同人PBM『隔離戦区・神邦迷処』第1回〜 東北:西比利亜


SiB1『 門の奥に消えた音 ―― 闇 ―― 』

 神州結界維持部隊東北方面隊総監部のある仙台駐屯地。隊舎の食堂の片隅で、WAC(Woman's Army Corps:女性陸上自衛官)が顔を上げた。糸のような細目、そして柔和な笑顔が印象的から、現在、東北方面隊全土で最も恐れられているのを窺い知る事は難しいだろう。
 数年前に東北地方全域を震え上がらせた事件。NEAiR(North Eastern Army infantry Regiment:東北方面普通科連隊)――通称『荒吐(アラハバキ)連隊』を壊滅させたWAC―― 宮澤・静寂[みやざわ・しじま]二等陸曹。正確には習志野から派遣要請されてきた特殊作戦群――魔人や高位超常体、ゲリラ・コマンド制圧を目的とした長官直轄の特殊部隊によって殲滅させられたのだが、その切っ掛けをもたらしたのは他ならぬ静寂に間違いない。
 以降、各方面隊に組織されている方面総監直轄の普通科連隊だが、例外的に東北方面隊では存在しない幻の部隊となっている。何故なら荒吐連隊は非人道的な研究並びに実験を行っていた事が発覚し、関係者は懲罰部隊に送られる事さえもなく、銃殺等、容赦無く処罰されたからだ。
 その災厄を再びもたらすかも知れない静寂の前の席に、果敢にも座って幾つかの質問を投げ付けたのは、東北方面警務隊本部付の、玉川・九朗(たまがわ・くろう)陸士長だった。黒いショートカットの髪形に、きつい面立ちと黒い瞳。だが何よりも印象的なのは身長175cmの立ち姿より長い八角棒を常に持ち歩いている事だろう。
 質問を聞き終えた静寂は、読み掛けの文庫サイズの詩集を置くと、改めて九朗へと顔を向けてきた。そして開口一番、
「知りませんよぉ〜。私――『私達』は出羽三山に関しましての調査はぁ、未着手ですからぁ」
「その言葉を信頼すると思うか?」
 だが九朗は視線を尖らせると、追及の手をやめない。静寂は首を傾けると頬に手をやり、
「……そもそも出羽三山の妖怪――日本土着の超常体に関してぇ〜、報告らしいものを戴いたのはぁ第6107班のものが初めてですぅ」
「そうか? てっきり荒吐連隊残党が隠れ潜んでいる可能性もあると思ったが?」
「根本的な勘違いがあるようですがぁ〜、まぁ荒吐連隊に関しての資料はぁ〜、警務隊や方面調査隊が回収したモノも市ヶ谷の中央調査隊へと上げられてぇ〜、現地にも一部しか真相は明らかにしていませんでしたからぁ。勘違いなされるのも無理はありませんねぇ〜」
 糸目を薄く――それこそ紙一重のように開けて、静寂は唇の端に笑みを浮かべた。
「そもそも荒吐連隊の粗製乱造の紛い物と日本土着の超常体をぉ〜、同様に見ないで下さいよぉ。失礼ですよぉ……色々と。貴方自身にも〜」
「では……そもそも数年前の、あの事件。否――聞きたい事はそこではないな」
 九朗は腕を組むと、眉間に皺を寄せる。そして一番の疑念を吐いた。
「――荒吐連隊とは、何だったのだ?」
「憑魔核を人工的に寄生させる事で粗製乱造された魔人による強襲部隊ですよぉ。まぁ所詮、紛い物。達人の特戦群や……『私達』の相手ではありませんでしたけれどもねぇ〜、あの時は」
「――いや、待て。憑魔核を人工的に寄生させるだと? その様な事が可能であろうか?」
 思わず身を乗り出した。九朗の追求に、静寂は大した事でもないような口調で、
「人間には無理ですねぇ〜。高位上級超常体……所謂、魔王や群神クラスでもなければぁ。それでも一部のモノしかぁ、そういう事出来ないらしいですしぃ〜」
 合点がいった。どうして疾風迅雷と特戦群が乗り出してきて、そして容赦も躊躇もなく関係者を殲滅していったのか。――そこに、ソレの存在の臭いを嗅ぎ付けたからだ。そして……
「――だから荒吐連隊の壊滅だけが知れ渡っているものの、その理由が明かされていなかったのか」
「……内緒ですよぉ? 天草の事案もありますしぃ、東北だけでなくぅ、日本各地へと混乱が波及しないとも限りませんからぁ〜」
 再び微笑みを浮かべると、静寂は立てた人差し指で唇を塞ぐ仕草。
「でもぉ〜玉川士長の懸念も間違っていませんねぇ。話を戻しますがぁ〜出羽三山にぃ、荒吐連隊残党が隠れ潜んでいる可能性は確かにありますぅ。とはいえ『私達』は彼等と接触していないのでぇ……基本は中立ですねぇ。でもぉ……」
 言葉を切ると、いつもの間延びした口調とは打って変わって、
「――但し維持部隊と敵するのであれば壊滅させます。勿論、此方に余裕があれば、ですが」
 思わず気圧されそうになった事に、九朗は内心で歯噛みする。この小娘が!と思わざるを得ないが、それでも正面向かって戦い合えば、どちらもただでは済まない空恐ろしさを静寂が有しているのも認めていた。
 表面上は鼻で笑うと、
「では、これが動いても構わんのだな?」
 九朗の念押しに、静寂は元の雰囲気に戻すと、
「ですねぇ〜。一応、荒吐連隊に関しての捜査並びに処刑執行についてはぁ、私が全責任と権限を有する事になっているのですがぁ〜。協力は拒みませんしぃ。でもぉ〜任務を騙り、その実は維持部隊にとっての利敵行為をするならば……ただでは済みませんよぉ? 最悪、指名手配にされて完全侵蝕魔人として問答無用の銃殺許可が下りますねぇ」
 そして再び詩集を手に取りながら、
「それからぁ『私達』も、荒吐連隊の粗製乱造の紛い物と一緒にしないで下さいねぇ〜」

