同人PBM『隔離戦区・神邦迷処』初期情報 〜 北陸:東欧羅巴


『 The one which peeps into the death 』

 西暦1999年、人智を超えた異形の怪物――超常体の出現により、人類社会は滅亡を迎える事となる。
 国際連合は、世界の雛型たる日本――神州を犠牲に差し出す事で、超常体を隔離閉鎖し、戦争を管理する事で人類社会の存続を図った。
 ――それから20年。神州では未だに超常体と戦い続けている……。

 福井の敦賀半島北端部西岸に位置する、高速増殖炉――もんじゅ。日本原子力研究開発機構の研究用原子力発電所だが、1995年のナトリウム漏洩事故により休止。それでも運転再開に向けて工事が進められていたが、超常体の出現により完全停止に追い込まれ、今では封鎖されている。
「しかしなぁ……俺の祖父母も両親も、もんじゅ反対派だったのに、今では施設の警備防衛に務めているって間違っていないか?」
 神州結界維持部隊中部方面隊・第10師団第14普通科連隊・第10163班長(一等陸曹)のぼやきに、部下は曖昧な返事をするしかない。
 なお、もんじゅに限らず、最寄りの美浜原子力発電所をはじめ、発電所の多くは停止や封鎖がなされている。理由は、燃料等の輸出入制限と、設備維持が困難な事が挙げられるだろう。必然的に電力不足に現在の神州は悩まされ、灯火管制が強いられている。夜間における主な光源は月か星明かりぐらいなものだ。任務の都合で明度の高い光源が必要な作業では、人が集まれば篝火が焚かれるが、個人レベルでは蝋で以って灯りを得る。そして人気を離れ、主要施設を外れれば、支配しているのは暗闇だ。太陽電池の技術は飛躍的に発展を遂げたが、それでも携行装備分を賄える量でしかないし、雨天が続けば当てに出来ない。
 そのような神州においても、発電所の警備が求められるのは、やはり万一に備えてのものだ。そして最早、重荷でしかない施設に対して班長がぼやきも仕方ない。だが最悪な事態というのは、やはり起こるものなのだ。
「――班長! 南西より飛来する多数の発光物体を目視!」
 憑魔核からくる疼きにも似た痛みに、魔人の班員が警告を発する。
「……天使か。何だ、あの数は?!」
 有翼の低位上級超常体エンジェル。複数形はエンジェルス。エンジェルは超常体の中でも人並み以上の知性を有し、組織的に行動する厄介な存在だった。その活動範囲は最大規模で、神州の全てで確認されている。アルカンジェルやプリンシパリティといった、より上級にある強力な超常体の尖兵として、集団となって襲ってくる。宗教色強いその姿形だが、習性は冷酷にして獰猛。少なくとも助けを求める人々に対して、救いをもたらしてくれたという報告は皆無だった。
「エンジェルだけじゃないな。アルカンジェルもチラホラと見える。鯖江……いや、金沢にも救援要請! 付近を警邏している班にも助けを求めろ!」
 班長は叫びながら散開。遮蔽物に身を隠すと、89式5.56mm小銃BUDDYを構えた。班の最大火力として5.56mm機関銃MINIMIが2丁というのが心許無い。
「――生き残れたら、ハチヨンでも陳情するか」
 そして降り注いでくる光線に対して、発砲。数体は撃ち落したものの、氣の盾を掲げたアルカンジェルが前面に出てくると、5.56mmNATO弾では分が悪い。ましてや――
「……敵後方にプリンシパリティ確認。それと――初めて見ました! パワーです!」
「まさか……完全侵蝕魔人か?」
 鎧に似た外骨格に包まれた高位中級超常体パワー。下級の天使と異なり、憑魔に完全侵蝕された魔人の成れの果てだという噂だ。目撃数や報告例は少なくとも1体で1個班ならば楽に渡り合えるという。エンジェルスを率いているのは間違いなく、このパワーだろう。
