第六章:ノベルス


個人運営PBM『隔離戦区・神人武舞』 第5回 〜 四国:濠太剌利


Oce4『 The eternal love isn't linked 』

 石鎚神社山頂社殿を取り囲む、薄暗い闇のような靄は未だ完全には晴れていなかった。
  石土毘古[いわつちびこ]の復活を受けて一度は逃げ帰ったものの、“ 這い寄る混沌(ニャルラトホテプ )”の化身が1つ、“ 闇の跳梁者ハンター・オブ・ザ・ダーク )”は眷属たるハンティング・ホラーと共に遥か空の上でうねっている。巨体である事に加えて、広げた翼が周囲一帯への陽射しを完全に遮っていた。
「……ていうか、それって自分の身体に太陽光照射って事にはならないんスかね?」
「確かに。山の上で、更に遥か空の先って……雲とか遮るものが無いから自殺行為のはずやな」
 藤原・ノノ(ふじわら・―)二等陸士の疑問に、三笠・修司(みかさ・しゅうじ)三等陸曹が答える。
「――って、いつの間にしゅーちゃんは士長から三曹に昇進を?」
「ははは。聞いて驚け。何故か戦闘中に昇進し、部下が増殖したちゅうわけや。……俺に何があったんやろう?」
 まるで他人事のように、不思議な顔付きで首を捻る三笠に、呆れた口調で、
「SBU徳島基地奪還作戦時の支援火力が評価されたそうです。あの戦いでは死傷者も少なからず出たそうですから、再編制を終えて、……はい、正式な辞令」
 神州結界維持部隊中部方面隊・第2混成団松山駐屯地警務隊2班長の 夏目・和子(なつめ・かずこ)一等陸曹が手渡した。
 登山してきた第15普通科連隊・第15071班の残りが三笠に敬礼し、着任の許可を求めてくる。更に便乗して――
「藤原、元気ー?」
「――ガイン君もお久し振りっス! そちらこそモコイの呪いから立ち直ったみたいっスね」
「呪い、違う! モコイ悪くない!」
 激しく抗議しながらも 大尾田・晋明(おおおた・くにあき)二等陸士が手を上げ、ノノとハイタッチを交わす。状況を忘れたように和気あいあいとしている雰囲気を微笑ましく思いながらも、一応、和子は確認。
「……イシアン――石丸士長達、第15041班は山麓で留守番しているのね?」
「あれ、りゅーちゃん士長、来ないっスか?」
「――残念ながら。非常時に備えて待機しておくと」
 城戸・玲[きど・あきら]陸士長が再確認すると、大尾田は大きく首肯してみせた。
「残念っスよ。せっかく『ディー●ダンジョン』ばりのダンジョン報告記を……」
「夢が、広がる〜ディスクシステム♪……って、えらく、またネタが古いの知っとるな!」
「そういう、しゅーちゃん三曹もよく御存知っスね」
 ノノと大尾田の掛け合いに、三笠も加わり、笑いが起こる。さておき、一通り情報(?)交換を終えると、ノノは周囲を見渡し、
「良くぞ、残ったっス、我が精鋭達よ! ――というか、何だか半分近くが、レヴィアタン迎撃作戦に向かちゃったようで……正直、石鎚山がノノだけだったらヤだなぁと思っていたっス。泣けるっス!」
「安心せぇ。そりゃないわ。ややこしい話は兎も角、目の前の巨大な敵を倒せれば満足やから、てきとーに頑張るで。……あと、何か因縁じみたもんが俺と奴の間にはある……ような、ないような……」
 何だ、それは? ともあれ三笠が頼もしく笑う。
「ともあれ、今回、相手は巨体が最大の武器な訳やけど、逆に言うと狙わなくても当たる状態な訳やな」
「うん。こんなこともあろうかと思ってな、閃光手榴弾をかき集めていたぞ!」
 大尾田に視線が集まる中、得意げに
「まあ、待て。説明しよう! ――フライング・ポリプはこの世界の物理法則には耐えられなかった。しかし自分達が棲んでいた元の世界と同じくする力場を発生させるナノマシンを散布ないし埋め込む事で生存条件をクリアしていた」
「あ、そういう事だったんスか」
「ああ、そういう事だったらしい。さて同じように“闇の跳梁者”は本来、光に弱い。しかし、それを、あの変態的なラバースーツと黒い靄でクリアした」
「……あの変態姿にもう会えなくなると思うと、なんとなく淋しいような……」
 きっと、それは気の迷いだ、ノノ。一同、心の中で呟く。聞かなかった振りして、大尾田は続ける。
「――ナノマシンは電気で破壊出来た。では、“闇の跳梁者”は? 答えはおそらく石鎚神社の扉、旧き印。理由は、一週間ものあいだ扉の奥にいたノノに一切手出しをしていなかった。きっと“闇の跳梁者”は旧き印に触れられないか、そもそも近寄れない! “闇の跳梁者”にまとわりつく黒い靄もたぶん“闇の跳梁者”と同じ法則に従っているだろう」
 そこで、指先を突き付けると、
「……という訳で、ノノか城戸の風で旧き印を飛ばして黒い靄を払ったところに、ありったけの攻撃を叩き込む。――というプランを練ってみた」
 どうだ、とばかりに胸を張る大尾田。間違ってはいないだろうが、玲が冷静に指摘。
「……『おそらく』とか『きっと』とか『だろう』とか……推測だらけの気がしますけど」
「――仕方ないだろ! ただの人間にはこれが精一杯なんだよ」
「はい、ガイン君。いじけて『の』の字を書いちゃ駄目っスよ〜」
 さておき、三笠も和子も基本的に異論は無い。
「――戦闘は光及び爆炎による攻撃を中心」
「全火力及び憑魔能力を用いた飽和攻撃を目論見るという事で一致しているわね」
「そうっス。向こうも本気で来るから、こちらも万全の体制で迎え撃つ用意をするっス!」
 天を仰ぐと、珍妙な踊り。先日から借りっ放しの巫女装束でノノが祈った。
「ねぇ神様、石土毘古様ぁ! 今は逃げてる“闇の跳梁者”っスけど、絶対にまたやって来るっスよー。蝶しつこいヤツっス! エイボンの護符印も執拗に奪おうとしてたし……。なんで、アイツを倒すの協力してくれませんかー? いや、自分は一応ひとりでも……」
 周りを見回してから訂正。
「――コホン。皆で力を合わせて戦う気なんスけど、あいつ石土毘古様を再度封印したがってるみたいだし、別々に戦うよりは協力した方がいいと思うんスけど、どうっスか?」
『 ――具体的には?』
 すぐの返答に、思わず戸惑う。
「えっ、えぇと……解放された時みたいに“闇の跳梁者”の力を相殺してこちらの攻撃が効くようにしてもらえれば何とか戦えるようになるかにゃーと。……自分、憑魔付きで遅かれ早かれいずれ自分が自分でなくなると思うっス。だったらその前にヤツと決着を付けて、それでもって戦局が少しでも良くなれば他の皆もラクになると思うっス……」
 普段は能天気そうに思えるノノだが、この時ばかりは本音を漏らした。
「……だからちょこっとでも神様に協力してもらえると助かるんスけど……ダメっスか?」
『 ――既に“闇の跳梁者”や異邦の怪異を抑止すべく働き掛けているのだが?』
「えっ!?――マジっスか?」
 後ろで首肯する、三笠と和子。知らぬはノノ独り?
『具体的な計画を述べよ。及ぶ限りであるが力を貸すのは問題ない。だが解放される時に――削ぐだけで十分といわれた気がするのだが……』
「あー。確かに言っていたような気がするっスね。ゴドー三曹が」
 余計な事を。とはいえ、石土毘古にどう力を貸してもらうか考えが及ばなかったから結局、保留。
「……って、ちょい待ちや。神さんに俺からもお尋ねしたい事があったんやけど」
 まさか気軽に応答してくれると思っていなかった三笠が慌てるが、
「――まぁ、それはアレを退治してからにした方が良さそうね」
「……来たねぇ。タイミングが良いのか、悪いのか。空気が読めているのか、いないのか」
 和子が指示を出し、玲が火炎放射器を構える。大尾田が仰角を指で測った。迫り来る濃縮された闇の翼。取り巻きのハンティング・ホラーもクサリヘビのような胴体をくねらせながら降りてくる。
 三笠は肩を落としていたが、すぐに立ち直って部下に指示を出した。
「……せやな。目の前の巨大な壁をまず倒してから色々考えてみるかっ!」