*        *        *

 第6師団第20普通科連隊本部のある神町駐屯地。平常食を摂り終えた第6107班は、思い思いに休憩時間を潰していた。ある者は読書、またある者は腹ごなしの軽い運動。携帯情報端末に落とし込んだゲームソフトに興ずる者もいれば、武器弾薬の取り扱いや超常体の生態を勉強する者もいる。
「……男子禁制の場所もあるんですし、正直な所、蔑視でも何でもないと思うんだけどなぁ。男の人が修行してる所で、僕等、女がいたら邪魔になるだけだと思うんですけど」
「……むむ」
 斉藤・麗華(さいとう・れいか)二等陸士の私的所感。一人称は「僕」だが、ストレートの黒髪を長く伸ばし、華奢な体格ながらも――いや、華奢だからこそ目立つ豊満な胸を持つ、列記としたWACである。同じく長い髪の 大竹・鈴鹿[おおたけ・すずか]一等陸士は、だが自らの決して豊かとは言えない胸と見比べて、羨みとも妬みとも取れる複雑な視線を這わせた。だがその視線はさておき麗華の言葉に、気難しい顔をして応える。
「確かに、そうだが……。いや、そもそも修行に男女の別は――そう、集中が足りないのだ。邪念に囚われる等、言語道断!」
「でも、それは女性蔑視とはまた別の話ですよね?」
「……はい。斉藤二士の言葉通りだ」
 折れた。うなだれる動きに合わせて、首元で髪を括る赤いリボンと鳴らない鈴の飾りが揺れ動く。
「……しかし班長、遅いですね」
 麗華が漏らした言葉に、俯きながら、
「確かに。先程、小隊長に呼び出されていったきり。もしかして出羽三山の件か?」
 先月末に麗華と鈴鹿達――第6107班は、通常巡回中の出羽三山にて魔人――もしくは人型の超常体が仕掛けていた幻惑を見破り、遭遇を果たした。不幸にも友好的とは言い難い雰囲気であったが、イワテ[――]と呼ばれていたナマハゲが着けるような鬼面の女性と、能面で言う『小姫』を被った―― ミズクメ[――]と呼ばれていただろう女性は、戦闘或いは交渉等の接触そのものに消極的な感じが見受けられた。何かを隠し、遠ざける為に幻惑を施していたが、此方に危害を加えるものではない。その旨を書き記した報告書に、上はどのように対応するか悩んでいるらしい。
「幻惑が施されていた箇所が、県道112号線沿いの五色沼より北側――旧・県立自然博物園辺りでしたね」
 麗華の言葉に、鈴鹿が頷く。そして口を開こうとした矢先に、第6107班長が戻ってきた。わざわざ起立して敬礼しようとする鈴鹿を手の仕草で押し留めると、
「――食事しながら聞け。というか、俺が腹が減っているんだが」
 素早く席を立って麗華がお茶を注ぐ。礼を言ってから湯飲みに口を付けると、
「――明日1000(ヒトマルマルマル)より第610中隊で出羽三山の山狩りをする。その作戦会議で呼び出されていた訳だ」
「……一個中隊で、ですか?」
 麗華をはじめ、班員達の驚きの声。
「それでも総勢160名前後。山狩りには少ないだろう。加えて大和駐屯地からも助っ人として第6偵察隊に正式に協力要請を出している。……おっと紹介するのが遅れて済まんかったな。忘れていた」
 箸を持つ姿を気まずそうにして、第6017班長は苦笑する。一同の視線が向けられた。おかっぱ頭に、小柄で華奢な体格から、第一印象は正に童(わらべ)。黒川・大河(くろかわ・たいが)陸士長が屈託なく笑うと、慌てて麗華と鈴鹿達は敬礼した。
「第6偵察隊の黒川だよ。偵察は、ぼく等の仕事だからさ。よろしくね」
 答礼を返して再び微笑んで見せた。
「……随分と大掛かりですね」
「調べてみたら、出羽三山の奥へと到る道の殆どに幻惑が仕掛けられていたそうだ」
 第6107班が発見したのは湯殿山や月山の南側だが、北に位置する羽黒山周辺域にも幻惑が施されていた。また見張り役だったのだろう超常体とも小競り合いが生じたケースもあったらしい。
「さすがに中隊長が危機感を覚えてね。『相手に表面上敵意があろうがなかろうが、ここまで大掛かりな仕掛けだったのならば見逃す事は出来ん。接触して真意を問い質す必要がある。場合によっては戦闘もやむなし』とな」
「相手は明らかに組織立って行動しているみたいだね。第6107班が接触した際の強力な存在はいなかったらしいけれども、低位でも群れをなせば超常体は充分に脅威だから」
 黒川の補足説明に全員納得。
「とはいえ実際に探索するのは、いつも通りの班規模と考えてよい。相互に連絡し合って情報共有。たまに支援射撃をし合うぐらいだろう」
 言い終わると、余程腹が減っていたのか、第6107班長は食事に集中しようとする。だが申し訳なさそうな表情ながらも、麗華が上申した。
「――あの、班長。遭遇した鬼達みたいな知性の高い超常体の場合、恐らく大竹さんが見破った地点の周囲に集落らしきものを作って生活している事が予想出来ます」
「あ、うん。そうだな。完全侵蝕魔人という可能性もあるし、死亡したと思われていた脱柵者が、集まっているのかも知れん」
「はい。――出羽三山でそうした集落を作れそうな地点は恐らく、当地域内にある寺社仏閣跡にあるのではないでしょうか? また、そうでなくとも、出羽三山は信仰の地でもあるので、出羽三山神社にも足を延ばしては如何でしょうか?」
 出羽三山――山形の庄内地方に広がる月山・羽黒山・湯殿山は、修験道を中心とした山岳信仰の場である。それぞれの山頂に神社が鎮座しているが、隔離前は三社を併せて宗教法人として出羽三山神社(三神合祭殿)が置かれていた。
「……奇を狙って北側から攻め――もとい調べていくか。良し、解った。そちらには俺達も行くと小隊長、中隊長には伝えておく」
 もう食べてもいいかという眼差しに、麗華は敬礼しながらも苦笑した。お代わりのお茶を湯飲みに注ぐ。
「……様の行方の手掛かりを掴めるかも知れないね」
「――何か?」
 出羽三山神社の調査に決まった事に、黒川が呟いたのを鈴鹿が不思議そうに聞き返す。黒川は微笑むと、
「相手の目的や、少なくとも手掛かりが掴めるといいねってね」
「相手ですか……当然、妨害があるでしょうね。直接手合わせた私が申し上げますが――強いです」
 鈴鹿の言葉に、黒川は頷くと、
「――でもイワテね。イワテって……安達ヶ原の岩手お嬢ちゃん? でも彼女は間違いなく祐慶が弔っているんだよね」
「安達ヶ原? 祐慶?」
「黒塚。能の演目だけど、知らない? 平安期に、奥州の安達ヶ原――今の福島県にあった場所に棲んでいたという鬼婆の伝説」
 鬼婆、山姥。ゆえに被るのは鬼面なのか?
「本人は亡くなっているから……もしも名前を騙っっていたとしたら、それがどう言う意味だかは判っているとは思うけど――係累か、或いは同種の存在か」
 ふと思いついたように麗華達に向き直る。
「……知ってる? 栃木、富山、岐阜の一部では、山姥を指して天邪鬼をいう事もあると」
「――天邪鬼。ひねくれ者ですか?」
「そういう転用ではなく――まつろわぬ神、或いは妖怪として本義の『天邪鬼』。起源や由来は諸説あって、祖は天狗と同じくする 天逆毎[あまのざこ]、或いは 天魔雄神[あまのさぐがみ]と謂われている。建速須佐之男命様の娘、その子。……まぁ天狗については猿田彦様が祖という説もあるけれども、天逆毎と天魔雄神は1712年に出版された『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』が初出なので起源説としては弱いんだよね。『先代旧事本紀』からの引用とあるけれども」
 流れるような黒川の薀蓄。
「だけれども……天邪鬼に関してだけいうと記紀の天探女ひいては 天若日子[あめのわかひこ]様にも繋がるんだ。系統的には紛う事無き神に連なるモノ」
 天探女が天邪鬼の祖という説は有名だが、仕えし「天若」も読みを違えば「アマノジャク」となる。
「――天若日子様は弓取りの名手だよ。イワテからここまで連想しちゃったけれども……狙撃にも気を付けないとね。あと天邪鬼から連想できる点としては……サトリ?」
 さすがにそこまでは自信がなかったが、黒川の説明に、鈴鹿は感極まったようだった。
「むむ……名前1つからとっても様々に相手の能力を図る事が出来るのですね。尊敬致します! しかし、そうだとしたら勝てるかどうか……」
「いつになく弱気ですね?」
 麗華が気遣う。だが鈴鹿は頬を叩いて活を入れると、
「でも、もう一月ほど勤めれば、祖から家宝として伝わっている業刀を継ぐ事が出来るのです。その時は一刀のもと、切り捨てて見せましょう!」

