第六章:ノベルス


個人運営PBM『隔離戦区・神人武舞』 第3回 〜 四国:濠太剌利


Oce3『 She longs and then dreams 』

 神州決壊維持部隊・松山駐屯地の食堂にて、藤原・ノノ(ふじわら・―)二等陸士が頬を膨らませていた。平常食の麻婆茄子を口一杯に含んでいるからではない。
「……ひとりでニャル様に敵対とか、まじムリっスから! 命がいくつあっても足りねぇーっ!!」
「――確かに。ふざけた格好をしているが、相手は最高位最上級に匹敵する超常体の化身です」
 ノノの叫びに、結界維持部隊中部方面隊・第2混成団第14飛行隊・救難飛行隊第2小隊長、大空・燃(おおぞら・もえる)准空尉が頷いた。
 ノノと大空は4月中旬に石槌山頂上社を目指していたが障害となって現われたのが変人――もとい 蝙人バット[へんじん―]。奴が生じた落雷で、護衛の戦闘機F-2Aが撃墜されている。
 ラバースーツの変人とは仮の姿。その正体は、燃える三眼、暗黒の翼、すべての蝙蝠の父と呼ばれる“ 闇の跳梁者ハンター・オブ・ザ・ダーク )”――最高位最上級超常体“ 這い寄る混沌( ニャルラトホテプ )”の顕現が1つである。
「……うわーん、バカバカー! 変人バットが“闇の跳梁者”だったなんて、最初の時点でほとんど答えも出ていたようなものなのに、自分大バカっスー!!」
 泣き叫ぶノノに、黙って大空は配給された加給食のプリンを手渡した。高度の緊張を強いられる航空機搭乗員に支給される食べ物は、高カロリーで、だからこそ美味しい。大丈夫、すぐにカロリーは消費される、山登りで!
「――大空准尉済まないっス。美味しく戴くっスよー。プリン、美味ーっ!」
 泣いた子が、もう笑った。機嫌の直ったノノに、
「――それで? 藤原二士、あなたはどうするつもりなの?」
 松山駐屯地警務隊2班長、夏目・和子(なつめ・かずこ)一等陸曹が問い掛ける。ノノは御馳走様と合掌すると、
「とりあえず、あんなんでも、嘘は言ってないって信じるっス。変人バットも言っていたように、石鎚山に封じられているモノは石土毘古のようなので……」
 親指を立てて、グッサイン。
「――石鎚山の封印を解くっスよ。応援よろしくっス!」
 だが大空は咳払いをすると、
「悪いとは思いますが、私は砥部町付近の捜索に向かいます」
「――御免なさいね。私も、彼の……」
 向こうで黙々と食事をしている 石丸・隆児[いしまる・りゅうじ]陸士長へと、和子は視線を流す。
「石丸士長のお節介を焼く事にしたの。あなたと大空准尉の報告により、変人バットが完全に敵超常体と判断された事で、もはやこの件は警務科の手を離れたと考えたわ。よって変人の調査は中断するの」
 取り繕うように和子は続ける。
「ただし変人バットの正体が確認されたとはいえ、石丸士長の記憶が取り戻された訳ではないわ。とりあえず石丸士長の状態を見守りながら、喪失した記憶を取り戻すよう努力しようかと。……安心して、第15041班が伊予方面に増援に向かう予定だから、緊急時には可能な限り駆け付けるわ」
 自分でも無理な事を言っていると思いながらも、和子は微笑んで見せた。当然、ノノは机に突っ伏すと、
「――ありえないっスよ〜! 誰でもいいっスから、強くて、暇な助っ人ぷりーず!」
 だが残念ながら、この時点で挙手する者は居なかった。気不味い空気が流れる中、突っ伏した状態でノノが呟く。
「……そういえば“闇の跳梁者”も人の意識を乗っ取ることができるって何かで見た気がするっスー。という事は、りゅーちゃん士長はやっぱり“闇の跳梁者”に取り付かれてるって事っスかね?」
「――どうかしら? 突如現れた憑魔核や、変人バットの現れる際、ほぼ必ずといっていいほどに彼が姿を消すことの謎を解明したいとは思っているけど」
 顔を上げて、上半身を起こすとノノは小首を傾げながら、確認をとる。
「自分達が変人バットと交戦時、りゅーちゃん士長は和ちん一曹に連れられて、フライング・ポリプと交戦中だったみたいっスけど……その時、ちゃんとりゅーちゃん士長はその場にいたのかどうか、この辺はまず確認した方が良さそうっスね」
「――石丸士長が、変人バットと同一人物でないのは間違いないわ。玲……城戸士長に呆れられるほど、私は注意を払っていたから、見逃す事はありえない」
 和子の傍に控えていた、城戸・玲[きど・あきら]陸士長が首肯する。加えて、第15041班長と石丸自身の許しを得た上で、諜報用器具を取り付けさせて貰っている。これで些細な事でも余すところ無く記録される。となれば、ノノはまた首を傾げて唸るしかない。
「――頭脳派の自分としても、何とも解明したい謎っスね。――イシアンで正解な気もするっスけど」
 こればかりは記憶を取り戻して貰わないと、と和子は肩をすくめた。
「――うーん? ……って、何か1人足りないような気がするっスね」
「ああ、彼ならば先日の強行軍の疲れにより、寝込んでいるそうです」
 大空の答えに、ノノは唖然とする。
「――せっかくフランイグ・ポリプの本拠地らしきところを発見したみたいっスのに? ……きっとモコイの呪いっスね」
 何故に、呪い? 和子は乾いた笑いを浮かべるしかない。それは、さておくとしても、
「そこで私が代わってフライング・ポリプ発生原因を追及する事にしました。これ以上、救難活動中にフライング・ポリプが出現されると厄介ですからね」
 大空が食後のお茶を飲みながら、プランを述べる。
「安心して下さい。無理無茶にならない範囲での現地調査ですから。対応困難な状況になるようなら、即座に撤退し、普通科に対応を要請する方針で臨みます」
 そして横目で和子を覗いた。
「――伊予方面に展開中の部隊には御迷惑掛けるかもしれませんが、そこは御了承を」
「……自分が救難信号を出したら助けに来るっスよ」
 念押ししたものの、曖昧な笑顔で応える大空に、ノノは不安を隠せない。本日、何度目になるか判らない叫びをまた発するのだった。
「――マジありえないっスよー!!」

