第六章:ノベルス


個人運営PBM『隔離戦区・砂海神殿』 最終回 〜 沖縄:南極


SpP6『 蛇のように聡く、鳩のように素直に 』

 渾沌と闇に満ちた狂気や悪夢は晴れ、樹木は枝に本来の瑞々しい青々さを広げていく初夏。露の滴る草を踏み分けながら、クリス・クロフォード(―・―)海兵隊軍曹が指揮する米海兵隊小銃分隊は進み行く。さながら金髪の牧童に導かれた、羊の如き従順さと静粛さを以って、敬虔なる使徒の群れは北へと向かっていた。時刻を確認すると、
「 ―― 全体、止まれ。各チームより2名選出し、周辺警戒に当たらせなさい。他は小休止を取り、食事や銃器点検、そして弾薬の補充を」
「Aye Aye, Sir!」
 休憩であっても整然と行動する部下達を満足げに見渡すと、クリスは隊用携帯無線機を負っていた通信兵に問い掛けた。
「やはりキャプテン(※海兵隊大尉)とは連絡が取れませんか?」
「はい ―― 与那国空港跡のリーコンと、敵の無線を傍受したところ、やはりキャプテンは殉死したものと」
 沈痛な言葉に、クリスもまた端麗な顔を歪めた。
「 ―― サージ(※軍曹)、御命令を」
「仕方ありません。キャプテンの無念を晴らしたいのは山々ですが、スクナビコナを封印するだけでなく、ユタという魔女を特定して殺害しなければならないとなると、難度が高く、対する利点も多くありません」
 ジョージ・ルグラース[―・―]海兵隊大尉こと“神の災いマカティエル)”から渡された聖書を抱きながらも、クリスは冷徹に判断する。
「何らかの手段で燭台に火を点し、ヤコブの梯子を下ろす事が出来るのならば、命を掛ける価値がありますが……。無理強いをして、私のだけでなく、敬虔なるあなた達の命をも犠牲にする意味はありません」
 ならば次の手をどう打てば良いか? チェックメイトは無理でも、せめてドロー ―― 相手をステイルメイル(※王手は掛かっていないが、次の手を指す事も出来ない状態。この場合は、少名毘古那[すくなびこな]の封印や、ユタの殺害は回避されたが、クリスを捕らえる事も出来ないという意味)に追い込むか、パーペチュアルチェック(千日手:同じ局面が繰り返される事。激突したものの、互いに痛み分けをして、また次に決着を繰り越した場合)に引き込まなければ。指先で聖書の背表紙を叩きながら、クリスは思い悩む。
「……シスター・トキコへの連絡は付きませんか?」
 、松塚・朱鷺子[まつづか・ときこ]―― 天草にて神の御名の下で叛乱を起こした(元)自衛隊一等陸尉。正体は、処罰の七天使“神の杖フトリエル)”。クリスにとって“ 主 ”の御為に働きし、兄弟姉妹。その身体が女性であるというのが、複雑な気分だが、それでも謹んで力を捧げなければならない相手であり、不快は感じられない。
「やはり、あの極広範囲放送は“ 主 ”に祝福された特別なものとしか考えられません。こちらから連絡を取る事は難しいかと」
「しかし、シスターと合流が出来れば間違いは無いでしょう。……いや、待てよ」
 俯き加減の面を上げると、クリスは微笑む。
「撤退に見せ掛けて誘き寄せ、殲滅します。クレイモアをはじめ、各種罠の設置準備を。ポイントは……」
 部下に改めて指示を出す。また通信兵に、
