第六章:ノベルス


個人運営PBM『隔離戦区・神人武舞』 第3回 〜 山陽:南欧羅巴


SEu3『 闇より還りきて 』

 人間を拘束するに必要なのは針金一本で足りるという。神州結界維持部隊中部方面隊・第13旅団第13後方支援隊・補給隊班長、井伊・冬月(いい・ふゆつき)一等陸曹は後ろ手に指手錠を掛けられ、全裸の状態で牢屋の床に転がっていた。
「ぶふぅ〜。我が輩とマイハニーが過ごす聖域を乱そうとする悪党め。……食事? はいつくばって食せ。犬のように」
 指手錠を掛けさせた、壱参特務ち組長の 谷鯨林・康馬(たにげいりん・やすま)陸士長が井伊を見下ろすと、鼻息荒くして吐き捨てた。監視役として新たに付けた部下2名にふんぞり返って命じる。
「有事の際には発砲を許可する。そして応援――周防士長か、金剛丸三曹を呼ぶであーる」
「――あんたは動かねぇのかよ」
 壱参特務と組長の 周防・樹(すおう・いつき)陸士長のツッコミにも、だが谷鯨林は胸を張ると、
「当然であーる。我が輩は後方から全体の流れを把握する事に努め、前線は任せたのである」
 ――旧・山口刑務所に対して、先月より襲撃を仕掛けてくる駐日仏軍第3外人落下傘連隊所属の特殊部隊。ジョゼフィーヌ・ヴィニョル[―・―]少尉を中心とした部隊の目的は、所内に収監されている事になっている第13特務小隊長の 郷田・ルリ[ごうだ・―]准陸尉の暗殺と、地下奥深くに凍結されて隠されている『ベイビーちゃん』と呼ばれる胎児型超常体の確保。そんな彼女等の侵入を手引きしようとした井伊は捕縛されて、黙然と陵辱を受け続けていた。井伊の身柄は第13旅団司令部に伝わる事は無く、行方不明のまま、そのうち超常体との戦闘に巻き込まれて死亡したと記録に残されるだろう。今はただルリの玩具として扱われるのみ。
「――やべ、酷使し過ぎたか。マグロのようになっちまった。これならまだバイブの方がマシだ」
 散々と井伊の精を絞り取ったルリが欠伸をしながら立ち上がる。零れた白い体液が脚を伝うのを、忠実なる下僕マラコーダ(尾っぽ)が拭き取っていく。井伊は精根尽きたのか身動き一つしない。ルリは既に井伊の存在を無視すると、
「……で、見取り図だっけ?」
 問い掛けられて、周防と 山口・金剛丸(やまぐち・こんごうまる)三等陸曹が首肯した。
「特に電気配線や排水口等が載っているやつをだ」
「……何を考えているか解かったが、そういう物を一応は囚人であるはずのアタイ達が手に入れられると思うか?」
 意地悪な問い掛けに、だが金剛丸は鼻で笑うと、
「――別に正規の物が欲しいとは言ってないぜ」
 ルリが笑い声を上げると、ルリ直属の『マレブランケ』の1人、ファルファレルロ(中傷者)が手書きの見取り図の写しを差し出してきた。金剛丸は流し見て、唇の端に笑みを浮かべる。
「しかし……現状、罠に頼るなりして刑務所外で敵とやり合い続けるのは、膠着状態に陥るので望ましくないな。持久戦的になれば此方が不利じゃねぇか?」
「どうかな? 向こうも不正規で攻めてきているんだ。籠城戦と考えれば、こちらの方がむしろ有利だ。輸送部隊に紛れてくるのに失敗した事から、次は正面突破か密かに進入を試みるはず」
 見取り図を畳んで胸ポケットに仕舞うと、金剛丸は無精髭を撫でた。
「――正面突破は仕方ないとして、抜け道を警戒する必要がある。――だから、これだ」
「なるほど。ま、刑務所内に誘い込んで袋叩きにした方がある意味得策だな」
 周防もまた笑みで応える。
「ま、こちらの混乱を狙ってくるならば、電気ブレーカーや予備電源等のある部分を集中的に警備しなくてはならんが……」
 隔離された神州日本において、輸入に頼っていた化石燃料は貴重である。従って火力発電は休止し、また超常体に征圧される危惧から原子力発電所も封印処理されている(※若狭にて謎の稼動状況に入ったとあるが、それはまた別の話)。最後の頼みは水力となるが、送電線や維持の問題から、やはり難しい。結論としては電気そのものが贅沢品と言えよう。実際、刑務所内で電気系統が活きているのは監視設備ぐらいなもので、照明は植物油か獣油、そして蝋燭が主だ。
「――というのは表向きで。肝心要の電気を喰う設備があるじゃねぇか」
 足下を指す。ベイビーちゃんを凍り付けて維持するには莫大な電力を必要とする。電源装置が狙われる可能性は充分に高い。
「……まぁ、少しぐらい氷が溶けても、簡単には目覚めんだろう。アタイに問題が無い限りは」
「――そこだ。そこで聞いておきたかった事がある。刑務所一帯は憑魔の能力が使えない訳だが……ようは超常体にも効くんだな?」
 周防の問いに、ルリは頭を掻く。汚れが舞って、金剛丸が顔をしかめた。ルリは無視すると、
「――刑務所周辺で、周防、アンタは超常体と戦って苦戦した覚えがあるか?」
「確かに……駐日仏軍外人部隊を除けば、戦闘自体が月に一度あるかどうかの頻度だな」
「……それが答えだ。そしてベイビーちゃんは紛れもない超常体と考えていい」
 ルリの態度に、谷鯨林が突然笑い出すと、
「つまり、それが隊長の能力であるな。既に知られている憑魔能力以外にも、特異な能力は存在するという。郷田の能力は『憑魔能力を無効にする能力』なのではないか? そして能力を無効化させた上で、ベイビーちゃんを冷凍収監する――それが刑務所に施された改築である」
「……調べたのか。谷鯨林のくせに」
「だから、おまえ達、我が輩を莫迦にし過ぎであーる。もっとも……我が輩の予想は少し外れていて、つまんないであるが」
 刑務所に施された改築が、ルリの能力を増幅させていると考えていたのだが、単純にベイビーちゃんを収容する仕掛けだったようだ。
「さておき隊長が壱参特務として収監される前の経歴とか調べたである。――その出生、幼い頃の記録は白紙。改竄された訳でも、削除された訳でも、隠蔽された訳でもなく、文字通り……白紙。突如として現われて、マレブランケをまとめると『末尾』のように最前線で暴れ回っていた」
 ちなみに、愛しいバルバリッチャ(悪意の塊)の本名と経歴等の情報も入手したのは秘密である。
「――緘口令が布かれていたが、過去に『憑魔能力が使用不可能になった』という噂の場所と、隊長が暴れ回ったところは見事に一致したである」
 ならば、ほぼ確定。ルリは谷鯨林に近付くと、派手に音を鳴らして肩を叩いた。
「……何だっ! やれば出来る子じゃねぇか!」
「わははっ、もっと褒めるであーる! そして我が輩に隊の全指揮を委ねて貰っても構わないであるよ」
「「――調子に乗るな!!」」
 金剛丸と周防とのダブルツッコミ。さておき谷鯨林が調べ出して来た事は、ルリの情報だけではない。
「さて……超常体であるベイビーちゃんの解放を求める仏蘭西人達は、彼等自身、超常体に組みする集団だと考えられるであるな。また、仏蘭西人はヘブライ神郡を彷彿とさせるような言動をとっていたらしい事から――ベイビーちゃんも天使の一柱なのでは?」
 出生時の記録。バルバリッチャは以前にデビル・チルドレンと告げていたが、正確には違うようだ。言うなれば、処女懐胎――子宮内に直接、憑魔寄生したらしい。空間爆発現象により母体は死亡。だがベイビーちゃんは驚異的な生命力で、存在し続けた。
「――悪いがアタイの“鍵”は無くしちまったんでね。他の“鍵”の持ち主が都合良く現われる訳も無く、ベイビーちゃんをこの世界から放逐する事も出来ず、また倒し切れず、こうして封印するしかなかったという訳だ。そして色々あって壱参特務はここに居る」
 悪びれずに語るルリだったが、一同ツッコミ。
「「「――“鍵”???」」」
「アタイ自身よく解からんが、“鍵”とは世界移動が出来る憑魔核に似たものだ。……つまりアタイは別世界で殺戮しまくって移動してきた異生(ばけもの)だぜ。調子に乗り過ぎて“鍵”に魂を売り渡してしまったが」
 余りにも堂々と語るので、逆に信用がならなかった。もっともルリ自身も信じてもらうつもりはなかったようだが。
「――何で、そんな重要そうな法螺話を、今更?」
「今更も何も……アンタ等、アタイに直接尋ねなかったじゃねぇか?」
 何か毒気を抜かれた。暫くの間、一同は脱力していたが、最初に我に帰った金剛丸は溜め息を吐くと、
「とりあえず、お前等、汚いから掃除してやる」
 デッキブラシを掴むと、まずは気絶していたように横たわっていた井伊に水をぶっ掛けた。肉を削るように力を込めて汚れを落とす。さらに谷鯨林に向かい、
「特に、お前は念入りだ!」
「しっ、失礼である。我が輩、マイハニーに嫌われたくないから身嗜みには気を付けているであるよ!」
「うるせえ! ポマード臭いんだよ! 俺は山口金剛丸だ、文句あんのか!!」
 逃げる谷鯨林を追い掛ける。周防が肩をすくめて、ルリは欠伸をしながら自室へと戻っていった。残るは監視の2人のみ。薄れがちな意識の中で、井伊は猫の鳴き声を聞いた気がした……。
「――今、こいつ、笑わなかったか?」

