第六章:ノベルス


個人運営PBM『隔離戦区・神人武舞』 第2回 〜 四国:濠太剌利


Oce2『 The lie bat laughs and dances 』

 神田瀬川の向こう――徳島・旧小松島海上保安部――現SBU(Special Boarding Unit:特別警備隊)徳島分隊基地が、七十二柱の魔界王侯貴族を名乗る2柱に征圧されてから半月が過ぎた。高知駐屯地の第50普通科連隊とSBU高知分遣隊は、徳島基地奪還と魔王撃破を望むべく小松島競輪場跡地に陣を敷いて睨み合っている。時折、県道178号線と南小松島と新港を結ぶ橋上で銃火が交えられていたが、
「――今は守勢にあるとはいえ、日毎に戦力が増強されていっとる感じがするちうわけや。インプにガーゴイル、ほんでフレイムドレイクなんかも確認した」
 狙撃の場所取りの為に、周辺を捜索していた神州結界維持部隊中部方面隊・第2混成団第15普通科連隊・第15071班乙組、三笠・修司(みかさ・しゅうじ)陸士長が報告を上げる。狙撃の腕を買われた事に加えて、本人の希望もあって出向してきたのだ。陸海分け隔てなく下級幹部(下士官)達が集まっての、作戦会議。上層部の縄張り意識や派閥抗争で戦術面での連携や、戦闘での協調性を欠いては前線の隊員の死亡率が高まるだけだ。この点、暴力的なまでに実力主義な結界維持部隊の方針に感謝すべきだろう。
「――フレイムドレイクか。厄介じゃな。数は?」
 海自伝来のカレーライスを口に運びながら、SBU高知分遣隊・第9班イ組長、有馬・喜十郎(ありま・きじゅうろう)海士長が尋ねると、三笠はスプーンの代わりに赤ペンを握り、テーブルに広げられた地図に印を付けていく。萩野・弘樹(はぎの・ひろき)一等陸士が唸った。
「やはり前回の対策として、バリケード代わりに配置されたのでしょうな」
 先日での威力偵察も兼ねた生存者救出作戦で採られた、第50普通科連隊が敵戦力を南側に誘引する隙を突いて、県道17号線を小松島ステーションパーク跡方面に進撃する対策として、強力な超常体が配置されているのは予測出来ていた事だが、実際にそうとなるとやはり厄介極まりない。
「……散坂よ。仇は絶対にとってやるからな」
 前回の作戦で散った戦友を思い、有馬が眉間に皺を寄せる。故人を偲んでの沈痛な雰囲気へと支配され掛けたが……。
「――チャオ!」
 場の空気を読まないような明るい挨拶が一同に掛けられた。ポマードでびっちり後ろに撫で付けた髪に、黄色い縁の伊達眼鏡。首元にはヴェルサーチのスカーフが巻かれている伊達男。6:4で分けた髪に、眼鏡と野戦服をきっちりと身に着けている萩野と正反対だ。伊達男を案内してきた 北条・定美[ほうじょう・さだみ]一等海士も困惑の表情を隠せない。
「はい。皆様、御注目を。本日より第50普通科連隊・第15063班長を拝命しました、護堂銃司です」
 右手を胸に当てて、優雅に腰を折って挨拶。両襟の階級章は桜星に1本黒線――三等陸曹。慌てて萩野は起立すると、護堂・銃司(ごどう・じゅうじ)へと敬礼を送った。
「第15063班という事は……散坂の?」
 有馬の問いに、護堂は肯定のサイン。
「元は瀬戸内向こうの第13旅団出身でしてね。戦死なされた散坂一曹の後任として再編成した部隊を率いて、皆様とともに対魔王に参戦するよう命じられました。最終的には、レヴィアタンに当たる予定です」
 七つの大罪が1つ“嫉妬”を司りし大魔王 レヴィアタン[――]。四国周辺を漫遊中の大海獣は遅々としながらも徳島基地目指して接近中という。レヴィアタンの言葉に、萩野の目が細まった。
「――散坂一曹と交流の厚かった有馬士長に協力を仰ぎたくて、御挨拶に伺った次第です」
「……大した情報は無いぞ?」
「残念ながら報告書だけでは戦力分析するに不足していましてね。先任の意見も聞きたいのですよ。憑魔の特性は実際に戦って生き残った者にしか判りません」
 超常体の属性を知る事で勝敗の鍵を握る。相生相剋の関係があるから魔人にとっては尚更だ。護堂は勧められもせずに着席すると、
「散坂一曹が撤退さえ叶わず倒された事から、フォルネウスは相性の悪い氷水系、そして音撃の情報からデカラビアは幻風系と判断していますが」
「フォルネウスはその可能性が高いじゃろう。だがデカラビアはどうかな?」
「……と、申しますと?」
「――わしも伊達に、この還暦まで戦い生き残ってはおらん。憑魔能力は、強化・異形・操氣に、五大、そして呪言と祝祷の10種と言われておるが……噂によると、どれとも違う能力を持つ者もいるそうじゃ。銃弾を反射したり、HEAT砲弾を逸らしたりは、別の何かじゃろう」
「ブラーヴォ! ……では第13旅団『末尾』の殻島准尉と同じ能力かもしれませんね」
「その『末尾』の殻島准尉とは?」
 上目遣いで尋ねる萩野に、護堂は微笑み返すと、
「元は第13旅団と申し上げましたでしょう? その時にお世話になった小隊長です。空間を湾曲させる力に救われた事があります。――どうです、似ているでしょう?」
「……ウチこそ、その力についてねちっこく聞いておきたいな。バレットの.50口径でも反射されるかどうか知っておきたい」
 三笠も興味津々で聞き出そうとする。護堂は肩をすくめると、
「口止めされていた訳でもございませんし、私の知っている限りで宜しければ、何なりと。……但し代わりといっては何ですが、レヴィアタンについての情報を戴けませんか?」
「――現在、迎撃準備が進められている」
 テーブルから離れたところから返事が来た。金髪碧眼のWAC(Woman's Army Corps:女性陸上自衛官)。右目のアイパッチが面持ちをきつく印象付けている。第1502中隊第1小隊長、猪狩・夏見(いかり・なつみ)准陸尉は一同を見渡すと、
「現在、第14特科隊と第14施設中隊、そして第14後方支援隊(※註1)へと協力打診中だ。詳しい事は未だ発表出来ないが、作戦遂行・目的達成の為にも、君達の対魔王戦並びに徳島基地奪還に期待している」
 全員が起立して敬礼。答礼を返すと、夏見は計画を推し進める為にも足早に去っていた。
「ふむ。ではレヴィアタンの話はまた後ほど詳しく調べる事にして……そういえば人質となっていたWACと、救助に成功した隊員は?」
 護堂の何気ない質問に、有馬が不機嫌になる。
「巳浜は検査中じゃ。で――ええぃ! あの色ボケのバカ孫がぁっ! 何故、医師でもないのに女の尻を追い掛けて高知くんだりまで戻ったのじゃ!?」
 腹を立てる有馬。控えていた定美が、
「大山さんは誑かされているに違いありません……」
 銃剣を抜きながら、呟いていたのだった。