*        *        *

 凍えそうなカモメ見つめ、泣いて……。
「――って、恐山から津軽海峡は見えないっス」
 溺愛する弟の写真を見ながら、ハンカチを握り締めていた 佐伯・綾(さえき・あや)三等陸曹の姿に、さすがに見兼ねたのか、奥里・明日香[おくざと・あすか]陸士長がツッコミを入れた。
「……奥里が『泣き鬼』にツッコミを入れたぞ」
「――危険。逃げろ。一目散に」
 遠巻きながら見守っていた周囲の隊員達が一斉に綾から背を向けた。目に一杯の涙を湛えた綾は64式7.62mm小銃を振り回して、逃げ遅れた奥里を追い掛け始める。
「……賑やかだな」
 呆れた風に見送るのは、第9師団第5普通科連隊・第98中隊第1小隊長(二等陸尉)と第981班長(二等陸曹)。要請を受けて青森駐屯地から派遣された増援を加えて、霊場恐山にある菩提寺跡地に待機している人員は1個小隊規模となっていた。
 3月末に大湊分屯地展望台から観測された発光現象に、第981班は調査を開始。到着した際、宇曽利湖の岸辺に異常は感知出来なかったものの、慎重を期して青森駐屯地に増援を要請したのだった。
 綾もまた不本意ながら増援に参加させられた口だ。
「……本当は、今すぐにでも北海道にいる正巳――弟のところへ駆け参じたいんですよ」
 泣きながらの説明が入った。先端に装着された64式銃剣を突き付けられて、奥里が首を水飲み鳥のように上下に振り続ける。
「ところが、姉から横槍が入りまして……『出羽と恐山と、どっちがいいか?』と」
「――何で此方に来たっスか?」
「さっさと済みそうでしたので」
「何気に酷いっスね! いや、確かに、コレといった脅威がありそうでなさそうで、行き当たりばったり感が見え透いていたりいなかったりするっスけど!」
「お〜い、奥里。台詞がメタ的になっているぞー」
 第981班長が全くフォローしていない台詞で追い討ち。「いいから、助けて欲しいっス」という視線に、周囲は「満足するまで綾に全て語らせろ」と親指を立てて合図を送り返した。そのような遣り取りに気付かぬまま、綾は愚痴を吐き続ける。
「……問題を起こして北海道行きが伸びるのは厭なので我慢して対処しているんです。あらゆる障害を蹴って飛ばして北海道に向かう所存です。おねえちゃん頑張る!」
「あ〜。頑張れっス」
 伝え聞く、3月末における北海道の状況。函館では大寒波と、超常体による襲撃の繰り返し。千歳では魔群(ヘブライ堕天使群)による猛攻。帯広をはじめとする十勝平野は地震で壊滅的という。
( 正直……行きたくないっスね )
 内心で呟く奥里だが……約一ヵ月後、裏取引により函館に飛ばされる事を、未だ誰も知らない。
 それはさておき、心情を吐露する事で綾が落ち着いたところを見計らって、第98中隊第1小隊長が手を叩いて注目を喚起させた。
「状況を開始する前に、任務を改めて説明する。第98中隊第1小隊は、これより菩提寺跡地を活動の中心として霊場恐山の警戒と調査に当たる。場合によっては戦闘も起こる事を覚悟せよ。なお霊場である為かどうか判らないが、憑魔活性化による超常体接近を感知出来ないという報告が数人から上がっている」
 これは綾も不思議に思っている事だ。――活性化。憑魔が別の超常体の存在を感知した時に示す様々な反応の総称。この状態になると、魔人は小型の超常体と化してしまい、身体能力が激しく強化される。ただし相手が小型の超常体の場合は、活性化が起きない場合の方が多い。同様に、戦友の憑魔に反応して活性化するような事はなく、ある程度の大きさがある相手でないと近くに潜んでいても判らない……はずだ。
 だが霊場恐山に着てからずっと疼痛に似た刺激を憑魔核から受けている。他の魔人も似たようであり、原因は不明だ。兎に角、活性化による超常体の接近を察知する事は先ず不可能と考えても良いだろう。
( 正確には霊場恐山に着てからというよりも……奥里さんと対面してからの気がしますけれども )
 奥里の正体について、未だ誰も知らない。
「……以上の点から、充分に注意して任務に当たってくれ。なお不測の事態が発生した場合――」
 第98中隊第1小隊長が言葉に詰まり、一同が気付いた。空を見上げる。音がする方を向く。
「――何だ、アレは!?」
 アレ……回転翼機MH-60Kブラックホークに一同開いた口が塞がらなかった。
 多目的回転翼機UH-60を戦闘捜索救難型として開発されたのが、HH-60Gベイブ・ホーク。更に特殊部隊強襲用として派生したのがMH-60Gで、高価な電子装備を搭載させた発展型がMH-60Kである。
 基本設計並びに思想は隔離前にあったとはいえ、超常体の出現により開発や普及が難航した現代において、最新機に違いない。MH-60Gが1機当たり約1兆円を下らない事を考えると、どれほど贅沢な代物か判るというものだ。しかも、それが3機。
 着陸許可を求める通信を受け、呆然としたまま第98中隊第1小隊長が首を縦に振る。誘導に従って着陸したMH-60Kのキャビンから現れた3人組の姿に、更に一同は愕然とした。
 1人目は正統派マジカル少女風バトルドレスを着用した、健康的な幼女―― 田中・国恵(たなか・くにえ)二等陸士。
 2人目はゴシック風バトルドレスを着用した、凍え付く程の美幼女――遠野・薫(とおの・かおる)二等陸士。
 3人目はクラシック風バトルドレスを着用した、幼いながらも妖艶な雰囲気を醸し出す桃山・城(ももやま・しろ)二等陸士。
「――まさか、これが隔離前に流行ったという魔女っ子戦隊パステリオン!(※註1)
 誰かのツッコミを受けて、だが自棄に疲れたような声が否定した。
「――違います。というか、正式名称は未だ決まっておりませんので」
 否定した声に、国恵が首を傾げた。
「そうでしたか?」
「――実はそうです。それでも、一応は自己紹介を。東北方面音楽隊・魔法少女番組撮影班長、兼・観測手、兼・マスコット役、兼・マネージャーの姿南三曹です」
 敬礼するのは着ぐるみ。薫が目を細める。
「……そんな設定は聞いてないわよ」
「貴女達を撮影するのであれば専門の集団が必要。列記とした部隊になります。でも貴女達の階級は二等陸士。部隊を率いさせる訳にはいきません。自ずと責任者として、私が押し付けられたのですよ……」
 胃の辺りを押さえながら、着ぐるみ姿の 姿南・久万美[すがたな・くまみ]三等陸曹が説明する。
「そして……私が引率者の1人であり、撮影に協力している班の長、白鷺です」
 MH-60Kから顔を出したのは角張った印象の中年親父――東北方面航空隊・強襲輸送班長の 白鷺・純一(しらさぎ・じゅんいち)准陸尉。
「だが撮影……といっても調査や警戒がてらですが。応援要請に基づき、撮影班と強襲輸送班は、ここにいる間ではあるものの全面的な協力を約束します」
 白鷺の言葉に、第98中隊第1小隊長は敬礼。白鷺の左胸ポケットに着けられた徽章に目を見張る。日の丸、正義や軍事力等を意味する剣、急襲が得意な鳶、そして桜星及び榊からなっていた。視線に気付いた白鷺が苦笑。
「これですか……昔取った杵柄です。空自だけが、航空戦力では無いのですよ?」
「それは解っておりますが……しかし、また何で?」
 横目で魔法少女を見遣っているのに、白鷺は更に笑みを濃くして、
「――仕事は仕事です、例え、取引しなければ新型機を導入出来ない現状が相手でも、ね?」
 MH-60Kを指し示すと、第98中隊第1小隊長はようやく納得がいったようだった。さておき、
「撮影と称して、主任務は調査ね。一応、聞くけれども今回の撮影としてのコンセプトは何? え、『川口浩探検隊(※註2)』……。人間の考える事は良く解らないわ……」
 姿南に尋ねる薫が溜息を吐いた。
「取り敢えず、爆発すれば後はどうでも良いのですね? OK、任せて!」
 桃山の言葉に、薫は冷たい視線を送って、
「いや、そういう訳にはいかないわよ。とはいえ、好き勝手やっているのは、人間も超常体も大差ないと思うけどね」
 薫の断言に、乾いた笑いが巻き起こる。とりあえず代表というか生贄としてか選ばれた奥里が愛想笑いを浮かべながら、握手を差し出してきた。怪訝な表情で見上げると、
「――ロリペド?」
「違うっス。第981班の奥里っス。趣味はこう見えても天体観測。現在、彼女募集中の24歳っス。でも決して幼女愛好趣味はないっス」
 魔法少女3名は顔を見合わせてから、国恵が応える事にした。差し出された手に、重ねた瞬間――
「――!!?」
 奥里の声にならない叫びが響き渡る。綾でさえ、溺愛する弟の事を忘れてしまうような一瞬だった。
「……指が、唸るように……あんな動きが出来たんですね」
 奥里の指――その関節は、国恵によって美事に極められていた。
「――指ひしぎ十字固め。関節技(サブミッション)こそ王者の技ですよ」
 奥里を暫く悶絶させた後に解放。残る屍もどきに一瞥を送り、
「学校にいた頃、校長先生が言いました。『弱いのがいかん。強くなれ、強くなれば全てが解決する』と……。最近の状況を見る限り、否定出来ませんわね」
 苦笑する国恵に、第981班長は頭を掻きながら、
「一応、うちの班のエースなんだがな、これでも」
「「「魔法少女、つよっ!!!」」」
 ざわめく第98中隊第1小隊の面々を見渡しながら、薫が耳打ちする。
「――で、実際、どうなの?」
 国恵達も霊場恐山に着陸して早々、違和感を覚えていた。但し活性化ではなく共振なのだが……。その元凶と思しき存在に接触出来たのは、正に好機と言えよう。そして結論は、
「……奥里さんは人間じゃありませんわね」
「――つまり私達と同じという事ですか?」
 桃山の疑念に、国恵が微かに首を横に振る。
「――異邦の魔物か、それとも神か。しかも実力は高位上級……魔王/群神クラス。一見、無害そうではありますが、最も要注意の存在です」