*        *        *

 いつも冷静沈着を勤めている第13飛行隊・機種統合試験部隊長、笹山・健(ささやま・たけし)准空尉が珍しくも机の端を指先で叩きながら、苛立ちを露わにしていた。重い嘆息を漏らす。
「――ナパームやクラスターは、限定的にでも使用許可が下りなかったな。防衛ラインが崩壊したらどうする気だ」
「逆に言えば、 その時が来なければ、否が応でも許可は下りないという事でしょうね」
 人型戦車試験小隊『闇夜の梟』隊長、峰原・杏奈[みねはら・あんな]三等陸尉が呟くと、会議室は苦笑が充満した。
「直々に維持部隊長官へと求めたが……市ヶ谷もあちらで大騒ぎらしい。正直、期待は出来んな」
 笹山と同じく、自衛隊時代からの古強者である第13戦車中隊・次世代戦車試験部隊長、桑形・充(くわがた・みつる)准陸尉は、その経歴により維持部隊長官とも面識がある。とはいえ直ぐに利便を図ってくれるほどの関係でもない。武器運用における改善は容易ではないようだ。
「――とにかく前回の交戦で体験したように、ギカンテスとの戦闘は、テュポンという司令塔と『エキドナの仔達』という獣型超常体の群れが加わった事で、大きく変わったというのは間違いありません」
 第46普通科連隊・第13066班長、大倉・隆一(おおくら・りゅういち)三等陸曹の意見に、全員が首肯する。笹山は唸ると、
「このまま結界の維持に固執し、迎撃に徹するのは状況の悪化を招きかねない」
「……そうね。那由多――うちの隊員も『敵勢力の全容も判らず、味方戦力も不足する現状では少しずつでも敵を押し返していくしかない』って言っていたし。それに元々、人型戦車はギガンテスを突破する為の武器として準備したものよ」
 断言する杏奈の視線を受け止めた。言葉を待つ。
「――維持部隊の役割を拡大解釈し、反攻に出る、で宜しいかしら?」
「異論は無い。ギガンテスが防衛ラインを突破し、駐屯地――否、人類社会を脅かすのであれば、本末転倒だからな」
 峰山が続けると、決意の眼差しで頷き合った。
「では――不肖、大倉が作戦立案します。司令塔であるテュポンの存在は大きく、これを攻略出来るか否かが戦況を大きく左右する事は間違いありません。まずはテュポンが指揮するに困難な状況に追い込む必要があるでしょう。サンダーボルトによる砲撃。テュポンの空間操作能力を考えると、攻撃そのものの効果は見込めませんが――」
「確かに……指揮だけに集中する事を妨げられるな」
「はい。そして『闇夜の梟』による浸透――その他、細かい所はありますが、ざっと考えました」
 作戦の利点と問題点の洗い出しが行われる。特に、
「……ただでさえ戦力不足であるのに予備戦力のBWVを対テュポン抹殺に引き抜いたら敵の攻勢に対処が間に合うかもしれないな」
 簡潔に言うと、機甲科や普通科にギガス含めた超常体の攻勢を受け止める囮になってもらい、その攻勢の隙を突いて逆に浸透し敵の総大将を討ち取る方法である。リターンは大きいが、リスクも高く、今回で打ち倒せなければ機甲科や普通科は壊滅に近い損害を受けるかもしれない。
「――ですが、早急にテュポンを倒せる方法は今のところ、これしかないかと。それに……」
 砲撃がテュポンに続けられるならば、煩わしいサンダーボルトを潰そうと、特科に対して集中した攻撃に移行する可能性が高い。これを利用して、特科を中心にして防御陣を組む事で普通科機甲科が集中する敵の戦力を効率よく殲滅できる可能性もある。
「――ギガスの間接砲撃も、指揮だけに集中出来なければ正確性を保持する事は難しくなりますし、空間能力を使用した座標の撹乱効果も激減するでしょう。そうすれば、普通科が持つ迫撃砲等によって反撃が可能になるかと思います。今回『闇夜の梟』の斥候がテュポンの座標を割り出してくれると思うので……それで撃ってもらえればなぁと」
 大倉の尻すぼみな調子に、桑形が困った顔。だが、
「了解した。作戦実施において、敵戦力の誘引が必要なのだな。事前に陣地を構築した上で引き受けよう。ただし人型戦車への支援が薄くなるが……」
「――仕方無いわね。リスクを負うのはお互い様だわ」
 杏奈の承諾に、桑形は頷くと、
「済まんが、ある程度は臨機応変に対処するとしても攻勢を支えきれなければ意味がないからな」
「……直接の支援にはならないが、人型戦車が奇襲をかけた場合に敵戦力が引き返すのを、空爆で阻止しよう。短時間なら、切り離す事は可能だろう」
 笹山の申し出。他の部隊長も口を挟む事はあっても、無為な反対意見も出ず、作戦は練られていった。

 作戦決行日時も定まり、三軒屋駐屯地より応援に来た第7施設群第349施設中隊が防御陣地を構築していく。チアガールのコスプレをしたWAC(Woman's Army Corps:女性陸上自衛官)が励ましの声を上げていた。
「――音楽科の慰問活動は先日に終了したはずだが」
 操縦訓練の休憩時間。佐島・弘一(さじま・こういち)陸士長が首を傾げる。安藤・義正(あんどう・よしまさ)二等陸士が中心となっている人物を指差した。納得して佐島は思わずコメカミを押さえる。
「……綾科一士か。納得」
「はぁ〜い♪ ……殺伐とした戦場、乾ききった心を潤す可憐な花々――わたしたちがラブリィガールズですよぉ〜」
 綾科・那由多(あやしな・なゆた)一等陸士は訓練の合間を縫って、駐屯地内のWACを志願及び選抜すると、日本原駐屯地応援隊『ラブリィガールズ』を結成したのである。ちなみに大倉の部下達も参加させられているのはご愛嬌だ。
「――なお功績Pを消費していないので、今回限りのサービス部隊なんだよ〜。恒久的なものにしたいのならば最低でも陸士長になって組を結成してね」
 眼を回しながら、いつもながらに 殻島・破音(からしま・はおん)二等陸士が電波的な説明を加える。それはさておき、ポンポンを振り回しながら那由多がスキップ。短いスカートは弾む動きと、風を受けて舞い上がる。アンダースコートが見え隠れする、チラリズム。だが思わず覗いてしまった安藤は仰天した。
「――えーと? 今、女の子にはありえない盛り上がりが……」
「――それはそうよ。那由多には男の子としての部分もあるから」
 書類を手に、杏奈が顔を出す。開いた口がふさがらない男達と、恥ずかしそうに身をくねらせる那由多。
「つまり両性具有体。……どうしたの?」
 破音の言葉に騙されたと唸る男達。杏奈はホッホーと鳴くと、
「――さて。安藤二士。要望の人型戦車用速射武装だけど……無理。率先して音頭をとって開発を進める人がいないと、御希望の装備は手に入らないわよ。勿論、開発にかま掛けている間は戦場に出る余裕はないから、良く考えてね」
 それから、とホッホーとまた鳴き、
「人型戦車用ギリースーツだけど、発注と受領の書類に不備があった為、見送られたわ」
「……となると隠密浸透が難しくなるかと」
「幾らなんでも擬装を施したぐらいで、人型戦車が隠密裏に動き回るのは難しいわね。そもそもギリースーツは待ち伏せ用よ? ギリースーツを着込んで奇襲するアサルトなんて知らないわ」
 ギリースーツは嵩張り、奇襲には向かない。森での行動は超常体に一日の長がある。ギリースーツ装着で動きが鈍った人型戦車等、格好の発見対象にしかならない。迷彩を施すだけで充分だ。
「……それと、アタシを使っての強制侵蝕現象への耐性を付けようとするのは却下。やったとしても耐性がつくのはアタシからの影響に対してのものであって、テュポンが引き起こす強制侵蝕現象への抵抗力は付かないわよ。つまり無駄」
 詳しくは説明出来ないらしいが、とにかく固体ごとに波長が違うらしい。それはさておき、
「もう、自身が超常体だという事は隠す気がないんですね……」
「もう、ある程度、噂が流布しているからね。大倉三曹をはじめとして……アナタ達にワタシへの射殺が許されているわよ。だから――」
 何かあったら躊躇なく撃ちなさい。その言葉を杏奈は匂わせてきた。一同、咽喉が渇く。
「そうそう。今回の作戦にはワタシも人型戦車――『アイギス』に搭乗するからね」
「「「はぁっ!? あ、そういえば……」」」
「うん。この一ヶ月間の激戦でたまった疲労が噴出したのね。お休みよ」
「……ぼくに乗せてくれないんだー」
 口を尖らせて抗議する破音。
「……破音を斥候という重要な役割から外せないのよね。困った事に」
「うん……まぁ、今回はその方がぼく的にもちょっと都合が良いかなぁ」
 無理に食い下がる事なく破音は曖昧に頷く。安藤が心配そうな顔をするが、破音は笑って返した。しばらく熟考していた佐島は杏奈に向き直り、
「――改めて聞いてくれますか? ……俺がパイロットやってるのは、自分の命を、本当に自分が望んだ事に賭けられるからですよ」
 そう切り出して、杏奈と視線を合わす。
「死が必要なら、まず俺からで良い。……いや勿論、それしか能が無いのもありますがね」
 一旦、皆を見回すと、
「今回の作戦も頭目を潰し、相手側の組織的戦力を潰して日本原周辺を沈静化させ、那岐山までのルートを確保したいという目的があります。しかし隊長が、そもそも何で那岐山に拘るのか、具体的に何をしたいのか――本心をお尋ね出来ませんか」
 佐島だけでなく、周囲からの視線を受けて、杏奈は暫く黙っていたが、
「――綾科一士。ちょっと手伝ってくれるかな?」
 トレードマークであるフクロウの着ぐるみを脱ぎ始めた。上半身シャツ一枚の姿、蒸した汗が匂いとともに広がる。そして眼鏡を外して真剣な顔をしてきた。
「……この世界を作った存在がいるの。ヘブライ神群は“ 唯一絶対主 ”と呼び、アトゥムとも、アフラ=マヅダとも、マハーヴァイローチャナとも、ましてやアザトースも呼ばれる存在。――アタシ達はカオスと呼んでいたけど」
 いきなり、とんでもない事から切り出したが、杏奈の眼差しは至って真面目なものに見えた。
“ 唯一絶対主 ”はアタシ達に告げたの――他者を討ち果たし、この世界を支配したモノを後継者にすると……まぁ解釈は様々な神群で違うけど、おおむね、そんなところ。そして世界を巡っての戦いが始まった」
 しかし世界は思ったように広く、過去、数万年、数億年掛けても決着はつかなかった。何より神も、そして従い、または抵抗していた人間も疲弊し、安寧を求めたり、狭い範囲での支配に満足してしまう。
「――それは堕落を生み、叛乱も起き、滅亡が訪れる。……何度、遊戯のやり直しを繰り返した事か」
「……ソコデ、ボク達ハ、一計ヲ案ジタ。ナラバ世界ノ地脈ヲ有スル日本ニ戦力ヲ集結サセテ、“遊戯”ヲスレバヨイト。自ラノ支配地ヘノ被害モ減ル」
 杏奈の言葉を続けたのは、破音。眼は静かに虚を見詰めている。だが今は別の点に注意がいった。
「――とにかく、つまりは、それが……」
「そう。隔離戦区・神州結界の正体よ。そして那岐山はオリュンポスに相当するの。――神群の長ゼウスがいるはず。対してアタシは親殺しの運命を持つの」
 ティターン神群の長クロノスが、天空神ウラノスを殺害した事から始まる、親殺しの呪い。クロノスは呪いを恐れてハーデスをはじめとする子達を飲み込んでいった。母レアの計略で難を逃れた末弟ゼウスは、クロノスを討ち果たしてティターン神群を奈落タルタロスに封じ込める。だがゼウスは己にも呪いが降り掛かるのを恐れ、子を身篭った妻メティスごと飲み込んでしまう。だが第一子はゼウスの頭に宿り、ヘパイストスの斧によって出生する――これがアテナだ。
「そしてアタシは処女である事を誓った。子が生まれなければ――アタシを最後として親殺しの運命も終わる。……それは、この世界に顕現してからも変わらない。呪われた連鎖の輪は断ち切らなくてはならない」
「それがオリンポス神群の負けになっても?」
 問いに対して、杏奈ははっきりと首肯する。
「黄金は失われ、銀は衰え、青銅は朽ちた。もはや鉄の時代だわ。アナタ達、人間の世界よ。ゼウスだろうが、クロノスだろうが、テュポンだろうが……ましてや“ 唯一絶対主 ”だろうが――勝手にしていいものじゃないわ!!」
 杏奈の宣言に、各々がどう考えたかは定かではない。だが佐島は不敵な笑みを浮かべると、
「承知した。俺としては地獄まで付き合う事には吝かではない。今後とも宜しく頼む、隊長」
 手を差し伸べて、誓いを交わす。
「……さて、さっそくだが、想定されるテュポンの能力及び因縁だが。隊長自身がアイギスを駆るとなれば、また戦術を考え直さないといけないし……当然、特訓にも付き合ってもらわないとな。その後は、皆大好きカレーパーティーだ!」
「おおっ! 大倉さん達も豪勢な食事をするって言っていたしなぁ……。ぼかぁ楽しみだ」
 コンビネーションについて煮詰める為、意見を交わし始める操縦士達。その中で破音だけは虚ろな表情で北――那岐山の方角を眺めるのだった。