*        *        *

 コルト・シングルアクション・アーミーはセンターファイアー式の大型リボルバーだ。米国開拓(白人の観点)史を語るに欠かせない銃として「フロンティアリボルバー」や「ピースメーカー」とも呼ばれる。
 撃鉄が落ちると.45口径から放たれた氣弾が、大山・積太郎(おおやま・せきたろう)海士長の脚に叩き込まれた。激痛に崩れる大山に 北条・定美[ほうじょう・さだみ]一等海士が駆け寄ろうとするも、黙って見ていたSBU高知分遣隊・第9班イ組長、有馬・喜十郎(ありま・きじゅうろう)海士長によって止められる。他の者も知らん顔。歯噛みした定美から抗議の眼差しで睨み付けられてくるが、
「……巳浜士長を保護したのは確かに貴方かもしれない。だが有馬士長達が血を流し、散坂一曹が文字通り命を掛けた結果だと云う事を理解していますか? 憑魔に寄生されるだけで多くの物を失うというのに、完全侵食されるという事がどういう事か解りますか? 貴方は姫君を救い出した王子様気取りでしかない」
 コルトSAA『パッショーネ』の狙いをそのまま外さずに、第50普通科連隊・第15063班長の 護堂・銃司(ごどう・じゅうじ)三等陸曹は淡々と告げる。大山は痛みを堪えながら、
「……御免なさい。ある意味、一人の女の子の人生を滅茶苦茶にしてしまった。これは社会的抹殺と同じだ。だから自分に出来る限り、由良に協力しようと思ってる……とりあえず由良が神州結界維持部隊に敵として抹殺されない事を目指して……」
 大山の股間へと更に追撃。もはや床に転げ回るしかない。護堂はパッショーネを仕舞うと、
「それは彼女のではなく、貴方の望みでしょう? いいかげん下半身で物を考えるのは止めなさい。……本当に彼女の事を思うのなら、これ見よがしに尻を追い掛け回すのは止めて、目の届かない場所で命を落とす程の覚悟を見せて下さい」
「……とりあえず、これは壊した方がいいな」
  開座・忍[あかざ・しのぶ]一等陸士が、大山が用意していた、巳浜・由良[みはま・ゆら]海士長用の背負子を指す。満場一致で、
「――忍。壊しなさい」
「あー? なんでアタシがやらなきゃなんないのよ」
 三白眼で鋭く睨み付け、文句を垂れながらも開座は蹴り付ける。線が細い由良用とはいえ1人分の重みに耐えられるものだ。頑丈なので 萩野・弘樹(はぎの・ひろき)一等陸士が解体する手伝いを申し出た。
「……うわ。見た目だけラテン気取りの伊達男より、よほど紳士だ。ありがと」
「いえ、先日に助けていただいた恩がありますから。これぐらいは、いつでも」
 さておき激痛で反論する機会も与えられない大山に、定美が駆け寄った。SBU(Special Boarding Unit:特別警備隊)高知分遣隊基地より監視役も兼ねて出張してきた衛生科の二等陸尉が銃創を一瞥して、
「――上手に調整したな。脚の傷も今は痛みが激しいだろうが後には残らない。問題は男の大事な部分だが……不能になっても障害はないだろうさ」
「うわ〜痛そう〜」
 暢気に由良が覗き込むのを、定美が噛み付いた。激しい敵意が由良へ向けられる。もっとも由良は夢見心地の表情を変えず、馬耳東風。
「……憎まれ役を任せてしまって済まなかった」
「――有馬士長が頭を下げられる事ではないでしょう。これで少しは反省してくれれば良いのですが」
 有馬が礼を言うと、護堂は困った顔を返す。
「……厳しくしてきたつもりだが、孫という事で甘やかしていたようじゃ。何しろ、わし等を見ての第一声が『お祖父さんも、慎吾くん、定美ちゃんも無事だったんだ。良かった!』じゃからな……腰が抜けそうになったわ」
「……御心中、お察しします」
 人生における大先輩の悩みを聞いて、思わず護堂はヴェルサーチのスカーフで目を拭った。さておき真面目な顔をすると、視線で由良を差して、
「――どう思われます?」
「……油断はならないと思っておるが、信じて良さそうだとも勘は告げておるわ。大山の攻撃不参加も主神級超常体の監視という名目なら仕方あるまい。――やはり甘いか?」
「有馬士長がそう判断されたのなら、もう僕が口出ししても余計な反感を買うだけでしょう。……まぁ今後も我慢出来ずに説教するかもしれませんがね」
「――ほな。作戦の細かい打ち合わせをしよっか」
 黙って遣り取りを見守っていた第15普通科連隊・第15071班乙組長の 三笠・修司(みかさ・しゅうじ)陸士長が口を開くと、由良(と衛生科二尉)を除く一同は首肯する。
「――作戦会議で決定した事によると、有馬士長と護堂三曹連名の上申を採用し、SBU攻略作戦は二手に分かれる事になりよったらしいちゅう訳や。目的は大まかに魔王撃破と、基地奪還の2つ」
 徳島・旧小松島海上保安部――現SBU徳島分隊基地が、七十二柱の魔界王侯貴族を称する敵魔人……否、超常体に占拠されて一ヶ月近くなる。前回に1柱は倒したものの、まだ五芒公 デカラビア[――]が残っていた。腐っても魔王が1柱――空間を操る能力は脅威だ。しかし、その対策も練られ、いよいよ決着を付けるだけである。
「――魔王撃破は、基地奪還の陽動を兼ねておる。護堂三曹、萩野一士、開座一士……他、第15063班の諸君。役割は重要じゃが、おぬし達はわしが知る限り攻略作戦における最精鋭だと信じておる。魔王撃破の朗報を待っておるぞ」
 萩野も何気に第15063班に数えられていたが、有馬の言葉に、問題なく敬礼で応じる。
「で、俺の第15071班と、有馬士長のは基地奪還に参加。……もっとも俺は支援ぐらいしかでけへんが」
「何を言う。敵魔人対策として、おぬしの部隊が誇る重火器頼みじゃよ」
 そうだといいんだが、と苦笑する三笠。
「だってさ。どうも……俺は影が薄くあらへん? 関西弁キャラやのに」
 一同、無言で応じるしかなかった。