*        *        *

 何故か悪寒を覚えて、大山・積太郎(おおやま・せきたろう)は身を振るわせる。風邪だろうか? だとしたら、彼女にうつさないようにしないと。優しい眼差しで、ガラス向こうで眠っている 巳浜・由良[みはま・ゆら]海士長を見詰めた。検査入院というが実際は軟禁である。魔王によって征圧された徳島基地で特別扱いされていた由良。デビル・チルドレンであったとしても、それが理由にはならない。そして大山は由良が検査の名の下に酷い待遇を受けないように、監視兼護衛役として付いているのだった。
「……何で自分は君を守りたいと思ったのかな? 自分は君の事が好きなのかな?」
 思わず頭を撫でながら問い掛けたい衝動。
「――人はそれをストーカーと呼ぶ」
「……って、うわっ、先生!」
 定期健診に訪れた衛生科の二等陸尉(女性)の呟きに、大山は飛び跳ねた。心臓の動悸を抑えながら、
「――吃驚した」
「驚かせるつもりは無かったんだがね。ほら、検査の邪魔だ。とっとと失せろ」
 犬でも追い払うように、手を振る女医。大山は、
「……あんまり酷い検査をすると彼女の憑魔が暴走するかもしれませんよ」
「――お前なー。荒吐連隊じゃあるまいし、私を何だと思っているんだ?」
 数年前になるが、東北方面隊では魔人との性交を強要したり、わざと憑魔核を寄生させたりと――そうやって魔人を増やそうという計画があったらしい。魔人は戦車や戦闘機を配備するより安価で多量。維持費もそれほど掛からない。真偽の程は明らかにされていないが、その悪夢の遺産と噂されているのが、東北方面普通科連隊・通称“荒吐(アラハバキ)連隊”である。……維持部隊の暗部、都市伝説だ。
「しかし、普通の魔人でも、余りの酷い状況なら憑魔能力を使う事を躊躇わないのに、2柱の魔王クラス超常体……自称ですが……が気にした彼女を暴走させる訳には行かないでしょう」
 大山の抗弁だが、女医は鼻を鳴らすと、
「私から言わせれば、暴走してんのはお前だよ。若さゆえの暴走つーか。いいから、暫くは1人で悶々としてな。さもないと痴漢として警務科に訴えんぞ」
 女医と看護師は入室すると、カーテンを引いて大山の視線をシャットアウト。十数分後、何でもない顔をして、大山を部屋へ招いた。
「――定期検査終了。特に身体的な変調や異常は見当たらず。まぁ将来的には化けるかもしれんが、悪い意味で。それはお前も同類だ。……魔人ってのは遅かれ早かれそういうものだからな」
「どうにかならないんですか?」
 大山の問いに、女医は肩をすくめて見せる。
「さて。次は精神状態だ。お前も色々と聞き出したい事があるんだろ? 幾つか質疑をするから同席しておけ。早速で悪いが、こいつを起こしてくれ」
 由良は暢気にマンボウの縫いぐるみを抱いてお休み中。大山は優しく起こそうと試みた。
「……ん〜。おはよう」
「いつまで寝ているんだ。この眠り姫」
 悪態を吐きながら、女医は簡単な質疑をする。寝惚けながらも答える、由良。
「――精神状態も特に異常無し。まぁオカシイといえば、元からオカシイ娘かもしれないが」
「ひど〜い、センセー」
 頬を膨らませて抗議する由良。さておき選手交代。女医や看護師が後ろで見守る中、大山が質問をする。
「ええと、そうだ。君が教えてくれた夢の内容を相談したところ、憑魔体が要因となって出ているのではないかと推測があったんだ。伝承によると、七十二柱の魔王は過去・現在・未来を知る存在が沢山いるから、特に蛇から連想される『ボティス』『プルソン』あたりが怪しいのだと……」
「ぶーっ! 違うよ〜。由良のお友達に言われたのは、お魚をイメージしていたもの。蛇は、違うヒト?」
 ――夢の中で、あたし、お魚になって、大きな海のお母さんと一緒に泳いでいたの。海のお母さんは、陸のお父さんを待ち焦がれていたの。むかしむかし、偉い人に離れ離れにさせられたんだって。でも、ようやく逢えるのね。『約束』の日はもうすぐだから。……でもね、虹色の蛇も語り掛けてくるの。『お前は今、分岐点の前に居る』って。
「……蛇は魔王じゃない? 虹色の蛇とくれば、虹蛇ウングドという話もあったけど。別の可能性としてオセアニア神話の偉大な銅のニシキヘビ『ユルング』辺りが怪しいし。何か思い当たる事は……って!?」
 その名を出したとき、由良の表情が一変した。そして夢遊病者に焦点の合わさっていない目付きのままに厳かな声を出す。
【――分岐点にて我が選ばれた。礼を言うぞ、少年。名付けは最初の呪だ。……計らずとも彼女は選んだ】
 立ち上がり、手を広げる。異形系の由良は下半身を虹色に光る蛇体に変えた。
「……あたしは、ユルングに夢渡る巫女として選ばれたモノ。つまりドリーム・シャーマン?」
 自分で言っていて、何故に疑問形か。さておき大山は愕然とする。
「一体、何が……?」
「――馬鹿、お前がトリガーを引いてしまったんだ! 射殺許可! アレはもう由良じゃない! 完全侵蝕された超常体で、しかも主神級だ!」
 女医の叫びに、控えていた看護師が9mm拳銃SIG SAUER P220を構える。大山が止めようとするが、
「……まぁ、落ち着いて。皺が増えるよ、センセー」
「うるさいっ! 誰の所為だ!?」
「……ん〜。多分、積ちゃん」
「僕の所為か?!」
「たぶん。第一、異形系のあたしに物理攻撃は効かないよ〜。それにあたしから争う気も無いしね」
 由良はとぐろを巻いた蛇体に上半身を預け、マンボウの縫いぐるみを握り締める。
「――争う気はない?」
「うん。そしてユルングとして宣誓するよ〜。アルケラの精霊達の代表として、ここに敗北を認めて『遊戯』から脱退するね。残るは“ 闇の跳梁者(ハンター・オブ・ザ・ダーク) ”と、徳島に居座っているお友達、そして海のお母さんを退治するだけだね。……あ、石鎚毘古も解放しなきゃ。怒りプンプンだろうけど。じゃ、役割終了。おやすみ〜」
 そう言うが早いか、由良はまた幸せそうに眠りに入るのだった……。
「何がなんだか……凄い急展開だった」
「――とにかく警戒レベルを上げるぞ。お前も責任取れよ!」