*        *        *

 身振りを交えて説得の言葉を紡ぎ出すたびにツインテールが揺れる。護藤・みこと(ごんどう・―)二等陸士は、幹部(士官)を前にしても臆する事なく、自身の推測を並べていった。
「――相手は、極めて危険な能力を持つ超常体である事が推測されます。しかし現時点で敵側からの積極的攻勢がない事も考えれば、可能ならば接触交渉し、敵か味方かの確認に努めるべきかと。――攻撃の一時中断と監視体制の確立を要請します」
 熱意を込めた説得に、だが幹部達は顔をしかめる。今作戦の目的は厳島神社に巣食うと言われる高位上級超常体の討伐と、宮島の戦略上確保を目的としたものだ。揚陸した海自系列の特殊部隊SBU(Special Boarding Unit:特別警備隊)が橋頭堡を確保し、海田市駐屯地より大型輸送回転翼機CH-47Jチヌークで乗り込んできた神州結界維持部隊中部方面隊・第46、第47普通科連隊は厳島神社突入へと準備を終えて、攻撃命令が下るのを待ち望んでいる。今更、攻撃の一時中断では士気の低下ばかりか、莫大な労力と時間が無為になりかねない。宮島攻略作戦群長(一等陸佐)が両手を組んで睨み付けてきた。
「――再度、君の推測を並べてくれないかね」
 鋭く冷徹な眼光に、さすがのみことも圧し潰されそうになる。だが努めて元気に、
「はい――第一波として先行した偵察員が、ただの一言の報告も上げずに連絡を失った事。また、有無を言わさず殲滅されたにしろ圧倒的な力で即死させられたにしては本部も爆発等の、それを感知していない。これは極めて静粛に、かつ速やかに無力化された事を示しています」
「……護藤二士の発言に訂正すべき点は無いか?」
 群長の問いに、幹部の1人が口惜しそうに首肯した。確認して群長は、みことに続きを促す。
「発見された敵超常体が目深にフードをかぶり、常に視線を遮っていたこと。また、報告による目撃時の様子では天馬を従え、キュクロプスが直衛についている事。加えて海上では無数のネレイデスにヒッポカンポス。上空にはセイレーンが舞い、陸上においても多数のアラクネが這い回っているとの事です。――それだけの戦力を有しながら、奪還部隊に積極的な反撃、攻勢を仕掛けてきていない事は重要事項と思われます」
「……重要かどうかを最終的に決断するのは幕僚の仕事だ。君の仕事ではない」
 だが群長はみことの発言を無碍にするつもりもないようだ。視線がとにかく痛いが、みことは負けない。
「それらを従わせる存在――オカルト説が正しいと仮定するならば、ゴルゴン三姉妹の長女エウリュアレか、或いはメデューサその人じゃないかと予想します」
 デメテルと同一視され、ペルセポネの一面とも言われるメデューサ。アテナの怒りを買って姿を変えられた伝説を持つアラクネを従えているが、メデューサ自身もアテナの怒りを買って、忌まわしき姿に変えられた存在である。メデューサはポセイドンの愛人であり、あろうことか処女神であるアテナの神殿で情を交わしたというのだから、それは怒りを買うだろう。またペガサスの母親とされる(※ポセイドンは馬の守護神でもあり、つまりペガサスはれっきとした実子だ)。
「……相手がゴルゴンだとすれば、極めて特殊な呪言系能力を有している事になります。そして偵察隊の全滅は不幸な事故であった可能性も……」
「人の生死に、不幸も糞もあるか! 恥を知れ!」
 突然の怒鳴り声が、みことをうちのめした。
「――貴様は、亡くなった者の同僚や友人、家族に『彼の死は不幸な事故だ』と告げて、納得させられるというのか。――そのような失言は二度と許さん!」
「……しっ、失礼しましたっ!!」
 慌てて詫びを入れる。冷たい汗で身体がぐっしょりと濡れている。膝が震えてまともに立てない。そんなみことを郡長は一瞥して、着席を命じた。そして、
「――表向き、オカルト説は一笑に付すべき事だ。しかし、いずれにせよ敵対するには危険な相手であるのは間違いない。護藤二士の上申を鑑みて、攻撃命令をもう数日間の延期を決定する。その間に、より詳細な偵察報告を上げろ」
「――はっ、承知しました!」
 敬礼でもって応える、みこと。だが郡長は答礼せずに、ただ睨み付けてきた。
「……だが忘れるな、友好的かどうかに関わらず超常体は人類の敵だ。――共存の道は無いと思え」
 天幕から逃げるように退出する。二、三歩離れたところで腰が抜けて、尻を付いた。
「さすが陸自から戦ってきた叩き上げ……怖かった」
 楽観論者のみことでさえも震え上がらせる。暫く深呼吸を繰り返して、落ち着きを取り戻そうとした。
「――交代せずに、秋吉台に残っていた方が良かったかな。……って、あれ? 何か忘れているような」
 小首を傾げて、記憶を思い巡らせる。そして悲鳴。
「あーっ! 羽村士長に質問するの忘れてたっ!」
 更に困った事には、友人に代わって質問をしてもらう時間的な余裕も無い。みことは諦めると、気を引き締め直して、厳島神社への偵察に向かうのだった。

