同人PBM『隔離戦区・神人武舞』初期情報 〜 山陰:北欧羅巴


『 祝われし娘、呪われし娘 』

 西暦1999年、人智を超えた異形の怪物――超常体の出現により、人類社会は滅亡を迎える事となる。
 国際連合は、世界の雛型たる日本――神州を犠牲に差し出す事で、超常体を隔離閉鎖し、戦争を管理する事で人類社会の存続を図った。
 ――それから20年。神州では未だに超常体と戦い続けている……。

 窓から眺める外の風景は曇天に覆われている日本海側季候そのもので、暦の上では春とはいえ、未だ薄ら寒い。見る者の心を映し返しているように思えたのか、少女は重い溜め息を吐いた。
 寝台から上半身を起こして外を眺める少女。長い黒髪は、身体に掛けてある布団よりも寝台を埋め尽くすばかりで、左半身を覆い隠している。名を、賀島・久美[がとう・ひさみ]という。
 久美は病人だった。生来的な不治の病に侵されており、外に出た事など1年を通して指折り数えるほどしかない。
 久美の空間である室内の壁紙は明るく、だが穏やかさが醸し出され、調度品とともに落ち着いた雰囲気で包み込んでくれている。隔離され、事実上の国民皆兵となって終わりの知れぬ戦いに明け暮れている神州にあるとは思えぬほどの、清涼な領域。
 それでも久美は病室の外に焦がれていた。如何に過酷な戦場であろうとも外に羽ばたき、様々な出会いをして心許せる友を作り、そして物語にあるような素敵な人と結ばれる事を望んでいた。
 だが、病弱ゆえにそれも適わぬ身。望んでも求められぬ健康な身体を思って、再び重い溜め息が漏れる。
「――久美、具合はどうかな?」
 ノックとともに扉の向こうから声が掛けられてきた。久美は俯きがちの顔を上げると、明るい微笑みを浮かべる。久美の視線を受けて、壁沿いの椅子に座って繕い物をしていたメートヒェン(das Madchen:女中。独語)が扉を開いた。
「――おはよう、パパ。今日は良い調子よ。……パパの方こそ、大丈夫? お仕事が大変なんじゃないの?」
「可愛い久美の顔を見たら、疲れも吹き飛んだよ」
 入室して来た、賀島・亜貴[がとう・あき]三等陸尉は愛娘を抱き締めると、微笑んだ。整った鼻梁に、紅を引かずとも濡れたように赤い唇の美麗な顔立ち。モデルのような長身だが、肩幅は狭くて腰は大きく、女性ともよく見間違えられる。そのはず、亜貴は久美の遺伝子学上では父親だが、身体は両性具有。亡き妻に代わって母親としても久美に接していた。
 亜貴の、久美への溺愛振りを知らぬ者は無い。その過保護や特別扱いは、所属する第13旅団だけでなく、結界維持部隊・中部方面隊総監部の上層でもちょっとした問題になっていたが、亜貴は馬耳東風を決め込んでいる。
「……今日は手術の予定もなく、経過見の患者が数名いるだけだよ。久し振りにゆっくりと久美に付いていられ――」
 だが亜貴の望みは寸前で無残に散っていった。部下の衛生科隊員から呼び出しを受ける。美しい眉を寄せて唇を噛む亜貴に、久美は苦笑すると、
「行ってらっしゃい、パパ」
「――行ってくるよ、久美」
 送り出してくれる久美の額に軽く口付けしてから、亜貴はメートヒェンに視線を送る。メートヒェンは軽く頷いて見せると、2本の三つ編みお下げが揺れるのだった。

