同人PBM『隔離戦区・神邦迷処』最終回〜 東北:西比利亜


SiB6『 両手で覆い隠す ―― 冥 ―― 』

 草いきれで鼻に付く路無き山道を、3つの人影が駆ける。隔離以来、超常体と共に運ばれた草木が根付き、元の植生に加えて雑多な光景が周囲を押し潰していた。
 先頭を走るのは場にそぐわぬ、黒白のゴシック&ロリータ風に改造されたボディアーマーを着用する少女。神州結界維持部隊・東北方面音楽隊・魔法少女番組撮影班『魔法少女 マジカル・ばある』の主演の1人である 遠野・薫[とおの・かおる]二等陸士は、外見は十歳前後の年端も行かない少女だが、其の実は大の男も弱音を吐くレンジャー訓練課程を終えている。
 薫は永の経験と厳しい訓練から学んだ知識と技術を駆使して、後続を危なげなく誘導していた。相棒を務めてくれていた 姿南・久万美[すがたな・くまみ]三等陸曹の死を嘆く、見た目相応の少女の姿はなく、冷徹な狩人然とした表情だ。
 薫の誘導に従い、これまた武術家然とした足運びで白髪の少女―― 小島・命[こじま・みこと]二等陸士が続いた。小柄で華奢そうな身体つきではあるが、胸は豊かと言えなくもない。だが注目すべきは身長程もあるXM109ペイロードライフルを担いでいても尚、足運びに余裕がある事だろう。見た目と、また其れにそぐわぬ剛力故に“白髪鬼”と異名を持つ。
 2人に若干遅れながらも、後背の警戒に余念がないのは神代・光[かみしろ・ひかる]二等陸士だ。身体のラインが現れるスニーキングスーツと、ポニテを揺らした可愛らしい外見の持ち主は、だが今は緊張を維持したまま警戒を怠らない。恋人でもある、小島の教育の賜物といえよう。
「……しかしゴスロリ衣装は、戦闘服より目立つわね」
 改めて見直すまでもなく、薫の美を際立たせるような魔法少女の衣装は、逃避行に向かない。其れでも、
「安全性を考えると、此れが一番だから」
 少しだけ顔を振り向かせると、抑揚の無い声で薫は応える。ゴスロリ衣装だけでなく、冬季個人携行装備には多くの改良が施されている。小島と神代のスニーキングスーツも似たようなものだ。支給されている戦闘服よりも余程、安全と言えよう。
「……命、追っ手が近付いてきたよ」
 後方を警戒していた神代の言葉に、薫と小島は頷き合う。薫が意識を集中して、3人の気配を覆い隠した。見た目、白黒というがゴスロリ衣装も逃避行で、血や汗、泥、そして植物の汁で斑に汚れている。息を潜めて待ち構える。
 後方から草を掻き分ける音が近付いてくる。ボディアーマーを着込んだ戦闘迷彩II型。防護マスク4型で顔を隠しているが、特徴的なのは紺の脚絆と手差し。NEAiR(North Eastern Army infantry Regiment:東北方面普通科連隊)――通称『荒吐(アラハバキ)連隊』のモムノフ(桃生)と呼称された荒吐連隊の異形系魔人兵達は89式5.56mm小銃BUDDYを構えながら慎重に歩んでくる。隊長格は額に角のような憑魔核を生やした操氣系のヤト(夜刀)だ。眉間に皺を刻んで気配を探っているようだが、
「――白髪鬼は近接格闘の達人だ。また『マジカル・ばある』のメンバーは、いずれも実力者という話だ。外見に惑わされるな」
 ツーマンセルの基本を崩さず、周囲を警戒しながら近付いてくる。よく訓練されていると判断した。
「……どうやら此の付近には潜んでいないようです。もしくは先に進んだか」
 部下の言葉に、ヤトの顔が歪む。
「上田士長が追跡に加わってくれていたらな。あいつ、目端が利くから追跡も楽だったんだが」
「出羽の方へ向かったんでしたっけ?」
「上田士長だけでなくヤツカハギの多くが、彼方此方に出向している。我等が女神を護衛するにも数が必要だしな……さ、無駄口は終りだ。追跡を続行するぞ」
 荒吐の追跡部隊は、潜んでいる薫達に、幸いにして気付く事無く先へと進む。彼等が充分に離れたと見計らい、小島達はルートを変えて再び逃避行に入った。
「……逃げるんでなく荒吐を打ちのめした方が良かったかもね」
 最大の障害であった 那賀須泥毘古[ながすねひこ]の死は確認した。久万美の死と引換えにして、確かに薫が那賀須泥毘古の命を奪ったのだ。ヤツカハギやモムノフが東北鎮圧に出向いているのならば、荒吐[あらはばき]を倒す好機と言えなくも無い。だが、
「……どうやって? 相手は本物の神よ? 超常体の親玉――名ばかりの主神クラスとは一線を画す。しかも日本土着の旧き神。まつろわぬモノの、真の主神クラスが1柱」
 小島の呟きに、薫が冷たく応じる。直接的に邂逅したのは僅かであったが、其の存在感から、小島も薫も本能的に理解した――再び封じる事は出来ても、倒す事は不可能に近いと。
「柱が立つまでは、未だ手立てがあったかも知れないけど……見付からぬ以上、達谷窟に戻るのは自殺行為よ。其れとも、荒吐連隊に加わる?」
 薫の言葉に、小島は肩をすくめた。そして話を変えるように頭を振ると、
「後手に回り過ぎた……否、初動捜査を静寂ちゃん任せっきりにしていたツケがきたのかもね。もっと早くから積極的に探索に意見していれば……」
 さておき、追跡を撒き、包囲網を潜り抜けるのは並大抵の苦労ではないだろう。
「青森まで行けば何とかなるだろうけれども……其れまでに疲労が極限を超えるわ。何処かで休みたいところだけれども……何か、安全な場所を知らない?」
「安全な場所ね……駐屯地は問題外だとして、一つだけ心当たりがあるけれども……但し味方とも言い難いのよね、瀬織津姫様」
 薫の問いに、大きく溜息を吐きながら小島は答える。とはいえ最寄で匿ってくれそうなところといえば、早池峰の八十禍津日―― 瀬織津姫[せおりつひめ]ぐらいしか思いつかない。せめて中立である事を祈ると、仕方なく向かうのだった。

