第六章:ノベルス


個人運営PBM『隔離戦区・神人武舞』 第5回 〜 山陰:北欧羅巴


NEu5『 偽りと、裏切りと 』

 胸を張って腕を垂直に下ろす。踵を付けると爪先を約55度に開いて、不動の体勢を取った。右腕が水平に横に張り、45度で折れ曲がった二の腕の先――真直ぐに揃えられた指先が88式鉄帽の下に位置付ける。
「本時刻を以って第1383班乙組に配属されます、井上であります!」
 井上・百合子[いのうえ・ゆりこ]と名乗った二等陸士のWAC(Woman's Army Corps:女性陸上自衛官)に、神州結界維持部隊・中部方面隊第13旅団・第8普通科連隊第1383班乙組長の 意多伎・黒斗(おだき・こくと)陸士長は断ってから、左手で答礼を返す。右腕は上腕部から失われていた。
「しかし……俺に対して何かの嫌がらせか?」
「さあ? ただし少なくとも前回のベリアル戦で姿を消していた事に対して、小隊長や班長が含むところがあるのは確かなようですが」
 倉御・美加[くらお・みか]一等陸士の辛辣な言葉に、再び意多伎は眉間に皺を寄せる。七十二柱の魔界王侯貴族が1柱、偉大公 ベリアル[――]の襲撃時に、意多伎が戦線を離脱していたのは事実だ。直接に懲罰される事はなかったものの、問題視されているのは意多伎にも解っていた。
「……ままならないものだな」
 自嘲の笑みを唇の端に形作る。戦線を離脱していたのは、意多伎としてもベリアルから逃亡していた訳では無い。全ては襲撃目標であった 賀島・久美[がとう・ひさみ]を『契約』から解放する為に、善かれと思ってした行動の結果だ。その際に戦った相手は、脅威度で言うならばベリアルに優るとも劣らない、真の異生(ばけもの)。……結局、意多伎の行動は空回ったものになり、また右腕を損失してしまった訳だが、
「――確かに悔しいが、全ては俺の責任だ。それでも久美ちゃんが幸せになって良かったと思う」
「それはただの負け惜しみです」
 美加が容赦無く続けるが、普段から辛辣とはいえ、ここまで多弁なのも珍しい。山倉・美津[やまくら・みつ]二等陸士がこっそり打ち明けてくれた話では、意多伎が瀕死の状態で発見された時、我を忘れて泣き叫んだとかいないとか。
( ……一応は心配されているんだな)
 内心で苦笑したのが解ったのだろうか、美加の目が細まると、さらに辛辣な言葉を投げ掛けてきた。配属されて間もない百合子が目を白黒しているが、美津が気にするなとばかりに装備の点検に連れて行く。
「――話を聞いていますか、士長?」
「ああ、耳にタコが出来る程には。ただし久美ちゃんが幸せになって良かったというのは嘘偽り無いよ」
 ベリアルをはじめとする魔群(ヘブライ堕天使群)、雷神トールとエインヘリャルのアース神群、そしてバイブ・カハ三姉妹によるダーナ神群――各種多様な勢力に付け狙われていた久美は、世界を滅ぼすと謳われる最強の『神殺しの武器』の1つ、レーヴァテインを命と引き換えに産み出す母胎であった。
 だが今や『契約』を成就してもなお生存している久美を狙う勢力は無い。そして久美を脅かす敵がいなくなった事で、多量に割かれていた戦力は旧・鳥取赤十字病院の防衛から攻撃に転じ、各地へと展開していく。意多伎達の組もまた、その1つだ。なお病院の攻防において多数の死傷者が生じ、幾つかの部隊は再編を余儀なくされている。百合子が配属されたのも、前の部隊が半壊したからに他ならない。
( 多くの死と引き換えに俺達が得られたものは少女の笑顔……か )
 意多伎は、それでも良いと思っている。とやかく批判するのは外野の好きにさせれば良い。確かなのは、この病院を守ってきた者は、勝敗の云々で戦ったという訳ではないという事だ。
「――さて、出るか」
 思いを噛み締めると、意多伎は装備を背負う。片腕でやや不自由さを感じたが、美加が溜息を吐きながらも手伝ってくれた。怪訝な表情で、
「……他隊の者に挨拶しないままですか? せめて久美ちゃんぐらいには」
「振られ蟲が、これ以上、お邪魔しても仕方ないだろう。それに善は急げという。今まで動きのなかったとはいえ、ヨトゥンやムスッペルがいつ奇襲を仕掛けてこないとも限らないだろう」
 部隊の多くは、アース神群の王 オーディン[――]が潜んでいるとされる八頭郡と、ダーナ神群が潜んでいるとされる隠岐島とに分かれる。意多伎は、その2つとも別に、未だに沈黙を守っている北欧系巨人の動向を探るべく偵察を自ら任じ、申し出てみた。上官からの許可を頂くや否や、準備を整えて出発する。
「――久美の傍にいるのが居たたまれなくなったからだと思ったが」
「それもあるかもしれないが、少なくともそれだけではないよ」
 掛けられた声に振り返り、意多伎は苦笑して見せる。賀島・亜貴[がとう・あき]三等陸尉は秀麗な顔に、複雑な表情を浮かべていた。詫びるような言葉を飲み込んで、亜貴は代わりに溜息1つ。
「――北欧系巨人と接触するのであれば、餞別代りに合言葉を1つ授けておく。少なくとも問答無用で戦闘になる事は無いだろう」
 亜貴は紡いだ言葉を、意多伎は当惑しながらも確かに記憶した。復唱するように呟くと、
「――完全侵蝕されてはいないが、それでもロキの意識と交神した身だ。少なからず、知識の幾ばくかを受け取っている。それは巨人共の挨拶の1つらしい。何かの助けになるだろう」
「……感謝を」
「それと……来月頭には手術をするから、それまでには帰って来るように」
「――手術?」
 さすがに意多伎が疑問を表情に出すと、亜貴は素知らぬ振りのまま背中を向ける。遠ざかりながら言葉を放り投げてきた。
「……君の義腕を手配させてもらった。結果はどうあれ、君も久美の為に心砕いてくれた1人だ。礼だよ。では幸運を祈る――無事に戻ってこい」
 敬礼を以って、意多伎は約束の意を示した。

