同人PBM『隔離戦区・神人武舞』初期情報 〜山陽:南欧羅巴


『 ギガントマキア 』

 西暦1999年、人智を超えた異形の怪物――超常体の出現により、人類社会は滅亡を迎える事となる。
 国際連合は、世界の雛型たる日本――神州を犠牲に差し出す事で、超常体を隔離閉鎖し、戦争を管理する事で人類社会の存続を図った。
 ――それから20年。神州では未だに超常体と戦い続けている……。

 神州日本最大のカルスト台地――山口県秋吉台。地下には秋芳洞を代表に450を越える鍾乳洞が存在する。
 出現した超常体が、鍾乳洞を営巣地と選んだのは極自然な流れであった。だが余程居心地がいいのか、あるいは閉鎖的な空間で生態系が半ば確立しているのか、それとも他の理由があるからなのか……とにかく洞内でひしめいているはずの超常体が外へと漏れ出てくる事は一年を通しても指折り数えるほどしかない。
 秋芳洞内部に潜んでいる超常体への警戒として駐屯していた、神州結界維持部隊中部方面隊・第13旅団第13施設中隊・秋吉台分遣隊の面々が次第に緊張を維持出来ずに、だらけてしまっていたのは無理もないことだったかも知れない。
「ういー。眠み、眠み。昼寝でもすっかなー」
「あれ。お前、今の時間は計測所で監視当番じゃなかったっけ?」
 秋吉台科学博物館を改装した秋芳洞監視所。欠伸する同僚に、呆れて注意をする。
「あー、あれか。羽村士長に押し付けた。『ちょっと気分が悪いんで……代わってくれないか』って頼んだら『解かりました。お大事に』ってさ。お人好しも過ぎると馬鹿だな、ありゃ」
「馬鹿が付く程のお人好しだからな、あの人は。まぁ真面目なのはいいんだが、なんつーか」
「昔で言うところの、キモオタ。趣味は犬を飼う事と、アイドルの追っかけ? 聞いた話では、アイドルに入れ込んでいるらしいってな」
「ああ、知っている。第13音楽隊のユタカちゃんだろ? あの人の机には恥ずかしげも無く写真立てに飾られていたよ」
「キモっ! 見た目、薄気味悪いっつーの。典型的な苛められっ子だぜ、あいつ」
 意地悪く笑う同僚だが、相方は力無く、
「でも直接的な嫌がらせは……出来ないんだよな。あの人が怒ったのは見た事無いけど……いざという時は迫力あるんだぜ。誰よりも早く超常体の出現に気が付いてくれるし、多分、ここで最も頼りになる人だ。――舐めたら、大変な目に会うぞ。お前も気を付けろ」
「あー。せいぜい、呪われないようにするさ」
 享楽的に笑う同僚に、相方は解っていないなと肩をすくめて重い溜め息を吐いた。
 さて噂の張本人とは言うと……。
「――今日も洞内の気温・水温は目立った変化無し。湿度良好。赤外線監視カメラ並びに集音マイクに異常なし」
 泥水のような珈琲をすする。落ち窪んだ目の下には隈があり、肉付きが悪いのか頬骨が浮き出ているような貧相な顔立ち。手入れもされずに伸びっ放しの髪は、顔を隠すかのように。おまけに無精髭。38歳独身。
「……平和だね。ね、カール、ベス、ルース?」
 計測されたデータを見ながら、羽村・栄治[はむら・えいじ]陸士長は、傍らで寝そべっている三匹の仔犬に声を掛けた。一頭が顔を上げて吼えて応える。
「……羽村士長、よく見分けが付きますね。私なんて全然です。やはり飼い主だからですか?」
 薄暗かった部屋を打ち消すかのように点灯しながら、入室したWAC(Woman's Army Corps:女性陸上自衛官)が声を掛けてきた。羽村は力なく笑い返すと、
「ボクが飼い主だなんて……三匹とも隊の一員だよ?」
「でも実際に世話をしているのは羽村士長独りですよ」
「キミもこの仔達と遊べばいいじゃない」
「私は、その……犬が、駄目なんです。ようやく何とか、ここまで近寄れるようにはなりましたが、その……触れるとなると」
 WACは尻尾を振る三匹の仔犬達に本気で怯えているようだった。羽村は眉を八の字にする。
「ところで、またですか? いい加減、お人好しも過ぎますよ、羽村士長」
「何が?……って交代した事か。そういえば、彼の具合はどうだった? 医務室か、自室で療養中だと思うんだが、良ければボクの代わりに様子を……」
「中庭で元気にテニスをやっていました!」
「ああ、じゃあ元気になったんだ。大事にならなくて良かったよ」
 どこまでも、この人は……頭を抱えるWAC。
「騙されているっていう気は無いんですか?」
「え? ……ああ、そうなんだ。気付かなかったな」
 頭を掻く羽村。データに目を移して、
「別にボクは構わないよ……秋吉洞を見張るのはボクの役割だしね。それに他にする事ないし。ほら、人付き合いは苦手な方だし、皆もボクといるよりは……」
「……私は羽村士長といられたら」
 WACは小声で呟くが、羽村は聞こえなかったのか計測データから目を離さない。溜め息を吐いたWACは、羽村に包みを渡す。口を尖らせながらも、
「――羽村士長に郵便です。いつもの、海田市駐屯地の三角准尉からです」
 次の瞬間、羽村が驚くべき反応を示した。引っ手繰るかのように包みを奪い取ると、焦りの余りか乱暴に破って中身を取り出す。
「――ユタカちゃんの最新プロモーションDVDだっ! 三角さん、ありがとう!」
 狂喜する羽村と対照的に、WACは再び哀しそうに溜め息を吐くのだった。

