第六章:ノベルス


個人運営PBM『隔離戦区・神人武舞』 最終回 〜 四国:濠太剌利


Oce6『 Not to be in the winner 』

 荒れ果てていた境内は、部下を総出しての清掃により、かつての様相を取り戻しつつあった。なお繁茂する植物に覆われているが、それでも人の手が加わった事で、渾沌とした面影は最早無い。戦争が終わり、平穏が訪れ、多くの人が詣でるようになれば、かつての隆盛もまた戻るだろう。
 ――愛媛の西条にある石槌神社本社・口之宮で、スカーフを首に巻いた伊達男が、神社参拝作法に則りたどたどしくも二礼二拍手一礼をする。石鎚神社の祭神は、石土毘古[いわつちびこ]――伊邪那岐・伊邪那美より産まれ出た、由緒正しき、土石を司る神である。
「石土毘古様をお祀りする前に、やるべき事が出来てしまいました。……借りがあった男が、山陰で命を落とした様です」
 顔を覆い隠すように、右手で黄色い縁の眼鏡の弦を補正する。空いた左を手櫛にして髪を後ろへと撫で付けた。……そのような気取った仕草の中に、神州結界維持部隊中部方面隊・第2混成団第50普通科連隊・第15063班長の 護堂・銃司(ごどう・じゅうじ)三等陸曹が寂寥感を隠し通そうとするように思えたのは気の所為だろうか。
 後ろに控えていた 開座・忍[あかざ・しのぶ]一等陸士は目を細めていぶかしむように、上官を見詰めていた。
「……生きて帰る事が出来れば、宮司なり禰宜として仕える勉強をするつもりではあります。……しかし」
 言いよどみ、しばし逡巡。唇を噛み締めての沈黙の後、再び護堂が頭を下げた。
「――約束を違えるつもりはありませんが、私が戻らなかったとしても、変わらぬ四国の守護をお願い致します」
『 ――気に病む事は無い。その心持ちで充分だ。汝の誠意に応える為にも、変わらぬ四国の守護を約束しよう。――往ってまいれ。そして必ず帰って来い』
 感謝します。護堂は背筋を伸ばすと、敬礼。振り返る護堂に合わせて、開座が声を張り上げた。
「――各員注目! これより第15063班は山陰に出向し、アース神群攻略に参戦する。準備にかかれ!」

*        *        *

 四国の北北西端――今治。本州(広島)と四国(愛媛)に挟まれた、芸予諸島(げいよしょとう)を貫くしまなみ海道の南端である地に、第2混成団から抽出された攻勢部隊が展開していた。大三島を占拠し、猛威を振るう ポセイドン[――]を攻略する第13旅団の支援要請に応じたものであり、普通寺の第9普通科連隊に加えて、第2混成団長の 綾熊・敏行[あやくま・としゆき]陸将補直属の第15特務小隊も参戦している。
 第9普通科連隊長の天幕が張られた糸山公園に、航空科の多用途回転翼機UH-1Jヒューイが降り立つ。柏原・京香(かしわら・きょうか)二等陸士は礼を言うと、逆巻く風にポニーテールを揺らしながら、天幕へと案内された。
「――柏原二等陸士です」
 生来のきつい目付きだが、敬礼する京香の様を凛々しく映えるものにする。だが応えたのは……
「あ、自分、松山とか西条の方で石土毘古封印開放と“闇の跳梁者(ハンター・オブ・ダークネス)”殲滅作戦で行動してた者っス。向こうが一段落したんで、救援要請があった、こっちに派遣されてきたっスよー。ひとつお願いするっス!」
 京香が先ず抱いた印象は、ほわほわした愛玩的小動物系の少女。ぴっと擬音が立つような敬礼をしているが、すぐにニパッとか顔が崩れるようなタイプ。
「――あ、自分、名乗ってなかったスね。ノノって言うっス! 宜しく、カッシー!」
 その挨拶もどうか。だが 藤原・ノノ(ふじわら・―)二等陸士の笑顔に悪気は見えなかった。
「……わざわざ、本州から済まなかった。さっそくだが、君は敵の首魁――ポセイドンと直接相対したと聞いている。その点も含めて、意見を聞きたい。……ああ、彼女はこれでも君と同じく、冗談抜きで最高位最上級の超常体と直接相対しながらも生き残った強者だ。SBU(Special Boarding Unit:特別警備隊)に知り合いもいるらしく繋ぎ役として出席させている」
 どもどもっス。第9普通科連隊長(一等陸佐)の言葉に、ノノが再び笑顔を振りまく。同期の友人とは違うタイプのムードメイカーだと京香は人物評価した。
「――いや、連隊長。俺も一応出席しとるのやけど。そんなに俺って影薄いん?」
「あ、しゅーちゃん二曹。いたっスか?」
「ずっと、おったわ! 俺も藤原と同じく“闇の跳梁者”撃破の功労者やで! SBUとも、高知分遣隊基地奪還作戦からの長い付き合いや!」
 没個性的な顔立ちの青年――第15普通科連隊・第15071班長の 三笠・修司(みかさ・しゅうじ)二等陸曹が悲痛な顔で主張した。連隊長が咳払いすると、ふて腐れた顔で座り直す。
「――彼等は、四国のSBU部隊に同行して、大三島攻略の一端を担う」
「え? 俺は入れ違いにあっちに行くんやけど」
 三笠が抗議するが、連隊長は聞こえなかったのか京香に話を促す。
「……彼等の為にも、北の方の作戦概要と、意見を上げてくれ」
「はっ。……北のメインは人型戦車になると思われるわ。なので、こちらは大島、伯方島を打通し、大三島南部から圧迫を加え、大山祇神社に居座るポセイドンの討伐を目指す」
 作戦目的は相違ない。連隊長をはじめ、天幕に集った隊員達は首肯した。
「――攻撃主力を2つに分ける事は、万一どちらかがトリアイナ(希臘語:三叉銛。トライデント)……江田島と、海田市を消滅させたポセイドンの攻撃を受けた場合も片方は残るようにと北も覚悟を決めているわ。ポセイドンにとっては、幾ら単体が強大であろうとも、本陣に攻め寄せられており、主要司令部が疎開して指揮系統を狙う事が出来なくなっているのだから……考えられるのは戦力そのものを叩くか、補給線を叩くか。補給を遮断するなら橋を落とすのがもっとも確実かつ効果的だけれども、もう一本ルートが残っていれば効果は激減するもの」
「……なるほど。了解した。ハズレくじは引きたくないものだが、その時は向こうの奮闘を祈って、散っていくとするか」
「――押忍!」
 連隊長の苦笑に、だが生真面目にもバンカラ風の男が応えた。第15特務小隊長、八木沢・源道[やぎさわ・げんどう]准陸尉にとって最前線で命を懸ける事が責務であり、懲罰部隊にとっての贖罪である。死線に投入されて、文字通りの血路を切り開くのは彼等の役目だ。その事に重い空気が支配したが、
「――大丈夫っスよ。ゲドー准尉は死なないっス」
 片目を瞑ってノノが、八木沢の肩を叩いた。八木沢は苦笑を浮かべながら、
「押忍。……ちなみにゲドーではなく、ゲンドウ」
「気にしちゃ駄目っスよ」
「いや、そこは気にするやろ、さすがに!」
 三笠がツッコミ、ノノがトボケる。良い意味で緊張がほぐれた。そして作戦をすり合わせ終わったのは、夜も更けての事。辞退した京香は隊用携帯無線機で、第13旅団第13施設中隊・秋吉台分遣隊へと連絡を入れる。だが――
( ……やはり、連絡が取れないわ)
 連絡を入れたい対象―― 羽村・栄治[はむら・えいじ]陸士長は先日から行方を眩ましているという。フトリエルの演説もあって脱柵した隊員も少なからず居るらしい。各駐屯地や分屯地では混乱の収拾に躍起になっているらしく、羽村の捜索も後回しに。
( 大山祇神社に潜入しようと事前に見掛けた彼――明らかに羽村士長な猫背かつ操気系能力で気配を断った男。色々と問い質したい事はあるのに……)
 両手のバンテージを巻き直しながら、京香は独りごちるのだった。