 並んだ高機動車『疾風』に弾薬や火器をはじめ、物資を詰め込んでいく第1316中隊第3小隊――通称『末尾』の面々。
「誰だ、パイナップル(※M26A1破片手榴弾)の荷台と一緒に糧食の箱を詰め込んだ奴は?」
「これが本当のデザートですな」
「誰が上手い事を言えと……」
 八頭郡に潜んでいるといわれるアース神群を攻略に向けての高揚した気分で、新井・真人(あらい・まこと)二等陸士も隊員達に声を掛けて回る。景気付けに肩や背中を叩かれたり、からかわれて頭を小突かれたり、カード遊びでサボりを強要されたり、と死地に赴く前とは思えぬほどの笑いと熱気に包まれている。
「――誰かが幸せなら、回り回って自分も幸せになるもんだよな。だからと言う訳じゃないけど、出来るだけ、皆には笑っていて欲しいよな。そうすりゃ、きっと自分も幸せになれるから」
 鼻歌交じりの新井の独白に、穏やかな笑みを湛えた 伊坂・巴[いさか・ともえ]二等陸士が言葉を返す。
「情けは人の為ならず、因果応報というものですね」
 柔和な面持ちのまま、妙にズレた事を言ってのけてきた。新井の片眉が歪む。
「……前者はともかく、後者はちょっと使いどころが違うんじゃないかな?」
「意味は同じでしょう」
「……あ、いや、そうなんだけど」
 並んで歩く新井に年上の隊員達が囃し立ててくるのだが、巴から皮肉交じりの舌鋒を返されて押し黙るのも、いつもの光景だ。さておき、
「……で、天辺のじっちゃんがどうしたって?」
「関の孫六を手に、朝から気難しい顔をされたままです。そういえば時折、新井二士から貸していただいているマチェットを手に二刀の構えをしていますが――憑魔刀と聞いていましたが、よもやオカシナ仕掛けがされている訳ではないでしょうね?」
「じっちゃんの悩みが、自分のマチェットにあるってか? いや、そういう覚えは無いんだけど」
 頭を掻く新井だが、巴は疑わしい眼差しを隠そうともしない。新井は居たたまれなくなって、足早に 天辺・尚樹(あまべ・なおき)二等陸士のもとに顔を出した。天辺は目を細めて手にした関の孫六を見詰めた後、眉間に皺を寄せて嘆息を吐いていた。
「……どうしたんだよ?」
「――やはり都合よく、憑魔が寄生する事は無いか」
 刃を鞘に収めると、頭を振った。
「以前の戦友であった『鎌鼬』を思い出してな。孫六もまた憑魔刀として強化出来ないものかと、お前から借りているマチェットと刃を合わせて置いていたのだが……さすがに虫が好過ぎる願いじゃったか」
 そもそも無機物に憑魔が寄生する事自体が珍しい。確率的には有機物に憑くのと公平とはいえ、“生きている”以上は滋養を取らなくてはならない。人の目に触れる前に、“衰弱死”してしまう事が多く、その為に現存する憑魔武装は数少ないのだ。ましてや所持している物に希望通りに憑く事は、天文学的な数値の確率下で、決して有り得ないとしても過言ではない。
「――思い通りに憑魔核を植え付けられるのであれば、苦労はないじゃろうな」
「そんな事が出来るのは主神や大魔王のクラスぐらいなもんだって」
 諦めざる得ない天辺に、苦笑しながら新井が答える。再び溜息を吐くと天辺は面を上げて、気持ちを切り替えるように新井へと問い質した。
「――大魔王といえば、お前は四国に戻らんでよいのか? 対レヴィアタン戦で人手を集めているという話じゃが……」
「あーそれね。うん、いいさ。自分は山陰戦線に骨を埋める覚悟を固めたんだ。それにレヴィアタンだけでなく、オーディンや……逃がしてしまっているけどベリアルとかいう大物が未だゴロゴロ居やがるからな。自分は魔王を葬る為に振るわれる――人類の剣! 敵の選り好みなんてしている場合じゃねえって」
 口元に笑みを湛えて、自らを誇示する新井。天辺は唇の端を歪ませて笑い返した。男共の姿に微笑んでいた巴だったが、気配を感じて振り返る。尻尾を振る偵察犬の姿に、腰を屈めて頭を撫でた。
「――この仔は? この仔も末尾で?」
「……わんこ先生。私、パートナー。よろしく」
 わんこ先生を追い掛けて来た形で、鹿取・真希(かとり・まき)二等陸士が顔を出す。東郷湖の報告は病院側にも回ってきている。ダーナ神群の仇敵たるフォモール族、邪龍クロウ・クルアッハを倒した勇士の1人。感嘆の息を吐く天辺に、真希は慌てて頭を振ると、
「私1人、手柄、違う。頼れる、友達、いた。彼女も、こちら、向かった、聞いた……けど、いない」
「ああ、鉢屋二士の事か。彼女ならば先行して偵察に向かったと聞いているぜ」
 新井の言葉に、真希は当惑の表情を浮かべた。何故か胸騒ぎがしてやまない。そのような真希の心中を知らずに、新井は言葉を続ける。
「で、鹿取二士もまた八頭郡攻略戦に?」
「ちょっと違う。私も、情報収集。ユグドラシル、探す。オーディン、ヘイムダル、神話、関係ある」
 語るところによると、オーディンとされる ゴッドフリート・フィフトナー[――]駐日独軍大佐は、記録上、3年前に戦死した事になっていた。オーディンがユグドラシルで一度死んで復活した(※ルーンの秘儀を会得する為に、自らを冥界送りにした)事に通じるのではないかと真希は怪しんでいる。また ヘイムダル[――]もまたユグドラシルと関係深い神だ。そうとなれば、何らかの形でユグドラシルもまた現出しているかも知れないと真希は考えていた。
「もし、存在する、ならば、破壊、する」
「――解った。ユグドラシルの捜索を頼む。まぁ無理せぬようにな」
「心配、ありがとう。でも、わんこ先生、いる」
 それに真希は、その筋では有名な火器収集家だ。愛用のマウンテンバイクには、これでもか!というぐらいにライフルをはじめとした火器弾薬が括り付けられていた。一目見て唖然とする、新井達。咳払いをして気を取り直すと、互いの健闘や無事を祈り合う。
「宜しく頼むぜ!」
「――レンジャー!」
 敬礼を交わす一同に、大型の輸送回転翼機が影を落とすのだった。

