第六章:ノベルス


個人運営PBM『隔離戦区・神人武舞』 第1回 〜 山陽:南欧羅巴


SEu1『 羊水で夢見る狂気 』

 巨大なフクロウが両翼を広げて見せると、どういう仕掛けか天井からぶら下がっていたクス球が割れた。
『 ――祝!峰原昇進と小隊発足&歓迎会!―― 』
 フクロウ……否、着ぐるみを被っている 峰原・杏奈[みねはら・あんな]は器用にも翼の先でコップを掴むと、
「――4月1日、本日付を持ちまして、三等陸尉に昇進しましたっ!」
 日本原――神州結界維持部隊中部方面隊・第13旅団第13戦車中隊をはじめとする機甲部隊が駐屯する地の外れ、建設資材置き場跡地にて、峰原試験小隊(格好良い部隊名募集中!)が正式に発足する事となった。
 峰原試験小隊(仮)の唯一無二たる特色は、保有する機甲武器にある。20式人型戦車――この鋼鉄巨人は、山陽地方の脅威たる巨獣や巨人に対抗する為に、杏奈が何処からか持ち込み、戦線に投入したという謎だらけの装備である。
 しかし乱暴な程の実力主義である維持部隊では余計な詮索はされず、人員が集まり次第、部隊発足が認可された。人員――すなわち最低でも杏奈を入れて操縦士が3名必要。そして募集した結果、現状がある。
「おめでと〜」
 真っ先に反応し、万歳三唱を始めたのはパンダである。……って、パンダ? 中身はちゃんとした人間、綾科・那由多(あやしな・なゆた)一等陸士だ。
「……この小隊に所属すると、全員着ぐるみ姿でないといけないんでしょうか」
「――パンダの尻尾は、意外にも白なんだよ?」
 異様な雰囲気に落ち着けるはずもなく、恐る恐ると 榊原・かおる(さかきばら・―)二等陸士は尋ねるのだったが、すぐ隣でレモン果汁100%を薄めずに飲んでいたデコ娘―― 殻島・破音(からしま・はおん)二等陸士の応えは更なる大暴投だった。
「フクロー!」「パンダ〜」
 何が楽しいのか、奇声を上げて喜びを表す杏奈と那由多。榊原は勇気を振り絞ると、
「では、ボクは……真っ黄色のヒヨコの着ぐるみでお願いします」
「いや、別に全員着用を強要する気は無いわよ?」
 振り返って杏奈は真っ当な返事。勇気空振りで榊原は部屋の隅でしゃがんで両膝を抱えると、少しいじけてみせた。
「……オーイ。帰ってこーい。ま、このカオスっぷりには俺も困惑したものだが慣れれば気にならず」
 佐島・弘一(さじま・こういち)陸士長が苦笑すると、口の中にケーキを放り込もうとしていた 安藤・義正(あんどう・よしまさ)二等陸士は頷いた。
「ぼかぁ、とにかくハイペリオーに乗れればいいんだ」
 安藤が熱い眼差しでプレハブの外――20式人型戦車が納められているハンガーの方を見遣った。ボサボサに伸ばしたままの天然パーマに、弛みきった制服、そして病的な肌の白さ。そんな安藤の姿に、佐島は乾いた笑いを上げ続けるしかない。というか、
「……ハイペリオーって何だ?」
「――やだなぁ。パンツァー・カンプ・イェーガーの事に決まっているじゃない!」
 眼を回しながらの破音の発言に、何故か杏奈が含んでいたジュースを派手に口から噴出した。正面から果汁を浴びせられた那由多だが、すかさずパンダの着ぐるみを脱衣。下に着込んでいたメイド姿で、苦しそうに咳き込む杏奈を介抱する。
「……パンツァーって、ああ、人型戦車の事だよな。アレの愛称はハイペリオーに決まったのか……?」
「当然じゃないか。“オー”だの“ガー”だのの付いた方がロボットっぽい」
「ええー?! イングラムがいいなぁ。もしくはアルフォンス」
 安藤と破音が視線を交わす。異様な緊張が場を支配していった。
「……ちょっと待て。とにかく落ち着いて」
「杏奈さんが一番動転しているように思いますけど」
 何とか立ち直った榊原がツッコミを入れると、更に杏奈が脂汗を掻いていたが、気を取り直したのか、
「……20式人型戦車の愛称案は、現時点で置いといて――とりあえず肝心の操縦士を選出します」
 杏奈の言葉に、打って変わって全員が真面目な顔をする。杏奈が一同を見渡した後、
「操縦士希望が5名。ワタシが降りても戦闘用は3機、訓練機も兼ねた予備が1機の、計4機」
「……隊長は何処に?」
「上からコマンダーを譲り受けるつもり。戦場では、そこから各機に指示を出す予定よ」
 さておき介抱する流れから自然に、那由多が杏奈の肩を揉み捲る。甘える声で、
「ボクはー、剣道やっていたしー、昔から格闘とか得意だから、きっと人型戦車もうまく操縦出来ると思いまふ」
 アピール開始。榊原も周りに憚りながらも、瞳に強い意志を込めて、
「え、えーと。競馬の騎手と人型戦車の操縦者は小さいほどいいって聞きました」
「それは『パトレイバー』ですね」
「ほら、やっぱりイングラムじゃない。でも何で小さいほどいいの?」
 安藤の頷きに、破音が首を傾げる。機甲科出身の那由多が答えた。
「騎手の場合は、単純に馬への荷重負担だね〜。馬だけじゃなくて、オートでも乗り手が軽いとその分速度が増すんだー。でも余り小柄過ぎると馬力に振り回されかねないので、注意は必要。戦車の場合は、荷重もさることながらぁ、それだけ密閉空間から来るストレスが減るからかなー」
 破音が続ける。眼を回しながら、
「ちなみにストレスへの耐性は女性の方が強いんだって、どこかの戦車集団漫画で書いてあったなー。スカトロ嫌いなんだけど」
 杏奈は口を尖らして何か考えているようだった。そして再び一同を見渡すと、
「――全体的に初見の感想を言うと、皆、体力が足りなさそうに思ったわ。操縦席に守られていれば体力は必要なさそうに思えるけど、実際は消耗が激しいの。……ええと、榊原クンはその点、文句無し。小柄というのは、それだけ持久力が高い事でもあるし」
 顔を輝かせる榊原。それから、
「女の子は呼び捨てになるけど――那由多もやや体力面に不安が残っているけど……格闘技を学んでいたという事からペース配分は出来るわよね?」
「うん。任せてー」
「だから問題は安藤クンと破音ね」
「……俺は?」
 今まで名も呼ばれなかった佐島が自身を指差す。杏奈はホッホーと鳴いて誤魔化してから、
「――佐島クンには予備機を渡すわ。体力的にも特性的にも操縦士に申し分なかったけど……キミ、色々と手を回し過ぎ。人型戦車の事を聞きつけて逸る心は解るけどね。――御蔭で、3機編制で一個小隊だったのが、4機編制になったのよ」
「……つまり?」
「訓練機を兼ねた予備を格上げして、戦線に投入するわ。キミが用意してきた装備の実戦データ取りをして頂戴。全身用盾とか、ギリースーツとか」
「アニメやコミックでは、試験機の方が汎用量産機より性能が上なんだよ。羨ましいなぁ」