*        *        *

 第14特科隊の99式155mm自走榴弾砲ロング・ノーズ。特徴として、主砲である.30口径155mm榴弾砲の最大射程・約30kmの長距離に留まらず、自動化が押し進まれている事が上げられる。73式大型トラックで索引されてくるロング・ノーズを見ながら、第1502中隊第1小隊長の 猪狩・夏見(いかり・なつみ)准陸尉は誇らしく思うのを禁じえなかった。
「――超常体に対して最も有効に戦えるのは魔人だろう。魔人があらゆる武器の中で最強である事も疑う余地がない。……だからといって、我々が牙も爪も失った訳ではない。銃器がある。火砲がある。噴進弾も戦車も戦闘機すらもある。そして何より、この奇形的なまでに膨れあがった大脳と、それを最大限に活用する知恵と技術が、我々にはある。――我々の祖先がいかに三十六億年の生存競争でしのぎを削った競争相手を蹴っ飛ばし、生態系の頂点まで上り詰めたか。圧倒的な能力の上にあぐらをかいている連中に教えてやろうではないか」
 夏見の言葉に、押忍!と第15特務小隊長(准陸尉。通称は番長君)と応える。夏見が線を引いた計画通りに、支援要請に応じた第14施設中隊が陣地を構築する。標高は低く海が近いが植生があり、二方向から観測が可能な点を前哨戦に適当だと判断されたカダチノ鼻に、夏見は拠点を置くと、蒲生田岬、燧崎(ひうちざき)に観測点を構築。全ては七つの大罪が1つ“嫉妬”を司りし大魔王 レヴィアタン[――]の迎撃の為だ。
 第2混成団長、綾熊・敏行[あやくま・としゆき]陸将補の肝煎りがあるとはいえ、これだけの大部隊の作戦指揮を一介の小隊長が率いるというのも珍しいだろう。夏見は集まってくれた幹部連に挨拶すると、
「――傾聴! 小官は第50普通科連隊・第1502中隊第1小隊長、猪狩夏美准陸尉である。レヴィアタン迎撃作戦における芝山砲撃陣地構築、及び前哨戦として行われる蒲生田岬戦を指揮する事となった」
 張り上げている訳でもないのに声が高らかに響き、大部隊各員に染み渡っていく。
「我々の敵は、七つの大罪が1つ“嫉妬”を司る最高位最上級超常体、大魔王レヴイアタンである。徳島SBU基地上陸を目指すと推測されている同魔王に対して臨む決戦の側面支援、援護が我々の目的だ。奴に対して有効な攻撃は何か。奴に対して有効な防御は何か。それを調べ、備え、丁重に神州からお帰りを願え!」
 夏見の言葉に、各員が思い思いのやり方で返事をした。或る者は敬礼し、或る者は空砲を放つ。鬨の声を上げて奮起する。各部隊長の指示を受けて、持ち場に着いていった。
 その様子に一瞬でも満足げに微笑むが、すぐに顔を引き締めて、夏見も旧・船瀬温泉センターに施設された指揮所に入る。レヴィアタンの位置と、迎撃態勢の準備に頭を悩ませながら、着々と計画を進めていった。
「……レヴィアタンは嫉妬を司る大魔王だという。嫉妬というものは劣ったモノが優れたモノを嫉み妬むものだろう。或いは持たないモノが持つモノを。では大魔王は何を羨む? 強大な力を持ち、一説では世界で最も美しい獣だと言われたらしいレヴィアタンが羨むものとは、なんだ?」
 ふと、周辺の超常体掃討から戻ってきた番長君に尋ねてみる。番長君は暫く唸ったものの、
「……レヴィアタンの気持ちは解からんが、ワシが羨み、欲しいとしたら――やはり可愛い恋人が」
 硬派な印象の強い番長君だが、やはり男子。女子に興味が無い訳ではないようだ。記録には好いたWAC(Woman's Army Corps:女性陸上自衛官)をセクハラで困らせていた上官と同僚達を怒りに任せて死傷せしめたというのが、壱伍特務を率いる事になった原因らしい。
「しかし……恋人か」
 猶太伝承によるとレヴィアタンとベヒモスというつがい(※註1)の巨獣が海に住む事になっていた。だが両者が海に住むと水が溢れ出してしまう為、ベヒモスだけが陸に住む事になったのだと言われる。別の説では、レヴィアタンは創造の日に殺され、ベヒモスは終末まで山に閉じ込められているというものもある。
「――伴侶か。確かにレヴィアタンの身としては、嫉妬に駆られるものかもしれないな」
 夏見は苦笑する。
「――だが、だからといって、我々人類の平穏を脅かされる事を認める訳にはいくまい。大魔王との共存はありえない。全力で相対するのみだ」
 夏見の言葉に、番長君は押忍!と応えて見せた。

