同人PBM『隔離戦区・神邦迷処』初期情報 〜 東北地方 : 西比利亜


『 隠れ忍ぶモノ ――鬼―― 』

 西暦1999年、人智を超えた異形の怪物――超常体の出現により、人類社会は滅亡を迎える事となる。
 国際連合は、世界の雛型たる日本――神州を犠牲に差し出す事で、超常体を隔離閉鎖し、戦争を管理する事で人類社会の存続を図った。
 ――それから20年。神州では未だに超常体と戦い続けている……。

 恐山は青森の下北半島の中央、カルデラ湖の宇曽利湖を中心とした外輪山の総称であり、高野山と比叡山に並ぶ三大霊場の1つに数えられている。外輪山は釜臥山、大尽山、小尽山、北国山、屏風山、剣山、地蔵山、鶏頭山の八峰。そのうち恐山山地の最高峰となる釜臥山の頂上に大湊分屯地があり、そして付近には展望台がある。
「――宿舎を抜け出したと思えば、またここか」
 班長に声を掛けられて、天体望遠鏡で空を眺めていた男が振り返った。特別にあつらえられた冬季個人携行装備一式に身を包んでいるとはいえ、野晒しで寒風が厳しい中、それでも身動ぎもせずに星に見入っている姿は、ある種の感心を生む。
「抜け出す度に、脱柵の疑いが掛けられていたのも、もう昔の話か。……お前の熱意には根負けしたよ」
「……御心配掛けて申し訳ないっス」
 天体望遠鏡の主――神州結界維持部隊東北方面隊・第9師団第5普通科連隊に所属する 奥里・明日香[おくざと・あすか]陸士長は、班長の呆れ顔に対して、腰が低い態度で恐縮してみせた。
「――そんなに飽きがこないものかね?」
「いやぁ〜星はいいっスよ。燃料不足による灯火管制の唯一感謝するとしたら、夜空の星が綺麗に見える事っス」
「お前だけだよ、そんなのは」
 班長は数少ない嗜好品である煙草に、ライターで火を点ける。携帯灰皿に灰を落としながら、
「……今夜も異常無しか。海峡の向こう側――函館では異常気象が続いているっていう話だが、平和なもんだな。爺さんの話では恐山ってのはオバケが出てきて怖いところって聞いていたんだが」
「――この世界に霊魂の存在は証明されていないっスよ。霊場は死者の魂が集うところでなく、生者の心の慰め、或いは身体をも鍛える処に過ぎないっスから」
 言ってから慌てて、弁明するように付け加えるのも忘れない。
「勿論、イタコさん自身を否定する気はないっスよ? アレはアレで救いをもたらしてくれると思うっス」
「誰に対してフォローしているんだか」
 苦笑する班長だったが、視界の端に入ったものに目を凝らした。
「おい、奥里……望遠鏡を貸してみろ」
「いいっスよ。今の時期だとお奨めな星は……」
 楽しそうな奥里を、だが班長は叱り付けた。
「馬鹿たれ。地上だ! ――宇曽利湖の方角か? 複数の青白い光が見えた」
「宇曽利湖って言ったら……霊場恐山じゃないっスか!? 怖いの厭っスよ!」
「さっき、オバケの存在を否定したのは、どの口だ! 超常体の恐れもある。休んでいる奴も叩き起こして、戦闘警戒準備だ!」
「叩き起こす……って、俺がするっスか?! 皆から恨み言を受けるのは勘弁して欲しいっス」
 ……実力はあるのに、どうして、こう低姿勢なのか? こめかみに青筋を浮かべながら、班長は再び奥里を怒鳴り付けると、班員達への連絡を入れさせる。
 そして準備が済み次第、出立。だが……宇曽利湖の岸辺に辿り着いた頃には、もう異常を感知出来なかった。火山岩に覆われた「地獄」と呼ばれる風景に、美しい宇曽利湖の「極楽浜」との対比が目に焼きつくばかりだけ。
「……恐山菩提寺跡地を借り棟とし、これより数日間の調査と警戒行動に入る。状況開始!」
 班長の指示命令に、奥里をはじめとする班員全てが悲鳴を上げる。
「安心しろ、青森駐屯地に応援要請は出している」
「……それ、何の慰めにもならないっスよ」

