同人PBM『隔離戦区・神邦迷処』第5回〜 北陸:東欧羅巴


EEu5『  The agonizing snake  』

 野性味溢れる面差しの青年将校が見下ろすように此方へと視線を送ってきた。駐日露西亜連邦軍・露西亜空挺軍・第819独立親衛特殊任務連隊(スペツナズ)の ヨシップ・グリゴロフ[―・―]中尉は鼻を頻りにひくつかせながらAK-74M(アブトマット・カラシニコバ・1974年近代型)機関騎銃を構えている。足元には満身創痍の 鬼部・智孝[おにべ・ともたか]二等陸士が転がされていた。
 白山の頂――御前峰の白山神社奥宮には、グリゴロフと1個分隊程の部下達が固めていた。グリゴロフを除くと、魔人兵は残り3名いるはずだ。軽々とPK(プリミョート・カラーシュニカヴァ)機関銃を担いでいるのが強化系。後は操氣系と、異形系が1名ずつ。
( ……厄介だな。忍者的には『雷神を撃退したと思ったら、状況が更に悪化していたでござる……の巻』といったところか)
 表情には出さぬが、内心で大きく舌打ち。水上・三殊(みなかみ・みこと)二等陸士は短刀を油断なく構える。駆け付ける道中に仕込みを施したとはいえ、小細工に過ぎないとは水上も承知していた。状況からしても奇襲とも行かず、真正面から交戦する事に歯噛みするしかない。
 だが水上の思惑に構わず、グリゴロフは露西亜語で面白そうに独白していた。
『……俺の鼻を誤魔化せると思ったか? お前の臭いは嗅ぎ分けられる自信があるぜ!』
 言葉は解らずとも雰囲気的に、水上は謎の部隊の指揮官――第14普通科連隊・第1037班甲組長たる 前園・賢吾(まえぞの・けんご)准陸尉へと振り向いた。雷神 ペルーン[――]こと ウラジミール・ラドゥイギン[―・―]大尉との交戦中に支援してくれた部隊の長だ。駐日露軍に潜り込んでいた“草”かと思いきや、列記とした神州結界維持部隊・中部方面隊第10師団に所属する隠密部隊。通りで、改めて協力を結ぶ事や互いの装備確認と簡単な作戦確認が問題なく英米語で通じた訳だ。
( ……自分よりも忍者らしいな )
 兵装に、流暢な露西亜語。グリゴロフにバラされるまで、完全に駐日露軍兵士だと思っていた。
 さておき前園は覆面の下で苦虫を潰したような顔で、露西亜語で返す。
『 ――プリリジェニエ(幽霊)だ』
『あくまで白を切るつもりか。そういうところも俺はマエゾノを気に入っているがね。まあ、いいさ。交戦記録上はそうしておこう。――日本軍の脱走兵と、幽霊と称する超常体との交戦により、この地の女神の力が暴走。……それを俺が解決したってな!』
 グリゴロフの言葉を合図に、スペツナズが牽制も兼ねて銃弾を撒いてきた。だが事前に打ち合わせていた手筈通りに水上達は散開する。
 ―― 憑魔覚醒。侵蝕開始。半身異化状態に移行。
 前園は光を放つと、周囲が白く塗り潰された。弾幕が途切れた瞬間に、水上がグリゴロフへと一気に詰め寄る。
( ……強力な異形系を相手取る以上、長期戦は不利)
 水上は指揮官であるグリゴロフを速攻で殺害する事が最善と判断すると、一気に勝負を挑んだ。強い光で白く塗り潰された世界で、天耳通(※註1)とも称される優れた聴覚が音を聞き分ける。グリゴロフと思しき影へと、前園の部隊から譲り受けていた代物――焼夷手榴弾を投擲する。
 だが焼夷手榴弾がテルミット反応を起こす前に、グリゴロフは動きを見せた。聴覚で判断した水上と似たように、優れた嗅覚で判断したのか? とにかく燃焼範囲に巻き込まれた部位は僅か。致命傷には及ぶまい。
( ――承知の上!)
 致命傷に至らなくても炎の勢いと熱はグリゴロフの動きを大いに阻害する。水上は反撃の機会を与えずに、続いて水筒を叩き付けた。御前峰は標高2,700mを超え、夏の終わりまで雪が残っている。炎で熱せられた身体が急激に冷やされ、グリゴロフの動きが鈍る。肉薄した水上の短刀が抗弾ベストの隙間を縫って突き刺された。
『 ――いい戦術の一撃だが、獣神を殺すには威力が足りないんじゃないか?』
 言葉が通じなくても、グリゴロフの不敵な笑みから考えは解る。豊富な再生力を活かして敵の攻撃を受け止め、カウンターを打つのは異形系特有の戦い方だ。特にスラヴの獣神 ヴェーレス[――]を称するグリゴロフの生命力は格段に違う。細胞組織そのものを損傷させる炎等の攻撃以外では致命傷に当たらない。“核”と呼ばれる細胞組織・器官が一片でも残っていたら、多少の時間はかかっても蘇生が可能――半不老不死と呼ばれる存在だ。……だが、それがグリゴロフの弱点でもあった。
 水上はグリゴロフの身体を蹴って、大きく退いた。短刀は突き刺したまま。不可思議な動きにグリゴロフが怪訝な表情を浮かべた。だが鼻をひくつかせると慌てて短刀を引き抜こうとする。
 ――遅いっ!
 短刀に巻き付けるように整形固定したプラスチック爆弾へと隠し持っていたスイッチで着火の電気信号を送る。途端、爆裂四散するグリゴロフ。
 飛び散った血肉に強酸が混じっていないか考慮し、眼や耳等の感覚器官をガードするように構えた。そして全身血塗れになった水上は用心の為に、もう1つ焼夷手榴弾を放り込もうとする。
『 ――勝負は着いた。水上もグリゴロフも……双方、もう手を引け』
 だが前園が露西亜語で、続いて英米語で制止の声を掛けた。虚を突かれた水上の投擲が一瞬遅れる。その一瞬の差で、応じるようにグリゴロフの声がした。
『 ……了解……し……た。……各員……マエゾノの指示に従って……戦闘を……終了し……ろ』
 たどたどしく、かすれるように、そして潰れたような声だったが、間違いなくグリゴロフのものだった。戦闘を中止した駐日露軍兵士が、第1037班甲組の手により武装解除されていく。戦死者を悼み、負傷者の手当てを行う。
「……此処で、この強力な超常体を見逃す事は、酷く困窮した状況の北陸において、致命に至る事すら考えられるが?」
 焼夷手榴弾をいつでもグリゴロフの肉塊に放り込める体勢のまま、水上は前園へと抗議の視線を送った。覆面をしたままの前園は肩をすくめると、
「……悪いが、おじさんは駐日露軍と共闘関係に持ち込みたくてさ。まぁ、いつもだったらジョークとして鼻で笑い飛ばされるがオチだったんだけれども……」
 グリゴロフの憑魔特性及び立場から考えても、耳を貸す事はないだろう。それだけの力関係がある。言葉巧みに誘っても、結局グリゴロフは強引にでも 菊理媛[くくりひめ]を利用しようとしていただろう。前園に説得材料はなかった。
「……君がここまで痛め付けてくれた御蔭で、ようやく交渉テーブルに、お互い着く事が出来たのさ」
『 ――流石に、この状態から直ぐに再生は難しいからな。炎で焼き尽くされたら俺でも死は免れられない』
 交渉を提示した事で、声帯を先ず回復させたのだろう。グリゴロフの声が先程よりクリアに聴こえる。
「……悪いが自分は露西亜語が理解出来ない。准尉が実は露軍のダブルスパイであり、グリゴロフの助命の為と、また口裏合わせをしないという保証は?」
 水上の言葉も尤もだ。前園は苦笑すると、グリゴロフの肉塊に近付く。そして、
「……流石は神器という訳だ。見た目と違って、あの爆発でも形を残したままだよ」
 錆の浮いた朽ちた古剣を拾い上げると、水上へと手渡してきた。菊理媛の封印を解く鍵の1つだ。そして菊理媛の力をコントロールする祭器でもある。
「これが保証という形になるんじゃないの?」
 露軍兵士の拘束から解放された鬼部も立ち上がって近付いてくる。水上は眉間に皺を刻んだまま、
「……騙されたと思って、話を聞いてみようか」
 応じる態度に出た。いつでも隠し仕掛けている指向性対人用地雷M18クレイモアを点火出来るよう、指をスイッチに乗せながら。