「 ―― 与那国空港跡地を死守しているリーコン分隊に連絡を。私達の崇高なる使命を伝え、神の国たるステイツを裏切るユダを咎めさせなければ。―― 急いで。蛇の囁きが羊達を惑わせているかもしれません」
 通信兵がコールすると、果たして与那国空港跡地の留守を預かる米海兵隊武装偵察部隊(U.S. Marine Corps Force Reconnaissance)と無線が繋がる。クリスは変声期前の美しいボーイソプラノで語り掛けた。
「私は亜米利加合衆国海軍・第31海兵遠征隊所属、クリス・クロフォードです。階級は軍曹。君は誰ですか?」
『 ―― Aye, Sir! 本官はキャプテン・ルグラースが率いるリーコン小隊の通信を預かる……』
 緊張した声で所属と階級、姓名を返して来た。
「宜しい、伍長。キャプテンより隊を預けられている責任者を出しなさい。由々しき事態が発生しています。私は適切な報告をし、合わせてあなた達の協力を求めるつもりです」
『それが……サージ。誠に失礼ですが、スミス伍長によれば、貴官の隊は我が同胞を殺めた敵との事ですが、真実でありましょうか?』
 やはりユダ ―― ジョン・スミス(―・―)海兵隊伍長どもは、その蛇のごとき狡猾な智慧で、いたいけな子羊達を悪の道に誘惑しようとしていましたか。クリスは美しい眉を歪ませて、嫌悪の表情を浮かべた。
「……伍長。あなた達が、悪魔の如き彼奴らに何を吹き込まれたかは知りません。ですが、私こそ彼奴らを告発しましょう。彼奴らはステイツの裏切り者ですと」
 クリスの迷いの無い言葉に、相手の通信兵は沈黙で応えた。代わって、
『……続きは私が受けよう。こちらはスミス伍長だけでなく、ワイアット伍長の報告も受けている。スミスらは君達こそが敵と伝えてきた。だが事態の詳細を把握し切れていない。正直、キャプテンがセラフだったというのにも困惑しているのだ。―― クリス軍曹、良ければ君の言い分も聞かせて貰いたい』
 ルグラースより空港跡地の留守を預かっていた少尉は善く言えば公明正大、悪く言えば優柔不断の男だったようだ。護りに優れているが、攻めには向いていない。海兵隊には珍しいタイプかも知れない。
「……その前に失礼。ワイアットという毒婦は一等兵でした記憶がありましたが」
『この数ヶ月での戦績が認められて、昇進が決まった。リーコン所属とまでは正式に決まった訳ではないが』
 忌々しい女の癖に。エリートたるリーコン隊員達と肩を並べるというのですか。クリスは目を細めた。だが ナンシー・ワイアット(―・―)への呪詛を吐くのは抑えて、彼らの迷いを晴らさなければならない。
「では告発します。彼奴らこそステイツの裏切り者です。平穏を望み、維持された秩序を破壊せんとする悪魔ですよ」
 ここ数日間における、クリスが掴んでいる情報を告発していく。
「……更には沖縄の自衛隊、つまり第1混成団に不審な動きが見られます。そして与那国で活動している結界維持部隊が“ 結界の破壊 ”を行ったのは事実です。ティンダハナで“ 月に吼えるモノハウリング・トゥ・ザ・ムーン)”が倒れた後に、そちらでも何らかの衝撃が体感出来たと思いますが」
 マイクを手で押さえたのか、拾える音が小さくなる。暫らく少尉は誰かに確認を取っていたようだが、
「……確認が取れた。待機していた魔人兵が強烈な波動を体感したと証言している」