*        *        *

 出羽三山で山狩りを行う第6109班に便乗し、九朗は旧西川町役場から月山湖(寒河江ダム湖)を横目にしつつ、月山道路(国道112号線)を西進・北上した。
「――相手と最初に接触した大竹一等士達、第6107班は北面……湯殿山からか」
「らしいです。出羽三山神社の辺りから探ってみると連絡が来ていました」
 第6109班の少女(二等陸士)の言葉に、九朗は何やら複雑な表情を浮かべた。そして弓張平公園跡地で独り降車する。
「――ここより先は、これ単独で探ってみる」
「いいのか? 護衛も兼ねて数名同行させるが」
 第6109班長(三等陸曹)の物言いに、九朗は不機嫌さが顔に出るのを、何とか隠し通した。組織の上下関係には気を遣っているが、それでも憤りを感じざるを得ない。勿論、階級的には1個班の長である相手の方が上であり、また、そうとは知らず飽くまでも親切心から来るものであると解っている。
( ……これの気性に問題あるやも知れんな )
 気付かれぬ様に溜息を吐いて冷静さを努めると、
「此方は荒幅気連隊残党及び完全侵蝕魔人の捜索も兼ねているが……あまり事を荒立てたくない。護衛は不要である」
「そ、そうか……微笑み冷血女の。そして出羽三山に隠れているのは荒吐の可能性が……?」
 やはりというか荒吐連隊の名を出せば、第6109班長の腰が引けた。静寂が微笑み冷血女とは言い得て妙な仇名だろう。
「その確認の為にも単独の方が動き易し」
「了解した。此方は弓張平にベースキャンプを張り、此処を中心として捜索の網を広げていく。だが連絡をくれれば、すぐにでも応援に駆け付ける」
「承知した。――では」
 第6109班員達からの敬礼を背に受けて、九朗は八角杖を付いて山奥へと分け行くのだった。

 ……公式に超常体が出現、確認されて記録に上がったのは、1999年8月とされている。だが、それ以前から神話や伝承、詩文や物語で著されているヒトとは異なる生物の群れ――悪魔や妖怪と称されるモノ共を無視する事は出来ない。
 超常体は、ソレ等のモノの姿形や能力と比較し、相似点から名付けられたり、分類されたりしている。だが、実際は逆にソレ等が先で、超常体として公然と姿を現しただけに過ぎないという説が、現場の隊員から有力視されている。神州世界対応論と相俟って成立したオカルト説が、隊員達に流布される一因だ。
 そして事実、1999年の超常体出現より以前から、日本には古来より人間社会に共生や隠棲してきた超常体――いわゆる妖怪が存在していた。だが有力な天津神や國津祇が姿を隠し、神州結界が張られて隔離政策がなされ、代りに神州世界対応論に基づいた外来の超常体が跳梁跋扈するようになると、妖怪達は東北や北陸へと追いやられていく。そして、ある者達――特にヒトの姿をしたものや変化出来るモノは維持部隊に潜り込み、或いは更に山奥に集落を造って隠れ潜んでいた。だが人間社会――ひいては天津神といった高天原への恨みを祖より受け継ぎ、好機とばかりに叛逆を企もうとするモノもいる。日本古来の超常体という範疇ではあるが、其の内は混沌としてまとまりがないのが妖怪というものでもあった……。