*        *        *

 丹生の美浜中分校跡地に張られた天幕の群れ。武器・弾薬の在庫を確認し、また糧食の備えを用意する。慌しく駆け回る武器科や需品科の隊員達の姿を横目にしながら、第10師団第10高射特科大隊・第1中隊第3小隊長の 大江山・椛(おおえやま・もみじ)准陸尉は大きく溜息を吐いた。
 そして見上げるのは隊の主力である2輌の87式自走高射機関砲スカイシューター。対空戦力としては充分なものの、攻城戦では役割違いだ。
 クドラク[――]を自称する、久遠・楽太郎[くどう・らくたろう]が率いる完全侵蝕魔人――『ストリゴイ』が高速増殖炉『もんじゅ』を占拠してから、もうすぐ丸2ヶ月となる。其の間に、襲撃してきたヘブライ神群(天使群)は退けたものの、もんじゅ奪還はままならないどころか、魔王クラスの高位上級超常体である“黒の神( チェルノボーグ[――])”の顕現を許してしまう始末だ。
 チェルノボーグは存在するだけで“汚染”――魔人にとっては強制侵蝕現象を引き起こす波動を発し、また通常の隊員も肉体的だけでなく、精神的に追い詰められていっている様子だった。桜屋・ひさ乃(さくらや・ひさの)二等陸士といった衛生科隊員がカウンセリング等に努めているが、当の本人も神経をすり減らしていく様が手に取るように解る。
「――准尉。連隊長が作戦会議を招集するとの事です」
「承知しましたわ」
 僅か2ヶ月の期間に過酷な戦いを経て、大きく成長した部下達を頼もしく、椛は見遣った。だが全ての隊員に奮起しろというのも難しい話だ。ストリゴイによる襲撃は、組織だっていないものが故に気紛れで、其の分、神経をすり減らす。尤も魔人が単体において最強の戦力であるとはいえ、根城であるもんじゅ周辺を離れたストリゴイに遅れを取る事はない。
「……とはいえ、もんじゅを奪還――つまりチェルノボーグを打ち倒さない限り、終わりはないのでしょうけれども」
 ストリゴイの襲撃に倒れ、傷付いた隊員達はさらわれ、そして新たな完全侵蝕魔人となって部隊を脅かす。更にはチェルノボーグによる汚染は日々広がっており、このままでは丹生も放棄し、敦賀の分屯地まで大きく後退する事も考えられていた。
「いずれにしても、もんじゅへ突入する部隊にチェルノボーグを討ち果たしてもらわないと」
 6月初頭の内に片付けなければ、チェルノボーグは“柱”を立てる。若狭湾岸一帯を絶対的な支配地とするというのは、対立する“白き神( ベロボーグ[――])”こと 鈴白・御幸[すずしろ・みゆき]から聞いた話だ。
「……もう時間がないという事ですわね」
 だが椛としては損害の軽微に努めるぐらいしか出来そうにない。
「――神殺し級の切り札なんて、そうそうあるものではありませんからね……」
 再び、大きく溜息を吐くと、椛は幹部達の集まる天幕へと歩みを向けるのだった。