 ――山口駐屯地との音信不通。光の柱は確認出来ずとも、対ログジエル戦に失敗し、壱参特務並びに第17普通科連隊は壊滅した疑いがあり。
 岩国に仮移転した第13旅団本部からの連絡に、今治港で残存する舟艇を掻き集めようと奔走中のSBU高知分遣隊・第9班イ組長、有馬・喜十郎(ありま・きじゅうろう)海士長は眉間に皺を寄せた。
「……人間の屑だとは思っていたが、天使を倒せずに逝ってしまったか。不甲斐無い」
 状況は未だ把握出来なかったが、天使が勝ち残ったというのであれば、願いを聞き届けて貰うように努めねばなるまい。有馬は自慢の口髭を撫でながら唸る。
「……お祖父さん。いや、有馬士長。こちらの準備は整ったよ」
 ボディアーマーに身を包んだ巨漢――第4班ロ組長の 大山・積太郎(おおやま・せきたろう)海士長が声を掛ける。
「……そうか。しかし揚陸作戦の志願者が、わしと積太郎の2組――1班程度しかおらんとは」
「……仕方ないよ。元々、SBU隊員は少ない上に、舟艇も数少ないんだから」
 更に言うならば、ポセイドンは海神と謳われる以上、眷属の超常体も海棲が多い。実際、大三島の北面と西側はヒッポカンポスやネレイデスが阻んでいる。陸路や空挺以上の危険性。揚陸以前に全滅してもおかしくない作戦に志願する命知らずはいなかった。
「――いやだー! 俺は、今治に残るー! こんな無茶な作戦、成功するはずがない!」
 泣き喚く 木野・宗太[きの・そうた]二等海士を 音無・玲子[おとなし・れいこ]二等海士がなだめているが、大山と有馬の間には気まずいものが流れた。
「……残っても構わんのだぞ」
「いや、ポセイドンを倒さないと、由良ちゃんのお昼寝に安心して付き合う事も出来ないから」
 大山の言葉に、北条・定美[ほうじょう・さだみ]二等海士が手拭いを噛んで恨みがましい視線を送ってきているが、見なかった振りをして、
「……そうか。帰りを待っておる者がいるのじゃから絶対に死ねんな」
「航海や揚陸時の護衛は、僕に任せてくれよ」
「――うむ。頼りにしているぞ。敵の探知は……そういえば、慎吾はどうした?」
 有馬は定美に問い掛けるが、首を横に振るだけ。
「……師匠、遅くなりました」
「――顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
 ようやくで顔を出した 北条・慎吾[ほうじょう・しんご]一等海士は努めて気丈に振舞っているが、額に浮かぶ脂汗は見逃せなかった。だが、
「……大丈夫です。それよりも、ポセイドン攻略に向かいましょう」

*        *        *

 踵を付けると爪先を約55度に開いて、不動の体勢を取る。胸を張って垂直に下ろされていた右腕を水平に横に張り、45度で折れ曲がった二の腕の先――真直ぐに揃えられた指先が額の下に位置付ける。
「――第50普通科連隊・第1502中隊第1小隊長、猪狩夏見准陸尉、レヴィアタン撃破の報に上がりました」
「先に上がっていた報告書には目を通している。御苦労だった」
 猪狩・夏見(いかり・なつみ)に対して、綾熊は立ち上がると、丁寧な答礼を返してきた。
「――恐縮です。レヴィアタンに勝利出来たのは団長殿が惜しみもせず、小官の要請に応じて下さったものと考えております」
「謙遜するな。猪狩が陣頭に立って指揮を執り、数週間に及ぶ周到な準備を整えてくれたからこその勝利だ。私がやってもこうはならなかっただろう」
 ――団長殿は自らを卑下するところが問題ありだな。夏見は内心で苦笑した。だが表面には出さず、
「では、改めて更なる要請にお応え出来ますでしょうか? ……。大三島のポセイドンという脅威が残っていますが、大魔王レヴィアタンの撃破で一先ず目前の大きな脅威が取り除かれた事により、気分が緩んでいると思われます」
 失った右は眼帯で隠しているが、残る左の奥には未だ緊張を湛えていた。綾熊は先を促すと、
「そのようなところにフトリエルの演説で暴発しないよう、戦いはいまだ終わっていない事を再認識させ、自分達が今まで誰と戦ってきたのか、何の為に戦ってきたのかをきっちりと思い出させる必要があるかと」
 夏見の訴えに、綾熊は眉間に皺を寄せて唸る。
「――団長殿に、各駐屯地への演説放送と万一の事態が起きた場合、駐日濠太剌利軍に協力して貰えるよう要請をお願いしたいのですが」
 石土毘古が目覚めており、また第50普通科連隊が留守を預かっているとはいえ第9普通科連隊は大三島に向かって戦力に乏しい。駐日濠軍は比較的、維持部隊(の根幹である日本国自衛隊)に対して友好的立場にあるとはいえ、先のフトリエルの放送で態度が怪しくなってきている。綾熊を通して、改めて協力を呼び掛けると共に、警戒を怠らないよう努めなければならなかった。
「――駐日濠軍に関しては了解した。だが……演説の方は猪狩准尉、君がやりたまえ」
 怪訝な表情を浮かべた。綾熊は溜め息を吐くと、
「一般隊員から見れば、最も判り易くて身近な“上”の人間とは団長に他ならない。私が幾ら上手に演説したところで、詭弁を並べているだけと思われ、逆に疑いを募らせられる恐れもある」
「……疑心暗鬼」
「そうだ。フトリエルとやらの煽動も、それ単体では効果がない。疑心暗鬼や、現状への不満、それが燃料となり、叛乱という猛火を上げる」
 深く腰を沈めて、だが前傾姿勢。うつむくような顔の前に組んだ両手を置いて、表情を隠すようだった。
「だが身近に肩を並べて戦い抜いてきた戦友の言葉に優るものはない。――戦場において、英雄が生まれる事は好まれない。だが、それでも望まれるものだ」
 顔を上げて、夏見の左眼を覗き込むように視線を合わせてきた。綾熊は自嘲にも似た笑みを浮かべると、
「――ならば演説するのは、私よりも君が相応しい」
 内線を取ると、幾つかの科に通達。すぐに音楽科や通信科の幹部が入室して、夏見を取り囲んだ。皆、口元には微笑を浮かべている。
「……これは罠だっ!」
「罠だと思うなら、食い破ってくれ。宜しく頼むよ」
 ああいう人でも間違いなく、団長なのだなと苦笑しつつ、夏見は通信室へと連れて行かれる。音楽科が舞台をセッティング、衣装や化粧等をコーディネイト。
「おい。画像は送られないのだろう?」
「――記録はします。そのうち音声と合わせて、発信されるようになりますよ。アングラで」
 抗議する間も与えられずに、通信科が各駐屯地への周波数を合わせて、合図を送ってきた。夏見は送信端末を握ると、覚悟を決めて、
「――大魔王レヴィアタン、そして“闇の跳梁者”と戦い、ついには打ち破った神州結界維持部隊の勇士諸君。小官は第50普通科連隊・第1502中隊第1小隊長の猪狩夏見准陸尉だ。少しばかり耳を貸して欲しい」
 息継ぎとともに気を落ち着かせる。
「……諸君らも既に耳にしていると思う。神州結界維持部隊西部方面隊第8師団、第42連隊所属第85中隊長だったもの、と名乗るもの、松塚朱鷺子一等陸尉の心身を乗っ取ったフトリエルという唯一絶対神の下僕の言葉を。――彼のものは言った。この世界に楽園を、至福と安息を与える為この世界に顕現した、と」
 相手の言葉を噛み締めていくように告げる。
「――我らと争い、命を奪いはしたが本当の敵はそんな状況に我々を追い込んだ日本国政府ではないか、と。その真の敵に立ち向かうならば、主の栄光に浴する権利を与えよう、と」
 眼を瞑り、深く思慮。金の髪が揺れた。
「……その言葉に一理ある事は、認めざるをえまい。我々が世界平和の美名のもと長く塗炭の苦しみを強いられてきた事は、残念ながら紛れもない事実である」
 そして眼を見開き、声を大にして上げる。
「だが、その上で小官は問いたい。貴官等は、国土と国民を捨てた政府に対する怨恨や、神に与えられる自由や誇りや栄光の為に、今まで守ってきたすべてのものに銃口を向ける事が出来るか? 我々が銃を取った理由は、生きる為、愛するものの為、共に戦う戦友の為、先に倒れた英霊の為、後に続く小さいがかけがえのない希望達の為ではないのか?!」
 失われた右眼を隠す眼帯を外す。この傷もまた夏見が戦ってきた理由を残す証の1つ。
「――小官は神の救いも栄光も求めない。小官の救いも栄光も、今この場所にあるからだ。たとえそこが地獄の釜の底の、底のような、血の臭いに咽び硝煙たなびく最低の戦場であったとしても。否、であればこそ、我々が求めるのは神の御手によって与えられる楽園ではない。自らのこの手で以って掴み取る未来であり、この地に再び取り戻すべき楽園である!」
 眼帯を握り締めながら訴える。
「我々を取り巻く状況は、今、大きく変わりつつある。この地獄の釜をひっくり返す時が近付いてきているのだ。決戦の日、神州結界が終わりを迎える瞬間が。その日その時に至り、過ちを犯したもの達に裁きを下す権利は、神にも悪魔にもありはしない。その権利は我々のものであり、下される裁きは我々の法によって成り立つものだ!」
 どこからともなく賛同の喚声が聞こえてきた気がした。幻聴かもしれない。だが確かなうねりを感じる。
「――神州結界維持部隊長官および幕僚監部よりすでに命は下っている。全部隊は6月21日までに各拠点へと集結、決戦に備えよ、と」
 拳を振り上げると、高く足を踏む。
「諸君。肩を並べ、苦楽を共にしてきた戦友諸君。小官は、諸君らが自らの意思と、信念でもって立つ事を期待してやまない――以上」
 拍手喝采が巻き起こった……。

