同人PBM『隔離戦区・神邦迷処』第2回〜 東北:西比利亜


SiB2『 朱を知る蟲  ――  蜘蛛  ―― 』

 恐山が、そうと呼ばれる由来は諸説ある。恐山菩提寺の開基である慈覚大師円仁が飛んできた一羽の鵜によって導かれ、ひっそりと三途川(※正津川上流域の別名)へと流し込む湖を発見。大師は湖を「宇曽利湖(うそりこ)」と名付け、それで「ウソレヤマ」と呼ぶようになり、のちに転じて「恐山」となったという説がひとつ。他としては、アイヌ語由来説。アイヌ語の「ウッショロ(湾)」や「ウサツオロヌブリ(灰の多く降る山)」から来ているという。いずれにしても宇曽利湖があってこその霊場恐山ともいえる。
 宇曽利湖には美しい「極楽浜」だけでなく、かつて積み石がされていた賽の河原と呼ばれる場所もあり、三途川と相俟って、隔離されて20年を経ても尚、彼岸の景色を想像するに難くなかった。
「……これはこの世のことならず、死出の山路の裾野なる、賽の河原の物語――か」
 ゴシック風の黒と、相対するような白が奇妙に調和したロココ調の衣装を、これまた独自に解釈した魔法少女めいたコンバットドレスをまとった少女が周囲を見渡しながら呟いた。
 神州結界維持部隊東北方面音楽隊・魔法少女番組撮影班に所属する、遠野・薫(とおの・かおる)二等陸士の呟きに、着ぐるみ姿の 姿南・久万美[すがたな・くまみ]三等陸曹が首を傾げてみせる。魔法少女番組撮影班長、兼・マスコット役、兼・マネージャーの仕草に、薫は何でもないと、その容貌からの印象通りに冷たく笑い返した。気を取り直して周囲を見渡すと、
「――あそこと、ここ。氣脈の流れが滞り、或いは綻びが生じつつある」
 薫の大雑把な指標ながらも、観測手でもある久万美は正確に割り出すと地図に位置を書き込んでいく。器用に手帳をめくると、
「――時間帯にもよりますが、風速や向きから考えて、もう少し此方が狙撃位置に適しているかと」
「そう。……警戒は密にしておかないと。正直、あれ、邪魔だからね」
 薫が口にする“あれ”――先日に目撃され、そして超常体を吐き出した時空の綻び、通称“門”の事だ。薫は持ち前の能力を発揮して、“門”が生じそうな地点の割り出しと、警戒に尽くしていた。
「……確かに国恵さんは即応体制を取る為に、交代制で24時間の警戒を提案していますが――あまり根を詰めないように」
 久万美の心配する声に、薫は静かに見返すと、
「探査は戦闘に問題が発生しないレベルで続けるわ。心配は無用よ。でも……可能であれば、“門”を開く為の力の発生源を見つけ出したいわ。このままでは警戒の隙を突かれて、大群が現れる可能性が高いもの」
「――その、“門”というものの発生には、人為的なものが関わっていると?」
 久万美のいぶかしむ声。だが問われてみて薫も答えようがない事に気付いた。
「そう……ね。『柱』と違って、制御不可能なのが“門”の特徴であり、問題点。『柱』は“扉”でもあり、“鍵”でもあるけれども、“門”は生じてしまったら開きっ放し。――だからこそ厄介なのだけれども」
「『柱』とか“門”とか、よく解らないのですが」
「白鷺君に国恵が話していたから、後で説明を聞いてちょうだい。人為的に開こうとしているのかも知れないし、それとも偶然的に繋がり掛けているのかも知れない。……とにかく、生き残る為にも、その前に対応したいのが本音」
 そう言うと薫は再び意識を集中させて、霊場恐山に探氣を張り巡らせようとした。よく解らないまでも薫の邪魔をしないようにと、久万美は護衛として89式5.56mm小銃BUDDYを構えた。が、ふと思い出したように口を開く。
「そういえば必殺技名はどうしましょう?」
 質問に、薫は首を傾げた。口を開く。
「必殺技? 25mmなら当たれば“必”ず“殺”せるんだから、“技”なんてどうでも良いじゃないの?」
「でも必殺技に名前を付けるのは浪漫らしいですよ」

 恐山菩提寺址にて、第9師団第5普通科連隊・第98中隊第1小隊長(二等陸尉)が隷下の班長達を集めて会議を行っていた。
 オブザーバーとして参加していた東北方面航空隊・強襲輸送班長の 白鷺・純一(しらさぎ・じゅんいち)准陸尉がぼやきに似た呟きを漏らす。
「……色物かと思ったら、容赦のない現実だったか。“門”を放置する訳にも行かないからな」
「そこだが、白鷺准尉。そもそも“門”とは何なのか? うちの奥里も言っていたが……正直、よく解らなくてな。申し訳無い」
 第981班長(二等陸曹)の言葉に、他の班長達も頷いた。白鷺自身も頭を掻くと、
「私も、あの魔法少女達に教わったと言いましたら、信憑性を疑われるでしょうが……」
 苦笑した。だが第98中隊第1小隊長は眉間に皺を刻みながらも先を頼んでくる。
「“門”とは――異界と繋がる、時空間の境の断裂。“こちら”と“あちら”との隔たりを、時空間を歪ませて繋げたものという話です。此処を抜けてくるモノは、通常の空間爆発現象で発生する超常体とは、数も力も大きく異なるそうです」
「確かに……あの超常体の数は異常だった」
 先日に出現した、直立した乳児大の低位下級超常体――通称“餓鬼”を思い浮かべて、各班長達が唸る。
 超常体が群れで行動する事はあるが、あくまで“こちら”の世界で繁殖して、数を増やした結果だ。空間爆発で“無かったところ”から現れるのは基本的に1体、多くても片手の指で数えられる程。
「それだけでも“門”が、如何に問題があるかお判りでしょう。そして少女達が言う最も問題なのは……何が出るのか、何が起こるのか、判らないという事。制御されていないもの――それが“門”だそうです」
「確かに不確定要素の存在というだけで大問題だな」
 第98中隊第1小隊長は唇を噛む。
「その“門”とやらは未だ開いていないのだろう? ならば、どうすれば?」
「それですが……“門”を開こうとする存在の調査と考えるのが普通なのですが――“門”は制御されていないもの。開こうとして、簡単にそうと出来るものではないらしいのです」
 霊場恐山に溜まっているという“力”が限界点を超えた結果、今回の“門”が姿を現した可能性もあるという。それは休火山に似ている。いつ噴火を起こすか、判らない。
「――だが火山にたとえるならば、噴火を引き起こす起爆剤的なものがいる可能性もあるという事だな?」
「ええ。結局、その対応が終了するまで、防衛力の存在する観測拠点を設けるしか出来ませんが……」
“門”を無理矢理こじ開けようとする輩を排除したとしても、恒久的に問題が解決する訳ではない点を白鷺は注意する。
「兎に角……現時点の第98中隊第1小隊による恐山の展開では、臨時駐屯地みたいなので防衛力に不安があります。場合によっては、立て籠もる必要に迫られるかも知れません。対戦車ヘリ部隊などの現地展開の必要性を訴え、支援要請を行いたいと意見しますが」
「……大仰だな。1個小隊の規模で作戦するものではないぞ」
 第98中隊第1小隊長は苦笑するが、班長達を見渡して問いを発する。それは同意の確認。
「……最寄りの対戦車ヘリ部隊は何処だったか?」
「八戸ですね。割と近いので支援要請は難しくないかと。問題はツテがありませんが」
「――その点ならば、古巣から話を回してもらいますから、御心配無く。言い出しっぺですしね」
 抜かりなく白鷺は手を挙げた。一同から賛嘆の声が漏れる。それでも、
「しかし……やれやれ、一つになっても大して変わりませんね。いや、充足率が悪化した分だけ、状況は悪くなっているのかも知れませんね」
「まぁ……20年間、騙し騙しながらやってきただけでも奇跡に近いからな」
「――ですね。でも、もうすぐ、そんな永い戦いも終わりそうな気はしますよ。根拠はありませんが……そう思います」
 歴戦の古強者としての勘が、白鷺を頷かせた。

