同人PBM『隔離戦区・神邦迷処』第3回〜 東北:西比利亜


SiB3『 おぼえ、しるモノ ――  覚  ―― 』

 刀剣は門外である者にも、その鬼気迫る異様にして威容さに心惹かれた。と同時に無自覚にも恐怖を覚えたのか、身体は引いてしまう。心身の二律背反に、斉藤・麗華(さいとう・れいか)二等陸士は戸惑いを感じた。それを知ってか知らずか、新たな持ち手となった 大竹・鈴鹿[おおたけ・すずか]一等陸士は嬉々として、家宝の大業物を見せびらかす。
「御覧頂けるか。前より口にしていた、鎌倉幕府の折から伝わるらしい業刀だぞ」
 刀の一番特徴的なのは、柄頭が、ワラビの若芽のように渦を巻くデザインだった。おぼろげながら記憶にあるのは……
「――蕨手刀? でも長さが……」
 麗華の口から漏れた、蕨手刀とは、古墳時代終末期の6世紀から8世紀頃にかけて東北地方を中心に制作された刀剣類の代表例だ。殆どが古墳や遺跡から副葬品として出土されているが、日本刀の形状の原型の1つと言われている。説によれば、朝廷の律令軍によって東北地方が制圧支配された事により、蝦夷の文化・戦術等が伝わり、蕨手刀が段階的に発展した結果として日本刀に進化したものと考えられているのだ。
 しかし麗華が疑念を抱くのも仕方がない。まず長さの問題。標準的な蕨手刀は2尺(約60cm)。家宝の業刀は3尺近くあり、より実戦的な太刀に匹敵する。また蕨手刀が鉄の茎(なかご)に紐や糸等を巻いて握りとしている共鉄柄(ともがねつか)であるのに対して、業刀の柄は、ワラビのような頭は兎も角として、一般的に見られる刀剣のものに見えた。
「――柄については、室町時代に手を加えられたと伝えられている。だが長さに関しては当初より、このままだと」
「……銘は?」
「――『大通連』と聞いている」
 なるほど。長太刀として刀身が最長で5尺を超えるもののも確認されているが、鎌倉期に――否、もしかして、平安にまで時代を遡るとすれば――3尺近くは、当時の標準的な体格から見て、その銘は相応しい。
「……にしても、ただの業刀ではありませんね。もしや憑魔武装?」
「――当たり。もはや一個の異生(ばけもの)であるからにして、くれぐれも扱いには気を付けろと祖母より釘を刺されておる」
 逆に言えば、その異生を扱えるようになったと認められたという事。鈴鹿の嬉しそうな表情は、家宝を譲られたという事自体より、預けられるに足る実力を認められた事に起因するのだろう。
 対して、麗華は自身の不甲斐無さを思うと溜息を吐くしかなかった。
「……いいですねぇ。僕なんか、これですよ」
 先ほど再生させたフラッシュメモリの中身を思い出すだけで、顔面真っ青になるのを禁じえない。その気落ちように鈴鹿が慌てる。
「斉藤二士!? どっ、どうしたと言うのだ!? お師から送られてきたという箱の中身は、それほどのものか!?」
「うん、まぁ……箱の中身はありがたい代物だったんですけれども……」
 ――送られてきたのは操氣系の憑魔武装たる胸甲。とはいえ麗華の貯えが使われていなければ素直に喜べたのだが。更にフラッシュメモリに記録されていた師匠からの言伝が、恐怖を呼び起こすに充分だった事を付け加えておく。
「……えーと」
 顔面蒼白の親友へと、どう声を掛けようか悩んでいた鈴鹿だったが、やはり武辺の者らしく、
「……気を落とすな。まだ任務の途中であり、どころか此れより戦いは激しくなるだろう。故に、麗華に元気になってもらわないと……その、何だ。困る」
 慰めの言葉にしてはどうかとか、年頃の娘にしてはどうかとか、色々思うところはあるが、鈴鹿なりの気遣いに、麗華は苦笑を返す。
「そうですね。今回も基本的には鈴鹿も一緒に黒川士長と一緒にくっついて行動したいと思っていますし」
 拳を握って宣言する麗華だったが……。

 作戦行動を確認する麗華達。遠目にしていた東北方面警務隊本部付の 玉川・九朗[たまがわ・くろう]陸士長は苦笑する。
「……という事だが、黒川童子。如何せん、いざという時の戦力不足に悩まされるやも知れんぞ」
 九朗の言葉に、だが第6偵察隊の 黒川・大河(くろかわ・たいが)陸士長は軽く肩をすくめて返した。
「確かに不安が無いというと嘘になるけれども」
「おいらがいますから大丈夫ですよ」
 黒川の言葉に続いて、返答するのは未だ10歳前後の顔立ちをした少年。黒川と並ぶと、歳も幼い子供ばかりが戦場に……と嘆きたくもなるが、やはり実際は見た目通りでない。
「勇吉氏か……直にお会いしたのは初めてよ。これなるは飯縄山、飯綱三郎天狗に連なるモノなり」
「巳之吉とお雪の子、勇吉です」
 白山・勇吉[しらやま・ゆうきち]一等陸士が自己紹介すると、九朗は感嘆の息を漏らす。
「半妖の身より、月日を経て、虚実を得たりか」
「現在では『完全侵蝕化により変形した魔人』……と取られるようですが」
 勇吉は苦笑する。とはいえ遠き昔の事。今在る姿の変容が、風聞伝承の力添えか、それとも憑魔侵蝕の影響かを追及するのは、野暮というものだろう。
「兎も角、湯殿山には十中八九、鬼面――イワテが護りに付いているだろう。クレハと違い、あれは容易に行かぬぞ?」
 九朗の忠言に、だが黒川は意を決すると、
「……相手が如何に強くとも、まつろわぬ民の主たる月讀命様に反旗を翻し――しかも、クレハは理由を『生き残る為』と言っていたけれども、どうにも、自分達だけが助かりたいという私利私欲の可能性が高いと思うんだよね。それは、言わば、自分達……や、その身の周りの極僅かなモノだけ安泰ならば、その他の多くというか、か弱き妖怪の大部分が消滅しようが虐殺させようが一向に構わないという事じゃないかと思う」
「……む。黒川童子の言は極論な気もするが」
 九朗が眉根を寄せる。しかし黒川は非難の声を弱めずに、逆にまるで仇敵のように問い質した。
「でも月讀尊様を封印から解放し、復権なされれば、敵対神族の力は弱まるのに対して、まつろわぬ民は力強まるよ。ぼくが考えるに、多くのまつろわぬ民が生き残れる確率が一番高い方法は、それ……」
 だから、と強い意思を込めて、
「もしも、本当に私利私欲の為に、反乱を起こして、命様を幽閉したのだとしたら、まつろわぬ民の一柱としては許せない事じゃないか」
 黒川の非難に、九朗は顔をしかめる。九朗としても イワテ[――]に先日に問い質したところ、
「イワテは……『黙示録の戦い』が起こる直前。それまでにマヨヒガを完成させたいと述べていたが」
 マヨヒガは迷い家に通じる。隠れ里を表す単語である可能性も指摘されているが、
「外津の経典や文言、風聞、伝承……そして、これもそれも耳にしているは――『黙示録の戦い』とは、もはや人間の介入する余地も無しの神群同士の新たな世界の覇者を決する戦いだ。だが人間だけでなく、まつろわぬ民もまた翻弄されると考えるのは必定」
 九朗は目を細めると、
「マヨヒガが単なる隠れ家のみならず、強固な防御結界であるならば――ましてや、それが糾弾するように身の周りのモノのみに限らず、多くのモノを受け入れる為の“里”という事は?」
 指摘に、黒川も唸る。九朗は更に考えを並べると、
「これも、それも、今は人間に混じりて在るを選んでいるものの、総てのモノが善しと思うている訳ではない。ましてや、夜を統べる事で、それが『まつろわぬ民の主』と慕う月讀命様も、元は天津神。一部のまつろわぬ民にとって、仇敵たる所縁、つまりは高天原の御方よ。それが思う程に諸手を上げて解放を望み、祝うモノは多くない……と考えるべきでは?」
 九朗の言葉を受けて、黒川も押し黙る。確かに、月讀がまつろわぬ民の主として慕うモノもいれば、簒奪者として憎むモノもあろう。そもそも月讀がまつろわぬ者の主というのも、長年の月日から来る思い込みに過ぎないとしたら?
 ――だが、迷いを払拭するように頭を振ると、
「それでも、ぼくは自分の信ずる道を――命様の解放に力を尽くすよ。止めるというならば、九朗さん……いや、飯綱権現が郎党たる鴉といえども容赦はしないけど」
 黒川が睨み付ける。張り詰めた緊張の糸に、勇吉も唾を呑み込んだ。だが、
「――否。これは、それの邪魔はせぬ」
 九朗が引いた。
「忌々しい『落日』の手引きとはいえ、元は、これも山や民達を守る為に動いてきた身。それとやり方は違えども、外津神や怪物どもに対して、まつろわぬ民達の力を合わせて抗わんとする為に奔走しているは同じ。……イワテらを説得し、穏便に片付けられれば善しと思うていただけだ」
 だが状況は、九朗の思惑を超えて動いている。歯痒くも、こうとなれば仕方ない。もはや黒川の湯殿山行きを反対する気もなく、また忍んでイワテらと接触する気も難しくなった。
「……とはいえ、これのような考えもある事は覚えておいて欲しい。そして重ねて言うが、互いに力を削ぎ合う事で、本来の敵とする外津神の輩を喜ばせないよう、切に願うものだ」
「ぼくも、出来れば無益な争いはしなくないよ」
 でも心配してくれて、ありがとう。九朗なりの不器用な気遣いをようやく合点して苦笑すると、黒川は敬礼を送るのだった。

