同人PBM『隔離戦区・神邦迷処』第4回〜 東北:西比利亜


SiB4『 はじきゆみ ―― 弾 ―― 』

 神代(かみよ)から人の時代に移り変わる頃に最も有名な英雄は、日本武尊(ヤマトタケル ノ ミコト)というのは大方間違いないだろう。そして古代平安期において名高い英雄となれば、源頼光等が上げられるが、こと東国において坂上田村麻呂(サカノウエ ノ タムラマロ)に優る者はいない。
 田村麻呂は平安時代の武官で、正三位、大納言兼右近衛大将兵部卿、勲二等。死後に従二位を贈られたが、それらよりも有名な肩書きは、征夷大将軍というものである。「征夷」とは東夷を征討する意味であり、つまり征夷大将軍は「夷」征討に際し任命された将軍の一つで、太平洋側から進軍する軍隊を率いた天皇の勅令下によって任命された非常時の地方軍政府の最高責任者である(※武家政権前)。
「……とはいっても、後代の中世鎌倉期における武家政権下においては天皇の統制者のみならず、近世の江戸期になれば政治的権威でも朝廷の天皇と同格扱いされたのよね」
 説明する 小島・命[こじま・みこと]二等陸士に相槌を打ちながら、神代・光[かみしろ・ひかる]二等陸士がメモを取る。
 神州結界維持部隊・東北方面隊第9師団・第9特科連隊並びに第9戦車大隊等が駐屯する岩手の隊舎にて、小島達は食事を採りつつ、集めてきた資料や情報の交換を行っていた。
 廃止(※正確には壊滅)させられた東北方面普通科連隊――通称『荒吐連隊』の残党と、首謀者の容疑が濃い東北方面総監の 吉塚・明治[よしづか・あきはる]陸将の手掛かりを追って、岩手を守護する神、八十禍津日――またの名を 瀬織津姫[せおりつひめ]と呼ばれる存在に接触。そして直接的な手掛かりは得られなかったものの、瀬織津姫より「田村麻呂の伝説を調べろ」という助言を受けて、情報や資料を集めてきた次第だ。
「そして当時の征夷大将軍にとっての役割は、まさしく東夷の征討……つまり蝦夷(えみし)への侵略行為です」
 佐伯・綾[さえき・あや]三等陸曹が付け加える言葉に、一同が頷いた。綾が口にした「蝦夷」は、広義的な意味で、本州東部とそれ以北に居住し、政治的・文化的に、大和朝廷やその支配下に入った地域への帰属や同化を拒否していた集団を指す。ちなみに中世以降の「蝦夷(えぞ)」はアイヌを指すという説が主流であり、同じ漢字でも古代における「蝦夷(えみし)」とは、読みと意味がやや異なる事に注意しなければならないだろう。
 さておき綾は続けると、
「最も有名なのが、朝廷軍を撃退していた蝦夷の軍事指導者たる阿弖利為を降伏させた事ですね」
 阿弖利為[あてるい]――大墓公阿弖利爲(タモノキミアテリイ)を降伏させた田村麻呂は、802年に胆沢城を築いている。なお降伏した阿弖利為等500名余りの蝦夷は平安京にて、田村麻呂が助命嘆願したものの、処刑されたらしい。
「……そうなると荒吐連隊の本拠地って、胆沢城という事になるのかな?」
 神代の確認の問い掛けに、だが小島は首を振ると、
「ところが光ちゃん。田村麻呂に史実とは別に多くの伝説を各地に残していているのよね」
 先に挙げた日本武尊や、平安末期の源義経もそうだが、田村麻呂は史実や資料を当たってみても「行ったはずが無い」場所にも伝説を残している。無論、後世の後付けが大部分であるが、識字率が低かった古代においては風聞や言伝が物語を育む。日本武尊、田村麻呂、そして源義経といった古代の英雄が、どれ程に人々から敬愛されていたのかが判るというものだ。
「田村麻呂の伝説で有名なものの1つが、悪路王退治ですね。舞台も岩手ですし、更に言うならば悪路王のモデルは阿弖利為とも言われています」
 この時、悪路王の愛人とされていた鬼女――鈴鹿御前と情を深めたとされる。そして改心した鈴鹿御前と夫婦となり、共に悪路王や大嶽丸といった鬼達を退治したという伝説だ。
「……悪路王ですかぁ」
 今まで黙って聞き手に徹していた“微笑み冷血女”―― 宮澤・静寂[みやざわ・しじま]二等陸曹が、ようやく口を開いた。手には、いつもの文庫サイズの詩集。岩手の誇る詩人にして童話作家の宮沢賢治が残した詩集『春と修羅』。
「――むかし達谷の悪路王、まっくらくらの二里の洞」
 静寂は収められている詩「原体剣舞連」の一部を口にすると、綾が眉を寄せた。
「……達谷(たった)?」
 小島も聞き慣れぬ地名に首を傾げるが、
「正式には『たっこくのいわや びしゃもんどう』かな? 田村麻呂の伝説を調べていた中にもあったよ」
 神代が「達谷窟毘沙門堂」と漢字で書き記す。
「平泉から南西約6kmに位置するらしいよ。蝦夷を討伐した記念として田村麻呂が建てたとか」
「ほんとぉっうに偉いわ、光ちゃん! 今夜もたっぷりサービスしちゃう!」
 小島が恋人の頬を寄せて、擦り合わせた。綾は最愛の弟の写真を取り出して羨ましそうに見る。
「なるほどぉ〜。では胆沢城と同じく、達谷も怪しいという事でぇ〜」
 地図に丸印を付ける。岩手駐屯地から近いのは胆沢城だ。
「兎に角、外れだとしても何か手掛かりがあると思うの。準備が整い次第、さっそく行くわよ!」
 小島の言葉に頷く。だが気掛かりが1つある。
「……瀬織津姫様の最大の忠告ですか」
 綾が再び顔を暗くする。瀬織津姫の忠告とは、荒吐連隊の中核を成すと思われる魔人―― 那賀須泥毘古[ながすねひこ]に関しての事だった。『古事記』にも伝えられる、真の神代(かみよ)の刻から存在する英雄神。その那賀須泥毘古に狙われたら、もう死を覚悟するしか無いと言う。
「『ちゃんと意味を理解しておけよ』と言われましたけれども……弓の名手なんですよね?」
 確認するような問い掛けに、だが小島は困った顔をして、
「……確かに一、二度お遭いした事はあるけれども、詳しくは知らないわよ。結局、狙撃手としての腕が高いのは間違いないぐらいしか……」
 綾も小島も白兵戦を得意とする。遠方から狙撃手に襲われたら戦いようが無い。
「いざとなれば静寂ちゃんの空間系で矢を逸らすぐらいよね……頼むわよ?」
「了解しましたぁ〜」
 ――だが後に、この時を激しく悔やむ事になるとは、誰も判っていなかったのである……。