*        *        *

 高志小学校跡地に特科車輌が駐機している中、SBU(Special Boarding Unit:特別警備隊)高知分遣隊・第9班イ組長の 有馬・喜十郎(ありま・きじゅうろう)海士長は、様子を見に来た第50普通科連隊・第1502中隊第1小隊長の 猪狩・夏見(いかり・なつみ)准陸尉達と共に、七つの大罪が1つ“嫉妬”を司りし大魔王 レヴィアタン[――]の撃破作戦を詰めていた。
「――比較的付近の川幅が狭く、戦闘時、足場の悪い泥土を避ける事が出来るじゃろう」
「了解した。施設隊からの報告によるとダム封鎖と吉野川渇水計画の進行はつつがないという事だ。魔群辺りの妨害が予測されている為、連隊長に要請して一部戦力を割いてもらっている。とはいえ――」
 夏見の視線を受けて、第15063班長の 護堂・銃司(ごどう・じゅうじ)三等陸曹が首肯した。
「ええ、石土毘古が解放された今、余程の事が無い限りは大丈夫でしょう。それこそベヒモスが眠りから目覚める――そのような大事が起きなければ」
 視線を移すと、ベヒモス調査に当たっているSBU高知分遣隊・第4班ロ組長の 大山・積太郎(おおやま・せきたろう)海士長が慌てて進捗報告を入れる。
「――高越山にアタリをつけているけど、現在のところ、ベヒモスと関連するような動きはないね」
「とはいえ、何かの間違いで目覚めてしまわないとも限りませんがね」
 護堂は地図を見ながら考え込んでいたが、
「――マトローナ・猪狩、今まで任せきりで申し訳ない。貴女の奮闘振りに敬意を表し、馬車馬の如く働いて見せましょう。さあ、私に指示を!」
「指示をと言いつつ、何らかの考えや希望する配置があるのだろう?」
「では――」
 川を挟んで高志小と対岸の光明寺に配置を希望。
「……六条大橋には壱伍特務が待機。海に逃げ帰らせるな。やってくれるな、八木沢准尉?」
「自分も忘れないで頂きたい。死力を尽くし、これを撃破します」
 出向先の宮島から帰還した 萩野・弘樹(はぎの・ひろき)一等陸士が挙手する。
「シニョーレ萩野、お帰りなさい。忍も喜びますよ」
「開座一士が? 良くは解りませんが、獅子奮迅の活躍をお見せし、必ずや御期待に沿いましょう」
 萩野の返事に、護堂は苦笑。それから、
「……八木沢准尉? ああ、貴方もいたんですか」
 男にはとことん興味が無い護堂の言葉に、壱伍特務隊長の 八木沢・源道[やぎさわ・げんどう]准陸尉が厳つい顔をしかめる。
 伊達男と番長君。お互いの第一印象は最悪だった。
 とりなすように大山が間に立つ。
「まぁまぁ……。ところでベヒモス封印の強化に関しては、大麻比古神社に手掛かりがあるそうなので……三笠三曹にも協力してもらって引き続き調査を続行する。それで気掛かりなのは――」
「ああ、駐日濠太剌利軍の動きだな。懸念していたように大麻比古神社に駐留……」
 夏見は深刻そうに言葉を止める。だが青褪める大山を見て、意地悪く笑うと、
「……という事は無い。安心して事に当たれ」
「ほっ。良かった……」
「成る程。しかし、それでは駐日濠軍は今までいったい何を?」
 当然の疑問。夏見がバツの悪い顔をする。
「――対レヴィアタン戦や、SBU徳島基地奪還に戦力を集中している維持部隊に代わって、四国各地のパトロールや駐屯地の護衛に就いてくれたらしい」
 特にフライング・ポリプ対応に大わらわだったらしい。比較的、維持部隊(の根幹である日本国自衛隊)に対して友好的立場にあったと言えよう。
「では憂いもなく大麻比古神社の調査に向かうが……お祖父さん、先ほどから黙っているけど、僕に何か?」
 凝視するような有馬に、大山がたじろぐが、
「……いや。男子、三日逢わざれば、克目して見よとは言うが……立派になって。これならば安心して、巳浜士長の身柄もおぬしに預けられるじゃろうて」
「今まで安心出来なかったんだ……」
 ちょっと落ち込むが、
「そういえば、由良ちゃんは?」
「巳浜士長ならば普通寺に送られているそうですよ。海田市の第13旅団からのお客さんに協力を求められたそうで」
「――ドリームダイブ?」
 大山の問いに、護堂が首肯する。
「レヴィアタンの精神世界にダイブする事も考えられましたが、どうも自信がありませんでしたのでね。幸い、マトローナ・猪狩が物理戦の準備を整えて下さって来たので、私達はそちらで対決しようかと」
 護堂に続いて、萩野も頷く。
 一同の注目が自然と夏見に移ったところで、通信科隊員が合図を送ってきた。夏見は不敵に笑うと、セッティングされた舞台に立つ。
 各員、作業を中止して夏見へと敬礼。夏見よりも上の階級の幹部も揃ってのものに対し、夏見もまた答礼を返す。そして無線機の送信端末を握った。
「――はじめに、小官から感謝の言葉を述べさせてもらいたい。……ありがとう」
 静かに、だが確かに言葉を紡ぎ出す。
「――レヴィアタン迎撃に関わった全ての神州結界維持部隊の労苦と献身があったればこそ、今日のこの日がある事を小官は疑わない。圧倒的に強大な最高位最上級超常体との力の差に絶望する事もなければ、あるだけの攻撃を叩きつけても小揺るぎもしない現実に倦む事もなく、尽力してくれた皆があってこそ、我々はここまで漕ぎ着ける事が出来た」
 八木沢が腕組みして頷き、壱伍特務の荒くれ共が押忍!と唱和する。夏見は微笑み返すと、
「――今や、我々の頭上には我々の神がおわす。奸計によって石鎚山に封じられていた石土毘古神は解放され、神州の正統な神として戻られたのだ。諸君等も感じただろう、この意気天を衝く高揚を。目にしただろう、我々の攻撃を紙飛礫のように退けたレヴィアタンが嫉妬ではなく、苦痛に身をよじる姿を。異邦の神、異邦の悪魔、異邦の異生の持つ、この世ならぬヴェールは今や剥ぎ取られたのだ」
 有馬が拳を握り、護堂もまた照れ隠しか肩をすくめてみせた。演説は続く。
「――諸君。それでもなお小官は諸君等の忠誠と献身に苦痛と死と血と涙をもって報いなければならない。この場に立っているもののうち半分は、明日を目にする事がないかも知れない。小官も英霊の末席に名を連ねるかも知れない」
 言葉を切る。だがそれでも、夏見の隻眼は揺るぎ無い信念を湛えていた。
「――だが、それでいい。それで構わない。大魔王を共に黄泉路へと引きずり込む為ならば、この身等、惜しむものか! 思い出せ、我々が舐めた艱難辛苦の日々を! 志半ばにして先に逝った戦友の無念を! 非力故に飲まされた煮え湯を! 失ったものと失われゆくものに流した涙を! 今我らの胸中を満たすモノは希望である! 共に死地へ赴く我らに絶望と嫉妬の忍び入る余地はないっ!」
 大山と萩野が、多くの者が足を同時に踏み鳴らした。
「……攻撃目標はただの一点、大魔王レヴィアタンの核のみ! ――総員合戦準備。反撃の火蓋を切って落とせ!」
「「「――押忍!!!」」」
 全員、唱和。一斉に敬礼。
「――状況、開始っ!」