*        *        *

 隔離された神州において、機甲科部隊の冷遇振りは、航空科以上とされる。大規模な破壊力は極大型の超常体相手を除いて無用の長物といわれ、また燃料不足の観点からも維持や運用に多大な労力や出費を割かねばならない。
 かつて機甲師団と名を馳せた第7師団でさえも、師団長自らが機甲科の存在に否定的であり、むしろ普通科部隊に今以上の対戦車武器を携行させた方が良いと主張しかねないという噂だ。そして北部方面総監も時代の流れに則し、機甲科の存続に消極的だという。
「……対して第9特科連隊等が駐屯する岩手は、東北方面総監が頻りに視察に来る程と。確かに、そういう観点からも怪しいといえば、そうですが」
 周囲からの目をはばかりながらも、佐伯・綾[さえき・あや]三等陸曹が感想を述べる。詩集から目を離さないままに、囁かれた“冷血微笑み女”―― 宮澤・静寂[みやざわ・しじま]二等陸曹は、その通り名に相応しく唇の端を歪ませた。
 綾が指摘するように、岩手は第9特科連隊や第9戦車大隊、第9高射特科連隊等が駐屯する地だ。東北方面総監の 吉塚・明治[よしづか・あきはる]陸将が慰労と視察の訪問と称して3月末以来、長期出張しているが、超常体の数は脅威なれども、大きさや戦場の広さを考慮すれば、戦車や特科はそこまで熱心に伺わねばならぬものかと疑問が生じる。
 ましてや東北方面では超常体が活発という程には動き回っていない。霊場恐山で超常体の群れが大規模に発生しているという報告は上がっているが、青森の第9師団司令部と隷下の第5普通科連隊、そして八戸駐屯地が非常警戒態勢にあるだけで、吉塚陸将は指揮を執っているという話は耳にした事がなかった。
「そもそも〜吉塚陸将自身が行方不明ですからねぇ」
 静寂の言葉に、綾が泣きそうな顔をした。岩手駐屯地に長期出張のはずの吉塚陸将はそのまま行方をくらまし、静寂達の相手をしたのは駐屯地司令を兼任する第9特科連隊長(一等陸佐)だけ。吉塚陸将の動き等は知らぬ存ぜぬだ。
「岩手派遣の警務科もグルだなんて……本当に方面隊全部が敵に回っている気分です。……おねぇちゃん、泣きたい」
 通り名の“泣き鬼”に違わず、ハンカチを濡らす綾。
 さておき食事をしながらも、油断なく周囲を警戒していた 小島・命(こじま・みこと)二等陸士は、思い出したかのように呟く。
「“冷血微笑み女”に“泣き鬼”……ね。私なんて“白髪鬼”と言われているらしいけれども、でも“初代鬼小島”か……。正確には鬼小島ではなく“小島の鬼嫁”だと思うのよねぇ」
「――通り名というのは〜自称だけでなくぅ、周りが付けるものでもありますよ〜。貴女がそうと知らずともぉ〜、元祖的な意味で“鬼小島”と噂されていたのは〜記録上確かですから〜」
「……それって大昔から私が目を付けられていたみたいじゃない?!」
 小島のツッコミに、だが静寂は微笑みで返すだけ。代わって仰天した声を上げたのは、相方の 神代・光[かみしろ・ひかる]二等陸士。小島を人形のようにだっこしていた神代は、
「え? ……み、命って結婚してたの!?」
「ええ、そうよ。正式に夫婦になったのはあの時しかなかったわね。因みに小島の姓は夫の姓よ。一応、落ちぶれた田舎侍とは言え、侍には違いなかったから」
「……ちっ、因みに、どんな人だったの?」
「あら、妬いてるの? 光ちゃん可愛いわねぇ」
 この後、小島と旦那様との馴初めや、お惚気話、神代の焼きもち等が展開されていくのだが――割愛。
 兎に角、休憩時間を食事や親交を温める事に費やす。小島の奢りとしてスーパーアメリカンビッグステーキがテーブルに広げられていたが、
「――小島さんの食べっぷりを見ているだけで、おなかいっぱい」
「同感です〜」
 胸焼けしたかのように綾と静寂が溜息を吐く。同様に最初は妬みにも似た視線が遠巻きにしている周囲の特科や機甲科隊員から注がれていたのだが、次第に口元を押さえて目を背けてられてしまった。神代だけが慣れたものか平気な顔だ。
「……目晦ましとするには充分過ぎますが」
 綾の心情の吐露に、小島は口元を拭いながら目で笑う。狙いとは違うが、食事で監視の目を逸らせるのであれば、満足と言える。
「……で、本題に入りますけれどもね。情報を私なりに分析したけれども……あらあら、これはちょっとよろしくない状況かもねぇ」
「どういう事なの?」
 神代の問いに、背中で感触を楽しみながら小島は答える。
「仮に黒幕と称しましょう。――黒幕はアラハバキを組織し、維持部隊に配下を浸透させている。その目的は何?」
「……えーと。もしかして、維持部隊の中に敵が浸透しているという事は、相手は時がくれば凶暴な牙を剥くという事ですか」
「綾ちゃん、正解。それによる混乱で、下手を打つと東北方面は内乱の影響で戦線を維持する機能が壊滅し、人類勢力は全滅になりかねないわ」
 小島の指摘に、周囲に気付かれないよう、だが綾は息を呑む。神代の動揺もまた背中を通じて、感じられた。平然としているのは静寂だけだ。小島は苦笑しながら話を続ける。
「――静寂ちゃん曰く、敵はマガイモノだけどその戦闘力は正直なところ一般の隊員よりも上でしょう? そんなモノが突然状況を開始したらとんでもない事になるわ」
「とんでもない事って? 命、具体的には?」
「……そうねぇ。私だったら、基地のライフライン、戦闘を支える補給物資、黒幕になびかない維持部隊幹部将校を狙う。それが成功すればよし、失敗しても黒幕には貴重な時間を稼ぐ手段になるのでよし、どちらに転んでも痛くも痒くもないわ」
 と言葉を切ると、先程から沈黙を守っている静寂へと視線を移して、
「……そこまで考えると、黒幕はその隙に何をしようするかしら? 静寂ちゃんには、何か心当たりないかしら?」
「――独立勢力としてぇ、『黙示録の戦い』に……『遊戯』に、名乗りを上げる事かも知れませんねぇ」
「『黙示録の戦い』に、『遊戯』ね……かいつまんで言うと?」
「要約すると〜この世界でぇ行われているぅ戦闘状況は〜高位超常体――神々の陣取りゲームの一環らしいですぅ」
 静寂の説明に、綾と神代が不思議そうな顔をした。だが小島は頬を僅かに引き締めると、
「あらあら、やっぱり、そうなのね。随分、昔から続いてきたけど、神州が隔離されてから、ついに大詰めになったなという気はしていたのよ」
「……命、それって?」
「古今東西各地の神話伝承の存在達が、次における世界での主権目指して争っているらしいの。それが『遊戯』とか言われているもの。でも地球は狭いようで広いから、じゃあ舞台を決めようという事で、対応する相を持つ神州を隔離して、そこで陣取り合戦しようというのが、現状の真相――で間違いなかったわよね?」
「だいたい合っている筈ですぅ」
 神ならぬ身。小島や静寂にしても完全に理解している訳ではないが、共通認識は間違っていないようだ。
「そして『黙示録の戦い』が最終決着らしいですぅ。今までのは予備戦でぇ、その間に支配域を広げたり〜実力を示したりしなければならないらしいですよ〜」
「……とすると、天草の一件も総監の出張と共通点があるかも知れないわよ?」
 小島は私見を並べていく。
「……多分、天草は陣取りゲームを行う上で旗を立てる事の出来る土地柄の一つなんでしょうね。黒幕が総監かはまだ不明という事にしておくけど第9特科連隊の駐屯地には居なかったし……黒幕も旗を立てる土地に居る事も考えられるわ。東北で其れを立てるに相応しい地点は何処かしらねぇ?」
 目だけで顔を見渡す。そして小島は頭に思い浮かんだ地名を上げた。
「――早地峰山辺りってどうかしらねぇ……。岩手の中心でもあるし、遠野物語の一節にも出てくるしねぇ……瀬織津姫命が早地峯山神社に祭られているわ。山頂に奥宮もあるのよねぇ」
 小島の言及に、納得と理解の色が瞳の奥に見えた。
「予測通りに、岩手駐屯地に来ても簡単には吉塚陸将にはお会い出来なかったし……早々に見切りを付けて、早地峰山に足を延ばしてみない?」
 綾が微かに頷いた。このまま岩手駐屯地で調査していても、進展があるかも怪しい。ならば糸口を求めて足を延ばしても問題は無いだろう。
「と言うことで、山岳装備一式やギリースーツと足が欲しいわねぇ……静寂ちゃん、手配出来る?」
「解りました〜。足は〜此れまで通り〜疾風で充分ですよねぇ?」
「……また、運転は私ですか?」
 岩手駐屯地までの道中、高機動車『疾風』の運転をさせられていた綾がぼやくのに対して、神代が慌てて交代を申し出る。……さておき、
「ふぅ……頭を使うと甘い物がほしくなるわねぇ……あっ、よろしい? スペシャルジャンボチョコレートパフェを追加ね」
「……まだ食べるんですか」
「私達だけでぇ、駐屯地の糧食全てを食い尽くしてしまった気分ですよ〜」
 さすがに呆れた口調の綾と、静寂。
「あっ、命。ほら、お口の周りが汚れてるよ」
「まあまあ、光ちゃんありがとうねぇ……今晩は御褒美上げないとねぇ」
 当の小島というと、周囲の視線も気にせず、恋人と至福の時を過ごそうとしているし。
「ちょっ……人前でそんな事……」
「あらあら、照れちゃってまぁ……可愛いわねぇ……」
 そんな2人の様子にやってられるかとばかりに、綾は最愛の弟の写真を取り出すと、独り言を呟きながら泣き出す始末。対して、もう1人は、
「……しかし〜瀬織津姫――八十禍津日様ですか〜。失念していました〜。何とも吉塚陸将よりもボスっぽくて〜、……ちょっと胃が痛くなってきましたよぉ」
 冷血微笑み女が悲鳴を上げるって如何程の御方か。