*        *        *

 話し終えた、三角・ヘルガ[みすみ・―]准陸尉は珈琲カップに口を付ける。眠気覚ましに入れた珈琲は話の間に冷めてしまっていて、味気なく感じた。
「――と、これが、私の口から出せる“遊戯”の情報だけど……参考になったかしら?」
「未だ不足しているだろう事もあるのでしょうけど、概ね了解しました」
 第13旅団司令部のある海田市駐屯地。速谷・光輝(はやたに・みつてる)准陸尉は、ヘルガから第13音楽隊のトップアイドル、式神・ユタカ[しきがみ・―]一等陸士に襲い掛かる悪状況を打破する為に、ヘルガから情報を聞き出していた。悪夢にうなされて不眠症がちなユタカの寝室には、看護師の 渡瀬・知世[わたせ・ともよ]一等陸士が付きっ切りで看病しており、また防犯ブザー1つで完全武装の警務隊が駆け付けてくる手はずとなっている。知世の看病は本人の意思と速谷の指示によるものだが、それ以外は警務科や様々なところに人脈があるヘルガと第13後方支援隊のお局様であるユタカ母の仕業だ。第13旅団の生命線を握るだけあって、発言力は大きい。
「――式神三佐御自身は山口駐屯地のトラブル処理に出張中らしいけど。……昔に恩があった方の息子さんと、その部隊が行方不明になったとかで」
「……まぁ、あの人に直接対面しなくて済んで、安堵していますよ。行方不明になったという部隊には申し訳ありませんが」
 子煩悩なユタカ母の事だ。カウンセラーである速谷や、マネージャーのヘルガの責任を問い詰めて解任。そしてユタカも音楽科での活動を禁止される可能性が高い。その点で速谷にとっては幸運でもあったが、
「――それでも、自分が治療して完治した人が、翌日に死体袋に入って戻ってくると、ライフル片手に超常体に突っ込みたくなりますよね」
 さておき、
「……とにかくオリンポス神群だけでなく、全ての高位上級とされる超常体の目的は、簡単に言うと『陣取りゲーム』にあるらしいわ。オリンポス神群はおとなしめだったけど……もしも覇権主義のポセイドンが主導して大攻勢に出てきたら、第13旅団が被る損害は甚大ね。――ゼウスはどちらかというと享楽主義だから」
「……しかし最近になって状況が大きく変わりました。秋吉台ではティターン神群が、日本原ではギガンテスが暴れ始めていると聞きます。それに――ヒュプノスとか。……出来れば、僕もユタカちゃんを助けたい。少なくともティターン神群の勢力が増大する事が人類に脅威なら、喜んで協力します」
 速谷の決意に、だがヘルガは腕を組むと困った顔をする。溜め息を軽く漏らして、
「ティターン神群の脅威を排除するのならば、ユタカや私にでなく、秋吉台の……そうね、羽村士長に協力しなさい。羽村士長はタルタロスと呼んでいる“時空の扉”――異世界との接点を監視しているから」
 そこで上目遣いで速谷を見詰めてくると、
「――でも、貴方の強みはそこじゃないわ。ユタカの精神状態を癒して上げる事よ」
 それに、と一度言い淀んでから、
「――ユタカが、タルタロスの門を開ける鍵と看做されているのは確か。でもヒュプノスが幾らアレと接触していたとはいえ、ティターン神群を解放しようとする理由が解からないわ」
「……どういう事です?」
 訝しむ速谷に、ヘルガは一言。
「――ヒュプノスはティターン神群ではないもの。勿論、オリンポス神群とも違う。ガイアやウラノスを祖にしない、まさに“外なる神々(アウター・ゴッズ)”の系譜。……夜(ニュクス)の子供よ」

*        *        *

 吐く息が白い。ドライスーツの上からも凍て付くような鋭い空気に、柏原・京香(かしわら・きょうか)二等陸士は身を震わせる。バックアップに当たる第17普通科連隊秋芳洞分遣隊からの連絡が耳に響いた。
『――ポイント百枚皿にて、計器が急激な温度低下を確認。花嫁は近い。気を付けていけ』
「……解かったわ」
 冷たい空気を吸い込むと、咽喉が焼けるように痛む。だが肺腑を振り絞って、京香は声を上げた。
「――王妃、ティターニア王妃、偉大なる王の后、何処におわします。王の使いで参りました!」
 叫びは洞内を響き渡り、怯えた蝙蝠が天井を飛び回る。名も知らぬような小型の低位下級超常体が素早い動きで、這って逃げた。ちょっとした喧騒の中、京香は更に声を張り上げた。
「――今はあの楽しい五月の月明かりに照らされた木陰の道にて、婚礼の場を用意してお待ちになっておられます」
 言葉は寒々とした洞内を澄んだ鐘のように鳴り奮わせる。軋む音が足下から聞こえて、京香は視線を落とした。百枚皿――水に溶けた石灰分が沈積してできたリムストーンプール。張られていた水が凍り付き、白い氷と化す。石灰岩を溶かし鍾乳石のつららから滴り落ちる水滴が、一瞬にして結晶となり、床に落ちて砕け散る。押し寄せてくる凍気の波動に、京香は歯の根が合わなくなる。更なる言葉を続けようと、口を開けた瞬間に肺腑の奥まで凍傷にかかりそうな絶対零度。
「――羽村さん、あたしのオベロン。ああ、そこにいるのね。会いたかった。あたしこそがあなたに抱かれるのに相応しい。ああ、あたしの妖精王――」
 秋芳洞を流れる川の表面をWACが歌い舞い踊る。既に自ら発した凍気で野戦服は砕け散り、裸身に纏うはダイアモンドダスト。用意したウェディングドレスを差し出そうとする京香だが、熱を急激に失ったドレスは痛んで襤褸と変わる。ましてやWAC―― ティターニア[――]の眼に、京香の姿は映っていない。ただうわ言を呟き、氷のバージンロードを軽やかに弾みながら歩む。眼だけが恋する乙女のように熱しているのが哀れだった。
「――ああ、オベロン。麗しき、王よ」
 出入り口に立つ影は、タキシードを纏っていた。逆光で顔は見えないが、その猫背で貧相なのは 羽村・栄治[はむら・えいじ]陸士長に似通っている。狂気にうなされたティターニアは迷わずに抱き絞める。乾き、砕けた音がした。
「――違う。騙したのね!」
 叫んだ瞬間、隠れ伏せていた秋芳洞分遣隊が89式5.56mm小銃BUDDYで斉射。ティターニアを吹き飛ばす。一瞬にして張った氷壁が致命傷を免れたようだが、背後に忍び寄った京香が手刀を繰り出した。
 ―― 憑魔覚醒。侵蝕開始。半身異化状態に移行。
 京香の手に巻いていたバンテージが腐れ落ちる。手刀を通して伝わった呪言の力は、ティターニアから生気を失わせていった。肌が荒れ、乾いていき、そして枯れていく皮膚。頬は扱け、髪の毛が抜け落ち、痩せこけていく。そこに残るは醜悪な老婆。この世ならぬ悲鳴を上げながらティターニアは崩れ落ちていった。
『――超常体の掃討完了。遺体は焼却処分する』
 無線が流れる中、京香は非難めいた視線を、羽村へと投げ掛ける。
「……どうして彼女に抱き締められて上げなかったの? 愛する人の腕の中で死ねるのは幸せな事、神州でそんな幸せな死を迎えられる人がどれだけいる?」
「――悪いけど、彼女に抱き合ったら、ボクは死んでいたよ。ボクはそこまで善人じゃないし、彼女に責任も取れない」
「……だから彼女からの好意も気付かぬ振りをしていたのね」
「せめてユタカちゃんがボク――いや、この身体は羽村栄治か――とは違う誰かと結ばれて、一生を終えるのを見届けるまでは、誰とも付き合うつもりは無かったよ。それが、あの時に“彼女”をさらった罪滅ぼしだと思ったし……統合した羽村栄治もボクの考えに同意していた」
 ティターニアを撃ったBUDDYを肩に担ぎ直すと、羽村は秋芳洞の奥を覗き込むように視線を細めた。
「羽村栄治は幼少のころのトラウマで、女性不信だったんだ。昔から貧相だったからね。初恋の子に告白したら、振られるだけでなく、次の日から彼女の友達に先輩や後輩……まぁグループ総出で虐められた。日々鬱々としていた栄治は偶像(アイドル)であるユタカちゃんに救いを求め、そしてボクはユタカちゃんを通して“彼女”を見た。……此処まできたら憑魔核を通じて人格統合するのは簡単。そして今のボクがある。栄治の立場は、ボクの務めにも都合が良かったしね」
「――それがタルタロスの監視?」
「詳しくは追々と話していくけどね。……それはともかく、彼女を抱けなかった理由はもうひとつある。狂気に陥り、ティターニアとなる前は、確かに彼女はボクを、栄治に好意を寄せてくれた。栄治の内面性を認めてくれたのは初めてだよ。だが――ティターニアとなった彼女が求めていたのは栄治でも、ボクでもない。栄治を通して見たオベロンという幻影だ」
 羽村は頭を掻くと、
「それなのに抱く事は許されないだろう? 本物のオベロンに申し訳ないし、彼女への裏切りになる」
 真面目というか何というか。京香は眉間に皺を寄せた。溜め息を我知らず漏らす。頭を振ると、
「――では。障害の排除に成功したのだから、進むわよ、タルタロスまで。抜け道とかあるのなら案内を」
「了解した。でもタルタロスの門を閉じ直すのは並大抵の苦労じゃないよ。どうするの?」
 問い掛けに、京香は黙って背嚢を指すのだった。

