第六章:ノベルス


個人運営PBM『隔離戦区・神人武舞』 第3回 〜 山陰:北欧羅巴


NEu3『 望みの絶えた先に 』

 東郷池を展望する大平山公園にSAS(Special Air Service:英陸軍特殊空挺部隊)が張った天幕へと入ってきた、神州結界維持部隊中部方面隊・第13旅団に所属する 鹿取・真希(かとり・まき)二等陸士に視線を送る。天幕の主である、ヌァザ・アガートラム[――]SAS大尉は自慢のカイゼル髭を撫でながら、
「絶好のポイントは見付かりましたか、レディ?」
「フォモール、邪魔。……髭、気持ち悪い」
 真希の言葉に落ち込むヌァザを見て、鉢屋・小瑠璃(はちや・こるり)二等陸士は失笑を禁じえない。真希は無言のまま、だが小瑠璃の手元を伺って小首を傾げてみせた。
「信号拳銃、どこか、おかしい?」
 先日に真希から小瑠璃へと譲り渡した21.5mm信号拳銃。分解掃除をする小瑠璃の姿に、心配そうに眉を寄せる。小瑠璃は慌てて手を振ると、
「――いんや、その……人に物を貰ったのは初めてやので……嬉しくて。大切に使わないとあかんと思って」
 小瑠璃の返事に、真希もまた嬉しそうに笑みを浮かべた。傍らのわんこ先生も尾を振って応えた。ちょっと小瑠璃の心中に罪悪感。
( う〜ん、後ろめたいとこがあると、疑いぶかなっていけんね……すまだったわ )
 危惧していたような発信機の類はなかった。心の中で詫びを入れると、小瑠璃は努めて明るく振舞おうとした。話題を変えるように、
「そういわ、新たに銃を手配したんだね?」
 真希が新たに手にしていたのは、愛用にしている狙撃銃サコTRG-41ではなく、アルティマ・レシオ・ヘカテII。仏蘭西のPGMプレジション社の開発による対物狙撃銃だ。特徴はシンプルなボルト・アクションなだけでなく、小型化・軽量化に重点が置かれている為に真希でも取り扱いに難くない点にある。狙い撃つのは当然ながら――フォモール
「……中尉、仇討つ」
 真希の宣言に、小瑠璃もヌァザも首肯した。高位中級超常体(亜神/神獣クラス)フェンリル[――]と決着を付けるべく東郷池周辺を捜索していたテュールと元駐日独軍部隊。真希達と共闘していた彼等は、ブレス[――]率いるフォモール族の奇襲からの撤退を支援すべく殿軍となって立ち塞がっていった。テュールは最期の氣力を振り絞って爆散したものの、遠距離からの偵察に因れば、ブレスは未だ存在している様子だった。今もなおフォモールは、フェンリルが縛り付けられている羽合温泉地に群れを成している。目的はフェンリルの肉体を触媒とした魔王 バロール[――]と邪龍 クロウ・クルアッハ[――]の顕現。真希と小瑠璃はテュールに敬意を払い、遺志を継ぐ為にもヌァザに引き続き協力を申し出ていた。
「――協力するに当たって情報は共有しておいた方がいいと思うんだけど……ブレスの能力について。うちはテュールに不意打ち出来た事から操氣系かと思ーわ。また一撃で致命傷を負わせた事から呪言系を併せ持つ可能性も……」
「半分は正解だ、レディ。操氣系なのは間違いない。だがもう1つは呪言ではなく、祝祷系だな、彼奴は」
「……ブレス。“麗し”の意」
「ルーグに成り代わろうとした愚か者よ。そして皆、彼奴をルーグの受容体と間違え、騙されてしまった」
 ルーグは、ケルト神話における1柱である。ヌァザにより王の座を譲られた光明神である。
「ちょんぼし待って。ルーグは……?」
 小瑠璃の問い掛け。ルーグが顕現しているのかどうか、それもまた神州の戦いを左右するかもしれない。だがヌァザは口を割ろうとしなかった。その態度がやけに気に掛かる。もだもんて……?
「――ブレス、騙し討ち、得意。卑怯、間違いない」
「狡猾、そして利己的で、尊大だ。付き従うフォモールや、顕現させようとするバロールすらも操れると信じて疑わない奴よ。……そして気を付けなければならないのは、ブリューナクを隠し持っている事だ。遠距離だからといって安心はしない方がいい」
 ルーグが所持していた魔槍ブリューナクは、エリン四秘宝の1つであり、穂が5本に分かれた切っ先から放たれた光は一度に5人の敵を倒したと言われている。「必ず勝利をもたらす」だとか「投げると稲妻となって敵を死に至らしめる灼熱の槍」等と言われ、生きていて意思を持っており、自動的に敵に向かって飛んでいくともされる。そのブリューナクが今はブレスの手にあるという。ヌァザの忠告に顔を引き締めた。
「……援軍、来られない? バイブ・カハ三姉妹、対フォモール族、動いてもらえる、嬉しい。戦力、集中するべき」
 真希の提案に、ヌァザは渋面を作ると、
「……難しいな。彼女達は賀島の御令嬢の確保を優先命令とされている」
「しこだった。聞いておきたかったんだけど……彼女、久美ちゃんをダーナ神群が押さえんといけん理由は何なの?」
  賀島・久美[がとう・ひさみ]――山陰地方の争いの渦中にある少女。彼女の身柄を巡って、アース神群やダーナ神群だけでなく、魔群(ヘブライ堕天使群)も動いている。ヘイムダル[――]が小瑠璃に提示した条件もまた久美の暗殺だった。2人の問い詰める視線にヌァザは益々眉間に皺を寄せる。暫くの緊張後、振り絞るように、
「久美嬢は鍵なのだそうだ……『神殺しの武器』を産み出す。それはブリューナクすらも上回り、どの神群にとっても大いなる脅威になるという。――すまない。我輩がその件で伝えられるのは此処までだ」
 これ以上、ヌァザは口を割らないだろう。そう判断して真希と小瑠璃は追求を止めた。ヌァザは安堵するとともに咳払いをして、
「――それでは、これより作戦開始する。レディ達の協力に感謝し、健闘を祈る!」
「――レンジャー!」
 真希が敬礼とともに声を発すると、わんこ先生が雄雄しく吠えるのだった。