*        *        *

 高野山や比叡山と並ぶ日本三大霊場の一つ、恐山。
地蔵信仰を背景にした死者への供養の場として知られており、
「――下北では『人は死ねばお山さ行ぐ』だそうよ」
 遠野・薫(とおの・かおる)二等陸士の呟きに、桃山・城(ももやま・しろ)二等陸士が感心の声を漏らした。
 怪奇現象の調査に続いて、“門”と超常体への警戒監視に努める第9師団第5普通科連隊・第98中隊第1小隊。拠点としている恐山菩提寺を、田中・国恵(たなか・くにえ)二等陸士が改めて調査しようと言い出した事から、撮影も兼ねて、東北方面音楽隊・魔法少女番組撮影班は本格的な探索を行っていた。
「――照明の暗さやカメラワーク次第で、充分ホラーの雰囲気が出ますね」
 割と暢気そうな声は、班長、兼・マスコット役、兼・マネージャーの 姿南・久万美[すがたな・くまみ]三等陸曹。相変わらずの着ぐるみ姿だが、もう完全に此方がフォーマルドレスかと思える程に定着していた。
「何か役立つ物が見付かれば良し。無くても、長期化に備えて整備や必要な物資を申請するのに調査するのは当然ですわ」
 言い出した国恵は先頭に立って積極的に寺内を調べる。〈探氣〉にて薫も探るが、此れといって怪しげ――否、妖しげな物は感じ取れなかった。
「……やっぱり隔離以来、汚れ放題ですね。蜘蛛の巣が張ってあったり、埃塗れだし」
 白色ベースのクラシック風コンバットドレスを着用している桃山としては、衣装が汚れるのが気になるところだ。戦闘で汚れるのは諦めているが、それでも長距離をあけて火力を叩き込むスタイルの桃山は、汚れる可能性は、爆煙や粉塵ぐらいだ。
「榴弾銃や誘導弾の油汚れだって、ありますわよ」
「はいはい。視聴者に向けてとはいえ、メタ的発言は止しておきましょうね。……って、前からの課題だった魔法少女隊の名称を考えてくれましたか?」
 久万美の発言に、挙手するのは桃山と国恵。
「そうですわね。番組名『魔法少女 マジカル・ばある』は? 魔女って、悪魔契約者の意味もあるし、本人に文句言われる事もないでしょうから、ネタにしましょうよ」
「あら? ネタで迫るのでしたら『魔法少女 本気で狩る(まじかる)・菜の花』なんて、どう? 何処かで聞いた事があるような感じがして、良いと思いますわよ?」
 何処かで聞いた事があるような感じという点に、久万美が引きつった笑いをした(※註1)
「薫からは何か案があります? 無ければ、決戦投票に移りますけれども」
「誰が投票するんだって話もありますけれどもね」
 だが薫は冷たい表情のまま、
「番組の正式名? 興味ないから任せるわ……」
 と心底から関心が無い様子を見せた。むしろ〈探氣〉に集中するだけでなく、国恵よりも寺内の探索へと傾注している。
「……気になりますのは、何かしら?」
「――比丘尼」
 国恵の問いに、薫は短く、だがはっきりと答を返した。――“門”が出現する直前に現れる、幻影の主。間違いなく鍵を握るのは彼女だろうが、出現タイミング的にリスクが大きいので、接触しようにも無理は出来ない。ならば寺内に何か手掛かりがないか。
「……比丘尼って、仏教系だった記憶があるのだけど、仏教系の超常体は見た事が無いから、此れが初見なのか、妖怪系の超常体なのか、どちらかしら?」
 薫の言葉に、桃山と国恵は顔を見合わせるだけ。2人と久万美を後ろに、薫は奥へと進む。そして……
「――あ。そうか、解ったかもしれない」
「……何が?」
「比丘尼の正体。何処かで見覚えがあるかも知れないとも思っていたけれども……おかしいわね。答は提示されていたんだわ、最初から」
 懐中電灯が照らし出すのは、恐山菩提寺の本尊。
「――サンスクリット語で『クシティ・ガルバ』。クシティは『大地』で、ガルバは『胎内』や『子宮』。大地が全ての命を育む力を蔵するように、苦悩の人々を無限の大慈悲の心で包みこみ、救うところから名付けられたとされる菩薩。そして一般的には子供の守り仏」
 ……此れはこの世のことならず、死出の山路の裾野なる、賽の河原の物語。薫は讃歌のさわりを呟くと、
「――地蔵菩薩。恐らく彼女が比丘尼の正体ね」