 無線から受信した演説放送に、第2混成団松山駐屯地警務隊2班長の 夏目・和子(なつめ・かずこ)一等陸曹もまた我知らずに拍手していた。
「……一歩間違えれば、フトリエルのとスレスレだと思いますけれども」
 瞳を氷のように鋭くして、城戸・玲[きど・あきら]陸士長が冷静に感想を述べる。和子は叱るような口調で、額を小突くと、
「そういう事を言わないの。猪狩准尉は皆の気持ちを引き締める為にやってくれるのだから」
 暖かい笑顔を向けると、玲は気恥ずかしくなったのか顔を背けた。
「――さて。猪狩准尉の頑張りに対して、私達、警務科も応えないといけないわね」
 周囲を見渡す動きに合わせて、肩の辺りで切られた髪が波打った。和子の視線を受けて、警務隊2班は敬礼で返す。宜しい、と腰に手を当てて頷くと、
「――松山は、大三島に増援に向かった第9普通科連隊の背後を護る場所よ。安心して帰ってこられるように、笑顔で出迎えられるように、気を引き締めて警戒に当たるように!」
 和子の号令を受けて警務隊2班は任務に動く。
「――宴会するのは、皆が戻ってきてからね?」
 和子は笑顔を浮かべて、ウィンクして見せた。

*        *        *

 ……気が付いた、というのは大変な語弊があるが、殻島・破音(からしま・はおん)二等陸士の意識は薄暗くて、仄明るい、空間を漂っていた。
「一名様、ごあんなーい」
 声の方に振り向くと、虹色に鈍く光る銅のニシキヘビを全裸に絡ませた、巳浜・由良[みはま・ゆら]海士長が万歳をして……
「――って、シーン描写の使い回し! ドリーミング空間で電波だからこそ口から出せるメタ発言!」
「あはっ。ば〜れ〜た〜」
 ……破音が普通寺駐屯地に由良を訪ねたのは、夢の世界にてポセイドンの弱点を見出そうとする為であった。ロジックよりもフィーリングで仲良くなった由良は破音を導き、深く、浅く、意識を沈めて……
「――ここが。あっ、注意点の再録は無用だよ」
 両手を交差してバッテンを形作ると、由良は唇を尖らせた。だが、すぐに笑みを浮かべると、寝惚けた眼で下(と感じた)方を見遣る。
「きたよ〜。あなたの親であり、あなた自身であり、そして、あなたの敵が」
【 ――来るぞ。油断するな!】
 肩の辺りにいたモモンガ……のようにも、リスのようにも見える存在が破音に警告を発する。大地母神、怪物達の母、蛇神、蝮の女…… エキドナ[――]が意識の奥底より浮かび上がってくるのだった。

 破音を上書きして消そうとしてくる思念の塊に対して、破音もまた塗り潰そうと迎え撃つ。
「チェイング! アイギス・ガール!」
【何か色々混ざっているぞ!】
 モモンガもどきがツッコミを入れてくるが、夢の中では心の豊かさが力となる。そう、デンパで養った豊かな心と破音として得た絆! 外骨格が瞬時に全身を覆う。20式人型戦車アイギスに似た装甲に身を固め、だが、腹部とか肘関節はラバースーツのようなもの。
「――MS●女?」
【伏せる字の位置が誤解を招くような……】
 自分で変身していて首を傾げる破音に呆れたようなモモンガもどき。さておき、エキドナは美しい顔を歪ませると衝撃波を放ってくる。
「――オーラブレード!」
 咄嗟に破音は身近にあるもの――モモンガもどきを掴むと、フルスイング。悲鳴を上げながらもモモンガもどきは氣を凝縮させて己の身を刃と化すと、破音が振るう軌跡に沿って、衝撃波を切り開いた。
「――やったね、スージー★ 明日はホームランだ!」
【やったね★……じゃねぇ! あと、俺の名前はラタトスクだっつーの! 何だ、スージーって?!】
「モモンガから、モーモーで、牛さんだから」
【原形止めてねぇよ!】
 それでも破音の動きに合わせて、自称ラタトスクは氣を放ち続けてくれる。だが、やはり神の娘とその仮想人格では圧倒的に分が悪い。ラタトスクが味方してくれて、ようやく対等。何か他に武器はと思い浮かべるが、ドリームワールドにおいて物理的な存在は持ち込めないし、また創造したモノも、飽くまで想像でしかない。どうすれば? 舌打ちした時、
『 ――おいおい。俺が贈ったモノがあるだろうが』
 懐かしい声がした。目覚めて最初に聞いた男の声。今は亡き男の声――
「わっすれてたー!」
 実体が握るソレを知覚し、認識し、そして想像する。ソレは王蛇の牙。硬度と鋭さを増した軍用ナイフ。
「銘はファング・オブ・サーペント……って、名前そのまんま! というか、女の子に刃物を贈る感覚がおかしいよ、あの人。山陰でも病弱の少女にナイフ贈っていたし! 刃物フェチめ!」
 喚きながらも破音はファングを構える。相対し、そしてぶつかり合う、蝮の女と、王蛇の牙を手にした少女。牙に宿っていた憑魔が破音の意志を増大させる。そして交差――鋭い爪が破音の肩を抉るが、刃はエキドナの首を掻っ切っていた。溢れ出す血が渦を巻き、そして破音へと……