 パワーに指揮され、またプリンシパリティの支援も受けたエンジェルスと数体のアルカンジェルの攻勢に、第10163班はすぐに追い詰められる事になった。このままでは救援が駆け付けるまでの時間稼ぎどころか、撤退する事もままならない。――全滅か。
 班長が口惜しげに奥歯を噛み締めた、その瞬間、爆音が鳴り響いた。直撃を受けたアルカンジェルが四散する。続いて氣をまとって宙を突撃する若い女の姿。凝縮された氣の刀拳は、別のアルカンジェル1体の胸部を貫くだけでなく、そのまま力任せに両断して見せた。エンジェル数羽を巻き込んで撃墜。
「――味方か?!」
 しかし服装は維持部隊制式の戦闘迷彩II型ではなく、携行品も統一性が無い。振り返れば、後方から火砲を発射した男もまたチグハグな装備に身を固めていた。そして極め付けは……
「でひゃひゃひゃひゃ! オレサマさんじょー!」
 特徴的な笑い声を上げながら、右手にMINIMI、左手にAKS-74(アブトマット・カラシニコバ・銃床折畳式1974年型)機関騎銃という東西混合の装備を構えてエンジェルスへと乱射する男の姿。班長は思わず怒声を上げた。
「――楽太郎! お前、まだ生きていたのかっ!」
「でひゃひゃひゃ? おっと、オヤッさんじゃねぇか。元気だったかー? オレサマげんきー!」
 撃ち尽くした銃器を放り投げると、別のを拾い上げる。久遠・楽太郎[くどう・らくたろう]。かつての階級は陸士長。現在は危険度の高い完全侵蝕魔人として銃殺許可が出されている超常体だ。ここ数ヶ月、目撃情報が上がらなかった為、死んだと思われていたのだが……
「魔人は中々死なないもんだよなー。ましてやオレサマもレンジャー徽章持ちだしー。でひゃひゃひゃ」
 という事は、久遠と共に行動している残り2人も脱柵(※脱走)者扱いの、完全侵蝕魔人か!? 女の通称はバーバヤガー[――]で、男の方はコシチェイ[――]。そして、
「オレサマの事は“クドラク”様と呼べー! でひゃひゃひゃひゃ!」
 笑いながらエンジェルスを撃ち落していく久遠……改め、クドラク[――]。コシチェイは負っていた84mm無反動砲を下ろすと、代わりにSVD(Snayperskaya Vintovka Dragunova)――通称ドラグノフ狙撃銃を構えていた。AKの機関部を参考に、エフゲニー・ドラグノフによって開発されたセミオートスナイパーライフルの傑作。バーバヤガーもまたアルカンジェルに肉薄しては、徒手空拳ながらも凄惨な笑みを浮かべながら撃墜していく。
 思わぬ敵の出現にパワーは撤退を決めたのだろう。エンジェルスは波が引くように逃げ去っていく。だが第10163班は緊張を強いらせられたままだった。
「……何が、目的だ?」
「解ってんじゃん、オヤッさん。オレサマ達の目的は、ここの奪取! だっしゅっ! ダッシュ! ダンダンダダンダン♪ スクランブル〜ダッシュ!」
 電波気味に喋りながら、クドラクは指を鳴らす。甲高く鳴り響いた音を合図に、海辺に隠れ潜んでいた超常体の群れが一斉に行動を開始した。
「ヴォジャノーイ! それにルサールカの群れだと?!」
 髭が生えた蛙のような二足直立のヴォジャノーイと、緑色の目を持ち、大きな乳房を揺らすルサールカ。名前も姿形も異なるが、それぞれの遺骸を解剖した結果、雄と雌の違いでしかない同種の水棲超常体だと判明。主な活動域は河川や湖沼等の淡水だが、海といった鹹水でも生存可能らしい。そしてヴォジャノーイとルサールカの群れが、クドラクの言葉に従うように第10163班を襲ってくる。
「オヤッさん、昔の馴染みだ。悪いこたぁ言わねぇ。逃げちゃった方がいいぜ? でひゃひゃひゃひゃ!」
 癇に障る笑い声を上げ続けるクドラクを睨み付けるものの、班長は撤退の指示を出すしかなかった。
「――しかし、久遠は何が目的で原発施設を占拠したのだ?」
 パワーもまた同じ目的だったとしたら、何があるというのか。班長は退却しながらも考え悩むのだった……。