*        *        *

 音楽演奏を通じて隊員の士気を高揚させ、合わせて地域住民との交流を促進させる。これが音楽科の役割だ。
 神州が隔離された後は、娯楽に乏しくストレスの溜まりがちな状況を少しでも緩和する為の慰問機関として再設定。音楽演奏に限らず、舞台演劇・活動写真(映画)・曲芸技をはじめ、いわゆる芸能活動にまで広がった。
 当然ながら警務科の厳しい検査はあり、健全と判断されるものが出版、そして流通される事になる。無論、非健全と判断された物は裏で流通する事になるのだが……その手と関わりが無い隊員には、遠い世界の話である。
 さておき 式神・ユタカ[しきがみ・―]一等陸士は第13音楽隊のトップアイドルだ。セクハラに看做されるのも覚悟で言うと、顔や体付きは人並みよりちょっと良い程度。歌も演技力も、ずば抜けてというものではない。だがユタカの人気が高いのは、何よりも名前の通りに豊かに感情を表現する力と、天真爛漫な明るさによるところが大きい。16歳の少女が発する元気に、皆が力付けられているのだ。
 勿論、この業界。過密なスケジュールや中傷誹謗でストレスを抱えたり、同僚から言われなき嫉妬や逆恨みを受けたりする事もある。ユタカも例外ではない。だが、そこをカバー&サポートしているのが敏腕マネージャーの 三角・ヘルガ[みすみ・―]准陸尉である。帰化した希臘軍人を父に持つ才媛は、元々は会計科で几帳面且つ厳しい事で知られ、また警務科だけでなく、裏ルートにも人脈を持つとも言われている。ユタカを公私ともに支援する第一人者だ。
「――お疲れ様ね」
「はい。どうも、です」
 バラの花束を抱えるスクウェアフレームの眼鏡を掛けた才媛に、ユタカは笑って返す。花束を見て、
「また、紫のバラですか。漫画みたい」
「……正直、何、考えているのか解からないけど。まぁ昔から女性の扱いが下手な御方だったから。多分、何処からか仕入れてきた付け焼刃の知識」
 溜め息を吐くヘルガに、ユタカは不思議そうな表情をした。バラの花束を指して、
「あれ? ヘルガさんって、紫のバラの人をやっぱり御存知なんじゃ?」
「……いいえ! その、昔、よく似た事をしていた人を思い出しただけよ」
 慌てて否定するヘルガ。暫らくユタカは納得の行かない顔をしていたが、
「――なら、いいんです。でも、やっぱり紫のバラの人の正体を知りたいなぁ。どんな人だろ?」
「多分、根暗のオタクね。ストーカーの気質もあるかも知れないわ。気を付けなさい、ユタカさん。心を許して隙なんか見せたら、さらわれて監禁、挙句の果てに洗脳調教されるわよ」
「うわ、微妙にリアルだ……って、何かデジャヴュ?」
 頭を抱えるユタカに、ヘルガは心配そうな表情を浮かべる。
「デジャヴュって……何か思い出したの?」
「あ、よく解かんないですけど……最近、よく見る夢がそんな感じなんです。アハハ、気にしないで下さい、ヘルガさん。夢の話ですから」
「夢の話っていっても心配するわ」
「いや、でも本当に大丈夫ですから。……それに、紫のバラの人は、優しい心の持ち主だと思いますし。何よりも力付けられたから。……ほら、音楽科に志願して入隊してすぐのお母さんが猛反対していた時、本気でへこんだから……。その時に紫のバラの人の応援がなかったら、今のアタシって無かったなぁ……」
 ユタカの母は第13後方支援隊のお局様である。第13旅団の生命線を握るだけあって、発言力は大きい。