 安藤がぼやくが、予備機自体には性能差がない。性能差が生まれるとしたら、佐島が陳情してきた武装や操縦の調整の積み重ねとなってくるだろう。
「……で、話は戻すけど。安藤クン。キミが3号機の暫定操縦士ね」
「えー! ぼくはー? ぼくもアニメで観ている様なロボに触りたいよ!」
 安藤が拳を握り締めて喜びを噛み締めるのと、正反対に破音が頬を膨らませる。杏奈はホッホーと呟き、翼で頭を掻くと、
「……体力的な問題もあるけど、安藤クンは操縦士にでもしないと実は生き残れそうにないからなの。人型戦車にでも乗せておかないと、戦場に出たら簡単に死ぬわよ、アナタ」
 戦死確定の報に、ガッツポーズの安藤が止まった。一同は思わず生暖かい目で見詰めると、順番に安藤の肩を叩いて、思わせ振りに頷いてあげる。
「――それと、佐島クンもそうだけど、魔人を操縦士として人型戦車に組み合わせるのはどうかという考えもあるのよね」
 魔人は単体(戦車や戦闘機等も含める)において最強の戦力である。何故なら、彼等は(当たり前だが)人並みの知恵があり、知識があり、武装するからだ。武装して無くとも、身体其のものが凶器である。
「それにオートを持ち込んできたという事は、斥候も出来るのよね? なら、それを活かしてもらった方がワタシとしても助かるのよ」
 杏奈は手を叩くと、
「はい、これで暫定ではあるけど、配置も決まったわね。配置や、ここの待遇に不満があるのなら、いつでも転属願いを出して、出て行ってもらっても構わないわ。――本音を言うと困るけど。でも、嫌々ながらの人を引き止めてもね」
「――大丈夫、ぼく達はアテナのセイントだから!」
 とにかく立ち直ったのか破音が拳を固めて力説すると、何故か再び杏奈が噴き出した。
「……ワタシ、あの描かれ方って好きじゃないのよね。伯父様って本当は極度のお人好しで覇権とかにも興味無かった人だし、むしろ地上を狙って喧嘩していたのはポセイドンの方だから。――冥王について間違った認識が広まってしまったわ……」
「「「――は?」」」
 思わず洩らした杏奈の呟きに、一同が首を傾げる。すぐに杏奈はホッホーと誤魔化し笑い。歓迎会もそこそこに、
「あ、そういえば。ワタシ、会議とかあったんだわ。じゃあ、皆、後片付け宜しくね。佐島士長、任せた」
 翼を向けて名指しすると、逃げるように退出する。慌てて佐島は、
「――そういえば、殻島が斥候をやるとしても、残りは人型戦車の操縦士しか居ないんだが?! 事務官とか、他にも専業の整備士とか、その他諸々は?」
「これから普通科から出向してくる班があるそうだから、打ち合わせしながら決めていくつもり。他に足りない人員は、ワタシが掻き集めてくるわ。……人脈とか、同僚への貸しとか、上層部の弱みとかの貯えがなくなるけど」
「――メタ的に言うと、NPCが持っているコネや功績点を消費するって事だね」
 眼を回しながら破音が電波的に解説。破音を無視して、佐島は更に確認する。
「預かった予備機に俺が用意したのを装備させるわけだが、上申していたステーションも許可?」
「……そうね。予備改め、実験機になったから、キミがもしも居なくなっても困らないわね。とはいえ、外装甲の交換となるからには、出撃を見合わせるほどの時間が必要だから。暫らくは準備を進めるだけにしておいて。じゃあ人型戦車で遊んでいて構わないから。でもブラックボックスに触れさせちゃ駄目よ」
「――解った」
 杏奈を見送った後、佐島は唇の端を歪めて皆に語りかける。
「……小隊長の許可もあるし、残り時間は人型戦車を弄るか?」
 佐島の提案に「さんせーい」「文句無し」と歓声が上がる。プレハブ内を簡単に片付けてから、ハンガーに移動して、
「わー! すごい! ロボットカッコ良い!」
「……ぼかぁ、猛烈に感動している! これがぼくの物に……ふっふっふ」
 破音が外装に触りまくり、安藤が操縦席を覗き込みながら、含み笑い。
「――中に何が入っているの?」
 破音が眼をクルクル回しながら、
「操縦席には、特に何も……」
「そうじゃなくて、捕獲した捕獲したギガスの神経系とか引きずり出してパーツにしているのかと思ったんだけど、ちゃんと機械っぽいし」
「……あー。前世紀末に出たコンシューマのヒット作に出てくる人型戦車の設定は確かそうだったな」
 意外にも話に乗ってきたのは、佐島だった。
「……ブラックボックスに触れるのはタブーというのも、良く似ているが。やはり機械だよな?」
「うーん。……やっぱり虹の世界に行ったメイドさんから、虹エンジンを貰ったの? 中で妖精が回し車をクルクルクルクル〜」
 破音が眼と指を回しながら、ハンガーの天井を見上げて踊るような仕草。ちょっと引いてしまいそうな仕草に、佐島は頬を引き攣らせていたが、
「――剣ではなく刀が欲しいんだけどー。あれって調達に、どれぐらいの手間が掛かるかなー」
 人型戦車の装備を確認していた那由多に、
「……ああ、そうだな。刀となれば、剣とは違って、製法そのものが違うからな。陳情しても、すぐにとは行かないだろう」
「あー。やっぱりそうかー」
「――俺が手配しておこうか? それでも半月は掛かると思うが、何とかなる」
 佐島の実家は、隔離前は板金加工・精密板金を取り扱う会社だった。今もその技術と知識、経験を買われて、武器科でそれなりの部門を任されている。また佐島自身、武器学校時代に交流のあった学友達に相談する事もあった。佐島が持ち込んできた人型戦車用の盾やギリースーツ、そして大型手榴弾も、そんな人脈から何とか手配した物だ。
「あー♪ 弘一ちゃん、ありがとー」
 嬉々する那由多だったが、佐島は思わず、
「……『弘一ちゃん』かよ」
「――ええと? 佐島さん、宜しいですか?」
「うん。ああ、何だ?」
 身長差25cm下の榊原が、上目遣いで佐島に提案。
「簡単な訓練も兼ねて、操縦してみたいんですけど」
「ああ、同感だ。小隊長も『遊んでいて構わない』と言っていたから大丈夫だろ。それに……」
 佐島も今すぐ乗って操縦したい気持ちがある。
「じゃあ、各員、自分の機体に乗り込め。まずはゆっくりと歩行からやって、バランスに慣れてきたらダッシュ、方向転換、射撃姿勢……とやっていくぞ」
「……えー!? それだと、ぼくだけつまんなーい。誰か、乗ーせーてー」
 破音が頬を膨らませると、那由多が笑いながら、
「じゃあ〜、最初に音を上げた人が破音ちゃんと交代するという事でー。義正ちゃん、頑張ってー」
「……ぼかぁ、狙われている!?」
 安藤が反論するが、破音はターゲットロック・オンとばかりに眼を光らせているのだった。