*        *        *

 活性化した憑魔核が、身体能力を向上させる。三笠は重量ある対物狙撃銃バーレットM82を構えたまま、山肌を駆けた。
「――戦闘は光及び爆炎による攻撃を中心に、足を止めず、撃ったら即移動や!」
 ハンティング・ホラーが急降下して、斜め上からの横殴りを掛ける。
 脇に跳んで避け、空振りさせたところを部下が84mm無反動砲カール・グスタフで撃ち込んだ。
 後方爆風に巻き添えにならないように必死に大尾田も走りながら、すかさず投擲。
「――ガイン君、しっかりするっス!」
「無茶言うな。おれには憑魔がないから、素の体力で動き回らなければならなくて辛いんだよ」
 それでもスナイプ・シュート。M16A1閃光音響手榴弾がハンティング・ホラーを怯ませるだけでなく傷付け、カバーに入った第15071班の火力が止めを刺す。
「――やはり闇の眷属やな。伝承通りに光に弱い!」
「任せろ! 腕利きカメラマンは絶好の狙撃タイミングも知るんだぜ」
 閃光音響手榴弾を投げるだけではない。大尾田は対人狙撃銃レミントンM24を構えると、転がり伏せながらもハンティング・ホラーを撃ち抜く。同じ狙撃手肌の三笠が陽気に口笛を吹いた。
「――相手の急所になりそうな箇所をどれだけ撃ち抜けるか競争やで! カレーの食券3枚付けたる」
「乗った!!」
 閃光と音響が荒れ狂い、まるでお祭り騒ぎだ。
 ノノと玲、2人がそれぞれ手にする火炎放射器の乱舞が拍車を掛ける。
「――馬鹿騒ぎし過ぎて、いざというときに火力不足にならないよう、注意しなさいね。本命は未だ空中待機しているんだから」
 さすがは警務班長といったところだろうか。羽目を外し過ぎないよう、和子は状況の把握に努めて、一同の高揚する気分を巧い具合に締める。
「――旧き印を風でぶつけるっていうアイデアはどうなったー?」
「相手がでか過ぎて、意味ないっスよ!」
 旧き印は確かに黒い靄を近寄らせない効果があるようだが、何しろ相手は山頂周辺を覆い隠すほどの量だ。小さなアーティファクト1つでは蟷螂の斧。
「――どないかして相手を引き摺り下ろせんものかな。こんなやったらスカイアローとか、スティンガーも注文しとけば良かったで」
 後悔先に立たず。ぼやく三笠を尻目に、視線を交わすノノと玲。武器は火炎放射器。憑魔は幻風系。
 ―― 憑魔覚醒。侵蝕開始。半身異化状態に移行。
 2人を中心に風が巻いた。両手を左右に広げて舞うように円弧を描くと、気流を操る。跳躍、そして、
「――跳びます、飛びますっス!」
 ハンティング・ホラーを飛び越え、更に上へ。
 感付いた“闇の跳梁者”が身震いをしただけで衝撃波が生じ、ノノと玲を襲う。
 が、風を巧みに操り、衝撃波を避ける。
「――アキラっち士長、まずは翼やるっス」
「……その心は?」
「フライング・ポリプと違って、“闇の跳梁者”にはある程度の物理法則に依存しているっスよ。翼は浮揚効果として意味が!」
 先ずは地面に近付けるのが先決。
 ノノは玲から了解のサインを受け取ると、左右に展開。ノズルを開いて業火を浴びせる。
「燃〜えろよ、燃えろ〜よ、炎よ、燃えろ〜♪ 火の粉を巻き上〜げ、天まで焦がせ〜♪」
 歌いながら、高熱の火炎を放射。
 長い首と胴、そして尻尾をくねらせて、ノノや玲を撃墜しようとしてくるが、機動性を駆使して、逃げ回る。
「燃〜やせよ、燃やせ〜よ、真昼の如く〜♪ ……って続きなんだったスかね?」
「――残念ですけど、知りません」
 玲の返事に、ノノは器用に肩をすくめる。だが、
「――充分やで。取り巻きは片付けたわ。ハンティング・ホラーの追加や、新たな眷属を呼び出される前に、一斉攻撃や!」
 だが見通しが多少甘かった。間断なく光や炎を浴びせられて弱まったと思った“闇の跳梁者”だが、逆転の手に出てきたのだ。
 炎を浴びて崩れ掛かっている皮翼を精一杯広げて、内から膨張するように――
「あかん! 何でもいいから受け止めるものを――」
 咄嗟に出た三笠の指示が伝わったかどうか判らぬ程の、次の瞬間、“闇の跳梁者”から発せられた狂気の波動が魔人達に襲い掛かった。
 ――憑魔強制侵蝕現象。
 激痛と衝撃に息が止まり、悶絶する。地上に居た和子や三笠は良い方だ。問題なのは、空中に居た玲。失速し、統制が取れぬまま墜落する。
「――セーフ!」
 間一髪で、第15071班員がカモフラージュ用のシートを広げて、落下物を受け止める事に成功。
 とはいえ落下の衝撃で、巻き添えになった何人かが一時戦闘不能に。更には錯乱状態に陥った者も。
 そして最悪のダメ押しとばかりに“闇の跳梁者”が急降下。態勢の整わない一同へとボディプレス!
「――どっこい、自分は平気なんスよね」
 空中に踏み止まっていたノノが“闇の跳梁者”を上回る速度で、急降下。Mk2破片手榴弾をバラ撒いた。スタンロッドを握ると、電圧最大にして振り下ろす。狙いは――
「3つ目!」
 頭部の3つに分かれた燃える眼が、雷をまとった打撃に潰される。絶叫が轟いた。
「……や、よくアニメやゲームだとこーゆー部分が弱点かな、と」
「成る程、ね! その根拠は!」
 3つ目へと狙いを集中させ、大尾田はレミントンM24で撃ち放つ。
「――だって3つ目っスよ、狙ってくれと言わんばかりの怪しさじゃないっスか! 特に真ん中のヤツ」
「根拠レスか!」
 ツッコミを入れながらも、笑って薬室に弾丸を送り込む。
 気を取り直した維持部隊員達がFN5.56mm機関銃MINIMIやBUDDYで、苦しみながらも暴れ回る“闇の跳梁者”へと応戦する。
「――うわぁ。下手打ったで」
「思わぬ失態だったわ。藤原二士がいなかったらどうなっていた事か」
 未だ痛みが残る感覚を、無理にでも我慢すると、三笠と和子は立ち上がる。玲は墜落のショックで気絶したままだ。
 火炎放射器を手に取り、壊れていないか確かめると、予備タンクに繋ぎ直した。
「集中砲火! そこに核――輝くトラペゾヘドロンがあるなしに関わらず、削れ、削るんや!」
「――全火力を用いた飽和攻撃!」
 上空へ逃げ帰る間も与えずに、火線を一点に集中させる。異形系もあるのだろう“闇の跳梁者”に刻まれた傷口は塞ごうとするものの、回復速度を上回る火力に、治癒が追いつかない。
「――弾が尽きたら、フラッシュライトを浴びせるんやっ! 撃て、打て、討てっ!」
 そういう三笠もバーレットの狙撃に加えて、光の投擲槍を発射する。沈んだところで、和子が憑魔能力を行使して地を割り、一部でも挟み込んで身動き出来ぬよう封じる。そして炎を浴びせた。
“闇の跳梁者”の傷口が広がり、皮が爛れ、肉が抉れ、黒き血が噴き上がる。
 ノノが風を逆巻かせて、
「……ドリルカッター!っス」
 風の衝撃刃を連打。衝撃刃は奥へと突き進み――
「輝くトラペゾヘドロン! 見付けたっス!」
 割れ砕けよと思いを込めて、気力を奮い立たせてのノノ最大の一撃。
 絶叫が響き渡る中で、ついに、
「……やっ」
 衝撃刃を受けた多方偏面体は、ヒビが走り、そして粉々に砕け散る。
「――勝ったっス?!」
「何故、疑問形だ」
 大尾田が律儀にツッコミを入れている間にも、凝縮して翼竜を形作っていた闇が爆散した。
「「「 ―― 勝ったーーーっっっ!!!」」」
 地面に降り立ったノノへと駆け出す。ハイタッチの音が鳴り響き、BUDDYを祝砲代わりに撃ち鳴らす。地響きが起きるほどに足踏み。手を取って踊り出し、歌が振るわれる。
 ――いつの間にか山頂周辺を覆っていた黒い靄は掻き消え、空は晴れ渡っていた……。