 寺内の探索から戻ってきたところで、爆音を立てて回転翼機MH-60Kブラックホークの編隊が飛んでくる様子が目に飛び込んできた。
 白鷺・純一(しらさぎ・じゅんいち)准陸尉が指揮する東北方面航空隊・強襲輸送班が第9師団司令部のある青森駐屯地から帰還。途中、八戸にも寄って機体整備や予備燃料の補給もしてきたらしい。だが、其れよりも第98中隊第1小隊の面々を喜ばせたのは、
「――予備の武器弾薬だっ!」
「頼んでいたMINIMIが届いたぜー。火力向上!」
「其れよりも糧食の追加だろう! 腹が減っては、戦は出来ねぇ!」
 降ろされた積荷に群がる普通科隊員を横目に、白鷺は第98中隊第1小隊長(二等陸尉)に敬礼を送る。
「万一に備えて、根回しだけはしておくものですね。第9師団長閣下は青森駐屯地総出の支援を約束してくれましたよ」
「という事は、八戸も?」
「常駐は流石に難しいというのは、先日から変わらずですが、スクランブルに備えてくれるだけでも、御の字ですよ。機体の保有数が減った結果、調達価格も維持費も、高騰する一方ですから……と、此れは航空科の事情ですが」
 苦笑する。改めて書面を提出すると、
「5月中旬には1個小隊規模の現状から、2個中隊へと増設されるようです。第98中隊と第93中隊が此方へと向かうとの事」
「交代要員が増えるのは嬉しいが、それだけ設備や物資が必要になるのが問題か」
「其処は抜かりなく。第9後方支援連隊からも人が割かれますし、八戸の第9施設大隊からも応援が来ます。それに輸送面では私も奮闘しますから」
 もうすっかり何でも屋ですがね、と白鷺は笑った。
「おかえりなさいませ。あらあら、師団長の小父様は解っていらっしゃるわ。一番必要なのは、武器弾薬と兵力。現状を維持するので手一杯でしたけれども、やはりアピールしておいて正解ですわね」
「どんなアピールをしたんですか。……って、まさか渡された上申書や証拠資料の中に、魔法少女の撮影映像も?」
 白鷺のツッコミに、国恵達は知らん顔。そうか、魔法少女撮影班の後援者の1人は、第9師団長か。あの、ロリペド……もとい紳士め。
 芽生えた疑惑はさておき、撮影班用に割り当てられた物資を受け取る国恵達。
「打撃部位と、関節技に対応する機能性を強化して、実質的に武器として使えるように改良したのね?」
 改良されたコンバットドレスを国恵が広げ、
「……撮影班って冗談みたいな編成だけど、特殊弾を送ってきたという事は、これで対応しろと?」
 無表情で弾薬箱を確認する薫。そして、
「序盤だけどパワーアップしましたわね」
 桃山が妖艶な笑みを浮かべる。
「――何だか、世も末って感じがするッス」
 遠巻きに様子を窺っていたのだろう。第981班の 奥里・明日香[おくざと・あすか]陸士長の呟きを、やけに白鷺は痛く感じるのだった。

*        *        *

 月山南西山腹に連なる、なだらかな稜線を持つ湯殿山。そして月山から西に尾根伝いに下りる事8km、絶頂より流れ落ちる梵字川の辺、幽邃な仙境――品倉山の尾根との間に横たわる峡谷に、悠久の太古より、滾々と霊厳とを御霊代として湯殿山神社がある。出羽三山の奥の院として、羽黒山や月山で修行した修験者が大日如来の境地に入る場所とされ、「語るなかれ」「聞くなかれ」と戒められた清浄神秘の世界と云われた。
 見ざる・聞かざる・言わざるとなれば素人的には庚申信仰を思い浮かぶだろうが、いずれにしても日本に古来より土着する超常体――妖怪達が隠れ潜むとしては、まったくもって洒落っ気が効いていると皮肉めいた話だ。
 第610中隊の山狩りは湯殿山にもまた進められていたが、鬼面の女イワテが率いるグループの妨害を受けて、県道112号線沿いの五色沼より北側――旧・県立自然博物園辺りより先に踏み込めていない。とはいえ羽黒山の出羽神社が開放された今、第6109班がベースキャンプを張っている弓張平にも増員がなされており、攻略が進むと期待されていた。
( ……当然、イワテ達の目は南に向いていると思う。それにぼくが尊様を祀る月山神社へと参ると考えているだろうしね)
 大鳥居のある参籠所(社務所)――湯殿山北側の登山道を踏み締めて、黒川と勇吉は進んでいた。登山道といっても正規のルートからはやや外れており、雪山に詳しい勇吉の案内が無ければ、いつ遭難してもおかしくない難コースだ。更に黒川は2人の身を風景に溶け込ませた上に、前回、般若面の女 クレハ[――]より指摘された問題解決として、熱量も勇吉の氷結系の力で誤魔化している。
 このままイワテ達の裏をかいて、湯殿山神社の境内に入り込むのが、黒川の狙いだった。当然ながら一般の普通科隊員は付いてこれず、結果として戦力不足は否めないが、その分、人目を気にする事なく能力を余す事なく使う事が出来る。魔人という新たな能力者がおり、また東北や北陸においては存在が黙認されているとはいえ、まつろわぬ民(妖怪)としては、やはり人目が気になるものだ。
 だが能力を駆使し、また南に注意が向けられている事もあって、問題なく湯殿山神社へと辿り付けられると――思ったところで、風切る音より早く、矢が直ぐ横の樹木に突き刺さる。
「――黒川さん。頭を下げて!」
 勇吉の警告を受けるまでもなく、黒川は身を沈めて岩陰に潜む。能力による光学迷彩は完璧であり、また熱源から、此方の位置を測る事は出来ないはずだ。ましてや、黒川達が北より登る事を知っている者は、そう居ない。事実、先日まで行動を共にしていた麗華と鈴鹿達、第6107班員でさえも、黒川が月山に向かうと信じて作戦行動を練っていた。
( ……まさか彼女が、ぼくらの行動を密告したの?)
 最初に疑ったのは、イワテ達とも接触している九朗の存在。だが、すぐに疑いを打ち消した。第一、湯殿山に向かう事が密告されていたとしても、正確に此方の位置を割り出す事は不可能だ。後からも、そして空からも尾行されている様子はない。何度も確かめるが、光学迷彩は完璧だ。
 しかし次々と放たれてくる弓矢は、正確に黒川と勇吉が身を潜めている岩や木々に刺さる。
「――亀のように首を引っ込めてたら、当たりはしないと思ってんだろ? そして矢が尽きたところで移動して、俺に肉薄して黙らせる……そういう企みかな?」
 話に聞く、イワテの声だろう。からかうような、笑いを含んだ喋りだった。
「――話には聞いているぜ。黒川童子と……もう1人居るな。あの半妖の娘とは違うな。クロウとも違うようだし。誰だ、お前は?」
 見えている訳ではないようだ。勇吉は男だ。見えていたら、明らかに女性然とした髪形や肉付きをした鈴鹿と九朗と間違えるはずがない。だが、そうだとしたら、どうやって此方の位置が判る?
 黒川の疑念は、イワテの次の攻撃で氷解した。放たれた矢はまるで生き物のように軌道を変えると、遮蔽物の岩や木々を避けて、黒川を襲ったからだ。思わぬ攻撃に避け切れず、左肩に突き刺さる痛み。だが先程までのような岩肌を貫く程の威力はない。
「――痛みを感じたな」
「……そうか。氣を操るんだ、天邪鬼!」
 黒川の言葉に、イワテが笑ったようだった。だとしたら、光学迷彩や熱量を誤魔化す為に力を行使していたのは、逆に位置を知らせているようなものだ。操氣系能力で黒川達の位置を探り出し、強化系能力で弓を放つ。流石に、同時に複数の異なる力を行使する事は出来ないから絶対命中とはいかないが、それでも隠密行動は完璧だと油断していた黒川達には脅威に違いない。よく最初の1発がかすっただけで済んだものだ。
「……そして僕達が護りに入ったら、氣で矢の軌道を修正して当ててきたんだ」
「――正解。五大系能力みたいな明確な相生相剋関係になくとも、やはり相性の良し悪しはあるぜ? お前さんの能力……正確には使い方が、俺にとっては組み易過ぎらぁ」
 氣によって誘導された弓矢が四方八方から襲ってくる。だが勇吉が氷壁を張って防いでくれた。やはり氣で操られた矢だと勢いが弱く、氷壁を貫き、砕く程の威力はない。それでも不利には違いなく、
「――勇吉さん。例の手を!」
 勇吉が頷くのを確かめる必要もなく、黒川は光を放つ。イワテがいると思われる一帯を、荒れ狂った氷塵が包み込んだ。更には乱反射した光も加わって、内側の敵を刻む――はずだった。
「……さすがに今のは危なかったな。黒川童子、お前さんは俺より好戦的じゃねぇか?」
 黒川と勇吉の合わせ技を、鍛え抜かれた四肢と強化系能力を駆ってイワテは強引に突破。薄汚れていた戦闘迷彩II型は、氷片や水滴、光によって、もはや服としての役割を果たさず、露もなく肌を晒している。
「――少年の見掛けによらず、助平だな。嫌がる女を無理矢理に剥くのが、黒川童子の趣味性癖と……」
 健康的な肉体美をさらすイワテのからかい声。ナマハゲのような鬼面は割れ、鼻に横一文字の傷がある素顔が覗いていた。美女と言うには程遠いが、それでも男女問わずに惚れ惚れとする様相。
「勝手な事を云わないでよ!」
 イワテの言葉が挑発と解っていても、反論せざるを得ない。相手は天邪鬼。人々に幸いをもたらす座敷童とは相反する存在。だが座敷童もまた去れば不幸が襲うという。天邪鬼も扱い次第では富をもたらす。ハイヌウェレ型神話(※註2)の名残は、瓜子姫で語られている通りだ。
 さておき、
「――もう一度!」
 と黒川と勇吉は持てる力を以って、イワテを退けようとする。だが強化された瞬発力でイワテはオーロラの網を掻い潜ると、いつの間にか握られていた大鉈で勇吉を殴り付けた。88式鉄帽が叩き割られ、出血で勇吉の額が赤く染まる。黒川は牽制も兼ねての光弾を放つが、最初に刺さった矢の痛みもあり、イワテに避けられる。
「いやいや――文字通り、光速だよ? 何で避けられるの?」
「さすがに光を避けられる訳ねぇだろ。だから……お前さんの心を読んだのさ」
 天邪鬼はサトリの怪ともされる。そして操氣系の卓越者は、念で会話するだけでなく、読心にも長けると云われるが、まさにイワテがそれだった。
「……ぶっちゃけ、応用力だけでいうならば、操氣系が一番なんだよ」
 そして心の混乱と傷の痛みで動きが鈍った黒川へと、イワテの大鉈が振り下ろされる。――が、
「……邪魔しにきやがったか、クロウ」
 大鉈に芯の半ばまで喰い込まれながらも、かろうじて間に合った八角杖が受け止めていた。
「……云うたはずだ。これの目的は、主に妖怪や日本古来の神を助け、また組織化する為に活動していると。同胞になるやもしれぬものが互いに争い、傷付け合うのを見るは忍びない。黒川童子も、イワテも、此処は、これに免じて退いてもらえぬか?」
「ふん――。俺としては、こいつ等が湯殿山に入ってこなければ問題ないんだがな。そして黒川童子も容易には引き下がらねぇだろうから、ここで決着を付けておくのが一番なんだが……まぁ、今回はクロウ、お前さんの顔を立ててやる。とっとと逃げ去れ!」
「感謝する。さあ、黒川童子、退くぞ。勇吉氏も出血は酷いが、傷は深くない。すぐに意識も戻る」
 九朗が肩を貸して勇吉を運ぶ。だが黒川はイワテを睨みながら、
「……尊様が復権すれば、敵対する外津神の力は弱り、ぼく達、まつろわぬ民の力は上がる。そして神州結界維持部隊と協力する――其れが、多くのまつろわぬ民が生き残れる確率が一番高い方法だよ。どうして、尊様を封じ続ける必要がある! 自分達だけが助かりたいのか。其れは、言わば、自分達だけ安泰ならばその他の多くというか、か弱きまつろわぬ民の大部分が消滅しようが虐殺させようが一向に構わないという事だよ!」
 イワテもまた鼻で笑いながら言葉を返した。
「戦うだけが生き残る方法とは限らない。そして、お前さんみたいに戦える力や強い心を持ったばかりじゃねぇ。そういう奴等は何処へ逃げ隠れれば良いんだ? ……俺から言わせれば、お前さんの方が同胞達を消滅や虐殺――死へと駆り立ててるみたいだぜ」
 そして唾棄し、指差してくる。
「お前さんみたいなのを独善者、そして月讀というトラの威を借るキツネって云うんだよ。――今度来たら間違いなく殺してやるぜ。同胞達の命を護る為にも、お前さんみたいな害毒は生かしておいちゃいけねぇ」
 吐き捨てるとイワテは山奥に消えていくのだった。