*        *        *

 出羽三山の中心たる月山の、6合目のキャンプ場跡地に布かれた前哨基地。第6偵察隊に所属する 黒川・大河(くろかわ・たいが)陸士長達が顔を出すと、馴染みになりつつあるWAC(Woman's Army Corps:女性陸上自衛官)2名が笑顔を浮かべながら敬礼を送ってきた。
「――お疲れ様でした、黒川士長」
「……残念ながら湯殿山の状況に進展を起こせなかったけれどもね」
 斉藤・麗華[さいとう・れいか]二等陸士へと申し訳なさそうな顔を返し、黒川は幹部(※士官や下士官)のいる天幕へと直接の報告に上がる。
「――黒川と白山一士、並びに玉川士長の3名。御報告に上がりました」
 敬礼する黒川達に、第6107班長が片手を軽く上げて応じてきた。黒川達は勧められた空いたパイプ椅子を座ると、先日で交戦した湯殿山を護る、イワテ[――]についての報告を入れる。
「……操氣系と強化系の複数能力者か。まぁ妖怪だったら、その可能性は確かにあったがな」
 最早、超常体との戦いは各地で苛烈なものになっている。そのような状況の中で、人類側に味方する超常体・神群が確認されている今、日本土着の超常体――妖怪の存在を語るのに言葉を選ぶ意味は無い。ましてや長年の間、妖怪の存在が暗黙の了解となっていた東北方面隊や北陸地方では言うに及ばすだ。
 妖怪が憑魔に似た能力を有しているのは長年の共闘関係で判っている事だ。また1つだけでなく、複数有している妖怪もいるらしい。それでも2つが限度だと思われていたが、高位上級超常体――魔王/群神クラスの中には3つ以上の憑魔能力を持つ者がいる。また1つの能力も、並みの魔人では敵わない程という噂だ。五大系は相生相剋関係にあるが、山陰に現れた魔王 ベリアル[――]等、単純な威力差でソレすらも覆す程の存在も確認されている。……とすれば、妖怪の中にも同じ力量のモノがいると考えるのは当然。
「……同じく複数能力を有していたクレハとやらは、確かに火炎系と氷水系を使いこなしていたが、単純な威力では並みの魔人と変わらなかったがな」
「イワテは、クレハより強かったけれども?」
「ならば、より戦闘に向いた性格やら経験が豊富という事だな。――湯殿山攻略中の第6109班達には、より一層の警戒を強めるよう、俺からも忠告を入れておこう。……しかし心を読むのは厄介だな」
 第6107班長の嘆きに、黒川は眉を寄せる。
「ぼくの祝祷系は精神に働き掛けられるけど? 読心術で無効化出来るはず……」
 だが頭を横に振られた。
「……どうかな。確かに直接相対すれば、無効化出来るかも知れないが。但し此方の研究によると、祝祷系が精神に働き掛けられるのは、視覚情報から脳に左右出来るかららしい。研究者の話によると、飽くまで祝祷系は光を操る能力なんだそうだ」
 だがイワテは強弓の使い手だ。遠方から狙撃されたら、黒川が光を操り、精神に働き掛けるといった応戦は難しくなる。
「まぁ、救いがあるのは能力が複数あっても、単体では同時に使うのは出来ないらしい事だな。これは高位上級超常体でも同じらしい」
 また応用力が高い操氣系であっても、同時に異なる使い方は出来ない。例えばイワテが読心術を使っている間は、〈錬氣〉で障壁を造って護りを固める事も、〈消氣〉で隠れる事も、そして矢を自由自在に操る事も出来ないのだ。
「次に相対するとしたら……その点が勝敗を握る鍵という事だね」
 とはいえ、今回の黒川が参加するのは月山。封じられている 月讀[つくよみ]を解放するに、何が大事だと考え直し……
「――手段と目的が逆転しては愚かなんだよね」
 我知らずに呟いていた。
「……話は戻すが、単純に威力的な事になると、月山攻略は湯殿山以上の難題かも知れん」
 第6107班長の溜息に、黒川は 白山・勇吉[しらやま・ゆうきち]一等陸士と顔を見合わせた。
「何故?って顔だな。確かに幻惑は、うちの大竹や、お前さんの能力で突破出来るだろう。またルートも白山一士の案内があれば、待ち伏せしている連中の裏をかけるかも知れん」
「……ならば、どうして?」
「だから言っただろう。単純な威力的な問題だと。月山を護ると同時に、出羽三山に隠れ潜んでいた妖怪達の首魁と思しきミズクメの実力なんだが……話が正しければ、大魔王や主神クラスだろう」
 小姫という能面を被っていた、金髪の女性 ミズクメ[――]。出羽三山に張られていた幻惑は彼女の仕業らしい。並みの能力者の有効範囲が約200mなのだから、出羽三山一帯を覆い隠せるほどの実力は、桁違いだ。
「ただし、ソレも月讀様の力を悪用してのモノかも知れないけれどもね」
「だが……これも聞き及んで話が確かならば、油断ならぬ相手だろう」
 今まで黙っていた 玉川・九朗[たまがわ・くろう]陸士長が口を開いた。かつてイワテと接触した際に、九朗が耳にしたミズクメの正体は……
「白面金毛九尾の狐――玉藻御前その人に間違いないらしい」
 日本三大妖怪の1柱に数えられ、また伝説によれば古代中国の殷王朝滅亡を促した妲己から始まり、華陽婦人、褒じ、そして玉藻御前と転生を繰り返しながら男を惑わす、傾国の美女とされている。後世の後付とも言われているが、真偽の程は、人間より長い歳月を過ごしてきている黒川や九朗にも判らなかった。眉唾物だからという訳ではない。ソレほどまでに古く、力が強い存在だという事だ。
「……黒川童子程のお歳ならば、玉藻御前と相対した事もあると思ったが?」
「ぼくは今も昔も活動圏内は東北だよ? 当時の京の騒ぎには無縁だから」
 或いは当時から今に至るまで、情報隠蔽工作がされているかだ。考えれば三国を滅ぼした程の存在が、日本では鳥羽上皇を篭絡し掛けた段階で、人類に追い詰められているのは、滑稽な話と言える。
「……考えられるとしたら『落日』だろうな。もしや結界維持部隊だけでなく、遥か過去から暗躍していたのではあるまいか?」
 維持部隊の裏と闇の深奥に存在するといわれる謎の機関にして部隊『落日』。一般の隊員には都市伝説の類でしかないが、九朗が真っ先に思い至ったのはまさしくソレしかなかった。
「兎も角、今までとは相手の格が違う。偵察に行くならば止めはしないし、正直言って助かるが……それでも無理はしないでくれよ」
 第6107班長の忠告に、黒川と白山は深く頷き返した。
「ところで、ミズクメの情報は、どこから?」
「ああ、先日に身柄を確保した妖怪達からだが……」
 黒川は腕を組んで唸る。難しい顔のまま、
「自分達が全責任を持つから、降伏してきた助命をお願い出来ないかな? 出来れば行動の自由の保障も」
 だが第6107班長は頭を横に振ると、
「連中ならば、麓の本部に護送されているから、ここにいる連中の一存では……。ましてや助命嘆願は通ると思うが、行動の自由の保障は出来ないんじゃないかな? 目を少しでも離したら、連中は間違いなくまた出羽三山の邪魔に戻ってこようとするぞ」
 どうして?という驚きと疑念が黒川の心中に生まれる。彼等は其処までして何を護るというのか。
「……仕方ない。これが、あれらの面倒を見よう」
 東北方面警務隊本部付である九朗が立ち上がった。黒川に微笑むと、
「世の中には適材適所という言葉がある。これの役割として相応しいものは、他にあるまい?」