 戦い終わって撤収準備が進められる中、石土毘古に三笠は尋ねる事を忘れなかった。
『 ――何を聞きたいと申すか』
「同じ神様やったら知り合いだろうという考えでな、天日鷲命の事なんやけど」
『 ――天日鷲? ああ、布刀玉の事か』
  天布刀玉[あめのふとたま]は地方により名を変えるが、天日鷲命もまたその1つである。天日鷲命という名は、大麻比古神社の祭神が阿波忌部氏の祖である事を強調したものであるが、古伝によるならば布刀玉という呼称が正確だ。従って明治以前は天日鷲命という名で祀っていたが、以降は正しき名の布刀玉で祀られている。
『 ――正しき名で祀らなければ非礼になるぞ』
「ははっ。注意させときます。で、肝心の質問なんやけど……ずばり大麻比古神社に天布刀玉命は封印されているんでっか?」
 三笠の質問に、石土毘古は沈黙。暫くしてから、
『我は國津祇とされ、奴は天津神と称する輩ぞ。仲が良いと思ったか? 奴の封印はそのままにしておこうと我が汝等をたばからないとも思わなかったか?』
 あっ。同じ日本の神だから仲良しとは限らない。
 神州結界、隔離戦区という中で、異邦の神や精霊、そして悪魔が蔓延る状況に手を握り合う事もあろうが、元来は不仲の間柄だ。
 困り果てて言葉に詰まっていると、
『 ――冗談だ。だが兄弟には気難しいモノもいる。名の事といい、そこらの気配りが少々足らぬぞ』
「はぁ……注意しときます」
『さておき答えるが、確かに布刀玉は鳴門の地、大麻山の頂にある社に封じられままだ。我の解放に合わせて若干、緩んでいるようだがな』
「さようでっか。では2つ目なんやけど……布刀玉は人間やアルケラ神群に対して友好的か敵対的か?」
『布刀玉の考え等、我が知るはずも無い。第一、封じられている間は、相互の疎通が無かった』
 そりゃそうやなぁ。確かめるべき事、尋ねるべき相手を間違っている気がする。それでもめげずに、
「最後や。――高越山にベヒモスは封印されているんでっか?」
『ベヒモスという輩かどうかは知らぬが――何度も言うが封じられている間の事は限定的にしか判らん。そもそも高越山は、例外的に布刀玉の領域だ。われの関知する事ではない。……ただし何か強大な存在が眠っているのは間違いない』

*        *        *

 県道12号線、廃墟となった霊山寺の辺りにある大鳥居に繁茂した奇怪な植物が絡みついていたが、なおその威容を誇っていた。
 SBU高知分遣隊第4班ロ組は降車して、対レヴィアタン戦の物資搬入で行き交う輸送科のトラックに便乗させてもらった礼をすると、鳥居を潜る。
「……鳥居から境内まで約1kmも距離があるのに歩きかよ」
 地図で確認してぼやく、木野・宗太[きの・そうた]二等海士に、
「ここまで送ってくれただけでもありがたいんだ、文句を言わずに歩く。歩く!」
 叱咤はするものの、大山自身も片手に12.7mmブローニングM2重機関銃キャリバー50、もう片手に防弾シールド、そしてボディアーマーを着込むという完全装備。約1kmの徒歩行進は正直辛い。
( ……移動の融通を効かせる為にも、自前で組保有の車輌を用意しておく事を考えておいた方がいいなぁ )
 内心はさておき指示を出すと、BUDDYを構えて 音無・玲子[おとなし・れいこ]二等海士が警戒しながら先行。
 長い松林が続く参道を、慎重に進む。少し引き返せば対レヴィアタン攻略部隊が待機しているはずなのに、まるで外界から遮断された空間のように静まり返っていた。せせらぎの音を耳にして、初めて祓川橋参道にまで足を踏み入れた事に気付いた。
 境内周囲は鬱蒼とした森となっており、草叢に動く気配を感じた木野が銃口を向ける。
「……何だ、ただの蛇か。驚かすなよ」
「マムシかも知れませんよ。気を付けて下さい」
 草叢の中に埋もれた木札を玲子が指し示した。長い年月で腐れ、汚れに塗れていたが、辛うじて字が読み取れた。
   林内「まむし」に御注意下さい。
「……社務所。って、えー!?」
「木野くん、静かに。……騒ぎを聞きつけてマムシどころじゃなくなるかも」
 大山の注意に、慌てて息を殺す木野。身を屈めた前傾姿勢で、玲子が今まで以上の警戒心を以って先行。前方の安全を確認後、ハンドシグナルで大山を誘導する。
 階段を上ると、飛び込んできた景色に目を見張った。目の前に樹齢千余年といわれる大木が、大山達を迎える。御神木される大楠だ。
「――木野くんは周辺の警戒、並びに退路を確保。音無くんは拝殿と境内社の存否を確認。ぼくは……」
 大山が行動を決定付けようとするその時、
「……おっおい、組長。じいさんが! また出た!」
 木野の声に振り返ると、大楠にローブ姿の老人がいつの間にか寄り掛かっていた。それまで気配も全く感じられず、また憑魔核も活性化を起こしていない。高越山の時と同じだ。老人は笑うと、
「――物好きにも大麻比古神社へ来たか。善き哉、善き哉。……さあ、儂に施された封印を壊すが良い」
 隊用携帯無線機からの連絡では、大麻比古神社に天布刀玉が封じられているのは間違いない。