 運び込まれて来た兵士が重い傷の痛みに、死にたくないと泣き叫ぶ。部下の有様に見かねて、2mを越す巨漢――トーマス・ヴンダァパール[―・―]大尉が怒鳴り声を上げた。
「――病棟では静かにせんか!」
 上官の叱咤に恐れをなして傷病兵が押し黙る。が、
「……ヴンダァパール大尉こそ、お静かに願います」
 看護衣の衛生科隊員に注意されて、トーマスの方が恐縮して頭を下げた。騒ぎに痛みを忘れたのか、周囲の傷病者から思わず失笑が漏れる。
 元・鳥取赤十字病院は、鳥取県庁跡地の目と鼻の先にあるが、神州結界維持部隊中部方面隊・第13旅団第8普通科連隊の管轄区域でありながら外れに位置する。
 本来ならば、傷病者は第8普通科連隊主力が駐屯する米子市へと移送し、戦力不足にともなう鳥取市周辺の空白域は、鳥取空港跡地を占拠して湖山町に駐留しているドイツ連邦共和国軍(※以下、駐日独軍と表記)に任せ、極少人数で構成された分屯地を鳥取県庁跡に置くつもりであった。
 だが、周囲から天才外科医と賞賛されている亜貴がこの地から離れない事を固持。第13旅団は、やむなく送り込まれてくる傷病者の医療・看護を担う衛生科部隊と、それを防衛する一個中隊規模の戦力を割く羽目になったというのが現状だ。
 腕の確かさで厚待遇されるべき亜貴が、三尉という技術幹部としては低階級に遇され、(実質的にはともかく)権限を持たされていないのは、これが理由の1つと言えるだろう。
 しかし何が幸いするかは解らない。傷病者に対して門戸を大きく広げている亜貴の恩恵に預かるのは維持部隊(日本国自衛隊)だけでなく、駐日独軍も然り。駐日外国軍との摩擦が生じている他地域と比べ、駐日独軍と第13旅団第8普通科連隊は友好的な関係を築いていたのだった。
「――トーマス。彼らは君の部下である前に、怪我人だ。労わってやる事が必要だろう」
 駆け付けた亜貴は容態から判断して、緊急手術の手配を指図する。横目で睨んでから、トーマスに注意した。亜貴に心酔している大男はますます頭を下げる。
 親日派のトーマスは日本語を流暢に話す、武人肌の雷電系魔人だ。中隊規模の歩兵を率いる大尉ながら、率先して敵超常体に突っ込み、特注の鎚を振り回して暴れる困り者として周りから知られている。当然ながら傷が絶える事無く、すっかり旧・鳥取赤十字病院の常連さんだ。それでも部下からの信任は厚い。
 迅速に緊急手術を済ませた亜貴は、続いてトーマスの身体を診る。
「――特に深刻そうな外傷は見当たらない。だが一応レントゲンを撮っておこう」
「いや、先生。それには及ばな……解りました。すぐにでも!」
 亜貴に睨まれて、トーマスは激しく頭を振った。
「しかし重傷者が多い気がする……ゴブリンやグレムリン程度は、最早トーマスが率いている部隊ならば敵ではないはず。トロールが群れで出たのか?」
「組織立って作戦行動するドヴェルグを確認しました。デックアールブと連携し、積極的に攻勢に出ています。すぐにでも基地司令に警戒態勢の強化を上申しますが、病院の方も気を付けて下さい。いざとなれば遠慮なく連絡を。では」
 退室するトーマスへの挨拶もそこそこに、亜貴の顔が強張っていった。ドヴェルグ(※ドワーフ)とデックアールブ(※ダークエルフ)は低位上級超常体で個々体は弱くとも、人間並みの知性があり、組織立って集団行動する。それが積極的に攻勢に出たというのならば……
「――ラグナロクが来たという事か。久美……」
 亜貴は血が滲むほど唇を噛み締めるのだった。