*        *        *

 西日本最高峰にして、山岳信仰(修験道)で知られ、日本七霊山の1つとされる石鎚山は、正確には最高峰に位置する天狗岳と弥山、そして南尖峰の一連の総体山である。
 石鎚山の頂は通常、天狗岳の事を指すが、弥山から天狗岳までの登山道が少し狭い事や、天狗岳の頂に多人数が留まれるスペースが無い事もあり、約300m手前の弥山に石鎚神社山頂社がある。
 伊邪那岐・伊邪那美より産まれ出た、由緒正しき、土石を司る神―― 石土毘古[いわつちびこ]を祀る石鎚神社は、愛媛県西条市に鎮座する本社・口之宮、中宮・成就社、頂上社、土小屋遙拝殿の総称である。
 隔離前は西条市にある石鎚登山ロープウェイから石鎚神社成就社を経由する登山者が多かったが、
「……やっぱり今もロープウェイが生きてはいなかったスね」
 化石燃料の輸入並びに使用が制限されている事もあり、電気は貴重だ。また維持や管理に費やす人員もいない。当然ながらロープウェイは廃れてしまい、ノノはもう1つのルート――面河渓の土小屋経由を登るしかなかった。
「前回は、ヘリでひとっ飛びだったっスけど……」
 泣き言を呟きながらも、ノノは登る。登山の間、フライング・ポリプをはじめ、超常体に襲われる事なく順調に進んできた。体力のみならず弾薬を消耗せずに済んだのはありがたい。
「……やっと着いたっス」
 弥山の頂上社に辿り着く。一面に薄暗い闇のような靄がかかっていた。
「――いかにも“闇の跳梁者”が根城にしてそうな雰囲気っスね」
 辺りに注意しながら山小屋に転がり込む。一息吐くと、腹時計が鳴り響くのに飛び起きて、缶飯――戦闘糧食I型No.5牛肉味付メニューを食べる。暖める暇も惜しんで食べる。とにかく食べる。
「うう、五目飯に、沢庵漬けが、美味しいっス」
 人心地付いてから、本格的な調査を始めた。食事休憩を入れたとはいえ、いつ蝙人バットが邪魔しに現われるか判ったものではない。
「……でも封印を解く方法については、具体的な手段は判らないっス。とりあえず、以前聞いた声に呼び掛けてみたいっスが」
 疲れもあるだろう。不安を払い、勇気を沸き立たせ、かつ考えをまとめていく為にか、独り言が多くなっていくのだがノノは気にしない。どうせ誰も聞いていないだろうし。いや、聞いているモノがいたとするならば、それが目的の対象である事を期待する。蝙人バットだったらノーサンキュー。
「もしもーし、えーと……そちらさんは石土毘古神でオッケーっスかー? もしそうなら封印解きたいんスけど、具体的にはどうすればいいんスかねー?」
 頂上社に参拝してから、問い掛けてみる。謎の声が答えてくれない場合は、社を探索してみて、何か不自然なものがあったら破壊……とか考えていたノノに、果たして応えがあった。
「……ッ!」
 活性化に似た痛みと痺れが全身を貫いた。そして幻聴。
『……我を解放せよ。跳梁する闇より、我を解き放て』
 思わず振り返る。視線の先にあるのは、石槌山最高峰である天狗岳。
「……って、石土毘古様!? 具体的にどうすればいいか答えになってないっス! そして出来る事なら自分等を助けてプリーズ」
 訴えに対して、謎の声は沈黙。ノノが痺れを切らし始めた頃に、ようやく返事があった。
『――社の奥に“闇の跳梁者”と相対する為の品が隠されているはずだ。それを我の下へ』
 告げられてノノは社屋に入る。扉には五芒星の内に燃える眼をした印が刻まれていた。修験道から考えて清明桔梗判かと思ったが違うようだ。
「……あ、旧き印(エルダーサイン)とかいう奴っスか? 一応、子供騙し的にも効果があるんスね」
 そして骸が1つ。環境ゆえに保存状態が良かったのだろう。身体は激しく炭化していたが、その形を保っていた。
「……これは、何なんスか?」
『――“這い寄る混沌”に唆されて、我を封印してしまった愚か者の末路よ。我を封印した後で“闇の跳梁者”に騙されていた事に気付き、何とか対抗手段を用意したものの、我を解放する前に散ってしまった』
 合掌して冥福を祈ってから、奥へと進む。乱雑に散らばった祭具の中、一風変わった物をノノは見出した。鉤十字のような、でも3本の脚が渦を描くような奇妙な紋章がエッチングされた青銅製の円盤。
「……これっスね。美術の教科書に出てきてもオカシクないデザインっスが」
 丁重に内ポケットに納めると、社屋から出ようとする。そこで再び謎の声に呼び掛けようとしたが、
「――HAHAHAHA! お嬢さん、宜しければ、それを渡してくれないかな?」
「出たーっ! 変人バット!」
 蝙蝠の翼を模したマントを風になびかせて、腕組みして空に立つのは蝙人バット。指を立てて振ると、
「――ニュアンスが違う! へ・ん・じ・ん・バット! 蝙人バットと愛を込めて呼んでくれといつも言っているだろ!」
「……変人で充分っスよ。いや、そんな事はどうでもいいっス!」
 どうでも良くない!と抗議する蝙人バットを無視して、ノノは背嚢をまさぐりながら、
「――何しにきたっスか!?」
「当然、石土毘古の封印を解いてしまうような危険なアーティファクトをポイポイしてしまう為に決まっている! さあ、社屋から出てきて寄越すのだ」
「嫌っス。代わりに――これでもくらえ!」
 背嚢から取り出したのは強力な光を発するライト。相手が“這い寄る混沌”の顕現ならば、光が弱点のはず! ……だが、蝙人バットは光を浴びても臆するとごろか、両手を広げて後ろへ反らし、胸を張り、片足立ち、そして恍惚とした表情でポージング。
「――ふっ。ついに私は光の弱点を克服したのだ! まさに蝙人バット! この姿の私に、光攻撃は致命傷にはならない」
「……皮膚の一部から煙吹いてるっスよ?」
 光を浴びたラバースーツのような肌が徐々に変色していき、やがて煙を噴出し始めている。だが長時間も強力な光を浴びせ続けなければ、それが決定打になりうるとは思えない。そして、それを許すほどコメディキャラクターでもなかった。放たれた雷が、扉のすぐ外に落ちる。一歩でも足を踏み出したら、死は間違いない。だが逆に言えば社屋にいる限りは、蝙人バットはノノに傷1つも付ける事は出来ないようだった。
「――閉じ込められてしまったっス。救援要請……って、あー!??」
 背嚢をひっくり返して、気が付いた。
「……自分、救難信号キットも、無線機も、携帯情報端末すらも持ってきてなかったッス。非常食も足りるかどうか……」
 誰かが気付いて助けに来てくれるのが先か、それとも飢え死にするのが先か。或いは何とかして蝙人バットを倒すか一時的にも退ける事が出来れば……。
「――ひとりでニャル様に敵対とか、まじムリっスから! 命がいくつあっても足りねぇーっ!!」
 絶叫を上げるが、麓に展開しているはずの味方に届く可能性は皆無に近かった……。