「だからね、アタシは紫のバラの人を信じる事にしているの」
「……それが、根暗やオタクで、外見は気持ち悪くて貧相で、馬鹿が付くほどのお人好しで、損してばかりの人生を歩んでいる御方でも?」
「えーと。妙に詳しいんだけど?」
 問い掛けに、だがヘルガは答えず、黙ってユタカを見詰め続けるだけ。暫らくの間、沈黙が室内を支配していたが……先に話題を変えたのは時間管理に厳しいヘルガだった。腕時計を覗き、
「――休憩時間は残り十分となったわ。お手洗いやお化粧直しは……って、あら?」
 ヘルガの声に、ユタカがいぶかしむ。視線の先に目を移した。いつの間にかテーブルに置かれていた花瓶には水仙の花が活けられている。
「ああ、これ、ヘルガさんが活けてくれたんじゃ……」
「いいえ、知らないわよ。……って、どうしたの!」
 水仙を見詰めているうちに、ユタカが口元を押さえて蒼褪めていく。
「――夢、夢を見たの。水仙の花が荒野に咲いていて。思わずそれに手を伸ばしたら、突然、暗雲が天を覆って真っ暗闇に。そして地割れが起きて、這い出た根が絡みついてきて……い、いやぁーっ!」
 絶叫を上げるユタカ。ヘルガが慌てて介抱するのを他人事のように感じながら、意識を失っていった。

*        *        *

 闇夜に潜みながら、椹野川沿いに移動する。5人からなるチーム。上下セパレート式の戦闘服は全体的に細身なのが特徴的だ。腰までの背丈の上着は、パンツの外に裾を出している。両胸に設けられている大型ポケットは開閉口が縦方向になっているのだが、残念ながらボディアーマーで確認し辛かった。グリーンを主とした生地には、大柄の横縞模様を使ったカモフラージュ・パターンがプリントされている。
 ――駐日仏軍外人部隊。制式呼称は、第3外人落下傘連隊。神州隔離後に新設された部隊であり、外国籍の志願兵ばかりでなく、憑魔に寄生された純仏蘭西軍人も所属している。
 神州に駐留するのが国民軍でなく外人部隊であるのは、仏蘭西国民の生命・財産等の保護という国民軍が果たす義務の埒外で仏蘭西国民が犠牲になるのを仏蘭西国民とその世論が許さないダーティな任務と判断されたからに他ならない。また魔人は憑魔を呼ぶといわれており、神州に島流しされるのが世の流れだ。彼等は祖国の地を再び踏む事は難しい。
 だが彼等は今、そんな悲嘆に暮れる事は無く、作戦の目的を達成すべく山口刑務所侵入を狙っていた。
「――ヴィニョル隊長。現在地は、秋穂渡瀬橋南側です。目的地まで1kmを切りました」
 チームを率いているのは美麗な顔立ちをした乙女。ショートカットの髪型と、強き意志を湛える瞳が、精悍さを醸し出している。ジョゼフィーヌ・ヴィニョル(Josephine・Vignolles)少尉は頷くと、
「――各自、ここからは敵の領域下となる。憑魔能力は使えなくなるから気をつけたし」
 ジョゼの言葉に、息を呑む部下達。1人が疑問を質した(※ちなみに全員仏蘭西語で会話しているので注意が必要)。
「――隊長、憑魔能力が使えなくなるとは?」
「山口刑務所周辺では憑魔能力は全く使えない。これは敵も味方も、だ。各自の技量――持って生まれた天賦の才と、日頃の訓練のみが物をいう。それに何を恐れる事があろうか、諸君等には私が付いている。私には諸君等が付いている。犯罪者の群れなど、鎧袖一触だ! ――“ 主 ”の祝福あれ!」
「皆は1人の為に! 1人は皆の為に!」