*        *        *

 突然、真顔で 石丸・隆児[いしまる・りゅうじ]陸士長の手を握ると、
「50億の人間より、オレは君1人を選ぶ。帰ってきたら結婚しよう。おれの帰りをパインサラダをもって伝説の木の下でまっていてくれ」
「――マイブーム、キタッー!」
  大尾田・晋明(おおおた・くにあき)二等陸士の告白に、背後で紅潮した顔で見守っていた 藤原・ノノ(ふじわら・―)二等陸士がはしゃぎだす。イイ笑顔でサムズアップ。
「やっぱりガインくん×りゅーちゃん士長っス!」
「……え、ええと? 私の知識によると、この国では同姓婚は認められていないはずでは……」
「愛があれば、気にする事無いっス。さあ、自分の事は気にせず!」
 困惑する石丸に対して、益々ヒートアップするノノ。だがワザとらしい咳払いに、ようやく凍り付いた。
「……あのね。私の目の黒いうちは風紀著しく乱すような言動を許すつもりは無いんだけど?」
 松山駐屯地警務隊2班長、夏目・和子(なつめ・かずこ)一等陸曹は笑みを絶やさずに告げた。勿論、眼の奥は笑っていない。
「――い、いやー! 懲罰部隊行きはイヤっスー! 聞けば、壱伍特務は髭面で暑苦しくて、ムサイ男しかいないっスよ。土方系の」
「はっはっは。いや何、古代人の妄想であるところの神話は、憑魔や超常体という形で現実になったのだから、現代人のはどうか、と気になってなぁ」
 ノノと大尾田の弁明?に、和子は本日何度目かになる重い溜め息を吐いた。肩で切り揃えた髪を一房摘まむと、
「……また、白髪が増えた気がするわ」
「――悩み事っスか。大変っスね」
「そういう時はモコイに会いに行こう。癒されるぞ」
 誰の所為だと思っているのだ。思わず我を忘れて怒鳴ってやろうかという和子を、片腕的存在の 城戸・玲[きど・あきら]陸士長が何とか押し宥めてくれた。愛媛・松山駐屯地――第15041班、特に石丸の周辺は最近、いつもこんな調子だ。記憶の喪失と混乱により篭りがちだった石丸が明るく前向きに協力してくれるようになったのは、ありがたい。だが……
「こう、いつも、いつも、馬鹿騒ぎになってはね。秩序というものが……」
 胃の辺りを押さえて、こめかみに手をやる。なお第15041班長はすっかり石丸の人間関係の問題を和子に押し付けているようだ。
「……もっとも、この苦労も見返りがあると思えば」
 三人寄れば文殊の知恵という言葉がある。実際、最近まで神州の外で暮らしてきた大尾田は「幅広い雑学の持ち主」と自称する通り、様々な知識を披露してくれる事もある……偏っているが。またノノはほわほわ夢見がち系の外見だが、時折閃く指摘は鋭いところを突く……普段は間違った方向にだが。
「――石鎚山に向かうのであれば送りますが?」
 そんなところに新たな生け贄……もとい、第14飛行隊・救難飛行隊第3小隊長、大空・燃(おおぞら・もえる)准空尉が顔を出した。
「自分が石鎚山へと行きたいっスけど」
「了解しました。――で、封印の事を教えて欲しいんですが」
 封印という言葉に、顔を見合わせるノノと和子。
 先日に西条の石鎚神社本社での幻聴。
『……我を解放せよ。跳梁する闇より、我を解き放て』
 そして脳裏に暗雲に包まれた山の頂が浮かんだ。燃える三眼を持つ“何か”が鎌首をもたげて嘲笑っている幻覚。石鎚神社の祭神は、石土毘古[いわつちびこ]――伊邪那岐・伊邪那美より産まれ出た、由緒正しき、土石を司る神である。そして噂されるは、オカルト説と陰謀論。
 超常体が、ある種の群れを形作るのは今や周知の事実であり、神州に対応する世界各地の神話・伝承に似通っていると言われている。まさしく四国だと、濠太剌利。モコイも濠太剌利原住民アボリジニに伝わる精霊の名だ。そして超常体の群れを統率しているのは、伝承や神話で謳われる主神級の存在であり、そいつさえ倒せば、超常体が居なくなるのではないか? これが現在、維持部隊で流布されているオカルト説。希望であり、そして夢物語だ。
 同時に流れている陰謀論とは――日本土着の妖怪を統率している古来の神々は封印されており、そして駐日外国軍は監視する為だというものだ。濠太剌利政府は日本に派兵していないが、神州各地で神社仏閣を何故か駐日外国軍が押さえているのが、信憑性を強くさせている。
「……いや、もしもオカルト説と陰謀論が真実であり、封印から神を解放すれば戦闘が楽になるとの噂もあるのでね。下手な手を打つ前に対処が出来るなら、その方が良いでしょう?」
 ところがノノと和子は再度顔を見合わせると、
「うーん、変人バットは『ウルルの封印は、俺に任せろ』って言っていたっスね」
 ……ちなみに誤字ではない。
「改めてこの言葉を見るといくつかの異なった内容が見えてくるけど、現状で可能性が高いのは、蝙人バットはウルルの封印を解かせないようにしており、『ウルルの封印の維持は俺に任せろ』といった意味での発言だったと考えるのが、一番確率が高いように思えるの」
 日本に封印されている事から日本の神が封じられていると考えがちだが、今までそんなものに遭遇したことは無いので、そう言い切る事が和子には出来なかった。加えて 蝙人バット[へんじん―]は封印の要に向かっている訳ではなく、その周辺にいる我々を助けているという記録。そして現在、蝙人バットに敵対行動は見られないことから考えると、
「蝙人バットはウルルの封印を維持しており、少なくとも我々の敵ではない……楽観的観測ではあるが、おおよその考え方でいいんじゃないかしら?」
 和子の言葉に、大空も考え込む。
「だとすると、ウルルに封じられているものについてですが……」
 アボリジニたちの神話によると、ウルルとは即ち岩の蛇という意味であるらしい。彼らにとって、神は全てのものに宿るというようなトーテム信仰が主であるらしいので、岩の蛇の神が封じられているのかもしれない。さらに大胆な推測。
「……フライング・ポリプの存在から考えると、あそこにはクトゥルフに関連する何かが眠っているのかもしれない」
「――偉大なる預言者H.P.ラヴクラフトが書き記した『長時間の影』によれば、西濠太剌利のグレイト・サンデー砂漠の地下には、〈偉大なる種族〉という超常体?があらゆる宇宙、あらゆる時間、あらゆる種族から集めた知識の図書館が存在するという。またこの小説には同じ場所に四国に出現したフライング・ポリプと特徴が酷似している半ポリプ状の生物がいたらしい事が記されている」
 今まで黙っていた大尾田が知識を披露し、和子の説明の穴を補填した。和子は感謝とともに頷くと、
「……小説では滅ぼされた後、現在では〈大いなる種族〉の残した遺跡に潜んでいるとされるから、もしかしたら同様にフライング・ポリプの棲家等であるかもしれないの」
 頬に手を当てる仕草。和子は言葉を選びながら、
「大尾田二士の説明通りに、ウルル=濠太剌利の地下には〈大いなる種族〉の残した地下都市が存在する可能性があるわ。これは、憑魔として〈大いなる種族〉――イシアンと仮称――が存在するとなると、その地下都市の存在もまた眉唾ではなくなる。実際に都市が存在するとは思えないが、それに変わる何か、〈大いなる種族〉の親玉や、フライング・ポリプの大将等が存在する可能性もあるわね。……そうなると、ウルルの封印というのもまた難しくなってくる」
 蝙人が敵か味方か正確に判断できないからだ。加えて、あえて石鎚山ではなくウルルだと言い放った事に、特別な意味がこめられている気もしてくる。
「……つまり、彼は『石鎚山の封印』=『日本古来の超常体の封印』ではなく、『ウルルの封印』=『濠太剌利先住の神ないしクトゥルフの封印』をどうにかしようとしているのではないかしら?」
 ようやく一息を吐くと、
「……考え過ぎな気がしてきたけど、確信無く封印に触れるのは危険であろうと思われるわ」
「――だいじょ−ぶっスよ。自分、まあ頭脳派キャラなんで! 危ない橋は渡らないっス」
 思い切り輝く笑顔で、ノノが宣言した。
「……どこが頭脳派キャラ?」
 大尾田のツッコミはお約束として、スルー。
「でも自分の考えは少し違うっスね。自分、声が聴こえた時に脳裏に浮かんだ『燃える三眼を持つ何か』って……えーと、物凄くイヤな想像なんスけど……」
 顔を引きつらせながら、
「――自分、ニャル様、とか思っちゃったりしちゃったんスけど……」
「それは、確かにイヤだ!」
「ガインくんもそう思うっスね! もしも石鎚山に封じられている何かがニャル様で、蝙人バットがそれの封印を守っている、とか? んー、そう考えるとフライング・ポリプは石鎚山に封じられている何かを開放したい連中の尖兵か何かなんスかね……」
 怖い想像に震えながら、
「――以上の考えから、もし石鎚山に到着しても安易に封印とやらを解くのには自分は反対っス。……まあ今のところ全部妄想でしかないんスけど、危険だという判断要素があるうちはヤメておいたほうがいいっスよね。――自分のせいで日本壊滅とか、マジしゃれにならないっス。勘弁」
 最後のが本音だな。一同、得心したが敢えて突っ込まない。誰だって滅びの引鉄を絞るのは避けたいのだから。それでも、
「――まぁ、ここまできたら石鎚山に向かわないと女が廃るっスよ!」
「……そうね。解放する、しないはともかく偵察は任せたわ。私は彼を――」
 蚊帳の外に置かれた手持ち無沙汰に89式5.56mm小銃BUDDYの分解洗浄を始めている石丸を、和子は見遣りながら、
「彼の監視を続けるわ。そして我々は警務科の一員として『風紀を著しく乱す蝙人バットの動向を調査』するという方針でいこうと思うの。あの蝙人は味方なのか、憶測は正しいのか……そもそも蝙人=石丸なのか。蝙人だけでも大変だわ」
「じゃ、おれは伊予方面を探ってみる。フライング・ポリプが逸早く出現したのはあそこら辺だからな」
 大尾田はしたり顔で頷いていたが、
「……別に、モコイに会いたいからじゃないぞ?」
「誰も聞いていないっス。というか、わざわざ、そういう断り方をするのが逆に怪しさ爆発っスね〜」