*        *        *

 目標の北面――小松島ステーションパークにて作戦が開始され、魔王デカラビアや火炎系魔人他ビーストデモン多数との交戦報告が入ると、徳島奪還作戦群長が号令を発した。
「――大盤振る舞いや! 派手に行くで!」
 号令を受けて、三笠が部下達に指示を出すと担いでいた84mm無反動砲カール・グスタフがHEAT対戦車榴弾FFV551を叩き込んだ。回線の合図に怒号を上げて、第50普通科連隊が89式5.56mm小銃BUDDYを構えて突入していった。
 砲撃にバリケードを崩されたとはいえ、橋を守っていたガーゴイルやリザドマンも黙ってはいない。フレイムドレイクを前面に出して、防御を固めると共に火炎息で迫り行く維持部隊員を薙ぎ払おうとした。
「――させへんで」
 三笠は対物狙撃銃バーレットM82の照準眼鏡を覗き込んだまま呟くと、引き鉄を絞る。発射された.50口径弾がフレイムドレイクの外皮を削り、衝撃で肉片を撒き散らしていった。更には――
「――突入!」
 県道178号線に意識を集中させていた敵の側面・後背をSBUの揚陸隊が切り込んでいった。SBU秘蔵の舟艇に乗り込んだ部隊は、南東の小松島新港から揚陸。敵戦力の分断に取り掛かった。SBUの切込みによって孤立した橋上の戦力は、第15071班の支援砲火も受けて、瞬く間に殲滅されていく。
 橋上のバリケードを突破し、陸戦部隊は一気に敵陣奥深くに雪崩れ込む。
「……お疲れ様や。しかしここまで上手くいくとは。有馬等が連名で上申してくれた御蔭やな」
 三笠が個人携帯短距離無線で、今や馴染みとなった古強者に連絡を入れると、
「――何の事は無い。いつまでもSBUと陸自でちぐはぐな攻撃をしていても仕方無かろう。わしら漁師は獲物を皆で分け合う。魚を囲い、追い込み、そして捕獲する。これは単独ではなしえぬことじゃ」
 有馬は戦況を確認しながら頷くと、
「――戦場でもそれは同様じゃろう」
「そうやな。……じゃあ作戦を推し進めようか」
 三笠も部下に続く指示を出す。橋を突破した第50普通科連隊主力に付随して、支援射撃を加えていく。
『――第14特科中隊より支援砲撃。各員、身を伏せて衝撃に備えよ』
 小松島競輪所跡地に布いてある本陣よりの通達。対レヴィアタン戦に駆り出されてきた野戦特科が要請を受けての支援砲撃を放ち出した。155mm榴弾砲FH−70サンダーストーンの一撃は小松島市保健センターことミリカホールに命中。トーチカ代わりにしていた敵を炙り出す。
「このまま徳島基地とも分断。敵拠点を各個撃破していくぞ」
 勢いに乗る攻略部隊。それを殺そうとするのは基地より這い出てきたビーストデモン数匹と、
「――師匠、敵魔人が反撃に出てきました!」
  北条・慎吾[ほうじょう・しんご]一等海士の警告に、有馬と定美も緊張を走らせた。
 3体の敵魔人。強化系魔人はブローニング12.7mm重機関銃M2を1人で構えると、遮蔽物ごと薙ぎ払ってくる。別の強化系魔人は異常な身体能力で突撃してくると、手にした大鉈一振りで維持部隊数名の上半身と下半身を分断してみせる。
 対して有馬は進み出ると、
 ―― 憑魔覚醒。侵蝕開始。半身異化状態に移行。
 活性化していた憑魔核を更に覚醒させる。定美も拳に炎を乗せた。師と妹に倣って、慎吾もまた半身異化しようとするが、
「――おぬしは可能な限り攻撃を控えるんじゃ。防護にのみ力を行使せよ」
「しかし、師匠!」
 忠義厚いが故に共に戦おうと願う慎吾だが、
「……おぬしはまだ若い。せめて妹が嫁にいくまでは生き延びてみせい!」
 先日にデカラビアより受けた強制侵蝕は、操氣系である慎吾には深刻なダメージを与えていた。このまま無理な行使を続けると、通常より完全侵蝕が早まるかもしれない。特に操氣系は超常体から発せられる波長というものに染まりやすい。診察した衛生科二尉からの忠告を、有馬は心に刻んでいた。これ以上、部下や弟子が死んだり、超常体と化したりするのを見るのは御免だった。もしも死ぬとしたら、年寄りの自分が先で良い。
( ……孤士郎も同じ気持ちだったのじゃろうて )
 亡き戦友、散坂を思い出す。そして気を引き締めた。
「有馬士長、支援射撃する! ただし充分に狙いを付けている余裕は無いで。流れ弾に注意したってや」
 三笠の言葉に、苦笑。
「無茶を言う――掠っただけで致命傷ではないか」
 第15071班乙組による重火力支援で、重機関銃の敵魔人もまた充分な狙いを付ける余裕無く動き回る。少しでも動きが止まったところへBUDDYの乱射。有馬達SBU第9班イ組だけではない。他の維持部隊員達も必死に応戦していた。
「――定美。わしについてこい」
 2体の強化系魔人のみならず、ビーストデモンにまで指示を出して、厄介な連携をさせているのは異形系魔人と見て取った。有馬は意を決すると、異形系魔人を潰すべくビーストデモンの壁へと跳び込んでいく。当然ビーストデモンは立ち塞がろうとしたが、三笠の放った.50口径弾で大きくのけぞった。
「――ナイス・アシストじゃ!」
「……有馬士長も無茶し過ぎや」
 呆れ口調ながらも三笠は的確に狙撃して、有馬の前に道を作り出していく。突破口を抜けて、有馬と定美は異形系魔人の前に踊り出た。異形系である事の油断もあったのだろう、有馬の突撃に敵は反応が遅れた。襟を掴んでの巴投げ。そのまま足を極めんと動く。
「――もうろくしたか、ジジイ! 俺に関節技は……」
「効かんのは百も承知じゃ。じゃがおぬしは人間を辞めてしまって、少々天狗になっておらんか? 憑魔能力に頼り過ぎじゃ。じゃから油断して罠に嵌まる」
 異形系が有馬の真意に気付いた時には、既に脚が石化を始めていた。慌てて脚を切り落とそうとする敵魔人だったが、定美が素早く起き上がりかけた両肩を押さえて地へと再び叩き付ける。有馬が手を当てて泥状にした大地に、異形系魔人が沈む。そして、
「――燃えて」
 前髪を垂らすようにして顔を覗き込む定美。呟くと溶岩と化した大地が異形系魔人を焼いていく。断末魔の絶叫が響き渡った。司令塔を失い、統制が無くなったビーストデモンが味方魔人の攻撃や、カール・グスタフの砲弾を受けて一匹ずつ沈んでいく。
「――慎吾!」
 自暴自棄になった近接型強化系魔人が慎吾を兇刃に掛けようとする。大鉈を振りかぶった――が、
「……舐めるなっ!」
 柔よく剛を制すという言葉がある。強くとも力任せで大雑把な一撃を、慎吾は制して逸らすと、相手の勢いを利用して投げ飛ばした。大地に叩き付けられた敵魔人に5.56mmNATOの弾雨が浴びせられていく。一人逃げ出そうとしたガンナーも、
「――逃がす訳あらへん」
 三笠の狙撃で胸部を貫かれて、倒れる。
「……よくやった。もう、おぬしは一人前じゃな」
「いいえ。まだまだです。それに、これは師匠の教えの御蔭です。ありがとうございました」
 続いて残敵の掃討に入る。こうして一ヵ月半近くの時と少なからぬ死傷者を出しながらも、ついに徳島基地の奪還はなったのである。

 SBU徳島基地攻略戦が実行される数分前に、陽動も兼ねた対魔王戦が開始されていた。
 誘き寄せたデカラビアからは挨拶代わりの強制侵蝕現象の波動が発せられると、護堂が歯を食いしばる。
「……さっ、流石に2回目となると、我慢出来ないほどでは、ありませ、んっね」
 脂汗を流しながらも、パッショーネを自らのコメカミに当てる。
「……自殺か、オッサン? それより先に俺様があの世に送ってやるぜ!」
 アコースティックギターを構えてのデカラビア。周辺に展開する第15063班もまとめて片付けようと、全周囲無差別空間爆発放射をしようとする。だが、
「――オッサン、違います!」
 反論と共に引き鉄を絞ると、放たれた氣弾が乱れを正調する。と、同時にこれは合図。
「――なっ!!」
 デカラビアが反応するより早く、足下の地面から跳び出た開座が小太刀で切り付ける。奇襲にデカラビアの動きが封じられた。そこへモーゼルM712を乱射しつつ萩野が跳び込んでいく。舌打ちすると、距離を空けるべく“跳”ぼうとするデカラビアだが、死角へと回り込む開座が許さない。小太刀での傷は浅くとも、萩野をフォローするには充分だ。
「――ちっ、仕方ねぇ! 手伝え!」
 全方位無差別放射に巻き込まれないように隠れていた火炎系魔人とビーストデモン数匹が、デカラビアの命令に従って参戦してくる。
「――往生際が悪いですね、本当に!」
 対する第15063班もカール・グスタフや96式装輪装甲車搭載のブローニングM2で応戦する。
「――おい、萩野! 危ないっ!」
 開座が悲鳴を上げた時には、火炎系魔人が振るった炎の鞭が萩野に襲い掛かっていた。だが萩野は慌てず、代わりにトレンチコートが広がり受け止めた。水の膜が張られ、炎の鞭を逆に消し去る。
「――氷水系憑魔寄生コート。驚かせないでよね」
 照れ隠しなのか、ぶっきらぼうに言い放つ、開座。
「……こらこら。戦場でラヴっている場合じゃありませんよ」
「ちょっ! 誰がラヴってるって? ……殺す」
 護堂へと開座が言い返す間にも、萩野はデカラビアへと攻撃を続ける。だがコートが炎の攻撃を打ち消すとはいえ、火炎系魔人の攻撃は正直邪魔だった。火炎攻撃が効かないと判断した敵魔人はデカラビアに当たるのも構わずに9mm拳銃SIG SAUER P220を抜く。が、
「……セニョール。おイタは許しませんよ?」
 護堂がパッショーネでもってP220を弾く。そして開座が地脈系の力を以って、動きを封じ込める。開座が離れたとはいえ、護堂の銃捌きがデカラビアの集中を――反撃を許さない。縦横無尽に空間を動き回るパッショーネの氣弾に死角は無い。そして萩野が脇差に紫電を纏わせて、デカラビアに畳み込んでいく。ひとつひとつの傷は深くなくとも、満身創痍のデカラビアは荒い息を発していた。
「――何故だ! パンクで、ロッカーな、俺様が何故、てめぇ等に負けるっ!」
「貴方の弱点はもうお見通しなんですよ。……御婦人とのダンスの予定が控えています。そろそろ退場願いたい!」
「――同感であります!」
 パッショーネの弾丸がついにデカラビアの脚を貫いた。動きが止まったデカラビアの胸部に、萩野が手にした脇差が吸い込まれていく。刃には水滴が伝い、そして――電撃が放たれた。
「――がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 断末魔の絶叫が轟く。電撃は内部からデカラビアを灼き尽くしていった。主の死にビーストデモンが驚き、動きが鈍ったところを重火器が葬っていく。だが、
「……悪い。倒しきれなかった」
 1人で火炎系魔人と相対していた開座が肩を落とす。地脈系ゆえに敵の威力を吸収するといえども、倒せるかどうかはまた別の話だ。劣勢を悟った火炎系魔人は一目散に逃げる事を選んだのだ。近接型の開座に追撃する手段はない。
「……残してしまいましたが、デカラビアは倒しました。また……」
 SBU徳島基地より歓声が上がる。それを聞いて表情に笑みを浮かべると、
「――攻略も達成したようです。ならば、続くレヴィアタンや他の戦いに挑むといたしましょう」
 だが、まずは素直に作戦成功を祝いたい。それが、この戦いで命を落とした者達への鎮魂歌になるのだと思い、護堂は微笑むのだった。