 第17普通科連隊本部・山口駐屯地より南東に約3km。改装された山口刑務所跡地には、上官や同僚の傷害、殺しの重犯罪者を寄せ集めて設立した懲罰部隊――第13特務小隊(壱参特務)が収監されている。
 どの師団や旅団にも、こうした団長直属の懲罰部隊が存在しており、危険な最前線に鉄砲玉として投入されるのが常だ。だが壱参特務だけは例外であり、山口刑務所に収監されてから戦地に送られる事は滅多に無い。もっとも最前線に送られていないからといって、不合理なばかりな安全と自由を満喫している訳では無い……はずだ、と思う、たぶん。
 地下へと設けられた階段を降りる。息苦しさを思えるほどの闇の濃さと、気の遠くなるような閉塞感に、時間の感覚がおかしくなるようだった。女の嬌声のような耳鳴りが聞こえ始めてくる。――いや、実際に奥に行くに従って、憤りに似た男の荒々しい息遣いと、艶めかしい女の喘ぎ声が複数聞こえてくるのに、刑務所長(警務科二等陸佐)の顔が鬼面と化した。
「――何をしている、馬鹿者が!」
 所長の一喝に、重なり乱れて蠢いていた複数の裸体が動きを止めた。喜悦に浸っていた男も女も蒼褪めて慌てて自分のものらしき服を掴むと、汚物塗れの部屋の端に逃げていく。収監されている連中だけでなく、それを見張るべきはずの警務科隊員までも含まれていた。怒りの表情のままに大きく舌打ちをする。
「――郷田准陸尉! 乱交騒ぎは止めろと言っているだろうが! 聞こえているのか」
「……聞こえているよ。なんだよ、邪魔しやがって。あとちょっとでイケるところだったのに」
 静まり返っていく中でも、所長に背を向けたまま、騎乗位で腰を上下前後左右に振りたてて男を責め立てていた女が、呆れた声を上げる。振り返りざまに腰を浮かすと、秘所から縮んで小さくなったイチモツが情けなく抜け落ちていった。解放された男もまた泡を食ったように逃げ出そうとするが、
「……待ちな。イケなかったとはいえ、御褒美だ。とくと味わえ」
 女の秘所から黄金色の液体が男へと容赦なく降り注ぐ。湯気と飛沫に、恍惚とした表情を浮かべた。
「……相変わらず、破廉恥極まりないな」
「ベビーシッター以外にする事が無いんでね。で、定期連絡かい? もう、そんな時間だったか。ちゃんと時間を確認してパーティを始めれば良かったぜ」
 適当に掴んだシャツを申し訳程度に羽織りながら、郷田・ルリ[ごうだ・―]は応える。こめかみを押さえながら所長は周囲を見渡し、
「しかし相変わらず汚れに汚れた場所だな。不衛生極まりない。食べかけの物だけでなく、吐しゃ物や排泄物もそのままではないか」
「それがアタイの性分だからな。面倒くさい事はしたくねぇんだ。それほど気になるんなら、掃除する奴を送ってくれ。男でも女でも気にしないが、出来れば美味しそうな可愛い奴がいい」
 目を細めると、ルリは艶やかに下唇を舐める。所長は眉間に深い皺を刻ませて、拳を固く握り締めていたが、堪えるように数回深呼吸。
「――考えておく。ところで、また駐日仏軍から引渡しの要求が来た」