 武器科から渡された弾薬ケースを丁重に取り扱う。福のマークが付いた真っ赤なマフラーをなびかせながら、明石・喜助(あかし・きすけ)三等陸曹は唇の端に笑みを浮かべた。
「これが特注のカドミウム製の特殊粒弾が込められたショットシェルじゃな」
 軟金属のカドミウムは、中性子を吸収する性質から原子炉の制御用材質に用いられている。そして今、渡されたのは、炉心溶融するほどの熱量を喰らっているとされるチェルノボーグ――つまりは超常体の形をした原子炉ではないか?という推測から、喜助が特注した散弾粒だ。実際にチェルノボーグが原子炉と同じ性質を持っていると確定されている訳ではないが、鰯の頭も信心。試すだけでも悪くはないだろう。
「……しかし、わしが注文したのは銃弾だけでなく、インゴットもじゃったが?」
「金属とはいえ毒物には変わりありませんからね。明石三曹では取り扱いが許されないという判断が……」
 申し訳なさそうに、武器科隊員が答える。せめて医療品や劇薬等に関する特性を喜助が有していたならば、少しは目を瞑ってもらえただろう。
「銃弾に加工出来ただけでも、かなり大目に見てもらえた方なんですよ。加工したら、それは飽く迄、銃弾として取り扱われますから」
「……という事は、もしかして同じく注文していたヨウ素もアウトかのう?」
 落胆する。放射性でないヨウ素を大量に摂取する事で甲状腺を飽和させる防護策がある。尤も、異形系でもある喜助自身に放射能汚染――甲状腺ガンは生じない。またヨウ素は甲状腺を飽和するもので、放射性物質を中和する訳ではない。なおヨウ素は大気や海水中に一定量が存在する。そして藻が海水から濃縮するようにして、異形系である喜助が大気中から摂取する事は充分に可能だ。わざわざ注文したのに貰えなかったとしても、なんら困る事は無い。
「……おお? 何だか先行きが明るくなったぞ」
 説明に打って変わって喜助が笑みを浮かべた。そして武器科隊員が続いて渡してきた物を受け取る。ベネリM3T――コンバーティブル(セミオート・ポンプアクション切り替え式)散弾銃(※註2)
「……ふむ。これで、やれるわい!」
 不敵に喜助は笑みを浮かべた。扱い方を習っているところに、御幸が顔を出す。
「……狸が猟銃を構えるなんて、世も末なの」
 小憎たらしい軽口を叩く御幸に、だが喜助は笑みを変えずに頼もしく、
「世が末となるかは、未だ決まっておらんわい。どうなるかは、わし等の働きが決めるものじゃろう?」
 喜助の言葉に、御幸は目を丸くする。微笑むと、
「確かに、その通りなの」
 喜助は腹鼓を叩くと、
「神州大好き、人間大好きな狸としては、命の張りどころという事じゃな」
 言いながらも気持ちよく笑う喜助に、御幸は寂しそうに俯くと、
「……羨ましいなの」
「ふむ?」
 いぶかしむ喜助に、御幸は力ない表情を向ける。
「ワタシは他所のモノなの。神州は好きだけれども、でも、この世界の人間や神々から見たら侵略者なの。そしてチェルノボーグが倒れたら、ワタシも消え去るべき運命なの」
 戦いの行方がどう転ぶかは判らない。だが、いずれにしてもベロボーグは存在し続けるのは難しいだろう。白山の菊理媛の封印がどうなるかも定かではない。女神の怒りの矛先は区別なくスラヴ神群全てを襲う。
「……神州に帰化とかは無理なんじゃろうか?」
「それが出来れば苦労しないなの。でも、出来たとしても、それだとチェルノボーグに対となる存在が消えてしまう事になるのに変わりないなの。それもまたマズイなのよ?」
 寂しそうに笑うと、御幸は背を向けて駆け去っていくのだった。