*        *        *

 先行していた救難捜索機U-125からの報告を受けて、大空は操縦する大型輸送回転翼機MH-53MペイブロウIVを速めた。フライング・ポリプの確認と、湧き出るポイントを計測する。県道379号線に接する砥部川の流域。地図と照らし合わせて、大空は思わず唸った。
「……なるほど。砥部衝上断層でしたか」
 日本列島を横断する中央構造線。この中央構造線上に約6500万年前の古い地層が、約4000万年前の新しい地層に乗り上げるという逆断層が生じる事がある。この珍しい逆断層が川によって洗い出され露出されたものが、記録によれば砥部町にあるというのだ。
「――降下着陸しますか?」
 航法員の問い掛けに、大空は一瞬、考え込む。捜索調査は無理無茶でない範囲と決めていたが、このまま上空から俯瞰していても、フライング・ポリプ発生の原因まで掴める事は出来ない。意を決すると、
「――藪を突いて、出てきた蛇を確認するのが今回の目的です。怪獣王だって高圧電線で倒せるが、何が居るのか分からなければ、手が打てませんからね」
 怪獣王が高圧電線で倒された事なんてありもしないが、大空の言いたい事は解かる。レーダー員が周辺を洗ってフライング・ポリプの接近を警戒。航法員が着陸可能な位置を見出した。
 断層周辺の約200mは、親水公園として整備されている。公園の中央には吊り橋が架かり、対岸へ渡る事が出来るだけでなく、隔離前には憩いの空間であったろう設備の残骸が転がっている。拓けた空間は駐車場だったのだろう。そこを着陸場所に選ぶと、まず武装した救難員が空挺降下した。地上に降り立つと素早く武装を構えて、着陸場所の安全を確保。ペイブロウは誘導に従って無事に着陸する。
「――付近の超常体を掃討しながら、普通科の応援を待ちます。最寄りの部隊に連絡を」

 存在が確認されてすぐの一ヶ月前は、特性も解からずに、ただ逃げ隠れするしかなかった。だが今ではフライング・ポリプは強敵であるものの、攻略不可能な相手ではない。伊予方面に展開していた第15041班と松山駐屯地警務隊2班は応援要請に砥部町へと急行。大空達と合流して、周辺の征圧に乗り出した。
「――とはいえ、バッテリーが切れたら途端に不利になるけどね」
 スタンガンに予備バッテリーを交換しながら、夏目が苦笑する。応援待ちの間にバッテリーを使い切るところだった大空が同意した。
「……あと幾つ残っています?」
「私の隊が残数2で、第15041班が――」
「同じく2だ。しかし、こんなに数が多いとは……」
 第15041班長が疲れた顔で周辺を見渡す。倒しても倒しても何処からともなく、口笛に似た音を発しながらフライング・ポリプは現われてくる。何処かに営巣地があるはずだが……。
「――夏目班長、見付けました。おそらくは、この穴です」
 繁茂して捜索に邪魔な木々や叢を火炎放射器で薙ぎ払っていた玲が報告を入れてきた。駆け付けると、スタンガンを向け、更にはFN5.56mm機関銃MINIMIを設置して、湧き出てきてもすぐに射殺出来るように整えられていた。
「……確かに、これでは上空から見付けられなかったのも無理はありません」
 感心したように大空は呟く。隔離後の環境変化で異常に生い茂った木々や草叢が、フライング・ポリプが湧き出てくる穴を絶妙に覆い隠していた。
「……しかし単純に穴と呼んでいいのかしら?」
 和子の疑問ももっともだった。便宜上、穴と呼んではいたが、空間の歪みともいうべきもの。時折、極彩色の渦が巻いたかと思うと、虹色にも発光する。この世ならざる現象。周囲を爆破してしまえば埋められるというものでもない。
 皆が対応に困っている時に、足を踏み出した男がいた。止める間もなく、空間の歪みを潜り抜けていく。
「――石丸士長!」
 慌てる一同。一番に我に帰った和子は急いで、取り付けていた諜報器具で音声を拾う。果たして電波が通じるかどうか……石丸の声が聞こえて安堵する。同時に耳をそばだてた。
『――ああ、懐かしいな、ここは。奴等に占拠されて廃棄した居住区じゃないか』
 郷愁のような独り言が聞こえてくる。電波が通じるというのなら……
「石丸士長――帰還しなさい」
『……石丸? 石丸と……ああ、そうか。この借り物の名前だった。すみません、夏目一曹。御心配を掛けました。すぐに戻ります』
 空間の歪みから顔を出す石丸。何故か晴れ晴れとした表情だった。
「――記憶が戻ったのね」
「はい。……自分の事ながら記憶が戻る時って、こう靄が晴れるように極々自然なんですね。情報では個人差で衝撃を受けるほどの痛みがあるとか聞いていましたけど」
 和子に油断無く9mm機関拳銃エムナインを構えているというのに、石丸ははにかんで見せた。
「私は皆さんが『イシアン』と識別している存在――世界を渡り、情報を記録する事を目的とする精神寄生体です。改めまして宜しくお願いします」
 毒気の無い笑顔に拍子抜け。だが第15041班長が問い詰める。
「本物の石丸士長は何処へやった?」
「石丸氏ならば、こことは違う世界にある私のパーソナルボディに眠ってもらっています。御安心下さい。同胞が失敗した件を教訓に、石丸氏の精神状態に害を与えず、時が来れば無事にお戻ししますから」
「――時?」
「……ええ。私の役割はこの世界で生じる『黙示録の戦い』の記録です。情報管制があるので、現地人である貴方達に対して詳しくは話せませんが……」
 申し訳なさそうな顔で苦笑する。
「同様の役割を担う同胞が幾つか潜入しておりますが、私だけは手違いで記憶障害が起きてしまったようです。――おそらくは、この設備の影響でしょう」
 空間の歪みへと振り返る。
「……つまり、これは一体?」
「元・居住区です。大昔、皆さんがフライング・ポリプと呼称する野蛮人に占拠されそうになったので廃棄したのですが……空間移動により、この地と接点が結ばれたのでしょう」
 フライング・ポリプの件は情報管制に引っかかっていないのか、よどみなく答える石丸――否、イシアン。大空は溜め息を吐くと、
「聞きたい事は他にもあると思いますが、今は展開についていけずに、また今度。とりあえず、第一に聞きたい事は……これの処遇ですが」
「――私の知識と計算によれば、奥にある設備を破壊すれば、蓄えられているはずの力場が暴走。再び、この歪みを別世界に“跳ばす”か、或いは辺り一帯を吹き飛ばし、消滅させるほどの大爆発が生じるはずです。そうすれば奴等――フライング・ポリプが2度と湧き出てくる事はありません。奴等とて、空間がこの世界に繋がってしまったのは想定外のはずでしょうが、情けを掛ける訳には行きませんから」
「なるほど。よく解かった。すると問題は……」
 奥に辿り着くには、居住区内に蠢く多数のフライング・ポリプを突破しなければならないという事である。
「他にも、質問があればどうぞ。ただし情報管制がされていますので、全てを皆さんにお伝えする事は出来ませんが。……ああ、これまでと同じく皆さんと共に戦う事は許可されています。そこはお任せ下さい」
 イシアンの申し出に、とりあえず一同は顔を見合わせる事しか出来なかった。