 だが人間や、アルケラ神群に対して友好的か敵対的かが定かではなく、伝聞によれば石土毘古も解放された瞬間、怒りを発揮して日本人以外を祟らんとしたという。
 その力でフライング・ポリプを死滅させるどころか“闇の跳梁者”やレヴィアタンを弱体化させたというのだから、神の怒りとは如何ばかりのものか窺い知れよう。
( ……封印された恨みで兎に角人間全般に復讐したといった根に持つ性格なら解放する訳にはいかない )
 それこそ涜神的で不敬な考えであるのだが、老人は大山の苦悩に気付かず、笑っているだけ。
「……封印を壊すというけど、具体的には?」
「おや? 儂は『社を壊せ』と伝えたはずじゃが。はようせい。……石土毘古が解放された御蔭で、このように交信・交感が出来るが、儂自らの力で封印を破る事は出来ないんじゃ」
「社といっても拝殿だけでなく、境内社でも4つあるけど……」
 大山の指摘に、老人はバツの悪い表情を浮かべると、咳払いをしてから更に北を指し示した。
「――境内の北側に、大麻山の頂に通じる山道がある。山頂の奥宮にこそ、封印の要じゃ。壊せば儂が解放される。はよう、はよう。――高越山に眠るベヒモスという獣神の封印を強めたくないのか?」
「……山頂の奥宮って――げっ! また1kmも歩くのか!? しかも山道で疲労倍増、マムシが出てきて危険度も更に倍!」
 木野が騒ぐが、大山はそれとは別に、何となく腑に落ちないものを感じていた。念の為に、問い質す事を忘れない。
「御老人は以前に……『儂等に施した封印を流用して一緒に眠りに付かされただけじゃが……』と言っていたけど……これは封印から解放するとベヒモスに流用した封印も一緒に解けてしまうのでは?」
「――阿呆か。『儂等に施した封印を流用』とは、封印の仕組みを流用というもので、儂の封印そのものと一緒という意味ではないわ。そもそも複数人称なのに気付け。儂だけでなく、近場では石土毘古や大山津見といった日本土着のもん総称で――儂等といっておるのじゃ。……言葉足らずもあったろうが、他人の話を表面しか受け止めないのはおぬしの悪癖じゃな」
 何で、高越山に続いて、ここでも老人に説教されないといけないのだろう。大山は肩を落とす。
「――ここまで来たのじゃろう? さあ、社を壊して、儂を封印から解き放て。儂の力が戻れば、眠る獣神に施された封印を強めてやろう。どうじゃ? 簡単な事じゃろうが」
 急かす老人。木野や玲子もまた不安そうに大山の回答を待っているが、未だ腑に落ちないものがある。それが理論的なものでなく、感覚的なものである故に、大山とても決断出来ないのだ。
「――確認しよう。一番の目的は何か?」
「天布刀玉命を解放する事……ではないのですか?」
 玲子の言葉に、大山は首を横に振る。それは手段であり、目的ではない。何の為の手段か――?
「そうだ。一番の目的は、ベヒモスの封印を破らない事。情報が未だ足りない以上、何にもしないというのも選択肢としてある」
「――汗だくになったり、足が棒になるまで歩き詰めたりして、ここまで来ておいて、何もしないんか!」
 木野が喚くが、一度、決断した大山は即答。
「ああ、何もしない。現状でもレヴィアタンが接触しなければ、ベヒモスの封印が解かれないというのであれば……」
 木野と玲子だけでなく、自分にも言い聞かせるように大山は言葉を続けた。
「――猪狩准尉達が、レヴィアタンを撃破することを信じて、何もしない! 帰るぞ、2人とも」
「……骨折り損のくたびれもうけかよ」
「はい、はい。愚痴らないで下さい。大山さんの指示に従いましょう」
 老人は大山達の遣り取りを暫く黙ってみていたが、堪え切れなくなったように笑い出した。今までのような好々爺のものでなく、人を皮肉ったような笑い。
「――阿呆ではあるが、まぁ『何もしない』という選択肢を見出したのは賢明であるかな。ギリギリで首を繋げおった」
 木野がBUDDYを向けるのにも構わずに笑い続ける老人。指を2つ立てて見せた。
「――儂の話で怪しまないといけない点が2つ。先ず、儂は一度も布刀玉と名乗った事が無い。まぁ、その点の警戒はしており、儂を布刀玉と断定しておらんかったようじゃが、指摘するまではしなかったのぅ」
 玲子も、大山も武器を構えた。老人は意に介さず、
「2つ目は、社を壊せと儂が告げた事じゃ。大なり小なり、社は“力”を集める場としての役割を持つ。神にもよる(※註1)が、自らを祀る社を壊せという言葉自体を怪しまなければならんな」
 老人はおどけてみせると、大山が発砲を命じる前に姿を消した。捨て台詞を忘れないのは立派。
『 ――儂の名はグシオン。七十二柱の魔界王侯貴族が1柱にして、賢明公と呼ばれしモノ。覚えておくが良い。では、さらばじゃ!』
 声が木霊する中、大山は困った顔で笑うしかない。
「ベヒモスを解放しようとする魔王だったのか……」
「――空振り三振、3アウトでチェンジしなかっただけ良かったよ。してたら、ずっと魔群ターン」
 玲子が周囲への警戒を怠らぬ中、木野が尻餅を付いてぼやき続けるのだった。