*        *        *

 投降して武装を解除された駐日露軍兵士と第1037班甲組は、残雪を沸かした珈琲を飲んだり、交換したレーションの食べ比べをしたり等、つい数時間前まで戦闘を繰り広げていたとは思えぬ程の雰囲気で過ごしている。
 張られた天幕の内部中央では、だいぶ姿形を取り戻してきたグリゴロフがプラスチック爆弾を括りつけられて座っている。着火スイッチは背中側に回った水上の手に握られているが、当のグリゴロフと、正面から相対する前園は呑気な顔で、煙草を吸っていた。
『……気付け用として持ち込んできたウォッカもあった気がするが』
「おいおい。俺の部下達にアルコールの味を覚えさせようたって、そうはいかないぞ。おじさんところは飲酒に厳しいんだから」
 なおグリゴロフの言葉は露西亜語であり、前園が通訳する形になっているが、
「いちいち面倒なので、其の遣り取りは省く」
「……誰に説明しているつもりなんだ、前園准尉?」
 怪訝な表情を浮かべる水上に対して軽く笑って返すと、前園は指を顔の前で組むようにしてグリゴロフを覗き込む。
「……さて。一息ついたところで、お話があるんだけれども、よろしい?」
『共闘の話だったな』
「うん。まぁ、ぶっちゃけ、俺としては露軍といっても殺したくねぇんで」
 そして目を細めると、
「話を飲んでくれないかな。――飲め、飲んじまえ、生きてりゃ出し抜く機会もあるだろうが、死んじまっちゃあ、それまでだろうが、後のことなんざ後で考えろよ。なぁ、グリゴロフ?」
 普段は、だらしない無精髭と人懐っこい笑顔を浮かべている前園だが、グリゴロフへと囁く姿は冷たいモノだった。だがグリゴロフは鼻をひくつかせると、
『脅されるまでもない。こうなった以上は、俺の負けだ。俺個人と、現在、白山の頂まで連れてきたのと、麓に待機している部下に限るが、共闘を約束しよう』
 グリゴロフは困った笑いを浮かべると、
『だが飽くまで俺と部下の――1個小隊程の人員だ。ラドゥイギンの子飼いだけでなく、“ただの”魔人や兵士までは懐柔出来んぞ』
 やりたい事と、出来る事と、やれる事とは、それぞれ3種とも別の話だ。そう断ってから、グリゴロフは話を続ける。
『先に言っておくが、幾ら、俺とラドゥイギン……つまりペルーンとの仲が悪いからといって、暗殺そのものや手引き、または其れに準じる事には協力出来ない。せいぜいマエゾノ達――日本軍へと、ラドゥイギンが横槍を入れそうだったら邪魔するぐらいだ』
「……主神としての地位かな?」
『そうだ。口惜しいが、女神の力を手に入れるのに失敗したからな。ペルーンからスラヴの主神――三位一体のトリグラフの1角の座を奪い取るだけの力が、今の俺にはない。結果として、ペルーンが偉そうにしているのを守るしかないという皮肉な訳だ』
 グリゴロフの言葉に、前園は眉間に皺を刻んだ。
「スラヴ神群は負けが明らかなのにかい?」
『負けが判っているからといって、尻尾を振りながらリーダーを猟師に差し出す、狼の群れはいないぞ』
 だが、と更に続ける。
『今のチェルノボーグは脅威だ。スラヴ神群ではあるが、俺達の敵対者であるのは間違いない。あいつがトリグラフに匹敵する力を手に入れ、主神格に座したとしても、其れに反抗する事は出来る。あいつが、もしも“遊戯”に勝ち残り、世界を手にしたとしても、俺達にとっては、これまた負けなんだ』
 つまり雷神ペルーンと直接敵対する事は出来ないが、チェルノボーグとの戦いに参加するのは可能らしい。
「すぐに戦えるのか?」
『……異形系に分類されるからな。6月頭には戦闘可能な程には回復している』
 魔人の回復力は常人の倍以上であるが、それでも重傷を負えば、半月間程の安静を命じられる。其の点でも異形系が半不老不死と言われる由縁だ。
『……要請があれば、なんだかんだと理由を付けて、若狭湾に出向くのもやぶさかでは無いさ』
 何故か互いに薄笑いを浮かべ合う前園とグリゴロフ。両者の姿を、だが水上は厳しい目で見詰めた。
「何か納得のいかない顔をしているな、水上くん」
「……余りにも話がトントン拍子過ぎている気がしてな。前園准尉を疑ってかかっているところだ」
 スイッチに指を掛けながら、
「本当に、最初からつるんでいるんじゃないだろうな? グリゴロフの態度が変わり過ぎる」
 水上の指摘に、今まで黙っていた鬼部も銃剣を握る。グリゴロフと前園が顔を見合わせた。そして、爆笑。
「……何が、おかしい?」
『変り過ぎ……か。確かに、そう思われても仕方ない。だが俺をそうしたのは、他ならぬお前だぞ、ミナカミ』
 グリゴロフは爽快そうに笑い続ける。
『オニベやマエゾノのような魔人でもない者が、雷神ペルーンを退け、そして獣神たる俺――ヴェーレスにも重傷を負わせた。……そう、とも。戦闘不能になるまで俺を痛めつけたのは他ならぬお前だ、ミナカミ』
 姿形は元の野性味溢れる身に戻ったとはいえ、未だ戦闘可能な程には回復していない。グリゴロフが負っている火傷の痕は、残ったままだ。
『正直、マエゾノが共闘を呼び掛けたとしても、無傷な状態だったら話を聞く気は全く無かった。女神の力は俺達を消し飛ばす程の怒りが込められているだろうが、其れは飽くまで封印から解放されたらの話だ』
 無傷状態のグリゴロフだったら、前園が菊理媛の力で脅しを掛けたとしても、鼻で笑って馬鹿にしただろう。封印が解かれていない状態の女神の力は、脅しには使えない。グリゴロフ――ヴェーレスとしては鍵であり、力を支配する祭器の鏡を殺して奪い取ろうとするだけだ。
 極端な喩えをするならば、前園がやろうとした事は、満足な戦力を所有していない国が「核で攻撃するぞ」と、軍事大国に対して挑発していたようなものだ。
 ……当然ながら、お話にもならないような、お粗末な結果が待っていただろう(※註3)
 しかし水上がグリゴロフを打ち倒した。其の御蔭で神は人との交渉の座に着いたのだ。
『 ……そして負けを認めた以上、俺はお前達に協力する。ペルーンはさておき、ヴェーレスは、そう約束する。――とはいえ聖堂を焼き討ちしたり、眷属を殺しまくったりしたんだ。女神が解放されたら、怒りで吹き飛ばされるのは間違いないな』
 笑いながら言う事ではない。だが真顔になると、
『しかし、お前達は、どうやって封印から解放するつもりだ?』
「剣と鏡があれば可能なようだが?」
 水上と鬼部が頷き合う。鏡に照り返された光によって目に映った括り紐が、剣が切れる事は確認済みだ。だがグリゴロフの問いは、違うところにあった。
『だから其の剣と鏡を以って封印を解く者は誰だ? 封印を解ける者は“意志”あるモノだけだぞ』
 力を利用するだけならば、祭器があれば可能だ。しかし、喩え日本人といえども、菊理媛の封印解放をさておきながら力を行使するのは、怒りを買うだろう。
『 ――“意志”あるモノだけが、封印を解く資格を有する。……そうだな、ミナカミには其の資格がある。だがオニベ、今のお前では駄目だ。マエゾノも、今のお前ならば可能だが、つい前までは駄目だった』
 いいか?とグリゴロフは言葉を続ける。
『 ――“意志”あるモノとは、即ち、運命に抗い、自ら選択するモノだ。そして其のモノこそが神々にとって何よりも恐れる存在であり、また“遊戯”を決する切り札でもある』
 水上達の顔を見回すと、
『チェルノボーグとの戦いに赴くのならば、女神の封印は解かれない。逆に、女神解放に尽力するならば、チェルノボーグとの戦いには間に合わない。……俺は要請があれば協力は惜しまないが、選ぶのは、お前達自身それぞれだ。忘れるな』
 断言するグリゴロフ。前園は首を傾げると、改めて質問をしてみた。
「……じゃあ、他所から新たに、其の“意志”あるモノを此処に呼び寄せる事は可能かな?」
『無理ではない。だが白山連峰は日本軍立入禁止の特別区だ。空輸にしろ、駐日露軍に紛れ込むにしろ、支障なく来るには、俺が口裏合わせとかをしなくてはならなくなる。其の場合、俺と部下達はチェルノボーグとの戦いには向かえなくなるが、いいか?』
 グリゴロフの言葉に、一層悩みが深まる水上達だった……。