*        *        *

 旧暦の10月は全国各地において「神無月」と呼ばれるのだが、出雲では逆に「神在月」と呼ぶ。八百万の神々が出雲大社に集って、「幽(かく)れたる神事」すなわち縁結びの会議を催すからだといい、本殿も相応しい大規模な建造物である。
 出雲大社は、遥か昔には「杵築大社」と呼ばれ、高さ32丈(約97m)であったとされる。歳月と共に縮小され、江戸時代の寛文7年(1667)に高さ8丈(約24m)に建て直されたが、それでも延享元年(1744)に造営された現在の本殿は、隔離後も威容を誇っている。もっとも、現在の主は、祭神たる 大國主命[おおくにぬしのみこと]ではなく、世界最強の伝統を誇る特殊部隊――SAS(Special Air Service:英陸軍特殊空挺部隊)。「WHO DARES WINS」が記された「翼の付いた短剣」徽章を施された、ベージュのベレー帽を被るSAS隊員を、憧憬や羨望と共に歯噛みする思いで出雲駐屯地の第13偵察隊は睨み付けるしかない。
「……確かに、SASといえば偵察だけでなく交戦能力において、憧れの部隊ではあるが」
 第13偵察大隊の一等陸曹が、食事中の箸を置いて愚痴り始める。
「何で、あいつら、出雲大社に部隊を派遣しているんだ? あいつらのキャンプは松江だろ?」
 正式名称「グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国」――通称「イギリス王国」の軍が駐留している本拠地は、宍道湖の東端たる松江市である。旧島根県庁と松江城にキャンプを張り、山陰地方に出没する超常体数を調整する者として自負している。鳥取の駐日独軍とは違って、維持部隊との関係は必ずしも良好であるとは言い難い。
「話に聞くと、SASは隠岐島の方にも派遣されているらしいですよ」
 先輩のぼやきに、後輩たる陸士長がお茶を飲みながら応える。一息吐いてから、
「――噂ですが」
「応、何だ?」
「超常体が、ある種の群れを形作るのは今や周知の事実ですが、神州に対応する世界各地の神話・伝承に似通っているのは御存知ですよね?」
「ああ、オカルト説か。山陰だと、北欧神話や欧州の妖精伝承だな。群れを統率しているだろう主神級の存在とか、そいつさえ倒せば、超常体が居なくなるとか……夢物語だが。それが何か?」
「その説が正しいと前提してですが……でも日本土着の妖怪とかに似た超常体は見受けられませんよね?」
 言われて、一曹は首を傾げた。確かに変な話だ。
「一足飛びに話を進めると……日本土着の妖怪を統率している古来の神々が封じられているからという陰謀説が展開されている訳ですが。そして駐日外国軍は、その日本古来の神々の封印を監視する為に居るとか」
「それで、出雲か……。でも隠岐島は? あそこ、有名な社屋って、あったっけ? 流刑地としてのイメージしかないんだが」
「そこまでは知りませんけど……まぁ米子の方も、駐日英軍の専横振りには辟易しているらしいですよ」
「でも、まぁ仕方ないだろうな。駐日外国軍が居るから、何とか戦況を維持出来ているんだし。俺達自身、偵察隊といっても並みの普通科と同じぐらいドンパチやらなきゃいけないんだから」

 米子駐屯地――第13旅団第8普通科連隊本部は過酷な職場として知られる。米子駐屯地業務隊が昼夜問わず走り回り、各中隊の連絡や調整に明け暮れていた。鳥取と島根という横に伸びた戦区、しかも種類も多く、無尽蔵ともいえる欧州伝承の妖精型超常体の群れ相手に、たった1個連隊で対応しているのだから仕方無い事だろう。
 主要な敵は妖精だが、それだけではない。魔群(ヘブライ堕天使)の存在や、更に中国山地にはヨトゥンやムスッペルという、俗に巨人と呼ばれる大型超常体が集落に似たものを形成しているのが確認されている。だが脅威ではあるものの、山陽地方の維持部隊を悩ませている同じ巨人族のギガスやキュクロプスの北上を押さえ込んでいるのは、皮肉な話である。
 その様な状況の中では、駐日英軍の専横振りを認めるしかなかった。勿論、他にも独逸、波蘭(ポーランド)、丁抹(デンマーク)、白耳義(ベルギー)、阿蘭陀(オランダ)といった欧州諸国の軍隊も山陰地方に駐留しているが、抜きんでいるのは、やはり英吉利だ(※仏蘭西や伊太利亜、西班牙、希臘……は山陽地方)。周辺の維持部隊に協力を求めても、なしのつぶて。結局、駐日英軍の活躍に頼らざるを得ない。
 それでも駐日英軍に対して警戒を張っていた第8普通科連隊本部だったが、飛び込んできた報せは悪いものだった。連隊長の顔が蒼褪め、報せを耳にした者達が騒然となった。
 駐日独軍の鳥取空港跡キャンプ地が、超常体の群れに強襲されて陥落したのだった。