*        *        *

 九州・熊本の天草にて叛乱を起こした 松塚・朱鷺子[まつづか・ときこ]――否、“処罰の七天使”が1柱“神の杖(フトリエル[――])”の爆弾発言、そして東北方面総監の 吉塚・明治[よしづか・あきはる]陸将の決起宣言に、維持部隊員達は茫然自失……続いて騒然と化した。自暴自棄になった一部の隊員達は、脱柵は未だ好い方で、最悪の場合、武器弾薬を強奪しようとする者も出てきたのである。
 だが秩序を維持する警務科も対応が早かった。衝撃から立ち直った警務科隊員達は犯罪者を無力化し、或いは説得等で拘束していった。
 秋田駐屯地もまた秩序が早く回復した場所の1つであり、第123地区警務隊第5小隊長の 長居・博人(ながい・ひろと)准陸尉の活躍が大きかった。が……
「――吉塚との線は薄いんですか?」
「薄いどころか、全くありませんね。爆弾発言や決起宣言に反応したとはいえ、彼等と直接的な繋がりはありません。飽くまで日本政府への反抗心から自暴自棄になっての反抗です」
 犯罪者の裏を調べていた部下の言葉に、長居は顔をしかめる。吉塚との繋がりが証明されれば、糾弾する材料に使えたのだが……。
「――隊長。神町駐屯地の安達准尉から連絡が来ています。如何致しましょう?」
「繋げて下さい。……お久し振りです、安達先輩」
 通信の向こうで、第124地区警務隊第3小隊長の 安達・要(あだち・かなめ)准陸尉が苦笑する。
『先輩は止してくれ。今では同じ階級の、地区は違うとはいえ小隊長の身分だ』
「其れでも先輩には替わりません」
 長居の言葉に、安達はまたもや笑ったようだった。
「神町の方はどうです?」
『 ――出羽三山の山狩りに、新たに部隊が加わった動きが観測された。だが第20普通科連隊長には挨拶無しだ。一応、山狩り連中に警告は送っていたが……』
 言葉を切ると、難しい表情になって、
『……神町の方でも警戒しているのだが、其の謎の部隊が駐屯地に仕掛けてはきていない。あるのは人生に自暴自棄になったバカが無計画にやっているぐらいだ。吉塚との線は見当たらない』
「それなんですが……捕まえた者に鼻薬を嗅がせて」
 だが長居が提案する前に、安達は遮る。
『 ――いい方法だと俺も思ったが、第124地区長が禁止した。今、内浦さんが呼び出されている』