 ――戦いで消耗したが、己自身とひとつとなった事で確たるものを得た破音。飲み込まれ、そして飲み込み、半身が蛇のそれとなったが、破音として在る。
「……ポセイドンの力を感じるよ。こっちだ」
 ヘシオドスの叙事詩『神統記』によれば、エキドナはポセイドンの系譜に連なる。エキドナに限らず、希臘神話の怪物の多くは、ポセイドンに繋がると考えれば、如何に零落もしくは貶められたかが窺がえると言えるだろう。
「ポセイドンが覇権主義に陥ったのも、ゼウスやアテナに苦汁を舐めさせられた反動だよねー」
 納得はするが、同情はしない。エキドナともなった破音はポセイドンの存在を見出した。だが夢の世界であっても、近付いて介入するには危険過ぎた。それほどまでに強大な存在感。ポセイドンの存在へと、強大な力が注ぎ込まれている。いや――
「……奪い取っているんだ。つまり力の源に、大山津見がって、何これ!」
 意識を力の源へと向けようとした瞬間、引き裂かれそうなほどの憎悪を受けた。封じられ、ポセイドンに力を奪われながらも、だが劣る事なき憤怒の存在。猛る山であり、かつては荒ぶる海を統べる祇。
「――起こしちゃいけない。鎮めるには莫大な犠牲が必要になる」
「……そう。起こしちゃいけないよね。如何に“子”に当たる日本人でも、鎮魂の儀もなしに、しかも対等に交渉出来るなんて驕った態度に出れば、大目玉を食らっちゃうよ。ね、エキドナ?」
「……俺の背後に立つな。それと、その名で呼ぶな」
 太い眉をした、隔離前でも指折りの暗殺者を真似た劇画調の印象で、破音は応える。すぐに顔を崩して、
「――ヘルメス。オリンポス十二神の1柱が、夢の世界にお出まし?」
「そこの世界に、ボクを受け入れる肉体が無かったからね。こういう形でしか接触出来ない。こちらの世界に戻ったアテナ姉さんもキミに会いたがっていたけど、『遊戯』のルール上、もう接触する事は許されないんだ。御免ね」
 美少年―― ヘルメス[――]が屈託なく笑う。一見、無邪気な童のようにも思えるが、百目巨人アルゴスを殺した強者。そしてアルゴスはエキドナを殺めている。神話での力関係で言うならば、遥か上位に当たる存在。
「伯父さんの力を弱める事は邪魔しない。だけど夢の世界では心の強さもそうだけど、存在感が何よりも大きいから、近寄るだけで飲み込まれちゃうよ。力の供給を断つには、そこの世界で直接に流れを断つしかないね。でも鎮魂の儀式も整っていない状態で、荒御霊となっている大山津見を開放したら駄目だよ。間違いなく、ポセイドン伯父さんだけでなく、ハーデス伯父さんにペルセポネー義伯母さんも、それからゼウス父さんやアポロン兄さんやアルテミス姉さんも……皆、死んじゃうね。キミは四国にいるから影響下を免れるだろうけど」
「――ゼウス達は生きているの? 那岐山で?」
 破音の追求に、ヘルメスは困った顔をすると、
「半死半生、半夢半醒だよ。アテナ姉さんが騙されたほどだ。……父さんは、ヒュプノスに化けた“這い寄る混沌(ニャルラトホテプ)”とポセイドン伯父さんとの罠に掛かって、意識を夢の世界に囚われ、肉体は石化されている。受容体は、健常な状態であれば、そこの世界で力を発揮する器だけど、見方を変えれば檻だ」
 ゼウスは顕現したものの、意識を離され、肉体を身動き出来ない状態のまま、那岐山に封じられているらしい。完全に死なせてしまえば元の世界に戻るのだろうが、それはオリンポス神群が『遊戯』で敗北した事に繋がる。少なくとも現在、アポロンとアルテミスはゼウスを死なせないように護り続けているらしい。
「ゼウスは復帰出来ないんだね?」
「――もう無理じゃないかなぁ。復帰しても『黙示録の戦い』に間に合わない。悪足掻きしても、準備不足のままヘブライ神群や、ルキフェルの配下に襲われて終わりだよ。――アテナ姉さんか、そこの世界の人間達の手に掛かって死ねば、良かったんだけどね。誰も那岐山まで偵察にも来ないし。このままタイムアウトだね」
 ヘルメスの言に嘘がなければ、ゼウスの件は終了だ。もはや時間切れで手の打ちようが無い。ゼウス達は『黙示録の戦い』まで無為に生き残り、そして殺されるだろう。だが、そこに人間が勝ち得るものはない。
「――話は戻して、ポセイドンだけど」
「あ、うん。ポセイドン伯父さんも随分と強気に出ているけど、終わりじゃないかな? 知らなかったとはいえ、ペルセポネー伯母さんのいる場所を狙ったのは失敗したよね。あの温厚なハーデス伯父さんを怒らせちゃったんだもの」
「――ハーデス強いの?」
 ヘルメスは頬を掻きながら苦笑。
「――強いよ。オリンポス十二神の座を辞してまで、唯1柱で奈落(タルタロス)を監視しているんだ。その実力は……推して測るべしだね」

*        *        *

 盗聴機器が拾った音に、素早く対応。内部の様子を窺い、大体の位置を把握すると、合図を発する。号令に一糸乱さずに武器保管庫に突入。隠れていた人陰へと9mm拳銃SIG SAUER P220を突き付けた。
「――手を上げて、床に這いつくばれ! ゆっくりと姓名、所属を述べろ」
「――照合を終えました。強化系の魔人です。身柄の確保は慎重に当たって下さい」
 無事に検挙を終えた部下や協力者達からの報告に安堵の息を漏らす。
「……暴動を起こす前に、鎮圧出来て良かったわ」
「猪狩准尉の演説は大きかったようですね。他の駐屯地もボヤで鎮められたようです」
 玲の言葉に、和子は少しばかり顔を翳らせた。
「……あれだけやっても、やはり不満は噴出するものね。こればかりは仕方ないのかしら」
「――九州の熊本に比べれば、未だ良い方らしいです。また山口でも……」
「どちら光の柱が立ったところ……つまり処罰の七天使のお膝元だものね」
 和子は眉間に皺を寄せると、地図を叩く。
「四国には叛乱の旗頭となるものがないのも、小規模で、しかも散発的な理由かしら?」
 石土毘古は解放し、“闇の跳梁者”やレヴィアタンも倒れた。残る懸念は……
「ベヒモス? でも……猪狩准尉自らが小隊を率いて警戒に当たっているから大丈夫よね」
 打って変わって微笑むと、和子はテキパキと新たな指示を出していく。
「1班と協力して、食糧貯蔵庫の警邏も忘れずに。食べ物の恨みは恐ろしいわよ」

*        *        *

 ――夢を見ていた。
 暗い坂道に、唯独りでたたずんでいる。遠くから祭囃子の音が聞こえてくる。かつて日本の何処かで在った風景。だが風は湿りを帯びてきて、空には厚くのしかかる雲が渦巻いていた。……ああ、嵐が来るのだ。重い足取りで道を進む。坂を上っているのか、下っているのかも判らない。そして社に辿り着く。幾重にも張られた注連縄が、触れる事を許そうとしない。
『 ――誰そ彼は? 吾は布刀玉。自らの力で、自らを縛られりしモノ……』
 そこで――