*        *        *

 第13旅団第8普通科連隊本部のある米子駐屯地より北西・約8Kmに、美保航空基地がある。夜陰に乗じて回転翼機ベル412『おしどり2号』が飛び立った。隔離前、おしどり2号は海上保安庁に所属していたが、神州結界維持部隊発足において、航空自衛隊の航空団や海上自衛隊の航空集団は維持部隊航空科(※陸上自衛隊航空科が前身にして根幹)に再編制された際に、海上保安庁の航空機も同様に摂取されてしまった。
「……ですが、おしどりに搭乗させていただけるとは思ってもいませんでした」
「C-1やYS-11では大き過ぎますからね。駐日英軍の監視網を潜り抜けるのは無理です。静粛性から『みほたか』の方が良かったでしょうが、滑走路を確保出来ないと……」
 申し訳なさそうな航空科操縦士の言葉に、山瀬・静香(やませ・しずか)二等陸士は苦笑する。航空科への支援要請が叶って、機中の人に在るのだ。贅沢は出来まい。
( それもこれも目的地が隠岐島だから…… )
 先日に出雲大社近郊で邂逅したSAS曹長 セタンタ[――]との遣り取りを思い出す。出雲大社に 大國主[おおくにぬし]の力を封じているが、肝心の祇はティル・ナ・ノーグに囚われているという。常若の国と伝えられる地は、ダーナ神群が逃れた彼方の楽園という。そしてダーナ神群が隠れ蓑にしている駐日英軍は、通常において戦略上に価値が疑わしい隠岐島に、一部を駐留させているという。静香はその点に注目して潜入を図る事にしたのだ。愛車の偵察用オートバイ『ホンダXLR250R』カスタムを機内に固定すると、おしどりに乗って隠岐島に向かう。
「最優先目標は?」
「……そうですわね。英国側の重点警備地域を割り出す事から始める必要がありますけど……玉若酢命神社辺りが本命でしょうか?」
 セタンタの言葉が真実であるならば、上位の存在が目標の付近にいるはずだろう。単身での救助は難しい。求めるのは、確実な救出の為に必要な情報。突撃で解決するほど簡単には済まないだろうから。
「それにしても、神話世界にしては、鉄と血が幅を効かせていますわね……」
 思わず呟く。隠岐島へと運ばれる間、隔離前のものではあるが隠岐島の地図を確認し、また愛車の点検、物資の再確認を怠らない。
「本来ならば隠岐空港に着陸したいところですが」
「当然、駐日英軍の管轄下にあるでしょうね」
「ですよね……蛸木辺りに着陸します」
「ありがとうございます。何とか県道44号線に沿って向かいますわ」
 敬礼を交し合う静香とおしどり操縦士。人の手入れが入らず、生い茂った草木に埋もれていた道路を発見すると、おしどり2号は着陸する。すぐに固定具から解放せしめたオート改に騎ると、静香は隠岐島に降り立った。帰還予定時刻と、合図を再確認すると、敬礼して別れる。走り出したオート改の背後で、離陸したおしどり2号が離れ行く音が遠ざかっていった。次の瞬間、爆発音が轟くまでは!
「――そんな!? 地対空ミサイル!」
 考慮すべきであった。今となっては絶海の孤島である隠岐。行き来は、駐日英軍管轄下にある空輸か、海運しかない。そして現在の神州では船舶舟艇は著しく制限されている以上……
「SASが地対空装備で接近する航空機を撃墜しようとするのは予測すべき事でした……」
 奥歯を噛み締めて悔やむ間もない。SASはおしどり2号の撃墜と、操縦士の生死を確認しに捜索を開始するだろう。撃墜前に脱出した事を祈りながらも、静香は救助に向かう事が許されなかった。何故ならば、
( あの時と同じ…… )
 撃墜音に顔を覗かせてきたのだろう、岩陰や木陰から無数の妖精型超常体の視線が集まってきている。静香は後ろ髪を引かれる思いを断ち切って、オート改のエンジンを吹かすのであった。

*        *        *

 当初は渋りながらも、新井・真人(あらい・まこと)二等陸士を受けて、賀島・亜貴[がとう・あき]三等陸尉は敷地並びに病棟内での作業に許可を出した。防衛面における責任者たる第138中隊長(三等陸佐)も頷くと、新井は敬礼をそこそこに早速の作業に取り掛かった。後ろ姿に溜め息を吐きつつ、第138中隊長は 天辺・尚樹(あまべ・なおき)二等陸士に振り返る。
「――新井二士の進言もあり、元駐日独軍キャンプ地への攻略を中断するように要請を出していた。『末尾』も異存は無いな?」
「うむ。駐屯地へ色情魔――フレイヤを殺害しに行こうにも、殻島隊長があの通りではな。戦力が足りなければ目標達成せずに終わりそうである。……忌々しいが、2柱の魔人――しかも高位上級の群神クラスが存在する中へ飛び込む為には、片方を任せられる人物がいなくてはならぬわ」
「――お言葉ではございますが、私では不足でしょうか? 天辺様」
 凛とした言葉を受けて注視する。黒目に、腰の辺りまで届く長さの艶やかな黒髪を下ろしており、大和撫子風のWAC(Woman's Army Corps:女性陸上自衛官)が敬礼を送ってきた。
「――巴か」
「はい。天辺様が『末尾』に移られたと聞き、遅れ馳せながらも参じました。お力になりとうございます」
 伊坂・巴[いさか・ともえ]二等陸士の口の端が笑みを形作る。人によっては気付いたかも知れない。その笑みが、いささか天辺に通じるものがある事を――すなわち死地を望む狂気。……とはいえ、
「オヌシの腕がどこまで上がったかは、この一戦で見極めさせて貰う。今は大人しく護りに努めよ。襲来が予想される魔群相手でも十分に歯ごたえがあるじゃろう。……場合によっては、安全確保の為に撤退する事も視野に入れておけ」
「安全確保とは――御令嬢、久美様でございますね? しかし着任したばかりで、正直、私には彼女がそれほどの重要人物とは思えないのでございますが」
 旧・鳥取赤十字病院の攻防は、久美の身柄を巡ってのものである。生来的に病弱な彼女に戦略的価値があると巴が思えないのは無理もない。それでも各勢力が久美を狙ってきているのは事実なのだ。そんな巴の疑問に、だが天辺は口の端を歪めて笑い返した。
「――戦うに理由等、必要あるまい?」
 天辺の答えに、巴の顔が引き締まる。すぐに冷笑を浮かべて見せた。
「――承知。……して、時が来るまで、私に出来る事がございましょうか?」
 第138中隊長の視線に促されて、第1382班甲組――通称『スコッパー』長、峰山・権蔵(みねやま・ごんぞう)陸士長が、改めて現在の状況を確認するように説明をほどこした。旧・鳥取赤十字病院は多数の妖精型超常体――ダーナ神群により包囲されてあり、対抗措置として警戒に当たるとともに反撃の作業を推し進めている。先日に行われた『末尾』の作戦によりアース神群の襲撃は中断されたようだが予断は許されない。そして……魔群(ヘブライ堕天使群)の大魔王クラスに匹敵するほどの実力者、偉大公 ベリアル[――]が戦力強化して再び現われる事が予測されていた。増強される敵戦力が未知数なばかりに、今度こそダーナ神群からの刺客、バイブ・カハ三姉妹との決着を峰山は望んでいた。
「……それで、反撃の準備でございますか」
「ああ、反撃作戦内容自体は単純なんだが……如何に敵を誘い込み、そして好機を狙うかが鍵だ」
「――忙し過ぎるので、久美ちゃんにちょっかいかけるのは断念したよ。自分、まともに挨拶すら、未ださせて貰ってないんだぜ」
 涙目で新井が不平を訴えるが、峰山は苦笑しつつも「我慢しろ」とにべもない。何しろ連携が大事だ。とにかく敵の包囲網を打破し、反攻に移る為にも病院は開放されねばならない。
「また爆薬類もある程度仕込んだ。取り扱いが難しいから“発破の”意多伎士長にも頼んだんだが……」
 視線の先に指向性対人地雷を運んでくる第1383班乙組のWAC2人が見えた。巴が目を細める。
「……あら。美加姉様」
「――知り合いか?」
「従姉妹でございます。お元気そうで何よりです」
 倉御・美加[くらお・みか]一等陸士が巴に気付いて微笑む。山倉・美津[やまくら・みつ]二等陸士は物資を安置すると敬礼。峰山が返礼。
「御苦労――意多伎士長は?」
「細かい設置作業はすると言っていましたが……賀島三尉に話があるそうなので、今は彼女の病室かと」
「……作業を忘れなければいいけどさ。三尉に話というのは病室に来訪する方便じゃ?」
 呆れ顔で新井が肩をすくめるが、何故か残念そうな顔をして美加は弁護?してきた。
「そういう誤解がされるのは自業自得でしょうが……どうやら本当に話があるようなのです」