*        *        *

 湯殿山に黒川達が進入を試みた頃と前後する。
「……黒川士長は月山開放とは別行動ですか?」
 麗華の言葉に、第6107班長が頭を掻く。
「敵を欺くには先ず味方からと言って……いや、正直、俺も知らなかったのだが」
 知らなかったのであれば仕方ない。とはいえ、
「――お師匠が見付けてきて下さった、この憑魔武装。若干ながらも氣を操れるみたいなので、隠行には持って来いだと思ったのですけれどもね」
 部位としては胸甲たる憑魔武装がどれほどの範囲をカバー出来るか怪しく、場合によっては着用者の麗華のみにしか意味が無いかも知れない。その点、精神の集中や発想により応用が利く能力者と違って、憑魔武装は融通が利かないところがあるという話だ。しかし試してみる価値はあったのだが……。
「別行動をとられたのならば仕方ない。私達は、私達で月山開放に向けて奮起するのみだ」
 鈴鹿が勢いよく握り拳を振るっているのだが、親友の意気込みはさておき、大通連を腰に提げた姿は傍から見ると少々バランスを欠いているのではないかと麗華は笑いを噴出してしまった。
 さておき――月山は西に湯殿山、北に羽黒山を従えた出羽三山の主峰で、高山植物が群生する東側の緩斜面は、かつての山腹に広がる高原地帯であり、西側の断崖や急斜面は山体崩壊の跡といわれる。庄内から仰ぐ月山はお椀を伏せた形をしている。ましてや雪を湛えた姿は、まさに山の端に掛かる巨大な月のようだ。
 開山の祖は、崇峻天皇の第一皇子・蜂子皇子といわれ、古来、修験道を中心とした山岳信仰の場として多くの修験者や参拝者を集めていたらしい。頂上には山名の起りと言われる 月讀[つくよみ]が奉られた月山神社が鎮座している。
 隔離前には、登山口として主だったものとして3つのルートが存在していたらしいが、湯殿山口は未だ妖怪達の支配領域に置かれており、同様に県道114号線からの姥沢・志津口もまた閉鎖されている。残るは羽黒口からであり、本部を羽黒山の出羽三山神社に移した第610中隊は、月山開放に主力を割くと、前哨基地として県道211号線沿いの月山六合目キャンプ場跡地に陣を敷いている。
「しかし数と銃火を以ってすれば楽に開放出来るかといえば、そうでもなく……」
 麗華は月山の頂の方を仰ぎ見る。クレハが率いる妖怪達が8合目の弥陀ヶ原の月山中之宮(御田原神社)を中心に集まっており、進入を妨げているのだった。更には――
「首魁の筆頭たるミズクメさんの幻惑が……」
 並みの憑魔能力者の効果範囲が半径200m前後。単純に比べてみても、何処に潜んでいるかは判らないが、出羽三山を覆う程の ミズクメ[――]の幻惑の驚異が改めて空恐ろしく思う。
「今のところ、道や方角を迷わせたり、意識を惑わせたりする程度だが……」
「幸か不幸か、憑魔武装の胸甲が不惑の氣を纏っていますし、鈴鹿も操氣系ですしね。僕達が班より先行すれば、後続の皆も惑わされないとは思います」
「余り無茶するなよ」「危険だと感じたら引き返せ」
 班員の温かい忠言を背中に受けながら、麗華と鈴鹿は山道を登り始めた。96式5.56mm小銃BUDDYより頼りになるのは己の得物。麗華は師匠より学んだ戦技であり、鈴鹿は家宝の業刀。
「――麗華。意識を然りと持て。道が左右に分かたれて見えるが……」
「右ですよね」
 惑わしの幻は頻りに精神に働きかけてくるが、互いに声を掛け合いながら、心の隙に潜り込まれないように意識を保つ。そして偵察隊員のように得意でも才能がある訳でもないが、それでも最低限としての斥候は出来る。仕掛けられた罠がないか、敵が隠れていないかを探りながら慎重に足を進めた。
「――来るっ!」
 殺気を感じ取って鈴鹿が大通連を振り払った。火花が散ると、木陰から踊り込んできた伊賀瀬が大きく退いた。手に持っていた刃が断ち割れているのに気が付き、伊賀瀬の目が丸くなっている。
「切り結ぶ事も許さないんですか……それ」
 思わず、麗華からも感嘆の声が漏れた。
「刀使いには鬼武と伊賀瀬が共に当たって! 鷲王と熊武は、そっちの体術使いを相手にしなさい!」
「……えーと、姐御は?」
「お前達の支援はしてあげるわよ。けれども後から来る団体さんの足止めが優先ね」
 般若面を被ったクレハが氷片の雨を、後続の第6107班員へと降り注ぐ。第6107班だけでなく周辺でも妖怪達と維持部隊隊員達とで小競り合いが始まっていた。
「……お前、倒す。前のようには、やられない」
 前の戦いの傷が完治して復帰した熊武が、麗華を睨みながら唸り声を上げた。そして鬼の本性そのままに剛力を振るう。が――
「……学習能力がないのか、お前は?」
 熊武の振り下ろした拳を巧みな足捌きで避けるだけでなく、一瞬にして麗華は肉薄。まるで熊武の攻撃が麗華の肉体を透き通ったかのように思える動きに、鷲王の目が見張る。そして麗華が突き出した正拳を受けて、熊部の身体が浮き上がったところで感嘆の口笛を吹いていた。
「――成る程ね。そういう仕組みか」
「……どういう事でしょう? 二度、三度見たところで僕の攻撃の対策が出来たとは思えませんが」
 羽黒山で相対した時は、師匠の言いつけを忘れて技の基本をないがしろにしていた。だから今のが、真なる技――透過術。
「何……お前を押さえ込むのは、俺でも十分だと思ってな。本来ならば格下な俺だが、互角に戦って、足止めしてみせるぜ」
 うそぶくと鷲王は怪鳥音を上げて構えを取った。麗華も油断なく構えを取る。足腰は正中線を乱さず、そして大地と接しながらも沈むのでなく。眼は鷲王の動きから離さずして、場そのものを見遣る。
 ――互いの動きが止まり、緊張感だけが張り詰めた糸のように思えた。
 周囲では銃声が鳴り響き、双方傷付いての悲鳴と怒号が耳を打つ。クレハの放った炎が空気を焼く臭いが漂っていた。鬼武と伊賀瀬の2人相手に、鈴鹿も単騎で奮戦しているようだが、決定打を邪魔されている様子だ。そして……麗華は鷲王とお見合いをしている。
「……そうですか。確かに足止めしてみせるというのに過言は無い訳です」
 妖怪達としては維持部隊を追い返せればいいのだ。無理に勝つ必要はない。引き分けでも充分。
 麗華の技をカウンター主体と見て取った鷲王は、殺気を掛ける圧力をそのままに、だが決して自分から攻撃してこない。かといって鷲王から注意を離せば、その瞬間に襲ってくる。先の戦いから考えて、その場合に透過術が間に合うかは五分だ。失敗した場合、畳み掛けるように鋭い技を繰り出してくるだろうし、それら全てを捌き切る自信はない。
( ……お師匠様ならば強引にでも敵の攻撃を払い落としてしまうのでしょうが )
 ならば透過術では前が開けぬ。左手に小さい鎚を握ると、麗華は全身をバネにすると鋭い瞬発力と俊敏な動作で一気に詰め寄った。大地からの質量を接している脚を通して身体のバネで増幅し、また振り子の応用で破壊力を増すように補う。そして指向性の衝撃が正拳より放たれた――。
「……が避けられると、続きがいかない。ましてや、お前の技は一撃必殺に程遠いよ」
 拳の直撃を避けた鷲王が笑う。だが拳は避けても衝撃は抜けたのか、血を吐いた。
「……ちっ。避けるのに意識を集中し、全力を尽くしたのに、この様か。半端ねぇなぁ……」
 片膝を付いて鷲王は血を吐き続ける。顔面を蒼白にしたまま、全身から脂汗を流し続けていた。
「……とはいえ、その技というか、お前の弱点は解った。一撃必殺にこだわる余り、次がない……。俺みたいな格下相手ならば充分だろうが……互角ないし上の達人には通じねぇ……ぞ……。カウンター技にしても、今の攻撃にしても……放った次に沈んでいるのは……お前だ……ぜ……」
 そしてうつ伏せに倒れる、鷲王。部下を倒された事にクレハが怒りの叫びを上げるが、麗華も〈衝撃〉に力を使い果たして――否、鷲王の言葉に囚われて動けなかった。クレハの放った炎の雨が降り注ぎ、戦闘防弾チョッキに加えて、胸甲が氣の防護膜で包んでくれなかったら大火傷を負っていただろう。だが、それでも炎の雨の攻撃を受けて、麗華は顔を歪ませた。
 我に帰ったところで9mm機関拳銃エムナインで9mmパラベラム弾をバラ撒いて牽制射撃。拳銃弾とはいえ、防護服を着用していないクレハは直撃を避けるように身を翻すしかない。
「――クレハ姐さん! おいら達の事は放ってミズクメ様のところまで退き下せぇ」
 鬼武といった妖怪達の言葉に、クレハは苛立ちの様子を見せていたが、
「この屈辱は、次こそ晴らしてやるわ! ……アンタ達、死ぬんじゃないよ!」
 クレハと多くの妖怪達が月山の更なる山奥へと退いていく。追撃を掛けようとする維持部隊員に残った妖怪や鬼武、伊賀瀬が立ちふさがった。とはいえ、クレハ四天王の2人も倒れた今では抵抗も空しく、暫くすると降参してきたのだが。
「……しかしクレハには逃げられてしまった。それに家宝の刀を預けられたというのに、麗華と違って、私は1人も倒せず……力不足で申し訳ない」
 落ち込む鈴鹿に、麗華は慰めの声を掛ける。だが月山の頂の方を仰ぐと、麗華も何故か不安な気がして仕方なかった……。