 踵を付けて胸を張ると、見事な敬礼。
「――本日付を持って、我が班は峰原試験小隊に転属します!! 今まで御指導いただいた事を糧として人型戦車部隊を支えたいと思う所存であります」
 第13旅団第46普通科連隊・第13066班長、大倉・隆一(おおくら・りゅういち)三等陸曹は、上司だった第1306中隊第2小隊長へと言い放った。通信役の 鈴木・恵[すずき・めぐみ]二等陸士が感涙むせび泣くと、対照的に冷静な 鈴木・優美子[すずき・ゆみこ]一等陸士が第2小隊長へと花束を手渡した。拍手と、何故か万歳三唱。第2小隊長は苦々しい笑みを浮かべていたが、
「……ああ、行って来い」
 肩を落として見送ってくれた。再び敬礼して素早く第13066班は配置転換する。恵が囁くように、
「班長〜」
「――ん?」
「……良くあんな事、すらすら言えましたね?」
「ああ、物騒な物言いよりも、ああした方が向こうの面子も保てるだろ?」
「それはそうですけど……よく転属認められましたね? 小隊の中でFV持っていたのうちの班だけだったのに」
「まあなぁ。正確には出向扱いらしいんだが……とにかく小隊ミーティングの時にさっきの様な調子でやったら、転属届を受け取らないかんだろ?」
「……確かにそうですけど、小隊長すんごく困惑していましたね」
「仕方あるまい? 俺らだって自分の身が可愛いし、自分達で納得出来る環境で戦える方がいいだろ?」
「それは――」
 恵は首を傾げつつも、ついに納得したのか、
「……そうですね」
「――班長。次の上司になる方があちらに」
 山下・隆志[やました・たかし]陸士長が目線で指したので、大倉は向き直った。暫らく沈黙。
「……フクロウだな」
「――だっ大丈夫なんでしょうか? 本当に!」
 恵が大倉の袖を引っ張り、山下が思わず視線を落として頭を振る。大倉としてもフォローの仕様が無いように思えたが、
「――問題ありません。峰原杏奈准陸尉の徒名は“完璧超姫”……些細な個人的趣味の範疇です」
 優美子が淡々と告げる。当然、大倉達の遣り取りを見ていた杏奈は片翼を上げると、
「1つ訂正。本日付を持って、三等陸尉に昇進したわ! ――今後とも宜しくっ!」
「それは失礼致しました。本日付を持ちまして出向という扱いで峰原三尉の指揮下に入ります、第13066班一同です。……大倉班長、挨拶を」
「……あっ、ああ。大倉だ。着任の許可を頼む」
「はい、許可します。宜しく。――第13旅団でも有数の実力ある班員達を迎えられて、光栄だわ」
 ホッホーと笑うと、杏奈は地図を手渡してきた。
「外れにある、この場所で、人型戦車の操縦士達が結成パーティやっているから、挨拶したら、そのまま騒いできてちょうだい。……大倉サンは、このままワタシと会議に直行だけど」
「――解った。山下君、皆を連れて先に行っておいてくれ。自分達に構わず、親睦を深めてこい」
 大倉の言葉に、山下は班員をまとめると峰原試験小隊待機所へと向かう。大倉はフクロウに連れられて逆方向へと足を進める。
「――会議というと、やはり今後の方針を決めるものかな? 主要メンバーを集めて、小隊の連携に付いて幾つか意見を述べたいと思っていたが」
「小隊内でのディスカッションは、また今度。――今後の方針は間違い無いけど、日本原駐屯地における戦術運用の会議よ。……ま、大倉サンに色々考えがあるようだから、ここはお任せするけど」
 杏奈は興味無さそうに呟く。怪訝な表情を浮かべる大倉だったが疑念を発する間も無く、会議室の扉が開かれた。室内のお偉いさんから注視される。
「――峰原三尉、大倉三曹、入ります。遅くなりまして、失礼致しました」
 フクロウの着ぐるみ姿にも関わらず、惚れ惚れするような美事な敬礼。大倉も背筋を伸ばして続く。
「――いや、先ほど席に着いたばかりだ。時間もまだ始まっていないから、しゃちこばる必要は無いぞ」
 桑形・充(くわがた・みつる)准陸尉が笑いながら着席を勧める。陸自時代からの古強者で知られ、富士の戦車教導隊で後進育成に励んでいたと聞いた事があるが……。
「それがまた何で中部方面隊へ出向に?」
「――人型戦車に触発されたって事かな」
 大倉の呟きに答える杏奈。2人の囁き声に、桑形は笑みを浮かべると、
「まぁ、そういう風に思われても仕方ない。しかし記録を見せてもらったが、人型か……。戦車の定義も大分広くなったなぁ」
 頭を掻いてみせる。大倉のまだ晴れぬ疑問視に気付くと、桑形は言葉を続ける。
「――峰原君と同じく、次世代戦車試験部隊を立ち上げてね。古い人間だと笑ってくれても構わんよ。戦車一筋に生きてきた身としては、人型に簡単には負けを認めたくなくてね。せめて戦車の有益性を証明してやろうと……いやオトナ気ない話だが」
「桑形サンは人型戦車に張り合おうとエイブラムスを掻き集めてきたのよ」
「ん? 良い戦車だぞ。使い勝手は国産と違うがな」
 器用に肩をすくめて見せる杏奈に、眼をつぶって笑う桑形。
 ――M1エイブラムスは亜米利加合衆国陸軍並びに海兵隊の主力戦車である。桑形が掻き集めてきたのは火力強化し、更に戦車長用の暗視装置付きペリスコープや自己位置特定システム、その他高度な電子機器を備えたM1A2という最新型。SEP(System Enhanced Package)改修計画も施されている。
「……よくそんなのを配備する金が」
「今の日本にそんな金が簡単に出てくる訳無いじゃない。桑形サンが長年の人脈を駆使し、積み重ねてきた功績を惜しげもなく使い果たすぐらいの勢いで陳情した結果、出来上がった小隊だもの。次世代試験と称しても、ワタシ達と同じく一代限りで終わるわよ。試験という名目で運用が認められただけ」
 そしてエイブラムスの問題点を指摘してくる。
「装甲の劣化ウランプレートは、湾岸戦争症候群の原因とされている。はっきり言って好ましくないわ」
「手厳しい意見だな。だが劣化ウランとの因果関係は立証されてはいないよ」
 空気がいささか悪い。桑形の方はどうか知らないが、杏奈が嫌悪感を抱いているのは大倉の目から見ても明白だった。そんな緊張を払い、冷静に会議の開始を宣言したのは岩国航空基地から出向してきた第13旅団第13飛行隊所属の 笹山・健(ささやま・たけし)准空尉である。
「私としては、対戦車ヘリと戦闘機――つまり空の領域でもめるという事態を想定していたんだが……峰原さんも敵愾心を剥き出すのはそこまでだ。無意味な縄張り争いの危険は、回避した方がいい」
 笹山の言葉に、ホッホーと鳴く。杏奈はその後、部屋を出るまで黙り込んでいた。代わって大倉が人型戦車の戦術運用について語る羽目になるのだが。
「……では対巨人族戦闘を前提に考えていくが、F-2支援戦闘機部隊に要請を出しておく。攻撃ヘリでは、巨人族をメインとする限り、連中の対空攻撃に許容限度を超えた損害リスクが見込めるからだ」
 さておき、笹山の説明に、一同が頷いた。投石だけでなく、単純に棍棒めいたものを振り回してくるだけでも損害の可能性は高い。もっとも笹山としては活躍の幅が狭まった航空機にも、見せ場は必要である。ないと、コスト削減を理由に、廃止される危険性も……と身内を守る事を腹に隠していたが。実際、戦闘機に限らず、航空戦力の必要性に疑いの眼差しは強くなっている。燃料に、ミサイルだって安くは無い。維持するだけでも恐るべき金食い虫なのだ。
「――対空のメインたる、巨人族が減少すれば、戦闘ヘリの活躍も見込めるようになるな。いずれにしても効果的な戦闘を目指すとしよう。航空攻撃を手控え過ぎて、戦線が崩壊するのは愚行に過ぎない」
「こちらの試験小隊にあるA-10は、主に低位・小型に対抗する目的で運用したいと思う。主に、普通科隊員の支援が最適だな」
 A-10サンダーボルトII――ベトナム戦争の教訓を元に開発された近接航空支援に特化した攻撃機である。かなり奇抜な格好をしており、付いた別名がウォートホッグ(イボイノシシ)。
「そして近接戦闘を人型に任せ、中距離を前提とした火力支援を基本に考えている。戦車は、近接戦闘が苦手でも、装甲のある火力としては優れているだろう。直接照準が有効な中距離で役に立つ」
 桑形が視線を横にやると、杏奈は憮然としながらも頷いて見せた。大倉も挙手して、意見を述べる。
「人型戦車が前衛を務め、装甲戦闘車と随伴する普通科隊員とで展開を考えている。人型戦車が小銃を再装填中は、装甲戦闘車の機関砲で穴を埋めてみせよう」
 意見が交わされ、一個の戦闘団として有機的な戦術運用が構築されていく。使用周波数と、他隊への要請手段の確認。大体の意見がまとまったところで、ようやく会議は終わり、各隊の待機状態にも準備怠るところは無い。
「……何か不満なところは、峰原三尉?」
「――無いわよ。個人的な感情と、作戦運用は別だもの。桑形サンの意見は間違ってないわ。……それにギガス程度の戦闘で後れを取るようでは問題があるの。あんな女に頭を下げてでも譲り受けてきた人型戦車だし……奥に潜んでいるオリンポスの親族達を打ち倒す事なんて出来ない。ティターンに関しては伯父様が監視しているとはいえ……」
 杏奈の呟きに気に掛かる点はあったが、とりあえずこの場は追求しない事にした。聞こえなかった振りをして、大倉は提案する。
「……戦闘前に少しでも試験小隊内での合同訓練の実施しておきたいのだが」
「……あぁ、そうね。人型戦車の操縦訓練について佐島士長に考えがあるようだし、選から漏れたとはいえ破音も基礎を学ぶ事にやる気出しているから、連携も考えれば願ったり叶ったりなん……だ、けど……」
 杏奈に続いて、大倉も足を止めた。あてがわれた敷地では人型戦車が駆け回り、足下を第13066班が悲鳴や怒号を上げながら右往左往している。
「――早速やっているようだな。このまま指揮を執り、班を立て直す」
「……お願い。ワタシも腕が鳴るわ」
 大倉が駆け出すと、ホッホーと鳴きながら杏奈も後に続くのだった。

