第六章:ノベルス


個人運営PBM『隔離戦区・砂海神殿』 第5回 〜 沖縄:南極


SpP5『 死に至るまで忠実でありなさい 』

 神州最西端の孤島 ―― 与那国。その西部に当たる久部良に、駐日米軍海兵隊小銃分隊が足を踏み入れた。最前で指揮を執っているのは、金髪碧眼の下士官。スクール・チャイルド(小学生)或いはジュニア・ハイスクール・スチューデント(中学生)ぐらいの年齢か? 見ようによっては「少年」よりも「幼年」という呼称が合う。だが兵卒は異を唱える事も無く黙々と従う。
 与那国島の大部分が、ジュラ紀や白亜紀を思い起こす原始的でかつ巨大な植物群に覆われている。歪に捻りゆく奇怪な樹木は風も無いのに、まるで手招いているよう揺れ動く。蜘蛛の糸のようなものが絡み付き、粘液のような皮膜が所々覆い被さって樹皮を腐らせ、融解させていた。また樹木の葉が厚い林冠を形成し、陽光を遮る。薄暗い為に視界は50mもない。また日光が届かない地面にも下草が繁茂していた。高さは3mに達する、羊歯や奇妙な蔓草、捻じ曲がった低木等が生い茂り視界は更に悪くしていた。
 対して、久部良は掃き清められたかのような大地が足下に、抜けるような空が頭上に広がっていた。眩しい陽射しが、辺りに満ちている。有翼の人型超常体が飛び交う中を小銃分隊が粛然と進むと、鎧と見紛う外骨格に身を包んだ2体の高位中級超常体パワーの出迎えを受けた。かつて人間だった名残か、パワーズは額に揃えて伸ばした指先を当てての敬礼を送ってくる。そして目指す廃屋から現われた人影に、小銃分隊は行進を止めて、慄然と横隊整列。下士官が変声期前の高い声で号令を掛けた。
「 ―― Attention!」
 海兵隊小銃分隊の注視が、駐日米軍海兵隊に所属していた ジョージ・ルグラース[―・―]大尉へと集まる。一斉に、
「 Hand salute!! 」
 敬礼を送った。ルグラースも応じる。
「 ―― 亜米利加合衆国海軍・第31海兵遠征隊所属、クリス・クロフォード以下12名の着任許可を願います、キャプテン(海兵隊大尉)・ルグラース!」
「着任を許可する。……よく来てくれた、クロフォード軍曹」
 ルグラースの微笑みに、クリス・クロフォード(―・―)海兵隊軍曹は笑みで返した。
「……報告は、お聞きしました。当初から僕達を招聘して頂ければ良かったものを」
「仕方あるまい。ウィリアムスの横槍も在ったとはいえ、第3海兵遠征軍の少将閣下は、元々、与那国島攻略に消極的であったからな。スミス伍長等の希望や働き掛けがあったからこそ、ようやくリーコンを投入するという形で落ち着いたのだ。通常部隊を投入して疲弊する訳には行かないと判断されたのだろう。そして君はリーコンには若過ぎる」
 クリスは歯噛みした。確かに優秀な海兵隊員であるが、年齢の問題もあって、フォース・リーコン(U.S. Marine Corps Force Reconnaissance:米海兵隊武装偵察部隊)への配属希望は通らなかったのである。
「しかしウィリアムスといった裏切り者が出て、結局は我が海兵隊は大きな痛手を受けたのですが」
「……結果論だ。致し方あるまい。ウィリアムスが何か企んでいたのは間違いなかったが、私には奴に割く時間が無かったからな。―― 各キャンプ地の奪還は成功に収めたと聞いているが」
「しかし安保協定がありながらも、自衛隊はこちらの命令に従っていたとはいえませんでした。コートニーに居座っていたウィリアムスへの処罰は自衛隊の1個小隊が出しゃばって来たそうですが、他は申し訳程度です。誇り高きステイツの軍人は、自らの手でキャンプを奪還出来たものと皆思っています」
 クリス達自身で普天間海兵航空基地を取り返したのだと自負している。そして一部機能を取り戻した普天間からベル/ボーイングMV-22Aオスプレイを駆って、ルグラースの増援として馳せ参じたのだ。
「……だが、いいのかね? ステイツには何も口出ししてこないよう政治工作がなされているが、私の正体は既に知れ渡っていると思う」
 ルグラースの正体 ―― それは“処罰の七天使”が1柱“ 神の災いマカティエル[――])”。ルグラースが正体を明かす事で、抵抗感を示した者も少なくない。だがクリスは唇の端を吊り上げるような笑みを浮かべると、
