松永が頭を抱えながら。沖縄への疎開者を見遣る。神州各地で状況が一旦停止したものの、全てが超常体の活動を押さえ込めた訳ではない。場所によっては主神/大魔王クラスの顕現を許してしまい、消滅した駐屯地もあるという。そして叛乱に呼応したり、維持部隊から脱策したりした者も少なからずいる。潜在的な問題は今も抱えているのだ。対する市ヶ谷の幕僚監部からの命令は、各拠点・駐屯地や分屯地の死守 ―― 篭城戦である。だが、全ての隊員が篭城戦に耐え切れるものでもない。傷病者や妊婦、幼過ぎる者、老人等は安全地域への疎開が決まった。沖縄もまたその1つである。
「……まぁ、松田は未だ良い方だと思うぞ」
「松永士長まで、そのような事を!」
「いや、だって、アレに比べたら……」
 指差す先には、巫女姿にさせられた真琴と、黄色い声援を送る笹本三姉妹。
「「「おねぇさま〜素敵ですぅ!」」」
「……うん。わたし、頑張る」
 顔は笑って、心は泣く。そんな真琴に、信之介は同情を禁じえなかった。加えて、真琴には貞操の危機がいつもあるのだと知ったら、卒倒するかも。アリカは大仰に肩をすくめるのだった。

 植物群に埋もれていた『日本最西端之地の碑』を発見したメイは花束を捧げた。与那国の激戦で亡くなった海兵隊員や自衛官、そして最愛の友人に捧げる花束だ。
 潮風にツインテールが揺れる。メイは人の気配を感じて振り返る。スミスが手を挙げて応じた。
「 ―― ここに居ましたか、メイスフィールド二等兵。気を付けて下さい。スクナビコナの加護があるとはいえ、島内全域の安全が確認された訳ではないのですからね。それとも……」
「まさか。復讐も果たし、生きていく意味を見失って死に急ぐ……そんな三文ドラマみたいな事しないわよ。安心して、スミス伍長」
「そうですか。……でも、くれぐれも注意して下さいよ」
 島内の超常体は一掃されたとはいえ、長い年月で変貌した野生動物や、世代交代を経た結果、環境に適応した(※少名毘古那の波動に影響されない)超常体が居ないとも限らない。ましてや20年近くも闇と混沌の狂気に侵されていたのだ。与那国島には米海兵隊の武装偵察部隊が現地調査として居残っていた。すぐに自衛隊からも本格的な調査部隊が送られてくるだろう。何しろ沖縄本島は疎開者で一杯になりつつある。居住可能な土地は多ければ多いほど良い。
「……メイスフィールド二等兵にその気があるのならば、陸軍から海兵隊への転属推薦状を出しますが」
「陸軍の分隊長からも『帰ってくるか、それとも海兵隊に飛ばされたいのか』って、うるさく言われているわ。……ありがと。でも、もう少し考えさせて」
「そうですか。……では」
 スミスは同僚と共に周辺の探索に向かう。その後ろ姿を見送りつつ、メイは溜め息を吐いた。
「あたし……何やっているんだろうな」
 その時、携帯情報端末が受信を確認。いつもの分隊長からの連絡かと、気だるげに手に取ったメイは、送信番号を見て、眼を開いた。
「 ―― まさか、どうして!?」
 それは最愛の友人からのメッセージ。
『……選曲、林原めぐみ『 君に逢えてよかった 』』
 歌が流れる。メイは溢れ出す涙をこぼさぬよう、青空を見上げる。
「祭亜……あたしも遭えてよかった。―― 大好き」