 爆音を撒き、猛風を巻いて、降り立つのは大型輸送回転翼機MH-53MペイブロウIV。米海兵隊の大型侵攻輸送用回転翼機CH-53Eスーパースタリオンや、SBU(Special Boarding Unit:特別警備隊。※註1)の掃海輸送回転翼機MH-53Eの兄弟機に当たり、大量の物資や人員の空輸だけでなく、装甲板を取り付けて火器を搭載する事で、戦闘捜索および救難を可能にせしめる大物だ。威容に『末尾』隊長、殻島・暁(からしま・あかつき)准陸尉は開いた口が塞がらない。
「……随分と、派手なのがきやがったな」
「うーん。実は噂で聞いたんだけど、結界維持部隊の輸送用ヘリ?だか、何だかが隠岐島に接近してSAS(Special Air Service:英陸軍特殊空挺部隊)に落されたって聞いたんだよね」
 久美の車椅子を押しながら、小島・優希(こじま・ゆうき)二等陸士もまた乾いた笑いを浮かべる。久美は頭を抱えるように髪を押さえながらも、初めて見る大型回転翼機を熱心に見詰めていた。
「……だからって、あれか?」
「だってねぇ。でも、普通、部隊のヘリがあんな所にわざわざ行く訳ないしね……」
 優希は声を潜めると、
「――『遊戯』の性質を知っちゃったからかも知れないけど、なんか怪しいんだよねぇ……」
「……ああ、そうか。『遊戯』について、知ってしまった訳か」
 内ポケットから取り出した銀色の鍵を弄びながら、殻島は呟く。優希は肩をすくめると、
「山口じゃ燭台が灯ったとも言われているし、黙示録の戦いが勃発すると、中国地方はヘブライ神族の超常体が猛威を振るう事が予測出来る……。これに対抗するには、日本土着の神々の力が必要になってくると思うんだ。中国地方で一番力がありそうな神と言えば大國主命だろうねぇ……」
「敵はヘブライの羽根付きだけじゃねぇだろう。オーディンもいるし、ベリアルが漏らしていた恐怖公も何処かに潜んでいるだろうからな」
 恐怖公 アスタロト[――]。ベリアルと同じく七十二柱の魔界王侯貴族であり、七つの大罪を司りし大魔王に匹敵するほどの存在。伝聞によっては、ルキフェル、バールゼブブ、バエルと並んでの魔界四大実力者の1柱とも言われる。ベリアルが増援として頼んだフラウロスとアンドラスは、元々は留守居役であったというのだから、アスタロトの居城が山陰地方の何処かに建立されているのは間違いない。今のところ動きを見せないが、『黙示録の戦い』において、ベリアル共々難敵として猛威を振るってくるだろう。
「……とはいえ、まずはアース神群だな。ようやく後ろを気にせず戦える。主神を倒せばアースの連中は遊戯脱落確定なので、オーディンのみを最優先で殺るぜ。――ダーナの連中の動きも気になるので可能な限りの速攻で行くが、一応、任せていいんだな?」
「あ、うん。……自分達の『遊戯』の為に、神州に犠牲を強いたんだから、私と久美ちゃんと子の未来の為に、私達日本人の生き残る為に、行動する事に文句は言わせないよ」
「互いに譲れねぇラインってのがあるんだ。問題ねぇだろうぜ。共存共栄って言葉にしちゃ理想的だが、俺としては甘い戯言としか聞こえねぇな。生存の為には、相手を殺戮する必要もある。それが『遊戯』にしろ何にしろ基本的な鉄則だぜ」
 今や人としての身を失い、異生となった3人――殻島、優希、そして久美は暫く沈黙したまま、ペイブロウを見詰めていた。
「――そろそろ発進準備が出来たか?」  第1382班甲組――通称『スコッパー』長、峰山・権蔵(みねやま・ごんぞう)陸士長の掛けた声が、ようやく呪縛を断ち切る。峰山の後ろには、やけに人生の哀愁を醸し出す中年男性が案内されていた。上衣両袖の階級章は准空尉を示していた。一同敬礼を交わす。
「第2混成団第14飛行隊・救難飛行隊第2小隊長の大空です。救難要請を受けて出向してきました」
 と、殻島を見て、大空・燃(おおぞら・もえる)は怪訝な表情を浮かべる。
「連絡で第1382班甲組と小島二士の計5名を輸送する事は聞いていましたが……」
「ああ、俺は単なる見送りというか、ちょっと談笑を楽しんでいただけで、八頭郡行きだから気にするな。こちらの準備も終わっているだろうから、そろそろお暇するぜ」
「……というか準備は部下任せかよ」
 峰山が呆れたように呟くと、殻島は口笛を吹いて悪びれずに、
「部下はこき使って何ぼだろ?」
「殻島准尉らしいというか、何というか……」
 苦笑が漏れる。思い出したとばかりに、
「ああ、部下という事で思い出した」
 殻島は久美に向き直ると、
「あーあー。コホン――鳥取空港跡地解放尽力の功績により、賀島久美を一等陸士に昇進、並びに第13旅団第8普通科連隊・第1316中隊第3小隊名誉参謀に任ずる……ってどうだろう? 任命権とか無い訳だが」
「えーと。すみません。そもそも、わたし、維持隊員ですらなかったんだけど……」
「……そういや、そうだったな。昇進以前の問題か」
 生来的に病弱で、父の亜貴の保護下にあった久美は、国民皆兵としても過言ではない神州において珍しい公認の非隊員である。ちなみに最も有名な非隊員は維持部隊長官である(※註2)が、それはさておく。
「じゃあな――久美」
「はい。ありがとうございました。御無事で」
 唇の端を歪めて笑うと、殻島は背を向けた。背中越しに別れの挨拶。久美は慣れないながらも敬礼で送り出す。
「じゃあ、私も行くかな」
「お体、気を付けて下さいね、優希さん」
「勿論! 私1人の体じゃないんだし……って、そういえば、どうしよう?!」
「な、何がどうした?」
 突然に苦悶の声を上げる優希に、久美だけでなく、峰山や大空も眼を点にする。
「うむむむ……。男の子なら、いっいや、女の子かもしれないし……いやいや、両性者だったら……ねぇ、久美ちゃん、どっどうしよう!? 子に付ける名前は何にしよう?」
 顔を真っ赤にする久美は恥ずかしさの余り、うつむいてしまう。峰山と大空も頭を抱えて、悩み始める。
「詳しい事情は知りませんが、めでたい様子ですね。僭越ながら、2人の名を1文字ずつ取って名付けるのが、定番ですが」
「それなら、久希? あるいは優美ってところか。おお、なかなかいいんじゃないか? 男の子だったら久希で、女の子だったら優美で」
「双子だったら?! それに兄弟姉妹に付けていく名前も考えていかないと」
「……まだ1人目だよぉ」
 恥ずかしさの余り顔から火が吹き出そうな久美が、力ない声で優希にツッコミ。だが、
「え? そうかなぁ? 私、1人じゃ満足しないよ?前にも言ったけどね、神々が指を加えて羨ましがる家庭を築いて見せるんだから。……たくさん子供を産んで賑やかにするんだからね? ……おっ義父さんにも沢山協力してもらうんだからね」
 その亜貴が顔を出していたら、優希へと拳骨を降ろしていたかも知れないが、どうだろう?
「まぁ、子供の名前を付けて、誕生を心待ちにするというのは、よくある死亡フラグだぞ」
 峰山の言葉に、呻いて優希は固まる。死亡フラグは駄目だ。自重しよう。大きく息を吐いて、吸って、昂ぶっていた気を鎮める。マスク越しだが、顔を叩く仕草で冷静さを取り戻す。
「落ち着きましたか? ……それでは、搭乗をお願いします」
「うん、大丈夫。……あ、乗り込む前に、これを」
 優希は久美に小箱を丁重に手渡す。中には小粒ながらもダイアモンドの指輪が煌いていた。
「変わらぬ気持ち……永遠の愛の象徴として」
「あ、ありがとうございますっ!」
 そのまま見詰め合う2人に、峰山が熱い熱いと呟きながら、
「でも、それも死亡フラグなんじゃ……?」
「前途多難な気がしてきましたよ」
 苦笑しながら、大空も相槌を打った。
「そういうならば、対空ミサイル対策大丈夫なんでしょうか!!」
 照れ隠しも含めた優希はツッコミを入れるが、大空は不敵に微笑み返したのだった。

*        *        *

 葉擦れ1つの音でも、静まり返った夜陰には響き渡るものだ。周囲に生い茂る木々が吸収するかと思いきや、案外と音は遠間まで走り抜けている。草木も眠るとは言い得て妙だろう。艶消した黒のガムテープで両裾、両袖を絞り、器具を固定する。咄嗟の際は、武器は徒手空拳それ1つ。だからこそ偵察員は慎重さと大胆さの両方が求められるのだ。
『 ……目的地まで、デックアールヴの待ち伏せに注意せよ。事前に話が付いている訳でないけん』
 後続する姉妹に、鉢屋・小瑠璃(はちや・こるり)二等陸士は念話を送る。駐日独軍の生き残り。日本語は通じないが、念話ならば彼女達にも通じる。もっとも彼女達が操氣系ではないので相互疎通は出来ないが。それでも姉妹は今のところ従順でいてくれた。姉妹が真の意味で、自分の目的を理解してくれているかは窺い知れないのがもどかしいが、
( ここまで来たら、後戻りはでけん )
 唾を飲み込んで、静かに草を掻き分けていく。千代川沿いに県道42号線を南下する事、数時間。ついに目標の河原城――いや、オーディンの居城ヴァラスキャルヴ。観光施設として建築された博物館は、ドヴェルグの手に掛かって、まさに城砦と化していた。
( ……来る! )
 張り巡らせていた氣の網が、隠れ潜んでいるデックアールヴだけでなく、見知った存在を感知した。忘れたくとも、強制侵蝕の痛みが強烈な傷痕を心に残している。こぎれいな駐日独軍制服をまとった青年ヘイムダル。小瑠璃は追跡の可能性に用心を重ねて、口を開いて声を出すのでなく、念話で交信を試みた。
『 ……御無沙汰しております。しかし、一体どのような御用件で?』
『 ――フォールクヴァングが陥落したけん。こちらの方に戦力を割いて討ってくる。ただしレーヴァテインは誕生せだった』
『それだけが朗報ですね。貴方自身がどのように動いていたかの説明も聞きたいところです。彼の魔剣が現れないという話が本当だとしましても、殺害をお願いしていた賀島親娘は未だに生存している様子ですし』
 心の底まで見透かすような視線を投げ掛けてくるヘイムダル。小瑠璃は一瞬、言葉に詰まったものの……
「――良い。ヘイムダル、娘を迎え入れよ」
 重々しくも荘厳な声が響き渡る。気を使ってくれたのだろう、綺麗な英語の発音だった。ヘイムダルの先導により、小瑠璃達は城門の内に入る。デックアールヴだけでなく武装したエインヘリャルに挟まれながら、謁見の間に足を踏み入れた。玉座に腰掛けるは、厚い長衣をまとった壮年の男。左眼が醜く潰れており、顔に傷痕が刻まれていた。
「……ゴットフリート・フィヒトナー大佐」
「昔の名だ。3年前より意識統合した今は、アース神群の王オーディンを称させてもらっておる」
 その時、姉妹が動いた。小瑠璃が止める間もなく手にしていたH&K G36アサルトライフルで、眼前のゴットフリート……いや、オーディンへと発砲する。だが弾雨が切れた後、小瑠璃の眼に映るのは悠然と構えるオーディンの姿だった。無礼者を手討ちにしようとするエインヘリャルに控えるよう命じると、オーディンは立ち上がって玉座の段から降りてきた。恐れ戦く双子に対して、手をかざす。――強制侵蝕現象! 硬直した姉妹は床に転がり、のた打ち回る。余波は小瑠璃にも及んでいた。身を蝕む痛みと同時に心の底から沸き上がる衝動。憑魔核が疼き、脳裏に声が囁いてくる。
 ――受け入れなさい。オーディンの声を。
 ――私はスカジ、神々の麗しい花嫁。
 ――貴女の肉と心と1つとなり彼に尽くしましょう。
 抗い違い誘惑の声に、だが小瑠璃が心奪われる前に、強制侵蝕現象は収まっていた。転がっていたはずの姉妹は、今は片膝を付き、頭を垂らしてオーディンに忠誠を誓う、エインヘリャル。だが、もはや関心は姉妹に向けられておらず、オーディンとヘイムダルは小瑠璃を注視していた。
「……なるほど。ヴァルキュリア以上の器でしたか。スカジ様の意識と統合出来る程とは」
「――おまえが望むのならば、このまま憑魔核を活性化させてスカジとの統合を促す。答えは次までに待つが……覚えておけ。おまえはスカジの器として見出され、遅かれ早かれ奴と統合する事を」
「今か、それとも将来的に統合するかの違いですよ」
「それで……アース神群による山陰地方の他超常体の排除の力になるんやの」
 小瑠璃の言葉に、ヘイムダルは肩をすくめただけだが、オーディンは確かに頷いて応えてみせた。
「宜しいので? 彼女は優先的に排除しなければならない賀島親娘の殺害に動かなかった節がありますが」
「うちは無益な血は流したないけん。賀島亜貴はロキだったやの? 亜貴は、ヘル――久美の為に尽力していた事が窺えたけん。それ故に、レーヴァテインから久美が自由の身になった今、亜貴は放置しておいても害はねと考えられるけん。万一、ロキが最前線に出るような事があったら、そん時は……うちが責任をもって対処するけん」
 小瑠璃の言葉に、オーディンは頷くと、
「安心するが良い。ロキが出て来る事はあるまい。スルトもだ。奴等は『遊戯』そのものに関わらず、ヘルの行く末だけを見守っていたようだからな。亜貴という者には憑魔核を通して知識は与えていたようだが、侵蝕する気は無かったようだ。……魔女の目もあったからとはいえ、ロキは相変わらずに小賢しい」
 初めて苦笑してみせる。
「……魔女?」
「メートフェンの姿をしていた女だ。アレは何れの神群にも所属していないが、かといって無視を決め込むのも危険な存在だ。……どうやら、この世界から完全に消え去ったようだが」
 忌々しそうに告げるオーディンだったが、もはや神州にいない存在は危険視する必要は無いと告げ、
「では、おまえの話を聞こう――」
 右の眼が、小瑠璃の心を覗き込んでくる。怯えて震える感情を顔に出さず、小瑠璃は勇気を以って自らの案を口に出していくのだった……