*        *        *

 勇壮果敢な吹奏楽団の演奏が終わると、次は打って変わって、黄色い声援を浴びながらの音楽家隊員達の歌声が響き渡る。――宮島攻略作戦出発式のひとコマだ。士気高揚に、慰労も兼ねての大盤振る舞い。
「……確かに際立って美声という訳ではないですし、容貌も可愛いらしいかな?と思いますけど」
「それでも彼女がトップアイドルなのは、元気を分け与えてもらっている感じがするからよ」
 ステージで躍動感溢れる動きを見せているのは 式神・ユタカ[しきがみ・―]一等陸士。飛び散る汗が惜しみなく注がれた光を乱反射して、更なる存在感を引き立てている。そんなユタカをステージ横で見守りながら首を傾げる 速谷・光輝(はやたに・みつてる)准陸尉に、渡瀬・知世[わたせ・ともよ]一等陸士が説明する。……旗を振りながら。
「一種の音楽療法でしょうか? しかし渡瀬さんが彼女のファンだとは知りませんでした」
「子供が、ね。ユタカちゃんLOVEなのよ。そんな子供に付き合っていたら、いつの間にかね」
 迫力のある豪快な美女、知世は29歳で2児の母だ。階級では速谷の部下であるが、まだ歳若い(といっても16歳)速谷の才を見出した先生でもある。
「……パーツ1つ1つは凡庸でも、存在感は特別。ユタカちゃんはアイドルというよりも、スターよ」
 そのようなものですかと思いながらも、疎い速谷には実感が湧かない。そうこうするうちにユタカは宮島攻略作戦に赴く隊員達を最後まで見送り、楽屋に帰ってきた時は疲労困憊状態だった。
「……もう、今夜は、夢も見ないほど、グッスリと眠れそ〜。今夜とは言わず、すぐにでも……クー」
 気持ち良い疲れに、ユタカは笑顔を浮かべながら抱き枕をホールド。マネージャーの 三角・ヘルガ[みすみ・―]准陸尉がこめかみを押さえながら、
「……はいはい、ユタカさん。眠るのは寝巻きに着替えてからにしなさい」
「……そういう問題でもない気もしますけど」
 咳払いをして、男性の存在をアピールする速谷。ヘルガは愛想笑いを浮かべてきた。
「……上から命令されていらっしゃったとか」
「どーせ、お母さんの差し金だー」
 ユタカの言葉に、速谷は目を細める。速谷は困った顔のつもりだったが、周囲からはそう思われていないのが困り物だ。
「一度倒れたそうですね? 心配なのは事実です。ストレスが原因ならば早期発見、早期治療が大切ですよ」
「まるでお医者さんみたいですね?」
「……いつも、そう言われます。まるでじゃなくて、本当に医師免許持っているのですが」
 速谷のぼやきに、ユタカが笑いを噴出し。そのまま鈴を鳴らすような声を立てる。ユタカは笑顔のまま、
「じゃあ、速谷センセ。アタシはどうすればいいんでしょうか?」
「そうですね……」
 と慎重に言葉を選びながら、夢の内容を聞き出していこうと試みる。夢の内容に再び倒れないように慎重になる余り、かなりの時間と気苦労を費やしたが、聞き出した内容をまとめると以下の通りだ。
 ――荒野に水仙の花が咲いていた。思わず手を伸ばしたら、突然、暗雲が天を覆い隠し、周囲は暗闇に包まれる。地割れが起きて、這い出てきた根に絡みつかれたユタカは穴の奥へと引きずり込まれていく。
 ――真っ暗闇で泣いていると、彼方に光が見える。恐る恐る近付くと、1人の男が穴の奥へと歩いている。何故か暖かいものを感じて声を掛けるが、男は奥底への歩みを止めない。必死になって走っても、まったく追いつけない。
 ――来ては駄目だと声がする。行かないと駄目だと声がする。闇の奥に、巨大な扉。人影が扉を抜けて消えていく。そっちへ行っては駄目だと声がする。止めては駄目だと声がする。周囲には白骨が散らばり、赤い水に沈んでいる。そして扉の向こうであの人が……。
「――行かないと! 追いかけないと! “愛しいあの人”が呑み込まれてしまう!!」
 そこで、再びユタカは倒れた。慌てて介抱して、目覚めたユタカは最後の部分を忘れてしまっていた。ただ、この時以来、思い詰めた顔をするようになってしまった。
「……失敗しました。でも、どのような意味が込められているんでしょうか?」
 速谷自身も思案の表情が増えた気がする。窓を打つ風の音が、まるで嘲笑っているかのようだった。

*        *        *

 第17普通科連隊本部――山口駐屯地。輸送科トラックが運んできた物資を需品科隊員がチェックする集積所。白猫が気取った仕草で歩く先で、第13旅団第13後方支援隊・補給隊班長の 井伊・冬月(いい・ふゆつき)一等陸曹が腕時計を見つつも、書類に眼を通していた。白猫が鳴くと、顔を上げる。顔を綻ばせる井伊だが、白猫はもはや興味が無いとばかりに跳び去った。追う視線を遮るのは……駐日仏蘭西共和国軍の将校。
「――オマタセ、シマシタ」
 たどたどしい日本語での挨拶に、井伊は仏蘭西語で返す。微笑んだ駐日仏軍将校は横に並ぶと、背をコンテナの箱に預けた。
 駐日外国軍将校が物資集積所に顔を出すのは珍しい事では無い。需品科が運ぶ物資は基本的に米軍が海路、空輸で持ち込んできたものである。各地の米軍基地に荷揚げされた物資は、大きな規模を誇る駐屯地を経由して、各分屯地や各警戒区域を守る隊に運ばれる。それは自衛隊だけではない。駐日外国軍も同様だ。
「――本国キャンプではおちおちと煙草も吸えん」
 紙巻煙草を咥えた仏軍将校に、井伊は素早く火を差し出した。礼を言うと、満足そうに紫煙を吐き出す。
「……早速だが、そちらのゴウダについてだが」
 先日に井伊が依頼していた調査結果を、将校は世間話をするような素振りで語り始める。
「まずゴウダが将軍を襲撃、衆人環視で強姦し、そのまま死に至らしめた、というのは事実として、こちらでも記録されている」
 郷田・ルリ[ごうだ・―]……第13旅団第13特務小隊長――惨劇の魔女。駐日仏軍の視察に“外”から訪れた少将を、気に食わないという理由で襲撃し、瀕死のところを衆人環視の前で強姦――そのまま死に至らしめたという記録。その際、警護に当たっていた部隊を壊滅させてだ。当然、外交的・政治的問題となったが、それでもルリは山口駐屯地から南東に約3kmにある刑務所の中とはいえ、危険な最前線に投入される事もなく、好き勝手に生きているそうだ。駐日仏軍からの再三に渡り、引渡し要求がされているそうだが、日本政府と維持部隊上層部は応えていない。どんなカラクリがあるのか? 井伊でなくても疑問を抱いて当然であった。
「……もっとも本国政府は本気でゴウダを公式の場で裁くつもりは無いようだが。だから引き渡し要求を出していても形だけという噂だ」
「――!」
「視察に来た将軍閣下は、人権に関して煩かったそうでね。視察の目的も、兵士の取り扱いについて現地司令官のシャルル将軍に小言を付けに来たんだったそうだ。だが――」
「……隔離政策を推し進める、世界各国にとって“人権派”は邪魔なだけ、と?」
 井伊の切れ長の眼が細まった。駐日外国軍兵士の大半は、罪を犯した事による懲罰として、或いは憑魔に寄生されての、文字通り、故郷を追われた者達だ。人権派として取り扱いに難色を示すだろう。だが政府としてはその様な真っ当な意見を進言する人間等、面倒にしか過ぎない。第一、人権をマトモに考えるのであるならば、神州日本を犠牲にする現状は到底許される事では無いだろう。
「……郷田准尉の襲撃は、両国政府の暗黙的な了解があった……と?」
 井伊の呟きに、仏軍将校は紫煙を燻らせるだけ。流石に言質を取らせる程に、愚かでは無いらしい。
「しかし、極秘に特殊部隊が動いているという話も聞きましたが? 何故、今頃になって?」
「事情は知らない。だが我が駐日仏軍――第3外人落下傘連隊は現在、二分されている。“乙女派”と“そうでない者派”とでだ」
 話がオカシナ雲行きに、井伊は眉を潜めた。
「……当初は、この神州での精神的な救いを求めるカソリック派の宗教グループだったが、次第にヴィニョル少尉に心酔し、彼女を半ば神格化する集団となった。それが“乙女派”だ。間違いなく仏蘭西の英雄ジャンヌ・ダルクにあやかってのものだな。今ではシャルル司令官もヴィヨル少尉の動きを黙認どころか、公然の秘密とばかりに支援までしている」
「……仏蘭西は政教分離が徹底しているはずではありませんでしたか?」
 呟きに、仏軍将校は苦笑して肩をすくめるだけ。祖国から離されて、超常体のはびこる地で一生を終えろと言われた身だ。宗教に走るのも仕方ない。
「――ヴィヨル少尉が何を目的としているかは知らない。何故、今頃になって動き出したのかも、だ。“乙女派”ではないのでな。……俺が話せるのはここまでだ」
 礼を言うと、煙草を吸い終えた仏軍将校は軽く挨拶して去っていく。後ろ姿を見送りながら、井伊は考え込んだ。維持部隊側から集めた情報と大体符合する。書類に再び視線を落とした。
「――今の情報に加えて、郷田准尉が収監される数ヶ月前に山口刑務所は大規模な改装が行われていますね。そして……」
 公式的には抹消されていたが、中部方面隊総監直轄のエリート部隊――CAiR(Central Army infantry Regiment)が『何か』を護送して、山口刑務所へと運び込んでいた記録の痕跡を、井伊は見つけ出していた。その後に壱参特務がぶち込まれている。
「……山口刑務所に『何』があるのでしょうか?」
 井伊の呟きに答える者は無い。ただ白猫が短く鳴いてみせた。