「まぁアタイの一番大きな罪状は、仏軍の上級将校を殺した事だからな。ついでに一個小隊を皆殺し」
 腹を抱えて笑うルリ――惨劇の魔女。駐日フランス共和国軍(※以下、駐日仏軍と呼称)の視察に“外”から訪れた少将閣下を、気に食わないという理由で襲撃し、瀕死のところを衆人環視の前で強姦――そのまま死に至らしめている。その際、警護に当たっていた部隊を壊滅させて、だ。
 当然、外交的・政治的問題となったが、それでもルリはこうして生きている。危険な最前線に投入される事もなく、暗い監獄の奥とはいえ、こうして周りを惑わせながら好き勝手に、だ。駐日仏軍からの再三に渡る引渡し要求に日本政府と、維持部隊上層部が応えないのはどんなカラクリがあるのか、未だ明らかにされていない。この場で知っているのは本人と、所長ぐらいだろう。
「……所の付近を、駐日仏軍の部隊が動いているという報告がある。狙いは、お前か……」
「或いはベイビーちゃんだな」
「いずれにしても、どちらを押さえられても問題が生まれる。腹立たしいがお前を引き渡すのは私にも出来ない。だが監視の行き届かないところで何が起ころうとも関知しない。……せいぜい、気を付けるんだな」
「りょーかい。せいぜい、気を付けるさ。面倒臭いけどな……って、おい、もう地上に帰るのかよ。溜まっているんだろ、一発、二発……何なら枯れるまで、アタイが相手をしてやるから、抜いていけよ」
 右手で軽く輪を作り、上下にシェイク。半開きの口から覗かせた舌を艶めかせる。豊満ながらも張りのある胸に、陶器のような腰のライン。汚物塗れなのが気にならなくなるほどの蠱惑的な肉体に、だが所長は鉄の精神で堪えて見せた。努めてルリを無視すると、警務科隊員に怒鳴り散らしながら背を向ける。
「――何だ、つまんね。……ベイビーちゃんには会っていかねぇのか?」
「……お前が乱交騒ぎに興じている間は、アレの脅威は無いという事ぐらい解かっているつもりだ。わざわざ確認するまでも無い」
 呟くと、警務科隊員を連れ出して所長は去っていった。ルリは唇の端を歪めて笑う。ゴミを積み上げた寝台に寝そべると、
「――尾っぽ、居るか」
「……イエス、マム」
 壱参特務の囚人服(※それでも野戦服としての機能はある)に身を包んだ男が、ルリの呼び掛けに応えた。
「ガミガミ野郎と、犬っコロ。それに数名の若いのを連れて、五月蝿い仏軍の連中を測れ。ただし憑魔能力が使えなくなっているとはいえ、油断するな。あと外出時には、所長や警務科にバレないようにな」
「……外への抜け道ならば幾らでもありますから」
「悪意の塊は馬鹿イノシシと癇癪持ちを連れて、内の護りに。特にベイビーちゃんの周囲には近づけさせんな。こちらも適当に若いのを見繕っとけ」
「――他は?」
「面倒くせー。適当にやっておけ。アタイはもう寝る」
 喰うか、寝るか、それとも乱痴気騒ぎか。それら以外は興味が無いとばかりに、ルリは眠りに就いた。それはもう百年の恋も冷める程のイビキをかきながら。