*        *        *

 散発的に生じていた交戦が徐々に鳴りを潜めた。のどかな春の昼下がりといった風情に、神田瀬川の警戒に当たっていた超常体リザドマンの一匹が欠伸のつもりか、大きく口を開ける。超常体といえども、生物に変わりない。食を摂取し、睡眠をとらねば疲労困窮の末、最悪で死に至る。そもそも夜行性が多いのだ。驚くほどに戦闘がない日中に、注意力が散漫となっても無理なからぬ事と言えよう。嵐の前の静けさと勘繰っていたモノは少なかった。
『――配置完了』『意気揚々』
 耳に詰めた短距離個人携帯無線機から各隊の報告が行き交う。
『――ヒト・サン・サン・マル。攻撃開始!』
 徳島奪還作戦群長の号令を受けて、維持部隊員は一斉に蜂起した。風切り音を引いて、110mm個人携帯対戦車榴弾パンツァー・ファウストIIIが対岸に炸裂した。爆風でリザドマンの列が吹き飛ぶ。お返しとばかりに弓矢の応射。また、敵魔人がFN5.56mm機関銃MINIMIを撃ち鳴らしてきた。
『――護堂三曹、お先に失礼する』
『了解。お願いしますよ』
 南面の攻撃が開始したと同時、有馬が2人の部下を伴って斥候に出る。
「……自分も出ます」
 萩野も志願するが、有馬は他の部下とともに護堂に預けると後続を任せた。先頭に立って、捜索に当たるのは操氣系の 北条・慎吾[ほうじょう・しんご]一等海士である。氣を張り、魔王の所在を探る。フレイムドレイクの目を盗むように路地裏や瓦礫の陰、廃屋の中を突っ切って浸透する。慎吾が探知に集中する間は、有馬と定美で警戒を固めた。
「――師匠。大きな気配を感知。距離は……」
 小松島ステーションパーク辺りまで接近して、慎吾が当たりを引いた。が、次の瞬間、絶叫を上げてのた打ち回る。痙攣し、泡を吹いて倒れる慎吾に慌てて駆け寄ろうとする有馬だが、
「――氣を張り巡らせるって事は、逆に自分の位置を周りに知らせているようなものだぜ。アクティブ・ソナーに近いんだ。……並みの超常体ならば気付かれない事も多いが、俺様相手には大声を張り上げているようなもんだな」
 突如として現れた五芒公 デカラビア[――]の突き蹴りで後方に吹き飛ばされた。壁に激突するところだが、有馬は受け身を上手く取って衝撃を緩和。デカラビアとともに現れた水域侯 フォルネウス[――]が簡単の息を漏らす。
「……さすがは柔道師範の有馬さんでござるか」
 元は同じSBU隊員だ。フォルネウスは有馬の顔を覚えていたらしい。加えて、
「――御無沙汰しています。先生の相手は、私が」
 黒色の立入検査服装にボディアーマーを着込んでいるWAVE(Woman Accepted for Volunteer Emergency service:女性海上自衛官)――由良の親友であり、かつて有馬の弟子でもあった敵魔人は言うが早いか、手のH&K MP5A4サブマシンガンを乱射。着込んでいた戦闘防弾チョッキで貫通までは至らぬものの、衝撃が有馬の身を打ちのめす。鈍痛に体勢を崩した有馬を庇うべく定美が炎を噴射するが、WAVEは足を踏み鳴らすと地面が盛り上がって遮断した。
「――おいおい。ボーカルのソロだけじゃ、ライブは盛り上がらんぜ!?」
 デカラビアが意地悪く笑うと同時に、彼を中心にして強大な氣が爆発膨張――強制侵蝕現象! 有馬と定美も身体を走る激痛にのた打ち回るしかない。
「……先生、そして北条兄妹。さようなら」
 弾倉交換を終えたWAVEがMP5A4を突き付ける。引鉄を絞り、吐き出された9mmパラペラムが無数の弾痕を穿つ――はずだった。己の気を整調して逸早く立ち直った慎吾がタックル。射線がずれる。更に――。
「――遅くなり、申し訳ありません!」
 駆け付けた萩野が担いでいたパンツァー・ファウストIIIを撃ち放つ。慎吾に氣の乱れを治された有馬と定美は慌てて退く。同時にWAVEが土の防壁。110mm榴弾は防壁を粉々にしたが、デカラビアが更に掌を向けて何かしたのだろう、粉塵が晴れた後の2柱の魔王とWAVEは無傷だった。
「――ライトタイガーはどうしておる!?」
「フレイムドレイク以下、数匹からなる超常体の群れによる足止めを受けております。また護堂三曹は……」
 萩野が答える合間にも魔王達の猛攻が押し寄せてくる。それを遮ったのは一発の銃声。太陽を背にして高台に立つ男が、年代物の大型リボルバー片手に格好を付けている。
「……ふっ。『パッショーネ』がなかったら、未だにのた打ち回っているところでございましたよ」
「――そのまま死ねば良かったのに」
 護堂の隣に控えるWAC――開座・忍[あかざ・しのぶ]一等陸士が毒を吐く。小柄ながらも肉感的な姿態。そして濡れた様な黒髪を持つが、きつい三白眼が全てを台無しにしていた。
「……新たな観客か。俺様のライブにようこそ!」
 調子に乗ったデカラビアは手に持つアコースティックギターを掻き鳴らすが、萩野が冷たく鼻で笑う。