*        *        *

 水と洗剤をよく含ませたモップで削ぎ落とすように、床をこする。乾いてこびりついていた汚物が片付いていくが、それも数時間も保たないだろうと、山口・金剛丸(やまぐち・こんごうまる)三等陸曹は悪態を吐いた。
「……見掛けによらず、綺麗好きなんだねぇ」
 ルリの寝起きの第一声に、金剛丸は鼻を鳴らす。虎刈りに無精髭の青年が、率先して掃除をするのは確かに異様に映った。特に、この山口刑務所内では。
「……仕事柄汚いのが嫌いなだけだ。おまえこそ、よく臭ぇところでイビキを掻いて寝られるもんだぜ」
「――そんなに臭うものかねぇ」
 五感で真っ先に麻痺・慣れてしまうのは、嗅覚といわれる。どのような悪臭の中でも、人間は平気に成れるのだ(※よく映画やTVドラマで臭いを感じとった人間が倒れるのは、臭いそのものからではなく、飽く迄、臭いの根源たる化学物質の作用反応からである)。
「……谷鯨丸。おまえ、やる気あるのか? そこがまだ汚れているぜ。――サボろうとするんだったら、這いつくばって舌で舐めてもらうぞ」
「ぶっ、ぶひぃっ!?」
 金剛丸の睨みに、囚人服を兼ねた戦闘衣を張らした肥満漢が弛みがちな腹を引き締める。谷鯨林・康馬(たにげいりん・やすま)一等陸士は手にするモップを忙しなく動かした。
「……この我が輩が、山口や郷田ごとき小物にこき使われるとはっ! 今に見ているのであるっ!」
「「「――聞こえている。聞こえているぞ」」」
 総出で突っ込むと、谷鯨林は再び呻き声を上げた。……さておき第13特務小隊と組長、周防・樹(すおう・いつき)陸士長が戻ってくる。尾っぽ――正式な呼び名はマラコーダらしい。勿論、仮名――も一緒だ。
「……連中、意外にも慎重だね。もうちょっと無鉄砲に近付いてくると思ったけど」
 周防が外の報告をすると、ルリは手招きして豊満な肢体(※谷鯨林は熟れ過ぎた肉塊と評する)を小柄な身に押し付けながら、
「……アタイを殺そうって奴等だ。慎重かつ大胆。精強かつ無比。舐めてかかると痛い目に合うのはアンタ等になるよ? ――こういう風に」
 周防の股間にやっていたルリの手が逸物を掴まえると、握り潰すかのように力を入れてきた。もう片手が奥の孔を叩く。喜悦にも似た痛みが周防の背筋を走ってくる。ルリは艶めかしく舌なめずりをすると、
「何度も言うよ。――尾っぽ。アンタは、ガミガミ野郎(カニャッツォ)と、犬っコロ(グラッフィアカーネ)。それに数名の若いの……周防の組と山口が希望していたな……を連れて、五月蝿い仏軍の連中を測れ。ただし憑魔能力は使えないんだからな。忘れんな。あと向こうも当然使えない事は解ってきやがっているんだ。油断すると死ぬのはアンタ等だぜ?」
「――イエス、マム」
 マラコーダは返事をすると、ルリから解放された周防や金剛丸に対して顎をしゃくって合図した。壱参特務を率いる前からの、ルリの部下であるマラコーダ達12人は、通称『マレブランケ』と呼ばれており、最も力を持つ連中だ。但し隊長格のマラコーダと、補佐役たる悪意の塊(バルバリッチャ)を除けば、有能とは言い難い面子だが。
「――バルバリッチャ様はうちの護りをお務めになるとか。我が輩も是非にもお役に立ちましょう」
 揉み手をしながら谷鯨林はバルバリッチャにかしづく。バルバリッチャは身長140cm程であり、どう見ても義務教育期間中としか思えない幼女。
「……ルリ嬢の命令だからな。ついてこい。それと、こんな下らん場所で妾におべっかを使ったり、賄賂を渡したりしても、何の便宜も払ってやらんぞ」
 可愛らしい容貌と、その呼び名のギャップもさる事ながら、真面目そうな口振りでバルバリッチャは谷鯨林に応えてきた。どう扱ってくれようか?と谷鯨林が計算し始めたのは言うまでも無い。