*        *        *

 八戸から派遣されてきた第9施設大隊の手により、恐山菩提寺を中心にして本格的な陣営地が施行されていく。堀のように塹壕が掘られ、また鉄条網が張り巡らされる。正面からの突入を妨げるように、バリケードが点在していた。
「作戦行動の大半は兵站の維持に費やされるという現状に、変化はありませんね」
 新たに青森駐屯地から出向してきた第9師団第5普通科連隊の第93中隊と第98中隊。霊場恐山を調査し、そして“門”から出現する超常体の大群を警戒する普通科部隊は、2個中隊の大規模なものとなった。
 普通科部隊という戦闘員を維持するには、倍近くの支援要員が必要とされる。ましてやここまで本腰を上げれば尚更だ。第9施設大隊のみならず、第9後方支援連隊も人手が送られてきていた。
 必要物資の輸送手配する為に、白鷺・純一(しらさぎ・じゅんいち)准陸尉は、輸送科や航空科と共に、己が指揮する東北方面航空隊・強襲輸送班の回転翼機MH-60Kブラックホークの編隊を駆使していた。
「東北方面の超常体の数は少ないとはいえ、すぐ北にある函館は警戒度が最も高い危険地帯ですからね。白鷺准尉のブラックホークがなければ、ここまで安全に物資は運べませんでしたよ」
 需品科に所属する隊員の言葉に白鷺は頬を掻いた。見た目は角張った印象の中年親父だが、気配りは細かく、よく目が利く。しかし面と言われると照れ恥ずかしいものを感じるものだ。
 白鷺は咳払いをすると、誤魔化すように駐機中の愛機の群れを眺める。駐機場は陣営地設立に併せて整備され、八戸駐屯地や三沢航空基地まで戻らずとも、ある程度の修理や燃料等の補給も可能になった。
「……しかし、これでも万全とは言い難い状況ですが」
 霊場恐山に空いた“門”――時空間の歪みにより生じた裂け目を突破して、超常体の群れが襲ってくる。現時点で固定化してしまった“門”は1つだが、時間が経つにつれ、幾つまで増えるか予想は出来なかった。最悪、霊場恐山一帯全てが“門”となり、異界――地獄と思しき時空間となってしまうだろう。
「……そうなれば、超常体に脅えるどころではありませんね」
 需品科隊員の脅えるような呟きに、白鷺は頷くしかない。
「……魔法少女番組撮影班の子達が何か掴んだという話だが」
「――そういえば、彼女達の番組名決まったんですってね? こういう状況で不謹慎かもしれませんが、放映されるのが楽しみですよ」
 無理矢理にでも笑顔を作る需品科隊員。白鷺も笑みの色を濃くすると、
「――その為にも頑張らないといけませんね」