*        *        *

 湯加減を調節して、パスタを美味く茹で上げられるかどうか。鼻歌交じりに振舞う護堂に、開座が呆れていた。見かねた萩野が、
「――腹を減っては、戦は出来ぬと言いますが……やはり、そういう理由で?」
「そんな訳あるか。この伊太利亜被れが何処で吹き込まれたは知らないが……勝負時前に食べるパスタが美味しければ、絶好調なんだそうだ」
「ほら。第二次世界大戦で伊太利亜が負けたのは、砂漠でパスタが美味く茹で上がらなかっただからそうですよ」
 伊軍は水が貴重な戦場でもパスタを食べる――よくあるブラックジョークだが、それがジンクスになるとは、萩野も聞いた事が無い。
 それでも護堂は上機嫌にフォークを手にしてパスタを口に運ぶ。開座と萩野が見守る中で、だが護堂は顔をしかめた。
「――水切りに失敗しました。辛い戦いになりそうです。皆さん、慎重に。警戒を怠らずに御願い致します」
 気取った口調だが、眼だけは真剣味を帯びている。雰囲気に飲まれそうになりながらも、
「……何か、占いみたいでありますな」
「というか、馬鹿キャラみたいだ。本当、馬鹿」
「……2回も繰り返さなくても結構」
 やや失敗品とはいえ頑張って片付けていると、喇叭が鳴り響いた。
 護堂はナプキンを外して、代わりにヴェルサーチのスカーフを首に巻く。ホルスター越しにコルト・シングルアクション・アーミー『パッショーネ』を叩いて感触と重みを確かめると、準備完了。
「――さて行きますよ、諸君」
 護堂達が配置に着いた頃。警告喇叭が鳴り響く中、夏見は仮眠から目覚めると顔に当てていた暖めた手拭いを振り払い、報告を受ける。
「向う3時間後までの気象情報は?」
「――おおむね晴れの模様」
「天の采配だな。ここ数日薄曇りが続いた挙句に雨も降っていたから、どうなるかと思っていたぞ」
 レヴィアタンが氷水系能力を有していたとしたら、雨天時の戦闘は避けたかったので、晴れ間が広がるのはありがたい。だが前日に雨が降ったのも事実。多少は水かさの増した吉野川が不安材料だった。
「――上流域に通達。プランを早めろ、と」
 レヴィアタンが決戦地点までに辿り着いた時、吉野川の水量が減っていなければ、話にならない。とはいえ最初からダムを封鎖しておき、水量を減らしていてはレヴィアタンを誘い込むには難しい。レヴィアタンの進行速度と、水量の調整――つまりはタイミングが勝負の鍵だ。
『……こちら、高志小跡。砲撃準備良し』
「――砲撃開始。ロング・ノーズで3門。射てっ!」
 指揮所から発せられた号令を受けて、高志小学校跡地に陣取っていた99式155mm自走榴弾砲ロング・ノーズが、主砲である.30口径155mm榴弾砲を轟かせた。
「――観測班より入電。着弾を確認。軽微ながらも損傷しているとの事」
「やり過ぎないように注意しろ、と伝えておけ」
 石土毘古の影響を受けて、弱体化しているレヴィアタンが、損害の大きさにまた撤退しかねては元の木阿弥だ。とはいえ夏見自身も無茶な発言に何だかなぁと思ったが、通信士は真面目な顔で連絡を入れる。
「――大丈夫です。レヴィアタンも再生力が異常ですし、そして何よりも、当たるに任せていた頃と違って着弾寸前に防護壁を展開している模様。氣です」
「――防御壁で展開か……御蔭で遠慮なく決戦地点まで誘い込めるという事だが、ここは喜ぶべきところなのか?」
 複雑な表情を浮かべた夏見だが、気を取り直して指示を出し続ける。
「――敵は大魔王だ。強制侵蝕現象に注意し、魔人は合図があるまで待機! 火砲で惜しみなく注げ! 観測班は小松島のシーバスターに情報を送り続けろ」
『 ――有馬じゃ。今、目標は吉野川大橋を突破し、さらに県道39号線の吉野橋を……破壊していきおったわ。これで両岸の行き来が大変になるのぅ』
 砲弾を浴びながらもレヴィアタンは続いて高徳線や県道41号線の橋を突破していく。甲羅から突起物が出して、全周囲へと高圧・高速によるウォーターメスを射ち放つ。
「XM109狙撃班並びに壱伍特務は、射出口を潰せ!」
 ウォーターメスを掻い潜って決死の狙撃。潰しては、また別の箇所に生じてのモグラ叩き。