 突然にむず痒くなったのを感じ、第1383班乙組長、意多伎・黒斗(おだき・こくと)陸士長は慌てて鼻を押さえてクシャミしないように尽力する。
「何? どうした?」
「いいや。ちょっと寒気というか、怖気が……」
「風邪? ……久美ちゃんにうつすなよ」
 小島・優希(こじま・ゆうき)二等陸士の視線に、意多伎が恐縮する。視線の先には、第1316中隊第3小隊――通称『末尾』隊長である 殻島・暁(からしま・あかつき)准陸尉からナイフの取り扱いを学んでいる久美の姿があった。
「……お前、本当に筋力ねぇな。ベッドで寝たきりだから手足が衰えるんだ」
 戦いで重傷を負った殻島は前線に立つ事を禁じられていた。仕方なく暇潰しとして久美に自衛手段としてナイフの取り扱いを教えているのだが……チンピラ相手の「細かい傷を沢山刻んで行けば、戦意を喪失する」といった初歩すら満足にこなせそうにない。戦意の有無ではなく、単純な体力面の問題だ。
( 戦意とは違うがナイフを手にする事に対しての怯えはないようだが……いかんせん筋力が足りねぇ )
 せめて満足に自力で歩けるぐらいには体力付けてもらうべく、リハビリにまで付き合わせるかと殻島は苦笑した。もっとも数年もベッドに寝たきりだった少女だ。少しぐらいのトレーニングで充分に戦えるかどうかは怪しい。ただ自信は付くのではないか? 守られるだけでなく、自分で戦えるという自信が。
 ――殻島の感触としては、目にしたり、耳で聞いたり、そして経験したりした事を久美は忘れないようだ。実際に出来る出来ないは別として、知識面としての技術力は綿が水を吸い込むように学んでいっている。実働戦力には向かないが、的確な助言等で味方を支援するぐらいは出来るだろう。荒い息を吐く久美を、いつの間にか殻島は興味深そうに見守っているのだった。
「……もう少しやるか?」
 殻島の問いに、久美は咳き込みながらも首肯しようとしたが、
「久美ちゃんがやる気を出しているとはいえ、さすがに、これ以上は勧められないな」
 優希が困ったような顔をして断りを伝える。壁際に控えていたメートヒェン(das Madchen:女中。独語)の スミホ・フェルヘンゲニス[―・―]駐日独軍特務少尉が素早く久美の脈と体温を測り、休息を申し付ける。殻島は肩をすくめてみせた。
「……というか、完治もしていないのに、よくやるな。殻島准尉」
「肋骨が折れたり、内臓が破裂したりしたぐらいで、長々と休んでいられるか。惰眠に浸かり過ぎると、戦いの勘が鈍っちまうぜ」
 亜貴の天才的外科施療があったとはいえ、瀕死の状態から回復したばかりとは思えないほどの殻島に、苦笑するしかない。
「……とはいえ怪我人には違いない。医者としては余り無理しないで欲しいのだが。久美にも付き合わせるのは論外だ」
 亜貴が怒ったような口調で入室してくる。殻島は鼻で笑うと、
「その甘やかせ振りが、こんなにしちまったんだろうが。ナイフ1本も満足に振るえないようじゃ、神州で生き残っていけないぜ」
「――久美は戦わずともいいんだ」
 亜貴は秀麗な面持ちを歪めて、殻島を睨み付ける。だが涼しい顔で返した上で、
「そうだろうな。お前の望みは『久美を生かす事』だからな。……だが」
「――しかし貴方は『契約』を積極的に履行する気は無いように思えるのだが……俺にも協力する事が出来ないだろうか?」
 言葉を続けた意多伎に、殻島は口笛を吹く。
「……何だ、ちょっとは考えてきたんだな」
「何も考えずに相手に付きまとうだけの愚か者ではあり続けたくないからな。少しは考えてくるさ」
 殻島の嫌味に、意多伎は真摯な表情で応じた。そんな2人の様子に、亜貴は苦渋の表情。沈黙の後、殻島と意多伎に付いてくるようにと合図を送った。メートフェンが頭を下げて、3人を黙って送り出す。優希はいぶかしむような表情を浮かべて、思わず、
「――放っといていいのか?」
「問題ございません。御三人が話し合う内容は易く想像出来ますので」
 スミホは薄く笑みを浮かべていた。優希は溜息を漏らす。そして、ようやく落ち着いた久美へと視線を移した。そして思い出したかのように、ポケットからお守りを取り出す。
「……これは?」
「あ、うん。良縁に恵まれるというお守り。本当は出雲大社が大國主の霊験あらたかなのを希望していたんだけど……需品科が取り寄せてくれたのが白山権現のだったんだ」
 白山権現―― 菊理姫[きくりひめ]は黄泉平坂に顕れて伊邪那岐と伊邪那美の争いを調停した神といわれる。そこから縁を結ぶ(=括る)として、恋愛成就の霊験ありと言われている。
( 良縁の相手は自分であって欲しいけど、久美ちゃんが他の人を選ぶならば、その人との良い縁があります様に…… )
 欺瞞だろうか? だが本心には違いない。
「……すみません。ありがとうございます。殻島さんにも怒られましたけど、わたしってば守られてばかりで……御免なさい」
「あ?! 殻島が怒っていた?」
「――口に出してはくれないけど、そんな気持ちは薄々と……守られてばかりじゃ駄目だぞって。だからわたしもナイフの扱いを学ぼうと……。でも力足りなくて、呆れられちゃったかなぁ」
 力なく笑う久美に、どう答えていいか困っていた優希だったが、
「うーむ、気にしなくていいんじゃないか? 少なくとも私は久美ちゃんを守る事に抵抗はない」
「――何故?」
「うーむ。何故久美ちゃんを守りたいのか?かぁ」
 問われて、優希は考え込む。言葉を選びながら、
「……今の日本じゃ何処もかしこも戦場で何時自分の命が失われるか解りはしないからね。じゃあ、自分の生きた意義って何だろう?って思う時は良くあるね。……結局、私も、久美ちゃんと変わらないのかも知れないねぇ。生きている間に恋を経験したい。生きていた証をこの世に残したい。そして、その人の為に命を燃やし尽くしたい――って考える時はあるかな。だから好きになった久美ちゃんの事を守りたいって思うんだよね」
 顔を赤らめながらも、告白する優希。理解した久美も頬を染める。
「……これってやっぱり自己満足であるのかなぁ。でも――」
 真剣な面持ちで、手を差し伸べると、
「……こんな私でも、貴女を守らせてくれませんか?」
「――ありがとうございます」
 手が重なり合うと、知らずに優希の頬を熱いものが伝っていたのだった。