「――自分はギターなどなくともエレキでロックな男だが。所詮、格好だけの輩か」
「あん? ナマ言ってんじゃねぇー!」
「愚か!? 安い挑発に乗るな、とアレほど……」
 フォルネウスの制止に、だが激昂したデカラビアは萩野へと向かう。WAVEとフォルネウスが続こうとするが、84mm無反動砲カール・グスタフから発射された発煙弾が視界を遮る。増援として駆け付けた三笠の部下達だ。
『――すまないちうわけや。強制侵蝕の激痛から立ち直るんが遅れた』
 三笠の謝罪が耳に入ると同時に、対物狙撃銃から発射された.50口径弾が大地を抉る。WAVEが立て続けに防壁を築いていくが、そんなものバレットの爆撃ともいえる威力の前には、発泡スチロールやベニア板に等しい。身動きが下手に取れぬフォルネウス達は、デカラビアと完全に分断された。
「――グラッツェ! さあ、私からも贈り物です。食らいたまえ、存分に!」
 護堂が手に持つコルト・シングルアクション・アーミー『パッショーネ』から放たれた弾丸は軌道上、宙空でありえない角度で折れ曲がると、縦横無尽に駆け巡る。かろうじて致命傷を避けているものの、フォルネウスとWAVEは満身創痍。
「――この化け物がっ! その細胞一つにいたるまで、溶かし尽くしてくれるわっ!」
 有馬が大地を殴ると、定美が掌を当てる。フォルネウスの足下が溶岩と化した。WAVEが押し返そうとするが、
「――邪魔よ」
 いつのまにか忍んで接近していた開座が小太刀を払うと、血が舞った。集中が乱れたところで、
「……さらばじゃ。なぁに、それほど待たせはせんよ。どうせ、わしも地獄逝きじゃ」
「――先生」
 跳び込んで奥襟を掴むと同時に足を払って体制を崩す。そして身体を回転させて、WAVEを腰に乗せると背負い投げ。が受身をとられぬように後頭部から叩き付けた上に、膝を入れて頚骨を砕いた。血を吐いて、白目をむくWAVE。かつての師弟関係――自らの手で、教え、学んだ技で以って始末を着けるがせめてもの情けだ。軽く黙祷して冥福を祈る。
「……ソレガシもここまででござるな」
 足下から噴出す溶岩の攻撃。そして護堂と開座、三笠等の集中攻撃を受けて、無念そうにフォルネウスの身体は砕け散っていった。
「散坂よ……仇はとったぞ。そして残るは……」
 感慨に浸る間もなく、もう1柱の魔王へと向き直る。萩1人に引き付けてもらっていたが…… 怒りの五芒公
「――フォルネウス!」
 怒号とともに、大規模な空間爆発――同時に再度の強制侵蝕現象。衝撃に一堂が吹き飛び、人影が宙高く舞い上がった。トレンチコートをはためかせながら、満身創痍の萩野が落ちてくる。
「……忍、拾いなさい!」
 激痛に顔をしかめながら護堂が命じる。萩野を除けば、強制侵蝕現象で無力化されないデビチルは、開座しかいない。他の者は激痛で思ったようには反応出来なかった。
「あー? なんでアタシがやらなきゃなんないのよ! ……いつか、殺す」
 それでも地面に叩き付けられる前に、開座が割り込む。勿論、小柄な開座が支え切れる訳がない。当然、潰れてしまうのだが、それでも重体(最悪、死亡)による戦力低下は免れた。呻き声を上げながらも開座に礼を言いつつ、荒い息を吐きながら萩野が立ち上がる。身体は悲鳴を上げているが、強制侵蝕現象の激痛から回復中の有馬達では、激昂しているデカラビアの攻撃に間に合わない。対するデカラビアも、萩野の電撃であちこちに火傷を負っているが、怒りは痛みを凌駕するのか、攻撃の手を休まる事は無かった。
「――ぶっ殺す!」
 再び空間が爆発し、デカラビアを発起の中心点として衝撃が津波のように押し寄せてくる。
( ……銃弾を反射する空間湾曲現象が無力化される格闘戦で肉薄するのは間違っていなかった。だが、怒りによってデカラビアは自分を中心にした無差別空間爆発放射に攻撃方法を変更。近寄る者、皆、弾き飛ばしていく……)
 加えて強制侵蝕現象による激痛がデビチル以外に襲う。崩れ落ちるしかない一同に、だがデカラビアが止めを刺す事は適わなかった。フレイムドレイクを突破した89式装甲戦闘車ライトタイガーが35mm機関砲を撃ち放ち足止めさせた隙に、96式装輪装甲車クーガーがブローニング12.7mm重機関銃M2を乱射して突入。威嚇射撃を行っている間に降車した第15063班員が護堂達の身柄を確保。回収すると煙幕を焚きながら、ライトタイガーを先頭にして戦場を脱出した。立ちふさがり、また追いすがったりしてくる超常体をガンポートから突き出したBUDDYが薙ぎ払う。
「――本隊も撤退ですか」
「はっ! こちらが魔王2柱を引き付けたものの、残る敵魔人の妨害もあり、基地奪還はならなかったとの事。敵魔人2名の射殺は確認されています」
「……残る強敵は5名じゃな」
 強化2、異形1、火炎1、そして魔王デカラビア。脅威の数を確かめながら、一同は気絶するように深い眠りにつくのだった……。