 福島駐屯地。第44普通科連隊が駐屯する此の地もまた警務科隊員の活躍により、被害は最小限に抑えられた。だが最大の功労者である第124地区警務隊第2小隊長の 内浦・御舟(うちうら・みふね)准陸尉は上官に説明を求められていた。
「――貴官が隔離前から公安の激務をこなしてきた経歴と実績から来る働きには感謝している。だが必要外の情報戦は却下だ」
 普段から物腰柔らかな風貌の御舟だが、警視庁公安部や警察庁の公安課で叩き上げてきた情報戦の達人だ。今も毅然とした態度で作戦の説明をし、必要悪を唱えていたところだった。しかし上官は作戦の中止を言い渡した。
「……何故と問いかけたいのは解る。だが証拠を捏造してまでの情報戦は結果として裏目に出るだけだ」
 腕を組むと上官は目を細めた。
「……どうも貴官等は、荒吐を外来の侵略者におとしめて、吉塚を松塚――フトリエルと同じく売国奴にしてしまいたいのだろう。だが、其のような事実と異なる情報操作は、隊員達の反感を買う。今の混乱は、情報を隠蔽してきた日本政府への反感が大いにある。勘の良い者や学の有る者は『荒吐が日本土着の神』だと気付くし、知っているぞ。其処に情報操作や隠蔽を重ねて、どうする? ――最悪、各駐屯地の秩序は完全に瓦解する」
「では、地区長は放置しておけと仰りますの?」
「無論、警務科の全力を注いで、諜報や哨戒、警邏、情報収集等により、吉塚に与した連中だけでなく犯罪者の動きを事前に抑え、鎮圧や駆逐を行い続けてくれ。だが必要以上の情報操作は禁ずる」
 釘を刺してから、上官は内浦へ退室を促した。
「市ヶ谷は、……長船長官は荒吐について何と?」
「否定はしていない。勿論、吉塚の弁を認めてもいないが、但し『事実は受け止めるように』との事だ」
 どういう意味だろう?
「……ちなみに訊くが、本官を吉塚一派と疑っているかね?」
「――可能性はあると思っていますわ」
 御舟の返答。其れを聞いて、上官は満足そうに頷いたようだった。
「其れで良い。何事にも疑って掛かるのは良い事だからな」

*        *        *

 迷路のように掘られた塹壕を忙しなく伝令の通信科隊員達が行き交っていく。銃座に設置された12.7mm重機関銃ブローニングM2が断続的に火を噴いていた。弾幕を潜ってきた獄卒鬼を円ぴや銃剣で突き飛ばし、また近接戦闘が得意な者達が止めを差していく。腰まである長い黒髪を踊らせ、愛用の64式7.76mm小銃で打ち倒していくのは、佐伯・綾[さえき・あや]三等陸曹。涙目なのは、押し寄せる恐怖からではなく、
「……ふぇーん。正巳に逢いたいですぅ」
 最愛の弟を想っての、いつもの事だった。“泣き鬼”の異名を持つ綾だったが、其れでも破片手榴弾を駆使しての巧みな体術で覆い潰そうとする超常体の囲みを払い除けていく。
「――佐伯三曹、後退して下さいませ!」
 言葉に、綾は頷く間も無くバックステップ。綾に追いすがろうと集まってきた餓鬼や獣頭人身の獄卒鬼共だったが、故郷のよりも熱き炎を浴びて、瞬時に炭化した。
「広域必殺エクセレント・ボムですわ!」
 クラシックドレス風のボディアーマーに身を包んだ少女がガッツポーズを作る。白色ベースのデザインは残念ながら、度重なる戦闘で汚れや傷が目立つようになってきているが、『マジカル・ばある』主演3名の1人でもある、桃山・城[ももやま・しろ]二等陸士の人気を衰えさせるものではない。
「白ちゃんに格好悪いところ見せるな!」
「おい、バカ。気持ちは解るが、今は休んどけ。此処は俺が守る!」
 親衛隊を自称する者達がこぞって桃山の壁となり、超常体の群れを阻む。敵の流れが滞ったところに、綾といった別働隊が側背を突く感じで崩していった。更に――
「騎兵隊のお出ましだ!」
 回転翼機AH-1Sコブラが発射速度毎分680〜750発(切り替え可能)の20mm M197三砲身ガトリングで地上の超常体を薙ぎ払っていく。激しい迎撃に、餓鬼や獄卒鬼共は散り散りになって逃げ惑っていたが、
「……本命が来ましたわ!」
 法螺貝のような音が鳴り響き、打楽器が騒ぐのを聞きつけ、桃山の表情が厳しくなる。餓鬼や獄卒鬼は一瞬、怯え、続いて雄叫びを上げた。眼が爛々と紅く輝き、狂ったように再び押し寄せてくる。群れに紛れて狂騒を焚き付けるのは、羅刹沙(ラクシャーサ)に、羅刹斯(ラクシャーシ)という羅刹鬼。
『 ――防衛線を引き下げる。各自、生き残れ!』
 司令部からの指示に、言われるまでも無く、綾と桃山達は頷いた。