*        *        *

 逃げ延びた独軍兵士の記録。
 ……突然、魔人兵士を襲ったのは激痛だった。
 泡立つように無数の肉腫が膨れ上がり、内側から肉を引き裂いていく。引き裂かれた肉から血が吹き出し――裂けた肉の間を異常な速度で根を張り出した神経組織のようなものが埋め尽くしていく。
 ――憑魔強制侵蝕現象。
 高位上級――俗に魔王/群神クラス呼ばれる、強力な超常体が放つ波動により、憑魔が異常活性化する現象である。最悪ヒトの形をした超常体と変わり、また逃れても激痛によって一時的に無力化されてしまう。単体(戦車や戦闘機等も含める)において最強の戦力と謳われる魔人の、唯一の弱点とも言えた。克服するには、放たれた波動に慣れる事だけと公式には記録されている。
 魔人兵が無力化された次には、何処からともなく大量のドヴェルグや、デックアールブの群れが湧いて出た。それらの先頭に立つのは……
「――シェルニング少尉! 何故、貴女が敵に?!」
 独逸陸軍服に身を包んだ エレーナ・シェルニング[―・―]は、だが驚愕に応えず、挙げていた片手を振り下ろした。合図とともに超常体の群れが蹂躙を開始する。エレーナの指揮に従うのは、超常体の群れだけではない。激痛で倒れていた魔人が起き上がり、手に抱えていたH&K G36アサルトライフルをかつての同僚に向けてくる。――躊躇なく発砲! 凶弾を受けて駐日独軍兵士が倒れ伏していった。
「……し、死にたくない」
 血の泡を吹きながら崩れ落ちる駐日独軍兵士を見下ろす影。エレーナは身を屈めると、掌を向けた。
「――死を恐れるな。大神オージンの許で戦い続ける事を望む勇士は、ヴァルホルに迎えられる。さあ喰らうがよい、セーフリームニルの肉を。飲むがよい、ヘイズルーンの乳酒を!」
 触れるかどうかまで近付けられたエレーナの掌から何かが放たれた。死に瀕していた兵士の身体が激しく飛び跳ね、そして……魔人、いやヒトの形をした超常体として起き上がる。エレーナは満足げに微笑むと、周囲を見渡しながら、
「――私は、エレーナではない。私はスクルド。ノルニル(運命の女神)を束ねる三姉妹が末にして、ヴァルキリア。ラグナロクに備えて、エインヘリャルを迎えるが務めなり!」
 宣言に、エインヘリャル化したモノ達が鬨の声を上げる。そして――駐日独軍キャンプ地は陥落した。