 出羽三山神社への途中、県道343号線を外れると、第6107班は大休止を兼ねて鶴岡の猿田彦神社に詣でた。第6107班長が命ずるまでも無く、麗華が9mm機関拳銃エムナインを構えて、周辺の警戒に付いた。
「――此処から先は間違いなく鬼達のテリトリーに入るでしょうから、警戒を密にするに超した事はありませんし」
「さて。……となれば、ぼくの役割だね」
 黒川は小柄な体格には不釣合いな89式5.56mm小銃BUDDYを構えると、出羽三山神社のある方角に目を向けた。県道346号線を南下し、途中市道に入り込んで旧・羽黒高等学校を経る。報告によれば、幻惑は県道46号線と47号線に分岐する点に掛かっていたとあるから、超常体達が待ち伏せしているのならばその一帯だろう。
 先行して偵察する黒川を、間隔を大きく開けて追尾してくる第6107班を尻目にし、苦笑半分で呟いた。
「……連絡を取ってみたけれども、近隣の同胞達は協力的じゃない。それどころか、ぼくを避けようとしていた節がある」
 出羽三山一帯では、ここ数年間、疎遠となったモノ達が多い。元々、“あの御方”の行方を探る手掛かりが最も多く掴めるだろうと期待していた場所だけに、今回の事件は、彼等が黒川との連絡を取らなくなった理由を想起させるに充分だった。
「――間違いなく、彼等は手掛かりを見付けていたんだ。それでいて、ぼくには連絡を入れないどころか、あろう事か隠そうとしている」
 隔離以来の年月を経てもなお健在な高さ22.5mの大鳥居を視界の端に収めつつ、黒川は慎重に歩を進める。視覚から入り込む惑わしが夢見心地へと働き掛けるが、軽く頭を払うだけで霧散して消えた。
 今や廃れてしまった手向の町並みを抜けて、随神門に到着。此処より内は出羽三山の神域となる。神域は遠く月山を越え、湯殿山まで広がる。随神門はこの広い神域の表玄関だ。
 頭を垂れて門を潜ろうとする黒川の脳裏に、何かが触れた。懐かしい波長。捜し求めていた主の気配。
「――月讀の命様!」
『……わたくしの名を呼ぶのは――ああ、黒川童子ですね。かくのごとく乱れた世に在りながら、健やかなる様子で、わたくしも嬉しく思います』
 女性とも男性とも取れるような美しい声色。――三貴子(みはしらのうずのみこ)が1柱、暦(※時)を司り、夜を統べる月神…… 月讀[つくよみ]に間違いなかった。念話の調子に弱々しさは感じられなかったが、か細く、聴き取り辛い。
「……今、どちらにおわしますか?」
『――山中にありし、マヨヒガの何処かに。外津神に唆されたヒトの子に迷わされ、どうやら封じられてしまったようですが……今は来津寝(キツネ)によりて眠りに憑かされています。もしやウケモチを叩いた事に対しての、今になっての仕返しでしょうか?』
 狐は、宇迦之御魂[うかのみたま]や 大宜都比売[おおげつひめ]、保食[うけもち]といった御饌津神(みけつかみ)の神使とも云われる。かつて月讀は保食に対して手酷い仕打ちをした事があり、今の窮状はソレへの罰ではないかと自問自答しているようだった。
「……そのような事ではないと思います。いずれにしても命様をお助け致します。とはいえ未だに封を解する手掛かりがありません」
『――眠りから覚めなければならない時が来たのですね。しかし、わたくしの力は三つに分散され、各々に戒めが……』
 だが月讀との念話は強制的に断たれる。
「――悪いが、そこまでよ」
 声がした方に振り返る前に、黒川は木陰や藪の中に身を飛び込ませた。間一髪で、先ほどまでいた場所が炎に包まれる。
「……危ないなぁ。声を掛けてくれたのはありがたいけれども、力尽くで黙らせようなんて――お嬢ちゃんは礼儀がなってないね?」
 藪から木陰、そして岩陰へ。炎の攻撃で焙り出されないように身を移しながら、黒川はおどけてみせた。相手は戦闘迷彩II型を着崩し、般若面を被った女性。配下だろうか、4名の屈強な男達が黒川を包囲しようと周辺に展開している。
「鬼武と熊武は、童子を捕まえなさい。月讀様と接触した以上、最悪、殺してしまっても構わないわ。鷲王と伊賀瀬は後続してくる連中を押し止めて!」
「――鬼無里のモノ……ね。もしかして、お嬢ちゃんの名は紅葉?」
「伝説にあやかって親が付けてくれた名前だもの。生憎と当人じゃないわよ」
 黒川の推測に、般若面の クレハ[――]は律儀にも答えてくれた。根は悪い子では無いかも知れない。それでも、
「ようやく命様の手掛かりを掴んだのに、生死問わずで捕まる訳にはいかないよ」
 黒川の掌に光が集った。ソレを放って目を眩ませた一瞬を突き、今度は身を風景に溶け込ませる。相手に操氣系や、周辺に幻惑を張っているミズクメ程の実力者がいれば脱け出すのも厄介だが……
「――何処に消えたのよ! もう、こうなったら辺り一面まとめて……」
「ちょっ! あっ、姐御、落ち着いて下せぇ!」
 どうやら別の意味で大変だった。だが後続の第6107班が異常を察して発砲を開始する。そちらの対応にクレハも意識を向け出した。
 援護射撃を受けて、麗華と鈴鹿が黒川の退路を確保すべく突入してくる。匕首を構えた伊賀瀬と鈴鹿が切り結ぶ隣で、麗華は阻もうとする鷲王の横を擦り抜けた。否――擦り抜け様に、ナイフを繰り出そうとする鷲王の腕に手を添えると、麗華は巧みに力を受け流してカウンターを叩き込んでいた。自分の勢いも利用された鷲王は派手に吹き飛んでいく。
「――熊武、通すな!」
 名の通り、熊の様な巨体が麗華を押さえ込もうと正面からぶつかってこようとしたが、麗華はいつの間にか鎚を左手に持って振り子の原理で破壊力を増幅。正拳の衝撃を熊武へと撃ち込んだ。さすがに巨体が吹き飛ぶ事は無かったが、
「――実は吹き飛んだ方がダメージ緩和したり、しなかったり?」
 疑問符を付けての麗華の言葉通り、熊武は人体を浸透する衝撃をマトモに受けて、麗華が素早く離れた時には血反吐と共に倒れていた。