「それこそが結界が破壊された証です」
 クリスは畳み掛けるように、
「……キャプテンに関しても、心惜しくも完全侵蝕されて異生になってしまいましたが、結界の、世界秩序の維持という点で共闘を受け入れており、結界を破壊し、世界を再び混乱に落しこめようと画策する者達と戦って殉職されました。……最後まで誇り高きステイツの軍人だったと言う他ありません」
 最期を看取った訳ではないが、クリスは確信を持って告げた。言葉に呑まれ、少尉は暫らく沈黙。
『それでもワイアット伍長によれば、キャプテンは超常体に間違いなく、キャプテンがやろうとしてきた事は天使を称する超常体をこの世界に呼び込む事に他ならない』
 素晴らしい事ではないか。クリスは歓喜の声を上げそうになるのを、だが我慢する。少尉の声に、ヒトとしての弱さが滲み出ているのを感じ取ったからだ。
『……確かに、そうなれば現状のように戦い続ける事もなくなるだろう。だが超常体達によって作られる新たな世界は、現在とは全く異質のものとなり、人間も人間として存在出来る可能性は低い……と』
 ヒトが、人間という殻から脱却する事に躊躇う方が愚かというものだが、少尉は気付かぬらしい。
『逆に、結界を解放する事、また、ステイツを含む各地の最高位最上級超常体を排除すれば、今後の超常体の発生を無くし、自分達、駐日軍も帰国出来る可能性が生まれるという』
「残念ながら世迷言ですよ、それは。データ数値による確証は未だ得られていません。……少尉、どうやらあなたは騙されつつあります」
 クリスが指摘するが、それでも少尉は思い悩んでいる様子だった。もはや、この男は神の恩寵から外れた。姦婦の毒が染み込んでいる。
「 ―― 解かりました。ですが、私達の言葉こそが真実なのです。あなた達が悪魔の囁きに迷うのも無理はありません。しかし私達の正義の行いを邪魔する事は許されません。私はこのままコートニーに戻ります。そして断固として維持部隊が結界を破壊した事を告発します。……あなた達が彼等に味方するならば同罪です。その時は軍事法廷にお会いしましょう」
 通信を切る。これで少なくともリーコンは『中立』のままだ。あの少尉の性格からして、私達を害しようという度胸はあるまい。
「……少尉殿は、我らが島外に撤退と判断するでしょうか?」
 通信を耳にしていた部下が尋ねてくる。クリスは端麗な髪を掻き揚げると、
「少なくともユダと連絡を取り合っているのは間違いありません。判断するのは向こう次第ですが……」
 それでも布石を打ったつもりだ。後は機を逃さずに駒を進めるしかない。そして今の通信で、腑抜けの少尉を見限ってリーコン隊員数名がこちらに付けば御の字だが……。クリスの希望はすぐに叶えられた。
「 ―― サージ、通信が」
 誰何の問いに、通信兵は微笑むと、
「スウェンソン伍長です。魔人兵1名、そして彼に加えて工作兵1名の着任を願うと」
 ロイ・スウェンソン[―・―]海兵隊伍長――20代前半の男性で、特徴が無く、無口・無表情で知られている操氣系魔人で、WASP( White / Anglo-Saxon / Protestant )である。
「 ―― 歓迎します、と通達しておいて下さい」
 クリスは天使のような微笑を浮かべた。