 着ぐるみ姿以外が想像付かなくなった魔法少女番組撮影班長、兼・マスコット役、兼・マネージャーの 姿南・久万美[すがたな・くまみ]三等陸曹がホワイトボードに書き込む。
「……と言う訳で、当番組企画にして撮影班の正式な呼称は『魔法少女 マジカル・ばある』に決定しました! 応援してくれる視聴者の期待に応えるべく、撮影等を一層頑張らなければなりません!」
 拳を振り上げる久万美に対して、主役の三人娘は呆れたような口調で、
「……久万美。あなた、キャラが変な方向性に行っていません?」
「というかアンケートに答えてくれる人がいたのね」
「最悪、また次回に持ち越しだと思っていましたけど」
 口々に率直な意見を述べる三人娘に、久万美は人差し指を突き付けてシャーラップ!と叫ぶ。
「いいから、ドガーンと戦って、バシッと撮影して、さっさと番組の制作を終わらせますよ!」
 変な風にハイテンションな久万美の様子に、戦場での相方でもある 遠野・薫(とおの・かおる)二等陸士は大きく溜息を吐く。
「……アレね。番組名が正式に決まった事で、あの着ぐるみ姿とかから逃れられないのよ」
「つまり自棄かしら、あのハイテンション」
 桃山・城(ももやま・しろ)二等陸士の指摘に、久万美が固まり、そして次の瞬間には崩れ落ちた。何か泣き言を漏らしている気がするが、空耳だろう。
「……まぁ正式名が決まろうが、なかろうが、私達、撮影班が解散する事はありませんけれどもね」
 田中・国恵(たなか・くにえ)二等陸士の駄目押しにも似た呟きに、久万美が潰れる。『魔法少女マジカル・ばある』には強力な支援者が付いている。第9師団長が、その1人だとは有力な噂だ。このロリペド野郎……もとい紳士め!
「とはいえ、現状では撮影どころじゃない気がしますけれどもね」
 国恵の苦笑に、桃山も合わせる。
「もうちょっと、敵の出現場所が固定されていれば、設置型の爆薬で演出出来るんですけどねー」
「……いや、国恵が言いたいのは、そういう事じゃないと思うけど」
 薫が冷静にツッコミを入れるが、桃山はどこ吹く風だ。溜息を吐くと、薫は地図の幾つかを指し示し、
「――現状空いているのは、ここ。地脈というか氣の流れの乱れから次に開きそうなのは、あちらと、そちら……といったところね」
「あら。では施設科や武器科と相談してみますわ」
 喜色満面で天幕を出て行く桃山の背を見送りながら、
「……しかし、結局、他の場所で根本的な対応がされるまでの、対処療法に終始するのね」
 薫は大きく溜息。同感だとばかりに国恵も、
「難しい調査は出来ないし、神仏相手に思うところは特にないし、結局のところ、ここで頑張るしかないんですわ」
 そして上目遣いに薫を見ると、
「正直言って、そろそろ飽きてきましたわ。けれども頑張って防衛しますわよ。……でも本当に対処療法しかありませんの?」
「地蔵菩薩――ヤミー様が言うには『異なる時空を括ると共に聞き入る巫の力を司る御方の助けを得られれば……』らしいわよ」
“門”の向こうで超常体の群れの突破を押し止めようとしている比丘尼姿の存在 ヤミー[――]。此方の世界では地蔵菩薩に相当する存在だと思われた。
 ヤミーという名は、古代インド神話にまで遡る。バラモン教の聖典『リグ・ヴェーダ』によれば、兄ヤマと共に人間の祖とも言われる。人間で最初に亡くなった事で死者の国の王または神となったヤマは、中国や日本に伝えられて、道教や仏教の影響もあり、地獄の王にして裁判官たる閻魔王と知られる事になる。
 またヤマ(Yama)は「縛、雙世、雙王、静息、遮正、平等」等と和訳され、“縛”は罪人を捕縛する意、“雙世”は彼が世中、常に苦楽の2つの報いを受ける意、“雙王”はヤマとヤミーの兄妹一対で2人並びたる王の意、また“平等”は罪人を平等に裁くとの意だ。
 更に日本では、地蔵菩薩と同一視される。或いは地蔵菩薩を本地仏とし、閻魔王は化身とされた。地蔵菩薩の伝承としては、かつて古代インドにいた2人の王の話がある。2人は大変慈悲深く、1人は自らが仏となる事で人を救おうと考え、一切智威(成就)如来という仏になった。だが、もう1人の王は仏になる力を持ちながら、あえて仏となる事を拒否し、自らの意で人の身のまま地獄に落ち、全ての苦悩とさ迷い続ける魂を救おうとしたという(※ここで言う仏とは狭義的な「如来」の事を意味し、菩薩や明王・天を含めての広義的な「仏」の事ではない)。
 閻魔大王が兄妹神であり、また地蔵菩薩と同一視される事、そして伝承。地蔵菩薩は比丘尼(女性人格)とされる事から、兄であるヤマが閻魔天となり、妹であるヤミーが地蔵菩薩となったと解釈も出来る。
 さておき、薫の言葉に頷くと、国恵は難しい顔をしながら、
「……でも、ヤミー様が信頼出来るとしても『異なる時空を括ると共に聞き入る巫の力を司る御方』に関して手掛かりがありませんわ」
 もしくは自分達が見過ごしているだけか。東北方面だけでなく、神州各地に耳目を広げれば手掛かりを拾えるかも知れない。
「……対処療法に終始するだけでなく、他の場所で根本的な対応がされるのを待つだけでなく、いざとなれば私達自ら動かなければなりませんわね」
「移動の問題ならば、白鷺准尉を駆り出せば、距離や時間については解決するわね」
「でも、ここの護りは?」
「2個中隊もいるから直ぐには陥落しないと思うけれども。でも“門”が増えたら、どうか判らないのが問題だわ」
 決断するのは早い方が良いという事か。兎に角、国恵は大きく伸びをすると、
「何にしろ戦力が増強されたのは喜ばしい事ですわ。支援を受けましたので、何かお礼が必要ですね? 何か、こー、少し考えてみましょうか?」
 だが薫は薄く笑うと、素っ気無く答える。
「……投げキッスでも撮影したテープでも送れば充分じゃない?」