「――此処は退くよ。覚えていなっ!」
 捨て台詞を吐くと、クレハと配下は山奥へと逃げ出した。倒れた熊武を、鬼武と鷲王2人掛かりで担いでいる為、逃げ足は遅く、第6107班長は追撃を命じるのだったが、
「――っ! 皆さん、伏せて!」
 鈴鹿の警告後に、一瞬遅れて、爆炎が生じて追跡の手を阻んだ。舞い上がる噴煙に咳き込みながら黒川は合流する。
「……とにかく今は、橋頭堡を築けただけでも良しとしようよ」
「確かに。今、湯殿山方面の第6109班から連絡があったが、あちらはイワテ達によって追い返されたらしいからな。聞けば、天狗も出たそうな」
「――天狗? 鼻高々の、アレですか?」
 麗華の問いに、だが班長は頭を掻くと、
「いや、そういう大物でなくて、チラと目撃したのは鳥頭だったらしいから……」
「烏天狗だね。出羽三山は修験道で有名だったし、そういう超常体がいても、おかしくないよ」
 兎に角、第6107班は、最寄の利用可能な建造物として旧いでは文化記念館に陣取ると、中隊本部に連絡を付けるのだった。

*        *        *

 ゴシック風の黒と、相対するような白が奇妙に調和したロココ調の衣装を、これまた独自に解釈した魔法少女めいたコンバットドレス。背丈を遥かに上回る長大なXM109ペイロードライフルを両手に構える姿は、1980年代後半からアニメ雑誌にて掲載、展開されていた『おとぎ話』の人型兵器がバスターランチャーと呼ばれる巨砲で狙いをつけている姿を想起させる(※註3)
 ――米陸軍が湾岸戦争後に打ち出した対物狙撃兵器の開発を進める計画の中で、特殊部隊用に50口径(12.7mm)アンチマテリアルライフルより高性能で、より破壊力のある25mm弾を使用した重装弾狙撃銃(ペイロードライフル)の開発を打診し、米国の銃器メーカー、バーレット社が1990年代より開発を進めてきた大口径アンチマテリアルスナイパーライフルが、XM109だ。超常体の出現により開発が遅れたが、2012年に制式採用され、一部米陸軍特殊部隊に先行導入されていた(※註4)。XM109は、重要構造物の破壊から駐機中の航空機、対人戦闘等まで幅広く使用され、その破壊力と命中精度によって少数精鋭の特殊部隊の戦闘攻撃力を飛躍的に高めている。
 そのXM109を軽々と構えた、ゴスロリ魔法少女。撮影機材のモニターの中央に映る姿は空中にあり、霊場恐山を睥睨していた。
「――凄い、操氣能力ですね」
 念動力によって空中で静止するだけでなく、狙撃体勢にある薫の姿に、綾が感心してみせる。
「……別に驚く事ではありません。中央――習志野にいた時は、彼女以上の異生(ばけもの)を見た事がありましたからね」
 機体の整備・調整から休憩に入っていた白鷺が苦笑する。恐山周辺空域は現在のところ平穏であり、万が一にも薫が飛行可能な超常体により空対空攻撃を受ける心配はないだろう。
「でも――長時間も空を浮遊出来るなんて羨ましいですよ。……その力があれば、おねえちゃんも津軽を越えて、正巳の所に飛んでいけるのに」
 羨望と嫉妬の入り混じった視線を薫に向けてしまう綾だが、白鷺は苦笑しながら、
「どうでしょうかね。函館は現在、謎の大寒波に襲われているそうですし、ビヤーキーをはじめとする飛行型超常体の群れが邪魔するでしょう」
 つまり、白鷺のブラックホークでも突破は困難極まりないという事だ。説明に、綾は肩を落とす。
「そうですか……。しかし、力の行使時間が長過ぎる気がしますが――彼女は侵蝕率が怖くないのでしょうか?」
 綾も、白鷺も世代は違うとはいえ、憑魔という小型超常体に寄生された魔人である。憑魔を覚醒させる事で、系統分けされた超常の能力を行使出来る半身異化と呼ばれる状態になれるが、それは諸刃の剣だ。憑魔の侵蝕率が100%となり――完全に肉体や精神を寄生された魔人に対しては問答無用の射殺命令が下される。その危険性を綾は訴えたのだったが、
「――その点に関しては問題ありません。彼女達は、特例の存在なのです。此処だけの話……妖怪という存在を耳にした事は?」
「――東北方面隊や、北陸地方に伝わる都市伝説、いいえ、暗黙の了解、公然の秘密ですね」
 隔離以来、姿を消したといわれている日本古来の超常体――いわゆる“妖怪”が維持部隊に紛れ込んで生き永らえているというモノ。
「東北方面隊や北陸地方だけ、見咎められていないという話ですけれどもね。一応、東部方面飛行隊や音楽隊に所属しているという縛りがあるのは、そういう理由です。なので東北方面の冠は付いていますが、北陸地方でも活動――撮影許可が下りるでしょう。但し、あそこの管轄は複雑でしてね」
 しかし、と白鷺は一瞬、口ごもると、
「……実際、彼女達を上回る異生は、どこの方面隊にも隠れ潜んでいますよ。習志野が最たるところです。それらに比べれば、可愛い方でして」
「――失礼ですが、特戦群にいらっしゃった経験があるのですよね? 荒吐連隊の時も……?」
 綾の質問に、白鷺は苦笑を浮かべると、
「当時も私は運搬役に過ぎず、詳しい事情や現場の凄惨さは直接見知っていませんが……突入した部隊の半数近くの人員が死傷したのは覚えています。――超常体よりも、人間の方が、恐ろしい生き物ですよ」
 魔法少女達に便利使いされていても、気にならない理由の最たるものはソレだ。勿論、新型機導入と部隊編成も理由ではあるが。
「中央に所属すると、今以上に縛られてしまいますから。習志野は待機という名の訓練か、任務という名の殲滅しか出来ませんよ。――そういうのを嫌ってか、沖縄の音楽隊へと異動した同僚もいますし」
 事実はどうだったか忘れたが。そういえば参考にと見せられた『Great Old Ones』という戦隊物に映っていた元同僚は元気そうだった。
「……話は戻しますが、異常や違和感があれば下りてきて次の行動に移るでしょう。今は待機です」
「ですね、それまで此方も警戒態勢を怠りなく」