*        *        *

 SBU高知分遣隊基地より北に約500mにある高知南警察署を改装した、警務科所管の懲罰棟。収監されていた大山に、警務科隊員が声を掛けてくる。
「――出所だ。原隊に復帰しろ」
 装備を返された大山へ、身元保証人として顔を出したのは由良を検査していた女医だった。
「……爺ちゃんじゃないんだ」
「有馬さんの耳に入っていたら、お前、今頃、切腹を申し付けられているぞ。安心しろ、私の判断で差し止めておいた」
「……感謝します」
 警務科隊員に頭を下げつつ、旧高知南署を出る。大山は声を潜めると、
「由良ちゃんは……?」
「――今朝、蘇生が追い付かないほどの5.56mmNATOの弾雨で銃殺。すぐにテルミットで焼却処分された」
 愕然とする大山。思わず頭を抱えて、その場に倒れる。嗚咽交じりの叫び。――が、女医は冷徹に見下ろすと、
「……冗談だ。今もピンピンと……いや、グーグーと気持ちよさそうに安眠をむさぼっている」
「ほ、本当ですか!」
「……立ち直りも早いな。本当だ。だが、それぐらい危険な立場にあるという事を忘れるな。お前も釈放されたのは、たんに人手が足りないというだけに過ぎん。まだ徳島基地を奪還出来てないそうだ。――有馬さんが呼び出しているぞ」
 祖父の不機嫌な表情を思い浮かべて、大山は巨躯が縮まるような気がした。
「……由良ちゃんは?」
「もうすぐ身元引受人が来るそうだ。それ次第だな。私も立ち会わないといかん。気になるなら付いて来い……どうやら間に合ったようだぞ」
 大山の姿を確認して、暢気に手を振る由良。その向こうには高機動車『疾風』から降り立つ、1人のWAC。血と汗と、泥で汚れた迷彩II型戦闘服を身に纏ったWACが敬礼してくる。陸士長の略章が肩に縫い付けられてはいたが、胸元には氏名を示す刺繍は無く、ただ……
「――『落日』だと!? 都市伝説とばかり思っていたが……」
「……何ですか、それ?」
 おののく女医に、大山は小声で尋ねる。
「……荒吐連隊の話はしたな。その『荒吐』が未だ人間が造り出した範疇内のものだとしたら……」
「……だとしたら?」
「――『落日』は異生によって生み出された、神州世界の深奥にある闇であり謎そのものと言われている。都市伝説級の機関で、決戦部隊という噂だ。巳浜の身柄を引き取るのだとしたら、確かに問題無いかもしれないが……別れの挨拶をしておけ。もう二度と巳浜とは会えないだろう」
 女医の言葉に、大山は拳を握り締める。だが、大山の決意をぶち壊したのは、
「――大丈夫だよぉ。あたしも徳島基地奪還や海のお母さんと対決する為に参戦するから」
「……何?」
 女医の口が開いたまま。代わりにWACが溜め息を吐きながら、
「――申し訳ありませんが、巳浜士長の面倒を見る余裕がこちらにはございません。……小官はこれより熊本に赴き、糸の切れた凧のようにブラブラしている中隊長を捕まえてこなければなりませんので」
 言い捨てると、足早に去っていく。
「いってらっしゃーい!」
 手を振る由良。我に帰った女医が、
「……とりあえず私も出向扱いで徳島行きになりそうな気配だな。――ま、責任は半々だ。よろしく、頼むぞ、大山」
「……はぁ」
 大山は怒涛の展開に生返事するしかなかった。
 ……ちなみに立ち去ったWACは、福岡で行われている飯塚駐屯地奪還作戦にも顔を出す羽目になるのだが――それはまた別の話である。

*        *        *

 夏見の発案したレヴィアタンを迎える砲撃陣地はおおむね肯定的に受け入れられた。第14特科隊と第14施設中隊、第14後方支援隊の協力も取り付けられた。だが問題は――
「……第2次SBU徳島基地奪還作戦の失敗により、芝山への布陣が難しくなった事」
 加えて、今まで迎撃による守勢が主方針であった魔王は徐々にワイバーンやワイアーム、ビーストデモン等の航続力を有する超常体を放出。攻勢に転じた事である。SBU徳島基地の眼と鼻の先――距離にして、北へ約1.5kmにある芝山への布陣を易々と見逃すとは思えない。徳島や、小松島にある航空基地からの支援もあるだろうが、一抹の不安は拭い切れなかった。
「……となれば第二候補の蒲生田岬か」
 蒲生田岬への布陣は準備の余裕が半月しかなく、またインフラ的にも迅速な展開、撤収が難しそうな事から望ましくないと、夏見は考えていた。重量物輸送が可能な船舶を持たない以上、伊島への展開も難しい。だがレヴィアタンに前哨戦を挑む地域としては有望であり、88式地対艦誘導弾が確保出来るなら安全な内陸から一撃を加え、出方を伺うのも有効な作戦である。
「――既に松山からは第14特科隊が出発している」
 フライング・ポリプという新種の超常体に警戒する余り、その歩みは鈍いが、来月頭には徳島に到着予定する見込みだ。地図を再び覗き込む。レヴィアタンの現在地は室戸岬。このペースだと予測通りに来月上旬には蒲生田岬へと姿を現す。
「――ギリギリか。つくづく今月中に陥とせそうにないのが悔やまれるな」
 とはいえSBU徳島基地奪還においては死傷者も少なからず出ている。彼等を責める事は出来ない。それよりももっと有意義な時間に当てるべきだろう。
「……しかし、本当に化け物だな。92式メーサービーム戦車(※註2)が無いことが惜しまれる」
 渋る米軍からようやく引き出せた、レヴィアタンと第7艦隊の詳細な交戦記録を確認しながら、夏見は呻いた。1999年に太平洋グァム島沖に出現し、迎撃に当たった米海軍第7艦隊を敗走せしめた海竜。ワニのような大きな顎に、蛇のような首、そしてクジラのような巨体と、亀のような甲羅。目撃者によれば、巨大な首長竜型海獣だったという。対艦ミサイルや、対戦魚雷にもものともせず、そして戦術核の爆発にも耐えた、本物の怪獣だ(※さすがに戦術核の直撃を受けた後、数年間は姿を見せなかったが)。攻撃手段は、高圧・高速によるウォーターメス(※射程と威力は高度の戦闘機を両断するほど)と、放水車を連想させる咥内から発射される大奔流である(※駆逐艦が沈められた)。そして空母と正面から衝突して打ち勝った速度と重量。
「……勝てるのか、本当に?」
 血が滲むほど唇を噛み締める夏見。入室の許可を求めるノックに我に帰った。
「――何か?」
「綾熊陸将補からの遣いだそうです」
 第2混成団長、綾熊・敏行[あやくま・としゆき]陸将補の名に驚いたが、面会に応じる。現れたのは暑苦しいほどの汗臭い、昔でいうところのバンカラ風の男。襟を飾るのは四国を模った第2混成団の印章だが、大きく髑髏が刻まれているのが特徴。
「……壱伍特務」
 第15特務小隊――上官や同僚の傷害、殺しの重犯罪者を寄せ集めて設立した、団長直属の懲罰部隊である。通常、危険な最前線に鉄砲玉として投入される彼等が、SBU徳島基地奪還作戦で見られなかった理由は、
「――押忍! 綾熊のダンナから命じられて来た。人間魚雷となってでもレヴィアタンと刺し違えるつもりだ。世露死苦、哀愁!」
 声を張り上げる壱伍特務小隊長(准陸尉)に、夏見は思わず引きつり笑いを浮かべるしかなかった。