*        *        *

 かつて海上自衛隊の地方総監部があった呉は、神州が隔離され、陸上自衛隊を中心とする神州結界維持部隊に再編成された後も、海における作戦本部の1つである。2004年には江田島に密かにSBU(Special Boarding Unit:特別警備隊)を発足。旧海上保安庁の勢力を吸収し、沿岸部における特殊超常体殲滅活動に従事している。船舶や舟艇が著しく制限されている神州において、SBUは数少ない操船技術や水中作戦の専門家達であった。SBUはその後、神州各地に密かに分遣隊を設立していった(※地方分遣隊の最大勢力は沖縄)が、今なお江田島が総本部に違いない。
 その江田島の目と鼻の先、広島湾にある宮島は超常体の支配地として知られていた。呉地方総監部や江田島だけではなく、第13旅団司令部の海田市駐屯地、旧空自の岩国航空基地が近辺にもある事で、まさに心臓や喉元へとナイフを突きつけられた形となっている。超常体の数を調整する事で、神州の維持を成すとはいえ、宮島は無視出来る位置でもない。宮島奪還は、SBU江田島本隊に課せられた悲願であった。
 数度に及ぶ偵察の末、幾人もの犠牲の上に、乏しい情報ながらも、厳島神社跡地に宮島を統べていると思われる高位超常体の所在を確認――SBU江田島本隊は遂に宮島奪還を目的とした、本格的な攻略戦を開始するのだった。
 ……それが地獄の始まりとは知らず。

*        *        *

 生い茂る奇怪な樹木を薙ぎ倒し、掻き払う。装軌帯が音を鳴らして、大地を削る。74式戦車は旋回すると、姿勢制御装置で仰角を調整。車長が号令を発すると、ヴィッカースL7A1系列の51口径105mm砲が炎を上げた。82式指揮通信車コマンダーから送られてきた指示を受けての包囲車輌による一斉砲撃。だが敵はその強靭な脚を駆使して不整地を駆け回り、直撃を逃れる。
 岡山・日本原高原に空間爆発現象とともに出現した高位下級超常体ギガス数体は、そのまま南下を開始。第13戦車中隊をはじめとする日本原駐屯地の機甲部隊が迎撃に出た。火力自慢の戦車や野戦特科だが、生い茂る樹木と起伏に富んだ山肌が動きを鈍らせる。元来、日本国の戦車はその運用方針や設計上、機動戦には向いているとは言い難い。ましてや超常体出現期から変貌を遂げた環境に性能が追いついていなかった。山林では、二足歩行で駆け回るギガスに地勢の利がある。
「……せめて動きが少しでも止まってくれれば、直撃させる事が出来るのに」
 車長が歯噛みする。ギガスといった巨人型もそうだが、開けていない場所で極大型の超常体を相手にする時は、一斉砲撃で弾幕を張る事で幸運にも致命傷を与えられるのを待つか、或いは勇敢な普通科隊員が接近戦(※白兵戦ではなく至近距離からの銃撃や手榴弾による)を挑むしかない。
「相手の動きに合わせられれば……」
「不整地では、いくら戦車の機動力といえども難しい。今回はまだ日本原演習場跡地だったから何とかなっているが、それでも樹木や岩石が奴らにとって都合の良い遮蔽物となる。直撃はなかなか難しい。……そして市街地に出没されたら無理だ」
 中部方面隊・第13旅団は地理的な面から隔離以前から人手や戦力不足だ。小型から中型の妖精が多く占める山陰は未だ何とかなっている方らしい(※ムスッペルやヨトゥンといった巨人類はいるが、殆どは山中に築き上げた集落から出てこない)が、山陽では大型以上の獣や巨人が主な相手だ。いずれ戦線を維持する事が出来なくなり、陥落するだろう。
「――このままでは広岡ラインを突破されます。」
「全車に後退の通信を送れ。集結して再度の一斉砲撃をかけたい!」
「コマンダーからも同様の指示が……あっ、裏を掛かれました。竹の下からもう一体! 支援している野戦特科に急速接近!」
 通信を請け負っていた部下が耳元を抑える。――上面に設置している12.7mm M2重機関銃隊キャリバー50での必死の奮闘むなしく、指揮・通信の中継基地たるコマンダーはギガスの攻撃を受けて横転した。ノイズが断末魔の叫びとなって全車へと轟かせたのだ。
 野外に放り出された隊員が散発的に89式5.56mm小銃BUDDYで応戦するが、ギガスに傷を負わせるものの、致命傷には至らない。むしろ痛みに更なる怒りを燃やして、ギガスは隊員達を踏み躙っていく。振り上げたその手には、棍棒代わりに引っこ抜いた大木の幹が。大きな影が75式自走155mm榴弾砲に落ちようとする。
 誰もが覚悟をしたその瞬間――割り込むようにギガスに負けず劣らずの巨大な人影が跳び出てきた! 手にした直剣で横殴りをすると、ギガスの巨体を払い飛ばす。その威容はまさに……
「――鋼鉄の巨人?! 新手の超常体……じゃないよな? どう見ても装甲機械だし」
「装甲をまとったギガスというオチは?」
「関節部位に、配線らしきものが見え隠れしているが」
「関節、剥き出しっすか!」
「しかし、二足歩行の巨大ロボットだと……自重計算とか構造とか、どうなっているんだろ?」
「いや、先輩。今、戦闘中です。疑問は後にして!」
 余りの出来事に呆然となっていた一同が我に帰ったときには、鋼鉄の巨人は右手に持つ直剣(というか、分厚い鉄板)でギガスを2体も殴り倒していた。鋼鉄の装甲や関節部位からは想像も付かないほどの滑らかな動きは、ギガスにも劣らない。そして、鉄巨人のもう片手には……
「小銃だと!」
 比較対象として銃の形状をしているが、その口径は30mmを下るまい。精確な狙いは違わずに、剣が届かぬギガスの頭部を撃ち抜いた。それが合図で、残っていたギガスも一声咆えて、撤退を開始する。鋼鉄巨人は暫らく周囲を警戒していたが、
『――残念、5体倒せば、エースだったのに』
「……その声は!」
 何処かに設置されていたのだろう、スピーカーから拡大された音声は、第13戦車中隊一同よく知るものだった。鋼鉄巨人は片膝を付くと、胸のハッチを開いて女性が姿を現した。前世紀70年代のアニメを彷彿させる鳥類の頭部を象った鉄帽から、正体は間違いないと判断。
「――峰原准陸尉! 何々だ、それは?!」