 偵察部隊からの報告。
 ……壊滅した駐日独軍キャンプ地に、エレーナ改め スクルド[――]をはじめ、武装したエインヘリャルが数名の男2人を迎え入れていた。
 八本脚の異形な巨馬に跨る壮年の男。厚い長衣をまとい、両肩にはそれぞれ鴉を止まらせている。左眼が醜く潰れており、顔に傷痕が刻まれていた。綱を引いていた青年が止まると、馬は嘶いた。隻眼の壮年はスクルドを見下ろし、
「――状況は」
「はっ。キャンプ地に居た兵員の九割方は抑えました。ラグナロクに備えたエインヘリャルは、これで一個中隊規模となります」
「……少ないな。これでは足りん」
 集音マイクが拾った壮年の声は、だが叱責にともなう感情は込もっていないように思えた。それでもスクルドは唇を噛んで、
「――もっ申し訳ありません! 準備が整い次第、他国の駐留キャンプを襲撃し、エインヘリャルの増員に努めます」
「この地が陥落した事が伝われば、各キャンプ地も警戒を増すだろう。また米子から自衛隊が来る。気を付けていけ。――ところでロキの件はどうなっている?」
「トール殿が覚醒しましたので任せております。またフェンリルに関しては、テュール殿が向かっている模様。吉報をお待ち下さい」
「……そうか。では、我はヘイムダルと共にヴァラスキャルヴに戻る。この橋頭堡にはフレイヤを出向させる。新たなヴァルホルとするか、フォールクヴァングとするかは好きにするがよい」
「――はっ」
 壮年は馬の綱を引く青年と共に再び闇に消えていった。後日、生存者に確認したところ……
「まさか……ゴットフリート・フィヒトナー大佐?! そんな、大佐は3年前に八頭郡の戦場で死亡したと聞いていたのに……」

 謎の密告。
 ……シルクハットを被った紳士が、壊滅した駐日独軍キャンプ地を張るか高みから見下ろしていた。
「ラグナロク――ハルマゲドンに備えて、ついに動き出しましたか。結構、結構。……是非にも小生を愉しませて下さいよ。さて、ベリアル様は上手く行っているでしょうかね?」
 嘲笑めいた表情を張り付かせると、スーツの裾を翻らせて、紳士は闇夜に消えるのだった……。

*        *        *

 駐日独軍キャンプ地が襲撃を受けた同時刻。
 非常灯の明かりに照らされた刃が、軽妙かつ脱力的な音を奏でた。三つ編みお下げを揺らしながら、メートフェンが振るうのは長大な竿状の武器。先端の幅広で肉厚な刃を持つ形状は薙刀に似ているが、グレイブと呼ばれる大鎌の一種である。それを軽々と振り回し、薙ぎ、切り、刈り、そして払う。瞬く間に繰り出された数合の攻撃は、豹頭の魔人を肉片と変えた。
 だが血の池に沈みながらも、豹頭の魔人は笑う。異形系魔人は、その身体構造を自由にする事が出来る憑魔だ。無尽蔵とも言える再生力(細胞復元・分裂・増殖)を有しており、憑魔核さえ無事ならば、一欠片からも完全復活する事が可能とも言われている。バラ撒かれた肉片が蠢き、流れ出ていた血が再び豹頭に集い始めようとしていた。
 しかし豹頭魔人は眼に映った物に驚愕した。メートフェンの腰に下げられた鍵束。メートフェンが無数の内から一本を手にすると、他の鍵は耳障りな金属音を鳴らして選ばれなかった事を抗議するようだった。
「――まさか、貴様!? そんな馬鹿な!」
 信じられないものを見るような眼に、絶望の叫び。だがメートフェンは表情を崩す事無く、
「……扉よ、開け」
 ――七色の光が走った。