*        *        *

 蒲生田岬に配置された観測班からの報告に、緊張が走る。送られてきた画像データ等から、対象が伝え聞くレヴィアタンに相違なかった。ワニのような大きな顎に、蛇のような首、そしてクジラのような巨体と、亀のような甲羅。巨大な首長竜型海獣の巨影が波間に映える。太平洋から蒲生田岬と棚子島の中間点を通過するように悠然と北上してくる。
 夏見は無線の送信端末を手に取ると、
「――諸君。震えているか? 無理もない。小官も震えている。相手は大魔王。米海軍を退けた獣の女王だ。あくまで前哨戦のつもりとはいえ、生き残るかどうかは判らない。だが、心して聞け――」
 夏見の声が、逃げ出しかねない恐怖を叱咤する。
「たとえ、ここで我々が倒れようとも、我々が命を賭して得た情報は戦友が勝利する原動力となるだろう。来るべき決戦における勝利の為、この身をもって礎とし、流れ落ちる血をもって塗り固めよ! たとえこの身が朽ち果てようと、この神州を背負う志までは奪えぬと……」
 大きく息を吸って、溜める。そして思いを乗せて吐き出した。
「嫉妬に身をよじるばかりの大魔王に教えてやれ!」
「「「「――押忍ッッッッ!!!!」」」」
 夏見が鼓舞した士気は伝染し、活力となって奮い立たせる。すぐさま作戦のオペレートが奏でられ、砲弾という打楽器が準備された。
「――ってー!」
 徳島航空基地に配置されていた88式地対艦誘導弾シーバスターが射撃指令を受けて、ミサイルが発射される。固体燃料ロケットによって加速されたミサイルは、ジェットエンジンに切り替わって低空飛行。プログラムされたコースに従って陸上を回り込み、カダチノ鼻方向から躍り出た。電波を発射してレヴィアタンへと向かっていく。
「――着弾! されどレヴィアタンに効果薄し!」
 レヴィアタンはカダチノ鼻に見向きもせずに北上を続けている。被弾したはずの部位は傷痕すら残っていない。全くの無傷。
「――2、3、4はタイミングを合わせて全方位からアタック!」
 今度も命中。それも全弾が。そこでようやくレヴィアタンは泳ぐ以外の動きを見せた。首をめぐらせて、初弾が来たカダチノ鼻へと向けてくる。レヴィアタン周囲の水位が一瞬、下がった気がした。
 ――次には、咥内から発射された大奔流がカダチノ鼻の一角を吹き飛ばす!
 また甲羅から突起物が出現。煩い蝿を追い払うように全周囲へと高圧・高速によるウォーターメスを射出した。流れた刃が防御陣地を易々と切り裂いていった。そして当り散らしただけで満足したのか、こちらの被害を確認することもなく、レヴィアタンは再び北上を開始する。
「――押忍! 特攻せよと命じてくれ」
 壱伍特務の猛者達が、貸与したカール・グスタフやMINIMI、110mm個人携帯対戦車榴弾パンツァー・ファウストIIIを手に、血気盛んなまま、夏見に頭を下げる。だが事前報告通りにミサイルの直撃すらものともしない怪物相手に、やたら貴重な戦力を失うのは避けねばならない。何しろ、レヴィアタンはこちらを敵とすら看做していないのだ! せいぜい飛び回る蟲程度の認識なのだろう。
「――急所に直接叩き込まない限りは、有効打はあり得ないというのか……」
 だが、まだ試しておく手段が残っている。夏見はあらんばかりの集中力を以って、舞子島へとイメージを投影。レヴィアタンには、夫だというベヒモスの幻影が重ねて見えただろうか? 騙されてくれて全長1kmの島に全速力で飛びついてでもしてくれれば、溜飲も下がるというものだが……。
 が、レヴィアタンは一瞥すると、そのまま悠然と北上する。もはや相手をする気すらも起こらないという態度に夏見は呆然、そして歯噛みするしかなかった。
「……こうまで、無力だというのか!?」
 慰めようとしてくれるのだろうか。だが、女性の扱いに不慣れな番長君は言葉を掛けようとしては止め、まごまごしている。そんなこっけいな様子に、夏見は失笑。我を取り戻した。問題点を究明し、決戦時の参考にしなければならない。声を張り上げようとした、その時――
「……姐御! 何だか、様子が変ですぜ?!」
 壱伍特務隊員が双眼鏡を覗きながらレヴィアタンを指差す。夏見も様子を窺った。
「――動きが止まった?」