「 ―― ステイツは神に祝福された国なのですから、神軍の勝利は祖国の勝利だと確信しています。何の問題がありましょうか?」
 それよりも、と瞳に執拗な光を湛えて続ける。
「スミス伍長の裏切りこそがステイツにとっても恥ずべき行為です。僕がこの手で必ず神の罰を与えます!」
 クリスの熱っぽさに、ルグラースの片眉が一瞬微かながらも跳ねたが、沈黙を続けている。同意したものと看做して、クリスは処刑リストを並べていった。
「他にも裏切り者といえば、あの卑しい女。ナンシーとか言いましたか、劣る女の癖に栄えある海兵隊に居座っていた、あいつ。せっかくキャプテンが目を掛けて下さっていたのに。まさしく、ふしだらな淫売というのが相応しいでしょう。まあ、女は不完全な存在だから仕方ありませんか」
 美麗な顔立ちながら、クリスは極度のレイシストと知られていた。そう周辺から揶揄され、忌避されている自覚は本人にもある。
「“大罪者(ギルティ)”や罪人の群れ、そして異生(ばけもの)といわれる『落日』なる存在は敵です。キャプテンのごとき、紛う事なき神の従僕(しもべ)に唾吐く者も敵です。―― 神の敵に裁きを。特に、裏切り者(ユダ)は許さない」
「 ―― では任せる」
 ルグラースは硬い表情のまま、厳かに口にした。クリスは御言葉を拝命する。
「では、先手を打って結界維持部隊に攻撃を仕掛け、数を減らしておきます。一人でも多くの敵を。……叶わなくても、せめてキャプテンが回復する時間稼ぎだけでも」
「それなのだが……」
 ルグラースは眉間に皺を寄せると、
「正直に打ち明けると、もはやタイムアウトなのだ」
「 ―― どういう事ですか?」
「……5月下旬迄にパワースポットを占拠出来なかった事は、そのままリタイアに繋がる。燭台に灯を点すのに行わなければならない礼拝儀式は最低でも一週間は掛かる。だが夏至 ――『審判の日(ジャッジメント・デイ)』が来るまでに、完全に回復してパワースポット確保へと動く事は困難だ。そして恐らく奴等は、私に止めを刺そうと群がってくるだろう」
「……では諦めるのですか?」
「無論、諦めはしない。だが ―― 最悪の事態も予測し、対処の手を考えておかなければならない。私が倒れれば、燭台に灯を点す事は不可能だ。これは間違いない。その場合、君がとれる道の幾つかとして、私が挙げられるのは……」
 ルグラースは空を仰いで嘆息をすると、MCCUU(Marines Corps Combat & Utility Uniform)の下衣ポケットより聖書を取り出した。そして短く祈りを捧げると、
「 ―― 彼らを惑わした悪魔は火と硫黄との池に投げ込まれた。そこは獣も、にせ預言者もいる所で、彼らは永遠に昼も夜も苦しみを受ける」
「……ヨハネ黙示録・第20章10節ですね」
 クリスに、ルグラースは聖書を預け渡してくる。
「 ―― スクナビコナという土着の魔物がいる。それは長らく与那国に封じられていたが『落日』によって戒めから解き放たれてしまった。『落日』はパワースポットでサバトを開き、スクナビコナに呪いを捧げようとしている」
「その魔物を除霊せよ、と?」
「いや ―― スクナビコナを除霊する事は出来ない。だが再び封じる事は出来る。この聖書には、その封じの力を込めておいた。もしもの場合は、クロフォード軍曹、君に遣って貰いたい。……もっとも、首尾よく封じたとしても、脱出は極端に難しくなる。乗るか反るかは君自身が決めてくれ。無理強いはしない」
「……直ぐに封印から解かれるような事は?」
「スクナビコナに魂を売った、ノロとユタという力を持つ魔女がいる。ノロは3人居るそうだが、ユタは1人らしい。ユタさえ居なくなれば、もはや封印を解く事は出来ないはずだ。……新たなユタが現われるにも当分は先の話になるだろう。しかし、その時点では“ ”の楽園が造り上げられているから、恐れる必要は無い」
 クリスは聖書を恭しく受け取ると、内ポケットに仕舞った。そしてM4A1カービンライフルを担ぎ直す。
「 ―― とにかく、僕達分隊は敵の数を減らす事を優先させておきます。それではキャプテンに“ ”の祝福あれ」
「宜しく頼む。君にも“ ”の祝福あれ」