*        *        *

 戦火は、陽が大地を朱に染め始める黎明に再び巻き起こった。第13特科隊の203mm自走榴弾砲サンダーボルトが、その名に相応しい轟雷を振るわせると、大きな土柱が立った。肉片を撒き散らかされたギガスが叫喚の声を上げる。
『――観測所より、敵陣への着弾を確認。されど目標には届かず。……距離と角度の修正後、叩き込め!』
 射撃指揮所の命令に、数門の自走砲が次々と敵地へと砲弾を叩き込んでいく。敵もまた巨石を投げて応戦してきた。
『――次弾装填を急げ! 獣が来るぞ!』
 砲弾や巨石が飛び交う空の下、施設科が敷き詰めた地雷原の上を、敵超常体の第一波としてネメアンの群れが駆け抜けてくる。爆音と咆哮が日本原高原に響き渡った。続いてヒュドラの群れが、ネメアンが抉じ開けた道筋を縫って陣地へと押し寄せてくるのだが――
「……聖●士に、一度見た技は通用しない!」
 誰かの叫びを合図に、FN5.56mm機関銃MINIMIが弾幕を張る。空行くサンダーボルトII――A-10攻撃機がGAU-8/A 30mmガトリング砲で弾雨を降り注いでいった。更に桑形の率いるM1A2エイブラムスSEPが44口径120mm滑腔砲M256で撃ち払っていく。投じられてくる巨石も、動き回る戦車に被弾させる事は難しい。自走砲への攻撃も、
「――旋回。左翼にサテュロスを視認。轢き潰すぞ」
 敵側の斥候サテュロスを見つけ出し次第、掃討していく。エイブラムスだけではない。第13066班員が急いで89式装甲戦車に乗車。ガンポートからBUDDYを突き出して弾をバラ撒く。射手席に収まった 中村・龍馬[なかむら・りょうま]二等陸士が35mm機関砲を射ち続けるだけでなく、
「――鈴木、オペレートを頼む。重MAT発射!」
 車長席の 山下・隆志[やました・たかし]陸士長の指示を応え、砲塔の両脇にそれぞれ1基ずつ装備された79式対舟艇対戦車誘導弾――重MATが射出される。長い有線ケーブルを引っ張りながら飛行したミサイルへと、鈴木・恵[すずき・めぐみ]二等陸士が信号を送り、突破してきたヒュドラへと誘導していった。爆破――飛び散る肉塊は炎上し、いかに再生力が高くとも復活の恐れはない。後部側面から襲い掛かってくる超常体には、鈴木・優美子[すずき・ゆみこ]一等陸士がBUDDYを振るう班員達に冷静な指示で狙いを付けさせて、確実に数を減らしていった。
「――どいつも、こいつも、皆よくやった。帰還したら、もう1コース、豪華メニューを大盤振る舞いだ!」
 大倉の言葉に、歓声を上げるのだった。

 超常体の猛攻を食い止めている自陣の様子に、敵は躍起となって戦力を注ぎ込んでいっている。浸透する斥候への注意は薄れているようだった。敵陣近くへと迫るにつれて、テュポンの影が巨大さを増しているように錯覚する。
「――相変わらず、遠近法、無茶苦茶だよね」
 思わず苦笑する。だが、破音はいつになく真面目な顔をすると、偵察用オートバイ『ホンダXLR250R』を更に推し進めた。……アイギスの侵入は順調だ。すぐにでもテュポンへの奇襲が開始されるだろう。
「……だけど、その前に」
 肩に乗っていたモモンガは破音の雰囲気に怯えて、今は逃げ去っている。代わりに付き従ってくるのは、
「――オルトロス」
 双頭の番犬は嬉しそうに吠えた。尻尾を千切れんばかりに振るっている。
【――来たか。なるほど、姿は変わってはいるが、間違いない――我妻エキドナよ】
 記録を調べた。……ある部隊が壊滅した地点で、生まれたままの姿でハミングしていた自分。その部隊は強力な超常体と遭遇し、交戦中という報告を最後に壊滅したという。その超常体とは、おそらく自分だ。蝮の女…… エキドナ[――]が正体らしい。
【……おそらく消耗が激しく、やむを得ずに憑魔核を分離させて危険を回避。人を欺いて護らせる為に、今の姿に身をやつしたのだろう】
「じゃあ、今の、ぼくは?」
【――分離させた際に、本来の人格を眠らせ、代わりに造り上げた仮想人格。記憶喪失という事なれば、それ以上の詮索もされまい】
 頭が痛い。でも痛む度に、本来の自分――エキドナが、今のぼく――破音を上書きし直して消そうとしてくるのが分かる。ああ、そうか。やはりぼくはエキドナであり、造り上げられた人格なんだ。そしてエキドナは人類を虫ケラか餌ぐらいとしてしか考えていない。このままでは強力な敵が増えるだけ。……でも、
「――元の人格に、今のぼくが打ち消さられる確率は40%。異形系の力を行使すれば+10%で、半々に。まだ大丈夫、強く生きろ、ぼく!」
 意を決すると睨み付ける。
「……ぼくがエキドナの仮人格だと認めるとして、交渉したい事があるんだけど?」
【――何か? 戦況の変化が、私の予測を上回っている。エキドナが仔等の指揮統率に補佐してくれるならば、矮小な人間共や、憎々しいアテナも簡単に一蹴出来るのだが……】
「うん、その戦況だけど……避けられないかな? そもそもテュポンにしても、ゼウスに叛逆したアテナを足止めしていても意味が無いはずだよね?」
【――無意味ではないが、面倒ではあるな】
「……テュポンがティターンやオリンポスの神々と戦うのなら、維持部隊は手出ししないんだけど。アテナがゼウスを倒せれば、テュポンにとっても都合が良いはず。その上でなお闘わなければならないのは解かっているから……最後に雌雄を決すれば良い訳だし」
 テュポンは唖然としてしまったようだった。が、すぐに笑い出す。
【――可笑しな事を言う。私がオリンポス神群を滅ぼす邪魔をしているのはアテナの方だぞ?】
「……え? でもアテナは那岐山がオリュンポスだって……あ、そうか、そうだよね!」
 感じていた違和感が大きく膨れ上がる。
【小娘が騙されるのは仕方ない。あの山にはゼウスの気配が残滓としてあるのだから。だが私が調べた結果、ゼウスはあそこにいない。そして南の方角に強力な力の持ち主が隠れ潜んでいるのを感じる】
 そうだ。アテナはゼウスを倒す為に那岐山――北を目指していた。だが同様にオリンポス神群打倒を狙っているはずのテュポンは南を目指し、通過の障害となる日本原駐屯地へと攻めてきた。そして両者が激突。
「あああああ、これが違和感の正体だったんだ!」
 アテナですら気付かなかった問題点の発覚に、破音は脱力する他無い。それでも尋ねるべき事はある。
「……攻撃を控えさせたら、このまま黙って駐屯地を通過してくれる?」
【――馬鹿げた話だ。アテナが味方し、そして仔等の餌でしかないヒトごときに情けを掛けるつもりはない。阻む障害として全て荒野に変えてくれよう】
「そう――それが答えなんだ! ヴァーチェ、敵を排除する!! 皆も行っちゃえー!」
 破音の腕や触腕が増えて、エムナインとカール・グスタフを同時に構えた。これで半々になったが、気にしない! 全弾発射! 同時に森の中から機影が躍り出てくる。人型戦車アイギス。
「皆、えいえいおー、ですよ」
 テュポンの左側面に跳び出た、那由多のアイギスがズバッ刀を振り下ろす。テュポンの方から生えた蛇が硬化すると受け止めようとしたが、
「――切れ味、抜群ですよー」
 数匹の頭を切断してみせる。更には右側面から突出した初号機が直剣を払った。テュポンは右腕に外骨格で装甲を作り上げると受け止める。打の衝撃が身体を振るわせるが、テュポンは力任せに払い飛ばす。両機、大きく退いて間合いを計った。
「各自、プランB、行くぞ!……って隊長。俺が指示出していいのかね?」
『――色々と自己嫌悪中なの……ここは代わりを頼むわ。ちゃんとアナタの指示に従うから』
 涙声での返事に、佐島は唇を噛む。が、今は慰めの声を掛けない。眼前の敵を葬るだけ! 再度、那由多と杏奈が攻撃を仕掛ける瞬間に、狙いを付けていた安藤がテュポンの顔面へと射撃する。
「――命中! って、異形系もあるのか。やっぱり連射の利く銃を手に入れなければ……って、来たぁ!?」
 まとわり付く2機のアイギスからの斬撃・打撃を無視してテュポンは巨体に似合わぬ機動性で、安藤機に迫り来る。その突進をかろうじて押し止めたのは、佐島機。地面に打ち込んだ盾がテュポンの攻撃に悲鳴を上げているもの、機体に損害を被る事を見事に防いでいた。
「――皆! 3秒後に着弾! 離れて!」
 破音の言葉に、各機急いでテュポンから間合いを開ける。次の瞬間、サンダーボルトから放たれた重量90kgのM106榴弾はテュポンの左肩を大きく抉り取った。衝撃はテュポンにだけでなく周囲のアイギスにも降りかかるが、
「――えいえいおー、ですぅ〜!」
 スロットルを押し込み、パワーを上げる。操縦桿を傾け直して姿勢を制御する。
「……ギガンテスの後退は、笹山さん達が阻んでくれている。どんどん行くよー!」
 破音の報告通り、最前線にまで突入していたギガンテスはテュポンの危機に反転迎撃をせんと後退しようとしていた。そこをF-15Eストライクイーグルを駆る笹山が空爆。更に背を向けているギガンテスに容赦なく地上からも砲撃が加えられる。飛行戦力であるキマイラも、笹山とドッグファイト中だ。
「もういっちょ、えいえいおー、ですぅ〜!」
 安藤の支援射撃、そして杏奈のフェイントの下、勢い付いた那由多は一気にズバッ刀を薙ぎ払う。舞い上がるテュポンの肉片。傷跡から流れ出る体液は、まるで滝のようだ。
「……外したぁ! 左腕だけですぅ」
【――思い上がるな、人間共!】
 テュポンが吠えると、空間が歪んだ。佐島が声を発すると同時に全方位無差別な爆発が生じる。吹き飛ぶ那由多のアイギスだが、初号機が支える。2体分の重量でも弾き飛ばされたが、転倒するよりマシだ。そして瞬間、テュポンに大きな隙が出来た。シューティングゲームで鍛えた安藤の眼は絶好の機会を逃さない。
「――くたばれ!」
 カバーに入った佐島機のお陰で無傷に済んだ。安藤のアイギスはボルトアクションの20式37mm小銃から砲弾をテュポンの胸へと叩き込む。動きが止まったところを那由多が袈裟切りにズバッ刀を振り下ろした。
「――勝った?」
 崩れ落ちて、大地に巨体を沈めるテュポン。包囲していた一同は呆然。ついで歓声が上がる。が、
「――待て。まだ動いているぞ! 憑魔核まで届かなかったのか?」
 答えを返すものは無い。だが、確かなのはテュポンの肉塊は不気味に脈動を始めたという事だ。膨張し、両肩に生えていた無数の蛇ひとつひとつが大きくなっていく。蛇は竜となり、咆哮を上げた。
「――百首竜、ラドン」
 テュポンとエキドナの仔。ヘスペリデスの黄金の林檎を守るドラゴン。ラドンはテュポンの巨大さを受け継ぐと、ただ破壊衝動に任せて暴れ始めた。
「……隊長、指示を!」
「撤退! もはや報告によればギガンテスや獣達に組織的な行動力は無いらしいわ。特科をはじめとする全戦力を集めて、あいつを仕留めるわよ」
「……簡単に倒させてくれなさそうですけど」
 安藤の言葉に一同は冷や汗を掻きながら頷く。テュポンのような知性は伺えられないが、代わりに恐るべき頑丈さと破壊力、そして再生力を有していた。佐島が投げ付けた、虎の子の大型手榴弾でも軽傷。しかもすぐに傷が塞がっていったのである。
「あとちょっとで那岐山登頂だったのにぃ」
 陣地まで戻り、機体から降りた那由多が悔しがる。だが杏奈は唇を噛み締めて山を、そして破音は悲しそうにラドンを見詰めていた。