 ……日本原駐屯地の外れにある建設資材置き場跡地。急造したプレハブの中で、峰原・杏奈[みねはら・あんな]が、集まってきた同僚や好事家達に囲まれて、説明していた。何故か、フクロウの着ぐるみ姿。
「えー。今日よりここは、仮称『第13戦車中隊・峰原試験小隊』という事になります。格好良い名称募集中!」
「格好良い部隊名募集中はともかく、何々だ、あの巨大ロボットは」
 巨大といっても全高は約5mだが、それでもギガスと渡り合うには充分だ。
「あー。アレね。制式名称は『20式人型戦車』。これまた愛称も募集中。主武装は20式37mm小銃――ボルトアクションなので連射は出来ないから注意。白兵戦武器としては20式大型直剣だけど、小銃と違って好みにより各自特注出来るはずよ。なお繊細なのでマニュピレーターによる殴り合いは禁止するわ。ていうか、やったら殺す」
「……聞きたい事はそうでなくて、いや勿論聞きたい事でもあるんだが。とにかく、いつの間にあんなのを4機も開発していたんだ?」
「……あー。アタシが開発したものじゃなくて貰い物だから。簡単な修理は出来ても、自重計算や構造設計は解らないわよ。特に制御用電脳や動力機関はブラックボックスだから解析出来ないし。……それと4機あるけど、1機は訓練用や非常時のパーツ取り用だから、実戦に使えるのは3機だけよ」
「貰い物って……何処から!?」
 詰問に、杏奈は視線を逸らしながら、
「悪いけど、それは言えない。言いたくない。仕方が無いとは言え、あんな女の力を借りただなんて。……でも安心して、動力は核分裂じゃないから」
「「「――安心出来ねーッッッ!!!」」」
 抗議する面々を無視して、杏奈は続ける。
「ちゃんと旅団長や中隊長からの認可はあるわよ。でも現在、峰原小隊(仮)の人員はアタシだけ。だから、命知らずで些細な事は詮索しない隊員を募集するわ。ただし先程言った通り、戦える機体は3つ。人数が超過した場合はアタシが降りるけど、そこは注意しておいてね。なお操縦士の適正が無い人は問答無用で叩き降ろすから。それと必要な人員は操縦士だけじゃないわ」
「……他に訊きたい事は後にするとして、どうでもいいが1つ質問を――何でフクロウの着ぐるみ?」
 一同が突っ込みたがっている質問に、杏奈は満面の笑みを浮かべると、高らかに宣言した。
「――趣味よ! だってフクロウ可愛いじゃない」