*        *        *

 光を帯びた双翼が次々と舞い上がる。“月に吼えるモノハウリング・トゥ・ザ・ムーン[――])”に神罰を与えるべく、ティンダハナへと進軍するプリンシパリティとエンジェルスは与那国島北部ルートを選んだ。対してクリス達は隠密性を重視し、また不用意な超常体との戦闘を回避すべく、比川を経ての南部ルートを突き進む。活性化した闇の眷属がティンダハナに殺到していく様を遣り過ごしながら、クリスが旧アヤミハビル館を視界に収めたのは、太陽が天頂を過ぎた頃だった。
「 ―― 残念です。スミス伍長達とは行き違いになってしまったようですね」
 M40A1スナイパーライフルに装着した照準眼鏡の倍率を上げて、旧アヤミハビル館を見遣る。人気がないように見え、空かと思ったが、自衛隊の擬装能力は世界でもトップランクだ。敵から隠れ潜むしかない卑怯者と貶すのは簡単だが、だからといって待ち伏せを受ける方もまた愚かだ。所詮、戦い方に正当性を持ち出すのは、余程の強者か、或いは弱者の論理でしかない。
「それに……日本はニンジャの国と聞きます。確かに複雑な地形に、温帯の気候……ゲリラ戦に秀でているといえばそうでしょう」
 悪戯に兵を進ませては、思わぬ損害を受けるかも知れない。クリスは照準眼鏡を覗いて様子を伺い続ける。
 ―― 窓を何かが横切った気がした。一瞬だが、アレは人影の可能性が高い。そういえば、オスプレイで与那国空港跡地に降りた時に、WAC(Woman's Army Corps:女性陸軍兵士)が1人重傷を負っていたとか耳にしていた。それが忌むべき異生たる『落日』とも。そしてスミスが衛生兵派遣を要請していた事も。
「衛生兵 ―― ここにもユダか。しかし『落日』は動かなかったのですね」
 キングには届かないが、クイーンは盤上に見える。ナイトとビショップ、そしてルークらしき姿は無い。
「残るポーンが幾つ配置されているかですが……」
 素早く作戦をまとめると、部下に指示を出す。そして散開させてから、時間を空けた。そして窓を狙ってスナイパーライフルの引鉄を絞った。ガラスが割れると、反射的に草叢が微かに揺れた。
 掌を天に掲げ、
「 ―― Sanctus, Sanctus, Sanctus Dominus, Deus Sabaoth. Pleni sunt caeli et terra gloria tua.」
 ―― 光が生まれ、そして爆発が起こった。超常体が“この世界”に出現する際に生じる空間歪曲現象。轟音と共に周囲の物体を吹き飛ばし、消失した空間と入れ替わるようにして忽然と姿を現すのは、数体の有翼人身超常体 ―― エンジェルス。更に部下がM249SAW分隊支援機関銃を斉射して5.56mmNATO弾が叩き込むと、草叢に隠れ潜んでいた敵兵が応戦してくる。引きずり出した! 反撃してくる火線から見て取れるのは、
「……こちらの半数にも満たないようで ―― すっ!」
 建物の影で一瞬だけ光ったのを確認と同時に、クリスは身を伏せて頭を下げた。背にしていた岩で、7.62mmNATOが跳弾する。光を反射した照準眼鏡を見落としていたら危なかった。
「……ビショップが残っていました。初撃でこちらの位置を割り出したんですか。優秀ですね」
 返礼は必要ない。部下が引き付けている間に、クリスは狙撃場所から移動。右に持つナイフで左指の腹を傷付け、血を刃に塗る。
「敵の注意を正面に引き付けておき、遊撃が側面・背後から奇襲する。戦術の常套です」
 裏手に辿り着くと窓を叩き割り、M7A3ライアット手榴弾を放り込む。激しく咳き込む声を確認すると、クリスはガスマスクを着用して踊り込んだ。激しく咳き込んでいるのは黒人の海兵隊員。だがクリスの姿を見ると大きく息を吸い込んだ。どこか空気の漏れる音がしたと感じたら、黒人は素早く立ち直っている。ガスが晴れたわけではない。マスクを着用した訳ではない。となれば……
「 ―― ガス成分を中和。異形系ですか」
 黒人兵は壁に立て掛けていたM4A1カービンを手にとろうとするが ―― いかんせんクリスから見て遅過ぎた。抉るように目元へとナイフを払う。返す刃で喉を裂いた。気管から空気の漏れる音。噴水のように血が天井まで上がる。だが異形系は半不老不死に近いとも、物理的に殺す手段は無いとも言われている。黒人兵も傷口を再生した細胞が塞ごうと蠢いていたが、