*        *        *

 散発的に行われるストリゴイ共の襲撃。スラヴの伝承で妖精や魔物と呼ばれる姿形をした超常体の数は増え続けており、丹生の防衛線が破綻するのも時間の問題かと思われていた。
 それでも維持部隊員は歯を食い縛って戦線に足を止めると、超常体の突破を許さない。
「――隊長。2時方向よりストリゴイと思われる動体反応が3つ!」
 レーダー管制や通信システムに張り付いている部下の報告に、椛は間髪入れずに指示を出す。号令を受けて、2輌の87式自走高射機関砲スカイシューターが主武装のエリコン90口径35mm2連装機関砲でもって唸りを上げる。
『 ――前線を押し上げ、白木トンネルを奪還する』
 無線での第14普通科連隊長の通達に、一同、唾を飲み込んだ。トンネルから湧き出してくる超常体の群れへと89式5.56mm小銃BUDDYや、高機動車『疾風』に積み込まれた5.56mm機関銃MINIMIや96式装輪装甲車クーガーに設置された12.7mm重機関銃ブローニングM2が、敵へと弾雨を降り注ぐ。
「――トンネルを通過し、向こう側を吹き飛ばしてみなさい!」
『 ……姐さん、そんな無茶苦茶な』
 81式短距離地対空誘導弾C型ショートアローの射手は苦笑しながら、椛の注文に応じようとする。発射装置から射出された光波弾から送られてくる赤外線/可視光画像を凝視し、音速に達するソレを巧みに誘導。無事にミサイルを白木トンネルの向こう側に送り届けると、自爆させて待ち伏せしていた超常体の群れを吹き飛ばした。
「……本当にやってみせるとは」
『 ――こんな曲芸は二度も出来ませんって!』
 呆れた椛の呟きに、部下は悲鳴を上げながら抗議した。さておき後背を吹き飛ばされた事で混乱が生じた敵とは逆に、維持部隊員は活気付く。勢いに乗せて、怒涛の攻めに転じた。温存していた74式戦車を先頭にして、逃げ惑う超常体やストリゴイを轢き潰していく。
「……これで敵戦力を誘引出来ますわね」
 唇を噛みながら、椛はもんじゅのある方角を睨み付ける。
 損害の軽減に努めるべく、丹生に野戦陣地を構築し、機動力で牽制する等の案も出したが、ストリゴイ側も一種の篭城戦を行っている状況だ。此方が守りに徹すれば、時間切れで向こうの勝ちが一方的に決まる。ストリゴイや超常体の襲撃は脅威でなく、本当の敵の攻めはチェルノボーグの“汚染”だ。そして丹生で幾ら敵を挑発しても、もんじゅ自体を固めるストリゴイの主力――特に、中心の コシチェイ[――]やクドラクは誘き寄せられないだろう。逆に言えば、丹生の前線まで顔を出してくるストリゴイは、血気盛んな連中やつい先日まで維持部隊の同僚であった者(※負傷したところを“汚染”された強制侵蝕魔人。クドラクから見れば新参者。下っ端。雑魚)に過ぎない。
 敵守備の耳目を集める為には、損害を恐れず、前進し続けるしかない。
「――突入部隊の成功を祈るしかありませんわね」
 指示を出しながら、椛は眉間に皺を刻んでいた。
「本当に神殺し級の切り札があれば良かったのですけれども……」
 呟きが漏れた。――其の時、空気がざわめき、耳鳴りが響く。感じるよりも早く、椛は憑魔を覚醒させて、氣の障壁を張った。次の瞬間、張った障壁を殴り付けるような衝撃を伴って、チェルノボーグからの波動が発せられた。血管や神経が引き千切られるような痛みに椛が打ちのめされる。全身の毛穴から汗が噴出しながらも、耐え抜いた。荒い呼吸を繰り返し、空気を貪り食う。波動の影響で空気すら腐っているような味と臭いがした。
「……じょ、状況確認!」
「隊長の御蔭で、各員及び各車に随伴していた普通科部隊に異常はありません!」
『 ……此方、第10163班。礼を言う。准尉の御蔭で魔人も何とか耐え抜けた』
 だが椛の力では全てをカバー出来るはずもない。打ちのめされた魔人の数名は泡を吹いて失神している。其れどころか無理がたたって、完全侵蝕されたモノも現れた。数秒前まで友であった者を、泣きながら射殺していく銃声が彼方此方から響く。
『 ……白木トンネルは奪還した。未だ動ける者は、野戦陣地を構築し、敵の襲撃に備えよ。危うい者は縛り付けてでも後送しろ。此れ以上、味方を撃ちたくない』
 連隊長の悲痛にも似た通達に押し黙った隊員達は、其れでも役割を果たす。
「……隊長も、無理をなさらないで下さい」
「ええ。……解かっていますわ」
 半身異化を解いてもなお憑魔核が疼く。ナニモノかが囁くような幻聴が響いてきた。
『  汝 、 力 を 望 む か ?  』
『  我 に 全 て を 委 ね よ  』
 憑魔核が蠢いた。表面が縦に割け、暗い眼孔が開く。眼球が生まれ、嘲笑を上げた気がした……。