*        *        *

 先日に到達した8合目の弥陀ヶ原の月山中之宮(御田原神社)。羽黒山の開放時に得ていた月影鏡を試しに掲げてみても、月讀の声は最早聞こえてこない。頂を仰ぎ見て、黒川は88式鉄帽を被り直すと、足を踏み出した。
 相変わらず惑わしや迷いの光景が視界に広がるが、黒川が払うような仕草で右手を振るうと、風に流されて雲間に陽射しが差し込むように、或いは霧が晴れるように、正しき道が示される。身を屈めながら、周囲に目を凝らしていた勇吉がハンドシグナルを送ると、後続する第610中隊の面々は89式5.56mm小銃BUDDYを構えて従う。
 高原植物の宝庫とされる弥陀ヶ原(※御田ヶ原)の湿原には花が咲き乱れているが、ソレ等の見事な群落に目を遣る余裕も無く、息を殺すつもりで山頂を目指した。そして2時間も歩いたところにある仏生池にて、一同を“彼女”が出迎えた。
 BUDDYを構える一同に、黒川が手で制する。遠目からでも生きているような質感や息遣いを感じてしまうが、間違いなく光が生み出した幻だ。
「――幻影とはいえ単騎で出迎えかい?」
「本音を申し上げますと、お帰り頂きたいのですが。欲を付け加えますと、羽黒山にあった月影鏡もお返し頂ければ助かります。――お持ちなのでしょう?」
 男女を問わず、心揺さぶるような妖艶さを醸し出した美声で返す“彼女”――ミズクメ。維持部隊のものと同じ戦闘迷彩II型を着込み、能面で言う『小姫』を被る。肌は絹のように白く、流れる髪は金糸のよう。今、絶世の美女は誰かと問われれば十中八九がミズクメを上げるだろう。『小姫』の面で顔を隠しているが、それだけの圧倒的な存在感を示していた。
「……だけど、それも祝祷系の力じゃないのかい?」
 黒川の指摘に、ミズクメは鈴を転がしたような可愛らしい笑い声を上げる。
「そうと仰られるのであれば、反論の余地はございませんね。――御挨拶が遅れました。私めはミズクメ。御眠りあそばす月讀様より出羽三山の領を預かりし、来津寝(キツネ)にございます」
「これは、これは御丁寧に……」
 皮肉めいた笑みを浮かべながら第6107班長が名乗り返した。ミズクメは頭を垂れると、
「今、再度にして最後になりますお願いです。今しばらく――あと半月程の猶予を頂けませんでしょうか? さすれば、月讀様の御力をお借りした楽土――人に混じる事も出来ず、されど力弱きが故に戦う事も出来ぬモノ達の安寧の隠れ里――マヨヒガが誕生するのですから」
 そしてミズクメは黒川に視線を移すと、
「……黒川童子。貴方に何も告げずに隠れるように計画を進めていました事に深くお詫び申し上げます。でも、貴方に声を掛けるには、貴方は余りにも人の世に――人の戦いに身を置き過ぎていました。ですが、その躊躇いが今の不幸な行き違いを生み出してしまったと言えましょう。本当に申し訳ございません」
 頭を深々と下げてきた。しかし黒川が口を挟む間も与えずに、ミズクメは言葉を続ける。
「マヨヒガが形作れれば、最早、否応無く人の世の争いや、外津神の狂った『遊戯』に巻き込まれる事はなくなるでしょう。そして互いに傷付け合うような不幸な事も無くなります。神州各地で逃げ惑うしかなかったモノ達にも、ようやく声を掛け、招き入れる事が出来るのです」
 その為にも、今しばらくの猶予が欲しいとミズクメは訴える。
「……なお誤解があったようですが、完成もしていないシェルターに『安全』と偽って呼び寄せる事は出来ませんよ? 私共は他者を受け入れないとは一言も申しておりません。『未だ其の時ではない』と申し上げていただけです」
 だが少しだけ悲しそうな響きを含ませると、
「……とは申し上げても、これで黒川童子を説得出来るとは思っておりません。貴方はソレ程までに頑迷な御方。それが出来ていましたならば、イワテもクレハも苦労はしていなかったでしょうから」
「……だね。何だか、ぼくだけが悪いみたいな言い方だけれども、まぁ青臭い議論の遣り取りの場合、そうなるのも仕方ないか。……とにかく終わりにしよう」
 黒川の言葉に、ミズクメは然りと頷いた。
「……ところで、何故、“ぼく”なんだい? キミの言葉は、まるで“ぼく”だけに言い聞かせるようだった」
 周りを第610中隊に囲まれながら、また部隊を預かる班長や小隊長は別にいる。だがミズクメは、まるで黒川が代表者のように話をしていた。
 黒川の指摘を受けて、ミズクメは溜息を吐く。重々しくも悲しい溜息だった。
「……私は『遊戯』もしくは『黙示録の戦い』について、他より多少は見知っているのです。外津神々に“認められた”訳でも、天之御中主様に“お約束を頂いた”訳ではございませんが……其れでも『遊戯』の指し手であり、駒でもある事を自覚している身なのです」
 そして、凍り付いたように動きを止めている周囲を見渡しながら、
「――この場にいるもので『遊戯』に抗う資格と力を得る事が出来る可能性を持つモノは、今や貴方だけなのです、黒川童子。そこの娘は……残念ながら資格と力を得る可能性を失い掛けておりますので」
 そう呟きながら、ミズクメは麗華を視線で示す。
「つまり……今この場においては、貴方だけが選択の分岐に立つ特異点なのですよ、黒川童子」
 だから貴方が出羽三山の行く末を握る。ミズクメは視線で訴え掛けてきた。黒川は頭を横に振ると、
「それもまた惑わしだね」
「……ですね。事実は1つ、されど真実は己の心それぞれの内に。――それでは存分に掛かって来られませ」
 言葉を最後にミズクメの姿が掻き消える。黒川は深く頷くと、部隊指揮官に合図を送った。
「ここから先が決戦となるよ! 警戒を密に!」