 空き病室もなく霊安室も一杯で、人目を気にせずに話を出来る場所は限られている。仕方なく亜貴は診察室から人払いをすると、殻島と意多伎に向き直った。殻島が口火を切る。
「……あのメートヒェンが『無知』と皮肉っていた事から、既に推測する情報は揃っていると判断して改めて調べてみた。……『望みを果たした時、絶望から災いが顕れる』――『災い』はレーヴァテインを指すのだとやっと解かったぜ。『絶望』はヘルの寝台だ」
「……そうだな。殻島准尉の言う通りだ。俺は北欧神話を前提に考えるならば『絶望』は、絶望の箱という意味がある『レーギャルン』の事ではないかと思ったが。レーギャルンには病を愛す者という意味もある。そして、此処は死の女神が住むという館『エーリューズニル』なのだろう。体の半身が死んでいて、もう半分は生きているという女神にとって、生者と死者が混在する病院は館にするのに相応しいのかもしれない」
 苦渋に満ちた声で、意多伎が続ける。
「さて――となると謎解きは終わりで、此処からが本題だ。……改めて尋ねるぜ? 『契約』とは何だ? スミホが漏らした言葉によると、お前等が契約した相手はロキの様に読めるのだが……。お前の望みは解かり易い――ずばり『久美を生かす事』、契約期間は『久美が恋をするまで」」
「……生来的な不治の病に冒されている娘を少しでも延命させる為に『死の女神』を受け入れたといったところだろうか? それが恋を成就する事によって死んでしまう契約だったとしても」
「解からない事は此処からだ。……契約の代償としてヘルが得る物は何だ? そういえば、ヘル自身の望みも久美と同じみたいな事を、お前は言っていたような気がするが――戯言じゃなかったのかよ」
「……それに何故、久美ちゃんが死ぬ事が『絶望から災いを手にする事』になるのか。三尉が久美ちゃんに男が近付くのを極度に嫌がる点。メートフェンが『恋焦がれるような男子が来てくれる〜』云々と言っている点を考えれば……」
「『恋の成就』が、結ばれるという行為の事なのだろうな。『恋の成就』が、想いが通じ合うとかキスぐらいなら女同士でも問題はない」
「そして久美ちゃんはレーギャルン或いはレーヴァテインを生む事によって死んでしまう?」
 殻島と意多伎の問いに、亜貴は沈痛な表情のまま俯いていた。肺腑から絞りだすような声で呟き始める。
「……私と妻は愛し合っていた。私がこんな身体だから、心無い者からの誹謗中傷は勿論あった。それでも私達は結ばれて、幸せだった。――あの時までは」
 意多伎達の見守る中、亜貴は震えながらも続ける。
「――私は出産時に立ち会うべきではなかった。久美が産声を上げようとした時、私の身体へと憑魔核が空間を割って出現したのだから」
 乾いた笑いが響き始める。
「超常体が出現する時、空間に爆発が生じる。それは憑魔も同じ事だ。爆発によって欠損した体細胞の代わりになって憑魔核は神経や血管に根を張る。その影響は当人だけでない。周囲にも及ぶ事がある――そうだ、妻はその爆発で亡くなった。そして久美もまた不治の病魔に冒されたんだ」
 妻の死。そして生まれながらにして異界の病魔に冒された久美も息絶えそうになっていた。
「――その時、現れたのがスミホ君であり、憑魔核を通じて囁いたのがロキだ。――『契約』を交わすならば、娘の命を助けてやれるかもしれないと……そして施術が行われ、久美はヘルの受容体となった。全てはヘルの望みを叶える為に。そして今や、それは久美の望みでもある」
「ヘルの望みとは何だ? まさか本当に恋を?」
「……ヘルについて書かれたエッダは読んだ事が当然あるな? 生まれながらにして半身が死んでいて、もう半分は生きているという女王。神々が最も恐れ、九界を統べる権限が与えられたヘルは死の国へと館を構えた。ヘルについてのエピソードで有名なのは光明神バルドルの死だ。ロキの謀殺で亡くなったバルドルだが、動機がはっきり記述されているものは少ない。そしてバルドル復活を願った神々は北欧神話上で唯一復活の奇跡を持つヘルへと使いを出している。だが彼女は条件を出し、そしてロキが邪魔をする」
 亜貴は顔を上げると、鋭い眼差しで2人の男を睨み付けてきた。
「ロキは、ヘルの為にバルドルを殺したのだ。死の世界にいる娘が寂しくないようにと」
 衝撃が走った。確かにバルドルの死と、ロキの暗躍は北欧神話上でも不可解な謎が残っている。だがそれもヘルの為だったとしたら……
「結局、バルドルとは結ばれなかったようだが、ロキはヘルの望みを叶えようとした。そして神州で行われる『遊戯』を利用したのだ。そして、それに介入したのが……スミホ君だ。レーヴァテインをこの世に顕す事こそが彼女の――」
「……それは経過の1つであり、わたくしの目的は違いますよ」
 空間の揺らぎに、殻島の片眉が跳ねた。部屋の隅にいつの間にか佇んでいるメートヒェン。
「……じゃあ、お前の目的は何だ?」
「――来るべき『黙示録の戦い』において“這い寄る混沌(ニャルラトホテプ)”を神州から追い払う事。分身ならばともかく、彼奴の本体を倒すにはレーヴァテイン級の『神殺しの武器』がなければ困難を極めるでしょう」
「だから――久美ちゃんを犠牲にすると!」
 意多伎がセラミクス製の剣に手を掛ける。スミホは冷笑を浮かべて、
「望みを叶えるには、それなりの代償が必要です。そしてヘルも、そしてお嬢様も既に承知の事。愛する者と結ばれて、愛する人の子を身ごもる――これは女性にしか出来ません。そして、受胎した子を媒介にレーヴァテインは顕現します。当然、母体も焼き尽くす。――意多伎士長、貴男の出生と同じ状況の再来になるでしょうね」
 成る程。それが、意多伎が負ったという『罪』――母殺しか。そして今度は、結果として妻子を殺す罪を負う事になるかもしれない。殻島の頬が引きつった。
「……って、ちょっと待て。受胎した時にレーヴァテインが顕現すると言ったな? なら、事を致さなかったら?」
「当然、レーヴァテインは顕現しません。ですが人類は最強の『神殺しの武器』を手にする事なく、『黙示録の戦い』に臨む事になるでしょう。そして望みが叶わないと感じたヘルが怒りの余り目を覚まし、『契約』を破棄するかもしれません――それはお嬢様の死です」
 悪びれもせずにスミホは語る。亜貴は押し黙って、拳を握り締めているだけだ。
「……望みを叶えて死ぬか、それとも望みを果たさずして死んでしまうか。どちらがお嬢様にとって幸せでしょうかね? 何度も申し上げますが、既にお嬢様も承知の事です。――願わくは、お嬢様の死を受け入れ、絶望から災いを手にする事になっても、臆する事無きよう勇気を持たれます事を」
 一礼してスミホは退室しようとする。が、
「――待て。リハビリに付き合って貰うぜ」
「……宜しいでしょう。それで吹っ切れるというのならば、お付合い致します」
 向き直ってくるスミホ。殻島は鼻を鳴らす。
「……しかし『遊戯』に参加していないと言いながら、豹総統を屠るとはずいぶん大盤振る舞いじゃねぇか。お前が『今』仕えている『お嬢様』ってのは、久美か? 死の女神か? 法螺吹き娘か?」
「真の主は法螺吹き娘でございますが……『現在』お世話させて頂いていますのは、久美お嬢様でございますよ。――『契約』により仕えている御方はまた別にいらっしゃいますが、それを語る必要も義務もないので一切口にする気はございません。……悪しからず御了承下さいませ」
 意多伎も声に出した。
「もしも貴方が殺されたら契約は解除されるのか?」
「――さて? 試してみたらどうですか?」
 不敵に微笑むと、殻島に連れ立ってスミホは今度こそ姿を消したのだった。