 4月も半ばとはいえ、青森の夜には防寒具は必須だ。特別にあつらえた冬季個人携行装備一式に身を包み、田中・国恵(たなか・くにえ)二等陸士と 桃山・城(ももやま・しろ)二等陸士は天幕から抜け出して、空を眺望する。
 燃料等の輸出入制限と、設備維持が困難な事により、電力不足の現在の神州。必然的に灯火管制が強いられており、夜間における主な光源は月か星明かりぐらいなものだ。当然ながら第98中隊第1小隊が休息する恐山菩提寺址の周辺には篝火が焚かれているが、少し離れれば支配するのは暗闇。
 その暗闇の中でも、天体観測をしている剛の者がいた。奥里・明日香[おくざと・あすか]陸士長は、個人携行可能なサイズでは最も高性能と思われる天体望遠鏡を空に向けて、星に魅入っている。
「……交代制の提案は、あなたに自由時間を与える為の口実ではありませんわよ」
 咎める口調に、奥山は罰が悪い顔して振り返った。
「昼間、割り当てられた時間で頑張ったスよ?」
「ならば非常時に備えて、意識と身体を休ませておきなさい」
 見た目10代前半の幼女達に、怒られる青年の姿。
「そういう、田中さん達も昼間に活動していたような気がするんスけど……。撮影もしていたっスよね?」
「私達は、夜間戦闘に備えて、攻撃時に目安と成る地形目標の設定をしておこうかなと思いまして。昼と夜間の様子の違いを覚えておくのは大事ですわよ」
 桃山が説明すると、感心の声を漏らす奥里。
( これが……本当に魔王か群神クラスの要注意人物なのかと思うと頭が痛くなりますわ )
 情けなさそうな奥里の様子を見て、国恵も桃山も溜息を禁じえない。
「よろしい事? “門”が開いた際には、直後に対応しないと数の暴力で押し切られる可能性が高いんのですわよ」
「一応、敵集団に対して火力制圧で対応するつもりですけれどもね。……焼き払えば悪影響が最小限で済むと思いますし」
 桃山は極上の笑みを浮かべた。楽しい事を提案するように、
「だから――先ずは焼き払ってみませんか? 数の暴力に対して、火力で押さえるのは基本です」
 桃山の言葉に、国恵は苦いものを交えつつも微笑み返して、
「んー、そうね。……結局、難しい事を考えるのは、柄に合わないですわ。難しい事は考えず、撮影を行いつつ、敵が出たら倒す……で良いかも知れません」
「いいんスか、それで?」
「でしたら、代案をどうぞ」
 奥里を黙らせると、国恵は宇曽利湖の方を向く。風も無く、湖面は穏やかなようだ。このまま何事も起こらなければ……退屈ではあるものの、それはそれで幸せだろう。
 と、桃山が思い出したように、奥里に尋ねる。
「……そういえば朝から見かけなかった気がしますが、『泣き鬼』さんは?」
「えーと。……何か仙台に戻されたようっスよ」