 長時間の持久戦が吉野川で続けられていく。水かさが減っていく事にも気付かないのか、レヴィアタンは溯上の進みを止めない。名田橋、六条大橋も突破され、そして……
『 ――目標が高瀬橋を突破!』
「最終フェイズ! 高瀬橋封鎖! 光明寺待機中の部隊に伝達――決着を付けろ! シーバスター発射!」
 合図を受けて、有馬は仕掛けていた爆破スイッチを点火。着火信号を受けて、川底に仕掛けていたプラスチック爆弾が衝撃を発した。
 後方下からの爆発を受けて損傷を負うと共に、レヴィアタンの退路は塞がれた。
「――大魚は網に入った。よし、あとは心の臓に銛を打ち込んでやるのみじゃ! ……むぅっ!」
 喝采を上げた有馬だが、川底に水揚げされたレヴィアタンの変化に唸りを上げる。ヒレ状だった四肢は強靭な脚に変わり、川底を踏み付ける。
 だが自重により動きが鈍いのは変わらない。ワニのように腹這い状態で前進を再開しようとするレヴィアタン。
「――もはや、ここまで来たら海に帰らず、ベヒモスの許へと突き進むのみか!」
 有馬は84mm無反動砲カール・グスタフを担ぐと、
「心意気は良し! じゃが大魔王とやら、少々おいたが過ぎたようじゃの」
 有馬だけでなく周囲から砲撃が注がれる。狙いは首元の奥にあるという核だが……さすがに肉厚と、また氣の防護膜により削るのは難しい。更には――
「――ぐっ! やはり、そう来おったか」
 激痛と衝撃が有馬の身体を走り、膝を屈してのた打ち回る。しかも強力な負荷が場に圧し掛かってきた。魔人達が悶絶する間に、レヴィアタンは包囲を突破しようとする。が、
「――行かせるものでありますか!」
 銃声が轟く。弾丸は7.63mmモーゼルだが、特筆すべきは地脈系の篭った威力。僅かながらでも体表面を石化していく。
 更には88式地対艦誘導弾シーバスターが発射したミサイルが命中。動きが停まったレヴィアタンの体表面に、強制侵蝕現象を受けない2人のデビル・チルドレン――萩野と開座が取り付いた。
 石化した部位を切り離される前に、分子振動により破壊しての突入。モーゼルM712を振るって萩野が穿孔を続ける。同時に開座が傷口の周辺をまた石化で固めていく流れ作業。時には110mm個人携帯対戦車榴弾も撃ち放つ。おびただしい体液を浴びるが、萩野がまとうトレンチコートが洗い流していく。
「――支援砲撃じゃ!」
 取り付いた2人を支援すべく、砲や銃撃がレヴィアタンに集中する。
 満身創痍で暴れ回るレヴィアタンだが、ついに萩野が核と思わしき臓器に辿り着くと、叫びを上げて沈黙した。
「――これで、トドメだ!」
 核と思わしき臓器を潰す。だが歓声が上がる前に、警告が発せられた。パッショーネを抜くと、護堂が射撃。銃口から放たれた氣弾は、レヴィアタンの頭部へと撃ち込まれる。着弾寸前で濃密な氣の盾が張られて、直撃しなかった。
 頭部が胴体から切り離されて、肉塊が人型に変じる。そして空間爆発で周囲を薙ぎ払う。
 中央に睨み付けているのは険のある表情をした美女。背が高く、銀鱗のドレスで豊満な胸を包んでいる。豪奢な錫杖を右手に、左手は煌く大粒の宝石を嵌め込んだ指輪をしており――まさに思い浮かべるのに忠実な女王の姿。
「――退くが良い、下郎共! 妾の願いは、もう一歩のところぞ」
「残念だが、そうはさせません!」
 パッショーネの氣弾はしつこくもレヴィアタンを付け狙う。氣で打ち払うレヴィアタンだったが、
「――これで、本当に最後です!」
 レヴィアタンの変化を予測していた、萩野が肉薄。零距離で電撃を拳に乗せて叩き込んだ。
 身体をくの字に曲げてレヴィアタンは血を吐く。それでも倒れ掛かる身体を手にした錫杖で支えると、不敵に笑った。
「――もう少し、あと少しだったのにのう。愛しのあの方に、ようやく逢えると思うたのに……残念よ」
 そして笑みを浮かべた。
「――自ら望んで得た称号ではないが、大魔王の端くれよ! 屍は残さぬ! 共に散るがよい!」
「……いけません! 総員、退避!」
 怯えるように震え出したパッショーネに、何事かを感じ取った護堂が警告。条件反射の如く全員が身を伏せ、または遮蔽物に身体を隠す。
 次の刹那、レヴィアタンを中心として空間が爆発した――。