蛇巫
 夏見がレヴィアタンへと攻撃を開始した、ちょうどその時。小松島競輪場跡地に張った天幕の1つで、由良と大山が向かい合っていた。P220を由良の頭部へと突き付けたままの衛生科二尉が見守る中、大山は瞑想に入る。ユルングの夢渡る巫女を称した由良が導くままに、意識を深く、浅く、沈めて……
 …………。
 ……………………。
 …………………………………………。
 気が付いた、というのは大変な語弊があるが、大山の意識は薄暗くて、仄明るい、空間を漂っていた。
「一名様、ごあんなーい」
 振り返ると、虹色に鈍く光る銅のニシキヘビを全裸に絡ませた由良が万歳をしていた。思わず鼻を押さえるが、勿論、血が逆流して噴出す事は無い。肉体が無いのだから。意識を投影したものが、この世界での見た目になるという。となれば、僕の姿は……?
「ズ●ック〜♪」
 ……魚雷に手足が生えている姿より遥かにマシか。
「え〜とね。注意を幾つか上げていくね〜。この夢の中では、心豊かなものほど強く、貧しきものはそれなりに。物理的な、肉体的なモノに依存する能力は無意味だよ〜。あ、技術や経験、それに知識は有効だけど、どこまで通用するかは臨機応変。そして防御相性は、性格タイプの属性となるから、気を付けてね〜」
 何だか沢山言われてしまったので混乱する。だが、ひとまず置いておくとして、
「えーと。こんなところで何だけど、幾つか聞いておきたい事が」
 ん?と首を傾げて見せる由良に、大山は問い質す。
「由良は、アルケラ神群の精霊の代表であり主神だそうなんだよね。アルケラ神群と休戦出来ないかな?」
「んーと。別にアルケラの精霊達は、皆と争ってないけど?」
 確かに。モコイやロルウイ、ヨーウィーは、ただ生きているだけだ。魔群と違って、彼等に好戦的な動きは見られない。戦いといっても、維持部隊側の視点に過ぎず、それも超常体の数を調整するものだ。生命を脅かすものに抵抗するのは、極自然な事だ。それを戦いと言えるかどうか。
「えーと。じゃあ、可能ならば休戦ではなく精霊達に『元の世界』に帰還して欲しいんだけど……」
「無理だよ〜。既にこの世界に生態系を確立しているものもいるんだから、それを追い出すなんて無理。ただ元の世界から、もう来れないようにはしているよ。ユルングが敗北を認めて『遊戯』から脱退を宣言した時から」
「その『遊戯』とは何の事なんだ? 僕達は『何故、超常体が襲ってくるか?』を知らない。これが判明すれば目指すべき目標が見えて希望が出てくるかもしれない。……まあ隠された真相が圧倒的過ぎて絶望してしまうかもしれないけど」
 大山の問いに、由良は難しい顔をした。そして困ったように笑うと、
「『遊戯』は遊戯だよ〜。昔、偉いナニカが決めた縄張り争い。皆を倒して、一番多く、一番広く、縄張りを手に入れたモノが、新たな偉いナニカになれるんだって。……んーと、詳しくはあたしも解かんない」
 舌を出して、はにかんでみせる由良。大山は言葉の意味を探る。 海の女帝
「つまり……神州世界で縄張り争いをして、超常体の数を増やし、生息域を広げる事が、それ?」
「うん。大体合ってる〜。でも、皆が、皆、縄張り争いをしている訳じゃないんだけど……たとえば、海のお母さんは、陸のお父さんに会いたいだけ」
「海のお母さん――レヴィアタンの事? それに陸のお父さんというのは……ベヒモス?」
 問いに由良は頷いた。
「うん。四国の奥に封じられている状態で現われたんだって。だから海を渡り、川を遡って、お母さんは会いに行くんだよ〜」
 川を遡る……? 当初の目的地はSBU徳島基地だと推測された事がある。魔王はレヴィアタンを迎える為に占拠したのだと。だが実はそれが通過点に過ぎなかったら? そしてSBU徳島基地の北にある川といえば……
「……海のお母さんに会ってみたい?」
 返事を聞かずして、由良は彼方へと泳ぎ出す。慌てて大山は追いかけ、そして質問する。
「夢の中で、レヴィアタンへ攻撃が可能?」
「できるよ〜。だけど注意点は述べた通りだし、またこの世界で亡くなれば脳死に近い状態になるんだって。それに……海のお母さんは、大魔王というのに相応しく特別な力を持っているから――」
 突然、空間が灼熱し、沸騰するように感じた。熱源の中央に睨み付けてくるのは、険のある表情をした美女。大山と比べても背が高く、銀鱗のドレスで豊満な胸を包む。豪奢な錫杖を右手に、左手は煌く大粒の宝石を嵌め込んだ指輪をしている。――まさに思い浮かべるのに忠実な女王の姿。
「……これがレヴィアタンの意識を投影したもの」
 大山を一瞥すると、由良へとレヴィアタンは厳かな声を発する。
「――ヴェパールの受容体に成り損ねた娘か。妾の意識に触れようとは、如何な用か?」
「んーと? 御挨拶?」
「……ふっ。ユルングよ、その娘を通して力を振るうつもりか。敗北を認めたのだろう? 戦う気が無いのなら引っ込んでおれ。……それとも、そこの男子(おのこ)の手助けか。小癪な真似を!」
 レヴィアタンの敵意を反映して、益々空間が息苦しいものになる。大山は窒息しそうな中、
「貴女の目的はやはり――」
「そうよ。妾は最愛の人に会い、抱かれ、そして子孫共々、地に満ちるが目的なり!」
 堂々と述べるは自負の表れ。圧倒的な意思に、大山は翻弄されかける。由良が手を差し伸べる。
「……戻る?」
 頷くと、意識が浮上していくのを感じた。
「おつかれさま〜」
 大山が目覚めた時、無邪気に由良が笑顔で覗き込んでいた。

 ……北上を再開したレヴィアタンの姿を見詰める。夏見は困惑の表情を隠せないまま、
「――何が、レヴィアタンにあったのだ?」
 独り呟くのだった……。

 

■選択肢
Oce−01)石鎚山にて蝙人バットと喧嘩
Oce−02)砥部衝上断層周辺で索敵調査
Oce−03)大海獣レヴィアタン迎撃作戦
Oce−04)巳浜由良とドリームダイブ?
Oce−05)巨獣ベヘモスが目覚める前に
Oce−FA)四国地方の何処かで何か

■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 選択肢-04はギャンブル性の高いものであり、周囲を納得させる動機・目的(理由付け)を用意しなければ没になる可能性が高い(成功/失敗どころか行動自体が描写されない)事に注意。なお普通に由良と関わりたい場合は、03〜05の選択肢を掛ければ問題無い。由良自身がどう動くかは掛けられたアクションによって左右される(04が最優先)。またダイブ後の注意点は由良の台詞にある。健闘を祈る。

※註1)巨獣……一説にはベヒモス(大地)、レヴィアタン(大海)だけでなく、ジズ(大空)も創生されたという。アンズーやルフ、ガルーダ、フェニックスと同源の巨鳥と考えられている。


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