*        *        *

 読んでいた文庫サイズの詩集をたたむと、糸目の女性は周囲を見渡すと微笑んで見せた。
「賑やかになりそうですねぇ〜」
 今、東北地方で最も恐れられているWAC(Woman's Army Corps:女性陸上自衛官)―― 宮澤・静寂[みやざわ・しじま]二等陸曹。だが自己申告によると身体能力は「平均より、ちょっと上」程度らしい。東北方面警務隊本部長(一等陸佐)が監視役も兼ねて護衛を募ったところ、名乗りを上げたのが3名。
「いや、私は自ら名乗りを上げた訳ではありませんけれども……」
 腰まである長い黒髪に、指すように鋭い黒い瞳が特徴的な、佐伯・綾(さえき・あや)三等陸曹が肩を落としながらぼやく。
「……本当はね、北海道にいる弟のもとへ勇躍馳せ参じようとしたかったのですよ。ところが姉から横槍が入りまして」
「はぁ。それは〜お気の毒に〜。八木原一尉みたいな人は〜他にもいるんですねぇ」
 八木原・斎呼[やぎはら・さいこ]一等陸尉。維持部隊長官(※註1)の秘書で、静寂の上司的存在に当たるらしい。其れはさておき、
「……ええ。色々な意味で有名なWACの護衛で、色々な意味で有名な反逆者の相手です。……正直泣きたい」
 仇名の通り、ハンカチで涙を拭う。
「気分は手榴弾の安全ピンですよ」
「――そのココロは?」
「……ないと困るが、使うときにはいらない」
「うふふ。実に上手い事を言うわね」
 綾とは対照的に小柄で白髪をした、WACが朗らかに笑う。華奢ではあるが、胸は大きい。髪も肩甲骨辺りまで届くストレート。紅い瞳をしているが、
「別にアルピノではないわよ」
「……誰に解説しているんだよ?」
 小島・命(こじま・みこと)二等陸士にツッコミを入れるのは、相方の 神代・光[かみしろ・ひかる]二等陸士。髪型ポニーテールに、肌のラインが明らかなボディスーツを着させられた少女という面立ち。
「……まさか元祖『鬼小島』である貴女が〜志願するとは思いませんでしたけれどもぉ。今は『白髪鬼』と呼ばれているんでしたっけ〜?」
「何故か、本部長も不思議そうな顔をしていたわね。こう、胃の辺りを押さえて。どうしたのかしら?」
 その状況を見ていた光は、思わず呟く。
「……命と宮澤二曹とが合わさったら、どんな災厄が降り注ぐか考えたら胃が痛くなったんだ……って言っていたよね」
「あらあら。確かに失礼な事を言われてきたがするわ。でも、そんな心配しなくても大丈夫よ?」
「私も〜好きで災厄をもたらしている訳では〜ありませんしぃ」
 静寂の言葉には、全員が白眼視。信頼されていない事に、静寂はちょっと落ち込む素振りを見せる。そのような遣り取りを見守っていた綾も乾いた笑いを浮かべずにいられない。
「さておき……幻の東北普連(東北方面普通科連隊:North Eastern Army infantry Regiment)――通称『荒吐(アラハバキ)連隊』だったわよね。名前からして國津祇系な印象を浮かべるけれども、実際のところどうなのかしら?」
「あ、その点は私もお聞かせ願いたく。壊滅させられたという事件だけは一人歩きして全国各地に伝播されているものの、実態について知らされている事は少ないのですが」
 小島に続いて、綾も疑問を口にする。
「高位上級とされる超常体――所謂“魔王”への対抗部隊は大から小まで神州各地において試験的に編成されています。荒吐連隊も規模は大なれども、中央の特戦群と同様なものという認識でしたが……」
 んー?と悩む素振りを見せる静寂へと、更に身を乗り出すように、
「私も警務科でもない普通科の隊員なので、本当にただの護衛としか務まらないと思いますが……事前に『話して良い事』を教えておいて貰いたいかな、と。――嘘でも餌でも毒でも、そう教えられずに吹き込まれておけば、どんな能力でも看破出来ない毒まんじゅうの出来上がり、という事で」
「――そうですねぇ〜。まぁ敵にしては当然の知識ですからぁ、此方側だけが情報が少ないというのも何ですしぃ〜。でも、一応、他言は無用ですよぉ?」
 静寂は微笑むと、数年前の事件を語る。
 ――荒吐連隊とは結局、何だったのか。端的に言うと「憑魔核を人工的に寄生させる事で粗製乱造された魔人による強襲部隊」らしい。
「人工的に……寄生?」
「対高位上級超常体戦に向けてぇ〜魔人による部隊が試験的に編制される事があるのはぁ〜綾さんの言葉通りなのですがぁ〜。多くは構成メンバーが第二世代というのが大半ですねぇ。……はっきり言って危険極まりないのでぇ〜『中央』としてはそんな勝手な試験部隊は全て解散させてしまいたいらしいのですがぁ」
 対高位上級超常体に向けた魔人の部隊という事は、裏を返せば、すぐに暴走する危険性を孕んだ諸刃の剣だ。確かにデビル・チルドレンと呼ばれる第二世代は、一部の強力な超常体が発する波動――憑魔強制侵蝕現象の中でも自由に動き回れるアドバンテージを有する。だが憑魔能力を行使する事によって生じる侵蝕率の速さは、第一世代の2倍近い。下手をすれば、魔王と戦う勇者ではなく、逆に臣下として人間に立ちはだかる脅威になりかねない。
「――という訳で『至極真っ当な、対魔王部隊』というのを『中央』は積極的に認めていませんのでぇ〜悪しからずぅ。自称するのは只ですけれどもぉ、実は危険視されている事も覚えておいて下さいねぇ〜。最悪、荒吐連隊と同じ末路を辿るぐらいですよぉ〜関係者は皆殺しぃ〜」
 と、静寂が釘を刺しておく。今まで『中央』と直接繋がる立場の者との絡みが無かった為、本文上で注意出来なかったが、実はそういう事なのだ。
「――って何か言い訳めいた空気が流れたような?」
 光が首を傾げたものの、さておいて命は話を戻す。
「……待って。憑魔核を人工的に寄生させるって? 本当に、そんな事が可能なの?」
 誰かがかつて発した問いと同じ事を口にする。静寂もまたかつて誰かにしたような答を返した。
「人間には無理ですねぇ〜。高位上級超常体……所謂、魔王や群神クラスでもなければぁ。それでも一部のモノしかぁ、そういう事出来ないらしいですしぃ〜」
 第二世代の神代と綾、そして“純血”である小島には解からないだろうが、魔人――特に第一世代という存在が生ずるには生命に関わる痛みと苦しみを味わう。ありとあらゆる空間を爆発させて出現する超常体。ソレは人間の体内も例外ではないのだ。つまり――大なり小なり、人間の体内に空間爆発現象で出現した超常体こそが『憑魔』であり、その爆発による損失と痛みの中で生き残った者こそが魔人である。
 魔人とは総人口の割合からして稀少な存在なのだ。そして、その痛みと苦しみと引き換えにして得られた能力は、戦車や戦闘機等も含める単体において最強である。何故なら、彼等は(当たり前だが)人並みの知恵があり、知識があり、武装するからだ。武装して無くとも、身体其のものが凶器である。
 そんな魔人が一個連隊規模も集まる事をおかしいと感じないのならば、どこかが壊れているとしか言えないだろう。
 かつて東北方面隊内では、魔人との性交を強要したり、わざと憑魔核を寄生させたりと――そうやって魔人を増やそうという計画があったらしいという都市伝説があったのは間違いない。超常体と密かに取引し、人体実験を繰り返しているというものだが――それが噂の領域に留まらず、真実だったとしたら……?!
「……それで、疾風迅雷と特戦群が乗り出してきて、そして容赦も躊躇もなく関係者を殲滅していったんですね。――そこにソレの存在の臭いを嗅ぎ付けたから」
 合点がいった綾へと頷くと、
「それが他言無用な理由ですぅ。天草の事案もありますしぃ、東北だけでなくぅ、日本各地へと混乱が波及しないとも限りませんからぁ〜。……どうやらぁ〜皆さんの様子を見ていますとぉ玉川士長は約束を守ってくれているようですねぇ〜」
 ……内緒ですよぉ? そう、静寂は呟いた。
「しかし、それだけじゃ、今後の捜査には繋がらないわね。だって――静寂ちゃんが此処に再び現れたって事は逃げられたかどうかしたんでしょ?」
 小島が指摘すると、初めて罰の悪い表情を浮かべて見せた。
「――最も怪しいと思われる人物の決定的な証拠も掴めなかったんですよぉ〜。そのまま今日まで動きが無かったからぁ問題無しと判断していたんですがぁ〜」
 しかし、先月より神州各地で混乱が生じている状況の中、このまま看過するには出来ない事案でもあった。
「それで……静寂ちゃんがやってきた、と」
「立場的には解りましたが……その、肝心の『最も怪しい人物』って――もしかして?」
 方面普通科連隊は、その名の通り、方面総監直轄の部隊だ。幻になってしまったが、NEAiRも例外ではない。つまり――
「……って東北方面総監である吉塚陸将なの!?」
「最悪、東北方面隊全てを敵に回す覚悟をしろという事だよね、それって……」
 仰天する3人に、静寂は糸目を微かに開くと、
「トップシークレットですよぉ〜?」
 薄く笑ったのだった。