 頂へ近付くに連れて、妖怪達の姿が目視出来るようになってきた。最早、互いに隠密行動する空気も無く、ただ交戦への緊張感が増していく。第610中隊が頂上の月山神社本宮と頂上小屋を捉えた時には、多くの妖怪達が護りを固めていた。
『 ――通告。武装を解除し、降伏せよ。諸君等が何を計画しているのか検分させてもらう。抵抗するならば容赦はしない』
 小隊長の言葉に、妖怪達を従えるミズクメは『小姫』の面を外して、美貌を晒すと、
「……御忠告致します。これより先は我等も譲れぬ領域。速やかにお戻り頂きますよう、重ねてお願い申し上げます。さもなければ――」
 ミズクメの言葉に合わせて、妖怪達も武器を構える。木を削った槍や棍棒、石や金属を研いだ斧や刀が大半だが、中にはよく手入れが行き届いたBUDDYや64式7.62mm小銃を構えるモノも少なからずいた。
「……黒川士長。私には因縁についてよく判らぬが、戦いともなれば手加減出来ぬ」
 憑魔蕨手刀『大通連』に手を遣りながらの鈴鹿の言葉に続くように、麗華もまた小さい鎚を握り締めた。火薬を減量した弱装弾の使用も検討されたが、相手は憑魔に似た力を使い放題の妖怪。威力も並みの魔人を上回る事もある。
「……銃、構え。目的は抵抗集団を排除し、月山神社本宮を確保する事」
 咽喉で唾を飲み込む音が聞こえる。妖怪達も汗を額に浮かべていた。
 そして……戦闘状況が開始された。どちらが先に緊張状態に耐え切られなかったのかは判らない。それ程までに、すぐに状態は混戦模様と化したからだ。
 能力をほぼ無尽蔵に発揮出来るとはいえ、やはり銃撃は恐ろしい。本能的な恐怖といっても良い。妖怪達は真っ先に弾幕を突破して接近戦を挑んできた。クレハ達が放つ火炎や氷雹の支援を受けて、銃撃にも致命傷の危険性が低い操氣系や異形系のモノが吶喊してくる。弾幕を張るが、1体だけでも突破されたら、戦線は崩壊する。続いて乗り込んできた強化系の妖怪が暴れ回り、幾人もの維持部隊員が薙ぎ倒された。
「――麗華。背中は任せた」
 鈴鹿は大通連を振り払うと、妖怪達の得物を斬り捨てていく。氣を張って炎の中を掻い潜り、敵陣を切り開く。麗華は苦笑しながら、
「任せた……って、また無茶を」
 だが気心の知れた仲。麗華は強化された体躯でもって鈴鹿をつつがなくフォロー。胸甲に寄生した憑魔が妖怪達からの損傷を和らげてくれた。
 ミズクメが両手を軽く払うと、それだけで距離に関係なくドミノ倒しのように維持部隊員が崩れ落ちる。中には大きく吹き飛ばされ、背中を地面で強打した者もいた。
「――光だ。しかも圧倒的な質量の!」
 可視光線とは電磁波の一種だ。波動と粒子の二重の性質を持つ、量子だ。文字通り、光速で放たれた粒子は微細な量でも莫大な力を生み出す。それがミズクメの見えざる攻撃の正体。黒川も光を操る力を持つからこそ、ミズクメの攻撃手段が何とか把握出来る。だが一般の隊員では為す術も無いだろう。
「光は波動でもあるから、屈折するよ」
 黒川の言葉に心得た白山が氷の欠片でミズクメを包み込んだ。ミズクメの放つ光波に吹き飛ばされるだろうが、周囲への攻撃は緩和される。そして、
「――いまだ!」
 氷片の檻に閉じ込められているうちに、黒川が力を放った。オーロラが彩り、光と氷の攻撃がミズクメを襲う。だが、
「やったかな?」
「……生憎と。攻防一体、それが私めの技――光波陣。今風に申し上げればですが」
 ネーミングに恥ずかしそうに頬を染めながらも、ミズクメは無傷。淡く燐光を身にまとった白い肌には汚れ1つ見出せなかった。
 とはいえ妖怪達と人間側では数が違う。妖怪の能力は強大だが、少なからずとも魔人もいる。戦局は次第に妖怪達を圧倒し……ていくはずだった。傷付いた妖怪達を庇うかのように、黒川達の攻撃を涼風のように気にも留めずに、優雅な物腰でミズクメは戦場の中心へと歩みを進める。
「――もしかしてミズクメ1体で中隊全てを相手に出来るというの?」
 思わずの呟き。聞きとがめたのかミズクメが困ったような表情を浮かべる。
「まさか。流石に、複数の威丈夫等に接近戦を持ち込まれましたら、私ではとてもとても。ですが、そのようにならないよう……」
「アタシがいるのよ」
 ミズクメに接近戦を挑もうとする鈴鹿と麗華。放たれる光の波動も氣力で耐えたものの、クレハの攻撃が邪魔に入り、ミズクメに中々届かずにいた。そしてミズクメが大きく手を広げると、光が放たれた。余剰分のエナジーが可視領域として顕れた光量子は、オーロラにも、翼にも似た美しさとなった。
「だが、それは……危険極まりない美しさだね」
 ミズクメ1体で戦況が決定されたとしても過言ではない。月山調査の部隊員の過半数が一撃で戦闘不能に追い込まれた。撤退の指示に黒川達は従うしかない。
「……ミズクメ、玉藻御前。日本三大妖怪に数えられているのは伊達じゃないという事だよね」
 歯噛みしながら、黒川は呻くのだった。