 霊場恐山での守備を務める、第5普通科連隊の第93中隊と第98中隊の司令部。臨時の処置として2個中隊の指揮を与る事になった第93中隊長は、幹部達を前に頭を抱えていた。報告に上がってくる度に、長机に広げられた地図に情勢が書き加えられていく。
「――最終防衛線が突破されるまでの猶予は?」
「前線は奮闘していますが、超常体の数と勢いは増していっています。よくて一週間ぐらいでしょう」
 予測に顔を上げると、東北方面航空隊・強襲輸送班長の 白鷺・純一[しらさぎ・じゅんいち]准陸尉や輸送科部隊長へと視線を向けた。
「折角、補給線を確保してくれたというのに申し訳ないな。最悪の結末を受け入れる準備をしておかなければならないようだ」
 即ち、霊場恐山からの撤退。白鷺と輸送科部隊長は無念の表情で頷くしかなかった。
「――報告によると“向こう側”で超常体を抑えていたヤミーの身柄が、敵に捕らえられたという。此れで敵超常体の攻勢も一気に増したのだが……」
 昔の人はこう言った――アニキ、戦争は数だよ!と。餓鬼も獄卒鬼も、現状の戦力で容易く撃破出来る。羅刹鬼も連携を保てば可能だ。魔人の隊員達に多少の無理をさせる事になるが、充分に撃退出来る。――尤も敵戦力の更なる拡大や増強がなければの話だが。
 ヤミー[――]が捕らわれ、また敵の指揮官格が現れてから、四六時中、敵は攻め寄せてくる。実際は敵も生物である以上、休息しているだろうが……無限とも言える数が、此方を打ちのめしていた。
「……補給が滞っていたら、昨日今日といわず全滅していたな。しかし、問題は――」
「敵の情報が少ない、ですか?」
 白鷺の言葉に幹部達は首肯する。敵の指揮官級らしき2体の存在は、互いを カラ[――]と シュールパナカー[――]と呼び合っているらしいが、
「――オカルト好きな部下から聞き出したところ、羅刹の王族とか。印度の叙事詩『ラーマヤナ』に名前が見受けられるらしい。……だが其れ以上の詳しい事は不明だ」
「印度といえば、伊豆半島が対応するのでは? どうして西比利亜に対応する東北地方――しかも下北半島に?」
「悪いが解らんよ。そもそも、ヤミーのいる世界と繋がった事自体、謎だらけだしな」
 兎も角と言葉を一端切ると、
「撤退準備に取り掛かってくれ。市ヶ谷からも『夏至の日までに作戦を終了ないし中断し、駐屯地や分屯地で篭城戦に移れ』という厳命が来ている。第9師団長も同意見だ。――宜しく頼む」
 第93中隊長の苦渋の言葉に、白鷺達は敬礼して応えるしかなかった。

*        *        *

 黄昏――誰そ、彼。
 薄暗い夕暮れを言い表すと共に「そこにいる彼は誰だろう。よく判らない」という不安な心象をも意味する。逢魔時(おうまがとき)或いは大禍時(おおまがとき)とも言われる通り、これより先は人に非ざるモノが出没する境界と言えよう。
 だが、今は人のみに非ずして、人に非ざるモノもまた不安な心持ちであった。外津國の超常体の活発化だけでなく、隠れ潜んでいたモノ達が露わになり、更には人間社会の混迷。妖怪と呼ばれる、神州古来の土着の超常体もまた不安の面持ちにあった。
「――翁よ。汝(なれ)には、九州にあった棲み処を奪われ、東北に流れ着いた我にとって、大変に世話になった。汝がそう言うならば、我も縁あるモノに対して声を掛け、また説得に尽力しよう」
 猫の女怪の返答に、室田・詩選(むろた・しせん)二等陸士は目を細めながら謝意を述べた。翁と呼ばれた通り、白髪で小柄な好々爺を思わせる風体だが、其の実は、かなりの齢を重ねた妖怪である。怪談『稲生物怪録』において日本を二分する勢力の持ち主である神野悪五郎と山本五郎左衛門。彼等の争いを仲裁したとされるモノが妖怪大翁と云われているが、室田もまた大翁に連なるモノであった。
 室田の呼び掛けに応じて、維持部隊に忍んでいた妖怪の多くが合力を約束してくれる。だが……
「しかし荒吐様を奉ずる吉塚の弁も正しい。そう思って隊を離れ、宮城や岩手に馳せ参ずる若いモノを止める事は出来ん。説得はするが、縛り付ける事は不可能じゃ」
 旧き妖怪の多くは、まつろわぬモノの末裔だ。「まつろわぬモノ」とは、特に天孫系日本神群を奉ずる大和政権に従わなかった民や神々の零落した姿だ。そもそも「まつろわぬ」とは、「服従する・従う」を意する「服(まつろ)ふ」に正対する言葉だ。仕方なしとはいえ嫌々ながら維持部隊に参加していた妖怪達も少なくない。松塚の爆弾発言を耳にして、人間社会に叛旗を翻したモノも出てもおかしくないだろう。
「……人間の方でも規律を厳しくし、警戒しておるから、容易に離反は出来ようもないが」
「室田殿が声を掛けてこなければ、正直、儂もどうしようか悩んでいたところじゃったわ」
 声を小さくして、妖怪達はざわめきあう。
「――ともあれ力を合わす事は約束しよう。月讀様が封印から解放なされるかどうかに関わらず」
 頷き合う妖怪達。見届けると室田は腰を上げる。
「我等は縁あるモノを説得しに、一旦戻るが……翁は何処へ?」
 問い掛けに、目をいっそう細めて笑うと、
「勿論、月讀様をお迎えに行くのじゃよ」