*        *        *

 木陰に潜り、地に伏す。生い茂った叢の中に隠れて、SASの戦闘パトロール隊をやり過ごす。
「――CQ、CQ。こちら敵影はおろか、異常らしき痕跡も見当たらない。……承知した。索敵ルートを東に移す」
 リーダー格の指示で、ダイヤモンドのまま4人組は道の彼方に消えていく。静香は息を漏らして、弛緩。だがすぐに集中して、目的地――玉若酢命神社(たまわかすみことじんじゃ)へと向かう。古くは若酢大明神や総社明神と称し、主祭神は景行天皇の皇子、大酢別命の御子――玉若酢命。そして大己貴命・須佐之男命・稲田姫命・事代主命・須世理姫命を配祀する隠岐国総社であった。だが、今は――
( 駐日英軍の防衛拠点の1つ。……やはり、こちらに大國主命が!? )
 ――不意に声が聞こえてきた。
『……我と妹(※妻を意する古称)を解放せよ。義父より賜りし美名と、豊葦原の大社を再び――』
「……ッ!」
 活性化に似た痛みと痺れが全身を貫いた。直感する。やはり大國主が封印されているのは、この社だ。更に詳しい情報を得ようと意を決し、接近を試みる。境内の人影に気付いて、身を沈めた。30代半ばから40代前と思わしき貴婦人がパラソルの下で読書している。屈強なSAS隊員に給仕された紅茶を優雅に飲む姿は洗練されていて嫌味がない。見惚れるほどの気高さ。そして心委ねたくなるほどの包容力と温かさを醸し出している。貴婦人の視線が一瞬だけこちらを向いた。そして微笑んでみせる。静香の身に緊張が走ったが、貴婦人は素知らぬ振りをして再び視線を本へと落とした。些事に気付いたSAS隊員は誰もいない。
「――母上。こちらにいらっしゃいましたか。現在、島内に不審者が潜り込んでいる恐れがあります。母上の身にもしもの事があったら……」
 将校服をまとった女性士官が慌ただしく現われて、貴婦人へと小言を述べる。
「あら、妖精達の目にも見付からず、私にも気配を感じ取らせないなんて余程の隠れ上手なのね」
「笑い事ではございません! 撃墜したヘリは自衛隊の物と確認されましたが、潜入者が日本人とは限りません。もしかして母上の命を狙う、フォモールやヘブライの羽根付きや異形共、アースの者とも限らないではありませんか!」
 誠に心配しているような女性将校の言葉に、貴婦人は困った顔をする。女性将校は溜め息を吐くと、
「母上は、我らが女王なのです。御自覚をお持ち下さい。くれぐれも決して独りになりませんように」
 忠告をすると、女性将校は部下に指示を出して、神社境内――特に貴婦人の周囲の警戒を密にさせる。そして再び指揮所の方へと戻っていった。貴婦人はおっとりとした表情のまま、
『――そこの貴女。そういう訳ですから、今日はお帰りなさい』
 穏やかそうな声が、直接、静香の頭に語りかけてきた! 必死になって驚きを押し殺す。続く貴婦人の念話には心配そうな色。
『……御免なさい。突然、驚かせてしまいましたね。でも、こうしないと私の騎士達や特にあの娘――アリアンロッドは貴女を見つけ出してしまうでしょ?』
( 貴方は……? )
『――私はダーナ。ティル・ナ・ノーグを治める女王にして母親。そして貴女達の英雄を封じているもの』
( 貴方が大國主を!? ――私の要求は簡単です。祇の解放を! )
『……残念ですが、その申し出は聞き入れられないの。私は争いを好みませんが、だからといって、ようやく手に入れた楽園を手放す訳にもいかないの。それが黙示録の戦いまでの束の間と雖も……。私には女王としての責務があるのですから』
 哀しそうな響きを感じ取れた。そして続ける。
『だから今はお帰りなさい。妖精達には黙っておくように伝えるわ。でも、くれぐれもアリアンロッドには見付からないようにね』
 それだけ告げると、ダーナ[――]は再び沈黙する。静香は知らず唇を噛んだ。
( ……残念ですけど島外へと脱出するすべがありませんわ )
 ……途方に暮れるしかなかった。

*        *        *

 深緑の蔭に紛れて、小柄な人影が忍び行く。慎重にかつ迅速に。時には地面に伏して前方の様子を伺った。肌に触れる外気から感じ取る緊張と、葉摺りの音さえ聞き逃さない集中。小瑠璃は双眼鏡を取り出して、畜獣頭人身の敵超常体を確認する。右肘を曲げて、左手は親指を立てて下方を差す。次いで2本指し示す。小瑠璃のハンドシグナルを受けて、後続のヌァザは首肯すると、
「――射てっ!」
 号令に銃身の下部に装着したM203からグレネードが発射されて、弾体を降り注いだ。SAS隊員達はM16A2アサルトライフルの銃身を木陰から覗かせて、射撃開始。フォモールの武器は巨体からくる怪力のみならず、呪言系憑魔能力だ。近接戦闘は可能な限り避けて、アウトレンジからの一斉射撃が基本戦術となる。5.56mmNATOを受けてフォモールが地に沈んでいった。
「――クラウ・ソナス!」
 ヌァザが義手に風を纏わせて鋭利な刃物に変えると、傷の痛みによる怒りで特攻してくるフォモールを両断する。
「ポイントCクリア! 作戦を続行する」
 無論、フォモール側も油断していた訳ではない。SASの攻撃を警戒し、随所に待ち伏せを配置していた。だが先行する小瑠璃が見付け出していく事で、各個撃破の憂き目に遭っていく。
「……分隊は引き続き周辺への警戒を怠るな。本隊は旅館跡に突入し、ブレス討伐に向かう」
 ヌァザの指示に、羽合温泉街に進入するSASだったが、突如として隊員の1人が崩れ落ちた。胸部には焼け焦げた貫通痕が刻み込まれている。
「――ブリューナクか! 各自散開し、遮蔽物に身を隠せ!」
 光速で発射される槍は、目視で捉える事は不可能。まさしく不可避にして、放たれれば絶対命中の攻撃。そして遠距離からの狙撃。手にするブレスは操氣系にして祝祷系であり、気配を隠して、また姿を溶け込ませている。このままでは一方的に蹂躙されるだけだ。歯噛みするヌァザ。だが小瑠璃は意を決すると、
「……任せたけん。行くよ!」
 突然の行動にヌァザが制止する間も与えずに、小瑠璃は遮蔽物から身を乗り出すと、一気に前方の廃屋へと駆け出す。少しのところで、左胸に激しい衝撃が叩き付けられた。路上へと転倒しそうになったが、