*        *        *

 ガス圧で飛ばされた針がフライング・ポリプに突き刺さると同時に、引鉄状のスイッチを押す事により内部回路で発生した高電圧が流れる。あれほど苦戦していた先日までが嘘だったかのように、フライング・ポリプは脆く崩れ落ちる。
「――電撃で傷付いた箇所に火線を集中!」
 和子の指揮に従って、玲がMINIMIを連射。負けじと第15041班のBUDDYが後に続いて一斉射撃。断末魔の叫びを上げながら特攻してくるフライング・ポリプへと、和子がスタンロッドを叩き付ける。叩いた部位が肉片となって飛び散るとフライング・ポリプは失速。そして警務隊2班員が止めを刺していった。
「――協力感謝する。御蔭で西条方面の掃討は、ほぼ完了したかな?」
 珍しく笑顔の第15041班長に、和子は微笑みで応じた。だが視界の端に、石丸の姿を捉える事を忘れていない。用意周到に準備した御蔭でフライング・ポリプに苦戦する事なく、結果、蝙人バットがちょっかいを掛けに現れる事はなかった。
「――ある意味、失敗したかもね」
「……やはり、気になるか」
「ええ。――大尾田二士との会話を、あなたも聞いていたでしょ?」
「イシアンがどうとか……半信半疑なんだが」
 それが普通の人だと、和子は苦笑しながら、
「――イシアンは時空を越えて旅をする精神寄生体であり、肉体を持たない存在と書かれているわ。彼等は時には人の精神に寄生する事もあり、その際、本来の持ち主はイシアンの実体に退去しているとか」
「魂の存在というヤツか?」
 眉に唾を付けるような話に、第15041班長が顔をしかめる。和子はやんわりと断ると、
「精神寄生体と、魂の存在との違いに考察するつもりはないわ。ただ肝心なのは記述によると、彼等は人間に寄生した時、『奇異な行動をとる事から非常に目立つ』、『肉体を去った際には犠牲者は記憶喪失に陥る』、更に……」
 第15041班長の目をまっすぐに見詰めながら、
「――『犠牲者はイシアンの残した知識を覚えているときがある』等……。記憶喪失というのがどのくらいの範囲の事であるかは、はっきりとしないけど」
「……確かに、符合しているな」
 石丸へと視線を移す。
「――蝙人バットと同一人物と仮定した場合……『半身異化時、つまり蝙人状態の奇異な振る舞い』に、『憑魔核休眠状態、つまり石丸状態での記憶喪失』。そして『以前の石丸隆二には見られなかった多くの知識』」
「ふむ。……蝙人バットと同一人物かどうかはともかくとして、記憶喪失と膨大な知識量は確かにそうだが……医者に見せて、逆行催眠でもやってみるか?」
「――難しいところね。イシアンは自らの種族について追及するものを排除しようとするらしいし。この神州においてすら、彼等がそのような思考を持っていないとも限らない。今は石丸士長に対して、余り不用意な発言は慎むべきだろうと考えているわ」
 だが溜め息を漏らす。
「……御蔭で当たり障りのない会話よ。警戒しているものの、進展はなし」
「――こういう時、大尾田や藤原の大騒ぎが必要だな。無神経にでも石丸の前でポロッと漏らしてくれれば、良くも悪くも何か展開があるかもしれんから」
 苦笑する。騒がしい2人を恋しく思うとは。
「……あるいは、何か、記憶を呼び覚ますような衝撃や切っ掛けがあればいいけど。――大尾田二士が伊予方面で調査中だったわね。朗報を期待しようかしら」
「ふむ。俺達も西条が落ち着いたようだから、そろそろ伊予方面に向かうつもりだ。……石丸という爆弾を抱えたままで大変だがな」
 手を振って、撤収を始める第15041班長。微笑を返しながら、
「……そうね。私ももうちょっと冒険をすべきだったかしら?」

*        *        *

 伊予岡古墳群は、伊豫岡八幡神社境内に散在する10基からなるもので、1400年〜1500年前(6世紀〜7世紀初頭)に作られた古代この地方の豪族(伊予津彦)達の墓であろうと推測されている。
「とりあえず山勘で確認しに来たものの……外れか」
 墳墓の奥から溜め息を吐きながら、大尾田が顔を出した。泥や埃塗れになった迷彩戦闘服II型を軽くはたいて汚れを落とす。
「……しかし、のどかだな」
 隔離政策により、常時戦闘区域となった神州だが、四国地方は比較的穏やかな場所といえる。無論、飽く迄も他の地方と比べての事で、いつ終わるとも知れぬ超常体との戦いを強いさせられている点では変わりは無い。それでも強力なフライング・ポリプの登場や、魔王と称する存在の基地征圧、そしてレヴィアタンの接近――騒がしくなってきたのは最近だ。
「まぁ、この平穏すらも異常の一部でしかない訳だが」
 最近まで神州結界の外で生活していた大尾田だからこそ、この世界が“狂っている”というのが解かる。まさしくナニモノかが用意した遊戯場だ。調整された超常体の数と種類、そして世界対応論に基づく勢力分布。対する人類には憑魔能力という新たな武器。聞けば神や魔王に匹敵する存在も戦場に見え隠れ、戦局を左右しているとか。まさしく……
「“遊戯”だ。だが問題は、誰にとっての、そして何を目的としたモノか。そもそも神州の隔離――否、超常体の顕現こそが、現状を築く為のお膳立てとも考えられる……」
 汚れを拭った眼鏡のレンズ。通して映る光景は遥かに異常だ。とにかく、
「――大空准尉が言っていたように、足りない情報は補う必要があるな。しかし……」
 常時携帯の愛用カメラを構えると、
「あれは……まさかモコイか! 四国サイコーだ! 激写! げきしゃー!」
 真面目な顔付きから打って変わって、狂乱したかのように彼方の超常体を撮影していく。なお低位下級の小型超常体とはいえ、モコイはアボリジニの一部族ムルンギンの言葉で「悪霊」を意味する。また数が多い。熱愛対象でも大尾田は物陰に身を隠しておくのは忘れなかった。
「――ん? 木々がざわめいてきた。妙な風に、笛の音……フライング・ポリプだ!」
 音と風は東から吹いてくる。懐に忍ばせていたスタンガンを抜く。息を殺して、身を沈めた。耳を打つのはフライング・ポリプによる虐殺でのモコイの叫び。血涙を流す思いで耐え忍ぶしかない。
「すまない……モコイ。こうするのが、最も、合理的な行動なのだ。超常体との接触はごめんこうむる」
 モコイの叫びが絶えた後、フライング・ポリプは再び東の空へと去っていった。大尾田は単眼レンズの暗視装置PN/VIS-7を取り出すと追跡を開始する。もうすぐ日が暮れて、闇が訪れる。緑一色のモノクロ画像だが、明かりを点してフライング・ポリプに気付かれるよりマシだ。
「……こんなに歩かされるとは思っていなかった」
 途中見失ったり、別の超常体ロルウイから逃げ回ったりしながらも、大尾田はフランイグ・ポリプの本拠地と思しき区域に辿り着いていた。伊豫岡八幡神社から東南東に約6km――直線では。道の起伏を考慮すれば倍以上の行程。
「……確かに空を浮かんでいれば気にならないだろうけどさ」
 県道219号線を踏破して、国道33号線に合流。南下して県道379号線へ。途中で『砥部町』の看板があったような気がした。
「砥部町か……何か、あったかな?」
 とりあえず、ここまでの行程で疲れ切っている。調査しようにも、もしも戦闘が生じたら逃げ切れずに、死亡確定。大尾田は救難信号キットを用いると、運良く巡回中の部隊と接触出来る事を祈りながら、一時撤退を選ぶのだった。