 同じ頃、月山神社を確保した部隊は、念の為に奥宮周辺域に天幕を張り、有事に備えていた。
「――出羽三山の残る封印は、湯殿山という事になるが。本当に少数精鋭で行くつもりか?」
「吉塚派の妨害がなされる可能性があるからね。少人数とはいえ速攻で挑むべきかと」
 第6偵察隊に所属する 黒川・大河(くろかわ・たいが)陸士長の返事に、東北方面警務隊本部付の 玉川・九朗[たまがわ・くろう]陸士長が唸る。
「確かに……吉塚派により警務隊本部は押さえられており、どうも月讀様――高天原の御方達に恨み持つモノ共が主流であるからな」
 日本政府と決別して、荒吐を奉じる独立した勢力で以って、外来の敵に対抗しようとするのが、吉塚の言い分だというのが九朗の見立てだ。荒吐は縄文系の主神クラスであり、伊邪那美と等しき旧き母神だ。おとしめられ、秘せられてきたが、氷川神社の門客神として信仰は生き延びてきた。当然ながら奉ずるのは、高天原に連なる大和政権より虐げられてきた祖――まつろわぬモノを持つモノが多い事だろう。
「仙台にある本部の様子や、神町等で警衛が吉塚派の動きに警戒した横の連携が取れているのが、中井一士の御蔭で判ったのは感謝する」
 九朗の礼に、中井・寒河[なかい・そうご]一等陸士が会釈する。白髪の十代半ばの少年で、通信科隊員として情報を整理するだけでなく、半妖の血により前線でも貴重な戦力だ。
 黒川は、中井と 白山・勇吉[しらやま・ゆうきち]一等陸士の3人で、湯殿山への突入を計画していた。
「生憎と、これはクレハ等を見張る必要がある。どうも一泡吹かせようと企んでいてならんからな」
 九朗は申し訳なさそうな顔をしたが、顔を引き締めると、
「――内浦准尉の通達では、吉塚派だけでなく、自暴自棄になった挙句、罪を犯したり、脱柵したりする者も出ている。まさかとは思うが、其方への警戒もせねばならん」
 ぼやきながら、九朗は八角杖で凝った肩をほぐすように軽く叩く。黒川としては苦笑するしかない。
「……しかし、大竹一士や斉藤二士、其れに『マジカル・ばある』の田中二士も連れて行かなくて大丈夫か? 戦力的には申し分ないはずだが」
「3人には姥沢側から行ってもらうよ」
 黒川の真意を測ると、九朗は哀しげに溜息を吐く。
「……因縁を決着させるか。しかしイワテの気性からして、死んでも退かぬぞ。ならば、それ等は心を鬼にしてでも月讀様の解放を成し遂げてみせろ」
 呟くと九朗は、クレハ[――]等、投降した妖怪達の様子を伺う為、背を向けた。しかし思い出したように振り返ると、
「――童子のそれ等に、こう告げるのも何だが……幸運を祈る」
 軽く敬礼で送ってくれるのだった。

*        *        *

 ……そして最後の均衡は破られた。
「――本当に、倒しても倒しても限が無いですわ!」
 自動擲弾銃を撃ち放ちながら、桃山が泣き叫ぶ。既に妖怪としての力を発揮し、広範囲、高火力で以って押し寄せる超常体の群れを圧殺しているが、大海の前の焚き火の如し。
「……焚き火というには、破壊力が凄まじいですけれども」
 綾が涙目で意見するが、桃山は不満顔で応える。
「大津波の前ではマッチの灯火ですわよ」
 雲霞のように押し寄せてくる鬼、おに、オニの群れ。ついに最終防衛線を割って入られており、桃山と綾達は撤退する味方の支援で踏ん張っていた。自称『マジカル・ばある』親衛隊が弾幕を張る中で、桃山は予備弾箱から取り出したベルトを?げる。傷付きながらも狂ったように肉薄してくる羅刹鬼へと銃剣で刺突すると、綾は大きく振り回して投げ飛ばす。
「――撤退状況は!?」
「残り1隊で完了です! そろそろ此方も撤退を始めて下さい!」
 ……撤退を始めろと言われても。綾と桃山達は頬を引きつらせる。背を見せた瞬間を狙って、一気に襲われるだろう。待機している車輌に乗り込んで、そのまま逃げ切る自信はない。
「……万事休すですわね」
 諦めのかげりが一瞬過ぎった。弱気に反応した牛頭鬼が石斧を振りかざして襲ってくる。が、
『 ――撤退支援します。各自、急いで車輌に乗り込んで下さい』
 上空からM134 7.62mmガトリング砲が一閃すると、獄卒鬼は肉片と化した。白鷺の回転翼機MH-60Kブラックホークが対地攻撃を仕掛ける間に、隊員達は73式中型トラックや高機動車『疾風』に搭乗する。
「桃山さんも早くっ!」
 親衛隊員が手を伸ばす先、擲弾銃を抱えて桃山は走る。しかしガトリング砲の弾雨を擦り抜けて、巨漢の羅刹沙が追い付いてきた。カラと呼ばれていた羅刹沙は重い刃を振り下ろてきたが、
「――お姉ちゃん、頑張りますっ!」
 とっさに割り込んだ綾が愛銃の腹で受け止めた。寄生している憑魔が震えているようだが、
【――まさか、俺様の一撃を受け止めきるとはな】
 驚嘆するカラ。慟哭しながら綾は、壊れた玩具のように何度も頷き返す。そして巨体に似合わぬ連続攻撃に、強化した身体でも悲鳴を上げた。
「佐伯さん、頭を下げて!」
 桃山が掌から渾身の炎弾を撃ち出す。厚い鉄板すら蒸発させ、穴を穿つ高熱弾。カラの頭を大きく吹き飛ばした。綾は好機を逃さずに、M16A1閃光音響手榴弾を投擲。音と衝撃に群がろうとする超常体の動きが止まったところで、ブラックホークから投げ下ろされた縄梯子を掴んだ。そして掻っ攫われるように、宙に舞う。見下ろせば、カラは頭部に火傷を負って醜く爛れているものの、
「――火炎系に幾らか耐性があったのね」
 絶命までには至らなかったようだ。其れでも桃山の力が上回ったのか損傷を与えられたのは大きい。
「しかし……此れで完全に霊場恐山が落ちましたね」