*        *        *

 4月に入り、出羽三山に隠れ潜む、魔人――もしくは人型の超常体の真意を探るべく、山狩りを開始した第6師団第20普通科連隊・第610中隊。中隊長(一等陸尉)は、橋頭堡として第6107班が確保した旧いでは文化記念館に本部を移動させた。
「……やはり三神合祭殿辺りに核心に繋がる何かあると考えてもいいのだな?」
 第610中隊長の問い掛けに、第6偵察隊より出向してきている 黒川・大河(くろかわ・たいが)陸士長が深く頷いた。
「――偵察の結果、出羽三山に月讀命様が封じられている可能性が高い事は間違いなく」
「オカルト陰謀説の1つ、日本の神祇封印か」
 第610中隊長は苦笑し返す。黒川の歳幼い第一印象からも考えて、“外”の一般常識では歯牙にも掛けられない話だろう。だが、此処は暴論的なまでの実力主義が認められる“内”側だ。そして中隊長は陸自時代からの古参組の1人。階級が低い者の言葉でも耳を傾けなければ、20年間も生き抜いてはこられない。
「……長い間、現場にいて真実だと疑ってはいなかったが、まさか本官自身が関わる事になるとはな」
 神州隔離政策以降、世界各地の神話伝承を想起させる超常体が数多く出現するようになった。現場の最前線にとって当たり前の認識である、オカルト分類説と神州世界対応論。だが「では日本古来の超常体や神祇は何処に行ったのか?」という問いに答えられる者は、そういない。
 日本古来の超常体が何処に追い遣られたのか――その答は、東北方面隊や北陸に展開している維持部隊の間では、暗黙の了解となっている。“彼等”は、隣に居るのだ。それは都市伝説でなく、公然の秘密。第610中隊長も認識している。
 だが神祇について識るモノはいない。「政府の裏切りによって日本の神祇は何処かに封印されたのだ」という陰謀説がまことしやかに流されていた。
 だが黒川が集めてきた情報が正しければ、日本神道の1柱――高天原の天津神、月神たる 月讀[つくよみ]が出羽三山に封印されている事になる。封印から解放出来れば、この“終わらない戦争”の打破も夢ではない。少なくとも何等かの事態の進展を期待しても無理ないだろう。
「――命様は来津寝(キツネ)によって眠りに憑かされているそうだよ。ウケモチを叩いた事に対しての仕返しなのかと心配していたけれどもね」
「流石に神でも怨み積もりは気になるか。……いや、笑い事ではないが」
 黒川の視線に、第610中隊長は咳払い。狐は、宇迦之御魂[うかのみたま]や大宜都比売[おおげつひめ]、保食[うけもち]といった御饌津神(みけつかみ)の神使とも云われる。かつて月讀は保食に対して手酷い仕打ちをした事があるのだ。
「ともかく……御饌津神様と出羽三山で思い浮かべるのは、稲倉魂命――宇迦之御魂様を祭神としている羽黒山、そして……」
 古来は出羽三山に含められており、大物忌神――豊宇気毘売[とようけびめ]が宿ると言われる鳥海山。
「……考えてみれば怪しいところが多いな。鳥海山も視野に入れておいた方が良いか。鳥海山で超常体や魔人の妨害報告は上がってなかったと思うが……」
 考え込む第610中隊長の様子に、宿題を増やしただけかな?と黒川は頭を掻きながらも、
「とはいえ、羽黒山の方が、確実性が高いので、ぼくは山頂にある出羽三山神社に向かいたいところだけれども……」
「待て。偵察に単独行動の方がし易いのは解っているが、有事に備え……」
 そこで第610中隊長の言葉を遮るモノがいた。乗り込んできた東北方面警務隊本部付の 玉川・九朗(たまがわ・くろう)陸士長が声を張り上げる。きつい面立ちで、室内の者達を見回すと、
「――いや、そもそも山狩りをするにも及ばんと思うが、如何かな?」
「ふむ。……意見を聞こうか?」
「感謝する。――これも、独自に出羽三山に隠れ潜んでいる輩と接触したのだが……彼等は非干渉を望んでおる。そして荒吐連隊残党とは無関係だという事だ。無論、後者に関しては真偽を確かめる必要があるが、その為にも再び接触を試みるつもりである。その間、彼等に対して無闇な刺激を与える事のないよう、山狩りの一時中断をお願いしたいのだ」
 そして九朗は、黒川に視線を送ると、
「それが月讀命様を解放せんと強く望むを、これも理解しておるつもりだが、かといって彼等と戦力を潰し合ってもらっても困る。事によっては協力もやぶさかではないが、手段を選ばぬとなっては困るのだ」
 九朗は長尺の八角棒へと握る手に力を込めながら、黒川に念を押す。
「これが情報を集めてくる間でも、実力行使は自重して頂きたい」
 室内に張り詰められた緊迫の空気。だが、それを打ち破ったのは第610中隊長の一言だった。
「――残念だが、その申し出は聞き入れられない」
 九朗は不可思議そうな顔で振り向く。第610中隊長はテーブルの台板を爪弾くと、
「……玉川士長は荒吐連隊残党を追っているようだが、この山狩りは、そんな連中とは最初から無関係なものとして始めたものだ。――相手に表面上敵意があろうがなかろうが、ここまで大掛かりな仕掛けだったのならば見逃す事は出来ん。接触して真意を問い質す必要があるのに変更は無い。まして月讀命の封印が関わっているのならば尚更だ。……そもそも、月讀命を彼等が眠らせたままにしているのは、どういう理由だ?」
 九朗や黒川の実年齢には程遠いが、それでも50歳代。20年近くもの間、現場で戦ってきた古強者。月讀を慕う黒川とは別の理由で、状況の打開を望む者なのだ。
「繰り返して問うぞ。――彼等が月讀命を眠りに就かせたまま、そして本官達の目を盗んで、コソコソやっている理由は何だ?」
 第610中隊長の問いに、だが九朗は答えられる訳が無い。
「……それを調べる為にも、時間を頂戴したいのだ」
「そうか。――だが、断る」
 第610中隊長の言葉に、室内にいた者達が息を呑んだ。中隊長の決定は、万が一の事態を辞さないものだからだ。九朗を正面から見据えると、
「……予定通り、第610中隊は出羽三山各地の捜索を続けていく。彼等と敵対する事になってもだ」

 ……遅めの食事をしながら、その場の状況を話する第6107班長(三等陸曹)へとお茶を注ぐ。
「それで……どうなったのですか?」
 斉藤・麗華(さいとう・れいか)二等陸士が続きを促すと、食べるか喋るかどちらか選ばせてくれよとぼやきながらも、
「ああ……『言い分があれば、山を開いて此方を受け入れた上で、其方から出向いてこいと伝えておけ!』と啖呵を切ってな。さすがの玉川士長も引かざるを得なかったよ。――と、御馳走様」
 合掌してから、お茶を飲む第6107班長。
「しかし、その言い様だと、玉川士長が相手と独自に交渉するのも認めているようだが」
 大竹・鈴鹿[おおたけ・すずか]一等陸士の指摘に、麗華もまた頷いた。
「ああ、相手との平和的な関係が築けるように交渉材料を集めてくるみたいだが……兎も角、第6107班は先行偵察を行う黒川士長の戦闘支援に変わり無い。休憩が終わったら、すぐ出掛けるぞ。武器の手入れを怠るなよ」
「武器といえば――家宝の業刀というのは?」
 麗華が問い掛けると、鈴鹿は誇らしげに、
「今月の末には私の手に届くはずだ。鎌倉幕府の折から伝わるらしい業刀だぞ」
 実に嬉しそうに言う。腰に差している愛刀も特注のものだったはずだが、家宝は以上の品か。基本、無手が主体の麗華も、少しばかり興味を覚えた。
 さておき、思考を出羽三山に戻すと、
「しかし中隊長の言葉ではありませんが、僕も九朗士長が語る、鬼達の動向に付いては懐疑的な印象を受けています」
「……ああ、私も同感だ」
 麗華の意見に、鈴鹿が首を深く頷いてくれた。
「そもそも何故、月讀命の解放を邪魔する様にしているのか不明ですし。……まさか、暦を司る力を利用して本当に隠れ里を作ってるのかも知れませんねぇ」
「隠れ里――マヨヒガか」
 マヨヒガとは迷い家に通じる。隠れ里を表す単語である可能性が高い。其処に、ようは鬼達の集落があるのではないかと麗華は考える。
「だが隠れ家を作り出す為だけに、月讀を封じ続けているのは……どうだろう?」
 鈴鹿の疑問も尤もだ。記紀で触れられている箇所は少ないとはいえ、曲がりなりにも三貴子(みはしらのうずのみこ)が1柱。暦(※時)を司り、夜を統べる月神である。強力な神に違いない。其の力を眠りに就かせているのは何故か。
「……もし、クレハとか言う超常体にまたあったら聞いてみましょう」
 麗華の呟きに、鈴鹿もまた同意したようだった。