 警衛を伴って亜貴が駆けつけた時には、既に血と肉片は染み1つ残っておらず、廊下は清潔に掃除したばかりの様相を見せていた。血臭すらしない。何事もなかったかのように、メートフェンが亜貴を出迎えての一礼をする。
「……久美は無事か? いや、君がいるからには安全なのだろうが」
「現状は問題ございません。お嬢様は安らかにお眠りになっております。しかし……」
 メートフェンは暗がりを見詰めると、向かって手を振る。魔法のように現れた旧式自動拳銃を握ると、警告無しに発砲した。ノズルフラッシュと、着弾による火花が暗がりに潜んでいた存在を浮き上がらせる。
 暗がりから顕れたのは、奇妙な帽子を被った小柄な道化師。男とも女ともとれぬ端正な顔立ち。引きずり出された道化は、だが拍手を鳴らすと、
「――御美事です。豹総統閣下を秒殺する手業、感服しました。曲がりなりにも“七十二柱の魔王”が1柱であるオセを……。まさか、貴女も“メギドの丘”に来ていようとは。“ 主 ”の座を欲しがっている訳でも在るまいし」
 賞賛じみた言葉ながらも、嘲弄の含み。だがメートフェンは感情を覗かせずに、
「――ベリアル。無価値にして、偉大なる公爵。大魔王に匹敵する存在もまた嗅ぎ付けてきたのね」
 メートフェンの呟きに、亜貴達が色めき立つ。偉大公 ベリアル[――]。七十二柱の魔界王侯貴族が1柱にして、その実力は最高位最上級超常体――主神/大魔王クラスに匹敵する存在だ。警衛が9mm機関拳銃エムナインを構えて向ける中、ベリアルは唇の端を吊り上げるような笑みを浮かべると、
「ええ。私共の狙いは、貴女の御想像通り。彼女の身柄は、私共が戴きます」
 ベリアルの返事に、メートフェンは大鎌を再び構える。銃と同じくどこから取り出したかは誰にも判らなかった。メートフェンは亜貴や警衛達を庇うように前に出ると、
「……お嬢様をお願いします。わたくし独りでは、良くて相打ちが精一杯。……オセとベリアルだけが先遣されたとは考えられません」
 メートフェンの警告に、亜貴が病室に転がり込もうとした瞬間、
「――その心配は御無用だ、特務少尉!」
 雷鳴のような声が響き渡った。正面玄関から昇ってくる階段の方から、2mを越す巨漢が現れた。
「……ヴンダァパール大尉。院内では静かに願います。ましてや患者は就寝中です」
「おお、それは済まない。だがコソコソと隠れ潜んでいるのは、俺の性分に合わなくてな。先ほども奇襲を掛けようとした不埒な輩を潰してきたばかりだ」
 トーマスは不敵に笑うと、引き摺っていた肉塊をベリアルへと放り投げた。ベリアルの美しい眉根が寄せられる。軽く舌打ち。
「……恐怖王バラムさえも倒されるとは。どうやら、現時点では私に勝ち目はなさそうですね」
 おどけて見せるものの、ベリアルは撤退を決め込んだようだ。亜貴は安堵の息を吐こうとするが、
「――しかし貴女と違って、この御仁は」