 霊場恐山が陥落した報告を受けて、第9師団長は下北半島を封鎖。野辺地町役場跡に分屯地を立てると、三沢航空基地と合わせて、下北半島から南下してくる鬼の群れへの警戒に当たらせたのだった……。

*        *        *

 日本三大妖怪の1体に数えられる、玉藻御前―― ミズクメ[――]が倒れた事で、出羽三山の施されていた幻惑は失われた。弓張平公園跡地に拠点を置いていた第6109班は、羽黒山や月山を制圧した本隊の合流を待って、最後の突入を図る。
「……とはいっても妖怪達の抵抗が激しいですわね」
 田中・国恵(たなか・くにえ)二等陸士の呟きに、大通連を振るっていた 大竹・鈴鹿[おおたけ・すずか]一等陸士が頷く。
「制圧は時間の問題ですが、彼等にとって其れを遅らせるのが目的でしょうからね。月讀様が封印から解放されていない以上、特殊結界『マヨヒガ』を施すには残るは時間だけ……という話ですから」
 斉藤・麗華[さいとう・れいか]二等陸士の説明に、国恵は疲れた表情を浮かべた。本気を出せば掃討は楽だが、殺傷よりも捕縛を優先する以上、神経を使う。BUDDYに込められているのは火薬量を調整した弱装弾やゴム弾だ。目的とするのは無力化であり、殲滅ではない。――しかし、
「……新たな妖怪の勢力に側面から襲撃を受けました! 通常弾の使用許可をお願いします!」
 緊迫が走る。気配を探った鈴鹿が、峰打ちで構えていた大通連の刃を返した。
「――気色の違う輩。恐らくは黒川士長が注意していた、吉塚派に与するものかと」
「吉塚派其のものの可能性は?」
 鈴鹿の言葉に、麗華が問い質すが、流石に其処までは判らない。国恵が五指を開いたり閉じたりしながら、
「いずれにしても本気でやらなければいけませんわね。肉体言語で応対しますわよ!」
 3人のWACが新たな勢力へ向けて駆け出した。