「――うちは負けん!」
 激痛をものともせずに立ち上がると、小瑠璃は廃屋へと跳び込んだ。全身に氣の防護膜を張り巡らし、また狙い辛い頭部ではなく胴体への攻撃が幸いした。氣の膜に加えて、着込んでいた戦闘防弾チョッキが光線の貫通を阻んだのだ。そして、一撃で小瑠璃を仕留め損なった事に動揺したのだろう。小瑠璃はブレスと思われる気配が揺らぐのを感じ取る。
「……旅館屋上やけん、頼むわ!」
『――こちら、投射時、発光、確認』
 伏射ち体勢で待機していた真希がヘカーテIIの引鉄を絞ると、12.7mm弾が銃口から放たれた。反動を抑える機構もあり、扱い易いとはいえ、それは飽くまでも従来の対物狙撃銃との比較だ。銃架脚で支え、伏射ち態勢でありながらも小柄な真希は、反動で身体が浮き上がるような感じを受ける。わんこ先生がのしかかるようにして押さえてくれた。傍らに控えていたSASの観測手が双眼鏡を覗いたまま、
「――屋上に着弾を確認。目標の生死は不明。風速・角度の微調整後、続いての発砲を許可する」
「――レンジャー!」
 排莢して、次弾を送り込む。ブレスに反撃させる間も与えずに叩き込んでいった。その間に小瑠璃は廃屋から抜け出ると、一気に目標の場所まで駆け上がった。爆雷のような対物ライフルからの狙撃に、もはや身を隠す余裕もないブレスの姿を見出す。
「不意を打つしか能が無いひきょうモンに、うちはまけん!」
 一瞬にして詰め寄ると、小瑠璃は右肘を当てにいく。とっさにブレスはブリューナクを手にしていた腕で打撃を庇おうとした。が、それは小瑠璃の誘導。円孤を描くように回り込むと、腕に絡み付く。憑魔に完全侵蝕された魔人といえども、異形系でなければ、その身体構造は変わらない。肘関節を壊し、腕を骨折させ、肩を外す。力を失った手からブリューナクが滑り落ちた。激痛にブレスが絶叫する。秀麗だった顔立ちを醜く歪ませて残った腕に光を集めて小瑠璃に放とうとした。
「――クラウ・ソナス!」
 追い付いたヌァザの義手がブレスの腕を断ち切る。そして体勢の崩れたブレスの膝関節を小瑠璃の突き蹴りが破壊した。支えるものを失って、屋上に身を沈める無様なブレスの姿。
「……馬鹿、な……この“麗し”の私が……」
「何が“麗し”か。これが裏切り者の末路よ」
 後続してきたSAS隊員達が銃口を突き付けて、取り囲む。ヌァザはブリューナクを回収すると、自慢のカイゼル髭を撫でた。
「……認めません。必ずや、フォモールの呪いがダーナに降り掛かり――っ!」
 ヌァザが指を鳴らすと、銃声が轟いた。暫くの沈黙の後で、ヌァザは小瑠璃に向き直る。
「――自衛隊の協力に厚く感謝する。……だが東郷池周辺一帯は大英帝国陸軍の管轄下に置かれる。即刻の退去をお願いしたい」
「もしやフェンリルの確保に動くつもりやの! でも、うちはテュールのやり残した仕事、果たさせてもらうけん!」
 油断なく小瑠璃は構えた。周囲の警戒に当たっていたSAS隊員達が成行きに緊張する中、ヌァザはカイゼル髭を整えると、
「……そうだな。敵とはいえテュールの遺志は叶えないとならん。それが協力してくれた者達に対する、紳士の務めだろう」
 微笑んだ。ヌァザは周辺にフォモール残党がいないかの確認と警戒を怠らぬよう指示を出し、ブリューナクは部下に預けると、小瑠璃や真希と共にフェンリルの元へと向かう。ヌァザに対する緊張を緩ませなかった小瑠璃だったが、奥に進むにつれて別の事に注意を向けた。フェンリルの唸り声が廃屋を震わせていたのだ。真希がH&K MP5KA4短機関銃を構える。
「――何か、変。警戒、厳重に」
 わんこ先生の尾が張り、全身の毛が逆立っている。ヌァザも緊張の面持ちで奥を見詰める。苦しがっているフェンリルと重なって、別の何かが膨れ上がってきているのを小瑠璃は感じ取る。
「――娘達ヨ、吾ガ元カラ離レヨ! 吾ニ埋メ込マレタ卵ガ孵ル! 逃ゲ――ッ」
 何かを堪えて耐え忍んでいたフェンリルが叫ぶと同時に、眼が開かれた。断末魔の叫びが轟く。フェンリルの巨躯を内から突き破って現われたのは、闇色の蛇体――否、龍だ。
「――クロウ・クルアッハだと! ブレスめ、とんでもない置き土産を残しておきおって!」
 呻くヌァザだったが、宿敵登場の驚きに、思わず棒立ち状態。間一髪ヌァザを突き飛ばして攻撃を避けると、真希――否、摩利がフルオート! 襲い掛かってくるクロウ・クルアッハに銃弾を叩き込んだ。
「こういうのに、急所狙いでなければ点での攻撃は効かないわよ! 撃ちまくるよ!」
 小瑠璃も9mm拳銃SIG SAUER P220を撃ち放つが、効果は薄い。立ち上がったヌァザが義手に風を纏わせ、
「――クラウ・ソナス!」
 風の刃がクロウ・クルアッハに傷を負わせるものの、決定打に欠ける。ましてや、すぐに傷がふさがっていくのが見て取れた。クロウ・クルアッハが口を開くと、炎の舌が蹂躙してくる。慌てて回避。
「――異形系に、火炎系?!」
「それだけやないけん。見て、床を!」
 クロウ・クルアッハの周囲が腐っていく。食い散らかしたフェンリルの遺骸すらも腐り果てて、ついには骨だらけ――否、それすらも残さずに風化して塵に変わる。
「……呪言系」
「――レディ達! ここは我輩に任せて、一刻も早く撤退するのだ」
 殿軍を務めようとするヌァザ。だが小瑠璃はヌァザの足を払って体勢を崩すと、襟を掴んで引き摺った。
「――テュールの真似はせんでええけん! とっとと、逃げるんよ。わんこ先生!」
 ヌァザの袖口を咥えると、小瑠璃と同じく引き摺る、わんこ先生。摩利は時折振り返ると乱射して、クロウ・クルアッハの追撃を阻む。
「……解かった。無駄に命を捨てようとは思わん。だから――我輩、自分の足で立って逃げるから、離してくれないか? ――痛っ痛いったい!」
 まったくもって紳士も台無しだ。だが無視して小瑠璃とわんこ先生、そして摩利は少しでも距離を稼ぐべく駆け足を止めようとしない。異変に気付いたSAS隊員達が救援に駆け付けてくる間、ヌァザの悲痛な叫びが響き渡ったのだった。