*        *        *

 早池峰山への登山口は東西南北に存在し、四方それぞれに早池峰神社があるが、県道160号線を北に外れ、遠野の中心部から早池峰山へ真っ直ぐに向かった路の突き当たり――南麓に里宮はある。
 大同元年(806)、山中で十一面観音の尊像に遭遇した来内村の猟師であった藤蔵が感銘を受けて、早池峰山山頂に奥宮を建立した事が始まりで、藤蔵は普賢坊と名を変え、現在地に新山宮を建立したとされる。
「……神社というより寺院みたいなところですね」
 愛用の64式7.62mm小銃を油断なく構えながら降車した綾の感想に、小島が頷く。
「実際に、明治までは寺だったのよ。元は持福院妙泉寺。慈覚大師が宮寺として建立し、普賢坊の新山宮と合わせて在ったものが、明治の廃仏毀釈――神仏分離によって、早池峰神社へと改称させられたの」
 だから南向きの鳥居の後方に神門がある。妙泉寺時代の仁王門で、境内の様子も寺院そのもの。隔離以来の年月を経て朽ちた神門を潜って参道を歩くと、垣に囲まれた境内に古民家のような拝殿。拝殿も其れとして機能しておらず、また階段上の本殿も、本堂と呼べる程の大きさだった。
「しかし……里宮と言われていますが、するとアレが早池峰山ですか?」
 疾風の移動中にも覗いていた山の容貌に、綾が尋ねる。小島は苦笑すると、
「残念。アレは薬師岳。実は、遠野との間には、前薬師と呼ばれる山があって、直接、早池峰山の全容を見る事は出来ないのよね」
「――ダカラコソ、瀬織津姫ノ目ヲ盗ンデ、此処デ貴様達ヲ始末スル事ガ出来ル」
 身許を特定されないようにする為か、機械音で合成された声が境内に響いた。
「……あら? あらあら、まぁまぁ。早池峰山の何処かで襲われるとは予測したけれども、まさか境内でとは思っていなかったわね」
 だが言葉と裏腹に、小島の瞳は予測通りという輝きに満ちていた。神代も綾も油断なく構える。敵は全員が防護マスク2型で顔を隠しているが、上半身を戦闘防弾チョッキで包んでいる強化系のモムノフ(桃生)が6体、キチン質に似た外皮をした異形系のヤツカハギ(八握脛)が3体。加えて額に角のような憑魔核を生やした新たな魔人――研究資料によればヤトと呼称される操氣系が1体。そして……
「――って、那賀須泥毘古様?!」
 小島が目を丸くする。
「みっ、命、知り合い?!」
「随分、大昔に、しかも片手で数えられるぐらいよ。だけど私でも間違えようがないわ、この威圧感――」
 那賀須泥毘古[ながすねひこ]は、長髄彦とも表記され、別名は登美毘古。神武東征の折に、大和地方で抵抗した豪族の長の1人とされる。『古事記』では邇藝速日命により殺害されたとされるが、東北に逃げ延びたという説も流布されている。真実は目に映る通りであり、小島も長い生の中で数度、逢った事がある。まさに伝説の存在であり、実力は相当のものだ。
「……というか『荒吐連隊』の名称から、推測してもおかしくなかったわよね」
 溜息を漏らす。そんな小島をさておき、
「鬼小島カ。久シイナ」
「小島の鬼嫁なのだけれどもね……って、その名を広めたのは、もしかして那賀須泥毘古様かしら」
 小島の問いに、だが那賀須泥毘古と呼ばれた男は応えず、視線を静寂に移す。
「『落日』カ。裏切リ者――物部連ノ末裔カ」
 那賀須泥毘古は、他とは違って、下半分だけを隠す面充てで顔を隠していた。瞳は憎悪に満ちており、視線だけで静寂を射殺そうと爛々と輝いている。
 ――邇藝速日命は物部連(もののべのむらじ)の祖であり、那賀須泥毘古の義弟(※妹の登美夜須毘売が妻)だったが、裏切って神武天皇に降った神である。……静寂が物部連の末裔や縁ある者ならば、那賀須泥毘古の心中穏やかざる様子は、小島や綾でも窺い知れた。我知らずに、身体が震え上がる。
「……だけど相手が誰であっても、今回は静寂ちゃんの護衛なのよね、私。――光ちゃん、しっかり付いてきなさいね」
「え、うん」
 小島の目配せに、神代が頷いた。綾も静寂を護るように64式小銃で牽制する。神に近しい存在でも、皆殺しにするつもりでヤルという気概で小島は呼吸を整えた。緊張の糸は張り詰めていき、そして限界に切れようとした――瞬間、女声が響く。
『 ――アタシの縄張りで勝手に暴れるのは見過ごせないね。お互い、拳を下ろしな』
 全身に振るえが走った。小島だけではない。綾も神代も、那賀須泥毘古達もまた硬直する。
「――瀬織津姫、邪魔スルナ!」
 だが 瀬織津姫[せおりつひめ]と呼ばれた声の主は欠伸を噛み殺したような調子のまま、
『 ……ナガスネヒコさ、アマテラスに対する積年の怨み積もりは解るけれども、遠野に挨拶に来た以上、この娘達はアタシにとって客人だ。いいから、アタシを怒らせる前に退け』
 瀬織津姫の言に大きく舌打ちすると、荒吐連隊は退いていく。追い掛けようにも、
『 ――アンタ達は、アタシに用があるんだろ? 山頂の奥宮で待っているから、すぐに来な』
 有無を言わさぬ瀬織津姫の言葉に、足が止まる。ただ静寂が那賀須泥毘古の背に向けて問い掛けたのみ。
「……吉塚陸将は〜、今どちらにぃ? もしかしなくても〜御一緒ですか〜?」
「吉塚ノ場所ヲ教エテヤル義理ハ無イ」
 だが質問に拒絶で返すと、那賀須泥毘古達は山の中に消えていった。