 ベリアルの問いに、亜貴も疑念を抱いた。トーマスはこれ程までに豪快な性格だったろうか? 視線を受けてトーマスは申し訳なさそうな表情を浮かべた後、
「今の俺はトーマスであって、トーマスではないのだ、先生。俺はトール――北欧の誇り高き雷神だ!」
 トーマス改め、トール[――]は背負っていた特注鉄鎚を構えると、堂々と名乗りを上げる。
「悪いが、先生。このベリアルと、俺の頼みは同じだ。久美ちゃんの身柄を引き渡して貰いたい」
「……トーマス。本当に君も久美の幸せを阻む障害となるのか」
「本当に済まない。だがトールと人格統合した俺は、久美ちゃんや、ましてや先生に憑いているアイツについても知ってしまった。大恩ある先生だが、俺はラグナロクを覆す為にも敵に回る。しかし、今日は宣戦布告に赴いただけだ」
「……行き掛けの駄賃に、バラムを倒されては溜まったものではありませんけどね」
 ベリアルが肩をすくめると、トールは唇の端を歪ませて不敵に笑う。メートフェンが口を開いた。
「とにかく本日は両者お引き取り下さい。わたくしには貴方達と遣り合うには荷が重過ぎます」
「うむ。夜分遅く、申し訳ない。だが確かに宣戦布告をしたぞ、特務少尉。そしてベリアル。正々堂々と遣り合おうぞ」
「北欧一の武神と正面から相手するのは御免被りますが。……それではまたお会いしましょう」
 トールは背を向け、ベリアルは闇に消える。気配が完全に消えてから、メートフェンはようやく安堵めいた息を吐いた。
「……いよいよお嬢様を狙って、各勢力が襲ってきました。この場には姿を現しませんでしたが、ダーナ神群も探っている様子です」
「ついに、ラグナロクが……。久美をもっと安全なところに移送出来れば」
 亜貴の呟きに、だがメートフェンは冷たく答える。
「――わたくしとの契約上、お嬢様が此処から離れる事は許しません」
 亜貴は拳を握り締めて、壁を叩いた。メートフェンは冷たく視線を向けたまま、
「……とはいえ、今まで通りにわたくし独りでは護り切れないでしょう。わたくしも色々と手配しますが、やはり警衛の皆様にも御協力頂ければ、負担は軽減します」
 言われて、警衛達は思わず顔を見合わせた。
「――第13旅団本部や第8普通科連隊本部に警護増援の派遣要請を出す」
「助かります。……久美ちゃんが恋焦がれるような男子が来てくれると喜ばしいのですが」
 メートフェンの言葉に、亜貴は殺意が込められたような視線で睨み付ける。肺腑の奥から搾り出すかのように、
「――私はそれを望まない。久美が望んでも、だ」
「……しかし、それが、わたくしや、そして貴方自身が結んだ契約を履行するのに必要です」
 メートフェンは初めて感情じみた笑みを浮かべた。冷たくも楽しげな微笑で、告げる。
「――お嬢様の死を受け入れ、絶望から災いを手にする事になっても、臆する事無き勇者の存在が」