 報告を受けて、夏見は一言。
「――状況終了」
 次の瞬間、歓声が至る所から沸き上がった。肩や背中を叩き合い、互いの健闘を称える隊員。被害報告に走り回る通信科隊員。騒ぎ出す負傷者を叱る衛生科隊員。歓喜の渦が生じていた。
 だが……その喜びを打ち壊す告発がなされたのだった。あらゆる通信機器から、電波ジャックした放送が流れてくる。凛々しい女声が響き渡る。
『 ――諸君』
 肩を貸し合って、立ち上がる萩野と開座に、何か意味ありげな笑みを浮かべていた護堂が、一転して顔をしかめる。
『諸君』
 駆け付けてきた大山と、互いの無事を祝っていた有馬の眉間に皺が刻み込まれた。
『諸君――』
 女の声は、三度同じ呼びかけをし、
『もうすぐ約束されし時がくる! 安息と至福に満ちた神なる国が!』
 同時刻、松山駐屯地で大三島への増援要請を聞いていた三笠が不思議そうな顔をした。
『 ――私は松塚・朱鷺子、旧国連維持軍・神州結界維持部隊・西部方面隊第8師団第42連隊所属、第85中隊隊長だったもの。天草を拠点として腐れきった日本国政府からの独立を唱え、宣戦布告をしたものとして覚えておられるだろう』
 報告書を上げていた和子の目が細まった。
『かつて、私はこう言った。――我々は、日本国に生まれ育ち、そして超常体と呼ばれる来訪者達を身に宿したというだけで自由と生存権を奪われ、その裏に己の保身と私欲に走る愚鈍な各国政府と日本国政府との間に密約があったという事を!』
 放送主は一息吐き、そして爆弾発言を続けた。
『その証拠を今こそ示そう! その時が来たのだ。証拠とは――』
 石丸を挟んで騒いでいた、ノノと大尾田が顔を見合わせた。何だろう?
『 ――私自身だ! 私という存在がその証拠である。私は……我こそは処罰の七天使が1柱“ 神の杖(フトリエル) ”―― 最高位最上級にある超常体、熾天使(セラフ)である!』
 奥歯を噛み締める音が聞こえた。
『我は、この世界に“ 主 ”の御命による安息と至福に満ちた国を建てる為に愚かなる者どもを打ち倒し、魑魅魍魎を祓い出すよう申しつけられ顕現した。己が自由と誇り、生命を守る為に、当然ながら我等に抗われるだろうと覚悟の上で、だ。しかし――』
 悲しみと怒りに満ちた声が周囲に渦巻く。
『 ――あろうことか、愚鈍な者どもは保身と私欲の為に我等に媚び諂うと、この国を売り渡したのだ』
 糾弾するフトリエルの声が天に満ちた。
『 ――怒れよ、戦士達。我は、同志であれ、同志で無くとも、耐え難きを耐え、忍び難きを忍んできた諸君等に惜しみない賞賛と敬意を送る。と、ともに問い掛けたい。…… 我は諸君等の敵であるとされていた。確かに我等は諸君等を殺め、命を奪ってきたものだ。だが、真なる敵は諸君等から自由と権利を奪い取り、そして何よりも誇りと生命を軽んじている者どもではないだろうか!?』
 聞く者の心に、困惑と、そして嘆きが迫ってきていた。呆然が憤然に取って代わる。
『今一度、呼びかけたい。――我は約束する! 戦いの末、“ 主 ”の栄光の下で真なる安息と至福を諸君等に与えよう。ゆえに己が自由と誇り、生命を守る為に、この理不尽なる全てに対して抗いの声を上げよ。そして我等とともに戦い抜こうではないか!』
 …… 聖約が、もたらされた――。

 鼻で笑い飛ばす。
「――神の代理人の騙るお涙頂戴のプロパガンダ。絶対唯一神のアドマイア。これが彼女自身の言葉であれば頷ける部分もあるが、彼女を乗っ取った超常体が百万の言葉を費やそうと所詮は戦時喧伝放送に過ぎない。そうは思わないか?」
「――押忍!」
「……しかし踊らされる者が出ないとも限らんな。何らかの対策を綾熊陸将に具申すべきだろうが……」
 対レヴィアタン戦の始末がついてもなお、第2混成団を取り巻く状況は良好とは言い難い。
 大三島に陣取る ポセイドン[――]は、江田島のSBU本部に続いて、海田市の第13旅団司令部も壊滅させた。幸いにして総員避難がなされていたものの、間一髪だったという。
 現在、要請を受けて普通寺の第9普通科連隊が今治に展開。大三島へと参戦しに向っているが、スパルトイと名付けられた新種の超常体が立ちはだかり、来島海峡大橋突破が難航しているという。
 山口で生じている、燭台の灯と呼ばれるヘブライ神群が立てた光の柱を巡る戦いは、混迷を極めているらしく状況が掴めない。
 また山陰では対オーディン戦に失敗。根付いた世界樹ユグドラシルが枝葉を広げて、大きく生え茂っているらしい。
「だが……我々はいつか松塚朱鷺子一等陸尉の仇も討たねばならない。そして神州をこのふざけた遊戯から解放するのは、神でも悪魔でもなく、我々自身の手でなければならないのだ」

 

■選択肢
OceH−01)香川・普通寺駐屯地にて
OceP−02)香川・普通寺駐屯地制圧
OceH−03)愛媛・松山駐屯地で宴会
OceP−04)愛媛・松山駐屯地で襲撃
OceH−05)高知駐屯地で戦いの備え
OceP−06)高知駐屯地で戦いの叛乱
OceH−07)SBU徳島基地跡で復興
OceP−08)SBU徳島基地跡で決起
Oce−FA)四国地方の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 なお維持部隊に不信感を抱き、聖約に呼応する場合はOceP選択肢を。なお人間社会を離れて独自に行動したい場合はFA選択肢にて扱う。

 泣いても笑っても、次が『隔離戦区・神人武舞』第2混成団( 四国 = 濠州 )編の最終回である。後悔無き選択を! 幸運を祈る!

※註1)御神体を壊せといった神……健磐龍命は阿蘇火口にある巨石を社にしているが、『隔離戦区・神州結界』においては結界の要として利用されていた為、破壊を命じた。阿蘇山そのものが御神体であるからこその荒業である。石土毘古神もまた石槌山そのものが御神体であった為、状況によっては「社を壊せ」と命じる展開もあっただろう。


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