*        *        *

 照準眼鏡越しに、洋上の空に大型輸送回転翼機の姿があるのを確認すると、山瀬・静香(やませ・しずか)二等陸士は愛機の偵察用オートバイ――ホンダXLR250Rカスタムのアクセルを吹かした。現時点までの偵察によれば、アリアンロッド[――]SAS少尉率いるパトロールチームが異常箇所に急行する役割である。その間、目標の対象を護衛する戦力は減るが、本来ならば孤島である以上、問題は無かったのだろう。だがつい先日、西郷港に上陸したフェリーが運んできた兵員により、アリアンロッド不在時における目標のカバーがなされる事になった。現在の神州では船舶舟艇は著しく制限されている以上、松江のSAS本部からの増員に違いない。隊用携帯無線機で情報を集めて整理分析したところ、来訪したのは ヌァザ・アガートラム[――]SAS大尉。東郷池方面での作戦を終了させて、回収品をダーナに手ずから渡しに来たようだ。そのまま松江にトンボ帰りする事なく、暫くの間は目標の護衛に回っているらしい。
「……タイミングが悪いですわ」
 静香は軽く唇を歯噛みする。静香の陽動でアリアンロッドが引き摺られてきたのを背中越しに確認する。ランドローバー・ディフェンダー110――SASの戦闘用軽車輌が、静香のカスタムオートを追尾してくる。7.62mm機関銃弾が放たれ、巧みに逃れる静香の後ろに迫り来る。激しいドラム音に内心で冷や汗を流すも、
「――私が助かるより、作戦成功が大切です。無駄死にする気はありませんが、優先順位は守りませんとね」
 苦笑すると、さらにスロットルを開き、アクセルを吹かした。車体を激しく傾けて前方の木々や岩と、後方の銃撃を避けていく。静香のドライビングテクニックもさることながら、追尾するアリアンロッドのハンドル捌きもまた絶妙。狭い木々や岩の間を擦り抜けてくる。デッドレースが繰り広げられた。

 ペイブロウの操縦席でもまた大空の妙技が冴え渡っていた。カーゴの荷物に、空挺準備を進ませるよう呼び掛けると同時に、迫り来る地対空ミサイルをかわしていく。
「――荒れますよ!」
 ここまで来たら一蓮托生。客員は、大空の腕に全幅の信頼を寄せるしかない。操縦席で鳴り響く警告音。続けて発射煙を撒き散らしてスティンガーが上がる。
 スティンガーミサイルは、短距離地対空ミサイルの傑作だ。前身たるFIM-43レッドアイがジェットエンジンの炎にしか感知せず、目標後方からの追跡順路から撃つしかなかったのに対し、赤外線パッシブ・ホーミングの向上で正面・側面に対しても追跡可能。さらに改良型であるスティンガーPOST(受動式光学追尾技術)は、赤外線の他、紫外線も探知出来る為、データ照合によって発火弾か目標かを正しく区別して追跡してくる。空戦力にとって最大の脅威。
「――奥の手ですよ!」
 振り絞るように、怒鳴るように、大空の操縦桿を握る手が震えた。
 ―― 憑魔覚醒。侵蝕開始。半身異化状態に移行。
 脳裏に浮かべたイメージ通りに力を解放する。一瞬の閃光、そして同時に射出した発火弾が、ミサイルの追跡能力を遮断した。目標を見失ったスティンガーが迷走。流れ弾による被害を抑える為にも、駄目押しとばかりに大空の放った光の矢が撃墜していく。
「――降下、降下、降下!」
 地上に向けて、機銃を乱射。リペリングを開始する客員達。大空は加えて、支援戦闘要員も送り出す。
「責任は私がとります! 私がリーダーです、人に聞かれたら、私の命令に従っただけだと言えばいい」
「――Rojer!!」
 先に降り立った客員達と、SAS隊員との銃撃戦が地上で開始される中、ペイブロウは押し寄せてくるミサイルや飛翔妖精型超常体の猛攻を、大空の腕によるその巨体に似合わぬ俊敏性と機動性を以って迎撃していくのだった。