*        *        *

 暗視装置によって感受した赤外線が、闇に息づく巨体を浮かび上がらせる。敵が移動する方向、数を確認した破音は隠していたオートに跨った。
「――無線機を搭載しておけば良かった、ニョ?」
 繁茂する植物が吸収し切れなかった音と響きを聞きつけたのか、ギガスが近付いてくる震動が車体を通じて破音にも伝わる。
「……ありゃ、ヤバイかも」
 それでも暢気な口調で呟いてみせると、オートを急制動。背負っていた84mm無反動砲カール・グスタフを降ろすと、オートの架台を支脚代わりにして構えた。迫り来るギガスに向かって、
「――イチ、ニ、サン! ファイヤー!」
 発射されたHEAT対戦車榴弾は狙い違わずにギガスへと命中。また、
『――斥候の放ったバックファイアを確認。これより航空支援態勢に移れ』
『――Roger.』
 支援戦闘機F-2が航空優勢を確保する中、僚機とエレメントを組んだ笹山の駆る戦闘爆撃機F-15Eストライクイーグルが、340kg普通爆弾JM-117を切り離す。無誘導ながらもギガスの群れに降り注がれる様は圧巻だ。更にストライクイーグルに遅れながらもA-10が30mmGAU-8ガトリング砲を発射。弾幕が大石を持ち上げて投擲しようとしていたギガス達の動きを止める。
『――座標修正、良し。……射てっ!』
 桑形の号令下でエイブラムスが、ラインメタル44口径120mm滑腔砲M256が発砲炎を噴き上げた。
「……圧倒的じゃないか、我が隊は」
 82式指揮通信車コマンダーに乗る、杏奈から送られてきた戦況報告に、安藤が漏らす。
「駄目よぉ〜、義正ちゃん。その台詞は負けフラグ」
「――え? えっえー!? 安藤さんの言葉で、負けちゃうんですか?」
 那由多の突っ込みに反応して、榊原が慌てる。遣り取りを傍受していた佐島は苦笑するしかない。
「……負けるかどうかは判らないが。航空爆撃や戦車隊だけで終わらないのは確かだな」
 動きが止まったところに、戦車砲弾。さすがにギガス達も無傷ではすまなかったようだが、それでも咄嗟に岩や木々に隠れ、地に身を伏せたモノもいたのだろう。血を流しながらも、ギガスが怒りの叫びを上げながら突進してくる。エイブラムスから続く発射も追いつかない程の怒りに任せた動き。
「――各機、準備はいいか。変なジンクスが生まれないようにしてやろう」
 佐島の通信に、安藤達が応じる。4機の人型戦車は付かず離れずの距離に展開すると、佐島機が大型の手榴弾を突撃してくる敵へと放り投げた。工作用の爆薬が炸裂すると、先頭のギガスを吹き飛ばす。が、
「――ジェット・ストリーム・アタック!」
 瀕死のギガスを踏み台にして、続くギガスが肉薄。佐島機が構えた楯に激しくぶつかった。佐島はフットペダルを踏んでバランスを取ると同時に、スロットを押し込んで力負けしないように機体を踏ん張らせる。佐島機にぶつかったギガスを、回り込んだ那由多機が剣で打ち倒した。それでも立ち上がろうとするギガスへと安藤機が20式37mm小銃を突き付け――砲声を鳴り響かせる。間を榊原機が保たせる事で、次弾装填のタイムロスを最短にする。加えて、
「……各員。人型戦車の動きを妨げる事無く、支援射撃。巻き込まれないように、距離は開けろ! 木や岩の陰を巧みに利用するんだ」
 班長席に座る大倉の指揮に、89式装甲戦闘車ライト・タイガーの操縦席に座る 坂本・護[さかもと・まもる]二等陸士が頷いた。巨人共の大立ち回りの範囲外から逃れる位置に車体を収めるのに成功。車長席の山下が指示を出し、射手席の 中村・龍馬[なかむら・りょうま]二等陸士が惜しみなく35mm機関砲を射ち続けていく。他の隊員はガンポートから89式5.56mm小銃BUDDYを出して小型超常体の浸透を警戒していた。
「――何とかデビュー戦は勝利で飾ったか」
 ギガスが一体、また一体と沈み、僅かに残ったのも背を向けて逃げ出そうとしているのが伺えられた。大倉の呟きは、戦闘に参加した者の内心でもあった――2名を除いて。
「――ピコピコピコ! 来るよ!」
 人型戦車の暴れる姿を眺めていた破音が眼を回しながら、天を仰ぐ。線が繋がれていないイヤホンからは女の金切り声が鳴り響く。
『――各員、戦闘態勢に! 前座の練習試合はお仕舞い。……来るわよ、不肖の紛い物でなく、本物のギガス――亜神クラスが!』
 杏奈の悲痛な叫びに、佐島が号令を発する。逃げ出したはずのギガスの動きが止まった。そして現われたのは、今までのを更に上回る巨体。人型戦車ですら子供に思える彼我の差。肩から百の蛇の頭が生え、火を放つ目をもち、腿から上は人間と同じだが、腿から下は巨大な毒蛇がとぐろを巻いた形をしていた。
『 ――テュポン……亜神クラスどころじゃないわね。群神、いや主神クラスの超常体……』
 テュポン[――]は希臘神話最大の怪物である。主神ゼウスと死闘を演じ、最後はエトナ火山の下敷きにされたとある。だが、ギガントマキアにおいてエトナ火山の下敷きにされたのは、エンケラドス(大音響を鳴らす者)というギガスである。但し、テュポンもギガンテスも大地母神ガイアの子供であり、テュポンは末子とされる(※ギガンテスはテュポンのすぐ上の兄姉達)事から、エンケラドスはギガンテスの末弟=つまりガイアの末子であるテュポンと同一視する説もある。また他のギガンテスが、ギガントマキアでことごとく討ち滅ぼされていったのに対し、エンケラドスだけは死を免れている(=不死。テュポンも不死の怪物だった)点から、ますます合点がいった。
【――久しいな、小娘】
 テュポンの大声が日本原高原に響き渡る。
『……馬鹿親父を殴り倒す前に、キミに会うなんてね。ワタシもついてないわ』
 拡声器を通しての杏奈の返事。苦々しさが顕わに出ていた。テュポンが地を踏み鳴らして笑う。
【――ゼウスならば、私が倒してくれよう。そしてオリンポスでも、ティターンでもなく、我等、テュポンとエキドナの眷属が『遊戯盤』上に踊り出てやる】
『……あの馬鹿親父を倒すのは、この地に生きる人間と、ワタシよ。それで、ようやく愚かな『遊戯』からも降りられ、ウラノスの呪いも晴れる。悪いけど、キミのお呼びじゃないのよ』
 そして杏奈は通信機の音量を上げて、 『 ――各員に告ぐ。アイツをぶっ殺して!』
「……言われずとも!」
 桑形の号令で、エイブラムスが主砲から120mm弾を撃ち放つ。また笹山の指示で、空対地ミサイルAGM-65 マベリックが発射された。
「――空間が爆発するよっ!」
 地上から観測していた破音が慌てて伏せる。次の瞬間、テュポンの周囲の空間が爆発連鎖。衝撃と、巻き上がった暴風で砲弾は逸れ、ミサイルは直撃する前に誘爆を起こす。暴風はストライクイーグルやF2、そしてA-10の操縦さえも失わせるほどだった。必死になって姿勢を立て直すが、眼下の光景に言葉を失った。
「――おいおい。伝説に謳われる怪獣軍団の到来だ」
 佐島が思わず呟いた。汗が頬を伝う。……キマイラ、ヒュドラ、ラドーン――蝮の女エキドナが生み出した呪われた子供達。勿論、神話上のオリジナルではない。今や種族名として称されるだけの、よくある獣型低位上級超常体。だが数が多い。また小型超常体サテュロスの群れが沸いて出ると、人型戦車やエイブラムスに向かって群がってくる。第13066班や、戦車随伴隊員達が応戦して浸透を許さないが、それでも獣の群れも戦いに加われば、護り切れる自信は無い。
『 ――撤退! この場は放棄し、防衛線を布くわよ。出直しだわ』
 杏奈の合図に、弾幕を張りながら後退。テュポン達の追撃は幸いにしてなかった。

 日本原駐屯地の、峰原試験小隊敷地。後ろの警務科隊員に気にする事無く、杏奈が溜め息を吐く。笹山や桑形、そして大倉が注目する中、杏奈はホッホーと鳴いてみせた。
「……那岐山には高位上級の超常体が隠れ潜んでいて、奴等はこの神州での戦いを見世物として観劇しているつもりなの。ワタシは性根を叩き直してやりたいんだけど、進路上、ギガンテスが邪魔していてね。現用の戦車では駆逐に時間が掛かる。なのに決戦日はもうすぐ間近。――仕方ないから、人型を借りてきて戦線に投入した。これが現段階で話せる真相よ」
「……どうやって那岐山に群神クラスがいるのが判ったのか、という質問は野暮になるかな?」
 桑形が問うと、杏奈は肩をすくめ、
「――神州の地に生を受けた時から何となく……って答えじゃ駄目かな? 安心してよ。ワタシはこの地の人達が好きだから。決して敵にはならないわ」
「すぐさま銃殺すべきなんでしょうけど……」
 いつに無く困った口調の笹山に、
「最上級最高位の超常体を打ち倒せたら、喜んで銃殺でも、斬首でも甘んじて受けるわ」
「しかし、ギガンテスどころじゃなくなったな」
「……貧乏くじを引いたわね、大倉三曹。転属願いがあれば受理するわよ。――テュポンに対しては見ての通り、近接戦闘しか有効的でないわ。また紛い物とはいえギガンテスはテュポンの下で、より一層の統制された動きを見せてくる。エキドナの子供達をはじめとする低位超常体も。……そいつらは、そちらにお任せしたいけど」
 顔を見合わせる男達。杏奈は苦笑を浮かべると、
「ま、気が変わるかも知れないけど……今はワタシんとこの連中は、戦る気みたいね」
 視線の先には、人型戦車の整備を進める操縦士達。
「――操縦席の調整と、フットペダルの交換をするぞ」
「やはり駄目ですよ、このスロットル・ウィンカー。便利なのは確かですけど、操縦席を狭く感じさせてしまって、凄く邪魔に思います」
「ねぇ刀の発注はしてくれたんだよね〜。楽しみぃ」
「……仕舞った。結局、人型戦車の愛称はスルーされているっ!」
「ボクはプロメテウスに会ってみたい! けどオリンポスでは遭えないかな?」
 誰からともなく思わず呟いてしまう。
「……元気ではあるが、混沌的でもあるな」
「――ま、そんなもんでしょ」
 ホッホーと杏奈は鳴いて見せるのだった。