*        *        *

 宮島町水質管理センター跡からみこと自身も監視したが、目標のライフサイクルは自由気ままといった感じだった。対岸、山頂の監視哨からも根気強く行動パターンを収集してもらうものの、捉えどころがない。キュクロプスが警護する下で、昼はネレイデスと戯れてセイレーンと共に歌う。夕刻過ぎれば本社本殿の内へと消えるが、陸をアラクネが徘徊し、ヒッポカンポスが波間を漂っており、忍び寄るのも難しい。
「……ところで先遣隊の遺体は見付かったの?」
「いや、まったく」
 偵察員の1人が頭を振る。石化した遺体が出てくれば、対象がゴルゴンである証拠なのだが……。
「――また、ペガサスか」
 平舞台に降り立つペガサス。空の彼方から現われて、対象と接触した後、再びどこかへと消える。
「……何処から来て、何処へいっているんだ?」
「解からないけど――こうなったら最後の手段よ」
 訝る仲間を尻目に、首輪を填めて、ギリースーツを羽織る。首筋を撫でられる嫌な感触がするも、アラクネやキュクロプスの目を盗んで近寄るには仕方が無い。
「じゃ、行ってくるわね。あ、くれぐれも、またペガサスが見えたら速攻身を隠して。何が起きても隠れた場所から出てこないでよ」
 言うが早いか、同僚に止める間も与えずにみことは厳島神社へと駆け出した。仁安3年(1168年)ごろに平清盛が造営した現在の社殿は、潮が満ちてくるとあたかも海に浮かんでいるように思える。背後の弥山の緑や瀬戸の海の青とのコントラストはまるで竜宮城を思わせる美しさだ。祀るのは宗像三女神(市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命)だが……
「――竜宮城か。『浪の底にも都の侍らうぞ』……ね」
 二位尼と安徳帝の入水を思い出して我知らず呟く。厳島神社が竜宮城だとすれば、対象の正体、そして、もしも封じられている神がいるとしたら、それは何であろう?
( ……と、到着したわね )
 辺りの風景に擬装するギリースーツと、気配を誤魔化してくれる首輪のお陰で、キュクロプスやアラクネに察知される事無く本社本殿まで辿り着いた。ここからは小細工無しの度胸あるのみ!
「――夜分遅く失礼します」
 意を決して声を掛けると、襖の向こう側から果たして返事があった。
「……維持部隊の人ね。私を殺しにきたの?」
 笑みを含んで、対象は問い掛ける。みことは汗滲む掌を握ると、
「殺しに来たなんて、とんでもない。可能であるならば、わたしは戦いなんて望まないの」
「……ふふふ。あの人から預けられた、この宮殿を取り返そうとしているのに? 東に部隊が集まっているのは知っているのよ」
 ……あの人? それが黒幕なのか?
「あなたはいったい……?」
「私? 私はあの人に愛され、この宮殿を預かったもの。役割は――敵の注意を引き付けておく誘蛾灯のようなものね。確かに危険だけど、あの人の助けになるなら光栄よ。しかも期待以上に貴方達の注意を長時間も引き付ける事が出来て、私の方が驚いてしまったわ」
 笑いが止んだ。背筋が凍るような声で、
「お礼を言うわ。あの人が力を振るうに充分過ぎるほどの時間を稼がせて貰ったのだから」
「――なっ!」
 慎重になり過ぎた事が全て裏目に出たというのか!
「……あの人はもうすぐ全ての力を取り戻す。ゼウスに騙され、アテナに辱められて奪われた、大地をも支配する、かつての巨大な権力を!」
 歓喜の声を受けて、社の外からアラクネが迫ってくる足音が聞こえてくる。
「――私の名はメデューサ。かつては地上の女王であり、あの人――ポセイドン様に愛された大地の女神。だがアテナによって辱められた上に、下僕にしか過ぎなかった人間共に裏切られたモノ! もう貴方達を引き付けておく必要は無い……皆殺しだわ!」
 襖を突き破って、メデューサ[――]の腕がみことを掴まんと延びてくる。その爪先は液体のようなものが滲んで見えた。みことは閃光を放つ。首筋を撫でられる嫌な感触を味わいながら気配を隠すと、
( 視線、コワい。視線が怖い! )
 そう祈りながら一目散に逃げ出すのだった。

*        *        *

 ポイント黄金柱を分岐点として、秋芳洞は二手に分かれる。1つはくらげの滝登りやマリア観音を経て向かう黒谷コース。もう1つはエレベータで案内所に上がるコースだ。当然ながらエレベータは起動していないが……
「案内所へと向かうコースの先には未調査の洞が続いている。富士の風穴にも繋がっているというトンデモ説があるぐらいなんだよ」
 与太話はさておき潜水装備を着用の上で、深奥へと潜っていく。ティターニアの狂気により凍結した地下湖面を割り砕く。羽村は踏み慣れた感じで進むが、それでも容易にとまで行かない。ましてや京香達は尚更だ。ドライスーツの内側を汗で濡らし、ようやく目的地に辿り着く。
「――これは!?」
「……タルタロスの門。といっても見ての通り、扉みたいな眼に判り易い形ではないんだけど」
 京香や第13施設中隊秋吉台分遣隊が驚くのを横目に、羽村は苦笑しているだけ。
「……これが、タルタロスの門」
 それは空間の歪みだった。時折、極彩色の渦が巻いたかと思うと、虹色にも発光する。この世ならざる現象だった。ただ京香にも解かっている事は、
「歪みが徐々に周囲の空間を侵蝕していっているわ」
「――封印とか色々言っているけど、実際のところは異世界とこの世界を繋げる接点なんだ。超常体や憑魔と同じく、こういうものも空間移動してきた」
 そして羽村は振り返ると、
「このままだと来月頭にはティターンが通り抜けてくるぐらいの大きさになる。でも、それが直接的に解放へと繋がる訳じゃない」
 可能な限り、声を小さくして京香は問う。
「……鍵はユタカなの?」
「正確にはユタカちゃんの中で眠る“彼女”の力。大地の娘にして冥界の王妃。生と死の狭間にあるモノ。少女と老婆の二面性。再生、復活――タルタロスの鍵は“彼女”にある」
 だから誰かがユタカを誘き寄せようとした。羽村を餌にして。問題は――
「誰がティターンの解放を望んでいるのかね。唆してティターニアを狂わせたのも、そいつの仕業」
「最初にアイガイオン――タルタロスの門番をしていた百手巨人も狂わせている。そこから始まった」
 ふと思い付いた事を京香は尋ねる。
「……タルタロスに封じられているのはティターンだけ? それとも何か別の化け物が……」
「……タルタロスという存在は、そもそもカオスが作り出した最源初の4柱神が1と言われている。ボクや兄弟達よりも古くて強いモノ(グレート・オールド・ワン)、つまりは旧神(エルダー・ゴッド)だ」
 神話伝承によると、混沌(カオス)から大地(ガイア)・夜(ニュクス)・暗黒(エレボス)・奈落(タルタロス)が生まれたとある。ガイアを祖とするのがティターン神群であり、オリンポス神群であり、ギガンテスや、テュポンだ。彼等は地上を、大海を支配していく人格神だ。対してニュクスを祖とする神群は機能神であり、独自の伝承は少ない。その司る権能より身近にありながら、知られざるモノ――外なる神々(アウター・ゴッズ)。そして母たるニュクスは……
「タルタロスに眠っていると言われる……」
「そしてヒュプノスはニュクスの子だわ! もしかしてティターン神群復活に見せ掛けた……」
 目的は――ニュクスの顕現。ただでさえ混迷としている戦況だ。これ以上の主神級が出現する事は、山陽地方のみならず、神州日本の混沌を招きかねない。
「――そういえばヒュプノスと同名の存在が、ラヴクラフトの小説で語られている。彼の神と繋がりがあるのは……」
「「――“這い寄る混沌(ニャルラトホテプ)”」」
 異口同音。京香と羽村の言葉が重なった。
「確かに……アイツならば、ただ戦況を混乱させるという愉快犯的な目的で、ティターンやニュクスを顕現させようとしてもおかしくない! でも……」
 タルタロスの門を見詰めて唸る、羽村。
「これをどうする? 封じ直すにしても時間と労力はかかるし、その間にアイツが邪魔してこないとも限らないのに……」
 だが京香は冷淡に笑った。背嚢に入れていた物を取り出し始めると、黙って測量していた第13施設中隊秋吉台分遣隊の面々も荷物を取り出して作業を開始する。
「タルタロスの門を封じ込めるのが難しいなら……」
 その荷物――プラスチック爆弾を並べ始めた。
「――道反の大神よろしくC4で秋芳洞に大岩を転がし封じるなんて手だわ」
 京香の言葉に、周囲の施設科隊員達も笑い出す。唖然としていたのは羽村だけ。
「――あ。確かにそれは盲点だった! そうだ、そうだよ! 蓋をしてしまえば良かったんだ!!」
「……秋芳洞内でタルタロスの門が幾ら大きくなっても“鍵”がここに来られなければ問題はないからね。さあ指示を出して? 仕掛けていくから」
 ――ヒュプノスや洞内の超常体へと警戒しながらの作業も数時間。準備を整えて、洞外へ脱出する。
「一応、秋芳洞は昭和天皇が東宮時代に命名し、しかも特別天然記念物なんだけどなぁ……」
「あれだけドンパチやっておいて何を今更。昭和天皇も許してくれるわよ」
 提案した責任もあって、京香が自ら爆破スイッチを押す。爆音と地響き――こうしてタルタロスの門は、洞内奥深くに埋まっていったのである。もう足を踏み入れる事は、叶わない。