*        *        *

 東北方面総監部のある仙台駐屯地より東北東に約10kmのところに、多賀城駐屯地がある。1942年(昭和17年)に建設が始まり、1943年に開廠した多賀城海軍工廠の一部を用いて設けられた駐屯地は、一般の維持部隊員には知られていない地下があるという。
「――実際に〜荒吐連隊が隠れ潜むには都合が良いところでしてぇ、方面総監部にも近いですしぃ」
 そして名の由来となった多賀城址は、奈良・平安期の朝廷が東北地方に住んでいた蝦夷を制圧する為に築いた拠点跡である。東北に荒吐神社があり、朝廷の伝統的な蝦夷統治の政策である「蝦夷をもって蝦夷を制す」として 荒吐[あらはばき]を賽の神に利用していた事を考えれば、現状の問題は正に皮肉としか言い様が無いだろう。
「そもそも荒吐とは……東北地方一帯に見られる民俗信仰で、その起源は不明な点が多いんですよね。一般的には『まつろわぬ民』であった日本東部の民、蝦夷が大和朝廷により追いやられながらも守り続けた伝承とする説だそうですが……」
 綾の説明に頷くと、
「ちなみに出雲系の氷川神社の祭神は建速須佐之男命様になっていますが〜元来は荒吐神だったという話もありますねぇ」
「しかし……連隊の裏にいるの、大魔縁・崇徳院でしたら――何とも。近くには王城寺原演習場なんてのもある訳で洒落になっていません」
 綾の何気ない言葉に、静寂がぎこちなく振り向いた。いつになく細目が見開かれており、口調も間延びしたものでない言葉で、必死に否定を始める。
「ソレはありません。そもそも此の世界に霊魂は存在していませんし。……とはいえ京都はヘブライ神群に支配されていますから白峯神宮にアプローチは出来ませんでしたが、讃岐の白峰宮では半壊状態に追い込まれたのは事実です」
 静寂の言葉によると、崇徳天皇其の御方かどうかは兎も角、香川に大魔縁が姿をお顕しになって、相対したのは間違いないらしい。ちなみに東北で生じた血の粛清後の話である。
「――告白しますと、もう二度と関わりたくないです。うちの『中隊』戦闘員ほぼ全てと、単体で遣り合った程、お強いんですよ……今度こそ死んじゃいます」
 兎に角、荒吐連隊の裏に崇徳天皇や大魔縁がいらっしゃる可能性はないと言い切った。
 会話しながら、地下階に潜った。古い見取り図と睨めっこして旧帝国海軍工廠を探っていく。警衛が疑いの眼で、綾や小島達を睨んでいるのが正直きつい。
「疑いというより――憎しみがこもっていないかしら、アレ?」
「仕方ありませんねぇ〜。死体検分して判明しているだけですがぁ、荒吐連隊の紛い物の多くは、第38普通科連隊に過去所属していたそうですから」
 多賀城駐屯地には、第22普通科連隊本部だけでなく第38普通科連隊(※註2)の本部がある。となれば静寂に対して恨みを抱く親類縁者がいてもおかしくない。だが敵意の視線を浴びせながらも、此方の調査を妨げる様子は無かった。
「まぁ……魔人の護衛が3名もいたら、そうもいってられないよね」
 神代の呟きに、
「それは……どうかしらね?」
「と、目的地に着きましたよぉ〜。此処も数年前に調査していましたからぁ、外れだと思いますけどねぇ」
 ならば何故来た? 其の答は実に簡単だ。証拠が見付からないのならば、餌を撒いて相手を釣り上げて差し出させれば良い。餌とはすなわち自身達。
「つくづく……おねえちゃん、不幸です」
 目尻に涙を浮かべながらも、綾は個人用暗視装置JGVS-V8を装着した。第三世代のイメージインテンシファイア(※光を電子的に増幅させる装置)で、レーザーポインタ等と併用する事が出来る、米軍AN/PVS-14とほぼ同型の暗視装置だ。そして愛用の64式7.62mm小銃を構え直す。
「……人気が減りましたね」
「そして……誘われているわよ」
 小島が指差すは、通路の端に積み上げられた箱の山。旧海軍工廠の地図によると、未だ奥があるはずだ。あからさまな隠蔽工作に、息を呑んだ。
「光ちゃん、よろしく」
 小島の無慈悲な指示に、悲鳴を上げつつも従う神代。重い箱を下ろして、除けていく。そして、これまたあからさまに塗り固められた壁が露わになった。静寂は壁に捜索用音響探知機を当てると、無言で頷く。
「――3、2、Go!」
 わざとカウントを一拍飛ばして、小島は衝撃を正拳に乗せて放った。吹き飛んだ壁は、瓦礫となって向こう側で待ち構えていた人影に直撃する。綾の暗視装置が捉えたのは2つ。
「――って、エムナイン持っています!」
「こんな狭所で非常識な!?」
 跳弾を恐れずに9mm機関拳銃エムナインで撃ってくる、防護マスク4型で顔を隠した人影。上半身を包むのは戦闘抗弾チョッキとは違う――何というかキチン質な外皮。見れば、命が吹き飛ばした瓦礫の損傷も瞬く間に回復していっている。
「……異形系魔人? 跳弾を恐れない訳ですね!」
 9mmパラベラムでは、戦闘防弾チョッキを貫通する事は難しい。だから衝撃は兎も角として、正面からの攻撃は我慢出来る。しかし飛び跳ねた弾が防護されていない部位に当たるのは避け切れなかった。
「――余り他人前では使いたくなかったのですがぁ」
 静寂が手を前にかざすと、敵から放たれた9mmパラベラムが軌道中に空中で弾かれたり、逸れたりしていく。命が目を見張った。
「……空間系ね。久し振りに見たわ」
 銃弾が効かないと判断した敵はコンバットナイフを抜いた。静寂は不可視の障壁を張り続けながら、
「銃弾についてはお任せを〜。ハチヨンでも撃ち込まれない限り〜何とかなりますぅ。代わりに白兵戦を頼みますねぇ〜」
 しかし、と敵を睨み付けると、
「――八握脛(ヤツカハギ)……土蜘蛛のつもりですかぁ? 紛い物にしては完成形に近付いてきていますねぇ。やはり調査に来て正解でしたぁ。――維持部隊の敵と認定。処理しますっ!」
 静寂の言葉を受けて、綾は躊躇い無く64式の先端に装着した銃剣で直突。強く右足から踏み込んで勢いと威力を加えると、八握脛の胸部を刺突する。
「――異形系だとしたら憑魔核は?」
「たぶん心臓の辺りじゃないですかぁ? 所詮紛い物ですからぁ、そんなに巧妙にはぁ隠されていないと思いますし〜」
「まとめて潰してしまえば問題無しよ!」
 壁を打ち破った剛力を警戒してか、ナイフの刃先で牽制してくる八握脛。だが小島はすり抜ける様に巧みな足捌きで肉薄してみせると、身体を構成する急所等の部位へとえげつなく打撃を与えていく。
「……それに異形系だと死なない程度に加減しなくてもいいしね。それでも死んじゃったら仕様が無い」
「命……それ、無茶苦茶だと思う」
 思わず漏らした神代の呟きに、小島は薄く笑うと、
「あらあら、光ちゃんそんな事言うの? ……てっ、まあまあ、光ちゃんがそんな事言うから、お亡くなりになっちゃったじゃないの」
 偶然ながらも刀拳が憑魔核を貫いてしまったらしい。成る程、胸部――心臓の位置に違いない。
「……それ、僕の所為じゃないよ」
「あら、そんな酷いわ……光ちゃん? 今度、貴女お仕置きね?」
「ひぃぃぃ!!」
 悲鳴を上げる神代だったが、後方の警戒という役割は忘れずにいなかった。
「――後方から新たに2体来たよ! 前に居る奴とは違うタイプだ」
「あらあら、静寂ちゃんって、もてもてね」
 防護マスク4型で顔を隠しているのは同じだが、此方はボディアーマーを着込んでいる。特徴的なのは、紺の脚絆と手差し。
「油取り――否、押収した研究資料ではぁ、桃生(モムノフ)という呼称でしたねぇ」
 八握脛といい、キーワードは脛巾(はばき)、脚絆。ハバは『蛇』を表す古語という説もあるが、いずれにしても荒吐に繋がる。
「強化系ですぅ。異形系とは別の意味で〜丈夫なはずですからぁ、遠慮なくやっちゃって下さい〜」
 ……実際、取り押さえるのに数分も掛からなかった。だが戦闘が終了したと同時に、通路が爆炎に満たされる。通路を壁で隠した際に爆薬が仕掛けていたのだろう。もろともに綾達を木っ端微塵にせんと荒れ狂う。
「――危うく死に掛けましたね〜。皆さんは大丈夫ですかぁ?」
「いや、ちょっと……気分が悪いんだけど」
「吐きそう……。でも、おねえちゃん、がんばるよ、正巳も応援して……」
 咄嗟に静寂が集団空間跳躍。お陰で身命に別状無く、また生き埋めになる事も無かったが……痛みの感覚だけが走り回り、引き裂かれるような思いだった。重い水の中を強制的に潜らされ、そして水面上に叩きつけられるように排出される感触。
「しかし……失敗すれば死も恐れないなんて。異形系や強化系だからという訳では無いですよね?」
「洗脳……かしらね」
 何とか息を落ち着かせた綾の呟きに、暗鬱的に小島は頷いた。1体を意識不明のまま捕らえたのはいいが、簡単に首謀者の名前、残党の規模等を吐くとは思えない。最悪、目覚めた次の瞬間には自害もしかねないだろう。だが、それでも――身元を照会する事は出来る。
「当たりですね〜。第38普通科連隊の1人ですよ〜」
「……現役?」
 問いに、静寂は微笑んで見せる。
「とはいえ、簡単に連隊長も関与を認める気はないわね……そういえば最も疑いの濃い吉塚陸将は、まだ出張中だったかしら?」
 溜息交じりの小島の言葉に、綾は乱れていた髪を整えながら応える。
「ええ。――岩手から戻ってきていないらしいですね。微笑み冷血女……静寂さんと顔を合わせたくないとしても、怪し過ぎます」
 当の微笑み冷血女は、首を傾げながら、
「さて〜、このまま多賀城の調査を続けるのもいいですがぁ、岩手の方――吉塚陸将にも探りを入れてみてもいいですね〜。このまま餌釣りを続けてもぉ手詰まり感がありますし〜」
「でも――調査活動向きじゃないんですけどね、私」
 綾の自嘲めいた苦笑が重なった。