 火山岩に覆われた「地獄」と呼ばれる風景に、美しい宇曽利湖の「極楽浜」とのコントラスト。撮影機材に霊場恐山を映しながら、国恵と奥里達は周辺の調査に当たっていた。台本に従って撮影する国恵だが、寒風に震えるのを隠しようがない。
「――冬季装備一式はどうしたっスか?」
 見兼ねて尋ねる奥里に、国恵は微笑むと、
「デザインが終わっていないという、準備が悪くてでして……ありませんの!」
 素早く奥里の手首を掴まえると、捻りながら投げ飛ばした。蛙が潰れたような声を漏らして、奥里が地面に叩き付けられる。火山岩によって固められ、また鋭利な地肌は大変危険極まりない。
「……全く気が利かない男ですわね。寒さに震える可憐な少女の肩に、コートを何も言わずに掛けるとかなさったら、どうかしら?」
「――可憐な少女は、小手返しなんて極めないっス」
 痛みを堪えながらも立ち上がる奥里から、国恵は再び微笑むと問答無用で外套を奪い取った。平均的な成人男性のサイズなので、国恵では裾を地面に引き摺ってしまう御愛嬌。
「しかし……複数の青白い光は見掛けませんわね。本当に観測しましたの?」
「目撃したのは班長っスから。そもそも、この世界に霊魂の存在は証明されていないっス。霊場は死者の魂が集うところでなく、生者の心の慰め、或いは身体をも鍛える処に過ぎないっスから」
 古今東西において、霊魂と呼ばれるものは、実際には操氣系や祝祷系等によるトリックが大半だ。
「降霊術とか騒霊現象とかネクロマンシーとか、その手に詳しい知り合いはいるっスけれども……今、千歳方面で極秘任務中らしいっスから、此方から連絡は付けられないっス」
 奥里の申し出に、国恵は目を見開くと、
「――意外に顔は広いのですわね。兎に角、連絡は不要ですわ」
「そうっスか。しかし、このまま何事もなければ通常の警戒レベルに引き下げになるだけっスね。撮影のほうに支障は?」
「……編集すれば、それなりに映える画像は撮っていますから、問題はありませんけれども。……しかし、不謹慎な発言とは思いますが、このままだと味気ありませんわね。――観測された時間帯にのみ、発光現象が見られるとか?」
 と何気なく提案した国恵だったが、奥里は彼方を見詰めると、呆けたように口を開け閉めするだけ。指先、視線を追って、国恵も見詰める。
 ――果たして、そこに信じ難いものを見た。
 波のように揺らめく青白い光。時折、薄く虹色に輝くソレは――
「――“門”ですわ!!?」
「――“門”っスよ!!?」
 異界と繋がる、時空間の境の断裂――“門”。此処を抜けてくるモノは、通常の空間爆発現象で発生する超常体とは、数も力も大きく異なる。
 慌てて個人携帯短距離無線機で上空の薫へ連絡を入れる。向こうも普段の沈着冷静振りは置いて、少し動揺した口振りで、
『上空からも発光現象を確認したわ。そこだけでなく他の地点にも。――合わせて3点。でも……』
 国恵が今見ているものが一番大きい。そう伝わってきた直後に、更なる異変が生じた。
 ――先ず現れたのは、嘆き悲しむような顔をした剃髪した比丘尼。
 だが国恵が声を掛ける前に掻き消え、替わって空間の裂け目から現れ出たのは、乳児にも似た小柄の人型超常体。だが直立歩行する乳児等、見た事がない。しかも異様に腹が膨れており、開いた口には乱杭歯が見え隠れしていた。目は大きく、血走っていた。そして死体のような青黒い肌の色。それが――複数。
「……餓鬼ですわね」
「お知り合いっスか?」
 間抜けた事を言う男の尻を叩くと、国恵は餓鬼に対して構えを取った。問題は――
「ちょっと……数が多いですわね」
「ちょっとの問題じゃないっスよ」
 触れれば倒せる。だが数に圧倒されれば、此方もただでは済まない。餓えた目でにじり寄ってくる餓鬼の群れに、国恵と奥里は本気で能力を解放しようと構えた。――そこへ!
「ようやく私の出番ですわ! 行きますわよ、マジカル・ジャベリン『ザ・ワイドエリア・エクスターメーション』!」
 桃山は必殺技の名を叫ぶと、手にした96式40mm自動擲弾銃を発射した。面制圧力を向上した打撃は、餓鬼の群れを吹き飛ばすに充分だ。勿論、巻き込まれないように脱兎のごとく逃げ出す、国恵と奥里。
「――魔法というか、能力すら使ってないじゃないっスか!?」
「いや、あの娘が能力も併用しましたら、一面火の海になりますわ。私達も火傷どころじゃ済みません!」
 充分に餓鬼の群れとの距離が開いたところへ、空中で狙撃体勢にあった薫が、遠慮なくXM109を撃ち放つ。直撃しなくても餓鬼の群れは水風船のように弾け跳んだ。降下した薫は、観測手も兼ねている姿南の指示に合わせて、もう一撃を打ち放つ。
「――出番無かったみたいですね。ところで、対物ライフルでの狙撃には、必殺技名は無いのですか?」
 64式小銃を構えていた綾の質問に、薫は首を傾げてから、
「――無いわ。今のところ」
「マジカル・ジャベリンみたいな、燃える必殺技名を考えないとね。何なら私が名付けて上げましょうか?」
 折角の桃山からの申し出だが、薫は素っ気無く、
「……遠慮しとく」
 国恵は“門”があった方を振り向くが、最早、発光現象は確認出来なかった。
「――未だ“門”は繋がっていませんのね。他のところは?」
「上空から発見出来たもので、危なかったのはさっきの1つだけ。他のは、超常体が現れる前に消えたわ」
「未だ不安定状態みたいですわね。アレ等が全て固定化してしまいますと、大変な事になりますわよ」
 国恵の言葉に、薫と桃山は、そう答える。
「……ともかく、一息吐きたい所ですわ」
「なら、此処から近くに温泉が湧いているらしいので、行ってみません?」
 ここぞとばかりに提案した綾に、反対する事も無く魔法少女3人組をはじめWAC達は温泉へと向かう。
「――男性陣は見張りっスか」
「そういうものですよ、若者よ」
 奥里の肩を慰めるように叩く、白鷺。遠くから牛馬の嘶きが何故か聞こえてきた気がした……。