*        *        *

 ……夜半過ぎてから、奴等は襲い掛かってくる。幾度なく繰り返される妖精達の襲撃に、ついに防波堤が崩れた。薄くなった箇所に雪崩れ込んでくる超常体の群れ。――だが、それは……
「悪いな、罠なんだ」
 バイブ・カハ三姉妹と相対していた峰山の口元が歪む。不敵な笑みの真意に気付いた モーリアン[――]が、妖精達へと深追いせぬよう次女から伝えるよう指示を出す前に、爆音が轟いた。仕掛けられていたM18A1指向性対人用地雷クレイモアが炸裂し、吐き出された鋼球が妖精達へと襲い掛かる。加えてプラスチック爆弾が猛威を振るう。爆発によって生じた衝撃や火炎は狭所でればあるほどに威力を増す。殺到していた事により逃げ場を失った妖精達は一網打尽となった。
「……さすがは“発破の”の仕事だ。効果覿面だな」
 今まで病棟への損害に遠慮していた爆発物だが、現状の包囲下が続き、持久戦に持ち込まれればジリ貧になるは必須。ならば痛みを省みずに攻撃に転じた方が結果として、犠牲は少なく救われる命も多くなる――新井の説得に折れた一同が賛意を出した作戦だった。
「ならば貴殿等を片付けて、このまま押し通るまで!」
 バイブ・カハ三姉妹を引き付けて満身創痍になった『スコッパー』に対してモーリアンは強行突破を決意したようだった。マッハ[――]が大剣を構え、俊敏な動きでもって迫ってくる。
「――お兄ちゃん、ようやく殺してあげましゅね♪」
 だが迫り来る凶刃に対しても、峰山は不敵な笑みを崩さない。
「……悪いが――俺達も罠なんだ!」
 消火栓に偽装した仕掛けに足を引っ掛ける。カバー板が内側から弾け飛び、鋼球と爆炎を噴出した。慌てて回避しようとするが、勢いは止まらない。無数の鋼球を全身に浴びてマッハは廊下に転がる。無論、誘い込んだ峰山達もただでは済まなかった。致命傷は避けたものの延焼や跳弾で傷を負う。痛みに膝を屈した。マッハはもんどり打ちながらも、異形系の驚異的な回復力で再生を始めている。さらに、
「――マッハ! この前のガスといい、もう許せないわ。怒ったわよ!」
 ネヴァン[――]が声を高らかに上げると、風が逆巻き始める。金切り声と共に風が鋭利な刃物となって、スコッパーに襲い掛からんとした。その時、
「――ィイーヤッハァ!」
 奇声にも似た気合いの叫び。窓ガラスを蹴り割ると、上階に待機していた赤いツンツン頭が飛び込んでくる。軋むワイヤーを気にせずに振り子原理を利用した遠心力を加えた、新井の膝蹴りがネヴァンの脇腹を穿つ。突然の攻撃に対応出来ずにネヴァンの細身が壁に叩きつけられた。激しくむせぶ。
「――見たか! デビチル・タイガーキック!」
「ガッツポーズは後だ! 来るぞ」
「応よ、わかってら!」
 親指を立てて鼻をこすると、新井は腰に佩いていたマチェットとチンクエディアを素早く装着。妹達の苦境を援護せんと支援射撃を叩き込んでくるモーリアンへと、マチェットを振り下ろした。
「――吹き荒れろ! デビチル・ストーム!」
 握ったマチェットの柄が新井の呼び掛けに応じて脈動すると、刀身から突風が吹き荒れる。モーリアン自身は微動だにしないが、風を受けて弾道が僅かにずれる。狭い場所ゆえに妹達が外れ弾による損害を被らないよう正確なモーリアンの射撃。だが、それゆえに新井を狙う弾は少しのズレで命中率が大幅に下がる。
「――姉! 女を蹴り飛ばしたガキは、アタシが貰うわ! 切り刻まれろ!」
 空気を振動させた金切り声が真空状態を作り出す。ネヴァンが発した超音波が鋭利な刃物と化して壁を切り裂いた。
「――ギャ●スか、おまえは?」
 思わず、1960年代以前の娯楽作品を知る峰山がツッコミ。それはさておき新井は迫り来る超音波の風をあろうことか真正面から受けきった。超音波の振動を浴びてチンクエディアが震える様子は、歓喜の声を上げているようだった。
「――退け! ネヴァン、お前では分が悪い。この少年は憑魔武装……」
 モーリアンの忠告は、だがネヴァンには間に合わなかった。新井がダッシュ!
「――必殺の、デビチル・ビィィィム!!!」
 炎が一瞬にしてネヴァンを包み込んだ。悲鳴を上げる間もなく、ネヴァンは消し炭と化す。新井はモーリアンと向き直ると、
「ようやく2人っきりになったな、モーリアン。このまま自分と一緒にお茶でも飲んだりして夜明けを迎えないか? あんたって自分が幼いころ憧れていた近所の姉ちゃんに似ているんだ」
「――ませガキが。しかし自身も魔人でありながら、複数の憑魔武装所持者だとはな……自衛隊も、いや人間側も強力なユニットを隠し持っているものだ」
 妹を葬られたにも関わらず冷徹に努めるモーリアン。だがネヴァンの死は、末妹には酷過ぎた。
「――よくもよくもよくも! ネヴァンお姉ちゃんを殺したなっ! 殺す殺す殺す殺すっっっっ!」
 怒りが異形系能力を暴走させたのか、幼かったマッハの肢体は、醜く、だが巨大な怪物と変じていた。新井へと一気に飛び掛らんとする。しかし阻むのは4人の男達。大円ぴを構えながら、能力を発動する。
「――悪いが、おまえの相手は俺達だ!」
 身体を鍛え抜いたスコッパーの攻撃を受けても、突進を止めぬマッハ。だが地脈系スコッパーが足下を崩し、さらに幻風系スコッパーが風で上半身を縛り、体勢を崩す。そして雷電系スコッパーの助力を浴びた、峰山が止めを叩き付けた。雷火を纏った大円ぴがマッハの肉体を打ちのめす。蘇生不可能なほどの火傷を負わせるだけでなく、マッハの憑魔核を焼失せしめた。
「……痛いよぉぅ――死にたくな……い……」
 燃え上がる炎の中で、崩れゆくマッハ。妹がまた1人と消え去っていく間、モーリアンも何も動かなかった訳ではない。だが新井が一気に突撃して攻撃を仕掛ける……と見せかけての、足止め狙い・時間稼ぎの遠距離攻撃。マチェットを克ち合わせてチンクエディアから発した凍気が、モーリアンの手足を麻痺させようとする。モーリアンは凍傷になるのをものともせずに動き回っていたが、ついに、
「――なるほど。敗北を認めなければならぬようだな。部隊ユニットの損失は著しく、補充するネヴァンも今はない。ましてやマッハも戦死した」
「……なら退くかっ?!」
 新井の問いに、だがモーリアンは鼻で笑う。初めて見せる、感情を込めた顔。それは覚悟を決めた戦士の表情だった。
「――本官はモーリアン! 戦いの女神、死の女王! クー・フーリンに付き従うとともに呪いを掛け、またアーサーの異父姉とも称されるモノ! このまま生き恥をさらすつもりはない!」
 空間が爆発し、衝撃が新井やスコッパーを吹き飛ばす。――殻島と同じ空間系とかいう奴か!?
「……だが、自分は負けない!」
 痛みを堪えると、何度も吹き飛ばされるのを覚悟し、持てる力を振り絞っての突撃を図る。峰山をはじめとするスコッパーも同じ事。荒れ狂う風と空間の中、銃弾に抉られ、衝撃で壁や天井に叩きつけられ、床に寝転がる事になろうとも……。
「新井二士、おまえの力を借りるぞ! 正確には、おまえのチンクエディアの力だが……」
「何考えてっか知らねぇけど、承知したぜ! 何をすればいい?」
「簡単だ! 俺達の力を注ぎ込むから叩き付けろ!」
「……はっ?」
「大丈夫だ。理論的には可能……のはずだ。元同僚で今や沖縄のイロモノ戦隊が決め技にしていたから」
 聞き捨てならない事を呟いていたが、峰山は意を決するとスコッパーの面々に指示を出す。雷が発せられて、峰山の火炎にまとわりつく。炎は大地を燃やし、熱気は風を嵐に変える。その嵐がチンクエディアを活性化させていく。制御し切れないほどの威力に、恐れと同時に覚悟を決めた。咆哮を上げながら、
「――よし行くぜっ! デビチル・ブリザードエクスキューショナー!!」
 チンクエディアから発せられた氷雪の嵐、凍気の渦がモーリアンの張る空間障壁を断ち割った。だがモーリアンも叫びを上げると空間が膨れ上がり、凍気を押し返さんとする。チンクエディアが悲鳴を上げ、刀身に亀裂が入る。刃が欠け始めた。過剰な力のぶつかり合いにチンクエディア自身が保たなくなってきたのだ。だがここで引くわけには行かない――。
「グッバイ、チンクエディア! あんたは、自分の最高の相棒だったぜ!」
 チンクエディアに風を纏ったマチェットを叩き付けて、ブーストアップ! 威力が急激に増した凍気は絶対零度に近付き、モーリアンを空間ごと凍結――そして破砕した。同時にチンクエディアもまた砕け散る。
「……終わった」
「――ああ、ひとまずはな。とりあえずダーナ神群が攻めてくる事は無くなるだろう。……悪かったな、大切な相棒を失わせてしまって」
「……構わないって。でも、これで火炎系の超常体がこぞっとやってきたら、決め手に欠けちまうな」
 ぼやく新井。峰山達も唇を噛み締める他無い。
「……火炎系には絶大な威力を発揮するが、必ずしもそれで倒せるという訳ではないから……すまん。フォローになってないな」
 そんな峰山だったが、新井は吹っ切ったような面を浮かべると、
「――まだベリアルが残っているぜ。救援に行かなくちゃ!」
 不敵な笑みに首肯すると、新井に続いてスコッパー達も久美の病室まで駆け出した。