*        *        *

 タルタロスの門が閉じたと報告が上がった夜、突然に彼の神は現われた。今まで何処に隠れていたのか、美形の希臘男性がユタカの寝室に姿を見せる。長い耳はかつて流行った妖精のようだった。穏やかな表情を浮かべていたが、緊急コールを押しながら9mm拳銃SIG SAUER P220を構える知世を無視して、ベッドでうなされているユタカの首に手を掛けようとする。発砲しようとしても知世の腕では、誤ってユタカを傷付けかねない。
「――渡瀬一士。邪魔よ!」
 速谷と共に駆け付けたヘルガが知世を押し退けると、躊躇無く抜いたスタームルガーMk2で発砲。ヒュプノス[――]だけでなく、速谷も驚きの声を上げる。
「――問題ないわ。ユタカさんが死んだら困るのは敵も同じだもの」
 ヘルガの言葉通りに、ヒュプノスはユタカを庇うように身をさらして被弾。美貌を歪ませているが、22口径では致命傷に至らない。
「……どうでしょう。タルタロスの門を封じられた怒りの余り、鍵である彼女を殺害しにきたらとしたら?」
 ヒュプノスの言葉に、だがヘルガは冷たく返した。
「――タルタロスそのものが封じられた訳ではないわ。掘り出してしまえば済む話よ。たとえ『黙示録の戦い』に遅れてもね」
「……結局は、この敵を倒さないと解決しないという事ですね!」
 速谷が光を放つ。だがヒュプノスは涼やかに笑うと、
「――私を魅了させようというのですか? 幻惑攻撃において私は貴方より遥かに上ですよ」
 用法を知っているからこそ、催眠術師なのだ。ましてや敵は仮にも眠りの神を標榜している。精神に訴える攻撃等、手の内を見透かされているも同義。
「……そして魅了とは、こうやるものです」
 穏やかな微笑み。次の瞬間、連射されるP220。信じられぬ顔をして知世が、銃口から硝煙漂うP220を構えていた。向けられていた先には崩れ落ちたヘルガ。床に血溜りが広がっていく……。更に知世の意思に反して、速谷へと銃口が向けられてくる。
「――ッ!」
 咄嗟に飛び跳ねると同時に、光を放つとヒュプノスの暗示を打ち消す。続けざまに精神に掛かった負担から知世もまた崩れ落ちた。ヘルガの手当てと、ユタカの保護。どちらも緊急を要する。
「それでは――失礼いたします」
 慇懃な態度に、穏やかな微笑を浮かべて、ヒュプノスは退室しようとする。が、入り口や窓には駆け付けてきた警衛隊が張り付き、銃口を突き付ける。同士討ちをさせようとヒュプノスの指が動こうとした瞬間、
「……冥界の月にして……辻の魔女を統べる私を舐めるなっ!」
 床に伏して瀕死状態だったはずのヘルガが、流れいく自身の血を沸き立たせる。血は刃となり、ヒュプノスの背を切り裂いた。そして速谷が閃光――純粋な眼眩しの光はヒュプノスの視界を奪い、その隙にユタカの身柄を取り戻す。そして警衛隊の銃撃がヒュプノスに叩き込まれていった。
「――ヘルガさん、怪我は!?」
「……問題ない――という訳には行かないわね……暫く……ユタカの事、頼んだわ……よ」
 救急処理する速谷に、荒い息でヘルガは答える。
「まさか、あれほどの銃弾を喰らって……」
「――おい、いつの間に入れ替わった!? 遺体の身柄を照会しろ! さっきの超常体じゃない!」
 騒ぎ出す警衛隊。速谷が振り返ると、ヒュプノスが倒れていたところに崩れ落ちていたのは、名も知らぬ維持部隊隊員の姿だった。
「敵は幻惑に長けている。そして人を操る事も……。速谷准尉の祝祷系か、或いは操氣系で無ければ見破れないし、対応も難しいわね。それに夢の中から襲撃されては手も足も出ない。何か手を考えないと……」
 幾ら精神操作が可能な祝祷系とはいえ、夢の中にある存在へと直接干渉する力は無い。相手が夢を渡り歩く存在ならば、一方的に蹂躙されるだけだ。今回はユタカの身柄を押さえようと(他者を操って)実体化してきたが、この先もどうなるかは解からなかった……。
「――1つだけ判った……というよりも、感じ取った事があるわ。アレはヒュプノスの姿をしているけど、違う……」
 そしてヘルガは意識を失う前に必死に訴えた。
「アレは――ヒュプノスの姿をした、別のナニカよ」

*        *        *

 谷鯨林から小言を受けながらも、ルリは欠伸混じりに面倒臭そうな顔をした。
「郷田班長は、油断の塊であーる。何で我が輩自ら護衛をせねばならないであるか。本当ならばマイハニーと共にキャッキャッウフフな事をしたいであるよ?」
「してくればいいじゃねぇか?」
「郷田班長に何かあって、刑務所における『憑魔能力が使用出来ない』というカードを失うのはマズイと判断したのであーる!」
 汗や唾を撒き散らし、顔を真っ赤にして怒鳴る谷鯨林。だがルリは気の無い返事で真面目に取り合おうとしてくれない。
「それに万が一って言っても、金剛丸や周防が頑張っているじゃねぇか? 人が潜り抜けられる隙間には全て罠仕掛けあるっていう話だぜ」
 ルリは鼻歌を奏でると、暇潰しと称する“運動”に向かう。谷鯨林が付けた護衛は、ちょっと調べ物に離れた隙に、既に御馳走済みになってしまっていた。
「あの玩具もそろそろ限界かと思うんだが」
「だからといって油断は禁物である。そもそも……」
『――組長、大変です』
 説教を続けようとする谷鯨林だったが、玩具――井伊の監視として付けていた部下からの緊急連絡に顔を青褪める。
「ぶひっ! 何であるか!?」
『――猫が。いや、その可愛らしい白猫なんですが』
「猫ごときで連絡を入れる必要はないである……って何処から?」
 思わず、谷鯨林はルリと顔を見合わせる。P220をホルスターから抜いて、スライドを引いた。護衛3人を先行させて様子を窺わせる。
「――組長。異常らしきものを感じられませんが」
「監視役がいないというのが、異常であーる! 1人は探しにいってくるである。それで捕虜の姿は?」
「捕虜は部屋の隅に毛布に包まっていますが……おい、起きろ!」
 護衛の1人に蹴り付けられ、井伊が半身を起こす。
「ぶふっ。……監視役の2人は何処へいったであるか? 答えるであーる」 逆襲
 だが井伊は何の事か解からないという顔で、頭を振る。いきり立つ谷鯨林をルリが笑った。
「まぁまぁ。何か知っていたら、答えてくれるさ。抵抗しても、男のアレは正直ってもんだ――」
 無警戒に近付いてくる。再び仰向けに倒された井伊の下半身をさすりながら、舌舐め擦りをする。井伊の男を勃たせると同時に、空いた手で自らの陰部を慰め、そして挿入。喜悦の表情を浮かべた瞬間――なすがままだったはずの井伊の腕が動いた。谷鯨林や護衛達が止める間もない。指手錠を掛けられていたはずの腕先には毛布下に隠していたグロック34。至近距離で銃声が鳴り響く。心臓部と頭部に向けて、それぞれ2発ずつ――間一髪、谷鯨林がタックルしたお陰で、結合が抜けてルリの身体は吹っ飛んだ。頭部への被弾は避けられた。銃弾の掠った痕が、火傷としてルリの顔に刻まれていた。だが胸部への被弾は避けられなかった。
「――だから油断し過ぎだと……。撃て、撃ち殺すのであーる!」
 まだ息のあるルリを抱えながら、谷鯨林は叫ぶ。護衛がP220を撃ち放つより早く、井伊は毛布の下からMk2破片手榴弾を取り出して投げる。慌てて逃げ出す谷鯨林達だが、
「――ピンは抜いていませんよ」
 井伊は出口を駆け抜けた。
「追うである!……って何であるか、この非常時に!」
 耳障りな無線の呼び出し音。先ほど監視役を探しに行かせた部下からの緊急通信。
「――2名とも、咽喉を噛み千切られて死んでいます。何だ、あの光る眼――猫だっ!」
 ……猫? 呆然とする谷鯨林だったが、突然に急激な痛みが身体を襲った。膝が崩れて、その場にぶっ倒れると床を転げ回る。身体を蝕む痛みに堪えかねて、悲鳴を上げていた。泡立つように無数の肉腫が膨れ上がり、内側から肉を引き裂いていく。引き裂かれた肉から血が吹き出し ――裂けた肉の間を異常な速度で根を張り出した神経組織のようなものが埋め尽くしていく。……刑務所に来て、久しく忘れていた感触。
「――憑魔強制侵蝕現象……」
 発震源は――ルリ。胸部から背へと貫通していた銃創は、瞬く間に塞がっていく。己の危機を回避すべく、ルリは無意識にも力を行使し始めたのだ。それは逆に言えば――
「……憑魔能力無効化が、喪われたという事である」
 そして絶叫が轟き渡る。
「――怪物だ。所内に超常体が出現!」
 青い2翼は、白い肢体からではなく頭から生えている。有翼人面獣身のケルプ。1個体で1個大隊に匹敵すると言う高位上級の超常体。ケルプは咆哮を上げると雷球を放って、刃向かってくる壱参特務を撃ち殺していく。そして激痛で廊下を転げ回っていた井伊の身柄を確保すると、悠然と地下へと向かっていった。
「――なるほど。それがあなたの本当の姿だったのですね……」
 疲れや痛みで薄れ行く意識の中、井伊はケルプに白い猫の面影を重ねていた。