*        *        *

 人手を離れた参道は長い年月の間に荒れ果て、所々に修復が必要であった。それでも獣や超常体が行き来する道として機能しているだけマシだろう。
「罠が仕掛けられていなかったらね」
 うっそうと生い茂る草叢を掻き分けて、黒川は坂を上りながら呟いた。流石に爆薬の類は仕掛けられていなかったが、道の彼方此方に仕掛けられている罠を避けながら進むのは面倒だ。直接的な殺傷能力は無くとも、大人数を阻み、また単独行でも慎重にならざるを得ない巧妙な間隔が実に厭らしい。
( 何か問題があれば、すぐに後続の戦闘部隊が駆けつけてくる事にはなっているけどね )
 一の坂上り口の杉並木の中にある、通称『羽黒山五重塔』――平将門公の建造と伝えられている東北地方最古の千憑(より)社には警戒要員が待機しており、双眼鏡で周辺状況の把握に務めている。潜みながら進む黒川自身の姿を見付けられなくとも、何か事があれば状況を察してくれるだろう。
 参道を上る黒川は能力を駆使して、風景に身を完全に溶け込ませている。参道沿いの木陰や草叢には超常体――“妖怪”達が待ち伏せしていたのだが、黒川に誰一人気付かないようだった。
( 奥の細道歩道や有料道路跡からも陽動も兼ねて接近してもらっているしね )
 其方は第610中隊本部と第1小隊が向かっている。交戦が開始されたのか、待ち伏せしていた妖怪達も此処を離れていき、段々と数が少なくなってきていた。後続している第6107班も易々と突破出来るだろう。
 そして2,446の石段と坂を上り、黒川は山頂に辿り着く。まず目に飛び込んできたのは日本では最大の萱葺神社建造物。少々傷んでいるが、其の豪壮さは尚も健在であり圧倒的だ。
( ……此処に月讀命の封が )
 だが三神合祭殿に近寄ろうとする黒川に向けて、炎が迫り来た。慌てて避けるが間に合わず、左手が軽い火傷を負う。だが火傷よりも、黒川にとって痛いのはどうして気付かれたのかの疑問だった。姿は完全に消したつもりだったのに。
「――気配はあれども、姿を見せず。覚えはあれども、跡に残さず。声はすれども、音は残さず――座敷童の神髄発揮という事かしら、黒川童子?」
 三神合祭殿の門戸を開いて現れたのは、般若面を被り、戦闘迷彩II型を着崩した クレハ[――]。そして木や建物の陰から3名の屈強な男と、妖怪達が姿を見せた。
「……って、1人足りないね」
「ああ、熊武は先日の戦いの傷が未だ癒えていないんで。……やはりマトモに攻撃を受け止めようとするものじゃないですね」
 黒川が思わず漏らした呟きだったが、鷲王は律儀に答える。確かに麗華から直撃を食らっていたが、そこまで重傷だったか。
( だけど、どうして、ぼくの位置に気付いたんだろう? )
「たぶん不思議そうな顔をしていると思うけれども。種明かしは簡単。――姿は消しても、気配は隠せないわよ。それに体温も誤魔化せないわよ。……黒川童子が来ると判ったのならば、其れなりの対応をするのは当たり前でしょう?」
「……やれやれ。せめて気配隠しに、大竹さんにも一緒に来てもらえば良かったかな?」
 姿を現す黒川。だが観念した訳でない。次の瞬間、押さえ付けようとする鬼武が肩を押さえて痛みに呻き声を上げていた。文字通り、光速の攻撃を撃ち放ち、取り囲もうとする妖怪達を牽制する。
「レーザー!?」
「光を一線に凝縮すればレーザーになるんだよね。そして……」
 悪いねと断ってから、クレハに向けて意識を集中。
「――同じく一点に凝縮すれば、膨大な熱量を発生するんだ!」
 だがクレハの身体に焦げ1つ与えず、代わりに爆発音と熱風、そして蒸気が生じた。
「――氷水系能力も持っていたんだ!?」
「残念だったわね。隠し札を切らせてもらったわ」
 クレハの名の由来である、鬼無里の紅葉は炎を操るだけでなく雹を降らしたという。
 蒸気が立ち込める中では、祝祷系能力は効果が弱まる。野外だから、すぐに晴れるだろうが、其れを易々とクレハが待たせてくれる訳は無い。視界が悪い中でも迫り来る妖怪達の気配。
「……黒川童子にはおとなしくもらうわね」
 勝ち誇ったようにクレハの笑い声が聞こえてきたが、
「――どうして、クレハさんは、そう小悪党っぽい台詞が多いんでしょうか?」
 蒸気の中を突き抜けて現れた何かが、黒川を捕らえようとしていた鷲王を肘打ちした。くの字に折れた鷲王へと更に回し蹴りの駄目押し。
「……見た目も派手で威力もありますが、大技過ぎるので、こういう時しか命中しませんのが欠点です」
 独り言を呟きながら麗華は構えを取った。そして揃えた指を軽く曲げて、来いと挑発する。唾を吐くと、怪鳥音を上げて鷲王もまた構えを取った。そして同時に地面を蹴ると、麗華と鷲王の間に技の応酬が展開されていく。互いに技巧派。其の勢いは周囲の蒸気を吹き払っていく。
「――覚悟!」
 白刃が閃くと、まだ残っていた蒸気が断ち割られた。鈴鹿が繰り出した氣が乗った刃を、間一髪で伊賀瀬の刀が受け止める。
「黒川士長、無事か!」
 そして雪崩れ込んでくる、第6107班の5.56mm弾が妖怪達を制圧していく。
「……ぼくは大丈夫。だから彼等も出来る限り、殺さないで!」
「――了解したっ! 聞いたか、お前達っ! 悪い事はせんから、おとなしく投降しろっ!」
「……生憎と其れは出来ないわ。だって、ミズクメから叱られる方が怖いのよね」
 クレハが交互に炎と雹を放ち、猛威を振り撒く。それでも、
「駄目です、クレハ姐さん。東側の守りも突破されたようです。悔しいですが、此処は放棄しましょう」
 妖怪の1体が忠告するが、クレハは逃げ出すのに躊躇っていたようだった。しかし、
「――どうせ、3つ全ての封印を奪われなければ、月讀様はお目覚めになる事は無いんです。1つでも護り抜ければ充分ですよ!」
「……チッ! 仕方ない、ミズクメのところに戻るわよ。――これで終わったと思わない事ね!」
 つくづく捨て台詞がチープですよねぇと思いつつも、麗華は問い掛けるのを忘れない。
「待って下さい――月讀命神様を何故、クレハさん達は解放しないのですか!?」
 期待は出来そうに無かったのだが、クレハ達の根は悪くないのだろうか、意外にも答が返ってきた。
「――生き残る為に月讀様の力が必要なの!」
 降伏した一部を除いて、妖怪達は山奥へと逃げていく。追うのは諦めて、とりあえず捕らえたモノを武装解除しようとするのだが、肉体そのものが凶器である妖怪。扱いに困るものの、最早、戦う気は無いだろうと信じて、形だけの拘束をする。
「……相手が超常体といっても、こうなると、どうすれば良いのか悩むものだな。単純に敵として斬り殺せばいい訳でもないのが難しい」
 納刀しながら呟く鈴鹿に、麗華も同感だった。
 さておき、黒川は月讀へと呼び掛けながら、三神合祭殿の奥へと足を踏み入れる。厳重に封がされている棚に飾られているのは白銅鏡。だが大きく欠けていた。
「――大きさとして元の3分の1ぐらい?」
 覗き込んだ麗華の言葉に、黒川は眉間に皺を寄せて考える。
「命様は『わたくしの力は三つに分散され』たと仰っていました。そして……クレハ達もまた『3つ全ての封を奪われなければ』と言っていたから」
 出羽三山は、月山・羽黒山・湯殿山の総称である。羽黒山の封は手に入れたとして、残るは2山。
「大変ですけれども……何とかしなければ」
 麗華に対して、黒川は深く頷くのだった。