 里宮から早池峰山の頂へと登る事、数時間。奥宮にて綾と小島達を待っていたのは、露出度が高くなるように改造した迷彩II型戦闘服を着用した、WAC(Woman's Army Corps:女性陸上自衛官)の姿だった。下衣は膝上の位置で破り捨てられ、健康的な生足を惜しげもなく曝し出している。防寒戦闘服外衣を羽織っているが、内は迷彩柄のビキニブラを着ただけ。女性の目からしても羨むばかりの美しい胸の谷間が見え隠れしていた。
「えぇと……瀬織津姫様?」
「そうだよ。中々似合っているだろ?」
 格好はアレだが、心の奥底から来る振るえが直感的にも相手が女神だと教えてくれていた。瀬織津姫――『倭姫命世記』において八十禍津日神の別名とされ、また祓神かつ水神で、穢を川や海に流す役目を持つ祓戸四神の1柱だ。
「畏くも、祓戸大神に拝謁出来て心嬉しく思います」
 いつもの間延びした口調でなく、改まって緊張に満ちた声で静寂が頭を下げる。瀬織津姫は手を振りながら笑うと、
「堅苦しいのは好きじゃない。気を楽にやってくれ。……って、どうした? ミコトに、アヤ。鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしやがって」
「えーと、随分と、その、何というか……」
「フリーダムって言いたいんだろ? まぁ封印から解放されて数年、随分と時間があったから、色々と俗世について学習したぜ。特に亜米利加とか」
「学習する方向が激しく間違っています。……って、封印から解放されていたんですか!?」
 綾の驚きに、瀬織津姫が咽喉を鳴らして笑うと、
「シジマが東北で暴れ回ったより前からな。此処に封じられていたのを、アケハルとナガスネヒコによって解放された。……とはいえ、あの時は、シジマは気付かなかったようだけれども。まぁナガスネヒコ達もアタシの存在を知られたくなかったようで、徹底的に秘密にしていたようだし、仕方ねぇわな」
「その節は大変な御無礼を……」
 先程から平身低頭の静寂。だが本当に気分を害していないのか、瀬織津姫は笑顔を崩さない。
「御陰様で、岩手はアタシの縄張りだ。……尤もツクヨミが目覚めたら、そうも言ってられねぇんだが、其れでも此の辺り――遠野に限っては、アタシの方が力は上のままかな。さて――」
 小島達を見渡すと、唇を艶かしく舐める。
「とりあえず聞きたい事は予測出来るが、先ず1点。アタシはアケハルとナガスネヒコによって解放されて、少しは力を貸したものの、荒吐連隊の憑魔とは無関係だ。せいぜいアラハバキ神が力を取り戻すのを助けた程度でな。他は岩手に外来の連中がちょっかい掛けて来ないように睨みを効かしていたぐらいか」
 確かに東北地方――特に岩手では超常体の出現率は低い。神州世界対応論において、元々、神話伝承の空白地帯でもあった所為でもあるが、人知れずに封印から解放されていた瀬織津姫が目を光らせていたとすれば、納得出来る。
「……では荒吐連隊の連中はどうやって憑魔を?」
「疑われるのは仕方ねぇな。アタシの神髄は、八十禍津日……つまり数多の災厄を司るところだ。ぶっちゃけ、災厄とは、今で言うところの超常体であり、そして昔から言うところの妖怪達、そいつらを束ねる神の1柱だ。……まぁマイナーなんで、夜を司るツクヨミには負けるけど」
「――命より上の女王様には違いないんだ……」
 空恐ろしいものを感じて神代が思わず呟いていたが、とりあえず後でお仕置きすることにして。
「えぇと瀬織津姫様が関与していないとすると……もしかして荒吐神が?」
 小島の指摘に、瀬織津姫が頷く。
「アラハバキ神は、イザナミ母様と同じく、地母神だからな。憑魔を分け与えるくらいは造作ねぇだろ」
 遮光器土偶の姿で知られる荒吐だが、其の実態は母性を表した女神という説もある。隠された神、氷川神社の真なる主祭神。
「彼の女神……荒吐もまた解放されているのですね」
「何処に封じられていたかまでは知らねぇ。少なくともアタシが解放された頃には、もうアケハルとナガスネヒコと一緒にいたみたいだぜ。まぁ弱りきっていたから、アタシが力を貸したんだが」
 どうして?との視線に気付いて、瀬織津姫が苦笑した。茶目っ気たっぷりの仕草をすると、
「アンタ達もそうだが、ナガスネヒコやアケハルもまた高天原の父上と黄泉の母様に連なる血や、葦原に縁ある者。アタシから見たら、同じ日ノ本、神州の民に違いないのさ。力を求められたら応えない訳にはいかないだろう? 色々思うところはあるだろうが、そういうものさ……神ってのは」
「あらあら、では仕方ないわね。……それじゃあ最後に、もう1つ。ずばり那賀須泥毘古様と吉塚陸将達はどちらに?」
 小島の問いに、だが瀬織津姫は頬を掻くと、
「……生憎と、口止めされているから教える訳には行かないが……ヒントは幾つか出しておくぜ。先ず早池峰山ではない。2つ目、岩手は古代の激戦区の1つという事だ。タムラマロの伝説を当たってみな」
 じゃあ余裕が出来たら、今度は質問攻めでなく、遊びに来てくれ。笑顔を浮かべると瀬織津姫は手を振ってくる。だが思い出したように、
「――ナガスネヒコに狙われ、そして姿を捉えられたら、其の瞬間に死んだと思っておけ。抽象的な意味でなく、現実的な意味でだ。此れがアンタ達に送る最大の忠告だ。忘れるな、ちゃんと意味を理解しておけよ」