*        *        *

 鳥取県中部にて、血と泥で薄汚れた駐日独軍野戦服に身を包んだ1個分隊が茂った草を掻き分けて進んでいる。隊の先頭で指示を出していた金髪の美丈夫に、地図を確認していた部下が声を掛けた。
「――テュール様。もうすぐ東郷池を視界に収められると思います」
「そうか。周りのダーナの妖精達が厄介だが、ラグナロクを覆すには、今のうちにフェンリルを倒しておく必要が……って」
 言葉を止めると、テュール[――]と呼ばれた男は左手を上げてハンドシグナル。身を伏せるように合図すると同時に、無骨な鉄製の右義腕に固定させているSIG SG550を構えた。
 ……木陰に潜まる分隊の周囲で漂う妖精型低位下級超常体ピクシーの四枚羽根が発光し、薄明かりで照らしている。微かに草が揺れる音――同時、分隊へと榴弾が降り注いだ。
「各自、散開! 遮蔽物に身を隠せ!」
 テュールは怒鳴ると同時に氣の防護盾を作り出した。破片を遮り、衝撃を緩和する。
「――ダーナ神群か?!」
 テュールの問いに応じるのは、榴弾を放ってきた岩陰から突き出された銃口――M16A2アサルトライフルと、野戦服に身を包んだ兵士達が見え隠れしていた。
「SASか!」
 だが操氣系の探知能力で得た情報は、ヒトにあらざる存在――すなわち人の姿をした超常体。
「……ダーナ神群はSASに身を置いているのか」
「――如何にも。我輩はヌァザ。銀の腕と異名を戴くもの。……貴公は独軍将校のようだが、アース神群とお見受けするが?」
「アースガルドの軍神、隻腕のテュール。それにしてもアガートラムか。……気にくわねぇな」
 唾を吐き、テュールは怒鳴る。
「――キャラが被ってんだよ!」
「失礼な! 貴公と違って、我輩は野蛮ではない」
 突如として、言い争いを始めた ヌァザ・アガートラム[―・―]とテュール。いずれも隻腕で伝えられる神の名を自称しているのだから仕方あるまい。部下達も銃を下ろし、両者の罵り合いを呆然と見守るだけ。
 だが罵り合いもすぐに中断された。ピクシー達が警告をヌァザに発すると同時、テュールも緊張で顔を強張らせる。――狼の咆え声が遠くから聞こえてきた。
「フォモールか?!」
「馬鹿言え、アレは俺の因縁持つ相手の叫びだ」
 ヌァザに突っ込みを入れつつ、テュールは舌を打つ。
「……フェンリルでなくとも、スコルか、ハティか。やはり、この辺りに顕れていたか。――てめぇらも同じ狙いか?」
「我輩等はフォモールらしき目撃情報を得て、周辺を探索中だっただけだ」
 フォモールは高位下級の超常体で、山羊や牛、馬といった畜獣の頭部をした巨人である。また交戦した部隊に疫病が流行った事から呪言系能力を有しているとされている。もっとも山奥に縄張りを持つヨトゥンやムスッペルと違い、フォモールは海岸沿いの平地に群れをなす。絶対数が少ないのか交戦記録も殆ど無く、それも専らSASがしたものだ。
「フォモールねぇ……それで俺達が巨人に見えたから奇襲をかけたのかよ?」
「妖精達がやたらと騒ぐのでな。元凶は貴公等にあると思ってのものだ。ましてや超常体相手へは警告無しに発砲する事は認められている。駐日独軍は壊滅し、生存者は疑わしい。ならば残るは、ヒトの姿をした超常体のみだ」
「……てめぇも同じものだろうが」
「生憎だが、駐留している女王陛下の軍は今なお健在でな。おいそれと手出しは難しいだろう」
 ヌァザの言葉に、テュールは悪態を吐いて返した。ヌァザは精巧な義手で、己の美髯を撫でながら、
「東郷池周辺は、我輩の管轄下に置かれる。この地に潜んでいるフェンリルは貴公に代わって片付けてやるから、オーディンの下に帰るが良かろう」
 笑うと、悠然とヌァザの隊は去っていった。テュールは歯噛みをすると、
「――クソったれ。フェンリルの首をテメェに誰がくれてやるか! しかしフレイがいない現状は、アルフへの支配力はダーナ神群の方が上か。厄介な」
「しかも、テュール様。我等や、ヌァザの動き、そしてフェンリルについて自衛隊もすぐに勘付いてくるでしょう。混戦となれば任務達成に支障が……」
 部下の言葉に唇を噛んでいたテュールだったが、何か閃いたのか、手を打った。
「――それこそ願ったり適ったりだ。非公式なルートや何なら噂話でもいいから、自衛隊にも流れるように仕向けちまおう」
「オーディン様から叱られますが!?」
「ヌァザの鼻を明かせれば痛快だ。それに……」
 唇の端を歪ませて不敵に笑うと、
「結局、フェンリルを倒せれば、あのクソジジイもそれほど煩く言わねぇだろうさ!」

 

■選択肢
NEu−01)鳥取赤十字病院にて交流
NEu−02)病院にて対魔群戦の護衛
NEu−03)病院にてアース神群撃退
NEu−04)病院にてダーナ神群警戒
NEu−05)独軍駐留地跡を攻略解放
NEu−06)鳥取県八頭郡を先行偵察
NEu−07)駐日英軍の動向を怪しむ
NEu−08)隠岐島への渡航に挑戦す
NEu−09)出雲大社を潜入調査する
NEu−10)東郷湖周辺にて見敵必殺
NEu−FA)山陰地方の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該初期情報で書かれている情報は、直接目撃したり、あるいは噂等で聞き及んだりしたものとして、アクション上での取り扱いに制限は設けないものとする。
 ただし一部の関係者に接触するのは、容易では無い事にも注意。特に駐日外国軍との接触時は、言葉の壁が大きいのに気を付ける事。


隔離戦区・神人武舞 初期情報 「祝われし娘、呪われし娘」

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