*        *        *

 ……黄昏。誰そ、彼。
 薄暗い夕暮れを言い表すと共に「そこにいる彼は誰だろう。よく判らない」という不安な心象をも意味する。逢魔時(おうまがとき)或いは大禍時(おおまがとき)とも言われる通り、これより先は人に非ざるモノが出没する境界と言えよう。
「――また、聞こえてくる」
 静かに〈探氣〉を張り巡らせていた、薫が閉じていた目蓋を薄らと開ける。着ぐるみ姿のまま、メモ帳に器用にチェックを入れていた久万美が顔を上げた。
「聞こえてくる……って、何がですか?」
「猫――違うわね。まるで赤子がむずかるような……」
 そして――強い揺らぎを感じた。氣が探り当てた異変箇所は、先の分に加えて5点。薫の警告に久万美が応じ、待機中の第98中隊第1小隊へと伝わる。
 其の間にも、異変が留まる様子を見せず、何処からとも無く青白い光が波のように揺らめき始める。“門”は時折、薄く虹色に輝くと、知らぬ者が見れば幻想的な美しさに心奪われるだろう。
「――“門”を生じさせる歪みの源は……まさか!?」
 凍えるような氷の芸術品のような印象を与える、薫の美貌が驚きの余り、崩れる。
「そうか……そうよね。“門”が接しているのは“こちら”だけではないもの。――だとすれば、このままでは完全に開くまで何も出来ない事に……」
 連絡を受けて展開する普通科隊員の姿を横目に、薫は独り呟いていた。それでも何か解決策は無いかと目を凝らす先に、幻影が浮かぶ。
 ――嘆き悲しむ、剃髪した比丘尼。何かを訴え掛けているように思えるが、声は届かず。だが……
「……逃げなさい……ですって?」
 声は届かずとも、思念を拾う事が出来た。彼女は危険を訴えている。そして、危険とは――
「敵、出るわ。――ポイントA、K、N、Rの4点」
『……了解した! 射撃用意! 場所が増えたな』
 苦情を漏らされても、薫には応えようが無い。文句は“あちら”側に言って欲しい。ただ薫はXM109ペイロードライフルを構えるだけだ。
 比丘尼の幻影が消えて、次に現れたのは餓鬼の群れ。薫だけでなく、銃座に張り付いた隊員達が引き鉄を絞ると、弾雨を浴びて一掃されていく。更には、
「――ちまちまと面倒ですわね。焼き払いましょう!」
 桃山が96式40mm自動擲弾銃を発砲。
「必殺! マジカル・ジャベリン『ザ・ワイドエリア・エクスターメーション』!」
 面制圧力を向上した打撃が降り注がれる。
「しかし……綻びが増えましたわね」
 上空を白鷺が指揮する強襲用大型輸送回転翼機MH-60Kブラックホークの編隊が飛び回り、地上へとM134ガトリング砲で5.56mm弾をバラ撒いていた。
「……八戸にも支援要請を出したそうっスけれども、必要ないんじゃ?」
 BUDDYで制圧射撃を行っていた奥里の尤もな意見。だが聞きとがめた国恵は反論。
「……今はいいけれども、綻びや歪みが増してきていますもの。ですから白鷺准尉としても充分以上の戦力が必要と踏んだのでしょうし」
「――あー、数は厄介っスからねー。これで高位超常体でも出てきたら、それこそ洒落に……って、ちょい待てー!!」
 突如、悲鳴を上げる奥里。餓鬼相手に余裕の表情を浮かべていた周りの隊員達も、新たに“門”を越えてきたソレらを視認すると、慌てて弾倉を交換して射撃を続ける。だが5.56mmNATOの弾雨を浴びながらも、物ともせずにソレらは嘶きを上げて踊りかかってきた。
「――獄卒鬼、牛頭馬頭ですわ!」
 代表的な牛や馬だけではなく、鹿や猪もいた。獄卒鬼と称される、人身獣頭の低位上級の超常体。ソレらが各ポイントから、数体も湧いて出てくる。鉈のように鋭利な爪が振るわれると、逃げ切れなかった隊員の幾人かが犠牲になった。更なる血の華を咲かせようとする周囲を見渡す鹿頭鬼。
『――各員、伏せ!』
 伏せた程度でどうにかなるものではないが、警告を発してから、薫は25mm徹甲弾を発射した。直撃を受ければ、流石に獄卒鬼であっても挽き肉と化していく。
「どうも5.56mm程度では話にならないようですわね」
「やはり……対戦車ヘリ必要になるっスか」
 もはやBUDDYに固執する事なく、徒手格闘の構えを取る国恵と、奥里。
「――火力を上げますわよ。地獄の鬼達に何処まで効くか判りませんけれども、少しでもダメージを与えておきますわ」
 桃山の手から炎が巻き起こる。渦を巻きながら炎は一点に凝縮されていき、やがて槍と化す。
「――マジカル・ジャベリン『トゥルー・フレイム!』」
 鉄をも溶かす高熱を帯びた、炎の槍が獄卒鬼に降り注がれていく。たとえ獄卒鬼共に炎への耐性があろうが、桃山の力の前では紙のようなものだ。
 数が減ったところで、国恵と奥里が格闘戦を仕掛けていった。剛力の腕の合間を掻い潜ると、能力を乗せて拳を叩き込む。国恵の拳だけでは、5.56mmNATO弾を物ともしない厚い皮を破る事は出来ないが、
「……腐れ、落ちなさい」
 拳を当てた箇所に蒼い斑紋が浮かび、獄卒鬼は声にならない嘶きを上げながら、悶絶する。他の獄卒鬼が炎の鼻息を吹きかけてきたが、身に着けているボディアーマーが薄いながらも強固な氣膜で包むと、威力を激減してくれた。そして、炎の息を掻い潜ると、
「――吸氣当ての極めですわ!」
 関節を極めると同時に、猛烈な勢いで精気を奪い取る。すぐに無力化する獄卒鬼。
「……関節技だけで無く、打撃系から武器系まで幅広く扱える不思議さっスね?」
 感心したような声。だが一撃で獄卒鬼の肉体を壊死させてみせた奥里の方が恐ろしいと、国恵は思った。
「――騎兵隊の登場よ」
 全体の状況把握に務めていた薫が空を見上げて、呟いた。応援要請を受け、駆け付けてきた対戦車攻撃回転翼機AH-1コブラがM197ガトリング砲を撃ち鳴らす。瞬く間に残る餓鬼の群れや、獄卒鬼が挽き肉になっていった。
「……でも、ちょっと遅いですわ」
 桃山のぼやく声を聞きつけてか、白鷺が苦笑。
『これでも迅速に応えてくれた方なんですが』
 八戸から霊場恐山まで直線距離にしても約80km。コブラの巡航速度が約230km/hと考えると30分間で駆けつけてきたのは早い方だ。
『……流石に、霊場恐山に駐機してもらう訳にはいかないですから』
 機体の維持管理や整備、燃料補給の問題がある。ブラックホーク3機で、既にオーバーしているのだ。しかし航空支援要請を出しても、今後も間に合うとは限らない。どう転んでも問題は山積みだ。航空要請は過ぎた支援かもしれない。
「さておき空の問題は白鷺准尉に押し付けるとしまして……薫、どうなのかしら“門”の発生源は?」
「――探り出したけれども、今の状態では手出し不可能よ。残念だけど」
 薫の意外な答に、国恵と桃山が顔を見合わせる。
「……だって、力の発生源は“あちら”側にあるのだもの。“こちら”側では“門”が完全に開くまで待ち続けるしかないの」
「それって本末転倒ではありませんの!?」
 悲鳴が上がる。“門”が生じない為に発生源を叩こうと思っても、開かない事には何も出来ないのだから。
「……ただ、“あちら”側にも何とかしようという存在が居るみたいだけれども?」
 薫の言葉に、国恵達は考え込む。
「――比丘尼の幻影ですね。果たして彼女が味方だといいのですけれども」