*        *        *

 需品科の到着により食生活は驚く程に向上した。通称「缶飯」や「パック飯」と呼ばれる戦闘糧食I型やII型だけでなく、豊富なメニューが配られる。美味しい料理に舌鼓を打っていた国恵達だが、
「――来るわ」
 デザートのプリンを食べ終え、口を拭っていた薫が静かに呟いた。遅れて、同じく操氣系の魔人や当番中の歩哨により、警戒喇叭が吹き鳴らされた。休憩していた者達もBUDDYを掴み、或いは各々の接近武器を握ると担当場所へと駆け出す。班長による点呼があちらこちらから上がると、緊張の面持ちで宇曽利湖の方を見遣る。
「――暖機が済み次第、離陸を開始します。上空から戦況を把握して本部へと適時報告すると共に、普通科の要請に応じて援護です。以上」
『 ―― Roger.』
 部下達の返答に頷くと、白鷺は愛機の搭乗席に乗り込む。最初に霊場恐山に来た時は大仰だと苦笑されていたが、“門”の数と規模、そして広範囲の出現に、白鷺達のブラックホーク3機には絶大な信服が寄せられていた。
「――平時下では無用の長物と馬鹿にされていたものですがね」
 とはいえ、4月から神州各地で起きている大規模な超常体の騒動を喜ぶ訳にはいかない。兎に角も平穏を取り戻す為に、眼前の任務をこなすだけだ。
「……機長、離陸問題ありません!」
 部下の言葉に頷くと、白鷺はブラックホークを空に舞い上がらせる。
 地上でも銃架や、狙撃点に辿り着いた桃山達が照準眼鏡を覗き込みながら待ち構えていた。
「――ヤミー様の力は弱まっていますの?」
 国恵の質問に、薫は軽く頷く。
「向こうの状況はよく判らないけれども、ヤミー様おひとりで超常体の暴走を押し止めようとしているみたいね。ヤマ様――閻魔大王は元凶を何とかしようと動いているみたいだけれども」
「他に仏尊系の助けは?」
「……どうかしらね。基本的に『遊戯』に関して釈尊様をはじめ如来の御方達は非干渉を努めているみたいだから。解脱なされた御方達には『遊戯』もまた現世に生きるモノへと課せられた試練か修業のようなものだと思われているのかも」
「……来世利益に走りたくなりますわね」
 さておきヤミー1柱だけが“門”を塞ぎ、暴走を押し止めようとしても、いずれは無理が来る。神仏と言われ、無尽蔵の愛を湛えていようとも、力には限りがある。疲労が蓄積し、そして“門”は広がる一方だ。
「やっぱり、誰か“此方の世界”の『異なる時空を括ると共に聞き入る巫の力を司る御方』を探しに行った方が良かったんじゃないかしら?」
「何を今更……兎に角、今はこの場を乗り切るのみ!」
 そして更に増えた“門”から超常体の群れが溢れ出てくる。餓鬼や獣頭の獄卒鬼共。予め仕掛けていた爆薬が炸裂し、指向性対人用地雷M18クレイモアが含んでいた鋼球を撒き散らす。
「――モモ☆モモ☆ファイヤー!」
 桃山が必殺技を唱えると、いつの間にか出来ていたのか応援団が歓声を上げる。そして96式40mm自動擲弾銃から発射された対人対戦装甲擲弾が“門”から溢れ出てくる超常体の群れを吹き飛ばした。
「――それでも数が多い」
 薫の呟きに、国恵が目を見張る。爆薬や地雷、擲弾の雨嵐を浴びながらもなお超常体は押し寄せてくる。大量の数を減らしたものの、“門”の数は多く、また広範囲に渡っている。また“門”それぞれの規模自体も大きくなっており……
「……でかっ!」
 観測していた久万美が驚きの声を上げた。“門”の1つから5mを超える獄卒鬼が姿を表した。
「……象は蓄獣でしたかしら?」
「昔の地獄よりメンバーも豊富にして、パワーアップしたんじゃない? ソレを言うならば獅子も畜獣じゃないし。……いずれにしても的が大きくなっただけよ」
 XM109ペイロードライフルの照準眼鏡で捉えると、薫は冷静に象頭鬼を撃ち抜いていく。残るは回復したヤミーが超常体を押し止めてくれるようになるまで状況を持ち堪えるだけだ。
「他の大物も、白鷺さんのブラックホークが片付けてくれますわね。また私の出番が無くて良かったのか、悪かったのか……」
 国恵の言葉に、同じく接近戦メインの維持部隊員達が苦笑する。『マジカル☆ばある愛』という腕章を着けているような気がするが……無視しよう。
 兎に角、敵の勢いも失われ、膠着状態とはいえ戦況が落ち着き始めたと思われた。だが――
「……高位下級クラスの超常体が出てくるわよ!」
 薫の警告に、一同が凍り付く。獄卒鬼を上回る強敵が溢れ出てくる事に驚きを隠せない。そして“門”から姿を現したのは、
「……羅刹沙に、羅刹斯ですって!」
 全身は青黒い肌で、髪の色だけが赤い。悪鬼羅刹と称され、また牛頭馬頭と同様に獄卒鬼とも称せられる。だが力量的には間違いなく上の存在だ。その雌雄が数組。驚く程の動きで弾幕を突破し、鉄条網やバリケード、塹壕を乗り越えてくると、刃にも似た鋭利な手足で銃撃手を薙ぎ払ってきた。肉薄する羅刹に対して応戦を開始する接近戦要員達。
「……まさか私の出番がくるなんて思いませんでしたわ。嬉しくありませんけど!」
 ドレスに寄生している憑魔が氣を身体へと張り巡らせる。強化系魔人でようやく対等と思える羅刹の動きにも、国恵は喰らい付いてみせる。体術と〈吸氣〉で以って相手の勢いを殺し、
「必殺! マジカル・ペイン――アウトブレイク!」
 接触した部位から一気に腐食し、羅刹を絶命に至らしめる。国恵を強敵と認めたのか、他の羅刹共が警戒して距離を置き始めた。だが少しでも動きが止まってしまえば、
「――マジカル・ジャベリン『トゥルー・フレイム!』」
 桃山の手から渦を巻いた炎の槍が放たれ、鉄をも溶かす高熱が羅刹を焼く。また近距離にも関わらず、薫がXM109で撃ち抜いていく。
「……いや、どちらも周りの味方を巻き込む恐れがあるんですけれども」
 冷や汗垂らしながらの国恵のツッコミ。だが薫は悪びれず沈着冷静に、
「――ドンマイ」
「それ、自分で言っちゃ駄目ですわよ!」
 さておき羅刹は大きく退くと、再び“門”へと戻っていった。追い討ちで狙撃したものの、何体かは逃してしまう。そして“門”の輝きも落ち着いたが……
「――固定化した“門”が増えましたわね」
「そして人身獣頭鬼と違って、羅刹は頭が良く、より組織的に動くようですわよ?」
「……声も聞こえ難くなっている程、ヤミー様の力は弱まっている」
 何か手を打たなければ、霊場恐山は“門”から溢れ出した鬼達が支配する地獄と化す。その予感に、国恵達だけでなく多くの維持部隊員が戦慄するのだった。