*        *        *

 山形の庄内地方に広がる月山・羽黒山・湯殿山は、修験道を中心とした山岳信仰の場として、隔離以前は知られていた。江戸時代には熊野や英彦山と並ぶ三大修験山に数えられ、その霊威という訳でもないだろうが、隔離された今もこの山中に潜んでいると思われる超常体の動きはおとなしい。従って今日もまた第6師団第20普通科連隊隷下の第6107班はいつも通り何事もなく警邏を終えるはずだった。
「――やはり違和感を覚えるのか?」
 班長の言葉に、大竹・鈴鹿[おおたけ・すずか]一等陸士は頷く。凛々しい面持ちは、銃よりも秀でているとして特別に携帯を許された日本刀も相俟って、さながら女武者を思わせる。古風めいた仕草と、堅物めいた性格、そして一見して得物と同じく触れれば傷付ける刃のような雰囲気を醸し出している鈴鹿ではあるが、腰まで伸ばした長い髪を首元で括る赤いリボンと鳴らない鈴の飾りが多少は緊張を和らげられてくれていた。
「――はい。ここを通る度に奇妙な感覚があります。まるで狐につまされている様な……」
 鈴鹿と同じく、違和感を覚える魔人は他にもいる。だが、今まで――隔離以来、問題もなく何事も問題は生じてこなかったのだ。憑魔核が超常体の存在を感知し、疼痛に似た刺激――警告を送ってきたとしても、実際、戦闘にまでは至っていない。事なかれ主義ではないつもりだが、やはり戦闘が起きなければそれに越した事はないだろう。
 そう班長は判断するのだが、鈴鹿は納得していないようだった。
「――解かった。半身異化を許可する。だがお前は……申告によれば第二世代だったな? 侵蝕されるのも第一世代より倍近く早いはずだ。万が一の時は……」
「覚悟しております」
 躊躇わずに頷くと、鈴鹿は精神を集中――氣を周辺へと張り巡らせた。そして一転、愛刀を抜くと、近くの大樹へと斬り掛かる。〈探氣〉から流れるように収斂された〈錬氣〉は刃に乗り、美事な斬り筋で大樹の幹を両断した。
「――ちょっと待て、お前……」
「班長殿! 高位上級の超常体――魔王級です!」
 驚く班長や同僚達に警告を発すると鈴鹿は油断なく刀を構える。倒れゆく大樹の枝から飛び降りてくる影へと切っ先を向けた。
「――鬼、か?」
 第6107班が89式5.56mm小銃BUDDYで取り囲む中、ナマハゲが着けるような鬼の面を被った影は大きく舌打ちをする。維持部隊のものと同じ戦闘迷彩II型を着込んでいるが、随分と汚れていた。肩には矢筒を負い、手には弓を持っている。鬼面はまさしく男のソレだが、胸の膨らみからして女性。鬼面でくぐもった声で、
「……雉も鳴かずば討たれまい。このままおとなしく帰れば良かったものを」
「――面妖な。何奴か? そして、隠れているが残り2体!」
 鈴鹿の声に、だが姿を現したのは1人。服装は鬼面と同じだが、金髪をなびかせ、そして能面で言う『小姫』を被った女性だった。
「イワテの申す通りです。ここは何も見なかった事、聞かなかった事にして、お帰り願います」
 面を通しても、男女を問わず、心揺さぶるような妖艶さを醸し出した声。美しい光が周辺を漂い、さながら夢見るような心持になる。並んでいた銃口が下がった。だが――
「祝祷系か。その手で幾度も惑わしていたのだな!」
 氣を張り詰めて精神支配を打ち破った鈴鹿が、小姫に斬り掛かる。氣の乗った刃は大樹の幹の様に、小姫の身体を両断するかと思いきや――
「残念だがミズクメには触れさせん」
 イワテ[――]と呼ばれた鬼面が瞬時にして間に割り込んでいた。刃が振り下ろされる前に、いつの間にか弓の換わりに手にしていた鉈で受け止める。だけでなく大きく弾き飛ばされた。強い膂力と、瞬発。強化系だろう。
 さらになおも挑もうとする鈴鹿の横で爆炎が巻き起こった。隠れ潜んでいる、もう1体の能力なのだろう。班長が撤退を指示する。
「大竹一士、ここは退くぞ!」
「――逃がすと思うか!」
 追いすがろうとするイワテへと、班長はM16A1閃光音響手榴弾を放り投げる。目潰しによる足止めが効いているうちに、大きく距離を開けた。
「……やれやれ。大竹一士のお陰でとんでもない事になったな」
「申し訳ありません」
「気にするな。――しかし幻惑を用いてまでも、維持部隊をやり過ごそうとする理由は何だ? そもそも出羽三山は女人禁制の地なんだが」
「初耳です、班長。それは女性蔑視ですか?」
 鈴鹿が眉を立てて、不機嫌な表情を浮かべる。同僚達が汗を浮かべて、乾いた笑いを上げる中、班長だけは気難しそうに頂の方へと顔を向けるのだった。