 病棟の外や階下から聞こえてくる爆発音や銃声に、天辺が細めていた眼を開く。視線を移すと、手持ち無沙汰の殻島がパイプ椅子にもたれているのが見て取れた。鼻を鳴らすと、
「お前は重傷人なのじゃから、おとなしく療養に努めればよいものを……」
「言っただろう。惰眠に浸かり過ぎると、戦いの勘が鈍っちまうってな。それに、俺だからこそ出来ることがあるさ」
 殻島は嘯くと、病室の扉を見遣った。スミホと優希が詰めており、外堀は天辺と意多伎、そして三人娘が付いている。殻島はオマケだ。だがオマケなりにも含むところがあるらしい。再び鼻を鳴らすと、
「……で、どうじゃった? リハビリ」
「一方的だ。しかも、お優しいこって、怪我の回復に差し支えないところを重点的にいたぶられた。体力や持久力、瞬発力、その他諸々のスペックは平均女性並みの癖に……」
「――経験か」
「ああ。技量が格段に上だ――まるで数十年、否、数百年以上も死地を潜り抜けてきたような化け物……〈殺戮生存者(ジェノサイド・サバイバー)〉だな。機転が利いて、回転も速い。詰め将棋のように終わりを見越して攻撃してくる。余程の不意を打たなければ勝てねぇ。或いは数と力で押し切るしか――」
「それで……吹っ切れたのか?」
 天辺の問いに答えようとした時、殻島は空間が“揺らぐ”のを感じ取った。怒鳴る。
「来たぞ――目の前に、だ!」
 視線の先、廊下の端に、3つの影が浮き上がる。小柄な道化姿に、武器を手にした男女。男の方は燃え盛る剣を、女の方は棍を手にしている。
「――ヒャッハ! 待ち伏せだぜ、ベリアル! 直接、部屋に乗り込めなかったのか?」
「あの侍女が張った結界は、私でも通過は不可能です。私共が畏敬して止まぬ猊下でさえも骨が折れるでしょう。……逆に言えば」
「――逃げ道はない」
 魔王3柱の会話に、殻島は溜め息を漏らす。いざとなれば“跳んで”逃げさせる事も考えていたのだが、不可能と解かったからだ。
「……天辺のジイサン、それに意多伎。俺の出番はないわ。好きにやっちまえ」
「言われるまでもない!」
 狂喜の笑みを浮かべると、天辺は妖刀鎌鼬の鯉口を切る。偉大公ベリアルへと先手必勝! だが、
「――ヒャハっ! ロートルの癖に頑張るね! 俺様は不和侯アンドラス! 俺様の名を地獄への土産にしな! きっと歓迎してくれるぜ、ヒャハっ!」
 素早く炎の剣を手にした男―― アンドラス[――]が立ち塞がった。相生相剋では、妖刀鎌鼬では分がやや悪い。意多伎と部下2名が代わりに立とうとするが、
「……素直に貴方達の都合に合わせると思っていましたか? 私が相手して差し上げましょう」
 爪を鋭利な刃物に変えて、ベリアルが微笑む。
「――倉御一士、山倉二士! 支援頼む!」
 意多伎が特製セラミクス剣に炎をまとわせた。だがベリアルは意にも介さずに、熱波すらも涼しげな顔をする……地脈系でもあるのか?
「――いいえ? 貴男と私とでは実力が違うだけ。ただ、それだけなのでございます」
 ベリアルの爪先に灯が宿った。指を一振り。とっさに意多伎は意識を集中させて炎を操ろうとし、また美津が両手を前に突き出して受け止めようとする。だが、
 ――劫火が廊下を吹き荒れた!
「……無茶させるぜ。何が起こった?」
 直感で“跳んだ”殻島は、力を行使した事による疲労や反動からくる鈍痛もあるが、何よりも眼に飛び込んできた凄まじい光景に奥歯を噛み締める。火炎系であるはずの意多伎が壁に叩き付けられ、地脈系の美津が全裸状態で床に転がっている。衣服が一瞬にして炭化したのだ。地脈系だからこそ生き残れたに過ぎない。
「相生相剋をも気にしないほどの威力って訳か」
 意多伎と美津が盾になってくれたお蔭で、他の面子は軽い火傷で済んだ。これで爪先1つとは……。確かに、あの時、「全滅させられる」と言っていたのは嘘ではない。俺さえ本調子であれば……
「――お静かに願います。さすがのお嬢様も起きてしまいますので」
 扉を開けてスミホと優希が出てきた。スミホは何処からか取り出したのか大鎌を構えるが、
「――キミの相手はボク。大好きだったオセを殺したキミは許さない。オセは油断していただけ。キミの正体を事前に知っていれば、充分に戦えた」
 雪焼けした肌をしたボーイッシュな少女がスミホの足止めをする。
「ボクは豹公フラウロス――この身体は、オセの受容体と恋仲だった。だからキミは許さない。ボクもそれでいいと思う。覚悟して」
 フラウロス[――]が振り回す棍と、スミホの大鎌が激突する。その間にもベリアルが病室へと歩みを進めるが、
「……行かせるか!」
 ヘビーメイスを叩き付ける優希。さすがのベリアルも眉を潜めると、慌てて避けた。
「――憑魔能力はともかく……身体的な防御力は常人並みか!」
 殻島の分析。ベリアルは優希の猛攻をかろうじて避けながらも、
「……そう、思われますか?」
 余裕ぶってみせる。隙を狙って、意多伎もまた剣を振るった。アイコンタクトで優希と意多伎が挟撃する。さすがは同じ少女を愛する者同士の連携といったところか。さらに――美加が氷の飛礫を放った。ベリアルの左手が凍り付き、痛みに顔をしかめる。
「……やはり火炎系か。ならば――」
「ところが、私、こういう芸当も出来るのでございますよ。お喜びのところ申し訳ございませんが」
 凍り付いた左手を、鋭利な刃物と化した右手の爪で切り落とした。そして傷口が蠢くと肉が盛り上がり始める。回復の速度はそれほどでもないだろうが……
「――異形系か。……ちょっと待て。幾つネタを隠し持っていやがる。空間・火炎・異形に……」
「あと1つございますよ?」
 歯噛みする。スミホはフラウロスに掛かりきりだ。こちらの支援も出来なければ、また口上はああだが、フラウロスは最初から引き付け役に過ぎなく、防衛に徹している。スミホも速攻で倒し切れないようだった。無論、ベリアルも意多伎と優希相手に見た目よりは余裕でないのだろう。ならば打開策を握るのは―― 妖刀鎌鼬
「ヒャハっ! 俺様だって事だな!」
 アンドラスが炎の剣を振るう度に、天辺の衣服に焼け焦げが付く。天辺は無言で応じているが、傍目から見ると劣勢だ。巴が助太刀に入るものも、アンドラスの猛威は止まらない。
「……天辺様っ!」
 巴が悲鳴を上げる。ついにアンドラスの剣が、妖刀鎌鼬を叩き折った。砕けた切っ先が床に刺さる。
「――死ね、ロートル!」
「……お前がな」
 アンドラスが大きく振りかぶった瞬間、天辺は折れた切っ先を手で掴んで、一投。鋭利な風となった刃はアンドラスの咽喉を裂いた。
「――ロートル……てめぇ、ぐがっ!」
 呻くアンドラスの背中へと巴が銃剣を突き刺した。捻って傷口から空気を送り込むと、絶命する。
「――天辺様、お手が……」
「構わん。妖刀鎌鼬にとって末期の水代わりになるわ。……よく付き合ってくれたな」
 天辺は切った掌から流れ出る血を、愛刀の柄や刃に降り注ぐ。そして心配する巴を尻目に、素早く血止めの包帯を巻くと、関の孫六を抜いてベリアルへと向き直った。唇の端に浮かぶ笑みはそのままに。更には、バイブ・カハ三姉妹を下したのか、スコッパーと新井が駆け付けてくる。ベリアルは軽く溜め息を吐いた。
「本日は顔見せ程度に過ぎません。ここは潔く退散すると致しましょう」
「――顔見せでアンドラスが死んだけど」
 優希の皮肉に、ベリアルは平然と、
「運が悪かったとしか申し上げられませんね。所詮、アンドラスはその程度だったという事」
「……“跳ぶ”としても、その瞬間に出来た隙に一斉に攻撃するぜ。さすがに無傷で撤退は出来ねぇだろうが、どうするよ?」
 殻島の挑発。だがベリアルは帽子を胸まで下ろして軽く会釈すると、
「――勿論。だから、これが最後の手品でございます」
 瞬間、閃光が走った! 眼を眩ませられた一同が気付いた時には、ベリアルとフラウロスの姿が掻き消えている。
「――祝祷系が、最後のネタか」
「……それとして、フラウロスの能力は?」
 誰ともなく呟くのだった。

 

■選択肢
NEu−01)鳥取赤十字病院にて交流
NEu−02)病院にて対魔群戦の護衛
NEu−03)独軍駐留地跡を攻略解放
NEu−04)鳥取県八頭郡を先行偵察
NEu−05)隠岐島で孤立無援の戦い
NEu−06)出雲大社を潜入調査する
NEu−07)東郷湖で暗黒龍との決着
NEu−G1)賀島親娘を暗殺してみる
NEu−FA)山陰地方の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。


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