*        *        *

 仔犬の咆え声に、羽村は跳び起きた。慌てて計測モニターに取り付いて、確認するまでもなく警報を鳴らす。警報は秋吉台科学博物館に響き渡るのみならず、秋芳洞の入り口に当たる観光センター跡地に待機している第17普通科連隊秋芳洞分遣隊にまで伝えられる。
「……今までのような小物じゃない?! まさか、そんな。どうして?」
 三匹の仔犬は唸り、咆えるのを止めない。羽村は計測数値や映像に驚きの声を上げた。
「ヘカトンケイル――アイガイオンが地上に?! 彼は深奥部で護りに着いていたはず」
 無数の頭と腕を持つ異形の巨人。その全身は傷付き、腕の幾つかは引き千切られ、血を流していた。満身創痍の百手巨人は痛みと怒りに我を忘れて暴れながら地上を目指している。凶暴な眼が洞窟の外の光景を映し出した瞬間、
「――射ち方、はじめ!」
 迎撃準備を整えていた普通科部隊が一斉に撃ち放つ。5.56mmNATOの弾雨だけでなく、84mm無反動砲カール・グスタフや110mm個人携帯対戦車榴弾パンツァーファウスト等の直撃を食らっては、ヘカトンケイルといえども死は免れない。口惜しい悲痛な叫びを上げて、ヘカトンケイルは地上に出る事も出来ずに崩れ落ちた。
 モニターから歓声が聞こえる中、羽村だけは暗い表情のまま。親指の爪を噛む。
「……アイガイオンは逃げてきたのか? という事はタルタロスと完全に繋がったのか!」
 秋芳洞深奥部にタルタロスが繋がったという事は……封じられているはずの巨神族ティターンの進出をも意味する。
「……深奥部の様子を探らないと。そして本当にタルタロスと繋がっていたならば――」
 ティターンが抜け出してくる前に、再封印を施さなければならないだろう。だが洞内は危険極まりない。
「……どうにか、しないと。でも弟達は“遊戯”に囚われてばかりだし。ああ、もう、それどころじゃないってのに!」

 

■選択肢
SEu−01)第13音楽隊でミステリー&サスペンス
SEu−02)壱参特務隊員として刑務所ぶち込まれ
SEu−03)警務科隊員として刑務所に潜入&探索
SEu−04)駐日仏軍外人部隊に関して警備&調査
SEu−05)SBUとして厳島神社攻略戦に参加す
SEu−06)日本原駐屯地で人型戦車に関わりたい
SEu−07)那岐山麓にてギガスや怪物を威力偵察
SEu−08)秋吉台科学博物館にて研究&資料整理
SEu−09)秋芳洞に突入して見敵必殺&一撃離脱
SEu−FA)山陽地方の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該初期情報で書かれている情報は、直接目撃したり、あるいは噂等で聞き及んだりしたものとして、アクション上での取り扱いに制限は設けないものとする。
 ただし一部の関係者に接触するのは、容易では無い事にも注意。特に駐日外国軍との接触時は、言葉の壁が大きいのに気を付ける事。
 なお本文にもある通り、人型戦車操縦士の資格として適正(パイロットの主あるいは副特性がある事)が必要とされる。志願者は考慮するように。また人型戦車は功績Pを消費しても個人用装備として獲得できない。峰原試験小隊から外部へ持ち出したい場合は、相応のアクションが必要。近接武器は、通常は直剣だが、4P消費する事で、好みの形状武器を特注できる。
※注意!:人型戦車が実戦投入/公開されたのは、この時が初めてである為、「職歴/趣味・特技」欄で「人型戦車操縦」に類するものは絶対に認められない。


隔離戦区・神人武舞 初期情報 「ギガントマキア」

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