 チェルノボーグから発せられた波動が突入部隊に直撃する瞬間に、御幸が氣の障壁を張った。白と黒の波動が相殺し、衝撃が霧散していく。
「――各員、無事かの?」
「損害皆無。……正直、今、強制侵蝕現象を喰らったらヤバかったですが」
 喜助の呼び掛けに、突入班の魔人達が冷や汗顔で応じる。完全侵蝕でストリゴイになるのは最悪の事態だが、そうでなくとも憑魔核の暴走による激痛で心身は一時的にも使い物にならなくなる。のた打ち回っているところを、ストリゴイに捕捉されただけでもアウトだ。
 チェルノボーグと相対するベロボーグである御幸が氣の障壁を張って、相殺してくれなければ、被害は甚大なものになっていただろう。
「……でも〈消氣〉が駄目になったの」
「まぁ、気配を隠し続けても、呻き声で場所を探られるから、致し方あるまい」
 申し訳なさそうに顔をうつむける御幸の頭を軽く慰めるように叩く。
「さて……莫迦が早速やってきおったぞ」
 喜助の言葉にBUDDYを構える。〈消氣〉を張り直したところで、何処まで誤魔化しが効くか。
「――ひゃっはー!!!! 気配はしたけど、姿は見えず。ましてや、今は気配も見せず! 出てこいや、タマとったるでー! でひゃひゃひゃひゃ!」
 呼んでもないのに、やっぱりクドラクが出てきた。右手にMINIMI、左手にAKS-74(アブトマット・カラシニコバ・銃床折畳式1974年型)機関騎銃という東西混合の装備で、考え無しに撃ちまくる。一緒に現れたストリゴイの方が、クドラクに対して迷惑そうな顔をしているのは気の所為か。
「んー? こっこかなぁ? 何処だぁい? 怖くないからお兄ちゃんの前に姿を見せてよ、ベロボーグちゅわぁぁん?」
 でひゃひゃと笑いながら、銃弾をバラ撒き続けるクドラク。
「……まるっきり変質者のソレじゃな」
「しかし、前回の突入も、あの変質者に足止めされたんです。厄介極まりません」
 コシチェイの狙撃支援があったとはいえ、クドラクの存在1つで作戦が止まる。ましてや今回はオマケにストリゴイが数体付いてきており、弾薬切れの隙は無い。多分、コシチェイの入れ知恵だろう。
「……いよいよもって、後がないんじゃがのう」
 眉間に皺を刻む喜助。とはいえ、このまま足止めされている訳にもいかない。多くの超常体やストリゴイを引き付けている本隊の攻撃も限界はある。
「……明石三曹。此処は俺達が。御幸ちゃん程の力はありませんが、操氣系もいますし」
「僕等が、あの莫迦を釘付けにしているうちにチェルノボーグの元へ。宜しくお願いします」
 親指を立てて笑う数名の隊員達。
「此処は任せて――先に行け、か。其れは死亡フラグじゃぞ?」
「じゃ、フラグついでに……『此の戦いが終わったら、俺、美幸ちゃんに告白するんだ』とか」
「……其れは別の意味で終わっておるわ」
 カミングアウトした男に対して「やーい、やーい、ロリコン」と囃し立てる突入班一同。緊張が程好く弛んだところで、気を引き締め直す。
「――Go! Go! Go!」
 合図と共に、クドラク共を釘付けにする者達が走り出した。M16A1閃光音響手榴弾を放り込んで目を眩ませると続いて、Mk2破片手榴弾を叩き込む。ストリゴイ共の悲鳴や怒声の中、上機嫌なクドラクの爆笑と銃火が轟いていた。甲高く、銃声が鳴り響き、コシチェイが狙撃支援をしている事が予測出来る。
「……あいつらの尊い死は無駄に出来ん! 突入するぞ!」
 喜助の鼓舞に、応と勇ましく返事して続く突入班員達。御幸だけが呆れたように呟く。
「……未だ彼等は死んでないなの」
「まぁ、雰囲気というか、美学じゃな」
 兎も角、事前に調べ上げていた内部構造の知識とチェルノボーグ顕現時に侵入した際の経験とを合わせて、喜助達は損害を少ないままに炉心管制室まで辿り着く。アレから探し出して切ったのだろう、気が狂う程に鳴り響いていた警報音は無く、ただ、人の形をした闇――チェルノボーグが静かに待ち受けていた。
「――っ!」
 室内に突入班員が閃光音響手榴弾を放り込む。衝撃と閃光が轟いた後、一斉にBUDDYで5.56mm銃弾を叩き込んだ。だが――
「効いていないだと!? 異形系能力か!」