*        *        *

 ――某所。岩に腰掛け、胡坐をかいた女が腹を抱えて笑っていた。美女と言うには程遠いが、それでも男女問わずに惚れ惚れとするような人物。鼻に横一文字の傷があるのが野性味を与えていた。
「……それで、わざわざ証拠集めに飛び回っていた訳か。御苦労なこった」
 相対する九朗は憮然とした表情を浮かべた。
「これは、両者の争いを収め、損害を回避する為の事。そこまで笑われるとは心外だ」
「……まぁ、お前さんが戦いとは別の形で解決しようというのは正しいと思うぜ。だが、何か、色々と前提が間違っていたり、空回っていたりするのが、俺としては笑えるな」
 傷のある女は咽喉を鳴らすと、
「中隊長の言葉通りだぜ。――俺達は不干渉を望んで隠れ潜んでいただけなんだが……それだけでも潜在的な脅威と考えられちまうのは仕方ねぇな。誤魔化しが効かなくなった時点で覚悟決めていた事だ」
「それは叛逆者達の捕縛や引渡しをしてきたはずだと思っていたが?」
「そこが勘違いよ。俺達はお山に入ってこられる事を嫌って、追い払ったり、捕まえて引き取ってもらったりしてきたとは言ったけどよぉ」
 身を乗り出すように、顔を近付けると、
「別に荒吐連隊残党だからとか、叛逆者だからとか、見逃してもらう為の点数稼ぎの為にだとか、そんな事でやっていた訳じゃねぇ」
 立てた指を振ると、
「第一、『引き取ってもらった』ていうのも言葉の綾だ。幻惑で迷わせたり、或いは捕まえたりして、山の外に放り出せば、あとは誰かが回収するだろ? 或いは血に餓えた獣の腹の中に納まるかも知れねぇ。――そういう意味さ。別に維持部隊の人間に『引き取ってくれ』と持ちかけたんじゃねぇんだよ。そんな記録無かっただろ?」
 実際、調べたところ、出羽三山の周辺で捕縛された者はいるが、脱柵(脱走)扱いとして処理されている。また死体となって発見されていた。そこに出羽三山に棲むモノを示すものは見当たらなかった。
 第一、彼等が真に荒吐連隊の残党だったか、それを証明するものも無い。そもそも荒吐連隊かどうかを調べる物があったならば、元より静寂が餌釣りをする必要もないのだ。
 更に言うならば、第610中隊長は、荒吐連隊の件と無関係に山狩りを開始した。妖怪と荒吐連隊に関与がなかろうが、中断する事は難しいだろう。
「……まぁ、そういう事だ。羽黒山が奪われてクレハが逃げた以上、俺も本気にならざるを得ないんだ。面倒臭いったらありゃしねぇがね」
 傍に置いていた弓と矢筒を手に取ると、女は立ち上がる。話はもう終わりだとばかりに背を向けてきた。
「……待て。『時が満ちるまで』と言っていたな。いつまで、どのようになるまでだけでも聞かせてくれぬのか?」
 問い詰めに、一度だけ振り返ってくれた。そして九朗は呟き声を耳にする。
「……『黙示録の戦い』が起こる直前。それまでに俺達はマヨヒガを完成させたいのさ」

 

■選択肢
SiB−01)青森・霊場恐山にて活劇
SiB−02)山形・月山へと突入する
SiB−03)山形・湯殿山を索敵する
SiB−04)山形・鳥海山へと寄り道
SiB−05)岩手・方面総監を怪しむ
SiB−06)宮城・多賀城地下の探索
SiB−07)宮城・仙台で荒吐に関与
SiB−FA)東北地方の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 なお霊場恐山や出羽三山では、強制的に憑魔の侵蝕率が上昇する事もあり、さらに死亡率も高いので注意されたし。また宮澤二曹周辺で動く場合も充分に警戒せよ。
 ちなみに宮澤二曹は何か上手い提案が無ければ、単独でも岩手駐屯地に向かう「選択肢05)」予定である。

※註1)維持部隊長官……神州維持部隊発足前は、防衛庁長官――現実世界においては今の防衛大臣。シビリアンコントロールという建前の為に、徹底的な非戦闘員を要求されている。日本国政府は海外に存在しているが、維持部隊長官が実質的な神州における政策面の頂点。海外の日本国政府から派遣という形をとる。
 なお現長官である 長船・慎一郎[おさふね・しんいちろう]氏は7代目に当たる。在任中に超常体に殺されたようなケースは1名のみ(2代目長官)で、多くが即日辞退したり、自殺したりしている。長船の任期数は15年を越えるが、腐らないのは本人の性格と周りの支援があってのもの。最近では長官秘書の八木原斎呼一等陸尉がコントロールしているからという説もある。また維持部隊の暴論なまでの実力主義は長船の代から。結構、気さくな性格でノリも軽く、分け隔てしない。維持部隊員の中には年齢や階級、役職に関係なく、長船と宴席を囲んだという者も少なからずいる。愛称は「長さん」。

※註2)第38普通科連隊……現実世界では、2006年3月27日に東北方面混成団隷下に再編されている。すなわち方面総監直轄部隊。現実は小説より奇異なり。


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