 掘った蛸壺の内で夏見は飛び起きた。近くを這っていた蛇が勢いに驚いて、尾を寝かせた状態で細かく振るわせ、地面などを叩いて音を出して威嚇してくる。三角形の頭部――蝮だ。反射的に銃の引き鉄を絞ろうとしてしまうところだが、生態は意外に臆病で蝮の方から人を咬みにくる事はないという。しばらく睨み合いが続いたが、そのうち蝮は藪の中に去っていった。安堵の息を漏らす。
「――そういえば『まむしにご注意ください』と看板が打ち捨てられていたな」
 苦笑すると、周囲の様子を伺ってから這い出る。背伸びをした後、警護対象を振り向いた。
「――現在その真偽を確かめられる状況になく、また名を騙る不逞の輩も跳梁しておりますれば、今しばらくの御辛抱を」
 大麻山の頂にある大麻比古神社奥宮へと、夏見が篤く礼をする。どこか温かいモノが憑魔核を通して感じられた。
「――納得していただいたのかな」
 微苦笑を浮かべると、再び蛸壺へと身を沈める。フトリエルの煽動により叛乱を決起した輩が戦力に乏しさを埋めるべくベヒモス解放という手段に訴える危険性を潰す為に、夏見は隠れ潜んでいた。手持ちの小隊は山麓に待機さており、臨戦態勢で大麻山の哨戒や警護を命じている。指揮の全権は副官に任せており、伏せている事を誰にも悟られないように連絡も極力取らずという徹底振り。夏見は孤独と戦いながら、来るかどうかも分からない叛乱者を待ち伏せ続けていた。
「……取り越し苦労なら、それに越した事はないが」
 自重めいた笑みを浮かべたまま、だが予測出来る災厄の事態を回避すべく、残った左眼で警戒を続けていくのだった。
「――壱伍特務が戻ってきたら、お互い、労いでもしてやるかな」
 それほど時間は無かったが、出発していく八木沢を見送った時を思い出す。我知らず口元に微笑み浮かんでいた。

*        *        *

「蒔かれた者」という意の名を付けられた超常体スパルトイの正体は、成人男性の親指大という小型の異形系憑魔核である。無機物や死体に取り憑いた異形系核は己を生かす為に滋養を求めて、生命体を襲う。餌を求めて維持部隊に群がり、向かってくる姿は、さながらゾンビ映画のソレだ。
「――LAM用意!」
「「「押忍っっっ!!!」」」
 八木沢の怒号に、壱伍特務隊員が応じる。後方へとカウンターマスを飛ばして、110mm個人携帯対戦車榴弾パンツァーファウストIIIからロケット弾が撃ち出された。
「――ペイロードは弾数が貴重ゆえに温存して。元よりスパルトイには効かないけど」
 京香の言葉に首肯。吹き飛ばされたスパルトイの群れへと八木沢達は破砕鎚を手にして突入していく。
「――ラッシュ、ラッシュ!!」
「跳ね飛ばせ! 轢き潰せ!」
 壱伍特務が開いた来島海峡大橋を、第9普通科連隊員が搭乗した疾風や96式装輪装甲車クーガーが通過。京香も便乗させてもらい、大島に上陸を果たした。
「……伯方島をも打通するに掛かる日数と時間は?」
「最低でも3日」
「遅いわよ!」
「無理を言うな。航空偵察によれば、大島と伯方島にキュクロプスの姿を確認している」
 上空を笹山が率いるF-15Eストライクイーグルだけでなく、米海兵隊のAV-8BハリアーIIもまた飛び回る。発射された空対地ミサイルがキュクロプスを薙ぎ倒すが、投石による撃墜も少なからず出ていた。
「――タロス確認!」
 京香は疾風から身を乗り出すと、パンツァーファウストを構えた。周囲の部隊がBUDDYをタロスへと撃ち込むが、まさに豆鉄砲。だが気を引くには十分。操縦士が巧みな運転で回り込むと、京香は脚に向けて叩き込む。タロスという名称だが神話のオリジナルとは別物だ。むしろ大型のスパルトイや、鎧を着込んだ火炎系を有するキュクロプスという感じ。従って踵という神話上の弱点を狙っても意味がない。
「――それでも、気休め」
 脚を傷付けて動きを止める。八木沢が手にしたXM109ペイロードライフルで25×59BmmNATO HE弾を叩き込んだ。京香の搭乗した疾風は踊るように路上を回転して大三島へと一気に加速。続く疾風やクーガー。
「――こちら、笹山。第9普通科連隊は予定通りに大島を突破の模様。支援空爆を続ける」
『 ――了解した。多々羅大橋でも激戦中。こちらにも幾割か回してくれ。サンダーボルトの対地攻撃だけでは追い付かない』
「――Roger.」
 笹山は操縦桿を傾けると、合わせてストライクイーグルの機首が1時の方へと向けられる。
「――ズバッ刀!」
 掛け声に気合を乗せて刀を振り下ろす。叩き切るのではなく、裂き斬る。キュクロプスを両断すると、20式人型戦車アイギス2号機――那由多は踏み込むペダルの勢いのまま、橋上を駆け抜ける。足元にまとわりつこうとするのはアラクネの群れ。
「――邪魔ぁ!」
『右にずらせ!』
 指示に、アラクネを振り払いながら機体を右に跳躍。橋を揺らしながら着地と同時に、桑形の指示を受けた戦車随伴部隊が96式40mm自動擲弾銃を撃つ。放たれたグレードは炸裂し、アラクネの群れを吹き飛ばした。それでも雲霞のごとく迫りくる小型超常体。
「――うわぁん。数は暴力ですぅ」
「それでも、ここは負けじと突貫!」
 大倉の合図に、坂本・護[さかもと・まもる]二等陸士がライトタイガーのアクセルペダルを踏み込んだ。
「荒れるぞ! とにかく撃ちまくれ」
 大倉の怒号に、第13066班員はガンポートから突き出したBUDDYの銃口から、5.56mmNATOをバラ撒いた。周囲を群がるアラクネに対して外す事がおかしい。
「――味方を孤立させんな。俺等も突っ込むで。ハチヨン用意!」
 疾風を駆り、三笠は部下にカール・グスタフを構えさせる。
「――対岸占領! 戦車を通すんや!」
「……た、隊長。アレ!」
 アレ? 突如として周囲を暗くする影に三笠は振り仰いだ。タロスが手にした直剣を振り下ろそうと……
『 ――させるかっ!』
 安藤の駆るアイギス3号機が20式37mm小銃で狙い撃つ。胸部を穿たれたタロスが後ろに向けて崩れ落ちた。その間にも那由多がキュクロプス相手に大立ち回り。足下を逃げ惑うアラクネを、大倉や三笠といった普通科隊員達が掃討。
「――多々羅総合公園跡地に到達。主賓を迎えろ」
 上浦中学校跡地にラベリング降下し、大三島に橋頭堡を築いていた部隊と合流。桑形率いる第13戦車中隊・次世代戦車試験部隊、M1A2エイブラムスSEPの勇姿に歓声が上がった。