*        *        *

 巨人の振るう直剣と思しき鉄塊が、侵入者の肉を断つ。中国山地の険しい道程を越えて逃げ込んできた希臘系の大型超常体ギガンテスだったが、出迎えたのは北欧系巨人ヨトゥンとムスッペルの冷酷な仕打ちだった。ヨトゥンとムスッペルは、それぞれチームになって、刈り取った首の数を競い合っている。巨人の言葉は理解出来ないが、ギガスが1体倒れるごとにどちらからともなく歓声が沸き上がり、罵り合うのが行き交う。侵入してきたギガンテスを女子供も容赦なく打ち殺し、ヨトゥンとムスッペルは生き残った僅かな女性体を引き摺りながら集落への帰路についた。
「――ヨトゥンとムスッペルが山陽からの侵入を防いでいた? 海賊放送だと、事実は逆のように伝えられていたが……」
 裏ラジオ番組『神州の夜明け』では北欧系巨人が南下を開始したというが、意多伎が直接目視した限りでは、むしろ命からがら逃げ込んできた希臘系巨人を排除しているように思える。統率していたテュポンが倒され、日本原高原での決戦に敗れたギガンテスは大きく勢力範囲を減退させ、もはや脅威度は最低としても過言ではないという。生物である以上、繁殖するには家族――女性体と幼体がいるとは思われていたが、決戦を境に、山陰へと逃げ込もうとしていたようだ。しかし無慈悲な北欧系巨人が立ちはだかる。一方的な蹂躙は戦闘でなく、狩猟としか見えなかった。
「――落ち着いたら移動するぞ。気持ちは解るが、俺達にとってもお前が頼みなのだから」
 超常体といえどもギガンテスは明らかな人型だ。子供が狩られ、女性体が目の前で犯される光景は、百合子には酷なものだったろう。激しく嘔吐していたが、美加が背を優しく撫でて落ち着かせると、涙と鼻水、そして吐瀉物で汚れた顔を拭って、弱々しくも決意を秘めた瞳で頷いた。そして帰る巨人達を追跡する。
「……ここが巨人達の集落か」
 数十分後に辿り着いたのは、ヨトゥンとムスッペル共同の集落。規模として本格的な城砦には程遠いが、それでも立て篭もるには十分な準備がされていた。部族として棲み分け、時には喧嘩しあっているものの、仲良く宴席を囲んだり、先ほどの戦果を競い合ったりしていた。
「――女子供の姿は見掛けられないな」
 観測しながら意多伎は呟く。全て成体と思わしき存在ばかり。だからこそ生け捕りにされた女性体ギガスの行く末も判るが、敢えて口に出さなかった。
「……スルトと思しき存在も確認出来ず。一般の魔人の中に眠っているという事か?」
 宴もたけなわになり、一角では喧嘩が始まった。神州世界ではアルコール類は厳禁であるので想像でしかないが、酔っ払った巨人達の騒ぎらしい。周りも囃し立てるような怒号が響き、賭けのような声や手が上がる。ある意味、平和的な光景だった。
「――武装の手入れは、鍛錬は怠っていないようだが、かといって攻勢に出てくる様子もなし」
 ここ暫く監視していた様子を頭でまとめながら、我知らずに意多伎は呟く。何を彼等は考えているのか?
『 ……知りたいかな、小さき人?』
 脳に直接声が轟いた。衝撃に集落を凝視すると、賭け喧嘩から離れたところに座っている壮年の巨人がこちらを見詰めていた。隠れ潜んでいるのを見付けられた?! 周囲を警戒していた美津が悲鳴を上げる。賭け喧嘩に夢中になっているのとは別に、ゆっくりとこちらに向かってくる巨人が数体。美加が89式5.56mm小銃BUDDYを構えながら、半身異化しようとする。だが意多伎は寸前で、亜貴より教えられていた合言葉を叫んだ。驚きの思念波が寄せられる。巨人の歩みが止まった。
『 ――小さき人よ。どうして、それを? それはスルト様と、ロキ殿、そしてウトガルズ王が交わした誓約の言葉。安心しろ、ロキ殿より教わっていたから、小さき人の言葉は解る。ただ口に出して答えれば良い』
 念話は、互いが操氣系でなければ、どちらか一方的なものにしかならない。相手が日本語を理解出来るのは助かる。
「――ロキから智慧を授かった者から、特別に教えて貰った。……誓約とは?」
『我等が女神であるヘル様が認めた伴侶の下で、ラグナロクにおいて戦うという誓約の言葉。その言葉を知る者を同胞と迎え入れる』
「伴侶? スルトは?」
『 ――伴侶とはスルト様より授けられた剣を持つ者。ヘル様の受容体が命と引き換えに産み出したレーヴァテインこそが証なり。我等はラグナロクでの戦いを望み、スルト様とウトガルズ王より、この世界に派遣されて来た勇士達。ヘル様の伴侶にのみ従う。……未だにその者が現れず、少々退屈しているところだが』
 壮年の巨人は意多伎を同胞と認めて、包み隠さずに語り出した。
「つまりスルト、それからロキは……」
『ウトガルズより、ヘル様を見守っていらっしゃるはずだ。この世界に来られる様子は無い』
 そして溜息を吐く。
『レーヴァテインを持ちし者が現れなければ、我等はこの地に留まり続けるのみ。だが現れなければ……。今は戻ってきたアスタロトを初めとする不浄の輩や、アスガルドの高慢共の警戒は続けているが、力を持て余し気味だ。ヘル様の伴侶がいつ現れるか、小さき人よ、お前は知らないか?』
「……元の世界に戻る気はないのか?」
『ヘル様の伴侶がこのまま現れなければ、それも考えている。だがウトガルズと行き来する為のナグルファルは、ラグナロクの時だけにしか顕現しない。今暫くの辛抱とはいえ、退屈が過ぎるな』
 壮年の巨人は嘆くように呟くと、
『 ――我等は小さき人の行く末には興味が無い。ただ戦いの為にこの世界に来た。我等はヘル様の伴侶のみに従う。スルト様より授けられたレーヴァテインが、その証なり。証持たぬ小さき人は去るが良い』

*        *        *

 上空で繰り広げられている光と炎のサーカスショー。静香とアリアンロッドのチェイスは、追う者と追われる者の立場が逆転していた。FNハースタルP90短機関銃から発射される5.7mm×28弾が優れた貫通力で以って、ランドローバーの機関銃手を撃ち倒す。傷付いた者に代わって新たなSAS隊員が銃架に取り付くが、アリアンロッドの舌打ちが聞こえてきた気がした。叱咤激励しながらもアリアンロッドは、操縦から手を離す事が出来ない。陽動によりダーナから離されたアリアンロッドは、峰山達の強襲に慌てて引き返す事を選択。静香もまたカスタムオートを反転させて、追撃に回った。ランドローバーより機動性において優るカスタムオートで前後左右から妨害を掛ける。
「――除け! 自衛官!」
 交錯する視線。廃屋を挟んで併走するカスタムオートとランドローバーは、遮蔽物が消えて互いを視認して瞬間に撃ち合いを続ける。安定性と火力に優るランドローバーのSASだが、静香の騎るカスタムオートに翻弄されている。
「――行かせませんわよ!」