*        *        *

 その日、東北方面総監部のある仙台駐屯地は、言いようの知れない緊張感が漂っていた。張り詰められた雰囲気に息苦しさを覚え、内勤の者でさえも普通科隊員に同行して巡回に出ようとするぐらいだ。
「……数年前の悪夢、再び――か」
 東北方面警務隊本部長(一等陸佐)の呟きに、副官が神妙な顔で頷いた。
 警務隊は、神州結界維持部隊・長官直轄の部隊のひとつであり、旧日本国陸上自衛隊警務科と、日本国警察組織機関が統合された、つまりは神州結界内での警察機関である。警護・保安業務のほか、規律違反や犯罪に対する捜査権限(と、あと査問会の許可による逮捕や拘束権)を有する。
 そのような彼等ですら悪夢と呼ぶ――数年前の出来事。それはNEAiR(North Eastern Army infantry Regiment:東北方面普通科連隊)――通称『アラハバキ連隊』を解体し、関係者を処断した事件を指す。
 WAiR(Western Army Infantry Regiment:西部方面普通科連隊)をモデルにし、隔離以来、各方面隊には直轄の普通科連隊が組織されるのが常であったが、東北方面隊だけは例外だ。
 何故ならばアラハバキ連隊は非人道的な研究並びに実験、行為が発覚。関係者は懲罰部隊に送られる事さえもなく、銃殺等、容赦無く処罰されたからである。以降、新たに編制される事も無く、幻の部隊となっていた。
 そして、その果断な制裁をもたらした切っ掛けが、方面調査隊(※註1)からの報告を受けて、市ヶ谷から査察に訪れた1人のWAC(Woman's Army Corps:女性陸上自衛官)。彼女は関係者による隠蔽工作をものともせずに、NEAiRの核心を探り当てると、習志野から特殊作戦群――魔人や高位超常体、ゲリラ・コマンド制圧を目的とした長官直轄の特殊部隊に派遣要請し、瞬く間に殲滅せしめた。当時の警務隊にすら介入する間も与えぬ迅速な行動と、躊躇なき決断に、東北地方全域が震え上がったものだ。
 その彼女が再び来臨する。各員が戦々恐々とするのは無理なからぬものだった。
「よくもまあ……吉塚陸将が再び彼女が足を踏み入れるのを認めましたね」
 東北方面総監の 吉塚・明治[よしづか・あきはる]陸将は、昨日から慰労と視察の訪問と称して、第9特科連隊等のある岩手駐屯地へと出張している。他の幕僚幹部も似たようなもので、唯1人残された仙台駐屯地司令を兼任している幕僚長(陸将補)が哀れに思えるほどだ。
「さて……今回は、どういう血の雨を降らすんだかな」
 廊下の方から静かにざわめきと緊張が圧し迫ってくる。そして入室の許可を求めるノックがなされた。
「――入れ」
「……失礼しますぅ〜。本日より、アラハバキ連隊残党狩りを拝命しましたぁ〜宮澤静寂二等陸曹ですぅ。活動に当たってぇ〜着任の許可とぉ〜活動の自由を保障してもらいに伺いましたぁ〜」
 入室するや否や、折り目正しく敬礼してきたのは、間延びした声と、糸のような細目、そして柔和な笑顔が印象的な 宮澤・静寂[みやざわ・しじま]二等陸曹だった。一見、おっとりとした雰囲気だが、
「――許可しよう。保障もしよう。必要があれば、人員も付ける。だが、今回はお手柔らかく頼みたいところだがな」
 苦虫を潰して、煮え湯と共に飲まされたような顔をして警務隊本部長が返す。静寂は鈴を転がすような声色で笑うと、
「――それはぁ〜、敵の態度次第ですねぇ〜」
 何とも物騒に答えるのだった……。

 

■選択肢
SiB−01)青森・霊場恐山にて冒険
SiB−02)山形・出羽三山にて索敵
SiB−03)宮城・仙台駐屯地で調査
SiB−FA)東北地方の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該初期情報で書かれている情報は、直接目撃したり、あるいは噂等で聞き及んだりしたものとして、アクション上での取り扱いに制限は設けないものとする。
 なお霊場恐山や出羽三山では、強制的に憑魔の侵蝕率が上昇する事もあり、さらに死亡率も高いので注意されたし。

※註1現実世界の陸上自衛隊における防諜機関は、調査隊→情報保全隊(2003年発足)→陸上自衛隊情報科(2010年創設予定)。
 神州世界では、調査隊の名称のままに情報科の任務に就いている。なお「情報保全業務」とは「秘密保全、隊員保全、組織・行動等の保全及び施設・装備品等の保全並びにこれらに関連する業務」と定義されている。


隔離戦区・神邦迷処 初期情報 「隠れ忍ぶモノ―鬼―」

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