 姥沢や鶴岡方面にて戦闘が開始されたのと同じ頃。湯殿山神社境内では イワテ[――]が苛立ちを押さえず弓矢を手にして前線に赴こうとしており、周りが必死になって押し止める。
「クレハ様が囚われの身になり、ミズクメ様がお隠れになられた以上、イワテ様が最後の守り。貴女様が居なくなれば頼む者が居なくなります。どうか自重を」
「だからって後方で呑気に構えていられるかっ!」
 怒鳴りつけていたイワテだったが、形相を変えると裏手を睨み付けた。弓を引き絞ると矢を放つ。強弓から放たれた矢は宙を切るが、
「……まさか、此処まで侵入されているとはな。出てこい、姿を見せろ!」
 悪態を吐く。〈探氣〉をしても掴められない事にあせりと苛立ちを隠せないイワテは、儀式を背負う形で仁王立ちした。周りの者が風の動きや臭いで探るが、居場所を掴まれる前に、潜んでいたモノが制圧に乗り出した。閃光が走ると、突然、視力を奪われた多くの妖怪達が続く吹雪に身を凍らせられる。
「――気配が感じられない。心が読めないだと?」
 イワテが大きく舌打ち。更に幻惑に包まれて封じられた状態を、舞った氷片が光を乱反射し、全周囲から襲う。傷付きながらも吼えると、イワテは力任せに光と氷の檻から突破してきた。鉈を振り上げると、
「――黒川童子っ!」
 イワテに、名を呼ばれた黒川が真っ向から相対する。光線はイワテの手足を穿つが、首になってでも咽喉笛に噛み付かんとばかりの勢いは止まらない。だが、氣の障壁が阻み、更に氷の槍が胴体を貫いた。大きく吐血する。
「――さっ、最後まで、こ、ここ、心が読めねぇ……ど……ういう仕掛け……だ?」
 視線だけでも射殺そうと睨み付けるイワテ。黒川は静かに促すと、イワテの読心を押さえ付けていた立役者が顔を出す。勇吉や中井の手で縛られていく妖怪達が諦めの息を漏らした。
「大翁か……い、いっ今まで……姿を、見せなかったから……とっくの……昔に、亡くなっ……ていたと、思ったぜ……」
 唇の端から血を流しながらも舌打ちするイワテ。致命傷だ。今は気力でのみ会話している。
「――すみません。アレぐらいの威力でなければ止められないと思って……」
 勇吉が黒川へと申し訳ない顔をするが、聞いていたイワテは薄く笑った。
「……俺が、黒川童子を殺そ……うとしていた以上、仕方ない事だろ、うが……いいさ……お前達の、勝ちだ……マヨヒガ、で……アイツラを……安心させてやりたかったがな……しかたねぇ、か……」
 イワテが息を引き取ると、嗚咽を漏らしながら妖怪達も投降を始める。山中に法螺貝が鳴り響くと、姥沢や鶴岡での抵抗も止んだ……らしい。吉塚派と思われる勢力も撤退していったそうだ。
 さておき、室田は合掌するとイワテの身柄を手厚く葬る。そして黒川を促した。頷き返すと、黒川は湯殿山神社の本殿より鏡の欠片を取り出した。所持する欠片を合わせると、真円の鏡となり、淡い輝きが放たれた。――そして、輝きから姿を顕したのは、
「――礼を言います、黒川童子。ありがとう。勇吉や大老にも感謝を」
 女性とも男性とも取れるような美しい声色の持ち主――三貴子(みはしらのうずのみこ)が1柱、暦(※時)を司り、夜を統べる月神……月讀[つくよみ]の姿が其処にあった。
 黒川達は頭を下げると、
「……命様の加護下で、妖怪や人間、一丸となって神州を侵略する神群に対抗したいと思います」
「――眠りの中、事情は夢で見てきました。わたくしの加護が必要であるというならば、出来る限りの力を貸しましょう。瀬織津姫にも協力してもらい、先ずは青森の地に生じた“門”より来る鬼の群れを抑えねばなりません」
 そして哀しそうな表情を浮かべると、
「……姉上の意識を降ろしたモノとも相談し、荒吐殿との話もつけねばならないでしょう」
 荒吐との話し合いや、吉塚の中央への叛旗は別の問題だと月讀は語る。
「――童子よ。残念ながら、真実は吉塚という男にもあるのです。しかし、其れ等の問題を踏まえた上で、わたくし達は抗わなければならないでしょう」
 月讀の言葉に、再び頭を下げるのだった。

 ……こうして出羽三山における攻防は終結した。
 だが投降した多くの妖怪達は、維持部隊への協力を拒むと、いつの間にか逃げ隠れてしまった。
「……命様が何も仰らないのはどうしてですか?」
 其の問い掛けに、月讀はこう答えたという。
 ――心を縛り付ける事は出来ない、と。
 此の言葉を受けて、彼等の脱走に月讀の許しがあったと考えるものも少なからず居る……。

*        *        *

 届いた報告に、御舟は眉をひそめる。
「……青森の第9師団長が襲われましたか」
「貴官達が手を打っておいた御蔭で未遂で終ったがな。だが犯人には逃げられ、身柄は確保出来ない。また証拠も乏しい」
「状況的には十中八九、吉塚派でしょう」
 御舟の指摘に、上官は首肯する。
「襲撃の首謀者として、此れで警衛としても本格的に吉塚を追求する事が出来る。……とはいえ、些か遅過ぎた感はあるがな」
 大きく溜息を吐くと、
「――もうすぐ夏至の日だ。駐屯地外部への出向は難しい。当然ながら岩手や宮城に手出しは難しくなるな」
「月讀が復活したと聞きますが?」
「……確かに超常体に対しては、月讀の存在は大きいだろうが。其れでも絶対ではない。また市ヶ谷――長官の命令が優先される。維持部隊は駐屯地や分屯地の篭城――死守だ。……月讀の加護を頼りに、神町や秋田では非戦闘員の出羽三山への避難が始まったというが、此処は遠いしな」
 机の上で、肘を付きながら指を組むと、
「いずれにしろ、吉塚も『黙示録の戦い』が始まれば、余計な手出しは出来なくなる。岩手や宮城を襲ってくる超常体に対処する事で手一杯だろう。先ずは『黙示録の戦い』を乗り切る事だ――其れまで人間社会が存続していればの話だが」
 そう告げると、御舟に引き続き内部規律の徹底と警戒を宜しく頼むと、上官は退室を促すのだった。