 銃弾を全身で取り込むと、人の姿をした闇は笑ったような気がした。しかし一瞬でも、闇が薄く見えたのは気の所為か?
「……さっきの光なの! 夜と闇、破壊と死、黒の神たるチェルノボーグには、光が一番有効なの!」
「そういう事は最初に言うもんじゃ!」
 御幸の叫びを受けて、喜助は光を放つ。ベールのように身を包む闇に遮られ、チェルノボーグ本体への影響は少なくとも、動きが鈍ったように思えた。銃弾を喰らって身震いしてきたのが証左だ。続いて御幸が光の波を叩きつけると、確かに舌打ちが聞えてきた。喜助はベネリM3Tを構えると、特殊カドミウム弾頭を詰め込んで発砲。直撃にチェルノボークが初めて呻き声を上げる。だが、
【……侮ったわ。だが吾を怒らせた以上、後悔する間も与えんぞ!】
 力の伴った波動が全周囲に放たれ、喜助達は壁面に叩き付けられた。上手く体勢を整えた強化系の隊員が日本刀を抜いて斬り掛かるが、
【……其れで傷付けられると思ったか】
 侮蔑を含めて笑うと、無造作に振り下ろされてくる刃を握る。厭な音と臭いがして刃は溶け崩れた。
「……熱か?」
「もしくは此方で呪言系と呼ばれている能力に近いものなの」
 そして視線を移すと、
「どちらにしても、今のチェルノボーグは無限にエナジーを得ているのに変わりないなの。一撃で仕留められなければジリ貧なのよ?」
「ふむ……カドミウム弾の直撃は思ったようには効かんようじゃったからのう。ヨウ素液の目潰しも試してみたかったが、意味はなさそうじゃな。となれば、やはり作戦通り……」
 頷き合い、また周囲ともアイコンタクト。喜助が目標を確認して駆け出すと同時に、御幸が室内を満たす程の閃光を放った。また同士討ちも止む得ずに隊員達も銃弾を撒き散らす。
【……何を企んでいるかは知らんが、小五月蝿いモノ共めが!】
 チェルノボーグもまた先程の力を持った波動を放つ。悲鳴や苦悶が上がるが、すぐに怒声となって反撃する。其の間にも喜助は目標に辿り着いた。
 チェルノボーグへと無限のエナジーを与える供給点を止める為に――すなわち高速増殖炉の制御棒を操作する盤へと。
「――南無喜野明神。狸と思って舐めるなー!」
 付け焼刃の知識ながらも、脳内フル回転で必死に操作する。制御棒は壊されているかと思ったが、自動装置が使えなくされていただけで手動操作盤は弄られていなかった。クドラクに其処までの知識が無かったのか、もしくは万一の事を考えてコシチェイが故意に手を着けなかったのか……どちらも可能性が高いのがナンとも。
「――下ろしたわいっ!」
 制御棒が下ろされる。すぐに炉心が停止し、チェルノボーグへのエナジーの供給が止まる訳ではないが、徐々に包んでいる闇が薄れていくのが見て取れた。御幸が、仲間達が攻撃を加えていくと、ついに闇のベールが剥ぎ取られた。
 強靭な身体能力と反したような痩身の躯。頬肉はなく頭部はまるで髑髏のようだった。
「エナジーの供給源は絶ったとはいえ、油断しない方がいいなの」
「光に弱いと判った分、わし、大活躍じゃがな」
 だからこそ死に物狂いで来る。炉心は止めたとはいえ、顕現した経緯がアレだけに、本体の実力は並みの超常体を遥かに上回るのは間違いない。更に加えて……
「でひゃひゃひゃ! おいおい、どうしたのー? チェルノボーグよー。『柱』を立てるにはエナジーが不足してるんじゃねーか?」
 耳障りな笑い声を上げながら、クドラクとストリゴイが追い付いてきた。残念ながらフラグはへし折れなかったらしい……。
「……此処まで着て脱出か?」
「すぐに高速増殖炉が復活するとは思えないなの。其れよりも『柱』が立てられるのを防ぎ止められただけでも、大金星なのよ」
 歯噛みする喜助に、御幸もまた口惜しそうにしながらも撤退を勧める。
「圧倒的なエナジーの供給で勝ち誇る余り、此方を侮っていたチェルノボーグはもういないの。今のヤツは本気そのものなの。現戦力では勝ち目が薄いの。クドラクもいるし……」
 とはいえ睨み合いの最中、脱出する隙はない。御幸の瞬間移動も、喜助だけでなく突入班全員となれば集中力が必要だ。今のチェルノボークからすれば、機会を間違えただけで即全滅となる。
 睨み合いだけが続き、息が詰まるかと思われた、そんな時だった……。