「 ―― Oh! My God!!」
 細胞は傷口を塞ぐ事無く崩壊していく。傷口から腐臭が立ち込めて、変色していく身体。
「 ―― ユダの分際で、“ ”の聖名を口にしないで下さい」
 呟くや否や、クリスは身体を伏せて、勢いのまま転がる。先程までいた場所に9mmパラベラムが叩き込まれ、床を傷付ける。
「 ―― 呪言系ですね。触れるもの全てを老化・腐食させる力。異形系と最も相性が悪い力です。……とはいえ直接触れていないのに、どうやって? ナイフで伝導させたかと思いきや、刃自体には錆がありません」
 声の主はWAC。右手にはSIG SAUER P220を。左手にはM9ピストル(ベレッタM92F)を。薄い靄のような何かが体表面を覆っており、催涙ガスの影響から逃れているようだった。
「 ―― 忌まわしき『落日』ですね。汚らわしい娼婦」
「 ―― 狂信者が偉そうに喋らないで下さい」
 クリスは左手にもナイフを握る。構えながらWACと相対した。WACは携帯情報端末からコードを伸ばしてイヤホンを嵌めると、
「 ―― 選曲、林原めぐみ『just be conscious』」
 途端、跳ね上げた銃口から9mmパラが吐き出される。歌を口ずさみ、踊りながらのガン・アクション。
「 ――『落日』中隊所属、八木原祭亜二等陸士。コードネームは、ガンドレス・ガール!」
 銃弾の雨を衣にして、祭亜はクリスへと挑み掛かってくる。だが充分な間合いを取っており、クリスは中々近付けない。
( ……弾倉交換の隙に! )
 だが祭亜は素早く後方に跳ぶと、手品のように現れた弾倉を、これまた曲芸のように交換していく。クリスに付け入る隙を与えようとしない。遮蔽物の陰に追い込まれながらも、クリスは観察。
( ―― 確かに手品や曲芸のようなガン・アクション。ですが、強力なPKの使い手だとも聞いています。何故、それを行使しませんか? )
 割れたガラスの破片に映る、祭亜を見遣りながら素早く計算する。こちらが見ていられるという事は、相手側にもガラスにクリスが映って見えるという事だ。祭亜は跳弾を利用して、遮蔽物の陰に避難しているクリスへと当てに来ようとしている。頬を銃弾が掠った。擦過した痕から血が伝う。無意識に頬を撫でるクリスだったが、そこで閃いた。
( ……そういう事か。重傷から完治しておらず、本調子ではないんですね )
 よく観察すれば、祭亜の顔色が悪く、また動きに微妙なズレがあるのを感じ取れた。ここまで回復したのは先程に処罰した異形系の衛生兵が絡んでいるのだろうが、完治とまではいかなかったようだ。持久戦に持ち込めばこちらが有利。外の連中は、部下が未だ引き付けてくれている。
 ……果たして祭亜の照準に狂いが生じてきているようだった。跳弾を利用した攻撃も、簡単には命中しない。息も荒く、脂汗が額に浮かんでいるのが見て取れた。そして、ついに好機が訪れた。
 弾倉交換 ―― 疲れが出たのか、滑って落してしまった祭亜へと、クリスはM67破片手榴弾を投げ付ける。飛び散った弾体が、祭亜の身体を血塗れに変えた。襤褸雑巾のように引き裂かれなかったのは、薄く張ってある氣の幕のお蔭だろうか。だがもはや肉薄するクリスに、銃口を合わせるほどの動きは無い。左右のナイフを、銃身で受け止めるのが精一杯。息の掛かるような至近距離で、睨み合うクリスと、祭亜。膝蹴りが来たが、クリスにとってはナメクジが這う速度に等しい。足払いをして体勢を崩させる。そしてナイフを突き刺した。祭亜の口から呻き声が漏れた。
「……そうですか。ナイフに己の血を……道理で直接触れても無いのに、相手を腐食させられた訳です」
「 ―― 解ったところで、あなたに次はありませんよ」
「……ああ、そうですね。悔しいなぁ……せっかく、ボクの全てを貰ってもらおうと思って愉しみにしていたのに……」
 祭亜の傷口から死臭が沸き立つ。細胞が腐食して崩壊していく。液状となった肉が溶け落ちていった。肌は罅割れ、皺が刻まれていく。床を汚す腐った血溜まりの中で、水気が無くなった骨と皮の少女だったものが崩れ落ちた。
「塵は塵に、灰は灰に ―― ですが罪人には、相応しき死を。Amen」
 ポケットから聖書を取り出すと、クリスは微笑を浮かべながら見下すのだった。