 ナンシーとキーンは旧アヤミハビル館で人を待っていた。何も無い空間に、波紋のようなものがひとつ。酷く苦しげな表情を浮かべて、髪を斑に染めた男が這い出てくる。口元を押さえて、鼻で深呼吸。
「うげー。やっぱり気持ち悪りぃ」
「……相変わらず品の無い男ね」
「そう言ってくるな、照れるじゃねぇか。……まぁ慌てて沖縄本島に戻ったが、色々とあってな。表に出辛くなっちまっているんだよ」
 気分が落ち着いた殻島は、唇の端を歪めた。
「で、話って? 愛の告白ならば、2人きりのベッドの上で裸の付き合いの時にしてくれ」
「 ―― 殺すわよ」
 こめかみを押さえながらナンシーは言い捨てる。
「……確認が取れたわ。スクナビコナが解放された事で懸念されていた南極での超常体発生だけど……“ 月に吼えるモノ ”が倒された事で再発していないみたい。これは神州各地で同様のケースにも当てはまるようね。正確な調査は未だだけど阿弗利加大陸の諸国で出現の兆候は見受けられてないみたい。他の国でも似たようなものね」
 顎に手をやりながら考え込む仕草。
「 ―― 結界解放による結果は、各国の神州結界の存在意義と、対応に変化をもたらす可能性が高いといえる。……色々問題は山積みだけれど、今日ばかりはあなた達の馬鹿騒ぎに迎合したのも、悪くない気分ね」
 笑みを浮かべて見せると、殻島が口笛を吹く。すぐにナンシーは顔をしかめると、呟いた。
「本当に蛆虫以下の男……」
「何か言ったか?」
「 ―― 別に。……そうそう。未だ完全に裏が取れた訳じゃないけど、キャプテンが連絡を取っていた相手が判ったわ。ホワイトハウスに信頼する人物がいる、と」
「……誰だ?」
 眼を細めて殻島が問い詰める。王蛇のような眼光に、ナンシーは思わず怯んでしまった。
「……国務長官よ。ゲイズハウンド国務長官。今度の中共の介入を非難した人。他にも各国に駐留している軍以外の干渉はしないよう訴えているわ。……天使側にしては、本人も必要以上に日本へと介入しないよう努めているようだけど」
「まぁ、相手さんにも事情があるんだろ。……他には?」
「その国務長官と仲が悪いと言われているのが、大統領補佐官のルーク・フェラー氏。キャプテンは“ 堕ちた明星 ”と侮蔑を込めて語っていたわね。現在、北海道に来ているらしいけど……。天使側ではないのは確かだし、その蔑称から推測されるに」
「 ―― それ以上は口にするな。殺されるぞ」
 ナンシーの言葉を遮って、殻島が冷たく言い放つ。いつになく真面目な口調に、ナンシーは寒気を感じて身震いをした。
「……で、お前はその情報を掴んで、どうした?」
「米国内に潜伏する超常体を発見、殲滅する部隊の新設を提案し、志願したいと掛け合ったわ。……一蹴されたけど」
「そりゃ、まあ隔離された神州は罪人どもを閉じ込める檻のようなものだからな。幾ら超常体の出現が再発しなくなったとしても、魔人兵がおいそれと本国へと戻れる訳がねぇ。遅かれ早かれ、完全侵蝕して人類の敵に回っちまうんだから」
 調子を変えて、殻島はおどけてみせる。
「まぁ、いいさ。無闇に、大物へと突っかかっていかなかっただけ成長しているって訳だ」
 馬鹿にされていると感じて、ナンシーは眉間に皺を寄せるが、すぐに思い止めて、話題を変える。
「そうそう ―― プライベートなアドレスを教えておくわ……全てが終わったら、改めて会いましょう」
 殻島が喜色満面になるが、ナンシーはすぐに続けて、
「……法廷でね」
「何だ、そりゃー?!」
 嘆く殻島に、ナンシーは意地悪く笑うと、
「我が国の司法制度はセクハラについて甘くないんで覚悟しておいて」
「……へいへい」
「……だから勝手に死んだりするんじゃないわよ?」
 ナンシーの言葉に、殻島は虚を突かれた様子だった。そして複雑な表情。
「 ―― すまんが、期待に応えられそうにないかもな。もしも逢う事があっても、それは今の俺じゃないさ」
 殻島の言葉に、思わず首を傾げるナンシー。殻島は犬歯を剥き出して笑うと、
「俺の事は、野良犬に噛まれたものとして忘れちまうのが、お前にとって良い事さ。……それでも全てに決着を付けたいというのならば本土にまで来い。最終決戦は沖縄でも、ましてや米国でも行われないからな」
 告げると、殻島は虚空に消えたのだった。