*        *        *

 仙台医療センター跡地――隣接する旧・宮城野原公園総合運動場と共に、荒吐連隊の研究施設だった建物は、数年前の特戦群の襲撃により瓦解していた。特戦群や中央調査隊によって資料や証拠となるものは根こそぎ廃棄或いは回収されており、東北方面警務隊がようやく乗り出した頃には、瓦礫しか残っていなかったという。今では誰も近寄らない禁足地だ。
 その廃屋に、マイクガンで音や振動、反響を拾ったり、破壊構造物探索機で瓦礫の奥を覗いたりする静寂がいた。時折、携帯情報端末へと調査の記録をしているようだが、
「――やはりぃ、あの時に残されていたものはぁ、回収し終わっていましたから〜、何も手掛かりはぁ、ありませんねぇ」
 でも、と唇の端に笑みを乗せる。
「餌にはなりました〜」
 暗がりから静寂に襲い掛かる影が2つ。だが静寂はその場に素早くしゃがんで攻撃をかわすと同時に、刈るように相手の着地点へと払い蹴り。だが相手は難無く飛び跳ねる。
「――運動はぁ、やはりぃ、苦手ですね〜」
 静寂は左右を挟まれながらも、のんびりした口調を崩す事は無い。だが細目が一瞬釣り上がった。
「……紛い物の分際でぇ、成功例のつもりですかぁ?」
 襲撃者の姿は、ボディアーマーを着込んだ戦闘迷彩II型。防護マスク4型で顔を隠し、屋内戦闘に適したコンバットナイフを構えている。特徴的なのは、紺の脚絆と手差し。
「『遠野物語拾遺』ですかぁ。――隠し神、油取り」
 静寂の言葉に反応したかのように、再び息を揃えて襲い掛かってくる。だが静寂は笑みの色を濃くすると、次の瞬間――大爆発の音と衝撃が仙台に響き渡った。

 東北方面警務隊本部長(一等陸佐)が報告書に目を通し、眉尻を上げた。
「大爆発によって仙台医療センター跡地は完全に消滅か……で、宮澤二曹は?」
「それが――多賀城へ調査に行くと準備をしています。あの爆発の中心にいながら――無傷です」
 複雑な溜息を、本部長は漏らした。
「詳しい話は聞けたか?」
「襲撃があったとだけ。賊にはやり過ぎてしまったそうですが。回収した遺体の一部は、衛生隊で近日中にも分析する予定だそうです」
 苦虫を潰して煮え湯で飲んだような表情を浮かべると、本部長は机に広げた報告書を指で叩きながら、
「……護衛を兼ねたストッパー役が必要かも知れんな。付き合う、そんな物好き……というか、命知らずがいるとは思えんが」、

 

■選択肢
SiB−01)青森・霊場恐山にて活劇
SiB−02)山形・羽黒山から進入す
SiB−03)山形・湯殿山を索敵する
SiB−04)宮城・多賀城駐屯地調査
SiB−FA)東北地方の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 なお霊場恐山や出羽三山では、強制的に憑魔の侵蝕率が上昇する事もあり、さらに死亡率も高いので注意されたし。また宮澤二曹周辺で動く場合も充分に警戒せよ。

※註1)魔女っ子戦隊パステリオン……松沢夏樹の描く漫画。月刊Gファンタジーで連載(1995年1月号-1998年8月号)。エニックス(現スクウェア・エニックス)出版のGファンタジーコミックス全5巻。一迅社出版のREXコミックス(新装版)で全4巻。

※註2)川口浩探検隊……俳優の川口浩が隊長を務めた水曜スペシャルのシリーズ企画。娯楽要素を随所に盛り込み、過剰な演出によるやらせを逆手に取った大胆な内容が人気を呼んだ。1978年3月15日から1985年11月13日まで、45回放送。

※註3)『ファイブスター物語』(ファイブ・スター・ストーリーズ、英字表記:The Five Star Stories、略称:FSS)……永野護原作・作画の漫画作品。読まないと解らない。読んでも解らないかも知れない。

※註4)XM109……此方の世界では2003年に制式採用されており、つまり実在する(ノンフィクションな)化物銃である。


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