 今治から出港したSBUの舟艇は、老朽化した漁船だった。有馬が舵輪を回す隣で、初めて海に出たノノが船酔いで顔を青褪めていた。
「……ヒっ、ヒロインとして、ここで吐くとか醜態を見せる訳にはいかないっス」
「……誰が、ヒロインじゃと?」
「……大丈夫なんスか、本当に?」
 乗っておきながら、今更後悔しているノノ。
「播磨の海で鍛えられたわしにとっては、この程度の海など凪も同然じゃ!」
 笑う有馬だが、眼は緊張を忘れていなかった。海棲の超常体への警戒は当然の事だが、慎吾の憔悴が気に掛かる。無理はさせられないが、かといって航海において慎吾の操氣系探知能力は必須だ。
「――師匠。11時の方角にセイレーンが3体。海中にヒッポカンポス2、ネレイデス3」
 脂汗を垂らしながら、慎吾が警告を発する。
「――聞いたか、積太郎?」
『 ――解った。迎撃する。今こそ人間魚雷の力量を見せよう!』
「……それって帰ってこれないんじゃないっスか?」
 船酔いで呻きながらも、BUDDYを構えながらノノが律儀に突っ込み。……そうだね、魚雷だと帰って来れないね。改めて、
『今こそ水陸両用MSズ●ック型ヒューマンの力量を見せよう!』
 断っておくが人間はそもそも最初から水陸両用である(呼吸や水圧の問題はさておき)。……ともかく潜水用具に身を包んだ大山は、水流を操りながらも、ヒッポカンポスやネレイデスから漁船を護り抜いてみせた。漁船は海の警戒陣を突破して、旧・宮浦港湾に辿り着く。湾から立ち昇る大渦巻きの柱を苦々しげに見上げながら船から降りる有馬達だったが、
「……師匠。残念ですが、僕の船旅はここまでのようです」
 苦しそうに荒い息を吐きながらも、慎吾が笑う。察した有馬と定美、そして揚がってきた大山が息を飲んだ。操氣系は探知能力だけでなく防護や回復にも優れるが、ソレを行使するという事は半身異化をし続けている事に変わりない。攻撃に参加させなければ安全という訳ではないのだ。ましてや慎吾はレヴィアタンやデカラビアから発せられた強制侵蝕を身に浴び続けてもいる。もはや終わりだ。無事に揚陸成功まで意識を保たせていただけでも幸いだった。
「――御武運を」
 慎吾は9mm拳銃SIG SAUER P220をこめかみに当てると微笑み、そして引き金を振り絞った……。
「……済まん。わしの配慮が足らんかったばかりに」
 黙祷、そして敬礼を送る。
「――必ずや、目的を果たそうぞ」
 頬を伝うものを拭う。有馬とノノ、そして大山は立ち上がり、目的に向かって分かれて行動を開始した。

 三村峠に集結した両陣営の交戦は、どちらともなく自然と開いていった。前衛のキュクロプスが圧迫し、後衛が放物線を描いて投石する。木々や坂道をアラクネが埋め尽くし、枝々や空をセイレーンが飛び交う。
「敵の浸透を許すな! 弾幕薄いぞ」
 5.56mmNATOや7.62mmNATOがバラ撒かれる戦場。双方で血と肉が飛び散り、呻き、叫びが沸き上がる。
 ……三村峠から遥か西、ポセイドン陣営の膝元では、行く末を占う2つの作戦が開始されていた。
「――こちら、第9班イ組。これより、大山祇神社に裏手より突入する」
 有馬の合図に、第9班イ組のみならず、船酔いから復活したノノも頷いた。そしてイイ笑顔で、
「あ、ちなみに石土毘古様の封印を開放した時の巫女服が、まだありますので着ておくっス☆」
 ちなみに、この衣装。山陰に向かった男が用意したものであり、ノノは返しそびれて、そのままちゃっかり自分の物にしているだけである。さておき、拝殿と神門前の大楠――乎知命手植の楠にポセイドンが座しており、大山達が攻撃して引き付けている。その間に有馬達が拝殿後方の玉垣内にある三島宮(本社・上津社・下津社の総称)へと向かう。不意に人が増えた感じがして、有馬は思わず口にした。
「――慎吾か? いや、違うのぅ。誰じゃ?」
「……失礼。姓名は羽村栄治。階級は陸士長。所属は第13施設中隊。先日より侵入して情報収集に当たっていたんだ」
「噂のえーちゃん士長っスね」
「……先ほどから連絡を入れていたが、返信がなかったのじゃがのぅ」
「そうだったの? 御免、無線や情報端末の類は置いてきていたんで」
 羽村は延びっ放しの髪を掻く。さておくと、
「――大山津見が封じられているのは本殿。護りはオリオンとグラウコス、そしてスキュラと名乗る魔人の3体。グラウコスとスキュラを頼むよ。異形系だ」
 返事をする間もなく、再び姿を消す。有馬は難しい顔をしたまま、突入を指示した。閃光音響手榴弾を放り込むと同時に、定美が炎を放つ。果たしてスキュラと思しき女性を庇って、青年に火が移った。奇声を上げたスキュラの下半身が無数の犬の群れと化して襲い掛かってくるが、
「――させないっスよ!」
 煙に乗じて回り込んだノノが電圧一杯にしたスタンロッドを叩き込む。悲鳴を上げるスキュラに、定美の火力を纏った有馬が組み付く。上背の膂力だけで放り投げると床へと叩き付けた。業火が憑魔核を、そして石化していく部位を焼いて崩していく。やっとの事で炎を振り払ったグラウコスだが、第9班イ組員が容赦なく銃弾を浴びせられて衝撃でたたらを踏んだ。異形系能力を回復に費やしているのだろうが、スキュラを打ち倒した有馬が老齢とは思えぬ鍛え上げた動きで制すると、スキュラと同じく憑魔核を焼き崩す。
「――えーちゃん士長は!?」
「……キミ達の御蔭で、オリオンの不意討ち成功。異形系はさすがにボクでも厄介だからね」
 姿を現した羽村はノノに微笑むと、だが視線を奥へと向けた。ノノが近寄ろうとするのを制して、
「……さて。御協力に感謝して、ポセイドンが大山津見の力を奪っている流れを断つよ。……大丈夫。この為に前以って潜入し、準備していたのだから」
 羽村が手をかざすと、念を凝らし始めた。引きずられてノノと有馬達の憑魔核にも活性化とは異なる衝撃と鈍い疼痛が走る。だが秒針が一回りするぐらい経った時、身体が軽くなった。羽村は息を吐く。
「――これで流れを断った。もはやポセイドンが大山津見から力を奪う事は出来ない」
「そして、解放っスね」
 ノノの言葉に、だが羽村は前髪に隠された眼に険しいものを浮かべて、
「――残念だけど、大山津見にはこのまま封じられていてもらうよ」
「……何じゃと?」
「永の封印と、ポセイドンによる力の略取で、大山津見の怒りは頂点に達している。先日から氣で探っていたから間違いないよ。荒ぶる大山津見は解放と同時に攻撃的な波動を放ち……ある少女を危険に晒す」
「確かに、大山津見祇様の怒りは尤もじゃが、詫びを入れれば……」
「そうっス! 巫女衣装も完備っスよ」
 だが羽村は厳しい表情を崩さない。
「詫びの言葉1つで鎮められるとでも? そしてキミも形だけでも儀礼がなければ、それはコスプレどころか、ただの衣装に過ぎない」
「石土毘古様は……」
「状況が違うよ。聞けば“闇の跳梁者”は封印と監視していても、石土毘古自身には手を出さなかった。だがポセイドンは違う……」
 有馬が指示するまでもなく羽村を銃口が取り囲む。
「考えてみて。動きを封じられたキミ達の眼前、奪い取られた銃で子供や孫を撃ち殺される状況を。大山津見が憎悪に満ちた怒りに囚われているのは必然だ。そして希臘の神に連なるものは復讐があると当然と考える。――だから鎮められないままで大山津見を解放させない。キミ達は大山津見を誠心誠意で以って鎮める為の覚悟と準備をしてきたのかい? そうでなければボクは力尽くでも封印を維持させる!」
 銃口を物怖じせずに羽村から波動が発せられた。有馬と定美が激痛で崩れ落ち、床に這いずり回る――強制侵蝕現象。第9班イ組員が反射的に引き金を絞るが、波動は攻撃と共に防御になる。氣の壁が銃弾を弾いた。独り侵蝕の影響を受けないノノだったが、姿を消した羽村を見失い――後頭部に鈍痛を覚え、そして視界が暗転した……。