*        *        *

 成果を上げたと判断したクリス達は撤退。比川小学校跡地を占拠するとキャンプを張った。
「……あわよくば地雷に引っ掛かってくれると思いましたが、中々上手くいかないものです」
 自衛隊はクリス達を深追いせず、慎重に周囲を探索。クリスが仕掛けていたM18A1対人用地雷クレイモアの罠に引っ掛かる事を逃れた。
「 ―― サージェント! キャプテンとの連絡が取れません。恐らくは……」
 部下の報告に、クリスは美しい眉を潜める。その時、島中央部から氣の波動が広がってきた。激しい痛みがクリスの美顔を歪めていく。
 ―― 憑魔異常進行。強制侵蝕現象。
「……“月に吼えるモノ”? いや、それとは違う別種の――。スクナビコナか。ティンダハナが自衛隊の手に落ちましたか」
「軍曹殿、今ので友軍たるエンジェルスが……」
 見れば、クリスが召喚していたエンジェルスの全てが翼折れ、息も絶え絶えにして地に這っている。
「……あなた達は無事でしたか?」
「Aye, sir! どうやら『人間』には影響が無い模様」
 となれば、まだ僕は『人間』と認識されているらしい。その判断ミスが、スクナビコナにとっての死に繋がるとも知らずに。
「ともあれ、次の作戦までに態勢を整え直す必要があります。久部良に戻り、キャプテンと合流を果たしたいところですが……」
 その時、声が響き渡った。