 痛みを食い縛って立ち上がると、暴走しそうな己の身体を叱咤する。
「――くそったれ! 強制侵蝕現象だと! おい、谷鯨林の馬鹿! 地下で何があった!?」
 金剛丸が怒鳴るが、無線から返ってくるのは怒号と銃声、そして絶叫と悲鳴。大きく舌打ちをする。
「超常体だと……どこから侵入したってんだ! 目ぼしい所は全て罠を仕掛けていたってのに!」
 人間が通り抜けられる隙間はなかったはずだ。だがまさか相手が猫の姿をしていたとは、さすがの金剛丸も思いが至らない。
「山口! 文句は後だ! 敵が突入して来たぞ!」
 こちらも激痛から回復した周防と部下達が、真正面から突入してくるジョゼ率いる外人部隊へと迎撃に出る。周防がレミントンM870ショットガンを撃ち放つと、ジョゼの部下が身を盾にして、彼女を庇った。壱参と組の面々がBUDDYで5.56mmNATOを更に叩き込んでいくが……
「――おいおい。冗談だろ。本当に……人外かよ」
 弾幕が晴れた後にいたのは、鎧に似た外骨格に覆われた、2翼の人型超常体パワー。
「なら、これならどうだ!」
 金剛丸は84mm無反動砲カール・グスタフを担いで、発射。さすがのパワーも耐え切れまい。小娘ともども吹っ飛びやがれ!
「――ジョゼ様、お先に“ 主 ”の御許へ」
 だが着弾直前に、もう1人の外人部隊員が飛び出る。変形して4枚翼の威丈夫と化すと、翼を広げて全身を盾にして、HEAT対戦車榴弾を包み込んだ。
「――済まない。君の尊い犠牲を無為にはしまい。必ずや目的を達しよう」
 パワーとジョゼは無傷。だが金剛丸は負けじと、
「――馬鹿めっ! グスタフはもういっちょあるぜ」
 1本目を投げ捨て、もう1つを担ごうとする。だが,それより早くジョゼが高らかに声を上げた。
 ―― Sanctus, Sanctus, Sanctus Dominus, Deus Sabaoth. Pleni sunt caeli et terra gloria tua.
 ―― 光が生まれ、そして爆発が起こった。超常体が“この世界”に出現する際に生じる空間歪曲現象。轟音と共に周囲の物体を吹き飛ばし、消失した空間と入れ替わるようにして忽然と姿を現すのは、数体の有翼人身超常体――エンジェルスとアルカンジェルス。宗教色強いその姿形だが、習性は冷酷にして獰猛。少なくとも助けを求める人々に対し、救いをもたらしてくれたという報告は皆無である。
 そして現われたのはエンジェルスやアルカンジェルスだけではない。群れの中心に立っているのは、雷光のような3対の光翼を広げたジョゼフィーヌ。朗々と読み上げる。
『 ……巻き物を開いて、封印を解くのに相応しい者は誰か。―― そはユダ族から出た獅子、ダビデの根。貴方は巻き物を受け取って、その封印を解くのに相応しい方です。貴方は屠られて、その血により、あらゆる部族、国語、民族、国民の中から、神の為に人々を贖い、私達の神の為に、この人々を王国とし、祭祀とされました。彼等は地上を治めるのです 』
 ―― 屠られた小羊は、力と、富と、知恵と、勢いと、誉れと、栄光と、賛美を受けるのに相応しい方です ――。
『 御座に坐る方と、小羊とに、賛美と誉れと栄光と力が永遠にあるように! ―― Amen!』
「――いちいち、うっせぇんだよ!」
 金剛丸が吼え、周防が叫ぶ! ありったけの銃弾に、切り札の榴弾を叩き込んでやる。更には仕掛けていたM18A1指向性対人用地雷クレイモアを発動させ、プラスチック爆弾も点火! 建物も吹き飛ばすほどの轟音が空間を満たした。
「――偉そうに出てきて、もう御終いかよ」
 周防の嘲笑。……だが、
「――流石にそれは亡くなった兄弟達に対して、申し訳が立たん。悪いが、もう少し付き合ってもらう」
 ジョゼフィーヌ――否、後に、処罰の七天使が1柱“ 神の怒りログジエル[――])”と呼ばれる存在は、掌を前にして全ての攻撃を遮断していた。その手が握られて雷光が走る。そして叩き付ける――大地へと向けて!
「――ベルフェゴールが仕掛けていた“怠惰”の呪縛は、今は無い! 覚醒せよ、サンダルフォン!」
 轟雷が刑務所を襲った。暫くして大地が鳴動する。怖気を感じて、周防が叫んだ。
「――撤退! ムショから可能な限り、離れろ!!」
 駆け出す。同時に、刑務所の駐車場から89式装甲戦闘車ライトタイガーも逃げ出してきた。
「ぶひっ! 全速力であーる!」
 ライトタイガーの内は、暑苦しい谷鯨林の姿も臭いも気にならないほどに、詰めるだけ詰め込んでいる。間一髪で安全圏に逃げ出したところで、背後の刑務所が爆発した! 地下から突き上げられた巨大な衝撃が全てを吹き飛ばす。衝撃の余波を受け、金剛丸や周防といった徒歩組だけでなく、ライトタイガーも横転する。バルバリッチャが珍しくも怒りの声を上げた。
「――こら、谷鯨林! お前、ドサクサ紛れに妾の身体をまさぐるな。そういう事は隊長にしろ」
「熟れ過ぎた肉塊には興味無いのであーる。しかし、これは……」
 ライトタイガーから這い出て、刑務所跡を見遣る。周防達も肩を貸し合いながら、呆然と見詰めていた。
「――どうやら未だ完全覚醒とは行かなかったようだ。しかし次に起きた時には、光の柱――燭台の灯が点るだろう」
「どうすりゃいい? 隊長は意識不明のまんまだし」
 全員を代表して金剛丸が問い掛けた……。

 ……目覚めた井伊の問いに、ログジエルは淡々と答える。宙に浮いたまま眠り続ける、サンダルフォン[――]を見上げたまま、
「――覚醒した以上、サンダルフォンを再び無力化させるには、ベルフェゴールといえども直接に触れてなければ“怠惰”の呪縛は施せまい。勿論、それを易々と見過ごしてやる情けはないがな」
 ケルプとパワーに傅かれ、無数に近いエンジェルスとアルカンジェルスに囲まれたログジエルは不敵に微笑む。続けて井伊は更に問い質した。
「――サンダルフォンが倒される可能性は?」
「無い――とは限らないだろうが、困難を極めるだろう。だからこそベルフェゴールは“怠惰”の呪縛で封印するに止まっていた訳だ」
 さて……と呟くと、改めてログジエルは井伊を見つめ直す。そして口を開いて、最後の決断を迫ってきた。
「……前回の失敗の埋め合わせと、今回の救出の礼の分は、ベルフェゴールに痛手を負わせた事で、貸し借り無しだ。もはや君は自由だ。道を違えて、私達に挑むも良いだろう。だが願わくは――」
 微笑んだ。心が捉えられるような極上の笑み。
「……君も〈洗礼〉を受け“ 主 ”に身も心も捧げてくれると嬉しいのだが」

 

■選択肢
SEu−01)海田市駐屯地で身辺警護
SEu−02)山口刑務所跡地にて死闘
SEu−03)厳島神社攻略作戦に参加
SEu−04)日本原駐屯地で最終決着
SEu−05)那岐山に関して威力偵察
SEu−06)瀬戸内海へ出向して調査
SEu−FA)山陽地方の何処かで何か


■作戦上の注意
 当該ノベルで書かれている情報は取り扱いに際して、噂伝聞や当事者に聞き込んだ等の理由付けを必要とする。アクション上でどうして入手したのかを明記しておく事。特に当事者でしか知り得ない情報を、第三者が活用するには条件が高いので注意されたし。
 なお秋芳洞の選択肢がなくなったが、羽村士長は今も秋吉台で警戒待機している。もしも彼に別の場所へ出向してもらいたければ、その旨アクション上で陳情する事。功績P消費は必要ないが、余程の重大事でなければ動かないので注意。
 また山口刑務所周辺における憑魔能力無効化は失われた。今後、憑魔能力使用に制限は無い。生存している壱参特務はPCとその部下の他は、郷田准尉とバルバリッチャ、そしてマラコーダの3名のみである。郷田准尉は重体につき来月まで戦闘行動は不可能。但し面会して対話は許可される。


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