*        *        *

 仏軍制式小銃であるFA-MAS F1はブルパップの独特な形状から「トランペット」という愛称が付けられている。だが吹奏楽器ではない。打楽器だ。銃口から射ち出された5.56mmNATOを受けて、カニャッツァがもんどり倒れる。――致命傷だ、助かるまい。
「……舐めて掛かると、こうなる。判りやすい例だ」
 遮蔽物に身を隠して狙撃をやり過ごしながら、無表情でマラコーダが部下だったモノを一瞥。金剛丸達も乾いた笑みを浮かべるしかない。
「――例の地点まで誘い込む」
 飛来する銃弾の切れ目に、金剛丸は腰を落とし、前傾姿勢で廃れた路地を駆け抜ける。隔離後は整理も清掃もされずに放置された廃ビルの群れは、絡みついて繁茂する植物群に覆われて、まるで緑の墓標だ。
( ……敵士官も中々やる。それとも俺がムショ勤めで鈍ってしまっていたか)
 悪態を内心で吐きながら、マラコーダ達とともに後退。仏軍外人部隊は追撃を掛けて来ながらも、逸る事なく左右の廃屋、路地の角を慎重に潰していってから迫ってくる。
 ――この先、爆弾多数。
 逃げ込んだ路地の先には、これ見よがしに張り紙が貼られ、Mk2破片手榴弾が繋がった鋼線が張り巡らされていた。
「……やり過ぎだ、あの馬鹿」
 苦笑しつつも打ち合わせていた廃ビルへと飛び込む。窓から仕掛けの方を見遣る。追っ手の声が外から聞こえてきた。息を殺して通過を待つ。……だが、
( ……来ない? ――ッ! 火薬の臭い!)
 咄嗟に窓から離れて、床に身を伏せた。横に転がりながら離れて、埃と泥に塗れたシーツを頭から被る。――次の瞬間、桟の下から投げ込まれてきた破片手榴弾が、衝撃と爆発を撒き散らす。こちらが持っているのだから、相手が持っていないという事はありえない。火薬の臭いに嗅ぎ慣れていなかったら、金剛丸の方がやばかった。マラコーダもいち早く気付いた様で、破片を肉に食い込ませながらも致命傷は避けていた。グラッフィアカーネが挽き肉状態になっているところを見ると、恐らくは逃げ遅れたこいつを楯代わりにしたのだろう。
「――いい根性しているぜ。悠長に人質を取って、尋問とか考えている余裕なんてねぇな!」
 唾を吐いて、BUDDYを構える。銃口だけ窓から出して発砲。すぐ路地の角から応射が返されてくる。再び屋内に引っ込む金剛丸だが、
「――周防。お前、何してやがる!? 待ち伏せしての挟撃するんじゃなかったのか」
『 ……あんたらだって、ちゃんと敵を誘い込みやがれ。あんたらが見逃していた連中と、ただいま交戦しているんだよ』
 周防の怒鳴り声が、短距離携帯無線機から響いた。雑音が激しい。銃声や剣戟の音が轟いている。舌打ちしながら金剛丸は次の手立てを考える。……そういえば俺を屋内に留まらせているのは、路地角からの射撃だ。距離的に手榴弾が届くとは限らない。第一、窓下から投げ込まれた。
「――しまった、食いつかれたっ!」
 廃ビルの奥――廊下側からM16A2閃光・音響手榴弾が室内に投げ込まれてくる。窓から飛び出そうにも銃撃で蜂の巣になるだけだ。咄嗟に口を開けて衝撃を殺し、音響から護る為に耳を塞ぐ。そして閃光から遮る為に眼を閉じた。数秒の空白。五感を取り戻した時にはシーツに包まり床に転がっていた。視界に飛び込んできたのは、マラコーダの無愛想な顔。
「――男と同衾する趣味は無い」
「……同感だ」
 シーツを放り投げると同時に、マラコーダは9mm拳銃SIG SAUER P220を連射して、続いて突入しようとしていた人影を足止め。跳弾が床や壁を傷付けていく。
「――状況、ガス!」
 金剛丸がM7A3ライアット手榴弾を放ると同時に、防護マスク4型を着用。催涙ガスに紛れて脱出を図るのだった。
「――罠なんか仕掛けて捕らえようなんて甘かった。最初から殺す気でやらねぇと駄目だ!」

 コンバットナイフが噛み合うと、耳障りな金属音を立てた。憎しみを込めて周防は相手を睨み付ける。鋭い乱杭歯を剥き出して笑い返してきた。しかも肉薄した戦闘中にも関わらず、仏語で熱っぽく囁いてくるのが癇に障る。言葉は解らないが、人名ぐらいは聞き分けられる。確かジルと呼ばれていたはずだ。もう1人はロベールといっていたか。どうでも良い事だが。
 仕掛けた罠を回避する経路にて潜伏していた周防達だったが、敵はこちらの動きを看破。二手に分かれて主隊が引き付けている間に、もう1つが待ち伏せを逆奇襲してきたのだ。蹴散らかされた部下は時折、痙攣したように身動ぎするのだから即死していないのだろうが、それでも戦いに参加出来る様子は無い。つくづく、山口刑務所周辺は憑魔能力を使えない事を肝に命じておかなければならない。半身異化どころか、活性化も生じないとは!
 ロベールとジルとの連携攻撃に、周防といえども追い詰められていく。起死回生を狙って、閃光手榴弾を取り出したところで、ジルとロベールの動きが止まった。視線で頷き合うと、周防から大きく距離を開ける。
「――ま、待て、この野郎!」
 怒鳴る周防に、ジルはウインクをしてから素早く撤退する。残されたのは周防1人。
「……舐めやがってー!」
 負っていたレミントンM870ショットガンを構えると、怒りに任せて空へと向けて撃つのだった。

 合流した仏軍外人部隊は、かつて泉戸町と呼ばれたところにあった外科病院に隠れ潜んでいた。
「――ジル、遊び過ぎだ。咎人は苦しませずに殺してやるのが、奴等にとっての唯一の救いになる。……悪い病気が再発したかと思ったぞ」
 ロベールの苦言に、ジルは肩をすくめて見せる。が、エティエンヌとジャンを引き連れたジョゼが姿を見せると、告解をする殉教者のような顔付きで恭しく頭を垂れた。ジョゼは眉を寄せていたが、溜め息1つした後に微笑みを向ける。許しを得たジルは子供のような笑顔を返した。
「――しかし、やはり歓迎がありましたな。子供じみた罠ではありましたが。一気に突入してしまっても良かったのでは?」
「あれだけが彼等の罠とは限るまい。余りにもお粗末に見せ掛けておいて、より致命的な仕掛けが施されていた可能性がある。時間が迫っているとはいえ、今回は相手を見極めるに終わらせたとしても、問題無い。――違うか?」
「……ラ・ピュセルのお言葉のままに」
 ジョゼの言葉に、エティエンヌ以下、男達は頭を垂れていた。が、いち早く気配を察したジャンが振り向き様にMAT49短機関銃を突き付けてくる。銃口の先は、赤い帽子を被った維持部隊員。
「……何故、ここが?」
 仏語で問い掛けられたが、
「――ぼくならば、どうアプローチするかを考えてみました。廃棄され、品質が保障出来ないとはいえ、医療施設には未だ使えるかも知れない物資が多く眠っていますし、また部屋数が多い事から隠れ潜むには事欠きません。第一、刑務所を見張れる場所は少ないですから。……ひとつ提案がありますが、宜しいですか」
「――聞こう」
「ぼくが潜り込む手助けをします」
 ジョゼはジャンに銃を降ろす指示を出した後、
「……目的は? 話によっては消えてもらう」
「――それが、ね。あなた達の目的こそが、ぼくの目的です。……ぼくも知りたいんですよ。本当の事が」
 暫らくの沈黙の後、ジョゼは表情を綻ばせる。唇が開き、言葉が紡ぎ出された……。