 ―― そして夏至の日。世に言われる黙示録の戦いが始まった。高位の超常体が、神州の支配権を巡って相争い始める。天を覆う、神の御軍。地を覆う、魔の群隊。人々は拠点を死守するのに精一杯だった。
 だが南西諸島は、最後に人類に残された楽園かと思われるほど明るい空気に包まれている。あの日以来、大陸側からの侵犯は見受けられない。また超常体の飛来も確認されていなかった。クトゥルフの覚醒は阻止され、“月に吼えるモノ”も倒れた。少名毘古那の結界もあり、南西諸島は平穏そのものだ。だが西村は警戒を怠らずに、勤めを果たす。
「 ―― この平穏を脅かすモノを早期に発見し、問題が生じる前に芽を詰む事。それが私達、防人の仕事なのですから」
 西村は決意を新たに沖縄の空を舞うのだった。


■状況終了 ―― 作戦結果報告
 沖縄(南極)攻略作戦は、今回を以って終了します。
『隔離戦区・砂海神殿』第1混成団( 沖縄 = 南極 )編の最終回を迎えられた訳では在りますが、当該区域作戦の総評を。
 主要な戦場が2つしかなかった為に、戦力配分が偏ってしまい、御蔭で沖縄本島では苦戦させてしまいましたが、負けじと留守を務め上げた山之内士長に敬意を払います。御疲れさまでした。
 少名毘古那の謎解きは難易度が高かったのか、序盤は誰も指摘する事が難しいようでした。伏線として初期から蛾(ヨナグニサン)が出ていたのですが、祭亜が強調させてしまった為に、琉球神話に拘り過ぎてしまったようです。その中でも事前の下調べをこなして謎をいち早く解き明かしたメイスフィールド二等兵には脱帽です。
 与那国島ではクトゥルフや“ 月に吼えるモノ ”、そしてマカティエルといった大物が集中していたのですが、役割分担して撃破していったのは、さすがです。しかし中盤では策を弄し過ぎて、結果として好機を逃すという失敗も見られたのが、惜しかったと思えます。
 やや蛇足的と思えるでしょうが、最終的な敵として登場したのは「人類の敵は、やはり人類である」という言葉の通りに業の深さが感じられた気がしますが、如何でしたでしょうか?
 それでは、御愛顧ありがとうございました。
 この直接の続編は、当分先になると思います。とりあえずは、時間を少し溯りまして、同時期に中国地方(山陰・山陽)、そして四国での作戦に御参加頂ければ幸いです。
 重ね重ねになりますが、ありがとうございました。

※註1)統一朝鮮……皮肉な事に超常体の出現によって、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)と韓国(大韓民国)は民族念願の統一がなされた。ただし、どちらが主体かは明白にしない。勿論、亜米利加の駐留軍は健在だから……。なお北朝鮮後援国であった中共は超常体との戦いの初期に核兵器をも使用した焦土作戦を実行したツケもあって、現在、復興へと躍起になっているという設定。亜米利加も似たようなものだが、軍事的な科学力の差が如実に現われた。

※註2)空母と艦載機……現実世界では、中共はウクライナから旧ソ連海軍の空母ワリヤーグを購入。改修して2008年に実戦配備する計画だとか。また2006年10月にSu-33艦上戦闘機を最大50機、ロシアのロソボロン・エクスポート社と購入交渉したとか何とか。本気で南西諸島は洒落になっていない状況である(中共が大洋側に領土拡大意欲を持たなければ空母は必要ないのは自明の理だ)。沖縄県民には申し訳ないが、在日米軍不要論を述べている場合ではない。なお極論ではあるが、現実世界の沖縄を『隔離戦区シリーズ』における神州と置き換えてみると、神州に犠牲を強いらせている諸外国の気持ちが解るかも知れない。


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