*        *        *

 スウェンソン達と合流を果たしたクリスは、工作兵に調達させたプラスチック爆弾等を設置するべく、部下に指示しようとした。待ち伏せとして仕掛けるだけでなく、撤退時に時間を稼ぐのに適した品だ。だが、
「 ―― サージ。敵が接近してくる」
 半身異化で周囲を探っていたスウェンソンの言葉に、クリスは唇を噛んだ。幾らなんでもこちらの位置を掴むのが早過ぎる。
「……偶然という訳では無いのですね?」
「Aye, Sir. ……間違いなく我らの位置を掴んでの行軍と思われる。動きに無駄が少ない」
 全ての爆薬を設置するには時間が足りない。既に幾らか仕掛けていた罠で、時間を稼げる事を期待しつつ、仕方なく部下には防衛を指示し、クリス自身は奇襲を掛けるべくスウェンソンとともに大樹の陰に忍んだ。スウェンソンがクリスともども気配を完全に溶け込ませる。
「……向こうの動きは掴めますか?」
「Aye, Sir. 祝祷系能力者がいて光学迷彩を施しているようだが、自分には丸分かりだ」
 気配を探る能力に関しては操氣系魔人に勝る者は居ないとされている。ましてや憑魔能力を発揮しているのならば、暗闇の中で不用心に明かりを燈しているのと同義だ。見付け出して下さいと身を晒しているようなもの。仕掛けていた罠もあり、奇襲は容易いと思われた。だが、
「 ―― しまった、スミス伍長は腕利きの偵察要員でした。それに、あのアーミー女も目端が利くようです」
 陸軍女性兵士とバディを組んだスミスが、ポイントマンとして先行。仕掛けていた罠を間一髪で探り当てると、後続に警告を発していた。もはや奇襲は失敗し、戦いの幕は双方出会い頭のぶつかり合いで開けた。
 クリスの姿を捉えたのだろう、スミスが構えていたM4A1カービンライフルを乱射してくる。だが銃口から発射された5.56mmNATO弾は、スウェンソンが張った氣の盾によって阻まれた。
「 ―― スウェンソン伍長! あなたも敵に回ったのですか!」
 スミスの怒声にも似た呼び掛け。だがスウェンソンは無言で氣弾を以って応じる。しかしアーミー女が、素早くナイフを投じてきた。半身異化によって強化されているのだろう。投擲されたナイフはより素早く、より鋭利に、かつ技巧的なものと変じられていた。スウェンソンはスミスに放とうとしていた氣弾を、飛来するナイフへと変更。投げナイフと氣弾が衝突し、生じた爆発がスウェンソンの体勢を崩す。
 追い討ちを掛けるべく、スミスが騎兵銃を構えてくるが、そこをクリスが突撃する。
「 ―― 危ない!」
 誰かが発した警告で、反射的にスミスは銃身を横にする。攻撃を受けられた。それでもクリスの呪言系能力が発揮され、刃は喰い込み、そして酸で腐食していく。クリスは勢いのままに軽やかな体捌きで以って、もう片方に握っていた刃をスミスへと振り下ろそうとした。が、先程に警告を発した自衛官の拳から、放たれた炎が舌となって中空を走る。慌ててクリスは飛びずさるしかない。
「 ―― サージェント・クリス!」
「気安く呼ばないで下さい、異端者が」
 スミスの叫びに、クリスは憎悪の篭った視線で応えた。クリスの視線を遮るように跳び出てきたのは小癪なアーミー女。ナイフを飛ばしてくるだけでなく、AN-M14焼夷手榴弾も放ってくる。爆発する前に、クリスとアーミー女は飛びずさった。
「……呪言系に対して近接戦闘は不利ですよ、メイスフィールド二等兵。しかも白兵距離で、手榴弾を放つとは無茶をする」
「解っているわよ! でも仕方ないじゃない。こうでもしなければ、あんたも今頃死んでいるわよ! ―― 油断していたわ。もはや距離で稼げるような戦いじゃないんだもの」
「 ―― スミス伍長、交代だ! 接近戦ではおまえじゃ分が悪い。支援に回ってくれ」
 炎を使う自衛官が前に出てきた。スミスは心得たとばかりに退こうとするが、ここでクリスは今まで守備態勢にあった分隊へと、攻撃に転じるよう指示。M249SAW分隊支援機関銃から放たれた銃弾が嵐となって襲い掛かっていく。派手な原色衣装に身を包んだ4人組は持てる能力で壁を張るが、前進する勢いを殺してやったのは間違いない。
「 ―― こちらも応戦だ。制圧射撃!」