 風が唸りを上げて、右の義腕に収束。美髯の紳士然としていたヌァザが咆哮を上げる。
「――クラウ・ソナス!」
 強烈な真空刃がスコッパーへと襲い掛かってくるが、雷電系魔人を下げた代わりに前に出た、幻風系魔人が受け止めた。戦闘防弾チョッキをも裂く風の刃だが、血塗れになりながらも耐え抜く。
「――対抗が目的であるが、倒してしまっても良いだろう?」
 不敵な笑みを浮かべると、峰山の合図でスコッパーと優希はSASから降り注がれる弾雨の中を駆け抜ける。ボディアーマーを着込んで積層装甲の大盾を構えている優希が一番、鈍重であると思われたが――
「すごい! 強化系とはいえ、動きが見えないぞ」
 残像すらも途切れ途切れの瞬発力から生じた速度、そして人間の限界を超えている機動性。峰山達の憑魔核が怯えるように震えていた。人でも、超常体でもない魔人――異生がそこにいる。ラッキーヒットも、分厚く硬い装甲で物ともせずに、ただ優希は社殿へと突き走る。
「――女王陛下に辿り着かせるな!」
 ヌァザが槍を取り出した。報告によれば、エリン四至宝が1つ、ブリューナク。憑魔武装以上の力を有する、真の『神殺しの武器』。幾ら優希でも、ブリューナクの光撃から逃れる事も、受け止める事も出来ない。
「――悪いけど、ジェントリ! おまえの相手は俺達だ!」
 ブリューナクを放たれる前に、ヌァザへと峰山達が取り付く。強化された大円ぴの穂先がヌァザの腕を捉えた。慌てて避けるが、かすっただけでも軍装を切り裂く程に砥がれ、硬度を持った穂先。近接戦闘に持ち込んだ事で周囲のSAS隊員の銃撃は止んだ。
「――大尉!」
「我に構うな! 不届き者をまとめて吹き飛ばせ!」
 ヌァザの覚悟を決めた叱咤を受けて、SAS隊員が84mm無反動砲カール・グスタフを肩に担いだ。だが峰山は敬意を込めて、
「尊敬するよ、その覚悟。だが行かせてもらう!」
 瞬時にガスマスクを被り、M7A2ライアット手榴弾のピンを抜いて放り投げる。催涙ガスが煙幕となって周囲の視界を隠した。ヌァザが風を巻かせて煙を晴らそうとするが、その隙を逃しはしない。下がっていたはずの雷電系魔人が、事前の打ち合わせ通り、煙に紛れて峰山の隣に来る。紫電が炎を上げる峰山の大円ぴに絡み付いた。意図を悟ったヌァザがブリューナクを放とうとするが、
「――しまった!」
 残り2人の打撃で、ブリューナクを取り落とした。それでも風を義腕にまとわせて、戦いの意志を捨てぬヌァザ。裂帛の気合で繰り出す峰山と、決意を込めた手刀が交差した!
「……み、美事だ。戦士達……諸君。願わくば、我の命を報酬に、女王の身柄を護って……欲し……」
 鋭利な穂先で胸を貫かれたヌァザが喀血する。戦闘防弾チョッキ諸共に胸を大きく切り裂かれた峰山も大きく尻餅を付いた。仲間達が寸前にヌァザの右腕を止めてくれず、そのまま振り抜かれていたら、両断されて相打ちになっていただろう。
「――おまえこそ見事な武人だった。だが身柄を護って欲しいという願いは叶えられそうにないな」
 ダーナの死が、封じられた 大國主[おおくにぬし]の解放に繋がるはずだから。それとも……
「――他に特別な意味が?」
 疑問を抱いたまま峰山達が突撃した優希を追う。優希が通った跡はまさしく突風が吹き荒れたが如く。果たしてダーナは静かに優希を待ち受けていた。30代半ばから40代前と思わしき貴婦人。立ち姿すら洗練されていて嫌味がない。見惚れるほどの気高さ。そして心委ねたくなるほどの包容力と温かさを醸し出している。優希は頭を振って、
「――そちらの言いたい事は解っているよ。だから、私達も私達の立場と意地を押し通すよ。それで構わないよね?」
「ええ、私にも責務があるように……貴方達にも願いがあります。遠慮は要りません。押し通りなさい」
 優希は催涙ガス手榴弾を放る。そしてM16A1閃光音響手榴弾を投げ加える。一瞬して人影に詰めより、メイスを叩き込んだ。
「……嘘。どうして?」
 振り抜いた優希が逆に我を失った。メイスの一撃で全てが決まった。抵抗さえせずにダーナは絶命したのである。呆然とする優希の眼前で、玉若酢命神社社殿の扉が開かれ、美しき青年と女性が姿を現す。
『 ――我と妹(※妻を意する古称)の解放し事を感謝する。加えて恥ずべき事だが、さらに義父より賜りし美名と、豊葦原の大社を再び取り戻す助力を願いたいが……如何した?』
 大國主と須世理比売の言葉に、だが優希は反応が遅れた。足下に崩れ落ちているダーナの亡骸を見詰めたまま、
「……どうして?」
『 ――これなる女神は我等を封じてはいたが、戦いを憂いていた。だが王としての責務ゆえに自ら遊戯から降りる事も出来ず……こうする他なかったのだろう』
「……そう。彼女も“母親”だものね」
 ダーナの亡骸を弔おうと身を屈めた優希。だが須世理比売が警告を発する。光の槍が周囲に降り注がれ、突然の閃光が視界を埋め尽くした。
「……何が、どうした?」
 追いついた峰山達、そしてチェイスを終えた静香とアリアンロッドが見上げる先、宙空に燕尾服姿の怪人がダーナの亡骸を抱えていた。ステッキを小脇に抱え直すと、空いた手でシルクハットを脱いでの会釈。
「……メフィストフェレス」
「如何にも。皆様の御蔭で、聖杯が手に入りました。お礼を申し上げます」
 メフィストフェレス[――]はハットを被り直すと、ステッキを軽く一振りする。
「……唐突な話だな。聖杯とは何だ?!」
「――母上の事だ。母胎はエリン四至宝が1つ、ダクザの大釜とも言われる」
 沈痛な表情でアリアンロッドが呻く。メフィストは笑みを浮かべると亡骸の下腹部に手を当てた。手を当てたところを中心にして、時折、極彩色の渦が巻いたかと思うと、虹色にも発光する。そして杯がメフィストの手に握られていた。
「母胎に秘密を隠していたのは、久美嬢だけではございません。ダーナの子宮――聖杯こそがメタトロンと交わした協約の秘密。詳しくはまた後ほどに」
「……聖杯を、母上を返せ!」
 激昂したアリアンロッドが、SIG SAUER P226を抜き放って、連射。だが9mmパラベラム弾はメフィストの姿を素通りする。
「――幻覚!?」
「如何にも。わたくしはこういうのが得意でありまして。このままアスタロト様の居城に帰らせて頂きますが……」
「――が?」
「御婦人といえども、今はただの粗大ゴミ。こちらは謹んでお返し致しましょう」
 ダーナの亡骸を放り投げる仕草。眼に映っているのは幻覚だが、僅かな落下音は真実。優希は身体能力を駆使して誰よりも早く、見当を着けた落下地点に移動して、亡骸を受け止める。遅れて駆け付けたアリアンロッドが引っ手繰って、泣きじゃくった。
「――それでは、皆様、御機嫌よう」
 メフィストの哄笑だけが響き渡る。峰山が頬を掻いて、静香に顔を向けた。
「――島外に行き来する手段に心当たりはあるか?」
「何日、ここに滞在していたと思っていますの。私達と同じ空路以外は……考えられるとしたらSASが摂取しているフェリーのみですわね」
 静香の言葉を聞き付けて、涙で溢れた眼を拭ってアリアンロッドが立ち上がる。部下に港の封鎖を命じた。そして優希に振り向くと、
「……母上は討たれる事が望みなのだったろう。そして、これは『遊戯』だ。本来ならば、死を受けて入れて、敗北を認めるのが掟だ。その点に異論なく、諸君等の行動は不問とされる。――だが!」
 アリアンロッドは優希を激しく睨み付けた。
「この受容体と実の血は繋がっておらずとも、母上と呼んだ御方だ! この報いは必ず受けさせてやる。ああ、これは私情だとも! だが覚えておけ、お前だけでなく、お前が愛する者全てに報いを与えてやる。私はアリアンロッド――銀色の車輪。時と死を司りし運命の神なり」
 生き残ったアリアンロッドとSAS隊員達は、峰山達に恨みを言い放った後、すぐさま捜索と追跡に乗り出していった。残された一同が顔を見合わせる。
「さて、どうするかな……」
 考え込んだ。敵だったとはいえ、SASに協力してメフィストを追うか。だが大國主の復権には、出雲大社に封じられている“力”も解放せねばならない。悩む一同の頭上で、ペイブロウが下ろした縄梯子が風に揺れていた……。