 ……バルバリッチャに引き連れられて、刑務所奥へと更に潜る。螺旋階段を下りていくうちに、次第に時間と方向感覚が狂っていく。それでもバルバリッチャの瑞々しい肢体に、意識を集中させる事で谷鯨林は自分を見失わずに済んでいた。……別の意味で、自分を捨てている気もするが、本人に自覚は無い。
「この掃き溜めには、我が輩が愛でるに相応しい存在は数少ない……。こうなればバルバリッチャ様とベイビーたんにかけるしかないのであるよ……」
 しかし、懲罰部隊でこれほどの自由が許される理由は何であるか? それを掴む事が出来れば、またあの愛しき空に戻れるかも知れない。――谷鯨林はほくそ笑む。ベイビーちゃんとやらはその鍵かも知れない。
「……寒くは無いのか」
 バルバリッチャを小柄な身を更に縮ませて尋ねてきた。いつの間にか吐く息が白く、廊下の壁には霜に覆われ、天井には氷柱が垂れ下がっている。
「我が輩、体脂肪が厚くて平気なのである」
「羨ましい事だ」
 厚地の手袋をはめると、バルバリッチャは廊下の奥にある頑丈そうな扉を叩く。内側から外へと両開きの扉が開かれた。奥から、馬鹿イノシシ(チリアット)と癇癪持ち(リビコッコ)が震えながら出てくる。
「状況に変化は?」
「異常無いでさ。――寒くてたまりません」
「隊長が暇そうにしている。暖めてもらえ。……寝かせてもらえなくなるかも知れんが」
「――休むに、休めませんな」
 下卑た笑みを浮かべると、チリアットとリビコッコは我先にと廊下を走っていった。だがバルバリッチャは振り返る事無く、真っ直ぐに室内の中央――鎮座する水槽を睨んでいる。谷鯨林がわななく。
「……これがベイビーちゃん。言葉通りに」
 水槽の中には、胎児が浮かんでいた。身体を丸め、へその緒は水の中を漂っている。
「――胎児と思って油断するな。目覚めれば、この刑務所を崩壊させるぐらい訳は無い。最高位最上級に匹敵するデビル・チルドレン――いや、完全な超常体といっても差し支えないのだ。駐日仏軍外人部隊――いや“懲罰者(パニッシュメント)”の目的は十中八九、これだ。隊長の暗殺など手段に過ぎない」
 バルバリッチャは唇の端を引き攣らせるような、三日月状の笑みを浮かべると、谷鯨林に
「おめでとう、これでお前は憧れの空に戻る事は出来なくなったのだ。ベイビーちゃんを拝んだからには、永遠に添い遂げてもらう。――安心して、死ね」
 耳障りな哄笑が響いていった。

*        *        *

 海田市駐屯地より73式大型トラックが隊員を連れて出立する。
「……宮島攻略戦はどうなったんですか?」
 気絶してから数日の安静を言い渡されていたユタカが、ようやく復帰。情報統制がされていたのだろう、ユタカは主治医となった速谷に尋ねてきた。
「……心配する事は無いですよ。順調に作戦は進展しています」
 揚陸した特殊部隊(※註1)が包ガ浦自然公園を占拠。橋頭堡が確保された事で、第46、第47普通科連隊が本格的に攻略へと乗り出していった。陣地が構築され、準備が整い次第、高位上級超常体が巣食っているという厳島神社への攻撃が開始されるだろう。但し問題が幾つか。その際たるものは、
( 厳島神社へと偵察に向かったはずの部隊が音信不通だという事……)
 既に生存は絶望視されている。また攻略部隊は事前情報も無い状況の中、作戦を遂行していかなければならない。――光の届かない深海の底を、手探りで潜っていくようなものだ。だが速谷は不安をおくびにも出さず、
「……ところでユタカさん達、第13音楽隊には来週から日本原駐屯地の慰問が命じられています」
「速谷先生もご一緒に?」
「さて、どうでしょう? 音楽隊の皆さんが無理さえしなければ、僕が付いて行くほどではないと思いますし……要望はあるようですが」
「速谷先生、人気者だからね。知ってる? アタシのところでバックバンドやっている藍ちゃんなんて、先生の事を熱い視線で……」
 実際、速谷はユタカ1人にかかりきりという訳ではない。心理療法にも精通した医師という貴重な存在は、どこからもありがたく受け止められていた。相談を受けるだけでなく、感じの好い顔立ちの速谷に言い寄ってくるアイドルも少なくない。とはいえ好意を寄せられて悪い気はしないが、速谷は曖昧な返事で先送りにしていた。――誤って思慮分別の無い行動を取れば、立場どころか命そのものが危うくなるからだ。
「――ところで先生、何か、アタシに贈られてきてないかな?」
 頬を染めながら、落ち着きの無い態度でユタカは室内を見渡す。ファンを標榜する維持部隊員からのラヴレターや、配給と交換しての嗜好や趣味の品が机を埋め尽くしているが……ユタカは目当ての物が見付からなくて落胆しているようだった。
「――紫のバラの人。どうしちゃったのかな……?」
 淋しさを一瞬だけ覗かせたユタカだったが、すぐに笑顔を取り戻してガッツポーズ。そして、
「……すみません、先生。着替えたいので」
「え、ええ。……失礼致しました」
 何故か、知世に笑われながら部屋を追い出される。一息吐くと、着替えが済むまでの間を潰すべく、速谷は廊下を歩いていたら、公衆無線通信機で話し込んでいる姿を見出した。盗み聞きはいけないと思いつつもも、お構い無しに耳に飛び込んでくる話し声。
「――秋芳洞に、調査の為に潜入した部隊が帰ってきていない!?」
 興奮と焦りが声から伺え知れる。秋芳台は、現在、第1種警戒態勢下にある区域だ。先日、百手巨人の出現を皮切りに、秋芳洞から大量に超常体が溢れ出てきているという。
「……判っている。あの人は常々『彼女には、ユタカちゃんとしての時間がある。折角の機会なんだから、ここでもボクに付き合わせる必要は無い』と言っていた。だけど――」
 声が大きくなっていた事に気付いたのか、ヘルガは周囲を見渡した。思わず隠れてしまう速谷。ヘルガは眉間に皺を寄せながらも
「……とにかく救出部隊の必要性を説いていて。大丈夫、ユタカさんは絶対に向かわせないようにする。それと――バラを送ってちょうだい、紫色の。何とか誤魔化してみせるから」

 

■選択肢
SEu−01)日本原駐屯地で第13音楽隊の慰問活動
SEu−02)壱参特務隊員として刑務所防衛&探索
SEu−03)駐日仏軍外人部隊に関して協力&調査
SEu−04)SBUとして厳島神社攻略戦に参加す
SEu−05)日本原駐屯地で巨人や怪物と徹底抗戦
SEu−06)那岐山に潜む超常体に関して威力偵察
SEu−07)秋芳洞に突入して見敵必殺&一撃離脱
SEu−FA)山陽地方の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。

※註1)SBU(Special Boarding Unit) : 特別警備隊……現実世界においては2000年に発足した海自の特殊部隊。不審な船舶に移乗し、制圧・武装解除し、積荷に武器や輸出入禁止物品が積載されていないか検査する。
 神州世界では2004年に江田島に密かに発足された、旧海上自衛隊由来の特殊部隊。旧海上保安庁の勢力を吸収し、沿岸部における特殊超常体殲滅活動に従事している。船舶や舟艇が著しく制限されている神州において、SBUは数少ない操船技術や水中作戦の専門家達として設定。SBUは神州各地にも分遣隊が設立されている。


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