 細身の自衛官 ―― スウェンソンの指摘では祝祷系魔人 ―― の指示で自衛隊1個チームがMINIMIで弾幕を張ってくる。僅か数十mの距離空間は、無数の弾雨が飛び交う地獄と化していた。だが単純に人数の差で圧倒している。三方からの集中砲火を浴びせる。抗し切れずに自衛官1人がついに倒れた。弾丸は額を貫いており、即死だ。だが、そこで弛みが生まれてしまったのだろう。部下の油断を突いて、祝祷系魔人が点滅発光を放ってくる。一瞬とはいえ、ぼやけさせられた部下の狙いが狂った。隙を突いて接近した原色4人組が疾風を、吹雪を、雷撃を、そして火炎を叩き込んでくる。――雷管がなければ余程の衝撃でも誘爆しないはずのプラスチック火薬が耐えられないほどの威力。大爆発で部下は全滅。だが、こちらが爆弾を呑んでいたとは向こうも思いやらなかったらしい。衝撃と爆炎を浴びて、白色制服の女が沈む。そして ――
「……これでノロという魔女を2人、地獄に送って差し上げました」
 地面から跳び出したクリスは、青色制服の頚をナイフで掻っ切る。スウェンソンが咄嗟に張ってくれた氣の防護幕と、纏っていた抗弾チョッキで、クリスは爆発の中でも無傷で済んでいる。
「……次はあなたです!」
 頚動脈から吹き出す血を浴びながら、クリスは黒色制服の男へと迫る。何とか衝撃から立ち直った黒色制服はジャングルマシェットで、クリスの初手を受け止めるが、続くもう片方からの二撃目は防ぐ事が出来ないようだ。
「……これで、3人目!」
 だがクリスの攻撃は、代わって赤色制服が突き出してきた銃剣に受け止められた。そのまま赤色制服は蹴りに炎をまとわせて突き放す。クリスの小柄な身体が派手に吹っ飛んだが、体術で衝撃を殺してみせた。
 素早く体勢を正すクリスを前にして日本語で何か言葉を交わすと、赤黒制服は攻防を続行してくる。荒い息をしているのが見て取れた。クリスの呪言系能力を警戒しているのだろう、動きがいまひとつ鈍い。またスウェンソンが氣の障壁や防護幕で、敵の支援射撃を弾く。またクリスへと活力を注いでくれたり、氣弾を放って攻撃を逸らしてくれたりもする。数は敵が勝っているだろうが、このまま逃げ切れる!
 そう踏んだクリスだったが、祝祷系魔人が乱舞をした事で思いがけない状況に落とし込められた。祝祷系魔人が放つ光量が増して、周辺がホワイトアウト。閃光で埋め尽くされた空間で自由に動けるのは、氣を探る事が出来るスウェンソンと、光を操る祝祷系魔人。祝祷系魔人は84mm無反動砲カール・グスタフを肩に担いでいた。発射されるより早くスウェンソンは氣弾を放とうとする。だが光の中だというのに、正確に投擲された手榴弾がスウェンソンの意識を逸らした。
「 ―― 魂やー魂やーうーてぃくーゆー魂やー」
 強化系魔人であるはずのアーミー女もまた光を操って、スウェンソンへと攻撃を放っていたのだ。浴びせられたナパームを反射的に氣の防護幕で払おうとしたスウェンソンは祝祷系魔人が放ったHE榴弾への対応が遅れた。直撃を受けて、スウェンソンの半身が吹き飛ぶ。それでも……
「まだ立っている!」
 アーミー女が思わず悲鳴に似た叫びを上げる。痛覚を遮断したスウェンソンは最期の足掻きとして、巨大な氣の塊を生み出して爆発させようとした。だがカール・グスタフを捨てた祝祷系魔人は肉薄すると、9mm機関拳銃エムナインを突き付けて全弾叩き込んでくる。氣の塊は霧散していき、ようやく視力が回復したクリスの前で、スウェンソンはついに絶命した。
「 ―― 伍長! あなた達、よくも!」
「『よくも』とはこっちの台詞よ! 祭亜の仇!」
 怒りの声に、アーミー女が焼夷手榴弾を投げてくる。氣の防護幕がなくなった事で、クリスは慌てて避けるしかない。そこを、
「 ―― Mr.サンダー、これを!」
 スミスが回収したククリナイフを黒色制服に投げ渡す。空中で受け止めると、勢いをつけて黒色制服はクリスに踊り掛かってくる。マシェットとククリナイフが、クリスの双剣と噛み合った。クリスの両手が塞がり、胴がガラ空きとなっているところを、
「 ―― これで、最後だ!」
 右の拳で握ったジャマダハルに炎をまとわせ、赤色制服が背後から突っ込んできた。ジャマダハルはクリスを貫き、そして炎が身体内部を灼いていく。
「……まさか。そんな ―― エリ・エリ・レマ・サバクタニ……」
 思わず呟いたクリスへと、
「神なんていないわ。少なくとも、あなたにはね!」
 アーミー女がとどめの投擲を放ってくる。クリスの喉元にナイフの刃が突き刺さった。
    今やこの世に わかれを告げて
    旅立ちゆく。
    恵みのみ手に すべてをゆだね
    永遠のみ国へと。
 耳元で鐘の声が鳴り響く。身体は冷たくなっていくのだが、意識そのものは温かいものに包まれていくような感覚。
( ―― ああ、そうか。これが、死なんですね )
 ……そして神の敬虔なる使徒クリス・クロフォード海兵隊軍曹の意識は光に包まれて ―― 消えたのだった。