*        *        *

 もんじゅをはじめとする若狭湾の原発施設群――通称「原発銀座」が、完全侵蝕魔人が率いる超常体によって占拠されたという報告に、第14普通科連隊本部のある金沢駐屯地は激震する。だが駐屯地指令を兼任する連隊長(一等陸佐)はすぐの奪回作戦を指揮する事が困難だった。
「駐日露軍の動きがおかしい……だと?」
 副官の報告に眉根を寄せて、地図を睨み付ける。
 神州結界維持部隊は、旧日本国自衛隊を根幹とするが、超常体を一身に引き受けている建前上、各国の軍隊も支援の名目で派遣されてきている。
 駐日露軍――駐日露西亜連邦軍・露西亜空挺軍の第819独立親衛特殊任務連隊も隔離政策後に編制され、派遣されてきたスペツナズ(特殊部隊)だ。露西亜空挺軍の特徴たるブルー・ベレー帽を被る兵士達は厳格にして豪快な露西亜人のイメージのままに、辰口町(※註1)の辰口丘陵公園跡地にキャンプを張って駐留している。
 駐日露軍は手取川にかかる川北大橋より南の、危険度が最大級とされる白山連峰特別戦区――山岳森林地帯に展開している。ドモヴォーイ、レーシーと呼ばれる低位超常体のみならず、ズメイと称される所謂ドラゴン(大型竜系高位下級超常体)が多数棲息しており、駐日露軍の存在は欠かせない。とはいえ個人的な付き合いはともかく作戦行動に関しては駐日露軍も他の外国軍と同じく、維持部隊への協力支援を拒みがちであった。
「基地通信中隊の報告によれば、ここ数日に入って戦闘回数が増えており、規模もまた激化していっているそうです」
「冬眠から覚めたズメイが活動し始めたから……という理由じゃなかろうな?」
「それにしては例年にない程の慌しさとの事。相変わらず、向こうから此方への協力要請はありませんが……」
「――駐日露軍の動きを見過ごしたまま、原発銀座に戦力を割く訳には行かないか」
 とはいえ超常体に占拠されたままでは問題がある。戦力は集中して、かつ迅速に動かすのが常であろう。分散しても、各個撃破されては無駄死にだ。少数精鋭を選抜するという手もあるが……
「天使共も狙ってきているから、それに対する迎撃も必要だ」
 地図を睨みながら唸る第14普通科連隊長だったが、組んでいた腕を解いて、指で一点を叩いた。そして厳しい表情のまま、
「守山の師団長閣下に連絡。『高田に極秘支援を要請する』とな」
「高田――まさか第2普通科連隊ですか!? 第2は第12師団隷下の連隊ですが」
 それどころか方面隊すら違う。第14普通科連隊は第10師団隷下――つまり中部方面隊の管区にあるが、第12師団は東部方面隊に属する。
「確かに第2は、私達と同じ積雪地部隊ですが……彼等に白山連峰に侵入してくれと? バレたら連隊長の処分だけでは済みませんよ」
「第2の連中にも迷惑をかけるしな。だが第14の主力は原発銀座に割かなければならない。ましてや駐日露軍の眼もあるだろう。裏を掻くには外部から招かなければならん」
 連隊長は微かに身体を震わせながらも、不敵な笑みを浮かべ、
「悪いが、無理な注文に応えてくれる連中への支援も、駐日露軍からの眼を盗む形となるだろう。極秘裏に支援部隊を編成しておいてくれ。尤も……」
 心苦しげに吐露した。
「どれだけ無茶な任務に当たってくれる連中が着てくれるかどうかも判らないがな」

 ――野性味溢れる面差しの青年が、AK-74M(アブトマット・カラシニコバ・1974年近代型)機関騎銃で撃ち払う。
「グリゴロフ中尉! 付近の掃討は、予定時間の8割を終えております」
「御苦労――部下達に帰還準備を開始させろ。どんどん沸いて出てくるからな。敵に包囲された状態で弾切れは御免だ」
「ダー!(※露西亜語で「はい」の意)」
 ヨシップ・グリゴロフ[―・―]中尉の指示に副長が頷いた。
「……ラドゥイギンの奴には借りを作りたくないからな」
 別部隊を率いる ウラジミール・ラドゥイギン[―・―]大尉とグリゴロフとは、階級が違えども、互いに競争相手として敵視している。公私を問わず犬猿の仲と言っても良いだろう。
「――しかし、何だ? 初めて見る種類だぞ、この芋虫のような超常体は」
 全体としては芋虫のような形状だが、上半身は肩から先の両腕を持たない女性に似ており、頭部もまた日本人顔の女に見えなくもない。今月に入って突如として出現した、この超常体の群れは、ドモヴォーイやレーシー等の在来種の脅かすと同時に、駐日露軍へと積極的に襲ってきた。
「ズメイですら、こいつらの群れに襲われたら、骨も残らなかったそうです」
「……骨も残っていないのに襲われたとどうやって判ったのか、誰か、説明してもらいたいものだが」
 悪態を吐くと、最後の弾倉を装填。退路を切り開く。
「――くれぐれも自衛隊の動きに気を付けろ。連中、これを機に山中に侵入してこないとも限らない。例の場所に近付けさせるな」
「ダー!」
 しかし駐日露軍も容易に近付けなくなったのは間違いないが……
( ただの超常体でなく、アレの遣いと考えれば、俺達を憎んでいるような習性も解る気がする…… )
 ならば、なおのこと自衛隊を例の場所へと近付ける訳には行かない。いざとなればラドィギンと手を組む事も……。
 苦々しい表情を浮かべるとグリゴロフは大きく舌打ちをした。

 

■選択肢
EEu−01)福井・天使群隊を迎撃
EEu−02)福井・原発施設で交戦
EEu−03)石川・白山連峰に侵入
EEu−04)石川・駐日露軍と接触
EEu−FA)北陸地方の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該初期情報で書かれている情報は、直接目撃したり、あるいは噂等で聞き及んだりしたものとして、アクション上での取り扱いに制限は設けないものとする。
 なお福井の原発施設や石川の白山連峰では、強制的に憑魔の侵蝕率が上昇する事もあり、さらに死亡率も高いので注意されたし。
 また駐日露軍と接触する場合、露西亜語にも精通している事が望ましい。駐日露軍の幹部は英米語での会話も可能だが堪能という程ではなく、ましてや日本語はまったく喋れない。一般兵士に至っては英米語会話すら不自由である。

※註1:辰口町……現実世界では2005年2月1日に能美郡の根上町、寺井町と合併して能美市となった。根上町は2009年に日本人初のワールドシリーズMVPに輝いたメジャー・リーガーの松井秀喜氏の出身地と知られている。


隔離戦区・神邦迷処 初期情報 「死を覗き込むモノ」

Back