 ――そして夏至の日。世に言われる、黙示録の戦いが始まった。高位の超常体が、神州の支配権を巡って相争い始める。天を覆う、神の御軍。地を覆う、魔の群隊。人々は拠点を死守するのに精一杯だった。

 ……早池峰山にある頂にある奥宮にて、露出度が高くなるように改造した迷彩II型戦闘服を着用した瀬織津姫が呆けた表情で空を眺めていた。
「――瀬織津姫様?」
 小島が恐る恐る声を掛けると、我に帰ったのか、瀬織津姫は振り向いた。
「……おや、どうした? アキハルが手出しでもしてきたか?」
「いいえ、其れはないのですが……此のまま、私達、滞在を続けても宜しいんでしょうか?」
 心配する小島や神代を他所に、薫はXM109の整備に余念が無い。そんな3人の様子を目を細めて見守ると、
「どうせ外に出向いてもヘブライのチキン共と、アキハルの軍隊がドンパチやらかしているだけさ。のんびり待っているといいよ。両者が弱ったところで青森なり、山形なり、行くんだね。何なら仙台のアキハルに特攻を掛けるという手もあるけど」
 からかうように手を振ってくる。
「此処も絶対に無事とは言えないけれどもね」
 薫が呟く。実際、ヘブライ神群のエンゼルスやアルカンジェルが早池峰に侵入し、XM109で撃墜したばかりだ。瀬織津姫や荒吐の影響下で弱まっていたとはいえ、侵入してきた事自体が、謎だった。
「――八幡の総本社が押さえられたからだろうさ。九州の連中は何やっていたんだか」
 瀬織津姫が苦笑する。不思議そうに顔を見合わせる小島と神代だったが、其れ以上の追及ははぐらかされるだけだった。
「維持部隊に最初から溶け込んでいた妖怪連中も、誰かさん達が働いた御蔭で離反したモノは少なかったようだし、まぁ、『黙示録の戦い』を生き残るだけならば大丈夫なんじゃねぇ? 生き残ったところで、新たに決まる主によって生かされるかどうかは判らないが」
 此れまた不思議な言葉を漏らす、瀬織津姫。
「――其れが『遊戯』の本当の狙いだからさ。まぁ今のお前達には関係無い事だよ」
 そして首を傾げる小島達に、瀬織津姫は唇の端を歪ませた笑みを向けたのだった……。


■状況終了――作戦結果報告
 第6師団、第9師団による東北地方の戦いは、今回を以って終了します。
『隔離戦区・神邦迷処』第6師団、第9師団(東北=西比利亜)編の最終回を迎えられた訳では在りますが、当該区域作戦の総評を。
 全般的に調査の遅れや情報収集が不足がちだった為、時間切れしてしまった感が大きいと思います。北陸の白山と霊場恐山とは関わりがありましたが、互いに働き掛けはありませんでした。
 月讀解放は執念と思います。ただ出羽三山に隠れ潜んでいた妖怪達との説得交渉に失敗し、彼等が協力するという未来が閉ざされた結末なのが残念でなりません。
 其れでは、御愛顧ありがとうございました。
 此の直接の続編は、当分先になると思います。とりあえずは、時間を少し溯りまして、同時期の関東地方での作戦に御参加頂ければ幸いです。
 重ね重ねになりますが、ありがとうございました。

●おまけ・設定暴露:
 霊場恐山の地に、本来ならば対応していない地域の羅刹鬼の王族が現れたのはヤマとヤミーが治めていた異世界を経由してきた為。『ラーマヤナ』にて羅刹王ラーヴァナがヤマのいる冥界に攻め込んだという行に由来する。ヤマとヤミーはディーヴァ神群に属するが、仏尊系の下で日本でも馴染みの深い(※閻魔王と地蔵菩薩)為、例外的に日本神群から侵略者と認定されていない。
 本文でも何度か説明していたが、荒吐は日本神群の縄文系の主神クラス。まつろわぬモノ(=妖怪)達にとって母神の1柱である。荒吐自身は日本人に対して憎悪の念はない。天孫系に虐げられてきた國津祇が“子”である日本人に対して恨みを抱いていない事に関しては、過去作でも触れられているので、推測して欲しい。
 対して、那賀須泥毘古は國津祇とまで称せられるが、実際は太古に完全侵蝕魔人(=妖怪)の英雄が“認められた”存在に過ぎない。そもそも妖怪とは憑魔に完全侵蝕された生物が世代を経て生態系を確立し、土着したものであり、実のところ超常体の一種である。恨みを抱いているのは、其れだけ“生物”である証拠でもある。
 つまり魔人兵とは精神的に不安定な存在であり、従って市ヶ谷……ひいては『落日』が危険視していた理由である。人工的に魔人と化しても、必ずしも“親”と同じ神群になるとは限らない。“波長”が近い神群に取り込まれる事もあるからだ。
 なお地縁・血縁の繋がりが強くなると、本来は外津國の生まれでも、妖怪と認められるモノもいる。玉藻御前がソレである。


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