*        *        *

 殻島が82式指揮通信車コマンダーの上部ハッチを開けて、眼前に映り出した河原城が変じた館――ヴァラスキャルヴを睨み付ける。
「……何とも悪趣味極まりねぇじゃないか」
 偵察員がもたらした情報により、オーディンが河原城を館として定めた事を知った攻略部隊は、迅速さを以って展開した。だが、
「――偵察にいった鉢屋二士から、河原城発見後の連絡は、未だありません」
「……ちっ。ドヴェルグ辺りに挽肉や、デックアールヴの射的になってねぇだろうな」
 苛立つように呻くが、これ以上、連絡を待っている余裕はない。もしも小瑠璃が見付かっていたとしたら尚更だ。
「よし、お前等、気合入れろ!」
「――突撃、突撃、突撃!!!」
 殻島の合図を皮切りに、攻略の各部隊が襲撃を開始していく。デックアールヴの長弓や、ドヴェルグの石弓の貫通力は、BUDDY相手にも遜色なく、加えて駐日独軍キャンプ跡地と同じく、城に取り付くまでに塹壕やバリケードが立ちはだかっていた。加えて、
「――憑魔強制侵蝕現象!」
 妖精達を率いる駐日独軍制服を着込んだ青年――ヘイムダルが衝撃波とともに、狂わせる氣を発する。激痛に巴が膝を屈し掛けるが、
「――いつまで軟弱なお嬢様気取っているつもりだ! 気をしっかり持って立ち上がれ」
「……巴。氣を鎮め、練り、操るお前にとって、強制侵蝕現象は最大の試練じゃろう。だが、己を見失う事なく立ち向かうのじゃ」
 叱咤激励に巴が奥歯を噛み締めた。だが容赦なくヘイムダルは質量を持った音波も合わせて、構えたG36アサルトライフルを降り注いでくる。5.56mmNATO弾が動きの鈍った巴を捕らえた!
「――させるかよ!」
 瞬時に張った炎の壁と、その身を以って新井が庇う。炎を抜けてきた銃弾は熱で脆くなり、新井が着込んでいる戦闘防弾チョッキを貫く事は出来ない。
「……とはいえ、被弾の衝撃はしっかり来るんだけどな。青痣の勲章が増えるぜ」
「――私を庇って……無茶を!?」
「へへっ、無茶するのは殻島准尉だけの専売特許じゃねぇぜ。いいから行けって! なるべく主力を完全な状態でオーディンにぶつけるべく尽力するのが自分の役割ってな!」
「――もっと手柄を立てたがる性格と思っていましたが……見直しました」
 微笑むと巴は天辺達の後を追う。主力部隊が敵陣を突破出来るように、新井が吼えた。
「ブースターなくても俺は強いぜ。喰らえ! デビチル・フレイムキャノーン!」
 振り抜いた拳から放たれた炎が、熱塊となって立ち塞がる妖精達やバリケードを貫いていく。熱風が巻き上がった後、残るは城門に到る一筋の道。
「――で、ヘイムダル! あんたの相手は自分だ。恨みはないけど生かしちゃおけねー」
 着剣したBUDDYで一気に詰め寄る。音波――つまりは空気振動による攻撃は新井に効果が薄い事を察して、ヘイムダルは氣の攻撃へと移るが、
「――さっき、見ていなかったのか? 自分に強制侵蝕現象は効かねえ。伊達に、大魔王を倒す為に励んできた訳じゃねぇんだよ!」
 新井にとって、幻風系が主体のヘイムダルは相性の良い敵だった。ヘイムダルにとっては逆だが。気配を絶って身を隠そうとするが、
「体温までは隠せねぇってな」
 繰り出した刺突が、ヘイムダルを貫く。喀血するヘイムダルが恨みがましい目で睨み付けて来たが、新井は刺さったままのBUDDYから手を離し、一気に肉薄すると、
「デビチル・バーストナックル!」
 灼熱の拳で思いっきりぶん殴った。吹き飛んだヘイムダルが瓦礫に激突。死亡を確認すると、城門で新井は後方を振り返り、
「――退路を守るのも自分の務め。ついでに邪魔な妖精を蹴散らすのもな」
 両拳を合わせると、攻略部隊員とともに敵掃討に乗り出していった。

 元は博物館である河原城。ドヴェルグの手が加わったとはいえ、複雑怪奇な迷宮と化した訳ではない。待ち構えていたエインヘリャルと銃撃を交わしつつ、着実に進む。
「――負傷者は後方に下がらせろ。で、何人がこのままヴァルホルにカチコミかけられる?」
 殻島の軽口に『末尾』の部下全員が親指を立てた。どいつもこいつも死にたがり共が。鼻で笑う。
「――いよいよオーディンの玉座じゃのう」
 関の孫六にこびり付いた血糊を拭う。新井から貸与されたマチェットが浴びた血を啜ったかのように曇り1つ無いのが対照的だ。氣で先を探っていた巴が身を振るわせる。
「隠そうともしない強い気配が上階に1つ。そして小さい気が3つ……いや2つ?」
「エインヘリャルを隠れ潜ませているんだろう。堂々としているつもりだろうが、保身最優先の陰険ジジイだってのはバレバレだぜ」
 巴は腑に落ちないようだが、殻島は舌舐めずりをすると、上階へと一気に躍り出る。
「――ジジイ、魔術と狡知の神だってんなら避けられない敗北と死が見えてるだろ? 跪いて命乞いするなら『遊戯』の脱落で済ませてやるぜ」
 最高位最上級という本物の化け物。小手先で何とかなる相手ではない。最初から全力! 右手で空間系の爆縮。左手で爆散。ベクトルの違う力を2本のナイフに乗せて同時に叩き込む! 他の連中は巴が予め探知していたエインヘリャルの居場所に銃弾を叩き込ませて、牽制させる。
「――逝ッちまいなジジイ! 『三千夜行』!」
 巴の氣で調子を整えてもらい、殻島は“跳躍”して叩き込む……はずだった。跳び込む殻島とオーディンとの間に割り込んできた人影。勢いを崩されたところに一気に肉薄されて組み付かれる。
「――お前、鉢屋! まさか……?!」
 完全侵蝕されて意識を憑魔に乗っ取られたか? だが殻島の疑問を、小瑠璃の澄んだ瞳が応えた。
「うちは……全てを捨てても信念を貫くけん!」
 襟と袖を掴んで引き寄せると同時に、脇と肘でロック。頚部を極め、頭部を固めると――殻島の首関節を一気にへし折る。頚骨が折れ砕ける音が響く。だが殻島は死力を振り絞って、
「……だ、が……知ってる、よなぁ……オーディンを食い……殺すのは蛇じゃ、ねぇって……」
 そして空間爆発。だが小瑠璃も止めとばかりに氣を爆発させた。爆発は相殺されず、互いに吹き飛んだ形になる。そんな殻島と小瑠璃を眼中の外に置き、天辺が斬撃を仕掛ける! だが、
「――これも不発じゃと!?」
 鈍重そうなマントを羽織っていたオーディンだったが、見えぬ速度で出された拳が天辺の胸を打つ。飛ばされた天辺の身体は放物線を描く事すら許されずに、激しく天井に叩き付けられた。落下する天辺を巴が慌てて受け止めるが、氷雪をまとった鋭利な風が襲い掛かってくる。氣の障壁を張るが持ち堪えられずに巴達の全身を切り刻まれた。
「……そんな。鉢屋二士が……」
 巴が探知したエインヘリャルの気配は、小瑠璃が誤魔化していた偽者。末尾隊員は偽の気配へと銃弾をバラ撒かされた挙句、潜んでいたエインヘリャル――金髪と銀髪の少女2人に不意を討たれて半壊した。
「……退け。ここは撤退するしかあるまい」
 痛みに顔を歪めながら、天辺が呻く。
「しかし――ここまで来て!」
「……状況が大きく変わった。不確定要素の存在が大きかったのじゃ。それに……殻島准尉が戦死された以上、逃げる他に挽回する手立ては、今は無い!」
「……逃がすと思うやの?!」
 弾き飛んだ衝撃からようやく立ち直った小瑠璃は、頭を振って意識を取り戻しながら、攻撃続行の指示。氷雪の風刃が再び天辺達を襲い掛かるところを――
「……逃げの手立てならば用意しておる!」
 最後の力を振り絞って、閃光音響手榴弾と催涙ガス手榴弾を投擲。閃光と煙幕に隠れて、逃走を図った。
「――追撃を!」
「……放っておけ。それよりも頃合だ」
 オーディンがルーンを中空に刻む。
「そう……ユグドラシルが生い茂る時だ」