*        *        *

 亜米利加合衆国 ―― 某所。世界の監視者を自ら任じるゲイズハウンド国務長官は、極東の島国からもたらされた報告を受けて眉間に皺を寄せた。
「 ―― 天草における燭台の灯は消えずに『門』が開かれたか。しかし与那国は……ルグラースには無理難題を課せてしまったかもしれないな」
 内容とは裏腹に、感情の篭っていない声。
「“ 神の災い ”は倒れてしまい、“ 処罰の七天使 ”は揃わず……だが宇佐八幡宮は、無事に長兄メタトロンが抑えた様子。周辺のセトやアメンの動きが心配だったが、蓋を開ければ逆に良い陽動になってくれた。もっとも ―― 七つの封印の内4つ……ユーフラテスの四騎士が解放されるかどうかは難しいかもしれない」
 同じく神州各地で燭台の灯を点そうとする、他の『処罰の七天使』――“ 神の怒り(ログジエル)”、“ 神の裁き手(ショフティエル)”、“ 神の火(プシエル)”、“ 神の厳しさ(クシエル)” からの報告は遅れている。そして……、
「アレが“ 敵 ”になるか、それとも“ 苦しみ ”を引き受ける子羊となるか……“ 主 ”のみぞ知る」
 だが『黙示録の戦い』はメタトロンや、ミカエル、そして『処罰の七天使』に任せておく他無い。ゲイズハウンド ――“ 神の眼ザフキエル)”の役割は、
「愚かな人間共が、この聖戦に余計な介入をせぬよう調整する事……」
 そして溜め息を吐く。南西諸島に軍隊を派遣しようとした大国へと非難と忠告をせねばならない。
「自らを世界の中心と驕り高ぶる愚かな人民共よ。しかし……“ 堕ちた明星 ”や“ 這い寄る混沌 ”よりも、人間相手の方が余程苦労させられるな」
 ゲイズハウンド国務長官は書類の片付けを再開する。その眼が一度たりとも瞬きをしなかった事に気付いた者は……誰一人として居ない。

*        *        *

 艶やかな黒髪が雨に濡れるのも構わずに、フトリエルが旧本渡市役所に降り立つ。清い光り輝く亜麻布に身を包み、胸には金の帯。
「よく持ち堪えてくれた“ 神の獅子アリエル)”……いや、未だ人の身なのか、斎准尉」
 丸めた手で耳の裏を掻く、斎・藤太郎(いつき・ふじたろう)(元)准陸尉。
「不徳の為す事で。未だに人の身と心を引き摺っているにゃ。この戦いで超えるかにゃぁ?と思っていたのだけど ―― 申し訳にゃい」
 だがフトリエルは慈しむ様に微笑むと、
「いいや。朱鷺子は未だお前が人で居続けている事を喜んでいるよ。……時間の問題ではあるが、今の自分も大事にしてくれ」
 朱鷺子は皆を見渡すと、
「 ―― 他の者も! よく生き残ってくれた。戦いはこれからも続くが、今は喜び、そして休んでくれ」
 歓声が沸き上がり、祝福の詩が流れた。