*        *        *

 胆沢城は、田村麻呂が延暦21年(802年)に造った城柵だ。新征服地の城としては、翌年これより北に志波城が築かれたが、間も無く征討は中止され、また度々の水害の所為で弘仁3年(812年)頃に小さな徳丹城に移転したと云われている。これによって後方にある胆沢城が最重要視されるようになり、約150年に渡って鎮守府として機能したとされる。
「……発掘調査によれば、総面積は約46万u。外側から幅3から5mで深さ1.5m堀があったそうだよ」
 神代の説明に、周囲を見渡す小島達。更に築地(ついじ)と呼ばれる高さ3.9mの土で固めた塀と、内側にも堀があるという外郭線で囲まれていたという。
「……とはいえ、今では更地に近いですね。操氣系の能力でもあれば何か怪しい処でも発見出来ると思いますけれども」
 綾の嘆くような呟きだが、聞かぬ振りして静寂は相変わらずの細目で地面を探っている。
「……何か面白いものでも落ちていた?」
「幾つかぁ〜重い物で固められた様な跡がぁ微かに見受けられますけれどもぉ」
 但し敵の工作によるミスリードの可能性が高いと静寂は注意した。
「少なくとも〜憑魔核が〜反応するような〜強大な力は〜感じられませんねぇ」
「並の超常体程度ならば、もう反応しなくなりましたからね。……静寂さんの所為で」
 静寂の近くにいると、憑魔核から不思議に疼痛に似た刺激を受ける。だが一ヶ月以上も行動を共にすると刺激に慣れ、感覚が麻痺する。瀬織津姫は別格として、那賀須泥毘古ぐらいの大物でなければ、憑魔核が反応しなくなってきているのだ(※正確には超常体の存在に反応し、憑魔核は覚醒している状態だが、刺激を感じなくなってしまっている)。
「わたくしだけの所為では〜ないと思いますが〜。命さんも〜そうですしぃ」
 静寂が小島も一蓮托生とばかりに責任を負わせようとするが、もしも超常体が接近してきても綾や神代が憑魔核の刺激で気付かないというのには変わらない。
 案の定、防護マスク2型で顔を隠し、武装した完全侵蝕魔人が周囲を詰めてくるのに気付いたのは、実力行使しなければ突破不可能という距離に入られてからだ。敵はキチン質に似た外皮をした異形系のヤツカハギ(八握脛)が3体に、ちょっと距離を置いて額に角のような憑魔核を生やしたヤト(夜刀)と呼称される操氣系が1体。
「とはいえ毎度、同じパターンで辟易するのよね」
「調査して、ハズレを引いて、でも敵が現れて……ですものね」
 愛用の64式7.62mm小銃を構える綾。ヤツカハギは手にした9mm機関拳銃エムナインで制圧射撃を試みてくるが、
「ばぁりぃ〜あ〜」
 静寂が空間を湾曲させ、全ての9mmパラペラムを弾く。護られている間に、覚醒状態でも充分に身体強化された綾と神代、そして最初から制限の無い小島がそれぞれヤツカハギへと肉薄し、剣や拳で倒していく。
「憑魔核を潰さないと、また次も出てくるわね、この子達。……心臓の辺りだったかしら」
 固めていた拳を変えると、掌底で胸部を打つ。浸透した衝撃は内部で爆発し、全身の穴から血を噴出してヤツカハギは絶命した。
「よし、このまま行くわよ、光ちゃん!」
 意気揚々と声を上げる小島だったが……次の瞬間、何かに吹き飛ばされて尻餅を着いていた。水風船が弾けるような音と同時に、頭から液体を被る。遅れて砲撃に似た銃声が轟いた。
「……いったい何が?」
 眼前に残る敵を無視して、静寂の方へと振り返る綾。何だか周りが赤く染まって見えるのは気の所為か。
 ――そして悲鳴が起こった。
「全員、撤退! 身を低くして何か遮蔽物のあるところへ……ああ、でも並の厚さでは駄目!」
「え……えーと、一体、何が?」
 背中の光景に混乱し、状況の把握が困難となっている神代が小島に呆然とした口調で問い掛ける。慌てて神代と綾の手を引っ張ると、全速力で小島はその場から逃げ出した。静寂だったモノは……破裂したトマトのようになっていたから。
「――恐らくは対物ライフル。強弓の名手たる那賀須泥毘古様は得物を銃に変えて、200m以上の距離から狙撃してきたんだわ!」
 空間湾曲といえども、ソレを上回る“力”を弾く事は出来ない。そして小島達の油断が決定付けた。
「瀬織津姫様の忠告がようやく判ったわ……『狙われ、そして姿を捉えられたら、其の瞬間に死んだと思え』。対物ライフルに狙撃されたら、私達では為す術もない」
「そして……静寂さんが亡くなり、どうすればいいんですか? これから!?」
 綾の悲鳴に似た問い掛けに、小島も神代も答えられなかった。ただ、破裂した静寂の身体と共に飛び散った紙片が風に舞うのみ……。

   唾(つばき)し はぎしりゆききする
   おれはひとりの修羅なのだ
        ――宮沢賢治『春と修羅より』――

 

■選択肢
SiB−01)青森・霊場恐山にて死守
SiB−02)山形・月山にて激戦乱闘
SiB−03)山形・湯殿山で主張貫徹
SiB−04)山形・鳥海山へと寄り道
SiB−05)岩手・荒吐の居場所探索
SiB−06)宮城・仙台で荒吐に関与
SiB−FA)東北地方の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 なお霊場恐山や出羽三山では、強制的に憑魔の侵蝕率が上昇する事もあり、さらに死亡率も高いので注意されたし。また荒吐関連で動く場合も充分に警戒せよ。
 なお玉川士長と佐伯三曹(のPL様)と同じく小島二士(のPL様)が多忙により、NPC化申請を行っている。
 救援を必要とする場合は、アクションに明記する事。東北地方ならば要望に応えて何処でも馳せ参じてくれるだろう。要望がない、或いは多数の場合、玉川士長は出羽三山関連、佐伯三曹・小島二士は荒吐連隊関連へと向かう。


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