*        *        *

 その時……あらゆる通信機器から、電波ジャックした放送が流れてくる。凛々しい女声が響き渡る。
『 ――諸君』
 白山連峰から下るか、其れとも残るかどうかを相談していた三上達がいぶかしく顔を上げる。放送は日本語であったが、何故か駐日露軍兵士にも同様が走っていた。
『諸君』
 押し寄せてくる超常体の群れへとスカイシューターの機関砲による水平射撃を命じながら、椛は眉を動かした。
『諸君――』
 女の声は、三度同じ呼びかけをし、
『 ――私は松塚朱鷺子、旧国連維持軍・神州結界維持部隊・西部方面隊第8師団第42連隊所属、第85中隊隊長だったもの。天草を拠点として腐れきった日本国政府からの独立を唱え、宣戦布告をしたものとして覚えておられるだろう』
 負傷者の手当てに追われながら、ひさ乃が口を固く結ぶ。
『かつて、私はこう言った。――我々は、日本国に生まれ育ち、そして超常体と呼ばれる来訪者達を身に宿したというだけで自由と生存権を奪われ、その裏に己の保身と私欲に走る愚鈍な各国政府と日本国政府との間に密約があったという事を!』
 放送主は一息吐き、そして爆弾発言を続けた。
『その証拠を今こそ示そう! その時が来たのだ。証拠とは――』
 前園が紫煙を燻らせ、重い息を吐いた。
『 ――私自身だ! 私という存在がその証拠である。私は……我こそは処罰の七天使が1柱“神の杖(フトリエル)”―― 最高位最上級にある超常体、熾天使(セラフ)である!』
 奥歯を噛み締める音が聞こえた。
『我は、この世界に“ 主 ”の御命による安息と至福に満ちた国を建てる為に、愚かなる者どもを打ち倒し、魑魅魍魎を祓い出すよう申しつけられ顕現した。己が自由と誇り、生命を守る為に、当然ながら我等に抗われるだろうと覚悟の上で、だ。しかし――』
 悲しみと怒りに満ちた声が周囲に渦巻く。
『 ――あろうことか、愚鈍な者どもは保身と私欲の為に我等に媚び諂うと、この国を売り渡したのだ』
 糾弾するフトリエルの声が天に満ちた。
『 ――怒れよ、戦士達。我は、同志であれ、同志で無くとも、耐え難きを耐え、忍び難きを忍んできた諸君等に惜しみない賞賛と敬意を送る。と、ともに問い掛けたい。…… 我は諸君等の敵であるとされていた。確かに我等は諸君等を殺め、命を奪ってきたものだ。だが、真なる敵は諸君等から自由と権利を奪い取り、そして何よりも誇りと生命を軽んじている者どもではないだろうか!?』
 聞く者の心に、困惑と、そして嘆きが迫ってきていた。呆然が憤然に取って代わる。
『今一度、呼びかけたい。――我は約束する! 戦いの末、“ 主 ”の栄光の下で、真なる安息と至福を諸君等に与えよう。ゆえに己が自由と誇り、生命を守る為に、この理不尽なる全てに対して抗いの声を上げよ。そして我等とともに戦い抜こうではないか!』
 …… 聖約が、もたらされた――。

 ――声は高速増殖炉もんじゅ内部にも響き渡っていた。仲間達が動揺していると同じく、チェルノボーグ側も恨みがましい目で天井――空を睨み付けていた。
「――今なの!」
 瞬間、喜助達は陣内に跳ばされ、暫くの嘔吐感に悩まされる事になるのだった……。

 

■選択肢
EEuh−01)福井・原発施設に突入して決戦
EEup−01)福井・原発施設に突入して奪取
EEug−01)福井・原発施設で黒き神に服従
EEuh−02)福井・敦賀分屯地にて警戒待機
EEup−02)福井・敦賀分屯地にて粛清決起
EEug−02)福井・敦賀分屯地で我欲に走る
EEuh−03)石川・白山神社奥宮の封印解放
EEup−03)石川・白山神社奥宮の解放妨害
EEug−03)石川・白山神社奥宮の力を盗む
EEuh−04)石川・金沢駐屯地にて謀略粉砕
EEup−04)石川・金沢駐屯地にて敵を誅殺
EEug−04)石川・金沢駐屯地にて弑逆する
EEuh−05)石川・駐日露軍と接触して暗闘
EEup−05)石川・駐日露軍に挑んで討伐す
EEug−05)石川・駐日露軍との関係を決裂
EEu−FA)北陸地方の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 なお福井の原発施設では、強制的に憑魔の侵蝕率が上昇する事もあり、さらに死亡率も高いので注意されたし。
 また駐日露軍と接触する場合、露西亜語にも精通している事が望ましい。駐日露軍の幹部は英米語での会話も可能だが堪能という程ではなく、ましてや日本語はまったく喋れない。一般兵士に至っては英米語会話すら不自由である。
 また白山神社奥宮に施された封印を解放するには、必要な神器が全て集まっている(※所持者がEEuh−03を選択する)事が最低条件である(※アクション上で儀式をする者に渡しておくのは問題ない)。本文中にある注意に目を通しておく事。最重要な事項として「NPCでは決して封印は解けない」。
 クルースニクを望む場合は、本文中にある鈴白御幸(=ベロボーグ)嬢からの注意を念頭に置く事。現在のところ、無名の維持部隊員(※一般NPC)の中で成りたがっている者はいても断っているが、戦況次第でどう転ぶか判らない。御幸は誰かが連れ回さない限り、基本的に若狭で行動しよう(※選択肢EEuh−01)とする。
 なお前園准尉と明石三曹(のPL様)が多忙により、NPC化申請を行っている。救援を必要とする場合は、アクションに明記する事。北陸ならば要望に応えて何処でも馳せ参じてくれるだろう。要望がない、或いは多数の場合、前園准尉は白山連峰で、明石三曹は原発銀座関連で秘密裏に行動する。但し選択肢が異なるような救援要請は自動的に没とするので、此方も注意。
 同じくグリゴロフ中尉が陰ながら共闘してくれる。動かせる条件は上記と同じだが、露軍に不利益になる事には協力しない。

 なお維持部隊に不信感を抱き、天御軍に呼応する場合はEEup選択肢を。人間社会を離れて独自に行動したい場合はEEug選択肢を。

 泣いても笑っても、次が『隔離戦区・神邦迷処』第10師団(一部)、第12師団(一部)( 北陸 = 東部欧羅巴 )編の最終回である。後悔無き選択を! 幸運を祈る!

※註1)天耳通……仏教における『六神力』の1つ。普通では聞こえる事の無い、遠くの音を聞いたりする超人的な耳。千里眼の聴覚版。順風耳とも言われる。

※註2)ベネリM3T……現実世界では、海上自衛隊が採用している。陸上自衛隊も別個に採用している散弾銃があるものの、詳細は不明。

※註3)……それでも交渉が成立してしまうところが、現実世界が平和ボケしている証拠である。但し、隣の大国が肩入れしている所為なのだが――某国が其れを理解せずに「自身の力によるもの」と勘違いしているところが、これまた凄い話。


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