 旧・宮浦港湾に立ち昇っていた大渦巻きの柱。次第に勢いを失い、そして轟音を上げて崩れ落ちる。その水飛沫は三村峠まで掛かりそうな衝撃だった。
「――津波の危険は?」
「笹山准尉からの観測によると、大山祇神社が被ったようですが、こちらまでは」
 渦の柱が消失した事を受けて、超常体達に動揺が広がる。だが、
「――おかしいな。大山津見祇が復活したのならば、超常体を一掃するほどの波動も発せられるはずだが」
 桑形は怪訝な表情を浮かべたが、すぐに気を引き締め直して、
「敵は浮き足立っているぞ。この機会を逃すな! 全身全速、砲撃準備!」
『 ――Panzer Vor!』
 エイブラムスをはじめとして、74式戦車が蹂躙を開始する。戦車だけではない、クーガーや疾風から降車した普通科隊員を引き連れて、ライトタイガーもまたアラクネの掃討に乗り出した。
「上空からでは観測出来ない巨人の密集地点を、アイギスや特科に送れ!」
 半身異化をしFN5.56mm機関銃MINIMIを片手で構えると、大倉は続く部下に号令を掛けた。203mm自走榴弾砲サンダーボルトから放たれた猛威は、キュクロプスを吹き飛ばす。
「……大倉班長。化けクジラが襲ってきます」
「それはまずいな。笹山准尉に空爆を頼むか」
「――既にやっています!」
 鯨に似た巨体を持つ竜ケートスが咆哮を上げながら三村峠を押し潰さんと迫り来る。エイブラムスの44口径120 mm 滑腔戦車砲でも勢いは止まらない。
「――そこに出るのがぁ、ラヴリィ・ガール!」
「アイギスでしょ!」
 安藤の支援射撃を受けながら、那由多機が踊り出る。機械人形の鈍重さを払拭するような跳躍。自重も合わせてズバッ刀で斬り込んだ。
「――跳び込み面打ちですぅ。続いて胴払い!」
 胴か頭か、判断し辛いが、那由多は操縦桿とスロットルを巧みに操作して、ズバッ刀による極至近距離での斬撃戦。皮を裂き、肉を削り、骨を穿つ。体液を撒き散らしながらも暴れ回るケートスに、駄目押しとばかりにミサイルが叩き込まれた。
「――喰らったか! 切り札のシーバスター!」
 思わず車内で腕を捲くる桑形。要請していた88式地対艦誘導弾が正確無比にケートスへと大打撃を与える。それは四国からの増援――第9普通科連隊と壱伍特務との合流が果たされた事を意味する。
「――ナパーム弾投下の許可は!?」
『……気持ちは解りますが、マーベリックで我慢して下さい、笹山准尉。米軍も遠慮しているんですから』
 苦笑で返すと、笹山も上空からケートスへと一撃を放って戦域を離脱。特科や機甲科の砲撃や、アイギスの斬撃でケートスは悪足掻きも虚しく弱っていく。
「――脳天空断ち割りですぅ!」
 ついに那由多機が振るった渾身の一撃が、ケートスに止めを差す。歓声が、戦場を支配する歌と共に響き渡った。

 大山祇神社の境内――乎千命御手植の大楠を前にして、大山とポセイドンとの間に攻防戦が繰り広げられていた。大山は防弾シールドを構えて肉薄。間合いを詰めて正面からポセイドンへと、もう片手で構えたブローニング12.7mm M2重機関銃キャリバー50を撃ち放つ。M2徹甲弾のガンベルトが遊底に吸い込まれては、空薬莢を撒き散らしていった。幾ら氣の障壁を張り続けていても、対装甲板の貫通力を有する12.7mm×99弾だ。衝撃にポセイドンが渋面を浮かべ、障壁から放射へと氣を転じた。だが重量ある大山を吹き飛ばす事叶わず、地面に跡を残すだけ。それでもポセイドンにとっては充分。氣を凝縮させて生じたトリアイナを大山へと叩き突けようとする。
「――危ねぇ!」
 だが木野が投擲した閃光音響手榴弾が割って入り、ポセイドンの視界と聴覚を僅かでも奪った。大山は大地を蹴って、大きくバックステップ。直撃を避けたトリアイナが大地を穿つ衝撃の中、キャリバー50を放り捨てて、代わりに玲子が給弾し終えた自動擲弾銃へと手を伸ばす。
「――小賢しい!」
 ポセイドンの拳。小振りながらも氣をまとった拳は咄嗟に構えた防弾シールドを貫通――内側で衝撃を爆発させた。よろめく大山の腕を取り、固め、関節を極めて組み伏し、折ろうという動き。だがポセイドンのパンクラチオンに対して、祖父譲りの柔道で脱け出す。木野が援護射撃してくるが、ポセイドンの発する氣の障壁とボディアーマー、そして頑強な肉体に対して、5.56mmNATOでは豆鉄砲に等しい。更に敵の増援としてアラクネやセイレーンが邪魔をする。
「――最初は『げ、組長強力じゃん。なら最初から本気で戦え!』とか思っていたけど……」
「そうですね。そういえば組長が戦っているのをあんまり見た事なかったですけど……」
 それでもポセイドンは強かった。さすがに凶悪なまでの火力でゴリ押しすれば傷付ける事は出来る。極至近距離で浴びせたキャリバー50の連射痕は、間違いなく血を流させている。
「――だがそれでも致命傷に至らない」
 異形系ではないが、剛健な氣力がポセイドンを地に付けようとしない。渦巻きの柱が消失し、トリアイナの威力が落ちている(でなければ一撃で大山は消失していた)事から、有馬達が供給源を断ったのは間違いない。だがポセイドン自身は弱体化されておらず、
「――先ほどの強制侵蝕現象の波動。何がお祖父さん達にあったんだろう……?」
 憔悴感が募るが、ポセイドンもまた余裕ある態度とはいえなかった。時折、奥の本殿を気に掛けている様子がある。
「……ハーデスか。暗い地底に引き篭もっていれば良いものを、この期に及んで忌々しい!」
 吐き捨てるとポセイドンは大山を睨み付ける。アラクネとセイレーンが十重二十重に囲んできた。木野が泣きべそを掻きながらもBUDDYを構え直し、玲子がP220を抜く。大山も捨て身の覚悟を決めた。厳しい表情のままポセイドンが手を振り上げると、一斉に超常体が襲い掛かって……
 その時――砲と思わしき銃声が轟いた。ポセイドンの左手が血と肉片を撒き散らした。激痛にポセイドンが叫びを上げる。
「――間ーに合ったでー! ……ちょっと外したな」
 けたたましい爆音を鳴り響かせながら、疾風が境内に突入。激しく揺れ動く車上だというのに、三笠は対物狙撃銃バーレットM82の狙撃を敢行。厚く凝縮された氣の障壁を貫いて、ポセイドンに傷を負わせた。そして同乗させてもらっていた京香がパンツァーファウストを超常体の囲みへと叩き込む。超常体が吹き飛んでいる間に素早く降車した第15071班が掃討を開始。
「――今だっ!」
 混乱した状況を利用して、大山はポセイドンへと跳び込み、そして組み付く。
「SBU基地の時のように気絶させるだけにはいかない。たとえ神だろうが首をへし折れば死ぬ!」
「――叩き潰されるのは、お前が先だ!」
 組み打ち、押し倒し、引き崩し、取り合う、徒手格闘戦。三笠といえどもポセイドンだけを狙い撃つのは不可能。もはや両者の戦いに誰も手を出せないと思ったが――
「……メドゥーサがあなたを待ってるわ」
 巧みな体捌きと歩法で両者の間合いに潜り込むと、京香はポセイドンを挟撃。巻いていたバンテージが内側から腐れ落ちる。そして半身異化した刀拳を全力込めて叩き込んだ。如何に厚く凝縮された氣の膜に覆われていようとも、大山との戦いに意識を奪われ、また三笠によって奪われた左腕の痛みが、ポセイドンの集中を散じさせていた。京香の呪言チョップを受けて顔色を青黒くしたポセイドンは吐血。そして首を極め、固めた大山が全重量を乗せて地面に投げ下ろした。鈍い音が響き渡る。
「……映画のようにバギーを突っ込ませるという熱いシチュエーションも考えとったけど……残念や。必要ないようやな」
 軽く笑うと、三笠はM14焼夷手榴弾を念の為に放り投げる。ケートスが倒された地響きと、歌に乗った歓声が聞こえてきた。こうして、大三島攻略戦は終了したのだった……