 フトリエルは天草諸島を再び解放すべく“ 神の御軍(みいくさ)”で進軍を開始。天草上島、大矢野島から敵の残存部隊を追い払いながら、ついに三角まで到達した。だが、天門橋を越えようとした時、
 ―― 灼熱の焔が空を分断し、エンジェルスの8割が焼失した。
「 ―― 阿蘇の健磐龍が封印から解放されたか!」
「……熊本城にある藤崎八旛の九州結界も健在の様だにゃ。まぁバールゼブブは倒されたらしいから、懸念事項は1つ減ったにゃ」
「それだけは人間の勇士達を賛嘆し、敬意を払うべき事だな。皮肉な事だが。―― しかし、これでは容易に進軍するのは叶わなくなった。天草諸島を取り戻せたのは嬉しいが、これでは決起時と変わらぬ」
 美しい眉を寄せてフトリエルは唇を噛んでいたが、
「 ―― 陸路を捨てる。トロウンズに空輸させて、長崎・宇土・八代に打って出るぞ」
「 ―― 了解にゃ」
 旧観光土産センター跡から、三角を眺めていたフトリエルは付き従う皆に振り返ると、
「戦いは終わり。そして、これから始まる。――“ 主 ”の栄光の下で、真なる安息と至福を勝ち取る為の戦いが。……だが怖れる事はない。既に、我等に賛同した多くの新たな兄弟達が、神州各地で決起、或いはこちらに向かってきている」
 意気揚々とフトリエルを見詰める藤太郎をはじめとする同志達。フトリエルは微笑んで頷き返すと、
「 ―― さあ、己が自由と誇り、生命を守る為に、この理不尽なる全てに対して抗いの声を上げよ。そして戦い抜こうではないか!」

 ―― そして夏至の日。世に言われる、黙示録の戦いが始まった。高位の超常体が、神州の支配権を巡って相争い始める。天を覆う、神の御軍。地を覆う、魔の群隊。人々は拠点を死守するのに精一杯だった。
 そう……ここに終わりの為の戦いが繰り広げられていくのだ。“ 主 ”の御命による安息と至福に満ちた国を建てる為の戦いが。


■状況終了 ―― 作戦結果報告
 沖縄(南極)攻略作戦は、今回を以って終了します。
『隔離戦区・砂海神殿』第1混成団( 沖縄 = 南極 )&駐沖縄米軍編の最終回を迎えられた訳では在りますが、当該区域作戦の総評を。
 最終局面での投入、お疲れ様でした。クロフォード軍曹は亡くなってしまいましたが、無駄ではなかったと思います。
 なお第5回における作戦計画時の展開と、実際の状況とに思惑が違った事の最大の理由ですが……行動場所の指定が無かった(抽象的だった)事が挙げられるでしょう。もしもマカティエルが傷を癒していた「久部良」という地名が作戦計画用紙に明記されていたならば、また展開が異なっていたかもしれません。
 これは相手側にも見られる事ですが、曖昧な表現は時によって凶悪なまでの致命的状況を引き起こす事もあります。勿論、具体的に行動を決め過ぎて身動きがとれずにこれまた致命的状況が押し寄せてくる事もありますので、見極めが重要と言えるでしょう。御注意下さいませ。
 それでは、御愛顧ありがとうございました。
 この直接の続編は、当分先になると思います。とりあえずは、時間を少し溯りまして、同時期に中国地方(山陰・山陽)、そして四国での作戦に御参加頂ければ幸いです。
 重ね重ねになりますが、ありがとうございました。


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