 ……あらゆる通信機器から、電波ジャックした放送が流れてくる。凛々しい女声が響き渡る。流暢な日本語だが、何故かクリスには意味が理解出来た。
『 ―― 諸君』
 コーンフレーク・バーを前に、食事の祈りを捧げていた海兵隊員が面を上げる。不思議そうな顔をしているところを見ると、彼等には言葉の意味が通じていないらしい。
『諸君』
 獣や超常体への見張り番をしていた海兵隊員が目を細める。言葉は通じていなくとも、ニュアンスは感じ取れる。
『諸君――』
 女の声は、三度同じ呼びかけをし、
『もうすぐ約束されし時がくる! 安息と至福に満ちた神なる国が!』
 カービンの清掃をしていた海兵隊員が、ふと手を休めた。
『 ―― 私は松塚朱鷺子、旧国連維持軍・神州結界維持部隊・西部方面隊第8師団第42連隊所属、第85中隊隊長だったもの。天草を拠点として腐れきった日本国政府からの独立を唱え、宣戦布告をしたものとして覚えておられるだろう』
 確かにそういう話はクリスも聞いた事がある。佐世保の海軍基地が警戒度を上げていたらしいが……。
『かつて、私はこう言った。―― 我々は、日本国に生まれ育ち、そして超常体と呼ばれる来訪者達を身に宿したというだけで自由と生存権を奪われ、その裏に己の保身と私欲に走る愚鈍な各国政府と日本国政府との間に密約があったという事を!』
 放送主は一息吐き、そして爆弾発言を続けた。
『その証拠を今こそ示そう! その時が来たのだ。証拠とは――』
 天が鳴動し、地が震え上がった気がする。
『 ―― 私自身だ! 私という存在がその証拠である。私は …… 我こそは処罰の七天使が1柱“ 神の杖(フトリエル)”―― 最高位最上級にある超常体、熾天使(セラフ)である!』
 奥歯を噛み締める音が聞こえるようだ。
『我は、この世界に“ ”の御命による安息と至福に満ちた国を建てる為に、愚かなる者どもを打ち倒し、魑魅魍魎を祓い出すよう申しつけられ顕現した。己が自由と誇り、生命を守る為に、当然ながら我等に抗われるだろうと覚悟の上で、だ。しかし――』
 悲しみと怒りに満ちた声が周囲に渦巻いているのを、耳にする。幻聴と切り捨てられない何か。
『 ―― あろうことか、愚鈍な者どもは保身と私欲の為に我等に媚び諂うと、この国を売り渡したのだ』
 糾弾するフトリエルの声が天に満ちた。
『 ―― 怒れよ、戦士達。我は、同志であれ、同志で無くとも、耐え難きを耐え、忍び難きを忍んできた諸君等に惜しみない賞賛と敬意を送る。と、ともに問い掛けたい。……我は諸君等の敵であるとされていた。確かに我等は諸君等を殺め、命を奪ってきたものだ。だが、真なる敵は諸君等から自由と権利を奪い取り、そして何よりも誇りと生命を軽んじている者どもではないだろうか!?』
 おそらくは放送を聞く者の心に、困惑と、そして嘆きを投げかけているのだろう。彼等の心は最初呆然となり、次第に憤然に取って代わる。
『今一度、呼びかけたい。―― 我は約束する! 戦いの末、“ ”の栄光の下で、真なる安息と至福を諸君等に与えよう。ゆえに己が自由と誇り、生命を守る為に、この理不尽なる全てに対して抗いの声を上げよ。そして我等とともに戦い抜こうではないか!』
 ……聖約が、もたらされた――。

 突如として始まった放送は、これまた何時の間にか切れていた。部下が心配そうな顔で尋ねてくる。
「分隊長殿、今のは、一体……?」
「 ―― 問題ありません。“ ”の栄光を奉ずる同胞が、信仰を示す言葉を流しただけのようですから」
 微笑を以ってクリスは応える。完全に“覚醒”を終えていなくとも解る。ルグラースと同じく、“ ”の御為に働きし、兄弟姉妹。その身体が女性であるというのが、クリスには複雑な気分だが、それでも謹んで力を捧げなければならない相手に違いない。自身の身体に根付いている憑魔核が喜びに沸き立っているようで、クリスもまた至福感に包まれているのだから。
「……しかし、与那国島を容易に抜け出す事は難しいでしょう」
 与那国空港跡を陣取っているリーコンは中立というが、自衛隊よりはこちら寄りであろう。但しスミスとナンシーの働き掛けではどう転ぶか判らない不安もある。また、自衛隊のE-767早期警戒管制機がある。無事に離陸出来てもすぐに察知されるに違いない。
「……となれば、やはり」
 手元の聖書へと視線を落す。スクナビコナを再び封じる手段。だがスクナビコナの封印に成功したとしても、野蛮な涜神者どもからクリス達が無事に脱出する可能性は無い。しかも不可思議な力が働いて、新たにエンジェルスを召喚する事も出来なかった。
「 ―― 殉教者となるしかありませんか?」
 クリスは考え込む。ふと周りを見渡すと、部下達は“ ”への祈りを捧げ、
「如何なる判断であれ ―― 我等は神の従僕。軍曹殿の指示に従います。……“ ”に勝利あれ」

 

■選択肢
SpP−02)沖縄本島で聖約に従って
SpP−08)ティンダハナに強行突入
SpP−09)与那国空港跡地での工作
SpH−FA)南西諸島の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に、当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 沖縄本島で行動したい場合は、どのようにして渡航するかを明記しておく事。基本的に功績ポイントを消費していない航空支援(※オスプレイによる空輸)は与那国空港跡地でのみ行われる。当然、敵側の行動により阻害される危険性はあり。なおSBU基地で活動したい場合も「SpP-02」選択肢を利用する事。

 泣いても笑っても、次が『隔離戦区・砂海神殿』第1混成団( 沖縄 = 南極 )編の最終回である。後悔無き選択を! 幸運を祈る!


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