*        *        *

 ……広島航空基地で笹山が溜め息を吐いた。
「やはり離陸許可は下りないのか」
「申し訳ありませんが……上の命令により航空燃料の供給すら出来ません」
 ポセイドンとケートスを倒した時点で、大三島攻略戦終了と判断された。主力の第46、47普通科連隊は岩国に。特科と機甲科も日本原へと引き上げてさせられた。増援の第9普通科連隊や壱伍特務も同じだ。
「――大山津見様を残念ながら解放出来なかったっス。えーちゃん士長の莫迦野郎っス!」
 愚痴るノノに、みことと京香が難しい顔をした。
「……生き残ったら、羽村士長を一人前の男にするプロジェクト推進しようと思っていたのに」
「先ずはお友達から始めようと思っていたわ」
 2人とも大きく溜め息を吐く。結局、羽村が見張りに付いた大山津見の封印は今なお施されたまま。有馬が再戦を希望したものの、撤退とSBU徳島基地の復興を命じられて引き上げるしかなかった。その後、羽村はタルタロスを監視すべく秋吉台に再び戻ってきたようだが……最早、大山津見がどうなったかを確かめるすべはない。
「……山陽を放棄する方向で第13旅団長は決定したようだな。非戦闘員の山陰への疎開命令が出ている。日本原は超常体が山陰に侵攻しないよう死守する要塞と化すそうだ」
 日本原に戻った大倉は部下達に上の考えを伝える。四国に戻った三笠も普通寺にて四国への侵攻を食い止めるように命じられていた。その普通寺でモモンガと戯れながらも、破音は溜め息を吐く。仲良くなった由良は、戻ってきた大山と歓談しているようだが、
「……那岐山の捜索も駄目か」
 当然ながら、ゼウス捜索と討伐の作戦は却下。ポセイドンは倒されたものの、どんな形であれ主神が存在している以上、オリンポス神群の超常体は今も山陽を闊歩している。
「――でも、まぁ、動いちゃ駄目というのは表向きの話だもんねぇ」
 破音と由良だけに渡された召集令状。
「これが話に聞いていたアレか。……貴官の活躍を認め、黙示録の戦いへの参加を要請する――落日中隊って書いてある。強制じゃないから、召集に応じなくとも別に咎めは無いみたいだし」
 というか活躍したっけ? 首を捻る破音。由良もという事は、活躍云々というより、異生(ばけもの)となった2人の動向を掴む為のものであろう。
「どうしよっかなー?」
 モモンガが餌をねだるのを無視して、破音は再び溜め息を吐いた。

 ――そして夏至の日。世に言われる黙示録の戦いが始まった。高位の超常体が、神州の支配権を巡って相争い始める。天を覆う、神の御軍。地を覆う、魔の群隊。人々は拠点を死守するのに精一杯だった。

 ……綾熊の執務室から出てくる八木沢に、夏見は敬礼を送った。慌てて八木沢も答礼を返す。
「――押忍! 約束した通り、預かっていた重火器を直接お返し出来る」
「了解した。直ぐに確認する。――作戦ご苦労だった」
「押忍! その言葉だけで感激だ」
「言葉だけでいいのか?」
「押忍! ……懲罰部隊だからな。これ以上は望まない事にしている」
 苦笑する八木沢に、夏見もまた溜め息で返すと、
「ならば、褒美にこれだけでも貰っておけ。本当は出向の餞別にくれてやるつもりだったんだがな」
 有無を言わさずに接近すると、襟首を掴まえる。そして驚く八木沢の顔を引き寄せた。頬に軽く口付け。顔を真っ赤にする八木沢に対して、唇の端に笑みを浮かべると、
「これぐらいの役得はあっても良いだろう。……って、どうした?!」
 顔を真っ赤に染め上げたまま硬直。慌てる夏見の眼前で八木沢は静かに倒れていった……。

  石丸・隆児[いしまる・りゅうじ]陸士長――否、イシアンにコップを差出すと、和子は世間話をするように切り出した。
「――これから何が起こっていくのか、あなたは知っているのよね」
「はい――残念ながら具体的に語るのは禁則事項に触れますので、申し上げられませんが」
 それに、と付け加える。
「私は観測者にして、記録者に過ぎません。そして戦いの決着がどうなるか、それこそ私も知りたいのです」
「そう……。でも人間は負けないわよ。そう、記録させて上げるわ」
「はい。――それを私も望んでいます」
 イシアンの返事に、和子の微笑みを浮かべた。

 


■状況終了 ―― 作戦結果報告
 四国地方(濠太剌利)作戦は、今回を以って終了します。
『隔離戦区・神人武舞』第2混成団( 四国 = 濠太剌利 )編の最終回を迎えられた訳では在りますが、当該区域作戦の総評を。
 SBU徳島基地奪還戦はまさにチームワークの勝利でした。魔王2柱では最早脅威とはいえないと苦笑いしたものです。
 レヴィアタン戦は4回にわたる、猪狩准尉の用意周到な作戦の結果であり、石土毘古の復活もありましたが、地道にして堅実な努力の積み重ねが勝利を必然にしたものと思います。決戦が物足りなくなるほど呆気無く感じましたのは、それだけ勝率を高めていった御蔭であると自らを誇りに思って下さい。
 石土毘古解放と対“闇の跳梁者”戦は危険を承知で突入し、1つずつ問題を解決していった藤原二士の行動が大きでしょう。
 フライング・ポリプ掃討は、大尾田二士の探索が解決へと導きました。
 しかし山陽の大島(厳島神社)攻略戦から繋がる、対ポセイドン戦は、終了まで後手に回っていましたのが、痛恨の極みでした。何よりも大山津見を鎮める用意がなく、またそれゆえに羽村士長が解放を妨害する事になってしまいました。更に苦言を申し上げるならば、神祇を便利な戦略武器扱いのように見受けられていたのが残念でなりません。
 それでは、御愛顧ありがとうございました。
 この直接の続編は、当分先になると思います。とりあえずは、時間を少し溯りまして、同時期に北海道での作戦に御参加頂ければ幸いです。
 重ね重ねになりますが、ありがとうございました。

●おまけ・設定暴露:
 七つの大罪が1つ“嫉妬”の特殊能力は、憑魔の相生相剋関係を逆転させるものでした。ドリームランドでは絶大な効果を上げたでしょうが、人間として文明の利器で挑戦し続けていただきましたので結局、出番なし。自分としては残念で仕方ありません。
 ベヒモスが封じられている箇所は高越山で間違いなく、そして天布刀玉が関与しているという推測も大当たり。なおベヒモスも異形系を有しており、レヴィアサンと接触すれば、合体して某有名コンシューマゲームの究極召喚獣のような存在になるはずでした。ベヒモス(behemoth)の綴りと読み方はヘブライ語ですが、アラビア語に変えれば、アレになります。空も飛んで衛星軌道上という超高度からの対地攻撃もありました。こうなれば物理攻撃では絶対に勝てませんね。
 クトゥルー神話や聖書(?)は隔離戦区シリーズの大元ネタ(の1つ)ですが、そのまま持ってきている訳ではないので御注意を。諸説入り混じって、その上で持論を展開しています。J.R.トールキン大先生によれば、旧神ノーデンスはヌァザ=アガートラムと類似点が見出されるそうです。神州世界において、O.ダーレスが確立した体系は通じません。与那国島近海にクトゥルーを封じたのは、ダーレスが言うところの旧神ではありません。隔離戦区シリーズにおけるエルダー・ゴッズは何か?と問われれば、ガイア・エレボス・タルタロス・ニュクスと自分は答えるでしょう。


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