*        *        *

 救難捜索機U-125から連絡が入る。
『――砥部町付近で救難信号を拾いました』
「……解かった。急行して状況を把握しておきなさい。こちらも彼女を降ろした後に急行しますが、まずは最寄りの部隊に応援を」
 大空の指示に、救難捜索機U-125が速度を上げる。大型輸送回転翼機MH-53MペイブロウIVに同乗させてもらっていたノノが首を傾げ、
「――多分、ガインくんだと思うっスよ。伊予方面探索するって言っていたっスから。……でも砥部町?」
「確かに、そのような事を言っていましたが――砥部町で何かを掴んだのも知れませんね」
「……F-2も向かわせなくて良いっスか?」
 偶々、高松航空基地に立ち寄った支援戦闘機F-2Aは大空の支援要請を快諾。石鎚山への護衛を買って出てくれた。とにかく四国において戦闘機は存在自体が珍しい(※航空支援は主に回転翼機で輸送のみ)。
「U-125から連絡があれば、すぐに駆け付けられます。今はあなたを頂上社に降ろすのか先決……ッ!」
 活性化に似た痛みと痺れが全身を貫いた。大空だけではない。ノノも眉間に皺を寄せて痛みと痺れに耐えている。そして幻聴。
『……我を解放せよ。跳梁する闇より、我を解き放て』
「……やはり、何かがここに――」
『――エマージェンシー! 何かが!』
 通信を最後に、暗雲に包まれた弥山に接近していたF-2Aが落雷を浴びて、撃墜された。
「……でたっスよ、変人バット!」
 蝙蝠の翼を模したマントを風になびかせて、腕組みして中空に立つのは蝙人バット。指を立てて振ると、
「――ニュアンスが違う! へ・ん・じ・ん・バット! 蝙人バットと愛を込めて呼んでくれ!」
「何故……? やはり敵でしたか」
「……言っただろう? 『ウルルの封印は、この私に任せておきたまえ!』と。――石土毘古を封印から解放する輩は許しておけないな」
 無差別に放電。悪天候下でも救難捜索が出来るようにしてある頑丈な造りとはいえ、この状況では操縦に手一杯だ。当然、反撃等、不可能に近い。
「――降ろしてぇースっ!」
 地上戦となれば、確かに戦えるだろうが……。
「今、そんな余裕はありません!」
 そして蝙人バットのラバーマスクと思われていた額が縦に分かれた。現れたのは燃えるような眼。元あった2つの眼と繋がり…… 蝙蝠の父
「――あー! そうか、そうだったスね! ニャル様に言及しておいて気付かないなんて、大ボケもいいところっスよ!」
「……つまるところ、蝙人バットの正体は!?」
「――燃える三眼、暗黒の翼、そして……」
 乾いた咽喉。唾を飲み込んで、ようやく言葉を口にする。
「……すべての蝙蝠の父。――ヤツは最高位最上級超常体“ 這い寄る混沌( ニャルラトホテプ )”の顕現が1つ、“ 闇の跳梁者 ”! 答えは最初から提示されていたっスよ!」
「――緊急離脱! 撤退します」
「がってんしょーち! あらほらサッサ〜っス!」
 ペイブロウは蝙人バットの支配空域から離脱する。策もないし、準備もなかった。逃げる他ない。
「HAHAHA! いつでも、かかってきなさいっ!」
 腕組みをした蝙人バットの哄笑が、やけに耳についたのだった。

 

■選択肢
Oce−01)石鎚山にて蝙人バットに挑戦
Oce−02)石丸隆児士長の記憶を探ろう
Oce−03)砥部町周辺で調査/見敵必殺
Oce−04)SBU徳島基地奪還(戦略)
Oce−05)デカラビアを攻略す(戦闘)
Oce−06)大海獣レヴィアタン迎撃準備
Oce−07)巳浜由良とドリームダイブ?
Oce−FA)四国地方の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 選択肢-04と-05の違いは、04が徳島基地攻略を主体としたもので、戦略・戦術的役割を重要視する。05は特に対魔王戦を最優先したものである。04でも対魔王戦に参加出来ない訳でもないが、05よりは戦闘に集中出来ないと考えて欲しい。
 また選択肢-07はギャンブル性の高いものであり、周囲を納得させる動機・目的(理由付け)を用意しなければ没になる可能性が高い(成功/失敗どころか行動自体が描写されない)事に注意。但し普通に由良と関わりたい場合は、04〜06の徳島方面での選択肢を掛ければ問題無い。由良自身がどう動くかは掛けられたアクションによって左右される(07が最優先)。

※註1)第14特科隊と第14施設中隊、そして第14後方支援隊……現実世界では第2混成団から第14旅団への改編に伴い、2006年に第2混成特科大隊から第14高射特科中隊と第14特科隊が分離、第2混成団後方支援隊が廃止されて第14後方支援隊へと、そして2009年度までに海上自衛隊徳島航空基地に第14施設中隊が併設予定。
 神州世界では超常体と地勢状の問題から早い段階で設置されている。ただし「15」が割り振られる予定であったが、色々あって「14」に。

※註2)※註2)92式メーサービーム戦車……通称「メーサータンク」。東宝特撮映画『ゴジラvsビオランテ』で初登場する架空の特殊車輛。完全自走式で車体に8輪のタイヤを装備し、砲塔上部にメーサー光線を照射するパラボラ型砲身を搭載している。残念ながら神州世界でも実在しない。


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