*        *        *

 非常喇叭が鳴り響き、照明弾が打ち上げられる。僅かな間とはいえ昼間の様に煌々と照らし出された霊場恐山の荒地だが、其れよりも優る輝きで、青白い光を波のように揺らめかせると“門”が出現した。
「――丑三つ時になんて、もういい迷惑」
 口調とは裏腹に疲れを見せぬ顔で、薫が呟く。張り巡らせていた氣は、“門”の位置を探り当てると同時に、“あちら”の世界から溢れ出てくる餓鬼や獄卒鬼を捉える。
「先ずは定番! マジカル・ジャベリン『ザ・ワイドエリア・エクスターメーション』!」
 桃山が96式40mm自動擲弾銃を発砲。銃身左側のマガジンよりリンクベルトで供給される40mm対人対戦装甲擲弾が押し寄せてくる餓鬼の群れを撃ち払う。競うように第98中隊第1小隊が設置した数門の5.56mm機関銃MINIMIが炎を吹き、弾幕は防波堤よろしく超常体の勢いを圧し留めていた。
「……鹿頭鬼が来るわよ」
 5.56mmNATOの弾幕をものともせず、また桃山が撒き散らした擲弾を強引にも突破して、獄卒鬼共が手にした得物を振りかざす。だが薫は冷静に照準眼鏡で捉えるとXM109ペイロードライフルの引き鉄を絞った。
「――命中。次弾装填し、右に5度修正。距離500m、風なし、射てっ!」
 マスコットの着ぐるみ姿の久万美が淡々と器具を用いて指示を出す。其れに冷静に応えるゴスロリ少女が次々と鬼を撃ち倒していく様は、シュールレアリズムの光景だ。
「……火力向上につき、私の出番はありませんの?」
「いいんじゃないっスか? 可能であるならば、白兵戦はしないに越した事は無いっスよ」
 新着改良されたコスチュームに身を包んで待ち構えていた国恵が頬を膨らませるが、奥里は思い出したようにBUDDYを構えては撃つの繰り返しで満足そうだった。白鷺が駆り、また指揮するブラックホーク3機が対地攻撃も始めたら、もう勝ったも同然。
「……とはいえ、今度はもう消えませんわね」
「――ついに固定化してしまったスね」
 幾つかの“門”は自然と消滅したが、大きな歪みがひとつ残り、周りに虹色の輝きを放ち続けている。不安定そうに揺らめいて見えるが、其の実は、もはや修繕が難しい時空の綻びだ。
「此れ以上、広がらない事、また増えない事を祈りたいところですけれども……」
「番組的には、餓鬼や獄卒鬼以上の敵キャラクターが出てきても可笑しくないですわ。尤も、私の大火力で打ち砕いてみせますが」
 擲弾を撃ち尽くして満足したのか、艶やかな笑みで桃山が口にする。国恵は膨らませていた頬を益々大きくした。2人の遣り取りに奥里が頬を掻くが、
「――繋がったわ」
 薫の呟きに、皆の注目が移った。
「……何と?」「何が?」「どうしたっスか?」
 質問に答える余裕も無く、精神を集中させて薫は“あちら”の存在と意識を絡ませた。
 ――歌が聞こえる。哀しくも優しい声色。
 餓鬼や獄卒鬼の勢いが緩やかなものになり、“門”から溢れ出す量が瞬く間に減少していく。
【 ……娑婆の親には会えぬとぞ 今日より後は我をこそ 冥土の親と思うべし……】
「――奄。訶、訶、訶。尾、娑摩、曳。娑婆訶」
 思わず合掌し、“門”の彼方に覗く比丘尼の後ろ姿を拝む。“こちら”の世界に溢れ出ようとする餓鬼と獄卒鬼を阻むように比丘尼は、“門”の向こう側で身を張っていた。国恵が目を凝らす。
「――地蔵菩薩様?」
【 ……ヤミーとお呼び下さい、“そちら”の世界の御方達。此の度は、わたくしの力及ばず、御迷惑をお掛けして、大変申し訳ございません……】
 思念が声となる。薫程ではないが、国恵は憑魔武装のアシストもあって比丘尼―― ヤミー[――]と相互の意思疎通に成功した。警戒の色を隠せない桃山と奥里達へと発砲や戦闘の構えを解くように手で合図を送りながら、
「……“門”は制御されていないものですわ。其れは時空の歪み。開こうとして、簡単にそうと出来るものではありませんもの。また逆も然り」
 だが薫は淡々と続ける。問題は――
「君が起爆剤的なものでないかどうかだけ」
【 ……わたくしが疑わしいものであるのは重々承知しております。信じるに足る証左もございません……】
「そうね。せめて“門”を閉じる為の方法でも判ればいいのだけれども。わたしの見立てでは、発生源ともいうべき力の乱れは“あちら”にあるようだし」
【 ……発生源に関しては、ヤマが力を尽くしております。とはいえ、其の間にも時空の歪みが広がっていき、この仔達の暴走を収めますしか手立て無く……】
「そもそも時空の綻びが生じた理由は何?」
【 ……黙示録の戦い。末世の争いを迎え、多くの天魔が“そちら”の世界に積極的な干渉を始めましたのが原因のようなのです……】
 そして、神州各地で始まった戦いの影響を受けて、パワースポットである霊場恐山の力の流れが狂ったとしか言いようが無いらしい。
「繰り返し聞く事になりますけれども“門”は制御が出来ないもの。ですが、どうにかして消滅する手段はありませんでしょうか?」
【 ……“そちら”の世界に、異なる時空を括ると共に聞き入る巫の力を司る御方がいらっしゃったと聞き及んでおります。また穢れを縛るとも、今は天魔により身を、力を封じられておられるようですが、其の御方の助けを得られるならば……】
 顔を見合わせる、国恵と薫。ヤミーの言葉が真実だとするならば“門”を消滅させる事も出来るかもしれない。そして次の問題は、其の存在が何処に封じられているかだが……
「此ればかりは情報を集めないといけませんわよね」
 揃って溜息を吐く。そして弱々しいヤミーの嘆願を聞いた。
【 ……わたくしも力を尽くして抑えておりますが、釈尊ならぬ身、絶対はございません。また複数の歪みに対処出来ません。何卒、皆様のお力添えをお願いしたく……】

 ――おまけ。
 対地と共に、航空優勢を図っていた白鷺は、彼方の空から飛来してくる大型輸送回転翼機CH-47Jチヌークに驚きを禁じえなかった。
『 ――久し振りだな、白鷺准尉。着陸の許可を貰いたいのだが、話を付けてくれないか』
 懐かしい戦友の声に、白鷺は耳を疑う。対戦車ヘリ部隊のある八戸でなく、三沢の航空基地に勤めている古参だ。とはいえ三沢航空基地まで、霊場恐山の騒ぎに動いてくれるとは思わなかった。
「……支援要請に応じて来てくれたのか?」
 白鷺の期待に、しかし苦笑いが返ってきた。
『 ……すまないが、逆だ。戦力をひとつ貰っていく。奥里という男なのだが……』
「――何があった?」
『詳しくは教えられんのだが、彼を函館に送り届ける必要があるらしい。市ヶ谷の命令だけでなく、亜米利加さんの要望付きだ』
 函館は現在、高位超常体によって吹雪と極寒の地となっていると噂に聞いていたが……。
『 ――大魔王級の超常体が出たらしい。緊急を要するという事で、危険を承知で空輸しなくてはならん。よければ、道中、飛行型超常体に撃墜されないよう祈っておいてくれないか?』
「……そうか。Good Luck!」
 ――こうして、奥里は霊場恐山から函館へと戦場を移す事になるが、其れはまた別の話……。

 

■選択肢
SiB−01)青森・霊場恐山にて死守
SiB−02)山形・月山へと突入する
SiB−03)山形・湯殿山で主張貫徹
SiB−04)山形・鳥海山へと寄り道
SiB−05)岩手・荒吐の居場所探索
SiB−06)宮城・仙台で荒吐に関与
SiB−FA)東北地方の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 なお霊場恐山や出羽三山では、強制的に憑魔の侵蝕率が上昇する事もあり、さらに死亡率も高いので注意されたし。また宮澤二曹周辺で動く場合も充分に警戒せよ。  ちなみに宮澤二曹は何か上手い提案が無ければ、単独でも岩手駐屯地に向かう「選択肢05)」予定である。
 なお玉川士長と佐伯三曹(のPL様)が多忙により、NPC化申請を行っている。救援を必要とする場合は、アクションに明記する事。東北地方ならば要望に応えて何処でも馳せ参じてくれるだろう。要望がない、或いは多数の場合、玉川士長は出羽三山関連、佐伯三曹は荒吐連隊関連へと向かう。
 それと奥里士長は函館に移った為、二度と関わる事は出来ないと思って欲しい。但し通信での遣り取りならば問題は無い。

※註1)……詳細は説明しないが、1998年から発売されてきた18禁恋愛アドベンチャーゲーム・シリーズの第3弾に由来するスピンオフ作品。此方の現実世界ではアニメ・シリーズが2004年からテレビ放送されたが、神州世界では存在していない。そもそも由来である第3弾の発売日も2000年12月8日。

※註2)ハイヌウェレ型神話……食物起源神話の型式の一つで、殺された神の死体から作物が生まれたとするもの。月讀尊の保食神殺しや速須佐之男命による大気都比売神殺しが、此れに当たる。
 余談だが、瓜子姫の話は各地方に伝わっているが、東日本(特に東北)では陰惨な結末を迎えるものが多い。大地へと豊穣を祈る生け贄の慣習を暗喩したものではないかという説がある。


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