 その時……あらゆる通信機器から、電波ジャックした放送が流れてくる。凛々しい女声が響き渡る。
『 ――諸君』
 巴の肩を借りて撤退する天辺の耳元で囁かかれる声に、痛みとともに顔をしかめる。
『諸君』
 負傷者を疾風に詰め込む間の時間を稼ぐべく暴れていた新井が眉間に皺を寄せた。
『諸君――』
 女の声は、三度同じ呼びかけをし、
『もうすぐ約束されし時がくる! 安息と至福に満ちた神なる国が!』
 オーディンが唇の端を歪めて笑ったのを、小瑠璃は確かめた。嘲りの笑いだった。
『 ――私は松塚・朱鷺子、旧国連維持軍・神州結界維持部隊・西部方面隊第8師団第42連隊所属、第85中隊隊長だったもの。天草を拠点として腐れきった日本国政府からの独立を唱え、宣戦布告をしたものとして覚えておられるだろう』
 ペイブロウの中で、峰山達が顔を見合わせる。
『かつて、私はこう言った。――我々は、日本国に生まれ育ち、そして超常体と呼ばれる来訪者達を身に宿したというだけで自由と生存権を奪われ、その裏に己の保身と私欲に走る愚鈍な各国政府と日本国政府との間に密約があったという事を!』
 放送主は一息吐き、そして爆弾発言を続けた。
『その証拠を今こそ示そう! その時が来たのだ。証拠とは――』
 帰路についていた意多伎が思わず空を仰いだ。
『 ――私自身だ! 私という存在がその証拠である。私は……我こそは処罰の七天使が1柱“ 神の杖(フトリエル) ”―― 最高位最上級にある超常体、熾天使(セラフ)である!』
 奥歯を噛み締める音が聞こえた。
『我は、この世界に“ 主 ”の御命による安息と至福に満ちた国を建てる為に愚かなる者どもを打ち倒し、魑魅魍魎を祓い出すよう申しつけられ顕現した。己が自由と誇り、生命を守る為に、当然ながら我等に抗われるだろうと覚悟の上で、だ。しかし――』
 悲しみと怒りに満ちた声が周囲に渦巻く。
『 ――あろうことか、愚鈍な者どもは保身と私欲の為に我等に媚び諂うと、この国を売り渡したのだ』
 糾弾するフトリエルの声が天に満ちた。
『 ――怒れよ、戦士達。我は、同志であれ、同志で無くとも、耐え難きを耐え、忍び難きを忍んできた諸君等に惜しみない賞賛と敬意を送る。と、ともに問い掛けたい。…… 我は諸君等の敵であるとされていた。確かに我等は諸君等を殺め、命を奪ってきたものだ。だが、真なる敵は諸君等から自由と権利を奪い取り、そして何よりも誇りと生命を軽んじている者どもではないだろうか!?』
 聞く者の心に、困惑と、そして嘆きが迫ってきていた。呆然が憤然に取って代わる。
『今一度、呼びかけたい。――我は約束する! 戦いの末、“ 主 ”の栄光の下で真なる安息と至福を諸君等に与えよう。ゆえに己が自由と誇り、生命を守る為に、この理不尽なる全てに対して抗いの声を上げよ。そして我等とともに戦い抜こうではないか!』
 ……聖約が、もたらされた――。

 激しく吠え立てる、わんこ先生の傍らで真希が呆然と佇んでいた。ユグドラシルを探して各地を当たってみたものの空振りに終わった真希は攻略部隊と合流。そこで聞いたのは、フトリエルの放送以上の衝撃だった。
「――小瑠璃、裏切った?」
 呆然から怒り――摩利が目覚めて周囲に当り散らす。わんこ先生が悲鳴を上げた。
「……あんのバカ! 何を考えてんのよ! どうして一言も相談せずに――バカァ!」
 泣き叫ぶように、怒鳴る。グレムリン摩利を恐れて遠巻きにしていた隊員達だが、
「……おい、何だ、アレ?」
「凄い勢いで樹が生い茂っていく……でかい!」
 ざわめきに我を取り戻すと、摩利は照準眼鏡で河原城のある方向を確かめた。我知らずに歯軋り。
「――ユグドラシルは隠されていたんじゃない。今、生い茂ったんだ!」

 河原城を埋め尽くそうとばかりに急激に成長する大樹――ユグドラシル。妖精やエインヘリャル達の歓声が沸き上がる中、玉座に身を沈めたオーディンだけが厳しい面持ちを変えずにいた。
「――これは?」
「ヘブライの羽根付き共の燭台の灯――光の柱と同じものだ。この地を完全に支配した証であり、またアスガルドとこの世界を繋ぐもの」
 オーディンの言葉に、小瑠璃は何となくかねてからの疑問が解けた感じがした。――何故、オーディンが目立つ城に居を構えているのか? 何故、天使共が光の柱という目立つものを打ち立てるのか。そして時折聞かれる『遊戯』という言葉の意味。
「陣取り合戦。……陣地を我が物とした証を立てる必要があるんやの」
「そうだ。……仮に日本土着の神が封印から解放されても、この支配領域にある限り、影響は受けぬ。ユグドラシルがそびえる以上、この鳥取という地は、完全な我等の支配領域だ」
 大國主が力を取り戻しても、オーディンをはじめとするアース神群の力を削ぐ事は出来ないという事か。
「……そしてユグドラシルには元の世界アスガルドと繋げる力もある。これもまた、天獄の扉を開く燭台の灯と同じだな。――ヘイムダルが生き残っていれば、すぐさまビフレスト(虹の橋)を掛けさせて、アスガルドよりフレイや、ヴァーリにヴィダール、そして愛息のバルドルを呼び寄せたものの」
「……ヘイムダル亡き今、ビフレストはいつ掛かるんやの?」
 ユグドラシルの頂から猛烈な風が吹いてくる。あれはフレスベルク――死者を飲み込む者のはばたきだ。
「――『ラグナロク』が起きる、その時までには。この世界で言う6月中旬には虹の橋が掛かるだろう」

 

■選択肢
NEuH−01)世界樹の下で戦いに決着
NEuG−02)世界樹の下で英雄として
NEuP−03)隠岐島で聖杯を獲得する
NEuH−04)隠岐島でメフィスト追跡
NEuG−05)隠岐島でメフィスト加担
NEuH−06)出雲大社へ突入して解放
NEu−FA)山陰地方の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 なお維持部隊に不信感を抱き、聖約に呼応する場合はNEuP選択肢を。オーディンに従う場合やメフィストフェレスと接触を図りたい場合はNEuG選択肢を。なお人間社会を離れて独自に行動したい場合はFA選択肢にて扱う。

 泣いても笑っても、次が『隔離戦区・神人武舞』第13旅団( 山陰 = 北欧 )編の最終回である。後悔無き選択を! 幸運を祈る!

※註1)SBU(Special Boarding Unit) : 特別警備隊 …… 現実世界においては2000年に発足した海自の特殊部隊。不審な船舶に移乗し、制圧・武装解除し、積荷に武器や輸出入禁止物品が積載されていないか検査する。  神州世界では2004年に江田島に密かに発足された、旧海上自衛隊由来の特殊部隊。旧海上保安庁の勢力を吸収し、沿岸部における特殊超常体殲滅活動に従事している。船舶や舟艇が著しく制限されている神州において、SBUは数少ない操船技術や水中作戦の専門家達として設定。SBUは神州各地にも分遣隊が設立されている。……なお第4回終了時点で、江田島の本部は消滅してしまっている。

※註2)維持部隊長官 …… 神州維持部隊発足前は、防衛庁長官――現実世界においては今の防衛大臣。シビリアンコントロールという建前の為に、徹底的な非戦闘員を要求されている。日本国政府は海外に存在しているが、維持部隊長官が実質的な神州における政策面の頂点。海外の日本国政府ら派遣という形をとる。
 なお現在の長官、長船・慎一郎[おさふね・しんいちろう]は7代目に当たる。在任中に超常体に殺されたようなケースは1名のみ(2代目長官)で、多くが即日辞退したり、自殺したりしている。長船の任期数は15年を越えるが、腐らないのは本人の性格と周りの支援があってのもの。最近では長官秘書の 八木原・斎呼[やぎはら・さいこ]一等陸尉がコントロールしているからという説もある。また維持部隊の暴論なまでの実力主義は長船の代から。ちなみに結構、気さくな性格でノリも軽く、分け隔てしない。維持部隊員の中には年齢や階級、役職に関係なく、長船と宴席を囲んだという者も少なからずいる。愛称は「長さん」。


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